読切小説
[TOP]
六畳一間ラプソディ
『――O!K!ではここでェ、いつもの通りWeekly Music Rankingをチェキダゥ!
(SE)
This week's Number 10 is...?』

相も変わらず異様にテンションの高い『DJBC』のMCの声を耳にしつつ、初期の畳の青さを遠くにやった六畳一間の窓枠に腰掛けつつ、僕は愛用のアコースティックギターの弦を張り直していた。
ラジオから流れてくる、エレクトリックが奏でるハーモニーをバックに、弦を通し、巻いていく。そのまま摘みを回して、まずはEの音。続いてA、D、G、B……またE。
その間にランキングは一巡りした。似たような曲が増えたなぁ、売るためなら仕方ないのかなぁ、と世の無常を感じつつ、僕は確認のためにアルペジオを奏でる。ぼろろん、ぼろろん。

「にゃ〜」

そうしていると、何時の間に入ってきたのか、三毛猫が僕の側に来てギターの音に合わせて鳴き始めた。白と茶色と黒の毛が5:2:3くらいの割合で、野良にしてはきれいな模様を描いている。
名前は『ミケ』。他の所では『スザンヌ』とか『ローラ』とか『リサ』とか呼ばれているけど、僕にそこまでのセンスはなかった。でも特に怒ったりはしていないから、彼女からしたら気にしていないのかもしれない。
日に一度、彼女はこうして僕の部屋に無断で上がり込んでは、ギターの音に合わせて鳴いている。まるで歌を歌っているかのように。
特にある曲が好きで、頻りにせがむ……と言うよりギターケースに爪を立てて脅す。弾くから止めて欲しい。そのケース結構高いからねぇ……。
「にゃー」
「はいはいちょっと待ってて、指慣らしはもうちょっとで終わるから……っと」
ウォームアップを終えた僕は、じっと見つめてくる彼女に頷く。彼女もまた僕に頷き返して、にゃーと鳴く。始めて、と急かしているようだ。
「じゃあ、行くよ……せーの」
そして、いつものように二人の音楽会が始まる。

――――――

「――さよならばかりの、春は、また、巡る……♪」
彼女が気に入っている曲は、僕が作った曲だ。小さな町に流れる小さな'神代川'を跨ぐ'面影橋'を自転車で渡ったときにふと浮かんだメロディに、ほろ切ない歌詞を付けて歌った、ちょっとしたフォークソング。
まだ在り来たりと言えば在り来たりなコード進行ではあるけれど、彼女はそれをいたく気に入っていて、事ある毎に僕の居る場所に足を運んではそれをせがむのだ。にゃーにゃーと歌うコーラスも最近は付けるようになってきて……何か、可愛い。でも、僕が頭を撫でようと手を伸ばそうとすると……するりと抜け出して、また何処かへと窓の外から逃げてしまう。毎度の事ながら残念だ。ほかの猫は触れるのになぁ……潔癖性なんだろうか。
そんな取り留めもないことを考えつつ……僕は数日前に浮かんだ曲を譜面に起こすことにした……。

――――――

昼過ぎ。一通り譜面に書き終えた僕が昼御飯を用意しに台所に向かったところ、窓の辺りから羽と羽がぶつかるような音が聞こえた。雀が時折留まることがある窓だが、ここまで大きな音を出して留まることはあり得ない。とすると……彼女だろう。

「やっほ〜♪」

果たして僕の予想通り、そこには紫色の髪に赤寄りのピンクのメッシュを付けた、緑と白の羽が可愛らしいセイレーンの女の子だった。
「こんにちは、カレン」
彼女の名前はカレン。年齢は多分高校生くらい。くりくりとした瞳が可愛い彼女は、実は一足先にインディーズレーベルでCDを出している。勿論、ボーカリストとして。
彼女の手は楽器を弾くのには酷く不得手だ。羽先でマイクを持ったり箸やフォークを持ったりするくらいは出来るらしいが、流石に楽器の演奏ともなると大変らしい。その分、天性の素質としての歌声がある……とは魔物学者の弁。
「ケンジ、新曲聴いてくれた?あれ何度もリテイクしてさ〜、大変だったんだ!」
畳を傷つけないようにするために、腰に吊してあるハーピィ種用スリッパを畳に置いて履くと、そのまま僕の方へとカレンは歩いていく。完全に昼ご飯をたかる気らしい。
僕は構わないんだけど、こう頻繁に来られると、メンバーと不仲なんじゃないかとか余計な勘ぐりをしてしまう。実際のところそんな事はないんだろうけどね。
「うん、聞いたよ。珍しくテクノ形式だったよね」
「そうそう!何かあんな感じでキッチリ決められると歌いづらくてさ〜!それで何回もリテイク、ってわけ」
新しい方向性の模索も大変だ。特にどんどん新しいバンドが出ている現状では、変化も早くなっていく。昔ながらでは限界もあり、逆に新しすぎてもついていけない。維持するのも大変なのだ。
「あはは……カレンらしいね」
「大体さぁ、テクノサウンドってどうしてあんな音が死んでいるの?歌っている側が首を絞められそうよ!コンマのブレを許容するスペースもないんだもの!あれじゃエンジェルも地上で窒息死するわよ!あ、チャーハンありがとー」
皿に盛られたチャーハンを、レンゲで器用に掬い、口に運んでいくカレン。頬を綻ばせる様は、普通に女の子として可愛い。スパイスは塩と胡椒だけの簡単なそれだけど、カレンは美味しそうに食べてくれる。それが何となく嬉しい、日常だ。
冬場には炬燵に変わる一つの卓袱台を囲んでの、二人の食事。その中で彼女は自分に、思いっきり愚痴をこぼしたり、音楽観について話したり、ライブの予定を話してきたりする。特にライブは、ヘビーメタル系フォークソングを売りにしている大御所、ベアーズ工房の前バンを勤めたりと、それなりの地位を築きつつあるのだ。
そのたびに「しばらく会えなくなるかも……」と寂しげに話してくる。僕としても、ちょっと寂しかったりする。とはいえ、しっかり会いに来る辺り、この時期はまだそこまで忙しくはないらしいけどね……。

「……あ゛。ゴメン長居し過ぎちゃった!!」
何気なくハーピィ族用腕(……腕?)時計を見たカレンの顔が、青くなる。チャーハンを食べ終えた皿を流しに置いたところで気付いたらしい。
「僕は構わないけど、予定でもあるの?」
「大あり!これからCM用曲の打ち合わせ!今からダッシュで飛んでギリギリなの!慌ただしいけど今日はサヨナラ〜ッ!」
うわぁぁぁん、と迂闊さに涙を流しながら、スリッパを腰に引っかけてベランダから飛び立つカレン。僕はそれをいつものように眺めていた。
……前思考撤回。余裕は少ないらしい。なら、せめてここに来るときくらいは、出来るだけ安心させてあげたいな……。

――――――

夕方、買い物を終えた僕が部屋に戻ってくると……異様にケバいメイクをして尋常でなく特徴的な形をしたギターを持った……掌に乗る大きさの妖精だった。勝手にお猪口に日本酒を入れて飲んでいたのか、ベロンベロンに酔っぱらっている。
「あょ〜♪」
妖精の持つ可憐さとか儚さとかを一切投げ捨てたような、その見慣れた醜態に閉口しつつ、僕はつまみ代わりになる八分の五チップスを開く。
「また一人で酒盛りかい?キゼノール」
「ひとりりゃないろ〜♪へんりろいっしょらろ〜♪」
駄目だこのリャナンシー、もう呂律が回っていない。体のサイズを考えると体のサイズを考えると、お猪口一杯でも千鳥足且つ酩酊になるからなぁ。と言うか飲み過ぎだろうに。
僕はビニールを被せた妖精サイズのバケツを用意しつつ、フラフラと飛びつつ僕の顔に顔を擦り寄せるキゼノールに溜め息を漏らした。
そもそもこの妖精と初めて会ったときもこんな感じである。気紛れに夜中の公園のベンチで『結婚しようよ』を爪弾いていたら、たまたま草の中でカップ酒とヒーハー数枚で一人晩酌していた彼女が、メイクを崩した部分の顔が真っ赤な状態で、
「にへへ〜、いいほえひてるね〜♪めらるあうよ〜♪このひれのーるはまらしろうふりゅろ〜♪」
と、自分の名前すら禄に言えず濁点全滅のまますり寄ってきて……。

「……うぷっ」

……人間、咄嗟の反射神経は驚くレベルのものがあるらしい。咄嗟にケースも含め彼女の軌道から回避させ、彼女の体を一気に草むらに向けさせて良かった……。ナイアガラから綺麗なプリズムリバーが流れ落ちていきましたとさ。何処か赤いのは絶対ヒーハーの所為だ。
彼女の背中を指でさすり、びくんびくんと震える彼女を介抱したわけだけど、その時から気に入られて、事ある毎に僕にメタルを、それもヘビーメタルとかスラッシュメタルとかそちらの方を執拗に薦めてくる。何でも歌声の質的にヘビメタ向きらしい。
「だって初めて聴いたときにビビビっと来たんだよ〜!なんか、こう、濡れる感じ?夜露が近いカナー」
素面の彼女曰くこんな印象を受けたらしい。間違いだと思う、と言うかあの時濡れたのは僕の演奏でも夜露でもなく自分の吐瀉物が原因だった気がするぞ?
で、今日はその一環で直談判しに来たらしいけど……酔いつぶれたら駄目じゃん。そもそもお酒弱いんだから懲りようよ……。
「何度も言っているじゃん。僕はメタルはやらない、って」
「へんりぃわはってなぁいなぁ〜♪わらひはへんりろほほをおもっれらな〜♪」
「はいはい、そうやって一人でも自分の仲間を増やしたいんでしょ?押し付けない押し付けない」
「おひつへれなんはいないもん!わらひはへんりのらめをおもっれ〜!」
酔っ払いが厄介なのは何処の世界でも同じらしい。僕の頬をキゼノールはポカポカと叩いている。地味に痛い。そんなに分かって欲しかったのか……!

――その時、僕に第六感が走る――!

「……うぷ」
咄嗟に僕は左手でキゼノールの体を反転させ、右手で一気にバケツ近くまで降ろす。そして――!

※暫く魔法幼女まじかる☆ばふぉめっとの変身シーンの映像でお待ちください※

「……寝たね」
完全に酩酊状態の彼女を、心配して見に来てくれた妖精達に預けよう、そう考え、僕はキゼノールが残した日本酒を、改めて冷やす事にしたのだった……。
今度の曲のタイトルは、Tiger fairy.にでもしようかな、そんな事を考えながら、日暮れが近付く空の下、晩御飯の準備をするのだった……。

こうした娘達に囲まれて、僕の六畳半の日常は過ぎていく。

――――――

「……ん〜〜っ、今日も危なかったー……」
ケンジが寝静まった後の夜更け、彼の住む長屋の屋根の上に、一匹、いや、一人の猫叉が腰掛け伸びをしていた。動きやすいカジュアルな服装をした彼女の耳と尻尾の毛は、白と黒と茶色が5:2:3の割合で斑に配置されている。
「可愛いからってレディの体に手を出すのは抑えて欲しいわよ、全く……」
そう不満げに告げる彼女の顔は、しかしにこやかである。彼女としても不本意ではないのだろう。
次触られたら……うふふ。

「……あ、ミーやん居たんだ」

そんな猫叉の妄想をかき消すように声を挙げる存在が、空にいた。彼女と同じようにケンジの長屋の屋根に乗るセイレーン……カレンは、先客の隣に降り立つと、彼女と同じように体育座りをした。
「ミーやんは止めて。みぃ子って呼んでよ……カレン」
そう猫叉――みぃ子はちょっと残念そうに告げると、ポケットからDowalPodを取り出し、カレンにイヤホンの片方を差し出した。
「新曲聴いたよ。フォークも良いけどこの路線も中々気に入ったわ。でも無理してるのバレバレだよ?ヨシタク聴いて肩の力抜いたら?」
「アドバイスありがと。私もあの曲は無理矢理歌ったのは否めないわ……けどフォーク狂いも大概にして」
みぃ子の好きなジャンルはグループサウンズ及びフォークソング。理由としては親がよく耳にしていたからだという。彼女がケンジの家に足繁く通うようになったのは、今ではメジャーで聞こえなくなった過去の遺物扱いのフォークソングを、あそこまで愛する姿に惚れこんだからであったりする。
フォーク好きを増やそうと事ある毎に色々な猫や魔物に薦めるも、古臭いと一蹴されている彼女をカレンは不憫と思いつつも、しかし半分は彼女の自己責任だと考えてはいた。
「(……そりゃアンタイベント毎にDowalPod持ち歩いてフォーク聴かせていたら嫌になる人も出るでしょうさ。食傷気味になるわよ〜ヨースイの傘がないとか人生が二度あればとかエンドレスされたらさ〜)」
思いつつも口を閉ざすカレン。みぃ子は残念そうにしまうと、そのまま再び夜空を見上げる。遙か上空で「わはー♪」とか「あははー♪」とか可愛らしい声が響いているのは無視しながら。
カレンはそんな彼女の横に座りながら……ぼそり、と呟く。
「……相変わらずの三つ巴か〜」
「あのメタルリャナンシーがケンジの候補に入るとは考えにくいけどにゃ」
何度も繰り返された会話。それは誰がケンジを射止めるか、いや、誰がケンジの正妻となるか、という話である。
今のところ優勢はカレンであるが、みぃ子も負けてはいない。割と一人負け一人自爆している節があるキゼノールに対しては圧倒的アドバンテージを付けている。
二人の間で交わしている約束は一つ。

「――私が彼から告白されたら、私が正妻ね」
「――私を唄うフォークをケンジが作ったら私が正妻だ」

二人の、ケンジを巡る恋愛事情は、まだ暫く掛かりそうだ……。

……そして。

「……ふへへぇ……へんりぃ……[E]……☆」
飲んだくれリャナンシーの恋路は、まだ遙か先になりそうである。

fin.
11/10/12 22:59更新 / 初ヶ瀬マキナ

■作者メッセージ
フォークソンガーの近くにいる三毛猫が猫又だったり、
他バンドのセイレーンと良い中だったり、
別ジャンルのリャナンシーからのお誘いが多々あったり、

そんな生活に憧れております。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33