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「……ここだ」 低い、だが澄んだ男の声。身に纏うは闇夜に紛れるような漆黒のローブ。フードを被った姿からは、彼がどんな中身をしているのかは想像も付くはずもない。 頷くのは、彼と同じ姿をした、何れも性別不明の人間であった。その数、29名。彼を入れると30名。サバトを執り行うにしては、皆身長が高く、気配も中々に剣呑である。それもその筈。彼らは寧ろ、そのサバトを――それ以上に魔物を手に掛ける組織だからである。 中央教会にある、魔物廃絶強硬派……数あるそれの内の一派が、諸悪の一つとして見なすこの領地の中枢、即ちジョイレイン邸を狙ったのだ。 初めのうちは領地の住民を陥落させ、諜報として扱おうと画策していた。住民を脅すのは簡単……そう思っていた強硬派は、奇妙なまでの住民の団結力にそれを断念せざるを得なかった。 と言うよりそもそも、彼らは住民達に逆に脅されたのだ。何故住民が皆武器……それも暗器と呼ばれる類のものを扱えるのか?そして教会権力に臆することがないのは何故だ?寧ろ何故全員が楽しそうなのだ……? 一人や二人なら騒ぎにすることなく、異端者として抹殺することも可能だったかもしれない。だが……明らかに相手の方が人数は上だった。住民達となるべく騒ぎを起こさないよう命ぜられている身であったため、このまま此処で騒ぎを起こすのは不味いと判断し、一度は戦略的撤退を謀った彼らだったが、そのまますごすごと帰るのは、彼らの、何処かねじ曲がった矜持が許さなかった。 それはある兵にとっては神の裏切り者に対する誅罰を与えなければならないという純粋すぎる信仰であり、ある兵にとっては手柄と共に出る報償の確保であり、ある者にとっては火事場泥棒的根性であったり……圧倒的多数は前者だが。 そんな複数の思惑が混在する中、彼らの侵攻が始まる。 事前情報と建物の外観により、大体の内部構造は掴んだと思われる動きで、二十人の兵を裏口へ向かわせ、残り十人は正門に向けて――爆破魔法を放つ。 ――盛大な音を立てて、正門が砕け……無数の札に変化した!そのまま兵士達に向かい急速に飛んでいく! 「焼き払――なっ!?」 即座に焼却するために呪文を放つが、その札は燃えるどころか逆に、内包する魔力を強化していく!すかさず水の魔法で濡らそうと試みるが、全く効く気配がない! 彼らが対応に手こずる間に、札の一枚が兵士の一人に貼り付いた。その瞬間――地面に魔法陣が発生し、同時に発光した! ――瞬きする間もない。光に包まれた瞬間、彼の姿が一瞬で消えた。彼が立っていた地面に、『B』の文字だけを残して……。 「ッ!皆、札に触れるな!」 分かり切ったこととはいえ、目の前で触れた人間がどうなるか明確となった以上、如何にして触れずに正門から突破するかが彼らにとって重要であった。 だが、十対∞では、幾ら避け、切り捨てたところで多勢に無勢。一人、また一人と姿を消していく。何れも『A』〜『E』の文字を地面に刻みながら。 「くっ!小癪な手を!」 正門を攻める兵のうちの一人である彼――ヒピィは、魔法的な効果を持つ物を遮断し破壊するバリアを形成する呪文を独自に開発していた。彼はそれを用いてひとまずは札の襲撃を防いだが、流石の人の身。魔力の量には限度がある。その上に、札の量は異様に無尽蔵だ。このままでは間違いなく、消耗戦となり負けるのは目に見えている。 そこで彼は一つ賭に出た。つまり、このまま強引に扉があった場所に駆け込み、中に入ってしまうこと。それが彼がこの場で唯一とれる最適な行動であった……普通ならば。 だが生憎と……この館は普通ではなかった。 「……よし!このまま――ッ」 札の途切れが見えたところで、彼はその光景に出口が近しい事を確信する。その先は――奥にヨーロッパ屋敷風の階段が見える、館の正門。 彼は走った!そして領主への殺意と教会の使命感と共に正門から屋敷の中へ――! 「――ッぶっ!」 ――入ろうとした瞬間、彼は何やら堅い壁のような物にぶつかっていた。予期せぬ衝撃と痛みに、彼は潰れた蛙のような情けない声を出し……集中を途切れさせてしまう。 集中を途切れさせると、保っていた対魔法障壁が崩れ……そこに、先ほどまで舞っていた大量の札が彼の体を目指して飛び交った。 風の音でそれに気付いたヒピィは、再び障壁を張ろうとする。だが――全ては遅すぎた。彼が張る前に、札はみるみるうちに彼の全身にまとわりつき、絡み付き……。 ……そしてついに――最後の一人となった兵士も、地面に『TSF』の文字を残して、消えた。 それを正門と――屋敷の内装を模した張りぼては、ずっと見つめていた。 最後、ヒピィがぶつかった箇所の凹みが、ゆっくりとその形を補修されていった……。 「にゃっはははははははッ♪九名様ごあんな〜い♪あと裏口入学の皆さんは……くすすっ♪」 ENEMY:29(-1)
10/03/02 18:48 up
正門ルート。正直者の皆さん。 けれどその勤勉を誰が馬鹿に出来ようか。 必要最低限の礼節を弁える。それが人として当然であることだろう。 ……壁を破壊するような人達が礼儀云々言うのも変かも知れないが。 初ヶ瀬マキナ
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