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「にっはは〜、こちらからは立ち入り禁止なのヨ〜」 ……何だこいつは。それが裏口からの進入をする班の指示を任された隊長――ルノートが目にした、裏口を守る兵士への感想であった。 何と表現するべきか、非常にちぐはぐなのである。異様に筋肉の発達した肩から下とは裏腹に、そこにパイルダーオンする頭はどこか少年を思わせるあどけなさがあったのだ。 服装も妙だ。右腕が短く、左腕が長い。脚はその逆だ。靴に至っては、左右でその形すら違う。しかも片足は底上げ。 一応ローブと形容されるべき服は、しかしやはり継ぎ接ぎだらけで、何処か滑稽な雰囲気すら漂わせていた。頭に被るフードにはウサミミが付いており、何故かピコピコ動いている。 当惑と謎の殺意が浮かぶその姿だったが、先ほどの言葉より、彼らはこの男は敵であると自らに言い聞かせる機会を得た。そのまま、思い思いの武器を構え、奇妙な成りをする男に静かな――しかし明確な殺意を向けた。 「……にはは〜」 それに動じる様子もない奇妙な男は、袖の中に手を突っ込むと――そのまま一気に引き抜く。抜いた腕が握るもの。それは現状から考えるに、あまりにも神経を逆撫でしかねない代物であった。 ――ピコピコハンマー、通称ピコハン。子供用玩具として有名な、打面の側面が蛇腹状になっており、衝撃を吸収するという、とても命の遣り取りには向きそうもない類の、武器というのもはばかられる物体。 「皆さんボクをぶち殺し希望のようで安心しましたヨ♪」 あくまで笑顔を絶やさず告げる、道化。明らかに隙だらけな挙動といい、兵士達二十名の妙な苛立ちは殺意に染み入るようになっていった。 だからこそ、裏進行を任せられたルノートを含め、裏口に集った兵士達は気付かなかったのだろう。根源的な疑問。 「ではは〜……」 ――何故裏口に守衛が一人しか置かれていなかったのか。 兵士達何人かが、彼を仕留めようと飛びかかる。常人であれば、恐らく首は飛びかかる人数分だけ持って行かれていたであろう一撃。それを道化の男は、とても命を狙われているとは思えない気楽な口調と共に、ピコハンを構え――。 「――レイキン♪」 ――その瞬間、彼の正面にいた数名が、猛烈な突風を真正面から受けて、背後へと吹き飛ばされた。その中には、隊長であるルノートも含まれている。 ルノートは、はっきりと男の挙動を見ていた。全ては隙を窺い、必殺の一撃を決めるため。だが……それでも今、何が発生したのか、それを理解することは出来なかった。 一瞬の音の消失。その次の瞬間には突風。ようやく体勢を立て直した彼が見たのは……異様な大きさを誇るピコピコハンマーを振り抜き、満面の笑みを浮かべて自分の周りに出来た窪みを眺める道化の姿であった。 「……にはは〜」 心底楽しそうな声をあげるローブの男。ウサギの耳も何処か楽しげにピコピコ揺れている。裏口前に出来た陥没、奇妙な成りの男の奇妙な笑い声。そして微動だにしない巨大ピコピコハンマー。どうにも反応が出来そうもない光景である。 だが……次の瞬間、兵士達は一様に恐怖の表情を浮かべることになった。 ぴとり。 「……おや、雨ですのヨ」 彼の頬を、服を。 ぴとり、ぴとり。 何か。 ぴととととととっっっとと…… 赤い液体が、ぽたりぽたりと滴り落ちていく。何処から落ちるとも分からない赤い液体は、彼と窪地にその身を寄せているかのように、その周りにだけ降り注ぐ。状況的に彼らは、最悪の想像をした。つまり……目の前の男は――! ――ぼとり。 「――ッッッ!!!!」 雨に混ざり、突如響いた重い音。その落下の瞬間を、兵士達は間違いなく目にしていた。だが、其れが何であるか……信仰に支えられていない者達は、一様に最悪な事態を想像した。その恐怖に染まった目で、件の落下物の正体を確かめようとする兵士達に見えるよう、赤い液体で染まった男は無造作に、それを拾い上げた。 ――それはあまりにも生々しく、瑞々しいピンクの断面をした、赤い液が滴り落ちる――! 兵の動きは――二通りに分かれた。 「ひぃいっ!」 一つは、恐怖のあまりこの場所から逃げ出す者達。眼前に突きつけられた、明確な『異常』というもの、そこで持て余した感情が全て恐怖へと変化してしまったのだ。信仰心よりも己の利益を追求し追究する兵士達は、我先にと逃げ出してしまう。 「――!」 もう一つは、間隙を縫うことを狙い、時間差で赤ローブを狙う一団。仲間の犠牲よりもまず、このローブの男をしとめなければならないという使命感から動き出した者達である。 まず消えたのは五名。逃げ出したのがほんの四名ほど。隊長を含めてまだ十一人居る。この男を仕留めて……或いは仕留めなくとも、本丸を叩きに行くことは可能だ。そう判断し、男の視界を幻惑するように兵達は動く。 「にははっ☆いいテンポだヨ〜」 楽しそうにケラケラ笑いながら、再び巨大ハンマーを振るうローブの男。その打面が当たった相手は――瞬間に、そのまま姿が消えてしまっていた。 戸惑う相手にもう一撃。僅か三振りで、兵士が八名消えた。この場に残る兵士は八名。その中にルノートの存在もあった。 戦いの最中、ルノートは考える。打面に当たると存在が消えた、と言うことは、恐らくはあのハンマーは空間転移系の呪文が常に掛かっていると考えられる。と言うことは、先ほど降った赤い液体に、千切られたような腕は完全にブラフ……恐怖を引き出すような仕掛けだったと。 実際その通りであった。いきなり降る赤い液体も、落下してきた'腕'も、一切が紛い物であったのだ。実態は……巨大ハンマーによる空間転移。それがローブの男の攻撃手段であったのだ。 「……ならば……!」 ルノートは咄嗟のテレパスで指示を出した。神々の命を受けたこの任務の成功のため、己が為すべき行動を明確に示して。 突如、捨て身で自分に向かい来る男に、ウサ耳ローブはハンマーを振りかぶり、一気に叩きつけようと笑顔のまま腕を――! 「『光あれ!』」 「――うおっまぶし!」 ――振り下ろそうとした瞬間、男――ルノートを中心に、目を焼くほどに強烈な光が発せられた!咄嗟に目を閉じたままハンマーを振り下ろすが、そこに何の感触もない。 背後に、幾つもの気配。瞳は見えずとも、横薙ぎにされたハンマーは、三人の兵士の体を捉えていた。 やがて視力が回復して、ローブの男が辺りを見回すと……。 「……あらら、逃しちゃったのヨ」 特に困った様子もなく告げる男は、ハンマーを元の大きさに戻し袖の中に仕舞うと、ドアが開かれた『裏口』をただ、眺めていた。 変わらぬ笑顔で、ただ眺めていた。 「けららっ♪失格者一挙に十五人たっせ〜い。どうせなら全部やってもらいたかったけどね♪ レイキン……グッジョブb」 ENEMY:18(-11)
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