河童と花火、そして祭り
グラバンマ=バッギーグ、という人物をご存じだろうか。
'花火伝来の祖'と言われる、太古の魔導師だ。
戦いにおいて威力を求める風潮があった時代。敢えて'派手さ'を求めた変人として語られることも多い彼だが、その来歴や人生については謎が多い。その弟子の直系である'炎爆者'クオルン氏すら、大して知っているわけではないという。秘伝書(と言うほどのものでもないらしい。どうやら古代からの花火魔法の使い方とその魔力の集中法が載っている本だという。無論門外不出だ)にも、太祖の事は殆んど書かれていないそうだ。
ただ一つ、彼に関して書かれているとすれば、それは彼がジパングに居たときに共に過ごした女性について、彼が一言だけ書き記した言葉だろう、と彼は言う。
『ジパングにて共に時を過ごした、親愛なるハルカ=サクラギに捧ぐ――』
その言葉の次には、直ぐ様魔力の集中法が書かれているそうだ。つまりこの魔力の集中によって、彼はその女性に何かを贈ろうとしたらしい。
では何を贈ろうとしたのか?残念ながらクオルン氏はこの内容を明かすことはなかった。代わりに、一枚のチケットを私に渡した。
それは、この度行われる領主合同納涼祭での特等席チケットだった……。
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ハギ=クラマは、ジパングの農民の倅として産まれた父と、大陸から来た母の元に生まれ落ちた。身分が厳格で、農民は農民にしかなれない世界で、父親もまた農民としての将来が運命付けられていた……筈だったが、それを嫌った父は父親に自分を勘当させ大陸へと渡り、ジパング文化を研究していた母と祝言を挙げた。
その後、大陸で産まれた彼は、母親の研究の影響で大陸語とジパング語を学び……10才くらいの頃に親子三人でジパングに滞在することになった。無論、父親の故郷は避けて。
季節は夏。照らす日差しが苛烈な時期だった。
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夏と言えば水遊び。それは水がふんだんにある地域で共通のようだ。当然、ジパングでも。
「わぁ……」
父親に連れられてやって来た水場。日がそこまで高くない時間にやって来た筈のそこには、すでに大量の来客がいた。
主に親子連れ。子供達はみな褌一丁(ただし女の子はそれに加え胸にサラシを巻いている)で、親に言われた安全な地域のギリギリのラインまで広がって遊んでいる。
だがそれよりも驚いたことは、子供達に混じって、魔物の子供も一緒に遊んでいた事だ。
『ジパングではこの大陸と違って、魔を徹底的に排斥するような文化があまり根付いていない。これを世間では野蛮と謗るだろうが、ジパングは大陸と違う方向に文化を発展させたのだと考える方が理にかなう。
そもそも、文化の根底が、発生点が違うのだ。大陸における中央教会に当たる宗教がこちらには存在しない。アニミズム信仰――万物霊長に神は宿るという多神信仰が彼らの根底である。
繰り返すが、彼らは決して野蛮ではないのだ。この大陸を理解するに当たり、その前提を忘れてはならない……』
彼の母は、後に『ジパング考察』という一冊の本を出す際に、こちらの一言を入れるか否かで教会と一悶着起こしかけたという。無論論拠となる魔物云々を別の文章に変えて何とか事なきを得たが。
兎も角、一部の為政者と退魔師を除いて、一般民衆にとって、共存する限りは彼らは同胞たり得たのだ。
大陸で暮らしていたハギにとって、この光景は衝撃的であり、そこでようやく両親の言葉の意味が分かったのだった。
『ジパングの田舎は、大陸の都市とは違う世界と思いな(さい)』
これが両親の発言である。短いが、これ程までに的を射た発言というものもないだろう。
産まれて初めて感じたカルチャーショックに興奮を覚えながら……しかし田舎特有の村意識の存在を関知して周りの子供に溶け込むことは出来ない彼は、一人周りと離れたところで水遊びに興じる事にした……その時だった。
「おお!異人さんがおるね!」
「!!わわっ!」
何の脈絡もなく、背中で大声を出されたハギは、ビックリして尻餅をついてしまう。胸元まで水に浸かりつつ、声の主の方に視線を向けると、そこには瞳を興味津々そうに彼に向ける、一匹の河童がいたのだった。
年齢は、恐らくハギと同じ10才ほど。人間とは違う緑色の皮膚は、水に濡れてどこか艶かしく光り、両手両足の指の間には、薄い膜(水掻き用)が張られていた。
胴体は基本的に甲羅に覆われているようだったが、正面側の甲羅はエナメル質のようになっており、女体の持つ曲線をこれでもかと言うほどに強調していた。恐らく水の抵抗を少なくするよう体が進化したのか、非常にスレンダーである。
古来の河童の絵とは違い鳥の嘴こそ無かったが、頭頂部には立派な白い皿が丸見えであった。大陸なら恐らく肌の色を変えつつ帽子を被る事で擬態するであろう姿を、今眼前に惜しげもなく晒している……。
「わわ、驚かせてもた?おーい、大丈夫〜?」
妙な訛りが入った言葉で、河童はハギに近付きつつ話し掛ける。その度に艶かしいまでの体の曲線が目に入ることになり……。
「……」
……わりと純朴な少年には刺激が強い光景であったようだ。心臓が高鳴っているのは、多分驚かされたショックだけではないだろう。
「お〜い……」
河童の声にハギが反応できるようになるのは、たっぷり二分の時間を用いて、脳内に与えられた衝撃を処理したその後であった。
「わぁ(私)はハルカ、サクラギ=ハルカいうんよ。異人さんは名前が先なんやっけ?やったらハルカ=サクラギやな。ハルカって呼んでな」
「は、はぁ……ハギ=クラマです」
川辺から離れた石の地面の上、ようやく正気に戻ったハギを待ち受けていたのは、彼女:ハルカによる捲し立てるような質問攻めであった。
「なぁなぁ、海の向こうってどんな世界なん?ハギ、あんたのような異人さんの金髪のにーさんがぎょーさんおるん?どないなもの食うとるん?住みかなんかんな田舎と違うてごついん?わぁは海の外出たことあれへんし出たとしてそこまで泳げんからあんたんとこ行けへんのよ。やからどないな世界か教えてくれへん?なぁ?なぁなぁ?」
挨拶もそこそこに舌を回転させ、同時に川の水に濡れた体を一気に寄せる彼女、そこに遠慮の気配もない。だが魔物らしさも見られない。ただ自らの知らない世界を知りたいと望む一人の少女がいるだけだ。
尤も、訊かれる側からしたら対応に困るのもまた真理なのだが。母親の探求モードでもここまでは酷くない。……内心はハルカと同じだろうが。
「え……えと、一つずつ聞いてよ。そんなに一気に聞かれても……答えられないから……」
親譲りの流暢な日本語で返すと、今更ながらハルカは驚いた表情を浮かべた。
「おぉ!異人さんと普通に話せるんや!良かったわぁもし話せんのやったら何無駄なことしてんねやろて川の底で悶えるとこやったわ……いやぁ驚いたわ〜♪」
……陽気と言うか暢気と言うか人の話を聞かないと言うか……マイペースにも程がある。勢いに押されて何も言えないハギに、ハルカの口調はさらに勢いを増した。
「なぁなぁハギそれどこで習うたん?異人さんて大概日本語片言になるやろん?んなりゅーちょーに話せるんは何か訳ありて思うんが普通やん?ちょお教えて?な?教えて?」
「え……わ、ちょ、ま、な……」
ものすんごい勢いで両肩を掴んでガクガクと揺らすハルカ。当然答えられる筈もないハギはガクガクと揺らされ、脳に振動を剥き出しに伝えられる。
「〜〜〜〜〜っ!」
意識が失いそうになる刹那、何とか残された力を振り絞って彼女の肩を握り、腕を伸ばした。揺れが止まって一分後、ようやくハルカの手は外れる事になる。
「……ぁぅぅ……」
先程の振動で大量の体力が奪われた結果、地面にへたり込みながら、意識がもとに戻るまで回復を待つ羽目になった。
そんなハギを少し呆れたような目で見つめながら、ハルカは反省の欠片もない、溜め息がちな声で呟いた。
「……なんや、存外体力無いんね、ハギ」
「む、無茶言わないでよ……」
少なくとも強烈な勢いで頭を持続的に振られて、それでいて無事な人間など何処に居るだろうか。ライブに於けるモッシュ(ヘッドバンキング)をやり慣れた人間じゃあるまいし。
その旨を息も絶え絶えに説明したところ、
「え〜、この村やと大概の子供が平気やよ?」
とのこと。内心ハギはこの村の子供に合掌した。恐らく彼女に何度もシェイクされたことで耐性が付いたのだろう。あるいは……本当に強いのかもしれない。田舎の方が都会よりも体力があるのは知れている話だからだ。あるいはジパングゆえの神秘かもしれないが。
閑話休題。彼は脳内の妄想をストップさせた。
何とか意識と体力を取り戻したハギは、彼女が矢継ぎ早に出した質問に、丁寧に一つ一つ回答していった。
既にハルカは瞳を輝かせ身を乗り出している。何とも分かりやすいと言うかなんと言うか。正直な話、彼は過剰な興味に答えられるかどうか心配ではあったが……。
「……えぇと、まず人についてはそんな感じ……とは言っても茶髪もいるし、オレンジの髪もいる。魔法で色を変えることが禁じられているわりに、色々な髪の大人がいるかな」
「へぇ〜そーなんね!わぁの周りには黒い髪のコしかおらんのよ。たまに茶色いコもおるんけど、気付いたら黒髪にされてまうんよ。「半端な髪はアカン!」てな。……使うんは魔法やのうて染髪剤やけど」
基本、この場所は黒髪が主流らしい。そう言えば、向こうに行ったジパングの人は、大概黒髪か、例外的に魔力的要素で変化してしまった色だったような。
流石に紫色の髪をした舞闘する侍を見たときには、そのあまりの衝撃に親のジパング観が変化しかかったが。まぁこちらの大陸にジパングの民が来る理由なぞ、護衛のスカウトか、見聞を広めるためか、そうでなければ因習から抜け出したくて出てくる存在が大半だ。ハギの父親自体がその一人である。
「染髪剤か……木の実を磨り潰して塗料として髪に馴染ませていくアレ?」
「せや。あ、わぁは元からこの色やよ?」
確かに、染髪剤を使った髪にしては、色艶が十分備わっている。
触ってもえぇよ、とばかりに身を傾けてくるハルカ。気恥ずかしそうにハギが断ると、何処か残念そうな声をあげて戻っていった。触って欲しかったのだろうか。苔で微かに汚れている手で。
何処か釈然としない行動に疑問を持ちつつも、彼は話を続けた。
「食べ物は……パン、っていう麦を加工した食べ物が主食だね。そっちは確か……白米でしょ」
「せや。地蔵さんも大入道も鬼も皆、米を食うとるよ」
地蔵とは、ジパングに於いて信仰されている対象の一つだ。詳しいことは割愛するが、当然のように物を供える対象にはなる。
まぁ本来なら勝手にお供え物を口にしようものならバチが当たるのだが、案外彼女の近くに居る地蔵は寛容なようだ。
「赤鬼の菊ちゃん、よう神社に出入りして酒作っとるよ」
寛容すぎだろう。いくらなんでも邪を神聖なる場に……とそこまで考えて、ハギは改めて大前提を思い出した。
――ジパングは全く別の世界だ、と。
大陸では少なくとも、狐を祀ることは有り得ない。いや、存在してはならないと考える人すらいる。それが中央教会の意思である以上、大なり小なり思考の根底には、魔を祀ることはないというコンセンサスがあるのだ。
だが、こちらでは、稲荷……つまり狐が祀られている神社(神の社)は珍しくないという。それどころか蛇(ラミアかエキドナかは不明)や鬼(上級のもののみ。下級は四天王の足の下で這いつくばっている)を祀る神社まであるらしい。
まぁ信仰対象はそれぞれだと言ってしまえばそれまでだが……。この辺りにも、文化の格差は見てとれる。
「鬼が……神社に……?」
「?せや。鬼かて阿呆とちゃう。奪うてたら尽きることぐらい理解してへんわけないんやろ。せやからわぁの村の神社が鬼さ長と和睦結んだと」
驚愕するハギに首をかしげながら、さも当たり前のように大陸ではありえん内容をつらつらと述べるハルカ。もうハギは頭がくらくらしてきていた。違う。あまりにも違いすぎる。
確かに、神に納める米を保存するに辺り神社が敷地を解放する事はありうる。供え物となった米を加工して酒にする事も当然ある。それを御神酒として奉納する事も――ある。
だがそこに、神と対極していた存在である鬼を入れたらどうなる。米は食いつくされ酒は飲み尽くされ何も残らないのではないか。それが大陸に於ける常識的魔物観であるが故、ハギはこの若き河童の発言を一瞬、理解できなかったのだ。いや、理解しようとしなかった、か。
「え……でも……神様とか……大丈夫なの?」
一方のハルカの方は、ハギのこの発言で、何に疑問を持っているかを理解できたらしい。何処か意地の悪い、まるで聞く相手を驚かす気が明確に見てとれる笑みを浮かべながら、すっ、と耳打ちした。
「……あそこの神様なぁ、めっさ酒好きやねん。やからふらふら鬼の宴会に神主の体使うて参加しとるんやよ。御神酒持って、な……どないしたん?」
――お母さん、もう、ゴールしていいよね……。
一年分のカルチャーショックを経験したハギは、ただただ溜め息を漏らすことしか出来なかった。
何だよここの神様。破戒坊主ならまだしも、神様がこれでいいのかよ、しかも人の体を借りるって、そんな大層なことを宴会目的で、しかも魔の宴会目的で……。
何かが違う。致命的に違う。その事実を改めて思い知らされたハギであった……。
何とか気を取り直して、ハギは次の説明に入る。
「……住居は……場所によって違うけど、少なくともこの村のような藁葺きの屋根は見ないね。環境が違うし。あと木造の建物は多いけど、こっちとは違う感じかな。床一面が木、と言うわけじゃないから。あ、あとごついって程ごつくは……」
フローリングの床は、ジパングでは室内にはあまり使われない。廊下は木だが、居間の床は基本は畳なのだ。
あと庭も違う。植生の問題もあるが、大陸のような花が色彩豊かな場景を作り出す物ではなく、岩と石と土と家庭菜園が作り出す、どこか安らぎと寂しさが入り混ざったような場景を作り出すものだ。
「ほ〜、そんなんしてんねや〜……えぇなぁ……」
遠くを見つめながら、ウットリとした表情を浮かべるハルカ。今の説明で何とか理解したのだろうか。かなり端折ってはいるが。
……今度は、絵葉書を持っていこう。そう心に決めたハギの前で、ハルカは自らの想像上の『大陸』に心踊らせていた。口許に耳を寄せれば、きっとこんな声が聞こえてきた事だろう。
「うわぁあっちにもこっちにもいじんさんがぎょうさんおるね、わぁはいもいかなぁはじかいてへんかなぁ、まぁふあんやけどしゃあないわ……」
「……お〜い、戻ってこーい」
結局、彼女の意識が戻ってくるまで、ゆうに数分は経過したのだった。その間ハギは説明する内容を頭の中で纏めつつ、ハルカの体を前後に揺すり続けていたのだった。
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「いやすまんね。長らく一人で過ごしとると妄想することが多くなってまうんよ」
水掻き付きの手で頭の皿の辺りを掻きつつ、ハルカは反省の色が混ざった笑顔をハギに向ける。妄想冷ましと皿を潤すために川に一度飛び込んだからか、太陽に照らされた彼女の体は瑞々しく、また何処か艶かしく見えたようだ。
一瞬どきっ、としたが、ハギは何とか平静を取り戻した。辺りに響く蝉の声が、せせらぎと干渉し合って程好い音量になった頃、話を再開することにした。
「……でね、僕がここの言葉を話せるのは、お父さんがジパング出身で、お母さんがここの文化を研究している人だったからね。わりと大陸公用語と一緒に、ここの言葉も覚えていった……っていうのが理由なんだけど」
「物好き……と言いたいところやけど、あっちの異人さんもわぁみたく、ここを素敵な場所やと思うとるんやろなぁ」
ハルカは溜め息を吐く。まぁ仕方ないと言えば仕方ないことか、とハギは考える。ジパングの諺にもある。隣の芝は青い、というものだ。
人は未知を恐れ、未知に憧れる。恐いもの見たさ、そう表現しうる人間の常だからしょうがない。
「ま、ハギ。アンタの親御さんが変人なんには違いないわ」
ガクッ、と体が傾いた。
「……随分と厳しいことを言うね、ハルカ……」
確かに間違ったことは言ってはいない。自由の身になるために親に自分を勘当させた父親も、そんな父と結婚した母親も、どちらも変人であることには変わりがないのは事実だからだ。
苦笑いを返すことしか出来ないハギに、ハルカは精一杯の笑顔を見せつけてきた。
「まぁせやね……互いに理解し合うんは大変やけど、分かり合えるようになるんやったら、わぁも協力するに!」
そうガッツポーズをとるハルカ。ガッツポーズは大陸と一緒なんだなぁ、と妙な関心を覚えながらも、ハギは彼女の申し出に素直に喜んでいた。
少なくとも断るという選択肢は彼に無い。研究云々関係なく、ハギは彼女と色々と話してみたいと考えていたのだ。
「うん……宜しくね」
差し出した手を、ハルカは喜んで握り……力を入れすぎてハギの顔が苦悶に歪んだのはそのすぐ直後であった。
彼の指に妙な痣が残ったことは、言うまでもない。
「……で、'いじんさん'、って何?」
「ハギのような、'大陸'やっけ?そっから来た人の事をそう呼ぶんよ。アンタの言葉で'えとらんじゅ'やったっけ?」
「えとらんじゅ……?あ、いや'Stranger'の事だね」
「'すとれんじゃ'?ん、覚えた」
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「どうも、ワシはエギリ=クラマ。昨日はうちの息子が世話になったそうで……どうぞ、一杯」
がやがや。
「いやいや、こちらこそ私の娘と話していただいて……あ、エニシ=サクラギです。こちらは妻のカツミ」
ワイワイ。
「ども、異人さん。遠路遥々よう来たなぁ。大陸でここがどない考えられとんのか、もっと聞かせてぇなフェリちゃん……っはぁっ」
こくこく。
「ええ、カツミさん。ですが私も容赦しませんわよ〜こちらについて、私達は大して知りませんからねぇ……っくっ……」
ワイワイガヤガヤ。
「……ハルカ?」
目の前で繰り広げられる、普段絶対見られない、寧ろ見られる筈の無い両親の姿にやや呆然としながら、ハギは隣で微妙に頭を抱えているハルカに声をかけたのだった。
「……なんや?」
『やってもうた……』と言わんばかりのげんなりとした表情を浮かべつつ、ハルカはハギに向けて耳を傾けた。
「……お父さん達、楽しそうだね」
「……せやな。わぁのオカン、黄桜と菊正宗、あと自分用の胡瓜味の麦酒持って前日から楽しみにしとったからな……」
「お父さんも、チーズとか塩っ濃い食べ物用意してたからね……」
「「…………」」
真剣な話になるんじゃなかったのか。酒を持ち込みながらもそちらの方に話題を振るのかと思いきや、いきなりの宴会モード。川の辺りの草の上に御座を敷いて瓶を傾け合う姿は、どう見ても『調査』とはほど遠い。
そして――互いに下戸とは程遠い。明らかに宴会が続くだろう事は二人とも想像に難くなかった。
当然、酒を飲むことの出来ない二人はお預けなわけで。
「……よそ行こ?温泉あるし」
「……うん」
そんなわけで二人は、子供を放置して早々に宴会を始めてしまったダメ大人四人を放置して、温泉に向かうことにしたのだった。
自然温泉。山の中、あまり人の立ち入らない場所にひっそりと沸き立つそれに、二人は入ろうとしていた……が、一つ問題が生じていた。
自然ゆえに、男女を分かつ壁がないのだ。その事をハギは彼女に問うと……?
「……え?そっちの大陸じゃ混浴無いん?」
ハルカの驚いた顔に、ハギは逆に驚いていた。
「え?大体そっちでも混浴って普通無いんじゃないの?」
「いや、混浴が普通やけど」
……改めて貞操観念に関してカルチャーショックが起こりそうだったが……ハギは何とか深呼吸して問い質してみた。
「……それ、ハルカの周りだけじゃないの?」
「そんな筈はないんやけど」
「じゃあハルカのおじさんおばさんは?」
「ん?ようけオカンがオトン担いで入っとるけど?」
「かっ……!?」
担いで→つまりおじさんの体をおばさんが物理的に担いで入れている……と言うことになる。
「風呂入るよ〜言うてな、準備もそこそこに腰から掴んでな、オカンはこの裏山まで走っとったんよ」
そう遠い目をして告げるハルカに、最早ハギはこれ以上何も言えなかった。パワフルすぎる。パワフル過ぎるよおばさん。
「……で」
ここからが本題だ、と言わんばかりに、彼女はハギを見つめる。その目は何処か真剣だ。
気圧されてごくり、と無意識に唾を飲むハギ。質問は予測がつく。既にハルカがハギの上の服に手をかけようとしている辺りからも分かる。抵抗しようにも膂力の差がありすぎて出来ない彼に向けて、彼女は告げた。
「……早よ入らん?服……シャツやったっけ、えろう汗ばんどるよ?」
「……」
ハギに、拒否権はなかった。
「ふぃ〜……生き返るわぁ〜……」
「ふぅ……」
効果音、かぽーん……という風にはいかない。何故ならここは屋外で、多少サクラギ家他ここを使う河童達によって整備されているとはいえ、ほぼ自然のままの状態だからだ。
桶は手製。木霊(大陸で言うドリアード)と相談して、古い木を加工して桶を作っていったのだ。某幻想の国と違ってD.I.Y.スキルは河童それぞれな(基準値は人の)世界であるので、桶一つ作るのにもわりと苦労したらしい。大半は人間の里との交渉で買うらしいが、如何せん時に割高なのだ。
そんなわけで、どこか補修の跡が見られる桶を温泉に浮かべ、ハルカは石の外面に凭れかかる。もしハルカがアカオニなら――あるいは成人なら、既に熱燗を楽しんでいる頃合いだろう。
一方のハギも、事前に買っていた桶を湯船に浮かべ、同じように凭れている。
至福の吐息……。即ち解放感。あらゆる疲れが息に混ざって取り除かれていくような、そんな不思議な感覚が、二人の全身を満たしていく……。
「……えぇ湯や……」
「……本当に……」
暫く脱力の溜め息を漏らしながら、二人は仲良く風呂に入り浸り……二人仲良く逆上せるのだった。
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「キャロライン特製キャロットケーキ、一口いかがですか〜?」
「でや!特製たこ焼き!デビルフィッシュもワイにかかればこんなもんや!旨いで〜」
「さぁさぁ、こちらに有りますは、カルマル鉱山より採取したダイヤモンドで作った盾……炎熱防御の紋を付けられているから決して燃えることもない優れ物だ!さぁ、75000からどうだ!」
領主合同納涼祭。祭り好きで有名なジョイレイン家と、親魔物派として有名なフリスアリス家。その他様々な領主が合同で開く、わりと大規模な夏の祭りだ。
前々から、館長が入り口辺りに張り紙らしきものをしていた(レクターがそれを手伝っていた)ので、存在自体は知っていた。ところがどうだ。想像以上じゃないか。
笑顔云々は程度はあれ、活気はどこもある。……時々聞こえる罰則の奇声も含め、活気に充ち満ちているのは確か。
「――サバト特製アイシャドーと口紅、いかがですか〜?」
「今なら特製コロンもついてきますよ〜」
バフォメットと魔女一同が、サバトに勧誘に乗り出しつつ、製錬された化粧品を販売している。許可を得たのだろう……よく許可を出したものだ。
「あい〜、紙芝居やってるよ!次のお話は『うっかりミミック』だ!さぁさぁ子供達寄っといで〜!」
あちらでは、自作の紙芝居を子供達に見せる紙芝居屋だ。水飴や鼈甲飴も完備されている。……何故か何人か魔女が客に混ざっているけど気にしたら敗けだろう。
ちょっと気になったけど、今私がするべき事を終えてから巡ろう。そう思って、私は大広間の裏地に、ナップサックを背負って進んでいったのだった……。
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一緒に飲み、一緒に風呂に入ってから、この二家族の交流は益々盛んになった。もはや資料を提供し、話を提供されるような関係ではなく、親戚付き合いにも似た友好関係を家族単位でとっていた。
無論それは子供達とて例外ではなく……。
「……っはぁっ!」
「ふっふっふ、またわぁの勝ちやな」
川原をちょっと離れたところに、子供達の遊ぶ草野原があるが、そのところどころに、丁度円状に草が生えていない場所が存在する。そこでハギとハルカは相撲をとっていたのだ。無論……文化交流の目的で。
その頃になると近所の子供も何人か、ハルカを接点に二人と共に遊ぶようになり、相撲も挑むようになっていた。
ちなみに、全員(甲羅のあるハルカ除く)褌一丁である。
「へっ、ハルカ、今日はおまーを負かしちゃるに!」
「やってみぃ!返り討ちじゃ!」
「ハギ、四股はこう踏むんよ。さ、きばり!」
「え、あ、あ……うん」
周りの腕白ぶりと聞き慣れない訛りにわりと戸惑うハギに対し、ハルカは来る子供来る子供とぶつかり、投げ、投げ飛ばされている。
「女は土俵に上がれんのが普通じゃが、ここは神聖な土俵じゃねんだ。ハルカが相撲するに、何の問題もねのよ。それに……ハルカ、ここいらの大体の男よりつぇーのよ。じゃから……力試しにゃ丁度良い相手じゃ」
「それに、ただ楽しいんよね。ぶつかり合う瞬間が」
どうやら相撲は、この辺りでは体を使うスポーツのようなものとして認識されているらしい。向こうで似たようなものと言えば何だろう、そんな考えが過ったとき、子供の一人がハギの背を押した。
「わっ!」
驚くハギに向けて、子供の一人は無邪気に言う。
「次ぃハギの番だら〜」
どうやら、一巡したらしい。今土俵上にいるのは、この辺りで一番の腕白坊主。どうやらハルカを堂々負かしたらしい。
「うぅ、わぁの足を掬われたわぁ……」
ちょっと残念そうに呟く彼女を横目に、ハギは自分より一回り大きい子供を見据える。
「ハギ、小便ちびんなや」
「そっちこそ、足を掬われないでよ」
簡単な口の応酬の後、行司役の子供が叫ぶ。
「……はっけよい……のこった!」
瞬、同時、駆け――!
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結果から言えばハギの惨敗だった。力が違いすぎる。ぶつかった瞬間体が浮き、そのまま足を掬われ……転倒。
腰が入ってねぇぞ、と叫ばれつつもハギは、絶対腰の問題ではないと思わずにはいられなかった。
その後も何人かの子供とぶつかり合い、押し合い、引き合い……気付けば昼御飯の時間。その間ハギは投げたり投げられたりと……彼自身としては中々健闘していた。
「じゃあな〜っ」
子供達の合唱と共に、相撲はお開きとなった。草原に残っているのは、ハルカとハギだけ。
いい汗かいた、と言わんばかりの笑顔を見せるハルカとは対称的に、ハギは体力的に限界を迎えているようだった。
「ん、どないしたん?随分ばてんのが早よない?」
息一つ乱さずそう告げるハルカに、ハギは唖然とするしかなかった。体力が、違いすぎる。桁が、明らかに違いすぎる。
「……はぁっ……はぁっ……」
元々そこまで運動をしているわけでもない彼にとって、子供とはいえ相撲の連続は非常に体力を使うものであったらしい。
荒い息を何とか調えつつ、服に着替えていくハギ。袖に腕を通そうとしたとき……突然生じた痛みに顔をしかめた。
「……?あ〜、成る程な」
しげしげと腕を眺めるハルカ。そこでハギは、ようやく自分が先程の相撲で、腕を擦りむいたことを知った。
大丈夫か?と軽く告げるハルカに、ハギは即座に大丈夫と答えた。このくらいの怪我なら、十分耐えられる、そう考えていたからだ。
だが……時間が経つにつれ、腕がじんじんと痛くなっていく。血は止まってこそいるが、痛みが、全く収まらない。
「……ハギ、ちょお見せてみ?な?」
心配になったハルカが、強引に彼の腕を取り、見てみると……!?
「!アンタ腕微妙に折れとるよ!?」
擦り傷もあったが、それ以上に酷かったのは、腕の内出血であった。明らかに、皮膚が紫色に染まっている。そして微妙に腕が太い。
痛みに耐えるハギ。脂汗がほんのり浮かび、微妙に歯を食い縛って、ゆっくりと歩いている状態だ。ハギくらいの年齢では、泣きわめかないのが普通ではあるが、それにしても彼の意思は強い方であっただろう。
「……大丈夫……家に帰ったら……固定……」
だが、肉体を凌駕するは魂……とは言っても、相応の体力上限がないとたかが知れている状態になる。現に、直前までの疲れで随分弱っていた彼の足取りは重く、段々とゆっくりになっていく。
このままでは、家に着く前に倒れてしまうのではないか――!?
「……ハギ、わぁに掴まり」
「……え?わ――」
ハルカは、折れていない方の腕を彼女自身の首元にかけながら、背中の甲羅にハギの体を乗せた。そのまま――自分の足が傷付こうが構わず、彼女の家に向けて走り出していた。
「……あ〜、細い骨が一本イッとるね」
「ま、相撲なら仕方ねぇな」
「……ジパングはこんな危険なスポーツが遊びとして成り立つのですか?」
「それ言ったら、どこのスポーツも大概危険だぜ?体操だって骨を折ることもあんだ。ま、要は加減の問題だな」
ハギの腕を持ち上げながら、骨が折れていると判断したのは、ハルカの母であるカツミであった。
あの後、一旦近場にあった自宅にハギを預けたハルカは、そのままハギの借家に向かい、そのまま彼の両親にハギが怪我したことを告げ、彼女の家に来てもらった。因みに彼女の父であるエニシはまだ働きに出て帰っていない。
折れている以上、本来ならば安静が1ヶ月間条件付けられる。それをハギは嫌だと思いつつも、仕方無いことだと受け入れつつあった……が?
「ん?こないな骨折と怪我なら、一週間も掛からんと治るで?」
――一瞬、ハルカ含む場の空気が唖然となったのは言うまでもない。カツミという河童は、もしや自らの治癒力を人間のそれと同等と思っているのではないか?人間は骨折が治るのに一ヶ月は最低でも掛かるぞ。無言で視線を向けるハギ一家。
ハルカも視線は向けている。だがハルカが向ける視線は、明らかに彼らのそれとは違っていた。
「……オカン、あれ使ってえぇのん?マズイ思うんけど」
何やら、母親が何をしようとしているか、その方法が頭に浮かんだらしい。その彼女にカツミは、豪快な笑顔を見せた。
「別に構やせんよ。何がマズイん?」
その直後、そっと耳打ちする。その言葉に、ハルカは少し悩みながらも頷いた。
おいてけぼりにされたハギ一家が何やら苛立ちを覚える中、カツミは奥の方から何やら質素な壷を取り出してきた。
かたり、と置いた後で、カツミは一家を眺め――睨んだ。
覇気――!唐突に変化した空気に、一家は身をすくませる。突然の豹変に、全員呑まれてしまったのだ。
それを肌で感じるとカツミは、淡々と、しかし明瞭かつ明確な意思をもって、彼らに言い聞かせるように話し掛けた。
「――クラマさん、これからやる方法はな、人の世にはあまり出してはならん方法なんや。特に――反魔物の連中にな。
やるんは、痛みも副作用も何もなく自己治癒力を高める方法や。だがね、先に言ったようにこれを口外せんといて欲しい。一家だけの秘密にして、外に漏らさんようにして欲しい。
フェリさん。アンタの職業はよう分かっとる。こことあっちの理解、それを深めとこう、っちゅうもんやろ?やからこそ……情報の重みっちゅうもん、それも分かるやろ?
……あんたらを信用して、ええか?」
「……『河童の秘薬』……ですか」
頷くカツミ。フェリ……フェリシオーヌはやや信じられないような表情を浮かべながら二人を眺める。一体何か分からないハギに対し、ハルカはそっと耳打ちする。
「……河童に伝わる、万能薬や。病気云々は知らんが、これがあればどんな傷も忽ち治ってしまうんよ。作り方は門外不出や」
壷の中身が、河童の秘薬。その薬は門外不出……ならば何故、母親のフェリシオーヌが知っているのか。
ハギの疑問の視線に、フェリシオーヌはあっさり返答した。
「ジパングの昔話にあったのよ。悪戯好きの河童が、ある日人間に腕を斬られ懲らしめられた。その後、今までの悪戯を懺悔し反省して相手の家に腕を取りに行った――」
彼女の言葉を継ぐように、カツミがその続きを語った。
「――で、その人間は言うたんやな。「切れた腕は付く筈がないやん」と。河童は「いえいえ、河童の秘薬が御座いまして――」と。
で、その人間は医学を志しとった。この男は秘薬に興味を持った。当然材料を聞くわな。だが教えられる筈あれへん。普通やったらすごすご帰るんが筋や。じゃが……その河童も、医学の心得があったんやなぁ。秘薬は教えられんが、秘薬に近しい効果のある軟膏の材料と製造法を、秘薬に関する守秘義務付きで教えたんよ。
――で、それがこの辺りの医学の基礎になった……っちゅう話や」
余計なことをしたな……。そんな感情が彼女の周りにありありと見られた。まぁ幸いなことにその医者志望の男は大して口を割ることなく、作った軟膏は瞬く間に全国に広がったという。
そして……この男のいた地方では、河童に感謝の意を示して、胡瓜を捧げるようになった。
「河童の集落はここだけやないんよ。全国津々浦々……やないけど、まぁ山合の河川には大体居るね」
「つまり、件の集落は此処ではないと」
頷くカツミ。微かにフェリシオーヌは残念そうだったが、これ以上聞くのは野暮だと思ったのだろう。素直に引き下がったのであった。
「……」
少し考え、フェリシオーヌはエギリに視線を向けた。同意を得るような視線に、エギリは当然とばかりに口を開く。
「ワシは家を捨てた身じゃがな、物の道理が判らぬ男ではない事ぐらいは自負しておる。
男、エギリ=クラマ。この記憶は墓まで秘めて持つ所存だ」
正座で深々と頭を下げるエギリ。それを眺め、そしてフェリシオーヌも頭を下げた。
「……数多の情報を扱う身として、避けるべき行為は三つあります。誤解を避けること、言説の責任を逃れること、そして――情報をぞんざいに扱うこと。
フェリシアーヌ=クラマも、例え誰が問おうとも、秘薬の存在を他言することは致しません」
二者の言葉と行動、それはそのまま、秘薬の使用を懇願するものでもあった。彼らの信念に満ちた言葉に、カツミも瞳を一旦閉じ、そして柔和に開いた。
「……おっしゃ。アンタらを信用するで」
その声と共に、彼女は壷の蓋を開き、中に溜められていた軟膏を手に付けると、洗ってある傷口から、内出血が広がっている部分まで塗り広げていった。
「!!っ……」
ハギは痛みに一瞬顔をしかめたが、次の瞬間には引いていく感覚に、どこか現実を喪失したような視線を向けていた。
じわり、じわりと傷が閉じつつ、内出血も収まっていく。まるで、強力な治癒の魔法のよう。いや、下手したらそれを上回るペースで傷の痕跡が消えていく。
「……前見ても思うたけど、何であんな出鱈目な効力なんやろ」
その様子を眺めながら、ボソリとハルカは呟く。彼女の言う前とは、彼の父であるエニシが大怪我をしたときに、同様に秘薬を用いたときのことである。あの時も、目の前で秘薬をつけたエニシの体がみるみるうちに回復していったのだ。
「……すげぇ……」
「……それは、秘密にするわけですね。これが少しでも流通したら……」
恐らく河童達は、人間が薬を得るために捕獲と殺戮の被害者となるだろう。その薬が何に使われるか……戦場において強い兵士にのみ用いられ……。
「せや。やからアンタらには死んでも黙っといて欲しい。資料にも残さんで欲しい。……ま、クラマさん、アンタらは信用出来る。やなきゃ早々にこんな方法をとる筈もないで」
カツミと親達の会話。その間に、外面上のハギの傷は既に治ってしまった。流石に今腕を動かしたら不味いこと自体は理解していたようだが。
「ハギ君やったっけ?若い方が回復力を引き出しやすいんやけど、アンタ、元々傷の治りが早いんやね。この調子ならもうじきにくっつくよ」
そう朗らかに告げるカツミの顔は、いつもの肝っ玉母さん染みたそれへと既に戻っていたのだった。
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『くっついたら薬湯……つまり温泉に入り。入らんと寧ろ危ないんよ』
『自己治癒力の暴走ですね』
『せや。向こうの医学も捨てたもんとちゃうなぁ』
……まさかこんな流れになるとは、と思わず呟かずにいられなかったハギであった。
腕を折ったその日に腕がくっつき、そこからいきなり風呂に……温泉に入れだなんて。普通の医療では全く有り得ない。
ハルカの場合、父親の前例があるだけに、まぁ展開は予測できていたようだ。言われてすぐにハギを担ぎ、そのまま温泉に直行している。
ハギの両親はそれを止めることをしなかった。まぁ一人息子のことを考えてそうしているのだろうが。
「……」
まるで古い皮が剥がれていくように、軟膏が湯に融け出して流れていく。少しずつ、少しずつ……その感触が、何とも言えず気持ち良かった。
「……腕の感じはどう?」
沈黙に耐えかねたのか、ハルカがハギに問いかける。その頃には既に彼の腕についていた軟膏は、全て流れ落ちていた。
ハギは恐る恐る腕を曲げ伸ばし、捻り、手の開閉を行い――痛みがないことを確認した。
「……凄いんだね、河童の薬って」
ちゃぽん、と風呂に腕が入る。風呂の湯が腕に染み渡る感じが、何処か心地よく感じたのか、ハギは脱力の溜め息を吐く。
ハルカはそれに安心したような笑顔を向けると「やな」と一言、空に目を向けた。
そのまま暫く、何処か柔らかな沈黙が再び続いた。心地よい湯船にて揺られつつ、二人はただ、空を眺めていた。
そのまま逆上せるまで風呂に浸かりっぱなしになるかと思われた二人。だが……それは突然の轟音に遮られた。
ドッ!……ひゅるるるるぅぅ〜〜〜〜〜っ!………………ドンッ!
「!?っ!?」
突然の爆音。それも真正面から。耳を押し飛ばすのではないかと言う打撃にも似た音に、あわてふためくハギ。彼には近場で何か争いが起こっているように感じられたのだろう。
一方、ハルカはどこか感心したような表情で空を眺めていた。微かに開いた口で、「そういや、今日やったなぁ……」と呟いて。
「何!一体なんでハルカは――」
そうハルカを揺すろうと手をかけようとした――その時、全身を照らすような、強く、明るい光が天から降り注いだ。
彼がそちらに視線を向けると――!
――巨大な、一輪の光の華が、天に咲いていたのだった。
「……」
あれは、何だ。その一言すら告げることが出来ず、彼はぽかんと口を開けるのみだった。その迫力、インパクトたるや、先程の河童の秘薬云々の記憶を吹き飛ばしてしまうかも知れないほどのものであった。
空に咲き誇る光の華は、次々と大きさ、形、色を変えて咲いては散り、散っては咲いていく。その度に、身を震わすような轟音がハギの体を貫いていく。
空の万華鏡が持つ幻惑に心奪われたハギの肩を逆に掴みながら、ハルカは耳元で囁く。
「ハギ、向こうに花火は無いん?」
そのまま首の辺りから前で腕を交差させるハルカ。腹部側の甲羅の、どこかラバー質な感触を背中に感じながら、ハギは首をこくこくと縦に振っていた。とくん、と心臓が高鳴る。
さらに女体特有の柔らかな体をハギに押し付けつつ、ハルカは言葉を続けた。視線は花火に向いてはいたが、意識は彼に向いていた。
「……この辺りはな、夏のこの時期になると、町の方で祭りがあるんよ。名前は'納涼祭'やったかな。みんなで集って、屋台の飯食うたり、躍り踊ったりしよんのよ。
そしてその最後の出しもんが――あれや」
ハルカが指差した先に、木々の隙間にぽっかりとあいた空。そこを埋め尽くすような大輪の華が、目映い光を二人に投げ掛けている。
「た〜まや〜!」
突如叫んだハルカにビックリしながら、ハギは何事かと尋ねた。ハルカは何の気なしに返す。
「あ、この声?花火見るときの伝統の掛け声なんよ。か〜ぎや〜!っちゅうのもある」
次の開花と共に早速「か〜ぎや〜!」と叫ぶハルカ。何度も眺めているので慣れているのだろう。慣れていないハギは……叫びもせずただ眺めるだけだ。
完全に、彼は花火に魅了されていた。それはこの温泉が隠れベストスポットであるからというのもあるだろう。だが……。
「……すごいや……」
それ以上に、彼の中に花火に対し、憧れを抱くような何かが眠っていたのかもしれない。高鳴る心臓が、それを肯定するように鳴り響いている。
何れにせよ……。
――この日、ハギ少年は花火に焦がれたのだった。
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「よぉ、久しいじゃねぇか。受付の嬢ちゃん。アイツぁ元気か?」
久しぶりに会ったクオルン氏は、前と同じく――いや、下手したら前よりも体が引き締まっていた。恐らく日々の鍛練の成果だろう。
「……はい」
あまり笑うのは得意ではないけれど、彼と暮らすうちに段々と'笑い方'というものが分かってきた気がした。まだぎこちないながら、今の私に自然に浮かぶ表情。それが笑顔なんだろう。
「幸せそうで何よりね」
クオルン氏の背中から、一人のラージマウスがひょこん、と飛び出した。耳がピクピクと動いて可愛らしい。流石におもちゃ箱以外に柄として使うことは出来ないけれど。
彼女――外見と話し方からするにピードちゃん――はちょこちょこと私の前に立つと一礼し、そのまま笑顔で私の顔を眺めていた。
「……はい」
静かに流れていく日常、それが私にとって、どれだけ幸せなことか。文字の量で幸せが計れるならば、その定義を真っ向から覆す論を発表できそうな程……語れないほどに幸せ。
彼女はそんな私に、ふふっと笑いかけて、ととててとクオルンの背後に駆けていった。彼女も、とても幸せそうだ。
……ところで、あと二人のラージマウスは?それを尋ねたところ、二人とも別々に店で何やら買っているらしい。魔力は既に蓄魔機type.4に充填済みのようだ。周りを噛む心配など無いだろう。
あの装置のギミックに、私も少しだけ関わらせてもらったけど……それは別の話だ。
「日が暮れたら、またこの場所に来てくれや。嬢ちゃんが見てぇもんみせてやっからよ――特別にな」
クオルン氏の言葉を受け、私は一旦礼を言い、そのまま祭りの喧騒に戻ることにした。まだ行っていなかった古本屋台がある。それを適当に眺めるだけでも、すぐに日は暮れるだろう。
そして――舞台は夜に移る。
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――花火を眺めた数日後、クラマ一家は船に乗り、大陸の方に帰ることになった。お世話になった村の人達に沢山の礼を告げて。
「またいつかわぁのとこに来てや〜」
別れ際、村の子供に混ざってハルカが盛大に手を振りながら叫んでいた。ハギもそれに答えるように、大きく手を振り、肯定の意を示したのだった。
それから数年間、ハギは勉強の傍ら、家の資料で花火について学んでいた。数年間も掛かったのは、学校内にて行われる魔力適性検査で陽性が出たので、基礎魔法によって体の魔力を慣らす必要があり、その勉強で時間がとられてしまったのだ。
花火についての資料は、文化的なものが殆どで実務的なものは少なかったが、運良くそれに値するもの(ハギが生まれる前、ジパングにてフェリシオーヌが簡単な仕組みについて花火職人に聞いたらしいメモ)を発見し、それで大まかなことについては学んでいた。
だが――この大陸において、火薬は大概銃器や爆弾に使用される。大量の火薬を一ヶ所に詰めて空に放つ娯楽など……普通は認められる筈もなかった。只でさえこちらは、魔物との戦いが多いのだ(殺戮的一面では人間が一方的、ともいえるが、淘汰的側面では魔物が一方的ともいえる)。
本来ならばここで諦める筈だった。火薬が使えない以上、花火を打ち上げる事は出来ない、と。現にハギも一度は諦めたという。……まぁそれは子供と言う立場上仕方がない部分もあったのだが。
そうして、一度は夢を諦めたハギだった。しばらくは魔法の習得に専念しようと努め、学年が上がり、中級魔法に関する教科書を手渡され、それを読み進めていった。
――コラムに書いてあった、中級〜上級レベルの応用魔法、『爆破(ブラスト)』、それがハギの夢と願いへの道を新たに開いたのだった。
頃合いを見計らって、『爆破(ブラスト)』を練習場で幾度も行うハギ。無論、中級魔法の炎系統を完璧にした後である。爆発の規模を、小さく、中ぐらいに、大きく。音を重く、大きく、盛大に――!
「こらぁっ!『爆破(ブラスト)』の音は大きくするもんじゃないっ!味方まで行動不能にする気かお前はぁっ!」
時として教師にこう言われることもあったが、ハギは基本的に気にしなかった。というよりも、寧ろその先生の質問に疑問すら抱いていた。
彼の心にあるのは、あの日の巨大な花火……。
「あんな巨大で綺麗な、迫力のあるものを、魔力で打ち上げられたら……」
彼の願いは、年月を経ると魔力と共に強くなっていった事は言うまでもないだろう。
そして……幾度もの試行錯誤の末――ジパングを訪れて10年後、彼は魔法による打ち上げ花火の試作型を完成させたのだった。
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「……諸行無常、か」
流石に10年も経てば、ジパングの風景も様変わりするもの。理解こそしてはいたが、改めて目の前の港町を眺めて、ハギはそう呟かざるを得なかった。
昔は、目の前にほんの十軒ほどの店と住宅が立ち並ぶだけだったここは、今幾多の住宅が建ち、人の行き交いも激しくなっていた。
「あの町は貿易の町になったのさ」
船に乗る前に船員が「驚くなよ」と忠告していた一言をハギは改めて思い、無理だとすっと呟いた。明らかに記憶と違いすぎる。
どこか忙しなく行き交う人々を眺め……彼は妙な物悲しさを感じていた。のんびりした感じが彼は好きではあった。激しいのも好きではあるが、こうした激しさは望むものではなかった。
だが、こうして思ったところでしょうがない。変わった時代をどうこう告げるのは年寄りの戯れ言だろう。彼はそう自分に言い聞かせながら、件の村へと向かうことにした。
季節は夏。ジパング特有の蒸し暑さに、汗がじわりと肌に浮き出ては皮膚に張り付いていく。その独特の不快感だけは変わらないな、と苦笑を漏らす。
「……ふぅ」
村に着いたとき、ハギはようやく、自分が落ち着けるような風景に出会えた。
理想化と言えばそれまでだが、何処と無く懐かしさを覚える、粗雑で纏まりの失せた――しかしゆったりと時の流れる風景。それが彼が嘗て居た村の風景だ。
子供達が遊んでいる。どこか彼が子供の頃遊んだ子供に似ている気がしたが、それは彼自身の思い出を子供に投射しているに過ぎなかった。
風が吹くと舞う砂埃。その香りに少し噎せ返りそうになりながらも、彼は軽く、村長に挨拶しに行くことにした。
「お!まさか……'石投げ15回'のハギ!?」
村長代理も驚いていたが、ハギ自身も驚きを隠せなかった。何せ、村長代理が、あの日挑んだ腕白大将である。子供の時既に巨躯であった彼は、そのまま成長して適度に引き締まり、適度にだらしない体格をしたタフガイに変わっていた。
因みに'石投げ15回'とは、川で石を対岸まで投げたとき、偶々水面で15回跳ね、それが当時の村の子のベスト記録だったことからついた渾名だったりする。
「そっちは――'百戦錬磨'のヒノデ君かな?」
おうよ、と少しだらしのない腹を太鼓に叩く村長代理――ヒノデ。相撲で唯一、ハルカに勝ち越していた男だ。
「懐かしい、つか、変わるでなぁ……十数年ぶりだらぁ」
「うん、そうだね。十年……」
それぞれの十年に思いを馳せること数分、二人は様々な昔話に花を咲かせていた。
変わっていないように見えて、村も少し少し変わっているらしい。農業の効率が上がり、同時に地力を上げる術を生み出したこの村は、外部に野菜を売りに行くことも増えたらしい。
「無論、特産品は胡瓜だがや」
あっはっは、と豪快に笑うヒノデ。何でも、河童相手には奉納分に加え格安販売も行うなど、親密な付き合いが続いているという。
理由としては簡単で、領主がどちらかと言うと親魔物派で、各所の独自信仰に大して手を触れないスタンスの持ち主だからだ。
あと、農業に関わる水が河童の住み処の近くにあり、定期的なものと緊急的なもの、どちらも河童が危機を教えてくれるという、ギブアンドテイクの状態でもある。
それらの話が一通り終わった後、ハギはようやく本題である宿の確保の話に入った。
結果としては……ひとまず村長の家の客間に泊まることになった。流石に子供の頃貸し与えられた空き家には、今は別の家族(子供の頃遊んだ相手の一人が結婚して、親と離れた)が住んでいるらしい。そして、少しずつながら、人口も増えていっているようだ。
「飢饉の対策も領主共々やっとるで、もし採れんでもしばらくはやってけるよ、この村は」
そう笑うヒノデを、ハギは頼もしげな目線で眺めていた。
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翌日、日が大地より顔を出す少し前、ハギは村長の家を出て、あの思い出の川に向かった。あの――ハルカに出会った川だ。
昔は草に足をとられたりしたが、今では平然と踏破できる。この辺り、肉体的に成長したな、とハギは実感していた。
子供の視線と大人の視線は違う、とハギは聞いてはいたが、こうして昔通った道を行くだけでもそれは十分感じられた。
昔の方が土や草木の香りを身近に感じられたのだろうな……と少し感傷に浸りつつ進むハギ。見覚えのある草を越えた場所に……あった。
「……」
記憶と寸分違わない川。多少広がっている気がするのは、恐らく十年の歳月で土が削られたか。上流の方にふと目を向けると、暗がりで見辛いが、そちらには山のように積まれた土嚢が。
そう言えば、と昨日ヒノデが話していた話を一つ思い出した。三年ほど前に、河童と協力して治水工事を行ったという。それがあの土嚢だと。
「変わらぬものの、在るべきか……だな」
染々と感慨に耽りつつ、ハギは川を見渡した。誰かが泳いでいるだろうか、そんな淡い期待にも似た感情を抱きながら。
「……流石に気が早かったかな?」
早朝にこの森を歩くような存在は早々いないだろう。自らの行動を自嘲しつつ、川の水を一口掬い、飲む。あの時と変わらない、美味しい水。植物にとってもいい水だろう。作物が育つのも何となく良くわかった気がしたハギであった。
日は既に半分ほど顔を出し、赤々とした巨大な外観を村の衆目に晒している。そろそろ、みんな起き出す頃だろう。そう考えたハギは、一旦村長の家に戻ろうと、朝露に微かに濡れた地面から立ち上がった。
「――そこで何しとん?異人さん」
――声。記憶にある声よりも、微かに深い、けれど、どこかはっきりとした女性の声。異人さん……少なくとも村では見かけない影の輪郭はしているから異人さんなのだろう。
「あの村の客人さん?やったらわぁも歓迎せなな。でや、良い村やろ?」
逆光の位置では、顔も外観も良く分からないのかもしれない。面影があるとは言っても、大概それは顔だけだ。顔が分からなければどうしようもない。
「忙しうない、静かな村や。けどそれがええやろ?都会に出てまうとな、皆忙しのうなってしまうねや。わぁの幼馴染みもな、戻ると口々に言うんよ」
段々と近付いてくる影。ハギは、その影に対して、そっと呟いた。
「……久しぶり、だね。ハルカ」
「……え、なしてわぁの名前――あぁっ!」
日の光が当たって顔が見やすくなる位置に移動しながら振り返ったハギに、十年振りの再会をしたハルカは驚きの叫び声をあげた。
「ハギやん!どないしてここにおるんよ!?連絡の一つでも寄越しぃよ!」
一気に迫って押し倒そうとするハルカ。先ほどまで沐浴していたのか、体全体が濡れていた。その湿り気が服を濡らしかけたところで、ハギは何とか彼女を押し止めた。
「ごめんごめん!でも流石にそっちの住所が分からなかったんだ!」
村の細かいところまで住所番号が決められているわけでもない。そもそも制度すら統一されていないジパングに、手紙など出せるわけがなかった。
まぁ仮に出せたとして、ハギが出したかどうかは不明だが。
「またいつかて言うたよ!わぁは言うたよ!やけどんな遅くなるとは思わんわ!」
先程まで水に浸かっていたからか、ハルカはテンションが上がっているらしい。河童らしい力の強さに、ハギは何とか対応することしか出来なかった!
「だからごめんって!」
花火製作の過程で鍛えた体をフル活用して、何とか力を拮抗させ、上半身だけでも起き上がらせようとした、時――。
ぽたり。
「……?」
ぽたり、ぽたり。
頬だろうか。胸元だろうか。何かが落ちてくる感覚がした。静かに、けれど心拍のごとく確実に、重く響くその音の正体は――。
「……わぁは……待っとったんよ……!」
――ここに来て、ようやくハギは、成長したハルカの姿を目にすることが出来たのだった。
川の水に濡れた髪は艶々と輝き、日の角度によっては天使の輪っかすら見えてしまう。皿と輪っかに挟まれた、やや茶色い髪もそれとなくキュートだ。
か弱さとは無縁だが、一時でもそう思わせそうな腕や脚は皺や染み一つ見えず、しなやかな腕線美や脚線美を誇っている。
甲羅は彼女の体に合わせて成長しているのだろう。キツキツという様子もないが、ブカブカした様子もない。体のラインがはっきりと分かる。
そして……元気の良かったあの頃の顔を、理想的に成長させたような大人の顔。まだ何処かあどけなさが残る一方で、内に孕む艶っぽさは、紛れもなく大人の顔だった。
その顔が――。
「……ずっと……ずっと……待っとったんよ……っ!」
――涙に濡れ、歪んでいた。
「……」
途方もない罪悪感。本来なら理不尽も良いところなのかもしれない。だが――彼女の涙を見て、ハギはその罪悪感を何故だか覚えていた。
まるで彼女の思いが、何より大事であるかのように。
――憧れと恋心は似ている。
どちらも相手を意識し続ける行為なのだから――
「……ごめ――っ!?」
謝ろうとしたハギの口を、ハルカはいきなり塞いだ。手でなく、ハルカ自身の口で。そのまま間髪入れず舌を彼の口の中に突き出す。
突然の接吻に目を白黒させるハギを尻目に、ハルカは次々と舌の動きを進めていく。同時に服を濡らすのを気にせず、彼の体を強く抱き締めていった。もう離したくない、その心の現れであるかのように。
「〜っ!っっ〜〜っ!」
為す術もないままに彼女に舌を弄ばれるハギ。ハルカの舌は直ぐ様ハギの裏唇を制覇し、歯の表面から歯の裏、犬歯臼歯親不知区別なく彼女の唾液で濡らし、彼自身の口内粘膜を削ぎ取っていく。
そのまま彼の舌に巻き付きつつ、締めて、緩めて、また締めて……舌の動きと同調するかのように、体を押し付けて、強く抱き締めていく。
口の中では二体の蛞蝓が熱烈な抱擁を交わし、その様を体でも再現しようとしているのか、ハルカはハギに濡れた体をひたすらに押し付け、服を徐々に濡らしていった。
甲羅越しでも分かる(とは言っても腹部側は皮膜のようなものだが)、ハルカの持つ女体の柔らかさ。あの頃からほんの少しだけ成長した二つの胸の感触すら、濡れて肌に付く布越しに明確に感じられた。
弾力のある軟体のように、ある程度形を変えながらむにむにとした感触をハギに伝える、彼女の唇。それは先程まで潜っていたであろう水の爽やかな香りに、彼女自身が発する微弱なフェロモンがほんのり混ざり合って、彼の心の臓を激しく突き動かす。
時折吸い上げられた舌は、彼自身の唾液を彼女の口の中へと運んでいく。甘噛みによって引き起こされる刺激が、彼の体を微かにびくんびくんと跳ねさせた。
無我夢中で絡まり合う舌。最早唾液の境界線が意味を為さなくなった刹那――。
「……はぁっ……っ」
――ようやく舌の拘束が解かれ、彼女の唇が離れる。それでも、彼女は彼を押し倒したまま、どこか熱の入った視線で眺めていた。
ハギに抵抗する力は残されていない。さながら尻子玉でも抜かれたかのように、全身に力が入らなかった。先程の吸引で、彼の力まで吸いとられてしまったのかもしれない。
「……」
ぱくぱくと声にならない声を挙げるハギ。唇の動きはしっかりと言葉になっているが、舌が動く気配があまりないのだ。
ハギを地面に押し倒したまま、ハルカは訥々と呟く。それはまるで、皹の入った壁から溢れ出る水のように少しずつ、しかし確かな力をもって流れ出していった。
「……別れたあの日からなぁ、わぁはハギの事が忘れられんかった。他のコとおった時よりも心に残ったんよ――ハギとおった時は。
腕が折れとったときはホンマに怖かった。痛みを抑えるために何が出来るやろか分からんかったから怖かった。
事なきを得て風呂一緒に入ったとき、ハギ……アンタは花火を夢中で眺めとったな。やけど、わぁは花火よりも気になっとったんよ?
ハギ――アンタが気になっとったんよ?」
「……」
その言葉が何を意味しているか分からないほど、ハギは鈍感ではない。安易な言葉で言うならば、ハルカはハギを好きだ、と言うことだ。
「川で逢うて、話して、家族で付き逢うて、風呂に連れてきぃの、相撲しぃの。石投げでハギがいっちゃん跳んだときに、わぁは嬉しかったんよ。あん時、わぁら色々遊んだなぁ。
アンタが居らん中でもわぁは遊んだりしたけぇ。が、わぁの心は弾まん。なしてか分からんかったよ――今日、この場でアンタに逢うまでな。
ハギ、わぁはアンタが好きや。友達としてやない、一人の相手として好きなんや。
アンタの子……ウチに遺させてくれへんか?」
言うが早いか、既にハルカの手はハギのズボンを脱がす方向に動いていた。ベルトを器用に外し、チャックをゆっくりと下ろしていく。
ハギに抵抗する気配はなかった。それは単純に体力がないとか、体に力が入らないとかそういうもの――だけではなかった。
為すがままにされているハギの脳内を廻ったのは、魔導花火の研究時の不思議な感情であった……。
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……何かが足りない。
初めて試作品が出来、無事に空に花開く様を目にした時、彼の心を満たしたのは、何故か満ち足りぬ感情であった。
研究者としてのそれは飽く無き向上心を褒め称えるだろうが、彼の抱くのはそれとはどこか違っていた。
満たされている筈なのに、肝心の場所で何かが違っている。その後の数回の試作でも、確かに花火らしさは出ているのだが……やはり何かが違う。
こんなとき彼は、決まってあの夜の花火について思い出していた。あのドキドキ感、それは一体何だったのだろう。胸が高鳴るようなあの高揚感。弾けた瞬間のあの衝撃。それと……何処かしら優しさと柔らかさも感じていなかったか?と。
今回ジパングに訪れたのは、自分の花火に足りないものを何かと見極めるため、という要素が大きかった。そのため、町の夏祭りに合わせて訪れたのだが……。
――恐らく、彼女に会わなければ、永遠に分からなかっただろう。
ハギはあの日恋したのは、花火ではなくて――。
――ハルカであったのだ、と。
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「……僕もだ」
「……え?」
やや重たい体を持て余しつつ、上着を脱ぎ捨てるハギ。濡れた服が肌を撫でる感触に、背筋を若干震わせるも我慢して剥いだ。
日々の訓練で鍛え上げられた体がハルカの眼前に晒される。適度に割れた腹筋、厚い胸板などは、間違いなく『男』……いや『雄』を意識させるものであった。
「……あの日、僕は花火を見てそれに憧れていた。少なくともそう思っていた。あの興奮は、花火がもたらしたものだと思っていた。
――花火を作って、どうしても違って、一体何故だろうって」
動きが止まるハルカ。ハギはズボンを完全に脱ぎ、上着と同じ場所に放った後、パンツ一丁のままハルカに語りかけた。
「確かに花火に恋していた部分もあったかもしれない。だけど……いや。まどろっこしい言い方は止めだ。
僕が恋していたのは、ハルカ、君だった。遅すぎたけど、今、ようやく気付けたんだ」
押し付ける力が弱ったハルカの手を肩から外し、腹筋に力を入れてやや起き上がると、そのまま彼女の背中に腕を抱え込むように伸ばし――抱き締めた。
「っ!?」
突然の事にドキッとなった彼女を、ハギはじっと見つめていた。まるで返事を求めるかのように、瞳は正面を見据えている。
「……」
そのままじっと見つめ合う二人。その間にもハルカの漏らす微弱なフェロモンが、ハギの体の奥深くに秘められていた性欲を掘り起こしていく。
無理矢理押さえ付ける感覚に、ハギは痛覚をもって気付く。ハルカはその正体を一瞬で見抜き、その手で痛みの元――ハギの下着を取り除いた。
「……なぁ、ハギ」
どこか媚を売るようにすら聞こえる、甘ったるい声。
「……何?」
字面にすると素っ気ないかもしれない返事。それでも二人は、既に通じ合っていた。
「……わぁは、もう限界やよ」
河童の甲羅の、ちょうど女性器の部分。それは彼女の意思に同調するかのようにぱっくりと左右に開いていく。怪しく男を誘い込む桃色の肉アワビ、その奥では彼女の言葉をそのまま象徴するかのように、たっぷりと溜まった愛液が、まるで波打ち際のごとく陰唇に寄せては返している。時おり溢れたそれは、彼女の尻肉の隙間を伝って、地面へと愛の水溜まりを形成していく。
「……そうだね。僕も……限界みたいだ」
今だかつて見たことがないほどに盛り上がった彼の陰茎は、いつでも準備万端だと言わんばかりにぴくん、ぴくくんと震えている。フェロモンとの親和性が高かったのが、既に先端からは透明なカウパー液が流れ落ちていった。
――二人は視線を今一度交錯させると……ハルカは陰唇を二本の指で拡げ、ハギはそこに己の分身たる肉棒を、何の躊躇いもなく一気に挿し込んだ!
「……っぐっ……!」
破瓜の痛みに苦しむハルカに、ハギは一瞬動きを緩めるが、ハルカの目線は、ハギにこう訴えていた。
――もっと、もっと奥に突いて……と。
いつの間にか彼らは上下を逆転していた。ハギがハルカを押し倒し、肉体的に征服している。たぎる逸物を、奥へ奥へと突き、彼女が守り通してきたものを推し貫いていく。
ずぶっ、ずぷぷぷっ、と一突き毎に愛液が撹拌され、泡が彼女の膣から掻き出されていく。愛液に濡れた肉襞が肉棒にまとわりつき、初々しく何処か張り詰めた、しかし柔らかな膣肉が手の何倍も密着して扱き上げていく。
「――んあっ!んぁあっ!んぁあぁっ!」
「ぐっ……んおあっ!くぁっ!」
自然と彼らは抱き合い、互いの体の隙間を埋め合った。それは宛ら、待たされ分かたれた時を懸命に埋め合っているようであった。そしてその手の片方は、彼女によって河童の皿の部分に動かされる。
「!!ひぁっ!ひあああっ!」
さらり、仄かにハギの手が彼女の皿の上を滑る度、ハルカは電撃でも走ったかのようにびくびくと奮え、逸物に対する締め付けと腰の振りを更に強める。それはまるで、快感を更に貪ろうとするかのようであった。それに応えて、彼も更に激しく彼女を抱きしめつつ、皿への愛撫を続けていた。
先ほどまで川の水で湿っていた体が、今は汗で濡れている。ぱつんっ、ぱつんっと平手のような音が木霊する度に、彼らの汗は珠になって辺りに降り注いでいた。
日が既に昇っている川辺に、肉がぶつかり合う音が盛大に響く。相撲とは違う、有史以来幾度となく行われてきた男と女の営みを如実に示す接触音が、静寂を守る森に幾度も響き渡った。
破瓜の血は既に彼女自身の愛液で洗い流されており、逸物は交わりの証拠がテカテカと太陽に照らされ奇妙な光沢を放っていた。
「……あっ!あはぁっ!あんっ♪んあぁっ♪」
相当感じているのか、ハルカ自身もハギの腰に合わせるように動き、まるで咀嚼するかのように膣を締め上げた。今やハギの逸物は膣肉と肉襞と愛液の流れに翻弄され、四方から快楽攻めを受けているような状態だった。まるでローション付きのタオルで性感帯を包まれているかのよう……。
「!!っ……ハルカっ……!」
ぴくぴくと蠢いていた逸物が、いよいよ本格的に激しく戦慄き始めた。既に砲台に詰めるべき弾は完全に充填されたらしい。
そのハギの切羽詰まった声に、ハルカは満面の、しかし何処か快楽に酔ったような爛れた笑みを浮かべながら――大声で叫んだ!
「ハギぃ!わぁに――わぁに子宝恵んどくれぇっ!!!」
同時に全身から放たれるフェロモン。他の種族よりは遥か微弱ながらも、ハルカに対する限界値が低いハギにとっては、だめ押しともとれる静かな刺激。
逸物が、膨れ――!
「――っああぁああああっ!」
びゅるるるるぅぅぅぅっ……どくっ、どくっ、どくん……。
奥底でたぎっていた白いマグマが、噴火口からハルカの中に一気に流れ込む!放出の余韻を惜しむかのように、逸物が脈を刻みつつ、詰まったマグマを残らず打ち込んでいく。
絶頂を迎えたハルカの膣が、逸物をくわえ込んで、奥へ奥へと招く。精をすべて取り零さないようにという、本能の現れだろうか。
「……」
再び静寂が戻る森の中、二人は重なりあい、交わりの余韻に浸っていた。
彼女の得た快感を象徴するかのように、結合面からこぽり、と音を立てて愛液が吐き出され、何処か懐かしい、河童の秘薬が持っていたような暖かな波動を拡げていった……。
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「……」
私の物語は、わりと評判だったらしい。読み聞かせ屋の人が、そう私に言ってきていた。カンテラに照らされた顔は、優しい笑顔を浮かべていた。
新聞の片隅に置かせてもらっているものとは別に書いていたフェアリーテイルだったけれど、その素直さが子供達の心に響いたんだろう。
――無闇に奇を衒うより、分かりやすく面白いものを。技巧が面白いのは大人。子供は物語を面白いと思うのだ。
私は読んでいただいた読み聞かせの人に礼を言いキャロットケーキを渡して、そのままその場を立ち去ることにした。今度は何の物語を書こうか、そう自分用に買ったキャロットケーキを口にしながら、日も暮れ、カンテラの明かりが目立つ屋台を横目に、クオルン氏と会った広場――その裏側に移動していく。
――どぉぉぉぉぉぉん……
「……」
花火が始まった。火薬では出せない色の光も含めた、多種多様の光の華が、咲いては散り、散っては音を立てて咲いていく。
眺めているだけで、何の花をモチーフにしているか、何の植物を元に描いているか――それがよく分かる。適度に崩されつつも、イメージの固形化の題材の根底は崩さない。職人技だ。
……逆に私が分からなければ、一体何を元にしたか是非とも尋ねてみたいものだ。などと意地悪なことを考えつつ……体はようやく到着した。
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「朝おらん思うたら、やっぱり川辺に居ったね。ハギら仲えぇなぁ」
朝っぱらから交わって、それで仲が良いと言えるヒノデを、凄いと今更ながらにハギは思っていた。まぁハルカの行動については、既に理解と言うか、必然のように考えていたらしい。
昨日の会話でも、まだハルカは独り身だとは伝えてくれていた。大人になった河童は好きな相手を襲うと言うから、一体全体誰が好きなのだろうと疑問こそ持てど、その対象がまさかハギ自身だとは思いも寄らなかった。ヒノデに言わせると、それも大よそ予想はついていたらしい
どうして詳しく伝えなかったかというと、流石に人の恋愛を語るのは無粋だろうとヒノデは考えたらしい。あとは互いのプチサプライズを狙ったとか。
「しっかし……まさか両思いやったとは……不覚や」
ヒノデに発見された後、ハルカ一人が暮らす住みかに移動したハギは、そこでスタミナ料理を食べていた。流石に減ったものは取り戻させたいらしい。抑えきれず襲ってしまったハルカなりのちょっとした気遣いといったところか。
何が不覚か、そう問い掛けたところ、あの花火の日に一気に襲ってしまえば良かった、と言うところらしい。苦笑いしながら、ハギはそれは無理だろうと考えていた。
――あの頃彼らはまだ子供だった。恋愛も知らない只の子供に過ぎなかった。別れて、年を経て、じわりじわりと恋愛を知っていって……ここで再び出会えた。
もう、あの頃の子供ではないのだ、二人とも。だが同時に、子供の頃の心は導火線にほんのり灯った火のごとく、意識しない間に爆発の時を刻んでいた。
ハギがここに訪れたのも、ハルカがこの時間に沐浴に来たのも、もしかしたら運命の導火線が爆破するときの近付きを告げたのかもしれない。
「……あのさ」
「ん?何?ハギ」
恋心の正体がハルカに対するものであったとして、これまでに時と情熱を重ねた花火に対する恋情も、また嘘ではない。
ハギは、今なら……いや、今は昼だ。今日の夜なら、現状の完成品にして自らが満足行く花火が撃てるような気がしていた。幸いこの日は夏祭り。花火のイメージを間近で浮かべる事が出来る。
勇気を振り絞るまでもなく、思い浮かべるだけで、ハギはハルカに言わなければならない言葉が……彼自身が驚くほどすんなりと出てきていた。それは、この日の夜のお誘い事……。
「……祭りの後、ハルカ、君に見せたいものがあるんだ……いいかな?」
彼女は突然の申し出に驚きつつも、少しはにかんだような笑顔を向けて、頷いた。
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――そしてこの夜、一発の花火が、夜空に打ち上げられ、花開いた。
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――その花火のモチーフは、花ではなかった。色とりどりの風景。それもジパングの何処か長閑な村の風景が、空に絵巻物のごとく描かれていく。
子供達の相撲、川での水遊び、虫取り、祭りの喧騒……交わす酒は菊〇宗と〇桜。ついで久〇田。
竹の園の風景もあった。幾多の竹が整然と並ぶそこには、竹で作られた小屋があり、一人のお祖父さんが竹細工を作る様までもが見えた。
その横で一人の少年が、竹を炙っている。どこかその顔は、クオルン氏に似ていて……。
「……あれが俺だ。大体10くらいン時に弟子入りして……ありゃァ14かな?」
どうやら氏の幼い頃であったらしい。面影がある、と言い換えるべきか。
……?氏の浮かべる景色と言うものが氏の過去?……もしやこの花火は。
「……クオルンさん。恐らくですが、この花火、映し出すのは発動者の思い出……」
私の質問に、クオルン氏は頷き、もう一発放つ。皆伝を貰う場面だ。さぞ氏にとって喜ばしかったのだろう。笑顔の少年が見える。
「太祖(グラバンマ)が何を贈ったか俺ァ知らンよ。この通り、再現できるもンじゃねェからな。
だがな……嬢ちゃん。態々名前まで書いてあんだ。『何を』贈ったか、じゃなくて何を『贈ったか』は嬢ちゃんなら理解できるはずだぜ?」
「……」
――実際、そうだった。何を彼が『贈った』のか、私の心の中では明確に答えは出ていたのだ。
顔も知らない、存在したのかすら分からない伝説の存在……だが、氏もまた人であり、生物であった。そして生物である以上、誰かに自分の全てを打ち明けると言うことは――。
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【――この度の、『魔法花火の太祖グラバンマ』に関する取材は、氏の直系弟子である『炎爆者』クオルン氏の全面の協力により、大変進んだと言える。
これについては以下のページを参照されたし。
なお、『太祖のみが撃てる伝説の花火』に関する伝説は、半分はデマであったことをここに記す。
確かに、太祖以外には撃てないだろう。形としては撃てるかもしれない。だがあれを撃てるのは太祖だけだ。
――夜空を彩る、自身の経験に基づいた壮大な恋文など、一体誰が再現出来ようか。
報告者:ユキ=ノレッド】
fin.
'花火伝来の祖'と言われる、太古の魔導師だ。
戦いにおいて威力を求める風潮があった時代。敢えて'派手さ'を求めた変人として語られることも多い彼だが、その来歴や人生については謎が多い。その弟子の直系である'炎爆者'クオルン氏すら、大して知っているわけではないという。秘伝書(と言うほどのものでもないらしい。どうやら古代からの花火魔法の使い方とその魔力の集中法が載っている本だという。無論門外不出だ)にも、太祖の事は殆んど書かれていないそうだ。
ただ一つ、彼に関して書かれているとすれば、それは彼がジパングに居たときに共に過ごした女性について、彼が一言だけ書き記した言葉だろう、と彼は言う。
『ジパングにて共に時を過ごした、親愛なるハルカ=サクラギに捧ぐ――』
その言葉の次には、直ぐ様魔力の集中法が書かれているそうだ。つまりこの魔力の集中によって、彼はその女性に何かを贈ろうとしたらしい。
では何を贈ろうとしたのか?残念ながらクオルン氏はこの内容を明かすことはなかった。代わりに、一枚のチケットを私に渡した。
それは、この度行われる領主合同納涼祭での特等席チケットだった……。
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ハギ=クラマは、ジパングの農民の倅として産まれた父と、大陸から来た母の元に生まれ落ちた。身分が厳格で、農民は農民にしかなれない世界で、父親もまた農民としての将来が運命付けられていた……筈だったが、それを嫌った父は父親に自分を勘当させ大陸へと渡り、ジパング文化を研究していた母と祝言を挙げた。
その後、大陸で産まれた彼は、母親の研究の影響で大陸語とジパング語を学び……10才くらいの頃に親子三人でジパングに滞在することになった。無論、父親の故郷は避けて。
季節は夏。照らす日差しが苛烈な時期だった。
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夏と言えば水遊び。それは水がふんだんにある地域で共通のようだ。当然、ジパングでも。
「わぁ……」
父親に連れられてやって来た水場。日がそこまで高くない時間にやって来た筈のそこには、すでに大量の来客がいた。
主に親子連れ。子供達はみな褌一丁(ただし女の子はそれに加え胸にサラシを巻いている)で、親に言われた安全な地域のギリギリのラインまで広がって遊んでいる。
だがそれよりも驚いたことは、子供達に混じって、魔物の子供も一緒に遊んでいた事だ。
『ジパングではこの大陸と違って、魔を徹底的に排斥するような文化があまり根付いていない。これを世間では野蛮と謗るだろうが、ジパングは大陸と違う方向に文化を発展させたのだと考える方が理にかなう。
そもそも、文化の根底が、発生点が違うのだ。大陸における中央教会に当たる宗教がこちらには存在しない。アニミズム信仰――万物霊長に神は宿るという多神信仰が彼らの根底である。
繰り返すが、彼らは決して野蛮ではないのだ。この大陸を理解するに当たり、その前提を忘れてはならない……』
彼の母は、後に『ジパング考察』という一冊の本を出す際に、こちらの一言を入れるか否かで教会と一悶着起こしかけたという。無論論拠となる魔物云々を別の文章に変えて何とか事なきを得たが。
兎も角、一部の為政者と退魔師を除いて、一般民衆にとって、共存する限りは彼らは同胞たり得たのだ。
大陸で暮らしていたハギにとって、この光景は衝撃的であり、そこでようやく両親の言葉の意味が分かったのだった。
『ジパングの田舎は、大陸の都市とは違う世界と思いな(さい)』
これが両親の発言である。短いが、これ程までに的を射た発言というものもないだろう。
産まれて初めて感じたカルチャーショックに興奮を覚えながら……しかし田舎特有の村意識の存在を関知して周りの子供に溶け込むことは出来ない彼は、一人周りと離れたところで水遊びに興じる事にした……その時だった。
「おお!異人さんがおるね!」
「!!わわっ!」
何の脈絡もなく、背中で大声を出されたハギは、ビックリして尻餅をついてしまう。胸元まで水に浸かりつつ、声の主の方に視線を向けると、そこには瞳を興味津々そうに彼に向ける、一匹の河童がいたのだった。
年齢は、恐らくハギと同じ10才ほど。人間とは違う緑色の皮膚は、水に濡れてどこか艶かしく光り、両手両足の指の間には、薄い膜(水掻き用)が張られていた。
胴体は基本的に甲羅に覆われているようだったが、正面側の甲羅はエナメル質のようになっており、女体の持つ曲線をこれでもかと言うほどに強調していた。恐らく水の抵抗を少なくするよう体が進化したのか、非常にスレンダーである。
古来の河童の絵とは違い鳥の嘴こそ無かったが、頭頂部には立派な白い皿が丸見えであった。大陸なら恐らく肌の色を変えつつ帽子を被る事で擬態するであろう姿を、今眼前に惜しげもなく晒している……。
「わわ、驚かせてもた?おーい、大丈夫〜?」
妙な訛りが入った言葉で、河童はハギに近付きつつ話し掛ける。その度に艶かしいまでの体の曲線が目に入ることになり……。
「……」
……わりと純朴な少年には刺激が強い光景であったようだ。心臓が高鳴っているのは、多分驚かされたショックだけではないだろう。
「お〜い……」
河童の声にハギが反応できるようになるのは、たっぷり二分の時間を用いて、脳内に与えられた衝撃を処理したその後であった。
「わぁ(私)はハルカ、サクラギ=ハルカいうんよ。異人さんは名前が先なんやっけ?やったらハルカ=サクラギやな。ハルカって呼んでな」
「は、はぁ……ハギ=クラマです」
川辺から離れた石の地面の上、ようやく正気に戻ったハギを待ち受けていたのは、彼女:ハルカによる捲し立てるような質問攻めであった。
「なぁなぁ、海の向こうってどんな世界なん?ハギ、あんたのような異人さんの金髪のにーさんがぎょーさんおるん?どないなもの食うとるん?住みかなんかんな田舎と違うてごついん?わぁは海の外出たことあれへんし出たとしてそこまで泳げんからあんたんとこ行けへんのよ。やからどないな世界か教えてくれへん?なぁ?なぁなぁ?」
挨拶もそこそこに舌を回転させ、同時に川の水に濡れた体を一気に寄せる彼女、そこに遠慮の気配もない。だが魔物らしさも見られない。ただ自らの知らない世界を知りたいと望む一人の少女がいるだけだ。
尤も、訊かれる側からしたら対応に困るのもまた真理なのだが。母親の探求モードでもここまでは酷くない。……内心はハルカと同じだろうが。
「え……えと、一つずつ聞いてよ。そんなに一気に聞かれても……答えられないから……」
親譲りの流暢な日本語で返すと、今更ながらハルカは驚いた表情を浮かべた。
「おぉ!異人さんと普通に話せるんや!良かったわぁもし話せんのやったら何無駄なことしてんねやろて川の底で悶えるとこやったわ……いやぁ驚いたわ〜♪」
……陽気と言うか暢気と言うか人の話を聞かないと言うか……マイペースにも程がある。勢いに押されて何も言えないハギに、ハルカの口調はさらに勢いを増した。
「なぁなぁハギそれどこで習うたん?異人さんて大概日本語片言になるやろん?んなりゅーちょーに話せるんは何か訳ありて思うんが普通やん?ちょお教えて?な?教えて?」
「え……わ、ちょ、ま、な……」
ものすんごい勢いで両肩を掴んでガクガクと揺らすハルカ。当然答えられる筈もないハギはガクガクと揺らされ、脳に振動を剥き出しに伝えられる。
「〜〜〜〜〜っ!」
意識が失いそうになる刹那、何とか残された力を振り絞って彼女の肩を握り、腕を伸ばした。揺れが止まって一分後、ようやくハルカの手は外れる事になる。
「……ぁぅぅ……」
先程の振動で大量の体力が奪われた結果、地面にへたり込みながら、意識がもとに戻るまで回復を待つ羽目になった。
そんなハギを少し呆れたような目で見つめながら、ハルカは反省の欠片もない、溜め息がちな声で呟いた。
「……なんや、存外体力無いんね、ハギ」
「む、無茶言わないでよ……」
少なくとも強烈な勢いで頭を持続的に振られて、それでいて無事な人間など何処に居るだろうか。ライブに於けるモッシュ(ヘッドバンキング)をやり慣れた人間じゃあるまいし。
その旨を息も絶え絶えに説明したところ、
「え〜、この村やと大概の子供が平気やよ?」
とのこと。内心ハギはこの村の子供に合掌した。恐らく彼女に何度もシェイクされたことで耐性が付いたのだろう。あるいは……本当に強いのかもしれない。田舎の方が都会よりも体力があるのは知れている話だからだ。あるいはジパングゆえの神秘かもしれないが。
閑話休題。彼は脳内の妄想をストップさせた。
何とか意識と体力を取り戻したハギは、彼女が矢継ぎ早に出した質問に、丁寧に一つ一つ回答していった。
既にハルカは瞳を輝かせ身を乗り出している。何とも分かりやすいと言うかなんと言うか。正直な話、彼は過剰な興味に答えられるかどうか心配ではあったが……。
「……えぇと、まず人についてはそんな感じ……とは言っても茶髪もいるし、オレンジの髪もいる。魔法で色を変えることが禁じられているわりに、色々な髪の大人がいるかな」
「へぇ〜そーなんね!わぁの周りには黒い髪のコしかおらんのよ。たまに茶色いコもおるんけど、気付いたら黒髪にされてまうんよ。「半端な髪はアカン!」てな。……使うんは魔法やのうて染髪剤やけど」
基本、この場所は黒髪が主流らしい。そう言えば、向こうに行ったジパングの人は、大概黒髪か、例外的に魔力的要素で変化してしまった色だったような。
流石に紫色の髪をした舞闘する侍を見たときには、そのあまりの衝撃に親のジパング観が変化しかかったが。まぁこちらの大陸にジパングの民が来る理由なぞ、護衛のスカウトか、見聞を広めるためか、そうでなければ因習から抜け出したくて出てくる存在が大半だ。ハギの父親自体がその一人である。
「染髪剤か……木の実を磨り潰して塗料として髪に馴染ませていくアレ?」
「せや。あ、わぁは元からこの色やよ?」
確かに、染髪剤を使った髪にしては、色艶が十分備わっている。
触ってもえぇよ、とばかりに身を傾けてくるハルカ。気恥ずかしそうにハギが断ると、何処か残念そうな声をあげて戻っていった。触って欲しかったのだろうか。苔で微かに汚れている手で。
何処か釈然としない行動に疑問を持ちつつも、彼は話を続けた。
「食べ物は……パン、っていう麦を加工した食べ物が主食だね。そっちは確か……白米でしょ」
「せや。地蔵さんも大入道も鬼も皆、米を食うとるよ」
地蔵とは、ジパングに於いて信仰されている対象の一つだ。詳しいことは割愛するが、当然のように物を供える対象にはなる。
まぁ本来なら勝手にお供え物を口にしようものならバチが当たるのだが、案外彼女の近くに居る地蔵は寛容なようだ。
「赤鬼の菊ちゃん、よう神社に出入りして酒作っとるよ」
寛容すぎだろう。いくらなんでも邪を神聖なる場に……とそこまで考えて、ハギは改めて大前提を思い出した。
――ジパングは全く別の世界だ、と。
大陸では少なくとも、狐を祀ることは有り得ない。いや、存在してはならないと考える人すらいる。それが中央教会の意思である以上、大なり小なり思考の根底には、魔を祀ることはないというコンセンサスがあるのだ。
だが、こちらでは、稲荷……つまり狐が祀られている神社(神の社)は珍しくないという。それどころか蛇(ラミアかエキドナかは不明)や鬼(上級のもののみ。下級は四天王の足の下で這いつくばっている)を祀る神社まであるらしい。
まぁ信仰対象はそれぞれだと言ってしまえばそれまでだが……。この辺りにも、文化の格差は見てとれる。
「鬼が……神社に……?」
「?せや。鬼かて阿呆とちゃう。奪うてたら尽きることぐらい理解してへんわけないんやろ。せやからわぁの村の神社が鬼さ長と和睦結んだと」
驚愕するハギに首をかしげながら、さも当たり前のように大陸ではありえん内容をつらつらと述べるハルカ。もうハギは頭がくらくらしてきていた。違う。あまりにも違いすぎる。
確かに、神に納める米を保存するに辺り神社が敷地を解放する事はありうる。供え物となった米を加工して酒にする事も当然ある。それを御神酒として奉納する事も――ある。
だがそこに、神と対極していた存在である鬼を入れたらどうなる。米は食いつくされ酒は飲み尽くされ何も残らないのではないか。それが大陸に於ける常識的魔物観であるが故、ハギはこの若き河童の発言を一瞬、理解できなかったのだ。いや、理解しようとしなかった、か。
「え……でも……神様とか……大丈夫なの?」
一方のハルカの方は、ハギのこの発言で、何に疑問を持っているかを理解できたらしい。何処か意地の悪い、まるで聞く相手を驚かす気が明確に見てとれる笑みを浮かべながら、すっ、と耳打ちした。
「……あそこの神様なぁ、めっさ酒好きやねん。やからふらふら鬼の宴会に神主の体使うて参加しとるんやよ。御神酒持って、な……どないしたん?」
――お母さん、もう、ゴールしていいよね……。
一年分のカルチャーショックを経験したハギは、ただただ溜め息を漏らすことしか出来なかった。
何だよここの神様。破戒坊主ならまだしも、神様がこれでいいのかよ、しかも人の体を借りるって、そんな大層なことを宴会目的で、しかも魔の宴会目的で……。
何かが違う。致命的に違う。その事実を改めて思い知らされたハギであった……。
何とか気を取り直して、ハギは次の説明に入る。
「……住居は……場所によって違うけど、少なくともこの村のような藁葺きの屋根は見ないね。環境が違うし。あと木造の建物は多いけど、こっちとは違う感じかな。床一面が木、と言うわけじゃないから。あ、あとごついって程ごつくは……」
フローリングの床は、ジパングでは室内にはあまり使われない。廊下は木だが、居間の床は基本は畳なのだ。
あと庭も違う。植生の問題もあるが、大陸のような花が色彩豊かな場景を作り出す物ではなく、岩と石と土と家庭菜園が作り出す、どこか安らぎと寂しさが入り混ざったような場景を作り出すものだ。
「ほ〜、そんなんしてんねや〜……えぇなぁ……」
遠くを見つめながら、ウットリとした表情を浮かべるハルカ。今の説明で何とか理解したのだろうか。かなり端折ってはいるが。
……今度は、絵葉書を持っていこう。そう心に決めたハギの前で、ハルカは自らの想像上の『大陸』に心踊らせていた。口許に耳を寄せれば、きっとこんな声が聞こえてきた事だろう。
「うわぁあっちにもこっちにもいじんさんがぎょうさんおるね、わぁはいもいかなぁはじかいてへんかなぁ、まぁふあんやけどしゃあないわ……」
「……お〜い、戻ってこーい」
結局、彼女の意識が戻ってくるまで、ゆうに数分は経過したのだった。その間ハギは説明する内容を頭の中で纏めつつ、ハルカの体を前後に揺すり続けていたのだった。
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「いやすまんね。長らく一人で過ごしとると妄想することが多くなってまうんよ」
水掻き付きの手で頭の皿の辺りを掻きつつ、ハルカは反省の色が混ざった笑顔をハギに向ける。妄想冷ましと皿を潤すために川に一度飛び込んだからか、太陽に照らされた彼女の体は瑞々しく、また何処か艶かしく見えたようだ。
一瞬どきっ、としたが、ハギは何とか平静を取り戻した。辺りに響く蝉の声が、せせらぎと干渉し合って程好い音量になった頃、話を再開することにした。
「……でね、僕がここの言葉を話せるのは、お父さんがジパング出身で、お母さんがここの文化を研究している人だったからね。わりと大陸公用語と一緒に、ここの言葉も覚えていった……っていうのが理由なんだけど」
「物好き……と言いたいところやけど、あっちの異人さんもわぁみたく、ここを素敵な場所やと思うとるんやろなぁ」
ハルカは溜め息を吐く。まぁ仕方ないと言えば仕方ないことか、とハギは考える。ジパングの諺にもある。隣の芝は青い、というものだ。
人は未知を恐れ、未知に憧れる。恐いもの見たさ、そう表現しうる人間の常だからしょうがない。
「ま、ハギ。アンタの親御さんが変人なんには違いないわ」
ガクッ、と体が傾いた。
「……随分と厳しいことを言うね、ハルカ……」
確かに間違ったことは言ってはいない。自由の身になるために親に自分を勘当させた父親も、そんな父と結婚した母親も、どちらも変人であることには変わりがないのは事実だからだ。
苦笑いを返すことしか出来ないハギに、ハルカは精一杯の笑顔を見せつけてきた。
「まぁせやね……互いに理解し合うんは大変やけど、分かり合えるようになるんやったら、わぁも協力するに!」
そうガッツポーズをとるハルカ。ガッツポーズは大陸と一緒なんだなぁ、と妙な関心を覚えながらも、ハギは彼女の申し出に素直に喜んでいた。
少なくとも断るという選択肢は彼に無い。研究云々関係なく、ハギは彼女と色々と話してみたいと考えていたのだ。
「うん……宜しくね」
差し出した手を、ハルカは喜んで握り……力を入れすぎてハギの顔が苦悶に歪んだのはそのすぐ直後であった。
彼の指に妙な痣が残ったことは、言うまでもない。
「……で、'いじんさん'、って何?」
「ハギのような、'大陸'やっけ?そっから来た人の事をそう呼ぶんよ。アンタの言葉で'えとらんじゅ'やったっけ?」
「えとらんじゅ……?あ、いや'Stranger'の事だね」
「'すとれんじゃ'?ん、覚えた」
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「どうも、ワシはエギリ=クラマ。昨日はうちの息子が世話になったそうで……どうぞ、一杯」
がやがや。
「いやいや、こちらこそ私の娘と話していただいて……あ、エニシ=サクラギです。こちらは妻のカツミ」
ワイワイ。
「ども、異人さん。遠路遥々よう来たなぁ。大陸でここがどない考えられとんのか、もっと聞かせてぇなフェリちゃん……っはぁっ」
こくこく。
「ええ、カツミさん。ですが私も容赦しませんわよ〜こちらについて、私達は大して知りませんからねぇ……っくっ……」
ワイワイガヤガヤ。
「……ハルカ?」
目の前で繰り広げられる、普段絶対見られない、寧ろ見られる筈の無い両親の姿にやや呆然としながら、ハギは隣で微妙に頭を抱えているハルカに声をかけたのだった。
「……なんや?」
『やってもうた……』と言わんばかりのげんなりとした表情を浮かべつつ、ハルカはハギに向けて耳を傾けた。
「……お父さん達、楽しそうだね」
「……せやな。わぁのオカン、黄桜と菊正宗、あと自分用の胡瓜味の麦酒持って前日から楽しみにしとったからな……」
「お父さんも、チーズとか塩っ濃い食べ物用意してたからね……」
「「…………」」
真剣な話になるんじゃなかったのか。酒を持ち込みながらもそちらの方に話題を振るのかと思いきや、いきなりの宴会モード。川の辺りの草の上に御座を敷いて瓶を傾け合う姿は、どう見ても『調査』とはほど遠い。
そして――互いに下戸とは程遠い。明らかに宴会が続くだろう事は二人とも想像に難くなかった。
当然、酒を飲むことの出来ない二人はお預けなわけで。
「……よそ行こ?温泉あるし」
「……うん」
そんなわけで二人は、子供を放置して早々に宴会を始めてしまったダメ大人四人を放置して、温泉に向かうことにしたのだった。
自然温泉。山の中、あまり人の立ち入らない場所にひっそりと沸き立つそれに、二人は入ろうとしていた……が、一つ問題が生じていた。
自然ゆえに、男女を分かつ壁がないのだ。その事をハギは彼女に問うと……?
「……え?そっちの大陸じゃ混浴無いん?」
ハルカの驚いた顔に、ハギは逆に驚いていた。
「え?大体そっちでも混浴って普通無いんじゃないの?」
「いや、混浴が普通やけど」
……改めて貞操観念に関してカルチャーショックが起こりそうだったが……ハギは何とか深呼吸して問い質してみた。
「……それ、ハルカの周りだけじゃないの?」
「そんな筈はないんやけど」
「じゃあハルカのおじさんおばさんは?」
「ん?ようけオカンがオトン担いで入っとるけど?」
「かっ……!?」
担いで→つまりおじさんの体をおばさんが物理的に担いで入れている……と言うことになる。
「風呂入るよ〜言うてな、準備もそこそこに腰から掴んでな、オカンはこの裏山まで走っとったんよ」
そう遠い目をして告げるハルカに、最早ハギはこれ以上何も言えなかった。パワフルすぎる。パワフル過ぎるよおばさん。
「……で」
ここからが本題だ、と言わんばかりに、彼女はハギを見つめる。その目は何処か真剣だ。
気圧されてごくり、と無意識に唾を飲むハギ。質問は予測がつく。既にハルカがハギの上の服に手をかけようとしている辺りからも分かる。抵抗しようにも膂力の差がありすぎて出来ない彼に向けて、彼女は告げた。
「……早よ入らん?服……シャツやったっけ、えろう汗ばんどるよ?」
「……」
ハギに、拒否権はなかった。
「ふぃ〜……生き返るわぁ〜……」
「ふぅ……」
効果音、かぽーん……という風にはいかない。何故ならここは屋外で、多少サクラギ家他ここを使う河童達によって整備されているとはいえ、ほぼ自然のままの状態だからだ。
桶は手製。木霊(大陸で言うドリアード)と相談して、古い木を加工して桶を作っていったのだ。某幻想の国と違ってD.I.Y.スキルは河童それぞれな(基準値は人の)世界であるので、桶一つ作るのにもわりと苦労したらしい。大半は人間の里との交渉で買うらしいが、如何せん時に割高なのだ。
そんなわけで、どこか補修の跡が見られる桶を温泉に浮かべ、ハルカは石の外面に凭れかかる。もしハルカがアカオニなら――あるいは成人なら、既に熱燗を楽しんでいる頃合いだろう。
一方のハギも、事前に買っていた桶を湯船に浮かべ、同じように凭れている。
至福の吐息……。即ち解放感。あらゆる疲れが息に混ざって取り除かれていくような、そんな不思議な感覚が、二人の全身を満たしていく……。
「……えぇ湯や……」
「……本当に……」
暫く脱力の溜め息を漏らしながら、二人は仲良く風呂に入り浸り……二人仲良く逆上せるのだった。
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「キャロライン特製キャロットケーキ、一口いかがですか〜?」
「でや!特製たこ焼き!デビルフィッシュもワイにかかればこんなもんや!旨いで〜」
「さぁさぁ、こちらに有りますは、カルマル鉱山より採取したダイヤモンドで作った盾……炎熱防御の紋を付けられているから決して燃えることもない優れ物だ!さぁ、75000からどうだ!」
領主合同納涼祭。祭り好きで有名なジョイレイン家と、親魔物派として有名なフリスアリス家。その他様々な領主が合同で開く、わりと大規模な夏の祭りだ。
前々から、館長が入り口辺りに張り紙らしきものをしていた(レクターがそれを手伝っていた)ので、存在自体は知っていた。ところがどうだ。想像以上じゃないか。
笑顔云々は程度はあれ、活気はどこもある。……時々聞こえる罰則の奇声も含め、活気に充ち満ちているのは確か。
「――サバト特製アイシャドーと口紅、いかがですか〜?」
「今なら特製コロンもついてきますよ〜」
バフォメットと魔女一同が、サバトに勧誘に乗り出しつつ、製錬された化粧品を販売している。許可を得たのだろう……よく許可を出したものだ。
「あい〜、紙芝居やってるよ!次のお話は『うっかりミミック』だ!さぁさぁ子供達寄っといで〜!」
あちらでは、自作の紙芝居を子供達に見せる紙芝居屋だ。水飴や鼈甲飴も完備されている。……何故か何人か魔女が客に混ざっているけど気にしたら敗けだろう。
ちょっと気になったけど、今私がするべき事を終えてから巡ろう。そう思って、私は大広間の裏地に、ナップサックを背負って進んでいったのだった……。
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一緒に飲み、一緒に風呂に入ってから、この二家族の交流は益々盛んになった。もはや資料を提供し、話を提供されるような関係ではなく、親戚付き合いにも似た友好関係を家族単位でとっていた。
無論それは子供達とて例外ではなく……。
「……っはぁっ!」
「ふっふっふ、またわぁの勝ちやな」
川原をちょっと離れたところに、子供達の遊ぶ草野原があるが、そのところどころに、丁度円状に草が生えていない場所が存在する。そこでハギとハルカは相撲をとっていたのだ。無論……文化交流の目的で。
その頃になると近所の子供も何人か、ハルカを接点に二人と共に遊ぶようになり、相撲も挑むようになっていた。
ちなみに、全員(甲羅のあるハルカ除く)褌一丁である。
「へっ、ハルカ、今日はおまーを負かしちゃるに!」
「やってみぃ!返り討ちじゃ!」
「ハギ、四股はこう踏むんよ。さ、きばり!」
「え、あ、あ……うん」
周りの腕白ぶりと聞き慣れない訛りにわりと戸惑うハギに対し、ハルカは来る子供来る子供とぶつかり、投げ、投げ飛ばされている。
「女は土俵に上がれんのが普通じゃが、ここは神聖な土俵じゃねんだ。ハルカが相撲するに、何の問題もねのよ。それに……ハルカ、ここいらの大体の男よりつぇーのよ。じゃから……力試しにゃ丁度良い相手じゃ」
「それに、ただ楽しいんよね。ぶつかり合う瞬間が」
どうやら相撲は、この辺りでは体を使うスポーツのようなものとして認識されているらしい。向こうで似たようなものと言えば何だろう、そんな考えが過ったとき、子供の一人がハギの背を押した。
「わっ!」
驚くハギに向けて、子供の一人は無邪気に言う。
「次ぃハギの番だら〜」
どうやら、一巡したらしい。今土俵上にいるのは、この辺りで一番の腕白坊主。どうやらハルカを堂々負かしたらしい。
「うぅ、わぁの足を掬われたわぁ……」
ちょっと残念そうに呟く彼女を横目に、ハギは自分より一回り大きい子供を見据える。
「ハギ、小便ちびんなや」
「そっちこそ、足を掬われないでよ」
簡単な口の応酬の後、行司役の子供が叫ぶ。
「……はっけよい……のこった!」
瞬、同時、駆け――!
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結果から言えばハギの惨敗だった。力が違いすぎる。ぶつかった瞬間体が浮き、そのまま足を掬われ……転倒。
腰が入ってねぇぞ、と叫ばれつつもハギは、絶対腰の問題ではないと思わずにはいられなかった。
その後も何人かの子供とぶつかり合い、押し合い、引き合い……気付けば昼御飯の時間。その間ハギは投げたり投げられたりと……彼自身としては中々健闘していた。
「じゃあな〜っ」
子供達の合唱と共に、相撲はお開きとなった。草原に残っているのは、ハルカとハギだけ。
いい汗かいた、と言わんばかりの笑顔を見せるハルカとは対称的に、ハギは体力的に限界を迎えているようだった。
「ん、どないしたん?随分ばてんのが早よない?」
息一つ乱さずそう告げるハルカに、ハギは唖然とするしかなかった。体力が、違いすぎる。桁が、明らかに違いすぎる。
「……はぁっ……はぁっ……」
元々そこまで運動をしているわけでもない彼にとって、子供とはいえ相撲の連続は非常に体力を使うものであったらしい。
荒い息を何とか調えつつ、服に着替えていくハギ。袖に腕を通そうとしたとき……突然生じた痛みに顔をしかめた。
「……?あ〜、成る程な」
しげしげと腕を眺めるハルカ。そこでハギは、ようやく自分が先程の相撲で、腕を擦りむいたことを知った。
大丈夫か?と軽く告げるハルカに、ハギは即座に大丈夫と答えた。このくらいの怪我なら、十分耐えられる、そう考えていたからだ。
だが……時間が経つにつれ、腕がじんじんと痛くなっていく。血は止まってこそいるが、痛みが、全く収まらない。
「……ハギ、ちょお見せてみ?な?」
心配になったハルカが、強引に彼の腕を取り、見てみると……!?
「!アンタ腕微妙に折れとるよ!?」
擦り傷もあったが、それ以上に酷かったのは、腕の内出血であった。明らかに、皮膚が紫色に染まっている。そして微妙に腕が太い。
痛みに耐えるハギ。脂汗がほんのり浮かび、微妙に歯を食い縛って、ゆっくりと歩いている状態だ。ハギくらいの年齢では、泣きわめかないのが普通ではあるが、それにしても彼の意思は強い方であっただろう。
「……大丈夫……家に帰ったら……固定……」
だが、肉体を凌駕するは魂……とは言っても、相応の体力上限がないとたかが知れている状態になる。現に、直前までの疲れで随分弱っていた彼の足取りは重く、段々とゆっくりになっていく。
このままでは、家に着く前に倒れてしまうのではないか――!?
「……ハギ、わぁに掴まり」
「……え?わ――」
ハルカは、折れていない方の腕を彼女自身の首元にかけながら、背中の甲羅にハギの体を乗せた。そのまま――自分の足が傷付こうが構わず、彼女の家に向けて走り出していた。
「……あ〜、細い骨が一本イッとるね」
「ま、相撲なら仕方ねぇな」
「……ジパングはこんな危険なスポーツが遊びとして成り立つのですか?」
「それ言ったら、どこのスポーツも大概危険だぜ?体操だって骨を折ることもあんだ。ま、要は加減の問題だな」
ハギの腕を持ち上げながら、骨が折れていると判断したのは、ハルカの母であるカツミであった。
あの後、一旦近場にあった自宅にハギを預けたハルカは、そのままハギの借家に向かい、そのまま彼の両親にハギが怪我したことを告げ、彼女の家に来てもらった。因みに彼女の父であるエニシはまだ働きに出て帰っていない。
折れている以上、本来ならば安静が1ヶ月間条件付けられる。それをハギは嫌だと思いつつも、仕方無いことだと受け入れつつあった……が?
「ん?こないな骨折と怪我なら、一週間も掛からんと治るで?」
――一瞬、ハルカ含む場の空気が唖然となったのは言うまでもない。カツミという河童は、もしや自らの治癒力を人間のそれと同等と思っているのではないか?人間は骨折が治るのに一ヶ月は最低でも掛かるぞ。無言で視線を向けるハギ一家。
ハルカも視線は向けている。だがハルカが向ける視線は、明らかに彼らのそれとは違っていた。
「……オカン、あれ使ってえぇのん?マズイ思うんけど」
何やら、母親が何をしようとしているか、その方法が頭に浮かんだらしい。その彼女にカツミは、豪快な笑顔を見せた。
「別に構やせんよ。何がマズイん?」
その直後、そっと耳打ちする。その言葉に、ハルカは少し悩みながらも頷いた。
おいてけぼりにされたハギ一家が何やら苛立ちを覚える中、カツミは奥の方から何やら質素な壷を取り出してきた。
かたり、と置いた後で、カツミは一家を眺め――睨んだ。
覇気――!唐突に変化した空気に、一家は身をすくませる。突然の豹変に、全員呑まれてしまったのだ。
それを肌で感じるとカツミは、淡々と、しかし明瞭かつ明確な意思をもって、彼らに言い聞かせるように話し掛けた。
「――クラマさん、これからやる方法はな、人の世にはあまり出してはならん方法なんや。特に――反魔物の連中にな。
やるんは、痛みも副作用も何もなく自己治癒力を高める方法や。だがね、先に言ったようにこれを口外せんといて欲しい。一家だけの秘密にして、外に漏らさんようにして欲しい。
フェリさん。アンタの職業はよう分かっとる。こことあっちの理解、それを深めとこう、っちゅうもんやろ?やからこそ……情報の重みっちゅうもん、それも分かるやろ?
……あんたらを信用して、ええか?」
「……『河童の秘薬』……ですか」
頷くカツミ。フェリ……フェリシオーヌはやや信じられないような表情を浮かべながら二人を眺める。一体何か分からないハギに対し、ハルカはそっと耳打ちする。
「……河童に伝わる、万能薬や。病気云々は知らんが、これがあればどんな傷も忽ち治ってしまうんよ。作り方は門外不出や」
壷の中身が、河童の秘薬。その薬は門外不出……ならば何故、母親のフェリシオーヌが知っているのか。
ハギの疑問の視線に、フェリシオーヌはあっさり返答した。
「ジパングの昔話にあったのよ。悪戯好きの河童が、ある日人間に腕を斬られ懲らしめられた。その後、今までの悪戯を懺悔し反省して相手の家に腕を取りに行った――」
彼女の言葉を継ぐように、カツミがその続きを語った。
「――で、その人間は言うたんやな。「切れた腕は付く筈がないやん」と。河童は「いえいえ、河童の秘薬が御座いまして――」と。
で、その人間は医学を志しとった。この男は秘薬に興味を持った。当然材料を聞くわな。だが教えられる筈あれへん。普通やったらすごすご帰るんが筋や。じゃが……その河童も、医学の心得があったんやなぁ。秘薬は教えられんが、秘薬に近しい効果のある軟膏の材料と製造法を、秘薬に関する守秘義務付きで教えたんよ。
――で、それがこの辺りの医学の基礎になった……っちゅう話や」
余計なことをしたな……。そんな感情が彼女の周りにありありと見られた。まぁ幸いなことにその医者志望の男は大して口を割ることなく、作った軟膏は瞬く間に全国に広がったという。
そして……この男のいた地方では、河童に感謝の意を示して、胡瓜を捧げるようになった。
「河童の集落はここだけやないんよ。全国津々浦々……やないけど、まぁ山合の河川には大体居るね」
「つまり、件の集落は此処ではないと」
頷くカツミ。微かにフェリシオーヌは残念そうだったが、これ以上聞くのは野暮だと思ったのだろう。素直に引き下がったのであった。
「……」
少し考え、フェリシオーヌはエギリに視線を向けた。同意を得るような視線に、エギリは当然とばかりに口を開く。
「ワシは家を捨てた身じゃがな、物の道理が判らぬ男ではない事ぐらいは自負しておる。
男、エギリ=クラマ。この記憶は墓まで秘めて持つ所存だ」
正座で深々と頭を下げるエギリ。それを眺め、そしてフェリシオーヌも頭を下げた。
「……数多の情報を扱う身として、避けるべき行為は三つあります。誤解を避けること、言説の責任を逃れること、そして――情報をぞんざいに扱うこと。
フェリシアーヌ=クラマも、例え誰が問おうとも、秘薬の存在を他言することは致しません」
二者の言葉と行動、それはそのまま、秘薬の使用を懇願するものでもあった。彼らの信念に満ちた言葉に、カツミも瞳を一旦閉じ、そして柔和に開いた。
「……おっしゃ。アンタらを信用するで」
その声と共に、彼女は壷の蓋を開き、中に溜められていた軟膏を手に付けると、洗ってある傷口から、内出血が広がっている部分まで塗り広げていった。
「!!っ……」
ハギは痛みに一瞬顔をしかめたが、次の瞬間には引いていく感覚に、どこか現実を喪失したような視線を向けていた。
じわり、じわりと傷が閉じつつ、内出血も収まっていく。まるで、強力な治癒の魔法のよう。いや、下手したらそれを上回るペースで傷の痕跡が消えていく。
「……前見ても思うたけど、何であんな出鱈目な効力なんやろ」
その様子を眺めながら、ボソリとハルカは呟く。彼女の言う前とは、彼の父であるエニシが大怪我をしたときに、同様に秘薬を用いたときのことである。あの時も、目の前で秘薬をつけたエニシの体がみるみるうちに回復していったのだ。
「……すげぇ……」
「……それは、秘密にするわけですね。これが少しでも流通したら……」
恐らく河童達は、人間が薬を得るために捕獲と殺戮の被害者となるだろう。その薬が何に使われるか……戦場において強い兵士にのみ用いられ……。
「せや。やからアンタらには死んでも黙っといて欲しい。資料にも残さんで欲しい。……ま、クラマさん、アンタらは信用出来る。やなきゃ早々にこんな方法をとる筈もないで」
カツミと親達の会話。その間に、外面上のハギの傷は既に治ってしまった。流石に今腕を動かしたら不味いこと自体は理解していたようだが。
「ハギ君やったっけ?若い方が回復力を引き出しやすいんやけど、アンタ、元々傷の治りが早いんやね。この調子ならもうじきにくっつくよ」
そう朗らかに告げるカツミの顔は、いつもの肝っ玉母さん染みたそれへと既に戻っていたのだった。
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『くっついたら薬湯……つまり温泉に入り。入らんと寧ろ危ないんよ』
『自己治癒力の暴走ですね』
『せや。向こうの医学も捨てたもんとちゃうなぁ』
……まさかこんな流れになるとは、と思わず呟かずにいられなかったハギであった。
腕を折ったその日に腕がくっつき、そこからいきなり風呂に……温泉に入れだなんて。普通の医療では全く有り得ない。
ハルカの場合、父親の前例があるだけに、まぁ展開は予測できていたようだ。言われてすぐにハギを担ぎ、そのまま温泉に直行している。
ハギの両親はそれを止めることをしなかった。まぁ一人息子のことを考えてそうしているのだろうが。
「……」
まるで古い皮が剥がれていくように、軟膏が湯に融け出して流れていく。少しずつ、少しずつ……その感触が、何とも言えず気持ち良かった。
「……腕の感じはどう?」
沈黙に耐えかねたのか、ハルカがハギに問いかける。その頃には既に彼の腕についていた軟膏は、全て流れ落ちていた。
ハギは恐る恐る腕を曲げ伸ばし、捻り、手の開閉を行い――痛みがないことを確認した。
「……凄いんだね、河童の薬って」
ちゃぽん、と風呂に腕が入る。風呂の湯が腕に染み渡る感じが、何処か心地よく感じたのか、ハギは脱力の溜め息を吐く。
ハルカはそれに安心したような笑顔を向けると「やな」と一言、空に目を向けた。
そのまま暫く、何処か柔らかな沈黙が再び続いた。心地よい湯船にて揺られつつ、二人はただ、空を眺めていた。
そのまま逆上せるまで風呂に浸かりっぱなしになるかと思われた二人。だが……それは突然の轟音に遮られた。
ドッ!……ひゅるるるるぅぅ〜〜〜〜〜っ!………………ドンッ!
「!?っ!?」
突然の爆音。それも真正面から。耳を押し飛ばすのではないかと言う打撃にも似た音に、あわてふためくハギ。彼には近場で何か争いが起こっているように感じられたのだろう。
一方、ハルカはどこか感心したような表情で空を眺めていた。微かに開いた口で、「そういや、今日やったなぁ……」と呟いて。
「何!一体なんでハルカは――」
そうハルカを揺すろうと手をかけようとした――その時、全身を照らすような、強く、明るい光が天から降り注いだ。
彼がそちらに視線を向けると――!
――巨大な、一輪の光の華が、天に咲いていたのだった。
「……」
あれは、何だ。その一言すら告げることが出来ず、彼はぽかんと口を開けるのみだった。その迫力、インパクトたるや、先程の河童の秘薬云々の記憶を吹き飛ばしてしまうかも知れないほどのものであった。
空に咲き誇る光の華は、次々と大きさ、形、色を変えて咲いては散り、散っては咲いていく。その度に、身を震わすような轟音がハギの体を貫いていく。
空の万華鏡が持つ幻惑に心奪われたハギの肩を逆に掴みながら、ハルカは耳元で囁く。
「ハギ、向こうに花火は無いん?」
そのまま首の辺りから前で腕を交差させるハルカ。腹部側の甲羅の、どこかラバー質な感触を背中に感じながら、ハギは首をこくこくと縦に振っていた。とくん、と心臓が高鳴る。
さらに女体特有の柔らかな体をハギに押し付けつつ、ハルカは言葉を続けた。視線は花火に向いてはいたが、意識は彼に向いていた。
「……この辺りはな、夏のこの時期になると、町の方で祭りがあるんよ。名前は'納涼祭'やったかな。みんなで集って、屋台の飯食うたり、躍り踊ったりしよんのよ。
そしてその最後の出しもんが――あれや」
ハルカが指差した先に、木々の隙間にぽっかりとあいた空。そこを埋め尽くすような大輪の華が、目映い光を二人に投げ掛けている。
「た〜まや〜!」
突如叫んだハルカにビックリしながら、ハギは何事かと尋ねた。ハルカは何の気なしに返す。
「あ、この声?花火見るときの伝統の掛け声なんよ。か〜ぎや〜!っちゅうのもある」
次の開花と共に早速「か〜ぎや〜!」と叫ぶハルカ。何度も眺めているので慣れているのだろう。慣れていないハギは……叫びもせずただ眺めるだけだ。
完全に、彼は花火に魅了されていた。それはこの温泉が隠れベストスポットであるからというのもあるだろう。だが……。
「……すごいや……」
それ以上に、彼の中に花火に対し、憧れを抱くような何かが眠っていたのかもしれない。高鳴る心臓が、それを肯定するように鳴り響いている。
何れにせよ……。
――この日、ハギ少年は花火に焦がれたのだった。
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「よぉ、久しいじゃねぇか。受付の嬢ちゃん。アイツぁ元気か?」
久しぶりに会ったクオルン氏は、前と同じく――いや、下手したら前よりも体が引き締まっていた。恐らく日々の鍛練の成果だろう。
「……はい」
あまり笑うのは得意ではないけれど、彼と暮らすうちに段々と'笑い方'というものが分かってきた気がした。まだぎこちないながら、今の私に自然に浮かぶ表情。それが笑顔なんだろう。
「幸せそうで何よりね」
クオルン氏の背中から、一人のラージマウスがひょこん、と飛び出した。耳がピクピクと動いて可愛らしい。流石におもちゃ箱以外に柄として使うことは出来ないけれど。
彼女――外見と話し方からするにピードちゃん――はちょこちょこと私の前に立つと一礼し、そのまま笑顔で私の顔を眺めていた。
「……はい」
静かに流れていく日常、それが私にとって、どれだけ幸せなことか。文字の量で幸せが計れるならば、その定義を真っ向から覆す論を発表できそうな程……語れないほどに幸せ。
彼女はそんな私に、ふふっと笑いかけて、ととててとクオルンの背後に駆けていった。彼女も、とても幸せそうだ。
……ところで、あと二人のラージマウスは?それを尋ねたところ、二人とも別々に店で何やら買っているらしい。魔力は既に蓄魔機type.4に充填済みのようだ。周りを噛む心配など無いだろう。
あの装置のギミックに、私も少しだけ関わらせてもらったけど……それは別の話だ。
「日が暮れたら、またこの場所に来てくれや。嬢ちゃんが見てぇもんみせてやっからよ――特別にな」
クオルン氏の言葉を受け、私は一旦礼を言い、そのまま祭りの喧騒に戻ることにした。まだ行っていなかった古本屋台がある。それを適当に眺めるだけでも、すぐに日は暮れるだろう。
そして――舞台は夜に移る。
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――花火を眺めた数日後、クラマ一家は船に乗り、大陸の方に帰ることになった。お世話になった村の人達に沢山の礼を告げて。
「またいつかわぁのとこに来てや〜」
別れ際、村の子供に混ざってハルカが盛大に手を振りながら叫んでいた。ハギもそれに答えるように、大きく手を振り、肯定の意を示したのだった。
それから数年間、ハギは勉強の傍ら、家の資料で花火について学んでいた。数年間も掛かったのは、学校内にて行われる魔力適性検査で陽性が出たので、基礎魔法によって体の魔力を慣らす必要があり、その勉強で時間がとられてしまったのだ。
花火についての資料は、文化的なものが殆どで実務的なものは少なかったが、運良くそれに値するもの(ハギが生まれる前、ジパングにてフェリシオーヌが簡単な仕組みについて花火職人に聞いたらしいメモ)を発見し、それで大まかなことについては学んでいた。
だが――この大陸において、火薬は大概銃器や爆弾に使用される。大量の火薬を一ヶ所に詰めて空に放つ娯楽など……普通は認められる筈もなかった。只でさえこちらは、魔物との戦いが多いのだ(殺戮的一面では人間が一方的、ともいえるが、淘汰的側面では魔物が一方的ともいえる)。
本来ならばここで諦める筈だった。火薬が使えない以上、花火を打ち上げる事は出来ない、と。現にハギも一度は諦めたという。……まぁそれは子供と言う立場上仕方がない部分もあったのだが。
そうして、一度は夢を諦めたハギだった。しばらくは魔法の習得に専念しようと努め、学年が上がり、中級魔法に関する教科書を手渡され、それを読み進めていった。
――コラムに書いてあった、中級〜上級レベルの応用魔法、『爆破(ブラスト)』、それがハギの夢と願いへの道を新たに開いたのだった。
頃合いを見計らって、『爆破(ブラスト)』を練習場で幾度も行うハギ。無論、中級魔法の炎系統を完璧にした後である。爆発の規模を、小さく、中ぐらいに、大きく。音を重く、大きく、盛大に――!
「こらぁっ!『爆破(ブラスト)』の音は大きくするもんじゃないっ!味方まで行動不能にする気かお前はぁっ!」
時として教師にこう言われることもあったが、ハギは基本的に気にしなかった。というよりも、寧ろその先生の質問に疑問すら抱いていた。
彼の心にあるのは、あの日の巨大な花火……。
「あんな巨大で綺麗な、迫力のあるものを、魔力で打ち上げられたら……」
彼の願いは、年月を経ると魔力と共に強くなっていった事は言うまでもないだろう。
そして……幾度もの試行錯誤の末――ジパングを訪れて10年後、彼は魔法による打ち上げ花火の試作型を完成させたのだった。
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「……諸行無常、か」
流石に10年も経てば、ジパングの風景も様変わりするもの。理解こそしてはいたが、改めて目の前の港町を眺めて、ハギはそう呟かざるを得なかった。
昔は、目の前にほんの十軒ほどの店と住宅が立ち並ぶだけだったここは、今幾多の住宅が建ち、人の行き交いも激しくなっていた。
「あの町は貿易の町になったのさ」
船に乗る前に船員が「驚くなよ」と忠告していた一言をハギは改めて思い、無理だとすっと呟いた。明らかに記憶と違いすぎる。
どこか忙しなく行き交う人々を眺め……彼は妙な物悲しさを感じていた。のんびりした感じが彼は好きではあった。激しいのも好きではあるが、こうした激しさは望むものではなかった。
だが、こうして思ったところでしょうがない。変わった時代をどうこう告げるのは年寄りの戯れ言だろう。彼はそう自分に言い聞かせながら、件の村へと向かうことにした。
季節は夏。ジパング特有の蒸し暑さに、汗がじわりと肌に浮き出ては皮膚に張り付いていく。その独特の不快感だけは変わらないな、と苦笑を漏らす。
「……ふぅ」
村に着いたとき、ハギはようやく、自分が落ち着けるような風景に出会えた。
理想化と言えばそれまでだが、何処と無く懐かしさを覚える、粗雑で纏まりの失せた――しかしゆったりと時の流れる風景。それが彼が嘗て居た村の風景だ。
子供達が遊んでいる。どこか彼が子供の頃遊んだ子供に似ている気がしたが、それは彼自身の思い出を子供に投射しているに過ぎなかった。
風が吹くと舞う砂埃。その香りに少し噎せ返りそうになりながらも、彼は軽く、村長に挨拶しに行くことにした。
「お!まさか……'石投げ15回'のハギ!?」
村長代理も驚いていたが、ハギ自身も驚きを隠せなかった。何せ、村長代理が、あの日挑んだ腕白大将である。子供の時既に巨躯であった彼は、そのまま成長して適度に引き締まり、適度にだらしない体格をしたタフガイに変わっていた。
因みに'石投げ15回'とは、川で石を対岸まで投げたとき、偶々水面で15回跳ね、それが当時の村の子のベスト記録だったことからついた渾名だったりする。
「そっちは――'百戦錬磨'のヒノデ君かな?」
おうよ、と少しだらしのない腹を太鼓に叩く村長代理――ヒノデ。相撲で唯一、ハルカに勝ち越していた男だ。
「懐かしい、つか、変わるでなぁ……十数年ぶりだらぁ」
「うん、そうだね。十年……」
それぞれの十年に思いを馳せること数分、二人は様々な昔話に花を咲かせていた。
変わっていないように見えて、村も少し少し変わっているらしい。農業の効率が上がり、同時に地力を上げる術を生み出したこの村は、外部に野菜を売りに行くことも増えたらしい。
「無論、特産品は胡瓜だがや」
あっはっは、と豪快に笑うヒノデ。何でも、河童相手には奉納分に加え格安販売も行うなど、親密な付き合いが続いているという。
理由としては簡単で、領主がどちらかと言うと親魔物派で、各所の独自信仰に大して手を触れないスタンスの持ち主だからだ。
あと、農業に関わる水が河童の住み処の近くにあり、定期的なものと緊急的なもの、どちらも河童が危機を教えてくれるという、ギブアンドテイクの状態でもある。
それらの話が一通り終わった後、ハギはようやく本題である宿の確保の話に入った。
結果としては……ひとまず村長の家の客間に泊まることになった。流石に子供の頃貸し与えられた空き家には、今は別の家族(子供の頃遊んだ相手の一人が結婚して、親と離れた)が住んでいるらしい。そして、少しずつながら、人口も増えていっているようだ。
「飢饉の対策も領主共々やっとるで、もし採れんでもしばらくはやってけるよ、この村は」
そう笑うヒノデを、ハギは頼もしげな目線で眺めていた。
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翌日、日が大地より顔を出す少し前、ハギは村長の家を出て、あの思い出の川に向かった。あの――ハルカに出会った川だ。
昔は草に足をとられたりしたが、今では平然と踏破できる。この辺り、肉体的に成長したな、とハギは実感していた。
子供の視線と大人の視線は違う、とハギは聞いてはいたが、こうして昔通った道を行くだけでもそれは十分感じられた。
昔の方が土や草木の香りを身近に感じられたのだろうな……と少し感傷に浸りつつ進むハギ。見覚えのある草を越えた場所に……あった。
「……」
記憶と寸分違わない川。多少広がっている気がするのは、恐らく十年の歳月で土が削られたか。上流の方にふと目を向けると、暗がりで見辛いが、そちらには山のように積まれた土嚢が。
そう言えば、と昨日ヒノデが話していた話を一つ思い出した。三年ほど前に、河童と協力して治水工事を行ったという。それがあの土嚢だと。
「変わらぬものの、在るべきか……だな」
染々と感慨に耽りつつ、ハギは川を見渡した。誰かが泳いでいるだろうか、そんな淡い期待にも似た感情を抱きながら。
「……流石に気が早かったかな?」
早朝にこの森を歩くような存在は早々いないだろう。自らの行動を自嘲しつつ、川の水を一口掬い、飲む。あの時と変わらない、美味しい水。植物にとってもいい水だろう。作物が育つのも何となく良くわかった気がしたハギであった。
日は既に半分ほど顔を出し、赤々とした巨大な外観を村の衆目に晒している。そろそろ、みんな起き出す頃だろう。そう考えたハギは、一旦村長の家に戻ろうと、朝露に微かに濡れた地面から立ち上がった。
「――そこで何しとん?異人さん」
――声。記憶にある声よりも、微かに深い、けれど、どこかはっきりとした女性の声。異人さん……少なくとも村では見かけない影の輪郭はしているから異人さんなのだろう。
「あの村の客人さん?やったらわぁも歓迎せなな。でや、良い村やろ?」
逆光の位置では、顔も外観も良く分からないのかもしれない。面影があるとは言っても、大概それは顔だけだ。顔が分からなければどうしようもない。
「忙しうない、静かな村や。けどそれがええやろ?都会に出てまうとな、皆忙しのうなってしまうねや。わぁの幼馴染みもな、戻ると口々に言うんよ」
段々と近付いてくる影。ハギは、その影に対して、そっと呟いた。
「……久しぶり、だね。ハルカ」
「……え、なしてわぁの名前――あぁっ!」
日の光が当たって顔が見やすくなる位置に移動しながら振り返ったハギに、十年振りの再会をしたハルカは驚きの叫び声をあげた。
「ハギやん!どないしてここにおるんよ!?連絡の一つでも寄越しぃよ!」
一気に迫って押し倒そうとするハルカ。先ほどまで沐浴していたのか、体全体が濡れていた。その湿り気が服を濡らしかけたところで、ハギは何とか彼女を押し止めた。
「ごめんごめん!でも流石にそっちの住所が分からなかったんだ!」
村の細かいところまで住所番号が決められているわけでもない。そもそも制度すら統一されていないジパングに、手紙など出せるわけがなかった。
まぁ仮に出せたとして、ハギが出したかどうかは不明だが。
「またいつかて言うたよ!わぁは言うたよ!やけどんな遅くなるとは思わんわ!」
先程まで水に浸かっていたからか、ハルカはテンションが上がっているらしい。河童らしい力の強さに、ハギは何とか対応することしか出来なかった!
「だからごめんって!」
花火製作の過程で鍛えた体をフル活用して、何とか力を拮抗させ、上半身だけでも起き上がらせようとした、時――。
ぽたり。
「……?」
ぽたり、ぽたり。
頬だろうか。胸元だろうか。何かが落ちてくる感覚がした。静かに、けれど心拍のごとく確実に、重く響くその音の正体は――。
「……わぁは……待っとったんよ……!」
――ここに来て、ようやくハギは、成長したハルカの姿を目にすることが出来たのだった。
川の水に濡れた髪は艶々と輝き、日の角度によっては天使の輪っかすら見えてしまう。皿と輪っかに挟まれた、やや茶色い髪もそれとなくキュートだ。
か弱さとは無縁だが、一時でもそう思わせそうな腕や脚は皺や染み一つ見えず、しなやかな腕線美や脚線美を誇っている。
甲羅は彼女の体に合わせて成長しているのだろう。キツキツという様子もないが、ブカブカした様子もない。体のラインがはっきりと分かる。
そして……元気の良かったあの頃の顔を、理想的に成長させたような大人の顔。まだ何処かあどけなさが残る一方で、内に孕む艶っぽさは、紛れもなく大人の顔だった。
その顔が――。
「……ずっと……ずっと……待っとったんよ……っ!」
――涙に濡れ、歪んでいた。
「……」
途方もない罪悪感。本来なら理不尽も良いところなのかもしれない。だが――彼女の涙を見て、ハギはその罪悪感を何故だか覚えていた。
まるで彼女の思いが、何より大事であるかのように。
――憧れと恋心は似ている。
どちらも相手を意識し続ける行為なのだから――
「……ごめ――っ!?」
謝ろうとしたハギの口を、ハルカはいきなり塞いだ。手でなく、ハルカ自身の口で。そのまま間髪入れず舌を彼の口の中に突き出す。
突然の接吻に目を白黒させるハギを尻目に、ハルカは次々と舌の動きを進めていく。同時に服を濡らすのを気にせず、彼の体を強く抱き締めていった。もう離したくない、その心の現れであるかのように。
「〜っ!っっ〜〜っ!」
為す術もないままに彼女に舌を弄ばれるハギ。ハルカの舌は直ぐ様ハギの裏唇を制覇し、歯の表面から歯の裏、犬歯臼歯親不知区別なく彼女の唾液で濡らし、彼自身の口内粘膜を削ぎ取っていく。
そのまま彼の舌に巻き付きつつ、締めて、緩めて、また締めて……舌の動きと同調するかのように、体を押し付けて、強く抱き締めていく。
口の中では二体の蛞蝓が熱烈な抱擁を交わし、その様を体でも再現しようとしているのか、ハルカはハギに濡れた体をひたすらに押し付け、服を徐々に濡らしていった。
甲羅越しでも分かる(とは言っても腹部側は皮膜のようなものだが)、ハルカの持つ女体の柔らかさ。あの頃からほんの少しだけ成長した二つの胸の感触すら、濡れて肌に付く布越しに明確に感じられた。
弾力のある軟体のように、ある程度形を変えながらむにむにとした感触をハギに伝える、彼女の唇。それは先程まで潜っていたであろう水の爽やかな香りに、彼女自身が発する微弱なフェロモンがほんのり混ざり合って、彼の心の臓を激しく突き動かす。
時折吸い上げられた舌は、彼自身の唾液を彼女の口の中へと運んでいく。甘噛みによって引き起こされる刺激が、彼の体を微かにびくんびくんと跳ねさせた。
無我夢中で絡まり合う舌。最早唾液の境界線が意味を為さなくなった刹那――。
「……はぁっ……っ」
――ようやく舌の拘束が解かれ、彼女の唇が離れる。それでも、彼女は彼を押し倒したまま、どこか熱の入った視線で眺めていた。
ハギに抵抗する力は残されていない。さながら尻子玉でも抜かれたかのように、全身に力が入らなかった。先程の吸引で、彼の力まで吸いとられてしまったのかもしれない。
「……」
ぱくぱくと声にならない声を挙げるハギ。唇の動きはしっかりと言葉になっているが、舌が動く気配があまりないのだ。
ハギを地面に押し倒したまま、ハルカは訥々と呟く。それはまるで、皹の入った壁から溢れ出る水のように少しずつ、しかし確かな力をもって流れ出していった。
「……別れたあの日からなぁ、わぁはハギの事が忘れられんかった。他のコとおった時よりも心に残ったんよ――ハギとおった時は。
腕が折れとったときはホンマに怖かった。痛みを抑えるために何が出来るやろか分からんかったから怖かった。
事なきを得て風呂一緒に入ったとき、ハギ……アンタは花火を夢中で眺めとったな。やけど、わぁは花火よりも気になっとったんよ?
ハギ――アンタが気になっとったんよ?」
「……」
その言葉が何を意味しているか分からないほど、ハギは鈍感ではない。安易な言葉で言うならば、ハルカはハギを好きだ、と言うことだ。
「川で逢うて、話して、家族で付き逢うて、風呂に連れてきぃの、相撲しぃの。石投げでハギがいっちゃん跳んだときに、わぁは嬉しかったんよ。あん時、わぁら色々遊んだなぁ。
アンタが居らん中でもわぁは遊んだりしたけぇ。が、わぁの心は弾まん。なしてか分からんかったよ――今日、この場でアンタに逢うまでな。
ハギ、わぁはアンタが好きや。友達としてやない、一人の相手として好きなんや。
アンタの子……ウチに遺させてくれへんか?」
言うが早いか、既にハルカの手はハギのズボンを脱がす方向に動いていた。ベルトを器用に外し、チャックをゆっくりと下ろしていく。
ハギに抵抗する気配はなかった。それは単純に体力がないとか、体に力が入らないとかそういうもの――だけではなかった。
為すがままにされているハギの脳内を廻ったのは、魔導花火の研究時の不思議な感情であった……。
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……何かが足りない。
初めて試作品が出来、無事に空に花開く様を目にした時、彼の心を満たしたのは、何故か満ち足りぬ感情であった。
研究者としてのそれは飽く無き向上心を褒め称えるだろうが、彼の抱くのはそれとはどこか違っていた。
満たされている筈なのに、肝心の場所で何かが違っている。その後の数回の試作でも、確かに花火らしさは出ているのだが……やはり何かが違う。
こんなとき彼は、決まってあの夜の花火について思い出していた。あのドキドキ感、それは一体何だったのだろう。胸が高鳴るようなあの高揚感。弾けた瞬間のあの衝撃。それと……何処かしら優しさと柔らかさも感じていなかったか?と。
今回ジパングに訪れたのは、自分の花火に足りないものを何かと見極めるため、という要素が大きかった。そのため、町の夏祭りに合わせて訪れたのだが……。
――恐らく、彼女に会わなければ、永遠に分からなかっただろう。
ハギはあの日恋したのは、花火ではなくて――。
――ハルカであったのだ、と。
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「……僕もだ」
「……え?」
やや重たい体を持て余しつつ、上着を脱ぎ捨てるハギ。濡れた服が肌を撫でる感触に、背筋を若干震わせるも我慢して剥いだ。
日々の訓練で鍛え上げられた体がハルカの眼前に晒される。適度に割れた腹筋、厚い胸板などは、間違いなく『男』……いや『雄』を意識させるものであった。
「……あの日、僕は花火を見てそれに憧れていた。少なくともそう思っていた。あの興奮は、花火がもたらしたものだと思っていた。
――花火を作って、どうしても違って、一体何故だろうって」
動きが止まるハルカ。ハギはズボンを完全に脱ぎ、上着と同じ場所に放った後、パンツ一丁のままハルカに語りかけた。
「確かに花火に恋していた部分もあったかもしれない。だけど……いや。まどろっこしい言い方は止めだ。
僕が恋していたのは、ハルカ、君だった。遅すぎたけど、今、ようやく気付けたんだ」
押し付ける力が弱ったハルカの手を肩から外し、腹筋に力を入れてやや起き上がると、そのまま彼女の背中に腕を抱え込むように伸ばし――抱き締めた。
「っ!?」
突然の事にドキッとなった彼女を、ハギはじっと見つめていた。まるで返事を求めるかのように、瞳は正面を見据えている。
「……」
そのままじっと見つめ合う二人。その間にもハルカの漏らす微弱なフェロモンが、ハギの体の奥深くに秘められていた性欲を掘り起こしていく。
無理矢理押さえ付ける感覚に、ハギは痛覚をもって気付く。ハルカはその正体を一瞬で見抜き、その手で痛みの元――ハギの下着を取り除いた。
「……なぁ、ハギ」
どこか媚を売るようにすら聞こえる、甘ったるい声。
「……何?」
字面にすると素っ気ないかもしれない返事。それでも二人は、既に通じ合っていた。
「……わぁは、もう限界やよ」
河童の甲羅の、ちょうど女性器の部分。それは彼女の意思に同調するかのようにぱっくりと左右に開いていく。怪しく男を誘い込む桃色の肉アワビ、その奥では彼女の言葉をそのまま象徴するかのように、たっぷりと溜まった愛液が、まるで波打ち際のごとく陰唇に寄せては返している。時おり溢れたそれは、彼女の尻肉の隙間を伝って、地面へと愛の水溜まりを形成していく。
「……そうだね。僕も……限界みたいだ」
今だかつて見たことがないほどに盛り上がった彼の陰茎は、いつでも準備万端だと言わんばかりにぴくん、ぴくくんと震えている。フェロモンとの親和性が高かったのが、既に先端からは透明なカウパー液が流れ落ちていった。
――二人は視線を今一度交錯させると……ハルカは陰唇を二本の指で拡げ、ハギはそこに己の分身たる肉棒を、何の躊躇いもなく一気に挿し込んだ!
「……っぐっ……!」
破瓜の痛みに苦しむハルカに、ハギは一瞬動きを緩めるが、ハルカの目線は、ハギにこう訴えていた。
――もっと、もっと奥に突いて……と。
いつの間にか彼らは上下を逆転していた。ハギがハルカを押し倒し、肉体的に征服している。たぎる逸物を、奥へ奥へと突き、彼女が守り通してきたものを推し貫いていく。
ずぶっ、ずぷぷぷっ、と一突き毎に愛液が撹拌され、泡が彼女の膣から掻き出されていく。愛液に濡れた肉襞が肉棒にまとわりつき、初々しく何処か張り詰めた、しかし柔らかな膣肉が手の何倍も密着して扱き上げていく。
「――んあっ!んぁあっ!んぁあぁっ!」
「ぐっ……んおあっ!くぁっ!」
自然と彼らは抱き合い、互いの体の隙間を埋め合った。それは宛ら、待たされ分かたれた時を懸命に埋め合っているようであった。そしてその手の片方は、彼女によって河童の皿の部分に動かされる。
「!!ひぁっ!ひあああっ!」
さらり、仄かにハギの手が彼女の皿の上を滑る度、ハルカは電撃でも走ったかのようにびくびくと奮え、逸物に対する締め付けと腰の振りを更に強める。それはまるで、快感を更に貪ろうとするかのようであった。それに応えて、彼も更に激しく彼女を抱きしめつつ、皿への愛撫を続けていた。
先ほどまで川の水で湿っていた体が、今は汗で濡れている。ぱつんっ、ぱつんっと平手のような音が木霊する度に、彼らの汗は珠になって辺りに降り注いでいた。
日が既に昇っている川辺に、肉がぶつかり合う音が盛大に響く。相撲とは違う、有史以来幾度となく行われてきた男と女の営みを如実に示す接触音が、静寂を守る森に幾度も響き渡った。
破瓜の血は既に彼女自身の愛液で洗い流されており、逸物は交わりの証拠がテカテカと太陽に照らされ奇妙な光沢を放っていた。
「……あっ!あはぁっ!あんっ♪んあぁっ♪」
相当感じているのか、ハルカ自身もハギの腰に合わせるように動き、まるで咀嚼するかのように膣を締め上げた。今やハギの逸物は膣肉と肉襞と愛液の流れに翻弄され、四方から快楽攻めを受けているような状態だった。まるでローション付きのタオルで性感帯を包まれているかのよう……。
「!!っ……ハルカっ……!」
ぴくぴくと蠢いていた逸物が、いよいよ本格的に激しく戦慄き始めた。既に砲台に詰めるべき弾は完全に充填されたらしい。
そのハギの切羽詰まった声に、ハルカは満面の、しかし何処か快楽に酔ったような爛れた笑みを浮かべながら――大声で叫んだ!
「ハギぃ!わぁに――わぁに子宝恵んどくれぇっ!!!」
同時に全身から放たれるフェロモン。他の種族よりは遥か微弱ながらも、ハルカに対する限界値が低いハギにとっては、だめ押しともとれる静かな刺激。
逸物が、膨れ――!
「――っああぁああああっ!」
びゅるるるるぅぅぅぅっ……どくっ、どくっ、どくん……。
奥底でたぎっていた白いマグマが、噴火口からハルカの中に一気に流れ込む!放出の余韻を惜しむかのように、逸物が脈を刻みつつ、詰まったマグマを残らず打ち込んでいく。
絶頂を迎えたハルカの膣が、逸物をくわえ込んで、奥へ奥へと招く。精をすべて取り零さないようにという、本能の現れだろうか。
「……」
再び静寂が戻る森の中、二人は重なりあい、交わりの余韻に浸っていた。
彼女の得た快感を象徴するかのように、結合面からこぽり、と音を立てて愛液が吐き出され、何処か懐かしい、河童の秘薬が持っていたような暖かな波動を拡げていった……。
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「……」
私の物語は、わりと評判だったらしい。読み聞かせ屋の人が、そう私に言ってきていた。カンテラに照らされた顔は、優しい笑顔を浮かべていた。
新聞の片隅に置かせてもらっているものとは別に書いていたフェアリーテイルだったけれど、その素直さが子供達の心に響いたんだろう。
――無闇に奇を衒うより、分かりやすく面白いものを。技巧が面白いのは大人。子供は物語を面白いと思うのだ。
私は読んでいただいた読み聞かせの人に礼を言いキャロットケーキを渡して、そのままその場を立ち去ることにした。今度は何の物語を書こうか、そう自分用に買ったキャロットケーキを口にしながら、日も暮れ、カンテラの明かりが目立つ屋台を横目に、クオルン氏と会った広場――その裏側に移動していく。
――どぉぉぉぉぉぉん……
「……」
花火が始まった。火薬では出せない色の光も含めた、多種多様の光の華が、咲いては散り、散っては音を立てて咲いていく。
眺めているだけで、何の花をモチーフにしているか、何の植物を元に描いているか――それがよく分かる。適度に崩されつつも、イメージの固形化の題材の根底は崩さない。職人技だ。
……逆に私が分からなければ、一体何を元にしたか是非とも尋ねてみたいものだ。などと意地悪なことを考えつつ……体はようやく到着した。
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「朝おらん思うたら、やっぱり川辺に居ったね。ハギら仲えぇなぁ」
朝っぱらから交わって、それで仲が良いと言えるヒノデを、凄いと今更ながらにハギは思っていた。まぁハルカの行動については、既に理解と言うか、必然のように考えていたらしい。
昨日の会話でも、まだハルカは独り身だとは伝えてくれていた。大人になった河童は好きな相手を襲うと言うから、一体全体誰が好きなのだろうと疑問こそ持てど、その対象がまさかハギ自身だとは思いも寄らなかった。ヒノデに言わせると、それも大よそ予想はついていたらしい
どうして詳しく伝えなかったかというと、流石に人の恋愛を語るのは無粋だろうとヒノデは考えたらしい。あとは互いのプチサプライズを狙ったとか。
「しっかし……まさか両思いやったとは……不覚や」
ヒノデに発見された後、ハルカ一人が暮らす住みかに移動したハギは、そこでスタミナ料理を食べていた。流石に減ったものは取り戻させたいらしい。抑えきれず襲ってしまったハルカなりのちょっとした気遣いといったところか。
何が不覚か、そう問い掛けたところ、あの花火の日に一気に襲ってしまえば良かった、と言うところらしい。苦笑いしながら、ハギはそれは無理だろうと考えていた。
――あの頃彼らはまだ子供だった。恋愛も知らない只の子供に過ぎなかった。別れて、年を経て、じわりじわりと恋愛を知っていって……ここで再び出会えた。
もう、あの頃の子供ではないのだ、二人とも。だが同時に、子供の頃の心は導火線にほんのり灯った火のごとく、意識しない間に爆発の時を刻んでいた。
ハギがここに訪れたのも、ハルカがこの時間に沐浴に来たのも、もしかしたら運命の導火線が爆破するときの近付きを告げたのかもしれない。
「……あのさ」
「ん?何?ハギ」
恋心の正体がハルカに対するものであったとして、これまでに時と情熱を重ねた花火に対する恋情も、また嘘ではない。
ハギは、今なら……いや、今は昼だ。今日の夜なら、現状の完成品にして自らが満足行く花火が撃てるような気がしていた。幸いこの日は夏祭り。花火のイメージを間近で浮かべる事が出来る。
勇気を振り絞るまでもなく、思い浮かべるだけで、ハギはハルカに言わなければならない言葉が……彼自身が驚くほどすんなりと出てきていた。それは、この日の夜のお誘い事……。
「……祭りの後、ハルカ、君に見せたいものがあるんだ……いいかな?」
彼女は突然の申し出に驚きつつも、少しはにかんだような笑顔を向けて、頷いた。
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――そしてこの夜、一発の花火が、夜空に打ち上げられ、花開いた。
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――その花火のモチーフは、花ではなかった。色とりどりの風景。それもジパングの何処か長閑な村の風景が、空に絵巻物のごとく描かれていく。
子供達の相撲、川での水遊び、虫取り、祭りの喧騒……交わす酒は菊〇宗と〇桜。ついで久〇田。
竹の園の風景もあった。幾多の竹が整然と並ぶそこには、竹で作られた小屋があり、一人のお祖父さんが竹細工を作る様までもが見えた。
その横で一人の少年が、竹を炙っている。どこかその顔は、クオルン氏に似ていて……。
「……あれが俺だ。大体10くらいン時に弟子入りして……ありゃァ14かな?」
どうやら氏の幼い頃であったらしい。面影がある、と言い換えるべきか。
……?氏の浮かべる景色と言うものが氏の過去?……もしやこの花火は。
「……クオルンさん。恐らくですが、この花火、映し出すのは発動者の思い出……」
私の質問に、クオルン氏は頷き、もう一発放つ。皆伝を貰う場面だ。さぞ氏にとって喜ばしかったのだろう。笑顔の少年が見える。
「太祖(グラバンマ)が何を贈ったか俺ァ知らンよ。この通り、再現できるもンじゃねェからな。
だがな……嬢ちゃん。態々名前まで書いてあんだ。『何を』贈ったか、じゃなくて何を『贈ったか』は嬢ちゃんなら理解できるはずだぜ?」
「……」
――実際、そうだった。何を彼が『贈った』のか、私の心の中では明確に答えは出ていたのだ。
顔も知らない、存在したのかすら分からない伝説の存在……だが、氏もまた人であり、生物であった。そして生物である以上、誰かに自分の全てを打ち明けると言うことは――。
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【――この度の、『魔法花火の太祖グラバンマ』に関する取材は、氏の直系弟子である『炎爆者』クオルン氏の全面の協力により、大変進んだと言える。
これについては以下のページを参照されたし。
なお、『太祖のみが撃てる伝説の花火』に関する伝説は、半分はデマであったことをここに記す。
確かに、太祖以外には撃てないだろう。形としては撃てるかもしれない。だがあれを撃てるのは太祖だけだ。
――夜空を彩る、自身の経験に基づいた壮大な恋文など、一体誰が再現出来ようか。
報告者:ユキ=ノレッド】
fin.
09/11/13 23:23更新 / 初ヶ瀬マキナ