連載小説
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16.天の処刑人
「カーラお姉ちゃん、嘘だよね。そんな、こんな。うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ブレイブが半狂乱になって叫ぶ。
鎧もぷるぷると震えている。
「まさか、カーラさん」
白衣は俯いて顔が見えない。

「はっは。なんとか殺せたとはいえ、私も消耗し過ぎてしまいました。もう逃げるくらいの力しか残っておりませんねぇ」
あくまで涼やかにザキルは語る。

「あなた、ただで逃げられるとお思いですか?」
白衣がザキルを睨みつける。
「ええ、もちろん。それでは逆にお聞きしますが、あなた方で私を倒せるとでも思っているのですか?」
白衣が黙る。
「そうでしょう。私はもう逃げるくらいの力しか残っておりませんが、逃げるだけならば容易い」
ザキルがほくそ笑む。
「それに、来ましたよ。絶望の運び手が」
みなが視線を向けた先には。

神々しい輝きを放つ8枚の翼を背負い、血塗られた瞳で眼下を睥睨する、天の女王と呼べるほどの存在感を放つ戦乙女がいた。
「なーんだか、いい感じに温まってるわねぇ」
ルチアがザキルの隣に並び立つ。
「そんな姿、久しぶりに見ましたよ。それほどまでに彼女は手強くなっていましたか?」
「ヴィヴィアンならぜーんぜん。これが私の武器だー、って格好つけてたけど。手応えなくてつまんなかった。最後にはぼろぼろ泣き出しちゃってさ。みっともないったらありゃしない」
ケラケラとルチアが笑う。
「それならばその姿は?」
「もう一匹いたドラゴン。ヴェルメリオってのが思ったよりも楽しめてね。王様を檻にに入れて閉じ込めちゃっててさ。なかなかやるのよ。6枚でも倒せたんだけど、粘りそうだったからもう8枚でなますにしてやったわ」
ブイ、とザキルに向かってピースをしてみせる。

「あの二人を相手にして無事だなんて」
白衣が驚愕の表情をみせる。
「無事じゃないわよー。ちょっち手が焦げたし、肋も持っていかれちゃった。もう治したけどねー」
ひらひらとルチアが手を振る。

「ヴィヴィアンとヴェル姉さんをどうしたの?」
「どうしたって、ほっといたわよ。死んだかどうか知ーらない。自分で確かめれば?。出来るもんならね」
ルチアのその言葉を受けてブレイブは立ち上がって走り出す。
「許さない。みんなを返せ!」
「駄目です、ブレイブさん!」
白衣も、アンも止めようとしたのだが、ブレイブを止めることはできなかった。

そんな、馬鹿な。
白衣は信じられなかった。いくら布の体だとはいえ、魔力を扱った一反木綿が止められないとは。

「わぁぁぁぁ!」
ブレイブがルチアに向かって手を振り回す。
「どっきゅーん」
しかし、ルチアが無造作に放った前蹴りで吹き飛ばされてしまう。いわゆるヤクザキックだ。

べしゃっ、とカーラだった血だまりにブレイブが投げ出される。
「うっ、ううっ」
ブレイブの瞳に涙が滲む。
「うふふ。勢いだけじゃどうにもならないのよ。お勉強になってよかったわね」
ルチアの無慈悲な声がブレイブ耳を苛んだ。


「で、あの血溜まりっって。もしかしてあの面倒くさそうな女剣士だったりするの?」
「そうですよ。強敵でしてね。私も8割がた削られました」
「うわダっサ。え、8割ってことはもう枝を打つだけですっからかんじゃない」
ルチアの言葉にピクリとザキルの体が震える。影が大きく揺らいだようにも見えた。

「そのことなのですが」
ザキルが懐から、何かを取り出した。
そこにあったのは。

「フザっけんじゃなわよ。何してくれてんの、あんた」
ルチアの拳がザキルの頭部を貫いて弾けさせる。

ぞりゅっ、という音とともにザキルがルチアから飛び退る。這い退るといった方が正しいだろうか。
ザキルが見せたのは、ミストルティンの枝。
それは真っ二つに折れていた。

「私の不手際であることは弁解しませんが、そもそもその要因となる彼女たちを引き寄せたのは、貴女である事は忘れないでいただきたいですね」
口だけを作り出して紡がれるザキルの言葉にルチアが唾を吐く。
忌々しそうに、その美貌を醜悪に歪める。
「それじゃあ、今回の神殺しは失敗ってことじゃない。これから天界に戻って別のを持ってくるにしても時間がかかりすぎる。それだけ時間がかかれば、向こうに手を打たれる。くそっ、くそっ、クソがぁぁぁっ!」
麗しい唇から汚い言葉が放たれる。
ルチアの怒気に空気が震えて瓦礫が吹き飛ぶ。ブレイブをたちは身が竦んで動けなくなっていた。


「あーもう。ウザい、ウザぁっ!」
ルチアが血走った目をブレイブたちに向ける。
ルチアの矛先を受け恐怖で体は震えて歯がカチカチと音を立てる。
「スパッ、と殺そうと思ってたけど。むしゃくしゃするから、やっぱりいつも通り嬲って殺そう。そうれがいい。生まれてきたことを後悔するくらい、死ぬことだけが希望だと思えるほどにっ!」
凶悪な眼差しがまっすぐにブレイブを射抜く。
ブレイブは恐怖で生唾を飲み込んでしまう。

「で、ヴィヴィアーン?。いるんでしょ、分かってるわよ。別にそのままでもやることは変わらないけど、ちょろちょろされると目障りだから出て来といてよ」
「目的が失敗したのならそのまま去りなさい。そうでなければ、その男を打つわよ」
強い声音でヴィヴィアンが右手を構えながら木陰から姿を現す。
「おやおや、怖い怖い」
ザキルが両手を挙げてみせる。
「あんまり怖いので、お先に逃げさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「あんたもう本当にすっからかんじゃない。そんななりで逃げられるの?」
ザキルはすでに元の姿に戻ってはいるが、頭を吹き飛ばして最後の力を失わせたのはルチアだ。
「誰のせいだと思っているのですか。イヴィールナ!」

ザキルの影が蠢いて何かが飛び出して巻きつく。
それはザキルが流体になった時のものと似ていた。
「そうなの、彼女を使うんだ」
現れたのはショゴス。まるでザキルをを抱きしめるかのように彼に巻きついていく。
女性らしい凹凸と顔も見て取れる。頭はザキルの肩で顔を埋めているように見える。
ザキルは愛おしそうに彼女を撫でる。
だが、彼の顔は同じ微笑みのままだ。

「ショゴス?」
突然現れた魔物娘にヴィヴィアンが狼狽える。
「はい、私の最愛の妻で、私が殺してしまった女性です」
「殺した、って、現に今生きているじゃない」
「いいえ、これは突然私の体から生えてきたのです。彼女の本体は魔力を枯渇させた後、燃やしつくして殺しました。もしかしたら、その時の灰を取り込んでしまったのかもしれませんねぇ。ですが、これは私の一部であって彼女ではない。そして、彼女は決して目を開きません」
ザキルの言う通りに彼女の瞼はぴっちりと閉じられている。もともとそれは開かないものだったかのように。
「まぁ、私の一部とは言っても自由に動かせるわけではありません。私の呼びかけには答えてくれるのですが、簡単なお願いしか聞いてくれないのですよ。例えば、この場から逃げさせて欲しい、とかね」
ザキルの口元が吊り上がる。

その言葉に反応したかのようにイヴィールナの抱きつく強さが増す。
「でも彼女がショゴスであるならば」
「これは本当の彼女でいつか目を覚ますと?」
ヴィヴィアンの言葉をザキルが切る。
「そんなことはありえませんよ。今まで私が何も試さなかったとお思いですか?。何より、それに私はそんなこと望んでいない」
ザキルの目に初めて激情らしきものが浮かぶ。それに合わせてイヴィールナの体がピクリピクリと蠢く。
「私はあなた方魔物娘というもの達の、そのオメデタイ頭の中が嫌いだ。過去にどんなに辛いことがあったとしても、今愛し合うことができればいい。愛し合って互いが幸せであればそれでいい。それは確かに大事なことなのでしょう。素晴らしいことなのでしょう。亡くなったものが、ゾンビとして、グールとして、あるいはスケルトンとして。再び出会うことができ、愛し合うことができたのならば、なんと幸せなことなのでしょう。確かに、確かに」

ザキルの激情を宥めるかのようにイヴィールナは抱きつきながらビクビクと震える。
「ですが、それならば過去はどうすればいい。今まで抱いてきた憤慨を、痛みを、嘆きを、罪を。全てなかったこととして相手を愛することができれば、本当になかったことにできるのでしょうか。そんなこと出来るはずがない。相手を見れば思い出すはずだ。自分が殺してしまった温もり、呼吸、鼓動を。私は、魔物娘が嫌いだ。死者とも愛を語れという魔物娘が嫌いだ。そんな奴らが蔓延っているこの世界が嫌いだ。だから願います。私の願いは最初の主神に復活していただき、この世界を真っさらにしていただくこと。私の望みは真っ白くどこまでも続く荒野だ」
そんなザキルを抱きしめ続けているイヴィールナ。まるでザキルの心を守っているようにも見える。

「あなたがそんなにも声をあげるなんて珍しいじゃない」
「そうですね。やはり力を使いすぎてしまったようです」
「珍しいものを見せてもらったから、あなたは帰っちゃっていいわよ」
「ありがとうございます。それでは皆様方、私はこれで失礼いたします。出来ることならば、もうお会いしませんように」
丁寧にお辞儀をしたザキルをイヴィールナが影へと引きずり込む。
「あなたはそれでいいの!?」
ヴィヴィアンがイヴィールナに叫ぶ。
しかし、イヴィールナがザキル以外に反応することはなかった。


影も形も消えザキルとイヴィールナは去って行った。
「勿体無いわねぇ。これから始まるショーを見ずに帰っちゃうなんて。ま、あのビビリくんなら仕方がない、か」
ルチアは改めてヴィヴィアンを見据えた。
「で、ここからあなたは何をできるのかしらぁ?」
ワクワク。ルチアは口に出して言う。

「うおおおおっ!」
「ほいほい、ご到着っと」
槍を構えながら頭上から降ってきたヴェルメリオを、ルチアは手にした剣で難なく弾き飛ばす。
「ぐぅっ」
ヴェルメリオが瓦礫を撒き散らしながら地面を転がっていく。
「はーい、皆さん感動の再会です。これで仲良くみんなで死ねるわけだ。おっめでとー。あ、でもでも、もうすでに1人はいないんだっけ」
あはははっ、と無邪気にも見える悪意しかない笑い声をあげる。

「1人?。まさか、カーラ!?」
あたりを見回したヴェルメリオが驚きの声をあげる。
「勘違いしないでよねっ、彼女を殺したのは私じゃないんだからっ」
ルチアが頬を膨らませながらそっぽを向く。悪ふざけが過ぎる。
「貴様らっ、どこまで卑劣なのですか!」
ヴェルメリオが吠える。
瞳孔は縦に細まり獰猛に牙を向く。
「カーラ、貴女は勇者っだのではないですか、ブレイブを守るのではなかったのですか。ブレイブを残して、私たちを残して勝手に死なないでください!」
しかし、ヴェルメリオの慟哭は虚しく響くだけで応えるものはいなかった。


「だから言ったでしょ。死んでるって。ドラゴンともあろうものが奇跡なんてものに縋ってどうするのよ。この世界にはね、魔法はあっても奇跡なんてものはないのよ」
ルチアが天に手をかざして聖言を唱える。

”御身の恩寵はこの身に与えられ、遍く全てを照らし出す”

天に描かれる10の円とそれぞれをつなぐパス。
その中心の円が輝いてルチアに光が落ちる。

「ティファレト」
その宣言でルチアの身が輝き出す。
鎧が輝きワンピースのよう裾の長い真っ白な服に変わる。彼女の背中には10枚の翼。
光輝が彼女の頭上に集まり天使の輪ができる。

溢れ出し放射される神聖な輝きにヴィヴィアンもヴェルメリオさえも圧倒されてへたり込み、立ち上がることができない。
「見なさい。これがあの方が私にくださった美。かつて12枚の翼をいただいていた頃の輝きには至れないけれども、あなたたちをひれ伏せさせるには十分でしょう」
荘厳な雰囲気をまとい、神聖な衣に身を包む彼女は先ほどまでと同一人物だとは思えない。
血塗られた瞳ですら、罪を代わりに請け負った証かのように見えてしまう。
「そこでそのまま愛する者が生きながら解体されていく様を眺めていなさい。己の無力を噛み締め、私に許しを乞い願いながら」


ルチアがゆっくりとブレイブの前に立つ。処刑人のように、正しく神の裁きを下すように、与えられるのは正しい罰であると錯覚してしまうくらいルチアは美しく輝いていた。
ブレイブはうな垂れたまま顔を上げることができない。
アンも、白衣ですら打ちひしがれたまま動くことが出来ない。


「始めましょう」
ルチアの宣告は鐘の音のように響いた。
16/06/15 00:44更新 / ルピナス
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ルッチーの八つ当たりスタート

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