連載小説
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【力くらべ】
「前略、お父さん、お母さん、ごめんなさい」
バフォメットと別れてから走り続けていた魔女の前には一人の青年。
「私はお祭りに思い出を作りに来たはずなのに」
彼は触れれば折れてしまいそうなくらい線の細い体をしている。
「思い出どころか」
彼の手をとる魔女。絡められる二人の指。
彼を見つめる魔女の瞳は潤んでいる。


「前科を作ってしまいましたーーー!」
魔女の前には、魔女に激突されてピクリとも動かない青年。
肉体派の魔女に轢かれてしまってはこの青年の細さで耐えられるわけがないだろう。

「交通事故だ!」
「魔女に轢かれたぞ!」
「こいつニシンのパイ持ってるぞ」
「持ってちゃいけませんか!?。小腹が空いたんです」
「そんなことより担架だ。アホみたいに吹っ飛んだぞ」
周りの人たちも巻き込んで大変な騒ぎだ。

「だ、大丈夫です。僕もともと体が弱いから、派手に見えただけですよ」
トラックに惹かれたかと思った。青年はか細い声で言う。
魔女の手を握り返しながら、(息を吹き返す)起き上がる青年。
彼に手を握り返されて、ドキドキしてしまう魔女。
なんて弱い力。私こんな人に思いっきりぶつかっただなんて。下手すれば死!?
その可能性を考えて青ざめてしまう魔女。ドキドキの種類が違う。

魔女に支えられながら立ち上がる青年。
軽っ。本当に大丈夫でしょうかこの人。
「ぶつかってしまった私も悪いので、大丈夫になるまでついていてあげます」
「そんなのいいのに、ありがとう。優しいんだね君」
青年の儚げな笑みに魔女は今度こそドギマギしてしまう。
きれー。私より綺麗なのでは!?。いやいや、私は可愛い方で通しているので、男に負けるなんてそんなことはありえません!
やはりドキドキの種類が違う。
魔女に相手が出来ないのは、その素行と思考に問題があると思う。

「さぁ、行きましょう!!」
「ちょっと待って、速いよ」
ずんずんと進む魔女に引きずられ気味の青年。
魔女が手助けしない方がいいのかもしれない。


「どぅおっ、せぇぇぇぇぇいっ!」
魔女が腕相撲でウシオニを打ち負かした。
「「「すっげぇぇぇ!」」」
湧き上がる歓声。
「あの子、もうすでにミノタウロスにオーガ、ドラゴンまで倒してるぞ」
「もう俺、魔女を愛でることはできそうにないよ」
「後はウェンディゴの夫だけだ!。手、握れんのかよ。手のひらだけで魔女の頭ぐらいあるぞ」
そして、魔女はウェンディゴの夫まで打ち倒す。

「「「うおおおおおおおおおお!!」」」

湧き上がる歓声。屋台の店々を揺るがせる大音声。
右手を突き上げて歓声に応える魔女。
「やっちまったー」
「新たな伝説が今刻まれたー!!」
「チャンピオ〜ン、君こそチャンピオンだー」
「デビルバグちゃんと闘って欲しーい」

ウェンディゴから商品を受け取る魔女。
「ねぇねぇ、うちの店で働いてくれないかなぁ〜」
「ごめんなさい。それはちょっと」
「あたしらからもお願いしたいね」
「姐さんと呼ばせてや頂けないでしょうか」
魔女の姐さんは屈強な魔物娘たちから囲まれてしまう。

「うわぁ」
魔女と一緒にいる青年の方が声を上げてしまう。
「ごめんなさい。そういうのは本当に結構なので!」
青年をお姫様だっこで抱えて走り去っていく魔女。
「はぇぇ。あれにはコカトリスだって追いつけないぞ」
「あんな勢いで誰かにぶつからなければいいけれど。あんな物にぶち当たったら、まるっきし交通事故じゃないか」
戦々恐々とする残された人々だが、魔女はすでに事案を引き起こし済みだった。


魔女は森に入ったところでようやく足を止めた。
腕の中の青年はもう息も絶え絶えだ。その様子を見て、魔女から血の気が引く。
「だっ、大丈夫ですか?。ごめんなさい、体が弱いと言っていたのに、あんな速度で」
全くである。
「大丈夫だよ」
腕の中から魔女に笑いかける青年。その柔和な微笑みに魔女はドキドキしてしまう。
走りすぎたかな。いつもはあれくらいじゃこんなにドキドキしないのに。
やはり残念な子だった。

「僕、君のこと好きだな」
「ふぇぇぇぇ?」
青年の突然の言葉に魔女は変な声を上げてしまう。
「す、好きって、同性として?、じゃなくて異性として?」
青年の儚げな様子に思わず妙なことを口走ってしまう。
「ぷっ、同性って僕は男だよ。もちろん異性としてさ。元気で可愛い魔女さん。それとも姐さんの方がいいかな?」
悪戯っぽく微笑む青年。
「あ、あう。姐さんは、やめておいてあげてください」
青年を抱っこしながら二つの意味で魔女は真っ赤になってしまう。
ま、まさかやっと私にも夏がやって来てくれんですか?、そうなんですね!。ありがとうございます、龍神様。
思わず龍神様に祈ってしまう魔女とそれを見て青年は穏やかに笑いかける。
ここに新しいカップルが誕生した。

柄の悪い男性のおかげではないので、彼の勝率が100%に届くことはもう無い。


【魔女ルート・完】










なわけがなく、魔女の祈りは龍神様に届いた。

「待ぁてぇぇぇぇぇぇ!。童貞置いてけ、なあ。魔法使いだ!!。魔法使いだろう!?。なあ魔法使いだろおまえ」
「捕まってたまるかよ。俺はお前みたいな熟れた狼より、龍ちゃんがいいんだよ」
追いかけるワーウルフと逃げる男性。
「あなたこそ待ちなさい。そいつは私の獲物よ!」
「待たん。戦場での童貞の取り合いは早い者勝ちじゃ!」
それをさらにリリムが追いかけていた。
「待てって言ってるでしょ!?」
「処女捨てがまるは今ぞ!!」
男性を捕まえてのしかかるワーウルフ。
「てめえ…、この野郎。この野郎手前ェ!!」
リリムが勢いのままに魔力弾をぶっ放す。

「え、ちょっと何で。何でこっち来るのーーー!」
リリムの放った魔力弾に魔女と青年は巻き込まれてしまう。

男性とワーウルフとリリムは縺れ合いながら、森の闇の中へと消えていった。合掌。



「う、ん?」
目を覚ました魔女は自分の態勢に気づいて慌ててしまう。
魔女は青年に膝枕をされていた。
「あ、起きた?」
魔女の目に入ったのは、先ほどよりも随分と血色も良くなり、先ほどよりも美しくなった青年。

「え?」
魔女は湧き上がってくるイヤな予感にごくりと喉を鳴らしてしまう。
「どっちだ?、どっちだ!?」(はるあき風に)
不安に押しつぶされそうになりながら魔女は尋ねる。
青年(?)はおもむろに浴衣の裾に手をかける。そうしてゆっくりと露わになった股間にはついていたはずのものが無くなっていた。
「あ、あ…」
魔女の口からは乾いた声が漏れ、涙が頬を伝う。
「僕、女になっちゃったみたい。でも、なんだか体が軽いんだ」
彼女ははにかみながら小さく飛び跳ねる。元からの儚さも相まってとても色っぽい。

その様子を見ながら、魔女は虚ろな瞳で思った。
もう、これはこれで、あり、かな。
気が付きたくはなかったが、下腹部がキュンとしてしまった自分に気づいてしまったのだった。


「龍神様のバッカヤロオオオオオオオ!!」
妙な雰囲気にざわめいている森の中に、魔女の悲しい雄叫びが響いたのだった。
16/06/20 01:28更新 / ルピナス
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■作者メッセージ
魔女の超特急便。
魔女さんの受難は続く。

ちなみにこのリリムさんは別に重要な立場にいる方ではありません。
ただ単に、青年をアルプにするために登場していただいただけなので悪しからず。

もう一つの連載と交互に掲載していきますので、こちらの連載の更新は明後日に行います。

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