連載小説
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結痕
「お、お疲れー」


「お疲れ。ゴメン、あんまり手伝えなくて」


「いいんだよ。忙しかったんだろ?実行委員。こっちこそあんまり入ってもらってないのに片付けだけ手伝わせちゃって悪いな」


「まぁ、せっかくだし片付けくらい参加させてくれよ。あとオレは実行委員ではないんだけど」


文化祭三日目。全日程通して取り立てて大きなトラブルもなく、つつがなく進んでいた催しは最終日も夕方になり校内に増え始める片付けに取りかかる生徒達の姿からはなんとも言えない寂しい終わりのムードが漂っていた。
ユウは粗方の仕事を終え、というよりも文化祭当日での生徒会執行部の役割は校内見回りと来校者への挨拶くらいのものだったのだが案の定と言うべきか、何かあるたび実行委員達から助けを求められ結局チカと二人でトラブルシューティングに奔走する羽目になってしまったのだった。文化祭で大きなトラブルが無かったのは実行委員会も含めて彼らの功績が大きいのだが、これに懲りて来年からは実行委員会だけでもしっかりと文化祭を運営していけるように事前の準備を徹底するよう進言しておこうと考える彼は今、期間中あまり顔を出すことができなかったクラスの模擬店の撤去を手伝っていた。焼きそば、お好み焼き、フランクフルトと各種ソフトドリンクというベタなラインナップの店だったがそこそこ売り上げはあったらしく、屯しながら片付けを行っている女子達が売り上げを使った打ち上げの計画を練っている。


「知ってるよ生徒会執行部様。でもずっとブンジツの奴らと一緒に居ただろ?」


「まぁ成り行きだな。生徒会として企画段階から実行委員会の動行を把握しないわけにはいかないから。春の会議から一緒だったから気心も知れちゃってな」


「大変だねぇ……あ、そうだ。一緒だったといえば」


クラスメイトの彼が長机を折り畳みながら、なにかを思い出したように呟く。


「お前と一緒にいたちょっと気の強そうなむすっとしたかわいい子。あの子はたしか生徒会だろ?紹介してくれよ」


「……ツインテールの?」


「そうそう。あの髪型似合う子ってなかなかいねーよな。やっぱかわいい娘は何してもかわいいんだよ」


クラスの女子達の刺すような視線を一身に受ける彼が言っているのは十中八九チカのことだろう。たしかに彼女はかわいいという表現がぴったりと合う魅力を持っている。それに溺れて息もできなくなるほど。


「いや、あの……それは……」


「なんだよ、あの子気難しそうだけど紹介するくらいならいいだろ。ケチケチすんなよ」


「……申し訳ないけど、嫌……かな」


「……おい、まさかお前」


「……アハハ」


自分自身でもびっくりするほどの乾いた笑いがユウの口から洩れると彼が畳んでいた長机を放り出し、掴みかかってきて一悶着あったが結局それは女子達の「ちょっと男子ー」という声で諫められた。


「……いつからだ」


「割りと最近かな」


「……はぁ、くっそぉ、もっと早く行動すべきだったかぁ。見た感じくっついてる感無かったからいけると思ったんだけどなー」


彼が悔しそうに唸る。
実際チカはあの夜の後もあまり態度を変えることはなく、いつも通り飄々としてどこかぶっきらぼうに、時折からかうような素振りでユウと接している。

他人の目があるところでは。

二人きりになるとその表情は一気に色欲に染まり、堕ちていくような暗く甘い視線と脳を溶かす柔らかな声、息遣い、与えられる熱い痛みが彼を弄び、嫐り、そして底が見えないほど深く愛する。
そんな彼女に彼が虜とならない筈はなく、また彼女もそれは同様だった。

自分を見下ろす嗜虐的な笑みを思い浮かべながら着々と屋台を解体していると先程打ち上げの話をしていた女子が話しかけてきた。


「菊田くん、打ち上げどうする?」


「あぁ、今日は先約あるからパスで。ゴメン」


「彼女持ちに売り上げから食わすもんなんてねぇよ」


「うわ、心せまっ。了解、菊田欠席、と……あれ、指、どうしたのそれ」


「ん……あぁ、これ」


恐らく彼女が言っているのは左手に巻かれている絆創膏のことだろう。ある程度近づかなければ気付かれることはないが、位置が位置だけに時々このように指摘される程度にはそれは目立ってしまっている。

誰かにそのことを聞かれたのは初めてでは無かったので彼はすらすらと用意していた言葉を口にした。


「……料理中にね、やっちゃって」


「ふぅん、料理とかするんだ」


「……まぁ、時々」


その後しばらくクラスの片付けを手伝い、帰り支度を済ませて校門に向かうとその脇に見覚えのある人影が立っていた。


「お疲れ、チカ」


「お疲れ様ですセンパイ。やっと終わりましたね」


「ホントだよ。あー疲れた」


「さ、帰りましょうか」


二人で並んで校門を出て帰路を歩く。傾いても未だ熱線を放つ橙色に変わりかけた太陽の光と夏の終わりを告げる少し涼しい乾いた風が二人を包んだ。


「心なしか日が落ちるのが早くなってきましたね」


「もう九月も半ばだからなぁ。こんなもんだろ」


「そういうもんですか。そういえばセンパイのクラスはなにやってたんでしたっけ?」


「前に言わなかったか?模擬店だよ、焼きそばとかお好み焼きとか鉄板メインの」


「なんか暑苦しそうですね」


そんな他愛もない話をしながら並んで帰る。夏休み中から変わらない二人の光景。ユウはこの平和な時間を愛していた。もっとも彼女と過ごす時間に愛しくないものなど存在しないが。
しかし、その日はしばらく歩いているといつもと少し違うところがあることに彼は気がついた。


「それでですね、そこで貰ったやつを全部まとめて旦那さんに食べさせちゃったみたいで、もー大変だったらしいですよ。豹変した旦那さんに一週間丸々好き放題ヤられて完全に屈服させられちゃったみたいで。ベッドはともかく絨毯とかカーテンとか家具類まで全部ダメにしちゃったらしいんです。すごいですよね」


「……なぁ、チカ」


「はい?」


「その、今日はよく喋るな」


「……うるさかったですか?」


いつもの彼女は並んで歩いていてもそこまで自分から話をすることはない。全く喋らないわけでもないが、特に話すことが無い時に無理矢理話題を見つけて話を続けるよりかは黙りこむようなタイプだった。
心地よい沈黙なのでユウは二人で何も言わず黙って歩くのも嫌いではなかったのだが、今日のチカはいつもなら沈黙しているであろうタイミングでも矢継ぎ早に次の話題を話し始める。その話はそれまでの話題とまったくかけ離れたものであることもありその様子はなんと言うか。


「いや、そうじゃないんだけど……なんか、余裕ない感じに見えて」


「……当たり前じゃないですか。三日間、できなかったんですから」


あの日から毎日隙を見つけては交わり合っていた二人だったがこの三日間はいつもと異なるスケジュールにうまく時間を見つけることができず、ようやっと二人で一息つける時間を取れても間が悪くトラブルが発生したり、人目に付かない場所を見つけられなかったりしてお預けを食らっていたのであった。
ユウも二人の時間を待ちわびていなかったわけではないのだが彼女はよりそれが大きいように見える。これは魔物娘とやらの特性なのだろうか。


「うん、まぁ……早く行こうか」


「……はい」


二人はそれ以降黙って手を繋いで足早に目的地に向かう。到着するまで絡めあったその手は、これから起こることを待ちきれないとでも言うように何度も握り直して指を絡ませ合う動作を繰り返していた。

十分ほど歩き、着いたのはごく普通の一軒家。表札には『鹿島』の文字が彫られている。ここに来るのは初めてではないが以前に来たのは家に誰も居らず二人きりになるタイミングだった。今日、そこには彼女の両親がいるらしいのだが彼女曰く「親も私達と一緒だからあんまり気にしなくていい」とのことである。
ガチャリとドアを開きその家に入る彼女にユウは続いた。


「ただいま」


「お、お邪魔しま、ッ!?」


「んっ、む、ちゅ、は、む、んぅ、ふ、ぁ、ん」


他人の家に上がる際の挨拶も言い終わらないうちにチカがユウのシャツの胸倉を掴んで頭を引き下ろし、唇を重ね合わせた。
靴も脱がずに交わされるこの三日間触れ合えなかった時間を埋めるかのような舌と舌が絡み合う濃密な接吻が玄関に場違いな水音を響かせる。


「んむ、ふ、ぅ、むぅ、ぁ、はむ、お、おいっ、んぅ」


「ちゅぐ、はぁ、む、だまって、はむ、ちゅ、ちゅ、る、む」


「あ、むぅ、い、いや、むぐ、ふ、ぅ、あ、あれ」


「ちゅ、ぷは、あれ……?あ、お母さん、ただいま」


「おかえりなさい、気にせず続けてもらっていいのよ?」


そこにはいつの間に立っていたのかチカと似た気の強そうな印象を与える目元を持つスタイルの良い女性がそこにいた。おそらくチカの母親で、彼女も魔物娘、ヴァンプモスキートとかいうやつなのだろう。目の前で靴すら脱がずに深い口づけを交わす娘の姿を見ても一切動じずにっこりと微笑んでいるのはやはり人間とは多少価値観が異なるからであろうか。


「じゃあ、続きを」


「い、いや待て、靴くらい脱ごうぜ」


「……それもそうですね、よいっしょ」


「その子が最近話してた子?」


「うん」


「あ、は、初めまして、娘さんとお付き合いさせ、ちょ、おい、引っ張るなって」


交際相手の母親に自己紹介くらいはしておいた方が良いだろうと思い、ユウが自分の名前を名乗ろうとすると先に靴を脱いで家に上がっていたチカが待ちきれないと言うようにかなりの力でぐいぐいと彼を家の中に引きずり込もうとする。


「そんな堅っ苦しいの後でいいですから早く靴脱いでください。お母さん、今日私晩御飯いらないから」


「ふふ、見せつけてくれるわねぇ。わかったわ、ゆっくり楽しみなさい」


そう言うとチカの母親は家の奥に引っ込んでいき、微かに聞こえるチカの父親であろう男性の声と何やら会話する音が聞こえたが内容までは聞き取ることができなかった。
ユウが引っ張られながらもなんとかバランスを保ち靴を脱いで家に上がるとチカが彼の手を引きながら階段を上がって扉を開き、部屋に彼を誘い込む。シンプルな内装に本棚や勉強机、ベッドなどが置かれているこの部屋はおそらくチカの自室なのだろう。
その部屋に入っても彼女の引く力は弱まることはなく彼がベッドまでズルズルと引き寄せられると投げるようにそこに放り出され、その慣性に抵抗することもできずベッドに腰かけてしまう。次の瞬間、彼女がしがみ付いて先程玄関で行っていた行為の続きを始めた。


「んっふ、ふぅ、む、ちゅ、む、はむ、じゅる」


「ぅ、んぅ、ぁ、むっ、ぅ、む、ふ、ぁ、ん、むぅ」


「む、ちゅる……ぷは、せんぱい」


「ふ、はぁ……どした?」


「……おなかすいた」


「……あんまり吸いすぎんなよ……その、おかしくなるから」


ユウがシャツのボタンを外し既に彼女の歯形がくっきりと付けられた首筋を見せるとチカはすぐそこに飛びつき彼を押し倒す。皮膚に歯を立てる彼女の手持ち無沙汰な手の平に彼の手が触れ、そのまま重ね合わせると彼女も答えるように指を握り込んだ。互いに両手の指を絡ませ合いながら、相手の左手に貼り付けられた絆創膏を片手で器用に剥がし合う。

荒く熱っぽい吐息と短い喘ぎ声が響くその部屋で一つの塊となり身体を重ね合わせる二人。彼らの左手に貼られた絆創膏の下にはあの日から何度も何度も同じ処に傷を付け合い既に生涯消えない環のような痕となっている傷口が、そして傷の淵で凝固して暗い輝きを放っている赤黒い血の滴が、薬指の根元に宝石のリングの如く燦然と煌めいていた。


21/10/12 20:05更新 / マルタンヤンマ
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■作者メッセージ
最後までお読みいただきありがとうございました

陰の者なんで文化祭の思い出が特にありません

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