読切小説
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ラタトスクと愉快な新聞記者たち
『情報を扱うなら、それ相当の責任を持て』

それが『ラタトスク』であるサマンサの座右の銘だ。
ラタトクスという種族に産まれたのだから情報の取り扱いに長け、尚且つ真面目に取り組んで情報を提供する事を信条としていた。
けれどもラタトスクは時に情報を誇張したり、でっち上げたり等しているのを彼女自身は良く知っている。
そもそも悪戯好きな種族なのだからその性質を知っている魔物や人間たちは彼女達を咎めようとは思わない。
あくまでも人を傷つけない、可愛い程度の悪戯なのだから。 
だが彼女はそんな事絶対しないと決めていた。
それは自分のポリシーとやらが許さないし、ねつ造すれば読者からの信頼を損ねてしまうというのが主な理由なのだがそれよりも優先すべき理由が彼女にあった。
そして今、彼女は大学を卒業し新聞記者としてこの新聞社に勤めていた。
この新聞社『クリエイト・サイエンス』の記者達は全て魔物娘らで構成され、小規模レベルの新聞会社ながらも

『歪んでいない情報と常に真実の情報』

を第一に掲げていたので情報の加工や着色して誇張するのが多い大手の新聞会社よりも信頼を得ていた。
元々この会社は注目を浴びて大手の仲間入りをしようなどという野望はなく地域密着型の――例えば子供が産まれたとか、恋人が出来たとかのレベルでの―――記事を中心に掲載していたのも要因だった。
ただし思わぬ副作用とやらを呼んでしまっているのが実情だったが。
何はともあれ真っ当に、堅実に働き続け2年が経過した今、上司からも部下からも信頼を得ていた彼女に不満はない。


―――いや、不満はないと言えば嘘になる。
だからサマンサは今ある記事を書いているのだ。
椅子に座りながらパソコンとにらめっこし、慣れた手つきでキーボードを打ち込み、時折マウスを回していた。
そして画面に向かう事30分、満足した表情で頷く。
「よし、出来た」
その原稿にはこう書かれていた。

『サマンサ氏、遂に恋人が出来る!! お相手はあの人?』

というデカデカと書かれた見出しに、自身が誰かと手を繋いでいる写真と文章とよくある新聞記事の一部だ。
中々立派な記事で一般の新聞記事として出しても違和感ない出来だった。
だがこれは普通の記事ではない、これは嘘の新聞記事だ。
「エイプリルフールの記事としては完璧よね。まさかここまで凝ったものを作るなんて」
エイプリルフール、つまり噓をついてもいい日。
ラタトスクとして産まれてしまった以上、性格からか、はたまた種族柄かどうしても悪戯というのはしたくなってしまう。
されど他の人達に迷惑とかはかけたくないし自分のポリシーとやらを曲げたくはない。
だからエイプリルフールというその日に合わせて、自分がお付き合いしているという嘘の記事を作成して皆を驚かせようと思ったのだ。
無論、配慮とかはしている。
掲載している画像は自分が誰かと手を繋いでいる、がそれが誰なのか分からせない為、写真を相手だけが見切れており、相手の手だけが映っている。
またお相手が誰なのか曖昧な文章にして、読み手の判断に委ねるといった形式にしてある。
そもそもエイプリルフールの日専用の記事であり読み手の人達はこぞって嘘だというのが分かるはず。
だからこんな偽情報を鵜呑みにするというのにはまずないと思うが。
兎に角、これで記事は完成はしたのだ。
そう思えば自然と笑みはこぼれるし、背中を伸ばして大きく息を吸い込んでしまう。
一仕事を終えたサマンサはデータを保存しパソコンからUSBを引き抜き、デスクに置いた。
「さてと、自分への報酬として甘いココアでも作ろうかな?」
そう言い給湯室へと入ったサマンサは戸棚をあさり、マグカップとココアの粉が入ったステック袋を取り出す。
次にお湯を入れようとしたがポットが空だったので水を汲もうとした時だ。

「サマンサさん。編集長から記事の提出はまだかって催促が」

偶然にも後輩である『魔女』のイリスが入室してきた。
やや不器用でドジな面もあるが、素直で大人しい子だからサマンサにとっては良いパートナーだった。
「ああ。そこのUSBを持ってて」
自分は今、手が離せない。
だから彼女にデスクに置いてある提出用の記事が入った桃色のUSBを持っていかせようと考えた。
だがここで不幸が起きた。

桃色のUSBは“二つ”あったのだ。

一つは提出用に制作した記事が入ったUSB。
そしてもう一つはエイプリルフール様に制作した先ほどのUSBだ。
更に不幸は重なった。
後輩はサマンサのデスクを見ようと振り向いた。
その拍子に彼女の体がサマンサのデスクに積んであった資料の山とぶつかる。
資料の山が崩れ去りデスクの上に散乱する。
その拍子に二つあった桃色のUSBの片方が埋もれてしまった。
「ああっ!! ごめんなさいっ!! 後で片づけますんで!!」
「いいよ。私これ飲んだら帰るけど後は大丈夫よね?」
後輩の事だ、こんなのは可愛いものだと割り切っていちいち怒鳴るのは先輩として恥ずかしい事だと思っていた。
だからサマンサは怒らなかったし、そして気づかなかったのだ。
「はい。大丈夫です、お疲れ様です」
そう言いイリスは目に映った桃色のUSBを手に取った。
それは先ほどまでパソコンに接続されていた桃色のUSBメモリだった。
無論、その中にはエイプリルフールのネタとして書いた嘘の新聞記事が。
「それじゃ、これ持っていきますよ〜」
そんな事は露知らず、後輩はそのUSBを握って去っていく。
「は〜い。頑張ってね〜」
作った本人もまさか入れ替わっている等とは知らずに後輩を見送った。
ポットに水を満タンにし、元の場所へ戻しスイッチを入れる。
待つ事数分、沸騰したという合図のメロディーが鳴る。
すぐにカップに粉を入れ、お湯をカップに注ぎ、スプーンでかき回す。
湯気と共に漂ってくるほのかな臭いが鼻を刺激する。
息でふぅ、ふぅ、と冷ましてから一口。

「う〜ん、格別〜」

体の芯から暖かくなり、甘みがある飲み物はココアぐらいしかないとサマンサは思っていた。
だから彼女は最高の報酬としてココアをよく飲むのだ。
数分程、至福のひと時を堪能したサマンサは飲み終わったカップを洗い、食器棚に置くと自身のカバンを手に取った。
もう定時帰宅の時間で外を見れば暗闇が辺りを覆い始めていた。
自分の仕事はもう終わっている、もうここにいる必要はないのだ。

「さてと、お先に失礼♪」

意気揚々とサマンサは部屋の電気を消して廊下を歩いていく。
その足取りは軽く楽しげであった、が彼女はあのUSBが渡されてしまった事に気付いていない。
そして極み付けの不幸が、この新聞会社の記者達が男に飢えていたという点だった。
新聞記者の仕事は急用の連続だ。
取材が夜遅くまで続いたり、明け方に無理やり起こされるというのもままよくあり、小規模の新聞社なら尚更起こりうる話だった。
その為、男に巡り合う機会というのが中々ない。
サマンサ自身は別にどうでもいい事なのだったが他の記者達はそうはいかない。
男が欲しいというその欲望が溜まっていた彼女達、魔物娘には―――。



♢♢♢♢♢♢♢♢



退社したサマンサが真っ先に向かったのはとある白いビルの一階。
大きめの窓ガラス越しには元気に部屋の中を走ったり、積み木やおもちゃ等を使って遊んでいる子達が見える。
サマンサが入り口のドアを押し開くと聞こえてくるのは勿論、子供の声だ。

「うえ〜ん、キリヤくんがああっ!!」
「おままごと、しよう♪」
「シンマちゃん〜、いっしょにあそぼ〜」

小さい子達が入り乱れる養護施設という場所は必然的に子供達の鳴き声やはしゃぎ声とやらが響き渡る。
最近、子供の声がうるさくて我慢できないから静かにしてくれ、などと訴えてくる人間がいると聞いているがサマンサには少なくとも不愉快な声ではなかった。
子供は元気に遊ぶのが仕事であり、声を上げるのはごく当然の事なのだから。
むしろ夜には静かになるのだからそれまで我慢すべきではないだろうかと思っていた。
サマンサはやや年配の女性に声をかけた。
「サマンサです。ソレイユ君を迎えに来ました」
それを聞いた女性は軽くうなずくと。
「ソレイユ君〜、お姉ちゃんが来たよ〜」
男の子二人と一緒に遊んでいた栗色の髪を持った男の子がサマンサの方へと振り向き走ってきた。 
「ソレイユ君〜、良い子でいた?」
そう言いサマンサは満面の笑みを浮かべ、男の子を迎える。
「うわーい! お姉ちゃん〜」
ソレイユは喜んでサマンサに抱き着いた。
そして自身の頬をサマンサの頬と重ねてすりすりと甘えてくるのだからサマンサもお返しとばかりにソレイユの頬に自身の頬をすりすりとさせた。
サマンサの身長はソレイユより少しだけ高く、他の子達には『自分達と同じ年齢の子がやってきてソレイユ君と頬擦りして遊んでいる』などと思っているだろう。
だが本人達にとってはそれが親子特有の励まし、砕けた言い方をすれば『エネルギーチャージ』というやつだった。
「お姉ちゃん、またポフポフさせて?」
「良い子でいたんだから大丈夫だよ。ほら♪」
そう言いサマンサは自身の尻尾を彼に向けた。
ソレイユは喜んでその小さい両手で彼女の尻尾を触る。
小動物特有のふさふさ感と温かさが彼の両手へと伝わってくる。

「うん。お姉ちゃんの尻尾、気持ちいい♪」
「気持ちいいか〜。なら良かったよ〜」

一見すると二人は親子の様に思わるがこの子との血縁関係はサマンサにはない。
サマンサが彼と初めて会ったのは大学卒業間近の時だ。
就職先の新聞社が決まり、何気なくサマンサはこの養護施設を訪れた。
別に深い理由とかはなかったが、もし記者になったならこういった養護施設とかを取材して皆に現状や存在を知ってもらおうと考えていただけだ。
施設の人にその旨を話すと快く承諾して、案内してもらった。
色んな子供が入り乱れる中、サマンサは壁の隅っこ辺りに一人だけポツンと座っている男の子を見つけた。
皆から背を向けて一人、積み木で遊んでいたその姿にサマンサは気を引かれた。
施設の人にその子の事を聞くと他の子達よりも複雑な事情を抱えており、結果この施設に預けられたらしい。
親族とかは半ば音信不通状態らしく、その関係からか他の子や職員に対して警戒したり距離を置いていたみたいだった。
気になったサマンサはゆっくりと彼の方へと近づいてみた。
体格が子供と同じぐらいだったからサマンサは少しだけかがみ、声をかけた。

『ねえ、君? どうしたの?』

サマンサの声に反応し、彼はこちらへと振り向いた。
その際に見せたあの子の目をサマンサは覚えている。
暗闇に満ちていたその瞳に光が灯り、自身に何か興味を示した様な目だったのを。

『お姉ちゃん・・・その尻尾・・・』

そう言い彼はサマンサの尻尾を指さした。
ラタトスクの特徴として自身とほぼ同じサイズのふさふさとした尻尾が存在している。
彼女自身は別に驚くものでもないのだが彼から見れば珍しいものなのだろう。

『ん? この尻尾がどうかしたの?』
『・・・いい?』

小声だったからサマンサは聞き逃してしまった。

『ん? 何かな?』
『撫でて・・・・いい?』

ソレイユはやや恥ずかしそうにお願いしてきた。
サマンサは少しだけ考えたが触りたいというのであれば、別に断る理由もなかった。

『お姉ちゃんでいいなら、どうぞ♪』

そう言いサマンサは後ろを振り向き尻尾を見せつける。
ソレイユは恐る恐る、ゆっくりと手を伸ばし、白色から茶色へと変わる箇所あたりで、彼女の尻尾をそっと撫でた。

『ふさふさしてる・・・』

少しだけ笑みを浮かべ、喜んでいるように見えた。

『なんならぎゅってしていいよ♪』
『・・・ぎゅって・・・していいの?』
『だってもっと触りたいんでしょ?』

ソレイユは恥ずかしそうに頷いた。

『だったら、良いよ♪』

ソレイユは両腕をめいっぱい広げて抱き枕の如く尻尾に抱き着いた。
体上半身に感じるふさふさとした感触は老若男女問わず、そして小さい子供でも気持ちいいものだ。
だから自然とソレイユの頬が緩み、幸せそうな表情になる。
ソレイユのその顔を見てサマンサは何だか心の奥底から暖かくなりそうだった。
尻尾の触り心地を堪能したソレイユはその顔をサマンサの方へと向けた。

『お姉ちゃん、名前は?』
『サマンサ。貴方の名前はさっき先生から聞いたよ。ソレイユ君って言うんだよね?』
『・・・・うん』
『良かったら一緒に遊んでもいい?』
『・・うん♪』

これが二人の馴れ初めというものだった。
そこから色々あって、今ではサマンサが彼の親代わりとなったのだ。
彼女自身は別に子供は嫌いでなかったし、この子は大人しく手がかからないし、言う事をちゃんと聞いて守ってくれているのだから本当に助かる。
そう、この子がいるから自分は頑張れる。
だから嘘や誇張など織り交ぜない、常に公平な情報を提供しなければならない。
この子の為に、仕事を真っ当に励む。
それが自身が掲げている誓いとやらだ。
「ソレイユ君、今日は何がいい?」
「うん。スパゲッティって出来る?」
「出来るよ。じゃいつものスーパーで食べ物買おうか♪」
「うん♪ お姉ちゃん」
そう言いサマンサはソレイユの手を握りながら帰り道を歩いていく。
ソレイユの顔は幸せに満ちていたのだから自然とサマンサも笑みをこぼしてしまう。
こんな幸せがあるのだから自分に彼氏とか、男とかはいらないという気持ちが働いてしまうのも無理のない話だ。
もっとも他者から言わせれば二人の後ろ姿はまるで親子か、はたまた恋人の様だと評価されるだろうが。
そんな事は夢にも思わず、二人は足取り軽く帰路を歩いて行った。



♢♢♢♢♢♢♢♢



翌日、ソレイユを養護施設に預け出勤したサマンサは受付の『白澤』であるシュエメイに挨拶した。
彼女は博識で美人、そして愛想もよいので受付として回されていた。 
これでまだ恋人の男がいないというのが彼女の欠点か、あるいは仕事が忙しい故の弊害か。
「あっ! シュエメイさん、おはようございます」
「はい。おはようございます。それとおめでとうございます。サマンサさん」
「え?」
「まさか、仕事一筋だと思ってましたが。いやはや、ふんふん♪」
その時、シュエメイの意味深な台詞にサマンサは理解出来ていなかった。
おめでたい事など心当たりすらないのにそんな台詞を送られるなんて予想外だからだ。 
「おめでとうございます、って何なの?」
納得できないという表情を浮かべながら自身の部署に向かう為、廊下を歩いていく。
ふと、サマンサはその足を止めた。
掲示されていた一枚の紙に釘付けになったからだ。
それは一般には回さない記事がまとめられた、いわゆる『社内新聞』というやつだ。
小さい新聞社ながらもこういうのはよくある伝統でありなんらおかしい話ではない。
だがその新聞の大部分をも占めていた記事は予想していなかったものだ。

『サマンサ氏、遂に恋人が出来る!! お相手はあの人?』

エイプリールフールに合わせて制作していた自分の記事がそのまま掲載されていたのだ。
一字一句間違えず、そして自身と自身の手が誰かの手と繋いでいる写真も載っている。

「どういう事おおおぉぉーーー!?」

廊下に響くほど、サマンサは思わず大声を挙げてしまった。



♢♢♢♢♢♢♢♢



すぐさま自身の部署へと行き、先に来ていた後輩に例の記事について尋ねた。
そこでようやくあのUSBが入れ替わっていたのだと気づいた。
見ると自身の片づけられたデスクの上には桃色のUSBが。
すぐ椅子に座り、パソコンを立ち上げUSBのデータをチェックするとそこには提出用に準備していた記事が入っていた。
「だって先輩がそこのUSB取って、って言われましたから」
「でも原稿チェックとかしておくのも仕事の内でしょ!? しようと思わなかったの!?」 
「とは言いますけれど、先輩はいつも真面目に取り組んでましたから。私がチェックするのは時間の無駄だと思いました。ミスなんて私は絶対しないからチェックしなくて良いよ、と先輩言ってましたよね?」
そう言われたサマンサは口ごもってしまう。
確かに自分がきちんと手渡しをしていれば防げたはずの事態なのだから自分の不注意も混ざっているかも知れない。
がそれでも後輩に不満とやらをぶつけてしまうのが当然だし、落ち着こうとは出来なかった。
「どうすんのよ、どうすんのよ!? あれが張られているって事はもうこの新聞社全域に知れ渡っているって事でしょ!?」 
「男がいないんですか? あの写真に映っている手は明らかに男のそれだと思いますけれど」
サマンサは答えなかった。
正確にいうと答えたくはなかった。
何しろあの写真はパソコンのツール等を駆使して作り上げた合成写真だからだ。
合成写真という新聞記者としてアウトゾーンに踏み込んでいる領域だが、エイプリルフール用の記事だから問題ないと思って作っていたのだ。
だから言いたくなかったのだが、次には後輩にも知る権利があると考え直し重々しく真実を話した。
「そ、そうだったんですか。エイプリルフール用の記事だったんですね・・・・。ご、ごめんなさいサマンサさん・・・」
「いえ、貴方が謝る事じゃないわ・・・。まさかこんな事態になるとは考えてもいなかったけど。でも提供してしまった噓の情報はきちんと自分で対処しなきゃ!! 貴方はここにいて。自分の起こした間違いは自分でケジメを付けてくるから!! 」
そう言いサマンサは椅子からスタッ、と立ち上がった。 
「あれ? 私はいいですか? 間違えてUSBを持って行っちゃたのに?」   
確かにイリスの言う通りだ。
サマンサは一瞬だけ後輩も謝罪するのに付き合わせてやろうかと思ったが、次には戸惑った。
誤解を生んでしまった要因を彼女も担っているのだが如何せん、自身の悪戯に加担は疎か知らされてすらいなかったのだ。
そんな状態で一緒に謝りに行けと指示するのは良心とやらが痛み、先輩として恥ずべき事だと思えばサマンサには出来なかった。
「いや!! これは私の責任よ!! 貴方は待っていなさい」
サマンサは足取りをしっかりと、胸を張って部屋から出ていく。
向かうは他の部署にいる魔物達。

「同じ魔物娘なんだから話せば分かるはずっ!!」

サマンサはそう意気込んでいた。



♢♢♢♢♢♢♢♢



まず誤解を解こうと思ったの『レッドキャップ』のレオーネと『アオオニ』の葵(あおい)とのコンビだ。
ここの新聞社は各担当部署にそれぞれ2名ずつ割り当てられ、バディや後輩といった形で仕事に取り組んでいるのだ。
ちなみに二人の担当は『経済部』で、自身とイリスの二人は『政治部』だ。
その二人の元へ向かおうとした理由は特にない。
知り合いとかではなく、すぐ近くの部署だったからそこに決めただけだ。
そしてサマンサは部屋の扉に立ち、深呼吸した。
何しろ会って会釈する程度の関係だったから自分が進んで話をするとなると何処か緊張してしまう。
意を決してサマンサは扉をノックする。

「すいません。レオーネさん、葵さん。『政治部』のサマンサです」

「どうぞ」

やけに静かな声だな、と思いサマンサはドアノブに手をかけ中に入る。
二人とも椅子に座っていて、キーボードをカタカタと鳴らしていた。
ちらっとサマンサは『レッドキャップ』のレオーネに目をやる。
彼女のトレードマークとなっている真っ赤に染まった帽子。
何でもあれは彼女の欲望が表れている状態であり、真っ赤であればあるほど欲望が溜まっているのだと聞く。
けれどサマンサには本当に人の血とか何かで染まっているのかと思えるほどの真っ赤に見えて、少しだけ怖気づいた。
そして次に『アオオニ』の葵に目を向ける。
皮膚の色は青で酒を飲めば狂暴化すると聞くが普段は冷静沈着で理性的だという。
おまけに眼鏡をかけているのだから余計知的さがにじみ出ている様に見える。

(何でこの二人がバディを組んでるの?)

例えるなら炎と水が居座っている様な関係なのに反りが合わなくて喧嘩になった等と言いうトラブルを起こしていないと聞く。
それが不思議でならなかったが今はそれどころではない。
一つ咳払いをした後、サマンサは口を開いた。
「お時間よろしいですか、お二人とも?」
「はい、構いません。ご用件は何ですか?」
キーボートを動かす手を休めず、アオオニの葵が返答した。
「あのお二人とも。例の私が載ってる社内記事なのですが・・・」
するとキーボードを叩く音が止んだ。
そして『レッドキャップ』のレオーネは首をサマンサの方へと向けた。
その鋭く尖った目つきにサマンサは少しだけたじろんだ。
「あ、あの・・・。レオーネさん・・・」
声をかけてもレオーネは口答えしなかった。
いや、少なくとも反応があるのだと思う。
何しろレオーネは目をギラギラと光らせ、こちらをじっと見つめていたからだ。
ただそれが日常生活で見せている人間の眼差しではない。
まるで獲物を捕り逃し、それでも諦めきれずに視線を送り続ける狩人の様な目だった。
「男・・・」
「はい?」
それを皮切りにレオーネの何かは崩壊したとサマンサは思った。


「オトコオオォォォオっーーーー!!!!!」


口を吊り上げ、その鋭い歯を見せつけ、更によだれをまき散らして急に叫びだしたのだからサマンサは思わず尻もちをついてしまった。
レオーネの体格自体は自身と同じ小柄なはずなのに、その気迫と姿に圧倒されサマンサは恐怖の言葉しか紡げられなかった。

「ひ、ひいいいっ!!!」
「男にィ!! 男が出来てェ!! 男ォ!! 男ましいっ!! 男にもっ!! 男が欲しいいィィッ!!」
「えっ!? えっ!? えっ!?」

いきなり支離滅裂な台詞を吐き出し始めたのだからサマンサの顔には恐怖と混乱が入り混じっていた。
「えっと、通訳いたします。『貴方に! 男が出来て! 私! 羨ましい!! 私にも!!男が欲しい!!』との事です」
相方の豹変に動じず葵は答えた。
「わ、分かるんですかっ!?」
「コンビを組んでますから自然と分かります」
あたかも当然だ、という表情を見せつける葵。

(いや、そういうものなの!?)

例えコンビを組んだとしても、普通は相棒の狂乱に驚いたり怖気づいたりとかするものではないのだろうか。
そもそも今のレオーネは言葉の羅列が伴っておらず、明らかに意味不明かつ理解不能な言語になっている。
にも拘わらず葵はその台詞を理解している。
サマンサは葵の動じない肝っ玉と取り乱さない冷静さ、そして相方への理解力に驚嘆した。

「男ぉ!! 男の男ぉ!! いたらぁ!! 男しなさいィィッ!!」

「『もし! 男の友達!! いたらぁ!! 紹介しなさい!!』との事です」

レオーネの精神台詞を葵が通訳した事でサマンサは把握した。
つまり自分がレオーネ自身に伝えても駄目であり、話をするには を通さなければならないという事だ。
「お、お願いします。あの社内新聞は全部デタラメだって。エイプリルフール用の記事だって事を伝えて、くださいな?」
「それは私にも無理な話です・・・『男』」
「えっ? 葵さん?」
葵の急変にサマンサは気付いた。
心なしかかけていた眼鏡のふちが曇っていた様な。
「私も男に飢えております、男。だから男を紹介してください、男」
ここでサマンサは初めて気づいた。
葵には動じない肝っ玉や、取り乱さない冷静さなど最初からなかった。
彼女もまた『レッドキャップ』であるレオーネと同じ状態だった。
『彼氏が出来た』という話題が、ここではとてつもない劇薬だったのだ。
ましてや凶暴性のレッドキャップと冷静ながらも酒を飲めばその本性は凶暴な『アオオニ』だ。
という事はつまり。

「男っ!! 男っ!! 男っ!! 男っ!!」
「男・・・、男・・・、男・・・、男・・・」

そして次第に二人の言葉は共鳴し合い、遂には。



「「オトコオオォォオオォオッーーーー!!」」



葵も歯をむき出し、よだれをまき散らしながら叫び始めた。
しかもかけていた眼鏡を放り投げ、紙の束を引きちぎったりデスクに上がり、大暴れし始めた。
それはレオーネも同じだった。
彼女は何処から取り出したのか分からない身の丈大の鉈(なた)を手に持ち、そのまま振り回していた。
それでホワイトボードやら紙の束やらを切り裂いていたのだからサマンサに恐怖を刻み付けた。

「ブーケトスウウゥゥッ!!!」

「コヅクリイイィィッ!!!」

「エンゲージイイィィッ!!!」

「オシドリフウフゥゥッ!!」

「ジュンパクドレスウウゥゥッ!!!」

「シロムクウウゥゥッ!!!」

口々に叫ぶ欲望の塊にサマンサは腰を抜かし、足をガクガクと震わせていた。
「ひ、ひいいぃぃぃっーーーー!!!」
部屋中に響き渡る程の雄たけびを上げ、暴れまくる二人。
まるでそれは男に飢えた狂戦士だった。
これでは話など聞いてくれない。
それ以前にここに居続けたら自分の命が危ない。
「あ、あの!? もう良いです!! ごめんなさいっ!?」
身の危険を感じたサマンサはすぐにその場から非難した。
必死の形相で廊下を駆け抜けていくその姿は恐怖に怯え、逃げ回るしかない小動物そのものだった。
そしてサマンサが立ち去った後でも二人の叫びが止まらず廊下でも聞こえてくれば尚の事、彼女に恐怖を刻み込む。


「フウフエンマンンンンッ!!!」

「ヨルノイトナミイイィィッ!!!」


「ひいいいいぃぃっーーーー!!!」
悲鳴を挙げながらサマンサは逃げていった。



♢♢♢♢♢♢♢♢



次に誤解を解こうとしたのは『ファントム』のユウ・キャチ・ミーと『雪女』の白金(しろがね)だった。
担当は『芸能部』であり、一見すると何故コンビを組んでいるのか分からない程の人選配備だ。
が二人の噂をサマンサは知っていた。

(・・・あの二人、波長が合うっというのか・・・。夢見がちな乙女同士って事なのかしら・・・)

どうも聞く所によるとロミオとジュリエットみたいな関係らしいが今一つ理解できない。
そもそもロミオは男であり、女二人が恋愛関係に発展するのは奇妙な事だと考えていた。
扉の前に立ち、先ほどと同じくノックと自分の名前を扉越しで告げると。

「どうぞ」

静かで落ち着きのある声だった。
「お邪魔します。ユウ・キャチ・ミーさん、白金さん」
そう言いサマンサは入室すると当の二人はこちらに向けて手を振っていた。


「サマンサさん、この度はおめでとうございます。社内で噂になってますよ」

いつも白い肌と大和撫子の様な和服を着ていて、絶対美人の部類に入る白金。

「実におめでたい日になってしまったよ。お祝いとして何かを送ってやりたいが生憎、手持ちが合わなくてな」

そしてユウ・キャチミーの外見は『ゴースト』そのものであり両足が存在しないが、この新聞社では不釣り合いな煌びやかな衣装を身にまとい、舞踏会とかでよく見られる顔の上半分を覆うマスクを付けていた。
二人とも勘違いをしていたが先程の二人よりずっと冷静で知性的そうだ。
「あの、実はその件についてなんですが・・・」
「いやいや、言わなくて良いんだ」
「貴方の言いたい事は分かりますので」
その言葉を聞いた時はどれほど嬉しかっただろうか。
今度は話を分かってくれそうだとサマンサは安堵していた。
「じゃ、じゃあ!!」
「会いたいと、近づきたいと思いたいのにチャンスを逃してしまうのだろう?」
「うん、分かってる。不安なんだよね。けど自分の潜むパワーを信じて」
サマンサは話のズレを感じた。
確か『ファントム』はやや芝居かかった口調と劇場型思考の持ち主だと聞く。
だからユウ・キャチ・ミーがそんな口答えなのは熟知しているが問題は白金だ。
台詞の断片から『ファントム』固有の能力、現実と幻想がごちゃ混ぜになる力とかが働いているのだろうかとサマンサは思っていた。
だが自分はそういった夢心地にもなってないし、ちゃんと正常な思考が働いている。
つまり導き出される結論は、白金は元からそういう思考の持ち主だったという事だ。


「そう、今の君は」
「そう、今のサマンサさんは」
そこで二人は間を置いて、口を揃えて。

「「アイム ア ドリーマー♪ 」」


二人合わせて、しかもミュージカル調になったのだからサマンサは呆気にとられた。
流れていないはずなのに何故か自分の耳にポップ調の曲が聞こえてくる。
二人にもその曲が聞こえているのか、否応なしにもこの場の空気が盛り上がる。



「会いたいのに会えない♪  切ないこの気持ち♪」
「私の世界は夢と恋と不安で出来てるから♪」



ユウ・キャチ・ミーの後を追うように白金は歌い、二人はデスクの上へと登る。
まるでそこを舞台代わりにして観客へと披露する様に。
デスクの上には資料とかが散乱しているにも関わらず雪女の白金はお構いなしに踏みつけている。
『ファントム』のユウ・キャチ・ミーには足が存在しないが、もしあったとしてもお構いなしに踏みづけるのだろうなとサマンサは考えた。



「そう、だから言えないの♪ けど言いたいのに、チャンス逃してばかりの私♪」
「でも想像もしない彼が♪  隠れてるはず♪」




「あの? お二人とも?」
サマンサが小声をかけるが二人に無視される。



「だってだって♪ 私、翼広げ二人で空と夢をユニゾンしたいから♪」
「私も♪ 空に向かう木々のようにあなたを♪ 私はまっすぐ見つめてるから♪」




「いや? だから、こっちに帰還して下さい」
今度は大声で言ったがそれに耳も貸さず、二人は歌い続ける。


「みつけたいなあ♪」
「ほらCatch You〜♪」
「かなえたいなあ♪」
「Catch Me 待って〜♪」



二人は右へ左へと動き回り、手を広げ、のど元へから、口へと撫でる様に手を動かしている。
その歌声を誰かに向けて届けようとしているみたいに。



「こっちをむいて スキだといって♪」
「それだけで♪ 越えられないものはない♪」
「そうきっと♪」
「奇跡のように♪」





「・・・・・・・」
もはやサマンサは何も言わなかった。
言っても無駄だったからだ。



「私の想い あなたのハートに飛んで♪」
「全てを変えてゆくよ♪」



二人は一緒に腕を高らかに挙げたり、回ったりとダンスと歌を繰り広げている。
観客がいないにも関わず――正確に言えばサマンサが唯一の観客であるけれど彼女は冷めた目で見ていたが――二人は自分達を見てほしいと言わんばかりに披露していた。



「きっときっと 驚くくらい♪」
「飛んでゆけ♪」



二人は体の向きを変え、お互い両合わせになると。



「「コ・イ・シ・テ・ル♪」」



同時に二人は人差し指を互いの人差し指に当てて、チョンチョンと突いた。

「「きゃあああっ♥」」

歌い終えた二人は両手を互いに合わせ、ぐるぐると回り始めた。
まるで自分達が世界の中心にいるのだとはしゃいでいる様に。
ミュージカルの様に繰り広げられていく二人の世界にサマンサはげんなりすると同時に納得もした。

「そりゃバディ組まれるわけよね・・・。あんなに会うんだから」

編集長が人事を決めた際、初めの頃はミスマッチなのではと思っていたがミスマッチどころか運命的なベストマッチだった。
だが話を聞いてくれない事に変わりはない。
「・・・・もう一緒に浸っていてください・・・」
深いため息と共にサマンサはその部署を後にした。
サマンサが去った後でも二人は妄想と愛の世界に入り浸りミュージカルが繰り広げられていた。


「イッツオールライト♪ 大丈夫♪」
「ドリーミング♪ そして扉が開くよ♪」


サマンサはその声をなるべく聞こえないように意識していた。



♢♢♢♢♢♢♢♢



その次に向かったのは『スポーツ部』にいるクアルテットであった。
先ほど二人一組なのだと説明したが彼女、いや『彼女達』は一人で良いのだ。
「確か、クアルテットさんは『キマイラ』よね。だから一人でも十分なんだよね?」
『キマイラ』という魔物は一つの体に4つの人格を持ち合わせおり、実質的に4人分の作業をこなせる。
おまけに体の疲労とかは個別で感じられるのだというので他の部署より倍の仕事を任せられているのだと聞く。

(まあ、きちんと4人で分担してるだろうから上手くやってるんだろうね)

そんな事を考えていたサマンサは『スポーツ部』と表札が書かれた扉の前に立つ。
例の如くドアをノックして自身の名前を告げると。

「良いぞ。サマンサ殿」

入室すると椅子から立ち上がったクアルテットが背伸びをして深呼吸をしていた。
どうやら一仕事終わった様に思えるが、今の彼女は一体どの人格なのだろうかとサマンサは考えた。
聞くところによると冷静な竜に、情熱的な獅子、計算高い山羊に、嫉妬深い蛇だと言うが外見だけでは自分には分からないので尋ねなければならなかった。
「えっとキマイラの、今は誰ですか?」
「『竜』だが、何か?」
「お時間よろしいですか?」
「大丈夫だ。記事の方は『山羊』がすべて仕上げた。そのせいで『山羊』は休眠状態になったが・・・」
その台詞を聞いた時、サマンサは思わず目を点にした。
「・・・一応聞きますが4人分の作業を全て?」
「ああ、『山羊』が全てやった」
凛々しい顔で答えた『竜』のクアルテット。
自分でも結構ハードなデスクワークをこなしていると思うが『山羊』は自身に加えて3人分の仕事もやっていた。
それでは過労で疲れるだろうし、休眠状態とやらにもなるだろう。

(お疲れ様です、『山羊』さん・・・)

サマンサは眠っている『山羊』に労いの言葉と敬礼を心の中で送った。

「全くよ!! おったまげたぜ、サマンサちゃんよ!!」

急に凛々しい表情から気のよさそうな表情と荒々しい口調に変わったのだからサマンサは体をビクッとさせた。
「ええと、『獅子』さんですか?」
「おう、そうだ。そんな小さいなりででっけえ男捕まえるなんてなっ!! ああ、俺達にも男がいればなあ。そう思わねえか『竜』よ」
「いきなり出てくるな『獅子』よ。サマンサ殿が動揺しているではないか」
傍から見れば勝手に一人で表情をころころ変えたり、自身にツッコんだりしてる変な人であるがこれが『キマイラ』という種族の日常だのだから仕方がない。
それに先程の二組より話を聞いてくれそうだからずっとましだ。
ここは意を決して訴えようとサマンサは口を開く。
「いや、ごめんなさい。あの記事は全部噓でして・・」
「噓?」
クアルテットは首を傾げた。
「は、はい・・。これには訳がありまして・」
その時、クアルテットの体が震えだした。
「お、おい!? 『蛇』っ!? おとなしくっ!?」
「ま、まずい!! サマンサ殿、はや・」
その言葉を最後にクアルテットの頭はガクッと落ち、次にゆっくりと顔を挙げた。
「え、えっと・・・。クアルテット、さん?」
『獅子』と『竜』との台詞から察するに今出ている人格は『蛇』、という事になる。
表情は、普通だ。
けど逆にそれが得体の知れない何かをサマンサに騒ぎ立てる。

「ねえ、サマンサちゃん?」

「は、はいっ!?」
思わずサマンサの声が裏返った。
何故なら『蛇』の人格となったクアルテットの目が怖かったからだ
それは捕食者の目。
今の自分は蛇に睨まれた獲物、弱肉強食の世界において自分は食われる側に立っているのだ。
おまけに自身の体格は小柄で子供同じぐらいのサイズに対して、クアルテットは大人の女性つまり大柄だ。
体格の差によってより一層、威圧感が増していたのだ。
「嘘は駄目だって・・・。あなたのお母さんから教わらなかったぁ?」
「い、いえ!? 母からには十分すぎるほど教わりましたです!! 私の母は信用第一でいつも誠実な人だったですっ!?」 
妙な敬語を使ってしまう程の恐怖にサマンサは駆られていた。
「ねえ? 分かるかしら? 今の貴方は・・・」
『蛇』のクアルテットは尻尾の蛇をサマンサの首に回す。
そして蛇の顔となっている先端を開けさせ、舌を出して威嚇する。
次にはその舌で彼女の顔を舐めようとするのならば。
「もし、あの記事が噓ならば・・・罰を払わなきゃいけないわよね?」
蛇の歯がキラリと光ればもうサマンサには無理だった。

「ひ、ひいいいっ!! いえいえっ!! 噓じゃありませんっ!! 本当です!! 私の発信する情報は全て真実ですっ!!! 私はいつも責任を持って情報を発信しておりますっ!! だって私『ラタトスク』ですよっ!! 正直者で誠実さが売りの『ラタトスク』ですっ!! 絶対嘘は発信しませんっ!!」

あれが嘘の記事だとは言えなかった。
もしそれを言えば自分の頬か首辺りに、蛇の口が噛みついてくるのだと思えば言えるはずがない。
その必死さが彼女に伝わったのかサマンサの首に回されていた尻尾の蛇がするすると解かれ、離れていった。

「あら? 本当だったの。ごめんなさいねぇ。私、男がいないから貴方に嫉妬とかしちゃって。大人げないわね」

どうやらサマンサの言葉を真に受けたようだ。
「い、いえっ!? そう思うのも無理のない話だと思いますですっ!! ご、ごご、ごめんなさいですっ!!」
「貴方が謝る必要はないわ。勝手に思い込んだ私が悪いんだし」
「まったく、そう暴走するな『蛇』よ。サマンサ殿を怖がらせてしまったではないか」
先走った『蛇』を叱る様に『竜』が告げる。
「そうそう、男が出来れば俺らは何にも文句はねえんだ。あ〜あ、彼氏とか出来ねえかねえ」
残念そうな表情を浮かべ呟く『獅子』を見て、どうやら危機は脱したみたいだとサマンサは思った。
そしてこの隙に逃げなければと決断した。
「だ、大丈夫ですよっ!! きっと素敵な彼氏とか出来ますからっ!? それでは失礼しましたっ!!」
サマンサは回れ右をして部屋から出ていく。
ごく自然な形で退出する事が出来た事にサマンサは安堵した。
このまま居座って説得なんて出来るはずがない。
特に『蛇』の彼女にばれたらどんな事をされるのか分かったものではなかったからだ。



♢♢♢♢♢♢♢♢



次に向かうのは『国際部』、だったのだが。
その担当二人の組み合わせが非常に不味かった。

「・・・『ウィル・オ・ウィスプ』のジェナさんと『白蛇』の黒百合さん、か・・・・」

知っての通り両種族は非常に嫉妬深い性格であり、男の事になると異常な執着心とやらを見せるのだという。
「嫉妬深い二人だからコンビを組まれたのは分かるけど・・・。聞いてくれるかな?」
それは実際に会ってみなければ分からなかった。
『国際部』と書かれた表札の扉の前に立つ。
少しだけ深呼吸した後、サマンサはドアノブに手をかけた。
だが瞬間、稲妻のような危険信号が走った。
自身の本能が騒ぎ出す。


―――この先は危ない、と。
試しに音を立てず、ゆっくりとドアを少しだけ、開けて中を覗いてみると。




「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない・・・・」

「男が出来るなんて男が出来るなんて男が出来るなんて男が出来るなんて・・・・」



手を止めずパソコンのキーを打ち込みながらも呪詛の様に呟き続けている黒百合とジェナを見てしまった。
心なしか二人の体から青白い炎が―――『ウィル・オ・ウィスプ』のジェナは実際、下半身から足元にかけて―――噴き出している様に見えた。
その様子を見てサマンサは早々にここは諦めようかと思ってしまった。

(明らかにご立腹、というよりも嫉妬に駆られている!!)

だが自身の起きたことに責任を取らなければという気持ちが働き、サマンサは少しだけ開いていたドアをノックした。
「失礼します、お二人とも・・・。『政治部』のサマンサです・・・」
そして勇気を振り絞り、部屋に入室した。
この時はまだ一部の望みに賭けてみたかった。
だがそれが淡い希望だったのだと後に知る事になる。
サマンサが声をかけると同時に二人は頭をサマンサの方へ向ける。

「恋人が出来たサマンサさんじゃないの?」
「噂のサマンサさんじゃないですか。どうしましたか?」

二人の返事にサマンサは答える事が出来なかった。
確かに普通の会話だった、はずなのだが。

二人の目が。


瞳孔が。



黒ずんでいた―――。


しかも作り笑いの表情でこちらを見ていたのだから先程の勇気はきれいさっぱりと消え去り、頭の中が恐怖で埋め尽くされる。

「お、おおお二人ともおおおっ!! 何上えええっ、何上怖い目になっているんででで、すかああああっ?」

足をガクガクし、震え声で訪ねてしまう程の恐怖感だ。
体格のせいてもあるが二人の巨大な嫉妬の炎の前ではサマンサになすすべがない。
「貴方に旦那が出来るのであれば・・・。私達にも旦那が出来るのは当たり前なのに・・・。おかしい話よね・・・」
「別に私たちは怒ってなんていない・・・。けど旦那様が出来たなんて聞けば黙ってられないんだよ・・・」
「いえいえいえいえっ!! お二人の魅力ならすぐにでも彼氏が出来るはずですよっ!? いないのは男にいい、め、巡り会う機会がないからですよおおおっ!!」
「そっか・・・。旦那に会える機会がないからなのね・・・」
「そうですよね。旦那様に会える機会がないからですよね・・・・」
ジェナと黒百合は納得するかのように呟いていた。
だが二人の表情が納得している様には見えない。
むしろ彼女達が呟けば呟くほど、彼女達の嫉妬が溜まっている様な気がした。
「ふふふふっ・・・。旦那が出来たら・・・、私の檻の中に閉じ込めて・・・。毎晩毎晩毎晩毎晩毎晩・・・」
「私も・・・・旦那様に、この青白い炎を灯して・・・・、そして拘束して拘束して拘束して拘束して拘束して・・・」
やはり怒っているのではとサマンサは思った。
そして何も言わず黙り続けていたら。

「毎晩毎晩毎晩毎晩毎晩毎晩毎晩毎晩」
「拘束して拘束して拘束して拘束して拘束して拘束して拘束して拘束して」

二人はまた念仏の如く唱え始める。
加えて黒百合は両手から、ジェナは自身の足元から青白い炎を噴き出しながら唱えていたのだからサマンサは失神しそうな程だった。

「「ねえ? サマンサさん」」

「は、はあいいいっ!?」
二人同時の問いかけにサマンサは裏返った声で返答してしまう。
そして二人はサマンサの方に詰め寄ってきた。
「私達、『白蛇』の炎は旦那様に当てるとその中で炎がくすぶって、私達と交わらなければ生きていけない体になるのは知ってるよね。・・・この炎を女の子に当てたらどうなるのかな?」
「『ウィル・オ・ウィスプ』はこの下半身全体が檻で足元には嫉妬の炎がくすぶっているの。・・・試したことないけど檻の中に閉じ込めて、この炎に当てられ続けた者はどうなるのかしら?」
二人から吹きあがってくる『嫉妬の炎』が彼女達を覆い、そしてサマンサを瞬き一つせず見つめ続けていた。
しかも話の流れから察するに実験台として自分を選んでいる様な、いや確実に自分を指名しているのだと思ったら。
絶対に自分の話など聞き入れてくれない。
ここに居続けていたまたもや自分の命が危ない、と。

「し、失礼しましたあああぁぁっ!!!」

逃げるの選択肢しかなかった。
息を上げながら廊下を走り抜けるその姿、その表情は死地にでも行ってきたかのようなやつれ顔と疲れが見えた。
息が上がり、二人が追ってこないと分かった時はどれ程安心したか。
「何でうちの新聞社は一癖も二癖もある奴がいっぱいいるの・・・」
それでも与えられた仕事はきちんとこなしているのだから驚きだ。
「なんやかんやで世界は上手く出来ているのね・・・」
ならば自身が作ったあの記事もなんやかんやで嘘だと分かって欲しいのだが。



♢♢♢♢♢♢♢♢



最後に残っていたのは『ダークプリースト』のイザベラに『マッドハンター』のファビオラがいる『生活部』だけだった
ここまで来たのだからもう文句とか言っている訳にはいかない。
「せめてここだけでも話を通さなきゃ・・」
最後の望みをかけて『生活部』と書かれた表札の扉に立つ。
意を決してサマンサはドアをノックした。

『コンッ、コンッ!!』

「は〜い! 誰ですか?」
すぐに返事が聞こえた。
「『政治部』のサマンサです!! 入りますっ!!」
先程と違い威勢よく答えたのは是が非でもあの記事が嘘だという話を通したかったからだ。
そしてドアノブに手をかけ、入室すると。

「やあ。これはサマンサ君ではないか。この度はおめでたいね、恋人が出来るとは素晴らしい日だ」
「どうも♪ サマンサさん。恋人が出来た事に心からお祝いしますよ」

二人がこちらへ向けて挨拶してきた。
ファビオラは執事の様な衣装にトレードマークであるシルクハットの帽子を頭にかぶっていた。
イザベラは黒い修道士風の衣装を身にまとい、立っていたファビオラと逆で椅子に座ってくつろいでいた。
相変わらずここも自身の噓記事を信じ込んでいたが、ふとサマンサは気づいた。
ファビオラはいつもティーカップを片手に紅茶を飲んでいるのだが、今彼女が手に持っているのはティーカップではなく白いマグカップだ。
中身は空だったが反対側の手を見ると銀色のポットが握られている。
見るとデスクに置かれていたのはサーバーと呼ばれる喫茶店とかでよく見られる、コーヒーを入れて保温するガラス張りの器が、その上にはコーヒードリッパーとその上に重なっていたペーパーフィルターに黒ずんだ粉が入れられていた。
どうやらこれからコーヒーを飲もうとしていたようだ。
「あれ? 珍しいですね、ファビオラさん。確かいつも紅茶を飲むのだと思っていましたけど」
確か『マッドハンター』と言えばいつもティーカップを片手に紅茶を飲むものだと思っていたからサマンサは多少驚いた。
「何も紅茶ばかり飲んではいないさ。こんな日だから別の物でも飲もうかと思っただけさ。サマンサ君、一杯飲むかい?」
例の記事が嘘だとすぐに話したかったが散々煮え湯を飲まされてきたサマンサにとって一杯おごってくれるという誘いは本当に嬉しく、加えてほとんど走って逃げてきたのだからこの際コーヒーとかの水分でも欲しいと思っていたサマンサは喜んで頷いた。
「はい。お願いします」
「では、待っていてくれ」
そう言いファビオラはポットのお湯をドリッパーに少しだけ注いだ。
「まずは蒸らしからだね。こうする事でお湯とコーヒーが馴染みやすくなるんだ」
コーヒーの入れ方について無知だったがファビオラがそう言うのであればそうなのだろうとサマンサは考えた。
約20秒ぐらいだろうか、それぐらい経つとファビオラは残っていたお湯をゆっくりと注いでゆく。
ドリッパーを通してサーバーに垂れ落ちる黒く濁った液体は勿論コーヒーだ。
ゆっくりと、1滴1滴がサーバーの中へと溜まっていくその光景にサマンサは本当に喫茶店にでも来たかのような心地になった。
昼下がりの午後、ゆったりとした時間を満喫する癒しの空間。
それは都心で息苦しさを感じる人達にとって楽園とも言える場所なのだ。

「さあ、出来たよ」

ファビオラはそう言い、サマンサにマグカップを渡した。
「ありがとうございます」
受け取ったサマンサはマグカップを見つめる。
コーヒーの水面からは湯気が吹き出し、それがサマンサの鼻を刺激させる。
まずは息で少しだけ冷まし、次に一口だけ飲んだ。

「むっ・・・・」

コーヒー独自の苦みが口の中に広がっていき、思わず顔をしかめてしまった。
サマンサはコーヒーの、砂糖やミルクを入れていないブラックを飲み慣れていないのだ。
砂糖やミルクを要望したかったが折角ファビオラが好意で入れてくれたコーヒーだ。
だからそれらを入れて味を損ねる訳にはいかないし、残すわけにはいかなかったから息で冷ましながら少しずつ飲んでいく。
見ると二人は顔をしかめず、コーヒーの味を楽しむ様な表情を見せていた。
やはり大人の女性というのは一味も二味も違うな、とサマンサは痛感した。
自身も大人の年齢ではあるのだが甘いものが好きで、加えて子供の様な小さい体格だから周囲から子供扱いされる事が度々ある。
だから大人の女性というのにサマンサは何処か憧れていた。

「中々いいだろう。マグネシウムの多い硬水を使って苦みを引き出してみたのさ。この苦みは男性にもきっと効くはずだ」
「うん・・・。やっぱり苦いですね。私は甘いものが好きなんで、飲み慣れてなくて・・・」
「でもこの苦みだからこそいいんだ。何しろこれは『夜明けのコーヒー』なのだからさ」
「『夜明けのコーヒー?』」

サマンサは初めて聞いたその単語に首を傾げた。

「そう、朝起きたらちょうど日が昇ってきて。その朝日を浴びながらこの苦みのあるコーヒーを飲む、それはまた格別な世界だ。どうだい? 君の親しい彼にもこの一杯をお薦めするよ」
「ああ、なるほど。確かに朝にはコーヒーと聞きますけど私、朝は滅多に飲みませんですし」
サマンサは苦笑しながら答えていた。
そうか、朝の眠気覚ましに注がれるコーヒーの事だからこんなに苦いのか。
だがそのコーヒーが振舞われる事はないだろう。
何故ならソレイユはまだコーヒーの味を楽しめる年齢にはなっていない。
だから仮に出しても苦くて飲めないなどと言うだろう。

(まあ、ソレイユ君が私より大きくなって飲めるようになったら、いくらか朝が楽しくなりそうだけどね)

するとイザベラがサマンサの方へ寄ってきた。

「サマンサさん。『夜明けのコーヒー』ってどんな意味か分かってますか?」
「えっ? 普通に朝の眠気覚ましに飲むコーヒーとかですよね」
「やっぱ知らないか〜。実は・・・」

意地悪な笑みを浮かべながらイザベラはサマンサの耳元に近づき囁いた。

「・・・っ、・・・・っ、・・・っ」

するとサマンサの顔はみるみると真っ赤に染まっていく。
そして愛すべきソレイユで想像してしまったらもうサマンサは。
「どうだい? 君の恋人にお薦めするよ。日が昇り始め、寝ぼけながら起きた君はまだ目が覚めない彼にそっと、一杯のコーヒーを・」
「健全なソレイユ君にそんな事出来るか、このドアホオォォッーーー!!」
サマンサの右こぶしがファビオラの顔面にクリーンヒットした。
何故か笑顔の状態のままファビオラは床へと倒れ込んだ。
それでもファビオラは手に持ったマグカップを落とさず、中身の液体を一滴もこぼさなかったのだからある意味凄かった。

「た、確かに『お姉ちゃん一緒に寝て』と頼まれたら添い寝の時もあれどっ!! ソレイユ君は純真無垢なまま育って欲しいのっ!!! もう、あの子もどの子も私の話を聞こうとしないしっ!! こうなったらもう直談判よっ!! 編集長に行ってやるうううっ!!!」

怒りと気恥ずかしが両立した叫びだった。
尻尾を逆立て、歯をむき出しにしたサマンサはコップをデスクの上に音を立てて置いた後、疾風の如く部屋から出ていった。

「編集長に、って・・・どういう事かしら?」

残されたイザベラはそう言いながら、自身のカップに残っていたコーヒーを啜った。



♢♢♢♢♢♢♢♢



編集長に直談判する、とは言ったもののサマンサの心は重かった。
だがもうこれが最後の手段なのだ。
最初からそうすれば良かったのではと指摘されるが如何せん、ただの部下である彼女が上司に頼むという構図というのはどうも気が引けるし、そんな気楽に頼めるものではない。
プライドやらメンツというものがあるからだ。
先程のムキな表情はどこへやら、今のサマンサは肩を落とし、すっかりと萎れていた。
ここの編集長パンクラーは自分と同じ『ラタトスク』だがそれでも上司だ。
一応の信頼は得ていたが果たして聞いてくれるかどうか。
彼女がいる部屋の扉に立つサマンサ。
その表情は不安の顔で満ちていて、ノックしようにも体が固まって中々出来ない。

「ええいっ!! しっかりしろ自分!!」

両頬をパンパンと叩き、意を決してノックした。


『コンコンッ!!』


「はい、どちらさん?」
「『政治部』のサマンサです」
「良いわよ。入って」
一度生唾を飲んで、サマンサは入室した。
当の本人は椅子に座ってパソコンと睨み合っていたがサマンサが入るとすぐに顔を挙げた。

「それで何なの、サマンサ?」

首を傾げ問いかけてくるパンクラー。
ここまで来たのだから、もうはっきりと言うしかない。
出なければ後がないのだ。
そしてサマンサは決断した。
「ごめんなさい、編集長・・・。折り入ってお願いがあります」
「改まって何?」
「どうかっ!? どうかっ!? 社内新聞に掲載されている私が男性とお付き合いしているという記事をっ!! 噓だって事を皆さんにお伝えください!! 確かに悪戯をした私にも責任がありますがそれは編集長だってお分かりではないですかね!! だって私達『ラタトスク』は時に情報をでっち上げたりしているじゃないですか!? だから編集長にも・」

「知ってるわよ。あれ嘘だって」

「えっ!?」
加えてけろっとした表情で編集長のパンクラーは答えたのだからサマンサは面を食らったかの様に驚いた。
「だから貴方が提出した、というより後輩のイリスちゃんが持ってきたあの記事がエイプリール用の奴だって事を知ってるわよ」
「知っているって、何で!?」
「あれを受け取って、記事のチェックしてたら働いたのよ、ラタトスクの勘って奴が。それにあんたは男に積極的な奴じゃないのは分かってるんだから。加えてあの記事の日付が4月1日って打ち込まれていたんだからエイプリール用だってのがすぐ分かったわ」
「だったら何故私の噓記事を掲載したんですか!?」
「まあ、目的は社内の子達との親睦会みたいなものかな」
「親睦、会?」
その台詞にサマンサは首を傾げる。
普通の親睦会というのは会社でチラシなど配って公言し、参加したい人を集めてパーティーを開く、といった形だろう。
が何故こんな事をさせたのか、そもそも親睦会とは一体どういう事なのだろうかサマンサには思いつかなかった。

「だって貴方、入社以来他の子たちと飲み会とか行かないでいつも定時帰宅しているじゃないの。加えて挨拶ぐらいしか関係を持っていないみたいだし」
「そ、それが駄目なんですか?」
「いやいや。ソレイユ君の世話をしなきゃいけないのは分かってるわ」
「そ、そこまで知ってるんですか!?」
彼の事については新聞社では秘密、というよりも話す必要などなかったからほとんどの人は知らないはずだった。
「ラタトスクの情報網を甘く見ないで。別にそれは良いのよ、守らなきゃいけない子がいるのであれば保護者として、親として当然の事だし。でも私達との交流も大事でしょ。せっかくこの新聞社に入社して誰とも交わらないで早2年。貴方このままでいいの?」
そう言われると一利ある。
こうして直に会うまで他の記者達がどんな人なのかサマンサには分からなかったからのだからこの謝罪回り、に加えての顔合わせには価値があるだろう。
だがそれがプラスの方面になったかと言えば、難しい所であるが。
「まさか、あの新聞記事を掲載したのって」
「大方、貴方がそうするだろうと思ってね。どう? 個性的な子ばかりだったでしょ?」
個性が有りすぎてよく新聞社が潰れずに回っていたのが都市伝説の一つになりそうな程だった。
「・・・我が新聞社がこうして今まで存続出来ていたのが不思議なくらい、個性的でした・・・」
「それでも回っていけるのが魔物娘なのよ。まあそのお詫び、と言おうか。はいこれ」
そう言い彼女が取り出したのはよくある横に細長い紙のチケット、それが2枚握られていた。
「今度新しくレジャー施設が出来上がったからソレイユ君と遊びに行きなさい」
「えっ?! 良いんですか? うちは人手が足りないんじゃ?」
「溜まっている有給休暇、ちゃんと消費してきなさいよ。使わなきゃいけないんだから。勤勉もいいけど休める時はきちんと与えるのが上に立つ人達の義務でしょ」
最近では部下の事などお構いなしに振り回す上司が横行しているのだがパンクラーはきちんと部下の事を考えていた。
それだけでも立派な上司だ。
だからサマンサはお言葉に甘えてそのチケットを受け取った。

「えっと。お手数おかけしました、と言えば良いんでしょうか?」
「いやいや。今回は私の独断と言おうか、私個人の意思での判断よ。まあ安心して、あの記事に対しては私が責任を持つから。貴方は休み取ってソレイユ君と楽しんできなさい、ね」

その台詞を聞いてサマンサはあの噓記事も取り下げて、他の新聞記者達に誤解だと伝えておくものだと思っていた。
だからサマンサは意気揚々とそのチケットを手に取り部屋から出ていく。
「ありがとうございます、編集長」
「いやいや、どうぞ楽しんでってね♪」
お辞儀をしてサマンサは部屋から出ていった。
もう上司に対する鬱憤とかはない。
このチケットの為に挨拶回りさせられたのだと、そして皆と交流出来たのだからあんな苦労や恐怖は安いものだとサマンサは思っていたからだ。

「ふんふんふ〜ん♪ 有給休暇、有給休暇〜♪」 

鼻歌交じりで歩いていくサマンサの頭の中は既に『ソレイユ君との楽しい旅行』という話題でいっぱいになっていた。



サマンサが去った後、編集長室にいたパンクラーはニヤリと笑みを浮かべた。
それは悪巧みを考えている際とか、面白そうな予感がする際に見せる、悪い笑みだった。

「・・・私はあの記事について責任は取ると言ったけど、皆に誤解だと伝えあげるとは言ってないんだよね〜・・・」



♢♢♢♢♢♢♢♢



数日程休暇を取ったサマンサはソレイユを連れて例のレジャー施設へと向かった。
40分程度バスに揺られていたがバス停から降り、目の前に広がるジェットコースターやメリーゴーランドといったよくあるアトラクションが見えた時、ソレイユは元よりサマンサも喜んでいた。
「うわ〜い!! お姉ちゃんと遊べるなんて嬉しい♪」
「うん♪ 今日はいっぱい楽しもうね。でもその前に荷物を預けようか?」
そう言いサマンサは自分より一回り小さいトランクを指さした。
「うん、分かった。手伝うよ」
「ありがとう、ソレイユ君」
トランクをソレイユと共に引っ張りながら二人はホテルのロビーへと入った。
ホテルは中々立派で中に入れば一般のホテルとかで見られるカーペットやらシャンデリアといった洋風の内装となっていた。
そこでサマンサは気づいた。
ホテル内をよく見渡すと男女のカップル、しかも魔物娘とのカップルがちらほら。
しかもそれに交じって、おそらく一人で来ているのであろう成人の男性がやたらと多くいたのだ。
普通この様なテーマパークといえば家族連れとかが多いはずなのに。
「どうしたの、お姉ちゃん?」
「いやいや、何でもないよ♪」
気にしすぎか、と思ったサマンサは受付のカウンターへと向かう。
自分の背よりやや高いカウンターだったからサマンサは背伸びして、そこに寄り掛かる。自分の両足が少しだけ宙に浮いている状態のまま受付の人を呼んだ。
「すいません。こちらのチケットなんですけど、使えますよね?」
するとすぐに受付の『デーモン』が出てきて笑顔で答えた。
「はい、勿論です。お客様は初めてですか?」
「あ、はい。私達初めてなんでここの事よく知らなくて・・・」
場所ぐらいは調べていたが、受けられるサービスとかは調べなかったのでサマンサはこの際に聞いておこうと思っていた。
てっきり受けられるサービスの他に隣のテーマパークについての説明かなと考えていたが。

「はい、こちらは先程お客様が提示したチケットがあれば『桃色サービス』というものが受けれます。ハードなモノからソフトのモノまで幅広く揃えており、どのカップルでも熱く火照ってしまう事間違いなしです。そうですね、お客様はまだ初めてなのでまずは軽くロー・・」
「ちょ、ちょっとストップ!!」

何やら怪しい方向へと進んでいく受付の説明にたまらずサマンサは尋ねた。

「す、すいません。・・・・ここって、どんな所なんですか?」
「はい、こちらは独身の男性、もしくは独身の魔物の皆さんが交流する為の場です。その場で意気投合した男と魔物のカップルさんは燃え上がる情熱と共に、個室へ入りそのまま朝まで過ごす、というのが一般の流れとなっております。更に燃えたい、刺激を求めたいのであれば前述の通り、こちら側でそのプレイに合わせた道具をレンタル可能となっております」
「平たく言うと?」
「要はテーマパークイン、ラブホテルみたいなモノですね♪ その逆もありですが♪」
その言葉をどれ程聞きたくなかったか。
まして受付の人はソレイユの前で堂々と公言したのだから確実に彼はその単語を聞き取ったのだ。
「お姉ちゃん、『らぶほてる』って何?」
聞きなれない単語に首を傾げるソレイユにサマンサは答えられるはずもない。
だからブルブルと体を震わせ、怒りとも困惑とも自身でも分からない声を挙げた。


「編集長おおおぉぉぉっーーーーー!!!」


サマンサの絶叫が辺り一面に響いた。



♢♢♢♢♢♢♢♢



「ないならば 起こしてしまえ スクープを、ってね♪」

ホテルの窓越しでこっそりと、双眼鏡を使いサマンサ達を遠くで観察していたのは編集長のパンクラーだった。
そしてその後ろにはサマンサの新聞社に所属していた記者達全員が集結していた。
「というわけで『クリエイト・サイエンス』の皆さん、ここの取材頑張ってくださいね♪」
パンクラーは笑顔で全員に指示をした。
「先生〜、質問です〜」
イリスがまるで小学生の様な口調とノリで手を挙げ尋ねてきた。
「取材ついでに男を見つけてくるのは?」
「勿論、許可します〜。好きな男性見つけてきて下さいね〜」
それを聞いた記者達は各々動き出したのは言うまでもない。
目的は取材、もといパートナーとなる男探しだ。


「「オトコオォォォオオオォオォッーーーーー!!!」


文字通り鬼神の如く『レッドキャップ』のレオーネ――の片手には愛刀の鉈が――と『アオオニ』の葵の二人は走り去っていく。




「ユウ・キャチ・ミーさん。ここで私達の舞台が開園されるのですね」
「その通りだよ。白金さん」
「一体どんな男性方と巡り合えるのでしょうか?」
「それは君の中に眠る潜むパワー次第さ」
「では参りましょう。私達の約束の地へと!!」
「いざ行かん。我々の黄金郷へと!!」
体を揺らし、スキップをしながら白金とユウ・キャチ・ミーは去っていく。



「昨日の仕事で『山羊』はまた休眠したみたいだから、俺達が男を探し当ててくるぞ」
「仕方あるまい。まあ、我々の好みが合えば『山羊』はそれでいいと思うがな」
「ふふふふっ。男、絶対に逃がさないわぁ・・・」
一人でブツブツと呟きながら歩いていくキマイラのクアルテット。



「旦那旦那旦那旦那旦那旦那旦那旦那旦那旦那旦那旦那旦那・・・・」
「旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様・・・・」
何度もその言葉を呪詛の様に呟きながらゆらゆらと去っていくジェナと黒百合。



「共にこの『夜明けのコーヒー』を飲んでくれるのは一体どの人間だろうかね♪」
「私も布教活動、もとい婚活活動に励みますか♪」
「ああ!! 私も行きますっ!!」
意気揚々と歩いていくイザベラとファビオラの後をイリスが追っていた。



各々取材、もとい男性を見つけに去っていくその姿を見届けたパンクラーは改めてサマンサとソレイユの方へと振り返る。
「さてと♪ どんな反応見せるのかな?」
パンクラーの頭の中では様々な構想が浮かんでくるが既にタイトルはもう決まっていた。

『我が社の新聞記者、サマンサ氏。なんと男性とお付き合いか!?』

「自分で出した記事なのだから、出した責任は取ってもらうわよ。まあ、その気がないならそれでいいんだけどね〜」
あたふたし、悶絶するサマンサの姿をニヤニヤと面白そうにパンクラーは観察していたのであった。



♢♢♢♢♢♢♢♢



そして皆が出払った『クリエイト・サイエンス』社の受付嬢シュエメイの表情は、ぼうっとしていた。
何しろ色んな意味で騒がしい記者達がおらず今のところ誰一人来訪者がいない、要するに暇の状態だったからだ。
だがその表情は、ぼうっとしているより何かに懇願している様な表情にも見えた。

「・・・・男が欲しい・・・。誰か来てくれないかな・・・」

それだけ呟くとがっくりと肩を落とした。
次には仕事終わったら憂さ晴らしに一人酒でもしようとシュエメイは心に決めたのであった。
17/10/09 17:07更新 / リュウカ

■作者メッセージ
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!!
『ラタトスク』という魔物娘は情報の扱いに長け、尚且つ臆病者であると見て新聞社とかに勤めていて、皆に振り回されるキャラのかなと思って書いてみた次第で更に今回は『ギャグ』というジャンルに手を出そうと思い、自分なりにギャグ要素やネタ要素とかを取り入れて見ましたがお楽しみ頂けましたでしょうか?
正直ギャグのセンスとか面白さとか皆無な自分ですが、もし少しだけクスリと笑える要素とかがあったなら本当に嬉しいです。

・・・さて、皆様はどの部署に配属されたいですか? 

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