パープルなメイドさんにご用心を
平日の朝。
それは社会人が職場へと出勤する時間だ。
勿論ここにいる男もまた出勤しようとしているのだが・・・・。
「お手伝いさんが欲しいな〜・・・」
そう呟き、男は天井に向かって顔を仰いだ。
中肉中背でやや無精ひげを生やしていた彼の名は神代 仁乃(かみしろ じんの)。
今年で30歳になる、何処にでもいる普通の男だ。
そんな彼が今の現状に嘆いたのも無理はなかった。
サラリーマンの職に付いて取り合えず、真っ当な人生を送ってはいるのだが。
仁乃はリビングを見渡した。
何度も何度も辺りを見渡したが、目の前に広がっている景色が変わるはずもない。
「はあっ・・・」
思わずため息を付いた仁乃。
そう、自宅の中は最悪だったのだ。
あちこちに紙の束が散乱し、まだ捨てていないゴミ袋が数個程。
皿洗い場には洗っていない食器が山積みで、洗濯機のすぐ傍にはまだ洗濯していない衣服の山が。
言わばゴミ屋敷の一歩手前、と言うにはほど遠いが、兎に角悲惨な状態だった。
片づけたいという気持ちはあるのだが、いかんせん時間と後一歩のやる気が足りなかった。
ならばお手伝いを雇おうかと考えたが、そんなお金など何処にあるのだろうか。
「どうするかねぇ・・・・」
頭の髪を掻きむしりながら仁乃は途方に暮れていた。
今この瞬間にでも片づければ良いのだろうが、これから数分後にすぐ仕事だ。
ならばもうその暇はなかった。
「さて、と。仕事に行こうか」
仁乃はそのやる気ない足取りで職場へと向かおうとした。
部屋はその後に片づければ良いかという、すぐに忘れそうな決意を抱いて。
・・・結局、仁乃はそういう人間なのだ。
時間と後一歩のやる気が足りないなどと言い訳を作り、物事を後回しにしてしまう悪癖があるだけなのだ。
だからこそ彼にはお手伝い、もとい支えてくれる人が必要だった。
それも常に付き添ってくれる献身的なパートナーが。
♢♢♢♢♢♢♢♢
「お〜い、魔物娘のメイドさんって知ってるか?」
「あんっ?」
パソコンにデータを打ち込んでいた最中に、同僚にそう聞かれたから仁乃は変な声で返した。
「だからよ。魔物娘のメイドさんを知っているのかって聞いてんだよ」
「いや。魔物娘の事は知ってるけどよ・・・。メイドさんって?」
「今、巷で需要があるんだよ。御主人様の為に一生懸命働くって子達がいてな。給料とか要らねえ、欲しいのは御主人様の愛情だけだって言うから、そりゃもう人気者ってもんだよ。だからよ、俺明日その店に行って、メイドさんを一人紹介してもらおうって思うんだよ。お前も行くだろっ?」
「・・・まあ、な。興味は、あるな」
ぶっきらぼうで答えた仁乃だが内心は興味がありまくりだった。
メイド服を着た女性は、男から見れば注目の的。
そして願って止まない光景だ。
だから仁乃は想像した。
―――朝の目覚めと共に仕える主、もとい御主人様に一礼し『御主人様、朝食の用意が出来ました』と声をかける。
外出する時には『いってらっしゃいませ御主人様』とにこやかに見送って。
そして帰ってくれば『おかえりなさいませ、御主人様』と出迎えて夕食の用意をする―――
(うん、良いよなそれ・・・!!)
しかも払うべきお金もいらない、欲しいのは仕える主の愛情となれば、もう抑えきれない。
男だったら誰しもが憧れる主人とメイドの従順関係。
ならば一度は叶えてみるのも一興だ。
「あ、ああ。興味が湧いてきたな。俺も行くぜ」
「だろだろっ!! なら一緒にとびっきりの可愛い子ちゃん選ぼうぜっ!!」
同じ目的を持った男達は意気投合しやすいものだ。
ましてや、心はまだ健全男子な仁乃と同僚なれば尚更だった。
かくして二人は堅い約束をし、その日をワクワクしながら待った。
♢♢♢♢♢♢♢♢
翌日、仕事を終えた仁乃は同僚の彼と共に、そのメイドを紹介してくれるというお店に行ってみた。
時刻はもう夕暮れ時でオレンジ色となった太陽が二人を照らしていた。
また会社からそのまま直接向かっていたのだから服装はスーツ姿で、傍から見ればこれから飲みに行くかの様な装いだった。
路地裏をうろうろと歩き回り、やっとのこさ目的の店前にたどり着いた二人。
その店は雑居ビルの一階を借りていて、やや殺風景ながらもカラフルな電光で精一杯飾っていた店だった。
そしてその看板の名前は『萌え萌えメイドさん、ご奉仕するにゃん♥』、と・・・・。
「・・・結構、痛えな」
こんな名前を考えた人は頭が桃色なのか、お花畑なのかのどちらかだろう。
だが、そんな痛々しい店名を採用した者も同類か。
きっと店の中はフリルのカーテンに可愛らしいぬいぐるみとか、媚びたものばかりなのだろうと思っていた。
「じゃ、入るぞ〜」
そう言い、同僚はドアノブに手をかけそのまま引いた。
『チャリン♪』
金属ベルの音と共に入店した仁乃は驚いた。
「えっ・・・?」
―――内装は意外とシックだったのだ。
白と黒のタイルが交互に引き詰められた壁と床。
ちょっと古めかしい大時計や木製の大型テーブルといったアンティークな家具が置かれていて、大人の雰囲気が漂うお店だった。
(・・・これで店の看板が『至福のひと時を』とかだったら完ぺきなのにな・・・)
何か折り合いがつかなくて、あんな名前の看板を出してしまったのではと邪推してしまう。
だがそんな事は考えていなかったのか、はたまた気にもしなかったのか、同僚は意気揚々と受付へと向かっていった。
受付をしていたのは年若い女性、その背中からはコウモリを彷彿させる両翼がある。
魔物娘の中ではポピュラーな種族、『サキュバス』だ。
メイドの魔物娘を取り扱っているのだから、彼女が受付を務めているのはごく自然な事なのだろう。
「あの〜、すいません。メイドさんを雇いたいんですけど」
少しだけ頭を下げながら同僚は彼女に声をかけた。
「はい、どの子をご指名ですか?」
明るい声と朗らかな笑顔で返した『サキュバス』の彼女。
「勿論、キキーモラさんをご指名です。あのモフモフとした姿がたまんないですっ!!」
「じ、自分も・・・だ」
緊張した顔で仁乃も『キキーモラ』を指名した。
すると朗らかな笑顔だった彼女は、次第に申し訳なさそうな顔へとなってしまった。
「あ〜・・・・。ごめんなさいねえ、お客さん。今この子一人しかいないんです・・・」
とても人気なのですぐご指名来ちゃうんです、と受付の彼女は謝罪した。
「う、う〜ん。人気なら仕方ないですよね・・・」
そう言い同僚は少しだけ頭を抱え、悩んでいた。
それは当然であろう。
二人そろって『キキーモラ』を雇おうとしていたのに、これでは不公平になってしまうのだろうと同僚は迷っていたのだ。
だからこそ仁乃は遠慮した。
「おい、だったらお前が貰えよ」
「おいおい、良いのか? お前も『キキーモラ』が好きなんだろ?」
「いや別に。俺は『キキーモラ』が良い訳でもないしな・・・」
あれだけ『キキーモラ』に拘っているのだから、ここは同僚の願いを尊重するべきだろうと仁乃は決め込んだ。
別に親切心から来るものではなく、先輩風とやらを吹かせたかっただけだが。
それにメイドの魔物娘は『キキーモラ』だけじゃないし、ならばその中から自分が好きな子を選べば良いだけだ。
そう考えれば仁乃は構わなかった。
他にどんな子がいるのかと受付の彼女に聞こうとした、その時だ。
『プルルッ!! プルルッ!!』
突然、受付に置いてあった電話が鳴り響いた。
「失礼しますお客さん」
一礼した『サキュバス』はすぐに受話器を手に取り、耳に当てた。
「はい受付・・・・。あらっ・・・? うん、うん・・・。そっか。分かった」
適当に相打ちをした後、彼女は受話器を置くと同時に、仁乃に向けて一礼をしてきた。
「これはお兄さん、幸運ですねぇ〜。メイドさんの方から直接ご指名が来ましたよ〜」
そう言い、彼女は満面の笑顔で伝えてきた。
勿論仁乃は本当に、それこそ夢でも見ているのかと言わんばかりに驚いていた。
メイド自身が自分を直接指名してくるなんて思ってもみなかったからだ。
「ちょ、直接指名っ!? そんなのあるんですかっ!?」
「いやいや、実はアソコにカメラがありますよね〜♪」
彼女が指さしたその天井を見上げると、パトランプ型の機器が取り付けられていた事に気付いた。
「まあ防犯の目的もあるんですけど、実はこっそりとメイドの子達が見る場合があるんです。それでピピッ、て来た人がいればメイドの子から連絡が来るんですよ〜♪ それで今こちらに来ますんで、少々お待ちください♪」
何とも幸運なのだろうか。
まさか自ら志願してくるなんて、本当に幸運としか言いようがない。
「なら良かったじゃないか〜。俺もこれで心置きなく『キキーモラ』を雇えるな」
同僚もそう言い、祝福していた。
心なしか自分も嬉しい気分だった。
「ああ、そうだな」
一体どんな可愛い子なのかと仁乃は胸を高めて待っていた。
そして頭の中で想像していた。
自分に仕えてくれるメイドの魔物娘を。
(モフモフとした子なのか・・・? それとも色気たっぷりのお姉さん的な・・・?)
どちらにしても可愛い子なのは確実だから問題ない。
仁乃はそう考えていた。
数分後、受付の部屋奥から人影が仁乃の方へと向かっくる。
しかも満面の笑みを浮かべながら。
その人影は・・・おそらく・・・魔物娘だろう。
そう表現したのは、彼女の外見に問題があったからだ。
―――まず、その体全体がドロドロとしていたのだ。
全体的に紺色または紫色のスライムを彷彿・・・いや、そのものとも言える外見。
メイド服とカチューシャ、それにフリルの付いた振袖は確かに給仕服のそれなのだが。
彼女の腰から下、つまり両足が、『両足』という概念がなかった
腰から下がドロドロとした、スライム状の物体が蠢いているだけだったのだ。
もう人間ではない―――魔物娘だからそうではあるが―――という事は明白だった。
ただ目の色は月光の様に妖しく、ぱっちりとした両目、すらりとした顎に美女の微笑みが出来そうな唇。
綺麗に整った顔たちと紫色のショートヘアが清楚さを際立てる。
つまる所、彼女は美人であった。
思わずため息が出そうな程の美しさだった。
「初めまして、御主人様!!私メイドのアヤカと申しますっ!!」
「お、おおっ・・・」
仁乃は口をごもごもとしながら答えてしまった。
自分を御主人様と呼んだという事は彼女、アヤカが自分を指名したメイドという事になるのだが・・・。
「あ、ああ・・。質問良いか?」
「はい。何でしょう?」
「・・・・お前は、魔物娘なのか?」
失礼なのは百も承知なのだが、これだけは確認したかった。
まさか魔物娘とは違う別の存在、それこそ第三の種族なんて場合もある。
少なくとも仁乃にとって、アヤカは魔物娘とは全く別の存在ではと疑っていた。
「はい。私は『ショゴス』と呼ばれる魔物娘です」
仁乃の無礼な質問に怒りもせず、アヤカは優しい声色で返してきた。
「ショ、ゴス? えっと、特徴は体がそんな風にスライム状になってるって事か?」
聞いた事のないその種族名に仁乃はいぶしがりながら問いかけた。
「はい。ですけれど、ただのスライムではございません。それでは御主人様、今欲しい物はございませんか?」
「欲しいの物?」
そう言い仁乃は首を傾げた。
「はい。フォークやお盆。もしくは小物入れなど。物であれば何なりとお申し付けくださいませ」
急にそんな事を言われても仁乃にはピンと来る物などなかった。
がふと受付に置いてあったペンを見て、ならこれにしようかと思いついた。
「それなら、今ペンが欲しいな。スラスラ書けるペンが・・・」
適当に頼んでしまったがそれが彼女と何の関係があるのだろうか。
「はい。承知しました」
するとアヤカの体がボコボコと躍動し始めた。
あのドロドロとした下半身から一本の触手が伸びてきて、一定の長さになるとそのまま切れ落ちた。
すかさずアヤカは手で、その切れた触手を受け止めた。
その大きさは手のひら大、色は彼女の色を反映してか紫、まるで金太郎飴みたいな形状だった。
それをじっと見つめていた仁乃と同僚。
するとその触手の形状が変わり始めた。
片方の端はロケットの様なとんがり状になり、もう片方の端は丸みを帯びていき、ボタンらしき突起物が一つ出来上がる。
それに続いて、ゴム状の握り手が浮かんでいき、キャップらしき取っ手も現れる。
やがて物の形を取り終えたのか、切れた触手はもう動かなくなった。
仁乃は恐る恐る、それを見ようと顔を近づけた。
じっくりと見てみれば、ゴム状の握り手に、ポケットへと挟み込めるキャップ。
尖った先端部分に、反対側はボタンの様に押せる突起物。
これは、間違いない。
「ペン、だな・・・。それ」
ポツリと同僚が呟いた。
自分が知る一般的なペンの形と同じだった。
まだ半信半疑だった仁乃は試しにそれを手に取ってみた。
握り心地、堅さもペンと同じだ。
また突起物を押してみると、反対側の先端部分から、ペン先らしき物体が現れた。
そして仁乃はそれを握ったまま、偶然受付に置いてあった紙の上へと軽く描くと、当たり前の様にインクが出て来て、黒い線となって紙の上に残った。
「ペンだな。・・・これ」
これは本物のペンだ。
そう結論付けるしかなかった。
仁乃はゆっくりとその顔をアヤカへと向けた。
「この体は全て御主人様の為に役立てる様になっております。私の体からあらゆる品物が作り出されるのです。ですから御主人様が求める品物があれば何なりとお申し付けください」
「何でも作れるのか・・・?」
「はい。ですけれど形ない物は作り出せませんのでご注意ください。例えば、御主人様への愛情とか。私のこの体一つでは表せない思いなのでぇ・・・」
そうクスクスと笑いながら、アヤカは優雅な一礼を仁乃に見せた。
仁乃は彼女に対しての恐ろしさはまだ残っていたが、あらゆる物を作り出せると聞けば話は違ってくる。
もうお金を払って物を買う必要などない。
つまり、お金が浮くという事だ。
お金が浮くという事は趣味にお金を費やせる事に繋がるのだから、自称貧乏人の仁乃にとっては実に喜ばしい事だ。
それに何より、アヤカは美人だ。
魔物娘は美人で可愛い子ばかりであるが、仁乃にとって彼女は一段と美人だ。
そんな彼女の奉仕を受けられるとなれば、男なら誰とて喜ぶ事だ。
まさに一石二鳥、この世の春が来たという訳だ。
だがここでふと、『自重』の二文字が頭に浮かんだ。
こんな素晴らしい彼女がタダで自分に仕えてくれるはずがない。
だから仁乃は改めて問いかけた。
「ああ、えっと。給料は大丈夫なのか? 何でも作れるき、君なのに」
「いえいえ、お給料は一切要りません。御主人様のお傍にいればそれでよろしいのです」
となればもう文句一つたりともない。
遠慮なく彼女を迎え入れようと仁乃はアヤカに対して、勢いよくお辞儀をした。
「そんじゃ、これからよろしく頼むっ!!」
「はいっ!! 御主人様の為に誠一込めてご奉仕させて頂きますっ!!」
そう言いアヤカもまたお辞儀をした。
ゆったりと上品に、少しだけ歪んだ笑みを見せながら。
♢♢♢♢♢♢♢♢
仁乃とアヤカ、そして同僚と雇われた『キキーモラ』らを見届けた受付の『サキュバス』。
これでまた幸せな人達が増えたとなればと思えば、喜ばしい事だ。
たがここでふと思い出してしまった。
「あっ・・・。しまった。あの人にアヤカちゃんの性格伝えておくの忘れてた・・・」
実はアヤカとの面接の際、彼女が零した愛しの旦那についての思いを聞いたが。
魔物娘であれば可笑しくない、至極当然の深すぎる愛をアヤカは語っていた。
ただしそれは一般感覚の男性であれば、ドン引きするくらいの過激さだったが。
確か自分は形見離れず御主人様のお傍にいたいから、御主人様の体をああしてこうしてと・・・。
・・・もしかするとドン引き所か、拒絶されるかも知れない。
「でも問題ないっか。慣れれば都とか言うからね・・・。おっと、業務に戻らなきゃ戻らなきゃ〜」
それに命の保証はされているのだから全く問題ない。
ならば末永くお幸せにという言葉を送れば良いだろう。
そう考えた『サキュバス』の彼女は、書類を整理しようとそのの手を動かし始めた。
♢♢♢♢♢♢♢♢
「御主人様。部屋の掃除が終わりましたがいかがですか?」
「お、おおっ・・・。完璧だ・・・」
アヤカに部屋の掃除を任せて約30分。
あの溜まっていたゴミ袋も、溜まっていた食器もない。
床も壁もピカピカでツルツル。
染みや汚れすらない。
綺麗さっぱり、まるで新居当然の姿になっていたのだ。
恐らく専門業者に頼んでもここまで綺麗にはしてくれないだろう。
「ホントに感謝の仕様がないっ!! ありがとう、ありがとう!!」
「いえいえ。御主人様の為ならお安いものですよ」
そう言い、アヤカはにっこりと笑みを見せた。
そのほほ笑みは、かの有名な絵画『何とかの微笑み』以上に価値ある笑みだ。
そして仁乃にとって、それの何処が美しいのか分からない古絵よりもアヤカの笑みの方がよっぽど良い絵になると思っていた。
それ程までに仁乃はアヤカの事を好きになっていた。
「では食事の準備をさせてもらいますね」
「え? そんな時間なのか」
仁乃が時計を見ると、時刻はもう夜の7時だ。
晩御飯時という事に気づいた仁乃は自然と腹の虫を鳴らしてしまった。
「よほど空腹なのですね。では何か食べたいのかありますか?」
「え、えっと。・・・生姜焼きと味噌汁で。ああ、後デザート的な物も大丈夫、か・・・?」
頭の中で思い浮かんだ食べ物をそのまま伝えた仁乃。
だがアヤカは上手く作ってくれるのだろうか。
確かにメイドたるもの食事を作る事など朝飯前ではあるが、それとこれとは別ではないかと、仁乃は根拠のない理由で不安がっていた。
しかしそんな仁乃の心配を払うが如く、アヤカは笑みを見せながら優雅な一礼をすると。
「勿論でございます。では御主人様はお休みになって下さい。出来ましたお呼びしますので」
そう言い残し、キッチンの方へと入っていった。
残された仁乃は少しだけ唖然としていた。
だが次には、アヤカがそう言うのであれば自分は信頼しよう、と考え直した仁乃は、言われた通り休んだのだった。
♢♢♢♢♢♢♢♢
アヤカが作った生姜焼きと味噌汁に白いご飯と、そして紫色のプリン。
その味は完璧の一言だった。
柔らかい豚肉に醤油と生姜の味が加えられたその味。
豆腐とわかめと刻みネギが入った味噌汁の濃さも丁度。
白いご飯もふっくらと炊きあがっていて美味しかった。
そしてデザートのプリンを一口すくって食べれば、甘く蕩ける味が口の中に広がっていく。
ただプリンの色が黄色でなく、何故紫色なのか。
それといつも使っている茶色の箸と銀色のスプーンが、全て紫色になっていたのが少しだけ気になった。
だが満足としか言いようがないこの晩御飯に仁乃は感謝の声を挙げざる負えなかった。
「上手い!! こんなに上手い食事は初めてだ」
「喜んでいただけたようで、何よりです」
それはもう、喜ばしい事だ。
自炊などめんどくさくて、ここ最近はインスタントや冷凍の即席料理ばかりの日々に、出来立ての料理をこの口で食べれた事に仁乃は喜ばずにはいられないのだ。
だがふと、『食事』という単語で仁乃は気になった。
「あっ・・・。アヤカさんは食べないのか? いくらメイドさんでも、食事をしなければ働けないだろ?」
いくら雇い主でも最低限守るべき約束事、例えば仁乃の場合は食事はさせるべき事であると―――誰とて食べなけれな働けないのは当然だが―――決めていた。
するとアヤカはその首を軽く横に振った。
「いえいえ、私に食事は不要です。こうしての傍で仕える事が私の至福なのです」
「無理はしないでくれ。幾ら食事がいらないだとか言っても食べなきゃ元気はでないし、魔物娘だって飯が必要だろ?」
そう言い、仁乃はプリンをスプーンで一口すくい、アヤカの前に差し出した。
「頂いてもよろしいので?」
「そうじゃなきゃ、メイドは勤まらないだろ?」
するとアヤカはにっこりと笑みを浮かべた後、そのスプーンに乗っかったプリンの欠片を一口。
子供の様にスプーンをほうばるのではなく、スプーンに吸いつく様な形で、しかも音を出さずに食べたのだ。
仁乃から見れば優雅で上品、流石メイドさんだと拍手を送りたかった。
「ふふっ♪ こんなに優しい御主人様に仕えるなんてアヤカは幸せ者です。御主人様、これからもよろしくお願いします」
それはこちらの台詞だ。
もうたまらない。
これから彼女の奉仕を受けれるのであれば、もう悔いはない。
仕事だって頑張れる。
だから仁乃は頭の中で想像していた。
優しくて美人なアヤカと一緒に暮らしていく姿を。
(朝起きたら挨拶して、話し合い手になってくれて、落ち込んだら励ましてくれて・・・。くう〜〜。たまんねえな、これ・・・)
そんな甘い生活を思い描いていたから仁乃、は見落としていた。
・・・アヤカの艶やかで妖しく、輝いてる両目を。
その両目はまるで獲物を今か今かと待ち伏せしている、捕食者の様な両目だった。
♢♢♢♢♢♢♢♢
アヤカがやってきて1週間後、休日の昼の事だ。
仁乃はソファーの上に寝転がっていた。
元々ソファーなどという、仁乃から言えば高級品当然ともいえる品物は家に置いていなかったが。
「いや〜、アヤカの作ったソファーは気持ち良いな」
そう。
このソファーはアヤカに頼んで作ってもらったのだ。
最初、アヤカにソファーという大型の家具など作れるのかどうか不安だった。
だがアヤカは『問題ございません』と言い、あのドロドロとした下半身を動かし、そして見事にソファーが出てきた時には大変驚いた。
「ほんと、アヤカには感謝だよな〜」
アヤカの作り出したソファーは肌さわりが良く、フカフカで心地よい。
その上窓からの太陽の暖かさで、ついつい仁乃はうたた寝をしてしまった。
夢か現実か曖昧になる境界線。
だからこそだろうか。
仁乃は『感じる』・・・気がした。
頭の後頭部に、柔らかい感触を。
うっすらと両目を開けると、アヤカが優しいそうな笑みを浮かべ、こちらを見つめていた。
仁乃のおでこを優しく撫で、愛おしい目で見つめながら。
それに気づいた仁乃は分かった。
そうか。
自分は今、アヤカに膝枕をされている・・・!
「っ!?」
すぐに仁乃は起き上がった。
何しろ知らぬ内に膝枕されていたと気づけば、そしてアヤカという美女がしていたとなれば驚く事だからだ。
だがアヤカの姿はない。
自分はソファーでずっとくつろいでいた。
どうやら自分は寝ぼけていたらしい。
「ああ、不味いなこりゃ・・・」
仁乃は寝ぼけまなこを擦りながらあくびをした。
幾ら休日だとしても寝ボケて、しかもアヤカの膝枕を受けてみたいという夢を見てしまうとは。
だが本当に夢だったのだろうか?
(夢、なのか・・・?)
しっとりと柔らかい感触が頭の後頭部へと、確かに伝わっていた。
もしかして本当に膝枕を受けていたのではないだろうか?
気になった仁乃は玄関の掃除をしているアヤカの元へと向かう。
ちらっと覗くとアヤカは鼻歌まじりで靴脱ぎ場にモップをかけていた。
「どうしましたか、御主人様?」
視線に気づいたアヤカはこちらへと顔を向けた。
その瞬間、仁乃は口ごもった。
知らない内にお前が膝枕をしたのか、と尋ねたかったが彼女の顔を見たら迷ってしまう。
それに冷静に考えれば、玄関からリビングへの距離は結構ある。
瞬時にアヤカが移動できるならまだしも、ここから移動して尚且つ悟られずに膝枕をするのは流石に無理だろう。
「いや、なんでもない。少し休んだらどうかなって声をかけたくて」
「メイドの私にいつも気を使って下さるなんて、実にお優しいのですね御主人様は」
そう言いアヤカはいつもの様ににっこりと笑みを浮かべた。
だから仁乃はもうそれ以上言えなかった。
♢♢♢♢♢♢♢♢
それから3日後の夜、ベッドの上で寝ていた仁乃はまた夢を見た。
精確に言えば夢心地の状態で仁乃は想像してしまった。
アヤカの柔らかい胸を自分が揉んでいる光景を。
お椀型の良い乳房が、自分の手によって歪に変化していく。
そしてアヤカの柔らかく、しっとりとした感触が両手に伝わってくる。
例え夢の中であっても、仁乃が今感じている感覚は本物と大差ないのだ。
『ど、どうですかぁ? 私のおっぱいはぁ・・・!!』
アヤカが口元をにやけ、快感の声を挙げながら囁いてきた。
勿論、最高の触り心地だ。
もっと大きい胸だった方が揉みごたえがあって良かったが。
それでもアヤカの乳房を揉んでいるのであれば十分だった。
乳房の感触をもっと感じたいと、思わず手の力を強めた。
『ひゃうっ♥』
アヤカの、欲情そそられる甘美な声。
だから無我夢中でやってしまう。
己の肉棒を堅く勃起させて、そのまま興奮に身を任せれば・・・。
「っ!!」
・・・やってしまった。
もう感覚で分かる。
いかがわしい夢、もとい想像をしてしまったから放ってしまった。
男なら誰しもした事がある『無精』とやらを。
今頃パンツの中はドロドロとした液体によって大きな染みを作っている事だろう。
下手をすれば寝間着のズボンにも大きな染みがあるだろう。
だが今はどうする事も出来ない。
夢心地の状態で起きようとする気力など人間に有りはしない。
そして男であれば、『夢精を放てた』というその解放感に酔いしれ、起きようなんて気持ちが起きないのだから。
ならば明日だ。
明日になればアソコは乾いて、何もないと言い切れるだろう。
だからそのまま仁乃は更なる眠りについた。
♢♢♢♢♢♢♢♢
翌朝、目が覚めた仁乃はすかさずパンツを確認しようとした。
最も確認するまでもないが、それでもしてしまうのが男の性である。
恐る恐るその両目でパジャマのズボンを引っ張り、パンツのありさまを見ようとすると・・・。
「あれ?」
おかしい。
眠ってる時、盛大に放ったはずなのに。
夢精の後に出来る、くずんだ染みが全くない。
パンツの中心辺りがカピカピになっているはずなのにフワフワのサラサラの状態だ。
「ど、どうなってるんだ?」
このパンツとパジャマは確か、アヤカの体から作られた品。
履き心地がよくいつも新品みたいにピシッとしていたからもう愛用品だった。
まさかこれ自身に何か特別な力でもあるのだろうか。
気になってアヤカに相談したかったが、それは出来ない。
『お前の作った服にぶちまけてしまった』、なんて恥ずかしくて言えるはずがない。
浮かない顔のまま仁乃はベッドから起き上がり、リビングの方へと向かうと既にアヤカは起きていて朝食の準備をし始めていた。
「ご・、いえおはようございます。御主人様」
「あ、ああ。お早う・・・」
アヤカは気づいていない。
最も、その方がよっぽど良かった。
だから仁乃はいつもの様にアヤカへ「おはよう」という言葉を贈った。
♢♢♢♢♢♢♢♢
そしてアヤカを雇って早1ヶ月。
いつもの様に会社へと出社した仁乃。
上司や同僚に挨拶をして自分のデスクへと座ると、ふと、自分が来ているビジネススーツを見つめた。
「そういや、これ。アヤカが用意したものだったよな」
気が付けば自分はアヤカが用意した服ばかり着ていた。
最初は寝間着とパンツ程度だったが、次には私服に靴した。
果てにはカバンや靴まで、そしてポケットを探れば紫色のハンカチまでもが。
「全部アヤカが作った物ばかりだな・・・」
ただどれも蒸れず、履き心地が良い快適な品ばかりだったから問題なかった。
それに単色という訳ではなくアヤカも気を使って、例えばこのスーツは縦縞の薄紫ラインを施したオシャレな服にしていた。
だから別に不満はないし、アヤカが自分の為に用意したとなれば嬉しい限りだった。
そう思い仁乃はデスクのパソコンを立ち上げようとした時だ。
「お〜い、仁乃。今日は見回りの日だろ?」
上司が仁乃に声をかけてきた。
その瞬間、仁乃は思い出した。
そうだ。
自分は今日、営業の見回りに行かなければならないんだtった。
「は、はいっ!! すぐに行きますんでっ!!」
すぐに持っていくべき資料やカバンを手に取って、仁乃は急いで外に出た。
♢♢♢♢♢♢♢♢
営業の歩き回り。
あちこちに出向き、契約を取るという仕事は骨が折れる。
しかも季節は夏へと向かっていたのだから昼間の外はムシムシとしていた。
「あっちい〜〜・・・」
思わず冷たい物が欲しくなる温度だ。
これから更に熱くなるのだと思ったら、もう嫌になる。
そんな事を考えながら仁乃は額の汗をハンカチで拭った。
すると拭った箇所が少しだけ涼しくなった、気がした。
「ん?」
気になった仁乃はもう一度額をハンカチで拭った。
(・・・・うん、少しだけ涼しくなった気がするな・・・)
それにスーツ内も何故か涼しかった。
汗だくで気持ち悪くなるはずなのにベタベタになっていない。
これなら見回りも幾らか楽に出来そうだ。
(何か知らねえけど助かったわ、アヤカ)
仁乃はアヤカに感謝の台詞を言いながら、急ぎ足で取引先を駆け巡っていった。
♢♢♢♢♢♢♢♢
そこから更に3日後の出来事だ。
デスクのパソコンにデータを打ち込んでいた仁乃に同僚の一人が声をかけてきた。
「お〜い、仁乃。先月の取引資料は何処にやった。お前が片付けたんだろ?」
「おっと、いけねえ。すぐに出してくるわ〜」
デスクから立ち上がった仁乃は取引資料が置いてある部屋へと向かった。
その部屋には表札が張られていて、『資料室』と書かれていた。
時代はITとか言うが紙の媒体は確かな証拠になるから重宝する、と上司が主張していた。
だからこうして『資料室』という部屋を設けて保管しているのだが。
部屋に入れば段ボール箱が山の様に積もれていて、まるで引っ越し前の家状態だ。
「資料室なんだから少しは整理しようぜ・・・」
例の取引資料を入れた場所は分かっていた。
だからやや乱雑に段ボール箱を置いたり、積んだりしていくと、すぐに目的の段ボール箱を見つけた。
その箱を開ければ、束の一番上に例の取引資料があった。
仁乃はそれを手に取ると、改めて段ボール箱の山を見渡した。
「そろそろ整理しねえと不味いよな・・・」
ただこんだけある資料を片付けるのは一苦労だ。
ならばアヤカを呼んで一緒に整理をしようか、と考えていたその時だ。
『ガタッ・・・』
不意に積んであった段ボール箱の一つが崩れ、それが仁乃目掛けて落ちてきた。
「へっ?」
それに気づいた仁乃だが避けられそうにない。
もう段ボール箱は目と鼻の先まで迫っていたのだ。
とっさに仁乃は両目を閉じて、その顔を守ろうと両腕で覆った。
これから来るであろう痛みに備える為に。
恐らく顔と両腕辺りに痛みが来る事だろうと考えていた。
『ドザッ!!』
段ボール箱が地面へと叩きつけられた様な音。
つまり段ボール箱は自分にぶつかって床へと崩れ落ちた事になる。
・・・・だが妙だ。
どう考えても段ボール箱は自分と直撃する方向を取っていたはずだ。
・・・・なのに痛みはやってこなかった。
恐る恐る両目を開けると、自分の足元にはあのダンボール箱が転がっていた。
重そうな資料の束がぶちまけられて、その紙が辺りに散乱していた。
「えっ・・・?」
仁乃は自分の体を見たが、あざや切り傷といった外傷はない。
痛みもないから何も問題ないはずだ。
何も問題ないのが、『問題』なのだが。
「おいおい、なんだ!? 仁乃、大丈夫か!?」
資料室の扉が開くと同時に上司が声をかけてきた。
釣られて上司の物陰から同僚が2名、その顔を覗かせていた。
どうやら物音に気付いて見に来たようだ。
「あ、はいっ!!」
「無事だったか。でも、あちゃ〜・・・。こりゃひでえな、仁乃直しておけよ」
そう言い残し、上司と同僚達は立ち去っていった。
残された仁乃は暫く茫然としていた。
絶対にぶつかって痛みが走るはずなのに、何もなかった。
どうして無事だったのだろうか。
仁乃は暫く頭を抱えて考えていた。
やがて仁乃は散らばった資料を片付け始めた。
結局、心当たりがない仁乃には、その答えを見つけられる訳がなかったのだ。
だから、今は目の前に散らばっていた資料を戻そうと決めたのだった。
♢♢♢♢♢♢♢♢
その夜、仕事を終えた仁乃は家の玄関を開けた。
「御主人様、お帰りなさいませ〜」
いつもの様にアヤカが優しい声で出迎えた。
「あ、ああ・・・。ただいま」
ぎこちない口調で仁乃は返事をした。
「ではお食事を用意しますので御主人様はゆっくりと休んでいてくださいませ」
仁乃の挙動不審な態度に対して、アヤカは何も言ってこなかった。
気づかなかったのか、もしくは敢えて気づかなかい振りをしていたのか。
それが逆に構って欲しいという願望が生まれ、仁乃はつい口にしてしまった。
「なあアヤカ。実は職場で変な体験したんだ・・・」
「はい、変な体験とは?」
アヤカはさも不思議そうに首を傾げた。
「それは、重い段ボール箱がこちらに倒れ込んで来て・・・。それで俺は思わず目を閉じて、身構えたんだが・・・。けど痛みがやってこなくて、気が付けば段ボール箱が俺の足元で転がってて、資料が散らばってて・・・?」
自分でも何を言っているのか分からない。
けど実際に起きた事なのだからそう説明するしかないのだ。
余りに不可思議な体験話でアヤカは難しそうな顔をするかと思っていたが。
「御主人様」
するとアヤカは一歩踏み込んできて、仁乃の顔をじっと見つめてきた。
その両目は何もかも吸い込んでしまう程に黒く。
その瞳孔は仁乃しか見えていないとばかりにギラギラとさせていた。
「御主人様。その訳をお教え致しますので、今夜御主人様の部屋に上がっても宜しいでしょうか?」
部屋に上がる?
確かにアヤカと話をするのだから、一番くつろげる場所とか話すのは一番だが。
「あ、ああ・・・。構わねえ、ぞ」
特に問題はなかった仁乃は、軽い気持ちで了承した。
するとアヤカは少しだけ妖しい笑みを浮かべると、再びその口を開いた。
「では食事の後、お風呂にお入りくださいませ。疲れと汚れを取っておいた方がよろしいでしょうからぁ・・・」
それはねっとりとした言い方だった。
意味深に聞こえて、仁乃はその背筋を少しだけゾクッとさせた。
だが次には、なんでアヤカに恐れてしまうんだと考え直した。
アヤカは自分に尽くしてくれるメイドだ。
そんな彼女にあらぬ疑いをかけるなど雇い主として恥ずべき事だ。
そう考えた仁乃はスーツを脱ごうと自分の部屋へと向かった。
だから仁乃はまた気づかなかった。
―――既にアヤカの目には隠し通せない、欲情の炎が灯っていた事に。
最もここで仁乃が勘を働かせ、断っていたとしても無駄だ。
もう仁乃は罠にかかった獲物だったから。
♢♢♢♢♢♢♢♢
アヤカの言われた通り、食事をし、風呂に入って疲れを取り、自室のベッドで寝転がり待っていた仁乃。
時刻はもうすぐ12時になる所だった。
横になって雑誌を読みながら時間を潰していた。
ふと。
『コンコンコンッ!!』
ドア越しからノックの音。
『御主人様、失礼します』
アヤカの声だ。
すぐにベッドから体を起こし、仁乃は立ち上がった。
「ああ、待ってたぞ・・・」
仁乃が許可したと同時にアヤカは部屋へと入ってきた。
不定形の両足をズルズルと、ゆっくりと這(は)いながら。
その光景が仁乃に嫌な予感を募らせた。
あの這いずり方はまるで、初夜を今から過ごす女性みたいにうやうやしく、そして楽しみにしていたかの様に見えたから。
(って、いやいや。なんでそう思うんだよ俺!?)
アヤカは絶対に淫らな事はしない。
だって静かに尽くしてくれている彼女が、そんな事をするなんてあるはずない。
仁乃はそう考えていた。
そしてアヤカはそのままゆっくりと這い、仁乃から後数歩という位置で止まると、優雅な一礼をした。
「では御主人様。説明致しますのでもっと近づいてもよろしいですか?」
近づいてもよろしい?
その台詞に仁乃は首を傾げたが、駄目な理由などあるはずがない。
勿論、仁乃は軽く頷いた。
アヤカはまた一礼すると仁乃へとまた近づいていく 。
ゆっくりと、ゆっくりと這いずり。
そして気が付けば、アヤカは仁乃のすぐ近くまで来ていた。
後2歩進めば、仁乃の体を抱きしめられるまでの距離。
後ろにはベッドがあるからこのまま押し倒す事だって出来る。
(ん? なんでこんな近くまで?)
「では御主人様。今から説明しますので、どうかリラックスをしてください」
リラックスをしてください?
まあ確かに気を楽にして人の話を聞くのは大事であるが。
取り敢えず仁乃は肩の力を抜いて、一呼吸をしてみた。
そうすれば自然と気が緩んで、仁乃は無防備な状態となる。
もし誰かに押し倒されたら、そのまま倒れ込んでしまうぐらいに。
「これでいいのっ・」
『ドサッ!!』
それは突然だった。
仁乃はアヤカによって押し倒され、ベッドの上へと一緒に倒れ込んだ。
同時に彼女の液体が仁乃の両手首、両足の手首にかかっていた。
そして液体がかかった途端、仁乃は体の異変を感じた。
――――両手と両手足の感覚がなくなったのだ。
正確にはなくなったというより、まるでアヤカと一体化したかの様に溶け落ちて、混ざったかの様な・・・。
「テケ、リィ・・・」
アヤカが、今まで聞いた事が無い声を挙げた。
その声色はまるで、大好きな獲物を捕まえて、抑えられない喜びをつい漏らしてしまったかの様だった。
「テケ、リリリリィッ〜〜〜〜!!!! テ、テケ、ケリリリリイイィィイィ〜〜〜〜!!!!!」
狂ったかの様な声を挙げた瞬間、アヤカは笑っていた。
口元を歪め、両目を見開き、歓喜の声を挙げながら。
普段の物静かなアヤカから考えられない姿に仁乃は思わず声を裏返して彼女の名を叫んだ。
「ア、アヤカっ!?」
「申し訳ございません御主人様っ・・・!! ですけれどもぉ、この日が来るのをどれ程待ちわびた事かぁ・・・・。やっと、やっとぉ・・・。御主人様が私と同じ存在になれたと聞けば・・・!!」
「お、同じ存在っ!?」
一体全体どういう事だ!?
お前は俺に何をしたんだっ!!
話が急で付いていけなかった仁乃に対し、アヤカは媚びた声色で問いかけてくる。
「心当たりはおありではないですかぁ? うたた寝した時の膝枕ぁ。ぶちまけたにも関わらずサラサラのパンツぅ。そしてダンボールにぶつかっても痛みがなかった事ぉ・・・♥」
それを聞いた仁乃は悟った。
全て、アヤカの仕業だったという事を。
「そうです。全て私の仕業なのです。ああっ♥ 御主人様の甘酸っぱい唾液に、しょっぱい汗。中々の味でしたぁ。そうそう特に御主人様の無精ザーメン、青臭くて美味しかったですよぉ...♥ 私もっと欲しかったのですが、ここで欲張っては気づかれてしまうかと」
「ど、どどっ!? どういう事なんだ!?」
「ふふふっ・・・。実は私が作り出した物は全て、私の性感帯と繋がっているのですぅ。御主人様が私のスプーンを使えばぁ、私は口づけをしている事になりぃ・・・。御主人様がソファーで寝転がっていれば、私は肉布団となって肌の触れ合いをしている事になるのです♥ そして更にぃ、私の作り出した物を使い続ければ、例え剣で切られようとも血は流れない。そして私と混ざれば、一つになったかの様な感覚に陥る。そう、私と同じ存在となるのですぅ・・・♥」
つまり自分は知らずの内にアヤカと性的に交わっていて、そしてアヤカと同じ存在となってしまったという事だ。
その事実に仁乃は困惑していた。
「な、なんでそんな事をっ!?」
「それは勿論、御主人様との愛ゆえに、です。こうする事で私達、『ショゴス』は身も心も御主人様と一つになるという悲願が達せられるのです。それが『ショゴス』という魔物娘が御主人様へ尽くす意味。・・・・ですが・・・!!」
そう言い、アヤカはその顔を仁乃の顔へと近づけた。
あともう少し近づけばアヤカの鼻が、仁乃の鼻へとくっつけられる距離まで。
荒い吐息が仁乃の顔へとかかり、仁乃は恐怖と興奮が一度に押し寄せてきた。
「私、そんなんじゃ満足できないんですっ...!!」
瞼を見開き、その月光の様な瞳で仁乃をじっと見つめるアヤカ。
その目には確かな狂愛が見えていた。
「だって考えても見てください。御主人様と一つになるとは即ち、私が御主人様で御主人様が私になるという事じゃないですか・・・? とても興奮しますよね。異なる存在、メスとオスがその肉体で絡み合い、蕩け落ちて最後に一つとなる。そして心までも一つになれると聞けば、もう・・・!」
そこからアヤカは怒涛にぶちまけていった。
己の中の狂気と、仁乃への狂愛を。
「そうっ!! 一つになるという事は365日24時間60分1分1秒コンマ1でさえも、 未来永劫御死ぬまで共に御主人様と一つになれるんですよっ!!! 御主人様の喜ぶ顔や御主人様の寝顔や、ああっ!! あのだらしなそうな顔や私をオカズにしたいという顔がすぐ間近で見れるなんてぇえっ!♥! これほど素晴らしい事など、ございませんよぉおお〜〜〜!!! あ、あひゃっ!? あ、ひゃあああ♥ ひゃはははあああ〜〜〜!! テケ、テケリリリリっ〜〜!♥!」
再び高笑いを挙げながら、口元から紫色の涎をまき散らしていたアヤカ。
その姿は仁乃から見れば狂っていた。
正気が狂気、いや性気へと移り変わり、ただ本能のままに乱れまくる。
魔物娘はエッチが大好きだと仁乃は聞いていたが、アヤカは1段も2段も違っていた。
―――彼女はベクトル自体が違っていたのだ。
だがこんな状況だからこそだろうか。
まだ冷静な思考が出来ていた仁乃は問いかけた。
「まさかっ!? 俺を乗っ取ろうとしていたのかっ!?」
それを聞いたアヤカは首を横に振った。
「いえいえ・・・。乗っ取るつもりなどサラサラございません。そんな恐れ多き事出来るはずがございませんよぉ・・・♥ ・・・ですがこれからは私が御主人様の一部となってぇ、一部となってぇ...!!! お仕えっ...♥ お仕ええええっ!!♥ お仕えええええぇぇええぇえっ!!! ひゃ、はははぁああっ!!! はははっ、あっ〜〜〜♪」
アヤカが自分と一つになるなんて正気の沙汰ではない。
確かにアヤカは大好きであるが、それとこれとは話が別だ。
得体の知れない者が自分の体と融合する、と聞けば抵抗するのが人間として当然の反応。
仁乃は一般的常識の持ち主だったから、必死にアヤカの名を呼んだ。
「や、やや止めろっ!? アヤカ、落ち着くんだっ!!」
「落ち着いてますぅうう♥ 思考も理性も正常ですうぅぅう♥ 性欲共に愛情も正常値なのですよおおぉぉ〜♥ だから御主人様と一つになるのですううぅぅううう〜〜〜♥」
だが己の狂気をさらけ出し、性欲の化身に成り下がったアヤカには話を聞き入れるはずがなかった。
そしてアヤカの体が、スライム状の肉体が躍動し始めた。
人の形を保っていたスライム状の体が崩れていく。
ドロドロと解け落ちていけば、下になっている仁乃の体へと掛かっていく。
その途端に仁乃はまた体の異変を感じた。
手首と足首で感じていたあの一体化しているかの様な感覚。
今度は体のあらゆる場所に、全体にへと感じてきたのだ。
そして、仁乃が気付いた時には、首から下は彼女の液体によって浸食されていた。
紫色のスライムに覆われ、首から下の感覚があやふやになっていた。
「ほ、ほほほらぁ♥ 遂に私の体がぁ!? 御主人様の体をぉ、覆いっ♥ いや侵食してしまいましたよぉぉおおお〜〜〜!!! ひゃあああぁ♥ すごい、すごぉいい〜〜〜!♥!」
体はドロドロのスライム状になっていたが、頭だけは残していたアヤカは狂乱の声を挙げながら喜んでいた。
もう止められない。
本性を現し、快楽一色になった彼女は止まらない。
「そして遂にィお顔っ!! 遂にお顔ォおおおっ!! 凛々しくて甘えん坊さんな、御主人様の顔ぉおおおおぉ〜〜!! この体でぇええええっ!! 余すことなく髪の毛一本たりとも蕩けて、そして混ざりあってええええぇえええ〜〜〜♥ 御主人様と一つにいぃぃいっ〜〜〜〜!!!」
遂にアヤカはその顔を近づけてきた。
しかも唇を少しだけ尖らせ、仁乃にキスするかの様に。
その瞬間、仁乃は両目を閉じてしまった。
誰とて、こんな状況下に置かれてしまったら気絶するか叫び声を上げ続けるかなどの行動はするだろう。
仁乃の場合はそれであった。
もう現実を直視したくなかった。
ぷるん、と震える感触が唇へと伝わり、不覚にも心地よかった。
そこからはもう両目を開けられなかった。
体の感覚があやふやだし、唇にはぷるんとした感触がするし、理解できない事が多すぎた。
ただはっきりしていた事が一つ。
アヤカが狂った歓喜の声を挙げ続けていた事だ。
その唇を自身の唇へと付けているにも関わらずに、である。
まるで頭の中に直接響いてくるのだ。
「テケ、テケリリィ〜〜〜!!! テテテリリィ〜〜〜!!!!」
仁乃はその声に恐怖しながら、じっと耐えていた。
耐えた所で何になるのだと聞かれるが、そうするしかなかった。
(頼む・・・! 早く終わってくれ・・・!!)
そう願いながら耐える事数分。
するとアヤカの声が聞こえなくなった。
次には体の感覚がはっきりしてきた。
両手、両足を動かせば、動かしているという感覚はある。
つまり自分はまだ人間、五体満足の人間という事だ。
恐る恐る仁乃は両目を開けてみた。
目に飛び込んできたのは天井。
あの本性を現し、狂愛を見せつけてきたアヤカの姿は何処にもなかった。
「お、おいっ・・・・? アヤカ?」
だが返事がない。
部屋の中を見渡してみても、アヤカの姿はない。
一体アヤカは何処に行ったのか?
「ん・・・?」
もう一度、仁乃は両手両足、更に腕や首とかを動かしてみた。
何処も異常はないし、感覚もある。
五体満足、何の変化も異変もない。
試しに部屋の片隅にある大きな鏡の前にも立ってみた。
当然映るのは頭があって、胴体があって、その先には両手と両足。
「うん、何もないな・・・」
異常も何もない。
いつもの自分、仁乃だ。
「もしかして、俺は夢を見てたのか・・・?」
「夢ではございませんよぉ・・・♥」
その瞬間、仁乃の心臓はビクンと飛び上がった。
アヤカの声だ。
だがその姿は何処にもいない。
「ど、何処だ?」
声のした方向から察するにずいぶんと近くにいるみたいだが。
「右手をご覧になってくださいませぇ」
アヤカの言う通り、仁乃は自身の右手を見てみると・・・。
「んなっ・・・?」
仁乃は唖然とした。
男らしくがっちりと硬そうな自身の、肌色の右腕が。
「なんだよこれ・・・?」
アヤカのすらりとした紫色の右腕となっていたのだ。
精確に言えば、自分の右腕を覆う装甲かの様に紫色の右腕があった。
「テケ、リィ・・・! 驚きましたか・・・?」
耳元で囁く様にアヤカの声が聞こえてきた。
まさかと思った仁乃は横に振り向くと、自分の右肩には・・・。
「テケ、リ・・・♥」
アヤカの顔が、自分の右肩へとくっ付いていた。
首からその上までの頭全て、そっくりそのままくっ付いていたのだ。
よくホラー映画やパニック映画とかで見られる光景だが、まさか実際に寄生される形になるなんて。
普通の人間でこんな体験をすれば、悲鳴を挙げるか、もしくは失神するかの二択。
しかし仁乃は悲鳴も上げず、失神もしなかった。
それが出来ればどんなに良かった事だろうか。
「アヤカっ!? お、俺と一つになって何をするつもりなんだっ!?」
「それは勿論、精のご奉仕でございますよ。御主人様、ずいぶんと溜まっているではないですかぁ・・・♥」
そう言いアヤカは首を傾け、仁乃の股間へと視線を向けた。
その熱く欲情する目で仁乃は分かった。
アヤカは自分と性的に交わりたいと。
だが仁乃はもう色んな意味で逃げ出したかった。
混ざりあって、寄生されて、その上でのセックスなど受け入れられるはずがない。
もう頭の許容範囲を超えた仁乃は逃げ出そうとその足を動かしたが。
「ああん♥ ご奉仕を受けてくださいませぇ♥」
アヤカの甘ったるい声と同時に、仁乃の体が急に動かなくなった。
「んなっ!? 体が動け、ないっ!?」
「分かりませんかぁ♥ 私と御主人様は今や一心同体。御主人様の体は私の体でもあるのです。勿論、日常生活においては御主人様の自由ですよぉ・・・♪ そしてぇ・・」
仁乃はその光景が信じられなかった。
自分の体が紫色のスライムに覆われていく。
皮膚の内側から漏れ出す様に紫色のスライムが現れて、自身の体に沿って形作られていく。
胴体は胸が膨らんで、くびれが付いて。
両足がふっくらとした太ももへと変わり、また太ももから先が、例のスライム状の不定形へと変わっていく。
残っていた左腕が、右腕と同じ紫色の腕へと変わり。
そして気が付けば、仁乃の体がアヤカの体へと変わっていた。
かろうじて仁乃の頭だけは残っていたが首から下は、もうアヤカの体だった。
アヤカは仁乃より一回り小さい体格であったが、仁乃を覆いつくす為に今やその体は二回り大きくなっていた。
まるで仁乃の体を自身の体で埋もれさせるみたいに。
「この様に私の体へと切り替える事が出来るんですよぉ♥ ほらぁ、御主人様が触りたかっていた私のおっぱいですよぉ〜」
そう言い、アヤカの右手が動き、右の乳房を掴んだ。
『むにゅ』
その瞬間、仁乃は感じた。
自分の乳房が触られて、その柔らかい感触を味わっている事に。
確かに自分はアヤカの乳房を揉みたいと思っていたが、まさかこんな形で叶ってしまうなんて。
そのままアヤカの手は、もとい仁乃の手は乳房を揉み解し始めた。
「ん・・・、んは・・・♥ うう、んんっ!! うう・・・♪」
アヤカの艶やかな声と共に、乳房は歪に変化していく。
手を押し込めば、押しつぶされ座布団みたいな形状に。
手で乳房を掴めば、指の隙間から乳房の皮膚が溢れ出てくる。
しかも仁乃にさえも乳房を弄られている快感が伝わってくるのだ。
「あ、ああ...!? ん、んあっ...!! ああっ...!!」
思わずだらしない声を出してしまった仁乃。
だがアヤカはこれで終わらなかった。
「そして、次にお見せするのがぁ〜〜〜♥」
その瞬間、アヤカの衣服が解け落ちた。
シャボン玉の様に彼女の給仕服が弾け飛んで、現れたのはアヤカの全裸。
給仕服から大体察せられたが、アヤカの体つきはやはりしなやかだった。
乳房の先端にある乳首は薄紫色。
ほっそりとした腹回りに、その中心には小さなへそが一つ。
そして下半身を覗けば、ドロドロとしたスライム状の塊から腰へと変わる辺りに割れ目がらしきものが一つ。
女性として誰しもが持っている、アヤカの女性器が見えた。
もうアヤカは興奮しているのか、その蜜壺から透明な愛液が滴り落ちていた。
「ひ、ひひゃあああぁあ〜〜♥ 御主人様に、私のぉ!? 私の裸見せちゃったぁあああぁ〜〜〜♥ エッチィ〜〜!! 変態ィ〜〜〜!! お嫁に行けないィ〜〜〜!!! テケリリィ〜〜♥」
普段の物静かな性格から考えられない、下品な言葉を使いながら叫んでいたアヤカ。
もうツッコミどころが多すぎて仁乃は何も言えなかった。
最も言えた所で何も変わらないだろうが。
「そしてこうするとぉおおぉ〜〜〜!!」
『じゅ、じゅぶるるう!!』
また仁乃は唖然とした。
アヤカが艶やかな声色で叫ぶとアヤカの割れ目から、男のシンボルが。
平たく言えば、男の肉棒が生えてきたのだ。
そのサイズは一般の男と同じぐらい。
既に堅く勃起していて、天へと向かってそそり立っていた。
「ぬ、ぬほおおおぉ〜〜!! 御主人様のおちんぽぉおおおおぉ〜〜!! おちんぽおちんぽおちんぽぉおおおおっ!! なんて美味しくで味わい深そうなおちんぽなのおおおおぉぉおおおっ!!」
「って、これ俺のなのか!?」
「そうなのですううぅ!! まさか御主人様のおちんぽが私のおまんこから生える形になるなんてぇえええ!! なんて素晴らしい事なのでしょおぉ♥ ふたなり、という事ですよねぇ〜〜〜〜♪」
確かにその肉棒は紫色でなく肌色をしていた。
勃起時の大きさがいつもより二回り大きい事と、亀頭が剝き出しになっている事を除けば、自分のモノである事が分かるが。
(でも俺、ここまで逞しいの持ってなかったはずだぞ・・・!)
「そしてそしてぇ!! こんな逞しいおちんぽにはぁ、特別なご奉仕をさせてもらいますねぇえええぇ〜〜♥」
アヤカは手を天井へと向けてかざした。
するとその手の平の中心から何かが飛び出てきた。
それは紫色の筒状だった。
手の平大の太さで、一定の長さを持っていた。
ちょうど仁乃の肥大化したイチモツを包みこめられるぐらいのサイズだ
そしてその筒の中身を覗けば粒上の突起物が至る所に存在していた。
この形状に仁乃は見覚えがあった。
「私の特性オナホールですぅ!! 勿論私の性感帯、おまんことお口に直接繋がっている便利アイテムなのですぅ〜〜〜!! さささ御主人様、初夜を過ごしましょおおおおぉううう〜〜〜!!」
「ん、んなっ? や、止めろっ!! 頼む!!」
そんな台詞を使っても無駄だと言うのに、仁乃はつい使ってしまう。
当然、アヤカは聞こうともせず、そのオナホールでそそり立つ肉棒を入れ包んだ。
『じゅ、じゅぶうっ!!』
「ぬ、ぬおっ!? おおおっ!?」
初めてオナホなる物を使った、もとい使われたがその感触は未知の領域だった。
口内の生温かさとヌルヌルとした唾液に加えて、肉棒全体が締め付けられて搾り取られるかの様な感触。
更に熱い汁や亀頭の先端が何かとキスしているかの様な感触まで。
最早これはオナホという代物ではない。
「んはあああっ!!! 感じちゃう感じちゃううううぅ〜〜♥ 熱く迸っている御主人様のぼっきおちんぽおおおぉ!! わたぁしのお口が犯されるうううぅ〜〜〜!! 私のおまんこが穢されているうううぅぅぅううっ!!」
アヘ顔を晒しながら、アヤカは淫らに声を挙げていた。
「このまま、いっっきいにっ!! ピストン運動をしちゃいましょうおおおお♥ おちんぽとお口とおまんこのぉ、超超超超超融合ぉおおおおぉ〜〜〜!♥!♥! 一気に出してくださいませ〜!! 御主人様のお熱いぃザーメン汁おおおおぉおっ〜〜〜!!」
そのままアヤカはオナホを使って、自身の、もとい仁乃のイチモツをしごき始めた。
『ぐっちゅ♥ ぐっちゅ♥ ぐっちゅ♥』
肉同士が絡み合い、卑猥な音が響き渡る。
その音と快感に仁乃は早くも感じ、だらしない顔を晒していた。
「ぬ、ぬおっ!? あああっ♥ ぬぬうっ!?」
「ひゃひゃ、ひゃはああぁ〜〜〜♥♥ 御主人様のだらしないお顔ぉお、なんて可愛いんでちゅかあぁぁぁ〜〜〜!!! もう夢中になっちゃいまちゅよおおぉおお〜〜!♥!」
赤ちゃん言葉を用いて仁乃をあやすアヤカ。
しかも頬を赤らめ、舌をだらしなく垂らし、紫色の涎をまき散らしながら叫んでいる。
その姿はまさに狂乱であった。
「でも私も感じちゃうのおおおぉ〜〜〜♥ おちんぽと一体化したからぁ、今にでもおちんぽ汁出したいって膝がガクガクと震えちゃってるのおおおおぉ〜〜!!」
どうやらアヤカにもイチモツを刺激されている感覚が伝わっているらしい。
だからこそアヤカは、オナホを動かすその手を止めなかった。
『ぐちゅぐちゅぐちゅ、ぐちゅぐちゅぐちゅ♥』
ひたすらに仁乃のイチモツを愛でてくるアヤカ。
見ればオナホの入り口から止めどなく透明な液が溢れ出ていた。
だがそれはおかしい。
確かにオナホと言えばローションであり、それを入れてしごきあげる物なのだがアヤカはローションなど入れてない。
されど透明な液は溢れ出てくるし、もう既に小さな水たまりが出来上がっている程の量だ。
ではこれは何の液だろうか。
そこで仁乃は思い出した。
アヤカがオナホを作った際に告げた台詞を。
「気が付きましたかあぁああ〜〜♥ これは私のだ液と愛液のコラボジュースなのですよおおぉ!! こんなにも出しちゃうなんてド変態でいやらしいメイドさんですよねえええぇぇええ〜〜〜!!!!」
仁乃の素振りに気付いたアヤカはそう答えてきた。
つまりこの透明な液は彼女の唾液と愛液が混ざった物だ。
これだけの円滑剤に、生暖かいオナホの中。
そして突起物によって刺激され続けるイチモツ。
そんな事をされたら、仁乃はもう絶頂を迎えるしかなかった。
「あぐっ・・・!?」
『ぶ、ぶぴゅっ!! ぴゅるるるっ〜〜〜!!』
「うひゃあああ、ああああっ!!! 来たぁぁぁっ!!! 御主人様のミルクザーメンっ!!!! 濃厚こってり中毒のぉ、プルプルおちんぽ汁ううううぅぅ〜〜〜♥ あああ、私も感じちゃってるう♥ どぴゅどぴゅっておちんぽ汁出せたから、止まらないのおおおおっ!!」
歓喜の声を挙げたアヤカ。
仁乃の放った精液はオナホの中へと溜まっていく。
このままいけばオナホからこぼれ落ちてしまいそうな勢いだった。
だが仁乃の精液はオナホの入り口から漏れなかった。
オナホの中に仁乃の精液は溜まり続けていた。
「な、何でだ・・・?」
思わず漏らした仁乃は違和感に気付いた。
何だか亀頭辺りがむずむずする。
まるで誰かの口によって吸われている様な・・・。
「ぬ、ぬおおおおっ!? お、おいしいいいいい〜〜〜♥ 御主人様の生絞り汁うううぅぅ〜〜〜!! ドロドロ感がたまんないのぉおおおおおぉ〜〜〜〜♥」
無我夢中で口元を尖らせ、何かを吸い取っている素振りを見せていたアヤカ。
それを見た仁乃は悟った。
そうか。
アヤカがオナホを通して吸っていたのか。
ならばこぼれるはずがない。
目を見開き、舌を垂らし、如何にも狂った表情でアヤカは精の味を堪能していた。
やがてオナホの中に溜まっていた精を一滴残らず吸い取ったアヤカ。
その顔はうっとりとしていて、恍惚の表情を見せていた。
そして当の仁乃もまた恍惚の表情をしていた。
もう普通のセックスでは満足できない体験をしてしまったのだ。
これで十分だろう、と仁乃は言いたかった。
だがまだアヤカの痴態は終わらない。
アヤカの目が主張しているのだ。
もっと深く、もっと淫らな交わりを、と。
「次はぁ...♥ 次はぁあああ....!! 私にとってぇえええ、究極のご奉仕をさせてもらいますっ!!! 駄目ですよ逃げては駄目ですよ受け入れるしかないんですよっ!! そう、これは私と御主人様との定め、愛の契りなんですよおおおおおオおおおぉぉおおおっ!!!」
オナホをイチモツから抜き挙げ、そのままそれを床へと放り投げると彼女の体がまた躍動し始めた。
アヤカの下半身―――引いては仁乃の下半身―――が溶け始め、連動して上半身の体もスライム状となって溶けていく。
スライムが上半身から引いていくと、仁乃の元の上半身が現れた。
それを見た仁乃は思わず安堵の息を吐いたが、まだ下半身は彼女のスライムで覆われたままだ。
そしてスライムは仁乃の下半身へと集まると、そのまま膨れ上がり、丸みを帯びていった。
やがてアヤカのスライム状の体は、真ん丸な球体型へとなってしまった。
その球体の天辺にはアヤカの頭がある。
よく巨大な風船の中に人が入り込んで、さながら人間風船の如く人々を楽しませる大道芸人がいると聞くが、今まさにアヤカはその人間風船と化している。
「さあさあさあさあさあっ!!!! 御主人様、早くこの中へぇえええっ!! 嫌だと申しても絶対に入ってもらいますううううぅぅぅうう♥ あは、あはははっ!? ひゃあ、ひゃああ、ははぁぁああぁ〜〜〜♥ テケリ、テケリリリイイィィイィィッ〜〜〜!!!」
すると仁乃の上半身が球体の中へと吸い込まれていく。
ずぶずぶと沈みこんで、再び一つになろうと。
「や、止めろっ!! た、頼むアヤカ!!」
最早聞き飽きた台詞だった。
そんな台詞にアヤカが耳を貸す事などないというのに。
勿論アヤカは仁乃の言葉を無視し、代わりにアヤカは仁乃に口づけをした。
仁乃を離さんと言わんばかりに彼の唇を吸いながら。
そんな事されたら、仁乃はもう抵抗出来なかった。
そしてアヤカに引っ張られ、仁乃の頭が球体の中へと沈んでいく。
ずぶずぶと沈んでいき、遂には目元すぐ近くまで迫ってきた。
思わず仁乃は両目を閉じた。
もう現実を直視したくなかったからだ。
されど現実は無情にも進んでいく。
瞼越しから伝わってくる。
自分の頭が彼女の中へと沈んでいくのが。
そして遂に、自分の体は、頭も含めて、全てアヤカの中へと沈んでしまった事に仁乃は気づいた。
自身の髪の毛一本たりとも残さず、アヤカと一つになってしまったのだ。
そして取り込まれてしまったその感覚は例えようがなかった。
仮に例えるとするならば、自身の体がお風呂のお湯へと解け落ち、そのまま拡散して自身が液体へとなった様な。
兎に角、体全体の感覚がなくなったと言えば分かりやすいだろう。
恐る恐る仁乃はその両目を、ゆっくりと開けてみると・・・。
「っ!?」
それはあり得なかった光景だった。
今の仁乃には正面も、右も左も後ろや、そして天井や床も首も動かさずに360度景色が見えた。
普通であれば人間は約180度しか見えないはずなのに、まるで体中の至る所に目が取り付けられた様にクリアな視界だった。
次に感じたのは体の感覚だ。
指を動かそうと、手を動かそうと、腕を動かそうとも『動かしている』という感覚がない。
足も同じで、首や腰、更に舌さえも、動かしたはずなのに『動かしている』という感覚がないのだ。
まるで全身がだるまの様にされたかの気分だった。
「素晴らしいですよね。一つになるというのはぁ・・・♥」
アヤカの声だ。
だがまるで自分の声かの様に聞こえてきた。
自分の喉を使って、問いかけているみたいだった。
「あれ? 俺は仁乃だよな・・・? でも、アヤカの声を出せてる・・・?」
「もうそんな事はどうでもよろしいでしょう? 私が、俺がなんてぇ・・・?」
「確か、男だよな・・・? でも女みたいな・・・?」
「でも問題ないかぁ・・・♥ アヤカと一つにィ・・・・♥」
「そう・・・♥ 仁乃と一つにィ・・・♥」
アヤカと仁乃は今一つと化している。
そして一つとなった二人の取る行動は決まっていた。
『ぐっちゅ♥ ぐっちゅ♥ ぐっちゅ♥』
紫色の球体は右へ左へと揺れ動きながら、その表面を流動させる。
それは傍から見れば、球体が揺れ蠢いてるだけにしか見えない。
だが仁乃とアヤカにとっては違う。
人間の体で言えば、膣肉で肉棒を受け止め、そのままピストン運動、つまりセックスをしているのだ。
とてもではないが信じられない事だろう。
そして本人達も信じられない快感に酔いしれていた。
「おおおっ!? 御主人様のぉ!? いやわたしのおちんぽぉ!! ビクビクとぉ!!」
「か、感じるうぅ!! これがアヤカのぉ・・・♥ 仁乃のぉ・・? もういいや♥」
どちらが肉棒を動かしているのか、どちらが膣肉で受け止めているのか。
最早、自分が仁乃なのかアヤカなのか分からない。
だがそんな事はどうでも良かった。
ただお互いに感じ合い、共に快楽を貪る獣へと成り下がった“それ”は。
「お、おおっ!!! にくがぁ♥ うごいてぇ!? かんじるッ!!」
「お、おれもっ!? いやわたしもっ!? ど、どっちだっ!? でもかんじるっ♥」
激しく揺れ動く球体。
その表面から透明な液体をまき散らし。
いやらしく水音を響き渡らせる。
「ぬ、ぬおおおっ!? あ、ああん♥ ひやはああああっ!?」
「う、ううんんはああっ♥ ひ、ひあっ!? んんはああっ♥」
快楽を貪り、獣の様な雄たけびを上げ続ける仁乃とアヤカ。
もう蕩け落ちて、爆発しそうだった。
性欲が。
愛欲が。
そして、その球体は絶頂を迎えた―――
「「ああああああああっ〜〜〜〜♥♥♥」」
『プ、バシャァアァァッ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!』
紫色の球体が数多の水滴となって弾け飛んだ。
球体は紫色の水滴らと化し、壁や天井、窓ガラスに、部屋全体へと飛び散った。
「ピシャッ!!」
「ピシャッ!!」
「ピシャッ!!」
球体が鎮座していた所を中心に、まるで爆発でもあったかの様に紫色の水滴らは拡散していった。
勿論、その中心にはアヤカと仁乃の姿はなかった。
ならば何処に行ったのか、その答えは言うまでもない。
見れば紫色の水滴らは粘り気があって、少しだけビクンビクンと蠢いている。
傍から見れば気持ち悪いの一言でしかない、その水滴一つ一つが・・・。
やがて飛び散っていた水滴らはもぞもぞと動き始めた。
『ジュル...』
『ジュル...』
『ジュル...』
天井に張り付いていた水滴が。
壁に張り付いていた水滴が。
窓ガラスに張り付いていた水滴が、蠢きだした。
どうして蠢いているのか、簡単な話だ。
元の球体型へと戻る為に動いているのだ。
水滴らは一か所へと集まっていき、水滴らは一つへと合わさり始めた。
『ピチャ...!』
『ピチャ...!』
『ピチャ...!』
始めはただの染み程度だが、それらは混ざり合う度に体積を増していき、そして塊へとなった。
そして、塊となったそれは元の球体へと戻ると、表面が蠢いた・・・。
「ぶはっ・・!!!」
球体の中から仁乃の顔が出てきた。
その表情はここにあらず。
恍惚とした顔で茫然としていた。
そして仁乃を追う様にアヤカの頭が飛び出て、彼の頭へと頬を寄せる。
「いかがでしたかぁ...♥ 私の究極の奉仕はぁ...♥」
その両目は愛おしい人間、ずっと愛し続けようとする慈愛に満ちた目。
だが、その目には欲情と狂気も入り混じっていた。
そしてもう完全に私のものだという主張も。
それを見た仁乃は悟った。
もう自分はアヤカから逃げられない。
一生彼女と交ざり合った生活を送らなければならない。
だが愛されている事に変わりはない。
アヤカは自分に尽くしてくれている事は明白。
だから仁乃はゆっくりと頷いた。
これから待つ素晴らしい『性活』に、少しの期待を抱きながら。
♢♢♢♢♢♢♢♢
あれから約3ヶ月が過ぎた。
仁乃は一見すれば変わらない生活を送っていた。
しかしそれは仕事で現れていた。
受けたレポートは期日以内で、尚且つ的確で簡潔な内容で仕上げる。
取引先との交渉も上手くいき、今月に入って3件も成立した。
兎に角、仁乃は大活躍だったのだ。
おかげで彼の評価はうなぎ登り、来月の昇給も約束されているのだ。
だがそんな彼に関しても、同僚は一切戸惑うことなく接してくる。
「いや〜、ほんとお前はよくやってくれるな〜!! 俺大助かりだよっ〜〜♪」
「とんでもございません。御主人様の喜びが私の喜びなのです〜」
そう言い、のろけ話を展開する同僚。
その隣には勿論、あの日同僚が雇った『キキーモラ』が。
忘れ物をした同僚の為にわざわざ会社まで来たのだと言う。
「もし、私に出来る事があれば申し付け下さい。勿論、御主人様が第一ですがぁ〜♥」
仁乃はその光景が何処か羨ましかった。
彼女はアヤカと同じ、仕える男性へと尽くしているし、それに何より人間としての常識と正気を持っていた。
あんな人だったら・・・。
『ぎゅ!!』
「んぐっ・・・」
急に股間辺りがムズムズした仁乃。
「ん、どうした?」
仁乃の異変に気付いた同僚はすかさず声をかけた。
「いや、何でもない」
「お、おおそうか。でも何かあったら、俺にでも・・。ってあんな綺麗なメイドさんがいるなら問題ないよな〜。いつも仲良いんだろ?」
「まあ、な。仲が良すぎて四六時中、一緒にいたいなんて言い出す程だからな」
その言葉通りなんだけどな、と仁乃は心の中で付け足した。
「これは熱い事だな〜〜〜!!」
そう言い、同僚は笑っていた。
♢♢♢♢♢♢♢♢
仕事が終わり、家へと帰ってきた仁乃。
玄関の扉を開け、中に入ると同時に。
「テケ、リィ・・・・」
いつもの様に、優しい声―――そして妬ましい声―――が聞こえてきた。
仁乃は首を90度傾けた。
すると仁乃の肩にはいつの間にか、アヤカの頭が現れていた。
ただしその表情は、少しだけ不機嫌であった。
「御主人様・・・。私以外の女の方と、会話してましたね・・・?」
「な、何言ってんだよっ? 別にそんな訳じゃ・・・」
「勿論、仕事上と友人関係であれば仕方ない事ですし ・・・ですが、分かりますか?」
仁乃の心臓がドキッとした。
「御主人様と私は今や一心同体・・・。私がその気になれば・・・・?」
すると急に仁乃の右手が、己の股間の方へと勝手に動く。
そのままズボンのんジッパーを降ろし、ズボンの中へと。
もしや、と仁乃は冷や汗を垂らしたが・・・。
「ふふふっ・・・。そんな事はありません。どうぞ、お気になさらずにぃ・・・」
寸前の所でアヤカは止めた。
そして仁乃に対しニコリと笑みを見せ付けてきた。
それに対して仁乃はぎこちない作り笑みで返したが。
「では御主人様は私の中でお休みくださいませぇ・・・♥」
すると仁乃の体から紫色の液体が噴き出してくる。
液体は仁乃の体を包み込むと、アヤカの体へと形を整えていく。
勿論、仁乃の頭だけはそのままに。
「一生お傍にいますよぉ。御主人様ぁ・・・・♥」
酷く媚びた声色でアヤカはその頬を仁乃の頬へと擦りつけてくる。
しっとりとした感触が仁乃の肌へと伝わってくる。
これから仁乃はアヤカの奉仕を永遠に受け続ける。
紫色に包まれて、彼女と文字通り一つとなって・・・。
それは社会人が職場へと出勤する時間だ。
勿論ここにいる男もまた出勤しようとしているのだが・・・・。
「お手伝いさんが欲しいな〜・・・」
そう呟き、男は天井に向かって顔を仰いだ。
中肉中背でやや無精ひげを生やしていた彼の名は神代 仁乃(かみしろ じんの)。
今年で30歳になる、何処にでもいる普通の男だ。
そんな彼が今の現状に嘆いたのも無理はなかった。
サラリーマンの職に付いて取り合えず、真っ当な人生を送ってはいるのだが。
仁乃はリビングを見渡した。
何度も何度も辺りを見渡したが、目の前に広がっている景色が変わるはずもない。
「はあっ・・・」
思わずため息を付いた仁乃。
そう、自宅の中は最悪だったのだ。
あちこちに紙の束が散乱し、まだ捨てていないゴミ袋が数個程。
皿洗い場には洗っていない食器が山積みで、洗濯機のすぐ傍にはまだ洗濯していない衣服の山が。
言わばゴミ屋敷の一歩手前、と言うにはほど遠いが、兎に角悲惨な状態だった。
片づけたいという気持ちはあるのだが、いかんせん時間と後一歩のやる気が足りなかった。
ならばお手伝いを雇おうかと考えたが、そんなお金など何処にあるのだろうか。
「どうするかねぇ・・・・」
頭の髪を掻きむしりながら仁乃は途方に暮れていた。
今この瞬間にでも片づければ良いのだろうが、これから数分後にすぐ仕事だ。
ならばもうその暇はなかった。
「さて、と。仕事に行こうか」
仁乃はそのやる気ない足取りで職場へと向かおうとした。
部屋はその後に片づければ良いかという、すぐに忘れそうな決意を抱いて。
・・・結局、仁乃はそういう人間なのだ。
時間と後一歩のやる気が足りないなどと言い訳を作り、物事を後回しにしてしまう悪癖があるだけなのだ。
だからこそ彼にはお手伝い、もとい支えてくれる人が必要だった。
それも常に付き添ってくれる献身的なパートナーが。
♢♢♢♢♢♢♢♢
「お〜い、魔物娘のメイドさんって知ってるか?」
「あんっ?」
パソコンにデータを打ち込んでいた最中に、同僚にそう聞かれたから仁乃は変な声で返した。
「だからよ。魔物娘のメイドさんを知っているのかって聞いてんだよ」
「いや。魔物娘の事は知ってるけどよ・・・。メイドさんって?」
「今、巷で需要があるんだよ。御主人様の為に一生懸命働くって子達がいてな。給料とか要らねえ、欲しいのは御主人様の愛情だけだって言うから、そりゃもう人気者ってもんだよ。だからよ、俺明日その店に行って、メイドさんを一人紹介してもらおうって思うんだよ。お前も行くだろっ?」
「・・・まあ、な。興味は、あるな」
ぶっきらぼうで答えた仁乃だが内心は興味がありまくりだった。
メイド服を着た女性は、男から見れば注目の的。
そして願って止まない光景だ。
だから仁乃は想像した。
―――朝の目覚めと共に仕える主、もとい御主人様に一礼し『御主人様、朝食の用意が出来ました』と声をかける。
外出する時には『いってらっしゃいませ御主人様』とにこやかに見送って。
そして帰ってくれば『おかえりなさいませ、御主人様』と出迎えて夕食の用意をする―――
(うん、良いよなそれ・・・!!)
しかも払うべきお金もいらない、欲しいのは仕える主の愛情となれば、もう抑えきれない。
男だったら誰しもが憧れる主人とメイドの従順関係。
ならば一度は叶えてみるのも一興だ。
「あ、ああ。興味が湧いてきたな。俺も行くぜ」
「だろだろっ!! なら一緒にとびっきりの可愛い子ちゃん選ぼうぜっ!!」
同じ目的を持った男達は意気投合しやすいものだ。
ましてや、心はまだ健全男子な仁乃と同僚なれば尚更だった。
かくして二人は堅い約束をし、その日をワクワクしながら待った。
♢♢♢♢♢♢♢♢
翌日、仕事を終えた仁乃は同僚の彼と共に、そのメイドを紹介してくれるというお店に行ってみた。
時刻はもう夕暮れ時でオレンジ色となった太陽が二人を照らしていた。
また会社からそのまま直接向かっていたのだから服装はスーツ姿で、傍から見ればこれから飲みに行くかの様な装いだった。
路地裏をうろうろと歩き回り、やっとのこさ目的の店前にたどり着いた二人。
その店は雑居ビルの一階を借りていて、やや殺風景ながらもカラフルな電光で精一杯飾っていた店だった。
そしてその看板の名前は『萌え萌えメイドさん、ご奉仕するにゃん♥』、と・・・・。
「・・・結構、痛えな」
こんな名前を考えた人は頭が桃色なのか、お花畑なのかのどちらかだろう。
だが、そんな痛々しい店名を採用した者も同類か。
きっと店の中はフリルのカーテンに可愛らしいぬいぐるみとか、媚びたものばかりなのだろうと思っていた。
「じゃ、入るぞ〜」
そう言い、同僚はドアノブに手をかけそのまま引いた。
『チャリン♪』
金属ベルの音と共に入店した仁乃は驚いた。
「えっ・・・?」
―――内装は意外とシックだったのだ。
白と黒のタイルが交互に引き詰められた壁と床。
ちょっと古めかしい大時計や木製の大型テーブルといったアンティークな家具が置かれていて、大人の雰囲気が漂うお店だった。
(・・・これで店の看板が『至福のひと時を』とかだったら完ぺきなのにな・・・)
何か折り合いがつかなくて、あんな名前の看板を出してしまったのではと邪推してしまう。
だがそんな事は考えていなかったのか、はたまた気にもしなかったのか、同僚は意気揚々と受付へと向かっていった。
受付をしていたのは年若い女性、その背中からはコウモリを彷彿させる両翼がある。
魔物娘の中ではポピュラーな種族、『サキュバス』だ。
メイドの魔物娘を取り扱っているのだから、彼女が受付を務めているのはごく自然な事なのだろう。
「あの〜、すいません。メイドさんを雇いたいんですけど」
少しだけ頭を下げながら同僚は彼女に声をかけた。
「はい、どの子をご指名ですか?」
明るい声と朗らかな笑顔で返した『サキュバス』の彼女。
「勿論、キキーモラさんをご指名です。あのモフモフとした姿がたまんないですっ!!」
「じ、自分も・・・だ」
緊張した顔で仁乃も『キキーモラ』を指名した。
すると朗らかな笑顔だった彼女は、次第に申し訳なさそうな顔へとなってしまった。
「あ〜・・・・。ごめんなさいねえ、お客さん。今この子一人しかいないんです・・・」
とても人気なのですぐご指名来ちゃうんです、と受付の彼女は謝罪した。
「う、う〜ん。人気なら仕方ないですよね・・・」
そう言い同僚は少しだけ頭を抱え、悩んでいた。
それは当然であろう。
二人そろって『キキーモラ』を雇おうとしていたのに、これでは不公平になってしまうのだろうと同僚は迷っていたのだ。
だからこそ仁乃は遠慮した。
「おい、だったらお前が貰えよ」
「おいおい、良いのか? お前も『キキーモラ』が好きなんだろ?」
「いや別に。俺は『キキーモラ』が良い訳でもないしな・・・」
あれだけ『キキーモラ』に拘っているのだから、ここは同僚の願いを尊重するべきだろうと仁乃は決め込んだ。
別に親切心から来るものではなく、先輩風とやらを吹かせたかっただけだが。
それにメイドの魔物娘は『キキーモラ』だけじゃないし、ならばその中から自分が好きな子を選べば良いだけだ。
そう考えれば仁乃は構わなかった。
他にどんな子がいるのかと受付の彼女に聞こうとした、その時だ。
『プルルッ!! プルルッ!!』
突然、受付に置いてあった電話が鳴り響いた。
「失礼しますお客さん」
一礼した『サキュバス』はすぐに受話器を手に取り、耳に当てた。
「はい受付・・・・。あらっ・・・? うん、うん・・・。そっか。分かった」
適当に相打ちをした後、彼女は受話器を置くと同時に、仁乃に向けて一礼をしてきた。
「これはお兄さん、幸運ですねぇ〜。メイドさんの方から直接ご指名が来ましたよ〜」
そう言い、彼女は満面の笑顔で伝えてきた。
勿論仁乃は本当に、それこそ夢でも見ているのかと言わんばかりに驚いていた。
メイド自身が自分を直接指名してくるなんて思ってもみなかったからだ。
「ちょ、直接指名っ!? そんなのあるんですかっ!?」
「いやいや、実はアソコにカメラがありますよね〜♪」
彼女が指さしたその天井を見上げると、パトランプ型の機器が取り付けられていた事に気付いた。
「まあ防犯の目的もあるんですけど、実はこっそりとメイドの子達が見る場合があるんです。それでピピッ、て来た人がいればメイドの子から連絡が来るんですよ〜♪ それで今こちらに来ますんで、少々お待ちください♪」
何とも幸運なのだろうか。
まさか自ら志願してくるなんて、本当に幸運としか言いようがない。
「なら良かったじゃないか〜。俺もこれで心置きなく『キキーモラ』を雇えるな」
同僚もそう言い、祝福していた。
心なしか自分も嬉しい気分だった。
「ああ、そうだな」
一体どんな可愛い子なのかと仁乃は胸を高めて待っていた。
そして頭の中で想像していた。
自分に仕えてくれるメイドの魔物娘を。
(モフモフとした子なのか・・・? それとも色気たっぷりのお姉さん的な・・・?)
どちらにしても可愛い子なのは確実だから問題ない。
仁乃はそう考えていた。
数分後、受付の部屋奥から人影が仁乃の方へと向かっくる。
しかも満面の笑みを浮かべながら。
その人影は・・・おそらく・・・魔物娘だろう。
そう表現したのは、彼女の外見に問題があったからだ。
―――まず、その体全体がドロドロとしていたのだ。
全体的に紺色または紫色のスライムを彷彿・・・いや、そのものとも言える外見。
メイド服とカチューシャ、それにフリルの付いた振袖は確かに給仕服のそれなのだが。
彼女の腰から下、つまり両足が、『両足』という概念がなかった
腰から下がドロドロとした、スライム状の物体が蠢いているだけだったのだ。
もう人間ではない―――魔物娘だからそうではあるが―――という事は明白だった。
ただ目の色は月光の様に妖しく、ぱっちりとした両目、すらりとした顎に美女の微笑みが出来そうな唇。
綺麗に整った顔たちと紫色のショートヘアが清楚さを際立てる。
つまる所、彼女は美人であった。
思わずため息が出そうな程の美しさだった。
「初めまして、御主人様!!私メイドのアヤカと申しますっ!!」
「お、おおっ・・・」
仁乃は口をごもごもとしながら答えてしまった。
自分を御主人様と呼んだという事は彼女、アヤカが自分を指名したメイドという事になるのだが・・・。
「あ、ああ・・。質問良いか?」
「はい。何でしょう?」
「・・・・お前は、魔物娘なのか?」
失礼なのは百も承知なのだが、これだけは確認したかった。
まさか魔物娘とは違う別の存在、それこそ第三の種族なんて場合もある。
少なくとも仁乃にとって、アヤカは魔物娘とは全く別の存在ではと疑っていた。
「はい。私は『ショゴス』と呼ばれる魔物娘です」
仁乃の無礼な質問に怒りもせず、アヤカは優しい声色で返してきた。
「ショ、ゴス? えっと、特徴は体がそんな風にスライム状になってるって事か?」
聞いた事のないその種族名に仁乃はいぶしがりながら問いかけた。
「はい。ですけれど、ただのスライムではございません。それでは御主人様、今欲しい物はございませんか?」
「欲しいの物?」
そう言い仁乃は首を傾げた。
「はい。フォークやお盆。もしくは小物入れなど。物であれば何なりとお申し付けくださいませ」
急にそんな事を言われても仁乃にはピンと来る物などなかった。
がふと受付に置いてあったペンを見て、ならこれにしようかと思いついた。
「それなら、今ペンが欲しいな。スラスラ書けるペンが・・・」
適当に頼んでしまったがそれが彼女と何の関係があるのだろうか。
「はい。承知しました」
するとアヤカの体がボコボコと躍動し始めた。
あのドロドロとした下半身から一本の触手が伸びてきて、一定の長さになるとそのまま切れ落ちた。
すかさずアヤカは手で、その切れた触手を受け止めた。
その大きさは手のひら大、色は彼女の色を反映してか紫、まるで金太郎飴みたいな形状だった。
それをじっと見つめていた仁乃と同僚。
するとその触手の形状が変わり始めた。
片方の端はロケットの様なとんがり状になり、もう片方の端は丸みを帯びていき、ボタンらしき突起物が一つ出来上がる。
それに続いて、ゴム状の握り手が浮かんでいき、キャップらしき取っ手も現れる。
やがて物の形を取り終えたのか、切れた触手はもう動かなくなった。
仁乃は恐る恐る、それを見ようと顔を近づけた。
じっくりと見てみれば、ゴム状の握り手に、ポケットへと挟み込めるキャップ。
尖った先端部分に、反対側はボタンの様に押せる突起物。
これは、間違いない。
「ペン、だな・・・。それ」
ポツリと同僚が呟いた。
自分が知る一般的なペンの形と同じだった。
まだ半信半疑だった仁乃は試しにそれを手に取ってみた。
握り心地、堅さもペンと同じだ。
また突起物を押してみると、反対側の先端部分から、ペン先らしき物体が現れた。
そして仁乃はそれを握ったまま、偶然受付に置いてあった紙の上へと軽く描くと、当たり前の様にインクが出て来て、黒い線となって紙の上に残った。
「ペンだな。・・・これ」
これは本物のペンだ。
そう結論付けるしかなかった。
仁乃はゆっくりとその顔をアヤカへと向けた。
「この体は全て御主人様の為に役立てる様になっております。私の体からあらゆる品物が作り出されるのです。ですから御主人様が求める品物があれば何なりとお申し付けください」
「何でも作れるのか・・・?」
「はい。ですけれど形ない物は作り出せませんのでご注意ください。例えば、御主人様への愛情とか。私のこの体一つでは表せない思いなのでぇ・・・」
そうクスクスと笑いながら、アヤカは優雅な一礼を仁乃に見せた。
仁乃は彼女に対しての恐ろしさはまだ残っていたが、あらゆる物を作り出せると聞けば話は違ってくる。
もうお金を払って物を買う必要などない。
つまり、お金が浮くという事だ。
お金が浮くという事は趣味にお金を費やせる事に繋がるのだから、自称貧乏人の仁乃にとっては実に喜ばしい事だ。
それに何より、アヤカは美人だ。
魔物娘は美人で可愛い子ばかりであるが、仁乃にとって彼女は一段と美人だ。
そんな彼女の奉仕を受けられるとなれば、男なら誰とて喜ぶ事だ。
まさに一石二鳥、この世の春が来たという訳だ。
だがここでふと、『自重』の二文字が頭に浮かんだ。
こんな素晴らしい彼女がタダで自分に仕えてくれるはずがない。
だから仁乃は改めて問いかけた。
「ああ、えっと。給料は大丈夫なのか? 何でも作れるき、君なのに」
「いえいえ、お給料は一切要りません。御主人様のお傍にいればそれでよろしいのです」
となればもう文句一つたりともない。
遠慮なく彼女を迎え入れようと仁乃はアヤカに対して、勢いよくお辞儀をした。
「そんじゃ、これからよろしく頼むっ!!」
「はいっ!! 御主人様の為に誠一込めてご奉仕させて頂きますっ!!」
そう言いアヤカもまたお辞儀をした。
ゆったりと上品に、少しだけ歪んだ笑みを見せながら。
♢♢♢♢♢♢♢♢
仁乃とアヤカ、そして同僚と雇われた『キキーモラ』らを見届けた受付の『サキュバス』。
これでまた幸せな人達が増えたとなればと思えば、喜ばしい事だ。
たがここでふと思い出してしまった。
「あっ・・・。しまった。あの人にアヤカちゃんの性格伝えておくの忘れてた・・・」
実はアヤカとの面接の際、彼女が零した愛しの旦那についての思いを聞いたが。
魔物娘であれば可笑しくない、至極当然の深すぎる愛をアヤカは語っていた。
ただしそれは一般感覚の男性であれば、ドン引きするくらいの過激さだったが。
確か自分は形見離れず御主人様のお傍にいたいから、御主人様の体をああしてこうしてと・・・。
・・・もしかするとドン引き所か、拒絶されるかも知れない。
「でも問題ないっか。慣れれば都とか言うからね・・・。おっと、業務に戻らなきゃ戻らなきゃ〜」
それに命の保証はされているのだから全く問題ない。
ならば末永くお幸せにという言葉を送れば良いだろう。
そう考えた『サキュバス』の彼女は、書類を整理しようとそのの手を動かし始めた。
♢♢♢♢♢♢♢♢
「御主人様。部屋の掃除が終わりましたがいかがですか?」
「お、おおっ・・・。完璧だ・・・」
アヤカに部屋の掃除を任せて約30分。
あの溜まっていたゴミ袋も、溜まっていた食器もない。
床も壁もピカピカでツルツル。
染みや汚れすらない。
綺麗さっぱり、まるで新居当然の姿になっていたのだ。
恐らく専門業者に頼んでもここまで綺麗にはしてくれないだろう。
「ホントに感謝の仕様がないっ!! ありがとう、ありがとう!!」
「いえいえ。御主人様の為ならお安いものですよ」
そう言い、アヤカはにっこりと笑みを見せた。
そのほほ笑みは、かの有名な絵画『何とかの微笑み』以上に価値ある笑みだ。
そして仁乃にとって、それの何処が美しいのか分からない古絵よりもアヤカの笑みの方がよっぽど良い絵になると思っていた。
それ程までに仁乃はアヤカの事を好きになっていた。
「では食事の準備をさせてもらいますね」
「え? そんな時間なのか」
仁乃が時計を見ると、時刻はもう夜の7時だ。
晩御飯時という事に気づいた仁乃は自然と腹の虫を鳴らしてしまった。
「よほど空腹なのですね。では何か食べたいのかありますか?」
「え、えっと。・・・生姜焼きと味噌汁で。ああ、後デザート的な物も大丈夫、か・・・?」
頭の中で思い浮かんだ食べ物をそのまま伝えた仁乃。
だがアヤカは上手く作ってくれるのだろうか。
確かにメイドたるもの食事を作る事など朝飯前ではあるが、それとこれとは別ではないかと、仁乃は根拠のない理由で不安がっていた。
しかしそんな仁乃の心配を払うが如く、アヤカは笑みを見せながら優雅な一礼をすると。
「勿論でございます。では御主人様はお休みになって下さい。出来ましたお呼びしますので」
そう言い残し、キッチンの方へと入っていった。
残された仁乃は少しだけ唖然としていた。
だが次には、アヤカがそう言うのであれば自分は信頼しよう、と考え直した仁乃は、言われた通り休んだのだった。
♢♢♢♢♢♢♢♢
アヤカが作った生姜焼きと味噌汁に白いご飯と、そして紫色のプリン。
その味は完璧の一言だった。
柔らかい豚肉に醤油と生姜の味が加えられたその味。
豆腐とわかめと刻みネギが入った味噌汁の濃さも丁度。
白いご飯もふっくらと炊きあがっていて美味しかった。
そしてデザートのプリンを一口すくって食べれば、甘く蕩ける味が口の中に広がっていく。
ただプリンの色が黄色でなく、何故紫色なのか。
それといつも使っている茶色の箸と銀色のスプーンが、全て紫色になっていたのが少しだけ気になった。
だが満足としか言いようがないこの晩御飯に仁乃は感謝の声を挙げざる負えなかった。
「上手い!! こんなに上手い食事は初めてだ」
「喜んでいただけたようで、何よりです」
それはもう、喜ばしい事だ。
自炊などめんどくさくて、ここ最近はインスタントや冷凍の即席料理ばかりの日々に、出来立ての料理をこの口で食べれた事に仁乃は喜ばずにはいられないのだ。
だがふと、『食事』という単語で仁乃は気になった。
「あっ・・・。アヤカさんは食べないのか? いくらメイドさんでも、食事をしなければ働けないだろ?」
いくら雇い主でも最低限守るべき約束事、例えば仁乃の場合は食事はさせるべき事であると―――誰とて食べなけれな働けないのは当然だが―――決めていた。
するとアヤカはその首を軽く横に振った。
「いえいえ、私に食事は不要です。こうしての傍で仕える事が私の至福なのです」
「無理はしないでくれ。幾ら食事がいらないだとか言っても食べなきゃ元気はでないし、魔物娘だって飯が必要だろ?」
そう言い、仁乃はプリンをスプーンで一口すくい、アヤカの前に差し出した。
「頂いてもよろしいので?」
「そうじゃなきゃ、メイドは勤まらないだろ?」
するとアヤカはにっこりと笑みを浮かべた後、そのスプーンに乗っかったプリンの欠片を一口。
子供の様にスプーンをほうばるのではなく、スプーンに吸いつく様な形で、しかも音を出さずに食べたのだ。
仁乃から見れば優雅で上品、流石メイドさんだと拍手を送りたかった。
「ふふっ♪ こんなに優しい御主人様に仕えるなんてアヤカは幸せ者です。御主人様、これからもよろしくお願いします」
それはこちらの台詞だ。
もうたまらない。
これから彼女の奉仕を受けれるのであれば、もう悔いはない。
仕事だって頑張れる。
だから仁乃は頭の中で想像していた。
優しくて美人なアヤカと一緒に暮らしていく姿を。
(朝起きたら挨拶して、話し合い手になってくれて、落ち込んだら励ましてくれて・・・。くう〜〜。たまんねえな、これ・・・)
そんな甘い生活を思い描いていたから仁乃、は見落としていた。
・・・アヤカの艶やかで妖しく、輝いてる両目を。
その両目はまるで獲物を今か今かと待ち伏せしている、捕食者の様な両目だった。
♢♢♢♢♢♢♢♢
アヤカがやってきて1週間後、休日の昼の事だ。
仁乃はソファーの上に寝転がっていた。
元々ソファーなどという、仁乃から言えば高級品当然ともいえる品物は家に置いていなかったが。
「いや〜、アヤカの作ったソファーは気持ち良いな」
そう。
このソファーはアヤカに頼んで作ってもらったのだ。
最初、アヤカにソファーという大型の家具など作れるのかどうか不安だった。
だがアヤカは『問題ございません』と言い、あのドロドロとした下半身を動かし、そして見事にソファーが出てきた時には大変驚いた。
「ほんと、アヤカには感謝だよな〜」
アヤカの作り出したソファーは肌さわりが良く、フカフカで心地よい。
その上窓からの太陽の暖かさで、ついつい仁乃はうたた寝をしてしまった。
夢か現実か曖昧になる境界線。
だからこそだろうか。
仁乃は『感じる』・・・気がした。
頭の後頭部に、柔らかい感触を。
うっすらと両目を開けると、アヤカが優しいそうな笑みを浮かべ、こちらを見つめていた。
仁乃のおでこを優しく撫で、愛おしい目で見つめながら。
それに気づいた仁乃は分かった。
そうか。
自分は今、アヤカに膝枕をされている・・・!
「っ!?」
すぐに仁乃は起き上がった。
何しろ知らぬ内に膝枕されていたと気づけば、そしてアヤカという美女がしていたとなれば驚く事だからだ。
だがアヤカの姿はない。
自分はソファーでずっとくつろいでいた。
どうやら自分は寝ぼけていたらしい。
「ああ、不味いなこりゃ・・・」
仁乃は寝ぼけまなこを擦りながらあくびをした。
幾ら休日だとしても寝ボケて、しかもアヤカの膝枕を受けてみたいという夢を見てしまうとは。
だが本当に夢だったのだろうか?
(夢、なのか・・・?)
しっとりと柔らかい感触が頭の後頭部へと、確かに伝わっていた。
もしかして本当に膝枕を受けていたのではないだろうか?
気になった仁乃は玄関の掃除をしているアヤカの元へと向かう。
ちらっと覗くとアヤカは鼻歌まじりで靴脱ぎ場にモップをかけていた。
「どうしましたか、御主人様?」
視線に気づいたアヤカはこちらへと顔を向けた。
その瞬間、仁乃は口ごもった。
知らない内にお前が膝枕をしたのか、と尋ねたかったが彼女の顔を見たら迷ってしまう。
それに冷静に考えれば、玄関からリビングへの距離は結構ある。
瞬時にアヤカが移動できるならまだしも、ここから移動して尚且つ悟られずに膝枕をするのは流石に無理だろう。
「いや、なんでもない。少し休んだらどうかなって声をかけたくて」
「メイドの私にいつも気を使って下さるなんて、実にお優しいのですね御主人様は」
そう言いアヤカはいつもの様ににっこりと笑みを浮かべた。
だから仁乃はもうそれ以上言えなかった。
♢♢♢♢♢♢♢♢
それから3日後の夜、ベッドの上で寝ていた仁乃はまた夢を見た。
精確に言えば夢心地の状態で仁乃は想像してしまった。
アヤカの柔らかい胸を自分が揉んでいる光景を。
お椀型の良い乳房が、自分の手によって歪に変化していく。
そしてアヤカの柔らかく、しっとりとした感触が両手に伝わってくる。
例え夢の中であっても、仁乃が今感じている感覚は本物と大差ないのだ。
『ど、どうですかぁ? 私のおっぱいはぁ・・・!!』
アヤカが口元をにやけ、快感の声を挙げながら囁いてきた。
勿論、最高の触り心地だ。
もっと大きい胸だった方が揉みごたえがあって良かったが。
それでもアヤカの乳房を揉んでいるのであれば十分だった。
乳房の感触をもっと感じたいと、思わず手の力を強めた。
『ひゃうっ♥』
アヤカの、欲情そそられる甘美な声。
だから無我夢中でやってしまう。
己の肉棒を堅く勃起させて、そのまま興奮に身を任せれば・・・。
「っ!!」
・・・やってしまった。
もう感覚で分かる。
いかがわしい夢、もとい想像をしてしまったから放ってしまった。
男なら誰しもした事がある『無精』とやらを。
今頃パンツの中はドロドロとした液体によって大きな染みを作っている事だろう。
下手をすれば寝間着のズボンにも大きな染みがあるだろう。
だが今はどうする事も出来ない。
夢心地の状態で起きようとする気力など人間に有りはしない。
そして男であれば、『夢精を放てた』というその解放感に酔いしれ、起きようなんて気持ちが起きないのだから。
ならば明日だ。
明日になればアソコは乾いて、何もないと言い切れるだろう。
だからそのまま仁乃は更なる眠りについた。
♢♢♢♢♢♢♢♢
翌朝、目が覚めた仁乃はすかさずパンツを確認しようとした。
最も確認するまでもないが、それでもしてしまうのが男の性である。
恐る恐るその両目でパジャマのズボンを引っ張り、パンツのありさまを見ようとすると・・・。
「あれ?」
おかしい。
眠ってる時、盛大に放ったはずなのに。
夢精の後に出来る、くずんだ染みが全くない。
パンツの中心辺りがカピカピになっているはずなのにフワフワのサラサラの状態だ。
「ど、どうなってるんだ?」
このパンツとパジャマは確か、アヤカの体から作られた品。
履き心地がよくいつも新品みたいにピシッとしていたからもう愛用品だった。
まさかこれ自身に何か特別な力でもあるのだろうか。
気になってアヤカに相談したかったが、それは出来ない。
『お前の作った服にぶちまけてしまった』、なんて恥ずかしくて言えるはずがない。
浮かない顔のまま仁乃はベッドから起き上がり、リビングの方へと向かうと既にアヤカは起きていて朝食の準備をし始めていた。
「ご・、いえおはようございます。御主人様」
「あ、ああ。お早う・・・」
アヤカは気づいていない。
最も、その方がよっぽど良かった。
だから仁乃はいつもの様にアヤカへ「おはよう」という言葉を贈った。
♢♢♢♢♢♢♢♢
そしてアヤカを雇って早1ヶ月。
いつもの様に会社へと出社した仁乃。
上司や同僚に挨拶をして自分のデスクへと座ると、ふと、自分が来ているビジネススーツを見つめた。
「そういや、これ。アヤカが用意したものだったよな」
気が付けば自分はアヤカが用意した服ばかり着ていた。
最初は寝間着とパンツ程度だったが、次には私服に靴した。
果てにはカバンや靴まで、そしてポケットを探れば紫色のハンカチまでもが。
「全部アヤカが作った物ばかりだな・・・」
ただどれも蒸れず、履き心地が良い快適な品ばかりだったから問題なかった。
それに単色という訳ではなくアヤカも気を使って、例えばこのスーツは縦縞の薄紫ラインを施したオシャレな服にしていた。
だから別に不満はないし、アヤカが自分の為に用意したとなれば嬉しい限りだった。
そう思い仁乃はデスクのパソコンを立ち上げようとした時だ。
「お〜い、仁乃。今日は見回りの日だろ?」
上司が仁乃に声をかけてきた。
その瞬間、仁乃は思い出した。
そうだ。
自分は今日、営業の見回りに行かなければならないんだtった。
「は、はいっ!! すぐに行きますんでっ!!」
すぐに持っていくべき資料やカバンを手に取って、仁乃は急いで外に出た。
♢♢♢♢♢♢♢♢
営業の歩き回り。
あちこちに出向き、契約を取るという仕事は骨が折れる。
しかも季節は夏へと向かっていたのだから昼間の外はムシムシとしていた。
「あっちい〜〜・・・」
思わず冷たい物が欲しくなる温度だ。
これから更に熱くなるのだと思ったら、もう嫌になる。
そんな事を考えながら仁乃は額の汗をハンカチで拭った。
すると拭った箇所が少しだけ涼しくなった、気がした。
「ん?」
気になった仁乃はもう一度額をハンカチで拭った。
(・・・・うん、少しだけ涼しくなった気がするな・・・)
それにスーツ内も何故か涼しかった。
汗だくで気持ち悪くなるはずなのにベタベタになっていない。
これなら見回りも幾らか楽に出来そうだ。
(何か知らねえけど助かったわ、アヤカ)
仁乃はアヤカに感謝の台詞を言いながら、急ぎ足で取引先を駆け巡っていった。
♢♢♢♢♢♢♢♢
そこから更に3日後の出来事だ。
デスクのパソコンにデータを打ち込んでいた仁乃に同僚の一人が声をかけてきた。
「お〜い、仁乃。先月の取引資料は何処にやった。お前が片付けたんだろ?」
「おっと、いけねえ。すぐに出してくるわ〜」
デスクから立ち上がった仁乃は取引資料が置いてある部屋へと向かった。
その部屋には表札が張られていて、『資料室』と書かれていた。
時代はITとか言うが紙の媒体は確かな証拠になるから重宝する、と上司が主張していた。
だからこうして『資料室』という部屋を設けて保管しているのだが。
部屋に入れば段ボール箱が山の様に積もれていて、まるで引っ越し前の家状態だ。
「資料室なんだから少しは整理しようぜ・・・」
例の取引資料を入れた場所は分かっていた。
だからやや乱雑に段ボール箱を置いたり、積んだりしていくと、すぐに目的の段ボール箱を見つけた。
その箱を開ければ、束の一番上に例の取引資料があった。
仁乃はそれを手に取ると、改めて段ボール箱の山を見渡した。
「そろそろ整理しねえと不味いよな・・・」
ただこんだけある資料を片付けるのは一苦労だ。
ならばアヤカを呼んで一緒に整理をしようか、と考えていたその時だ。
『ガタッ・・・』
不意に積んであった段ボール箱の一つが崩れ、それが仁乃目掛けて落ちてきた。
「へっ?」
それに気づいた仁乃だが避けられそうにない。
もう段ボール箱は目と鼻の先まで迫っていたのだ。
とっさに仁乃は両目を閉じて、その顔を守ろうと両腕で覆った。
これから来るであろう痛みに備える為に。
恐らく顔と両腕辺りに痛みが来る事だろうと考えていた。
『ドザッ!!』
段ボール箱が地面へと叩きつけられた様な音。
つまり段ボール箱は自分にぶつかって床へと崩れ落ちた事になる。
・・・・だが妙だ。
どう考えても段ボール箱は自分と直撃する方向を取っていたはずだ。
・・・・なのに痛みはやってこなかった。
恐る恐る両目を開けると、自分の足元にはあのダンボール箱が転がっていた。
重そうな資料の束がぶちまけられて、その紙が辺りに散乱していた。
「えっ・・・?」
仁乃は自分の体を見たが、あざや切り傷といった外傷はない。
痛みもないから何も問題ないはずだ。
何も問題ないのが、『問題』なのだが。
「おいおい、なんだ!? 仁乃、大丈夫か!?」
資料室の扉が開くと同時に上司が声をかけてきた。
釣られて上司の物陰から同僚が2名、その顔を覗かせていた。
どうやら物音に気付いて見に来たようだ。
「あ、はいっ!!」
「無事だったか。でも、あちゃ〜・・・。こりゃひでえな、仁乃直しておけよ」
そう言い残し、上司と同僚達は立ち去っていった。
残された仁乃は暫く茫然としていた。
絶対にぶつかって痛みが走るはずなのに、何もなかった。
どうして無事だったのだろうか。
仁乃は暫く頭を抱えて考えていた。
やがて仁乃は散らばった資料を片付け始めた。
結局、心当たりがない仁乃には、その答えを見つけられる訳がなかったのだ。
だから、今は目の前に散らばっていた資料を戻そうと決めたのだった。
♢♢♢♢♢♢♢♢
その夜、仕事を終えた仁乃は家の玄関を開けた。
「御主人様、お帰りなさいませ〜」
いつもの様にアヤカが優しい声で出迎えた。
「あ、ああ・・・。ただいま」
ぎこちない口調で仁乃は返事をした。
「ではお食事を用意しますので御主人様はゆっくりと休んでいてくださいませ」
仁乃の挙動不審な態度に対して、アヤカは何も言ってこなかった。
気づかなかったのか、もしくは敢えて気づかなかい振りをしていたのか。
それが逆に構って欲しいという願望が生まれ、仁乃はつい口にしてしまった。
「なあアヤカ。実は職場で変な体験したんだ・・・」
「はい、変な体験とは?」
アヤカはさも不思議そうに首を傾げた。
「それは、重い段ボール箱がこちらに倒れ込んで来て・・・。それで俺は思わず目を閉じて、身構えたんだが・・・。けど痛みがやってこなくて、気が付けば段ボール箱が俺の足元で転がってて、資料が散らばってて・・・?」
自分でも何を言っているのか分からない。
けど実際に起きた事なのだからそう説明するしかないのだ。
余りに不可思議な体験話でアヤカは難しそうな顔をするかと思っていたが。
「御主人様」
するとアヤカは一歩踏み込んできて、仁乃の顔をじっと見つめてきた。
その両目は何もかも吸い込んでしまう程に黒く。
その瞳孔は仁乃しか見えていないとばかりにギラギラとさせていた。
「御主人様。その訳をお教え致しますので、今夜御主人様の部屋に上がっても宜しいでしょうか?」
部屋に上がる?
確かにアヤカと話をするのだから、一番くつろげる場所とか話すのは一番だが。
「あ、ああ・・・。構わねえ、ぞ」
特に問題はなかった仁乃は、軽い気持ちで了承した。
するとアヤカは少しだけ妖しい笑みを浮かべると、再びその口を開いた。
「では食事の後、お風呂にお入りくださいませ。疲れと汚れを取っておいた方がよろしいでしょうからぁ・・・」
それはねっとりとした言い方だった。
意味深に聞こえて、仁乃はその背筋を少しだけゾクッとさせた。
だが次には、なんでアヤカに恐れてしまうんだと考え直した。
アヤカは自分に尽くしてくれるメイドだ。
そんな彼女にあらぬ疑いをかけるなど雇い主として恥ずべき事だ。
そう考えた仁乃はスーツを脱ごうと自分の部屋へと向かった。
だから仁乃はまた気づかなかった。
―――既にアヤカの目には隠し通せない、欲情の炎が灯っていた事に。
最もここで仁乃が勘を働かせ、断っていたとしても無駄だ。
もう仁乃は罠にかかった獲物だったから。
♢♢♢♢♢♢♢♢
アヤカの言われた通り、食事をし、風呂に入って疲れを取り、自室のベッドで寝転がり待っていた仁乃。
時刻はもうすぐ12時になる所だった。
横になって雑誌を読みながら時間を潰していた。
ふと。
『コンコンコンッ!!』
ドア越しからノックの音。
『御主人様、失礼します』
アヤカの声だ。
すぐにベッドから体を起こし、仁乃は立ち上がった。
「ああ、待ってたぞ・・・」
仁乃が許可したと同時にアヤカは部屋へと入ってきた。
不定形の両足をズルズルと、ゆっくりと這(は)いながら。
その光景が仁乃に嫌な予感を募らせた。
あの這いずり方はまるで、初夜を今から過ごす女性みたいにうやうやしく、そして楽しみにしていたかの様に見えたから。
(って、いやいや。なんでそう思うんだよ俺!?)
アヤカは絶対に淫らな事はしない。
だって静かに尽くしてくれている彼女が、そんな事をするなんてあるはずない。
仁乃はそう考えていた。
そしてアヤカはそのままゆっくりと這い、仁乃から後数歩という位置で止まると、優雅な一礼をした。
「では御主人様。説明致しますのでもっと近づいてもよろしいですか?」
近づいてもよろしい?
その台詞に仁乃は首を傾げたが、駄目な理由などあるはずがない。
勿論、仁乃は軽く頷いた。
アヤカはまた一礼すると仁乃へとまた近づいていく 。
ゆっくりと、ゆっくりと這いずり。
そして気が付けば、アヤカは仁乃のすぐ近くまで来ていた。
後2歩進めば、仁乃の体を抱きしめられるまでの距離。
後ろにはベッドがあるからこのまま押し倒す事だって出来る。
(ん? なんでこんな近くまで?)
「では御主人様。今から説明しますので、どうかリラックスをしてください」
リラックスをしてください?
まあ確かに気を楽にして人の話を聞くのは大事であるが。
取り敢えず仁乃は肩の力を抜いて、一呼吸をしてみた。
そうすれば自然と気が緩んで、仁乃は無防備な状態となる。
もし誰かに押し倒されたら、そのまま倒れ込んでしまうぐらいに。
「これでいいのっ・」
『ドサッ!!』
それは突然だった。
仁乃はアヤカによって押し倒され、ベッドの上へと一緒に倒れ込んだ。
同時に彼女の液体が仁乃の両手首、両足の手首にかかっていた。
そして液体がかかった途端、仁乃は体の異変を感じた。
――――両手と両手足の感覚がなくなったのだ。
正確にはなくなったというより、まるでアヤカと一体化したかの様に溶け落ちて、混ざったかの様な・・・。
「テケ、リィ・・・」
アヤカが、今まで聞いた事が無い声を挙げた。
その声色はまるで、大好きな獲物を捕まえて、抑えられない喜びをつい漏らしてしまったかの様だった。
「テケ、リリリリィッ〜〜〜〜!!!! テ、テケ、ケリリリリイイィィイィ〜〜〜〜!!!!!」
狂ったかの様な声を挙げた瞬間、アヤカは笑っていた。
口元を歪め、両目を見開き、歓喜の声を挙げながら。
普段の物静かなアヤカから考えられない姿に仁乃は思わず声を裏返して彼女の名を叫んだ。
「ア、アヤカっ!?」
「申し訳ございません御主人様っ・・・!! ですけれどもぉ、この日が来るのをどれ程待ちわびた事かぁ・・・・。やっと、やっとぉ・・・。御主人様が私と同じ存在になれたと聞けば・・・!!」
「お、同じ存在っ!?」
一体全体どういう事だ!?
お前は俺に何をしたんだっ!!
話が急で付いていけなかった仁乃に対し、アヤカは媚びた声色で問いかけてくる。
「心当たりはおありではないですかぁ? うたた寝した時の膝枕ぁ。ぶちまけたにも関わらずサラサラのパンツぅ。そしてダンボールにぶつかっても痛みがなかった事ぉ・・・♥」
それを聞いた仁乃は悟った。
全て、アヤカの仕業だったという事を。
「そうです。全て私の仕業なのです。ああっ♥ 御主人様の甘酸っぱい唾液に、しょっぱい汗。中々の味でしたぁ。そうそう特に御主人様の無精ザーメン、青臭くて美味しかったですよぉ...♥ 私もっと欲しかったのですが、ここで欲張っては気づかれてしまうかと」
「ど、どどっ!? どういう事なんだ!?」
「ふふふっ・・・。実は私が作り出した物は全て、私の性感帯と繋がっているのですぅ。御主人様が私のスプーンを使えばぁ、私は口づけをしている事になりぃ・・・。御主人様がソファーで寝転がっていれば、私は肉布団となって肌の触れ合いをしている事になるのです♥ そして更にぃ、私の作り出した物を使い続ければ、例え剣で切られようとも血は流れない。そして私と混ざれば、一つになったかの様な感覚に陥る。そう、私と同じ存在となるのですぅ・・・♥」
つまり自分は知らずの内にアヤカと性的に交わっていて、そしてアヤカと同じ存在となってしまったという事だ。
その事実に仁乃は困惑していた。
「な、なんでそんな事をっ!?」
「それは勿論、御主人様との愛ゆえに、です。こうする事で私達、『ショゴス』は身も心も御主人様と一つになるという悲願が達せられるのです。それが『ショゴス』という魔物娘が御主人様へ尽くす意味。・・・・ですが・・・!!」
そう言い、アヤカはその顔を仁乃の顔へと近づけた。
あともう少し近づけばアヤカの鼻が、仁乃の鼻へとくっつけられる距離まで。
荒い吐息が仁乃の顔へとかかり、仁乃は恐怖と興奮が一度に押し寄せてきた。
「私、そんなんじゃ満足できないんですっ...!!」
瞼を見開き、その月光の様な瞳で仁乃をじっと見つめるアヤカ。
その目には確かな狂愛が見えていた。
「だって考えても見てください。御主人様と一つになるとは即ち、私が御主人様で御主人様が私になるという事じゃないですか・・・? とても興奮しますよね。異なる存在、メスとオスがその肉体で絡み合い、蕩け落ちて最後に一つとなる。そして心までも一つになれると聞けば、もう・・・!」
そこからアヤカは怒涛にぶちまけていった。
己の中の狂気と、仁乃への狂愛を。
「そうっ!! 一つになるという事は365日24時間60分1分1秒コンマ1でさえも、 未来永劫御死ぬまで共に御主人様と一つになれるんですよっ!!! 御主人様の喜ぶ顔や御主人様の寝顔や、ああっ!! あのだらしなそうな顔や私をオカズにしたいという顔がすぐ間近で見れるなんてぇえっ!♥! これほど素晴らしい事など、ございませんよぉおお〜〜〜!!! あ、あひゃっ!? あ、ひゃあああ♥ ひゃはははあああ〜〜〜!! テケ、テケリリリリっ〜〜!♥!」
再び高笑いを挙げながら、口元から紫色の涎をまき散らしていたアヤカ。
その姿は仁乃から見れば狂っていた。
正気が狂気、いや性気へと移り変わり、ただ本能のままに乱れまくる。
魔物娘はエッチが大好きだと仁乃は聞いていたが、アヤカは1段も2段も違っていた。
―――彼女はベクトル自体が違っていたのだ。
だがこんな状況だからこそだろうか。
まだ冷静な思考が出来ていた仁乃は問いかけた。
「まさかっ!? 俺を乗っ取ろうとしていたのかっ!?」
それを聞いたアヤカは首を横に振った。
「いえいえ・・・。乗っ取るつもりなどサラサラございません。そんな恐れ多き事出来るはずがございませんよぉ・・・♥ ・・・ですがこれからは私が御主人様の一部となってぇ、一部となってぇ...!!! お仕えっ...♥ お仕ええええっ!!♥ お仕えええええぇぇええぇえっ!!! ひゃ、はははぁああっ!!! はははっ、あっ〜〜〜♪」
アヤカが自分と一つになるなんて正気の沙汰ではない。
確かにアヤカは大好きであるが、それとこれとは話が別だ。
得体の知れない者が自分の体と融合する、と聞けば抵抗するのが人間として当然の反応。
仁乃は一般的常識の持ち主だったから、必死にアヤカの名を呼んだ。
「や、やや止めろっ!? アヤカ、落ち着くんだっ!!」
「落ち着いてますぅうう♥ 思考も理性も正常ですうぅぅう♥ 性欲共に愛情も正常値なのですよおおぉぉ〜♥ だから御主人様と一つになるのですううぅぅううう〜〜〜♥」
だが己の狂気をさらけ出し、性欲の化身に成り下がったアヤカには話を聞き入れるはずがなかった。
そしてアヤカの体が、スライム状の肉体が躍動し始めた。
人の形を保っていたスライム状の体が崩れていく。
ドロドロと解け落ちていけば、下になっている仁乃の体へと掛かっていく。
その途端に仁乃はまた体の異変を感じた。
手首と足首で感じていたあの一体化しているかの様な感覚。
今度は体のあらゆる場所に、全体にへと感じてきたのだ。
そして、仁乃が気付いた時には、首から下は彼女の液体によって浸食されていた。
紫色のスライムに覆われ、首から下の感覚があやふやになっていた。
「ほ、ほほほらぁ♥ 遂に私の体がぁ!? 御主人様の体をぉ、覆いっ♥ いや侵食してしまいましたよぉぉおおお〜〜〜!!! ひゃあああぁ♥ すごい、すごぉいい〜〜〜!♥!」
体はドロドロのスライム状になっていたが、頭だけは残していたアヤカは狂乱の声を挙げながら喜んでいた。
もう止められない。
本性を現し、快楽一色になった彼女は止まらない。
「そして遂にィお顔っ!! 遂にお顔ォおおおっ!! 凛々しくて甘えん坊さんな、御主人様の顔ぉおおおおぉ〜〜!! この体でぇええええっ!! 余すことなく髪の毛一本たりとも蕩けて、そして混ざりあってええええぇえええ〜〜〜♥ 御主人様と一つにいぃぃいっ〜〜〜〜!!!」
遂にアヤカはその顔を近づけてきた。
しかも唇を少しだけ尖らせ、仁乃にキスするかの様に。
その瞬間、仁乃は両目を閉じてしまった。
誰とて、こんな状況下に置かれてしまったら気絶するか叫び声を上げ続けるかなどの行動はするだろう。
仁乃の場合はそれであった。
もう現実を直視したくなかった。
ぷるん、と震える感触が唇へと伝わり、不覚にも心地よかった。
そこからはもう両目を開けられなかった。
体の感覚があやふやだし、唇にはぷるんとした感触がするし、理解できない事が多すぎた。
ただはっきりしていた事が一つ。
アヤカが狂った歓喜の声を挙げ続けていた事だ。
その唇を自身の唇へと付けているにも関わらずに、である。
まるで頭の中に直接響いてくるのだ。
「テケ、テケリリィ〜〜〜!!! テテテリリィ〜〜〜!!!!」
仁乃はその声に恐怖しながら、じっと耐えていた。
耐えた所で何になるのだと聞かれるが、そうするしかなかった。
(頼む・・・! 早く終わってくれ・・・!!)
そう願いながら耐える事数分。
するとアヤカの声が聞こえなくなった。
次には体の感覚がはっきりしてきた。
両手、両足を動かせば、動かしているという感覚はある。
つまり自分はまだ人間、五体満足の人間という事だ。
恐る恐る仁乃は両目を開けてみた。
目に飛び込んできたのは天井。
あの本性を現し、狂愛を見せつけてきたアヤカの姿は何処にもなかった。
「お、おいっ・・・・? アヤカ?」
だが返事がない。
部屋の中を見渡してみても、アヤカの姿はない。
一体アヤカは何処に行ったのか?
「ん・・・?」
もう一度、仁乃は両手両足、更に腕や首とかを動かしてみた。
何処も異常はないし、感覚もある。
五体満足、何の変化も異変もない。
試しに部屋の片隅にある大きな鏡の前にも立ってみた。
当然映るのは頭があって、胴体があって、その先には両手と両足。
「うん、何もないな・・・」
異常も何もない。
いつもの自分、仁乃だ。
「もしかして、俺は夢を見てたのか・・・?」
「夢ではございませんよぉ・・・♥」
その瞬間、仁乃の心臓はビクンと飛び上がった。
アヤカの声だ。
だがその姿は何処にもいない。
「ど、何処だ?」
声のした方向から察するにずいぶんと近くにいるみたいだが。
「右手をご覧になってくださいませぇ」
アヤカの言う通り、仁乃は自身の右手を見てみると・・・。
「んなっ・・・?」
仁乃は唖然とした。
男らしくがっちりと硬そうな自身の、肌色の右腕が。
「なんだよこれ・・・?」
アヤカのすらりとした紫色の右腕となっていたのだ。
精確に言えば、自分の右腕を覆う装甲かの様に紫色の右腕があった。
「テケ、リィ・・・! 驚きましたか・・・?」
耳元で囁く様にアヤカの声が聞こえてきた。
まさかと思った仁乃は横に振り向くと、自分の右肩には・・・。
「テケ、リ・・・♥」
アヤカの顔が、自分の右肩へとくっ付いていた。
首からその上までの頭全て、そっくりそのままくっ付いていたのだ。
よくホラー映画やパニック映画とかで見られる光景だが、まさか実際に寄生される形になるなんて。
普通の人間でこんな体験をすれば、悲鳴を挙げるか、もしくは失神するかの二択。
しかし仁乃は悲鳴も上げず、失神もしなかった。
それが出来ればどんなに良かった事だろうか。
「アヤカっ!? お、俺と一つになって何をするつもりなんだっ!?」
「それは勿論、精のご奉仕でございますよ。御主人様、ずいぶんと溜まっているではないですかぁ・・・♥」
そう言いアヤカは首を傾け、仁乃の股間へと視線を向けた。
その熱く欲情する目で仁乃は分かった。
アヤカは自分と性的に交わりたいと。
だが仁乃はもう色んな意味で逃げ出したかった。
混ざりあって、寄生されて、その上でのセックスなど受け入れられるはずがない。
もう頭の許容範囲を超えた仁乃は逃げ出そうとその足を動かしたが。
「ああん♥ ご奉仕を受けてくださいませぇ♥」
アヤカの甘ったるい声と同時に、仁乃の体が急に動かなくなった。
「んなっ!? 体が動け、ないっ!?」
「分かりませんかぁ♥ 私と御主人様は今や一心同体。御主人様の体は私の体でもあるのです。勿論、日常生活においては御主人様の自由ですよぉ・・・♪ そしてぇ・・」
仁乃はその光景が信じられなかった。
自分の体が紫色のスライムに覆われていく。
皮膚の内側から漏れ出す様に紫色のスライムが現れて、自身の体に沿って形作られていく。
胴体は胸が膨らんで、くびれが付いて。
両足がふっくらとした太ももへと変わり、また太ももから先が、例のスライム状の不定形へと変わっていく。
残っていた左腕が、右腕と同じ紫色の腕へと変わり。
そして気が付けば、仁乃の体がアヤカの体へと変わっていた。
かろうじて仁乃の頭だけは残っていたが首から下は、もうアヤカの体だった。
アヤカは仁乃より一回り小さい体格であったが、仁乃を覆いつくす為に今やその体は二回り大きくなっていた。
まるで仁乃の体を自身の体で埋もれさせるみたいに。
「この様に私の体へと切り替える事が出来るんですよぉ♥ ほらぁ、御主人様が触りたかっていた私のおっぱいですよぉ〜」
そう言い、アヤカの右手が動き、右の乳房を掴んだ。
『むにゅ』
その瞬間、仁乃は感じた。
自分の乳房が触られて、その柔らかい感触を味わっている事に。
確かに自分はアヤカの乳房を揉みたいと思っていたが、まさかこんな形で叶ってしまうなんて。
そのままアヤカの手は、もとい仁乃の手は乳房を揉み解し始めた。
「ん・・・、んは・・・♥ うう、んんっ!! うう・・・♪」
アヤカの艶やかな声と共に、乳房は歪に変化していく。
手を押し込めば、押しつぶされ座布団みたいな形状に。
手で乳房を掴めば、指の隙間から乳房の皮膚が溢れ出てくる。
しかも仁乃にさえも乳房を弄られている快感が伝わってくるのだ。
「あ、ああ...!? ん、んあっ...!! ああっ...!!」
思わずだらしない声を出してしまった仁乃。
だがアヤカはこれで終わらなかった。
「そして、次にお見せするのがぁ〜〜〜♥」
その瞬間、アヤカの衣服が解け落ちた。
シャボン玉の様に彼女の給仕服が弾け飛んで、現れたのはアヤカの全裸。
給仕服から大体察せられたが、アヤカの体つきはやはりしなやかだった。
乳房の先端にある乳首は薄紫色。
ほっそりとした腹回りに、その中心には小さなへそが一つ。
そして下半身を覗けば、ドロドロとしたスライム状の塊から腰へと変わる辺りに割れ目がらしきものが一つ。
女性として誰しもが持っている、アヤカの女性器が見えた。
もうアヤカは興奮しているのか、その蜜壺から透明な愛液が滴り落ちていた。
「ひ、ひひゃあああぁあ〜〜♥ 御主人様に、私のぉ!? 私の裸見せちゃったぁあああぁ〜〜〜♥ エッチィ〜〜!! 変態ィ〜〜〜!! お嫁に行けないィ〜〜〜!!! テケリリィ〜〜♥」
普段の物静かな性格から考えられない、下品な言葉を使いながら叫んでいたアヤカ。
もうツッコミどころが多すぎて仁乃は何も言えなかった。
最も言えた所で何も変わらないだろうが。
「そしてこうするとぉおおぉ〜〜〜!!」
『じゅ、じゅぶるるう!!』
また仁乃は唖然とした。
アヤカが艶やかな声色で叫ぶとアヤカの割れ目から、男のシンボルが。
平たく言えば、男の肉棒が生えてきたのだ。
そのサイズは一般の男と同じぐらい。
既に堅く勃起していて、天へと向かってそそり立っていた。
「ぬ、ぬほおおおぉ〜〜!! 御主人様のおちんぽぉおおおおぉ〜〜!! おちんぽおちんぽおちんぽぉおおおおっ!! なんて美味しくで味わい深そうなおちんぽなのおおおおぉぉおおおっ!!」
「って、これ俺のなのか!?」
「そうなのですううぅ!! まさか御主人様のおちんぽが私のおまんこから生える形になるなんてぇえええ!! なんて素晴らしい事なのでしょおぉ♥ ふたなり、という事ですよねぇ〜〜〜〜♪」
確かにその肉棒は紫色でなく肌色をしていた。
勃起時の大きさがいつもより二回り大きい事と、亀頭が剝き出しになっている事を除けば、自分のモノである事が分かるが。
(でも俺、ここまで逞しいの持ってなかったはずだぞ・・・!)
「そしてそしてぇ!! こんな逞しいおちんぽにはぁ、特別なご奉仕をさせてもらいますねぇえええぇ〜〜♥」
アヤカは手を天井へと向けてかざした。
するとその手の平の中心から何かが飛び出てきた。
それは紫色の筒状だった。
手の平大の太さで、一定の長さを持っていた。
ちょうど仁乃の肥大化したイチモツを包みこめられるぐらいのサイズだ
そしてその筒の中身を覗けば粒上の突起物が至る所に存在していた。
この形状に仁乃は見覚えがあった。
「私の特性オナホールですぅ!! 勿論私の性感帯、おまんことお口に直接繋がっている便利アイテムなのですぅ〜〜〜!! さささ御主人様、初夜を過ごしましょおおおおぉううう〜〜〜!!」
「ん、んなっ? や、止めろっ!! 頼む!!」
そんな台詞を使っても無駄だと言うのに、仁乃はつい使ってしまう。
当然、アヤカは聞こうともせず、そのオナホールでそそり立つ肉棒を入れ包んだ。
『じゅ、じゅぶうっ!!』
「ぬ、ぬおっ!? おおおっ!?」
初めてオナホなる物を使った、もとい使われたがその感触は未知の領域だった。
口内の生温かさとヌルヌルとした唾液に加えて、肉棒全体が締め付けられて搾り取られるかの様な感触。
更に熱い汁や亀頭の先端が何かとキスしているかの様な感触まで。
最早これはオナホという代物ではない。
「んはあああっ!!! 感じちゃう感じちゃううううぅ〜〜♥ 熱く迸っている御主人様のぼっきおちんぽおおおぉ!! わたぁしのお口が犯されるうううぅ〜〜〜!! 私のおまんこが穢されているうううぅぅぅううっ!!」
アヘ顔を晒しながら、アヤカは淫らに声を挙げていた。
「このまま、いっっきいにっ!! ピストン運動をしちゃいましょうおおおお♥ おちんぽとお口とおまんこのぉ、超超超超超融合ぉおおおおぉ〜〜〜!♥!♥! 一気に出してくださいませ〜!! 御主人様のお熱いぃザーメン汁おおおおぉおっ〜〜〜!!」
そのままアヤカはオナホを使って、自身の、もとい仁乃のイチモツをしごき始めた。
『ぐっちゅ♥ ぐっちゅ♥ ぐっちゅ♥』
肉同士が絡み合い、卑猥な音が響き渡る。
その音と快感に仁乃は早くも感じ、だらしない顔を晒していた。
「ぬ、ぬおっ!? あああっ♥ ぬぬうっ!?」
「ひゃひゃ、ひゃはああぁ〜〜〜♥♥ 御主人様のだらしないお顔ぉお、なんて可愛いんでちゅかあぁぁぁ〜〜〜!!! もう夢中になっちゃいまちゅよおおぉおお〜〜!♥!」
赤ちゃん言葉を用いて仁乃をあやすアヤカ。
しかも頬を赤らめ、舌をだらしなく垂らし、紫色の涎をまき散らしながら叫んでいる。
その姿はまさに狂乱であった。
「でも私も感じちゃうのおおおぉ〜〜〜♥ おちんぽと一体化したからぁ、今にでもおちんぽ汁出したいって膝がガクガクと震えちゃってるのおおおおぉ〜〜!!」
どうやらアヤカにもイチモツを刺激されている感覚が伝わっているらしい。
だからこそアヤカは、オナホを動かすその手を止めなかった。
『ぐちゅぐちゅぐちゅ、ぐちゅぐちゅぐちゅ♥』
ひたすらに仁乃のイチモツを愛でてくるアヤカ。
見ればオナホの入り口から止めどなく透明な液が溢れ出ていた。
だがそれはおかしい。
確かにオナホと言えばローションであり、それを入れてしごきあげる物なのだがアヤカはローションなど入れてない。
されど透明な液は溢れ出てくるし、もう既に小さな水たまりが出来上がっている程の量だ。
ではこれは何の液だろうか。
そこで仁乃は思い出した。
アヤカがオナホを作った際に告げた台詞を。
「気が付きましたかあぁああ〜〜♥ これは私のだ液と愛液のコラボジュースなのですよおおぉ!! こんなにも出しちゃうなんてド変態でいやらしいメイドさんですよねえええぇぇええ〜〜〜!!!!」
仁乃の素振りに気付いたアヤカはそう答えてきた。
つまりこの透明な液は彼女の唾液と愛液が混ざった物だ。
これだけの円滑剤に、生暖かいオナホの中。
そして突起物によって刺激され続けるイチモツ。
そんな事をされたら、仁乃はもう絶頂を迎えるしかなかった。
「あぐっ・・・!?」
『ぶ、ぶぴゅっ!! ぴゅるるるっ〜〜〜!!』
「うひゃあああ、ああああっ!!! 来たぁぁぁっ!!! 御主人様のミルクザーメンっ!!!! 濃厚こってり中毒のぉ、プルプルおちんぽ汁ううううぅぅ〜〜〜♥ あああ、私も感じちゃってるう♥ どぴゅどぴゅっておちんぽ汁出せたから、止まらないのおおおおっ!!」
歓喜の声を挙げたアヤカ。
仁乃の放った精液はオナホの中へと溜まっていく。
このままいけばオナホからこぼれ落ちてしまいそうな勢いだった。
だが仁乃の精液はオナホの入り口から漏れなかった。
オナホの中に仁乃の精液は溜まり続けていた。
「な、何でだ・・・?」
思わず漏らした仁乃は違和感に気付いた。
何だか亀頭辺りがむずむずする。
まるで誰かの口によって吸われている様な・・・。
「ぬ、ぬおおおおっ!? お、おいしいいいいい〜〜〜♥ 御主人様の生絞り汁うううぅぅ〜〜〜!! ドロドロ感がたまんないのぉおおおおおぉ〜〜〜〜♥」
無我夢中で口元を尖らせ、何かを吸い取っている素振りを見せていたアヤカ。
それを見た仁乃は悟った。
そうか。
アヤカがオナホを通して吸っていたのか。
ならばこぼれるはずがない。
目を見開き、舌を垂らし、如何にも狂った表情でアヤカは精の味を堪能していた。
やがてオナホの中に溜まっていた精を一滴残らず吸い取ったアヤカ。
その顔はうっとりとしていて、恍惚の表情を見せていた。
そして当の仁乃もまた恍惚の表情をしていた。
もう普通のセックスでは満足できない体験をしてしまったのだ。
これで十分だろう、と仁乃は言いたかった。
だがまだアヤカの痴態は終わらない。
アヤカの目が主張しているのだ。
もっと深く、もっと淫らな交わりを、と。
「次はぁ...♥ 次はぁあああ....!! 私にとってぇえええ、究極のご奉仕をさせてもらいますっ!!! 駄目ですよ逃げては駄目ですよ受け入れるしかないんですよっ!! そう、これは私と御主人様との定め、愛の契りなんですよおおおおおオおおおぉぉおおおっ!!!」
オナホをイチモツから抜き挙げ、そのままそれを床へと放り投げると彼女の体がまた躍動し始めた。
アヤカの下半身―――引いては仁乃の下半身―――が溶け始め、連動して上半身の体もスライム状となって溶けていく。
スライムが上半身から引いていくと、仁乃の元の上半身が現れた。
それを見た仁乃は思わず安堵の息を吐いたが、まだ下半身は彼女のスライムで覆われたままだ。
そしてスライムは仁乃の下半身へと集まると、そのまま膨れ上がり、丸みを帯びていった。
やがてアヤカのスライム状の体は、真ん丸な球体型へとなってしまった。
その球体の天辺にはアヤカの頭がある。
よく巨大な風船の中に人が入り込んで、さながら人間風船の如く人々を楽しませる大道芸人がいると聞くが、今まさにアヤカはその人間風船と化している。
「さあさあさあさあさあっ!!!! 御主人様、早くこの中へぇえええっ!! 嫌だと申しても絶対に入ってもらいますううううぅぅぅうう♥ あは、あはははっ!? ひゃあ、ひゃああ、ははぁぁああぁ〜〜〜♥ テケリ、テケリリリイイィィイィィッ〜〜〜!!!」
すると仁乃の上半身が球体の中へと吸い込まれていく。
ずぶずぶと沈みこんで、再び一つになろうと。
「や、止めろっ!! た、頼むアヤカ!!」
最早聞き飽きた台詞だった。
そんな台詞にアヤカが耳を貸す事などないというのに。
勿論アヤカは仁乃の言葉を無視し、代わりにアヤカは仁乃に口づけをした。
仁乃を離さんと言わんばかりに彼の唇を吸いながら。
そんな事されたら、仁乃はもう抵抗出来なかった。
そしてアヤカに引っ張られ、仁乃の頭が球体の中へと沈んでいく。
ずぶずぶと沈んでいき、遂には目元すぐ近くまで迫ってきた。
思わず仁乃は両目を閉じた。
もう現実を直視したくなかったからだ。
されど現実は無情にも進んでいく。
瞼越しから伝わってくる。
自分の頭が彼女の中へと沈んでいくのが。
そして遂に、自分の体は、頭も含めて、全てアヤカの中へと沈んでしまった事に仁乃は気づいた。
自身の髪の毛一本たりとも残さず、アヤカと一つになってしまったのだ。
そして取り込まれてしまったその感覚は例えようがなかった。
仮に例えるとするならば、自身の体がお風呂のお湯へと解け落ち、そのまま拡散して自身が液体へとなった様な。
兎に角、体全体の感覚がなくなったと言えば分かりやすいだろう。
恐る恐る仁乃はその両目を、ゆっくりと開けてみると・・・。
「っ!?」
それはあり得なかった光景だった。
今の仁乃には正面も、右も左も後ろや、そして天井や床も首も動かさずに360度景色が見えた。
普通であれば人間は約180度しか見えないはずなのに、まるで体中の至る所に目が取り付けられた様にクリアな視界だった。
次に感じたのは体の感覚だ。
指を動かそうと、手を動かそうと、腕を動かそうとも『動かしている』という感覚がない。
足も同じで、首や腰、更に舌さえも、動かしたはずなのに『動かしている』という感覚がないのだ。
まるで全身がだるまの様にされたかの気分だった。
「素晴らしいですよね。一つになるというのはぁ・・・♥」
アヤカの声だ。
だがまるで自分の声かの様に聞こえてきた。
自分の喉を使って、問いかけているみたいだった。
「あれ? 俺は仁乃だよな・・・? でも、アヤカの声を出せてる・・・?」
「もうそんな事はどうでもよろしいでしょう? 私が、俺がなんてぇ・・・?」
「確か、男だよな・・・? でも女みたいな・・・?」
「でも問題ないかぁ・・・♥ アヤカと一つにィ・・・・♥」
「そう・・・♥ 仁乃と一つにィ・・・♥」
アヤカと仁乃は今一つと化している。
そして一つとなった二人の取る行動は決まっていた。
『ぐっちゅ♥ ぐっちゅ♥ ぐっちゅ♥』
紫色の球体は右へ左へと揺れ動きながら、その表面を流動させる。
それは傍から見れば、球体が揺れ蠢いてるだけにしか見えない。
だが仁乃とアヤカにとっては違う。
人間の体で言えば、膣肉で肉棒を受け止め、そのままピストン運動、つまりセックスをしているのだ。
とてもではないが信じられない事だろう。
そして本人達も信じられない快感に酔いしれていた。
「おおおっ!? 御主人様のぉ!? いやわたしのおちんぽぉ!! ビクビクとぉ!!」
「か、感じるうぅ!! これがアヤカのぉ・・・♥ 仁乃のぉ・・? もういいや♥」
どちらが肉棒を動かしているのか、どちらが膣肉で受け止めているのか。
最早、自分が仁乃なのかアヤカなのか分からない。
だがそんな事はどうでも良かった。
ただお互いに感じ合い、共に快楽を貪る獣へと成り下がった“それ”は。
「お、おおっ!!! にくがぁ♥ うごいてぇ!? かんじるッ!!」
「お、おれもっ!? いやわたしもっ!? ど、どっちだっ!? でもかんじるっ♥」
激しく揺れ動く球体。
その表面から透明な液体をまき散らし。
いやらしく水音を響き渡らせる。
「ぬ、ぬおおおっ!? あ、ああん♥ ひやはああああっ!?」
「う、ううんんはああっ♥ ひ、ひあっ!? んんはああっ♥」
快楽を貪り、獣の様な雄たけびを上げ続ける仁乃とアヤカ。
もう蕩け落ちて、爆発しそうだった。
性欲が。
愛欲が。
そして、その球体は絶頂を迎えた―――
「「ああああああああっ〜〜〜〜♥♥♥」」
『プ、バシャァアァァッ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!』
紫色の球体が数多の水滴となって弾け飛んだ。
球体は紫色の水滴らと化し、壁や天井、窓ガラスに、部屋全体へと飛び散った。
「ピシャッ!!」
「ピシャッ!!」
「ピシャッ!!」
球体が鎮座していた所を中心に、まるで爆発でもあったかの様に紫色の水滴らは拡散していった。
勿論、その中心にはアヤカと仁乃の姿はなかった。
ならば何処に行ったのか、その答えは言うまでもない。
見れば紫色の水滴らは粘り気があって、少しだけビクンビクンと蠢いている。
傍から見れば気持ち悪いの一言でしかない、その水滴一つ一つが・・・。
やがて飛び散っていた水滴らはもぞもぞと動き始めた。
『ジュル...』
『ジュル...』
『ジュル...』
天井に張り付いていた水滴が。
壁に張り付いていた水滴が。
窓ガラスに張り付いていた水滴が、蠢きだした。
どうして蠢いているのか、簡単な話だ。
元の球体型へと戻る為に動いているのだ。
水滴らは一か所へと集まっていき、水滴らは一つへと合わさり始めた。
『ピチャ...!』
『ピチャ...!』
『ピチャ...!』
始めはただの染み程度だが、それらは混ざり合う度に体積を増していき、そして塊へとなった。
そして、塊となったそれは元の球体へと戻ると、表面が蠢いた・・・。
「ぶはっ・・!!!」
球体の中から仁乃の顔が出てきた。
その表情はここにあらず。
恍惚とした顔で茫然としていた。
そして仁乃を追う様にアヤカの頭が飛び出て、彼の頭へと頬を寄せる。
「いかがでしたかぁ...♥ 私の究極の奉仕はぁ...♥」
その両目は愛おしい人間、ずっと愛し続けようとする慈愛に満ちた目。
だが、その目には欲情と狂気も入り混じっていた。
そしてもう完全に私のものだという主張も。
それを見た仁乃は悟った。
もう自分はアヤカから逃げられない。
一生彼女と交ざり合った生活を送らなければならない。
だが愛されている事に変わりはない。
アヤカは自分に尽くしてくれている事は明白。
だから仁乃はゆっくりと頷いた。
これから待つ素晴らしい『性活』に、少しの期待を抱きながら。
♢♢♢♢♢♢♢♢
あれから約3ヶ月が過ぎた。
仁乃は一見すれば変わらない生活を送っていた。
しかしそれは仕事で現れていた。
受けたレポートは期日以内で、尚且つ的確で簡潔な内容で仕上げる。
取引先との交渉も上手くいき、今月に入って3件も成立した。
兎に角、仁乃は大活躍だったのだ。
おかげで彼の評価はうなぎ登り、来月の昇給も約束されているのだ。
だがそんな彼に関しても、同僚は一切戸惑うことなく接してくる。
「いや〜、ほんとお前はよくやってくれるな〜!! 俺大助かりだよっ〜〜♪」
「とんでもございません。御主人様の喜びが私の喜びなのです〜」
そう言い、のろけ話を展開する同僚。
その隣には勿論、あの日同僚が雇った『キキーモラ』が。
忘れ物をした同僚の為にわざわざ会社まで来たのだと言う。
「もし、私に出来る事があれば申し付け下さい。勿論、御主人様が第一ですがぁ〜♥」
仁乃はその光景が何処か羨ましかった。
彼女はアヤカと同じ、仕える男性へと尽くしているし、それに何より人間としての常識と正気を持っていた。
あんな人だったら・・・。
『ぎゅ!!』
「んぐっ・・・」
急に股間辺りがムズムズした仁乃。
「ん、どうした?」
仁乃の異変に気付いた同僚はすかさず声をかけた。
「いや、何でもない」
「お、おおそうか。でも何かあったら、俺にでも・・。ってあんな綺麗なメイドさんがいるなら問題ないよな〜。いつも仲良いんだろ?」
「まあ、な。仲が良すぎて四六時中、一緒にいたいなんて言い出す程だからな」
その言葉通りなんだけどな、と仁乃は心の中で付け足した。
「これは熱い事だな〜〜〜!!」
そう言い、同僚は笑っていた。
♢♢♢♢♢♢♢♢
仕事が終わり、家へと帰ってきた仁乃。
玄関の扉を開け、中に入ると同時に。
「テケ、リィ・・・・」
いつもの様に、優しい声―――そして妬ましい声―――が聞こえてきた。
仁乃は首を90度傾けた。
すると仁乃の肩にはいつの間にか、アヤカの頭が現れていた。
ただしその表情は、少しだけ不機嫌であった。
「御主人様・・・。私以外の女の方と、会話してましたね・・・?」
「な、何言ってんだよっ? 別にそんな訳じゃ・・・」
「勿論、仕事上と友人関係であれば仕方ない事ですし ・・・ですが、分かりますか?」
仁乃の心臓がドキッとした。
「御主人様と私は今や一心同体・・・。私がその気になれば・・・・?」
すると急に仁乃の右手が、己の股間の方へと勝手に動く。
そのままズボンのんジッパーを降ろし、ズボンの中へと。
もしや、と仁乃は冷や汗を垂らしたが・・・。
「ふふふっ・・・。そんな事はありません。どうぞ、お気になさらずにぃ・・・」
寸前の所でアヤカは止めた。
そして仁乃に対しニコリと笑みを見せ付けてきた。
それに対して仁乃はぎこちない作り笑みで返したが。
「では御主人様は私の中でお休みくださいませぇ・・・♥」
すると仁乃の体から紫色の液体が噴き出してくる。
液体は仁乃の体を包み込むと、アヤカの体へと形を整えていく。
勿論、仁乃の頭だけはそのままに。
「一生お傍にいますよぉ。御主人様ぁ・・・・♥」
酷く媚びた声色でアヤカはその頬を仁乃の頬へと擦りつけてくる。
しっとりとした感触が仁乃の肌へと伝わってくる。
これから仁乃はアヤカの奉仕を永遠に受け続ける。
紫色に包まれて、彼女と文字通り一つとなって・・・。
18/07/20 09:11更新 / リュウカ