読切小説
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稲荷さんの献身
私は落ちこぼれの稲荷です。
修行も満足に出来ず、何時迄たっても尻尾は一本。伴侶となる男性に出会えなくとも、徳を積んで業を積めば、尻尾が増えない事もないのでございます。私と違って姉妹たちは、もう尻尾は二本三本と増えております。それから先は男性に精を注いでいただくか、長い長い修行で尻尾を増やして行きます。何時迄たっても私は一尾。姉妹たちは決して馬鹿にはして来ませんが、神のお勤めも果たせず、『魔』も払えず、私は稲荷としてはたいそうな出来損ないです。

ですが、ある時、私は旦那さまに見初められましたーー。



コトコトコト。

今日はお大根のお味噌汁です。
旦那さまは私の料理をどれも美味しいと言ってくださいますが、お味噌汁で一番好きなものは、大根だとちゃぁんとわかっております。

お玉で一掬い、お皿に移してお味見。

はい、今日も良い出来です。

メザシもちょうど良い焼き加減に、思わずツマミ食いをしてしまいそうに香ばしく匂い立ちます。ほうれん草のお浸しも、卵焼きも食卓に並べ、色鮮やかな朝ごはんにホゥとします。

旦那さまには喜んでいただけますでしょうか。

チラ、と卵焼きの色を見れば、私はちょっと赤らんでしまいます。何がって、あの……、旦那さまは、以前その色を見られて、私の尻尾の色に似ている、と言われたのです。似ている似ている、と言いながら美味しそうに食べられれば、まるで私が食べれているようで、その……。

いえいえ、いけません。旦那さまを起こしに参らなくては。

私は楚々と、足音を立てぬようにして縁側を歩きます。空は青く、お日さまが燦々と照らしておられます。ああ、こんな日は旦那さまと日向ぼっこでも出来れば、どれほど良い事でしょうか。
しかし、旦那さまにはお仕事がございます。わがままを言ってはいけません。

私は自慢の尾を燻らせながら、旦那さまがまだ眠っておられる私たちの寝室へと向かいます。この尻尾、寝ぼけた旦那さまに掴まれないようにしないといけません。旦那さまは私の尻尾がお好きで、昨日もたいへん愛していただきました。お恥ずかしいお話ではございますが、掴まりなどされれば、もう、私の方がひゃん、となりまして、起こすどころではなくなってしまうのです。

私はそっと襖を開けて、旦那さま、とお声をおかけいたします。
旦那さまは気持ち良さげにお眠りになられて、私はすすす、と襖を開け放たせていただきます。するとサァッとお日さまが差し込みまして、旦那さまのお布団を照らします。

眩しい陽光にも、旦那さまはお起きになられません。ですので私は、旦那さまの横に座り、布団を捲りながら肩を揺すぶるのです。うぅん、と呻かれれば、肌蹴たお着物から、昨夜私が付けた点々が……。私はチラと昨夜の浅ましい痴態を思い出し、ポッと赤面してしまいます。

目をそらし唇に指を当て、チラともう一度見ます。首元には虫刺されのような赤いものが点々と……旦那さまは私(キツネ)と言う、旦那さまを吸う虫に吸いつかれたのです。
ああ、自分で言っていて恥ずかしくなってしまいます。

コホンと気を取り直して、私は旦那さまを揺すります。
何度も何度も揺すって、お耳に口を当て、お起きになられてください、と言います。そうしてようやく旦那さまは目をうっすらと開けられるのです。ですが、私の顔を見た途端、愛していると言うのはおやめください。今すぐにそのお胸に飛び込み、私も共寝をしたくなってしまうではありませんか。

旦那さまが起きられれば、お着物を変えさせていただきます。
その時は、その男性の朝の現象と言いますか……。旦那さまの分も、私の分も、ちゃんと朝ごはんを用意してあります。私は別の朝ごはんをいただきたくなってしまわないよう、頬を赤らめ、ソッポを向きながら帯を締め直させていただきます。

すると、旦那さまは、君はまるで生娘のようだね、と言いながら、私の頭を撫でて来られます。頭の狐耳をくすぐるように撫でられ、その優しげな、官能的な手つきに私はより頬を赤らめながら旦那さまのお着物を整えるのです。

私は生娘ではありません。ですからソッポを向くのです。だって、我慢が出来なくなるではありませんか。旦那さまは知っていて私をからかうのです。そして旦那さまはそのように私のお耳を愛され……。
旦那さまのお着物を直し切るまでは、まずは私の朝の試練でございます。終わる頃には顔は真っ赤で、ヘロヘロになっております。い、いえ……。長く撫でていていただきたいからゆっくり帯を整えるなど、そんな事は……。旦那さまは意地悪でございます。
しかし、ゆさゆさ揺れてしまう私の尻尾が……、私よりもよっぽど饒舌に語られるのです。

隣に並び朝餉を始めます。
いただきますと言い合って、美味しそうに食べられる旦那さまを見ながら私はまずご飯をいただきます。私のおかずはそれで十分でもあるのですが、旦那さまが先ずは一口卵焼きを食べられてから、私はおかずに手をつけます。

そうして、美味しいと言われるだけで、私は早起きした甲斐があったものだと噛みしめるのです。始めは黒炭のような魚を旦那さまにお出ししており、愛する方のためならば私のようなものでも変われるのだな、としみじみ思われます。

食器洗いは旦那さまが手伝ってくださいます。私は構いません、と言うのですが、美味しい朝餉の礼だと言われれば、私は何も言えなくなってしまいます。そんな、礼を言うのは私の方でございます。美味しいと言っていただけましたし、先ほどは存分に耳を撫でていただけました。欲を言うのであれば、尻尾も撫でていただけると……。ひゃんッ。な、何をなさるのですか旦那さま。えぇ、はい、撫でて欲しそうだったと……。そ、それはそうなのでございますが……。もう、意地悪で素敵な旦那さまです。

旦那さまをお見送りする時が一日のうちで一番寂しい時でございます。
今生の別れのような顔をしないでおくれと言われますが、私としては笑顔を見せているつもりなのですが、旦那さまにはお見通しなのでございますね。感服です。そして、恥ずかしいです……。そんな私を宥めるため、旦那さまはお口に接吻をして出かけれます。

ああ、うぅ、そんな……。気障(キザ)でございます旦那さま……。

そうして私は旦那さまを見送るのです。
旦那さまをお見送りした後、私は家の事を行います。天井の埃を落とし、棚にハタキを掛け、畳の目に沿って箒をかけ、チリトリで取って仕舞えば窓拭き、廊下の雑巾掛けを行います。終わって仕舞えば洗濯です。え、洗濯が先だろう、ですか? はい、そうですね。ですが、その……。洗濯が先になると家事が進まなくなると言いますか……。

何せ、旦那さまの脱がれたお着物や、その精の匂いのつかれた下着、そこに私の匂いも混ざっておりまして……。ああ、もう……、その匂いを嗅ぎますと、ポーッとなって、お仕事にならないのでございます。うっかり顔を埋めてしまった時などは……。ハッ、いけません。お洗濯、お洗濯です。

午後からは妹が約束していた妹がやって来ます。この辺りの魔を祓うためにやって来て、そのついでにウチに寄ると言う事です。ですが私は知っております。魔を祓うなど口実であると。妹は私のウチに奇禍がないか、確かめに来られるのです。

しかし門前でウチを見回すと、相変わらず祓い甲斐のない家ね、と言われます。それから私の尻尾を見て、九尾になるのは直ね、とからかって来ます。私が恥じらって尾を隠そうとすれば、いい色に艶じゃない、昨夜もたいへんお楽しみで、と尾を掴んで参ります。
思わずやめてください、それは旦那さまのものです、と言って仕舞えば、また、そうです。ニマニマと笑ってくるのです。私はパタパタと家へと駆け込んで、お茶の用意をします。

そうして妹は再び家を見て、こんな強力で甘ったるい守護が付いてたら、魔でもすぐに砂糖に変わってしまうわ、と言います。その言葉を、私は狐の耳を塞いでやり過ごすのです。
一頻り歓談して、私たちの夫婦生活が上手く言っているのを聞くと、どうにもホッとしたような、寂しいような複雑な顔を彼女は浮かべます。私は彼女を抱きとめて頭を撫でつつ、男性もいないのに三本まで修行で増やした尻尾も撫でてあげます。
あなたも良い人を見つけなさい、と言えば、顔を真っ赤にさせて、そうして慌てて飛び出すように、ですが、チラリと、また来るから、元気でね、と言う彼女を私は微笑んで見送ります。

妹が帰って仕舞えば、干しておいた洗濯物もお布団も取り込みます。お日さまに暖められてとても良い香りのするお布団。私と旦那さまがいっしょに眠る……。洗濯物をたたみ終えると、私はいつの間にやらうつらうつらとして、縁側でそのままお布団に横たわって眠ってしまいました。

と、目を覚ませば、おや、目を覚ましたのかい、と優しげな声。
旦那さまぁ、お慕いしておりますぅ、と甘えた声を出せば、ははは、寝惚けているのかな、この可愛らしい僕の妻は、とお言いなされるので、私はハッとして顔を赤らめるやら自分が旦那さまのお膝に頭を乗せているやら、慌てて起きようとすれば、そのまま頭を抑えられながら耳を撫でられます。んぅ、旦那さまぁ……。これでは起きられません……。

おやおや、顔が蕩けている、と言われますが、誰のせいだと思われるのでしょうか。私は恥ずかしさのあまり旦那さまの太足に顔を押しつけてしまいます。すると旦那さまは、今度は笑いながら背中を撫でて来られます。いけません。これでは本当に立ち上がれないではないですか。

それでもなんとか私が蚊の鳴くような声で、今日はお早いお帰りですね、と言えば、そうだ、今日は早くに仕事が終わったのだ。それとも早く君に逢いたかったと言った方が良かったかな、と旦那さまはまた私の頭を撫でて来られます。

しかも、夕餉の支度は済んでいる、なァに、これでも一人の時間が長かったものだからね、仔細はないサ、と言われます。そんな、それでは私が旦那さまに返せるものは何もないではないですか、と言えば、僕は君にいてもらえるだけで幸せなのだよ、と言って来られます。

そして顔を隠そうとする私の手を掴まれ、顔をシゲシゲと見て微笑まれます。旦那さまは本当に意地悪でございます。
そして、私も幸せです、と伝えます。旦那さまのゴツゴツした指に私の指が絡め取られ、キュッと握られます。もう、本当に蕩けてしまいます。

旦那さまのお夕飯は、とても美味でございました。

お風呂場では旦那さまの大きなお背中を流させていただき、旦那さまはいいと言うのに私の身体も洗われます。私の耳も、尻尾も……。夜はずいぶん乱暴にしてしまう、と言われますが、旦那さまよりも私の方が乱暴なくらいでございます。

閨に入れば、夜闇の風が、少ぅし開けた襖の隙間から、月明かりとともに差し入って参ります。リィリィ、と涼やかな虫の声が、沁み入るように聞こえて来ます。ですが、閨の火照りを鎮める事など出来はしません。

閨に入れば、旦那さまは私にのしかかられます。はしたないお話ではございますが、旦那さまに覆い被されれば、私はこの方に抱かれるのだとより強く感じて、その、触られる前から、女陰(ほと)がしとどに濡れてしまうのでございます。

旦那さまは私の口を吸われ、耳をお撫でになります。肌を這う舌、唇には、そこから旦那さまが入って来られ、私の身体全体を熱くされるような心地がするものなのです。乳房を優しく愛撫され、先端を舌で転がされ、ちゅくちゅくと吸われます。私はもうそれだけおかしくなりそうなほどに気が昂り、浅ましくもバタバタと尾で畳を打ってしまうのです。

相変わらず君は感じやすいな、旦那さまは意地悪な顔でそう言われます。旦那さまにしていただけるからです。私は恥じらいつつも精いっぱいの声で返します。すると君の方が狡い、狡い狡いと旦那さまは言われます。そうして旦那さまは私の帯をお解きになられ、私の股を開かせます。股に顔を埋めて、綺麗だ、でもいやらしい。そんな睦言を賜ります。私は恥ずかしいやら嬉しいやら、そして気持ちの良さで何度も気をやってしまうのです。

旦那さまが顔をあげられる頃には、私の身体はくったりと力が抜け、もう、旦那さまを受け入れるしかなくなっているのです。旦那さまのお顔は私の恥ずかしいお汁でべとべとで、私は真っ直ぐに見る事が出来ません。
そして旦那さまの逞しい剛直が、私に押し入ってくるのです。私に突き入れた途端、私たちの攻守は逆転いたします。旦那さまはまず一度精を吐かれ、私の女陰(ほと)を名器だとおっしゃられます。ですがそれ言うならば旦那さまの方こそ名槍でございます。
私のような稲荷は簡単に調伏されてしまいます。

あぁ、あぁ、とあられもない声を私は上げ、旦那さまも苦しげにも思える快楽の声をあげられます。私たちは人間(ヒト)も稲荷(キツネ)もなく、ただ番(つがい)のケダモノになるのです。やがて噴き出してきた旦那さまの熱い精に、私は気をやって、今度は旦那さまは、私に跨らせ、腰を振らせます。させられる、と言いますが、正直に申しませば、私はこの体勢も好きなのです。
こうすれば、私の気持ちの良いところに当たり……、旦那さまはそれを覚えて腰を振られるのです。私はもう本当に気持ちが良いやら嬉しいやらで心が満たされ、胎に出される旦那さまの精に、その、なんと言いますか、私の方がより淫らなケモノになってしまうのです。

旦那さまは、ははは、ようやく正体を現したか、この女狐は僕を食うぞ、などと言って、私を辱め、煽りますので、調子に乗る私もそのまま旦那さまの口を噛みつくように吸い、肌を吸って赤い点々を残し……。あぁア、私は後から思い出すと、いっつも達磨さんのように顔が赤くなってしまうのです。あんなに淫らに喘いで、腰をクネらせ、あまつさえ自ら旦那さまに撫でてもらおうと尻尾を絡ませ……あぁう……、ですが旦那さまは、私が好きに甘えて来てくれるのが嬉しいなどと……。ああ、私は本当に果報者です。

そうして私は旦那さまに抱かれ、旦那さまを抱き、私たちの一日は終わるのです。旦那さまにいただいた精で膨らんだ腹を、私は愛おしげに撫で、早く旦那さまの子を孕みたいと考えるのです。ですが、私の旦那さまへの思いが強すぎるのか、八尾になった今でも、まだ子供は出来ません。もしかすると、落ちこぼれの稲荷だと思っていた私に対する旦那さまの優しさが、子供よりも私を高めるために精を使わせているのかも知れません。

だとすれば、九尾になったその時こそ、旦那さまと私の子が……。
それが今から楽しみでなりません。
私は旦那さまの逞しいお身体に抱きつき、愛しております。そう口ずさんで、目蓋を閉じるのです。旦那さまは私の背(せな)を抱き、撫でつつ、僕も愛しているよ、と。ああ、本当に、私は……。
旦那さま、お慕い申し上げております。
永遠(とわ)に私を横に置いてくださいませ。私は、永遠(とわ)にあなたに尽くしたいのでございます……。
18/06/03 08:43更新 / ルピナス

■作者メッセージ
稲荷さんに想われたいだけの人生だった……。

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