愛は不変で偉大なもの
人間の命は魔物娘達と比べて短く、それでいて口から火を吐き、爪で壁などを打ち砕く事など到底出来ないのだから脆弱な生き物だと中にはそう唱える魔物娘達がいる。
されど中には脆弱と分かっていながらも人間を愛し共に生きようとする魔物娘もいる。
美しい愛の形であるがどんな愛にも終わりが来るものであり男女のすれ違いやの突然の事故など原因は様々であるが中でもこれだけはどうしても割り切れないのだ。
それは死、だ。
命あるも寿命があり受け入れなければならない辛い現実だ。
ここにいる二人もまたその現実を受け入れようとしていた。
深夜。
ある病院の一室にてまた一つの命が消えかけようとする。
「・・・・もう、駄目なのか」
「分かりきった事を・・・言うな。私はもう・・・覚悟している」
弱った体で息を切らしながら答える女に男は涙目になっていた。
女は人間ではない。
腕は強靭な鱗で覆われ、頭からは二対の角が生えている。
背中には今は折りたたんで見えないが翼が二対。
彼女は『ドラゴン』と呼ばれる魔物娘であり陸上においては敵なしと謳われる最強の生物だ。
しかし今の彼女はその面影など微塵もない。
顔色は悪く、何度も苦しそうに呼吸を繰り返す姿は彼女が地上最強の種族であるなど誰も思わないだろう。
結婚を承諾してくれたあの日から何度も知らされていた事実。
受け入れていたつもりだった。
分かっていたつもりだった。
けれど男は納得出来るはずがないのだ。
最愛の、妻の死を見届ける事など。
♢♢♢♢♢♢
出会いは約5年ぐらい前だった。
彼ことヒビキ・ソウシは当ても知らない旅の者だった。
気ままに国を渡り歩いて興味が沸いたらそこに数日泊まり、路銀が無くなったら適当な日雇いの仕事を見つけて稼ぐという生活を1年ぐらい前から続けていた。
その道中においてドラゴン属が治めているという国を訪れた。
単に物見ぐらいの気持ちで珍しいものはないかという好奇心からでありいつもの通り数日したらここから離れるつもりだった。
だが運命の日は訪れた。
滞在して3日目、ヒビキはその国でも有数の公園を訪れようとした。
有数といっても珍しい物はなく至って普通の遊具と噴水があるぐらいの何処にでもあるような公園だった。
適当にそこら辺をぶらぶらしていると目に止まった。
多種の花に囲まれて公園のベンチに座っている美しい女性の姿が。
外見で分かる、彼女は人間ではなく『ドラゴン』と呼ばれる魔物娘だ。
別にここがドラゴンの国だからその同類がいるのは何ら可笑しい話ではないのだが彼にとって彼女は他の魔物娘とは違う雰囲気を感じ取った。
流れるような長い紅蓮色の髪、美人の部類に確実に入るような整った顔、女性として無駄な贅肉などない引き締まった体。
どれもが女性として十分な基準を満たしていた。
そして彼が彼女に一目ぼれをするのに十分だった事も。
心臓の鼓動が早く、緊張が解けない。
その気持ちが何なのか彼は知っていた。
ならばこの気持ちが冷めない内にやらなければ。
すぐに彼女に近づいた。
見れば見れるほど惚れてしまいそうな美貌と容姿だった。
視線に気が付いた彼女はこちらに振り向いた。
彼はそこで膝をついて申し出た。
『好きです!! 俺と付き合ってください!!』
『断る』
わずか1秒だった。
冷静に考えればあって数秒で他人から付き合えなどと告白されても困惑するし、拒絶もするのもごく当たり前の反応なのだが今の彼にはその考えが至らない。
恋は盲目という言葉があるように彼もまた頭の中で拒絶されるなどという未来など見えていなかったのだ。
けれど冷たい現実を突き付けられた事で冷静さも思考力も取り戻しなぜ自分が拒絶されたのかを考え始めた。
恐らく考えられるのは自分が職なしのろくでなしだと思われているのか、もしやもっと別の理由があるのか。
たまらず彼女に問いかけてみた。
『た、確かに俺は職に就いてない風来坊だけど君の為なら職を探す。まさか既に誰かと付き合っているのか?』
『いや、男はいない』
その台詞でヒビキは安心できた。
仮に恋人とかがいれば今日の夜は一人でやけ食いしそうな程落ち込んでしまうだろう。
だが疑問はまだ残る。
『だったら何故なんだ?』
彼女は答えない。
沈黙が数分流れた後、彼女は口を開けた。
『・・・帰る』
それだけ言い残して彼女は翼を広げて飛び去って行った。
呆気に取られた彼だがここで諦めるという気持ちはなかった。
今でも聞こえてくる心臓の鼓動は間違いなく彼女のせいなのだ。
ここで諦めては後悔が残る。
まだチャンスはあるのだから待つ事にした。
♢♢♢♢♢♢
その次の日。
彼は彼女がいるだろう公園にてベンチに座って待っていると彼女がやってきた。
当の本人はうんざりとした顔だったが何も告げず少しだけ距離を空けてベンチに座った。
『もう一度言う。好きだ!!付き合ってくれ!!』
『・・・済まない』
何故か申し訳なそうな声色だった。
という事は初日の台詞の本心は自分を嫌っていないという事なのだろうか。
だが自分を拒絶する理由が何処にあるのだろう。
自分では思いつかない、ではもう一度彼女に直接聞いてみよう。
『君が俺のここが嫌っているというのなら俺は出来る限り直すし君の好みに合わせる。だから俺・・』
『・・・出来ないんだ』
辛そうな口調だった。
そのまま、また彼女は翼を広げて飛び去って行く。
飛び去ったその後ろ姿は悲しそうだった。
ドラゴン属はここまで哀愁とやらを漂わせるのだろうか。
特別な理由があるのだろうと直感した。
だからもう一度待つ事にした。
♢♢♢♢♢♢
そしてまた次の日。
案の定と言おうか彼女はやってきた。
うんざり顔はしていなかったが今度は少しだけ悲しそうな顔をしていた。
その理由が何度も告白しても無駄だというのを分からずに繰り返すヒビキをあざ笑っているのかと思ったがヒビキはそれでもいいと次には考え直した。
他人であれば頭にきてもう諦めようとするだろうがヒビキには逆効果であり訳でも聞かされない限り、自分が完全に納得しない限りは諦めたくないのだ。
だから今度は自分なりにやんわりと遠回しに誘ってみた。
『いきなり恋人とかじゃなく、まずは友達として付き合ってくれ。そこから関係とかを深めてくれないか』
『・・・だから出来ないんだ』
今度は他人でも分かるほど本当に申し訳なさそうな声色だった。
『何故?』
『・・・私は付き合えないんだ』
また彼女は翼を広げて飛び立とうとした所だった。
これを逃せば二度と彼女に会えないと思ったら自然と体が動いた。
『待ってくれ!!』
声を張り上げて止めた。
つられて彼女もその場で体を止めた。
『頼む、いや頼みます。付き合えないその訳を教えてください』
彼は土下座して彼女に問いかけてた。
『俺は納得できる答えが欲しいんだ。許嫁とかがいるならはっきり言ってくれ。それなら仕方ないとして俺も踏ん切りを付けられるし諦めも付く。だから頼みます』
『・・・・』
暫しの沈黙。
やがて彼女はその重い口を少しだけ開いた。
『・・・私はもうすぐ・・・死ぬから・・・』
ベンチに腰かけヒビキは彼女の話を静かに聞いていた。
彼女の話は誇張表現や雄弁さによって長く、理解するのに苦労したが要約すればこうだ。
彼女の名はニアゴ・ベル・ドラーゴ。勇猛なドラゴンで幾千も渡って戦場を駆け抜けその体に傷を負いながらも勝利に貢献し、この国の女王―――ドラゴン族が治めているので女性なのは当然だった―――から何度か勲章を貰った程のエリートの戦士だ。
だがある日、自己管理や休息は必要ないと何度もすっぽかしてきた健康診断を強制的に受けさせられた結果、度重なる戦いの傷で自分の体はもう持たないと下された。
最初の内はそんなの嘘だと笑い飛ばしたが診断を下された後のある戦場において体が思うように動かなくなり呼吸もままならないという事態に陥ってしまった。
その時は仲間のドラゴン属が助けに来て一命を取りとめたがこんな経験を味わってしまってはもう戦場に出る事は出来ない。
誇り高い自分が生きる糧である戦場から離脱するなど屈辱であったが仲間の足手まといになるのはもっとも屈辱であった。
だから今は軍から除隊し、こうして公園に来てぼうっと眺めているのが日課だという。
『ドラゴンとて寿命がある。私は長い間体を酷使して、それが祟って。医者から余命宣告を受けた。5年は持たないだろうと・・・』
何と話せばいいのだろうか?
余命宣告を受けた人間に―――この場合は魔物娘だが―――どう答えればよいのか。
励ましの言葉は・・・駄目だろうな。
逆鱗に触るだろうと思った。
そんなヒビキの葛藤を余所に彼女は話を進める。
『滑稽な話だろ。最強たる種族の私が死の恐怖に怯えるなどと・・・。だから私の事は放っておいてくれ、老い先短い私がお前と付き合うなど後悔でしかないのだ。それがお前の為にもなる』
正直に申せばここで諦めようかという気持ちがあった。
彼女の言う通り自分がもし彼女と結婚して家庭を築いても5年もすれば彼女は死んでしまう。死んでしまったら自分は泣きわめくだろうし大粒の涙をいつまでも流し続けてしまうだろう。
だがそれでいいのか?
最初から悲しみがやってくるのを分かっているから諦めるのか?
それは違うだろう。
上手く例えられないが喜びと悲しみはイコールではない、それはそれと割り切れるだろうし何より自分は絶対に嫌だという叫びがあった。
だからヒビキは彼女の気持ちを確かめたかった。
『・・・心残りがないのか?』
『あるに決まっているだろ。他の仲間は既にパートナーとなる男を見つけて結婚して、中には子供を授かっていると・・・。種として子供を作るのは当然の事なのだから』
ならば自分の心は決まった。
ここで男としての姿を見せなければ一生後悔するだろうし、自分は自分を許さないだろう。
『なら俺が君の願いを叶えてやる』
彼はすくっと立ち上がり彼女の手に自分の手を添えた。
『5年がなんだ。その中で数十年分の時間を埋めればいいだけだろ。君にとっての5年は人間の、いや魔物娘としての一生にしちゃえばいいだけだ。結婚して、子供作って、家庭築いて・・・それを5年でやればいいだけだろ』
彼女は、ニアゴは困惑していた。
それでもヒビキは訴え続けた。
自分の今ある気持ちを正直に。
『職は見つける。指輪はまだあげられないけど必ず届ける。だから・・・』
俺と結婚してくれ、と告げれば完璧だった。
その最後の台詞を言えばいいのに口を詰まらせる。
あと一歩足りない、それだけでいいのに出せない。
するとニアゴは目をうるうるとさせ、次にはほほから涙を流した。
最初はここまで来て口を詰んだ自分に対して不甲斐なしだと涙を溢したのかとヒビキは思っていた。
『・・・そうだよな。最後の最後で怖気づいた俺は臆病者だよな・・・』
『・・・いや、違う。こんな事をされたのは初めてだからどう返答すればいいか分からなくて・・・』
今まで男性とは無縁の人生を送ってきた彼女にとって自分の告白は何よりもうれしい事だったのだ。
つまり鬼の目にも涙ならぬ、ドラゴンの目にも涙といった所であろうか。
『それじゃ・・・』
『・・・私の人生の残りを捧げる。だからお願い、私と一緒に歩いて欲しい』
ニアゴはヒビキの手を握った。
ここから先は言葉などいらない。
ヒビキはたまらず自分の口を彼女に添えた。
今振り返ってみればこれがプロポーズというものであった。
♢♢♢♢♢♢
結婚式も挙げ職も見つけた彼は彼女との生活を始めた。
見つけた職は―――ニアゴの縁故もあり―――騎士隊の武器の整備をするという仕事だった。
手先が器用だったヒビキにはうってつけの仕事だったがもちろん簡単な仕事ではない。
剣、ランス、弓矢、果てには両腕に着ける武具など多彩な武器の整備は肉体だけでなく精神も使うものだった。
破損してないかは当然としてやすり入れに部品の補充に確認の後にもう一度確認と面倒に面倒を重ねなければならない。
このように仕事は辛かったが夜になって家に帰れば愛すべき妻が出迎え妻が作った夕食を口にしてゆっくりと体を休める。
時には夜の営みを行い快楽に酔いしれ、休日となればお気に入りの場所へ一緒にデートとして行った。
そして1年後ぐらいには指輪の為のお金を貯まった。
すぐに指輪を買って、与えた際のニアゴの反応は恥ずかしさ半分嬉しさ半分といった感じだった。兎に角ヒビキの認識としては、彼女は喜んでくれたのだろうと記憶している。
朝に起きて食事をとり、仕事に行き仕事が終わり夜に帰れば妻と一緒に食事をとり団らんする。
それらは日常の一部であったが非常に楽しいものであり二人とも不満など一切なかった。
だがその中で唯一、不満があるとすれば子供は中々出来なかった事だ。
何度も性行為を行っても受精したという報告はなかったのだ。
元々、体が弱っていた彼女では子供を作る為の機能が上手く働かなかったのだろう。
加えてドラゴン属特有のプライドの高さも原因だった。
性行為の際も彼女は尻尾を触るな、角を触るな、1週間に一回だけだ、薬の力で子づくりをするなという注文が数多く奇妙な約束事が決められていたからだ。
それを彼は疑問に思わず妻がそうしたいのなら素直に従っていた。
妊娠を知らせる為の検査薬の陰性反応が出る度にニアゴはため息をつくが次にヒビキが彼女の頭を撫でてまた次があると励ましてくれたのだから希望は持っていた。
これでいいのだ、無理に頑張らず次に駆ければいい。
それが自然な事なのだ、と。
されど時間が待ってはくれなかった。
その日の夜も仕事を終えた彼が家のドアを開け妻の名を叫んだ。
だが返事がない。
灯りが点っておらず暗くて見えないので手探りで入っていく。
居間に入ると何かが横たわっていた。
灯りをつけなくても輪郭だけで分かった。
それは妻だった。
妻が倒れていたという事実に気が動転しまいそうだ。
それでも頭の中を無理やり整理して出した行動が彼女を抱えて病院へと走っていく、という冷静な判断だった。
♢♢♢♢♢♢
妻の看病をしていたヒビキの隣へ医者の男が彼の名を呼んだ。
ヒビキが顔を向けると医者は少し間を置いてから首を横に振った。
どうやらもう覚悟しなければならない。
今病室で愛すべき妻の手を握りながらヒビキはその最後を見届けようとした。
呼吸が弱り続ける彼女を見るだけでも涙が溢れそうだった。
必死に堪えて妻に語り掛ける。
これが最後の会話となるかもしれないのだから。
「・・・俺、君に何かを与えられたのかな・・・」
「・・・与えた、さ。・・・十分に・・・」
ニアゴは答える。
「・・・俺、君に迷惑をかけ続けたかな・・・」
「・・・迷惑なんて。・・・私は思っていない・・・」
本人は気づいていなかったがヒビキは涙目になっていた。
泣いていないと必死に隠していたけれど隠しきれていなかったのだ。
それに気づいていながらもニアゴはあえて指摘しなかった。
「・・・俺、子供を作ろうって約束したのに・・・」
「・・・子供が出来なかった。が・・・・私は満足だ・・・」
ニアゴが、妻が夫の手を掴んだ。
「・・・最後まで、私の手を握ってくれ・・・」
「・・・いるよ。俺は最後まで・・・」
それっきり会話は途絶えた。
だが手の温もりで分かる。
彼女はまだ生きている。
それだけでもヒビキは安心できた。
何時までもこの温もりが続いていられたらと思っていた。
♢♢♢♢♢♢
いつ頃なのか分からない。
気が付けば息をする音が聞こえない。
握っていた手の力が抜けている。
ニアゴの手から温もりが感じられない
これが意味する事は十分に分かっていた。
ずっと傍にいた医者の男は察したように部屋から出て行った。
彼と彼女を二人っきりにする為だ。
扉を閉め誰も近づかないように目を光らせる。
医者が出来る唯一の思いやりだった。
そして病室から聞こえてきたのは男のすすり泣き。
大切な人を亡くした際に聞こえる悲しみの声、認めなければならない悔しさ。
それは明け方まで聞こえていた。
♢♢♢♢♢♢
竜の葬式と聞けばどんなものかと思ったが人間と同じく遺体は棺桶に入れられその親族と友人によって運ばれるという大差ないものだった。
棺桶の一部をくり抜き伺える彼女の顔は穏やかであったが彼は虚ろな目をしていた。
知人が声をかけても覇気がない声で『ああ』、と二言だけ返事を返すだけだった。
葬儀はしめやかに慎ましく、かつ少人数で行われた。
女王から勲章を貰った程優秀な彼女がこんな地味な葬式では割に合わないのではという声が出たが、これはヒビキとニアゴが予め決めておいた事なのだ。
仮に盛大な葬式にするとなると沢山の参列者、特に勲章を与えた女王までも葬式に参列しなければならずそうなると国を挙げての葬式になり人手や費用も馬鹿にならない。
こうした方が返って好都合なのだ。
「・・・ニアゴは捕らわれた私を救ってくれた。多数の毒矢や槍をその体に受けようとも構わず私が捕らえられていた牢屋まで向かい解放してくれた。ニアゴは私にとって英雄だった。・・・」
一人ひとりがニアゴを称えるスピーチをしているが正直な話彼にはその台詞が頭の中に入ってこなかった。
支障もなく葬式は進み続け最後は妻の遺体を墓地に埋めるだけだった。
穴が開いたその一ヶ所。
数人の知人達によって妻の遺体が入った棺桶がゆっくりと降ろされていく。
ヒビキも手伝っていたがその行動はどちらかというと機械的だった。
棺桶が底に置かれると次に知人達は周りの土をその棺桶に被せていく。
ここでもまたヒビキは機械的に行動していた。
数分後にはもう妻が入った棺桶が見えなくなった。
盛り立てた土を平らにして2、3人のドラゴン娘が大きな板状の岩を持ってきた。
ゆっくりと盛り立てた土の上へと置く。
その岩には字が彫られていた。
『ニアゴ・ベル・ドラーゴ』
ここで初めてヒビキは実感した。
妻はもういないのだ、と。
♢♢♢♢♢♢
葬式が終わり彼は妻の名が刻まれた墓石を見つめていた。
食い入るように見つめていた。
その目はある種の幻覚にでも取り込まれたかの様で他人から彼を見れば正気を失っているのではと思い込んでしまうだろう。
「おい、ヒビキ。もう・・・いくぞ」
「すまん、もう少しだけ・・・」
10回程聞いた台詞だ。
だが友人はそれを指摘しない。
言えるはずがないのだ。
仮に自分がヒビキと逆の立場になったら多分自分もこのままでいるだろうしヒビキもまた気持ちを察してそっとしておくのだろうから。
お昼前に終わった葬式から気が付けばもう夕暮れだった。
ヒビキの友人があいつはもう空腹だろうし何か食べさせないとな、などと思った矢先だった。
「なあ、どうして命って限りがあるんだ・・・」
いきなり難しい質問だった。
答えられるはずもない。
「・・・もし無限に続く命があったなら、こんな悲しい思いをしなくて済んだのかな・・・」
知識人とかではないが答えなければならない。
「・・・限りあるからこそ結婚したいと思うし、恋もしたいと思うんだろ。お前はニアゴと結婚して後悔しているのか?」
「後悔なんかしてない。俺はあいつと一緒に暮らして良かったと思ってる」
「・・・ならニアゴも後悔してないはずだ。だって離婚するなんて言葉は一度も聞いてないからな。幸せだったんだろ。それでいいじゃねえか」
そして友人は告げる。
「前を向け、そして体を張って堂々と歩け。それがニアゴの望んでる事だ。ほれ飯食いにいくぞ」
友人はヒビキの手を引っ張り定食屋とかにでも連れていくつもりだった。
少し抵抗とかはするのではと知人は思ったがそんな事はなかった。
ヒビキの足はのろのろと歩いていたが、瞳の奥底に微かな光が点ったのが見えた気がしたのだから。
♢♢♢♢♢♢
それから早3週間の月日が流れた。
もとの生活へと戻っていくヒビキだったがニアゴがいなくなった事で食事を自分で作らなければならない、家の掃除も自分でやらなければならない、洗濯も自分でやらなければならないと不便さを感じていたが慣れてくればこんなものかと感じてきた。
いつもの通り妻が玄関まで見送りに来ていた朝も。
仕事から帰れば妻が出迎えたあの夕方も。
食事を済ませ妻と団らんしていたあの夜も。
もう戻っては来ない。
時がたてばそれらは全て過去のものであり、今自分が生きているこの時間が普段の日常である。
その日の夜もいつもの通り家の戸締りを確認してから寝床につく所だった。
窓の鍵も閉めて後は寝るだけだった。
ふと目線があるものを捕らえた。
それは写真立てだった。
ヒビキとニアゴが映っている。
休暇を取りジパングという異国を再現した施設に滞在した時に取った写真だ。
二人とも着物という見たことのない衣服に身を包んでおり、特にニアゴの着物姿は欲情をそそってしまった。
その興奮が収まらなかったので個室を借りて性行為に及んだのはいい思い出だった。
今となってはそれが悲しいものになるとは思ってもみなかったが。
ヒビキは写真立てを手に取り写真の中にいるニアゴを見つめた。
「やっぱ・・・お前にもう一度会いたいよ・・・。ニアゴ・・・」
思わず呟いた一言。
一滴の涙がヒビキのほほを伝っていた。
戻らないはずなのにこんな事を呟いてしまうとは。
まだ未練があるのだろうと自虐的に思っていた。
♢♢♢♢♢♢
ヒビキが眠りについた同時刻。
数多くの遺体が眠る公共墓地。
静寂の闇が支配し続けるこの場所においてそれは永遠に続くものだと思われていた。
ニアゴの名が刻まれた墓石。
その墓石が突然ガタガタと動き始めた。
まるで下から持ち上げようとする時の振動と似ていた。
ガタガタと動いた後、一旦止まったかと思ったら墓石がぶっ飛んだ。
墓石がぶっ飛んだ拍子に盛り土までも吹き飛びぽっかりと穴が空いていた。
その穴から人の手が伸びてきた。
よく見るとそれはドラゴンの手だ。
まるで地獄から舞い戻ってきた死人かのようだ。
ゆっくりと全体像が現れた。
見た目はドラゴンの魔物娘だった。
されどその姿は全く違っていた。
目の焦点が合わない、だらしなく涎を垂らして拭こうともしない、下半身の秘所を見れば愛液がただれ落ちている。
理性がばっさりと抜け落ちているような、ただの性欲だけが彼女を支配していたかの様な風貌だった。
「・・・ヒビキ、ヒビキ・・・ヒビキ・・・」
壊れたテープレコーダーの様に何度もその言葉を呟いていた。
♢♢♢♢♢♢
朝、太陽の光が瞼に入ると共に意識が覚醒していく。
写真を見て泣き言を漏らしたあの日から1週間だ。
歳を取ると時間の経過が早くなるだとか言われるが自分はまだ十分若い部類なのだからそんな事はないだろうと考え直した。
さて今日もやる事をやって仕事に行かねば。
まだだるく、体も本調子ではないが甘えは許さない。
洗濯をしなければ、朝食を作らなければ、家の掃除をしなければ。やる事は山積みだがしなければならない。
洗面所に行きヒビキは顔を洗った。
続いてその傍にあった洗濯物を洗おうとした時だった。
『ドン、ドン!』
ドアからノックの音だ。
心当たりがなかったが洗濯物を置いて玄関へ出なければならない。
すぐさま玄関へと向かいヒビキは鍵を開け、扉を開く。
そこに立っていたのは3人。
3人のうち一人は女性、それもドラゴンの魔物娘だ。
ウェーブのかかったロングの金髪が印象的だった。
残りの二人は男性で歳は自分とさほど変わらない。
けれど驚いたのはその服装だった。
乱れなど一切ないきちっとした服、腕章には見覚えのある印が。
この服にも見覚えがある。
これは私服とかではない、自分が町中でよく目にする制服だったはずだ。
それが警備隊の者であると分かった時、次に浮かんだのは自分が犯罪に手を染めたのだろうかという不安だった。
「こんな朝に訪問するのは誠に申し訳ないと思っている。だが急用なのだ、許してくれ」
ドラゴンの魔物娘が一歩前に出てそう前置きしてきた。
つまりは彼女が他の男二人を率いるリーダーなのだろうか。
「は、はい・・・」
「確認したいが君の名はヒビキで合っているな?」
「確かに俺の名前はヒビキですけど何か?」
「済まないが共に来てくれ、重要な事なんだ」
警備隊の隊長が直々に一般市民の所に来たという時点で、元より拒否出来る状況ではない。軽く身支度を済ませた後にヒビキは警備隊に同行されていく。
別に犯罪などしていないはずなのに両脇、前方に警備隊が張り付いていたのだからヒビキの心境は落ち着けなかった。
♢♢♢♢♢♢
警備隊と一緒にヒビキが向かった先は警備隊の詰め寄り所だった。
外見は質素ながらも中に通されれば所せましと警備隊の人間と魔物娘達が訪問した住民の相談に事務処理やらに追われているのを見てやっぱりちゃんと仕事はしているのだなと はどこか安心していた。
そして通路を進んでいき、大人6人が入れば満室な狭い一室へと通された際には犯罪者扱いされているのではとヒビキは錯覚してしまった。
「そこの椅子にどうぞ」
部下の男がそう勧めてくるとヒビキはやや戸惑いながらも座った。
「さて、実は君に聞かなければならない事がある」
そう言い咳払いを一つしてドラゴンの魔物娘は対面の椅子に座り姿勢を正す。
「5日前、この国へと観光に来た人間のカップルが被害にあった。女性がアンデッド属、まあゾンビと呼ばれる魔物娘へと変貌し騒ぎになった。しかも公共の場にも関わらずその場で男性と共にセックスし始めたのだ。近くにいた者が止めようとしても聞く耳も持たずに没頭して、まるで理性など根こそぎ落とされたみたいに本能のまま性欲を発散していた。調査の結果、現場にはドラゴン属だと思われる魔物娘が目撃された。そして今日まで同様の事件が3件発生している。いずれも現場にはその魔物娘が目撃され、我々は彼女が一連の事件を引き起こした元凶だと思っている」
現場で見かけたのだから犯人だと断定するのは早急過ぎなのではと、口を滑らせそうになったがヒビキは話が見えてこなかった。
当たり前だ。
自分との接点がまるでないのだから。
「ちょっと待ってください。それと俺が何の関係が?」
「まあ、話を最後まで聞いてくれ。実はその魔物娘を見た目撃者の一部からこんな証言が来ているんだ。『あの魔物娘はヒビキ、と言っていた』と。君の名を何度も呟いていたらしい」
自分の名を呟いていた?
何故自分の名前を。
いやそもそも何故その魔物娘は自分の名前を知っているのだ?
真っ先に思い浮かんだのはその魔物娘と浮気・・・は愚問だ。
その記憶どころか他の女と浮気などしていない、そもそもするはずがない。
自分の持てるだけの愛を彼女に捧げていた5年間を無駄にするなどとんでもない事だ。
ならば次に考えられるのは自分と認識がある魔物娘か?
心当たりがない、そんな奴は知り合いにいたのだろうか。
「さらに調査をしていくと5日前、共同墓地の一部の墓石が破壊されていた。『ニアゴ・ベル・ドラーゴ』の墓石だ。丁度そのころにゾンビ化の報告が来るようになった。そこで我々は以下の仮説を立てた。元凶となっている魔物娘と君には何か因果関係があるのでは、と」
「妻の墓石が破壊された!?」
ヒビキは思わず椅子から立ち上がってしまった。
「ヒビキさん、どうか落ち着いてください。今我々が知りたいのはその魔物娘を貴方が知っているかどうかです。怒りたい気持ちは分かりますが本題を忘れないでください」
部下の一人がヒビキをなだめる様に説得してきた。
確かに今怒っても仕方がないし自分がどうこう言える状態ではないのだから渋々椅子に座り直した。
「それで心当たりは?」
「そんな事言われても俺には何も心当たりなんて。第一そんな魔物娘に会った事なんて一度もないんですよ!!」
偽りのない本心をヒビキは語ったが彼女の表情は硬いままだった。
まだ疑っているのだろうか、これでは本当に犯罪者扱いだ。
少しの沈黙が流れると。
「少し席を外す。お前はここに残っていろ」
部下の一人と共に隊長らしき彼女は部屋から出ていく。
そして部屋の中には と彼女の部下だけが取り残された。
すると扉の窓越しであの二人が何かを話し合っている様な姿が目に止まった。
耳を立てれば微かではあったが聞き取れた。
『・・・隊長。嘘は言っていないと思います。犯罪者は大抵、嘘をついた時に顔をどこか崩す癖があります。彼は正直にいっています・・・』
こんな重要な話を簡単に漏らしては面目丸つぶれだな、などとヒビキは思っていたその時だった。
『・・・けれど私は彼が無関係とは思えない。出来過ぎていると思わんか? 彼の名を呼び続ける魔物娘、『ニアゴ・ベル・ドラーゴ』の名が書かれた墓石が破壊、さらに遺体が入った棺桶は空っぽだった。ここから推測されるには・・・』
ニアゴの遺体がないという台詞を耳にした途端、ヒビキは立ち上がって扉を乱暴に開けた。
慌てて部下の一人が止めようとしたがヒビキの動きがそれよりも早かった。
「どういう事ですか!! 妻の遺体がないって!!」
口を荒げて問い詰めるヒビキの姿はある種の気迫に満ちている。
その行動は密談していた二人にとって彼が事件を引き起こした魔物娘とは無関係である事を意味していた。
が同時に重い空気を立ち込める要員にもなったのは言うまでもない。
魔物娘もその部下も口を閉ざし、黙り込んでしまったのだから。
「答えてください!! 妻の遺体になにがあったんですか!!」
それでも二人は口を閉ざし応えようとしないのだからヒビキは苛立つ。
だがここで怒りに身を任せて彼女を殴り飛ばすなど理性的ではないし第一ただの人間が魔物娘の上位種であるドラゴンに腕力でかなう筈がない。
だからこうして睨み続けて相手が折れるのを待っているのだ。
この作戦が効果的だったのか、やがて彼女は根負けしたかのように首を横に振った。
彼女が覚悟を決めて口を開こうとした、その時だった。
「大変です!! 例のゾンビ化を引き起こす魔物娘が発見されました!!」
取り込んでいる最中に疾風の如く隊長へと方向してきた警備隊の一人。
あまり穏やかとは言えない状況にも関わらず輪に入ってくるなど失礼ではあったが今はそれどころではなかった。
「場所は!?」
隊長である彼女もその件に言及せず間髪入れず尋ねてきたのだから。
・・・邪推すれば良い口実が出てきたのだからそれに切り替えるというヒビキの問いから逃げたと思えるが。
「東地区17のE5付近です!! パトロール中だった警備隊の一団と増援を交えて対抗していますが苦戦しているとの事です!!」
「よし、我々も行くぞ。被害は最小限に食い止めるには全力を尽くさねば」
この指示に頷いた部下の二人。
その一人がヒビキに対してここで待っていてくださいなどと伝えようとしたが。
「俺も行きます。もしそいつが妻の墓石を破壊した奴なら許してはおかねえ!! 妻の遺体もなくなったのならきっとそいつだ!!」
先ほど隊長である彼女の結論を目撃証言だけで犯人だと決めつけるのは浅はかで短絡的だと内心で苦笑していたヒビキが彼女と同じ哲(てつ)を踏んでいる姿は皮肉でもあったが身内が絡んでいるとなれば冷静な思考だって疎かになるし死んだ妻の遺体がないと聞かされれば尚更であった。
勿論部下は丁寧に断ろうとした。
だが隊長の彼女は違った。
「・・・分かった。共に来てもらおう」
「よろしいのですか? 一般市民を同行しても始末書所の話だけでは・・・」
「無関係とは言えん。責任は私が取る」
それだけ告げると彼女は後ろを向き走っていく。
釣られて部下の二人もヒビキもその後を追っていくのは反射的な行動であった。
ただ内心では体長の彼女は自分の判断は合っていたのかどうか半分自信がなかった。
実際の所、彼の同行を許した具体的な根拠などあやふやで他人が聞いても納得しきれるものではなかったのが本音だった。
もし根拠があるとすればそれは魔物娘としての直感から来ていた。
『絶対無関係ではないはずだ、何かあるかもしれない』
彼女は妻の遺体という台詞に対して口を荒げたヒビキを見てもなお考えを改めようとしなかった。
♢♢♢♢♢♢
現場についたヒビキはその酷い有様を目にしてしまった。
別に血を流している負傷者や死人がゴロゴロとその場で横たわっていたわけではない。
「セックスっ!! セックスさせてええぇええぇーー♥!♥!♥!」
「落ち着け!! 我らドラゴン属の誇りを忘れたのか!!」
「こっちにも手貸してくれ。暴れて仕方ないんだ!!」
「おい、こんな所でオナニーなどすんな!! やるんだったら人目のない所でやれ!!」
この様に理性など消し飛んだかのように暴れまわる、正確に言えば性的欲求に飢えたドラゴンの魔物娘や人間の男が目に付いたのだ。
「状況は?」
「10人程やられています。対象の魔物娘から吐かれた霧状のものを吸って、皆場所などお構いなしに性行為に走って」
「その対象の魔物娘は?」
「何とか捕獲しました。体中に鎖を張り巡らせ口元には例の霧状の物体を吐かせないためにマスクをさせております」
「良し。その張本人に対面してくる。案内してくれ」
「大丈夫なのですか? 拘束しているとはいえ相手は危険ですよ」
「同じ魔物娘なのだから話が通じない相手ではないだろう。それにこの目でみなければ確証とやらは得られんからな」
「了解しました。お気を付けて」
隊員によって案内された場所には大きな幕で向こう側を確認させないようにされている。
その幕をめくり手招きされた場所には。
まだ警戒が解かれていないのか対象の魔物娘に不穏な動きがないか目を光らせる数名の隊員が。
そして四方八方の鎖によって身動き一つ出来ずにその場で佇んでいる一人の女性。
外見はドラゴン属特有の強靭な鱗に翼、尻尾に角が見られる。
だがそれらが禍々しく変化している。
まず目につくのは肉体が腐敗したかのような体の表面だった。
よく空想の話で人間がゾンビとなった際に体の色が緑色へと変色するのがお決まりであったが今そこにいる彼女がまさにそれだった。
マスクで口辺りが覆われていたが輪郭は大体想像できる。
この前まで生きていたニアゴとほぼ同じ―――
妻の輪郭を思い出したヒビキはもう一度よく凝視してみた。
体の皮膚や髪の毛の色が変色していたが見間違いはない。
何百回も何千回も見てきたのだから。
だがもう死んだはずだ。
生きているなどあり得ない。
なのにあの顔は忘れるはずもない顔だ。
すると魔物娘も視線に気が付いたのだろうか。
虚ろな目でこちらを見つめやがてヒビキの姿を捕らえると目の奥に光が灯った。
今まで大人しかったその体を激しく動かし始め拘束を力ずくで解こうとし始めたのだ。
「おい、押さえろ!!」
「どうしたどうした。なんで急に!!」
数人が鎖を引っ張り取り押さえようとするが同族である魔物娘たちの力も加わっているにも関わらず今にでも鎖がちぎれそうだった。
隊員達にとっては渾身の力で押さえていたつもりだったが無念にも数秒で鎖が引き千切られ魔物娘はヒビキの元へと迫っていく。
ヒビキには避けようとする感情はなかった。
もしやと思ったからだ。
魔物娘はヒビキに抱き着くと口を覆っていたマスクを引き千切った。
「あううぅーーーー!! あうがうううぅーーー!!!」
言葉にならない雄叫びを挙げて魔物娘はヒビキをもう離さないといわんばかりに体を密着させる。
隊長の務めとしてドラゴンの魔物娘は反射的に武器を構えヒビキから魔物娘を引き離そうとした。
「待ってください!!」
その一言が彼女にとって初めて迷いというものを生み出した。
何故そんな事が言えるのだ。
今自分が置かれた状況を理解しているのだろうか。
正体不明の魔物娘に抱きしめられ平然とした表情でい続けるヒビキの肝に恐れ入るべきか呆れるべきか彼女は戸惑った。
「どういう事だ!! 君とこの魔物娘に因果関係があるとでも言うのか!?」
「・・・多分、あります。彼女は・・・」
その続きを言おうとした所でヒビキに抱き着いた魔物娘は彼の唇に自分の唇を添えた。
じっくりと、ねっとりとヒビキのキスを味わっている。
次にはほほをすりすりとヒビキの顔に当てて嬉しそうな表情を見せている。
今の彼女はまるで男性に甘えたい様な、普通の女性として何ら変わらない振る舞いをしていた。
これはまさしく恋人の、いや夫婦のそれと似ている。
「彼女は・・・・俺の妻です」
ヒビキは自信無さげに言ってしまった。
当然、隊長のドラゴン娘は困惑した。
「ば、馬鹿な事を言うな!! 君の妻はもう死んでいるんだぞ!! 死んだ魔物娘が生き返るなど・・」
「・・・いえ、隊長。魔物娘ではありませんが人間が生き返ったという報告はあります」
部下の一人が彼女に進言した。
その部下も今ヒビキが言った事実に半信半疑状態であったが。
「なっ!? 確かに死んだ人間が魔力を吸収する事で『ゾンビ』や『リッチ』といったアンデッド族へと変貌する事例は確認されているが対象が魔物娘となる事例は確認されていないぞ!!」
「ですかここからある可能性が考えられるのではないでしょうか? 死んだ対象が魔物娘でも同様の事が発生するのでは、と。私もこの目で見たのは初めてですが、今目の前で起こっている事は事実です」
「可能性のさらなる飛躍、という訳か・・・。しかし・・・」
なおも首を横に振った隊長の魔物娘。
こんな事は自分が経験した人生の中で初めてなのだから理解しようにも頭が付いていけないしすんなりと呑み込めるはずがないのだ。
ただ自分の両目に映っている事だけは真実で不変の事柄だ。
これだけは受け入れなければならない。
暫く黙り込んでいたが次には覚悟を決めたかの様な顔を見せた。
そしてヒビキを値踏みするかの様に凝視してくる。
「・・・・君に問おう。本当に大丈夫なのだな?」
「・・・・はい。今からそれが証明されます。だから手出しはしないでください」
「・・・ならば信じよう。されど私が危険だと判断した場合は即座に武力行使を行う。いいな?」
「・・・はい」
ドラゴン族特有の鋭い眼光を前にしても怖気づかないヒビキの眼差し。
隊長の彼女は自分の眼光は警備隊の中でも随一だと自負している。
その眼光を前にしても引かない彼の勇気を称賛しなければならないのはドラゴン族特有の敬意というものだった。
「・・・よし。総員その場で待機、市民の安全確保に当たれ。・・・責任は私が取る」
その英断とも称せる隊長の決定に部下はやはり腑に落ちなかった。
「いいんですか? 彼のいう事を信じても?」
「私は彼を信じてみる。それに奴を見ろ」
隊長が指さした先にはゾンビと化して蘇ったと仮定したニアゴと思われる彼女が。
彼に危害を加える訳でもなくただヒビキを愛でようと、甘えようとしている。
その顔は幸せそうな顔であった。
そしてヒビキが彼女を抱きしめればこの上なく幸せそうな顔になった。
「我々と同じ愛おしい男性に抱きしめられ幸福を実感している顔をしているだろう。ならば問題はないさ。この状態では他人に危害は加えられないのだからな」
不本意ではあったが自分達、魔物娘は一人の男性を重視してしまうというその本能から他の事などほったらかしにしてしまう傾向があった。
隊長という厳格な立場に就いても彼女の奥底にはその本能がある。
だから彼女が下した結論は愛する二人を邪魔してはいけないという気配りとでも言うべき思考から来るものだった。
ただこれから二人が何をするのかは大体察した様で二人の周りに幕を張って周囲から見れないように隊員に指示をしたのは当然の事だった。
幕が張られ周囲の目から一応は見られない状況になったので遠慮なくやれるというものだ。
ヒビキは彼女へと向き直る。
「・・・なあ。やりたいんだ、ろ?」
その台詞に彼女は首をゆっくりと頷いた。
そして彼女はヒビキのズボンを脱がし始めた。
人間の男性器、妻が死んだあの日からずっと手を付けていないのだから溜まっているはずだ。
それを彼女は嬉しそうに口に頬張る。
体の表面は腐敗したかのような色をしているのに生前と同じ生暖かい口内と肉の弾力を感じる。
飴玉を舐めるかの様に舌で肉棒を刺激していく。
その感覚が紛れもなく気持ちいいものだった。
「い、いい!・・・。ああっ・・・そ、そこだ!・・・」
ヒビキが快楽に身を震わせれば自然と彼女も舌ではなく口で刺激する行為に走る。
『じゅる! れろっ! じゅる! れろっ! じゅる!』
口を使ってのピストン運動。
そこまで来てふと思い出した。
確か生前のニアゴは口で肉棒を刺激するなど一切しなかった。
ドラゴン属の誇りとして口に男性器を入れるなど下品などと宣言してずっと女性器のみでやってきた。
彼女がやらなかった事を今や喜んでやってくれている。
それが堪らなく嬉しく、初めて口で刺激してくれた事でヒビキの我慢は限界寸前だった。
「す、すまないっ!!・・・もう、出るっ!!」
欲望が爆発した――――
『どびゅるるるるるーーー!!』
白濁した精液が注ぎ込まれる。
彼女がいなかったのだから精液の量と濃さは普段の倍以上だろうから飲めないのだろうかとヒビキは思っていたがその濃さにも関わらず嬉しそうに飲んでいく。
やがてそれを全部飲み干した彼女の瞳の焦点が定まっていく。
「あエた♥ やっと・・・ヒビキにアえた♥」
・・・・魔物娘の第一声。
間違いなくニアゴの声だった。
まだ呂律が回らないのかたどたどしい口調だった。
「・・・本当に、ニアゴなのか?」
先ほど彼女は自分の妻だと言っておきながら彼女に問いかけるなど奇妙な話ではあるが本人でも確証とやらは半分取れていないのが本音だった。
「うン♥ うレ・・・しくナ・・イの?」
勿論嬉しいに決まっている。
だが考えられないのだ。
死人は絶対に蘇るはずがない。
それが命あるものの宿命なのだし、その宿命を破るには神様にでもならなければ駄目なのだ。
にも関わらず現に彼女は、ニアゴはここにいる。
自分の体に密着して求愛を求めてきている。
「エッチ〜♥ 一緒ニ・・・えッチしヨ♪ パコ・・パこはめテ♥ ずっこん・・ばっこんって♥」
ニアゴは既に片手を自分の秘所に当てて自慰をし始めている。
「お願イ〜♥ あなタ・・のモノが・・ほシいの〜♥」
強請りながらニアゴは自分の体をヒビキの体へと押し付けてくる。
生前の彼女は引き締まっていた肉体をしていたのに今の彼女はだらしなくたるんだ贅肉が付いていたのだから肉の感触が衣服越しでも感じる。
だがそれは決して彼女が太ったというわけではなく女体としての柔らかさが彼女の肉にくっ付いたと称した方が正しい。
現に彼女の体形は先ほど口内で感じた肉の弾力そのままに彼女を抱きしめれば全身が柔らかく弾力があり、まるで彼女が抱き枕みたいになったかの様だ。
これは1日中抱いていても飽きないくらいだ。
その肉の喜び、もう一度会えた喜びと彼女からの願い、そして発散することが出来なかった性欲とが爆発しヒビキから理性を奪った。
最も誰とてこんな状況に陥ったら間違いなくヒビキと同じ行為に走るのは安易に予想出来るが。
「やろう!! 俺も気持ちよくなりたいんだ!!」
「ウれし〜♥ やロ・・う、やろウ!!」
身にまとっていた衣服を脱ぎ捨て裸体を惜しげもなく晒し出した。
それに釣られて彼女もまた衣服を脱ぎ捨てた。
明らかに生前よりも肥大化した乳房。
スタイルは維持しつつ肉付きが付いた事で女としてのいやらしさと豊満さ。
どれも男が涎を垂らす程淫らで、飛びつきたくなる女体だった。
「お願イ♥ 来・・・テ♥」
言われるまでもない。
ヒビキの一物は既に固く勃起し脈打ち立っているのだから。
「い、入れるぞ・・・」
「うン・・・」
ニアゴが股を開き自分の秘所を指で見せつける様に開く。
先程から愛液が漏れていたのだから膣はぐちょぐちょでぬるぬるの状態だった。
そこに自分のモノが入れるとなればどんな快感が得られるのか。
想像しただけで興奮する。
もう言葉はいらない。
導かれるまま自分の一物を挿入する――――
『ずぼっ!!』
いつ以来なのか、この感覚は。
愛すべき妻と一つになった快感は筆舌に尽くしがたい。
「は、入っタ!! 私ト・・・一つにナっちゃッた!!」
「ああっ!! ニアゴ!! ニアゴっ!!」
ここから先は本能で分かる。
腰を上下に動かす。
動くたびに絡まる肉膣。
押し込めば圧迫し、引き出せば解放される自分の肉棒。
その繰り返しは単調なのにも関わらずヒビキにとっては何十回しても飽きが来ない体験だった。
『パンッ! パンッ! パンッ! パンッ!』
「いイ!! ソこっ♥ おクの・・・大事なトこっ♥ 当たっ・・・テ! いイ♥」
妻から時々漏らすあえぎ声が自身の興奮を加速していく。
更に腰の動きを速める。
『パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!』
一突きする度に卑猥な音が、あえぎ声が自分の耳に入ってくる。
更に興奮が加速しそれは欲情となる。
自分の肉棒が出したいと震えている。
もう限界が近かった。
「駄目だっ!! 俺っ! もうっ!」
「イこう!! いっシょ・・ニイこ・・・うっ!!」
勿論ヒビキは無言で頷いた。
自分の唇をニアゴの唇に添えて舌を中へと入れる。
舌と舌が絡み合いお互いの唾液が舌を通じて垂れてくる。
それが堪らなく淫らで二人は最高潮へと昇っていく。
そして不意に訪れる欲望の開放。
白く濁った汁が溢れ出る―――
『びゅるるるるるるるるるっ!!!!』
「「あああああああっ!!!!!」」
二人が絶頂に至る。
びくんっ、びくんっ、と体が震える度にまだ残っていた精液がニアゴに注がれていく。
ニアゴの秘書は一滴も零さんと言わんばかりに飲み干していく。
自分の欲望を出し切ったヒビキはもう出ないかなと思っていた。
だが息を切らしながら自分の一物を引き抜くとまだ固く勃起した状態で脈打ち立っている。
それをじろじろと見つめていたニアゴ。
その眼差しが何を訴えているのか分かる。
「ネえ、ヤれる・・・よネ。ヒビキ♥」
「・・・勿論、だ」
再びニアゴの膣へと挿入し、腰を動かしたのでそれに釣られてニアゴも卑猥な喘ぎ声を上げる。
まだまだやりたりないという欲望が二人にあったのは言うまでもない。
♢♢♢♢♢♢
幕を四方に張ってあったが故向こう側は見えないが声だけは聞こえてきているので隊長の魔物娘もその部下達も顔を真っ赤にして聞こえない振りをしていた。
「ま、まじかよ。この町中でやるなんて・・・」
「いくら好色の魔物娘って言っても時と場所は考え物じゃねえのか」
「無駄口を言うな! 我々の仕事はここに一般市民を寄せ付けない事、二人が飽きるまで見張りを行っている事、以上だ!」
隊長からの叱咤に部下の二人は身をすくませた。
だが次には失敗した際にいつも受けている叱咤とは一つ違ったものを感じた。
どこか無理しているような、何かを我慢しているようなそんな声色だったのだ。
確かなのは威厳があり責任感ある叱咤とは違うという事だ。
その訳を尋ねても、隊長はうやむやにされるか逸らそうとするのが目に見えているのでそのまま黙っているのが賢明な判断なのは部下でさえも分かる話だった。
されど隊長が魔物娘ならば当然、部下の中には当然魔物娘もいる訳でありヒビキとニアゴとの愛の営みの声を聞こえたならば反応してしまうのだ。
「ねえ、これが終わったら私を抱いてくれない?」
小声で夫に囁きかけるドラゴンの娘。
「ああ。お前もあいつらに釣られて、か」
「うん。だってあんな声聞いたら体が火照ってしまいそうなの」
その囁きでさえも聞き逃さないのが隊長であった。
が、この場合は私語を慎むための叱責というより気を紛らわしたいというやけくそ気味な気持ちだった。
「そこも何を言っている。任務に集中するのだ!」
なぜ気を紛らわしたかったのは彼女もまた体の興奮を抑えるのに精一杯だった。
必死に聞こえない振りをして冷静に保っていながらも頭の片隅ではこんな事を思い浮かんでいた。
『・・・私も旦那と一緒にイチャイチャしたい・・・』
それを頑固として否定し続けても消えない自分がいたのには腹が立って仕方がなかった。
♢♢♢♢♢♢
その後、ニアゴが引き起こした一連の事件についての後始末はどうしたのか。
結論から言うとニアゴにはお咎めなしだった。
死傷者は出ておらず被害を受けた人間の症状も一時的なものであった。
ゾンビという魔物娘に変えられたカップル達に関しても特に抗議の声はなかった。
加えて死んだドラゴン属がゾンビとなって蘇ったという事例は非常に珍しく、対象は旦那と一緒にいれば害はないという事で保護観察処分と言う名目で処罰が下された。
兎に角一応は問題なしというお墨付きを受けたのだからこれ以上の追及は野暮だという事である。
そして今ヒビキとニアゴはと言うと。
「ミルクぅぅー♥ ちゅうちゅう吸って♥ 甘えん坊でちゅね〜♥」
「だって、ニアゴのミルク、すごくおいしいんだっ!!」
「うれし〜♪ そんな事言ったらもっと、もっとお、ミルク出しちゃうー♥」
ヒビキはそそり立つ自分の肉棒を彼女の秘所へと挿入した状態でニアゴの乳首から溢れ出ている母乳を一心不乱に吸っていた。
しかもニアゴのお腹は臨月寸前という状態で、だ。
人間の女性であれば破水などの危険が孕んでいるのだが魔物娘はそんな事にはならない。
特にドラゴン族に属する彼女は母体やお腹にいる子供も強靭でありこれぐらいで破水するという心配はないのである。
そんな補足はさておき、ニアゴのお腹が膨らんでいる。
予測出来るのはニアゴのヒビキとの子供を作るという悲願は叶えられた―――
と事情を知らない他人からはそう考えられるが実は1年ぐらい前、ニアゴがゾンビとなって甦りヒビキと再会したその時に叶えられていたのだ。
「あひゃ♥ パパはなんて淫乱なんでちょうかね〜♥ ママのおまんこをズボズボしてっ♥ 赤ちゃんがいるのにパンッ、パンッしてるう〜♪」
ニアゴがはそう言い自分の腕に抱えている赤ん坊に聞かせた。
この赤ん坊は彼女が蘇ってから初めて、つまり1年前のあの日に妊娠し今こうしてわが子を抱えているという訳だったのだ。
生前の彼女と同じ紅蓮色の髪の毛を持っていて皮膚の色は肌色であったがニアゴには関係なかった。乳首を口にくわえている。
赤ん坊もまたヒビキと同じく一心不乱に母乳を吸っていたのだ。
その光景がニアゴにとって堪らなく嬉しく、もうこのまま死んでもいいと思っていた。
されど幸せはまだ終わらない。
「そう言えば先週、病院に行ってたけどお腹の子についてなのか?」
「そうなの♪ それで聞いて〜♥ お医者さんに聞いたら、双子だって〜♪ 一気に三人目だよおぉぉ〜♪」
「ふ、双子なのか!? やったなニアゴ!!」
「これもヒビキのおかげだよ♥ でもまだまだだよ〜」
ニアゴの好色満ちた目は愛するべき人ヒビキを見つめていた。
「もっと、もっっと♥ いっぱいエッチして〜。いっぱい赤ちゃん作ろう、ね♥ あなた♥」
「あ、ああ!!」
今日も又この場面も日常へと溶け込んでいく。
二人の愛はまだ尽きないのであった。
されど中には脆弱と分かっていながらも人間を愛し共に生きようとする魔物娘もいる。
美しい愛の形であるがどんな愛にも終わりが来るものであり男女のすれ違いやの突然の事故など原因は様々であるが中でもこれだけはどうしても割り切れないのだ。
それは死、だ。
命あるも寿命があり受け入れなければならない辛い現実だ。
ここにいる二人もまたその現実を受け入れようとしていた。
深夜。
ある病院の一室にてまた一つの命が消えかけようとする。
「・・・・もう、駄目なのか」
「分かりきった事を・・・言うな。私はもう・・・覚悟している」
弱った体で息を切らしながら答える女に男は涙目になっていた。
女は人間ではない。
腕は強靭な鱗で覆われ、頭からは二対の角が生えている。
背中には今は折りたたんで見えないが翼が二対。
彼女は『ドラゴン』と呼ばれる魔物娘であり陸上においては敵なしと謳われる最強の生物だ。
しかし今の彼女はその面影など微塵もない。
顔色は悪く、何度も苦しそうに呼吸を繰り返す姿は彼女が地上最強の種族であるなど誰も思わないだろう。
結婚を承諾してくれたあの日から何度も知らされていた事実。
受け入れていたつもりだった。
分かっていたつもりだった。
けれど男は納得出来るはずがないのだ。
最愛の、妻の死を見届ける事など。
♢♢♢♢♢♢
出会いは約5年ぐらい前だった。
彼ことヒビキ・ソウシは当ても知らない旅の者だった。
気ままに国を渡り歩いて興味が沸いたらそこに数日泊まり、路銀が無くなったら適当な日雇いの仕事を見つけて稼ぐという生活を1年ぐらい前から続けていた。
その道中においてドラゴン属が治めているという国を訪れた。
単に物見ぐらいの気持ちで珍しいものはないかという好奇心からでありいつもの通り数日したらここから離れるつもりだった。
だが運命の日は訪れた。
滞在して3日目、ヒビキはその国でも有数の公園を訪れようとした。
有数といっても珍しい物はなく至って普通の遊具と噴水があるぐらいの何処にでもあるような公園だった。
適当にそこら辺をぶらぶらしていると目に止まった。
多種の花に囲まれて公園のベンチに座っている美しい女性の姿が。
外見で分かる、彼女は人間ではなく『ドラゴン』と呼ばれる魔物娘だ。
別にここがドラゴンの国だからその同類がいるのは何ら可笑しい話ではないのだが彼にとって彼女は他の魔物娘とは違う雰囲気を感じ取った。
流れるような長い紅蓮色の髪、美人の部類に確実に入るような整った顔、女性として無駄な贅肉などない引き締まった体。
どれもが女性として十分な基準を満たしていた。
そして彼が彼女に一目ぼれをするのに十分だった事も。
心臓の鼓動が早く、緊張が解けない。
その気持ちが何なのか彼は知っていた。
ならばこの気持ちが冷めない内にやらなければ。
すぐに彼女に近づいた。
見れば見れるほど惚れてしまいそうな美貌と容姿だった。
視線に気が付いた彼女はこちらに振り向いた。
彼はそこで膝をついて申し出た。
『好きです!! 俺と付き合ってください!!』
『断る』
わずか1秒だった。
冷静に考えればあって数秒で他人から付き合えなどと告白されても困惑するし、拒絶もするのもごく当たり前の反応なのだが今の彼にはその考えが至らない。
恋は盲目という言葉があるように彼もまた頭の中で拒絶されるなどという未来など見えていなかったのだ。
けれど冷たい現実を突き付けられた事で冷静さも思考力も取り戻しなぜ自分が拒絶されたのかを考え始めた。
恐らく考えられるのは自分が職なしのろくでなしだと思われているのか、もしやもっと別の理由があるのか。
たまらず彼女に問いかけてみた。
『た、確かに俺は職に就いてない風来坊だけど君の為なら職を探す。まさか既に誰かと付き合っているのか?』
『いや、男はいない』
その台詞でヒビキは安心できた。
仮に恋人とかがいれば今日の夜は一人でやけ食いしそうな程落ち込んでしまうだろう。
だが疑問はまだ残る。
『だったら何故なんだ?』
彼女は答えない。
沈黙が数分流れた後、彼女は口を開けた。
『・・・帰る』
それだけ言い残して彼女は翼を広げて飛び去って行った。
呆気に取られた彼だがここで諦めるという気持ちはなかった。
今でも聞こえてくる心臓の鼓動は間違いなく彼女のせいなのだ。
ここで諦めては後悔が残る。
まだチャンスはあるのだから待つ事にした。
♢♢♢♢♢♢
その次の日。
彼は彼女がいるだろう公園にてベンチに座って待っていると彼女がやってきた。
当の本人はうんざりとした顔だったが何も告げず少しだけ距離を空けてベンチに座った。
『もう一度言う。好きだ!!付き合ってくれ!!』
『・・・済まない』
何故か申し訳なそうな声色だった。
という事は初日の台詞の本心は自分を嫌っていないという事なのだろうか。
だが自分を拒絶する理由が何処にあるのだろう。
自分では思いつかない、ではもう一度彼女に直接聞いてみよう。
『君が俺のここが嫌っているというのなら俺は出来る限り直すし君の好みに合わせる。だから俺・・』
『・・・出来ないんだ』
辛そうな口調だった。
そのまま、また彼女は翼を広げて飛び去って行く。
飛び去ったその後ろ姿は悲しそうだった。
ドラゴン属はここまで哀愁とやらを漂わせるのだろうか。
特別な理由があるのだろうと直感した。
だからもう一度待つ事にした。
♢♢♢♢♢♢
そしてまた次の日。
案の定と言おうか彼女はやってきた。
うんざり顔はしていなかったが今度は少しだけ悲しそうな顔をしていた。
その理由が何度も告白しても無駄だというのを分からずに繰り返すヒビキをあざ笑っているのかと思ったがヒビキはそれでもいいと次には考え直した。
他人であれば頭にきてもう諦めようとするだろうがヒビキには逆効果であり訳でも聞かされない限り、自分が完全に納得しない限りは諦めたくないのだ。
だから今度は自分なりにやんわりと遠回しに誘ってみた。
『いきなり恋人とかじゃなく、まずは友達として付き合ってくれ。そこから関係とかを深めてくれないか』
『・・・だから出来ないんだ』
今度は他人でも分かるほど本当に申し訳なさそうな声色だった。
『何故?』
『・・・私は付き合えないんだ』
また彼女は翼を広げて飛び立とうとした所だった。
これを逃せば二度と彼女に会えないと思ったら自然と体が動いた。
『待ってくれ!!』
声を張り上げて止めた。
つられて彼女もその場で体を止めた。
『頼む、いや頼みます。付き合えないその訳を教えてください』
彼は土下座して彼女に問いかけてた。
『俺は納得できる答えが欲しいんだ。許嫁とかがいるならはっきり言ってくれ。それなら仕方ないとして俺も踏ん切りを付けられるし諦めも付く。だから頼みます』
『・・・・』
暫しの沈黙。
やがて彼女はその重い口を少しだけ開いた。
『・・・私はもうすぐ・・・死ぬから・・・』
ベンチに腰かけヒビキは彼女の話を静かに聞いていた。
彼女の話は誇張表現や雄弁さによって長く、理解するのに苦労したが要約すればこうだ。
彼女の名はニアゴ・ベル・ドラーゴ。勇猛なドラゴンで幾千も渡って戦場を駆け抜けその体に傷を負いながらも勝利に貢献し、この国の女王―――ドラゴン族が治めているので女性なのは当然だった―――から何度か勲章を貰った程のエリートの戦士だ。
だがある日、自己管理や休息は必要ないと何度もすっぽかしてきた健康診断を強制的に受けさせられた結果、度重なる戦いの傷で自分の体はもう持たないと下された。
最初の内はそんなの嘘だと笑い飛ばしたが診断を下された後のある戦場において体が思うように動かなくなり呼吸もままならないという事態に陥ってしまった。
その時は仲間のドラゴン属が助けに来て一命を取りとめたがこんな経験を味わってしまってはもう戦場に出る事は出来ない。
誇り高い自分が生きる糧である戦場から離脱するなど屈辱であったが仲間の足手まといになるのはもっとも屈辱であった。
だから今は軍から除隊し、こうして公園に来てぼうっと眺めているのが日課だという。
『ドラゴンとて寿命がある。私は長い間体を酷使して、それが祟って。医者から余命宣告を受けた。5年は持たないだろうと・・・』
何と話せばいいのだろうか?
余命宣告を受けた人間に―――この場合は魔物娘だが―――どう答えればよいのか。
励ましの言葉は・・・駄目だろうな。
逆鱗に触るだろうと思った。
そんなヒビキの葛藤を余所に彼女は話を進める。
『滑稽な話だろ。最強たる種族の私が死の恐怖に怯えるなどと・・・。だから私の事は放っておいてくれ、老い先短い私がお前と付き合うなど後悔でしかないのだ。それがお前の為にもなる』
正直に申せばここで諦めようかという気持ちがあった。
彼女の言う通り自分がもし彼女と結婚して家庭を築いても5年もすれば彼女は死んでしまう。死んでしまったら自分は泣きわめくだろうし大粒の涙をいつまでも流し続けてしまうだろう。
だがそれでいいのか?
最初から悲しみがやってくるのを分かっているから諦めるのか?
それは違うだろう。
上手く例えられないが喜びと悲しみはイコールではない、それはそれと割り切れるだろうし何より自分は絶対に嫌だという叫びがあった。
だからヒビキは彼女の気持ちを確かめたかった。
『・・・心残りがないのか?』
『あるに決まっているだろ。他の仲間は既にパートナーとなる男を見つけて結婚して、中には子供を授かっていると・・・。種として子供を作るのは当然の事なのだから』
ならば自分の心は決まった。
ここで男としての姿を見せなければ一生後悔するだろうし、自分は自分を許さないだろう。
『なら俺が君の願いを叶えてやる』
彼はすくっと立ち上がり彼女の手に自分の手を添えた。
『5年がなんだ。その中で数十年分の時間を埋めればいいだけだろ。君にとっての5年は人間の、いや魔物娘としての一生にしちゃえばいいだけだ。結婚して、子供作って、家庭築いて・・・それを5年でやればいいだけだろ』
彼女は、ニアゴは困惑していた。
それでもヒビキは訴え続けた。
自分の今ある気持ちを正直に。
『職は見つける。指輪はまだあげられないけど必ず届ける。だから・・・』
俺と結婚してくれ、と告げれば完璧だった。
その最後の台詞を言えばいいのに口を詰まらせる。
あと一歩足りない、それだけでいいのに出せない。
するとニアゴは目をうるうるとさせ、次にはほほから涙を流した。
最初はここまで来て口を詰んだ自分に対して不甲斐なしだと涙を溢したのかとヒビキは思っていた。
『・・・そうだよな。最後の最後で怖気づいた俺は臆病者だよな・・・』
『・・・いや、違う。こんな事をされたのは初めてだからどう返答すればいいか分からなくて・・・』
今まで男性とは無縁の人生を送ってきた彼女にとって自分の告白は何よりもうれしい事だったのだ。
つまり鬼の目にも涙ならぬ、ドラゴンの目にも涙といった所であろうか。
『それじゃ・・・』
『・・・私の人生の残りを捧げる。だからお願い、私と一緒に歩いて欲しい』
ニアゴはヒビキの手を握った。
ここから先は言葉などいらない。
ヒビキはたまらず自分の口を彼女に添えた。
今振り返ってみればこれがプロポーズというものであった。
♢♢♢♢♢♢
結婚式も挙げ職も見つけた彼は彼女との生活を始めた。
見つけた職は―――ニアゴの縁故もあり―――騎士隊の武器の整備をするという仕事だった。
手先が器用だったヒビキにはうってつけの仕事だったがもちろん簡単な仕事ではない。
剣、ランス、弓矢、果てには両腕に着ける武具など多彩な武器の整備は肉体だけでなく精神も使うものだった。
破損してないかは当然としてやすり入れに部品の補充に確認の後にもう一度確認と面倒に面倒を重ねなければならない。
このように仕事は辛かったが夜になって家に帰れば愛すべき妻が出迎え妻が作った夕食を口にしてゆっくりと体を休める。
時には夜の営みを行い快楽に酔いしれ、休日となればお気に入りの場所へ一緒にデートとして行った。
そして1年後ぐらいには指輪の為のお金を貯まった。
すぐに指輪を買って、与えた際のニアゴの反応は恥ずかしさ半分嬉しさ半分といった感じだった。兎に角ヒビキの認識としては、彼女は喜んでくれたのだろうと記憶している。
朝に起きて食事をとり、仕事に行き仕事が終わり夜に帰れば妻と一緒に食事をとり団らんする。
それらは日常の一部であったが非常に楽しいものであり二人とも不満など一切なかった。
だがその中で唯一、不満があるとすれば子供は中々出来なかった事だ。
何度も性行為を行っても受精したという報告はなかったのだ。
元々、体が弱っていた彼女では子供を作る為の機能が上手く働かなかったのだろう。
加えてドラゴン属特有のプライドの高さも原因だった。
性行為の際も彼女は尻尾を触るな、角を触るな、1週間に一回だけだ、薬の力で子づくりをするなという注文が数多く奇妙な約束事が決められていたからだ。
それを彼は疑問に思わず妻がそうしたいのなら素直に従っていた。
妊娠を知らせる為の検査薬の陰性反応が出る度にニアゴはため息をつくが次にヒビキが彼女の頭を撫でてまた次があると励ましてくれたのだから希望は持っていた。
これでいいのだ、無理に頑張らず次に駆ければいい。
それが自然な事なのだ、と。
されど時間が待ってはくれなかった。
その日の夜も仕事を終えた彼が家のドアを開け妻の名を叫んだ。
だが返事がない。
灯りが点っておらず暗くて見えないので手探りで入っていく。
居間に入ると何かが横たわっていた。
灯りをつけなくても輪郭だけで分かった。
それは妻だった。
妻が倒れていたという事実に気が動転しまいそうだ。
それでも頭の中を無理やり整理して出した行動が彼女を抱えて病院へと走っていく、という冷静な判断だった。
♢♢♢♢♢♢
妻の看病をしていたヒビキの隣へ医者の男が彼の名を呼んだ。
ヒビキが顔を向けると医者は少し間を置いてから首を横に振った。
どうやらもう覚悟しなければならない。
今病室で愛すべき妻の手を握りながらヒビキはその最後を見届けようとした。
呼吸が弱り続ける彼女を見るだけでも涙が溢れそうだった。
必死に堪えて妻に語り掛ける。
これが最後の会話となるかもしれないのだから。
「・・・俺、君に何かを与えられたのかな・・・」
「・・・与えた、さ。・・・十分に・・・」
ニアゴは答える。
「・・・俺、君に迷惑をかけ続けたかな・・・」
「・・・迷惑なんて。・・・私は思っていない・・・」
本人は気づいていなかったがヒビキは涙目になっていた。
泣いていないと必死に隠していたけれど隠しきれていなかったのだ。
それに気づいていながらもニアゴはあえて指摘しなかった。
「・・・俺、子供を作ろうって約束したのに・・・」
「・・・子供が出来なかった。が・・・・私は満足だ・・・」
ニアゴが、妻が夫の手を掴んだ。
「・・・最後まで、私の手を握ってくれ・・・」
「・・・いるよ。俺は最後まで・・・」
それっきり会話は途絶えた。
だが手の温もりで分かる。
彼女はまだ生きている。
それだけでもヒビキは安心できた。
何時までもこの温もりが続いていられたらと思っていた。
♢♢♢♢♢♢
いつ頃なのか分からない。
気が付けば息をする音が聞こえない。
握っていた手の力が抜けている。
ニアゴの手から温もりが感じられない
これが意味する事は十分に分かっていた。
ずっと傍にいた医者の男は察したように部屋から出て行った。
彼と彼女を二人っきりにする為だ。
扉を閉め誰も近づかないように目を光らせる。
医者が出来る唯一の思いやりだった。
そして病室から聞こえてきたのは男のすすり泣き。
大切な人を亡くした際に聞こえる悲しみの声、認めなければならない悔しさ。
それは明け方まで聞こえていた。
♢♢♢♢♢♢
竜の葬式と聞けばどんなものかと思ったが人間と同じく遺体は棺桶に入れられその親族と友人によって運ばれるという大差ないものだった。
棺桶の一部をくり抜き伺える彼女の顔は穏やかであったが彼は虚ろな目をしていた。
知人が声をかけても覇気がない声で『ああ』、と二言だけ返事を返すだけだった。
葬儀はしめやかに慎ましく、かつ少人数で行われた。
女王から勲章を貰った程優秀な彼女がこんな地味な葬式では割に合わないのではという声が出たが、これはヒビキとニアゴが予め決めておいた事なのだ。
仮に盛大な葬式にするとなると沢山の参列者、特に勲章を与えた女王までも葬式に参列しなければならずそうなると国を挙げての葬式になり人手や費用も馬鹿にならない。
こうした方が返って好都合なのだ。
「・・・ニアゴは捕らわれた私を救ってくれた。多数の毒矢や槍をその体に受けようとも構わず私が捕らえられていた牢屋まで向かい解放してくれた。ニアゴは私にとって英雄だった。・・・」
一人ひとりがニアゴを称えるスピーチをしているが正直な話彼にはその台詞が頭の中に入ってこなかった。
支障もなく葬式は進み続け最後は妻の遺体を墓地に埋めるだけだった。
穴が開いたその一ヶ所。
数人の知人達によって妻の遺体が入った棺桶がゆっくりと降ろされていく。
ヒビキも手伝っていたがその行動はどちらかというと機械的だった。
棺桶が底に置かれると次に知人達は周りの土をその棺桶に被せていく。
ここでもまたヒビキは機械的に行動していた。
数分後にはもう妻が入った棺桶が見えなくなった。
盛り立てた土を平らにして2、3人のドラゴン娘が大きな板状の岩を持ってきた。
ゆっくりと盛り立てた土の上へと置く。
その岩には字が彫られていた。
『ニアゴ・ベル・ドラーゴ』
ここで初めてヒビキは実感した。
妻はもういないのだ、と。
♢♢♢♢♢♢
葬式が終わり彼は妻の名が刻まれた墓石を見つめていた。
食い入るように見つめていた。
その目はある種の幻覚にでも取り込まれたかの様で他人から彼を見れば正気を失っているのではと思い込んでしまうだろう。
「おい、ヒビキ。もう・・・いくぞ」
「すまん、もう少しだけ・・・」
10回程聞いた台詞だ。
だが友人はそれを指摘しない。
言えるはずがないのだ。
仮に自分がヒビキと逆の立場になったら多分自分もこのままでいるだろうしヒビキもまた気持ちを察してそっとしておくのだろうから。
お昼前に終わった葬式から気が付けばもう夕暮れだった。
ヒビキの友人があいつはもう空腹だろうし何か食べさせないとな、などと思った矢先だった。
「なあ、どうして命って限りがあるんだ・・・」
いきなり難しい質問だった。
答えられるはずもない。
「・・・もし無限に続く命があったなら、こんな悲しい思いをしなくて済んだのかな・・・」
知識人とかではないが答えなければならない。
「・・・限りあるからこそ結婚したいと思うし、恋もしたいと思うんだろ。お前はニアゴと結婚して後悔しているのか?」
「後悔なんかしてない。俺はあいつと一緒に暮らして良かったと思ってる」
「・・・ならニアゴも後悔してないはずだ。だって離婚するなんて言葉は一度も聞いてないからな。幸せだったんだろ。それでいいじゃねえか」
そして友人は告げる。
「前を向け、そして体を張って堂々と歩け。それがニアゴの望んでる事だ。ほれ飯食いにいくぞ」
友人はヒビキの手を引っ張り定食屋とかにでも連れていくつもりだった。
少し抵抗とかはするのではと知人は思ったがそんな事はなかった。
ヒビキの足はのろのろと歩いていたが、瞳の奥底に微かな光が点ったのが見えた気がしたのだから。
♢♢♢♢♢♢
それから早3週間の月日が流れた。
もとの生活へと戻っていくヒビキだったがニアゴがいなくなった事で食事を自分で作らなければならない、家の掃除も自分でやらなければならない、洗濯も自分でやらなければならないと不便さを感じていたが慣れてくればこんなものかと感じてきた。
いつもの通り妻が玄関まで見送りに来ていた朝も。
仕事から帰れば妻が出迎えたあの夕方も。
食事を済ませ妻と団らんしていたあの夜も。
もう戻っては来ない。
時がたてばそれらは全て過去のものであり、今自分が生きているこの時間が普段の日常である。
その日の夜もいつもの通り家の戸締りを確認してから寝床につく所だった。
窓の鍵も閉めて後は寝るだけだった。
ふと目線があるものを捕らえた。
それは写真立てだった。
ヒビキとニアゴが映っている。
休暇を取りジパングという異国を再現した施設に滞在した時に取った写真だ。
二人とも着物という見たことのない衣服に身を包んでおり、特にニアゴの着物姿は欲情をそそってしまった。
その興奮が収まらなかったので個室を借りて性行為に及んだのはいい思い出だった。
今となってはそれが悲しいものになるとは思ってもみなかったが。
ヒビキは写真立てを手に取り写真の中にいるニアゴを見つめた。
「やっぱ・・・お前にもう一度会いたいよ・・・。ニアゴ・・・」
思わず呟いた一言。
一滴の涙がヒビキのほほを伝っていた。
戻らないはずなのにこんな事を呟いてしまうとは。
まだ未練があるのだろうと自虐的に思っていた。
♢♢♢♢♢♢
ヒビキが眠りについた同時刻。
数多くの遺体が眠る公共墓地。
静寂の闇が支配し続けるこの場所においてそれは永遠に続くものだと思われていた。
ニアゴの名が刻まれた墓石。
その墓石が突然ガタガタと動き始めた。
まるで下から持ち上げようとする時の振動と似ていた。
ガタガタと動いた後、一旦止まったかと思ったら墓石がぶっ飛んだ。
墓石がぶっ飛んだ拍子に盛り土までも吹き飛びぽっかりと穴が空いていた。
その穴から人の手が伸びてきた。
よく見るとそれはドラゴンの手だ。
まるで地獄から舞い戻ってきた死人かのようだ。
ゆっくりと全体像が現れた。
見た目はドラゴンの魔物娘だった。
されどその姿は全く違っていた。
目の焦点が合わない、だらしなく涎を垂らして拭こうともしない、下半身の秘所を見れば愛液がただれ落ちている。
理性がばっさりと抜け落ちているような、ただの性欲だけが彼女を支配していたかの様な風貌だった。
「・・・ヒビキ、ヒビキ・・・ヒビキ・・・」
壊れたテープレコーダーの様に何度もその言葉を呟いていた。
♢♢♢♢♢♢
朝、太陽の光が瞼に入ると共に意識が覚醒していく。
写真を見て泣き言を漏らしたあの日から1週間だ。
歳を取ると時間の経過が早くなるだとか言われるが自分はまだ十分若い部類なのだからそんな事はないだろうと考え直した。
さて今日もやる事をやって仕事に行かねば。
まだだるく、体も本調子ではないが甘えは許さない。
洗濯をしなければ、朝食を作らなければ、家の掃除をしなければ。やる事は山積みだがしなければならない。
洗面所に行きヒビキは顔を洗った。
続いてその傍にあった洗濯物を洗おうとした時だった。
『ドン、ドン!』
ドアからノックの音だ。
心当たりがなかったが洗濯物を置いて玄関へ出なければならない。
すぐさま玄関へと向かいヒビキは鍵を開け、扉を開く。
そこに立っていたのは3人。
3人のうち一人は女性、それもドラゴンの魔物娘だ。
ウェーブのかかったロングの金髪が印象的だった。
残りの二人は男性で歳は自分とさほど変わらない。
けれど驚いたのはその服装だった。
乱れなど一切ないきちっとした服、腕章には見覚えのある印が。
この服にも見覚えがある。
これは私服とかではない、自分が町中でよく目にする制服だったはずだ。
それが警備隊の者であると分かった時、次に浮かんだのは自分が犯罪に手を染めたのだろうかという不安だった。
「こんな朝に訪問するのは誠に申し訳ないと思っている。だが急用なのだ、許してくれ」
ドラゴンの魔物娘が一歩前に出てそう前置きしてきた。
つまりは彼女が他の男二人を率いるリーダーなのだろうか。
「は、はい・・・」
「確認したいが君の名はヒビキで合っているな?」
「確かに俺の名前はヒビキですけど何か?」
「済まないが共に来てくれ、重要な事なんだ」
警備隊の隊長が直々に一般市民の所に来たという時点で、元より拒否出来る状況ではない。軽く身支度を済ませた後にヒビキは警備隊に同行されていく。
別に犯罪などしていないはずなのに両脇、前方に警備隊が張り付いていたのだからヒビキの心境は落ち着けなかった。
♢♢♢♢♢♢
警備隊と一緒にヒビキが向かった先は警備隊の詰め寄り所だった。
外見は質素ながらも中に通されれば所せましと警備隊の人間と魔物娘達が訪問した住民の相談に事務処理やらに追われているのを見てやっぱりちゃんと仕事はしているのだなと はどこか安心していた。
そして通路を進んでいき、大人6人が入れば満室な狭い一室へと通された際には犯罪者扱いされているのではとヒビキは錯覚してしまった。
「そこの椅子にどうぞ」
部下の男がそう勧めてくるとヒビキはやや戸惑いながらも座った。
「さて、実は君に聞かなければならない事がある」
そう言い咳払いを一つしてドラゴンの魔物娘は対面の椅子に座り姿勢を正す。
「5日前、この国へと観光に来た人間のカップルが被害にあった。女性がアンデッド属、まあゾンビと呼ばれる魔物娘へと変貌し騒ぎになった。しかも公共の場にも関わらずその場で男性と共にセックスし始めたのだ。近くにいた者が止めようとしても聞く耳も持たずに没頭して、まるで理性など根こそぎ落とされたみたいに本能のまま性欲を発散していた。調査の結果、現場にはドラゴン属だと思われる魔物娘が目撃された。そして今日まで同様の事件が3件発生している。いずれも現場にはその魔物娘が目撃され、我々は彼女が一連の事件を引き起こした元凶だと思っている」
現場で見かけたのだから犯人だと断定するのは早急過ぎなのではと、口を滑らせそうになったがヒビキは話が見えてこなかった。
当たり前だ。
自分との接点がまるでないのだから。
「ちょっと待ってください。それと俺が何の関係が?」
「まあ、話を最後まで聞いてくれ。実はその魔物娘を見た目撃者の一部からこんな証言が来ているんだ。『あの魔物娘はヒビキ、と言っていた』と。君の名を何度も呟いていたらしい」
自分の名を呟いていた?
何故自分の名前を。
いやそもそも何故その魔物娘は自分の名前を知っているのだ?
真っ先に思い浮かんだのはその魔物娘と浮気・・・は愚問だ。
その記憶どころか他の女と浮気などしていない、そもそもするはずがない。
自分の持てるだけの愛を彼女に捧げていた5年間を無駄にするなどとんでもない事だ。
ならば次に考えられるのは自分と認識がある魔物娘か?
心当たりがない、そんな奴は知り合いにいたのだろうか。
「さらに調査をしていくと5日前、共同墓地の一部の墓石が破壊されていた。『ニアゴ・ベル・ドラーゴ』の墓石だ。丁度そのころにゾンビ化の報告が来るようになった。そこで我々は以下の仮説を立てた。元凶となっている魔物娘と君には何か因果関係があるのでは、と」
「妻の墓石が破壊された!?」
ヒビキは思わず椅子から立ち上がってしまった。
「ヒビキさん、どうか落ち着いてください。今我々が知りたいのはその魔物娘を貴方が知っているかどうかです。怒りたい気持ちは分かりますが本題を忘れないでください」
部下の一人がヒビキをなだめる様に説得してきた。
確かに今怒っても仕方がないし自分がどうこう言える状態ではないのだから渋々椅子に座り直した。
「それで心当たりは?」
「そんな事言われても俺には何も心当たりなんて。第一そんな魔物娘に会った事なんて一度もないんですよ!!」
偽りのない本心をヒビキは語ったが彼女の表情は硬いままだった。
まだ疑っているのだろうか、これでは本当に犯罪者扱いだ。
少しの沈黙が流れると。
「少し席を外す。お前はここに残っていろ」
部下の一人と共に隊長らしき彼女は部屋から出ていく。
そして部屋の中には と彼女の部下だけが取り残された。
すると扉の窓越しであの二人が何かを話し合っている様な姿が目に止まった。
耳を立てれば微かではあったが聞き取れた。
『・・・隊長。嘘は言っていないと思います。犯罪者は大抵、嘘をついた時に顔をどこか崩す癖があります。彼は正直にいっています・・・』
こんな重要な話を簡単に漏らしては面目丸つぶれだな、などとヒビキは思っていたその時だった。
『・・・けれど私は彼が無関係とは思えない。出来過ぎていると思わんか? 彼の名を呼び続ける魔物娘、『ニアゴ・ベル・ドラーゴ』の名が書かれた墓石が破壊、さらに遺体が入った棺桶は空っぽだった。ここから推測されるには・・・』
ニアゴの遺体がないという台詞を耳にした途端、ヒビキは立ち上がって扉を乱暴に開けた。
慌てて部下の一人が止めようとしたがヒビキの動きがそれよりも早かった。
「どういう事ですか!! 妻の遺体がないって!!」
口を荒げて問い詰めるヒビキの姿はある種の気迫に満ちている。
その行動は密談していた二人にとって彼が事件を引き起こした魔物娘とは無関係である事を意味していた。
が同時に重い空気を立ち込める要員にもなったのは言うまでもない。
魔物娘もその部下も口を閉ざし、黙り込んでしまったのだから。
「答えてください!! 妻の遺体になにがあったんですか!!」
それでも二人は口を閉ざし応えようとしないのだからヒビキは苛立つ。
だがここで怒りに身を任せて彼女を殴り飛ばすなど理性的ではないし第一ただの人間が魔物娘の上位種であるドラゴンに腕力でかなう筈がない。
だからこうして睨み続けて相手が折れるのを待っているのだ。
この作戦が効果的だったのか、やがて彼女は根負けしたかのように首を横に振った。
彼女が覚悟を決めて口を開こうとした、その時だった。
「大変です!! 例のゾンビ化を引き起こす魔物娘が発見されました!!」
取り込んでいる最中に疾風の如く隊長へと方向してきた警備隊の一人。
あまり穏やかとは言えない状況にも関わらず輪に入ってくるなど失礼ではあったが今はそれどころではなかった。
「場所は!?」
隊長である彼女もその件に言及せず間髪入れず尋ねてきたのだから。
・・・邪推すれば良い口実が出てきたのだからそれに切り替えるというヒビキの問いから逃げたと思えるが。
「東地区17のE5付近です!! パトロール中だった警備隊の一団と増援を交えて対抗していますが苦戦しているとの事です!!」
「よし、我々も行くぞ。被害は最小限に食い止めるには全力を尽くさねば」
この指示に頷いた部下の二人。
その一人がヒビキに対してここで待っていてくださいなどと伝えようとしたが。
「俺も行きます。もしそいつが妻の墓石を破壊した奴なら許してはおかねえ!! 妻の遺体もなくなったのならきっとそいつだ!!」
先ほど隊長である彼女の結論を目撃証言だけで犯人だと決めつけるのは浅はかで短絡的だと内心で苦笑していたヒビキが彼女と同じ哲(てつ)を踏んでいる姿は皮肉でもあったが身内が絡んでいるとなれば冷静な思考だって疎かになるし死んだ妻の遺体がないと聞かされれば尚更であった。
勿論部下は丁寧に断ろうとした。
だが隊長の彼女は違った。
「・・・分かった。共に来てもらおう」
「よろしいのですか? 一般市民を同行しても始末書所の話だけでは・・・」
「無関係とは言えん。責任は私が取る」
それだけ告げると彼女は後ろを向き走っていく。
釣られて部下の二人もヒビキもその後を追っていくのは反射的な行動であった。
ただ内心では体長の彼女は自分の判断は合っていたのかどうか半分自信がなかった。
実際の所、彼の同行を許した具体的な根拠などあやふやで他人が聞いても納得しきれるものではなかったのが本音だった。
もし根拠があるとすればそれは魔物娘としての直感から来ていた。
『絶対無関係ではないはずだ、何かあるかもしれない』
彼女は妻の遺体という台詞に対して口を荒げたヒビキを見てもなお考えを改めようとしなかった。
♢♢♢♢♢♢
現場についたヒビキはその酷い有様を目にしてしまった。
別に血を流している負傷者や死人がゴロゴロとその場で横たわっていたわけではない。
「セックスっ!! セックスさせてええぇええぇーー♥!♥!♥!」
「落ち着け!! 我らドラゴン属の誇りを忘れたのか!!」
「こっちにも手貸してくれ。暴れて仕方ないんだ!!」
「おい、こんな所でオナニーなどすんな!! やるんだったら人目のない所でやれ!!」
この様に理性など消し飛んだかのように暴れまわる、正確に言えば性的欲求に飢えたドラゴンの魔物娘や人間の男が目に付いたのだ。
「状況は?」
「10人程やられています。対象の魔物娘から吐かれた霧状のものを吸って、皆場所などお構いなしに性行為に走って」
「その対象の魔物娘は?」
「何とか捕獲しました。体中に鎖を張り巡らせ口元には例の霧状の物体を吐かせないためにマスクをさせております」
「良し。その張本人に対面してくる。案内してくれ」
「大丈夫なのですか? 拘束しているとはいえ相手は危険ですよ」
「同じ魔物娘なのだから話が通じない相手ではないだろう。それにこの目でみなければ確証とやらは得られんからな」
「了解しました。お気を付けて」
隊員によって案内された場所には大きな幕で向こう側を確認させないようにされている。
その幕をめくり手招きされた場所には。
まだ警戒が解かれていないのか対象の魔物娘に不穏な動きがないか目を光らせる数名の隊員が。
そして四方八方の鎖によって身動き一つ出来ずにその場で佇んでいる一人の女性。
外見はドラゴン属特有の強靭な鱗に翼、尻尾に角が見られる。
だがそれらが禍々しく変化している。
まず目につくのは肉体が腐敗したかのような体の表面だった。
よく空想の話で人間がゾンビとなった際に体の色が緑色へと変色するのがお決まりであったが今そこにいる彼女がまさにそれだった。
マスクで口辺りが覆われていたが輪郭は大体想像できる。
この前まで生きていたニアゴとほぼ同じ―――
妻の輪郭を思い出したヒビキはもう一度よく凝視してみた。
体の皮膚や髪の毛の色が変色していたが見間違いはない。
何百回も何千回も見てきたのだから。
だがもう死んだはずだ。
生きているなどあり得ない。
なのにあの顔は忘れるはずもない顔だ。
すると魔物娘も視線に気が付いたのだろうか。
虚ろな目でこちらを見つめやがてヒビキの姿を捕らえると目の奥に光が灯った。
今まで大人しかったその体を激しく動かし始め拘束を力ずくで解こうとし始めたのだ。
「おい、押さえろ!!」
「どうしたどうした。なんで急に!!」
数人が鎖を引っ張り取り押さえようとするが同族である魔物娘たちの力も加わっているにも関わらず今にでも鎖がちぎれそうだった。
隊員達にとっては渾身の力で押さえていたつもりだったが無念にも数秒で鎖が引き千切られ魔物娘はヒビキの元へと迫っていく。
ヒビキには避けようとする感情はなかった。
もしやと思ったからだ。
魔物娘はヒビキに抱き着くと口を覆っていたマスクを引き千切った。
「あううぅーーーー!! あうがうううぅーーー!!!」
言葉にならない雄叫びを挙げて魔物娘はヒビキをもう離さないといわんばかりに体を密着させる。
隊長の務めとしてドラゴンの魔物娘は反射的に武器を構えヒビキから魔物娘を引き離そうとした。
「待ってください!!」
その一言が彼女にとって初めて迷いというものを生み出した。
何故そんな事が言えるのだ。
今自分が置かれた状況を理解しているのだろうか。
正体不明の魔物娘に抱きしめられ平然とした表情でい続けるヒビキの肝に恐れ入るべきか呆れるべきか彼女は戸惑った。
「どういう事だ!! 君とこの魔物娘に因果関係があるとでも言うのか!?」
「・・・多分、あります。彼女は・・・」
その続きを言おうとした所でヒビキに抱き着いた魔物娘は彼の唇に自分の唇を添えた。
じっくりと、ねっとりとヒビキのキスを味わっている。
次にはほほをすりすりとヒビキの顔に当てて嬉しそうな表情を見せている。
今の彼女はまるで男性に甘えたい様な、普通の女性として何ら変わらない振る舞いをしていた。
これはまさしく恋人の、いや夫婦のそれと似ている。
「彼女は・・・・俺の妻です」
ヒビキは自信無さげに言ってしまった。
当然、隊長のドラゴン娘は困惑した。
「ば、馬鹿な事を言うな!! 君の妻はもう死んでいるんだぞ!! 死んだ魔物娘が生き返るなど・・」
「・・・いえ、隊長。魔物娘ではありませんが人間が生き返ったという報告はあります」
部下の一人が彼女に進言した。
その部下も今ヒビキが言った事実に半信半疑状態であったが。
「なっ!? 確かに死んだ人間が魔力を吸収する事で『ゾンビ』や『リッチ』といったアンデッド族へと変貌する事例は確認されているが対象が魔物娘となる事例は確認されていないぞ!!」
「ですかここからある可能性が考えられるのではないでしょうか? 死んだ対象が魔物娘でも同様の事が発生するのでは、と。私もこの目で見たのは初めてですが、今目の前で起こっている事は事実です」
「可能性のさらなる飛躍、という訳か・・・。しかし・・・」
なおも首を横に振った隊長の魔物娘。
こんな事は自分が経験した人生の中で初めてなのだから理解しようにも頭が付いていけないしすんなりと呑み込めるはずがないのだ。
ただ自分の両目に映っている事だけは真実で不変の事柄だ。
これだけは受け入れなければならない。
暫く黙り込んでいたが次には覚悟を決めたかの様な顔を見せた。
そしてヒビキを値踏みするかの様に凝視してくる。
「・・・・君に問おう。本当に大丈夫なのだな?」
「・・・・はい。今からそれが証明されます。だから手出しはしないでください」
「・・・ならば信じよう。されど私が危険だと判断した場合は即座に武力行使を行う。いいな?」
「・・・はい」
ドラゴン族特有の鋭い眼光を前にしても怖気づかないヒビキの眼差し。
隊長の彼女は自分の眼光は警備隊の中でも随一だと自負している。
その眼光を前にしても引かない彼の勇気を称賛しなければならないのはドラゴン族特有の敬意というものだった。
「・・・よし。総員その場で待機、市民の安全確保に当たれ。・・・責任は私が取る」
その英断とも称せる隊長の決定に部下はやはり腑に落ちなかった。
「いいんですか? 彼のいう事を信じても?」
「私は彼を信じてみる。それに奴を見ろ」
隊長が指さした先にはゾンビと化して蘇ったと仮定したニアゴと思われる彼女が。
彼に危害を加える訳でもなくただヒビキを愛でようと、甘えようとしている。
その顔は幸せそうな顔であった。
そしてヒビキが彼女を抱きしめればこの上なく幸せそうな顔になった。
「我々と同じ愛おしい男性に抱きしめられ幸福を実感している顔をしているだろう。ならば問題はないさ。この状態では他人に危害は加えられないのだからな」
不本意ではあったが自分達、魔物娘は一人の男性を重視してしまうというその本能から他の事などほったらかしにしてしまう傾向があった。
隊長という厳格な立場に就いても彼女の奥底にはその本能がある。
だから彼女が下した結論は愛する二人を邪魔してはいけないという気配りとでも言うべき思考から来るものだった。
ただこれから二人が何をするのかは大体察した様で二人の周りに幕を張って周囲から見れないように隊員に指示をしたのは当然の事だった。
幕が張られ周囲の目から一応は見られない状況になったので遠慮なくやれるというものだ。
ヒビキは彼女へと向き直る。
「・・・なあ。やりたいんだ、ろ?」
その台詞に彼女は首をゆっくりと頷いた。
そして彼女はヒビキのズボンを脱がし始めた。
人間の男性器、妻が死んだあの日からずっと手を付けていないのだから溜まっているはずだ。
それを彼女は嬉しそうに口に頬張る。
体の表面は腐敗したかのような色をしているのに生前と同じ生暖かい口内と肉の弾力を感じる。
飴玉を舐めるかの様に舌で肉棒を刺激していく。
その感覚が紛れもなく気持ちいいものだった。
「い、いい!・・・。ああっ・・・そ、そこだ!・・・」
ヒビキが快楽に身を震わせれば自然と彼女も舌ではなく口で刺激する行為に走る。
『じゅる! れろっ! じゅる! れろっ! じゅる!』
口を使ってのピストン運動。
そこまで来てふと思い出した。
確か生前のニアゴは口で肉棒を刺激するなど一切しなかった。
ドラゴン属の誇りとして口に男性器を入れるなど下品などと宣言してずっと女性器のみでやってきた。
彼女がやらなかった事を今や喜んでやってくれている。
それが堪らなく嬉しく、初めて口で刺激してくれた事でヒビキの我慢は限界寸前だった。
「す、すまないっ!!・・・もう、出るっ!!」
欲望が爆発した――――
『どびゅるるるるるーーー!!』
白濁した精液が注ぎ込まれる。
彼女がいなかったのだから精液の量と濃さは普段の倍以上だろうから飲めないのだろうかとヒビキは思っていたがその濃さにも関わらず嬉しそうに飲んでいく。
やがてそれを全部飲み干した彼女の瞳の焦点が定まっていく。
「あエた♥ やっと・・・ヒビキにアえた♥」
・・・・魔物娘の第一声。
間違いなくニアゴの声だった。
まだ呂律が回らないのかたどたどしい口調だった。
「・・・本当に、ニアゴなのか?」
先ほど彼女は自分の妻だと言っておきながら彼女に問いかけるなど奇妙な話ではあるが本人でも確証とやらは半分取れていないのが本音だった。
「うン♥ うレ・・・しくナ・・イの?」
勿論嬉しいに決まっている。
だが考えられないのだ。
死人は絶対に蘇るはずがない。
それが命あるものの宿命なのだし、その宿命を破るには神様にでもならなければ駄目なのだ。
にも関わらず現に彼女は、ニアゴはここにいる。
自分の体に密着して求愛を求めてきている。
「エッチ〜♥ 一緒ニ・・・えッチしヨ♪ パコ・・パこはめテ♥ ずっこん・・ばっこんって♥」
ニアゴは既に片手を自分の秘所に当てて自慰をし始めている。
「お願イ〜♥ あなタ・・のモノが・・ほシいの〜♥」
強請りながらニアゴは自分の体をヒビキの体へと押し付けてくる。
生前の彼女は引き締まっていた肉体をしていたのに今の彼女はだらしなくたるんだ贅肉が付いていたのだから肉の感触が衣服越しでも感じる。
だがそれは決して彼女が太ったというわけではなく女体としての柔らかさが彼女の肉にくっ付いたと称した方が正しい。
現に彼女の体形は先ほど口内で感じた肉の弾力そのままに彼女を抱きしめれば全身が柔らかく弾力があり、まるで彼女が抱き枕みたいになったかの様だ。
これは1日中抱いていても飽きないくらいだ。
その肉の喜び、もう一度会えた喜びと彼女からの願い、そして発散することが出来なかった性欲とが爆発しヒビキから理性を奪った。
最も誰とてこんな状況に陥ったら間違いなくヒビキと同じ行為に走るのは安易に予想出来るが。
「やろう!! 俺も気持ちよくなりたいんだ!!」
「ウれし〜♥ やロ・・う、やろウ!!」
身にまとっていた衣服を脱ぎ捨て裸体を惜しげもなく晒し出した。
それに釣られて彼女もまた衣服を脱ぎ捨てた。
明らかに生前よりも肥大化した乳房。
スタイルは維持しつつ肉付きが付いた事で女としてのいやらしさと豊満さ。
どれも男が涎を垂らす程淫らで、飛びつきたくなる女体だった。
「お願イ♥ 来・・・テ♥」
言われるまでもない。
ヒビキの一物は既に固く勃起し脈打ち立っているのだから。
「い、入れるぞ・・・」
「うン・・・」
ニアゴが股を開き自分の秘所を指で見せつける様に開く。
先程から愛液が漏れていたのだから膣はぐちょぐちょでぬるぬるの状態だった。
そこに自分のモノが入れるとなればどんな快感が得られるのか。
想像しただけで興奮する。
もう言葉はいらない。
導かれるまま自分の一物を挿入する――――
『ずぼっ!!』
いつ以来なのか、この感覚は。
愛すべき妻と一つになった快感は筆舌に尽くしがたい。
「は、入っタ!! 私ト・・・一つにナっちゃッた!!」
「ああっ!! ニアゴ!! ニアゴっ!!」
ここから先は本能で分かる。
腰を上下に動かす。
動くたびに絡まる肉膣。
押し込めば圧迫し、引き出せば解放される自分の肉棒。
その繰り返しは単調なのにも関わらずヒビキにとっては何十回しても飽きが来ない体験だった。
『パンッ! パンッ! パンッ! パンッ!』
「いイ!! ソこっ♥ おクの・・・大事なトこっ♥ 当たっ・・・テ! いイ♥」
妻から時々漏らすあえぎ声が自身の興奮を加速していく。
更に腰の動きを速める。
『パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!』
一突きする度に卑猥な音が、あえぎ声が自分の耳に入ってくる。
更に興奮が加速しそれは欲情となる。
自分の肉棒が出したいと震えている。
もう限界が近かった。
「駄目だっ!! 俺っ! もうっ!」
「イこう!! いっシょ・・ニイこ・・・うっ!!」
勿論ヒビキは無言で頷いた。
自分の唇をニアゴの唇に添えて舌を中へと入れる。
舌と舌が絡み合いお互いの唾液が舌を通じて垂れてくる。
それが堪らなく淫らで二人は最高潮へと昇っていく。
そして不意に訪れる欲望の開放。
白く濁った汁が溢れ出る―――
『びゅるるるるるるるるるっ!!!!』
「「あああああああっ!!!!!」」
二人が絶頂に至る。
びくんっ、びくんっ、と体が震える度にまだ残っていた精液がニアゴに注がれていく。
ニアゴの秘書は一滴も零さんと言わんばかりに飲み干していく。
自分の欲望を出し切ったヒビキはもう出ないかなと思っていた。
だが息を切らしながら自分の一物を引き抜くとまだ固く勃起した状態で脈打ち立っている。
それをじろじろと見つめていたニアゴ。
その眼差しが何を訴えているのか分かる。
「ネえ、ヤれる・・・よネ。ヒビキ♥」
「・・・勿論、だ」
再びニアゴの膣へと挿入し、腰を動かしたのでそれに釣られてニアゴも卑猥な喘ぎ声を上げる。
まだまだやりたりないという欲望が二人にあったのは言うまでもない。
♢♢♢♢♢♢
幕を四方に張ってあったが故向こう側は見えないが声だけは聞こえてきているので隊長の魔物娘もその部下達も顔を真っ赤にして聞こえない振りをしていた。
「ま、まじかよ。この町中でやるなんて・・・」
「いくら好色の魔物娘って言っても時と場所は考え物じゃねえのか」
「無駄口を言うな! 我々の仕事はここに一般市民を寄せ付けない事、二人が飽きるまで見張りを行っている事、以上だ!」
隊長からの叱咤に部下の二人は身をすくませた。
だが次には失敗した際にいつも受けている叱咤とは一つ違ったものを感じた。
どこか無理しているような、何かを我慢しているようなそんな声色だったのだ。
確かなのは威厳があり責任感ある叱咤とは違うという事だ。
その訳を尋ねても、隊長はうやむやにされるか逸らそうとするのが目に見えているのでそのまま黙っているのが賢明な判断なのは部下でさえも分かる話だった。
されど隊長が魔物娘ならば当然、部下の中には当然魔物娘もいる訳でありヒビキとニアゴとの愛の営みの声を聞こえたならば反応してしまうのだ。
「ねえ、これが終わったら私を抱いてくれない?」
小声で夫に囁きかけるドラゴンの娘。
「ああ。お前もあいつらに釣られて、か」
「うん。だってあんな声聞いたら体が火照ってしまいそうなの」
その囁きでさえも聞き逃さないのが隊長であった。
が、この場合は私語を慎むための叱責というより気を紛らわしたいというやけくそ気味な気持ちだった。
「そこも何を言っている。任務に集中するのだ!」
なぜ気を紛らわしたかったのは彼女もまた体の興奮を抑えるのに精一杯だった。
必死に聞こえない振りをして冷静に保っていながらも頭の片隅ではこんな事を思い浮かんでいた。
『・・・私も旦那と一緒にイチャイチャしたい・・・』
それを頑固として否定し続けても消えない自分がいたのには腹が立って仕方がなかった。
♢♢♢♢♢♢
その後、ニアゴが引き起こした一連の事件についての後始末はどうしたのか。
結論から言うとニアゴにはお咎めなしだった。
死傷者は出ておらず被害を受けた人間の症状も一時的なものであった。
ゾンビという魔物娘に変えられたカップル達に関しても特に抗議の声はなかった。
加えて死んだドラゴン属がゾンビとなって蘇ったという事例は非常に珍しく、対象は旦那と一緒にいれば害はないという事で保護観察処分と言う名目で処罰が下された。
兎に角一応は問題なしというお墨付きを受けたのだからこれ以上の追及は野暮だという事である。
そして今ヒビキとニアゴはと言うと。
「ミルクぅぅー♥ ちゅうちゅう吸って♥ 甘えん坊でちゅね〜♥」
「だって、ニアゴのミルク、すごくおいしいんだっ!!」
「うれし〜♪ そんな事言ったらもっと、もっとお、ミルク出しちゃうー♥」
ヒビキはそそり立つ自分の肉棒を彼女の秘所へと挿入した状態でニアゴの乳首から溢れ出ている母乳を一心不乱に吸っていた。
しかもニアゴのお腹は臨月寸前という状態で、だ。
人間の女性であれば破水などの危険が孕んでいるのだが魔物娘はそんな事にはならない。
特にドラゴン族に属する彼女は母体やお腹にいる子供も強靭でありこれぐらいで破水するという心配はないのである。
そんな補足はさておき、ニアゴのお腹が膨らんでいる。
予測出来るのはニアゴのヒビキとの子供を作るという悲願は叶えられた―――
と事情を知らない他人からはそう考えられるが実は1年ぐらい前、ニアゴがゾンビとなって甦りヒビキと再会したその時に叶えられていたのだ。
「あひゃ♥ パパはなんて淫乱なんでちょうかね〜♥ ママのおまんこをズボズボしてっ♥ 赤ちゃんがいるのにパンッ、パンッしてるう〜♪」
ニアゴがはそう言い自分の腕に抱えている赤ん坊に聞かせた。
この赤ん坊は彼女が蘇ってから初めて、つまり1年前のあの日に妊娠し今こうしてわが子を抱えているという訳だったのだ。
生前の彼女と同じ紅蓮色の髪の毛を持っていて皮膚の色は肌色であったがニアゴには関係なかった。乳首を口にくわえている。
赤ん坊もまたヒビキと同じく一心不乱に母乳を吸っていたのだ。
その光景がニアゴにとって堪らなく嬉しく、もうこのまま死んでもいいと思っていた。
されど幸せはまだ終わらない。
「そう言えば先週、病院に行ってたけどお腹の子についてなのか?」
「そうなの♪ それで聞いて〜♥ お医者さんに聞いたら、双子だって〜♪ 一気に三人目だよおぉぉ〜♪」
「ふ、双子なのか!? やったなニアゴ!!」
「これもヒビキのおかげだよ♥ でもまだまだだよ〜」
ニアゴの好色満ちた目は愛するべき人ヒビキを見つめていた。
「もっと、もっっと♥ いっぱいエッチして〜。いっぱい赤ちゃん作ろう、ね♥ あなた♥」
「あ、ああ!!」
今日も又この場面も日常へと溶け込んでいく。
二人の愛はまだ尽きないのであった。
17/05/22 23:01更新 / リュウカ