氷の瞳に魅入られて |
――――僕は何故こんな所にいるのだろう? 吹雪で視界が妨害されるので片腕を盾代わりに目を守り、膝まで埋まるほどの雪が積もっている中で前進していた彼は心の中で呟いた。 何度も何度も自問してみたが出てくる答えは『遭難』という2文字しかない。 猛吹雪で目の前が見えないにも関わらずこの雪の中を歩いていたのは吹雪を凌げる洞穴はないか、小屋はないかと淡い希望を抱いていたからだ。 歩いている途中で少しばかり風が出てきたが大丈夫だろうという気持ちでいた。 加えて一年中雪に覆われいる中で育ってきたのだからこの程度は恐れるに足らないと、仮に強くなった所で防寒具も着ているし休憩する為の小屋が何ヶ所か設置されているのだから心配はないだろうと思っていたがそれが間違いだった。 その風は徐々に勢いを増していき今ではこんな猛吹雪だ。 視界が自分の体しか捉えられず先が見えない恐怖、体に叩き付ける雪の粒の痛さと足を引き離せばまとまり付く積もった雪の重さに体力だけでなく精神も擦り減りそうだった。 事の始まりはほんの些細なものであった。 村にいた薬剤師がこの薬草を取ってきてほしいと頼んできた。 その薬草は山の中で決まった場所でしか取れないので二十歳前後であるが小さい頃から山登りを経験してきた自分に白羽の矢が立ったのだ。 もちろん快く引き受け、道中で魔物娘に襲われ貞操を奪われないようにと村に滞在していた魔法使いが強力な魔物除けの結界を体にかけてもらい準備は万全だった。 それがこの結果になろうとは予想外だった。 だが後悔してもこの吹雪は止むこともない、だから歩くしかない。 死なない為にも生きる為にも歩くしかないのだ。 ♢♢♢♢♢♢ もう歩いた時間は1日なのかと思える程だった。 厚手のコートと手袋に、頭にはニット帽を着ていた完璧の防寒対策なのに彼は寒さに身を震わせていた。 彼の体が震えていたのは周囲の寒さのせいだけではない。 心がまるで凍り付いたかのように寂しく、温かさに飢えていたのだ。 この心の氷を溶かすには他人が必要だった。 だからいつしか彼の目的は小屋ではなく洞穴でもなく人を見つける事に切り替わっていた。 誰でもいい。 異性でも同性でも。 この際魔物娘でも、自分の話し相手になってくれる人に出会えれればそれでいい。 だがこの猛吹雪で彼と同じ人が、彼を見つける確立など限りなく低い。 ならば魔物娘に会おうとしても魔物除けの結界を施していたのだから彼女たちは自分に寄ってこれない、まさに裏目に出てしまったと言わざる負えない。 歩いても歩いても目の前は白世界一色。 諦めの心が芽生えてくるとそれに釣られて体が動かなくなってきた。 思考も曖昧になり自分は食事をしたのか、自分は今どこを歩いているのかさえも分からなくなった。 そして次の一歩で雪に足元をすくわれ前へと倒れこむ。 手足が悴(かじか)んで頭にかかった雪を払う事が出来ない。 立ち上がるという簡単な動作さえ出来ない。 『考える』という事さえ分からなかった。 もはや彼の頭にはこんな言葉しか思い浮かべられなかった。 ――――僕は、死ぬんだろうな・・・ やがてその時が来るのを待っているだけだと思っていた。 だから彼は頭を空っぽにしてただその場で倒れていた。 こうして何もせずじっと倒れていると何だか今まで目障りだった吹雪の音が心地よいものになっている。 これが死期を悟った時に感じる音なのか。 積もった雪が地面へと落ちる音。 時折紛れ込んでくる狼が遠吠えを挙げる声。 そして積もった雪の上を踏みながら歩いてくるような足音。 ―――足音? もう一度注意深く聞いてみる。 ・・・確かに雪の上を踏んでいく様な足音だ。 思考が薄れていたが彼は反射的に顔を少しだけ挙げてみた。 視界に映ったのは女性だった。 ただの女性ではない、肌は氷のように青白く猛吹雪にも関わらず防寒着をまとっていない。 その服装はよく国の女王が身に着けている長いスリットスカートに細長い手袋、背中には氷の結晶を彷彿させる装飾に頭には冠、片手には杖を持っていた。 彼女は彼の目の前で止まると何もする事なく彼を見つめている。 ここまでくれば一目で人間ではないのは明白。 『魔物娘である』と分かった瞬間彼は立ち上がった。 これで助かったという思考はない。 今の彼は本能が体を、思考を支配していた。 脱げば寒いという当たり前の反応さえ無視し身にまとっていた防寒着を脱ぎ捨て彼女を押し倒した。 そのまま自分の唇を彼女の唇へと添える。 最初は軽く、そして徐々に舌を絡ませつつ口づけをする。 他人から見れば何故こんな事を仕出かすのか理解出来ないだろう。 だが今の彼は体だけでなく心までも凍り付き理性など機能していないのだ。 今の彼を突き動かしているのはこの凍り付いた体と心を脱したいという本能だけでありそれ以外の事など頭の中には無かった。 その方法が他の生き物と、魔物娘との肌の触れ合いだと言えば彼の行為は納得出来るだろう。 今の彼は熱を得ようとしているのだ。 それ以外何も考えていない。 卑猥な音が響こうとするが猛吹雪によってかき消されいく。 それでも彼は止めない。 熱を得ようと、温かさを得ようと積極的に唇と舌を絡ませてくる。 すると彼女に変化が現れる。 彼女は少しだけ、ほんの少しだけだが目を見開いた。 男性を見つけても無表情だった彼女の表情が動いたのだ。 それが合図かどうか分からなかったが彼と彼女の周りの雪が盛り上がっていく。 まるで二人を囲うように壁が作られ、天井が作られていく。 ものの数秒で即席ではあるが小さな雪のかまくらが完成した。 これで邪魔者は入らず吹雪に当たる心配がない。 だからなのか、いや理性など凍り付いた彼にはそれが原因ではない。 服を脱ぎ捨て布一つ身にまとわない裸体を彼女に見せた。 見ると下半身にある男性器は外の冷たさと反比例するかの様に熱く滾(たぎ)りそそり立っている。 彼は彼女の服を無理やり引き千切っていく。 それでも彼女は抵抗しない。 たた傍観者であるかのように、あるいは見届け人であるかのように目線をじっと彼に向けていた。 露わになった女性の下半身、そして秘所。 彼はそこにめがけて自分の性器を突き刺す。 『にちゅっ、ずぼっ!!』 ―――視界が、五感が弾けるような感触だった。 性行為などの知識があれど実際には初めてだ。 女性の膣へと挿入した彼にその後の行為など無かった。 だから彼は無意識でピストン運動を繰り返すだけだった。 入れれば肉棒が膣の肉と絡みつき締め付けさせる。 引き抜けば締め付けられていた肉棒が解放させる。 その快感は彼にとって未知の領域であり夢中にさせるには十分だった。 自然と腰を振る速度も上がってくる。 『パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!』 突けば突くほど体が火照ってくる。 熱さが体を巡ってくる。 それに釣られて彼女の表情が崩れていく。 無表情だった顔が徐々に口を開き、快感に酔いはじめていく。 だが彼には関係ない。 もっと熱を、もっと熱さを、もっと感じたいと。 そこで唐突に訪れる体の体液が抜けていく感覚。 それは、まさしく――― 『びゅるる、びゅるるるるるっーーーー!!』 ―――精が放たれた。 性欲に塗れた熱い白液が彼女へと注ぎ込まれていく。 するとどうだろう。 今度ははっきりと他人でも分かるぐらい目を見開き、口をだらしなく開けている。 そうしながらも彼女は両腕を彼の背中へと回し抱きしめている。 だが彼はそれを確認しながらも意識が闇の中へと溶け出していく。 初めてのセックスは彼にとって大きな負担であり、かつ体力も精神も消耗していたのだから当然の結果だった。 彼女が、人間ではない彼女が彼の頭を撫でると雪のかまくらが崩れだす。 吹雪が再び彼を襲いだす。 その状態でも彼女の瞳は彼を見つめていた。 丁度そこで彼の意識は途絶えたのだった。 ♢♢♢♢♢♢ 目が覚めた、というよりも理性に目覚めたと例えた方がいい。 彼がその瞼(まぶた)をゆっくりと開ける。 まだ体が重かったので頭と目だけを動かして辺りを見渡して見ると、広がっていたのは異様とも称せる部屋だった。 天井、ランプ、クロゼット、生活家具が全て氷で作られたかの様な色と材質で出来ていたのだった。 にも関わらず寒くない、暖房がつけられた部屋と同じ快適な温度だ。 何が起こったのか彼は記憶を辿り始めると自分が咎められる行為をしてきたのだと思い出した。 見ず知らずの女性に襲い掛かり、セックスをしたという事実は消したくても消えない罪だ。 いやそれよりもここは一体何処だ? 服は着ていないという事は全裸の状態で運ばれたのか? もしや自分は処刑される為に連れてこられたのだろうかと恐怖した時だ。 「・・・目が覚めた?」 随分耳元近くで聞こえるなと思い頭を横に向けると先ほどの女性が傍にいた。 目と鼻の先、しかも下着など付けていない産まれたままの姿で彼の体を抱き枕の如く掴んでいる。 そこで初めて彼はベッドの上で寝ていたのだと知った。 しかも異性と共に裸になって。 「あ、貴方は。一体・・・」 恐る恐る聞いてみたのはごく普通の反応だが、視線を降ろせば女性の裸体が目に映ってしまうのでそれを避ける為に気を逸らすという感情からでもあった。 「・・・人々から私は氷の女王だと呼ばれ、恐れられているわ」 『氷の女王』と聞いて彼は思わずベッドから飛び上がり彼女と距離を置こうとした。 が、彼女に抱きしめられている状態ではそれが出来ない。 『氷の女王』、噂ではあらゆる命の心を凍らせ奪うという冷酷な存在であると聞いている。村に滞在していた魔法使い曰く彼女は魔物娘とは似て非なる者であり決して会ってはいけない存在だと警告されていたが今自分の目の前には会ってはいけない本人がいるのだ。 その畏怖べき存在の前に言葉を失っていた彼とは対照的に彼女は話を進めた。 「・・・生憎(あいにく)あの時、私の配下は全員不在で。しかも貴方には私の配下さえ近寄れない程の強い魔物除けの術が付けられていた。貴方をこのまま見殺すという訳にはいかなかったから私自ら助けに来た」 「た、助けに?」 「・・・助けに来た。それで私の城まで連れてきた」 自分がイメージする『氷の女王』と何か違う気がしてきた。 冷酷で喜怒哀楽を示さない存在だと思っていたのに自分を助けてくれて、尚且つこうしてベッドの上で自分を抱きしめて寝ている。 このズレを感じた彼は思い切ってこう告げてみた。 「で、でもそれだけで貴方が来る必要は無かったんじゃ? 僕を助けても何の得にも。それに・・・僕はあんな・・・。あんな、淫らな行為をしたのですよ。普通は拒絶して見捨てて帰るとかされても文句は言えないのにどうして?」 彼女は暫く無言だった。 横になっていながらも目の前近くで女性、それも魔物娘の中で危険だと言われている氷の女王の返答を待つ時間は息が止まるのかと思える程の緊張だった。 やがて彼女はぽつり、ぽつりと答え始めた。 「・・・私は冷たい。私がいれば生き物全ての体を凍らせ、心までも凍らせる。私自身も心を凍らせる。だから私は誰も近づかない場所で住むしかない。そして遠くから人と人が温めあう光景を見る事しか出来ない。でも貴方を見つけた時は助けなければいけないと思った」 「な、何故ですか?」 「・・・私にも分からない。人を殺してはいけないという使命よりも何かが私を動かした。・・・そして今、分かった・・・」 その両腕が一段と強く彼の上半身を締め付けてきた。 「・・・貴方に出会って、貴方の精を貰った。貴方から温かさを貰った。だから私の心は解けた。・・・私は貴方が、温かさが欲しかったんだと」 精を貰った、という台詞を聞き彼は気づいた。 自分があの時してしまった口づけや射精が彼女の心を溶かしたのだと。 これは・・・喜ばしい事なのか? 彼女の口調から困っている素振りは見られないが性行為という下種な事で喜ばれるなど思ってもみなかったし、仮に人間の女性で同じ行為をやれば即切り殺されるのが関の山だ。 「・・・貴方、名前は?」 「僕の、名前?」 いきなり名前を聞かれたのだから一瞬戸惑った。 「・・・名前は?」 「・・・ネージュと言います」 「・・・お願いネージュ、ずっとここにいて。私はもう冷たい心は嫌。貴方と交わっていないと冷たくなる」 そう言い彼女は潤んだ目で懇願してきた。 ネージュは拒否しようかどうか迷っていた。 いや、そんな真似をすればそれこそ心が冷たいなどと批難されるのだがネージュには理解できない事が多すぎるのだ。 危ない存在だと言われ続けてきた氷の女王が自分を助けて、ずっとここにいて欲しいと頼み込んでくる相反する事柄を前にして軽い気持ちで承諾するなど出来るのだろうか。 けれどその潤んだ目で見つめ続けられると心が揺らいでいくのが人間の悪い癖だ。 結局彼は頼みとあれば引き受けてしまう性分から分かる通り異性からの懇願とあれば断れないのだった。 「・・・そ、そこまで言うのであれば・・・分かりました」 まだ割り切れないながらも渋々承諾してしまった。 「・・・ありがとう。ネージュ」 さらに一段と彼女の両腕からの締め付けが強くなった気がした。 ♢♢♢♢♢♢ それから早2週間が過ぎた。 朝から夜遅く、睡眠と食事以外はずっと女王と交わり続けていた。 何度も何度も女王への接吻と精を送り続けていたネージュの心境はと言うと。 彼の村は反魔物主義を掲げている訳ではないが交わりを強制的にしてくる不埒な奴らが魔物娘だと聞かされ続ければあまり快く思わないのが人間の一般常識であり、特に氷を操る魔物娘は人々の心だけでなく同族までも凍らせると伝えられているのでネージュは最初の内は恐れていた。 だが今の彼女は最初に会った無表情な顔とは違い、幸せを実感している時に見せる穏やかな笑みを見せている。それに口調も感情がにじみ出ていて何だか楽しげに会話していたのだからそこまで危険な魔物であるとは言えない。 少なくとも自分の命を奪おうとはしないはず、そんな気がしてならないのだ。 けれども彼女に対して完全に心を許したという訳ではない。 危険を加えないから彼女に対して心を許してもいいという方程式は成り立たないのだ。 その根本の原因は恐怖に似た感情というのだろうが何故かネージュにはしっくりこなかった。 このズレを孕んだまま彼女に対して社交辞令の様に接していた、そんなある日の事だ。 「家に帰るとはどういう事?」 彼女は不思議そうな、それでいて不安そうな顔をしていた。 「僕が行方不明になったと聞けば当然心配するし、ちゃんと生きてるって事を報告したいんです。だから1日だけでもいいんで帰らせてくれませんか?」 忘れていたわけではないが女王との交わりで頭の片隅に追いやっていた家族や友人達の事を思い出しどうにかしてその話題を切り出そうとしていたのだが異形の姿をした彼女の前でそれを口にしても大丈夫なのかという不安から中々出来なかったのだ。 だが今の彼女なら大丈夫だと思った。 穏やかな笑みを見せ人間らしい感情を見せ始めた今の彼女なら自分の話も聞いてくれるだろうと。 他人から、君がそう思っているだけなのではと指摘されそうな根拠が乏しい考えだった。 されど彼女はこうしてネージュの話をちゃんと聞いていた。 「・・・1日だけなの?」 「はい。1日過ぎたら帰ってきますので」 無論ネージュは守るつもりでいた。 このまま彼女が追ってこれないどこか遠くまで逃げ去ろうかという考えは無かった。 逃げるには絶好の機会だったはずなのに。 どうしてか逃げてはいけないという気持ちが頭の中にあった。 「・・・本当に?」 「約束します」 無言でネージュを見つめていた氷の女王が次に口を開いたのは約5分ぐらいだった。 「・・・分かった」 静かにそう言い頷いた。 ♢♢♢♢♢♢ 村の近くまで、サンタクロースがよく用いる大型のそりを女王自ら―――しかも鹿や犬達が繋がれていないにも関わらず合図一つで動き出し滑っていったのだから驚いた―――操り送ってもらったネージュの心には感謝の気持ちでいっぱいだった。 村の近くといっても彼女は氷の女王でありその周囲一帯は猛吹雪へと包まれ、人も魔物娘の心までも凍らせる為に村から1,2キロくらい離れていた。 ただ初めて会った時よりもだいぶ力の制御は出来てるようで目を瞑らなければならないあの猛吹雪よりもちゃんと目が開けられ、粉雪が舞っているぐらいの吹雪に落ち着いていた。 が、それでも彼女の姿を村人が見れば面倒な事になるのは明白だったので村人達に発見されないような場所でそりを止めたのは女王の賢明な判断だ。 「ありがとうございます。えっと、夕方辺りにはここに来ますので、そしたらお願いします」 お辞儀をして感謝すると彼女は急にネージュの体を抱きしめてきた。 その熱い抱擁は別れるのを嫌だと感じながらも彼を尊重しなければという決意のある温かさだった。 それが1時間ぐらい、時計など持ち合わせていなかったのだから正確な時刻など分かるはずもないが兎に角それぐらいの時間が過ぎた後彼女は名残惜しむ様に背中へと回していた両腕を解いていく。 「必ず帰ってきて」 それだけ告げた彼女にネージュは頷き、村の方向へと背を向けた。 新雪に足を取られながらも歩いていくネージュの姿を彼女はじっと見つめていた。 ♢♢♢♢♢♢ 村に帰ってきたネージュに彼の両親は当然、依頼人の薬剤師に魔法使いや村人達も涙を禁じ得なかった。 まるでお祭りの様に村人達が彼の周りに集まってくる。 口々に言うは大丈夫なのか、無事だったんだなとネージュの安否を気遣う声だ。 当然次に村人たちが尋ねたのは今までどうやって生きていたんだ、という詳細を求める声だ。 だからネージュは包み隠さず全てを打ち明けた。 自分が氷の女王に助けてもらった事、彼女に気に入られ一緒に暮らしてきた事、そして1日したら帰らなければならない事も。 それを聞いた村人達の顔はみるみる青ざめていく姿にネージュはだろうな、と思っていた。 「ネージュ君。まさか君は氷の女王に・・・」 村に滞在していた魔法使いの男は問いかけた。 「うん。僕は女王様に気に入られたんだ。だからあの人の為に戻らないと」 「行っては駄目だ!! 確実に命まで奪い取られるぞ!!」 今まで口を荒げた事が、少なくともこの村に滞在している間はなかった魔法使いの男が怒鳴りづけるように訴えてきた。 「なんでそんな事が言えるんですか!? あの人は僕に危害を加えたりしなかった。助けてもらったのに」 打算的に考えても、もし氷の女王がネージュの命を奪うつもりだったのであればいくらでもチャンスは在ったしそもそも初日に猛吹雪の中で晒していれば勝手に死んでいたのだからわざわざこんな回りくどい事などしないはずだ。 それだけではない。 ネージュは本当に氷の女王が自分に危害を加えないと確信していた。 上記の打算的な考えもあるがまた違う考え、というよりも信じたいという思いがあったからだ。 だが一度植え付けた言い分や知識をすぐには撤回しないのが人間であり、魔法使いの男は自分の考えを改めようとしない不運な人間であった。 それは決して悪い行為ではない。 今まで教わってきた知識を全て否定し新しい知識を抵抗する事無く全て受け入れろなどと命令されれば誰でも混乱するし戸惑ったりするものだ。 中には拒絶しひたすらに否定する者もいる。 魔法使いの男もまたそれに従っただけなのだ。 「確かに君はこうして生きて帰ってきた。けどこの先命があるという保証はないんだ!!氷の女王は他の魔物達とは違う。同族でさえも身も心も凍らせる危険な存在なんだ。そんな奴に心を奪われてはいけないんだ!!」 「だがネージュは奴に気に入られたんだ。じゃネージュを取り返す為にこの村に来るんじゃないのか? そしたら俺達に勝ち目は・・・」 村人の一人が不安の声を挙げる。 ここでもし他の誰かがネージュをこのまま氷の女王に差し出そうなどと合理的な提案をしていればネージュの心は軽くなったのかも知れない。 もう未練はないと村の人々に別れを告げて彼女の元に悠々と帰れたのだろう。 だが予想外の事は気まぐれで起こるものだ。 「馬鹿野郎!! ネージュをみすみす差し出すなんて男が廃るもんだろ!! 村の全員で迎え打とうぜ、絶対あいつなんかに負けたりはしない、そうだろ!!」 「お、おう。そうだ、奴を倒せば俺達も魔物達も困らずに済むんだ!! ネージュの為だけじゃねえ、村の未来も懸かっているんだ、ならやるしかねえよな!!」 「私も全面的に協力させてもらいます。近くの村に伝達して援軍を頼めるかどうかやってみます」 「なら俺は弾薬の準備を、武器も揃えられる限りやってみるぞ!」 「この際だ、魔物娘の中にも女王を嫌っている奴がいるかも知れねえ。そいつらにも協力を持ち掛けてみようぜ!!」 次々と口にしたのは自分を守ろうと立ち上がり鼓舞する村人達だ。 「済まねえ、皆。俺の息子を、ネージュを守って欲しい!! この通りだ!!」 ネージュの父が土下座して村の人に頼んできたのだからこの勢いは止まらない。 「何言ってんだ、困った時はお互いさまだ!!」 「おうよ!! 俺達が一肌も二肌も脱いでやらなきゃならねえだろ!!」 「子を思う気持ちは俺達も一緒だ!! だから気にすんな!!」 人間の不安とは時に暴動を起こすきっかけにも成ると聞いたがネージュには止める術など持っていない。 そもそも止められるはずなど無いのだ。 彼らは自分を人柱として見捨てる訳でもなく村の皆総出で守ろうとしているのだ。 そんな彼らの善意を否定する事など出来るはずがない。 それにネージュ自身も心の何処かで女王に恐れていたのかも知れない。 彼女と過ごした時間もどちらかと言えば受動的であり自分が自ら彼女を誘った事は無かった。 異端の力を持つ者に無言の圧力で従ってしまうのはごく自然の行動であり、自分もまたその力にひれ伏しただけなのではとネージュはそう思い込んでしまう。 ならばもう成るようになるしかない。 ネージュは止めようとせず勝手に意気込む村人達を見つめていた。 恐らく自分を保護する為に何処かへ連れていかれるのだろうか思ったが抵抗はしないつもりだ。 ネージュは半分やけくそな気持ちであった。 だが何故かネージュの心はチクチクと痛んでいる。 何故か悲しくもないのにネージュの目は涙目になっているのだろう。 分からなかった、ネージュでも形容しがたい感情が押し寄せていた。 ♢♢♢♢♢♢ 氷の女王はネージュが目的であり村の被害を防ぐのと本人を守る為、村から少しだけ離れた小屋でネージュは軟禁状態にされていた。 ここに入れられ1週間経つがネージュの耳にはきちんと情報は入ってきている。 話によるとこの村に続々と援軍である滞在していた魔法使いの同志に果てには氷の女王に対して敵意を向けている魔物娘も入ってきているらしい。 同族でさえも嫌われていると聞いた時は流石に耳を疑ったがこの雪国において心までも凍らせる存在には例え同族でも好意は抱かないだろうと考え直した。 そして当の自分は何もせず、ただ決まった時間帯に出される食事を食べたり部屋の中で軽い運動をしたり外の景色を眺めるだけだ。 その日の夜もネージュは窓から外の景色を眺めていた。 空を見上げるとオーロラが出ていて幻想的な世界を演出していた。 綺麗だな、などと小さく呟き眺めていたネージュはふとある出来事を思い出した。 確かあの日もこんな景色だったろうかと。 ♢♢♢♢♢♢ いつもは部屋に閉じこもり自分と交わるだけの氷の女王がその日の夜、見せたいものがあるとネージュを連れて外へと出かけた。 外と言っても城の最上階であり結局は家の中と同義であるのだが最上階の見張り塔に着き女王が窓を開けるとそこから広がっていたのはオーロラの一群だった。 この雪国においてオーロラはそこまで珍しいものではないのだが彼女自ら彼を案内したのだからその時見たオーロラは今までみたものよりずっと綺麗に見えた。 付け加えて女王と共に大人二人が包める程の防寒用マントを着ていたのだから体を密着させて手を繋ぎながら鑑賞していたのだから鮮明に記憶の中に残っている。 『・・・どうかしら?』 『はい、すごい綺麗です』 『・・・良かった。貴方が喜んでくれるなら・・・私も嬉しい』 その時は条件反射で呟いただけだったが本当にそうだったのだろうか? 気付かない内に本当の事を言ったんじゃないだろうか? 一度彼女と過ごした日々を思い返せば次々と思い返してくる。 ♢♢♢♢♢♢ またある日は一緒に城の庭まで出かけた。 庭園だと言うが実際この目で見たら雪に埋もれて庭園の体制が整っておらず彼女の力で猛吹雪が起こされていたのだから庭園鑑賞など出来るはずもなかったが。 けれどその時もまた大人二人が包める防寒用マントを身にまとい彼女と体を密着させていた。 そして女王がある一帯で足を止めるとしゃがみ込み、雪を手で払いのけながらネージュに見せてきたのは氷でできた薔薇だった。 『・・・この薔薇、魔法使い達にとってどうしても欲しいものみたい』 『欲しいものなんですか?』 『・・・喉から手が出る程らしい。けど私はここでひっそりと咲いてる方が良いと思う』 『何故ですか?』 『・・・この花はとても貴重な物。人間達にここの存在が知れたら根こそぎ奪われ、もう咲かなくなる。これは人を惑わしてしまう物だから一生ここに隠しておいた方がいい』 その時に見せた女王の顔は花を慈しむ優しい笑みだった。 たったそれだけの、二つしか思い出せないのに・・・。 胸が苦しくなってきた。 どうして自分はこんなに痛んでいるのだろう。 どうして自分は泣きたい衝動に駆られているのだろう。 どうして自分は彼女の為に動こうとしないのだろうか。 そして気づいた。 「僕は・・・・好きだったんだ、氷の女王が・・・」 初めて気づいたこの感情。 村人達や異形の者に対する先入観など色々なものが混ざって見えなくなっていたのだろう。 だが今更気づいた所で何が出来るのだろうか。 小屋から出れば見張りの人間に見つかり怪しまれるし、仮に気づかれずに抜け出せたとしても何処へ向かえば彼女に会えるのか。 道しるべもない状態でひたすらに歩くなど計画性も中身のない企画書に同意するのと同じで必ず何処かで躓(つまづ)くのだ。 それに帰った所で彼女との約束を破った自分がおめおめと彼女と会うなど虫が良すぎる。 帰ってはいけないのだ、自分は。 ♢♢♢♢♢♢ 時は少しだけ遡る。 村より少しだけ離れていた所で男女二人が目を光らせていた。 何か怪しいものはないかと警戒していたからだ。 男は普通の人間で防寒着を着ていたが女の方は違った。 腰から上の方は男と同じ防寒着を着ていたが胴から下にかけては馬の様な四本足になっていて灰色の毛で覆われていた。 彼女はホワイトホーンと呼ばれる魔物娘だ。 村の要請で見張りに男と共に参加していたのだ。 「いや、にしても寒いな。あんたは大丈夫なのか?」 「私は問題ないわ。むしろ貴方の方が大丈夫なのかしら?」 「おいおい、俺の心配をしてくれるなんていい奴じゃねえか。村の女共はこぞって俺を除け者にするっていうのに」 「まあひどい話。貴方みたいな気遣いできる男を除け者にするなんて見る目がないわ」 警戒と言ってもここの所何もなかったから二人はそんな軽口を叩けていた。 「う〜。すまん、ちょっとそっちいいか?」 男はホワイトホーンの彼女を見つめていた。 「ええ、どうぞ」 彼女は腕を挙げて男性を歓迎する。 男は遠慮なく彼女へと寄り添う。 防寒着越しだったが確かな暖かさが男の体にしみこんでくる。 「暖かいな。こりゃ暖房いらずだ」 「何ならもっと暖かくして挙げようかしら?」 彼女は色目を使って男を勧誘し始める。 「ははっ! これが終わればな。・・・そういや何であんたは参加したんだ? 氷の女王は一応同じ仲間みたいなもんじゃねえのか?」 「氷の女王は見境なく人間達の心を凍らせるから、ね。この村に住んでいた子が女王に狙われていると聞けば心配で助けようと思ったの」 「これは立派な心がけだ。その氷の女王がお前さんの様だったなら分かり合えるのにな」 そうね、と彼女はクスクスと笑っていた。 それから少し経つと吹雪が激しくなってきた。 彼女は男を心配してもっと体を男の方へと密着させる。 だが男はそれでも首をすくめて、体をブルブルと震えさせている。 「な、なあ・・・。本当に寒くない、か・・・」 男は手を振るえさせ、ガチガチと歯を鳴らしながら訴える。 「おかしいわね・・・。私も・・・寒い・・・」 女は二の腕をすりすりさせながら異変に気付いた。 自身の特性上、体温が下がるなどあり得ない話だ。 いや体が寒いんじゃない。 これは、心が寒いのだ。 まるで心が氷の中に閉じ込められている様な。 「この感じってもしかして・・・」 そして彼女は目の前で見た。 人影が森の中から出てくるのを。 氷の様な冷たく鋭い視線。 青色に染まっている肌。 氷の結晶を思わせる飾りを両手首に巻いていたその姿は。 「グラキエス!!」 その言葉が言い終わるかどうかの間だ。 彼女の体と男の体は氷の中に閉じ込められていた。 身動きできないオブジェとなった二人を心配する事もなく冷徹な目で見つめていたグラキエスはやがて後ろを振り向いた。 「・・・女王様、こちらです」 そう言いグラキエスは自らの主に一礼する。 主はただ一言。 「・・・後は任せるわ」 同時に村のあちらこちらで悲鳴が上がっていくが全て吹雪でかき消されていく。 ♢♢♢♢♢♢ 今も後悔と自責の念を続けるネージュ。 だから今まで気づけなかった。 この場で起きている異変を。 「・・・何だ、この感覚?」 まるで自分の体が氷の中へと閉じ込められたような、身も心も冷たくなるような寒さを は感じる。 この感覚は確か、一度体験したはずだ。 薬剤師の頼みで薬草を取りに。 遭難したその時に。 そこまで思い出したネージュは辺りを見渡す。 灯していた暖炉の火が消えていく。 窓の周囲に霜が作られていく。 そして小屋の入口が大きな音を立てて開かれた。 同時に猛吹雪が小屋の中へと入ってきたのでネージュは一旦目をつぶり、少しずつ目を開いていくと。 入口に人影が見えた。 見張りの人なのかと思ったが違う。 見張りの人間は確か屈強な男二人であり今見えている人影は華奢(きゃしゃ)な女性だ。 あれは、間違いない。 彼女しかありえない。 「・・・女王様・・・」 入口の前にいたその姿は忘れるはずもない。 今は最初に会った頃と同じ無表情で冷たい目をしていたが自分を助け、自分を求めた彼女が目の前にいた。 「・・・迎えに来た」 彼女が一歩一歩、歩くたびに歩いた後が氷結していた。 ネージュの近くまで来ると彼女は手を差し伸べた。 「み、見張りの人がいたはずですよ。あの人達は?」 「・・・凍らせた」 その一言はネージュを戦慄させたのは言うまでもない。 だが怒りに身を任せ彼女の手を払おうとする気力と度胸は今のネージュにはなかった。 なぜならネージュの心はまるで氷の様に凍りついており怒りや憎しみという感情が吹きあがってこない。 そう、今の彼女はネージュを失った反動により再び全ての生き物を凍らせる能力が蘇ったのだ。 彼女を放っておいたネージュへの代償がこれだった。 「・・・さあ、帰りましょう」 氷の女王が差し伸べた右手。 この手を握ったらもう戻れなくなる気がしたが後悔の気持ちは起きない。 その手が天使の救済か、悪魔の誘いなのかネージュにはどうでも良かった。 誘われるように彼はゆっくりと自分の右腕を挙げていく。 ネージュの手が彼女の手に触れようとした時だ。 「駄目だネージュ!! そいつから離れろ!!」 「っ、父さん!!」 ネージュの父が入口から大声で叫んだのだから夢心地だった彼の心が現実へと戻った。 ネージュの父は一気に女王の横をすり抜けネージュの手を取ると彼を守るように入口の方へと向かう。 そして氷の女王に敵意をむき出しにして斧を構えた。 敵意を向けられているにも関わらず対象の本人は恐れる感情も見せておらず表情一つも崩していない。 「・・・私の吹雪が効いてないの? ネージュなら兎も角ただの人間がこの寒さに耐えれるのは難しいのに」 自分の力が制御出来ず―――それでも一時はネージュのおかげで吹雪を制御できていたが―――あらゆる生き物の心を凍らす吹雪を起こしているのに平気な人間がいるのは珍しかったようだ。 そう尋ねてきた彼女に対してネージュの父は得意げに答えた。 「悪いが対策はきっちりしているさ。この防寒着はあの時ネージュが付けられていた魔物除けの術を数倍強くした代物だ。ある程度心の冷たさも耐えられるんだ!」 とは言うものの彼は内心、彼女に対して少しばかり臆していた。 何か胸騒ぎがして一目散にここへと来たのは良かったが計り知れない存在の魔物娘、それも同族でさえも敬遠し心までも凍らせる氷の女王となれば足の震えが止まらないし手の震えも止まらない。 だがやるしかない。 自分がやらずにだれが大切な息子を守れるのだろうか。 覚悟を決めてネージュの父は立ち上がる。 ネージュの父は彼女に向って駆ける。 彼女まで後2、3歩という場所で飛び上がり彼女めがけて斧を振り下ろす。 『ザシュッ!!』 その音は積もった雪に重いものが落ちた時に出てくる音に似ていた。 ネージュも斧を振り下ろした彼の父も恐怖で目を閉じていたが目を見開き今起こった事を確認する。 その斧は見事氷の女王の右腕を切っていたのだ。 完全に付け根から真っ二つに切断された右腕が、雪が水へと変わるようにそれもまた水となり地面へと吸い込んでいく。 片手を失った、という現実に直面しても氷の女王は表情を一つ変えていない。 恐らく痛みも感じていないのだろう。 付け根から血の一滴も流れていなかったのだから人間と同じ姿をしていてもやはり魔物娘である事を再認識させる。 が勝てない相手ではないと分かった時はネージュの父は幾分か安心した。 「ど、どうだ!! 俺の息子にこれ以上手を出すなら容赦は・」 おどおどしながらも彼女を睨み付けていた父は少しばかり勝ち誇っているかの様な表情だった。 このままいけば彼女を倒せる、そう思っていたのだろう。 だが次でその表情は絶望へと一変する。 彼女の肩、付け根辺りから氷の柱みたいな物が伸びてくる。 それは一定の長さ、丁度失った片手と同じぐらいの長さで止まり瞬時に広がると腕の様な形に作られていく。 形作られると色を帯び始める。 彼女の肌と同じ色へと変わりそれが終わると先ほど切り捨てられたはずの片腕が何事もなく存在していた。 「・・・切っても無駄」 その一言だけで恐怖を与えるに十分だった。 倒すことが出来ない不死身の魔物という存在を突き付ければ大抵の人間はそこで諦め戦意を失う。 ネージュの父とて例外ではないがそれでも武器を手放さないのはある種の意地であった。 彼は必死に頭を働かせた。 倒せない、ならばこのまま背を向けて逃げるか? 駄目だ。そうすれば奴が追ってきてしまう。 じゃあどうすればいい? 考えても考えても答えが見つからないネージュの父はその場で立ち尽くしていた。 「ネージュのお父さん!! 彼を連れて逃げてください!! こいつは僕が相手します!!」 自分の名が呼ばれたので振り向いた。 走りながらこの小屋に入ってきたのは偶然村に滞在していた魔法使いの男だ。 ネージュの父にとっては救世主がやってきたと思える程の喜びだった。 「魔法使いさん!! 村の奴らは!?」 すると彼は顔を青ざめ絶望にも似た悲しみの表情を見せた。 「駄目でした・・・。異変に気付いて外に出たら皆、氷漬けにされてたり女王の配下であるグラキエス達に足止めをくらったり・・・ここに向かえたのは私だけです」 「くそっ! まじか、村中総動員しても無駄なのか!」 打つ手無しか、とネージュの父は敗北を覚悟していたが魔法使いはまだ諦めてはいなかった。 「まだです!! ネージュのお父さんは早くネージュを連れて逃げてください」 「けどあんたはどうするんだ!? こいつを相手に戦えるのか!?」 「いいから早く!!! 説明してる暇なんてありません!!」 必死の表情だったのだからネージュの父はそれ以上いう事は無く言われた通り、ネージュを連れて小屋から出た。 外は氷の女王の影響により猛吹雪で真新しく積もった雪で足を取られそうになるがネージュの父は彼を手で引きながら猛牛の如く積雪を押しのける様に進んでいく。 俗にいう『火事場のバカ力』であり今発揮しているのがそれだった。 ネージュは抵抗しようにも決死の形相で自分を守ってくれている親に口出しする余裕などないし、そもそもそんな状態の父に対して抵抗するという行動を取るなど親不幸者のそれだと思って何も出来なかったのだ。 ネージュが父に釣られるまま小屋から数百メートル離れ、魔法使いが彼女にどう立ち向かうのか考え始めた時だった。 『ドコーーーーンッ!!』 巨大な爆発音。 思わず振り返ってみると小屋が内側から火を噴きだしていた。 たまらずネージュの父とネージュは今来た道を戻っていく。 近くまで来ると小屋はまるで内部から爆発したかのような有様だった。 その傍で魔法使いの男が蹲(うずくま)っていたのだからネージュの父は心配して彼に駆け寄った。 「だ、大丈夫か!? 魔法使いさん!!」 「な、なんとか・・・。火傷を負いましたけど・・・五体満足です・・・」 彼の顔を見ると2ヶ所ぐらい火傷の後が残っている。 さらに体のあちこちには擦り傷らしき怪我や膝辺りには火が灯っていたのだからネージュの父は慌ててそこへ雪を被せて鎮火させた。 「万が一の時を考えて発火装置をあの小屋に仕掛けていました。女王の事ですから私達に目もくれず、真っ先に彼を狙うだろうと思って内緒で・・・。ごめんなさい、今まで黙っていて。けどネージュ君を殺すつもりはありません、あくまでも女王を仕留める為に備えていただけです・・・」 自分の命を張ってまで他人の為に尽くすなど早々いない。 ネージュの父は怪我を負ってまで自分の息子を気遣ってくれた彼に敬意を払いたかった。 ただこれだけは伝えておかなければならない。 「・・・そういう事なら俺達にも教えてほしかったぜ」 「ご、ごめんなさい。ネージュのお父さん、っ痛!!」 体を動かそうとした魔法使いの男が悲鳴を挙げた。 「おいおい、これ以上動くんじゃねえ。肩を貸してやるから、それっ」 ネージュの父は彼の腕を自分の肩へと回し、彼を立ち上がらせた。 そして父と魔法使いの男、そしてネージュはその光景を見つめていた。 猛吹雪が舞う中で燃え続ける小屋という光景を。 「・・・出てきませんね。つまり・・・」 「・・・ああ。悲鳴など聞こえない。そういう事だ・・・」 もうもうと立ち込める煙。 音を立てて燃え続ける小屋はもう半壊しており今にでも全壊しそうな状態だった。 「跡形もなくなれば再生は不可能なはずです。これでもう・・」 「ああ。小屋を吹き飛ばす程の爆発だ。生きてるかどうか分からんな」 小屋の外壁が崩れさり部屋の中身があらわになる。 木造はほとんど黒ずみ、ポットやコップといった類は高温によって変形していた物まである。 その中に女王の姿らしき遺体はなかった。 氷で出来た体だから恐らく蒸発したのだろうと魔法使いの男もネージュの父も思っていた。 全て終わったと父も男も安心していた。 「そ、そうだ。見張りの二人はどうしたんだネージュ?」 「・・・女王様が凍らせた」 「なら早く氷を溶かしてあげないと。ネージュのお父さん、お願いします」 「む、無理しないでくれ。魔法使いさん、ゆっくり行くぞ」 辺りと注意深く見渡すとここから数メートルぐらい先に何かの塊らしき物体が目についた。 ネージュを連れて向かうと案の定だった。 ネージュの見張りを任された屈強な男二人が氷漬けにされていた。 「これはひでえ。氷の中に閉じ込められているみてえだ。何とか助けられるのか?」 「・・・おかしい」 ネージュの父は彼が言った意味がどういう事なのか最初の内は分からなかった。 「彼女がいなくなったのに氷が砕けない。魔力の供給源が無くなったにも存在し続けるなんて」 そう指摘されれば確かにおかしい。 大抵の場合だったら術者が死ねばこの魔法とかが解かれるのが通例のはずなのにこの氷は砕ける事も溶ける事もない。 何か別の力が働いているとでも言うのか。 「・・・・質問していいですか?」 唐突にネージュが尋ねてきた。 「何か?」 「・・・何故、この吹雪が収まらないんですか?」 「それはあいつの力でなく自然の力だぞ、ネージュ。あいつはもう消えたんだ」 さも常識の様に答える父にネージュはその答えに納得していない。 いや、最初からこんな質問してもネージュには無駄だったのだ。 「・・・分かっているはずです。この吹雪はあの人でしか作れないと」 ネージュには分かる。 誰よりも近くいたのだから胸の鼓動と体の感覚で分かるのだ。 彼女は、氷の女王は死んでいない。 ネージュはこの猛吹雪は自然のものではないと思っていた。 そしてネージュの予想が現実となる。 ―――風に舞っていた雪が一ヶ所に集まってくる。 ―――それが互いに重なり合い一つの氷塊となる。 ―――両腕、両足、胴体、頭、そして女性のような氷の彫刻像へと形作られていく。 ―――そして色が付けられていく。 ―――氷の女王特有の水色へと。 「・・・・ば、馬鹿・・・な・・・」 ネージュの父と魔法使いは絶句していた。 あれだけの火炎を何事も無かったの様に佇む氷の女王が信じられなかった。 だが時は待ってくれない、次にどうするか考えなければならない。 父は息子を連れて逃げようとした。 魔法使いは再び火炎を浴びせようと魔法を行使しようとした。 けれど遅すぎた。 彼らが足を動かそうとした瞬間なのか、彼らが頭の中でそう考えていた瞬間なのか分からない。 気が付けば彼らの体は氷に包まれていた。 動く事も出来ず考える事も出来ないただそこにあるだけの物体。 自分の父と魔法使いの男が氷漬けされた有様を呆然と見ていたネージュ。 氷の女王はネージュに向って歩み寄ってくる。 そして顔を近づけじっと見つめる。 ネージュは彼女に対して何を言おうか思いつかなかった。 親を、自分を守る為負傷した男性をこんな姿にさせられたにも関わらず彼の心は平然としていた。 次に平然としていた理由が自分のせいだと気づいた。 自分がこんな所にずっといて抜け出そうとする努力すらも見せなかったのだから彼女がやってきたのだ。 だからこれは当然の報いなのだ、と。 そして自分は犠牲になる必要があるのだ、と。 ならばせめて彼らの為に自分の出来る事をするべきだろう。 「・・・・女王様。僕の事はどうなっても構いません。ですからこれ以上村の人達と、この魔法使いさん、父さんを・・・」 許しを請う様にネージュは女王の前で跪(ひざまず)いて申し出た。 何も言わずただじっと見ている氷の女王。 もしや許していないのだろうかと思った時だった。 「・・・殺してない、暫く経てば氷は解ける。気絶してもらっただけ・・・」 目線をネージュに合わせ氷の女王はそう説明した。 「じゃ他の人達も?」 「・・・同じ。大人しくしてもらっただけ。・・・それよりも」 氷の女王の唇がネージュの唇に触れる。 不意打ちなのだからネージュはびっくりして倒れこみそうになるが両足に力を込めて踏ん張る。 が同時に彼女がネージュを押し倒したのだからもう踏ん張る事が出来ず倒れてしまう。 雪がクッションとなり二人を受け止める。 女王はネージュから熱さを貰おうとする勢いで舌を入れて交わって来た。 『あむっ♪れろっ♪ちゅる♪んむっ♪』 久しぶりの感覚だ。 忘れかけていた酸っぱい唾液の味と舌の味。 彼女はネージュから精を貰おうと必要以上に舌を奥へと入れてきた。 それを拒むことなく受け入れていくネージュ。 何だか体が火照ってきた感覚だ。 そして彼女は舌を、唇を離した。 「・・・やっと、やっと熱に触れられる。やっと温かくなれる・・・」 彼女の目は捨てられた子犬の様に潤んでおり最愛の人間に会えた時に見せる喜びを隠し切れない表情であった。 「・・・女王様・・・」 「・・・貴方がいなくなったら、私・・・寂し過ぎて死んじゃいそう・・・。・・・だからお願い、もう私の傍から離れないで」 自分はなんて愚かな人間だったのだろうか。 ネージュはそう思った。 彼女は全てを凍らす危険な魔物娘ではない。 目の前にいるのはただ一人の、自分を愛してくれる女性なのだ。 ならば彼女の望むとおりにしよう。 狂気だと言われようが彼女は自分が必要なのだ、それに応えなければならない。 もうネージュの心は決まった。 そしていつの間にかあの日、女王自ら操っていた大型のそりが傍で待機していた。 女王はネージュの手を取りそりへと乗り込み、そりの中に置いてあった厚手のマントをネージュに着させる。 と同時にそりが動き出した。 小屋から、村からそりが離れていく。 ネージュはもう振り返るつもりはなかった。 ただ心の中で父と魔法使い、そして母と村中の人達に謝罪の言葉を何度も何度も述べていた。 ♢♢♢♢♢♢ 城に着くと氷の女王はネージュを連れて中へと入る。 階段を駆け上がり幾つのも部屋を通り過ぎいくとひと際大きい扉の前に立つ。 ネージュはこの部屋を知っていた。 この部屋は彼女の寝室である事を。 ばんっと、乱暴に扉を開けた女王はネージュを中へと連れ込むと扉を閉め、鍵をかけた。 そして彼女は一般の女性ではまずやらない、信じがたい行動に出た。 ネージュの服を無理やり脱がし始めたのだ。 まずは上半身を裸にし下半身の服と下着はもはや引き千切るような感じで脱がしていく。 露わになる肉体、そして男性器も。 抵抗する事無く彼女の成すがままネージュは従った。 もう彼の男としての本能が既に覚醒し、男性器を硬く勃起させていたからだ。 彼女はネージュの手を引っ張りベッドへと放ると自身もまた衣服を脱ぎ始めた。 着けていた背中の装飾に冠、杖をその場で捨てていく容量で脱いでいくと何も身に着けていない彼女の裸体が現れる。 小振りながらも形が良い乳房 流れるような曲線を描いている背中。 下半身の、女性器を見れば既に愛液が垂れかけていた。 細身で無駄な肉など一切ない女性美。 その体をネージュに見せつけた彼女はそのままベッドへと、ネージュへとダイブする様に飛びかかった。 丁度顔が彼女の胸へと当たり柔らかさな感触が頭を刺激する。 「・・・もう限界・・・」 女王は煮えたぎる肉棒を口にくわえた。 まずは舌で刺激し始める。 優しく肉棒を舐めまわし、口内の唾液によって円滑剤となりピストン運動を容易にさせた。 『ぐっちゅ!! ぐっちゅ!! ぐっちゅ!! ぐっちゅ!!』 さらに氷の女王はあいた両手でネージュの睾丸つまり玉袋を指で揉んでいく。 これらの刺激はネージュにとっては快楽の一つであり到底耐えられるものではない。 女王の口内はひんやりと冷たく、玉袋は至る所を刺激されてもう射精寸前だった。 無論数分もしない内にネージュは訴えてきた。 「じょ、女王、様!? 僕は、もう限界、です!!」 確実に聞いているはずなのにさらに口を素早く動かし、両手を今度は手のひらも使って転がすように揉んでいく。 これが無言の了承だった。 それに答える様にネージュの男性器は達した。 『びゅるるるるるっーーーー!!!』 1週間も溜まっていたのだからかなり濃いはずだ。 性欲に塗れた白濁汁を彼女は一滴残らず飲み干していく。 やがて勢いと高まりが収まっていく。 射精し尽くした感覚がした。 精液を彼女に与えた、もうこれでいいとネージュは満足していた。 だが氷の女王は違った。 射精し終えた肉棒を口から話してもネージュを見つめる目で分かる。 まだまだ満足していない、と 次に女王はネージュへとまたがり自分の秘所を、女性器を指で広げネージュの硬くなった男性器へと入れ始める。 「終わらない、まだ・・・」 『にちゅっ、ずぼっ!!』 一気に加え込んだのだから女王の背中が仰け反った。 ネージュも背中を仰け反り挿入時の快感に酔い始める。 徐々に快楽になれたとネージュだったが女王は間髪入れず腰を動かし始める。 『パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!』 最初から全力のピストン運動。 初めはゆっくりと動かすのが定番にも関わらずあえて彼女はそれを無視した。 その腰つきの激しさはまるでネージュの全てを吸い取ろうかというものだった。 無論、その激しさに付いていけずネージュは苦悶の表情を表す。 「じょ、女王様!! はげ、激しすぎます!!!」 だがネージュの訴えは彼女には届いていない。 何故なら彼女の頭にはもう『快楽』という言葉しかなかったからだ。 「もっと、もっと、もっと!! 熱く、熱く成りたい!!!」 先ほどまで冷徹だった彼女の表情は一匹のメスそのもので知的さなど見る影もない。 正気なのか分からない程に女王の目は狂っている。 ネージュの精を一滴残らず搾り取るつもりだったのだ。 女王の本能が囁きかける。 ―――締め付ければ射精する。 ―――激しく動けば射精する。 ―――キスしあえば射精する、と。 その本能に誘われるまま彼女は自分の女性器を締め付ける。 腰の動きを加速する。 ネージュの唇にキスをし舌を絡めあう。 快感が快感を呼び、体も頭も真っ白になる。 そして最高の絶頂へと誘う――― 『びゅるるるるるるっーーーー!!』 久しぶりの膣内射精。 2度目にも関わらず今まで体感した射精よりも長く感じた。 「はあっ・・・はあっ・・・はあっ・・・・」 息切れと疲れが押し寄せてくるが快感の余韻もまた押し寄せてくる。 ネージュはやっとの事で息を整え女王の顔を伺った。 「・・・っつ、・・・っつ、・・・っつ」 当の本人は放心していた。 顔を天井へと向け舌をだらしなく垂らしながらネージュの精に浸っていた。 暫く女王はその状態が続いていたがネージュに顔を向きなおすと体を密着させネージュの頭を撫で始めた。 「・・・ごめんなさい、ネージュ。帰りが遅かったから配下に探らさせていたら・・・捕まっていたなんて・・・」 どうやら女王はネージュが村人達に捕まっていたと勘違いしていた様だ。 つまりこの愛撫では謝罪の意味でのものなのだとネージュは理解した。 「だからもう貴方を危険な目に会わせはしない。・・・少なくとも氷が溶けるまでは・・・」 ネージュの背中がぞっとした。 氷が溶けるまでとはどういう意味なのか。 まさか自分の体を氷漬けにするのか? ネージュの不安が的中する。 絡まっていたネージュの両足と女王の両足が氷に包まれていく。 徐々に氷は上へと上がっていきまだ性器が繋がっている箇所までも凍り付いてく。 「こ、これは一体!?」 「安心して、凍死はしない。少しばかり一緒に寝てもらうつもり」 氷の女王がネージュの背中に両腕を回し離さんとばかりに抱きしめる。 そこまでも氷に包まれていく。 ネージュは抗おうとする気持ちが半分あったが両腕は既に氷に包まれて動けない。 だから動かせるのは口でしかない。 「寝るって、どういう!?」 「貴方をもう離さない。どこにも行けなくなるようにする為にはこうするしかない。私と繋がったままなら死ぬ事はない」 そう言っている間にも氷はどんどんネージュと女王の体を侵食し、もう首元まで凍り付いている。 「氷の中で永遠に愛し合いましょ。ネージュ・・・」 それが最後に聞いた台詞だった。 氷の女王が唇をネージュの唇に添えると同時に氷が頭までも侵食していく。 遂に二人は完全に氷に覆われたのだ。 まるで全てを遮断するかのような氷壁となって。 そこでネージュの思考は闇へと消えていく。 ♢♢♢♢♢♢ 夢の中から目が覚める様にネージュの意識が覚醒していく。 頭を振りながらその瞼を開ける。 いったいどれぐらい寝ていたんだろうか? 1日か? いやそれはないだろう。彼女がたった1日で自分を解放するなど。 では1週間か? それとも1ヶ月か? 整理が出来ていない中、視界がはっきりしていくと見えてくるのは愛するべき彼女の姿が。 「おはよう。ネージュ」 そう言い氷の女王は穏やかな笑みを見せた。 無表情ではなく人間と同じ様な笑みだった。 つまり氷の中で眠っている間にも自分は彼女に精を送り続けていたのだろう。 性器同士が繋がっている状態のまま氷漬けにされたのだから可笑しい話ではない。 視線を下半身の方へ落とす。 見ると女王の腹部、お腹が一回り大きくなっている。 そう、それはまるで妊婦の様な腹回りだ。 「遂に出来た。貴方との愛の結晶、これでもう冷たくない」 疑いの余地はない。 このお腹にいるのはネージュの。 「まさか、僕の・・・子供」 まず思いついたのは父としてどう振る舞っていけばよいのかという点だった。 優しさと厳しさを両立するのは難しいと聞くが、いやまずは赤ちゃん用の服と遊具を用意するべきか。 それとも出産の際の注意事項を知っておくべきなのか。 駄目だ、考えがまとまらない。 ネージュは交差する思考を整理出来ていない。 そんな中氷の女王は体を寄せてきた。 「大切に育てて行きましょう、ダーリン」 ネージュの耳元でそう囁いた彼女はまた笑みを見せた。 ♢♢♢♢♢♢ ある旅人が噂した。 この地方にいる氷の女王と呼ばれる魔物はある村の人達と友好な関係を結んでいると。 詳しくは知らないが氷の女王が村人達に謝罪して誤解を解いたのが交流の始まりだと聞いた。 氷の女王は心までも凍り付いている冷酷な魔物であり周囲一帯は猛吹雪という力を持っていると言われているがこの地方の女王は人間の様に喜怒哀楽を見せており、彼女の近くにいても猛吹雪はおろか、雪すら起こらないらしい。 また慈悲深く人間、魔物問わず吹雪の中で迷った者がいれば時には女王自ら助けに来てくれるという。 それらのきっかけを作ったのはある青年であり、今は彼女との間に出来た小さな女の子と共に暮らしている、と。 |
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