読切小説
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あなたをまもりたくて
世の中は実に不公平だと彼女は思っていた。
力があるにも関わらず悪行に走る人間もいれば、善良であるにも関わらず力がない人間もいる。
善良な人間で力があれば世の中は平等に、公平になるのだろうと彼女は思っていた。
だが神様は与えるべき人間に、力を与えてくれない。
与えるべきでない人間に、力を与える。
なんて気まぐれで、我儘で、無責任な奴だろうか。
もしその神様とやらに会ったのならば文句の一つぐらいは言いたかった。
何故なら彼がまさにその被害者なのだから。

「ストリアさん。ここです」

そう言い彼が指さしたのはぽっかりと空いた洞窟の入口だ。
大きさは大人二人が横に並んで入れるぐらいのサイズ。
ストリアと呼ばれた女性は改めて彼、ヴィヴァンを見つめる。
金色の乱雑とした髪の毛に、まだあどけなさが残る童顔。
膨れていない筋肉に不格好な鎧姿が目に移れば複雑な気持ちが湧き上がってくる。
おまけに背丈が自分より少しだけ低い、教団の騎士見習いでも自分より高い人間がいるのは常識だと思っていたのだが。
彼はひと一倍正義感とやらは強いのだが実力が伴っていない、ゴロツキの一人あしらえるのがやっとの強さなのだ。
それでも正義感は強いのが売りの彼だから教団のお抱えの騎士隊―――言うまでもなく末端の隊だが―――に所属している。
そこでの彼の扱いと言えば、雑用係にも似たものだ。
掃除や武器の手入れは日常茶飯事。
馬の世話にじゃがいも等の皮むき、果ては雑草取りまでさせられているらしい。
流石に騎士とは関係ないものまで押し付けられている状態で不満を挙げないのはどうかとストリアは思った。
それに引きかえ彼女、『魔法使い』のストリアは上級の魔法を難なく使いこなす女性だ。
一時期ではあるが高名な勇者と同行した実績があり、その為ヴィヴァンがいる騎士隊でもその名前は届いている。
肩辺りまで伸びている黒色の髪に美しい顔、スレンダーな体つきで確実に美人と言える女性だ。
余りにも不釣り合いな二人が何故こうして一緒にいるのか。
それは話せば長くなるが。
きっかけは数人の騎士らに彼が因縁を付けられている場面にストリアが出くわしたからだ。
彼は実力が伴っていないにも関わらず間違いを許さない人間、所謂いじめのターゲットにされやすい人なのだ。
不正とか規定に反した人間に対して注意する人間がいれば煙たがれる、そう考えれば納得してもらえるだろうか。
彼の場合も同じで教団内で御法度となる賭け事が何度も行われていたのを目撃していたので止めた方が良いと忠告したが『お前の注意など受けない』と先輩騎士らが彼を殴りつけた所へ、遠征の為滞在していたストリアが出くわしたのだ。
流石に見過ごせない状況だったので堪らずストリアは場に入って彼を助けた。

『ちょっと、何しているの』

相手を威圧するかの様な声を出してこちらに注目させた。
すると彼らはストリアの顔を見ると怖気づいた様な表情を見せた。

『い・・いえいえ、ただの勘違いですよ。決してこいつを虐めている訳じゃないですよ』

そう言いながら彼らはすごすごと立ち去っていった。
自分より下の人間ならば手を出すが、上である自分に対しては手を出さない。
賢い選択だが何とも情けなく、下劣な奴らだった。
おまけに馬鹿な口答えをしたとストリアは内心呆れていた。
いじめじゃないなら『虐めている訳ではない』と口を滑らせる馬鹿が何処にいようか。
それを口にしている時点で自分達が彼を虐めているという自覚がある、と証拠になるのだと言うのに。
そんな下らない事は忘れ、倒れている彼を起き上がらせると治癒の魔法を施した。

『ごめんなさい。迷惑をかけて』

ストリアが聞いたヴィヴァンの第一声。
まず謝罪したというヴィヴァンの行動に彼女は釈然としなかった。
決してそれは間違いではないが、出来れば感謝の言葉が欲しかったのが本音だった。

『これぐらいお安い御用よ』

そう言いストリアは彼の顔を見つめると次は何気なく彼の腕に目をやった。
そこでストリアは気づいた。
彼の両腕にはあいつらに付けられた以外の傷がちらほらとあったのだ。
その傷について尋ねると彼曰く、自分は不器用だから生傷が絶えないとの事らしいが。
取り合えず、頬に受けた傷と目に見えている傷すべてに治癒を施してみた。
傷が見えなくなったのを確認するとストリアは彼を立ち上がらせた。

『これで大丈夫よ。まあ怪我しないで、とは言わないけど。無理はしないで』

『その、本当にごめんなさいストリアさん。それじゃ僕はこれで』


彼が背を向けて去っていくその姿にストリアは不安がっていた。
またあいつらに因縁とかを付けられるのではないだろうか、と。
が次には心配しすぎだなと不安を振り払った。
たまたま自分があそこに居合わせてしまい、偶然怪我が多い状態を見てしまっただけだろう。
つまり普段から彼はそんな傷つけられていないはずだ、とストリアは思い込んだ。
だがそれは間違いだった。
その3日後、また彼が騎士らに絡まれていたのを発見した。
しかもその一人は剣を持っていて彼の右手の甲を切り付けようとしていた。
そして彼が両目を閉じて体を震わせ、怯えていたのを。

『何をしているの!!』

怒鳴り声で場に入ってきて剣を納めさせた。
聞く話によるとヴィヴァンに剣の稽古をしてやっているだとかあの釣り目の騎士はほざいていたがそんなの真っ赤な嘘だ。
ならば複数人で彼を逃がさない様にする必要が何処にある。
ならば練習用の木剣ではなく真剣だったのはどういう事か。
ならば何故ヴィヴァンは何もしないで怯えているのだ。
答えはただ一つだけ。
ストリアは彼に駆け寄りその体を起き上がらせる。
見ると両腕には真新しい切り傷、その他に打撲らしき赤黒い斑点(はんてん)まであった。
殴られたであろう顔の右頬は赤黒く腫れていた。

―――ここまで痛めつける必要があるの!?―――

それは心からの怒りだった。
ストリアは決して正義感が強い人間ではない。
ただ寄ってたかって弱い者いじめをするなど下種な人間と同義だと考えていた。
しかも非はそちら側にあるにも関わらず暴力を振るって黙らせるなど、悪党の考えと変らない。

『ごめんなさい、また迷惑かけちゃって・・・』

またヴィヴァンが謝罪の言葉を、今度は涙を流しながら伝えていた。
迷惑なんかかけていない。
あいつ等が悪いのだ。
目をキッ、と尖らせて敵意にも似た視線を送って騎士らを威嚇させた。
すると彼らは怖気き、一目散に退散した。
そしてすぐに彼を連れて自室に戻ると治癒の魔法を施した。
更に念を入れて医者にも診てもらい、包帯まで巻いてもらった。
そうしなければ気が済まなかったからだ。
腕や足に巻かれた彼を見続けているとストリアの心に何かが芽生えた。
そして数日間かけてあそこにいる兵士などにヴィヴァンの評判を聞いてみるとストリアは驚いた。
彼は鬱憤の溜まった兵士らの『ゴミ箱』として扱われていたという事実に。
元々教団というのは堅苦しい規則や時代錯誤の風習が固まって運営されている様な所だ。
そんな場所に年若い人間が居続けていたら不満などすぐに溜まるのも当然の事だった。
そこで彼らの捌け口、『ゴミ箱』として選ばれたのが彼だったのだ。
勿論これは公などされていない。
司祭は知られず若い騎士達内での暗黙の了解だった。
何かと因縁を彼につけて殴る蹴るなどしてストレスを発散させる。
本人は抵抗する力も仕返しする度胸もなかったのだから本当に良いサンドバックだった。
その事実を知ったストリアはすぐにそこの司祭に彼を自身の護衛にしたいと申し出た。
彼には才能があるから外に出させて経験を積ませればいい騎士になる、などと伝えれば司祭は、「貴方がそう言うのであれば」と疑う事無く許可を与えた。
だがそれは建前だ。
本音は彼をここから遠ざける為だ。
彼をここに居させたらまた奴らに痛めつけられる。
そう考えれば彼を自身の手元に置いた方が良い。
彼を守る、とは少々違う。
ただ彼をこれ以上痛めつけられたくないから、というのがしっくりくる。
そんな事を振り返っていたからヴィヴァンが自分の名前を何度も呼んでいた事に気付かなかった。

「ストリアさん、どうしたのですか?」
「いえ、何でもないわ。それよりもここに魔物が住んでいると言うの?」
「確実ではないんですが。目撃情報によるとこの洞窟にフラフラっと男性達が入って、行方不明になった、と。・・・魔物の仕業ですか?」
「なくはない、わね。事故に巻き込まれてしまったという可能性も否定出来ないし。調べてみないと何とも・・・」

この辺境の村である噂が流れていた。
人間の、それも成人の男性が神隠しに会うという噂だった。
男が何かに釣られる様にフラフラとこの洞窟へ入り、それ以降出てこなくなったという。
そして年々神隠しに合う男性が増えていて、気になるので調べてくれないかという村長からの依頼で二人は派遣されたのだ
大方魔物の仕業だろうかとストリアは思ったが確実な証拠がないし、実際に見た人間はいない。
ならばこの目で確かめなければならない。

「では僕が先導しますからその後を付いてきて来てください」

ヴィヴァンがランタンを持って洞窟へと入っていく。
その後ろ姿にストリアは彼が怪我をしないか、少しだけ不安がっていた。



♢♢♢♢♢♢♢♢


洞窟の中はひんやりとしていて時折水滴がチャプン、と落ちる音が聞こえる。
少しだけ肌寒かったが防寒着とかが必要なほどの寒さではない。
背中を曲げて進まなければならない程天井が低い場面に出くわすがその中でもヴィヴァン とストリアは臆する事無く進んでいく。
たまに地面が濡れていて泥に足を取られそうになるがストリアはとっさに壁に手を付けて転倒を回避する。
その光景を見たヴィヴァンは。

「足元に気を付けてくださいストリアさん」

と言い、顔をストリアの方に向けていた。
だから前方を見ていなかった。


『ゴツン!!』


ヴィヴァンが岩肌に後頭部をぶつけてしまい、そこを抱えてその場でうずくまった。

「い、痛い・・・」
「大丈夫?」

ストリアがヴィヴァンの元へと駆け寄る。

「ご、ごめんなさい・・・。少し、したら治ります」

頭を押さえ続けている彼にストリアはため息を吐いた。
それは呆れた時に吐く冷たく、重苦しい息とは違う。
例えるなら自身の子供がおもちゃとかの片づけに悪戦苦闘して、いつまでも片づけられないその子にもう仕方ないから手伝ってやろうと決めた時に吐く息と同じである。
ストリアはヴィヴァンの方へと近づき、その優しい手でぶつけた箇所を覗いた。

「ほら、見せて。・・・少しだけこぶが出来ているわね。塗り薬で十分でしょ」

ストリアは肩掛けカバンを開け、中から瓶詰を取り出した。
蓋を開けてペースト状だった中身から少しだけ、中身をすくうとそれを彼のぶつけた箇所に塗る。

「その、えっと・・・」
「ほら、何も言わなくていいの」

ヴィヴァンは恥ずかしいのかそれ以上何も言わずただ黙っていた。
がストリアは彼が喋ろうが喋らないが関係ない。

『やっぱり私がいないと駄目ね。この子は』

その時のストリアの目はまるで出来の悪い子供を見守る、母の様な優しい目に似ていた。



♢♢♢♢♢♢♢♢



暫く奥へと進んでいくと天井が高くなり、道幅が広くなってきた。
大人4人が横へ一列に並んでも進められるほどの広さだった。

「休憩にしましょう。休める時に休まなきゃ。まだまだ奥へと進むんだから」

自分よりも経験豊富な彼女が言うのだから反対はしなかった。
濡れないよう適当に岩場を見つけ、二人はそこに座るとストリアはカバンから包みを二つ取り出した。 
包みを開ければ出てきたのはレーズン入りのパンだ。
このパンはストリアが用意したもので朝早くからパンを焼いていたのをヴィヴァンは覚えている。
次に彼女は金属製のコップを二つ用意し、ポットを取り出した。
その中身は水、だから中の水が漏れないように蓋をして、コップに注ぐための口が取り払っている。 
それをランタンの上に水を載せ、ストリアが呪文を唱える。
数秒経つとストリアはそのポットの取っ手を掴み、中身を空けた。
すると水が湯気を出してきた。
そしてコップの中に粉のようなものを入れ、お湯となった水を注ぎ、かき混ぜれば。

「これで完成。はいどうぞ」

そう言いストリアは出来上がったコーヒーを手渡した。

「ありがとうございます」

受け取ったヴィヴァンはまずパンを一口かじってみた。
しっとりとした感触とレーズンの甘さが口の中に広がる。
次にコーヒーを一口。
やや熱く苦かったが胃の中から体が温まってくるのが感じられる。
ストリアも同じでパンを一口大にちぎり、それをコーヒーに浸してから食べた。
そうする事でヴィヴァンとストリアは心に安心と充足感を得られた。
だから心に余裕が生まれ、自然と会話し始めたのも当然の行為だった。

「そう言えば聞いてなかったわね。貴方の身の上話」
「ああ、そうですね」
「騎士を目指すってどうしてなの? もっと、その、貴方には別の、向いている仕事とかあるんじゃないのかしら?」

後半、言葉を濁してしまったのには理由があった。


―――もう騎士を辞めろ、このままでは貴方はいじめられ続ける―――


ストリアはそう伝えようと思ったが出来なかった。
ヴィヴァンの想いとかをくみ取ったら言えるはずがなかったのだ。
だからこんな遠回しの言葉でしか伝えられなかった。
それがストリアの配慮というものだったからだ。

「憧れなんです。僕の」

ヴィヴァンはまたコーヒーを一口すすった。

「小さい頃、僕の村には騎士の人が駐在していて村の人達を守っていたんです。気さくて優しくて僕にはその姿が輝いていて、いつかあんな人に成れたらって。だから必死で剣の稽古に励んで、教団の騎士入隊試験にギリギリでパス出来たんです」
「そうだったのね。けど本当にそれしかなかったの、別に人生は長いんだからじっくり考えてもいいんじゃないの」

これは慰めだった。
同時に心の奥底に黒い感情が込み上げてくる。
それは自己嫌悪とも、こんな言葉でしか言えない自分への苛立ちだったのかも知れない。

「・・・・僕にはそれしか取り柄がないですから・・・」

たっぷり一分経ってからの返答だった。
ヴィヴァンの表情が辛く見えてきた。

「勉学だって意欲があれど結果は平均以下。剣の腕前だって察しの通り。だから真っすぐな自分は僕にとってのアイデンティティなんです。それが無くなったら僕には何も残らないんです。ならせめて騎士見習いっていう称号だけは持ち続けていたいんです」
「・・・持ち続けていれば、自分はそこにいてもいいって事なのかしら」
「そうですね。『騎士見習い』なら訓練する為の場所がある。寝泊り出来る場所がある。僕がいてもいい場所がある。もし場所が無くなったら僕はもう・・・」

哀れみ、というよりも同情の心がストリアにあった。
それを取られたら自分はどうして生きているのか。
それが無くなった自分は生きている価値があるのか。
自分だって『魔法を使える』というアイデンティティがあるからこうして教団お抱えの『魔法使い』として生活が保障されている。
だがそれが無くなったら自分に何が残るのだろうか。
魔法以外の事など興味ない自分には生きる価値などあるのだろうか。
そう考えたらストリアの心が苦しくなった。
ヴィヴァンの言いたい事が分かる気がしたからだ。
存在価値を失った人間に生きている意味は無くなる。
即ち、『自分には生きる資格はない』という烙印を押されるという事だ。
それがどれ程辛い事で絶望的な事なのか。
思わずストリアはヴィヴァンの頭を撫でようかと思ったがこんな事で彼の置かれている状況が変わるはずがない。
返って一時の安らぎを与え、彼がまたいじめられるのだと思えば。
自分はまた遠征の為、もうすぐ彼の陣地から去らなければならない。
適当に理由を付けて彼を無理やり連れていくというのも手だが彼はまだ騎士見習いだ。
彼がこちらに付いていけず、負担をかけさせる訳にいかない。
けれど自分が消えたら彼を守る人間がいなくなる。
そうなれば彼はまたあいつ等に傷つけられる。
そのもどかしいジレンマに囚われストリアは沈黙し続けた。
だが会話を続けさせなければと考え、やっとの事でストリアが出したのは。

「大丈夫よ。貴方にだって取り柄はあるはずなんだから、元気出しなさいヴィヴァン」
「そうですよね。ごめんなさい、気を使わせてしまって」

言葉で彼を、ヴィヴァンを慰めるしかなかった。
今はそれしか言えなかったのだ。
同時にストリアは口でしか慰められない事が悔しかった。



♢♢♢♢♢♢♢♢



休憩を終え更に奥へと進んでいくストリアとヴィヴァン。
時間で換算すれば30分ぐらい経っているであろうか。
その時、ストリアの目は捉えた。
洞窟の奥に、一瞬だけだったが見えたのだ。
赤い、斑点みたいな何かが。
そして奥の方へとそれが消えていくのも。
ストリアの危険信号が知らせる。

―――きっとあいつだ、と。

「ここにいて」
すぐにストリアはヴィヴァンに待っているよう促した。
「駄目です! 一緒に行きましょう!」
当然、ヴィヴァンは反発する。
「大丈夫だから。貴方が一緒にいたらまた怪我しちゃうでしょ?」
「でもストリアさんを一人で行かせるなんて出来ませんよ!! 僕は騎士なのに」
このままで押し問答が繰り返されるのは目に見えていた。
ならばストリアは迷わなかった。

「・・・ならこうしましょう。この懐中時計の長針が10の所まで来たら貴方が来て」

そう言いストリアはバックから古びた懐中時計を取り出した。
長針、短針共に数字の『0』を指さして停止している。
そして秒針を刻む針がなかった。
「大丈夫。私は強いんだから。危なくなったらすぐに戻ってくるから、大丈夫よ」
そう彼に言い聞かせてストリアはニコッと笑顔を見せてみた。
『本当に大丈夫だから心配しないで』、という笑みだった。
ヴィヴァンはまだ迷っていたが懐中時計とストリアを交互に見続けた後、首を縦に振った。

「・・・分かりました。ですけど・・・・お願いします。危なくなったらすぐに・・・」

そしてストリアはカバンの中から予備のランタンに灯りを付けた。
それを持って奥へと進んでいく。
しかしその心には罪悪感があった。
実はあの懐中時計には細工がしてあったのだ。
通常の時計よりも2倍遅れるようにして、それがばれないように秒針を刻む針を取り除いていたのもその為だ。
なぜこんな事をしたのか、言うまでもない。

「せめて、ヴィヴァンだけは逃がしてあげないと」

ただそれだけ独り言の様に呟いた。


♢♢♢♢♢♢♢♢



あの赤い物体を追って一本道を進んできたストリア。
ここまで歩いてきたことで気づいた事が一つ。
洞窟内が広くなっていた事だ。
大人数が通っても大丈夫なほど広がっていてストリアは不自然さを感じていた。

(なんでここまで広がっているの? 自然的に出来た、という訳じゃないわね?)

そしてこの先が一際広くなっていたことに気づいた。
ストリアはそこへ一歩踏み出しすと。



「ここは?」


声が反響した。
ただ広い空間だった。
自分がたまにちらっと見る、騎士達の練習所よりも広いんじゃないだろうかと思えるほどの広さだった。
自分の周囲だけランタンによって照らされ、見渡すところ全て暗闇だ。
その光景にストリアは呆然としていた。


(あの洞窟からここまで広い所に出るなんて)

いや、そもそもここは洞窟の中なのかという不安が生まれてきた。
ここへと向かう途中から自分は入ってはいけない空間に来てしまったのではないだろうか。


(ここって、本当にあの入り口から繋がっているの? 私、へんな所に迷い込んでしまったんじゃないの?)


暫くその場で立ち尽くしているとストリアはふと気づいた。
ずっと奥の方、暗闇の中に。
何か蠢いていた。
それは赤い物体だった。
ぎょろぎょろと動いていた。

―――まさか目玉?

何故そう思ったのか分からない。
ただ直観でそう思っただけだったが。
次にぎょろぎょろと動いていた赤い物体が一点に定まった。

―――私を見ている!?

赤い物体がこちらに近づいてきている。
ストリアは警戒を強め、杖を構えた。
ランタンの灯りで全体が薄っすらと浮かび上がってくる。
やがて全体像が浮かび上がった時、ストリアは絶句した。
蠢いていたのは蜘蛛だ。
それも巨大な、大人など丸吞み出来そうな程大きな蜘蛛だ。
目玉かと思っていた赤い物体はよく見ると蜘蛛の至る所にも存在していた。
そして更に絶句したのは蜘蛛の口内らしき箇所に、まだ幼い小さな女の子が居座っていたのだ。
年に換算すれば10歳前後、黒の長髪に顔はまだあどけなさが残っていた。
女の子がその蜘蛛に食べられているのかと最初は思ったが違った。
女の子は埋まっているだけなのだ。
大蜘蛛の口に女の子は埋まれ、頬を赤らめて涎を拭くことなく垂らしていたのだ。


「あひゃ♥♥ もっと...もっと、奥にいいぃ♥♥♥」


頬を赤らめ、発情したメスの表情を浮かべていた。
声色も快楽に満ちていて抵抗しているとは思えない。
まるで彼女が望んであの蜘蛛とセックスしているかの様な。









『ここまで人間が来るなんて珍しいな』




男性の声だ。
何処から聞こえたのだろうか。
堪らずストリアは辺りを見渡す。
されど人影はいない。



『ああ、俺だよ。蜘蛛だよ』



ストリアは正面を向いて目を見張った。
あの巨大な蜘蛛が喋っているのか。
信じられない事だが声の出どころといったら、もうこの蜘蛛でしかない。


『いや怖らせるつもりはないよ。安心して、出口まで連れてってあげるから』


されどその台詞を聞いてもストリアは信用しなかった。
信用しない、というよりも拒絶したかっただけなのかも知れない。

「この化け物!! そんな嘘を言っても私は騙せないわよ!!」

教団に属している彼女は元より魔物に対して敵意を持っていた。
だからあの大蜘蛛の言っている事は嘘だと、元よりあの大蜘蛛を化け物だと決めつけたのは当然の判断だった。



「ばけ・・・もの?」



快楽に酔いしれていた少女が初めて目線をこちらへと向けた。
口調から不思議そうな、それでいて不機嫌そうな声色だった。
少女は大蜘蛛と共にストリアの所まで急接近してきた。
目と鼻の先まで近づいていき、じっとストリアを見つめた。
思わずストリアは一歩後ずさった。
次に彼女は何の反応をするのかわかったものではない。
だからストリアは距離を少しだけ置き、姿勢を低くして構えた。


(この子、一体なんの魔物なの? 見たことないタイプだけど?)


頭を冷静にさせて、視線は大蜘蛛へと向けて出方を待っていた。
時間で言えば1分くらいだろうか、女の子はゆっくりと口を開きはじめ。

「彼を・・・化け物?」

第一声、正確には第二声だろう。
初めて聞こえたのは快楽に酔いしれている声だったから。
まともに答えたその声は苛立ちがにじみ出ていた声だった。
それでいて女の子は不思議そうな表情を作っていた。

「そ、そうよ!! 化け物じゃない!! 貴方もその、化け物と同類なんでしょ!!」

臆する事無く、ストリアは大蜘蛛を指さした。
化け物じゃなければなんだと言うのだ。
一般的に考えてもあいつは人間ではない、化け物で間違いないのだ。
ストリアのその断言を聞いた途端、女の子の体がブルブルと震えだした。

「私の、彼を・・・化け物・・・!!」

今度ははっきりと分かる。
彼女が怒りの声を挙げていたのを。
ただの怒りとは違う。
殺意がないがそれに近い怒りだったのを肌で感じとった。

(この怒り方。私が知らないモノだわ・・・)

ストリアは知らなかった。
それは恋人を馬鹿にされて黙ってられない、女性の怒りだったのを。
またストリアは自覚していなかった。
自身がヴィヴァンを守った際に見せた怒り、それと同類の怒りが女の子からも放っていた事も。


「よくも・・・!!」


少女が、大蜘蛛が、一歩踏み出した。
それに釣られてストリアは後ずさりする。

「よくも!!」

また一歩踏み出した。
ストリアはまた後ずさりする。

『落ち着け! 俺は怒ってないから!!』

大蜘蛛が制止しようと声をかけるが彼女は聞く耳など持たなかった。
自分の方へと動いているのはあの大蜘蛛だというのに彼女をなだめている。
どうやら主導権は今あの女の子が握っているようだ。
後ずさり、後ずさりしたが背中が壁にくっ付いてしまう。
もう後ずさりが出来ない。
気づけばストリアの顔とは1センチまで近づいていた。
そこで女の子は怒りを爆発させた。


「私の夫を化け物呼ばわりしないでっ!!」


それを聞いた途端、ストリアは困惑した。

―――私の夫、ですって?
まさかこの大蜘蛛が彼女の夫だと言うのか。
確かに夫を持つ魔物は数多くいるのを知ってはいるが、彼らは五体満足で夫として迎え入れられているのだから何ら疑問とか持たない。
持つはずがないのだ、彼らは自分と同じ人間の姿なのだから。
されどこの少女は大蜘蛛を自分の夫であると主張している。
こんな化け物が彼女の夫だとストリアは信じられるわけがなかった。
その戸惑いが隙を生んだ。

『がぶっ!!』

気が付いたら嚙まれていた。
蜘蛛ではない、あの幼い少女にだ。

「あ、あがっ・・・・、あぐっ!!」

右首から肩にかけて痛みが走る。
何かが体内に流れ込んでくるのが分かる。
それは右腕に、胸に、腹部に、体全体へと回っていく。
思わず両手に持っていた杖とランタンを落とし、地面へと倒れこんだ。

「これは罰よ!! 私の夫を化け物だと言った貴方への!!」
『ま、まさか!? お前!?』
「だって・・・。愛しい貴方を化け物だって言われたらもう・・・」

潤んだ眼で大蜘蛛を見つめる女の子。
もう彼女の目線は大蜘蛛だけに集中し、苦しんでいるストリアには目もやらなかった。

「貴方を化け物だ、なんて酷い話じゃないの・・・。こんなにも愛しい姿だってのに・・・」
『けど、こんな無理やりな!?』
「もうしちゃったんだから、手遅れよ」

嚙みついた事に罪悪感は疎か、後悔すらしていない女の子。
そして当のストリアは。


「な、なにっ!! これ・・・・!!」


体の奥底から焼けている様な。
風を引いた時の気だるさとは違う。
もっと別の、味わった事のない感覚だ。


「あっ!! あがっ!! ぐあっ!! あがっ!!」

次には言葉にならない叫びが出てきた。

―――痛い!!

指先が震え、痙攣し始める。
両足も痙攣し、動けと命じても震えさせる事しか出来ない。
目の焦点が定まらず、目の前にいる少女と蜘蛛が3人ずついるかの様に見える。


―――苦しいっ!!

息が上手く出来ない。
必死に肺に空気を送ろうと呼吸を繰り返すが十分な酸素が送れない。


―――何なの!? 何なの!?

必死に頭を回転させようとしたが出来ない。
頭の中すら『苦しい』という言葉で埋め尽くされ、そして自分の知識や経験の中でその答えを見つけられないからだ。
今はただこの苦しみに耐えるしかなかった。


「うぐっ!! あ、ああっ!! あああああああっ!!!!」


思わず地面へと倒れこみのたうち回る。
されど痛みは引かず、体を駆け巡る違和感は無くならない。
そして背中の感覚が異変を知らせた。
自分の背中から何かが出てくるのを―――


『グッ! ググッ! グググッ!!』


何が出てくるのか分からなかった。
だからストリアはそれを押さえつけようとした。
理性的な考えとかではなく本能で、だ。

――ダメ!! 出てこないで!!

これを出してしまったら、もう人間ではなくなる様な気がする。
必死に体を力み、出てこないよう踏ん張ってみたが抑え込めそうにない。
逆に抑え込めば、抑え込むほど『それ』を出したいという欲望に駆られてしまう。


―――駄目、抑え込まなきゃ!!

歯を食いしばり、全身の力を使って耐える。
私はストリア!!
教団の魔法使い!!
魔物を悪と見なし退治する人間なんだ!!
そしてヴィヴァンを見守る保護者なんだ!! 
そう自分に言い聞かせてみせた。
されど『それ』は限界を突破した。


『グググググッ!!!』



「あが、ががあああああっ!!」


出てくる際の痛みとかは無かったが思わず声を挙げてしまった。
出てきてしまった。
それが合図だったのか体の震えが収まってくる。


「はあ・・・・はあ・・・はあ・・・」


呼吸が整ってきた。
体に力が入る様になってきた。
ふらふらとストリアは立ち上がる。
あの時、背中から何か出てきた様な感覚を味わった。
何なのか首を傾け背中を覗いた。
見てみると自身の背中から。
―――鋭い、蜘蛛の足の様な角が。


「えっ・・・・・」


片方に2本、もう片方に2本、計4本生えていた。
触ってみるとしっとりとした感触だった。
引っこ抜こうと握ってみたが取れない、それどころか痛みが走った。

「いや・・・・いや・・・・」

もう人間ではない、魔物となってしまった。
魔物を討伐する人間が魔物となってしまった。
こんな姿ではもう人前には出れない。
そしてヴィヴァンの前にも。
しかしその気持ちはすぐに別のものへと変わっていく。
それはヴィヴァンに対する不満だった。
何故自分が彼にここまで見なければならないのか。
何故自分が彼と一緒にいなければならないのか。
兎に角、彼に対する不満が一気に噴き出してきた。
その不満に満たされたストリアが発した一言は。

「・・・イライラしてきた・・・」

次にストリアは自分を魔物に変えた張本人達に抗議する訳でもなく、自分が魔物に変わった事に絶望する訳でもなく、周り右をするとヴィヴァンの所へと向かっていく。
しかも手に持っていた杖やランタンすら持たずに。
壁にぶつかってしまうなどの危険があるにも関わらず彼女はぶつかることなく、されどゆらゆらとした足取りで去っていく。
その光景にあっけらかんとしていた大蜘蛛。
もし人間であれば口をポカンと開けていただろう。

『変え、たんだよな?』
「ふふふ、もう私と同じ力を持っているの。そっか、思い人がいたのね。きっとあの人の元へと・・・」

当の女の子は笑みを浮かべていた。
面白い事になりそうだという笑みと幸福を与えたという達成感に満ちた表情だ。
そして彼女は大蜘蛛へと体を寄せると。

「ねえ、もういいでしょ? またお願い♥」
『い、いや。ちゃんと説明ってやつを・・・』
「説明なんて必要ないわよ♥ もう本能で自分の力が分かっているんだから♥」
『えっと・・・・・』
「ほら、もっと貴方の精で私を満たしてよ♥」

そう言い女の子は体を揺すって、彼にねだってくる。
多少の後ろめたさとかはあったがもう過ぎてしまった事だし、自分にはどうする事も出来ない。
釈然としなかったが大蜘蛛は彼女と共にまた暗闇の中へと消えていった。



♢♢♢♢♢♢♢♢



長針はもう数字の『10』を指さしていた。
大人しく待っていたがもう限界だった。
ヴィヴァンはストリアの方へと走っていく。
「ストリアさんー! 大丈夫ですかー!」
早足で彼女の名を叫んだ。
それで彼女が気づけばそれでいいと彼は思っていたからだ。
何回か叫んでも返事はない。
空しい叫び声がこだましても彼には関係なかった。
「ストリアさんー!! 返事をしてくださいー!!」
そういいながらヴィヴァンは奥へと進んでいった。
「んっ?」
すると闇の中から人影が見えてきた。
最初は誰なのか分からなかったがランタンの灯りで輪郭が浮かんできた。
女性だ。
トレードマークである黒色の髪。
間違いない、ストリアだ。
すぐに彼女の元へと駆け寄った。

「ヴィヴァン・・・」

彼の存在に気づきストリアは呟いた。
ランタンの灯りによってはっきりと見えてきたストリアの全体像。
その姿にヴィヴァンは言葉を失った。

「ストリアさん!?」

ストリアの背中から4本の、蜘蛛の様な角が生えていた。
鋭く不気味な色をしていた。
これが意味する事は。
「ストリアさん、まさか魔物に!?」
蜘蛛の様な脚が背中から生えていたから恐らくは蜘蛛に属する魔物に変えられてしまったのだろうと思っていた。
だが彼女の両足は健在だ。
蜘蛛に属する魔物は腰あたりから蜘蛛の足の様な外見へと成っているのだが今の彼女は違う。
されど背中から出ているその角らは確実に人間ではないと証明できる。
何の魔物にされたのだろうか。
思考を働かせようとヴィヴァンが頭を動かした時だ。

「この馬鹿、何で私の所に来たのよ・・・」
「えっ?・・・」

ストリアの口から苛立ちの台詞が紡がれた。
それにヴィヴァンは面を食らった様に驚いた。
「・・・力がない貴方がここに来ても足手まといにしかならないでしょ」
「だって貴方が心配だったからで。それに僕は騎士見習いで・」
「他人の心配をするよりも自分の心配をしなさいよ!!」

急にストリアはヴィヴァンへの不満を爆発させた。
「大体、貴方はいつもそうなのよ!! 自分の力とかも考えないで先輩に臆することなく間違いを指摘して、痛い目にあっても懲りないなんて!! 馬鹿も休み休み言いなさいよ!!」
「ストリアさん!? 一体なんで!?」
「貴方がだらしないから怒っているの!! 間違いを指摘するんだったらもっと剣の腕前を磨いてから言いなさいよ!!」
矢継ぎ早に不満をぶちまけていくストリアにヴィヴァンは困惑していた。
「それに貴方は怪我した際にもごめんなさい、だとかいつも誤っていたじゃない!! ありがとうの一つぐらい言えないの!! 『ストリアさん、ありがとう』って言葉を聞きたかったのに!!」
「ですけれど、僕はストリアさんに迷惑をかけてしまったのだから謝るのは当然の事じゃ!?」
「謝ってばかりなのよ貴方は!! もうイライラするわ!! 貴方は騎士を辞めなきゃいけないのよ!! このままじゃ貴方はいじめられ続けるだけなのよ!! 先輩の騎士達に絶好のカモだって噂されているのが分からないの!?」
ストリアから告げられた真実。
ヴィヴァンはそれに動揺すらしなかった。
なぜなら薄々感づいていたからだ、自分はそういう立場だという事を。
しかしそれでも我慢していた。
自分は力が弱いし誰だって苦労して騎士となっていくものなのだからこの程度で辞めるわけにはいかない、と言い聞かせてみた。
自分が『騎士見習い』を、その地位を捨てたら、自分が否定されてしまうという一種の恐怖に駆られていたのも我慢していた要因だった。
「けど僕は諦めたくないんです!! 騎士見習いを辞めたら、僕には何も残らないんです!!」
するとストリアはヴィヴァンの方へと急接近してきた。
じろりと見つめてきたストリアにヴィヴァンはたじろぐ。
けれどその目は違う。
いつも見ていたストリアの温かい目。
魔物になっても、自分に対して不満をぶちまけていても変わらないあの温かい目だ。

「・・・もう限界だわ・・・。だったら貴方をこうするしかないわ・・・」

何をするんですか、とヴィヴァンが訪ねようとした時だ。

『カブッ!!』

ストリアが自身の首元に嚙みついた。
何かが流れ込んでくるのが分かる。
それが苦しみとなりヴィヴァンはその場でうずくまる。


「あぐっ!! ううっ!! うううっ!! あああっ!!」


最初に感じたのは苦しさだ。
毒なんか食したことないが、胃の中から広がっていく重たく蝕られていくような感覚。
次には地面へと倒れこみ、ゴロゴロとのたうち回る。

「苦しみは一時よ。我慢してねヴィヴァン」

ストリアがそう言うがこんな苦しみ感じた事がない。
それに何やら自分の体が変わっていくような。


「あああっ!!! あああああっっ!!!!!」


五感を働かせてみると分かる。
自分の体が膨れ上がり、何かに変わっていくのが。


『ググッ!! グググッ!! ググッ!!!」


だけど何に?
一体何に変わるというのだろうか?
今はただうずくまっているだけしか出来ない。
目を閉じたまま、歯を食いしばり終わるのを。
暫く耐えていると、少しずつ体の苦しみが引いていく。
どうやら止まったようだ。
その拍子に体を動かした。

『ゴツンッ!!』

背中に何かがぶつかった。
ぶつかったのは岩か? 
ゴツゴツとした感触があったから。
痛くはなかったがハッキリしたいとヴィヴァンは目を開いてみた。

『あれ?』

目線が高い。
見下ろせばストリアが自分に対して目線を上げていた。
自分の身長は彼女より低いはずなのに。
いや、苦しみが取れた今なら分かる。
自分の体がおかしい事に。
両手の指が動かない。
両足で立とうにも立てない。
お尻当たりが何故か重い。
一体なんだ?
僕の体に何が起きたというんだ?

「自分の姿を見てみたい?」

そう言いストリアはカバンから手鏡を取り出しヴィヴァンに見せた。

『何、これ?』

その手鏡に映っているのは自分の顔、体のはずなのに。




―――大蜘蛛だった。
そこに移っていたのはストリアの何倍もある巨体、人など丸吞み出来そうなほどの口、4本 も脚がある大蜘蛛だった。
一分ぐらい思考を停止してしまった。
次にヴィヴァンは何を思ったのか試しに脚を一本だけ動かしてみた。


『ググッ!!』

・・・動いた。
振り回してもみようと脚の先端を宙で振ってみた。


『ブンッ!! ブンッ!!』


空気を切り裂く音が聞こえた。
次は複数の足を動かして鳴らしてみせた。


『カッ、カッ、カッ、カッ、カッ!!』


地面に響き渡る自身の足音。
タップダンスというのを聞いた事はあるがこの4本の脚で鳴らせば上位はおろか優勝が狙えそうだ。
人間と同じ姿だったらの話だが。
『夢、ですよね? きっと夢で・』
「夢じゃないわよ。貴方は蜘蛛になったの。私の力で」
無慈悲に言い渡された宣告。
ストリアが言うのであれば、もう認めるしかない。
自身は化け物にされたという事実に。
絶望と恐怖と不安が同時に襲ってきた。
『そんな・・・・、そんな・・・・』
「ほら、そんな姿じゃ人前に出られはしないでしょ。出たとしても皆は、貴方の先輩騎士達は特に恐れて逃げ散るわよ? 『こんな奴には勝てないよ!』、『どうか助けてくれ頼む!!』、『もう痛めつけたりしないから!! 謝るから!!』って泣いて命乞いするでしょうね」
そう言いストリアはヴィヴァンを指さす。
「ほら憎いでしょ? 貴方をそんな体にした私が憎いでしょ?」
ヴィヴァンは答えない。
当然だ、憎いという気持ちはあるが復讐したいという気持ちは起こらない。
元々温厚であった彼は負の感情とは無縁もしくは疎く、仮に持ったとしてもすぐに忘れようと意識してしまう癖があった。
それが彼が今まで先輩騎士達にやり返そうとしなかった美点であったがそれが欠点でもあった。

「憎いんだったら・・・犯しなさいよ。貴方のその、無数に生えている触手でね」

ストリアの声が悪魔の囁きみたいに聞こえた。
彼女を犯す?
そんな事許されるはずがない。
教団の教えでは淫らな行為は慎み、隣人愛を尊ぶべきだと言うのに。
それをストリアは忘れたというのか。
「ほら、私が良いって言ってるのよ。私を抱いていみたかったんじゃないの」
『そ、そんな事はありませんっ!? 僕はストリアさんを!!』
「そんなんだから一生変われないわよ。私とつかず離れずの関係なんて止めて、とっとと大人の階段を登りなさいよ!! そんな煮え切れない態度をいつまでも取り続けていたら好きな人や私だって離れちゃうのよ!! さっさと私を犯しなさいよ、この童貞ヴィヴァンちゃん!!」
いけない事なのは分かっている。
こんな事をしても自分の体が戻らないのは分かっている。
けれどヴィヴァンは止まらなかった。
ストリアに噛まれ、体内に毒が注入された影響なのかもしれない。
ストリアに言葉で責め立てられたからかも知れない。
怒りとも、憎しみとも違う何かが込み上げてきた。
ヴィヴァンの頭にはもうこれしかない。


――――ただストリアを犯す、ただそれだけだった。
少しだけ力むと口から無数の触手がうごめき出す。
どうやら自在に操ることが出来るようだ。
「ほらほら! やっぱり私をいやらしい目で見てたんでしょ!? なら仕方ないわよね!!」
そう言いストリアは乱暴に衣服を脱ぎ始めた。
露わになったのは何も着飾らない、産まれたての裸体だ。
白く柔らかそうな肌。
すらりと長い両腕と両足。
肉付きが良いお尻。
乳房の大きさは豊満、とはいかないまでも彼女の手で掴めるほどの大きさだ。
そして触手を絡ませる事が出来る大きさでもあった。
触手らをストリアの両腕に。
両足へと絡ませ、ストリアを縛りつける。
ストリアは抵抗しなかった。
むしろ興奮しているかのようだった。
顔を赤らめ、息が途切れ途切れで吐いていたから。
「慎重に沈めなさいよ!! 最初はじっくりといくのが流儀なんだから!!」
言われるまでもない。
ヴィヴァンはストリアを触手らがうずめく自身の口へと入れ込んだ。


『ズブブブブッッ!!』


ストリアの表情が歪んだ。
一体どんな感触を味わっているのだろうとヴィヴァンは考えた。
何しろ自分で言うのも何だがヌルヌルして気色悪かったから。
「もうこんなにヌルヌルしちゃって、興奮でもしてるのかしら貴方!! もっと私の方へ触手を密集させなさいよ!!」
どうやら嫌悪はしていないようだった。
なら遠慮はいらない。
言われた通り蠢いている触手らをストリアの方へ寄せる。
「ほらほら、もう我慢できないから沢山蠢いちゃってて!! 早く、始めなさいよ!! 私が全部受け止めてあげるんだから!!」
それを合図にヴィヴァンは動いた。
まずはその触手の一本をストリアの口に入れ込んだ。
「おぐっ!! ううっ!! むうっ!!」
そして触手を口内で引っかき回す。
上に下に縦横無尽にかき混ぜるように。
触手から伝わってくる。
彼女の固い歯、柔らかい舌と頬の感触が心地いい。


『くちゅくちゅ♥ くちゅくちゅ♥』

何度も何度もかき回し、彼女の舌の感覚が麻痺しそうな程に舐めさせた。
「まひゃでしょ!! まひゃ貴方のそれにゃ!! うごきゃせるでしょ!!」
ストリアのいう通りまだ始まったばかりだ。
次は触手を彼女の肛門へと伸ばす。
入り口を少しだけ触る。


『ちゅる♥ ちゅる♥』

「ひっ♥ しょ、しょこもっ♥」

ストリアは反応するがヴィヴァンは彼女を見ていない。
そして触手を彼女の肛門へと突っ込んだ。

『くっ、ちゅぶ!!!』

「むっーーーーー!!」


体を反らせ、反応するストリア。
そのまま触手をピストン運動の如く、入れたり出したりしてみた。


『くっちゅ♥ くっちゅ♥ くっちゅ♥』


尻穴に入れ込んだのは初めてだったが中からの締め付けが凄い。
出し入れするたびにストリアの肉がまとわりついてくる。


『ちゅぶ♥ ちゅぶ♥ ちゅぶ♥ ちゅぶ♥』


「ほひゃ、どうしゃの!? わしゃしまだ、いきゃないわよ!!」

お尻の穴をいじられていてもストリアはまだヴィヴァンを責めていた。
ならもう止めなかった。
ヴィヴァンは触手の一つを彼女の下半身へと滑らせる。
彼女の秘所。
そこからは愛液が垂れている。
ポタポタと垂れ落ち、それが触手にかかる。


――甘酸っぱい。
どうやら味覚もある程度分かるみたいだ。
けれど今は関係ない。
触手の一本を彼女の女性器へ、入り口の割れ目辺りを少しだけ撫でた。


『くちゅ!!』

「んっ!!」

ストリアの体がビクッと動いた。
今度は弄ってもみた。

『くちゅくちゅくちゅ!!』

「んんっ!! んんっ!! んんっ!!」


声を上げて反応するストリア。
だがこれぐらいで絶頂に至らないのは分かる。
ヴィヴァンは遠慮なく、触手の一本をそこへと突っ込んだ―――


『ずぼぼっ!!!!』

「んんんっっ!!!!!!」

入れてしまった。
ストリアの膣に。
赤ん坊を作るための子宮の中に。
見るとストリアの女性器から血が流れ出てきた。
つまり初めてだったという事だ。
だがヴィヴァンはお構いなく触手を動かしてみる。

『パンッ! パンッ! パンッ!』

男根ではなく触手であったが大きさは成人のそれと変わらない。
一突きする度にストリアの体が痙攣し、快楽の声を挙げる。

「まひゃ、まひゃ!! わしゃし、まんしゃく、しにゃいわよ!!!!」

そう言いながらストリアは彼の触手を両手で掴みしごき始めた。


『シュッ!! シュッ!! シュッ!! シュッ!!』


華奢な手で扱われていく自分の触手ら。
それが更に欲情をそそり、ヴィヴァンはストリアに挿入している触手のピストン運動を上げてしまう。

『パンッ!!パンッ!!パンッ!!パンッ!!パンッ!!パンッ!!』
「ひゃあ♥ あひゃ♥ いい、にゃよ♥ むむっ!!!」


触手の2本をストリアの乳房に縛り付け、その先端で彼女の乳首をいじり始めた。

「お、おひょ!! ちく、びっ!! ちくびにゃ!! ビクン、ビクンって!!」

もう彼女の顔はだらしなく緩み、口からは喘ぎ声しか紡げない。
今の彼女はただ快楽を貪り、触手らに犯される魔物のストリアだった。
その光景がヴィヴァンの性欲を刺激させ絶頂寸前なまでに至る。


『あっ! あっ!! ストリアさんっ、僕は!! 僕は!!!!』

「きひゃさい!!! わひゃしに!!! 全部っ!! ぜーんぶっ!! そひょいでっーーーー!!!!!」 

そして爆発したヴィヴァンの欲望―――



『どぴゅるるるるるっーーーー!!!』



ストリアの口に。
お尻の中に。
女性器に。
触手らの先端から飛び散る白濁とした液体が注がれていく。
これが男の精液であるとヴィヴァンは気づいた。
何故なら溜まっていた性欲が一気に引いていったからだ。
そして彼女を縛り付けていた触手らの先端からも液体が飛び散った。


『ぴゅるるるるるっーー!!!』


『ぴゅるるるるるっーー!!!』


『ぴゅるるるるるっーー!!!』










それらが全てストリアへとかけられていき、彼女は白く塗られていく。

「はあ......はあ......はあ......」

ストリアは息を切らし、目はうっとりとしたまま放心状態になっていた。
全身が白い液体まみれになったストリアの姿は淫らで、他の男らが見れば欲情をそそるものだ。
されどヴィヴァンには虚しさが込み上げてきた。
自分が仕出かした事に後悔するなど虫の良い話であるけれど。
涙を流しそうだった。
大蜘蛛になった自身にどうやって涙を流せばいいのかわからなかったが涙を出したかった。


『ごめんなさい・・・。ごめんなさい・・・。ストリアさん・・・』


優しすぎたのだ、ヴィヴァンは。
自分のやった事はただの八つ当たりに過ぎない。
そして恩師同然の存在であるストリアを犯したのだ。
いくら自分をこんな姿に変えた張本人だとしても守らなければいけない道理とかはある。そしてヴィヴァンはストリアの事を慕い、友人以上の何かを感じ取っていた。
恋人とは少々違う、例えるならそう。
『母』の様な感じだった。
自分を優しく守ってくれて気遣いとかも出来る、そんなストリアが母の様に思えていた。
しかしもう彼女に合わせる顔などない。
会ってはいけない関係になったのだ。
ならば自分が出来る事は何か?
もうその答えは出ていた。
当面はこの大きい体だから外敵とかはいないだろう。
ならば問題は食料か、蜘蛛だから昆虫類しか食べれなそうだが胃袋に入れればみな同じか。
自分なりの謝罪として、触手を動かしゆっくり丁寧にストリアを下ろそうとした時だ。

「・・・だから心配なのよ・・・」

見るとストリアの両目から涙が出ていた。
ひっく、ひっく、としゃっくりをしながら漏らしていた。
「いつも・・・怪我ばかりして・・・心配をかけて・・・それでも諦めない・・・。そんな貴方がいつ倒れちゃうのか心配なのよ!」
『スト、リアさん・・・』
「お願い・・・私と一緒に・・・堕ちて・・・」
『でもそんな事したら、もう教団には戻れ・』
「戻れなくてもいいから!! だから私は貴方を変えたの!!」
そう言いストリアは両腕を広げ、大蜘蛛へと変わったヴィヴァンに抱き着いた。
力いっぱい抱きしめ、もう離さないと言わんばかりに。
「その姿なら傷つく事はない・・・。私と交わっていれば食事とかは必要ない・・・。貴方は幸せになれるのよ」
『僕はそんな事で幸せになんて・』
「なら貴方は、あんな卑怯な奴らに傷を負われ続けてもいいの!? そんなの間違っている!! 自分には『騎士見習い』という称号しかないとか、それしかアイデンティティがないとか間違っている!! 人は価値があるだとか価値がないとか、それで生きている訳じゃないでしょ!? 貴方にだって生きる権利はあるのよ!!」
『で、ですけれどそれは僕の方にも非があるんじゃないかなと。もっと別の言い方で相手を説得して・・』
「じゃあ貴方はこう言いたいの? 『いじめられる側にも問題がある』って!」
『は、はい・・・。先輩の騎士達に言われました。お前は弱いからいじめられても仕方がない奴だって・』
「そんな台詞、最低の免罪符よ!! それを口すれば受けた側は自分に非があると思い込んで、いじめた側は罪悪感が薄れてまた同じ事を繰り返す!! そんな台詞を貴方は認めるって言うの!? 絶対違う!! そんな卑怯な言葉を使って逃げている奴らなんて生きる価値ない!! あいつらの言葉に騙されちゃだめよ!! 貴方は生きていいんだから!!!」
止めどなく溢れてくる自身への思いにヴィヴァンは痛いほど実感する。
『ストリアさん・・・。貴方は僕を・・・」 
「そうよ・・・。でも私は恋人とかじゃなくて貴方を息子とか、弟子とか、そんな目で見ていたんだと思うの。だから私、貴方が苦しんでいたら心配するし。怪我とかもしたら私が治さなければと思うし・・・」
やっと本音が言えた。
魔物になったから人前にもう出れないと考えたからか。
なら今はだた素直に告げよう。
彼は、ヴィヴァンは分かってくれるはずだ。

「だからお願い・・・私と一緒に来て・・・」


ストリアは愛しそうにその手で大蜘蛛となったヴィヴァンの顔を撫でた。
傍から見れば大蜘蛛の顔を撫でている異様な光景でしかない。
されどストリアには違う光景だ。
この大蜘蛛はヴィヴァン、自分が彼を危険な目に会わせない為に変えた姿だ。
だから恐れなどしないし永遠に一緒にいる事だって出来る。
そしてヴィヴァンの心には後悔はない。
口では告げなかった。
その代わりヴィヴァンは大蜘蛛となったその4本の脚を動かし闇の中へと潜っていく。
自分の慕うストリアを連れて―――。



♢♢♢♢♢♢♢♢



後日、教団本部の方にある入電が届けられた。


―――『魔法使い』ストリアと付き添っていた騎士見習いの男が行方不明になった、と。


何人かで捜索隊を結成し消息が途絶えた洞窟の方へ向かったが見つかったのは彼女が使っていたと思われるランタンとそのカバンだけ。
それしか成果は得られなかった。
遺体すら見つからなかったので捜索は打ち切られ、二人の存在は忘れ去られていった。











♢♢♢♢♢♢♢♢
















「・・・って話なんです」
「泣ける話ですね。自分を認めてくれる女性がいて、一緒に行こうと言ってくれるなんて」
「感動の話だわ。今の優しさを忘れた人間達に聞かせてあげたい程に」
ヴィヴァンは今人間の姿だ。
マントを羽織り体全体を隠している。
そして目の前にいるのは彼よりも年上の男性、それと女性だ。
だが女性はただの人間ではない。
背中からは翼が生えて肌は青白い。
彼女は魔物、なんでも『デーモン』という魔物らしいが彼女及び二人の関係について詳しくは分からなかった。
二人は魔物の生態を調べている学者でわざわざ不穏なこの洞窟奥深くまで来たという。
そしてストリア達に偶然出会い話をしたいと申し込んできたのだ。
あの大蜘蛛の姿で話しかけていたら怖がれるだろうとストリアは考え、ヴィヴァンに人間に戻るよう指示したのだ。
「でも人間の姿に戻れるって今言われて・・・。でもあの蜘蛛の姿もまんざらでもありませんですし。住めば都といいますか」
今更人間の姿に未練はなかったからヴィヴァンは戻れると教えられた時は不満すら抱かなかった。
「貴重な証言を得られました。アトラク=ナクアの生態はまだよく分かっていないので。これで図鑑に載せられそうです」
そこで彼は気づいた。
見るとストリアが体をブルブルと震わせていた。
そしてヴィヴァンも彼の目線で気づいた。
「ごめんなさい。ストリアさんが待っているんでもう戻っても構いませんか?」
「ああ、はい。自分の知りたい事は分かりましたので。ありがとうございます」
そしてヴィヴァンはやや恥ずかしそうにマントを脱ぎ棄て彼女の元に向かう。

「待ちましたか、ストリアさ・」

「この馬鹿っーーーーーー!!!」

ストリアはヴィヴァンの体を押し倒し、彼の体にまたがった。
そのまま彼の男根を自身の女性器へと挿入した。

『ちゅ、ずぼっ!』

「ストリアさん!?」
「馬鹿! 馬鹿!! この私がいながら他の女に浮気するなんて!!」
涙をぽたぽたと垂らし、彼の胸板を握り拳でトントンと叩いた。
しかし腰をふるう速度は落とさなかったのだからヴィヴァンにとってはたまったものではない。
「いやいや、浮気なんてしてません!!」
ヴィヴァンの抗議など聞かずストリアは『デーモン』の彼女を指さしながら口を開く。
「嘘よ! だって貴方、ちらっとあの人を見てたでしょ! それでおちんぽを勃起させて!! この浮気者! 甲斐性なし!! 童貞!!」
「僕はもう童貞捨てて?!」
「うるさい!! 早く出しなさいよ! ほら、早く!! このヘニャちん!! 我慢できない早漏!!」
そしてストリアは自身の胸をヴィヴァンの顔に押し当てた。
「ストリアさん!? く、苦しいですよ!?」
「苦しい!? そんな訳ないでしょ!! あの人よりずっと柔らかいでしょ!! 大きさだって前より少しは大きくなったんだから!! ほら、ほら、だから出しなさい!! 私だけの、濃厚で!! プリプリとした!! 白濁としたザーメン汁を!!!」
確かに少しだけ大きくなったような気がするがじっくり味わってられなかった。
何しろストリアは腰を振る更に速度を上げて、自身から精液を絞り出そうとしていたから。
「ストリアさん!? ちょっと落ち着きましょう!? そんなに怒っているのは何でですかっ!?」
「貴方が子種汁を出さないからでしょ!! もうとっとと出しなさいよ!! ほら早く!!」
「ま、待ってください!? あの二人が見てるんですよ!? こんな醜態にも似た場面を見せつけるなんて!?」
「うるさいっ!! 私がどれほど心細かったと思っているの!! ほら出したいんでしょ!!! 出しなさい!! 一滴残らず、私に注ぎなさい!!!」
速度を上げ続ければ自然に限界に達してしまう。


『パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!!』


「ストリア、さん!! 僕、もうっ!! で、射精しちゃい、ます!!」
「いいのよ!!! いっぱい射精しなさい!!! 早漏でもいいんだから!!! ほら来てよ、来てよっ!!!!」


そして二人は絶頂に至る――――



『ぴゅるるるるるっ!!!!』


彼女の中に注がれていくヴィヴァンの精液。
それを恍惚の表情で飲み干していくストリア。
「はあ・・・はあ・・・はあ・・・」
吐き出される快感に未だ慣れていなかったヴィヴァンは息を切らしていた。
するとストリアは彼の耳元に近づき、囁いた。

「・・・・お願い・・・。早く元に戻って・・・。出ないと私、可笑しくなっちゃう・・・」

愛しいそうにヴィヴァンを抱擁したストリア。
どうやら落ち着きを取り戻したようだ。
同時にストリアが寂しさと苦しさを感じていたことにヴィヴァンは気付いた。
ならば早く戻らなければならない。

「今すぐ戻ります。ストリアさん・・・」

そう言うとヴィヴァンの体が黒く染まっていく。
次にはそれが膨れ上がり人の形を崩していく。
ストリアの数倍へと膨れ上がった黒い塊の両端から鋭い脚が4本生えていき、浮き上がるように赤い物体が現れた。
それは目だ。
初めは頭部らしき箇所に、そして蜘蛛のラインにそって浮き上がってくる赤い斑点。
最後にお尻あたりが膨れ上がり、蜘蛛の尻と化した。
そこにいたのは大蜘蛛、もといヴィヴァンだった。
彼は口にあたる箇所にストリアを埋めこみ、触手らをまとわせる。

「ああ❤ 気持ちいい❤ 気持ちいいよ。 そう、そう♪」

その光景に学者の彼は驚きの表情を見せ、魔物の彼女はにやけていた。
「離れる事のない永遠の夫婦という事ですか。微笑ましいですね」
二人の存在に気付いたストリアは申し訳なさそうに頭を下げた。
「あの、ごめんなさい。私、彼と繋がってないと苛立ちとかが込み上げて冷静じゃいられなくて・・・」
「満たされていないと駄目なんですか?」
『というよりも僕の、この触手から吐き出される液体がなければ苛立ちとかがこみ上げてくるらしいんです』
「愛の点滴ね♥ 私たちにとってはこの世に二つとないご馳走だから分かるわよ♥」
「また興味深い事が知れました。やはり魔物の生態は謎に包まれている事が一杯ですね」
「ふふ。どうかお幸せに、お二人さん♥」
別れの言葉を交わした学者の男とデーモンの女性にストリアとヴィヴァンは軽くお辞儀をした。
そして大蜘蛛となったヴィヴァンはストリアを連れて闇の中へと消えていく。






二人は暗闇の中を歩いていた。
灯りとかは必要ない。
二人にはこの暗闇でもよく見えているからだ。

「いい。次はその体を使って壁をよじ登れるか試しましょう」
『はい、ストリアさん」
「けど駄目だったら無理はしないでよ。慣れたと言っても貴方はまだ不器用なんだから」
『僕を心配してるんですね。本当にありがとうございます』
「だってそんなでかい体をしていてもヴィヴァンなんだから。私心配なのよ」
『でも心配はいりませんよ。だってストリアさんがいてくれますから』
「まあね。でもやっぱり心配なものは心配だから私の言う事はちゃんと聞いてね」
『分かりました。ストリアさん』

軽口を叩きあいながら二人は暗闇の中を歩いていく。
その後ろ姿は恋人、というよりも保護者とその子供のように見えた。
17/08/13 09:25更新 / リュウカ

■作者メッセージ
図鑑の絵だとロリ娘と大人の男ですけどお母さん的な子とショタ子という逆もありですかね?

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