そして産み落とされたもの(下)
「何があった…!?」
しばらく街中をゆっくりと飛び回り、ガスを散布しつつ人が隠れていそうな箇所に向けて砲撃を加えていたのだが急にエリスが浮力を失い着陸するハメになった。
「あれ…おかしいですね?エネルギーが…」
「そんなはずは…………なんだと!?」
エリスの状態を表示するパネルを空中に呼び出し、それを見て驚愕する。
「マスタ―…どうですか?」
「……魔力が、底を尽きかけている。」
「なんですとッ!?」
――そんな筈は無かった。
出発前に魔界の魔力溜りから十分な量の魔力を補充し、更にエリスには『死者の手』の機能を応用した精吸収機構と高性能な魔力変換炉が搭載されている。
特殊な武装による攻撃で敵に強制的に快楽を与え空気中に精を放出させ、そしてその精を吸収し魔力へと変換する…。この組み合わせにより、人間を相手にする限り半永久的に稼動し続ける設計だった。
「なのに何故…」
「やはりマスターの精じゃないと変換効率が…」
「本体〈お前〉はな!だがギガントゴレムはあくまで追加武装、装備が精を選り好みするものか。」
「ですよねー…」
各部の状態をパネルで確認するが、機関が故障している様子は無い。先程エリスと確認したように精の質の問題でもない。ならばこれはいったいどういうことなのか…。
――ヒュン…。
その時何か黒いものが目の前を通り過ぎた。
「ぬ、攻撃か!?」
敵の反撃能力はあらかた片付けたつもりでいたがまだ動ける者残っていたのかと、それが飛び去った方向に目を向ける。
すぐさまエリスの目を介して撮影した画像を拡大すると腰から黒い翼を生やした女性が空を飛んでいた。
「ただのサキュバスのようですね。」
「なんだただのサキュバスか…」
………。
「「…んんっ!?」」
おかしい。
「何故反魔領を魔物が飛んでいる?」
「分かりません!」
次の瞬間、嫌な可能性が頭を過ぎった。
「都市の図面を出せ!空気中の精分布と魔力分布を地図に反映するんだ。」
すぐさま空中にこの街の地図が投影される。その上に魔力と精の濃度が色となって映し出された。
「…げぇ!?」
そこには、恐れたとおりの光景が拡がっていた。
――都市内某所にて。
「ハッ……ハァっ…・・」
雑貨店の青年、ビオールは何かから逃げるように路地裏を走っていた。
何かとは例のガスではない、都市の中でも中央から離れた位置にあるこの区画まではまだガスは到達していなかった。故に衣服も着ている。
たまたま白い巨像が降り立った位置から離れた場所に居り、更に運よく早めに状況を知ることが出来た。故にある程度余裕をもってここまで逃げてくることが出来た。
だが、ここに来て少し足を休めていたところ予想もしなかった相手に襲われたのだ。
「…ここならッ!」
もうこれ以上走り続けることは出来そうにない。彼は家主が逃げ去ったあとの空き家の一つに飛び込み、内側から鍵をかける。しばらくここに隠れてやり過ごそうと一息ついたところで家の壁が吹き飛んだ。
そして瓦礫と粉塵の中から現れたのは一人の美しい女性…
「ねぇ…おねがい、逃げないでぇ…♥」
「ベリナ……!」
彼女の頭には黒い角、腰には翼、そして尾が生えていた。
人間ではない…そもそも人間なら素手で石壁を粉砕したりはしない。
「やっぱり貴方のじゃないと駄目なの…味が薄いの…満たされないのぉっ!!」
「ひっ…!?」
ベリナと呼ばれた、今はサキュバスとなった女性が吼える。その威圧に吹き飛ばされるかのように、青年は尻餅をついた。
彼は彼女を知っている。だがそれは人間だった頃の彼女である。
彼らは元々恋仲であった。それも将来共に暮らすことも考えた程の関係である。
しかし1年ほど前、とある事件に巻き込まれたことをきっかけにその関係は変容した。
ある休日の昼ごろ、街中を二人で歩いていた彼らの前に一体の魔物が現れたのだ。その遭遇は単なる偶然であり、特に彼らに用があったわけではないだろう。彼女は街の警備兵に追われていたのだから。
しかしその魔物はあろうことか、彼女を追っていたであろう兵士達に向けて衣服を肌蹴てその裸体を晒したのである。結果何が起きたのか分からないが、次の瞬間には兵士は全滅し彼らも強烈な快感に襲われ地に倒れていた。
ベリナに変化が起きたのはそれからである。
それまでも二人の間に幾度か性交渉はあったのだが、彼女から求められる形でその頻度が急増したのだ。さらに彼女は精液を摂取することに異様に執着するようになった。ついでに彼も何故か早漏が深刻化していた。
そして彼女の…全てをしゃぶり尽くすような口淫と日に日に増えてゆくその回数に恐怖した彼は、ついに彼女のもとから逃げ出してしまう。…それが3ヶ月ほど前のことであった。
その彼女が今、異形の姿となって彼を追い詰めている。
「ごめんなさい…貴方にそこまで負担をかけていたなんて思わなくて…、他の人からも貰おうかと思ったんだけど駄目だったの…。みんな味が薄くって、いくら吸っても満足できないのぉ…。」
熱に浮かされたような声で呟くように喋りつつ、彼女は一歩一歩距離を詰めて来る。
「…でも大丈夫。この身体になっていろいろ分かったの…。だから今なら点もっと上手にできるよ?」
「だからぁ…しよ?気持ちよくしてアゲルからァ…!」
「お、おちつけ……うわっ………アッ――!!」
空き家から青年の悲鳴が上がった。
桃色のガスがあと1時間ほどでそこに到達することを彼らは知らない。
同様の事態は都市の各所で起きていた。
「さぁお兄様、共に楽園へ参りましょう。」
「おお妹よ!無事だった……か?」
「うふふ♪」
教会に見習いとして入っていたはずの妹がガスから逃げる兄の前に立ちはだかっている。
「…と、とにかく!あの妙な色の霧がすぐそこまで来ているのだ!!とりあえず街の外まで逃げて…」
「いいえ、アレはそのような恐ろしいモノではありませんわ♪私も最初あの霧に呑まれた時は気が狂いそうでした。…ですが逆にこの快楽に自ら身を委ね受け入れよう考えた時、私は神の声を聞いたのです。その瞬間、頭の中に様々な知識が流れ込んできて身体にも力が溢れてきて…更にはこのような素敵な能力まで手に入りました♪」
彼女の右腕の袖口から親指程の太さの触手が伸び、それは銃弾の如き勢いで石畳の地面へと突き刺さった。
「えっ……」
「あれはきっと神様からの祝福なのです。…さぁ、お兄様も祝福を受け取りに向かいましょう♪」
目の前の光景を理解できていない兄に妹の両腰から伸びた触手が絡みつき、その身体を軽々と持ち上げる。そしてそのまま、迫り来る桃色のガスへ向かって歩き出した。
「降ろせ!ま、待つんだ!そっちは………ふぐっ…………………アッ――!!」
「うふふふふ………♪」
兄妹は揃って霧の中に消え、しばらくして兄の悲鳴と妹の笑い声が響き渡った。
・・・・・・・・・・
一方、既にガスに呑まれた地域においても異変が起きていた。
都市中央部付近に位置する教団の聖堂では避難民が集まり、教団の術士が入り口と窓を結界で塞ぐことでガスの侵入を防いでいる。
「あ゛あ゛ァ゛あ゛ア゛あァ゛ア゛―――ッ!!主よォォ!私は今ここに理解しましたァッ!!!堕落こそが人を!世界を゛ッ!救うのだとォォォ――――――――――ッ!!!!」
しかし突然、1人の修道女が両腕を広げ、天を仰いで喝采をあげた。彼女の両目は歓喜と喜悦に彩られ、滂沱の涙を流している。
「シスター・サラ!御気を確かに!!今ここには避難している市民達が居るのですよ!!」
周囲の神官の必死の呼びかけも今の彼女には全く聞こえていない。そうこうしているうちに、彼女の身体は変化を始めていた。
痩せ気味だった肉体は各部が豊満に膨れ上がり、顔つきは元の面影を残しつつも人間離れした美貌へと変わってゆく。やがて耳が伸び、腰からは翼と尾、頭にはやや小さめの角と人外の部位が生まれ始めた。そして魔力が具現化した鎖がどこからとも無く現れ彼女に絡みつき、修道服の上から彼女の肉体を戒めたところで変化は終わる。
完全に魔物と化した彼女は恍惚のため息を漏らした。
「シスター…」
「はぁい♥」
彼女の変貌に恐怖しつつも、その身を案じた若い修道士の青年が近づき恐る恐る声を掛ける。
そしてその声に振り返った彼女は慈愛に満ちた笑みを湛え、おもむろに右手を伸ばした。
…ドスッ!
「え…?」
次の瞬間、彼女の指先から伸びた鎖が、青年の胸を貫いていた。
「うが……な、何を…!?」
「…♪」
サラと呼ばれた修道女は何も言わず腕を振り、その鎖を指先から切り離した。切れた鎖は意思を持つかのように蠢き、獲物へと絡みついてゆく。
シスター・サラは床に崩れ落ちた青年の前にしゃがみ込み、彼を慈しむ様にその身体を優しく撫でまわした。
「御安心を…その鎖は肉体を傷つけるものではありません。むしろ貴方に無上の快楽を与えてくれる、主よりの贈り物なのです。」
「ふぐっ!?」
彼女がそう言い終ると同時に青年の身体に絡みついた鎖が淡い光を放つ。その瞬間、彼はくぐもった悲鳴を上げてのたうち、程無くして脱力し大人しくなる。その修道服の股間部には濡れた染みが滲んでいた。
「…さぁ、救済を始めましょう!」
鎖に巻かれた青年が救われたことを見届けた彼女は立ち上がり、両腕を広げて高らかに告げる。その声に呼応するかのように、彼女の身体から、そして何も無い空中から無数の鎖が射出され聖堂内の人々を無差別に襲い始めた。そしてその鎖に身体を貫かれた者、打たれた者、絡みつかれたものは次々に床へと倒れ付し、快楽にのたうち、嬌声を上げる。
男は身体の自由を奪われ転がり、女はやがて魔物へと変わり倒れた男を襲う。
数少ない避難場所であった聖堂は、あっという間に外以上の淫獄と化した。
・・・・・・・・・・
都市の城壁に備えられた門のうち一つ、その街からの脱出口までほうぼうの体で辿り着いた数少ない住民の一団は、しかしあと少しという所であえなく全滅した。
道端には恍惚に緩んだ表情で地面に寝転がる住民の数々…そしてその先には6本の尾を揺らす狐の魔物の姿が見える。
「はぁ……、大人も子供も男も女も…みんなちょっとこの尻尾で包んであげただけで力尽きて動かなくなってしまう…。どこかにわたしの愛を受け止めてくれる素敵な旦那様はいらっしゃらないかしら。」
避難民を全滅させた犯人であるその妖弧は、不満げにため息をついた。
彼女がガスの中で魔物として目覚めた時、既に尾は4本あった。そして感じたのは激しい性欲と飢餓感。しかし彼女以外周囲に意識を保っている人間はおらず、そして勿論精を残している人間も居なかった。
故に彼女は愛欲に駆られるまま市街を疾走し、ついには都市を脱出しようとしていた一団に追いつき襲い掛かったのだ。
だが突然魔物へと変わり、しかも図らずして望外の力を得てしまった彼女はその力のコントロール―すなわち手加減が出来ない。彼女がその尾を絡めただけでほとんどの者は全ての精を吐き出し失神してしまう。たまにかろうじて意識を保った者が居たとしても、次にその質量を増した胸で強く抱き締めればもう駄目だった。
一応、ある程度腹は満たされた。だが性欲と愛欲は全く満たされない。短い時間で溜りに溜まったそれらを全てぶつけられる相手を求め、彼女は街を彷徨う。
「…ん?」
穏やかな風が吹いた。
その風に混じった微かな香りを、強化された彼女の嗅覚は逃さない。臭いを辿ってしばらく走った先に1人の…まだ動いている男性を見つけた。中肉中背、これといって特徴の無い中年の兵士である。だが、彼からはこれまで嗅いだことの無いほどの濃い精の香りを感じたのだ。子宮が涎を垂らす感覚、これは期待が出来ると本能が告げている。
大地を蹴り、一瞬で距離を詰めその男を押し倒す。
「ぐあ!?」
「うふふ、捕まえたぁ…♥ねぇお兄さん、私とイイコトしましょ♪」
「よ、よせ!俺はホモだ!!」
「ふぅん?わたしに抱かれてアルプになったら信じてあげるわ♪ならなかったら……あ、そうだ♪わたしが満足するまで意識を保っていられたらこの街から脱出するのを手伝ってあげる♪これでどう?」
「むっ・・」
「ね、いい条件でしょ?(まぁその後わたしから逃げられるとは言ってないけどねぇ♪)」
はたして彼女が満足するのが先か男が気絶するのが先か、はたまた二人まとめてガスに飲み込まれるのが先かは分からないが、いずれにしろこの男に選ぶ権利はなかった。
・・・・・・・・・・
そしてもう一箇所、精が集まり強い魔力に変わっている場所があった。
都市の北側、緩やかな丘の斜面にある都市の領主や貴族たちの墓地である。
「急に冥界から呼び戻されたと思ったら…なるほどなるほど。」
ワイトが湧いていた。
彼女を中心に魔力力場が形成され、墓の下から次々とアンデットが這い出てくる。
「…………!!?」
目の前の光景が信じられないのか信じたくないのか、墓地入り口の警備兵は呆然と立ち尽くしたまま…口をあんぐりと開け棒立ちになっている。
…と、彼の視線に気づいたワイトは天高く飛び上がり、彼の目前へふわりと着地した。
思わず後ずさる警備兵。しかし彼女は逃がさない。避ける間も無く伸ばされた蝋のように白い右腕が、彼の顔面を掴んだ。
「ふぐぅ………」
強烈な快感と共に精が吸い取られ、警備兵はへなへなと崩れ落ちる。
「この状況においても持ち場を離れず任務を果たそうとするその忠義心…気に入ったわ。今日より私に仕えなさい。」
既に失神している彼の次の就職先が人知れず決まった。
「マスター、何か分かりましたかー?」
「分かったぞ!…ヤバいということが。」
都市全体を表した図面に精分布と魔力分布を落とし込む。
平常時であれば精の分布は人の分布、魔力分布は魔術師および魔物の分布である。そして現在はこれまでの攻撃により人の精は空気中に放散され、精吸収システムによってエリスの周囲に集まっている筈であった。また、反魔領であるこの都市に魔術師か魔道機械以上の魔力反応などあるはずも無い。
しかし現実には都市の複数個所に巨大な魔力反応が存在し、そこへ向かって精が急速に流れ込んでいるのだ。
すなわち、この短時間で都市内に魔物が生まれているのである。
「…しかも幾つかはかなり高位の種族だ。」
事実は単純、魔道兵器を使い過ぎたことで都市内の魔素が高まり、元々適正のあったであろう人間が急速に魔物化してしまったのだ。
はっきり言って想定できた事態ではある。だが、それによってここまで精がそちらに持っていかれるとまでは思わなかった。
迂闊だったというほか無い。
これだけの規模を持つ城塞都市である。上位種の魔物に変化できる素質を持った人間が何人か居ても不思議ではなかった。
そして地図を見れば魔物の発生地の一つは教団の聖堂である。どうやらカミサマまでリクルートに来ているらしい。例の教団に技術供与を受けた際、何か仕込まれただろうか…
「どうする…」
都市内の精は現時点では有限と考えていい。人間の男性の精は時間が経てば回復するものだが時間が経てば経つほど魔物化する人間は増え、男性は彼女らにとられてしまうだろう。空気中の精を吸収する能力で負けている以上待っていても事態は改善しない。
「あの、マスター…」
「どうした?」
「ガスが…」
「あ…」
エリスに言われ周囲に目を向けると桃色のガスが既に彼女の肩のすぐ下まで来ていた。すなわちそこに立っている自分の足元である。
「………。」
―――考える。
飛行形態時のように風の魔術で周囲を覆うか…。残存魔力は少ない、一時的には身を守ることが出来ても結局寿命が少し延びるだけである。
もちろん空を飛ぶだけの魔力など無い。ならば風の魔術で防御しつつガスの範囲外まで歩行して移動……駄目だ。間に合うはずが無い。
最悪ギガントゴレムからエリスを分離し、二人で脱出するという手もある。が、それは魔界の最新技術の塊であるコレを敵地に残してゆくことを意味する。それだけは決して許されないだろう。
「あの…マスター……」
「うん?…ぅおっ!?」
不意に身体が宙に浮かび上がった。見上げれば巨大な白い手が自分を摘み上げている。
「ど、どうした!?」
「とりあえず中に入ってください。」
エリスの胸部装甲の上部に穴が開いた。…先程勇者を飲み込んだあの穴である。
「おいまさか…」
「大丈夫です!ガスはほぼ排出しました。あまり影響は無いはずです!」
「よ、よせ……なっ、アッ―!!」
彼女の主人を胸元に開いた穴へ放り込み蓋を閉じた所で、石の巨人は完全に活動を停止した。
「………………。」
会議室で一部始終を見ていた面々は口を開け固まっていた。
そうして十数秒が過ぎただろうか、やがてメルウィーナが口を開く。
「…。どうしましょうコレ…。」
「いやどうしましょうじゃないでしょう!!!どうするんですかコレェ!?」
「あ゛―…」
副官が責任者であるリリムの襟首を掴みがくがくと揺さぶった。
「とりあえず回収に…」
「誰が!どうやって!?」
対象は例のガスの中、そしてあの膨大な質量を移動させるとなれば相応の人員が必要となる。一体誰がそれをするのか…。
「…彼らには自力で帰ってきていただきましょう。」
「ゑ?」
耳を疑うような副官の言葉に魔界の王女はよく分からない発音で聞き返した。
だが彼女はそれを華麗に無視し、計画に関わった魔女の1人に尋ねる。
「ロニームさん個人の精でアレを動かすのにどれくらいかかると思いますか?」
「正確な時間の算出には精密な計算が必要となりますが…仮に彼が今すぐインキュバス化し不眠不休で魔力生産に励んだとしても10年以上は確実かと。」
「なるほど。えー彼らは今日までよく働いてくれました。この辺でちょっと長めの休暇を与えてもいいでしょう。あの状況では敵側に接収される心配も無さそうですし…」
現状での回収活動が不可能であることを悟った彼女は彼らをあっさりと切り捨てた。
思考を切り替え次になすべきことを考える。
「…で、今回の結果については彼らにも落ち度はあったのでしょう。しかしそれらの責は、最後は総責任者が負うべき…、そうですね?」
「そ、そうね。」
副官は隣のリリムに問いかける。次にすべきこと…すなわちこの場を収める為の総括である。白髪の魔物の頬に一筋の汗が流れた。
「結構、ではこの計画にどれだけの魔力が投入されたかはご存知ですね?」
「そ…そうわね。」
研究所裏の魔力溜りがその深さを半分以下まで減らしている事は彼女も知っていた。
「さて、消費した魔力を回復させるにはどうすればいいですか?」
「それはその…魔物と人間が愛の行為に励めば……」
「はい、その通り。そのためには何が必要ですか?」
「おとこの…ひと……」
彼女はにっこりと笑顔を作る。
「ではとりあえず千人ほど、工面してくださいね♪」
「せ、千!?」
メルウィーナが目を剥いた。
「そんな数どうやって…」
「魔界の外で捕まえてくるでも貴女のお小遣いで買ってくるでも方法はいくらでもあるでしょう。さあ、行きますよ!」
「そんな―…、私のお相手もまだ見つけてないのに…」
「何 か 言 い ま し た か ?」
副官に襟の後ろを掴まれずるずると引きずられ、彼女は会議室を後にした。
……。
残されたのは多数の関係者と客達。
彼女らは一言も喋らず、ただ呆然としながら事の顛末を見届けていたが、リリムが去って数呼吸置いた後おもむろに1人の魔物が動いた。
バフォメットのエリー…今回の計画初期において実験に協力した魔物の一人である。
彼女は杖を振り空中から何やら箱状のものを呼び出すと、いまだ状況が飲み込めずにいる他の者たちに呼びかけた。
「えー…ではー、メルの奴が連れてくる1000人の殿方の身請けについて、交渉の順番を決めようではないか。このクジで!」
次の瞬間、全員の眼が野獣のそれへと変わり今回の集まりの趣旨はどこかへ消え去った。
………、
……、
…。
「う……ここ…は…?」
目を覚ますとそこは見覚えの無い部屋…。壁も天井も一面真っ白、窓も扉も見当たらない。
確かギガントゴレムの魔力が尽き、最終的にガスから逃れる為にエリスの装甲の中へと放り込まれたのだ。その後は装甲が閉じた為暗闇で何も見えず、柔らかな石の肉体に押し包まれ意識が遠くなっていった。おそらく窒息したか、強烈な圧迫により気絶したのだろう。
しかしゴーレムの中にこのような部屋があっただろうか。
とりあえず状況を確認しなければならない。自分が横たえられている奇妙な形の寝台から起き上がろうと…
「うっ…」
…したが起き上がれなかった。
両肩と両腕が拘束されている。両肩は寝台の両脇から迫り出したパーツによって、両手は単純な手錠によってだ。
「あ、マスター。おはようございます♪」
継ぎ目ひとつ無かった天井に突然円形の穴が開き、そこからエリスが降りてきた。
ひとまず安心する。
「何があった?ここはどこだ。ゴーレムの中なのか?」
「はい、マスターが眠っている間にここまで運ばさせていただきました。」
「…こんな部屋あったか?」
「すみません、私が勝手に作っちゃいました…秘密の部屋です♪」
「……。」
確かにギガントゴレムを動かしている間は彼女が全てのコントロールを握っているので彼女の意思で機体内の構造をある程度操作することは可能である。何のためにこのような部屋を設けたのかは気になるが今はいい。それよりも我々が今置かれている状況を確かめるほうが先決だ。
「外の状況は?」
「戦況は収束しています。あれ以降攻撃は一切無く、ガスは都市内を完全に満たしました。」
「そうか、ならば当面は……ところでなぜ私は拘束されている?」
「あ、すみません。とりあえず肩の方だけ外しますね。」
…肩だけ?
寝台が変形し両肩が開放される。とりあえず上体を起こした。ここに来て両足も両手と同様に拘束されていることに気付いた。
「さて、これからどうするか…」
「マスター、そのことなのですが……」
エリスが言いづらそうに答える。
「マスターがお休みの間に連絡を取ったのですが…魔界からの救援は無いそうです。」
「ゑ゛…!?」
「どれだけ時間がかかってもいいので自力で帰って来いと…」
自力……。
救援は無く、人間の魔物化が進んでいる状況では精の回収も期待できない。その状況でギガントゴレムを再度起動し都市を脱出する為には……
「あっ…」
今自分の手足が拘束されている理由が何となく分かってきた。
「という訳で…頑張りましょうね♪マスター?」
「は、はは……」
エリスがスカートをつまみ上げにじり寄ってくる。その彼女の表情は、これまで見たことが無いほどに晴れやかだった。
「始める前に…これだけ済ませておきましょうか。」
腹上にのしかかったエリスが右手を掲げる。
彼女の腕の甲が開き小さな注射器が現れた。それは滑るように手の甲を移動すると右手の人差し指に装着される。透明なその容器の内部には透き通った赤色の薬液が装填されていた。
「それは……?」
「人魚の血をベースにした薬品だそうです。来る前にサバトのとある人から貰いました♪寿命に関すること以外にも体力の増強やその他諸々の効果があるとか無いとか…」
ブスリ。
そのよく分からない効果に突っ込む前に注射を打たれてしまった。
打った方を見れば何かを期待して待っているような表情を浮かべている。
「お前もしかして……ん?」
急にエリスが一回り大きくなったような錯覚に襲われる。先程より目線が下がり…いや、錯覚ではない。
「……。」
身体が縮んでしまっていた。
「お前……知ってたな?」
「な、なんの事でしょうか?まさかこんなことになるとわー。サバトの薬はスゴイデスネー…」
…そしてこの見え見えのとぼけ方である。
「この腕…十代前半といったところか。ちょうどお前を完成させた頃だった…な……。」
もともと痩せ型だったところに時を遡り更に細くなった腕を見て、当時の記憶に思いを馳せる。
――ゴーレムという存在に魅せられ、必死に図書を読み漁った幼き日々…、反魔領という環境では十分な知識を得ることは叶わず、足りない部分は別種の技術の応用と独自の理論で補った。学校で魔道工学を学ぶ傍ら、試行錯誤と失敗を繰り返しながら進めてきた秘密の実験。幸いにも人並み以上にあった魔道の才能と積み重ねた努力、そして多大な幸運が重なり合った果てに初めて完成させたゴーレムのエリス…。
純粋であることを許されていた時代。夢見ていた研究者の世界は想像と違った。苛烈な競争と成果主義の中で、かつての失敗すら知識の糧として楽しんでいた貪欲さはいつの間にか失われていたのだ。
それは結局、人間界に比べてはるかに環境のいい魔界に来たところで変わらなかったらしい。
「そうか…今回の失敗はまた次に生かせばいい。私自身、知らないうちに環境に呑まれていたのだな…。」
「あぁ、お帰りなさいませ。マスター…♪」
お帰りなさい…か…。今彼女の眼に映る自分の表情はかつての輝きを取り戻しているのだろうか…。
「…そしていただきます♪」
「ゑ?」
彼女の腰が動き、股間のものがずぶりと何か柔らかい感触に包み込まれた。
「むふふ、子供になったマスターのがぁ…大人でも最後は泣いて許しを請う私の搾精腔に入っちゃいましたねぇ♪」
「そういう流れだったか今…?」
「いいじゃないですか、お腹も空きましたし…」
エリスの身体は石と泥砂で出来ているのもかかわらず、その中は魔力による熱で暖かい。そして搾精腔内部の構造はといえばなだらかな起伏が2、3あるだけの単純なものだった。
しかし彼女の半流体の肉体はその構造をスライムの如く自在に変化させることが出来る。
「さて、マスターのココも若返って敏感になっていることでしょうし…最初はゆっくり回していきますね〜♪」
言ったそばから搾精口の壁面に微細な襞がびっしりと刻まれた。そしてそれらをざわざわと蠢かせながらゆっくりと回転運動を始める。
くすぐったい快感が拡がり、射精感が急激に湧き上がってくる。
10秒すら堪えることも出来ず、純白の泥の中へ精を漏らした。
内部に精を感じたエリスは嬉しそうに眼を細める。
「うふふ…早漏さんになっちゃいましたね♪」
「ぐ…薬のせいだろう……」
「いいんですよぉ♪たくさん、何回も出してくれるほうが私もうれしいので…さて、今日は激しくしていいですか?それとも優しくですか〜?」
「………やさしく。」
「あら残念です…激しくならこのまま最高速度で回して何度も潮吹きさせてあげましたのに♥……では優しく…裏筋への刺激と圧迫で、あと振動も加えますね♪」
射精後の鋭敏化した肉茎を辛くならない程度の優しい快感が襲う。先端部への刺激を避け、射精の快感と余韻を長引かせることを目的とした、計算され尽くした動き…。
とろけるような快楽にだらしなくも思わず口元が緩む。腰の力が抜け、心ごと弛緩してゆく…。
「はぁぁ…♥小っちゃいマスターのイキ顔…可愛いです♪」
が、頭上から降ってきたエリスの声に慌てて表情を引き締めた。
「私しか居ないんですからそんなに気を張らなくていいじゃないですか。たまには甘えてくださいよぉ…。あ、そうだ。恥ずかしいのでしたらお顔隠して上げますね♪」
彼女が上体を前に倒してくる。
身長差から、その重量感のある両胸が顔面を覆い呼吸を塞いだ。
「むぐ…」
「はい、包み込んじゃいました♪これなら安心して蕩け顔を晒せるでしょう?…さぁ、大人しく、気持ちよくなりましょーねー♪」
彼女の言葉に合わせて搾精腔が再び回転運動を始める。
先程よりも強い快感…おそらく一度目の搾精のデータを基に内部の構造が最適化されたのだ。あっという間に二度目の精を搾り取られた。
「……ぶはっ!」
顔面が胸の谷間より開放される。同時に搾精腔の動きが射精後の陰茎を労わるようなそれへと再度切り替わった。
この短時間に立て続けの射精、このペースで続けられれば彼女が満足するよりも自分が気絶するほうが先かもしれない…。
必死で呼吸を整えながら、彼女の性機能に戦慄する。
「ところでマスター、このベッドなのですが実は特別製でして…」
「ん?」
エリスが唐突に語り始めた。拘束機能が付いているだけで十分特殊だと思うのだがまだ何かあるのだろうか…。と思ったところで寝台の下で何かが開く音がした。
間を置かず左右から大量のマニピュレーターが現れる。そしてその先端にはそれぞれ、異なる物体が取り付けられている…。
「今まで私がこっそり作り貯めていた搾精器具が全て搭載されているんです♪…せっかくなので試してみませんか?」
「いい゛……!?」
人間の手をかたどったものから多数の羽毛をブラシ状に束ねたもの、明らかに生きているとしか思えない触手状のものまで、その数は百に届きそうなレベルである。彼女の言い振りだと全てを見せていないだけで実はもっとあるかもしれない。
視界を埋め尽くすその数に思わず身体が竦みあがった。
「例えばこれとか…」
「ふひゃ…!?」
足裏を柔らかな何かが撫ぜた。
「仮称を天使の羽箒といいまして…苦しくない、あくまでも優しい擽感を与えることに特化した羽箒です。…くすぐったいのに不思議と力が抜けていくでしょう?そしてこの状態でナカを動かせば…」
「ふひいぃぃ……」
彼女の内部が再び搾精運動を開始し、その瞬間3度目の精が漏れた。2度目よりも更に早い…、強制的に脱力させられ我慢しようとする事自体が出来ず、まさしく漏らしたという表現が的確な吐精だった。
「優しいのが好きなマスターにはぴったりだと思うのです♪なので…このまま眠るまで続けて差し上げますね♪」
「待っ……ぶふっ!?」
「はぁい、また包み込んじゃいますよぉ♪」
再度彼女が倒れこみ、視界が塞がれる。甘い匂いが鼻を衝き、同時に両足と腿、脇腹など露出している箇所に無数の羽箒が襲い掛かってきた。
……甘い匂い?
「あ、それとスチームゴレムの能力を一部流用しまして…微量ながら媚薬ガスを分泌出来るようになりました。感度上昇と発情の効果がありますので…いっぱい嗅いでくださいね♪」
知らないうちにゴーレムが自己進化を始めていた。
ある意味恐ろしい現象ではあるが、開発者として純粋に成長を喜ぶ気持ちもある。このことは今後のゴーレム関連技術の発展に大きな意味を持つかもしれない。
…などと言っている場合ではない。
「―――――――ッ!!?」
「暴れちゃだめですよぉ?はい、力抜きましょうねー♥」
更に羽箒が追加され最後の抵抗力もあっさり奪われた。精は最早垂れ流しのような状態、快感と脱力感と安らぎの中に睡魔が混じり、意識が刈り取られてゆく。
最後は蕩けるような開放感と共に、深い眠りへと落ちていった…。
「うふふ、お漏らししちゃいましたかー…この天使の羽箒にこんな効果があるとは…。これは明日から楽しくなりそうです♪」
自らの下で気絶した主人を見下ろしながら、その白いゴーレムはこれからの日々に胸を躍らせる。
結果は最高に近い形で落ち着いた。
彼女にしてみれば計画が成功しようと失敗しようとどちらでもよかったのだ。もう邪魔者は居ない。主人を追い詰める仕事も使命も存在しない。ギガントゴレムには生きていくのに必要なものは全て積んである。さらに特殊なガスに覆われ高位の魔物が徘徊するこの都市はその内部に居るならば逆に不可侵の城となるのだ。
ついに手に入れた安住の地。その喜びをかみ締めるように、彼女はもう一度眠る主人に覆いかぶさった。
ちなみに…この地は後に淫獄都市と呼ばれ罪人の流刑地として近隣の親魔反魔領双方の犯罪者達を震え上がらせる事となるが、それはまた別の話である。
・・・・・・・・・・・・・・
「自己増殖術式を対象に転写、質量は現場の土から持ってくるとして…さて、どれだけの魔力量が必要になるやら…」
「マスター、そろそろ本日の搾精のお時間ですよ♥」
「え、今いい所なのに…」
「明日でいいじゃないですか♪時間は無限にあるんですし…♪」
抗議は封殺され、エリスにひょいっと抱き抱えられてしまう。小さくなった身体に精神が引っ張られたのか、最近ではエリスの側に自分が管理されているような感覚に囚われる。…錯覚だと思いたい。
それはそれとして、ギガントゴレムを再び起動させる為という名目で毎日彼女に精を搾られる事があの日以来の取り決めとなっていた。
なお、ゴーレムの中に作られたこの小さな部屋でもゴーレムの研究は問題なく続けられる。しかしそのために魔力を使ってしまえば当然その分帰還は遠のく。
だが、意外にもそのことをエリスはあまり気にしていないようだ。ただし健康維持と搾精時間の確保の名目で時間だけは制限されている。
…やはり管理されていないだろうか。
「さて、今日はどこで搾りましょうか。口ですか?手ですか?胸ですか?それとも搾精腔でしょうか♪激しくしてもいいですか?優しくしますか?」
無邪気に畳み掛けるエリスの表情を見る。そこに害意は無く、自分は愛されているのだと感じる。ならば…
「……とりあえずやさしく。」
…まあいいか。
若干の諦観と共に、これからの生活を受け入れることにした。
「…それにしても最後は自ら作り出した怪物に取り込まれて終わるなんて、マスターってば悪の科学者の鏡ですね♪」
「やかましいわ。」
しばらく街中をゆっくりと飛び回り、ガスを散布しつつ人が隠れていそうな箇所に向けて砲撃を加えていたのだが急にエリスが浮力を失い着陸するハメになった。
「あれ…おかしいですね?エネルギーが…」
「そんなはずは…………なんだと!?」
エリスの状態を表示するパネルを空中に呼び出し、それを見て驚愕する。
「マスタ―…どうですか?」
「……魔力が、底を尽きかけている。」
「なんですとッ!?」
――そんな筈は無かった。
出発前に魔界の魔力溜りから十分な量の魔力を補充し、更にエリスには『死者の手』の機能を応用した精吸収機構と高性能な魔力変換炉が搭載されている。
特殊な武装による攻撃で敵に強制的に快楽を与え空気中に精を放出させ、そしてその精を吸収し魔力へと変換する…。この組み合わせにより、人間を相手にする限り半永久的に稼動し続ける設計だった。
「なのに何故…」
「やはりマスターの精じゃないと変換効率が…」
「本体〈お前〉はな!だがギガントゴレムはあくまで追加武装、装備が精を選り好みするものか。」
「ですよねー…」
各部の状態をパネルで確認するが、機関が故障している様子は無い。先程エリスと確認したように精の質の問題でもない。ならばこれはいったいどういうことなのか…。
――ヒュン…。
その時何か黒いものが目の前を通り過ぎた。
「ぬ、攻撃か!?」
敵の反撃能力はあらかた片付けたつもりでいたがまだ動ける者残っていたのかと、それが飛び去った方向に目を向ける。
すぐさまエリスの目を介して撮影した画像を拡大すると腰から黒い翼を生やした女性が空を飛んでいた。
「ただのサキュバスのようですね。」
「なんだただのサキュバスか…」
………。
「「…んんっ!?」」
おかしい。
「何故反魔領を魔物が飛んでいる?」
「分かりません!」
次の瞬間、嫌な可能性が頭を過ぎった。
「都市の図面を出せ!空気中の精分布と魔力分布を地図に反映するんだ。」
すぐさま空中にこの街の地図が投影される。その上に魔力と精の濃度が色となって映し出された。
「…げぇ!?」
そこには、恐れたとおりの光景が拡がっていた。
――都市内某所にて。
「ハッ……ハァっ…・・」
雑貨店の青年、ビオールは何かから逃げるように路地裏を走っていた。
何かとは例のガスではない、都市の中でも中央から離れた位置にあるこの区画まではまだガスは到達していなかった。故に衣服も着ている。
たまたま白い巨像が降り立った位置から離れた場所に居り、更に運よく早めに状況を知ることが出来た。故にある程度余裕をもってここまで逃げてくることが出来た。
だが、ここに来て少し足を休めていたところ予想もしなかった相手に襲われたのだ。
「…ここならッ!」
もうこれ以上走り続けることは出来そうにない。彼は家主が逃げ去ったあとの空き家の一つに飛び込み、内側から鍵をかける。しばらくここに隠れてやり過ごそうと一息ついたところで家の壁が吹き飛んだ。
そして瓦礫と粉塵の中から現れたのは一人の美しい女性…
「ねぇ…おねがい、逃げないでぇ…♥」
「ベリナ……!」
彼女の頭には黒い角、腰には翼、そして尾が生えていた。
人間ではない…そもそも人間なら素手で石壁を粉砕したりはしない。
「やっぱり貴方のじゃないと駄目なの…味が薄いの…満たされないのぉっ!!」
「ひっ…!?」
ベリナと呼ばれた、今はサキュバスとなった女性が吼える。その威圧に吹き飛ばされるかのように、青年は尻餅をついた。
彼は彼女を知っている。だがそれは人間だった頃の彼女である。
彼らは元々恋仲であった。それも将来共に暮らすことも考えた程の関係である。
しかし1年ほど前、とある事件に巻き込まれたことをきっかけにその関係は変容した。
ある休日の昼ごろ、街中を二人で歩いていた彼らの前に一体の魔物が現れたのだ。その遭遇は単なる偶然であり、特に彼らに用があったわけではないだろう。彼女は街の警備兵に追われていたのだから。
しかしその魔物はあろうことか、彼女を追っていたであろう兵士達に向けて衣服を肌蹴てその裸体を晒したのである。結果何が起きたのか分からないが、次の瞬間には兵士は全滅し彼らも強烈な快感に襲われ地に倒れていた。
ベリナに変化が起きたのはそれからである。
それまでも二人の間に幾度か性交渉はあったのだが、彼女から求められる形でその頻度が急増したのだ。さらに彼女は精液を摂取することに異様に執着するようになった。ついでに彼も何故か早漏が深刻化していた。
そして彼女の…全てをしゃぶり尽くすような口淫と日に日に増えてゆくその回数に恐怖した彼は、ついに彼女のもとから逃げ出してしまう。…それが3ヶ月ほど前のことであった。
その彼女が今、異形の姿となって彼を追い詰めている。
「ごめんなさい…貴方にそこまで負担をかけていたなんて思わなくて…、他の人からも貰おうかと思ったんだけど駄目だったの…。みんな味が薄くって、いくら吸っても満足できないのぉ…。」
熱に浮かされたような声で呟くように喋りつつ、彼女は一歩一歩距離を詰めて来る。
「…でも大丈夫。この身体になっていろいろ分かったの…。だから今なら点もっと上手にできるよ?」
「だからぁ…しよ?気持ちよくしてアゲルからァ…!」
「お、おちつけ……うわっ………アッ――!!」
空き家から青年の悲鳴が上がった。
桃色のガスがあと1時間ほどでそこに到達することを彼らは知らない。
同様の事態は都市の各所で起きていた。
「さぁお兄様、共に楽園へ参りましょう。」
「おお妹よ!無事だった……か?」
「うふふ♪」
教会に見習いとして入っていたはずの妹がガスから逃げる兄の前に立ちはだかっている。
「…と、とにかく!あの妙な色の霧がすぐそこまで来ているのだ!!とりあえず街の外まで逃げて…」
「いいえ、アレはそのような恐ろしいモノではありませんわ♪私も最初あの霧に呑まれた時は気が狂いそうでした。…ですが逆にこの快楽に自ら身を委ね受け入れよう考えた時、私は神の声を聞いたのです。その瞬間、頭の中に様々な知識が流れ込んできて身体にも力が溢れてきて…更にはこのような素敵な能力まで手に入りました♪」
彼女の右腕の袖口から親指程の太さの触手が伸び、それは銃弾の如き勢いで石畳の地面へと突き刺さった。
「えっ……」
「あれはきっと神様からの祝福なのです。…さぁ、お兄様も祝福を受け取りに向かいましょう♪」
目の前の光景を理解できていない兄に妹の両腰から伸びた触手が絡みつき、その身体を軽々と持ち上げる。そしてそのまま、迫り来る桃色のガスへ向かって歩き出した。
「降ろせ!ま、待つんだ!そっちは………ふぐっ…………………アッ――!!」
「うふふふふ………♪」
兄妹は揃って霧の中に消え、しばらくして兄の悲鳴と妹の笑い声が響き渡った。
・・・・・・・・・・
一方、既にガスに呑まれた地域においても異変が起きていた。
都市中央部付近に位置する教団の聖堂では避難民が集まり、教団の術士が入り口と窓を結界で塞ぐことでガスの侵入を防いでいる。
「あ゛あ゛ァ゛あ゛ア゛あァ゛ア゛―――ッ!!主よォォ!私は今ここに理解しましたァッ!!!堕落こそが人を!世界を゛ッ!救うのだとォォォ――――――――――ッ!!!!」
しかし突然、1人の修道女が両腕を広げ、天を仰いで喝采をあげた。彼女の両目は歓喜と喜悦に彩られ、滂沱の涙を流している。
「シスター・サラ!御気を確かに!!今ここには避難している市民達が居るのですよ!!」
周囲の神官の必死の呼びかけも今の彼女には全く聞こえていない。そうこうしているうちに、彼女の身体は変化を始めていた。
痩せ気味だった肉体は各部が豊満に膨れ上がり、顔つきは元の面影を残しつつも人間離れした美貌へと変わってゆく。やがて耳が伸び、腰からは翼と尾、頭にはやや小さめの角と人外の部位が生まれ始めた。そして魔力が具現化した鎖がどこからとも無く現れ彼女に絡みつき、修道服の上から彼女の肉体を戒めたところで変化は終わる。
完全に魔物と化した彼女は恍惚のため息を漏らした。
「シスター…」
「はぁい♥」
彼女の変貌に恐怖しつつも、その身を案じた若い修道士の青年が近づき恐る恐る声を掛ける。
そしてその声に振り返った彼女は慈愛に満ちた笑みを湛え、おもむろに右手を伸ばした。
…ドスッ!
「え…?」
次の瞬間、彼女の指先から伸びた鎖が、青年の胸を貫いていた。
「うが……な、何を…!?」
「…♪」
サラと呼ばれた修道女は何も言わず腕を振り、その鎖を指先から切り離した。切れた鎖は意思を持つかのように蠢き、獲物へと絡みついてゆく。
シスター・サラは床に崩れ落ちた青年の前にしゃがみ込み、彼を慈しむ様にその身体を優しく撫でまわした。
「御安心を…その鎖は肉体を傷つけるものではありません。むしろ貴方に無上の快楽を与えてくれる、主よりの贈り物なのです。」
「ふぐっ!?」
彼女がそう言い終ると同時に青年の身体に絡みついた鎖が淡い光を放つ。その瞬間、彼はくぐもった悲鳴を上げてのたうち、程無くして脱力し大人しくなる。その修道服の股間部には濡れた染みが滲んでいた。
「…さぁ、救済を始めましょう!」
鎖に巻かれた青年が救われたことを見届けた彼女は立ち上がり、両腕を広げて高らかに告げる。その声に呼応するかのように、彼女の身体から、そして何も無い空中から無数の鎖が射出され聖堂内の人々を無差別に襲い始めた。そしてその鎖に身体を貫かれた者、打たれた者、絡みつかれたものは次々に床へと倒れ付し、快楽にのたうち、嬌声を上げる。
男は身体の自由を奪われ転がり、女はやがて魔物へと変わり倒れた男を襲う。
数少ない避難場所であった聖堂は、あっという間に外以上の淫獄と化した。
・・・・・・・・・・
都市の城壁に備えられた門のうち一つ、その街からの脱出口までほうぼうの体で辿り着いた数少ない住民の一団は、しかしあと少しという所であえなく全滅した。
道端には恍惚に緩んだ表情で地面に寝転がる住民の数々…そしてその先には6本の尾を揺らす狐の魔物の姿が見える。
「はぁ……、大人も子供も男も女も…みんなちょっとこの尻尾で包んであげただけで力尽きて動かなくなってしまう…。どこかにわたしの愛を受け止めてくれる素敵な旦那様はいらっしゃらないかしら。」
避難民を全滅させた犯人であるその妖弧は、不満げにため息をついた。
彼女がガスの中で魔物として目覚めた時、既に尾は4本あった。そして感じたのは激しい性欲と飢餓感。しかし彼女以外周囲に意識を保っている人間はおらず、そして勿論精を残している人間も居なかった。
故に彼女は愛欲に駆られるまま市街を疾走し、ついには都市を脱出しようとしていた一団に追いつき襲い掛かったのだ。
だが突然魔物へと変わり、しかも図らずして望外の力を得てしまった彼女はその力のコントロール―すなわち手加減が出来ない。彼女がその尾を絡めただけでほとんどの者は全ての精を吐き出し失神してしまう。たまにかろうじて意識を保った者が居たとしても、次にその質量を増した胸で強く抱き締めればもう駄目だった。
一応、ある程度腹は満たされた。だが性欲と愛欲は全く満たされない。短い時間で溜りに溜まったそれらを全てぶつけられる相手を求め、彼女は街を彷徨う。
「…ん?」
穏やかな風が吹いた。
その風に混じった微かな香りを、強化された彼女の嗅覚は逃さない。臭いを辿ってしばらく走った先に1人の…まだ動いている男性を見つけた。中肉中背、これといって特徴の無い中年の兵士である。だが、彼からはこれまで嗅いだことの無いほどの濃い精の香りを感じたのだ。子宮が涎を垂らす感覚、これは期待が出来ると本能が告げている。
大地を蹴り、一瞬で距離を詰めその男を押し倒す。
「ぐあ!?」
「うふふ、捕まえたぁ…♥ねぇお兄さん、私とイイコトしましょ♪」
「よ、よせ!俺はホモだ!!」
「ふぅん?わたしに抱かれてアルプになったら信じてあげるわ♪ならなかったら……あ、そうだ♪わたしが満足するまで意識を保っていられたらこの街から脱出するのを手伝ってあげる♪これでどう?」
「むっ・・」
「ね、いい条件でしょ?(まぁその後わたしから逃げられるとは言ってないけどねぇ♪)」
はたして彼女が満足するのが先か男が気絶するのが先か、はたまた二人まとめてガスに飲み込まれるのが先かは分からないが、いずれにしろこの男に選ぶ権利はなかった。
・・・・・・・・・・
そしてもう一箇所、精が集まり強い魔力に変わっている場所があった。
都市の北側、緩やかな丘の斜面にある都市の領主や貴族たちの墓地である。
「急に冥界から呼び戻されたと思ったら…なるほどなるほど。」
ワイトが湧いていた。
彼女を中心に魔力力場が形成され、墓の下から次々とアンデットが這い出てくる。
「…………!!?」
目の前の光景が信じられないのか信じたくないのか、墓地入り口の警備兵は呆然と立ち尽くしたまま…口をあんぐりと開け棒立ちになっている。
…と、彼の視線に気づいたワイトは天高く飛び上がり、彼の目前へふわりと着地した。
思わず後ずさる警備兵。しかし彼女は逃がさない。避ける間も無く伸ばされた蝋のように白い右腕が、彼の顔面を掴んだ。
「ふぐぅ………」
強烈な快感と共に精が吸い取られ、警備兵はへなへなと崩れ落ちる。
「この状況においても持ち場を離れず任務を果たそうとするその忠義心…気に入ったわ。今日より私に仕えなさい。」
既に失神している彼の次の就職先が人知れず決まった。
「マスター、何か分かりましたかー?」
「分かったぞ!…ヤバいということが。」
都市全体を表した図面に精分布と魔力分布を落とし込む。
平常時であれば精の分布は人の分布、魔力分布は魔術師および魔物の分布である。そして現在はこれまでの攻撃により人の精は空気中に放散され、精吸収システムによってエリスの周囲に集まっている筈であった。また、反魔領であるこの都市に魔術師か魔道機械以上の魔力反応などあるはずも無い。
しかし現実には都市の複数個所に巨大な魔力反応が存在し、そこへ向かって精が急速に流れ込んでいるのだ。
すなわち、この短時間で都市内に魔物が生まれているのである。
「…しかも幾つかはかなり高位の種族だ。」
事実は単純、魔道兵器を使い過ぎたことで都市内の魔素が高まり、元々適正のあったであろう人間が急速に魔物化してしまったのだ。
はっきり言って想定できた事態ではある。だが、それによってここまで精がそちらに持っていかれるとまでは思わなかった。
迂闊だったというほか無い。
これだけの規模を持つ城塞都市である。上位種の魔物に変化できる素質を持った人間が何人か居ても不思議ではなかった。
そして地図を見れば魔物の発生地の一つは教団の聖堂である。どうやらカミサマまでリクルートに来ているらしい。例の教団に技術供与を受けた際、何か仕込まれただろうか…
「どうする…」
都市内の精は現時点では有限と考えていい。人間の男性の精は時間が経てば回復するものだが時間が経てば経つほど魔物化する人間は増え、男性は彼女らにとられてしまうだろう。空気中の精を吸収する能力で負けている以上待っていても事態は改善しない。
「あの、マスター…」
「どうした?」
「ガスが…」
「あ…」
エリスに言われ周囲に目を向けると桃色のガスが既に彼女の肩のすぐ下まで来ていた。すなわちそこに立っている自分の足元である。
「………。」
―――考える。
飛行形態時のように風の魔術で周囲を覆うか…。残存魔力は少ない、一時的には身を守ることが出来ても結局寿命が少し延びるだけである。
もちろん空を飛ぶだけの魔力など無い。ならば風の魔術で防御しつつガスの範囲外まで歩行して移動……駄目だ。間に合うはずが無い。
最悪ギガントゴレムからエリスを分離し、二人で脱出するという手もある。が、それは魔界の最新技術の塊であるコレを敵地に残してゆくことを意味する。それだけは決して許されないだろう。
「あの…マスター……」
「うん?…ぅおっ!?」
不意に身体が宙に浮かび上がった。見上げれば巨大な白い手が自分を摘み上げている。
「ど、どうした!?」
「とりあえず中に入ってください。」
エリスの胸部装甲の上部に穴が開いた。…先程勇者を飲み込んだあの穴である。
「おいまさか…」
「大丈夫です!ガスはほぼ排出しました。あまり影響は無いはずです!」
「よ、よせ……なっ、アッ―!!」
彼女の主人を胸元に開いた穴へ放り込み蓋を閉じた所で、石の巨人は完全に活動を停止した。
「………………。」
会議室で一部始終を見ていた面々は口を開け固まっていた。
そうして十数秒が過ぎただろうか、やがてメルウィーナが口を開く。
「…。どうしましょうコレ…。」
「いやどうしましょうじゃないでしょう!!!どうするんですかコレェ!?」
「あ゛―…」
副官が責任者であるリリムの襟首を掴みがくがくと揺さぶった。
「とりあえず回収に…」
「誰が!どうやって!?」
対象は例のガスの中、そしてあの膨大な質量を移動させるとなれば相応の人員が必要となる。一体誰がそれをするのか…。
「…彼らには自力で帰ってきていただきましょう。」
「ゑ?」
耳を疑うような副官の言葉に魔界の王女はよく分からない発音で聞き返した。
だが彼女はそれを華麗に無視し、計画に関わった魔女の1人に尋ねる。
「ロニームさん個人の精でアレを動かすのにどれくらいかかると思いますか?」
「正確な時間の算出には精密な計算が必要となりますが…仮に彼が今すぐインキュバス化し不眠不休で魔力生産に励んだとしても10年以上は確実かと。」
「なるほど。えー彼らは今日までよく働いてくれました。この辺でちょっと長めの休暇を与えてもいいでしょう。あの状況では敵側に接収される心配も無さそうですし…」
現状での回収活動が不可能であることを悟った彼女は彼らをあっさりと切り捨てた。
思考を切り替え次になすべきことを考える。
「…で、今回の結果については彼らにも落ち度はあったのでしょう。しかしそれらの責は、最後は総責任者が負うべき…、そうですね?」
「そ、そうね。」
副官は隣のリリムに問いかける。次にすべきこと…すなわちこの場を収める為の総括である。白髪の魔物の頬に一筋の汗が流れた。
「結構、ではこの計画にどれだけの魔力が投入されたかはご存知ですね?」
「そ…そうわね。」
研究所裏の魔力溜りがその深さを半分以下まで減らしている事は彼女も知っていた。
「さて、消費した魔力を回復させるにはどうすればいいですか?」
「それはその…魔物と人間が愛の行為に励めば……」
「はい、その通り。そのためには何が必要ですか?」
「おとこの…ひと……」
彼女はにっこりと笑顔を作る。
「ではとりあえず千人ほど、工面してくださいね♪」
「せ、千!?」
メルウィーナが目を剥いた。
「そんな数どうやって…」
「魔界の外で捕まえてくるでも貴女のお小遣いで買ってくるでも方法はいくらでもあるでしょう。さあ、行きますよ!」
「そんな―…、私のお相手もまだ見つけてないのに…」
「何 か 言 い ま し た か ?」
副官に襟の後ろを掴まれずるずると引きずられ、彼女は会議室を後にした。
……。
残されたのは多数の関係者と客達。
彼女らは一言も喋らず、ただ呆然としながら事の顛末を見届けていたが、リリムが去って数呼吸置いた後おもむろに1人の魔物が動いた。
バフォメットのエリー…今回の計画初期において実験に協力した魔物の一人である。
彼女は杖を振り空中から何やら箱状のものを呼び出すと、いまだ状況が飲み込めずにいる他の者たちに呼びかけた。
「えー…ではー、メルの奴が連れてくる1000人の殿方の身請けについて、交渉の順番を決めようではないか。このクジで!」
次の瞬間、全員の眼が野獣のそれへと変わり今回の集まりの趣旨はどこかへ消え去った。
………、
……、
…。
「う……ここ…は…?」
目を覚ますとそこは見覚えの無い部屋…。壁も天井も一面真っ白、窓も扉も見当たらない。
確かギガントゴレムの魔力が尽き、最終的にガスから逃れる為にエリスの装甲の中へと放り込まれたのだ。その後は装甲が閉じた為暗闇で何も見えず、柔らかな石の肉体に押し包まれ意識が遠くなっていった。おそらく窒息したか、強烈な圧迫により気絶したのだろう。
しかしゴーレムの中にこのような部屋があっただろうか。
とりあえず状況を確認しなければならない。自分が横たえられている奇妙な形の寝台から起き上がろうと…
「うっ…」
…したが起き上がれなかった。
両肩と両腕が拘束されている。両肩は寝台の両脇から迫り出したパーツによって、両手は単純な手錠によってだ。
「あ、マスター。おはようございます♪」
継ぎ目ひとつ無かった天井に突然円形の穴が開き、そこからエリスが降りてきた。
ひとまず安心する。
「何があった?ここはどこだ。ゴーレムの中なのか?」
「はい、マスターが眠っている間にここまで運ばさせていただきました。」
「…こんな部屋あったか?」
「すみません、私が勝手に作っちゃいました…秘密の部屋です♪」
「……。」
確かにギガントゴレムを動かしている間は彼女が全てのコントロールを握っているので彼女の意思で機体内の構造をある程度操作することは可能である。何のためにこのような部屋を設けたのかは気になるが今はいい。それよりも我々が今置かれている状況を確かめるほうが先決だ。
「外の状況は?」
「戦況は収束しています。あれ以降攻撃は一切無く、ガスは都市内を完全に満たしました。」
「そうか、ならば当面は……ところでなぜ私は拘束されている?」
「あ、すみません。とりあえず肩の方だけ外しますね。」
…肩だけ?
寝台が変形し両肩が開放される。とりあえず上体を起こした。ここに来て両足も両手と同様に拘束されていることに気付いた。
「さて、これからどうするか…」
「マスター、そのことなのですが……」
エリスが言いづらそうに答える。
「マスターがお休みの間に連絡を取ったのですが…魔界からの救援は無いそうです。」
「ゑ゛…!?」
「どれだけ時間がかかってもいいので自力で帰って来いと…」
自力……。
救援は無く、人間の魔物化が進んでいる状況では精の回収も期待できない。その状況でギガントゴレムを再度起動し都市を脱出する為には……
「あっ…」
今自分の手足が拘束されている理由が何となく分かってきた。
「という訳で…頑張りましょうね♪マスター?」
「は、はは……」
エリスがスカートをつまみ上げにじり寄ってくる。その彼女の表情は、これまで見たことが無いほどに晴れやかだった。
「始める前に…これだけ済ませておきましょうか。」
腹上にのしかかったエリスが右手を掲げる。
彼女の腕の甲が開き小さな注射器が現れた。それは滑るように手の甲を移動すると右手の人差し指に装着される。透明なその容器の内部には透き通った赤色の薬液が装填されていた。
「それは……?」
「人魚の血をベースにした薬品だそうです。来る前にサバトのとある人から貰いました♪寿命に関すること以外にも体力の増強やその他諸々の効果があるとか無いとか…」
ブスリ。
そのよく分からない効果に突っ込む前に注射を打たれてしまった。
打った方を見れば何かを期待して待っているような表情を浮かべている。
「お前もしかして……ん?」
急にエリスが一回り大きくなったような錯覚に襲われる。先程より目線が下がり…いや、錯覚ではない。
「……。」
身体が縮んでしまっていた。
「お前……知ってたな?」
「な、なんの事でしょうか?まさかこんなことになるとわー。サバトの薬はスゴイデスネー…」
…そしてこの見え見えのとぼけ方である。
「この腕…十代前半といったところか。ちょうどお前を完成させた頃だった…な……。」
もともと痩せ型だったところに時を遡り更に細くなった腕を見て、当時の記憶に思いを馳せる。
――ゴーレムという存在に魅せられ、必死に図書を読み漁った幼き日々…、反魔領という環境では十分な知識を得ることは叶わず、足りない部分は別種の技術の応用と独自の理論で補った。学校で魔道工学を学ぶ傍ら、試行錯誤と失敗を繰り返しながら進めてきた秘密の実験。幸いにも人並み以上にあった魔道の才能と積み重ねた努力、そして多大な幸運が重なり合った果てに初めて完成させたゴーレムのエリス…。
純粋であることを許されていた時代。夢見ていた研究者の世界は想像と違った。苛烈な競争と成果主義の中で、かつての失敗すら知識の糧として楽しんでいた貪欲さはいつの間にか失われていたのだ。
それは結局、人間界に比べてはるかに環境のいい魔界に来たところで変わらなかったらしい。
「そうか…今回の失敗はまた次に生かせばいい。私自身、知らないうちに環境に呑まれていたのだな…。」
「あぁ、お帰りなさいませ。マスター…♪」
お帰りなさい…か…。今彼女の眼に映る自分の表情はかつての輝きを取り戻しているのだろうか…。
「…そしていただきます♪」
「ゑ?」
彼女の腰が動き、股間のものがずぶりと何か柔らかい感触に包み込まれた。
「むふふ、子供になったマスターのがぁ…大人でも最後は泣いて許しを請う私の搾精腔に入っちゃいましたねぇ♪」
「そういう流れだったか今…?」
「いいじゃないですか、お腹も空きましたし…」
エリスの身体は石と泥砂で出来ているのもかかわらず、その中は魔力による熱で暖かい。そして搾精腔内部の構造はといえばなだらかな起伏が2、3あるだけの単純なものだった。
しかし彼女の半流体の肉体はその構造をスライムの如く自在に変化させることが出来る。
「さて、マスターのココも若返って敏感になっていることでしょうし…最初はゆっくり回していきますね〜♪」
言ったそばから搾精口の壁面に微細な襞がびっしりと刻まれた。そしてそれらをざわざわと蠢かせながらゆっくりと回転運動を始める。
くすぐったい快感が拡がり、射精感が急激に湧き上がってくる。
10秒すら堪えることも出来ず、純白の泥の中へ精を漏らした。
内部に精を感じたエリスは嬉しそうに眼を細める。
「うふふ…早漏さんになっちゃいましたね♪」
「ぐ…薬のせいだろう……」
「いいんですよぉ♪たくさん、何回も出してくれるほうが私もうれしいので…さて、今日は激しくしていいですか?それとも優しくですか〜?」
「………やさしく。」
「あら残念です…激しくならこのまま最高速度で回して何度も潮吹きさせてあげましたのに♥……では優しく…裏筋への刺激と圧迫で、あと振動も加えますね♪」
射精後の鋭敏化した肉茎を辛くならない程度の優しい快感が襲う。先端部への刺激を避け、射精の快感と余韻を長引かせることを目的とした、計算され尽くした動き…。
とろけるような快楽にだらしなくも思わず口元が緩む。腰の力が抜け、心ごと弛緩してゆく…。
「はぁぁ…♥小っちゃいマスターのイキ顔…可愛いです♪」
が、頭上から降ってきたエリスの声に慌てて表情を引き締めた。
「私しか居ないんですからそんなに気を張らなくていいじゃないですか。たまには甘えてくださいよぉ…。あ、そうだ。恥ずかしいのでしたらお顔隠して上げますね♪」
彼女が上体を前に倒してくる。
身長差から、その重量感のある両胸が顔面を覆い呼吸を塞いだ。
「むぐ…」
「はい、包み込んじゃいました♪これなら安心して蕩け顔を晒せるでしょう?…さぁ、大人しく、気持ちよくなりましょーねー♪」
彼女の言葉に合わせて搾精腔が再び回転運動を始める。
先程よりも強い快感…おそらく一度目の搾精のデータを基に内部の構造が最適化されたのだ。あっという間に二度目の精を搾り取られた。
「……ぶはっ!」
顔面が胸の谷間より開放される。同時に搾精腔の動きが射精後の陰茎を労わるようなそれへと再度切り替わった。
この短時間に立て続けの射精、このペースで続けられれば彼女が満足するよりも自分が気絶するほうが先かもしれない…。
必死で呼吸を整えながら、彼女の性機能に戦慄する。
「ところでマスター、このベッドなのですが実は特別製でして…」
「ん?」
エリスが唐突に語り始めた。拘束機能が付いているだけで十分特殊だと思うのだがまだ何かあるのだろうか…。と思ったところで寝台の下で何かが開く音がした。
間を置かず左右から大量のマニピュレーターが現れる。そしてその先端にはそれぞれ、異なる物体が取り付けられている…。
「今まで私がこっそり作り貯めていた搾精器具が全て搭載されているんです♪…せっかくなので試してみませんか?」
「いい゛……!?」
人間の手をかたどったものから多数の羽毛をブラシ状に束ねたもの、明らかに生きているとしか思えない触手状のものまで、その数は百に届きそうなレベルである。彼女の言い振りだと全てを見せていないだけで実はもっとあるかもしれない。
視界を埋め尽くすその数に思わず身体が竦みあがった。
「例えばこれとか…」
「ふひゃ…!?」
足裏を柔らかな何かが撫ぜた。
「仮称を天使の羽箒といいまして…苦しくない、あくまでも優しい擽感を与えることに特化した羽箒です。…くすぐったいのに不思議と力が抜けていくでしょう?そしてこの状態でナカを動かせば…」
「ふひいぃぃ……」
彼女の内部が再び搾精運動を開始し、その瞬間3度目の精が漏れた。2度目よりも更に早い…、強制的に脱力させられ我慢しようとする事自体が出来ず、まさしく漏らしたという表現が的確な吐精だった。
「優しいのが好きなマスターにはぴったりだと思うのです♪なので…このまま眠るまで続けて差し上げますね♪」
「待っ……ぶふっ!?」
「はぁい、また包み込んじゃいますよぉ♪」
再度彼女が倒れこみ、視界が塞がれる。甘い匂いが鼻を衝き、同時に両足と腿、脇腹など露出している箇所に無数の羽箒が襲い掛かってきた。
……甘い匂い?
「あ、それとスチームゴレムの能力を一部流用しまして…微量ながら媚薬ガスを分泌出来るようになりました。感度上昇と発情の効果がありますので…いっぱい嗅いでくださいね♪」
知らないうちにゴーレムが自己進化を始めていた。
ある意味恐ろしい現象ではあるが、開発者として純粋に成長を喜ぶ気持ちもある。このことは今後のゴーレム関連技術の発展に大きな意味を持つかもしれない。
…などと言っている場合ではない。
「―――――――ッ!!?」
「暴れちゃだめですよぉ?はい、力抜きましょうねー♥」
更に羽箒が追加され最後の抵抗力もあっさり奪われた。精は最早垂れ流しのような状態、快感と脱力感と安らぎの中に睡魔が混じり、意識が刈り取られてゆく。
最後は蕩けるような開放感と共に、深い眠りへと落ちていった…。
「うふふ、お漏らししちゃいましたかー…この天使の羽箒にこんな効果があるとは…。これは明日から楽しくなりそうです♪」
自らの下で気絶した主人を見下ろしながら、その白いゴーレムはこれからの日々に胸を躍らせる。
結果は最高に近い形で落ち着いた。
彼女にしてみれば計画が成功しようと失敗しようとどちらでもよかったのだ。もう邪魔者は居ない。主人を追い詰める仕事も使命も存在しない。ギガントゴレムには生きていくのに必要なものは全て積んである。さらに特殊なガスに覆われ高位の魔物が徘徊するこの都市はその内部に居るならば逆に不可侵の城となるのだ。
ついに手に入れた安住の地。その喜びをかみ締めるように、彼女はもう一度眠る主人に覆いかぶさった。
ちなみに…この地は後に淫獄都市と呼ばれ罪人の流刑地として近隣の親魔反魔領双方の犯罪者達を震え上がらせる事となるが、それはまた別の話である。
・・・・・・・・・・・・・・
「自己増殖術式を対象に転写、質量は現場の土から持ってくるとして…さて、どれだけの魔力量が必要になるやら…」
「マスター、そろそろ本日の搾精のお時間ですよ♥」
「え、今いい所なのに…」
「明日でいいじゃないですか♪時間は無限にあるんですし…♪」
抗議は封殺され、エリスにひょいっと抱き抱えられてしまう。小さくなった身体に精神が引っ張られたのか、最近ではエリスの側に自分が管理されているような感覚に囚われる。…錯覚だと思いたい。
それはそれとして、ギガントゴレムを再び起動させる為という名目で毎日彼女に精を搾られる事があの日以来の取り決めとなっていた。
なお、ゴーレムの中に作られたこの小さな部屋でもゴーレムの研究は問題なく続けられる。しかしそのために魔力を使ってしまえば当然その分帰還は遠のく。
だが、意外にもそのことをエリスはあまり気にしていないようだ。ただし健康維持と搾精時間の確保の名目で時間だけは制限されている。
…やはり管理されていないだろうか。
「さて、今日はどこで搾りましょうか。口ですか?手ですか?胸ですか?それとも搾精腔でしょうか♪激しくしてもいいですか?優しくしますか?」
無邪気に畳み掛けるエリスの表情を見る。そこに害意は無く、自分は愛されているのだと感じる。ならば…
「……とりあえずやさしく。」
…まあいいか。
若干の諦観と共に、これからの生活を受け入れることにした。
「…それにしても最後は自ら作り出した怪物に取り込まれて終わるなんて、マスターってば悪の科学者の鏡ですね♪」
「やかましいわ。」
18/02/18 02:20更新 / ラッペル
戻る
次へ