連載小説
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そして産み落とされたもの(上)
……そして数ヶ月後、


「どうしてこうなったんだろうな…」
「さぁ…どうしてこうなったんでしょうね…」

 エリスの『上』で呟く。
 しばらく前に魔界を発ち、ここはもう人間界。夜明けの空は透き通る様に青く輝いている。もう少しで親魔領の前線を越え、その先の目的地まではあと数刻といったところだろうか…。


「見た瞬間に戦意を喪失するような威容…うん、確かにその通りだな…」
「本当にこれで良かったんですかね…?」
「私に聞くな、こうなってしまったものは仕方がない。これでやるしかないのだ。…一応スペックだけ見れば今の君は魔界の王女に匹敵する怪物、たとえ向こうに勇者が何人居ようが止められまい。故に敗北は無い……筈…。」
「何で自信無さげなんですか…」
「いや、なんだか嫌な予感がしてな…」
「奇遇ですね、実は私もです」

 眼下に広がる巨大な影…、これを今自分達が作り出しているのだ。そしてその影の主、滑るように宙を進む巨体とは…


・・・・・。

 あの夜、迂闊にもメルウィーナの目に晒してしまった未完の設計書。表題は『ギガントゴレム』。
 その発想自体は相当前に遡る。ヴァリアブルゴーレムの特性を生かしひたすら魔力と装備の搭載量を追及することでリリム並の戦闘力を再現しようとした結果、城塞並の巨体が必要だということが分かった。
 がしかし、要求される資材と魔力量が規格外であるにもかかわらず、得られる特徴はただデカいだけ。膨大な火力と多少の機動性、再生能力を得られるとはいえ、敵の遠距離火力による飽和攻撃であっという間に沈黙しかねない。
 …ぶっちゃけた話ゴーレムである必要がまるで無く、それならば普通に城か固定砲台を建てた方が早いし安いという結論に至ったのだ。だが、超大型ゴーレムを製造するための基礎理論と術式は今後何かに転用できそうな気がしたので関連資料は残しておいたのである。
 そしてそれがあのリリムの目に触れ、しかも気に入られてしまったのだ。

 そこから先は早かった。

 リリムの意向が働いた事で設計書は我々の手を離れて飛び回り、トントン拍子で話は進み、更には噂を聞き付けた多くの工房が計画への参加を申し出て来たのである。更にはサバトやグレムリンの団体、堕神教団の勢力まで加わり、あっという間にネオゴーレム計画はこの研究所の総力をあげた一大プロジェクトへと変貌してしまった。
 こうなってしまっては最早止める術など無い。勢いに流されるまま、エリスをベースに設計を進めさせられてしまったのだ。


 そして出来上がったのが、今時分が立っているコレ。正式名称は可変式浮遊機動要塞『ギガントゴレム・フォートレス』。全長数十メートルに及ぶ、空飛ぶ怪物である。

 そう、まず見た目からして怪物なのだ。

 現在の彼女は最早人型をとってすらいない。大質量による機動性の低下を避けるため飛行形態への変形機能が搭載され、今はそれに変形している。…ちなみにとあるグレムリンの発案である。
 そして、半流体構造による形状記憶式では変形に時間がかかりすぎると言われ、関節部のみを半流体とし、その他部分は硬化させる方式を取った。そのため姿形の自由が利かず、今の彼女は縦に引き伸ばしたエイか潰れたイカのような形容し難い不気味な姿をしている。
 しかも頭上には巨大な円環状の浮遊用魔術式が2つ、さらにその周囲には6対の加速用光翼……飛行形態と聞いて最初は変身したドラゴンのような姿をイメージしたものだが、コレをドラゴンなどと言おうものなら竜族の皆様から抗議が殺到すること請け合いである。

……。


 だが見た目と性能は別である。

 理論上はやはりヴァリアブルゴーレムの応用系であるため、質量は武装の搭載可能数と魔力積載量上限に直結する。機動性の問題さえ解決すればその大質量が本来の価値を発揮するのだ。計画に参加している各工房から提供された武装を片っ端から積み込み、魔術的な防御機構も可能な限り搭載した。
 単機で城を攻め落とす事を想定した自己完結型の超兵器…。これが負けるようなら反魔領の国々はここまで魔界に苦戦していないだろう。

 エリスの背からまだ見えぬ目的地を睨み、そう自分に言い聞かせた。
 
 何はともあれ攻撃目標である『あの』街まであと少し。朝日を背に、土の異形は進む…。








 明け方の東の空、日の出と共にそれは現れた。
 朝日の中浮かぶ巨大な影…その余りにも現実離れした光景に城壁の上の見張りの衛兵は腰を抜かす。が、伊達に反魔領の前線都市ではない。直ぐさま気を取り直すと敵襲を知らせる鐘を鳴らした。



「久々に帰ってきたが、流石に対応は早いな…。」

 攻撃目標として選ばれたのはなんと、メルウィーナの手引きによりエリスと共に脱出したあの街であった。確かに両勢力の前線付近に位置し、立地的にも重要な拠点ではある。
 或いは自分をクビにした者共に自ら復讐せよとの魔王軍の粋な計らいなのかもしれない。
 …だとしたらあまり有難くはなかった。

 速力を落とし、城壁の様子を視認できる距離まで近付く。その頃には既に街中に警報が鳴り響き、城壁の各所から伸びた尖塔が魔力障壁を作り出し街の上空を覆っていた。城壁上には砲兵や魔術師が構え、その砲口と杖が此方を狙っている。

「砲撃、来ます!」
「上昇して回避、変形したのち背部収束火線砲をフルエンチャント。」

 城壁と空の境界が光を放ち、砲弾と火線と火球の群れが押し寄せてきた。
 仮にこのまま攻撃を受け止めたとしてもエリスの魔力障壁は持ちこたえるだろう。が、無駄に魔力を消耗させることもない。機首を垂直に上げ上方へと飛ぶ。

 一拍遅れて先程まで居た位置を攻撃の雨が通り過ぎた。追尾性を付加された数発のみが機体を掠めたが、これしきはダメージのうちに入らない。何事もなかったかのように人型へと変形を終えると、背部にマウントされた長大な砲を腰にスライドさせ構える。

「撃て!」

 砲口から迸る闇色の光線が紫電を纏い、城壁の上を綺麗に薙ぎ払った。

「………。」



 無音である。

 一切の爆発も崩落も無く、遠目には何も起こらなかった様に見える。しかし、攻撃だけが止まった。

「…成功だ。では上へ向かおう、空から侵入する。」

 エリスが人型のまま更に高度を上げた。反撃の無くなった今となっては飛行速度を気にすることもない、純白の巨兵は悠々と都市上空を目指して侵攻を続ける。




 そしてそんな彼女らの遥か上空では、小鳥サイズの極小ゴーレムがその目を光らせていた。


――ところ変わってここは魔界の某研究所。

「はっはっはァー!!どうよ我等がクラーク魔砲工房の超大型収束火線砲『アフターダーク』の威力はッ!やっぱり今の時代、魔砲はビームよねぇー!!」

 壁に備え付けられた大型スクリーン。そこに映し出された現場の映像を前に、一人の魔女が盛大にドヤ顔をキメていた。

 場所は研究所の大会議室。ここには計画に参加した工房の関係者と計画に興味を持った他の研究所の職員、そして全く関係のない野次馬、男漁りに来た未婚の魔物、果てはどこから聞き付けたか魔王軍の幹部とおぼしき人物まで様々な立場の魔物と人間が集結している。そして彼女らの目は壁面に備え付けられた大型スクリーンに釘付けになっていた。
 ここに映し出される映像はエリスの頭上に展開された観測用フェアリーゴーレムからリアルタイムで研究所に転送されており、今この瞬間にも分析が続けられているのだ。

「それでこの砲の特徴は?」
「はい!まずは実際の効果の程を見ていただきましょう。」

 外部の研究所から来たと思われる研究員の問いに先程の魔女が答える。手元にあったフェアリーゴーレムのコントローラーを操作するとスクリーンの映像が切り替わり、先程光線が蹂躙した城壁の上を映し出した。
 やはり破壊の跡は無く、しかし人は一人残らず地に倒れ付し動かなくなっていた。なお、彼らの表情はもれなく見事なアへ顔に固定されている。

「このように、あの口径にしてほぼ100%の非殺傷性の付与に成功しました。更に、性質付与には3段階の可変機構を搭載、目的に応じて使い分けが可能となっております。」
「具体的には?」
「フルエンチャントならばこのとおり完全な非破壊・非殺傷ですが、ハーフで撃った場合はこれが破壊・非殺傷となります。」
「つまり人に向けて撃つと?」
「服だけが消し飛び全裸になってイキ果てます。」
「……イイネ。」
「あとは性質付与をしなければ通常の火力砲として使用も可能ですね。」
「よくやったわ、誉めてあげましょう。」

横からメルウィーナが魔女とその工房を労った。

「光栄です。ところでこちらは今回のデータを応用した超長距離魔導砲の案なのですが…」
「考えておきましょう。」
「あっ、こら!どさくさに紛れて…!!閣下、だったらこの大陸間飛翔弾の開発計画を…」

 魔砲の解説をしていた魔女が好機とばかりに自らのプロジェクトをねじ込んできたのを見て、別の工房の魔女が乱入してきた。
 
「はぁ?映像見てた?時代はビームだって言ってんでしょうが。実体弾なんてもう古いのよ!」
「何をー?実体砲弾の有用性とロマンが理解できないなんて、これだからお子ちゃまは…」
「なんですってぇー!?それを言ったらあんただってお子ちゃまでしょうがッ!!」
「ちがいますぅー!せーしんねんれー?の話ですぅー!!」

「落ち着けお前ら。」

 なにやら脱線して口論を始めた二人を彼女らの上司であるバフォメットが諌めた。

「…それぞれの企画は後でちゃんと検討するから、今はこっちに集中しなさい。ほら、もう目標地点に到達したわ。」

 メルウィーナに言われスクリーンに目を向ければ、都市の上空に到達したエリスがちょうど右腕に装備した剣を振り上げたところだった。



 ――時を遡ること少々、今度は現場にて。

「…この辺りでいいか。」

 眼下には先の街全体を覆う魔力障壁。この手の周辺部に発生装置を配置するタイプの場合、最も障壁の強度が弱いのは頭頂部付近である。そこに到達したエリスは右肩に備え付けられた長大な剣を右腕にスライドさせ固定、そして高々と振り上げた。

「やれ。」

 純白の刃が無雑作に振り下ろされる。


 ―――――――――ッ!!

 世界が軋むかの如き凄まじい破砕音が響いた。
 剣が打ち付けられた箇所から半径数十メートルに渡って障壁が砕け、飛び散った魔力の破片が宙に霧散する。エリスが侵入するには十分な大穴が空いた。

「よし、第二段階も成功だ。このまま進入する。さて、どこかにいい場所は…」

 障壁に空いた穴から都市内部に降り条件に合う場所を探す。下では慌てふためく住民がてんやわんやで散り散りに逃げていた。このゴーレムに搭載された兵器の特性上、この場からでは何処へ逃げようとも無駄なのだが…まぁじきに嫌でも分かるだろう。

 やがておあつらえ向きの場所を発見する。中央通り、噴水のある広場だ。
重要な行政機関に近く見通しもいい。

「良い場所だ…ここにしよう。」
「はいマスター。」

 噴水を跨ぐようにして純白の巨人が静かに着地した。質量に比較すれば非常に小さな地響きが、しかし確かな威圧感を持って街の端々まで走る。

「…では第三段階作戦を開始する、攻性気化兵装「ヘヴンズミスト」起動!次いで『虫カゴ』も投射開始だ。」

 エリスの全身に纏った装甲が音を立てて展開してゆく。そして現れた無数の噴出口から桃色に輝くガスが猛烈な勢いで噴き出した。同時に彼女の左肩部に備え付けられた短めの砲塔からは箱状の物体が次々と打ち出されてゆく。少しずつ角度を変えながら、都市全体に行き渡らせるように彼女はその奇妙な砲弾を飛ばし続けた。
…やがて全ての弾を撃ち終えた頃には、彼女は最初に着地した時と同じ方角を向いていた。

「…よし、これで基本作業は完了だ。あとは成果が現れるのを此処でゆっくり待てばいい。」
「はい。」


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 ――市街地は大混乱に陥っていた。
 夜明けと共に突然、巨大な条光が上空を薙ぎ払ったかと思うと謎の巨大な石像が飛んできたのである。街を守る魔導の盾は一撃で割り砕かれた。城壁に駐在している筈の守備隊から攻撃が加えられる様子も無く、その石の巨人は悠々と街の広場に降り立った。
 ある種の神々しさすら感じさせる美しき純白の巨像…しかし次の瞬間、それが『善きモノ』ではないことを街の人間達は思い知る。
 巨像が音を立てて変形すると、その全身から桃色の蒸気を噴き出したのだ。




「お前ら!!早く服を脱いで逃げろォ!」
「「「…は?」」」

 巨像が降り立った広場から通りを一つ挟んだあたりで像の様子を伺っていた住民達はその意味不明な光景に一瞬思考を停止させた。

 全裸の男女が数人、必死の形相で像から逃げるようにこちらへ走ってきたのだ。
 最初は武装解除の魔術攻撃でも受けたのかと思った。しかし我々にも服を脱げと宣う。
 …これでは彼らが街中で自分から衣服を脱ぎ捨てたかのようではないか。錯乱の魔術という可能性が頭をよぎった所でその全裸の集団が追いついた。

「早く脱げ!手遅れになるぞ!!」

 目の前で裸の男に捲し立てられるこの状況にこちらの思考が追いつかない。そうしている間に今度は背後から悲鳴が上がった。

「チクショー!こいつら地下水路を通って…ッ!」

 見れば我々の退路を塞ぐ様にして石畳に設けられた排水溝から巨像から発せられたのと同じ色の蒸気が噴き出している。そしてその蒸気は意志を持つかのように蠢くと最も近くに突っ立っていた青年へと襲いかかった。

「ひ…、く、くるな!!」

 必死に腕を振り回し寄ってくるそれを追い払おうとするも相手はガスである。あっという間に彼の全身を包み込んでしまった。
 そしてその気体が持つ恐るべき効果が発揮される。

「な、なんだこれ…服が動いて…!」

 彼が身に纏っていたのはごく普通の、安価な生地のシャツとズボンだった。それがまるで命を持ったかのように蠢き始めたのだ。
 薄手の布地がぶくぶくと厚みを増し、有機的に蠢動する。生地の表面が溶けるように形を変え、癒合してゆく…。シャツとズボンが、そしてズボンと靴が繋がり彼は首から上を除いて一つの革袋に呑み込まれた様になってしまった。

「おい!大丈夫か!?」

 倒れた男から距離をとり、叫びかける。そばに駆け寄りたいところだが何が起きているのかわからない以上、迂闊な真似は出来ない。

「く、遅かったか…」
「ひいぃっ…お……おあ………♥」

 後から走ってきた全裸の男が呟いた。彼の視線の先でガスの餌食となった若者が地面をのたうつ。その表情は恍惚とも狂気ともつかないものに変わってゆき、やがて動かなくなった。

「なんなんだよこれは…!?」
「わからん!だがどうやら衣服があのガスに触れるとあのように変性し人を取り込み動けなくしてしまうらしい。一応布を纏っていなければ突破できるようだ…触れないに越したことは無いのだろうが…」
「そうだねー。即効性は無いけどちゃんと皮膚からも浸透するし、あんまり浴びたり吸い込んだりすると後が大変だよ?」
「「誰だお前は!!」」

 背後から聞こえた少女の声。二人して振り返るとそこには奇妙なものが浮かんでいた。
 大人の掌より少し大きい程度の少女の姿をした人形…その背に備えた4枚の羽を振動させ空中に静止している。

「あたし?あたしはフェアリーゴーレムの223号だよ。それにしてもおじさんたちよく服を脱ぎ捨ててここまで来たね、目の前に迫る危機に対して恥を捨てて合理的な行動ができるのは立派だと思うよ!」

 『それ』は宙に浮きながらぱちぱちと手を叩き、笑顔で彼らを賞賛した。だが次の瞬間、その表情が厭らしい笑みへと変わる。

「…でも残念。そういう頭のいい人たちを逃がさないのがあたしたちの仕事なんだぁ♪」

「んひぃぃぃぃぃぃ――――ッ♥」

 甲高い嬌声が上がった。見れば隣の男と共に逃げてきた裸の女性のうち1人が目の前の固体とは別の人形に襲われていた。
 …いや、襲われているというにはやや語弊があるかもしれない。なぜならフェアリーゴーレムと名乗ったその人形はただその手の部分を彼女の肩に触れさせているだけに見えるからだ。
 しかし、触れられている彼女はといえば股間から飛沫を迸らせながらガクガクと身体を痙攣させている。その目は法悦に狂い、表情筋はだらしなく弛緩して……快楽の絶頂に達しているのは明らかだった。

「何をした…!?」

 思わず漏れたその声に、しかし目の前に浮かぶ人形は律儀に答えてくれた。

「あたしたちの手にね、一つの魔法が内蔵されてるの。ほらぼんやり光ってるのが見える?」

 そう言われよく目を凝らしてみれば、確かに彼女(?)の指先大の掌が蒼白い光を帯びている。

「んで、これをね、こうすると…」
「…!?おい、ちょっと待t……ぐほぉ!?」

 そして彼女はそのままその掌を隣で一緒に様子を見ていた全裸の男へと触れさせた。その瞬間、彼はがくんと腰を折り地面にうずくまる。

「ほら、イっちゃった♪」

 反射的にか両手で股間を押さえてはいるが、彼の様子からその中身は押して知るべしである。全裸で街道を走ってきた男でも流石にイキ顔を見られるのは恥ずかしいのか、地を見つめ丸まったまま動かなくなってしまった。

「…で、お兄さんはどうする?あたしたちは一応服を脱いだ人かガスが届かないような所に逃げた人達しか攻撃しないように設定されてるんだけど…」
「…へ?」

「今ここで裸になってくれたらあたしがこの手で触ってあげる♪一瞬で天国にトべるよ?脱がなかったら後ろのガスで触手服の刑♥」
「あ……。」

 振り返れば、自分以外の服を着たままだった人間は既にガスの餌食になっており、彼らを平らげた桃色の怪物はその食指をこちらへと向けようとしていた。人形とガスに周囲を囲まれ、最早逃げ場は無い。
 
「どっちがいい?好きなほうを選んでね♪」

 詰みを悟った青年はがくりとうなだれた。


――再び所変わって魔界――

「担当者!説明を!」

「どうも、レナンセラ触手工房のレナです。」
「どうも、ヨネザワ魔香研究所のフィネです。」

 メルウィーナの声に応じて2名の魔物が前に進み出た。種族はそれぞれローパーとダークメイジである。

「まずはあのガスですが…一般的な媚毒効果である催淫、性感覚の鋭敏化、性感神経の強制励起等の効果の他に、ある特殊な性質を付与することに成功しました。」
「それがあの服に作用する?」
「はい。当初はガスの媚薬効果をひたすら強化することをテーマとして開発を続けてきました。結果、効果としては期待するレベルのものが出来たのですがその発現スピードに難がありまして…きわめて遅効性の薬品になってしまったのです。」
「そこで我が工房で品種改良しました布地に寄生するタイプの触手の胞子をガスと融合させまして、対象を拘束する方法を考案しました。更に、これにより周囲の人間を感知し自動的に襲い掛かる特性も獲得しております。」

 ガスを作成したダークメイジの後をローパーのレナが引き継いで説明した。

「ちなみに先程の映像のように服を脱がれてしまえば一時的には対象の活動を許してしまうのですが…その点は改良したフェアリーゴーレムを併用することで対応しています。ゴガントゴレムを擬似ティターニア型として設定することである程度の思考能力及び命令実行能力、魔術の行使が可能となりました。……とのことです。」

 この部分はロニームが独自に改良した部分なので事前に聞いておいた彼の説明どおりにレクを続ける。ギガントゴレムに乗せる以上、フェアリーゴーレムの量産性などという概念はどこかに吹き飛んでいた。

「つまり、本命の媚薬の効果が現れるまで余計な行動を起こさせない為の仕組みな訳ね。」
「はい、発現さえしてしまえば対象はもうどうやっても抵抗できません。この媚毒の効能は人間に使用できる範囲のものでは最も強力な部類に入ります。作用機構はもはや肉体を作り変えるに等しく、故に効果は永続。後ほど試供品をお送りしますので是非お試しください。」
「え、ええ……(なんだか一週まわって遠回りになっているような気がするのだけど…)とりあえず効果が現れるまで映像を見てみましょうか。」

 そう言って再び現場の映像へと視線を戻した。

………、

……。



 戦況は順調だった。
 ガスとフェアリーゴーレムの複合攻撃は効果的にその範囲を広げている。時折建物の屋上等に逃れた魔術師や砲兵が遠距離攻撃を加えてくるが魔道障壁を突破するには至らず、逆に背部の主砲や左腕部に備えつけられた副砲により各個殲滅されてゆく。

「怖いほどに順調だな……お、あれは?」

 視線の先、都市で最も大きいであろう教会の尖塔の上で何かが光った。その光は垂直に上昇したかと思うと高速でこちらに向かってくる。

「教会の勇者か!迎撃!」

 エリスが左腕を上げ、副砲から連続で魔力弾を放った。あっという間に空中に弾幕が展開される。
 しかし、光は空中で幾度も軌道を変えながらその全てを回避し距離を詰めて来る。
 空中で見えない足場を蹴るような動作で複雑にこちらの反応を翻弄しながら、気付いた時には目前に迫られていた。
 巨像のほうには目もくれず、その肩に立つ自分の首へとその剣を突き出す。

「――!!!?」

 破砕音が響き、勇者の剣が砕けた。

「理論上、勇者の突撃にも耐えられることは分かっていたが…実際にやられると肝が冷える。カウンタースペル、アーマーブレイク!」

 魔道障壁に内蔵された防御術式が起動し勇者の鎧と服が消し飛んだ。

「近接物理攻撃に反応する武装解除魔術だ。念のため搭載しておいて……あ、女だったか。」
「この……ッ!?」

 折れた剣を突き出した格好のまま、彼女は片手で起伏の乏しい肉体を隠しつつ射殺しそうな視線でこちらを睨んでくる。が、彼女がおそらく罵倒の言葉を吐き出そうとした所で頭上から降ってきた純白の指先がその肩をひょいっと摘み上げた。

「エリス…」
「さて、どうしましょうかこの女勇者…主砲の先につめて吹き飛ばしていいですか?ゼロ距離でアレをくらった人間がどういう表情を呈するのか、貴重なデータが取れると思うのですが?」
「ヒッ……。」

 彼女の声は冷え切っている。その声質が持つ不可視の圧にただならぬものを感じたのか、摘ままれた勇者が小さく悲鳴を上げた。

「…それともあえて副砲の中に貼り付けた方がいいでしょうかね?弾を撃つたびに面白い声が聞けそうですし♪」
「いやその…程ほどにな?特に被害は受けていない訳だし…」
「そうですか、マスターがそうおっしゃるなら……これで勘弁してあげましょう。」

 やや残念そうな声でそう言うと彼女は胸部装甲の上部分を開いた。市街地に展開中のものよりだいぶ濃い桃色の蒸気が上がる。そしてその開口部に裸の勇者を放り込んだ。

「あっ!?」

 巨大な胸の谷間に彼女が飲み込まれるのを見届けると、すぐさま蓋をするかのように装甲を閉じる。

「―――――――――――ッ!!!!」

 一拍遅れて、獣の如き悲鳴が装甲の下から響き渡った。

「お前…そこはガスの希釈攪拌炉じゃ……」
「はい♪そうですがそれが何か?」
「いやなんでもない……」

 悲鳴はすぐに聞こえなくなった。
 そしてそのまま数分を待ったのち、彼女は再度装甲を開け勇者を取り出す。

「あは、いい格好になったじゃないですか♪」
「あひ♥………ぇへ………♥……へぇ………♥」

 なんというか、無惨だった。
 焦点の合わない視線で虚空を見つめつつ、股間からは断続的に飛沫が上がる。最早意識はほぼ無いだろう。
 細く引き締まっていたその肢体には抱き心地が良さそうな肉がむっちりと纏わり付き、豊満と言って差し支えない肉体へと変わってしまっている。しかも、彼女は気付いていないだろうがその肉はただの脂肪ではない。それ自体が強烈な性感を生み出す媚肉なのだ。
 それがここまで全身に付いてしまえばもう元の生活は送れまい。身じろぎするだけで気が狂うほどの快感に襲われるだろう。

「なるほど〜希釈前のガスに身体を漬けると媚薬の効果が発現する前でもこうなるんですねー。」
「何もここまでしなくても…」
「いいえ。マスターに刃を向けたという事実だけで万死に値します。むしろこの程度で済んだことに感謝してほしい位ですね。」
「そうデスカ…」

 エリスの言うことにも一理ある。
 こちらが非殺傷兵器を使用している一方、相手は殺す気で来ているのだ。それを考えれば加減してやる必要など無いようにも思える。
 そもそも今回はこちらが侵略者だ。ならばそれらしく、もっと無慈悲に振舞っていればいいのかもしれない。

「目を覚ます頃には媚薬の効果も現れ始めていることでしょう。一生イキっぱなしの身体を抱えて後悔し続ければいいのです。あ、ついでにそばに衣服も置いておきましょうか、…罠として。」
「いや、そこまでしなくていい。それよりそろそろ場所を移動させよう。別の場所でもガスを散布したほうが効率がいい。」

 気を失ったままの勇者を近くの建物の屋根の上に横たえる。ほのかな空気の流れにすら快楽を感じているのだろう。時折に肉体が跳ねるように痙攣する。
 今、彼女の肉体にはガスに混ぜられていた触手生物の胞子が余す所なく付着しているはずである。この状態で衣服を身に着ければそれは瞬く間に生きた拷問具と成り果てるだろう。しかしわざわざそこまでする気にもならなかった。
 …もっとも、そのようなことをしなくても目を覚ました彼女が自ら裸体を隠す為に布を身につけてしまう可能性はあるが、そこまでは知ったことではない。

 そして純白の巨像は再び大地を飛び立つ。






「ゆ…勇者が手も足も出ずに………」

 魔界の会議室は歓喜に沸いていた。勇者の攻撃を跳ね返し、圧倒的な力を見せ付けて返り討ちにしたのだから当然といえば当然である。

「ふ、ふははは!圧倒的ではないか!!!見ているがいい!このギガントゴレム量産の暁には反魔勢力など一捻りにして…」
「その前に魔界の魔力が枯渇します。それと、あのように肉薄された際の迎撃兵装は今後何か考えたほうよいのではないでしょうか?いくら強力な魔力障壁があるとはいえ…」

 興奮するメルウィーナを副官のサキュバスがたしなめる。なにしろこのギガントゴレムにはダークマター1体をゆうに作り出せるほどの魔力がつぎ込まれているのだ。そう何体も気軽に作っていいものではない。そして巨体であるが故の課題も明らかになった。
 …。
 …が、確かに喜ばしい成果ではある。メルウィーナのやることであるからどうせまた碌な結果にならないだろうと半ば最初から諦めていたのだが、予想に反して成功を収めそうな雰囲気にやや気分が高揚してきていた。



「……あれ、何かあったんでしょうか?」

 …とある魔女が発したその不吉な声を聞くまでは。
18/02/05 21:17更新 / ラッペル
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■作者メッセージ
一話にまとめる予定でしたが予想以上に長くなってしまったので分けました。

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