連載小説
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試作の果てに・・
「…という訳で今回はこちらのワイトさんにご協力頂いた。」
「どうも、ワイトのルーベンシアです…」


 メルウィーナにダメ出しを食らった後、どうしたらリリム並みの戦闘力をゴーレムに搭載出来るか考えてはみたのだが、やはり通常のやり方では限りなく不可能に近い事が分かっただけだった。そこで何かしらヒントを得ようと、魔界の魔物の事を勉強してみたのだ。
 彼女らは種族ごとそれぞれ固有の能力を持つ。
 仮に、高位種族の扱うそれらを魔導工学的に再現する事が出来れば、その身にあらゆる魔物の力を内包するリリムに近づける事が出来るのではないか…そう考えたのだ。

 そして魔物図鑑を眺める事数日、目にとまったのは不死者の国に生息するという上級アンデット、ワイトである。
 彼女らは精の操作に精通し、相手に触れただけでその精を吸い尽くし戦闘不能にする事が出来るという。

 これは強い。

 まさに肉体そのものが一撃必殺の凶器、近接戦闘においてこれ程強力な能力があるだろうか。
 そこで実験に強力してくれるワイトを研究所の掲示板を通して募集したところ、快く応じてくれたのがこのルーベンシア嬢だった。そして彼女の協力を受けて完成したのがこの試作2号機『イリス』である。

 素体自体は前回ボツになったヴァリアブルゴーレムのマイナーチェンジに過ぎない。仮に同じ武装を積めばエリスと同等の能力を発揮するだろう。
 …もっとも彼女自身はまだ自我に目覚めるに至ってはおらず、単純な命令を実行出来る以外は周囲の男性を見境なく襲っては精を吸おうとする始末。実戦で重要となる戦略の構築や駆け引きといった行動が不可能なので、実際にエリスと戦わせればおそらく相手にならないと思われる。
 だがそれで問題ない。今回の目玉はその武装の方なのだから。

『死者の手』

 そう名付けられた装備が彼女の両の手に内蔵されている。その手で体に触れられれば一瞬で身体中の精を抜き取られ行動不能になる、言わば強力な吸精装置である。
 流石にワイトがやるように吸収量の細かな調整は出来ないが戦闘用であればこれで十分であろう。
 現在イリスにはその両の手以外に武装を積んでいない。超近接型である彼女には中途半端に火力を持たせるより軽量化して機動力を上げた方がよいと判断したからだ。

 そして、対するは一般的な鎧と剣で武装した男…捕虜の教団兵である。
 なんでも魔界への遠征軍を撃退した際取り逃した兵の一人で、森で迷子になっていたのを捕縛もとい保護したらしい。


「ほ、本当にこいつに勝ったら逃がしてくれるんだな!?」
「ええ、私がちゃんと責任持って魔界の外の街まで送り届けてあげるわ
。(…とは言っても"親魔領の"だけどネ♪)」
「よ…よし、やってやる…やってやるぞ!」

 …どうやらそういう取引らしい。武装の特性上相手が人間なのは好都合だし、男なのでイリスも本気で襲いかかるだろう。彼には悪いがここでゴーレムの餌食となってもらう。



「では、始めッ!」

 メルウィーナの号令が響くと同時にイリスは両手を横に広げて構え、腰を落とす。
 一方男の方は後方へと大きく跳躍した。そして左手に持った盾を空へと放り投げる。

「…ん?」

 予想外の行動にイリスの動きが一瞬硬直する。
 その隙を逃さず彼は自由になった左手の指先で剣の腹をなぞった。刃が青白く輝き、ルーンが浮かび上がる。

「…!?魔法剣士か!珍しいな!!」

「ッ……らァ!!」

 片足で着地、その地点を軸とし半回転。自らに掛かっている運動エネルギーを剣先に乗せ前方へ振り抜くと…斬擊が飛んだ。

「…ッ!?」

 左右への逃げ道を塞ぎ、水平に襲い来る魔力の刃、退路は上にしか無かった。
 やむなくイリスが跳ぶ。

「と、飛んだな!?翼も無いのにッ!!」

 この展開を狙っていたのだろう。彼は既に突きの構えをとり照準を空中のイリスに合わせていた。
 弓の如く引き絞られた右腕が跳ね、放たれる神速の突き。その剣擊は魔剣と化した得物の力を借りて射程を伸ばす。
 伸びきった腕。衝撃波と共に、その剣先から凝縮された力の光線が発射された。

 同時にイリスの足が爆発する。

「…な!?」

「…こういう使い方は想定していなかったが、なるほど。執念だな…」

 一拍遅れて、轟音が響く。
 男の突きの射線上、実験場の壁面にはまるで大砲を撃ち込まれたかのような大穴が穿たれていた。
 つまりイリスは攻撃を食らった訳ではない。彼女は身動きのとれない空中で前に進むため、両足に仕込まれた炸薬を爆発させたのだ。
 元々は近接戦闘用である彼女が得意な接近戦を仕掛ける為、地上で使う筈の加速装置だった。静止状態からの爆風による急加速、あるいは慣性を無視した方向転換等、相手の意表を突いた動きが可能となる。そういった意味では無防備となる筈の空中での使用は、正にその目的に合致したものであると言えるかも知れない。

 ガシャリと音を立て、彼女の両脚から空の薬莢が排出される。
 そして着地と同時に2発目の爆発、瞬時に距離を詰め男に肉迫する。

「く、くるなぁッ!!」

 追い詰められ、魔剣を振り回す男…だが、ただの剣術ならば近接戦闘用に調整されたイリスの敵ではない。
 一度剣筋を捉えられれば最後、刃の腹に拳を叩き込まれ彼の得物は真っ二つとなった。

「ひっ…!!」

 そしてその隙を突き、イリスの右手が男の首を捕らえた。

「がっ……!?な、なんだこれ…ほああああぁぁ……」

 蒸気が抜けるような音と共に、男の体が力を失い崩れ落ちた。

「吸精に成功。対象の無力化に成功。対象の吐精を確認…」

 イリスが機械的に状況を報告する。
 多少予想外の展開もあったが彼女の勝利である。

「どうだろうか。」

 メルウィーナに評価を伺うと彼女は腕を組みなにやら考え込んでいる。

「…。確かに技術としては凄いのだけれど…高性能な魔界銀製の武器を持たせれば同じ事が出来ない?」

……。

「あ……」

 言われてみれば確かに…。

「まぁ敢えて素手であることの利点を生かす事を考えるとむしろ隠密作戦向きよね。要人の誘拐とか潜入工作とか偵察とか…」
「……………。」
「な、何よ?」
「いや、予想外に的を得た考察だったので驚いている。本当に指揮官だったのだなと…」
「なんか失礼なこと言われた気がする!?」

 しかし、彼女の言うとおりである。比較対象がリリムであるという点のみに囚われ、実質的な運用方法まで考えが至っていなかった。


「ということは今回もやはり…」
「うーん…一応諜報部隊の知り合いには情報提供しておくわ。あとは…捕虜収容所とかが欲しがるかも?でもこの計画の趣旨にはどうもねぇ…。」

 まぁ有効活用してもらえそうなだけありがたいというものだ。おおいに反省しなければ。


「お話の最中失礼しますが……当初の契約どおり、あの殿方とゴーレムは戴いてよろしいのでしょうか?」

 傍らで観戦していたワイトが言う。それが募集に応じてくれた際、彼女が提示した条件だった。


「…再度精の放出を確認、振動により性感を維持、搾精を継続します。」
「…………。」

 先ほどまで戦闘が行われていた場所を見れば倒れた男は服を脱がされ、今はイリスの胸による搾精を受けている。

「ああ構わない。できれば大事にしてくれると嬉しい。」

 今はまだ泥人形の域を出ないイリスだが、あの調子で精を与え続ければ遠からず自我に目覚めるだろう。それでなくてもやはり自分の作品は大事に扱って欲しい。

「はい、ありがとうございます♪我が家のメイドとして可愛がらせていただきますわ♪」

 ぱっと目を輝かせそう言うと、彼女は転移呪文を唱え倒れた男とそれに取り付いたゴーレム共々何処かへと去っていった。

 メルウィーナにも礼を言い研究所の自室へと帰る。さっそく新なアプローチを考えねばならない…。




…と思ったのだが翌日、捕虜収容所と刑務所から吸精装置搭載型ゴーレムの注文が殺到し、約1ヶ月間製造作業に追われたのは完全に想定外だった。世の中どこに需要があるか分からないものである…。

……、

…。




 予想外の作業に追われ更に数ヶ月が経過したのち、再び実地試験の機会がやって来た。

「前回の反省を踏まえ、より戦略的な視点から試作機を作成した。」

 実験場では既に戦闘が始まり……いや、終了しており、対戦相手の男は地に蹲りのたうち回っている。
 そしてその男の身体には黒っぽい何かが大量にまとわり付いていた。
 その黒っぽい物とは…超小型、手のひらサイズのゴーレムである。

「フェアリーゴーレムだ。」
「えっ…弱そう……。」

 メルウィーナから身も蓋もない反応。だがそれは想定済みである。

「ああ、確かに個体としては弱い。だがその代わり量産性は抜群、材料も消費魔力も少なくて済み短期間で大量生産が可能だ。反魔領の大都市相手にも物量作戦が仕掛けられるぞ!」
「うーん…」

 難しい顔で呻き、その超小型ゴーレムに襲われている男に目を向けた。

「ひいぃぃぃっひゃははは、ああ゛ーーーーーッ!!」

………。

「なんか擽ってるだけに見えるのだけど…」
「…質量が小さすぎて武装を一つも積めなかったのだ。現状、集団で対象に取り付き擽る事しか出来ん。」
「えー……」
「だが安心してくれ。矯正所の拷問官監修のもと技術を習得させた。スキルとして術式化してあるのであらかじめ覚えた状態で量産が可能だ。」
「………。」

「おお゛うッ……ひ、ひいいいぃーーーッ!?」

 もう一度襲われている男を見れば股間を擽られ射精に至った所だった。すると全てのゴーレムがそこに集まり精を啜り始め、射精直後の敏感なところを弄り回され男は更に悶絶する。



「あなた…やけくそね?」
「…まあな。」
「ごめん、ボツ。」
「…一応ティターニア型ゴーレムを設置し指揮を任せればある程度の能力と戦略性を持たせる事が出来るのだが。」
「しなかった理由は?」
「その分コストが跳ね上がった。」
「コンセプトからすれば本末転倒ね。」
「そういうことだ。あちらを立てればこちらが立たない。正直行き詰まったので何か使い道が無いかと思って持ってきたのだが…。」
「悩ましいわね…軍用としては偵察補助か小さい身体を生かした特殊工作くらいしか……。いっそ一般向けの玩具やお手伝い妖精として売り出した方がいいかも?」
「成る程…。」

 出来てしまったものに関しては無理に軍用に拘らないというのもありなのか。柔軟なことだ。

「…分かった。これに関しては別途使い道を模索してみよう。」

 実際、以前試供品を貰った他工房にお返しとして持っていった際は意外と好評だったので案外大衆向けにウケるかもしれない。

「んじゃ!また何か出来たら報よろしく!!」

 そう言って彼女は帰って行った。





 そしてそして更に数ヶ月後…


「…なんだか今回のはえらくゴツいわね。」
「あぁ、積んでいる装備がこれ以上小型化出来なくてな…結果こうなってしまった。」

 実験場に立つその新たなゴーレムは一般的なそれと比較してかなりの大型だった。人型部分のみの高さが既に2メートルに達し、武装を全展開したエリスよりも大きい。そして更に背後には巨大なバックパックを背負っているのだ。
 それに対峙するのは今回も捕虜の一般兵Aである。

「あの巨体で動き回れるの?ただの的になるんじゃ…」
「大丈夫だ。脚部と背部に高出力スラスターを配置し、ある程度の機動性を確保してある。だがそれ以前に、彼女には移動する必要が無い。」
「…ん?」

 メルウィーナが首を傾げると同時に眼下で戦闘が始まった。

「たっ!!」

 比較的年若く見える教団兵が剣を構えて突進して行く。それに対するゴーレムに動はない。だが相手の突撃から一拍遅れ、彼女の全身から桃色の蒸気が噴き出した。
 その煙はまるで意思を持つかのように兵士を取り囲みその内部へと閉じ込める。

「うぎっ!?」

 その直後、彼は両手で股間を押さえ膝を震わせる。こぼれ落ちた剣が地面にぶつかり甲高い金音が響いた。

「あれは?」
「別の工房から譲り受けたものだが…商品名をエクスタシーガスと言うらしい。その精製、散布装置を組み込み、さらに気体操作能力を持たせたのがこの気化兵器運用型ゴーレム、『スチームゴレム』だ。」

 桃色のガスに包まれた兵士はその場から一歩も動けない。突然沸き上がった快感に困惑している事だろう。あれを開発した工房へ出向いた際、実演だといってその効果の程を見せられたのだが、少量をスプレーで顔面に吹き掛けられただけで対象は蹲り、その後数時間に渡って絶頂を繰り返した。男女双方に効果があり、それどころか物質系以外の魔物にも有効だという。
 気体として広範囲に拡散する分濃度は落ちると思われるが、それでも程無くして彼もまた地に崩れ落ちる。その様子を確認したゴーレムは滑るように接近、蹲る兵士を掴み上げるとその頭を胸元に埋めるように抱き締めた。そして…

ブシュッ…

 初回よりも濃厚な桃色の霧が彼女の身体から噴き上がった。

「うわぁ…えぐいですね…」

 傍らで見守っていたエリスが慄く。
 果たして、密着した状態でガスの直撃を受けた兵士は一度大きく全身を仰け反らせ、直後だらりと弛緩しそのまま動かなくなった。


「……。」
「ガス精製機構を換装することで様々な種類の気化兵器を運用出来る。拠点制圧用にうってつけだと思うのだが…」
「うーん、敵に回すといやらしいけどなんだか地味ね…」
「む…」
「それに本体の戦闘能力が心許ないわ。例えば風の魔術を付加した鎧で全身を覆った勇者が単騎で突撃してきた場合、あっという間に破壊されてしまいそう。」
「むむむ…」

 確かに、言われてみればそういった方法で撃破されかねない脆さはある。それを防ぐ為に護衛部隊を付けようにも、ガスを周囲に撒き散らす特性上一般的な魔物や人間は配置できない。運用にあたってはかなりの工夫が必要だ。

「成る程…。参考になった。もう少し考えてみよう。」
「ごめんなさいね。アイデアは素晴らしいと思うのだけど…また何か出来たら教えてちょうだいね?」

 そう言ってメルウィーナは転移魔術を起動し帰っていった。
 残るは自分とエリス、そしてその胸に捕らえた捕虜の兵士をいとおしそうに撫で続けるゴーレムが一体…。

「…マスター。」
「ん?」
「ちょっとぱふぱふしていきませんか?」
「……。」

 その重そうな純白の胸部装甲を持ち上げ、おもむろに話し掛けてきたエリスにどう反応したものか、暫く考え込むのだった。


……、

…。

 そしてその後のゴーレム作成はといえば…


「今回は趣向を変えた、水中戦闘用『シーゴーレム』だ!」
「普通にマーメイド種の部隊で良くない?」
「む…」


「ならば水陸両用だ!『ネイビーゴーレム』」
「サハギンやセルキーで良くない?」
「むむ…」


「火山に行ったら面白いのが居たぞ!『ラーヴァゴーレム』!!」
「そのままァッ!!」


…見事に迷走していた。
 ぶっちゃけて言えばネタ切れである。
 結局、上位の魔物が持つ特殊能力を魔導工学的に再現した所で、彼女らの強さの源泉はその身に蓄えた膨大な魔力であり、常識離れした身体能力であり、人の寿命を遥かに越える年月を掛け積み重ねた知識であり、研鑽を重ねた技術なのだ。上部の能力のみをコピーしただけでは、まさしく劣化コピー未満と言わざるをえない。ましてや目標として設定されているのは全ての魔物が持つあらゆる能力をその身に宿し、最大の魔力と最強の肉体を魔王より与えられた種族、リリムである。
 土の塊にそれだけの中身を詰め込もうなど、常識的に考えて馬鹿げている。器の質が違うのだ。そして器の容量を越えた水はどう頑張っても入らない。
 …ならば器である土の質を改変しようと、聞き囓った程度の錬金術を試してみたこともあった。結果、生まれたのは大量のドローム…危うく泥の監獄に永住しかける事態となり、二度とやるものかと誓ったものだ。


「だからやっぱり無理だと言ったのだ!大軍を凌駕する個人とか、戦略をひっくり返す戦術兵器とか!そんなものがそうそう簡単に出来てたまるか!!」
「まあまあ、気長にやりましょうよ。こんな時は気分転換も必要です。どうですか?この後ちょっと気持ちのいい運動でも……あ、どぞ。」

 エリスが空になったグラスに液体を注いでくれる。試作機の案に行き詰まり、気分転換にと滅多に飲まない酒を二人で開けていた。口をついて出てくる愚痴は彼のリリムに向けてのもの…。勿論かつての研究所よりは遥かに恵まれた環境で働けている状況に感謝はしているし、今さら元の街に戻りたいなどとは言わないが課せられた目標があまりにも規格外過ぎた。しかもそれを設定した当人がその無謀性をあまり理解していなさそうなのがいかんともしがたい。

「いっそこれまでの試作機を元に効果的な運用法を考えた方が早いか…。」

 機体の欠陥を運用で補う。それもまた立派な兵法に思える。

「あるいはこれまで試作以前に没にした案を再考してみるというのは…。コレとかコレとか…、コンセプトだけ見ればメルウィーナ様も気に入りそうですし。」

 エリスが棚から幾つかのファイルを取り出して机の上に拡げた。そこには当該ゴーレム精製の基礎理論と書きかけの設計書…書いている途中に実現不可能、あるいは実用性皆無であることが分かってしまった類いの代物だ。

「コンセプトだけな…。要求する資材も技術も運用法も非現実的過ぎる。間違っても彼女に見せる訳には…」
「いいじゃないコレ!!」
「「は?」」

 背後から響いたここにいるはずのない人物の声。油が切れた人形のごとく恐る恐る後ろを振り返ると、そこにはキラキラと少女のように瞳を輝かせたメルウィーナが立っていた。


17/10/16 23:09更新 / ラッペル
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■作者メッセージ
捕虜を実験台に使う魔王軍マジ魔王軍・・

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