15.兇刃の行方
「ははっ、息が上がってきたのではないですか」
ザキルの熾烈な攻撃にカーラの鎧が徐々に削られ傷が増えていく。
「何を馬鹿な」
カーラは言葉の上だけでも余裕を保とうとしていたが内心には焦りが広がっていっていた。
両手に握った大剣で降り注ぐ武器の嵐を弾いていくが数が多すぎる。
「背後がガラ空きですねぇ」
上下左右から繰り出されていた凶器の弾雨が背面にも加わる。
鞭の軌道が螺旋の渦を描いて走る。槌が脳天に振り下ろされる。鋸の歯もつ長剣が左右から迫る。
鉄球が、棍が、斧が、槍が、矢が。ありとあらゆる方角、角度から放たれていく。
苛烈で執拗なザキルの攻撃は絶え間なく、カーラに息つく暇さえ与えない。
カーラはそれらを弾き、いなし、叩き落す。対処できないものは致命傷だけは受けないようにして体で受ける。
実際の時間は短くとも熾烈な攻防によって時間の密度は高められていた。
いくら人間よりも強靱な体力と体格を持っているとはいえ、極限まで高められた緊張は精神力を削り限界は訪れる。
「がぁっ!」
低い射出点から放たれた矢がカーラの足に突き刺さった。カーラは思わず膝をついてしまう。
「やっと喘いでくれましたね。素晴らしく持ったとは思いますが、もう我慢するのも厳しいでしょう」
ザキルが大仰に手を広げて、カーラに言葉を投げかける。
「抵抗を止めてください。そうすれば楽に殺して差し上げます。もちろん彼らもすぐに後を追わせてあげましょう」
「何を馬鹿なことを」
汗を浮かべて肩で息をしながらも、カーラが諦めることはない。
「強情ですね。抵抗するというのならばより狙いやすくさせてただきましょう」
「ぐぁぁ」
カーラに刺さっていた矢が蠢いて形を変える。矢もザキルの体の一部だ。
矢は紐状になってカーラの手足を拘束する。ザキル本体の流体も加わってカーラを磔にする。
ザキルに捕らわれるという屈辱にカーラは憤る。
「貴様ぁ。放せぇぇ!」
「おお、怖い怖い。ルチアさんならばこれから嬲るのでしょうが、私はそんなことはしません。一思いにさっさと殺すことにしましょう。あなたの成長速度は危険だ」
ザキルの首から上が大剣に変化する。ジパングに伝わるとされる斬馬刀に似ている。繊細な操作は出来そうにないが叩き切り、切り潰すには適した形状だ。力と速度に任せてカーラを切り潰すつもりなのだろう。
「さあ。さよならです」
アーメン。
ザキルは斬馬刀を振り被る。
カーラは歯を噛み締めながら振り下ろされる大剣を睨みつける。
カーラの目前に鈍い刃が迫る。
もう処刑されるのを待つのみという状況でも、依然としてカーラの目から光は消えてはいなかった。
「はぁぁぁぁっ!」
カーラの気合いとともに鎧の形状が変わり、何百という棘が飛び出す。棘はザキルの拘束をズタズタに引きちぎった。
「何ぃ!?。だがもう遅いっ!」
ザキルはそのままカーラに斬馬刀を叩き込む。
カーラの兜が大剣に変化する。彼女は両手をあげる勢いそのままに柄をつかみ斬馬刀を受けて弾く。
ザキルは舌打ちを鳴らしながら再び武器を展開させる。カーラに何百、何千という武器の嵐が吹き荒ぶ。
カーラは大剣を二つに割って二刀で対応する。しかし、それでは先ほどと同じだ。だから今度は四刀。両足を覆う鎧の部分を変形させて四つの剣で対処する。傷ついた足は鎧で覆って鎧で動かす。
自ら動かしているという点では違うが、リビングアーマーをまとって戦うような要領だ。
頭部を再び覆った兜の先からも剣が伸びる。これで五刀。
「時間をかけすぎましたねぇ。ここまで成長させてしまうとは」
矢の一斉射撃。もはや雨ではなく滝のように降り注ぐそれをカーラは全て弾き切る。肩甲骨の辺りからは翼のようなブレードが左右に伸びている。
「もう完全に人間を止めましたか。私も人のことは言えませんが、なんと悍ましい姿でしょう」
ザキルの体の大半を費やして巨大な刃が形成される。地面と水平になったギロチン台。大質量のギロチンの刃がカーラに打ち出される。カーラはそれを飛び上がって避ける。
「残念、そこは死地です」
ギロチンに注意を向けさせた横でザキルは砲台を作り上げてカーラに照準を合わせていた。先ほどまで打ち出していた矢も全て回収して弾として詰め込んでいる。
「砕け散りなさい」
カーラに向けてギロチンにも負けない大質量の凶弾が打ち出された。
「お前がなぁぁ!」
カーラの背中から熱気が噴射されて加速し、落下速度をあげる。
背面を抜けた弾丸は背部の鎧を抉り取っていったが、カーラは脇目も振らずにザキルに降りる。
全身を覆う鎧をさらに変形させて巨大な三角錐の形でザキルに落ちる。
轟音を立てながら、ザキルを貫いてカーラは地面に降り立った。
衝突の衝撃でザキルの体の大半は吹き飛んでいる。
この体ならば死んでいることはないだろうが、小刻みに痙攣しているのでもはや戦闘不能だろう。ブレイブたちを捉えていた岩の部屋も流体状になって流れ落ち、大きく水たまりの様に広がっていった。
流石のカーラでも今の戦闘ではかなり消耗していた。両膝をついたまま立ち上がることが出来ない。
自由になったブレイブたちが駆けつける。
「大丈夫ですか。カーラお姉ちゃん」
「全くあんな無茶をして捕まった私たちも悪いのですが、心配しましたよ」
白衣がカーラに回復魔法をかける。
白衣の回復魔法によって傷が塞がるとカーラは。
「うぉぉぉぉっ!。ブレイブきゅーんんん!!!!」
ブレイブに飛びついた。
「わぁぁぁぁっ!?」
「ぐぅぅ!?」
「こら、ダメですよカーラさん。まだ傷も表面が塞がったばかりなので、あんまり暴れると痛むでしょうに」
白衣の言葉通りにカーラは痛みに顔をしかめている。
「そうだな。私は全身が痛い。千切れるほどだ。だから、ブレイブきゅん!。私の怪我をしたところを舐めて直してくれ。全身くまなくペロペロしてくれぇっ。それこそが、それだけが私にとっての最良の傷薬だぁぁっ!。あの男が不快なことを言っていたが、私は喘いでなんていないぞ。私が喘ぐのはブレイブきゅんに気持ち良くしてもらった時だ。もちろん怪我してないところだって、あんなところだってこんなところだって、ペロペロしてくれて構わない。というか、私をブレイブきゅんの唾液と精液まみれにしてくれ、お願いだぁぁ!」
カーラがブレイブに抱きつきながらまくし立てる。
「うひゃっ、くすぐったいぃ」
それどころか今し方習得したばかりの形態変化を駆使して、アンの隙間から中に入り込んでブレイブの体を弄っていた。
技術は戦闘時に発展して、平時に戻れば真っ先にエロに使われるのだ!
「ちょっとカーラさん。ブレイブと再会できて嬉しいのはもちろんわかりますが、今はまだ戦闘中です。先ほどの巨人もルチアというヴァルキリーもどうなったことか。お二人が心配です」
「ん、む。それもそうだな」
名残惜しそうにカーラがブレイブから離れる。だがブレイブを弄りに行っている自分の一部は切り離してこっそりとブレイブに残した。
「カーラお姉ちゃん。なんだかまだムズムズするんだけど」
「そうか。気のせいだ。忘れろ。気になるのならば、ブレイブきゅんが私をペロペロする前に、アンを剥ぎ取って私がブレイブきゅんにを入念にチェックしてペロペロしてしまうぞ。いや、うん。むしろするべきだな。しなくてはならなぁぁい!」
再びブレイブに迫ろうとするカーラ。
「何またブレイブさんに迫っているのですか。ブレイブさんのチェックとペロペロは牢の中で私がすでに済ませているのでご心配なく」
「なん…、だとぅお!?。貴様、私が命がけで戦っているのを見ながら、それを肴にペロペロ、ハアハアしていたのか!?。なんと羨まけしからん。やっぱり私にもペロペロ、ハアハアだ。ブレイブきゅーん」
アンがカーラの突進を避ける。
「ぐぬぅぅ。アン、お前もその状態ならばブレイブきゅんをペロペロハアハアしていたのではないか?。いや、そうだそうに違いないぃっ!」
カーラの追求に、アンはブレイブに装備されたままもじもじしながら指先をちょんちょんと合わせている。これはアンだけではなく、ブレイブ自身も行っているのではないだろうか。
「貴っ様らぁぁぁぁぁっ!」
血涙を流しそうなくらいの勢いでカーラが憤っている。
ブレイブ一行はいつもの様子でギャンギャン騒ぎ立てながら、騒いでいるのは主にカーラというかカーラだけなのだが、その場を去ろうとする。
ブレイブを救出し触れ合って緊張の糸が解けていたその時間、他の二人の心配に心を移したその刹那。
すでに倒したと思っていたザキルに気を止めていなくても、誰がカーラを責められるだろうか。
飛び散ったザキルの破片は大きく広がった流体に集まり再集結しさざ波が立つように静かに波打っていた。
表面上は大きさは変わらないように見えていたがその実、気がつかれないような密度まで薄められた流体がカーラたちの後を追い、カーラの足首に巻き付いていた。
「何を安心しているのですか?。私はまだ死んではいませんよ」
無機質で男か女かわからない声が響いた。
カーラが反応するよりも速く彼女の足首に巻き付いた流体が密度を高める。足を引かれてカーラが地面に倒され、その上に粘体と呼べるまでに密度を高めたショゴスの体が覆いかぶさる。
「あなたは危険です。だから、ここで確実に殺しておきましょう。すり潰されなさい」
”ディメンジョン・プレス”
粘体がカーラを押し潰す。
バキバキと鎧を砕く音が響く、ブチブチと肉を潰す音が響く、ゴリゴリと骨をすり潰す音が響く。
圧砕機と化したザキルがカーラをすり潰した。
後に残ったのはカーラの残骸が混ざった血だまり。
いくらカーラと言えども、血を送り出すための心臓まで潰されてしまっては復元することはできないだろう。
残されたブレイブたちは一瞬のうちに肉塊どころか、骨一つ拾い上げられないほどに擦りぶされたカーラに声ひとつあげることもできない。
「はっはっは。潰し殺してやったぞ!」
ザキルの高笑いだけが響く。
「そ、んな。カーラお姉ちゃん…。う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ブレイブの叫びが青空に虚しく吸い込まれていった。
◆
青い空の中で切り結ぶ、銀と赤。
純白の戦乙女の翼と真紅の竜の翼が縦横無尽に宙を駆ける。
幾重にも斬り結ばれる銀の剣閃と赤の槍閃。
幾重にも重なり合う剣戟の音が宙空に響いていた。
「はぁぁっ!」
「あっはははぁ!」
直線を走る赤の軌跡は音速などとうに飛び越している。
もはや目で捉えることのできないそれは金糸の髪を掠めていく。
”バーンエッジ”
ヴェルメリオは槍に炎をまとわせてそのままやりを横薙ぎにする。
”ホーリースラッシュ”
炎の斬撃にを受け止めるのは光の剣撃。
合わさる斬撃の波動が空を走る。
遠目に見れば、白昼の青空に赤と銀の稲妻が走っている様が見られるだろう。
それをすでに数十合は繰り返している。
両者の力は拮抗し膠着状態が続く。
だが、両者の顔を見ればどちらが押しているかはわかろうものだ。
「はっ、あははっ。ここまで出来るなんて思ってなかった。楽しい。楽しいわ。ドラゴンさん。名前を教えてもらえないかしら。聞いてはいたはずだけど、興味ないから忘れてたー。めんごっ」
久方ぶりに戦える相手に出会えて、ルチアは心底楽しいとばかりに高揚している。
「ヴェルメリオです。これほどの力を持ちながら、なぜ悪行に振るう?」
対するヴェルメリオは言葉を発することはできるものの、これまでのルチアとの攻防に全霊を傾けていた。気迫のこもった表情でルチアに問いかける。
「また、そっち系の質問?。止めてよ。萎えるじゃない。後でヴィヴィアンから詳しく聞けばいいじゃない。生きてたら、ねっ!」
”ホーリー・レイ”
剣戟が離れる隙に片手を剣から放して光線を放つ。
”ファイア・レイ”
ヴェルメリオの口から収束されたブレスが発射される。
二人の至近距離で爆発が巻き起こった。
迸るエネルギーは光となって彼女たちの視界を奪う。
その中をルチアは宙を蹴ってヴェルメリオに肉薄する。
横薙ぎに振るわれるロングソード。
しっかりと反応していたヴェルメリオは槍で受ける。
「ぐぅっ」
見た目に反した剛力を持つ戦乙女の一撃は竜の膂力を以ってしても御しきれない。
吹き飛ばされることこそないものの、あまりの衝撃にヴェルメリオの腕はしびれて一瞬の硬直が生まれる。
その隙をルチアが見逃すはずはない。さらなる追撃を加えようと手首を返して切り上げる。
ヴェルメリオはなんとか受け止めている。
何度も受けていてはまずい。
背筋に寒いものを感じるヴェルメリオに容赦ないルチアの追撃が迫る。
「あっははは。早く次の手を打たないと耐えきれなくなるわよぅ」
嬉々として連撃を繰り出すルチアの手は緩むどころかますます苛烈さを増していく。
さらに速くなる?!
速度を増すルチアの剣閃に堪え切れなくなったヴェルメリオはとうとう片手を放してしまう。
「ちゃーんす」
ルチアがここぞとばかりに強烈な一撃を見舞う。
しかし、それはヴェルメリオの誘いだった。
隙と見てとったルチアの剣には力みが入り、そのわずかな強張りで崩れたリズムにヴェルメリオは入り込む。
剣の根元を下からカチ上げて軌道をそらす。そのまま屈み込みながらルチアの懐に潜り込んで体を捻る。
竜の尾はそれ自体が凶器だ。しなやかで強靱な筋肉を内包して軸には堅固な骨が通っている。
鞭の速度と破壊力が槌の質量を持って振るわれる。その上、尾を包むのは固く鋭利な竜鱗。
鞭と槌と刃の特性を合わせた凶悪な尾が炎をまとって振るわれる。
竜の尾がルチアにまともに入って彼女を吹き飛ばした。
「がぁぁぁぁぁぁっ!」
獣じみた声を上げながら吹き飛ぶルチア。だが、彼女は魔力を逆向きに放って踏みとどまる。
鎧が砕けて口元には血の跡がある。
「ちょっと油断しちゃったなぁ。久しぶりに思いっきり動いて興奮しちゃったみたい。でもね、私はやっぱり甚振る方が好きなの」
ルチアの雰囲気が変わる。空気が重さを増したように感じられる。
「ギアを上げるわ。誇りなさい」
ルチアの翼が増える。4枚だった純白の翼が6枚になる。魔力の量も質も上がる。
「あなた、今まで本気ではなかったのですか!?」
「違う違う。もち本気よ。出せる力の中ではね」
ルチアは不敵に笑う。
「さて、私はあと何回変身を残してるでしょう?」
力も速さも増したルチアの剣撃がヴェルメリオに襲いかかる。防戦一方ではあるものの、ヴェルメリオは辛うじて食い下がる。
「あら、まだ頑張れるんだ。じゃあ、一段階あげるわよ」
ルチアの翼がさらに増えて8枚になる。
「どーん」
「くっ」
とうとうヴェルメリオの槍が弾き飛ばされ、体に何条もの剣筋が刻み込まれる。
「ああああぁぁぁぁぁっ!」
ヴェルメリオの叫び声が空に響く。
「ここまですればオッケーね。じゃあ、楽しい陵辱タイムのはっじまりよー」
満足げに頷いたルチアの顔が嫌らしく歪む。ヴェルメリオは痺れてしまった両腕をだらんと下げて、ルチアに忌々しげな視線を送っている。
「まずはさっき私に痛い思いをさせてくれた、そのぶっとい尻尾を切り落とさせてもらおうかな」
ルチアの手の中の白銀の長剣が鋭く光る。
ヴェルメリオは歯を噛み締めながらルチアの剣を見ていた。
まだ抵抗の手はないかと考えるヴェルメリオ。ドラゴンの彼女ならばいくらでも攻撃手段はあるのだが、迂闊に自身の体を使ってしまうと切り落とされる結果になりかねない。
必死に考えるヴェルメリオを見ているのが面白いのかルチアはニヤニヤしながら、手を出さずに待っていた。
その時、二人の耳にブレイブの慟哭が届いた。
「ブレイブ?!」
ヴェルメリオはとっさにその方角を見る。
何があったのか。今すぐにでも飛び出していきたいが、ルチアを目前にしてそれはできない。
ブレイブの声を聞いたルチアが思い出したように口を開いた。
「あっ、忘れてた。私、小さい勇者くんを殺しに行くところだったんだ。ヴェルメリオとの戦いについ夢中になっちゃった」
いけない、いけない、とルチアは頭の後ろをかく。
「その様子だと、あの子を殺したらあなたも傷つくみたいねぇ」
ルチアの顔にニンマリとした笑みが浮かぶ。
「や、めろ」
ヴェルメリオが悲痛な声を絞り出す。
「やーだ。今の声を聞く限りザキルはうまくやっているみたいだし、止めの美味しいところは私がいただいちゃおうかしら」
ルチアが嬉々として飛び出していく。
「待てっ!」
ヴェルメリオも急いで後を追うが、傷ついた体では飛んでいるだけで精一杯でルチアに追いつくことは叶わない。
「くそっ、くそっ、くそぉっ!。無事でいてくださいブレイブ」
それでもヴェルメリオは傷ついた体に鞭打って、なんとかルチアを追いかけるのだった。
ザキルの熾烈な攻撃にカーラの鎧が徐々に削られ傷が増えていく。
「何を馬鹿な」
カーラは言葉の上だけでも余裕を保とうとしていたが内心には焦りが広がっていっていた。
両手に握った大剣で降り注ぐ武器の嵐を弾いていくが数が多すぎる。
「背後がガラ空きですねぇ」
上下左右から繰り出されていた凶器の弾雨が背面にも加わる。
鞭の軌道が螺旋の渦を描いて走る。槌が脳天に振り下ろされる。鋸の歯もつ長剣が左右から迫る。
鉄球が、棍が、斧が、槍が、矢が。ありとあらゆる方角、角度から放たれていく。
苛烈で執拗なザキルの攻撃は絶え間なく、カーラに息つく暇さえ与えない。
カーラはそれらを弾き、いなし、叩き落す。対処できないものは致命傷だけは受けないようにして体で受ける。
実際の時間は短くとも熾烈な攻防によって時間の密度は高められていた。
いくら人間よりも強靱な体力と体格を持っているとはいえ、極限まで高められた緊張は精神力を削り限界は訪れる。
「がぁっ!」
低い射出点から放たれた矢がカーラの足に突き刺さった。カーラは思わず膝をついてしまう。
「やっと喘いでくれましたね。素晴らしく持ったとは思いますが、もう我慢するのも厳しいでしょう」
ザキルが大仰に手を広げて、カーラに言葉を投げかける。
「抵抗を止めてください。そうすれば楽に殺して差し上げます。もちろん彼らもすぐに後を追わせてあげましょう」
「何を馬鹿なことを」
汗を浮かべて肩で息をしながらも、カーラが諦めることはない。
「強情ですね。抵抗するというのならばより狙いやすくさせてただきましょう」
「ぐぁぁ」
カーラに刺さっていた矢が蠢いて形を変える。矢もザキルの体の一部だ。
矢は紐状になってカーラの手足を拘束する。ザキル本体の流体も加わってカーラを磔にする。
ザキルに捕らわれるという屈辱にカーラは憤る。
「貴様ぁ。放せぇぇ!」
「おお、怖い怖い。ルチアさんならばこれから嬲るのでしょうが、私はそんなことはしません。一思いにさっさと殺すことにしましょう。あなたの成長速度は危険だ」
ザキルの首から上が大剣に変化する。ジパングに伝わるとされる斬馬刀に似ている。繊細な操作は出来そうにないが叩き切り、切り潰すには適した形状だ。力と速度に任せてカーラを切り潰すつもりなのだろう。
「さあ。さよならです」
アーメン。
ザキルは斬馬刀を振り被る。
カーラは歯を噛み締めながら振り下ろされる大剣を睨みつける。
カーラの目前に鈍い刃が迫る。
もう処刑されるのを待つのみという状況でも、依然としてカーラの目から光は消えてはいなかった。
「はぁぁぁぁっ!」
カーラの気合いとともに鎧の形状が変わり、何百という棘が飛び出す。棘はザキルの拘束をズタズタに引きちぎった。
「何ぃ!?。だがもう遅いっ!」
ザキルはそのままカーラに斬馬刀を叩き込む。
カーラの兜が大剣に変化する。彼女は両手をあげる勢いそのままに柄をつかみ斬馬刀を受けて弾く。
ザキルは舌打ちを鳴らしながら再び武器を展開させる。カーラに何百、何千という武器の嵐が吹き荒ぶ。
カーラは大剣を二つに割って二刀で対応する。しかし、それでは先ほどと同じだ。だから今度は四刀。両足を覆う鎧の部分を変形させて四つの剣で対処する。傷ついた足は鎧で覆って鎧で動かす。
自ら動かしているという点では違うが、リビングアーマーをまとって戦うような要領だ。
頭部を再び覆った兜の先からも剣が伸びる。これで五刀。
「時間をかけすぎましたねぇ。ここまで成長させてしまうとは」
矢の一斉射撃。もはや雨ではなく滝のように降り注ぐそれをカーラは全て弾き切る。肩甲骨の辺りからは翼のようなブレードが左右に伸びている。
「もう完全に人間を止めましたか。私も人のことは言えませんが、なんと悍ましい姿でしょう」
ザキルの体の大半を費やして巨大な刃が形成される。地面と水平になったギロチン台。大質量のギロチンの刃がカーラに打ち出される。カーラはそれを飛び上がって避ける。
「残念、そこは死地です」
ギロチンに注意を向けさせた横でザキルは砲台を作り上げてカーラに照準を合わせていた。先ほどまで打ち出していた矢も全て回収して弾として詰め込んでいる。
「砕け散りなさい」
カーラに向けてギロチンにも負けない大質量の凶弾が打ち出された。
「お前がなぁぁ!」
カーラの背中から熱気が噴射されて加速し、落下速度をあげる。
背面を抜けた弾丸は背部の鎧を抉り取っていったが、カーラは脇目も振らずにザキルに降りる。
全身を覆う鎧をさらに変形させて巨大な三角錐の形でザキルに落ちる。
轟音を立てながら、ザキルを貫いてカーラは地面に降り立った。
衝突の衝撃でザキルの体の大半は吹き飛んでいる。
この体ならば死んでいることはないだろうが、小刻みに痙攣しているのでもはや戦闘不能だろう。ブレイブたちを捉えていた岩の部屋も流体状になって流れ落ち、大きく水たまりの様に広がっていった。
流石のカーラでも今の戦闘ではかなり消耗していた。両膝をついたまま立ち上がることが出来ない。
自由になったブレイブたちが駆けつける。
「大丈夫ですか。カーラお姉ちゃん」
「全くあんな無茶をして捕まった私たちも悪いのですが、心配しましたよ」
白衣がカーラに回復魔法をかける。
白衣の回復魔法によって傷が塞がるとカーラは。
「うぉぉぉぉっ!。ブレイブきゅーんんん!!!!」
ブレイブに飛びついた。
「わぁぁぁぁっ!?」
「ぐぅぅ!?」
「こら、ダメですよカーラさん。まだ傷も表面が塞がったばかりなので、あんまり暴れると痛むでしょうに」
白衣の言葉通りにカーラは痛みに顔をしかめている。
「そうだな。私は全身が痛い。千切れるほどだ。だから、ブレイブきゅん!。私の怪我をしたところを舐めて直してくれ。全身くまなくペロペロしてくれぇっ。それこそが、それだけが私にとっての最良の傷薬だぁぁっ!。あの男が不快なことを言っていたが、私は喘いでなんていないぞ。私が喘ぐのはブレイブきゅんに気持ち良くしてもらった時だ。もちろん怪我してないところだって、あんなところだってこんなところだって、ペロペロしてくれて構わない。というか、私をブレイブきゅんの唾液と精液まみれにしてくれ、お願いだぁぁ!」
カーラがブレイブに抱きつきながらまくし立てる。
「うひゃっ、くすぐったいぃ」
それどころか今し方習得したばかりの形態変化を駆使して、アンの隙間から中に入り込んでブレイブの体を弄っていた。
技術は戦闘時に発展して、平時に戻れば真っ先にエロに使われるのだ!
「ちょっとカーラさん。ブレイブと再会できて嬉しいのはもちろんわかりますが、今はまだ戦闘中です。先ほどの巨人もルチアというヴァルキリーもどうなったことか。お二人が心配です」
「ん、む。それもそうだな」
名残惜しそうにカーラがブレイブから離れる。だがブレイブを弄りに行っている自分の一部は切り離してこっそりとブレイブに残した。
「カーラお姉ちゃん。なんだかまだムズムズするんだけど」
「そうか。気のせいだ。忘れろ。気になるのならば、ブレイブきゅんが私をペロペロする前に、アンを剥ぎ取って私がブレイブきゅんにを入念にチェックしてペロペロしてしまうぞ。いや、うん。むしろするべきだな。しなくてはならなぁぁい!」
再びブレイブに迫ろうとするカーラ。
「何またブレイブさんに迫っているのですか。ブレイブさんのチェックとペロペロは牢の中で私がすでに済ませているのでご心配なく」
「なん…、だとぅお!?。貴様、私が命がけで戦っているのを見ながら、それを肴にペロペロ、ハアハアしていたのか!?。なんと羨まけしからん。やっぱり私にもペロペロ、ハアハアだ。ブレイブきゅーん」
アンがカーラの突進を避ける。
「ぐぬぅぅ。アン、お前もその状態ならばブレイブきゅんをペロペロハアハアしていたのではないか?。いや、そうだそうに違いないぃっ!」
カーラの追求に、アンはブレイブに装備されたままもじもじしながら指先をちょんちょんと合わせている。これはアンだけではなく、ブレイブ自身も行っているのではないだろうか。
「貴っ様らぁぁぁぁぁっ!」
血涙を流しそうなくらいの勢いでカーラが憤っている。
ブレイブ一行はいつもの様子でギャンギャン騒ぎ立てながら、騒いでいるのは主にカーラというかカーラだけなのだが、その場を去ろうとする。
ブレイブを救出し触れ合って緊張の糸が解けていたその時間、他の二人の心配に心を移したその刹那。
すでに倒したと思っていたザキルに気を止めていなくても、誰がカーラを責められるだろうか。
飛び散ったザキルの破片は大きく広がった流体に集まり再集結しさざ波が立つように静かに波打っていた。
表面上は大きさは変わらないように見えていたがその実、気がつかれないような密度まで薄められた流体がカーラたちの後を追い、カーラの足首に巻き付いていた。
「何を安心しているのですか?。私はまだ死んではいませんよ」
無機質で男か女かわからない声が響いた。
カーラが反応するよりも速く彼女の足首に巻き付いた流体が密度を高める。足を引かれてカーラが地面に倒され、その上に粘体と呼べるまでに密度を高めたショゴスの体が覆いかぶさる。
「あなたは危険です。だから、ここで確実に殺しておきましょう。すり潰されなさい」
”ディメンジョン・プレス”
粘体がカーラを押し潰す。
バキバキと鎧を砕く音が響く、ブチブチと肉を潰す音が響く、ゴリゴリと骨をすり潰す音が響く。
圧砕機と化したザキルがカーラをすり潰した。
後に残ったのはカーラの残骸が混ざった血だまり。
いくらカーラと言えども、血を送り出すための心臓まで潰されてしまっては復元することはできないだろう。
残されたブレイブたちは一瞬のうちに肉塊どころか、骨一つ拾い上げられないほどに擦りぶされたカーラに声ひとつあげることもできない。
「はっはっは。潰し殺してやったぞ!」
ザキルの高笑いだけが響く。
「そ、んな。カーラお姉ちゃん…。う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ブレイブの叫びが青空に虚しく吸い込まれていった。
◆
青い空の中で切り結ぶ、銀と赤。
純白の戦乙女の翼と真紅の竜の翼が縦横無尽に宙を駆ける。
幾重にも斬り結ばれる銀の剣閃と赤の槍閃。
幾重にも重なり合う剣戟の音が宙空に響いていた。
「はぁぁっ!」
「あっはははぁ!」
直線を走る赤の軌跡は音速などとうに飛び越している。
もはや目で捉えることのできないそれは金糸の髪を掠めていく。
”バーンエッジ”
ヴェルメリオは槍に炎をまとわせてそのままやりを横薙ぎにする。
”ホーリースラッシュ”
炎の斬撃にを受け止めるのは光の剣撃。
合わさる斬撃の波動が空を走る。
遠目に見れば、白昼の青空に赤と銀の稲妻が走っている様が見られるだろう。
それをすでに数十合は繰り返している。
両者の力は拮抗し膠着状態が続く。
だが、両者の顔を見ればどちらが押しているかはわかろうものだ。
「はっ、あははっ。ここまで出来るなんて思ってなかった。楽しい。楽しいわ。ドラゴンさん。名前を教えてもらえないかしら。聞いてはいたはずだけど、興味ないから忘れてたー。めんごっ」
久方ぶりに戦える相手に出会えて、ルチアは心底楽しいとばかりに高揚している。
「ヴェルメリオです。これほどの力を持ちながら、なぜ悪行に振るう?」
対するヴェルメリオは言葉を発することはできるものの、これまでのルチアとの攻防に全霊を傾けていた。気迫のこもった表情でルチアに問いかける。
「また、そっち系の質問?。止めてよ。萎えるじゃない。後でヴィヴィアンから詳しく聞けばいいじゃない。生きてたら、ねっ!」
”ホーリー・レイ”
剣戟が離れる隙に片手を剣から放して光線を放つ。
”ファイア・レイ”
ヴェルメリオの口から収束されたブレスが発射される。
二人の至近距離で爆発が巻き起こった。
迸るエネルギーは光となって彼女たちの視界を奪う。
その中をルチアは宙を蹴ってヴェルメリオに肉薄する。
横薙ぎに振るわれるロングソード。
しっかりと反応していたヴェルメリオは槍で受ける。
「ぐぅっ」
見た目に反した剛力を持つ戦乙女の一撃は竜の膂力を以ってしても御しきれない。
吹き飛ばされることこそないものの、あまりの衝撃にヴェルメリオの腕はしびれて一瞬の硬直が生まれる。
その隙をルチアが見逃すはずはない。さらなる追撃を加えようと手首を返して切り上げる。
ヴェルメリオはなんとか受け止めている。
何度も受けていてはまずい。
背筋に寒いものを感じるヴェルメリオに容赦ないルチアの追撃が迫る。
「あっははは。早く次の手を打たないと耐えきれなくなるわよぅ」
嬉々として連撃を繰り出すルチアの手は緩むどころかますます苛烈さを増していく。
さらに速くなる?!
速度を増すルチアの剣閃に堪え切れなくなったヴェルメリオはとうとう片手を放してしまう。
「ちゃーんす」
ルチアがここぞとばかりに強烈な一撃を見舞う。
しかし、それはヴェルメリオの誘いだった。
隙と見てとったルチアの剣には力みが入り、そのわずかな強張りで崩れたリズムにヴェルメリオは入り込む。
剣の根元を下からカチ上げて軌道をそらす。そのまま屈み込みながらルチアの懐に潜り込んで体を捻る。
竜の尾はそれ自体が凶器だ。しなやかで強靱な筋肉を内包して軸には堅固な骨が通っている。
鞭の速度と破壊力が槌の質量を持って振るわれる。その上、尾を包むのは固く鋭利な竜鱗。
鞭と槌と刃の特性を合わせた凶悪な尾が炎をまとって振るわれる。
竜の尾がルチアにまともに入って彼女を吹き飛ばした。
「がぁぁぁぁぁぁっ!」
獣じみた声を上げながら吹き飛ぶルチア。だが、彼女は魔力を逆向きに放って踏みとどまる。
鎧が砕けて口元には血の跡がある。
「ちょっと油断しちゃったなぁ。久しぶりに思いっきり動いて興奮しちゃったみたい。でもね、私はやっぱり甚振る方が好きなの」
ルチアの雰囲気が変わる。空気が重さを増したように感じられる。
「ギアを上げるわ。誇りなさい」
ルチアの翼が増える。4枚だった純白の翼が6枚になる。魔力の量も質も上がる。
「あなた、今まで本気ではなかったのですか!?」
「違う違う。もち本気よ。出せる力の中ではね」
ルチアは不敵に笑う。
「さて、私はあと何回変身を残してるでしょう?」
力も速さも増したルチアの剣撃がヴェルメリオに襲いかかる。防戦一方ではあるものの、ヴェルメリオは辛うじて食い下がる。
「あら、まだ頑張れるんだ。じゃあ、一段階あげるわよ」
ルチアの翼がさらに増えて8枚になる。
「どーん」
「くっ」
とうとうヴェルメリオの槍が弾き飛ばされ、体に何条もの剣筋が刻み込まれる。
「ああああぁぁぁぁぁっ!」
ヴェルメリオの叫び声が空に響く。
「ここまですればオッケーね。じゃあ、楽しい陵辱タイムのはっじまりよー」
満足げに頷いたルチアの顔が嫌らしく歪む。ヴェルメリオは痺れてしまった両腕をだらんと下げて、ルチアに忌々しげな視線を送っている。
「まずはさっき私に痛い思いをさせてくれた、そのぶっとい尻尾を切り落とさせてもらおうかな」
ルチアの手の中の白銀の長剣が鋭く光る。
ヴェルメリオは歯を噛み締めながらルチアの剣を見ていた。
まだ抵抗の手はないかと考えるヴェルメリオ。ドラゴンの彼女ならばいくらでも攻撃手段はあるのだが、迂闊に自身の体を使ってしまうと切り落とされる結果になりかねない。
必死に考えるヴェルメリオを見ているのが面白いのかルチアはニヤニヤしながら、手を出さずに待っていた。
その時、二人の耳にブレイブの慟哭が届いた。
「ブレイブ?!」
ヴェルメリオはとっさにその方角を見る。
何があったのか。今すぐにでも飛び出していきたいが、ルチアを目前にしてそれはできない。
ブレイブの声を聞いたルチアが思い出したように口を開いた。
「あっ、忘れてた。私、小さい勇者くんを殺しに行くところだったんだ。ヴェルメリオとの戦いについ夢中になっちゃった」
いけない、いけない、とルチアは頭の後ろをかく。
「その様子だと、あの子を殺したらあなたも傷つくみたいねぇ」
ルチアの顔にニンマリとした笑みが浮かぶ。
「や、めろ」
ヴェルメリオが悲痛な声を絞り出す。
「やーだ。今の声を聞く限りザキルはうまくやっているみたいだし、止めの美味しいところは私がいただいちゃおうかしら」
ルチアが嬉々として飛び出していく。
「待てっ!」
ヴェルメリオも急いで後を追うが、傷ついた体では飛んでいるだけで精一杯でルチアに追いつくことは叶わない。
「くそっ、くそっ、くそぉっ!。無事でいてくださいブレイブ」
それでもヴェルメリオは傷ついた体に鞭打って、なんとかルチアを追いかけるのだった。
16/06/14 02:34更新 / ルピナス
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