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『D』の部屋に飛ばされたのは、あわよくば火事場泥棒を狙うか、報償目当ての男二人だった。名前はアマヨータとアワッゾ。その二人がドアを開けた先に見た物は――! 「――凄すぎるぜ、これはよ……」 「ヒャッハー!宝の山だぜェーっ!」 見るからに分かり易い、山に積まれた金塊や綺麗にショーケースに飾られた宝石、貴金属類。そして真正面には鍵付きのドア。その鍵の形も特殊で、形の合う金塊と宝石を埋め込んで、その上で鍵を回して開くという形のものだ。 ドアの裏に埋め込まれた石板に書かれた言葉は――『GOLD RUSH!!!』と一言。二人の目には、その言葉はこのように映っていた。 『お宝一杯』 ――願ったり叶ったり! 火事場泥棒用に持ってきた袋に、まずは辺りの宝石類をかき込んで入れ始めた二人。既にその顔は脂でてかり、欲望に醜く歪んでいる。自ら一人が持ち逃げできる最高量を確保する辺り、計算高さも多少はあるようだ。 金塊は崩され、宝石置き場は荒らされ、装飾品は傷が付いた。その様を咎める者は此処にはいない。居ても声を出さず、ただ審判の時を待つのみ。何故なら、既に彼らに『資格』など有りはしないのだから。 ひとまずありったけの宝物を詰め込んだ二人は、そのままドアへと殺到する。そこで改めて、鍵の存在に気付いたようだ。 「……チッ、面倒臭ぇ鍵だぜ」「あァんっ!壊してやろうか、ったくよ!」 ……無論、こんな言葉こそ放ってはいるが、実際に壊す筈はない。流石に……ルールを破った者の末路がどういうものか、あの腹が立つ妙ちくりんな声が散々脅しをかけ、なおかつ地点不明のこの場所へ転移させられた過程を考えると、迂闊な行動をとれる筈もなかった。 苛立ちはありつつも、出るためには仕方ないと、渋々宝石や金塊を取り出し、合う形のものを探す事にした二人。折角詰めた物を取り出すのは、当人達にしてみれば腹立たしいことこの上ないだろう。既に頭は、この宝を己の体ごと無事に持ち帰る事で一杯なのだから。 カチリ、と音がして、まず第一の鍵が二つ、音を立ててはまる。同時に、男達の周りの壁がさらに上に開いていく。 ――数多の(成金趣味とも取れるような)金ピカの像と、さらに大量の金銀財宝に囲まれた、桃源郷とも思える空間に、男達は色めき立った。領主に対する、欲に滲んだ殺意に瞳をギラギラと輝かせ、意地汚い笑みを浮かべる彼らの頭に浮かんだ思いは……教会から選ばれたにしては、剰りにも低俗かつ愚かしいものであった。 ――ココの領主を仕留めれば、この財宝は全て俺の物だ。 そのためにもまずは、この素敵な空間から出なければならない。そして、当然出るためには……鍵が必要だ。 果たして、鍵はすぐに見つかった。……但し、本物の鍵であるかどうかという保証はない。 目の前の金ピカのゴーレムやガーゴイル、その一体一体がそれぞれ一人一個ずつ、形の違う鍵を持っていた。スペード、ダイヤ、ハート、クローバー、それぞれの形をした持ち手には一つにつき一個、様々な種類の宝石が埋め込まれている。 「クソがっ!半端に意地汚ねぇ真似しやがって!」 「欲深ぇ領主だ!流石魔王に魂売ってるだけのこたぁあるな!」 己の立場を棚に上げて喚く男達。気持ちとしては分かる部分もある。過剰すぎる蓄財は他者の嫉妬及び邪推を招くのは致し方ないことだ。それに、現状がその領主の掌で踊っている状態である。腹立たしさの一つを叫びたくもなるだろう。 この男達にとって幸いなことは、此処に住まう元領主が、自身に対する悪口に寛容だったところだろう。いや、悪口に対しては基本この元領主は寛容なのだ。領主自体が悪口を日常的に発し発される立場にあるのだから。 悪罵を漏らしつつも、彼らの手つきはいやに慎重だ。流石に目の前の大量のゴーレム&ガーゴイルの群を見れば、嫌でも後込みはするだろう。明らかな罠。鍵を外せば封が外れ、動き出すに違いない。それは明確に男達は分かっていた。 「……こいつは、この鍵じゃねぇか?おい、アマヨータ!」 アワッゾは、鍵穴の横、エンブレムの狐の着ていた張りぼてにそれとなく描かれた模様から、今アマヨータの目の前にある鍵がその条件に合致していると簡単に推測した。下手に捻ってもしょうがない、そう自らに言い聞かせつつ、アワッゾはアマヨータに向けて怒鳴り立てた。 「あぁ!?」 苛立たしげに反応するアマヨータ。だが、行脚の時点で既に二人の立場差は歴然としてあった。 即ち、アマヨータ<アワッゾ。 アワッゾの一睨みに怯えるアマヨータ。その態度に苛立ちを覚えながらも、アワッゾは怒鳴りつける。無論、最低限の金銭は手元に残しつつ。 「テメェの目の前にある鍵だよ!とっとと持ってこっちに来やがれ!」 うう、とうめき声を漏らしつつ、しかし手は慎重に像から鍵を外していく。万が一台座の封が傷つけば事である。その場合アワッゾは自分から鍵を奪って逃げるに違いない。それを避けるには、慎重に鍵を外し、アワッゾと共に逃げるしかない。そう自らに言い聞かせ、汗ばむ指を何とか動かし、鍵を慎重に外すのだった。 果たして鍵が外れた後、アワッゾは即座に鍵を寄越せと請求した。寄越すまでもないとばかりにアマヨータは立ち上がり、自分達を見つめているようにも見える像たちから飛び退くように離れつつ、自ら鍵穴に差し込んだ。 パキン、と鍵穴の奥から音がして、扉が開いていく。それこそ、妙に重厚な音を立てながら――上にスライドしていく。その向こうには、一人分強の幅がある、妙に明かりが少ない通路が現れる。 パキン、と再び音を立ててドアノブが地面に落ちると、そのまま完全にスライドが終了する。固定されたらしい、カチリ、という音が響くと同時に、アワッゾはアマヨータを背後から蹴り飛ばした。 「テメェ!鍵を寄越せっつったろうが!勝手に開けやがって!」 何故怒鳴られなければならないのか、アマヨータはパクパクと口を動かしたが、反論など一つも出来やしなかった。この男には逆らえないと、本能的に感じていたのかもしれない。恨みがましい視線を抑えつつ、アマヨータはただ押し黙っていた。この男の激昂さえやり過ごせばどうにかなる、そう考えて。 「……ケッ、愚図が」 悪態を吐きながらも、アワッゾはアマヨータを前に立たせて進ませる事にした。この男に背中は見せない、そう心に誓っているかのように。アマヨータも素直にそれに従った。この男には逆らうだけ無駄だと、心の底から思っていたからだ。 先に出来た一本道に、足を進めていく二人。心なしか歩調が速くなる、その後ろ側では――。 「――わりと持ち出す量が少ないとは、案外欲が無いのだな」 「いえ、恐らくマスターを殺してからお宝一切合財を奪い取るつもりなのでしょう」 「……前言撤回。アイツ等欲深いや」 ――いつの間にか封の解かれたガーゴイルとゴーレムが、どこか苦笑いを含んだ声で談笑していた。ドア跡の前で話す彼女ら二人の後ろで、次々と目覚めていくガーゴイル&ゴーレム。因みに、一つ一つの姿は違っている。年齢層もまちまち。封が解かれたのは、彼女ら二人だけではない。全ての金ピカの彼女達が目覚めていたのだ。 「……追跡しますか?」 どこか艶っぽい感情を持たせた声で、無表情に呟くゴーレムに、どこか気怠そうにガーゴイルは返した。ただし、その表情は幽かな期待に満ちている。 「いや、いいよ。どうせ奴ら、すぐに戻ってくる羽目になるさ。戻らなかったとしたら、そん時は……」 爪をほんのり尖らせつつ、ニヤリと笑うガーゴイル。その後ろには、いつの間にか空の台座がせり上がり、名前の刻まれていないプレートが、その前面に置かれていた……。 背後での会話なぞつゆ知らず、アマヨータを前に、どんどん前に進んでいくアワッゾ一行。因みにアマヨータの持つ金は、全てアワッゾの手によって没収されている。それでもなお彼は、アワッゾに逆らうことは出来なかった。 「オラ、とっとと歩け愚図が」 アワッゾもアワッゾで苛立っていた。目の前の男が余りにも使えないこともある。彼は己の立場を理解していた。目の前を歩く男よりも上であるという立場が。さして取り柄のないこの愚図を使ってやっている、利用してやっているという思い上がりが、彼にはあったのだ。 だがそれだけではないだろう。実態はどうなのだろうか。何に彼は苛ついているのだろうか。……恐らくはこの領主の真意は何か、ということか。何せ相手は悪名と妙な噂だけは尽きないような相手だ。何をしでかしてくるか分からないという不安がある。それが彼をさらに苛立たせているのだろう。 先程の部屋も、恐らくはこれだけで終わるはずはない。そう彼は確信していた。その予想は実際正しい。 この一本道だ。何か仕掛けてきたとしてもおかしくはない……と言うより、自分なら確実に仕掛ける。通路に罠を幾つも仕掛けて。そのアワッゾの考えは、ある意味正しかった。しかし同時に、間違ってもいた。 何故なら――既に仕掛けられていたのだから。 「――?」 アマヨータは、いつの間にか、足音が一つだけとなっていることに気づいた。そう言えば、いつからだろうか。背後からぶつぶつと呟く声が聞こえなくなっていたのは。 「……あいつ!」 一人だけ囮にして、ついに逃げやがった!アマヨータは理不尽な怒りの感情のまま振り返り――すぐさまその顔を青く染める事になった。 彼は見てしまった。苦悶の表情を浮かべ、助けを求めるように手を伸ばしながらも、それすら適わぬように地面ごと黄金色の像に変化してしまっている、あの憎たらしい顔をした男――! 「――ひぃいぃいいっ!」 アマヨータは何が起こったか理解できず、その場にへたり込んでいた。先程まで、間違いなく人間だったのは確かだ。何の予兆もなく、何故金ピカの像になっているのか……地面に着いた瞬間、ガリっと音を立てた右腕を眺め、アマヨータはさらにひきつった叫びをあげた。 彼の右腕は、金色に染まっていた――いや、金へと変化していたのだ! 「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」 錯乱したように右腕をぶんぶんと振り回すアマヨータ。だが、当然自分の腕の一部なのでとれるはずもない。逆に、比重の違いから腕に体が引きずられるようになり、結果として重心が崩れ、転げてしまうことになった。 「ひぃぃぃっ!ひあっ!ひゃあああぁぁぁぁぁぁぁっ!」 いつの間にか、もう片方の腕も金に染まり始めた。いよいよ発狂したように走り出し始めた。勿論、アワッゾだった金像から離れるように、戻らないようにするように。 だが、錯乱の果ての迷走。先の地面がどうなっているかなど気付くはずもない。 「ひゃあぁ――!」 ある部分から全く地面が無くなっていることに気付かなかったアマヨータ。だが、踏み出してしまった足に体重をかけることを止められるはずもなく――! 「――ひぁああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」 ……重力に捕らわれながら、奈落へと堕ちていった……。 ENEMY:12?
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