連載小説
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『押忍!!寿司』で珍しい魚介料理を頂く。
お母様が世界法則を盛大に塗り替えたとはいえ、まだまだ世界には神秘や不思議が眠っているのは周知の事実だ。現に深海勢というか星辰勢は未発見個体及び未知の習性持ちも未だ数多くいる。あれはあれで憧れる部分はあるのだけどねぇ、愛しき人と常に共にあり、相思相愛であるというのは……とはいえ体の一部になるレベルで密着するのはさすがに私はどうか?って思ったりはする。けど、その辺りは愛の在り方の問題だし。それ言ったら私達とて従来のヒトとヒトとの在り方とはまた違う部分があるしねぇ……。
話がずれたけど、そんな彼女らの中にも何の因果か私が交友関係を持つ夫妻がいる。今回店を紹介してきたのがこの夫妻だ。いやーびっくりしたわよ。何せ例によって例の如く不思議の国でプリンパーティを(拉致られて)行い、大盛況を確認してそろそろ帰ろうかしら?って時にトランパートの子から封筒……うん、封筒よ?「不思議の国、臨時総料理長 ナーラ様」って宛先に書かれた封筒を渡されたんだから。誰に聞いたのよなんで分かるのよそもそも臨時総料理長の役職is何……?
ともあれ、そんな疑問は今はいいや。封筒を渡してくれたトランパートの子に感謝を告げ、丁寧に紙になっているけれど原材料が明らかに知ってはいけない物質であるそれを開き、中に入っている手紙と……地図を確認する。うわ、凄いこの地図一度も行ったことがない場所なのにテレポートの座標機能が働くようになってる。これで来いってことね。はてさて手紙の内容は、と。

【前略
親愛なるナーラ様。
霧が星辰の揃いを待ち侘びる今日この頃、いかがお過ごしでしょうか?私は夫と共に(読めない言語)の従者として共に誠心誠意お仕えしております。
さて。(読めない言語)のオーナーの1番のお気に入り男性である夫と共に、兼ねてより我らの間でも話題の寿司屋を紹介したくご連絡させていただきました。
魔と星の因果が混ざり合う海域に御座いますこちら、『押忍!!寿司』です。通常の寿司屋では味わうことの出来ないネタの数々は、きっとナーラ様の舌と心を満たしてくださることでしょう。
本当であれば我々が好む、霧の日に導かれる星に身を委ねた魚を戴いてほしくはありますが、聞くところによれば死を招く茸同様、通常の魔物の舌には適合しないとの事で……。
カレンダーには営業日、及び霧以外の日を記載させて頂きました。ご都合の宜しい時にいらしてください。
ーー(読めない言語) 侍従長 ティケル】

「『押忍!!寿司』ねぇ……」
というか前略部分含めて読めない言語がかなり多いの、さすが星辰の皆様。独自文化圏にも程があるわ。
それはさておき。確か彼女の夫はホテルマンにして最高のコンシェルジュの1人だった筈。アルスが時折名前を挙げていたから印象に残っているのよねーまさか深淵ホテルのコンシェルジュやっているとは思わなかったけどさ。いい相手見つけたわねティケル。
ということはこの座標は彼女の住まい……ん?あれ、確か此処って……んー?

「……部屋に戻って書庫調べてみよっと」

書物を見たら童話か(えっちな)罠かを疑う必要のある不思議の国で調べられることじゃないからね。というわけで臨時給金貰ったから転移!

ーーーーー

「あーやっぱりそうだわ」
部屋に戻り、ルーニャサバト作の書物【旅るぽ】シリーズを探してたらあったわ。詳細な時期は忘れたけど深海に隠れ里を持つ乙姫やマーメイド族達の危機を1人のダイバーが救った生ける伝説の場所じゃない。
「何世代か前の旧魔王時代に制御不能になって封印した改造魔物が地下深くにある魔界樹の実を栄養にして育ち、地表含めて地震が頻発していた場所に、やってきた1人のダイバーが、協力者達とチームを組み、隠れ里の乙姫率いるマーメイド達と協力してこれを退治した。現在も当該魔物は魔物娘となり再教育を受けている、と」
近く乙姫さんがクラーケンの皆様方と海中映画撮るらしいからその時にエキストラとして出すとか出さないとかそんな話があったわね。カンパしたのがいつだったかしら。
話がずれたけど、そんな来歴があるこの場所にポツンと佇む二軒の寿司屋が存在するのは有名な話だ。夜間限定開店、かのダイバーが本店で働くという寿司屋とは名ばかりの海鮮料理店。それが『押忍!!寿司』だ。エクスクラメーションマークは二つ、それがマナーらしい。
メニューは完全日替わり。欲しいメニューがない場合には素直に諦めるが吉。けれどそんな単品狙いじゃない限り、他の店では食べられない珍しい魚介類をいただく事が出来るという文字通り垂涎の店……らしい。
「実際、話題になったタイミングで行きそびれたのはあるのよね……」
原因は不思議の国での突発的なマドレーヌパーティの準備があったから、そしてアルスのホテルに来た伝説の料理評論家、ダライアス=リクヤマ審判によるクッキング対決が発生したからだ。テーマは「深海の宴」。深海魚は使うとしてパーティだから明るさ、喜び、あるいはそれに似た衝動感を料理で出さなければいけない、なんてかの御仁審判の対決企画特有の安定して厳しいお題だったわ。協力して作った『戦慄のブイヤベース』で何とか僅差で勝利したとはいえ……一歩間違えばこちらが負けていたのはいうまでも無い。「このままでは終わらんぞー!!」ってロッカーみたいな格好をした相手料理人は叫んでいたけどまたは流石にごめん被りたいわ……。
話がずれたわね。兎も角チャンスを逃したから行けなかった店に、ようやく足を運べるチャンスが出来たわけだ。これが星の巡りって事なのかもしれない。
ともすれば……あ、本当にカレンダーに霧の日は避けられてる。有難いわね。

「待っていなさい海の幸!!」

但し料理勝負は勘弁ね!!

ーーーーーーーーーー

ーー仄かな黄緑と、淡い水色、そしてそこから青みを深く増していく、上空から眺める海。割と険しい方の山に三方向を囲まれ、開けた方向に見えるは大洋。潮風の当たり始めが心地良い。目的と思われる寿司屋も見えてその裏には畑と生け簀っぽいものも確認できた。響くのは強い風の音に混ざった潮騒のみ。

ここはウェルカムtoようこそブルーホール。

「ってせめて転移先のz軸座標は地上にしてええええええ!!」
雑か!?妙なところで雑か!?たまに鰓やポセイドンの加護の要素等水中で必要な諸々を忘れて海中転移とかさせてくるクラーケンの皆様よりはマシだけどさ!対応自体は魔術で余裕よ私は魔王の娘だから!とはいえ心の余裕が欲しいのよ!流石に転移してしばらく足を動かして視界が変わらない状態で地上を見てなーんだ空だから全然進まないのねあっはっは景色キレイダナーってカートゥーンごっこやる羽目になるとは思わなかったわよ!
「ならばおしゃれアイテム!シースライムアンブレラ!」
開傘ッ!!という具合に、海中でゆらゆら揺れるあの子達の体をイメージした傘を取り出し、差す。家庭教師志望の、魔女やダークメイジが時折やっていたりする空中で傘を広げての遊覧移動をせっかくなのでやる事にした私。流石に強風になったらやめるけど微風の状態でゆらーんゆらーんと左右前後に揺れるのがなかなか心地いいのよねこれ。余所見飛行ハーピィストライクも自動回避魔術をつけておけば楽々回避できるし。
なお、ハーピィストライクから始まる恋どころかまぐわいがあることを私は知っているし聞いている。ダイナミックにすぎる。あまりにも周辺人物及び周辺設備に対して危険だから憧れるのはやめてくださいと姉と一緒に全力で止めたりしたなぁ……。
そんなわけでゆらりゆらりと空に揺られつつ周辺風景を観察していくと……。
「本っ当にブルーホール周辺は海と山、そして集落と外れに二つ寿司屋、ついでに海上にボートしか無いのねぇ……」 
僻地ここに極まれり。そりゃ元来隠れ里ってくらいだしそもそも世界各地の魚介類が集まる不思議空間なのに評判にならなかったってことはそのレベルで交通の便が悪いってことになるわけで。挙句それ以前は地震頻発していれば、ねぇ……。
とはいえ、解決した今は隠れ里との交流協定とか結んでしっかり観光地化しているし、何なら隠れ里のマーメイドやメロウやマーシャークの皆なんかは既にシービショップさんのお世話になるレベルで夫婦の契り結んでいたりする。ある程度の環境維持はあれ、ゆっくりと発展していくでしょうね。

「……ん?」

……と?ボートの上で動きがあるわね。どれどれ、趣味人特製の双眼鏡を持ち出して……っと。
「……んー?」
甲板の上に、男性が二人。一人は何処となく狸の気配を感じる派手なアロハのお爺さん。種族までは分からないけど他の魔物の魔力は感じるからお手つきね。もう一人は……ぴっちりした水色のスイムスーツを着込んだ、割と縦にも横にも大きい人間。こちらは魔力というより加護が見える。めっちゃ眩いやつ。あと海の中だとジュゴンとかマナティとかその辺りに見間違えられそうな体をしている。
そんな彼が、魔術加工されていると思しき収納籠とグレムリンが趣味武器として作成しそうな銃槍……いや銛?を手に、これまたグレムリンが「いつかアタイらも海を制覇してやるぜヒィーヤッハァァァァァー!!」とドワーフを巻き込んで作成していた記憶がある酸素で満たされた円筒型の何かを背負って、そしてダイブしていく、その一部始終がレンズの中にありありと映し出されたのだった。
「ふーむ……」
傍目にはジュゴンとかマナティとかその辺りの動物のそれにしか見えないような人間だったけど、動きに澱みなく無駄も省かれているし、何より感情による"ブレ"が少なく感じたわ。もしかしてあの人間が伝説の?
「いやまさかねー」
開始早々見つけるなんてそんなことそうそうないわよね。しかも貴重なダイブの瞬間をねー。とか考えているうちに、いよいよ高度もいい具合に下がってきた。このままなら指定の座標に軟着陸できるかな……っとハイ着地。周辺に人影はなし、と。
「ええと?ここから先に……あぁ、あったわね」
地図を確認して目的地方向に顔を向けると、そこには何処か不気味な雰囲気のある、星辰の気配がする港町が見えた。寂れているわけではないのよ街の規模と整備されている港の規模的に。ただ、ね。何というか……クラーケンやスキュラ・カリュブディスの間合いに入った時のような「引き摺り込まれる」危機感が働くというか……深入りしたら戻れなくなる深海の心地というか……そんな得体の知れない独特の恐怖感が町から発されている気がするのよね。
結界的な何かかしら、というのは後で確認するとして、待ち合わせのホテル(という名の愛の巣)はこの町にあるから向かわないとね。
「わーい♪♪」
「キャッキャッ♪」
……町に近づくにつれ人も魔も関係なく子供が海水を掛け合って遊んでいる姿や、それを眺めている夫婦の皆さんの姿が確認できて安心した、とは言っておくわ。不気味さがあるとは言え、寂れてないって重要だもの。

ーーーーーー

「お久しぶりです、ナーラ様」
「お待ちしておりました、ナーラ様」
「ええお久しぶりです、ヘイドボーン夫妻」
入場許可を招待状を見せることでゲットし、声高に「ようこそフロイライン美しきお方(以下略)」と町案内とナンパをバンドネオンを手にこなす青年を全力であしらいながら到着した、ヴァンパイアの館を思わせる洋館型ホテル。そこで私を出迎えてくれたのは、青色のスライム肌を隠そうとしないショゴスなメイドーーティケルと、すっかり瞳の色がティケルと同じになっている伝説のコンシェルジュ、エイボル氏。
二人の出会いや馴れ初めは定期的に聞き取れない単語と聞き取ってはいけない単語で溢れる事で有名だ。内容を抜き取れば旦那さんが妻の働きぶりに惚れ、妻が旦那さんの奉仕力に惚れ、そして二人は一つに、っていうショゴスにとっての夢街道驀地なゴールインを迎えたって話だけどね。
「アルス君は壮健ですかね?」
「ええ。"数年のうちに"料理長継承式を済ますと意気込んでおります。その際には是非ともいらして下さい」
いつかの浜辺でプロポーズを受け、式はあげてないけど夫婦になったとはいえ、まだアルスにはやることがあった。現在のホテル総料理長である以上、抜けた後の代替わりをどうするか考える必要があるのだ。
特に、うん、私のせいで歴代最長の総料理長になっちゃったからね。インキュバス化が遅かった事も含めて従来の代替わりがうまくいかなくなっちゃったので、新たに制度を制定しつつホテルにとって益になるように交渉と調整をしている。
あと、こちらも大きいのだけれど……ホテル側に求められる技量の基準が上がったので一部メニューの簡略化とスタッフ教育マニュアルとレシピの作成。特にホテルの代表料理にまでなったスペシャリテの継承準備は単純な料理技術と感性を鍛える必要すらあるからまだまだ解放されなさそうではある。
ちなみに私も協力しているわよ。流石にこうなった主因だし、責任ついでにご挨拶に伺わなくては……とアルスに頼み込んでホテルに招待して貰ったわ。コンシェルジュらしき眼鏡紳士の方が顎外してたわね。レディに向けてそんな驚かなくてもいいじゃない。
ともあれ。そんなこんなで彼……いや、旦那様との関係は順調(ただし初夜はまだ)。ここ数週間は仕入れ先だったり取引先だったりの魔物娘達との顔合わせをしている最中。で、そんなわけだから不思議の国に拉致られたわけで。早めに終わってよかったわー。
「ところで何で空に座標指定したの?」
「ブルーホールは周辺の環境も綺麗ですので、是非とも空から見ていただきたかったので♪」
「……案内状に記載しなかったのは?」
「ちょっとしたサプライズを♪と工夫させていただきました♪」
「OKティケルさん大嵐を呼ばれたくなかったら私以外にやるんじゃないわよ」
無論ですわ♪と細目笑顔を崩さないティケルに、影の差した笑顔で肩に手を乗せるエイボル氏。一瞬紫に近い青肌なのに青ざめた表情を浮かべた気がしたけど私の視線の先では平常通りの細目笑顔を浮かべて……いや、よくみると唇がひくついてるわね。
「ナーラ様。店舗の営業までは今暫く御座います。20時……いえ、18時開店ですので、今暫く街を散策されるのは如何でしょうか。その間に、"様々に"ご用意させていただきますので」
穏やかな笑顔でエイボルさんは私にメモを渡しながら提案しているけれど、ティケルに載せている右手に黒い血管が浮かび上がってるのが明らかな辺り察するべし。まぁ粘体を留めるだけでも相当に握力と魔力必要だもの。客商売云々は問えないわ。
「ええ、では16時半ごろに戻って参ります♪」
少し脂汗の見えるティケルに背を向け、私は荷物を預け早々にホテルを後にするのだった。

『ーーさて。ティケル=ヘイドボーン。
コンシェルジュは数多の礼節を知り、数多の歴史を纏い、数多の幸福と満足、そして親愛を授けるものです。師に逢いて時に学ぶ、また喜ばしからずや、ということで久々に講習と行きましょうか。より喜ばしき奉仕の為にーー』

……もう少し帰るの遅くしたほうがいいカナー?

ーーーーーーーーー

整備をすれど腐食と錆の気配がどこまでも付きまとう、寧ろ腐食と錆の気配がどこまでも付きまとうが故に整備を重ね続ける港町には当然付き物の設備が二つある。一つは魚の卸売市場。多分朝であればさらに活気が溢れていたであろうそこは、私が訪れた頃には幾分かの落ち着きを見せていた。
「さァ皆様、お手を拝借。せーの……!」
あ、それこそ先に見たダイバー並みに恰幅のいい男性が満面の笑みでマグロを前に両腕を広げている。確かセンショク国の大規模海賊団の根城を仲間と共に締め上げつつ、漁師及び造船業の主人として育て上げた豪傑だったかしら。
「オイオイ第五海溝丸さんよ、あのクラーケンを遂に倅が落としたってェ!?」
「おうよ!指輪ごと飛び込んでそのまま僧侶さんに祝福されてよぉ!今はブイの外で調査やってらぁ!そういう清流丸の旦那……」
少し離れたところでは漁師の皆さんがあら汁を頂いているわね。んー、さまざまな魚介類の骨の髄まで使った、旨みたっぷりのいい匂いだけど流石にお邪魔するわけにはいけないわ。漁師にとっての憩いの時だもの。デビルバグ&ベルゼブブ&ラージマウス&ワーキャット&ネコマタが狙うのはまぁいつものことって本当に多いわね!?誰かの嫁か!?
そんな憩いの時を背に通り過ぎるのは市場。一般向けも兼ねているそれは、採れたばかりの様々な魚を扱っている、今こそ活気ある場所だ。同じように食事処もいっぱいあるものね。
「桃色魚介丼三つ!」
「へい!お嬢!」
いやなんの掛け声よ。というか桃色魚介丼って何さと気になったので、宣伝立て看板に記されたイラストを見てみるとする。……成る程魔界魚2種の海鮮丼。新鮮だと赤身が桃色に輝くのが初な少女のようだからって名付けられたウブコマグロに、皮を丁寧に剥ぐと身が桃色に染まるゴムタイナ(タイ)……そこに桜ガリとピンキーラディッシュを辛みとして添え、桃酢を用いたシャリの上に載せたまさにピンク全開の代物。そりゃ見栄えも味もいいから売れるわけよねー。にしてもピンク統一するメニュー、それぞれのネタのアクが強いから組み合わせるの難しかったはずだけど、恐らく研究の末に一般職員が作れる程に分量や調理法が確立したのかも知れない。私ももう少し海鮮系に関わっておくべきだったかしらね。いや今からでも遅くないか。
「〜〜♪」
人混みの中を極力気配を落としながらすり抜けつつ、市場を構成する人々の活気ある声に私は浸っている。釣果の宣伝、食事の推薦、世間話に値段交渉。この声が尽きる時は此処の個々の設備自体が老朽化した時でしょうけど、まぁ当分大丈夫でしょう。あと氷の魔力がほんのり強いのは魔道具開発部隊の皆様による冷凍庫が原因ね。なかった時代は雪女やグラキエスや氷の女王の小金稼ぎに使われていた時期が懐かしいわね……(なお当人らからは本当に何もすることがないので、すり減りゆく体に自らの存在意義を疑うことになる苦行とのこと。そりゃそうよ)。

……そして、街にヘイドボーン夫妻がいるように、この街はただの港町ではなく、当然ここもただの漁港の卸売市場ではない。

「……しっかし、やっぱり星辰関係あるとこうなるわよねー……」
暗黒魔界とは別種のねっとりとした魔力に、都会のバブルスライムとはまた違った独特の香り。普通に歩いて居る分には気がつかないけれど、一度気づいて仕舞えばどうしようもない違和感と共に姿を現す、星辰のーー魚屋!
「ーー・〜〜〜///」
「ーーー〜ー・ー〜ーー」
ティケルの口からも何回か飛び出していた、一般独身男性が手帳に文字にしようものなら将来的に体がイカか翼か外套か蜘蛛か、それともガワは人間だけど中身が粘体になるかという運命が確定する類の特殊言語が、それを用いた会話が、私の眼前で取り交わされている。言葉はわからないけれど恐らく商売か競りが何か行われているのだろう。なお客の外見は全て様々な色のフードに覆われていて分からないものとする。女性の声だらけだから多分みんな魔物娘ね。時々男性の声が混ざってるのは多分アトラックナチャの旦那さんかな?
取り交わされている魚介類も独特なものだ。瞳が桃色になって突き出たシュモクザメのような何かや、サフィが昔好んで食べていたような形状のミソが見えるカニ、中がオ◯ホのように螺旋を描くカマスに海中のムーディライトになりそうな淡い光を放つクラゲ……あー、これか。私の口には合わないってティケルが書いてたのは。薦められたら一口は頂くけれど、これを完食……できるかしらこれ。しょーじき自信ないわ……ん?
「ハイ!螺旋カマス三つと両脳ガニ二杯!おまけにゴウチョクイッカク釣りに使える強靭な釣り針もつけてさぁ買った買った!」
市場許可を得ているのか、御座を敷いてシートを広げて目玉商品を売っている、ニット帽を被った、顔の彫りが深い人間の女行商人が呼び込み商売を行っていた。割と盛況らしく色んなフードの客が寄っては商品を購入しているようだ。
違和感凄い。この空間に人間が人間のままでいる違和感が凄い。興味があるとはいえ……私の手に持て余す代物を買わされそうな気がしたのでここは静かに去ることにした。なんか見るからに足が早そうだったし。

これは後日談だけど、件の行商人はアルスの、というよりホテルの顔馴染みだとアルスから聞いた。何でも星辰関係者が好む食材を専門に取り扱っているらしい。
「たまに皆さん集団でいらっしゃるので、その時には彼女らが好む魚を仕入れる必要があるので、その行商人さんに頼むんですよー……あはは……まぁご存知の通り、歓迎後は調理担当とメンタルケア担当をそれなりに募集しなきゃ不味い事態にはなるんですよね……」
遠い目で語るアルスに、私は肩と背中を摩ることしかできなかった、とだけ言っておくわ。

股間を擦れ?やめいそんな雰囲気じゃないのよ。

ーーーーーーーーー

「つーわけでイングリーの旦那、"見えねぇ岩場"を可視化するレーダーを付けさせてくれや。必要だろ?な?」
「モングリー、スペースが足んねえんだわ!修理と釣具と魚収納スペースだけで精一杯だよ!」
港町に付き物の設備、もう一つが造船所。港町は海上における足が無いと成り立たない上に、この辺り渦潮大時化岩礁何でもありだから生傷が絶えないのよね。その上で海の魔物が数多く棲息する、と……嘗ての魔王の時代の辛苦が偲ばれるわね。
街が生きる為に磨かれてきた造船技術は、魔王が代替わりしても尚上位の方に位置するーーと旅るぽには載っていた訳だけれど……何というか今の会話って、新作のテスターにしようとしている感じよね?っていうか見えない岩場って何?
「いいじゃねぇかイングリー、スペース以外は減るもんじゃねぇだろ?」
「スペース減らすのが致命的だっつってんだよモングリー!今回のご要望はサメだ!ただ一頭だけで船のスペース大概使っちまうから小魚のスペースでも欲しいんだよ!」
ちなみに言い争っているのは船乗りイングリーが男性、船大工モングリーがグレムリン。他にも船大工はいるけど皆気にしてないわねこのやり取り。いつもの事なのかしら。
「釣り上げてもぶつけて落としちまったら台無しだぜイングリー!」
「釣り上げてもスペースがなきゃ元も子もねぇんだよモングリー!」
あーあー声を荒げちゃって……って、あー。本当にいつもの風景なのね。他の船大工が敷布団の部屋への誘導コンベアを起動させ始めたわ。
猫の如きマーオマーオのやり取りをしながらコンベアで運ばれて行く二人。シュールにも程があるんだけど私は何を思えばいいのかしら?
「まぁ祝福してやれや見慣れぬお嬢ちゃん。これがあいつらの日常だしこれからも変わんねぇさ」
やれやれ顔でレンチで肩を解す船大工ドワーフの言葉に、私は苦笑いを浮かべながら頷くのだった……。

「夫妻のお使いやってるようなアンタは、間違いなくお勉強してる嬢ちゃんだからある程度は知ってるとは思うが……この辺りの海は元から篦棒に不思議な場所でな?船を呑むレベルの巨大アンコウやらボクシンググローブをつけた巨大シャコやら、獰猛な凶悪海棲ピラニアやら伝説の魔物喰らい鮫やらがウヨウヨと泳ぐ一方で、それらが泳ぐに足る漁獲資源と、ロマン溢れる海底の宝は尽きる事を知らねぇのさ。
だから俺らの仕事は尽きることはねぇ。何せ相手は旧世代の残滓に異界からの使徒らだ。当然足が船しかねぇ以上その強化整備・発展にゃ全力を注ぐ事になる。それが生きることに繋がるからな」
ほへー、と休憩時間がてら語る熟練工ドワーフの話に私は聞き入っていた。いやー、何代前の魔王の時代だったかしらこのあたりの海域を凶悪化させたのって、という魔王歴の勉強を思い出す話だわー。
魔王歴の勉強が何になるかって、その時代に創造された魔物が今どんな魔物娘になっているかとか、いまだに生き続けている個体が仮に旧時代の姿のまま残っていた場合にどんな被害が想定されるかとか、そうした「今後の対策リスト」を兼ねた実学ね。カースドソードを創り出した魔王の遍歴は今もなお移籍調査及び治安維持のために利用されてるし……実際私も駆り出されたし。
「ま、幾つかは伝説のダイバーが仕留めたがな」
ほらよ?と造船所の一角を指差すと、そこにはどう考えても私の全身より、いや下手な船の操舵室より大きい、サンドウォームが飲み込むのを諦めそうな大きさのボクシンググローブが剥製宜しく飾られていた。
「こいつをどう思う?」
「……凄く……大きいです」
破壊力マシマシなんてレベルじゃないわ何よこれ。一撃喰らった時点で人間もマーメイド達も死にかねないわよ。よく仕留められたわね伝説のダイバー。
「バイパーっつぅ銭ゲバ狸ジジイが大枚叩いて協力を持ちかけてきてな?伝説のダイバー手持ちの銛銃の威力と、バイパー所有の船の強度を俺達でありったけ上げたからな。あの時は痺れたぜー?最後をリビドー野郎手製の銃に譲ったのは癪だが、協力の報酬として押忍!!寿司でダンチョ板前長手製の最高のディナーにもありつけたしな!」
「あら素敵じゃない。そのメニューは……その晩だけのものよね」
あの巨大なボクシンググローブを海中で難なく扱うことができるシャコだ。さぞかし身が締まって美味しいだろうけれど……そんなシャコが世界に二匹といるはずもなく。
「たりめーよ!あんなんが二匹もいてたまるか!冗談はルスーカ嬢の旧世代外見くらいにしてくれや!」
ルスーカ?……あー!キメラ大好きだった過去の魔王が創り出した、サメとタコを中心に色々混ぜ合わせたキマイラの子か!そう言えばこの子も伝説のダイバーに仕留められて改心した子だったわね!
「まっさかあの手ぇつけらんねぇ暴れん坊が旧世代の姿になってなお、伝説のダイバーの銛に鎮められるとは思わなかったぜ。長生きはするもんだなぁ」
「違ぇねぇ!そん時はダイバースゲェって銛銃見ながら昂っちまったもんな!」
と周りのドワーフもグレムリンも技術系職人の皆さんも同意してるわ。それでいて手元に狂いがないのが凄い。私と話しているドワーフもまた同じで、全然手元も力加減も狂いがなくトンテンカンテンしてるわ。
「そういえば彼女、現在は南の方でライフセイバーしてますわよ?映像見ます?」
「おっ、いいねぇ。業務終わったら酒の肴に観るからよ、映像の購入先教えてくれや」
注文先のアドレスを書いたメモを渡すと、ちょうど担当していた作業を終えたのだろう船大工が早速注文を始めていた。早いわね。
「っと出来たぞ。ほれーー夫妻の依頼の品だぜ」
へ?と驚く私の手に、先にメモで渡した注文の品物がぽん、と置かれる。巨大化させると大体マグロくらいの大きさになる鍵……を魔術縮小させたものだ。熱量からして、今出来たばかり。いつの間に!?
「あ、ありがとうございます」
代金を渡し領収書を受け取ると、「夫妻には世話になってるからな!今度はパラシュート錬金間に合わせてみせるってティケルさんに伝えといてくれ!」とひらひら手を振りーーそのまま彼女は作業に戻っていった。すぐに金槌とスパナ、そして景気のいい怒声が響き渡る。
私は一礼して店を出た後……。
「流石に今これ伝えるのやばいわね」
私以外にもやってんのかよティケル!しかも相手喜んでるし!

ーーーーーーーーー

「ただいま戻りましたー」
「おや、ナーラ様。満喫されたようで何よりです」
自らの体から生成されて自らの魔力を封じている縄と猿轡用布によって全身緊縛されびくんびくん跳ねているティケルを強引に意識の外に追いやりながら、私は満面の笑みで依頼の品ーー倉庫鍵を渡した。
「ええ、色々と珍しいものも見れたわ。あと霧の日の招待はまたの機会にして欲しいわね」
「ああ、"魚屋"に行かれたのですね。畏まりました」
美食家とお聞きするナーラ様には是非一度は戴いて欲しかったのですが、という含みを持たせつつ、指を鳴らしてティケルを直立不動にさせるエイボル氏。ティケルの表情は……めっちゃ恍惚としとるぅ……。
「……ティケル、表情、表情」
私に指摘されてハッ、となったのかいつもの表情の読めない微笑を浮かべる……んだけど、表情筋にめっちゃ力入ってるのがわかる。
エイボル氏はそんなティケルの表情筋をなぞるように顔に手を当てると、そのまま私が聞き取れない言語を彼女の耳元で囁く。

「!!!!!!!!!」

こうかは ばつぐんだ!
腰とか膝とかが擬似的なものでしかない筈のショゴスだが、今のティケルの有様を表現するならば「腰砕け」というのが適当だろう。すとん、と姿勢が保てず地面にへたり込むティケルに、エイボル氏が笑みを深くする。やだ、この人ドS。
「さて。『押忍!!寿司』へのボート便まであと1時間程です。潮風にて髪が傷みやすくなっておりますので、軽くシャワーを浴びられてから港に出向かれるのがよろしいかと思われます」
何もない空間から取り出されたコンディショナーと共に、名コンシェルジュの提案を素直に私は受け取る事にした。流石に少し髪がベトベトゴワゴワしてる感じがあるからね。身嗜みには少しは気をつかないといけないわ。
「シャワー室は2億5千……いえ、5番目以外でしたら使用可能です。では、唯一無二の美食、お楽しみくださいませ」
荷物運搬補助に使用する浮遊魔術の気配が二人の気配と共に遠ざかったのを確認して、私はシャワールームに向かう事にした。なお5番目どころかヘイドボーン夫妻の気分で増える5の倍数のシャワールームは、星辰の皆さんのプレイ用のルームとの話だ。シャワールームならぬメルティングルーム。愛する二人はいつも一緒にして比翼連理の英雄……英雄?
いやいや疑問を持つまでもなく英雄よ。だって……誰かの為に己を捨てられる存在を、英雄と評しないのは失礼だと思うの。喩えそれが当人にとっては取るに足らない事だとしても、ね。

ーーーーーーーーー

ーーそれなりに揺れる船上から見えてくる、海に迫り出すような形で建てられている、南国を思わせる木製ログハウス。屋根には『押忍!!』という文字が寿司のイラストと共に記された大きな看板が飾り付けられ、魔力飾が煌々と輝いて店の主張をしている。
一緒に乗っている客の肌の色も種族も年齢も体格も多種多様。少なくとも行きのボートで男性をハントしようなんて魔物娘は……不思議ね。抜け駆けの一つでもしそうな種族も見えるけどいないわね。
「まーぁ乙姫様が法(のり)を敷いてんのでしょうね」
何せ救世主のダイバーの勤務先だ。不文律とかお触れとか出してるんでしょう。何より食の妨害は万死に値するからね!
『ポイ捨て禁止』の看板が見え、酢と魚の脂が香る様になってくる。否応無しに期待が高まるのは私だけでなく周りのお客様も同じであったみたいで。今日は何がメニューにあるのかななどと話し合うひそひそ声も聞こえてくる。この時点で戦いは始まっているらしいけれど常連ではない私はあるがままに受け入れるだけよ。
そう、あるが、まま、に……?

「……Wow」

……開店と同時に店へと歩みを進めた私が目にしたのは、恐らく今後どんな店に行ったとしても目にすることはないだろう、従業員たちの姿だった。
「「いらっしゃいませー!!!」」
ホールを担当する三名の男性……まさか本当に昼に見たダイバーの方がホールをやっているとは思いもしなかった。麦わらにベージュのジャケットがオフの男の魅力を引き立てている……ってうわ!空からでも理解できた竜種及び海神由来の加護が眩しいくらいに溢れてるわ。これ、(嫁入りを)狙った瞬間目を焼かれる類の加護よ。
ま、まぁ、確かにそれも衝撃なんだけど……けど、それ以上に、ホール担当である残り二人の姿が衝撃であった。
「ハーッハッハッハ!いらっしゃいませ!」
まず一人、炎を思わせる紅蓮のマスクで顔を覆う男性。いや、何でプロレスラーマスクしてるの?或いはルチャドール?多分制服の下、レスラー衣装だったりしない?
「いらっしゃいませー」
もう一人、旧時代ドラゴンの顔面をデフォルメしたような被り物を被る男性。いや、だからその旧時代ドラゴン風の被り物は何?個性なの?流儀なの?
「(あるがままに受け入れるつもりだったけどこんなの想定してないんだけど!?)」
フリーダム過ぎでは?え?大丈夫なの?逆に不安与えないの?と周りを見たけれど、常連は平気な顔してるどころか「今日はホッケーマスクの子は外かい?」とか「マッスル兄貴のジェントル筋肉講座開催はまた今度か……」とか平然と話してるし、何なのこれ。そもそもホッケーマスクの子とかマッスル兄貴って何?これ以上におかしい店員がいるの?
そ、それに比べたら調理人の女性二人の方は……と言いた……。
「(いや大概おかしいわよ)」
言いた、かった。確かにホールの二人に比べると外見はおとなしい。大人しいんだけどさ……片方の桃色の髪の方、霧の大陸風の外見の子。貴女、龍が人化してない?婿探し?こんな場所までかなりアグレッシブじゃない。
あ、やっと安心できる子がいた。眼鏡とおさげで地味そうな子……と見せかけて、私には分かる。あの手は料理人として開花しつつある手だ。ある程度の技量は既に、というか隣の龍の子より上で、それでいてまだ伸び代のある……輝かしい手だ。良いわね応援したくなるわ。
そしてーー彼ら彼女らを束ねる料理長。黒丸グラサンを掛け、接客をホールに任せながら一心不乱に厨房で食材と、機材と、何より自らと向き合う長身の男性。髪は全て剃られ、ねじり鉢巻で脂汗が料理に落ちる事を防ぐプロフェッショナル、板前長ダンチョ。気迫だけでオークが寝返りそうな強面フェイスは、しかし眼前の調理台に広がる空間に向けられている。それでいながら、客一人一人の動きに気配を向けているという、プロフェッショナル斯くあるべしを体現している存在だと、私は感じられた。
新たなる味覚の探究を目指している、と聞くとサフィを思い出すけれど、既存の素材の可能性を広げるサフィとは別の「今まで口にしたことのない新たなる材料と、それがもたらす味覚」を探し求める方向性のようだ。というのも、本日のお品書きに記されている料理が、どう考えてもここを逃したら食べられそうもない代物ばかりだ。
「(深海魚のイカ墨パスタ、深海魚天、アイスフィッシュカレーにアロマノカリス寿司……いや待って何で古代海洋生物いるの?)」
というか……ええと、食べられるの?いや食べられるんでしょうけど……と、若干戸惑いながらメニューを見ていくと、「クラゲ特上寿司」なるメニューが。いささか普通?いや、でもクラゲで特上よ?何をどう特上にするのか気になったわ。
流石に想定外すぎたメニューに日和ってしまった私は……まだ理解できるであろう寿司をまず頼むことにした。

「ーークラゲ特上寿司一つ」

注文を受けるが早いか、調理場にいる三人がアイコンタクトで連携を取り、まな板の上に材料であるクラゲを……ってあれ?
「軍艦じゃ……ない……?」
普通クラゲのような形が整いづらいものは握りにせずにさながら生け簀の如く海苔で巻いたシャリの上、即ち軍艦の乗組員となるのが定石のはず。けれど明らかにその身の処理は軍艦ではなく握りを想定したもの。え?大丈夫なの?寿司として成立するの?
他の人らもお茶やらビールやらを含めて思い思いに注文しているわけだけど……凄い。ルチャ店員とドラゴン被り店員が高速移動と高速配膳で対応している……ルチャ店員に至っては素早くも丁寧にドリンクオーダー 清掃をこなしている……!伝説のダイバーはというと……流石に地上移動は肉体が肉体だし遅いのかしら?調理台近くの配膳とルチャ店員が追い付かなかった場所の清掃、あとはワサビを擦っているぐらい……いや待って。ここの魚って確かこのダイバーが全部獲ってるのよね!?昼間潜って!一体どれだけ働いてるのよこの人!?
などと配膳組に驚きを覚えつつも調理組を確認すると、下処理を終えたクラゲの身をダンチョ板前長が一瞬で握る。手が、手の動きが効率化され過ぎて理解できない。何が入った?どう握った?そして寿司下駄の上に、一文の狂いなくお淑やかに乗るクラゲ寿司三貫。まじか……本当にクラゲの寿司が完成している……あ、眩し……。

「ーークラゲ特上寿司、お待たせしました」

板前の位置に近かったからだろう。私に寿司を届けてくれたのはかの伝説のダイバーだった。
見れば見るほどに、でかい。多分ハイオークやグリズリーがハグしきれないくらいでかいんじゃないかしら。体型的には胴の半径が顔の直径くらいありそうなマスコット体型だ。明らかに良い人で苦労してそうなのが見えるつぶらな瞳にまん丸な顔。適度に処理されたお洒落な口周りの髭もあって、子供が飛びつきそうな愛嬌がある。
その愛嬌全てが加護によって倍加されているわけで。輝きが半端ないしその輝きは彼が持ってきた寿司の魅力も倍以上に引き立てているわ。……考えてみればこのクラゲも彼が獲ったものなのよね……。
「あ、ありがとうございます」
受け取るが早いか、笑顔で一礼すると彼はそのまま注文順の都合で既に完食し会計を済ませた客のテーブル清掃に向かっていった。忙しいけどそれは仕方ないか。何せ配膳3人だもの。

さて。と眼前のクラゲ寿司を見る。薬味ネギの乗ったクラゲの半透明の身の下には緑色の……海葡萄?が見え、シャリがその下に敷かれている。半径が指二本の太さ程の黒い小鉢には塩が置かれている。これで味を調整して欲しい」ということだろうか。
ごくり、と普段とは違う音が私の喉から鳴る。クラゲは食べたことがある。けれど、クラゲの握り寿司は未知の体験だ。期待と不安、ないまぜの感情の中で……!
「ーーいただきます」
身が崩れたり縮んだりしないうちに、私は寿司を手に取り、真ん中あたりで前歯でクラゲを噛み切った。

ーーぷつんっ
「……!!!!」

瞬間、私の口から脳に走る電撃が見せた光景はーー!!

「……うみ、だ。これは、海、だ」
海だこれ。以前ぷかぷかゆらゆら浮かんでいたシースライムさんが楽しげに歌っていた類の海だ。
光が緩むほどの深さの海で昏い場所、鍾乳洞。海流にわーきゃー叫びながら流されぷかぷかしながら漂い、心地よい疲労感の中で手に取る、魔界海葡萄。
指に乗せ、舌に絡ませ、舐めくすぐりながらぷつぷつと潰す中で爆ぜる塩濃く蒼い風味が口いっぱいに広がる。そんな何の気ない、しかし尊い日常が爆発するように頭に広がっていく……。
味自体は非常に淡白なクラゲの身、しかし淡白であるということは他の風味を押し上げ食感というアクセントを与えるということ。ここで塩によって濃縮された、魔界海葡萄の磯味と酸味が口の中で猛烈に爆ぜる。醤油じゃなくてあえて塩である事が生きる組み合わせね。
そして、コンセプトを突き詰めた爆発力のある味以上に、多種多様な食感が口の中で千変万化しているのが最高!こりこり、ぷちぷち、さりさりと確かな存在を以て顎に歯に旨みと共に返してくる具の存在感は、まさに、特上!
大切に食べている筈なのに、気づけば三つ目の寿司も手に取って口にしていた。自然と頬が綻んでいく。口の中から頭の中に広がるアンダーザシー。無駄を削ぎ、素材が素材としてある中でその魅力を引き出した一作。美味しいと、ありがとうが混在する感情で、私は眼前の寿司下駄に「ごちそうさまでした」と告げた。

さて、まだお腹には余裕がある。メニューを追加で頂きたいところだけど何があるだろうか……とメニューを見たら、他の場所ですら見覚えのない一品があった。
「ネムリブカの……頭丸焼き……?」
ネムリブカってアレよね?サメよね?サメの頭を丸焼き?どういう味なの?というか食用なの?色々気になる……流石にさっきのは日和った部分はあるし……えぇい!女は度胸!試してみるもの!!

「ーーネムリブカの頭丸焼き、一つ!」

「ネムリブカ入りましたー!!」
ルチャドールの店員さんの声と共に厨房にて龍の子により取り出される、サメの頭(処理済み)……マジで?というよりネムリブカの時だけ何で声出すの!?
既に手にガスバーナーを構える少女と板前長、いや、何が始まるのって既に処理済みのネムリブカの頭を丁寧に炙っている!?いや、非常にいい匂いがするから美味しいのはこの時点でわかるんだけど!けど!
しかも味変容調味料皿が大量!そんなところまで親切心!?
「ーー因みに。真っ当に食すならば七味塩、味変ならばカレー塩を推奨する」
板長!?なんか満足げに仰ってますが何のアドバイスですか!?横の調理担当少女も「私は……ハーブ塩がお勧めです」って何言ってーー!

「お待たせしましたー、ネムリブカの頭丸焼きですー」

……どのくらい経った?え?そこまで経ってないわよね?完成まで早くない?そして味変塩と共に高速で運んでくるドラゴン被り君(仮)も只者ではないわね……。
さて。すでに眼前の鮫の頭は湯気を放ち、中にしっかりと熱が通り、脂に混じって魅力的なハーブの香りが鼻腔を丁寧にくすぐってくるわ。見た目のインパクトが大きいけれど……ここで怖気付いたら女がすたる(二回目)。
「ーーいただきます」
丁寧に、私は熱源となっている鮫の頬を切り裂き、中の肉を箸で丁寧に摘み、口に含んだ。

「ーー!!!!!!!」

多幸感、というのがある。
あまりにも一瞬で許容できる幸せのキャパシティを超えた瞬間に訪れるそれだ。幸福感だけでなくともいい。驚き、意外性、喜び。そうした正の感情が重なり、表出するのが幸福感であった場合にーーそれは、発現者の全てを支配する。
そう、今鮫の頬肉の脂を舌先で受け入れた私のように。

え!?何この脂。適度に熱されたことで半トロ状態の肉と脂の中間味、まるで中トロと大トロの良いところを同時に口にしたような心地。そのままでは拡散していきそうな甘味は仕込みの段階で加えられたハーブ塩によって締められ、さらにレモングラス主体のハーブが臭みを抑えつつ味を締め、香り豊かに味付けていく……!
いや、そもそもこの鮫の脂のは何!?こんなのを普通に出す店とかマーシャークが嫉妬して押しかけてくるわよってああ!だから一時マーシャークの接近禁止令が議題に上がってたのね!
これは美味しい。間違いなくジパング酒があれば酒の肴にできる代物!
魚類特有の熱せられた時のみの硬さと脆さは適度な熱加減のお陰で寧ろ噛み応えと食べやすさへと昇華されている事からもこれが、職人技である事も理解はできる。けれど、これは、あまりにも……。

「ーーご馳走、様でした」

完食した後、代金はチップ付きで払った。この多幸感を味わえたことに満足し、この多幸感を一人で味わったことに、少し罪悪感を覚えた。
次は、アルスと一緒にここに行こう。

そしてーーその後の料理対決テーマを、「鮫のオカシラ!」にしよう。そう決意したのだった。

ーーーーー

数ヶ月後。
「ーーいやー、映画すごかったわ」
「でしょう!私もジパングの映画スターであるあのドラゴン(子持ち)をちゃんと交渉して出した甲斐あったわ!」
そう語るのはゴッブール商会のエンタメ部門映像研代表であるミシェル=ゴブリィ女史。いや本当にエンタメ方面に広いわねゴッブール商会。
巨大魔物同士の熱き戦いを描く事に掛けては右に出るものはいない(ゴブリン内での評価)彼女は、その中でも特に有名な極東のムービースタードラゴンを口八丁手八丁で交渉して参加許諾を取り、今回の"ゴッデスジーラ vs アノミナ 海上決戦"を見事描き上げた。
いやー試写会行ったけど凄かったわ。旧時代の姿になった二体が『押忍!!寿司』の前で本気のプロレス的どつきあい。最後にはドラゴンがお相手の首筋に噛み付いて海面に叩きつけた後ブレスを放ちーーむろんお手伝いした撮影時にはその瞬間にお相手と人形をスワッピング魔術で入れ替えーーミシェルお得意の爆発!そのまま夕陽を背に去っていくドラゴン……迫力が段違いだったわね。
実際に大ヒット、店も支店もしばらく大フィーバーだったらしい。
「期間限定コラボメニューもやってくれたし、次回作の構想を話したら店長さんもバイパーの叔父様もノリノリでOK出してくれたわ!」
迫力のある映画が好きな板前ダンチョと金儲けに飛びつくバイパー氏との対話交渉についてウキウキ楽しそうに話すミシェル。叔父様というが実際にそういう関係ではなく、ただ尊敬するイケメンお爺さんという意味で呼んでいるらしい。血縁関係あってもおかしくない気はするんだけどねー派手さとかお金への執着とか。
ちなみに期間限定コラボメニューは私も旦那も頂きました。ウツボでゴッデスジーラを、ロブスターでアノミナを表現したカレーは美味の一言だったわ。流石ダンチョ氏。
というか既に次回作の構想あるのね。どんな感じなのかしら。

「ちなみに次回作の予定は?」
「海賊志望の子をリーダーとしたオートマトン3人の物語ね。同好の士であるコードネーム"司令官"にも交渉継続中よ!」
「……どんな物語になるの?」
というか海賊志望のオートマタなんているんだ……世界って広いわね。

fin.

24/11/09 18:27更新 / 初ヶ瀬マキナ
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■作者メッセージ
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おまけ

「ところでリビドー野郎って?」
「オートマトンっぽい格好をしたリビングドールを何体も侍らせているオーク体系の変態武器職人だ。別名コードネーム"司令官"。変態だが俺ら以上の凄腕だ」
そんな人もいるのねー。
「この前武器で時空歪めてたぞ」
ーーは?
「え、その人種族元人間のインキュバスで伴侶はオートマトンよね?」
「嫁がリビングドールであること以外はそうだぞ。「いやーまさか拙者が人間だった時に作った武器が役に立つとは。まぁ拙者、武器にかけては才能アリですのでデュフフ」とかほざいてたが」
しかも人間時代の兵器なの!?何なのそいつーー!!


というんけでデイブザダイバーネタでした。
朝から昼はダイバー!夜は寿司屋!というゲームで、徐々にできることが広がっていくのも含めて良いゲームでしたので久々に描いてみました。
今知ってるコラボ成分全部詰め込んだ結果ごった煮になってしまいましたが後悔はしていない。

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