さる名家の貴族ロイ＝ロッドケーストは、屋敷の庭にて優雅に午後のひと時を過ごしていた。屋敷を取り囲むように覆う緑の木々、その中でこうして紅茶をゆったりと味わい、とても至福の時のなかにロイはいた。
　風がなびきロイの栗色の髪の毛が、頬をくすぐってくる。周りの草木もふわりとなびく音を立て、その音に耳を澄ませて純粋に和んでしまう。
　ロイは隣の空席を見つめる。
　もともとそこには、ロイの妻であるメアリー＝ロッドケーストが、いつも座りそこで一日の時を過ごしていた。彼女はとても体が弱く病弱体質で、一日に必ず倒れるほどひどかった。本来なら彼女は一日中、寝て安静を保たなければならなかったのだが、彼女はこの木々の中で新鮮な空気を吸い、木々を眺めるのが好きだった。
　「お父さぁ〜ん」
　「お父様ぁ〜」
　その声の主はロイにとって愛する妻同様に、とても愛おしいものであった。
　ロイはとても穏やかな表情を浮かべ微笑んだ。
　
　『魔物狩り』のアレンは、屋敷に入りすぐの一階のエントランスに、仲間の『同族殺し』のリザードマンのエリスと共にいた。エントランスはとても広く、周りに物はほとんどなくかなり色のない殺風景だと思うかもしれないが、アレンの目の前には立派な二階へと続く階段があり、それがとても豪勢かつ迫力があった。
　「……」
　「きゃっ…なっ、何よこれ…」
　突如耳にしたことない声が聞こえ、アレンは声のするほうへ体を向ける。
　「…何のつもりだ？」
　エリスはアレンの後ろの背中にピタリと密着し、まるでナメクジに塩をかけて姿を小さくしたように、体を縮ませてブルブルと震えている。エリスのトカゲの尻尾はガチガチに上に向いたまま逆立って固まっている。
　屋敷は無人のため空が明るくてもやはり暗い。
　アレンは用意していた火をともした手製のランタンで、エリスを照らした。エリスの近くに、豪華な服装に身を包んだ人物の彫刻像が立っていた。いきなり自分よりもでかい物体がヌッと現れたもので、アレンはさすがに少し身を引く。
　アレンは、街の長であるヨシュアからこの屋敷の主について話を聞いていた。おそらくこの彫刻像のモデルは、この屋敷の主ロイ＝ロッドケーストに間違いないだろう。ロイ家はこの街に古くから住む由緒正しい貴族の家で、昔から街の産業などを支援し街の発展に大きく貢献していた。だが、時代とともに栄華を誇っていた力も衰え、魔物娘たちの力を借りられなければ街も永遠の繁栄と安泰ができなくなってしまっていた。
　そしてロイ家もまたお家断絶の危機に見舞われ、6代目の当主であるロイ＝ロッドケーストの代にて断絶したとされている。(だが、詳しい生没年は不明でありかなり謎めいている)
　「…ただの彫刻像だが？」
　「…ふぇ？」
　エリスは、さっきとうって違ってかなりまだ年も少ない少女のような声で、反応し恐る恐るアレンの後ろから顔を出す。歴戦を制した傭兵のように、凛々しかったさっきの姿はどこへ行ったのやら。
　アレンは今、普段と変わらず淡々とした冷静なように見えるが、実はそうではなく、エリスのある部分が背中にこれでもかというくらい自己主張し、その柔らかさに冷静さを崩しかけ必死に冷静に自我を保とうと必死になり頭を激しく回転させている。厄介なことにアレンは生まれて初めての感触で、どうも嫌になれずソワソワな感じを否めなかった。頭から何か蒸気のようなものが…。
　(なんだ…この…感触は、ずっと昔から忘れていたような感じ、このままいたいと思うような…とても温かい…んぁ、ええい！！)
　アレンは額に手をやり必死に自分の心に言い聞かせ続けた。
　「ん…どうした？」
　「…はな…れ…」
　「えっ？えっ？何が、どうしたんだ？」
　「いいからとっとと離れろ！！」
　
　(あぁ、やっぱり怖い…真っ暗だよ…どこなの…)
　リザードマンのエリスは今、アレンの後ろにくっつきながら、屋敷の一階の回廊をずっと忍び足で歩いていた。なぜかアレンの歩く速度が異常に速く、時折こちらを見れば舌打ちをし、靴のかかとを不機嫌そうに鳴らしながら歩いているのにエリスは気づき、何を不機嫌にしているかを思案していた。
　元々エリスは、幼いころから反魔物領の近くに住んでいて、同じ同族の友達は少ないが一応いた、が異性(人間の男性)との交流、もといボーイフレンドの存在は一人もいなかった。そのため、どこか恋愛事に関してかなり経験は乏しく、先のような出来事にもあまり意識をしておりともかく抜けていた。(あの行為は絶対誰しもが戸惑い、そして心の中でガッツポーズを…)
　一階の部屋もくまなく探索した。だがしかしあまり異常がなく当然人の存在はいない。
　「…ここは？」
　「資料室か何か？」
　その部屋は、大量の本が埋め尽くされている本棚が幾つもあり、その本棚の中に入りきらなかったものと思われる本は、一か所に山だらけで置いてある。それもどれも当然のごとく埃をかぶっている、デビルバグか何かが出てきそうでエリスはこの不清潔な部屋から出て行きたかった。
「汚い部屋だな…」
「……」
エリスはアレンに同意を求めて一刻も早くこの部屋から、そしてこの屋敷から出て行きたかったが、アレンの耳に彼女の言葉は入っていない様子だった。アレンは近くに置いてあった埃をかぶった本を手にし、適当にページをめくり始めている。
「…生物学？」
アレンは本の内容に眉をひそめた。読み終わると今度はその周りにある本を、手当たり次第集め始めている。
「…何をしている？お前も手伝え」
「ん…どうしても、手伝わないとダメ？」
エリスはできるだけ可愛げに言ってみた、こんな埃まみれの部屋の中を歩き回りたくなかったためである。だが、アレンにそんなことは一切通じない。
「…阿呆か貴様？」
逆にアレンから引かれている。エリスは心の中で泣きそうになる。
(べっ、別にしたくてやったわけじゃないのに…ただ)
「…どれもこれも生物学ばかりだ…そして内容は生と死…化け物と何か関係が？」
第６代目当主のロイ＝ロッドケーストは、有名な生物学の権威であり遺伝学者だったとされている。彼の有名な研究内容としては、『どうしたら魔物娘と人の間から、魔物娘ではなく男性が生まれてくるか』というような研究内容だった。ロイ＝ロッドケーストは新魔物派の人間で、教会と魔物娘達との確執を取り除くべく奮闘し、お互いの永遠の繁栄と平和を望んでいたらしい。だがしかし未だに答えを出せていない。

『…その通りです…旦那様は…変わられてしまいました…』

「！？」
どこかからともなく声が聞こえ、エリスのものではないと感づいたアレンは背後を振り向き戦闘態勢の構えをとった。
「いっ、いやああああぁぁぁぁ！！出た！？出たああぁぁぁぁ…」
その後エリスは大きな悲鳴を上げその場にぶっ倒れた。

■作者メッセージ
やっとだよ、やっとひと月以上もかかりましたが一応仕上げた文章です。
もう少しで疾走しそうになりましたが…何分忙しいため。