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魔物狩り その4 屋敷潜入 プロローグ
 「ここか…例の街は…」
 アレンは今、自らが住む街から数キロ離れた隣街の正門の前にいる。それはなぜなのかというと、朝早くアレンの自宅を訪ねてきたある人物が原因である。
 (フランクの奴…)
 今朝のことである、アレンの自宅にフランクが直接やってきたのである。フランクが自分の家へ訪ねてきたこと、人が自分の家に訪ねてきたことが初めてであるアレンは、内心動揺を隠し切れずにいた。話を聞けば、どうやら急な用件で、隣街の親友から、街のはずれにある古い屋敷から、夜な夜な化け物が街を荒らしにやってくるそうで、それを退治する人間をよこしてほしいということだ。あのビジネス以外で真面目な顔で話をすることのないフランクが、アレンに対して深々と頭を下げて、必死に懇願する様子にどうすることもできずに、折れてしまいアレンは今に到る。
 それでも普段以上に早く起こされ、眠気が覚めないまま朝から、アレンにとっては、自分に関係のない突然の話で、内心は嫌々かつ不快極まりなかった。
ただフランクのあの様子から、とてもじゃないが断りにくく、こちらの返答に関わらず無視しそうな雰囲気で、フランクにとってかなり一大事のことなのだろうと、アレンは思う。
 (それにしても多い…)
 アレンの周囲は、人間の旅人や商人に混じり、商人の魔物娘達も多く、アレンの側をたくさんの商品を背負い、せっせと懸命にゴブリンが走り去って行く。容姿は、人間の幼い子供と変わらず、性格も子供そのもので悪戯好きだが、力がありあの弱弱しい細腕からは、想像出来ないほどの怪力を誇り、例え自分よりも大きく重いものでも、軽々と持ち上げ背負うことのできる、極めて未知なる能力を持つ魔物娘である。
 正門を守る番兵を見ると、十五、六の、まだ幼さが残る少女のような容姿をした少年の番兵が、ミノタウロスに絡まれわなわなと、蛇に睨まれた蛙状態になっている。
 アレンはその様子を、ただただ眺めて傍観に徹する。
 傭兵のようなミノタウロスは、顔のほほを発情したように赤く染め、小動物のように震える少年の番兵を、なめまわすような視線で見ている。おそらく少年の容姿が、ミノタウロスの中にひっそりと眠っていた嗜虐心を、奮い起こしてしまったのだろう。
 この様子は、男と女の立場が逆転しているとてもおかしな光景だ。これは魔物娘達が、現れるようになってしまったことで起きた現象。さほど珍しいものではない。
 アレンはなぜか不甲斐なく感じてしまう。
 「あぁ…もう我慢できねぇ…」
 「あっ!!ちょっ、ちょっと待っ…ああああ…!!」
 ミノタウロスは、その少年の腕二つ分でも足りないような太い腕で、片腕で豪快に持ち上げ肩に背負うと、そのまま颯爽と周囲の目を気にせず、近くの雑木林の中へ消えていった。
 アレンの近くから、何人かの魔物娘達の狂気に満ちた歓喜が広がり、妖艶なムードがあたりを立ち込める。
 アレンは身の危険を察知し、そのまま街の中へ入って行った。
 
 アレンはいつもと違う他の街の雰囲気に、少しけだるくなってくる。
 アレンの住む街は、人のほうが魔物娘よりも割合は多く、酒場や市場は人間中心で、魔物娘達よりも優遇されており、魔物娘達はかなり生活面で、肩身の狭い暮らしを余儀なくされている。だがこの街は違い、人間と魔物娘の間に壁はなく、ともにお互いを尊重しあいながら暮らしている。どちらかに偏ることなく、平等で、アレンの住む街に無い”何か”がこの街にあった。
 だが、この環境は『魔物狩り』にとっては、あまりいいものとは言えない。『魔物狩り』と魔物娘は決して交わることのない平行線上にいる存在。気を許し一緒になってしまえば、情が移り”魔物を狩る”ということが、できなくなってしまう。『魔物狩り』が、魔物を狩ることをできなくなってしまえば、死んだも同然の死活問題に関わることになる。
 アレンは魔物娘達に、目をつけられないよう地面に目を集中させ、目を合わせないよう注意深く歩く。
 時々、周囲から売り子の、愛想のよい外向けの可愛らしい声が聞こえたり、男女の恋人達のたわいも無い談笑が、耳に嫌というほど入ってくる。
 (宿はどこだ?)
 こういうことは、長期滞在になる。アレンは街の各地を歩き回る、歩きざまに娼婦らしい魔物娘から、甘い誘いを受けたりもしたが、一切全く聞く耳を持たず歩き続けた。歩き続けて、足腰が悲鳴をあげ警告を発している。それでもアレンは、足腰に厳しく鞭を打ち、宿を目指しただひたすらさまよった。そうると、人気の無い殺風景な道に出て、そしてやっとついに念願の宿を発見する。
 「あった…」
 外観は、赤レンガ造りのとてもおしゃれな建物で、窓際にくくってあるカーテンは、とても洗い仕立てのシーツのごとく、とても清潔感のある白い色だった。店の入り口の扉に掛けてある看板は、手作り感のあるほのぼのとした感じのデザイン。
 アレンは何が何でも、早く適当でもいいから宿に入りたかった。
 宿に入りまず目に付いたのは、フロントのカウンターの上で、景気よく熟睡している大きな牛のような物体だった。
 「……」
 アレンは入って二秒で早々言葉を失う。
 よく見ると、その牛はどうやらホルスタウロスという魔物娘で、とても温厚でおっとりとしており、全く人間に害を与えることの無い魔物娘である。特徴を言えば、角を生やした牛のような容姿で、二つのたわわな甘い大きな果実のような胸を持っている。胸の乳房から取れる甘いミルクは、とても栄養価が高く上質で、ブランド物まで存在するらしい。
 子供のように無邪気で、愛おしい顔つき。だがぷっくりとしたやわらかそうな唇から、だらしなく涎が垂れて、雰囲気を壊している。その顔つきと、アンバランスの二つのたわわな大きな果実を、クッション枕にして眠っている。
 アレンは、ホルスタウロスの横に置いてある呼び鈴を鳴らす。しかし、裏のほうから誰も出てこず、ホルスタウロスも起きる気配は無い。
 アレンはホルスタウロスに言いようの無い憤りを感じるも、アレンは黙って名簿を探し、そこに名前を記入する。そして棚から適当に部屋の鍵を強引に取り、そして部屋へと直行する。
 あきらかにいけないことなのだが、アレンは気にしない。あんな態度で客を迎えて、ここの宿の主は何を考えている、全くふざけているにもほどがありすぎる。とアレンは、煮えたぎる怒りを腹の中に引っ込める。
 アレンは部屋に荷物を置き、依頼人の元へ向かう。
 
 アレンは今依頼人と交渉をしている。あのフランクの親友と聞いて、またろくでもない奴と決め付けていたが、そうでもなく普通の人間で、しかもこの街の長であることにアレンは驚く。年齢はフランクと同じくらいだろうか、それでも若々しく声に張りがあり、体育系の爽やかな男だとアレンは思った。
 「いやぁ、フランクから聞いていましたが、中々男前の方ですね。いやいや申し遅れました、フランクの親友で街の長のヨシュアという者です」
 男はニコニコと爽やかな笑みを浮かべ、時折健康的な真っ白な歯をこぼす。
 「…アレンです」
 「アレンさんですか?本当にありがとうございます。実はアレンさん以外のほかの方達にも依頼したのですが、あの屋敷に行って以来、全く帰ってこないのです。このままの状態が続けば、街の安全どころか街の評判にまで関わります」
 「分かりました…必ずや解決してみせます…」
 
 「……」
 そして今、街のはずれにある大きな古い屋敷の門の前にいる。夕暮れの木漏れ日が差し、とても大きな古い屋敷は、有無を言わず不気味に建っている。草はぼうぼうに荒れ果て、コケがところどころに生えて、長い間誰も住んでいないことを明確にしている。まさに何が出てきても不思議でない環境である。
 「……」
 「それにしても大きな屋敷だな」
 アレンの横から、透き通った声が聞こえそちらを向くと、『同族殺し』のリザードマンのエリスが立っていた。
 (…いつの間に?)
 エリスは、鍛え抜かれた剣のような姿で、いつも見ても凛々しい刃のような目で、屋敷を見据えている。よく近くで見ると、女を感じさせるように丸みを帯びている部分があり、やはり年相応の瑞々しい色気があった。
 「なぜいる?」
 「なぜって、いたら悪い?」
 アレンの棘のある物言いに、別に気にすることなく答え、問い返すエリス。
 「…フランクから、お前の側にいてくれと頼まれたからだ。『俺がいないと寂しがるだろうなぁ』とかどうとか言っていたが…」
 (……余計なことを…)
 アレンはフランクに対して激しい殺意を抱く。
 (帰ったら、首を洗って待っていろ!!フゥランクゥ!!)
 「んっ!?どうしたいきなり?」
 「フン、もういい勝手にしろ…」
 
 こうしてアレンとエリスの共闘&屋敷潜入劇が始まった。
 
10/08/30 21:01更新 / 墓守の末裔
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■作者メッセージ
屋敷潜入劇の序章です。
共闘の結果は次回に続く〜

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