第三話
・・・ ぺ と ぺ と
ぺ と ぺ と
奉行所のほど近く、里の檀家の寺。
そこのお堂に沢山の男たちがひしめいていた。
みな、体のそこかしこに包帯を巻いている。
し ゅ る し ゅ る
し ゅ る し ゅ る ・・・
その男たちの中にひとり、小柄な少女がいる。
少女は傷ついた男たちのなかを右へ左へと駆けまわっている。
格子柄の四ツ身がひらひらとはためく。
「・・・はい、これで大丈夫。 お大事にしてね」
少女は慣れた手つきで、男たちの包帯をほどき、
傷口に膏薬を塗りつけ包帯を巻き戻している。
「そろそろ大丈夫じゃねえかい」
「ダメ、傷口が膿んじゃうよ」
「ソヨちゃんが言うんなら、そうなんだろな」
かまいたち
ソヨ。 鎌 鼬 三姉妹の末の妹。
次姉がつけた傷をふさぐのが彼女の役目。
鎌鼬秘伝の製法で作るその薬は、一塗りすればどんな出血もぴたりと止み
どんな傷もたちどころに塞がるという。
ただ、いま手に持っている薬はあくまで普通の薬、そこまでの効き目はない。
だがまごころをこめたかいがいしい施術は、薬以上の効き目を男たちにもたらしている。
ソヨは救護所で見習いをすることで、シマキの機織り・ハヤテの山廻りとともにたつきを立てていた。
「あんまり無理しちゃいけねえぜ」
「うん。 でも・・・」
「ソヨちゃんたちのせいじゃねえよ」
このお堂に集められているのは、切り裂き魔に傷を負わされた人夫たち。
その中でもこの里の出の者がここに集められていた。
「んだ。シマキさんやハヤテが、あんなまねするはずねえ」
「ほんとにお奉行さまってのは杓子定規でいけねえよ」
「おいおい、んなこと日が高いうちから言うもんでえねえ」
ごんげん
「構うもんか。 ソヨちゃんたちは 権 現 さまの遣いなのによう」
この里は成り立ったころからずっと、彼女らを自然に受け入れていた。
里山の奥にひっそりと建つやしろに祀られる『権現さま』。
この里では、鎌鼬は権現さまの眷族ということになっている。
宮司がいなくなって久しいやしろを、姉妹はよく守ってきた。
この里のものはみな権現さまの氏子である。
「おちから、つかっちゃあいけねえっていう沙汰が下ったんだって?」
「権現さまのお薬なら、こんな傷ひと塗りで治っちまうのによう」
「たいへんな手間ぁかけさせて、申し訳ないなあ」
「いいの。 あたし、お手当て大好き」
あたたかい言葉に報いるため、ソヨはせいいっぱい微笑んでみせた。
どうしようもない心細さを押し殺して。
「おーい、ソヨちゃーん」
「はあい?」
「勘介の旦那がお見えだぞー」
「え! はっ、はーいっ!」
つくってみせたものでない笑顔がぱっとはじける。
ぱたぱたと細い足が跳ねていく。
その後ろ姿を、里の男たちはみないちようの想いをもって見つめていた。
胸いっぱいのほほえましさと、ひとかけらのせつなさと。
「カーーンちゃーーーーん!」
「おうっ、ソヨ!」
ぱたぱたと跳ねた足が、小さな体をぴょんとはじけ跳ばす。
勘介の大きなからだが、跳ねてきた小さな体をしかと抱きとめた。
「・・・カンちゃん」
「ソヨ」
「カンちゃん・・・」
はじけるように笑って跳びこんできた少女は、男にだきつくなり涙を零す。
せいいっぱい張りつめていた心が、あたたかいものに触れて心地よく溶けていった。
「お姉ちゃんたち、だいじょうぶ?」
「ああ、元気そうだった。 ソヨは元気か?」
「うん、元気だよ。みんなも元気」
「そうか。 さすがソヨの手当てだ」
「えへへ」
ソヨは勘介の胸元から顔を上げた。
赤くうるむ目で、笑ってみせる。
「お姉ちゃんたち、何か言ってた?」
「無茶するな、って言ってたな」
「・・・ ・・・ ・・・」
「ソヨ。 がまんだぞ」
「うん」
幼く見えるとはいえ、齢いくつともつかぬ鎌鼬。
その気になれば見張りを蹴散らし姉のもとへ行くのはたやすい。
しかし里で暮らす以上、それはけして許されぬことであった。
「ね、カンちゃん」
「なんだ?」
「・・・あたしたち、悪くないよね?」
「ああ、悪いもんか」
勘介は震える声にひとつひとつ、ていねいに、力強く答えていく。
ソヨはもう一度、勘介の首にすがりついた。
「みんなも、あたしたちのこと、悪くないって言ってくれる」
「当ったり前さ」
「あたし、頑張る」
「おう」
勘介は少女を抱き上げたまま、戸口へと戻っていった。
ソヨはしかと、勘介に抱きついている。
「じゃあな、ソヨ」
「・・・うん」
まだ、ソヨはすがりついていた。
沙汰が下りている以上、ソヨは戸口から一歩たりとて出ることは許されない。
戸口の外で六尺棒をかまえた見張りが、わき目でこちらを見ていた。
「・・・ソヨ」
「・・・・・・・・」
― いかないで。
しがみつき、胸に顔をうずめたソヨ。
声を出さず、全身を振るわせてそう言っている。
― どこにもいかないで ―
勘介はやさしく力をこめた。
ソヨは、なすがままになる。
勘介はそっと、三和土にソヨを降ろす。
「また、すぐ来る。がんばれよ」
「―カンちゃんっ!!」
戸口の外に出ようというところにソヨが跳びついてきた。
戸口から半歩踏みだしている。
「・・・・・・・・・・・・」
もう一度、静かに力をこめて肩を取り、三和土へと戻す。
ソヨはやはり、あらがわなかった。
三和土に降ろされるやいなや、振り返りもせず中へと走り去っていく。
勘介はちらりと見張りのほうに目をやる。
「・・・ふあああ、あー・・・」
見張りはそっぽを向き、おおきなからあくびをしていた。
17/09/30 22:57更新 / 一太郎
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