29.ロリヤギさんとアイアンヴァージン
形ばかりの、一通りの取り調べを受けて、私たちははメイちゃんの私室に通されました。
まったく何なのでしょうか。あのホルスタウロスは!
事あるたびにブレイブに色目を使って! 私の心はモヤモヤしっぱなしでした。
他の特戦隊のメンバーだという娘たちもブレイブに妙な視線を向けていて、私は気が気ではありませんでしたよ。まったくもう。
ブレイブは私たちのモノなのですから。プンプン。
私が左からブレイブに体をすり寄せて、カーラが右からブレイブにしがみつきつつ、メイちゃんの私室に入った時、
「ニャあ、また会ったニャ」
我が物顔でソファーに寝転んでいたケット・シーに声をかけられました。
「あれ? 君は確か、門のところで会った」
「そうニャ。本当はウチがキミらを迎えに行くはずニャったんニャけど、メイにゃん、ウチの仕事を取らないでほしいニャー。今回はメイにゃんの落ち度として猫缶は返せないニャ」
お腹をポンポンと叩きながら、ケット・シーは言いました。ああ、思わず顔を埋めたくなるようなフワフワの和毛です。
「ああ、別に返せなどとは言わん。ワシとて、このような形でコヤツらを招くことになるとは思いもよらなんだ」
メイちゃんが呆れたような口調で、こちらにジト目を向けてきました。私だって思ってもいませんでしたよー。まさか、この私がカーラと街中でドンパチ始めてしまう事だとか。
まさか、メイちゃんがキョ、キョニューなんて呼ばれて、こんな、キョニュー特選隊、ぷ、ぷぷぷ。思わず笑いをこらえる事が出来ません。
「あ”、何を笑っとるんじゃ!」
メイちゃんの瞳孔がスッと横に細められます。やばいよ、ヤバイよ。くわばら、くわばら。肉体派バフォメットの怒りを買いたくはありません。
「メイにゃん、そんなに怒っては可愛いお顔が台無しニャ。カルシウムとるかニャ? にぼし食うかニャー?」
メイちゃんの怒気を物ともしないケット・シー、凄いです。私には真似が出来ません。
ん、でもあのケット・シー。どこかで会った事があるような……。
…………。
「あーっ! あなたまさかカールさん!?」
私は気がついて大きな声を上げてしまいました。
「そうニャ。あれ? ウチは君と会ったことがあったっけニャ?」
ケット・シーは可愛らしく小首を傾げていますが、その仕草に私はもう騙されません。騙されてやることができなくなりました。
だって、
「私が小さい頃に、猫の国の宰相だって言って挨拶に来たことがありますよね?」
「んぅ? そんなこともあったかニャ? ウチは覚えてないニャ。ウチはメイにゃんのお部屋でゴロゴロするだけの可愛い猫にゃんニャ」
白々しい。私はソファーでワザとらしくゴロゴロしている猫妖精を見ます。でも、ああ、なんという気持ち良さそうな腹毛。
「そういえば、そんなこともしておったな。その後、ワシの相談役をしてくれて、お主が前回来た頃はコヤツがすでにこの街を出た後じゃ」
え、私たちメイちゃんに連れられて、ノコノコこの部屋にやって来たけれども、もしかしてここ、ヤバイメンバーが揃ってますか?
部屋の隅にキチッと立っているデュラハンなんて、確か前に来たときは街の警備総隊長だったような……。
あ、目が合った。思わず私は目をそらしてしまいます。これから、何の話を聞かされるのでしょう。
イヤナ予感に、私はダラダラという冷汗をかいてしまいます。
「どうしたのヴィヴィアン? なんか汗凄いよ」
きゅーん♡ 私のことを心配してくれるだなんて、なんてブレイブは優しいのでしょう。股からも汗がボタボタ落ちて来てしまいそうです。身体中の汗も、お股の汗も、すべてブレイブに舐め取ってもらって、ブレイブの白いドロドロした液でベタベタにし直してほしーい!
「頼みがあるのじゃ」
「断る!!」
メイちゃんの言葉に私は思わず即答してしまいました。おかしな事に巻き込まれたくはありません。思わず脊髄反射的に答えてしまいました。
ふぃー、いい仕事をしました。これで、この章は後みんなで遊んでめでたしめでたしで終わりですね。
そうです、そうに決まっています。そうでなければいけないのですーー!
だからーーこの氷魔法を解除してください。デュラハンさんも首元に突きつけた剣を収めてください。
冷たいし怖いし、謝りはしますから、謝るだけはーーーっ!!
あまりに連携のとれた早業にブレイブもカーラも、他のメンバーも目を白黒させていました。
いや、対応しろよ、元勇者。魔物のとはいえ、お姫様が刃をむけられているのですよ。この様子からしてワザと反応しなかったと言うわけではないと思いますが……、いつ動くの?、今でしょ!?
私は精一杯唇を尖らせますが、氷の冷たさでうまく形を作れません。私のプルプルの唇がー、お肌がー。
さ、寒い。助けてください、ブレイブ。そして、私を温めて〜。その熱く滾った肉棒で、私を内側から真っ白に温めてください〜。
「ふむ、快く協力してくれるようでワシは嬉しいぞ」
メイちゃんの言葉とともに氷は解け、デュラハンも剣を収めてくれました。うう、氷が消えさえしたら寒気も一気に消え去ってしまうとはなんという魔法……。これではブレイブ温めて〜、を使えないではないですか。この幼女、山羊、悪魔、ロリ、BB……、キョニュー、………ぶふっ。
いやぁぁぁぁ!! ごめんなさい、ごめんなさい、そのモフモフのお手手のベアクローで絞め上げるのはやめてー、ゴートなのに、ベアーとはこれいかにーー!!
あーー!! 痛い痛いイターイ!
メイちゃんの手から解放されて、私は床にズシャリと突っ伏してしまいます。
「なぁ、彼女、パーティに加わってもらえないだろうか? アタシの仕事が減りそう……」
「ああ、幼女による肉体的折檻、想像するだけで滾ってきてしまいますわー!」
「うっさい、黙れ、駄馬」
「あっ、ヒヒィぃん♡」
駄馬が鞭でケツを叩かれて嬉しそうな声を上げています。
「いえ、本当に助かりそうですね」
「僕もちょっと……、そう思う」
「ブレイブくんもか!? うーむ、私は……」
(コクコク…。)
「うん? そんな熱烈な視線を向けられてもワシはお前たちのパーティに入ることは出来んぞ。何せワシには夫がおるのじゃ」
「ニャー、やっぱり恥部なのかニャ……」
人が謂れのない(なくはない)暴力を受けてぐったりしているというのに、なんて好き勝手なことを言っているのでしょうか。
ブレイブにはこの状態の私をぜ・ひ♡、好き勝手にしてもらいたいものですが、あ、ハイ、ごめんなさい、自重します。
話が進みませんデスね。ハイ。
「実は、じゃな。現在のこの街の領主はワシではない」
「えっ!?」
メイちゃんの衝撃的な言葉に私は驚くことしかできませんでした。
「今のこの街の領主は、じゃな………」
メイちゃんが忌々しそうにします。忌々しそうにして、ためて、タメて〜。
メイちゃん、キョニュー特選隊が似合っているのではないでしょうか。染まってきたのか、元からそうなのか……。
これ以上考えると、また話が進まなくなるのでやめておきます。
「お主が連れてきおったエレンなのじゃーー!」
怒気を含んでメイちゃんは言い放ちました。あまりの咆哮に、部屋の中の書類がバタバタとはためき、ゴウゴウと風が鳴っています。
「おぉう……」
あまりの迫力に流石のカーラでも、引いています。
って、え、エレン!?
あ、カーラも気がつきました。
「ヴィヴィアンが連れてきたエレンとは、まさか私にショタの真髄を教えてくれた大恩人、エレンのことか!?」
あー……、カーラの中ではそんな立ち位置なのですねー。
カーラの言葉に他のパーティの面々は苦笑いです。ここにヴェルメリオがいなくて良かったかもしれません。
もしかすると、エレンを屋敷ごとぶっ飛ばしていたかもしれません。
◆
(くしゅん)
(ヴェルさま、風邪ですか?)
(いや、私が風邪をひくわけはないと思いますが……)
(ヴェルのくしゃみ可愛い。ハァハァ。風邪なら私が看病する。一緒に裸になって、あっためあお?)
(その変態を燃やして暖をとりましょうか)
(了解しました。ヴェル様!)
(ヴェルの炎に包まれて焼かれる。ハァハァ、気持ち良さそう)
(ギャー!くっついて来ないでください〜!!)
(もうここは彼女のテリトリーなのですから、もっと緊張感を持ちましょう)
(ハイ)(ああ)(ヴェルといられていつも超、キンチョー)(はぁ……)
◆
雪山だか火山だかで、寸劇を繰り広げた幻影が見えた気がしますが、気のせいでしょう。
ええ、元気そうで安心しました。
さて、エレンですね。え、でも、あの子、魔女になったんじゃなかったんでしたっけ?
それが、どうして、このメイちゃんが治めていた街の領主に?
「クーデターじゃ」
「はぁ!?」
「あ、あなたに対してか?」
「そうじゃ、ワシに対して、じゃ」
ふざけおって、とメイちゃんが憤ります。やめてください、その怒気を収めてください。死んでしまいます。
「で、でも、どうやって!? メイ、さんはすっごく強いのに」
ブレイブが尋ねます。
「………、ブレイブ、と言ったな。ワシのことはメイさん、ではなく、メイちゃん、と呼ぶのじゃ。そうでなくては……、皆、怖がりすぎなのじゃ」
いえ、怖いです。という言葉を私はなんとか飲み込みました。本当に、飲み込みたいのは……。あ、ハイ、自重します。
「じゃあ、メイちゃん。どうして領主の座を奪われたの?」
ブレイブの胸を抉るような言葉に、メイちゃんが「うぐぅ」と言いました。まるでボディーブローを受けたようです。無い胸を抉られて……キョニュー、ブハッ。
グハァァァァ!! メイちゃん、私の胃を本当に打ち抜かないでくだ……ぁ、さい。
私はお腹にめり込で捻られた拳の感触に悶絶してしまいます。
「懲りんな……コヤツも、えっとなぜヤツのクーデターが成功したか、じゃな」
床に転がってヒクヒクしている私をほっておいて、メイちゃんが話を続けます。くっ、私にも話を聞かせるために、意識を失わせないでただ黙らせるだけの絶妙な力加減……。そこにシビれる、憧れるゥ、Huuuuuu!!
あ、今度は無視ですか、そうですか。
「ヤツはな、なんと、恐ろしいことに、筋肉を人質に取ったのじゃーー」じゃー、じゃー、(エコー)
バフォメットのあんまりな叫びが部屋に響いて吸い込まれていきます。
ここにきてのその言葉に、部屋に入るものたち全員が白眼をむいています。
カールさんもデュラハンさんも……。あ、ため息ついた。
そうでした。メイちゃんは確かにこういう娘、でした。だから、私も親近感を持ってついつい恐れを忘れて、いろんなことを考えてしまうのです。私がマゾだからではないですよ? 私がマゾになるっ、の、は、ベッドの上のブレイブの前だけです!! ウェヘヘへぇ。
「ゴホンッ、えっと、どういうことなんだ?」
収集がつかなくなりそうだったので、堪らずカーラがそう言いました。あのカーラがです。
あ、カーラとカールって……、ヤっベェェ名前似過ぎじゃねーか、今気づいたァァァ。
あれ、私、今口調が……、気のせいですね、そうですよ。イイね、あなたは何も聞かなかった、OK?
「メイさま、この後は私が説明しましょう。申し訳ないですが、あなたたちの様子だと終わらなさそうなので……」
「うん、それがいいニャ」
デュラハンの言葉に、カール猫さんが頷きました。よし、これで行きましょう。
「……、うむ。それでは頼むぞ。それと、いつも言っているじゃろう。メイ、ちゃん、と呼べと」
「申し訳ありませんが、主人にちゃん付けなどできません」
「ぬぅ」
メイちゃんが大人しく引き下がります。おお、これは期待が出来そうです。
でも、彼女、見るからにいじり甲斐がありそうな……。あ、マズい、私の視線に気づいたのか、睨まれてしまいました。
先ほどリリムである私の喉元に剣を突きつけたことと言い、アイツも危ない、いざとなったら、ブッスリ刺すヤツや、私が刺されたいのは……、
「さて、」
ぶった切られました……。
「私は以前よりこの街の警備総隊長を務めさせていただいております、アリアと申します」
アリアと名乗ったデュラハンは綺麗なお辞儀をしました。騎士よりもメイドの方が似合うのではないでしょうか、この人……。
「メイさまは強さに関しては、文句なしに凄まじいのですが、いかんせん、筋肉が好きでして、夫、ならぬ夫の筋肉を人質に取られたのです」
うむうむ、と神妙に頷くバフォメットを皆がゲンナリした目で見ています。
「あの……魔女は、この街に受け入れてもらえた恩を忘れて、領主の座を狙いました。初めは大人しくサバトの運営を手伝っていたのですが、サバトで開発した薬を悪用したのです。その薬は以前からサバトで売り出されていた子供になる薬を弄ったもので、飲んだものの筋肉を萎ませる効果があるものでした」
「ワシのサバトで、あんな恐ろしいものを作りおってェ……」
「その薬をメイさまの夫は飲まされたのです」
「ワシの夫も夫じゃ。そんなものをホイホイ飲まされおって……じゃからガーチームーチーなどという残念極まりない名前をつけられるのじゃ! なんじゃそのガー⤴チー⤵ムー⤴チー⤵とは……忌々しいくらいに耳に残りおる!」
ホイホーイ、シカタナイネ、あ、もう無視なんですね。そうですか……クスン。
「いや、それならば、時間で効果が切れるとか、解毒薬とか作れるのではないか?」
「ああ、わしもそう思った。しかし、あやつは何か得体の知れない成分を見つけておったようでな……。ワシらだけでは解毒薬は未だ作れてはおらん」
「それならば、いっそ脅したり魔術で白状させるとか……」
流石、白衣です。恐ろしいことを平然と言い放ちます。そこにシビれる、あこが……、ごめんなさい、その笑みはやめて下さい。
「いいや、そんなことをしてしまってはバフォメットの名折れ、試合に勝って、勝負に負けたということになってしまう。それだけはワシのプライドが許さん」
「あの魔女はいーい具合にメイさまのプライドを逆撫でたのです。そして、メイさまが研究の方に力を入れ始めたところで、あの手この手で籠絡した者たちを引き連れて、領主の座を奪い取ったのです。無双の強さを誇るメイさまと言えども、領民に手をあげるわけにもいかず、街の有力者たちから領主の座を明渡せと迫られ奪われることになったのです。もっとも、このメイさまの屋敷はそのままで、魔女は別に屋敷を立てたのですが…」
「力じゃなかったんだ。でも、そんな簡単に領主って変えられるものなの?」
「街によりけりですね。この街ではメイさまの力が強すぎてメイさまこそが法でしたので、そのメイさまのプライドを上手に利用して、解毒薬と引き換えに領主の座を得たのです。さらに、魔女は領民の心を掴むことがうまくて、民衆から人気があるのです。警備兵に体を鍛えさせることばかり政策の頭に持って来ていたメイさまと違って」
「筋肉は正義なのじゃぁぁ!」
叫び出すメイちゃんに向かってここぞとばかりに私は畳み掛けます
「ショッボ、解毒薬と引き換えにって、領主の座、ショッボ!」
「オイ、こら、お主はそう言うが、コヤツを人質に取られたら、お主だって自分の領地を明け渡すじゃろう」
「もちろんです」
私は即答します。当たり前です。領地なんかより、ブレイブの方が大切に決まっています。ウチは……、私ほとんど帰っていませんが大丈夫ですよね。この前、大勢復活した魔物娘たちが移住しましたけど……、あ、なんか心配になって来ました。
でも、ウチのデュラハンもアリアさんみたいにシッカリしているし、私の座を奪おうなんてことはしないはずです。
うん、きっと、多分、じぇったい……。謀反、ダメ絶対!!
しかし、私がアリアさんに持っていたイメージは見事に切り捨てられます。
メイちゃんが冷たい目をしながら、アリアさんに向かって言ったのです。
「おい、お主、あの時ワシについたように語っておるが……、お主もあっち側じゃったろうが!! このショジョリア!」
「そのっ、名前で、呼ぶなぁァァァ!! 私はアリアだぁぁぁア!! アイツが私に理想の夫を紹介してくれるっていうからついたのに、夫どころか、クソな名前をつけやがてぇぇ!!」
「いや、でも、男自体は紹介したじゃろう」
「ええ。でも、ピンと来る人が来なかったのです」
「いや、あれはお主が悪い……。ワシは今でも覚えておるぞ、あの魔女の可哀想なモノを見る目をーーあの魔女にあんな表情をさせるとは、さすがだと思ったものじゃ」
「えっ、私が悪いのですか!? 私はただ私よりも強い、強くなる予定でも可、のショタを所望しただけですよ。それなのに、何ですかあの弱っちいのはもう少し根性を見せてほしいものです。それに、ショタとは言っても12歳以上ばかりじゃなかったですか!」
彼女の言葉に私たち、忠実なブレイブパーティの面々はブレイブを体の影に隠しました。アンちゃんなんて鎧を広げてブレイブに覆いかぶさろうとしています。……アンちゃん、そこに他意はないですよね?
「いや、ワシらからすると見た目だけ満たしておれば良くないか?」
「それは、私のプライドが許しません」
「そうじゃなぁ、プライド、大事じゃよなぁ……」
変なところで共感を覚えている元領主と、鉄壁の処女膜警備総隊長。この街、乗っ取られて正解だったのではないでしょうか……。
「ところで、その、魔女につけられた、名前……というのは?」
さすがに彼女たちをその名前で呼ぶことは出来なかったので、白衣が恐る恐るそう尋ねました。
「そうじゃ、そ・う・な・の・じゃぁぁ! あの魔女めは重要なポストについているものは私がつけた名前を名乗ること、といって、ふざけた名前をつけたのじゃ。あろうことか、ワシに、キョ、キョニューなどとォォォ! 貧乳はステータスです。皆さんで愛でましょう。大きければよいと言うものではないのじゃーーー!!」
「私などショジョリアなんてっ! それを聞いて寄ってくる男はみんな、外見はショタでも中身はオッサンばっかりですよ。お姉さんはどうして、ショジョリアっていう名前なの? って聞いてくれるショタがいても、それはね、お前にあげるためダァー、って行こうとするといつも笛を吹きながら部下が止めに来て、その部下とその子がいい感じになってたりしてぇぇぇ!!」
お巡りさん、はどっちもです。
「それは、お前が悪い」
「私ですか!? 私が悪いのですか!? 私はただまず剣をかわして強さを確かめようとしただけですよ。それで、最初の一人がトラウマになったからって、毎回毎回、部下に止められるようになって。その後、そのショタにあったら、なんて言われたと思います? 僕に虎のお姉ちゃんと出会わせてくれてありがとうございます。ですよ!? トラウマを虎が癒してウマく食べちゃったって、どこもウマくねぇぇぇ!!」
「うむ、相手の筋肉の強さを確かめるのには剣をかわすのもよい」
「ですよね!? メイさま、私は間違ってないですよね?」
メイちゃんは、うむうむと頷いています。
私が言えたことではありませんが、どうしようもねぇ、この主従……。
「それで、あなたたちは私たちに何を頼みたいのだ?」
結局、アリアさんも話を進められなくなって来たので、業を煮やしたカーラがカール猫さんに尋ねました。
「んにゃう……。まったくしょうがないにゃあ、メイにゃんはぁ……」
どっかの青い猫さんみたいなことを言いながら、カール猫さんはポケットを……探らないで、話し始めました。
「まぁ、魔女が領主の座に着いたところ……までは良かったのニャ。問題は、名前も含めてなのにゃが、その次にやったことからだったのニャ」
「その次?」
「そうニャ。まずはここを子供の街にしたのニャ。それは、ウチが門のところで言ったニャ」
「うん」
ブレイブが頷きます。
「この街に入ることの出来るものは子供のみ、これは魔女が決めたことニャ。この街に新しく入ってくるものはもちろん、もともとの住人に対しても適用したニャ」
「そうじゃ! それを規則として持ってこられたせいで、せっかく取り戻した筋肉をまた奪われたのじゃ! ぐぬぬぬぬ」
カール猫さんはメイちゃんを無視します。
「決められた日だけそうしろ、とかにゃら問題にゃいとは思うのにゃが、魔物娘も合わせて様々にゃ嗜好の人がいるのに、魔女は常に子供でいることを強制したニャ。初めは戸惑う住人も多かったニャ。急に方針が筋肉からロリショタに変わったのもあったしニャー……」
残念な元領主にカール猫さんがジト目を投げかけました。しかし、彼女は人差し指を立てて話を続けました。
「でも、ウチが説明してあんたらが見たように、この街は今はまるでテーマパークのようになっているニャ。悪いことをしても、キョ……、特戦隊が現れて、まるで、元から折り込み済みのイベントのように処理されるニャ。とてもとてもオモシロイ日々、だんだんと領民は今の状況を受け入れるようになったのニャ」
つまり、ずっと楽しいことが続く、夢の中の子供の国のようになっている、ということですか。悪事を行なう人がいてもそれに対して恐怖を覚えることもなく、ただのイベントとして楽しいことの一つとして人々に受け止められる。そして、それが当たり前になって、誰も楽しいことしかないことに疑問を覚えなくなっていく……。それは、果たして本当に幸せなことなのか、と私は思ってしまいます。
「にゃから、領民にとって魔女を支持するということは、そうしようと思ったからするものではにゃく、そうすることが当たり前のことにゃのだと浸透し始めているのニャ」
それは、飴を与えられて舐め続けているうちに、自分自身が飴になって魔女にしゃぶられるようになっていきている……、ということ。
「でも、彼女はそんな風にして何を得ているというのですか? 元人間でも、今は魔物娘の一員なのですから、別にお金とか、ましてや領主の座にしがみついていたいだけ、というわけではないでしょう」
そうです。私たち魔物娘の一番の望みは、ただ大好きな人と一緒に淫らに過ごすことだけ。それ以外は二の次です。
「そうニャ。焦らなくても順番に話していくニャ。魔女のしたことはもう一つ。街の重要なポストにある者は、魔女が決めた、名前を名乗ることニャ」
後ろでロリヤギとアイアンヴァージンが、また喚いています。
「名前を奪って、自分が決めた名前を与える。それは……」
「緩やかにゃ、存在の書き換え、ニャ」
カール、さんの言葉に、部屋がシーンという音が聞こえてきそうなくらいに静まり返りました。喚いていた残念主従だって、さすがに黙しました。
そこから先は落ち着いたメイちゃんが話してくれます。
「そうじゃ、ワシとて、魔女が何のためにそれを言い出したのかは読めた。じゃが、すでに魔女に誑かされておったものどもによって、押し切られたのじゃ……」
メイちゃんが忌々しそうに歯噛みしています。
「魔女が結局、何がしたいのかは分からぬ。ヴィヴィアンが言った通り、奴とて魔物娘、決して私利私欲のみで行なったわけではないとは思うのじゃ。……じゃが」
メイちゃんの瞳孔がスッと、横に細まります。彼女は拳を力強く握りしめて、牙を剥き出しにして吠えました。
「ヤリすぎじゃ! あやつは踏み込んではならぬところまで踏み込みおったっ!!」
幼女の顔が憤怒に染まっています。
「でも、だったら、すぐに魔女を追い出すなり、領民に訴えるなりすれば良かったじゃない」
私の言葉に表情には怒りをたたえたままであっても、メイちゃんの瞳には少しだけ寂しそうな色が宿りました。
「……お主、ワシにそれができると思うのか? さっきカールも言っておったじゃろう。魔女を支持することは領民にとって当たり前のことになってきておるのだと。今ワシが領民に訴えたところで、誰も聞きはせぬよ。魔女を力で追い出したところで、領民はワシを責めるだけじゃろう……。ワシにとって、この街はな、ワシがこの姿になってから作って、初めて落ち着けた街なのじゃ……。例え当時から生きておるものは少ないと言えども………ワシは領民に怖がられてはいても、嫌われたくはないのじゃ」
「……メイちゃん」
私は何も言葉を返すことが出来ません。カール猫さんもアリアさんも目をつぶって、沈黙しています。
「……ハッハ。今ではワシは領民にとっては怖かった元領主ではなく、キョニュー特選隊隊長のキョニュー。領民を楽しませるだけのただのピエロでしかないのじゃ……。筋肉ばかりにかまけていたのが、悪かったのかのぅ? 夫と出会えて嬉しくて楽しくてしかたなかったんじゃがのう……」
「いいえ、悪かったのは夫さまでも筋肉でもなく、魔女です」
アリアさんが慰めますが、メイちゃんは自嘲的な乾いた笑いを漏らすだけです。
私は………、こんなメイちゃんの姿を見ることになるとは思っていませんでした。思っていませんでしたし、見たくもありませんでした。
だから、私は決意しました。ブレイブたちがたとえ反対しようと私はメイちゃんに協力します!
メイちゃんにはルチアを倒すために、アドバイスをもらったり魔道具を作ってもらったり、……慰めてもらったり、数え切れないほどの恩があります。そして、何よりも私はメイちゃんが好きです!
私は私の仲間たち、ブレイブ、カーラ、白衣、アン、ケルン、ビクトリア、みんなの顔を見ました。みんな私を見て、それぞれの表情を浮かべながら、力強く頷いてくれました。
「わかったわ。メイちゃん、私あなたに協力します!!」
私の言葉にメイちゃんは大きく目を見開き嬉しそうに頷いてーーー、ニンマリと笑いました。
…………………。
………………、あれ!?
もしかしてハメラレタ!?
もちろん先ほどの言葉は嘘ではないと思いますが…………。
背筋の寒くなるような笑顔で幼女が私の肩をポンと叩きました。
早まったかもしれません……………。
まったく何なのでしょうか。あのホルスタウロスは!
事あるたびにブレイブに色目を使って! 私の心はモヤモヤしっぱなしでした。
他の特戦隊のメンバーだという娘たちもブレイブに妙な視線を向けていて、私は気が気ではありませんでしたよ。まったくもう。
ブレイブは私たちのモノなのですから。プンプン。
私が左からブレイブに体をすり寄せて、カーラが右からブレイブにしがみつきつつ、メイちゃんの私室に入った時、
「ニャあ、また会ったニャ」
我が物顔でソファーに寝転んでいたケット・シーに声をかけられました。
「あれ? 君は確か、門のところで会った」
「そうニャ。本当はウチがキミらを迎えに行くはずニャったんニャけど、メイにゃん、ウチの仕事を取らないでほしいニャー。今回はメイにゃんの落ち度として猫缶は返せないニャ」
お腹をポンポンと叩きながら、ケット・シーは言いました。ああ、思わず顔を埋めたくなるようなフワフワの和毛です。
「ああ、別に返せなどとは言わん。ワシとて、このような形でコヤツらを招くことになるとは思いもよらなんだ」
メイちゃんが呆れたような口調で、こちらにジト目を向けてきました。私だって思ってもいませんでしたよー。まさか、この私がカーラと街中でドンパチ始めてしまう事だとか。
まさか、メイちゃんがキョ、キョニューなんて呼ばれて、こんな、キョニュー特選隊、ぷ、ぷぷぷ。思わず笑いをこらえる事が出来ません。
「あ”、何を笑っとるんじゃ!」
メイちゃんの瞳孔がスッと横に細められます。やばいよ、ヤバイよ。くわばら、くわばら。肉体派バフォメットの怒りを買いたくはありません。
「メイにゃん、そんなに怒っては可愛いお顔が台無しニャ。カルシウムとるかニャ? にぼし食うかニャー?」
メイちゃんの怒気を物ともしないケット・シー、凄いです。私には真似が出来ません。
ん、でもあのケット・シー。どこかで会った事があるような……。
…………。
「あーっ! あなたまさかカールさん!?」
私は気がついて大きな声を上げてしまいました。
「そうニャ。あれ? ウチは君と会ったことがあったっけニャ?」
ケット・シーは可愛らしく小首を傾げていますが、その仕草に私はもう騙されません。騙されてやることができなくなりました。
だって、
「私が小さい頃に、猫の国の宰相だって言って挨拶に来たことがありますよね?」
「んぅ? そんなこともあったかニャ? ウチは覚えてないニャ。ウチはメイにゃんのお部屋でゴロゴロするだけの可愛い猫にゃんニャ」
白々しい。私はソファーでワザとらしくゴロゴロしている猫妖精を見ます。でも、ああ、なんという気持ち良さそうな腹毛。
「そういえば、そんなこともしておったな。その後、ワシの相談役をしてくれて、お主が前回来た頃はコヤツがすでにこの街を出た後じゃ」
え、私たちメイちゃんに連れられて、ノコノコこの部屋にやって来たけれども、もしかしてここ、ヤバイメンバーが揃ってますか?
部屋の隅にキチッと立っているデュラハンなんて、確か前に来たときは街の警備総隊長だったような……。
あ、目が合った。思わず私は目をそらしてしまいます。これから、何の話を聞かされるのでしょう。
イヤナ予感に、私はダラダラという冷汗をかいてしまいます。
「どうしたのヴィヴィアン? なんか汗凄いよ」
きゅーん♡ 私のことを心配してくれるだなんて、なんてブレイブは優しいのでしょう。股からも汗がボタボタ落ちて来てしまいそうです。身体中の汗も、お股の汗も、すべてブレイブに舐め取ってもらって、ブレイブの白いドロドロした液でベタベタにし直してほしーい!
「頼みがあるのじゃ」
「断る!!」
メイちゃんの言葉に私は思わず即答してしまいました。おかしな事に巻き込まれたくはありません。思わず脊髄反射的に答えてしまいました。
ふぃー、いい仕事をしました。これで、この章は後みんなで遊んでめでたしめでたしで終わりですね。
そうです、そうに決まっています。そうでなければいけないのですーー!
だからーーこの氷魔法を解除してください。デュラハンさんも首元に突きつけた剣を収めてください。
冷たいし怖いし、謝りはしますから、謝るだけはーーーっ!!
あまりに連携のとれた早業にブレイブもカーラも、他のメンバーも目を白黒させていました。
いや、対応しろよ、元勇者。魔物のとはいえ、お姫様が刃をむけられているのですよ。この様子からしてワザと反応しなかったと言うわけではないと思いますが……、いつ動くの?、今でしょ!?
私は精一杯唇を尖らせますが、氷の冷たさでうまく形を作れません。私のプルプルの唇がー、お肌がー。
さ、寒い。助けてください、ブレイブ。そして、私を温めて〜。その熱く滾った肉棒で、私を内側から真っ白に温めてください〜。
「ふむ、快く協力してくれるようでワシは嬉しいぞ」
メイちゃんの言葉とともに氷は解け、デュラハンも剣を収めてくれました。うう、氷が消えさえしたら寒気も一気に消え去ってしまうとはなんという魔法……。これではブレイブ温めて〜、を使えないではないですか。この幼女、山羊、悪魔、ロリ、BB……、キョニュー、………ぶふっ。
いやぁぁぁぁ!! ごめんなさい、ごめんなさい、そのモフモフのお手手のベアクローで絞め上げるのはやめてー、ゴートなのに、ベアーとはこれいかにーー!!
あーー!! 痛い痛いイターイ!
メイちゃんの手から解放されて、私は床にズシャリと突っ伏してしまいます。
「なぁ、彼女、パーティに加わってもらえないだろうか? アタシの仕事が減りそう……」
「ああ、幼女による肉体的折檻、想像するだけで滾ってきてしまいますわー!」
「うっさい、黙れ、駄馬」
「あっ、ヒヒィぃん♡」
駄馬が鞭でケツを叩かれて嬉しそうな声を上げています。
「いえ、本当に助かりそうですね」
「僕もちょっと……、そう思う」
「ブレイブくんもか!? うーむ、私は……」
(コクコク…。)
「うん? そんな熱烈な視線を向けられてもワシはお前たちのパーティに入ることは出来んぞ。何せワシには夫がおるのじゃ」
「ニャー、やっぱり恥部なのかニャ……」
人が謂れのない(なくはない)暴力を受けてぐったりしているというのに、なんて好き勝手なことを言っているのでしょうか。
ブレイブにはこの状態の私をぜ・ひ♡、好き勝手にしてもらいたいものですが、あ、ハイ、ごめんなさい、自重します。
話が進みませんデスね。ハイ。
「実は、じゃな。現在のこの街の領主はワシではない」
「えっ!?」
メイちゃんの衝撃的な言葉に私は驚くことしかできませんでした。
「今のこの街の領主は、じゃな………」
メイちゃんが忌々しそうにします。忌々しそうにして、ためて、タメて〜。
メイちゃん、キョニュー特選隊が似合っているのではないでしょうか。染まってきたのか、元からそうなのか……。
これ以上考えると、また話が進まなくなるのでやめておきます。
「お主が連れてきおったエレンなのじゃーー!」
怒気を含んでメイちゃんは言い放ちました。あまりの咆哮に、部屋の中の書類がバタバタとはためき、ゴウゴウと風が鳴っています。
「おぉう……」
あまりの迫力に流石のカーラでも、引いています。
って、え、エレン!?
あ、カーラも気がつきました。
「ヴィヴィアンが連れてきたエレンとは、まさか私にショタの真髄を教えてくれた大恩人、エレンのことか!?」
あー……、カーラの中ではそんな立ち位置なのですねー。
カーラの言葉に他のパーティの面々は苦笑いです。ここにヴェルメリオがいなくて良かったかもしれません。
もしかすると、エレンを屋敷ごとぶっ飛ばしていたかもしれません。
◆
(くしゅん)
(ヴェルさま、風邪ですか?)
(いや、私が風邪をひくわけはないと思いますが……)
(ヴェルのくしゃみ可愛い。ハァハァ。風邪なら私が看病する。一緒に裸になって、あっためあお?)
(その変態を燃やして暖をとりましょうか)
(了解しました。ヴェル様!)
(ヴェルの炎に包まれて焼かれる。ハァハァ、気持ち良さそう)
(ギャー!くっついて来ないでください〜!!)
(もうここは彼女のテリトリーなのですから、もっと緊張感を持ちましょう)
(ハイ)(ああ)(ヴェルといられていつも超、キンチョー)(はぁ……)
◆
雪山だか火山だかで、寸劇を繰り広げた幻影が見えた気がしますが、気のせいでしょう。
ええ、元気そうで安心しました。
さて、エレンですね。え、でも、あの子、魔女になったんじゃなかったんでしたっけ?
それが、どうして、このメイちゃんが治めていた街の領主に?
「クーデターじゃ」
「はぁ!?」
「あ、あなたに対してか?」
「そうじゃ、ワシに対して、じゃ」
ふざけおって、とメイちゃんが憤ります。やめてください、その怒気を収めてください。死んでしまいます。
「で、でも、どうやって!? メイ、さんはすっごく強いのに」
ブレイブが尋ねます。
「………、ブレイブ、と言ったな。ワシのことはメイさん、ではなく、メイちゃん、と呼ぶのじゃ。そうでなくては……、皆、怖がりすぎなのじゃ」
いえ、怖いです。という言葉を私はなんとか飲み込みました。本当に、飲み込みたいのは……。あ、ハイ、自重します。
「じゃあ、メイちゃん。どうして領主の座を奪われたの?」
ブレイブの胸を抉るような言葉に、メイちゃんが「うぐぅ」と言いました。まるでボディーブローを受けたようです。無い胸を抉られて……キョニュー、ブハッ。
グハァァァァ!! メイちゃん、私の胃を本当に打ち抜かないでくだ……ぁ、さい。
私はお腹にめり込で捻られた拳の感触に悶絶してしまいます。
「懲りんな……コヤツも、えっとなぜヤツのクーデターが成功したか、じゃな」
床に転がってヒクヒクしている私をほっておいて、メイちゃんが話を続けます。くっ、私にも話を聞かせるために、意識を失わせないでただ黙らせるだけの絶妙な力加減……。そこにシビれる、憧れるゥ、Huuuuuu!!
あ、今度は無視ですか、そうですか。
「ヤツはな、なんと、恐ろしいことに、筋肉を人質に取ったのじゃーー」じゃー、じゃー、(エコー)
バフォメットのあんまりな叫びが部屋に響いて吸い込まれていきます。
ここにきてのその言葉に、部屋に入るものたち全員が白眼をむいています。
カールさんもデュラハンさんも……。あ、ため息ついた。
そうでした。メイちゃんは確かにこういう娘、でした。だから、私も親近感を持ってついつい恐れを忘れて、いろんなことを考えてしまうのです。私がマゾだからではないですよ? 私がマゾになるっ、の、は、ベッドの上のブレイブの前だけです!! ウェヘヘへぇ。
「ゴホンッ、えっと、どういうことなんだ?」
収集がつかなくなりそうだったので、堪らずカーラがそう言いました。あのカーラがです。
あ、カーラとカールって……、ヤっベェェ名前似過ぎじゃねーか、今気づいたァァァ。
あれ、私、今口調が……、気のせいですね、そうですよ。イイね、あなたは何も聞かなかった、OK?
「メイさま、この後は私が説明しましょう。申し訳ないですが、あなたたちの様子だと終わらなさそうなので……」
「うん、それがいいニャ」
デュラハンの言葉に、カール猫さんが頷きました。よし、これで行きましょう。
「……、うむ。それでは頼むぞ。それと、いつも言っているじゃろう。メイ、ちゃん、と呼べと」
「申し訳ありませんが、主人にちゃん付けなどできません」
「ぬぅ」
メイちゃんが大人しく引き下がります。おお、これは期待が出来そうです。
でも、彼女、見るからにいじり甲斐がありそうな……。あ、マズい、私の視線に気づいたのか、睨まれてしまいました。
先ほどリリムである私の喉元に剣を突きつけたことと言い、アイツも危ない、いざとなったら、ブッスリ刺すヤツや、私が刺されたいのは……、
「さて、」
ぶった切られました……。
「私は以前よりこの街の警備総隊長を務めさせていただいております、アリアと申します」
アリアと名乗ったデュラハンは綺麗なお辞儀をしました。騎士よりもメイドの方が似合うのではないでしょうか、この人……。
「メイさまは強さに関しては、文句なしに凄まじいのですが、いかんせん、筋肉が好きでして、夫、ならぬ夫の筋肉を人質に取られたのです」
うむうむ、と神妙に頷くバフォメットを皆がゲンナリした目で見ています。
「あの……魔女は、この街に受け入れてもらえた恩を忘れて、領主の座を狙いました。初めは大人しくサバトの運営を手伝っていたのですが、サバトで開発した薬を悪用したのです。その薬は以前からサバトで売り出されていた子供になる薬を弄ったもので、飲んだものの筋肉を萎ませる効果があるものでした」
「ワシのサバトで、あんな恐ろしいものを作りおってェ……」
「その薬をメイさまの夫は飲まされたのです」
「ワシの夫も夫じゃ。そんなものをホイホイ飲まされおって……じゃからガーチームーチーなどという残念極まりない名前をつけられるのじゃ! なんじゃそのガー⤴チー⤵ムー⤴チー⤵とは……忌々しいくらいに耳に残りおる!」
ホイホーイ、シカタナイネ、あ、もう無視なんですね。そうですか……クスン。
「いや、それならば、時間で効果が切れるとか、解毒薬とか作れるのではないか?」
「ああ、わしもそう思った。しかし、あやつは何か得体の知れない成分を見つけておったようでな……。ワシらだけでは解毒薬は未だ作れてはおらん」
「それならば、いっそ脅したり魔術で白状させるとか……」
流石、白衣です。恐ろしいことを平然と言い放ちます。そこにシビれる、あこが……、ごめんなさい、その笑みはやめて下さい。
「いいや、そんなことをしてしまってはバフォメットの名折れ、試合に勝って、勝負に負けたということになってしまう。それだけはワシのプライドが許さん」
「あの魔女はいーい具合にメイさまのプライドを逆撫でたのです。そして、メイさまが研究の方に力を入れ始めたところで、あの手この手で籠絡した者たちを引き連れて、領主の座を奪い取ったのです。無双の強さを誇るメイさまと言えども、領民に手をあげるわけにもいかず、街の有力者たちから領主の座を明渡せと迫られ奪われることになったのです。もっとも、このメイさまの屋敷はそのままで、魔女は別に屋敷を立てたのですが…」
「力じゃなかったんだ。でも、そんな簡単に領主って変えられるものなの?」
「街によりけりですね。この街ではメイさまの力が強すぎてメイさまこそが法でしたので、そのメイさまのプライドを上手に利用して、解毒薬と引き換えに領主の座を得たのです。さらに、魔女は領民の心を掴むことがうまくて、民衆から人気があるのです。警備兵に体を鍛えさせることばかり政策の頭に持って来ていたメイさまと違って」
「筋肉は正義なのじゃぁぁ!」
叫び出すメイちゃんに向かってここぞとばかりに私は畳み掛けます
「ショッボ、解毒薬と引き換えにって、領主の座、ショッボ!」
「オイ、こら、お主はそう言うが、コヤツを人質に取られたら、お主だって自分の領地を明け渡すじゃろう」
「もちろんです」
私は即答します。当たり前です。領地なんかより、ブレイブの方が大切に決まっています。ウチは……、私ほとんど帰っていませんが大丈夫ですよね。この前、大勢復活した魔物娘たちが移住しましたけど……、あ、なんか心配になって来ました。
でも、ウチのデュラハンもアリアさんみたいにシッカリしているし、私の座を奪おうなんてことはしないはずです。
うん、きっと、多分、じぇったい……。謀反、ダメ絶対!!
しかし、私がアリアさんに持っていたイメージは見事に切り捨てられます。
メイちゃんが冷たい目をしながら、アリアさんに向かって言ったのです。
「おい、お主、あの時ワシについたように語っておるが……、お主もあっち側じゃったろうが!! このショジョリア!」
「そのっ、名前で、呼ぶなぁァァァ!! 私はアリアだぁぁぁア!! アイツが私に理想の夫を紹介してくれるっていうからついたのに、夫どころか、クソな名前をつけやがてぇぇ!!」
「いや、でも、男自体は紹介したじゃろう」
「ええ。でも、ピンと来る人が来なかったのです」
「いや、あれはお主が悪い……。ワシは今でも覚えておるぞ、あの魔女の可哀想なモノを見る目をーーあの魔女にあんな表情をさせるとは、さすがだと思ったものじゃ」
「えっ、私が悪いのですか!? 私はただ私よりも強い、強くなる予定でも可、のショタを所望しただけですよ。それなのに、何ですかあの弱っちいのはもう少し根性を見せてほしいものです。それに、ショタとは言っても12歳以上ばかりじゃなかったですか!」
彼女の言葉に私たち、忠実なブレイブパーティの面々はブレイブを体の影に隠しました。アンちゃんなんて鎧を広げてブレイブに覆いかぶさろうとしています。……アンちゃん、そこに他意はないですよね?
「いや、ワシらからすると見た目だけ満たしておれば良くないか?」
「それは、私のプライドが許しません」
「そうじゃなぁ、プライド、大事じゃよなぁ……」
変なところで共感を覚えている元領主と、鉄壁の処女膜警備総隊長。この街、乗っ取られて正解だったのではないでしょうか……。
「ところで、その、魔女につけられた、名前……というのは?」
さすがに彼女たちをその名前で呼ぶことは出来なかったので、白衣が恐る恐るそう尋ねました。
「そうじゃ、そ・う・な・の・じゃぁぁ! あの魔女めは重要なポストについているものは私がつけた名前を名乗ること、といって、ふざけた名前をつけたのじゃ。あろうことか、ワシに、キョ、キョニューなどとォォォ! 貧乳はステータスです。皆さんで愛でましょう。大きければよいと言うものではないのじゃーーー!!」
「私などショジョリアなんてっ! それを聞いて寄ってくる男はみんな、外見はショタでも中身はオッサンばっかりですよ。お姉さんはどうして、ショジョリアっていう名前なの? って聞いてくれるショタがいても、それはね、お前にあげるためダァー、って行こうとするといつも笛を吹きながら部下が止めに来て、その部下とその子がいい感じになってたりしてぇぇぇ!!」
お巡りさん、はどっちもです。
「それは、お前が悪い」
「私ですか!? 私が悪いのですか!? 私はただまず剣をかわして強さを確かめようとしただけですよ。それで、最初の一人がトラウマになったからって、毎回毎回、部下に止められるようになって。その後、そのショタにあったら、なんて言われたと思います? 僕に虎のお姉ちゃんと出会わせてくれてありがとうございます。ですよ!? トラウマを虎が癒してウマく食べちゃったって、どこもウマくねぇぇぇ!!」
「うむ、相手の筋肉の強さを確かめるのには剣をかわすのもよい」
「ですよね!? メイさま、私は間違ってないですよね?」
メイちゃんは、うむうむと頷いています。
私が言えたことではありませんが、どうしようもねぇ、この主従……。
「それで、あなたたちは私たちに何を頼みたいのだ?」
結局、アリアさんも話を進められなくなって来たので、業を煮やしたカーラがカール猫さんに尋ねました。
「んにゃう……。まったくしょうがないにゃあ、メイにゃんはぁ……」
どっかの青い猫さんみたいなことを言いながら、カール猫さんはポケットを……探らないで、話し始めました。
「まぁ、魔女が領主の座に着いたところ……までは良かったのニャ。問題は、名前も含めてなのにゃが、その次にやったことからだったのニャ」
「その次?」
「そうニャ。まずはここを子供の街にしたのニャ。それは、ウチが門のところで言ったニャ」
「うん」
ブレイブが頷きます。
「この街に入ることの出来るものは子供のみ、これは魔女が決めたことニャ。この街に新しく入ってくるものはもちろん、もともとの住人に対しても適用したニャ」
「そうじゃ! それを規則として持ってこられたせいで、せっかく取り戻した筋肉をまた奪われたのじゃ! ぐぬぬぬぬ」
カール猫さんはメイちゃんを無視します。
「決められた日だけそうしろ、とかにゃら問題にゃいとは思うのにゃが、魔物娘も合わせて様々にゃ嗜好の人がいるのに、魔女は常に子供でいることを強制したニャ。初めは戸惑う住人も多かったニャ。急に方針が筋肉からロリショタに変わったのもあったしニャー……」
残念な元領主にカール猫さんがジト目を投げかけました。しかし、彼女は人差し指を立てて話を続けました。
「でも、ウチが説明してあんたらが見たように、この街は今はまるでテーマパークのようになっているニャ。悪いことをしても、キョ……、特戦隊が現れて、まるで、元から折り込み済みのイベントのように処理されるニャ。とてもとてもオモシロイ日々、だんだんと領民は今の状況を受け入れるようになったのニャ」
つまり、ずっと楽しいことが続く、夢の中の子供の国のようになっている、ということですか。悪事を行なう人がいてもそれに対して恐怖を覚えることもなく、ただのイベントとして楽しいことの一つとして人々に受け止められる。そして、それが当たり前になって、誰も楽しいことしかないことに疑問を覚えなくなっていく……。それは、果たして本当に幸せなことなのか、と私は思ってしまいます。
「にゃから、領民にとって魔女を支持するということは、そうしようと思ったからするものではにゃく、そうすることが当たり前のことにゃのだと浸透し始めているのニャ」
それは、飴を与えられて舐め続けているうちに、自分自身が飴になって魔女にしゃぶられるようになっていきている……、ということ。
「でも、彼女はそんな風にして何を得ているというのですか? 元人間でも、今は魔物娘の一員なのですから、別にお金とか、ましてや領主の座にしがみついていたいだけ、というわけではないでしょう」
そうです。私たち魔物娘の一番の望みは、ただ大好きな人と一緒に淫らに過ごすことだけ。それ以外は二の次です。
「そうニャ。焦らなくても順番に話していくニャ。魔女のしたことはもう一つ。街の重要なポストにある者は、魔女が決めた、名前を名乗ることニャ」
後ろでロリヤギとアイアンヴァージンが、また喚いています。
「名前を奪って、自分が決めた名前を与える。それは……」
「緩やかにゃ、存在の書き換え、ニャ」
カール、さんの言葉に、部屋がシーンという音が聞こえてきそうなくらいに静まり返りました。喚いていた残念主従だって、さすがに黙しました。
そこから先は落ち着いたメイちゃんが話してくれます。
「そうじゃ、ワシとて、魔女が何のためにそれを言い出したのかは読めた。じゃが、すでに魔女に誑かされておったものどもによって、押し切られたのじゃ……」
メイちゃんが忌々しそうに歯噛みしています。
「魔女が結局、何がしたいのかは分からぬ。ヴィヴィアンが言った通り、奴とて魔物娘、決して私利私欲のみで行なったわけではないとは思うのじゃ。……じゃが」
メイちゃんの瞳孔がスッと、横に細まります。彼女は拳を力強く握りしめて、牙を剥き出しにして吠えました。
「ヤリすぎじゃ! あやつは踏み込んではならぬところまで踏み込みおったっ!!」
幼女の顔が憤怒に染まっています。
「でも、だったら、すぐに魔女を追い出すなり、領民に訴えるなりすれば良かったじゃない」
私の言葉に表情には怒りをたたえたままであっても、メイちゃんの瞳には少しだけ寂しそうな色が宿りました。
「……お主、ワシにそれができると思うのか? さっきカールも言っておったじゃろう。魔女を支持することは領民にとって当たり前のことになってきておるのだと。今ワシが領民に訴えたところで、誰も聞きはせぬよ。魔女を力で追い出したところで、領民はワシを責めるだけじゃろう……。ワシにとって、この街はな、ワシがこの姿になってから作って、初めて落ち着けた街なのじゃ……。例え当時から生きておるものは少ないと言えども………ワシは領民に怖がられてはいても、嫌われたくはないのじゃ」
「……メイちゃん」
私は何も言葉を返すことが出来ません。カール猫さんもアリアさんも目をつぶって、沈黙しています。
「……ハッハ。今ではワシは領民にとっては怖かった元領主ではなく、キョニュー特選隊隊長のキョニュー。領民を楽しませるだけのただのピエロでしかないのじゃ……。筋肉ばかりにかまけていたのが、悪かったのかのぅ? 夫と出会えて嬉しくて楽しくてしかたなかったんじゃがのう……」
「いいえ、悪かったのは夫さまでも筋肉でもなく、魔女です」
アリアさんが慰めますが、メイちゃんは自嘲的な乾いた笑いを漏らすだけです。
私は………、こんなメイちゃんの姿を見ることになるとは思っていませんでした。思っていませんでしたし、見たくもありませんでした。
だから、私は決意しました。ブレイブたちがたとえ反対しようと私はメイちゃんに協力します!
メイちゃんにはルチアを倒すために、アドバイスをもらったり魔道具を作ってもらったり、……慰めてもらったり、数え切れないほどの恩があります。そして、何よりも私はメイちゃんが好きです!
私は私の仲間たち、ブレイブ、カーラ、白衣、アン、ケルン、ビクトリア、みんなの顔を見ました。みんな私を見て、それぞれの表情を浮かべながら、力強く頷いてくれました。
「わかったわ。メイちゃん、私あなたに協力します!!」
私の言葉にメイちゃんは大きく目を見開き嬉しそうに頷いてーーー、ニンマリと笑いました。
…………………。
………………、あれ!?
もしかしてハメラレタ!?
もちろん先ほどの言葉は嘘ではないと思いますが…………。
背筋の寒くなるような笑顔で幼女が私の肩をポンと叩きました。
早まったかもしれません……………。
16/11/05 09:24更新 / ルピナス
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