連載小説
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理論圧縮−Modern magic theory−
「…んむ、じゅ……ろぉ?きもひいーい?」

 机の下から声が掛かる。しかしそれに答えられる程の余裕は、もはや彼には無かった。

「んふ、もう我慢できないんだ♪だったら…いーよ、…ぁむ、いっひゃえ♪」
「っく…!」

 その言葉とともに、滑る舌先が裏筋を擦り上げ、同時に強烈な吸引が加えられる。しかしその苛烈な刺激とは裏腹に、温かな口内温度がある種の恍惚感をもたらし、少年の身体から抵抗力を奪ってゆく…。

 果たして、ひとたまりもなく彼は少女の口内に精を放つこととなった。そして少女はそれを、一滴も溢すことなく受け止め、啜り尽くす。


「んく…ぷぁ。ごちそうさま♪それじゃもう一回…」
「ちょ、ちょっと、ストップ…!!」
「んみゅ?」

 先端のみを咥えられた状態で止まる。しかし…

――じゅぽじゅぽじゅぽっ

「ああっ、ストップって…!」

 口内の動きが精を絞る為のそれに変わった。絡みつく舌もタイミングよく加えられる負圧も、ただひたすら効率的に射精へ導くものへと…。
 こうなったらもう抵抗は無駄であることはこれまでの経験から学んでいる。

「んん!!」

 あっという間に2回目を搾り取られた。

「んふぁ…美味し♪あれ…どうしたの?おにーさん。もう疲れちゃった?だったら元気の出るお菓子とミルクティーを…」

 ようやく股間のものが解放された。
 少女は机の下から這い出るとテーブルの方へ移動し、上に広げられた白布を叩きお茶の準備を始める。

「いや、そうじゃなくて…」
「ん?」

 アリスが首を傾げた。

「勉強しなきゃ……」

 切実な問題として、成績がヤバい事になっていた。




―――――――――――――





「試験?」
「来週なんだ。」
 
 アリスと出会って1週間が過ぎた。
 彼女はいつも夕方の同じ時間に現れる。そして1時間程度で帰っていくのが常だった。しかし、その1時間の間に3、4回は精を絞られるのである。
 結果、彼女が帰った後は疲労感から何もできないような状態となってしまう。当然、勉強に身が入ろうはずもない。体力が足りないのだと言われてしまえばそれまでなのだが、足りないのが現実なのだから仕方がない。

 実際、今日の小テストの結果は散々であった。



「ふーん…これが問題なのねー。」

 今は部屋中央のテーブルに場所を移し、教科書と問題集を広げている。そして少女は、胡坐をかく少年の膝の間に収まる形で座っていた。テストの仕組みとテスト勉強及び出題範囲の問題について一通り説明したが、

「時計で時間を止めて他の人の答えを見ちゃえばいくない?」
「いくない。」

 返ってきたのはそんな身も蓋もない、しかしある意味予想通りの回答であった。

「んー、つまり問題を解けるだけの能力を得ることが目的?わたしとしてはおにーさんにはこんなのより魔法の勉強をして欲しいんだけどなー…今後のために、ね♪」

 振り返り、上目遣いでそんななことを言う。彼女が身体を動かすたびに年不相応に豊かな尻肉が下腹部に押し付けられ、少年の理性を少しずつ削り取っていた。
 しかし彼は今、その誘惑に屈するわけにはいかないのだ。鋼の意志で問題集のページをめくり、ノートに計算式を書いてゆく。
 白地の罫線上に綴られてゆくその文字列を、少女は興味深げに眺めていた。

 が…

「あ、ここ違ってる。…こうじゃない?」
「!?」

 突然、空いていた予備のペンをとり余白に修正を書き始めた。

「分かるの?」
「うん。」

 驚愕する。彼女の世界の教育水準など知る由も無いが、何となく見た目相応の知識量だと思っていた。そもそもこちらと同じ数学の概念があることから驚くべきかもしれない。

「…なんてね。ごめん、魔法を使いました♪」
「へぇ……魔法ってどんな?」

 そう聞くと、彼女はよくぞ聞いてくれたとばかりに目を細めた。

「時魔法。私は時魔術師だからね。ところでおにーさん、時魔法と言えばまずどんなことが出来ると思う?」
「それは…時間を止めたり動かしたり…」
「うんうん。他には?」
「他…?進めたり戻したり、とか…?」
「まぁ基本はそんなとこかな?…さて、ここで問題です。それまで解けなかった問題が解けるようになっているという結果を時魔法を使って手に入れるにはどうしたらいいでしょうか?」
「んん?」

 解けなかった問題を解く魔法…しかも時間に関する魔法を使って…。止める、動かす、進める、戻す…そのどれかを使って成し遂げることが可能だろうか。どうにも思いつかないが、それが彼女が使った「魔法」なのだろう。





「正解はね…『解けるようになるまで頑張ればいい』だよ。」
「は?」
「どんな問題も時間さえかければいつかは解けるものでしょ?それに『答え』が存在するなら。」
「まさか…」

それはつまり…

「時間を止めて解けるまで考えればいい!」
「………。」

 とんだ力業…いやごり押しであった。
 よく見れば、周りには開いたままの教科書、参考書が散らばっている。彼女の努力の跡が垣間見えた。
 
「ね。時魔法ってスゴイでしょ?」
「…、ああうん、そうだね…。」

 思っていたのとはだいぶ違ったが、膝上の少女の圧に押されとりあえず同意しておく。なんだかそうしておいた方がいいような気がした。


「でしょ?だからやっぱりおにーさんも魔法使いになってよ。」
「んー…ん?」

 そう言うと彼女は振り返り、突然膝立ちになった。小さく柔らかな手が顔の両側に添えられ、固定される。

「はい、目をつむって?」

 言われるがまま両目を閉じた。間を置かず、両の瞼に柔らかく湿った感触が順に押し付けられる。おそらくそれは少女の唇で…

「うん、もういいよ。」
「ん……うっ!?」

 と、そんな余韻は瞼を開けた瞬間に吹き飛んだ。


「なに…これ…」
「さーて、おにーさんには何が見えるかな?」

「歯…車……?」




 歯車、歯車、歯車……
 視界は大小無数の歯車で埋め尽くされていた。

「なるほどー。歯車ねー、確かに『時の歯車』なんて言うもんねー…。それは可視化された時間。おにーさんは今、時間を見ているの。」
「すべてのモノにはそれぞれ固有の時間がある。まずはそれを視て、理解することが時魔術師への第一歩、だよ。」

 彼女の言う通り、視界に映るすべての物体それぞれにそのものが持つ時が…、歯車がくっ付いている。

 そしてそれは膝の上の少女も例外ではない。

――のだが…、彼女のそれは何かが違った。

「う、わ…っ…!?」

 数が、そして密度の桁が違う。処理しきれない情報量に脳が悲鳴を上げるのが分かった。ぐらりと視界が揺れ、浮遊感が襲う。

「あっ、おにーさん大丈夫!?」




 ―――――。







 目の前に少女の顔がある。その奥には見慣れた天井…
 あのまま床にひっくり返ったらしい。あの歯車は見えなくなっていた。

「…よいしょっと。ごめん。ちょっと視え過ぎたみたい。初めに言っておくべきだったね…」

 床の上に寝ていた肩と頭が持ち上げられる。そのまま膝の谷間に後頭部を乗せられ、胸の膨らみ越し、逆さまに見下ろすアリスが申し訳なさそうにそう言った。

「モノには固有の時間があるって言ったけど、そもそもモノってたくさんの小さなモノの集まりだよね。…だから見ようとすればどこまでも細かく見えちゃう。それを必要に、目的に応じて分解して、纏めて、紐づけて…っていうのが、この次の段階ね。」

「細かく…」

 ようやく平衡感覚が戻ってきたため肘をついて起き上がる。
 つまり、先ほど自分は無意識に彼女を単体としてではなく目や骨や筋肉、脳…等々、各器官の集合体として見ており、それぞれの時間が別々に視えたという事らしい。
 …と考えるとなんだか嫌だった。

 

「や、初めてでそこまで視えるってすごい事なんだよ?やっぱり相性がいいからかな。えへへ♪」

 慰めではなく本心なのだろう。アリスは嬉しそうに身体を擦り寄せてきた。

 しかしそもそもなぜこんな話になったのか…。ただテスト勉強をしたかっただけなのに。勉強する時間を確保するために時を止めるというなら、彼女がそれをやるわけにはいかないのだろうかと、少年は思う。

「んーそれは難しいのよにぇ。わたし以外の時間を止めるだけならいくらでもやりようはあるんだけどー、他の人の時間に干渉するにはより大きな力が必要だから…。おにーさんの時間を引き延ばそうとしたらその分だけ私がこっちに居られる時間が減っちゃう。初めての日にやったみたいに時計を補助に使えば少しはできるけどせいぜい数分だし…。それでもやっぱりわたしの時間は減っちゃうし……」

 確かにあの日彼女の姿が消えたのは、彼女が公園で時間を止めた後すぐの事だった。
 つまりはプラマイゼロ。厳密にはそうではないのかもしれないが、どちらにしろ有効に使える程の時間を確保できる訳ではない。

「あ、でも契約してくれたら私がレベルアップしてそういうこともできるようになるかも。かも?」

 ちらっ。

 などと、少女は上目遣いでそんなことを言う。
 とりあえずその線は選択肢から除外することにした。が、そうすると話が振出しに戻る。結局、止まった時間の中で動けるのが彼女だけならば、魔法を使ってもどうにもならないのではなかろうか。


「除外ですかそーですか…。まぁそれはそれとして、止めるだけが時魔法じゃないのよ。」



「例えば、なにかやってて、思ったより時間が経ってないなってことない?自分の思考の時間を抜き出して加速すれば自由にそういうことだってできるよ。「頭の回転が速い」って言うでしょ?」
「そんな事が本当に出来るなら助かるけど…」

 それは確かに助かる。しかし出来ればの話である。…先ほどの結果を鑑みるに相当な訓練が必要になるのだろう。少なくとも来週のテストまでに間に合うとは到底思えない。

「おにーさんが時間を止められれば練習する時間を確保できるんだけどなぁー。」
「目的と手段がループしてるよ…。」
「んー……あ、じゃあコレ貸してあげる!」

唐突に、アリスは青い表紙の分厚い本を差し出してきた。それは初めて彼女と出会ったとき、彼女が持っていた本だったような気がする。

「それは…?」

 あの時、彼女はこの本から何かアイテムを取り出していた。何か便利なものが出てくるのだろうか。 

「アリス・ワンダーブック。無限の時間の中で思考し続けるもう一人のわたしだよ。」
「…?」
「さっき問題を解いたときに言ったことを覚えてる?時間を止めて解けるまで考えればいいって。コレはそれをわたしのかわりにやってくれる。思考を加速させて、ひたすら解法を模索し続けるシステム…。」

 なんだか話の向きが怪しくなってきた…

「目的を設定すれば自動でそれを達成するための方法を導き出してくれる。魔術式の構築もアイテムの作成方法もわたしが『時間をかけさえすればできる事』ならなんでもできる!」

 …スパコンかな?
 しかし、

「だからこれに問題文を書き込めば自動で解いてくれるってわけ。思考時間は本の中で圧縮されるからきっとあっという間だよ。これさえあれば勉強なんかしなくても…」
「アリス…」
「…ん?」
「テストに本は、持ち込めない。」
「…………。」

 少女はがくりとうなだれた。
 
 やりようはあるのかもしれない。バレずに本を持ち込む方法など、彼女にかかれば本に頼らずともすぐにでも考え出すだろう。しかし、その本を借りたくはなかった。…いや、正確に言えば勇気が無かった。
 話を聞く限り、その本は謂わば彼女にとっての外部演算装置である。これまで彼女が見せた様々な魔法や道具、その力の根幹を成すものだ。それをいとも簡単に貸し出してしまえる彼女の精神性が、あるいは信頼が、恐ろしかったのだ。
 いったい彼女にとっての自分は何なのか。その答えが掴めないまま、少年は現状を継続する…。




 …結局、当初の予定通り勉強をすることになった。しかし、適時膝上のアリスが間違いを指摘しアドバイスをくれたので、思った以上にはかどったのは僥倖である。そして、

「あう…もう時間……。」

 今日の彼女の時間が尽きようとしていた。

「ねえ、テストが終わったらいっぱい遊んでくれる?」

「あぁ…、うん…。」

 とりあえず終わった後なら、大丈夫だろうと思える。

「ほんと?絶対だからね!?じゃあ終わった後の時間にまた来るね!次は今日の分までいっぱい気持ちよくしてあげるから覚悟すること!」


 そう指を突き付け念を押す少女の身体が次第に透けてきた。膝上に感じる体重と柔らかな感触が消えてゆく。それが完全に消えて無くなる直前、少女は腕を伸ばし、少年の唇を奪った。
 粘膜が重なり、入り込んだ舌先が一度だけ絡むと同時に、その感触が消失する。

 夕暮れの部屋の中、何かを抱き締めていた形の少年の姿だけが残された。

 











 草原のただ中に唐突に佇む扉。その前に少女は仰向けで倒れ込んでいた。

 終わってしまった至福の時間。しかし次の約束を取り付け、最後にお土産とばかりに口づけを貰うこともできた。なんと抱き締めてもらうことも出来た。少々強引であったが、今もその感触は彼女の唇に残っている。



 これでまた頑張れる気がした。




 本により再現した世界を渡る魔法…それが要求する魔力量は膨大であった。その実、『あちらの世界』で過ごす1時間少々の為に、その都度少女はその身に貯め込んだ魔力の殆どを使い果たす。その原因は主に2つの世界を隔てる距離、そして彼女が本により再現した魔術の完成度にある。
 彼女が作り上げた魔本を見て、かの少年はいたく大仰な感想を抱いたようだがそんなことはない。この本が再現できるのは、あくまでその時点での彼女自身が時間を掛ければ実現できるモノに限られる。故に、この1時間程度という連続使用時間と魔力消費量が、彼女が為しうる限界なのだ。
 彼女自身、これを作り上げた際には一時の全能感に酔い痴れた。どんな魔術であろうと、その目的とする効果さえ明確にイメージできれば、理論をゼロから組み上げるのにかかる時間を飛び越えて即時に完成品が手に入るのである。これさえあれば、かの上位種族バフォメットのようにあらゆる魔術を行使する超位の存在になれると思った。

 しかし少女の野望は脆くも打ち砕かれることとなる。

 逆に言えばこの本で出来ることとは、彼女自身が時間さえ掛ければ実現できる事なのだ。それは時魔術を修めた彼女にとっては、単に楽をするための装置に過ぎない。程なくして、むしろ本は彼女自身の限界を形として明確に突き付けてくるようになった。

 『いくら時間を掛けたところでお前にはここまでしか出来ないのだ。』と。

 少女は行き詰っていた。無敵の魔法だと信奉していた、世界時間停止が突破された時以来の、2度目の挫折。

 故に、この先へ進むには彼女自身に進化をもたらす『誰か』が必要なのだ。しかし『誰か』でよかったのは昔の話。今、その誰かは絶対に『彼』でなくてはならない。

 そのためならば、いかなる努力も時間も彼女は惜しむ事はない。

 幸いにして、2つの世界の時間的接続は『緩く』出来ている。故に介入する余地はあった。たとえ数か月間を魔力蓄積に費やしたとしても、あちらの世界では1日しか経っていないという芸当も、時魔術師である彼女には容易なことだ。

「…ロングソード。」

 そう彼女が発すると、空いていた右手にやや桃色がかった銀の長剣が現れる。
 ストレージに保管していた装備品。魔界銀製である以外は特別な効果も能力も付いていないが、安価でありいろいろな場所で拾える。
 左手に魔本、右手に剣をそれぞれ装備する魔法剣士スタイル。中〜近のレンジに対応ししつつ、防御よりも突破力を重視したビルドである。手っ取り早く『稼ぐ』にはこれが一番適していると彼女は考えていた。

「とりあえずダンジョンを目指しつつ…かな。」

 自然回復に上乗せして魔力を得ようと思えば、主な手段はダンジョンで魔獣を狩る,
又はフィールドで他の魔物やプレイヤーを狩る…だが、ダンジョンであれば他にアイテムの取得も期待できる。故にダンジョンを目指しつつ途中で獲物が居れば適宜狩ってゆけばいいだろう。もっとも潜る対象はよく選ばなければならない。以前、身の丈を超えたダンジョンに潜ってえらい目に逢ったことを思い出す。

「待っててね、おにーさん♪」

 過去の淫惨な記憶を振り払うようにかぶりをふり、次の逢瀬を妄想することにする。その甘やかな時間に思いを馳せ、駆け出す少女の姿は瞬く間に一迅の風となり、かき消えた。






20/12/28 23:59更新 / ラッペル
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