まい・すうぃーと・ますたぁー
部屋に艶かしい音が響いている。
ちゅぷ、ちゃぷ……と、肉を執拗に舐る水音。
身体の中でも敏感で繊細な箇所に、舌が這い回る感触。
絶え間なく与えられる、言いようの無い刺激。背筋から込み上げて来る、暴発しそうな何か。
それが限界に近づいた時、俺は思わず熱い溜め息を漏らし――
「――何をしてるんだ?」
「ふぉ?」
一心不乱に俺の指を舐め回している、隣のアホを睨みつけた。
「ふぉうふぁひふぁひふぁふぁ、ふぁい・ふいーふぉ・ふぁふふぁー」
ベロベロチュパチュパレロレロペロペロ、俺の指をしつこく舐めまわしているこの女の子。
身体は女性的なラインながら、どこか硬質的な印象を受ける白色で、オマケに間接部分は歯車が露出している。
ついでに言えば、全身にプレートやら何やらが取り付いていて、いかにも機械といった見た目。
オートマトン……とかいうらしい。「ゴーレム」の一種だとかいう説明も聞かされたけど、俺にはさっぱり。とにかく、この子が人間じゃないってことだけは確かななんだろう。
まあ、そんなことは置いておいてだ。俺もいつまでも指をしゃぶられてるわけにもいかないわけで。
「指から口を離してしゃべってくれ」
俺の言葉に、ソイツはようやく俺の指をきゅぽんと解放し。
「どうかしましたか、マイ・スウィート・マスター」
感情に乏しい済ました顔のまま、だけど小首を傾げてこっちを見つめてくる。
「どうしたもこうしたもないだろ。お前、なんで俺の指をしゃぶりたがるんだよ」
そう……コイツは何故かことあるごとに俺の指を舐め回したがる。
もう何が何だかって……よく分からないまま、コイツが眠っていたとかいう起動カプセルを動かしてしまって、目が覚めた途端に俺の指をパクリ。
そんな風に出会ったときから今日まで、とにかく隙あらばって状態で俺の指はコイツの口に咥えられている。まったく、人の指はおしゃぶりじゃないっていうのに。
「私は指を咥えることでマイ・スウィート・マスターの認証登録をしました」
「ああ、そうだったな」
「私が指を咥えたことで、私はマイ・スウィート・マスターのものになりました」
「それで?」
「マイ・スウィート・マスターの指を咥えると、私は自分がマイ・スウィート・マスターのものだと実感できます」
「……で、それが?」
「興奮します。はぁはぁ」
「アホか」
さっきから全く変化の無い表情に荒い息の真似。そこに加わる、全くもってよく分からない指しゃぶりの理由。
アホか、としか答えようがなかった。
「マイ・スウィート・マスターがつれないです。くすん」
「それとその呼び方はなんだよ、その呼び方は」
「私は感情表現が苦手です。表情も口調もあまり変えられません」
「ああ、そうだな」
「ですから単にマスターと呼ぶだけでは、マスターに私の“らぶ”が伝わりません」
「……で?」
「なので愛情を呼び方に込めました。マイ・スウィート・マスター、いかがでしょうか?」
「アホかっ」
どうも話を聞けば大昔に生まれたみたいだし、感性が死ぬほど古いんじゃないか。もしくは知識を変な方向に教育されたとか。もうちょっとぐらいマトモな呼び方が思い浮かぶ気がするんだけど。
「マイ・スウィート・マスターが冷たいです。くすん……ぐすっぐすっ。ふぇぇん、ふぇぇん」
俺の対応が悲しかったらしく、とうとう両手で顔を覆って泣き真似を始めてしまった。演技力の欠片も無い、抑揚のない声で。
「棒読みで泣かれたって、俺はなんとも思わ――なっ!?」
横目で睨みつけた視界に飛び込んできたのは、こっちを見つめる瞳からポロポロと零れ落ちてる大粒の涙の粒で……えっ、嘘だろぉ!? マジ泣きぃっ!?
「あっ、わっ、ゴメン! 泣くなって、俺が悪かったか……ら?」
転げ落ちるみたいにして、大慌てで四つん這いにこの子のもとに近寄って。
どうにか泣き止んでもらおうと思った矢先、コイツの手には小さな小瓶が握られていて……。
「……その手のものは何だ?」
「目薬です。うるうる」
「いくらなんでも古典的過ぎだろっ!」
思わず床を叩いて突っ込んでしまった。いったいどの時代の生まれなんだよ、ホントにっ!
「マイ・スウィート・マスターがめざといです。ちぇっ」
「それとその呼び方も止めないかっ!」
「マスターがげきおこです。ぷんすこ」
どれだけ俺が怒鳴ってもまるで気にする風でもなし。澄ました表情を崩さない。
それでいて口にするのはズレたことばかりなのだから、扱いに困るというか何というか。
「ったく、……」
そう思わず頭をかく俺に、彼女はそっと呟いた。
「――なら、どうすればマスターに私のらぶが伝わりますか?」
「え……?」
まっすぐにこっちに問いかける、瞳には真剣な光が宿っていて。
「私はマスターのことを想うだけで全身が発熱反応を起こします」
胸の辺りを手で抑えながら、変化が少なかった口調が早口に変わっていて。
「抑えようと思っても止められなくて、動力炉が加速を増して動き出して、だけど電子頭脳はそれをとても心地良いものだと認識するのです」
その頬にも、いつもは決して見られない赤みがさして。
「もしも人間がこの状態を恋と呼ぶのなら、マスター――」
そして、柔らかな微笑を浮かべてから。
「――私は貴方に恋をしているんです。壊れてしまいそうなぐらい、貴方のことを愛しく想っています」
それは、機械の彼女にとって嘘偽りなんて欠片も存在しないだろう。
俺に向けた……心を込めた愛の言葉だった。
「マスター、あなたも私と同じ気持ちでいてくれていますか……?」
「あ……」
俺がどんな気持ちでいるかだなんて、そんなのはもう分かり切っていることだ。
「べ、別に俺だって、お前のことが嫌いなんてわけじゃないさ」
こういう時に、中々素直に口に出すことはできないけれど。
「俺だって、お前のこと……」
「マスター?」
ずっとここまで……色々と大変なことばっかりで。
亡くすばかりで、怒ってばかりで、世界はどうしようもないことばかりで。
だけど……こうやって最後の最後に君と出会って。
君が俺の、大切な全てになったから。
「………………好き…………だよ………………」
……くそっ、思ったよりも遥かに恥ずかしい……。
………………………………………………………………………………。
ていうか、反応無しかよっ! 人にここまで言わせておい……て?――
「――へ?」
さっきから黙りこくっていた彼女の身体が小さく震えだし。
つま先から茹で上がるみたいにして、肌(いや、装甲?)の赤色が脚、膝、太ももと昇っていき。
そして顔が真っ赤になったあと、とうとう赤みが頭のてっぺんにまで達すると。
ぷしゅー、とあちこちから蒸気が噴き出し。ぴぴー、とヤカンのような音を上げた後に――
――ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!
「なっ!?」
「マスターへのらぶが天元突破してしまいました。私は3分後に自爆します。死ぬほど痛いぞ」
「はっ……はああああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
突然告げられたのは僅か3分後の爆発宣言で……って、はぁっ!? えっ、自爆っ!? 何でっ!? 爆発オチっ!?
「いったいどういう理屈だよ、それはっ!? いや、なんでも良い! リセットスイッチとかないのかよ、ほらっ!」
「リセットスイッチはアソコの奥にあります。きゃっ」
「そんなふざけた話があってたまるかぁっ!」
そんなところにリセットスイッチがあるって造ったのは何処の変態だよっ! ていうかマジ話っ!? 冗談だろ、なぁっ!?
「逃げちゃダメです、マスター。男らしくでいきましょう。愛の翼に勇気を込めて、やぁぁぁぁってやるぜファイナルフュージョン。マスターのエクスカリバーを突き刺して、今、必殺の石破らぁぶらぶ天驚拳を私の種族保存装置に撃つんだ。今日、ここで」
「誰が撃つかぁっ! このポンコツオートマトンっ!」
熱で頭ままでおかしくなってるんじゃないか!? 何だよ俺のエクスカリバーって!! いや、なんとなく意味は察せるけど思い切り下ネタじゃないかっ!
「さぁ、マスター……私と正常合体――」
「お前ってやつはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ゴロンと仰向けに横たわって俺に両腕を差し出すポンコツと、部屋いっぱいに響き渡る俺の怒声。
……彼女と出会ってからというもの、どうしてか俺が怒鳴り声を上げるのが日課のようになってしまったのだけれど。
けれど、こんな風に過ごせる優しくて温かい日常が、今の俺には幸せでたまらなかった。
おしま――
「さて……最後に何か言うことは?」
「マスターとパイルダーオンしたい」
「アホかっ!」
おしまい♪
ちゅぷ、ちゃぷ……と、肉を執拗に舐る水音。
身体の中でも敏感で繊細な箇所に、舌が這い回る感触。
絶え間なく与えられる、言いようの無い刺激。背筋から込み上げて来る、暴発しそうな何か。
それが限界に近づいた時、俺は思わず熱い溜め息を漏らし――
「――何をしてるんだ?」
「ふぉ?」
一心不乱に俺の指を舐め回している、隣のアホを睨みつけた。
「ふぉうふぁひふぁひふぁふぁ、ふぁい・ふいーふぉ・ふぁふふぁー」
ベロベロチュパチュパレロレロペロペロ、俺の指をしつこく舐めまわしているこの女の子。
身体は女性的なラインながら、どこか硬質的な印象を受ける白色で、オマケに間接部分は歯車が露出している。
ついでに言えば、全身にプレートやら何やらが取り付いていて、いかにも機械といった見た目。
オートマトン……とかいうらしい。「ゴーレム」の一種だとかいう説明も聞かされたけど、俺にはさっぱり。とにかく、この子が人間じゃないってことだけは確かななんだろう。
まあ、そんなことは置いておいてだ。俺もいつまでも指をしゃぶられてるわけにもいかないわけで。
「指から口を離してしゃべってくれ」
俺の言葉に、ソイツはようやく俺の指をきゅぽんと解放し。
「どうかしましたか、マイ・スウィート・マスター」
感情に乏しい済ました顔のまま、だけど小首を傾げてこっちを見つめてくる。
「どうしたもこうしたもないだろ。お前、なんで俺の指をしゃぶりたがるんだよ」
そう……コイツは何故かことあるごとに俺の指を舐め回したがる。
もう何が何だかって……よく分からないまま、コイツが眠っていたとかいう起動カプセルを動かしてしまって、目が覚めた途端に俺の指をパクリ。
そんな風に出会ったときから今日まで、とにかく隙あらばって状態で俺の指はコイツの口に咥えられている。まったく、人の指はおしゃぶりじゃないっていうのに。
「私は指を咥えることでマイ・スウィート・マスターの認証登録をしました」
「ああ、そうだったな」
「私が指を咥えたことで、私はマイ・スウィート・マスターのものになりました」
「それで?」
「マイ・スウィート・マスターの指を咥えると、私は自分がマイ・スウィート・マスターのものだと実感できます」
「……で、それが?」
「興奮します。はぁはぁ」
「アホか」
さっきから全く変化の無い表情に荒い息の真似。そこに加わる、全くもってよく分からない指しゃぶりの理由。
アホか、としか答えようがなかった。
「マイ・スウィート・マスターがつれないです。くすん」
「それとその呼び方はなんだよ、その呼び方は」
「私は感情表現が苦手です。表情も口調もあまり変えられません」
「ああ、そうだな」
「ですから単にマスターと呼ぶだけでは、マスターに私の“らぶ”が伝わりません」
「……で?」
「なので愛情を呼び方に込めました。マイ・スウィート・マスター、いかがでしょうか?」
「アホかっ」
どうも話を聞けば大昔に生まれたみたいだし、感性が死ぬほど古いんじゃないか。もしくは知識を変な方向に教育されたとか。もうちょっとぐらいマトモな呼び方が思い浮かぶ気がするんだけど。
「マイ・スウィート・マスターが冷たいです。くすん……ぐすっぐすっ。ふぇぇん、ふぇぇん」
俺の対応が悲しかったらしく、とうとう両手で顔を覆って泣き真似を始めてしまった。演技力の欠片も無い、抑揚のない声で。
「棒読みで泣かれたって、俺はなんとも思わ――なっ!?」
横目で睨みつけた視界に飛び込んできたのは、こっちを見つめる瞳からポロポロと零れ落ちてる大粒の涙の粒で……えっ、嘘だろぉ!? マジ泣きぃっ!?
「あっ、わっ、ゴメン! 泣くなって、俺が悪かったか……ら?」
転げ落ちるみたいにして、大慌てで四つん這いにこの子のもとに近寄って。
どうにか泣き止んでもらおうと思った矢先、コイツの手には小さな小瓶が握られていて……。
「……その手のものは何だ?」
「目薬です。うるうる」
「いくらなんでも古典的過ぎだろっ!」
思わず床を叩いて突っ込んでしまった。いったいどの時代の生まれなんだよ、ホントにっ!
「マイ・スウィート・マスターがめざといです。ちぇっ」
「それとその呼び方も止めないかっ!」
「マスターがげきおこです。ぷんすこ」
どれだけ俺が怒鳴ってもまるで気にする風でもなし。澄ました表情を崩さない。
それでいて口にするのはズレたことばかりなのだから、扱いに困るというか何というか。
「ったく、……」
そう思わず頭をかく俺に、彼女はそっと呟いた。
「――なら、どうすればマスターに私のらぶが伝わりますか?」
「え……?」
まっすぐにこっちに問いかける、瞳には真剣な光が宿っていて。
「私はマスターのことを想うだけで全身が発熱反応を起こします」
胸の辺りを手で抑えながら、変化が少なかった口調が早口に変わっていて。
「抑えようと思っても止められなくて、動力炉が加速を増して動き出して、だけど電子頭脳はそれをとても心地良いものだと認識するのです」
その頬にも、いつもは決して見られない赤みがさして。
「もしも人間がこの状態を恋と呼ぶのなら、マスター――」
そして、柔らかな微笑を浮かべてから。
「――私は貴方に恋をしているんです。壊れてしまいそうなぐらい、貴方のことを愛しく想っています」
それは、機械の彼女にとって嘘偽りなんて欠片も存在しないだろう。
俺に向けた……心を込めた愛の言葉だった。
「マスター、あなたも私と同じ気持ちでいてくれていますか……?」
「あ……」
俺がどんな気持ちでいるかだなんて、そんなのはもう分かり切っていることだ。
「べ、別に俺だって、お前のことが嫌いなんてわけじゃないさ」
こういう時に、中々素直に口に出すことはできないけれど。
「俺だって、お前のこと……」
「マスター?」
ずっとここまで……色々と大変なことばっかりで。
亡くすばかりで、怒ってばかりで、世界はどうしようもないことばかりで。
だけど……こうやって最後の最後に君と出会って。
君が俺の、大切な全てになったから。
「………………好き…………だよ………………」
……くそっ、思ったよりも遥かに恥ずかしい……。
………………………………………………………………………………。
ていうか、反応無しかよっ! 人にここまで言わせておい……て?――
「――へ?」
さっきから黙りこくっていた彼女の身体が小さく震えだし。
つま先から茹で上がるみたいにして、肌(いや、装甲?)の赤色が脚、膝、太ももと昇っていき。
そして顔が真っ赤になったあと、とうとう赤みが頭のてっぺんにまで達すると。
ぷしゅー、とあちこちから蒸気が噴き出し。ぴぴー、とヤカンのような音を上げた後に――
――ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!
「なっ!?」
「マスターへのらぶが天元突破してしまいました。私は3分後に自爆します。死ぬほど痛いぞ」
「はっ……はああああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
突然告げられたのは僅か3分後の爆発宣言で……って、はぁっ!? えっ、自爆っ!? 何でっ!? 爆発オチっ!?
「いったいどういう理屈だよ、それはっ!? いや、なんでも良い! リセットスイッチとかないのかよ、ほらっ!」
「リセットスイッチはアソコの奥にあります。きゃっ」
「そんなふざけた話があってたまるかぁっ!」
そんなところにリセットスイッチがあるって造ったのは何処の変態だよっ! ていうかマジ話っ!? 冗談だろ、なぁっ!?
「逃げちゃダメです、マスター。男らしくでいきましょう。愛の翼に勇気を込めて、やぁぁぁぁってやるぜファイナルフュージョン。マスターのエクスカリバーを突き刺して、今、必殺の石破らぁぶらぶ天驚拳を私の種族保存装置に撃つんだ。今日、ここで」
「誰が撃つかぁっ! このポンコツオートマトンっ!」
熱で頭ままでおかしくなってるんじゃないか!? 何だよ俺のエクスカリバーって!! いや、なんとなく意味は察せるけど思い切り下ネタじゃないかっ!
「さぁ、マスター……私と正常合体――」
「お前ってやつはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ゴロンと仰向けに横たわって俺に両腕を差し出すポンコツと、部屋いっぱいに響き渡る俺の怒声。
……彼女と出会ってからというもの、どうしてか俺が怒鳴り声を上げるのが日課のようになってしまったのだけれど。
けれど、こんな風に過ごせる優しくて温かい日常が、今の俺には幸せでたまらなかった。
おしま――
「さて……最後に何か言うことは?」
「マスターとパイルダーオンしたい」
「アホかっ!」
おしまい♪
20/06/21 20:03更新 / まわりちゃん