読切小説
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夜の狂気に彩られた村
「淫らな夢を見る?」

山間の小さな村ノクタリアにある教会の懺悔室で、ジャックスは神父の問いかけに頷いた。「はい、ちょうど一週間くらいになるでしょうか。毎日、淫らな夢を見るのです……」

「今までにそうした夢を見ることはなかったのでしょうか?」
「あるにはあるのですが、こうも続くことはありませんでした。主神さまの教えを守る身としては、お恥ずかしい限りですが……」

壁を挟んだ向こう側の神父の顔は見えないが、彼の声は優しげなものだった。
「いいえ、この村の敬虔な信仰には、私も感心しております。身を引き締められる思いです」

「そ、そんなめっそうもございません」ジャックスは慌て、神妙な声を出す。「これは、魔物の仕業なのでしょうか……」
「分かりません。ですが、奴らは狡猾。隙あらば堕落の道へ引き込もうと、私たちを狙っています。その夢とは、どのような内容だったのでしょうか?」

「内容を、お話しなくてはならないのでしょうか……」
「はい。もちろん他言はいたしません。信徒の告解を明かしてはならないという法もあります。あなたに心苦しい思いをさせることにはなりますが……、魔物と一口に言っても、その種類は数多く存在します。相手がどの魔物であるかを知ることは、退治するために必要なことです。夢に入り込む魔物にはナイトメアという種族がおりますが、魔物は邪悪な魔法を使います。決めつけてしまえば、裏をかかれることもありえます」

「分かりました……」

神父の説得に、ジャックスは消え入りそうな声で答えた。魔物につけ入られた自分を恥じているのだろう。そんな彼を勇気づけるためか、神父は優しげな声音で彼に語りかける。
「話していただければ、もしかすると、魔物の仕業ではないことが分かるかもしれません。あなたは男性です。いくつになろうとも、秘められた情欲が夢の中に現れてもおかしくはない。人間たるもの、時には情欲が溢れることもありましょう。十分恥じいり、それを正そうと教会にいらっしゃったあなたを、褒めこそすれ、どうして咎めることができましょうか」

「神父さま……」ジャックスは意を決したようで、膝の上に置いた拳をぎゅっと握りしめた。「分かりました。お話しいたします」

「ありがとうございます。迷える子羊を救う機会を与えてくださった、神に感謝を……」
神父は、強い思いを秘めた口調でそう言う。



そいつは、ふと気がつくと、私を見ているのです。

そいつの姿ですか?

分かりません。

なにせそいつときたら真っ黒で、その形は女であることは分かりますが、顔も見えないのです。だと言うのに、まるでウサギを見つけた狼のような視線だけはヒシヒシと感じるのです。獲物の気持ちとはこういうものなのか、と。

他の特徴は、ですね。羽? ありません。はい、尻尾もありません。ただただ真っ黒な女の人型なのです。

…………はい、確かに。そいつの体は私が好ましく思う体型ををしておりました。

もっと、詳細に……。

分かりました。魔物の種類を特定するためには必要なことなのですね。

そいつの体は肉付きが良く、胸も片手では掴みきれない大きさです。それでいて柔らかく……ええ、触りました。そいつがのし掛かってくると、私はダメだと思いながらも、その胸に手を伸ばしてしまうのです。今も思い出せば、手のひらに吸い付くようなそいつの胸の感触が……。はい、尻も太もももムッチリとして、触ることをやめられないほどに魅力的なのです。

奴はナイトメアなのでしょうか?

ああ、これだけではまだ分からないと言うことですね。

それは本当に夢か?

分かりません。

そいつの感触はあまりにも生々しくて、夢だとは思えないほどです。しかし、起きた時に確かめて見ると、私の衣服は濡れも乱れてもおらず、寝た時と同じような状態なのです。

え? はい、妻ですか。

妻も同じ部屋で寝ております。ベッドは別です。

妻に聞いても、私はぐっすり眠っていたようで、妙な寝言を口走ったりも、寝乱れることもないそうです。……妻も敬虔な主神教徒です。嘘をつくことなどありえません。

ああ、いえ。申し訳ありません。真実を明らかにするために神父さまがお聞きになっていることは分かっております……。

はい、夢の中では、私はそいつから与えられる快感にあられもなく呻き……。

詳細に……、分かりました。悪しき魔物を打ち倒すためです。恥を捨てて、つまびらかに語らせていただきます。

私を見ていたそいつは、布団を剥ぎ取ると、私の上にのしかかり、体をしっかりと押さえつけてくるのです。私が抵抗しても跳ね除けられないものすごい力です。そいつは、丁寧に私の寝着を脱がしていきます。その指の動きは艶かしく、脱がされているだけで、…………股間にあるものが反応せずにはいられません。

………………擦られます。

そいつは、私の上にのし掛かったまま、肉欲を抱かせる尻の下に私のものを敷くと、前後に腰を振って擦ってくるのです。そうしながらむき出しになった私の胸に指を這わせ、乳首を弄んできます。男と言えども、乳首は反応してしまうものだということを、嫌という程に教え込まれます。

快感に歯を食いしばって耐える私を、そいつは舌なめずりをしながら辱めます。
いえ、そいつの顔は見えません。ですが、そう、感じてしまうのです……。

そいつは自分の大きな乳房を、裸の私の胸に押しつけ、体を密着させてくるのです。柔らかい女の体に包まれる感触には……、股間のものがはち切れんばかりになってしまいます。

ああ、思い出しました。匂いがします。夢だというのに、芳醇なぶどう酒のような……、熟れた女の匂いを感じました。

いいえ、その匂いは嗅いだことのない匂いです。

そこで私が果てたかですって!?

…………いいえ。

果てさせてはくれないのです。

その女はぬるぬるする体を起こすと……、はい? はい、そうです! その女の体は、何か粘液のようなものでヌメッていました。スライム……。ミューカストード、おおなめくじ……。

それはどのような魔物なので……?

いいえ、神父さまがおっしゃられたような特徴はありません。その人型は崩れませんし、舌も伸びず、足もあります……。

…………。
あなたは私を辱めようとしているのですか!?
すみません……。はい、神父さまがそのような気がないことは重々承知しております……。ですが……、いいえ、すみません。私がいけないのです。神父さまは魔物の正体を暴こうとしてくださっている……。だと言うのに私は……。

ああ、謝らないでください。

…………お話しいたします。

そいつは私を押さえつけたまま、寝着の中から私の……ペニスを取り出すのです。そうしてその股の間に……。その感触ですね……。…………、たまらないものです。

今までに感じたことのない膣の感触です。私は妻しか女を知りません。最近は妻との関係を持ってはおりませんが、妻のものよりも……、下品な言葉になりますが、その、具合はよいのです。

彼女の中に飲み込まれた私のものは、まるで千匹のミミズに這いずり回られているかのようで……。そうです。私はきっと生娘のような声をあげていたでしょう。あまりの快感に、大の男が耐えきれず、快楽に喘いで叫んでいたのです。

それどころか私は……ッ、上半身を起こして彼女を抱きしめ、その豊かな乳房の感触を感じ、その尻を両手で鷲掴むのです。あのッ、手に吸い付く尻肉の感触のなんと……、なんと淫らなことか……。今でも私の手にはあの女の感触が残っています。……私は彼女と舌を絡ませもします。真っ黒な女の頭から、ピンク色の舌が、まるで蛇のように這い出してきて、私の舌と絡み合うのです。私の口の中に入ってきて、歯茎の裏をしゃぶるのです。

私は……、私は……。自分からも彼女を求めて……。
おお! 夢とはいえ、あのような浅ましい……ッ!

…………はい。そこでようやく私は果てることを許されます。彼女の膣の奥深くで。排尿をするかのような勢いで、止まることなく精が出て行くのです。まるで背骨が裏返って、ペニスから出て行ってしまうかと思うほどにすさまじい快楽です。それがずっと続くのです。妻との情交の際には一度としてなかったほどの量が出ていきます。たまらない快楽を感じるのです!

私が果てていると言うのに、そいつは喘ぎ声一つあげることなく…… 。

ええ、…………はい、正直に告白いたします。私はそいつの喘ぎ声を聞きたかった。真っ黒な粘液に隠れたその女の顔を見てみたかった。その、快楽にただれる顔を求めていました。

わ、私は……。あの快楽を……、また味わいたいと願ってしまっていたのです!



ジャックスは打ちひしがれた顔をしていた。
魔物の正体を探るために告白していたはずであったのに、自分が目を背けたかった願望を曝け出すことになった。もしやこの神父は、自分の罪を暴き立てるために夢の中の情事を、これほどまでに詳しく話させたのだろうか……。そうならば、魔物につけ入られた自分は、鞭打たれてしまうのではないか。

ジャックスは主神の教えに背いた自分自身を恥じるよりも、すでに罰を受ける恐怖に身を固くしていた。

「よく、分かりました」

まるで判事のような神父の声に、ジャックスはひきつるような息を立てる。唾を飲んだ。自分を処刑台に送る判決文を待つ囚人のような気持ちで、彼は神父の言葉を待つ。

「お話を聞く限り、夢に入り込む魔物ナイトメアが怪しそうですが、奥さまが何者かの姿を見ていないとなると……、それに……」

神父は考え込んだようだった。彼の顔が見えないことをジャックスは恐ろしく感じる。
やがて神父はポツリと、

「夢だと思われます」

そう言った。

神父の言葉を、ジャックスはしばらく理解できなかった。

「どうされましたか? 黙り込んでしまわれて……」

「へ、あ……。夢……なのですか……」

「はい、そうです」神父の声音は優しく、ジャックスは少しだけ落ち着くように感じた。「夢でしょう。お話を聞く限り、それほどの量の精を奪われたと言うのに、あなたはそうして元気にしていらっしゃる。魔物たちは人間を吸い殺します。そうなっていないと言うことは、あなたは魔物に襲われてはいないということです」

ジャックスは安心したような、しかし納得できないような顔をしていた。

「ですが……、そんな、一週間も続けて同じ淫夢を見るなどと……」

「あるのではないでしょうか。あなたも先ほど言っていたではないですか。またあの快楽を味わいたい、と」

「そ、それはそうなのですが……」
ジャックスはつまびらかに神父に話した内容を思い出して赤面してしまう。

「あなたの願望が夢に現れた。そういうことなのでしょう」

「それでは……、私は魔物に狙われてはいないということでよいのでしょうか……」

「はい」

神父の力強い言葉に、そこでジャックスは肩の力が抜けたようだった。ホーッと息を吐き、渇いた笑いを漏らしてしまった。

は、ははは。自分自身の浅ましさが消えるわけではないが、魔物に狙われているということはなかった。これであの夢で命を落とすような心配はしなくてもよい。ジャックスは今まで張り詰め、渇いていた心に恵みの雨が降ってくるように感じた。

「ですが、私が淫夢を見ることは確かなのです。それはどうすればよいのでしょうか」

命に関わらなくとも、毎夜淫夢を見るということは、主神教徒として問題であることには変わりない。それはどうにかしなければならない問題だった。

「奥さまと床を共にされてはいかがでしょうか」
「え……、そ、それは……」

神父の提案にジャックスは驚いた。主神教の神父がそのような肉欲を推奨するような提案をするとは……。

「何かおかしなことを言ったでしょうか。主神さまは肉欲を禁じられています。ですが、愛し合う夫婦が愛を確かめ合う行為を禁止してはおりません。主神さまも、愛を勧めています」

まるで堕落に誘う悪魔のような神父の言葉だが、おかしなことは言ってはいない。「それに……」と、ジャックスは神父の言葉に耳を傾ける。

「これが夢だとすると、これは主神さまがあなたにもたらした試練なのでしょう。汝、堕落の誘惑を退けよ、と」

神父の言葉に、ジャックスは深く感じ入ったようだった。

「分かりました。神父さま、ありがとうございます」



私は最近奇妙な夢を見ます。
口に出すのはお恥ずかしいのですが、それは私と夫が交わっている夢なのです。
私は彼を押さえつけ、燃え上がる情欲を満たします。その情欲は紛れもなく私のものです。しかし、その時の私は、体の自由が利かないのです。

夫と交わる感触は、快楽は、まるで身体中を駆け巡る稲妻のように感じられます。

子供たちが生まれてからというもの、敬虔な主神教徒である私たちは肉欲の戒めに従い、寝床を別にしております。もしかすると、私は欲求不満というものなのかもしれません。

あれは……、夢です。

ですが、夢だというのにあまりにも生々しく、あの人が私の体をまさぐるあの手、膣内に押し入ってくる熱い肉の感触。そうして私の奥深くに吐き出される、あの人の情欲……。私たちは若い頃にすらしなかったような、情熱的で淫らに交わったのです。今でも、私の中で熱を持っている何かがあるように感じてしまいます。

私は、夢の中で、胎に注ぎ込まれるあの人の精を、たまらなく愛しく、そして美味しいと感じていました……。

夢の中での私は若々しく、私ではないほどに肉惑的で、彼は私に夢中になります。彼は私を拒む様子を見せますが、味あわせられる快楽に流され、自ら私を求めてきます。浅ましくも、私は私に嫉妬心を覚えてしまうのです。

彼が私を夢中で抱いている間、私は彼と交わる快楽を味わいつつも、自由にならない自分の体の中からそれを見ています。まるで破ることのできない薄い膜が、私と私を隔てているような思いを抱くのです。

私はしばらく忘れていた、自分が女であったということを思い出してしまいました。

彼を見ると体の奥底から、こう、グラグラと情欲の炎が燃え上がろうとするのです。それに、彼の方も私のことを以前よりも見ているような気がします。気のせいではありません。彼の視線を感じるたび、私の中の女が暴れだしそうになります。

この年になって、このような肉欲に体が苛まれることになるとは、思ってもおりませんでした。
それに、私には心配なことがあります。それは、人を堕落させようとする魔物に、私は狙われているのではないか、ということです。

この村は今までに魔物に襲われたことはありません。山間にひっそりと隠れるようにある村です。私と夫は、ずっと前に、信仰のためにこの村にたどり着きました。この村には、辺鄙な場所だというのに、敬虔な神父さまがいらっしゃいました。その方のお力によって、この村は守られていたのでしょう。

……新しい神父さまは熱心な方ですが、まだお若くあります。彼を信じていないわけではありません。ですが、まだまだお若く……。
それが、私の心をまるでささくれに触れたように、小さく小さくひっかくのです。

明日はミサの日です。
その後、神父さまに告解してみようと思っております……。



妻は酒に弱いタチで、ミサでいただいたブドウ酒が少し回っているようでした。それでも、神父さまに相談したいことがあるということで、教会に残りました。

他にも何人も女性たちが残っていたので、彼女たちから、後で妻を送っていくと言われて、その申し出を了解しました。

私は友人と連れ立って、家路につくことにしました。この村の人々は信仰に篤く、ミサには村人の全員が集います。

「なあジャックス、お前、何か悩みごとでもあるのか? なんか、最近浮かない顔をしているぞ」
「それは……」
と私はためらいます。

いくら友人であろうとも、敬虔な主神教徒である彼に、淫らな夢を見るなど告白出来るはずはありません。しかし、彼は私のことを心配してくれています。
その気持ちを無碍には出来ませんし、それに、悩みごとなどないと言うのは、嘘をつくことになります。主神さまは、嘘を禁じられております。

「話せないのか……」
「申し訳ありません」頭を下げる。
と、
「まさか、淫らな夢を見るとか、じゃないだろうな」
その言葉に、私は目を丸くして絶句してしまいます。

まさか、神父さまが漏らした……。

しかし、私の罰当たりな思いは、すぐに否定されます。

「やっぱりか……。俺もなんだ……」
「え……」

「最近な、真っ黒い女にのしかかられて、その女と……淫らなことをする夢を見るんだ……」
私はゴクリと唾を飲みます。「私もそうです……。抵抗する間も無く……」
「そうか……」彼は少し考え込みます。

私は彼の思案げな顔を見て、神父さまを疑った自分を恥じました。
私は……、なんと言うことを……。

しかし、次の彼の言葉にはただただ驚かされるだけでした。
「ここ最近な、俺たちだけじゃない。この村の住人たちはな、少なくない数の人間が、真っ黒い女の、淫らな夢を見るんだ」
「そんな……」
「で、だ。俺は神父さまに相談したんだ。淫らな夢を見るんだ、って。これはもしかして、魔物の仕業じゃないのか、って。だが、神父さまはなんて言ったと思う?」

「……それは、夢です。魔物の仕業ではありません。健康な男性であれば、そんなこともあるでしょう」

きっと、私は虚ろな瞳をしていたでしょう。
彼は頷きます。

「そうだ。俺も言われた。それで、妻を抱けと言われた」
私は頷きます。それも同じでした。

「だけどなぁ、子供を作るわけでもないのに身体を重ねるのは、肉欲に流されていることになるだろ。そいつは主神さまの教えじゃないはずだ。少なくとも、前の神父さまはそう教えてくださった。それに、あんたの妻は、もう子供を産むような歳じゃないだろ」

頷きます。
そうです。確かに私は妻を抱くようには言われましたが、確かに私には肉欲はあるようでしたが、残念ながら、年老いた妻の身体を抱こうとは思えなかったのです。

もちろん、妻を愛してはいます。
しかし、それはもはやその魂を愛していて、肉体を愛しているわけではないのです。
年老いた女を抱きたくはないと言う、男の言い訳でしかないかもしれませんが、私はそう自分に言い聞かせておりました。

「なあ、あの神父さま、おかしくないか?」
と、彼は言いました。

「こうやって、何人もの人間が、おんなじ真っ黒い女の淫らな夢を見ているんだ。俺がーー、他の村人もそうした夢を見ていると知ったのはつい最近だが、この村には敬虔な教徒が多い。一回そうした夢を見ただけでも、告解に行く人間が何人いてもおかしくはない。あの神父さま、何か、隠してるんじゃないのか……?」

私は黙って聞いておりましたが、それを聞いているうちに、だんだん恐ろしくなってきました。
それに、妻がまだ教会にいます。

知らず、踵を返していました。

「お、おい。まさか教会に殴り込みに行くわけじゃないだろうな」
「そんなことはしません。あそこには、まだ妻を残しています」
「そう言や、俺の妻も……あれ? どうして俺は神父さまを疑ってるのに、妻を残して……」

何かに気がついたような彼と私は顔を見合わせて、足を速めます。

教会は、先ほど出てきた時と、変わらぬ佇まいです。
私たちはそろそろと扉に近づき、その中を覗き見ます。
そこで、声を失いました。

教会では、再びミサが行われておりました。
教壇で聖句を唱える神父さま。
若いながらも堂々とした佇まいは、私たちが信頼を置くことになった、いつもの姿のままです。

しかし、列席しているのは、あのーー、

真っ黒い女たちでした。

ツィ、とこちらに目を向けた神父さまと、視線が合いました。
クスリ、と微笑まれたと思うと、バァンと扉が開いて、私たちは中へと転がり込んでしまいました。閉まる扉。向けられる黒い、女たちの視線、視線、視線ーー。

しかし、女たちの顔は真っ黒くて、目玉はありません。

「な、何が……」
私は震えを堪えます。年老いた男は、ただ縮こまって震えていることしか出来ません。が、まだまだ年若いツレは、恐怖を堪えて口を開きます。
「神父さま、あんた、魔物の仲間だったんだな。む、村人全員に伝えてかかればお前たちみたいなの……」

「ふふ、私たちを拒絶するのですか? 夜は敬虔だそうではないですか……」
神父さまが手を挙げると、一人の真っ黒い女が立ち上がりました。
彼はその女を見て、愕然とした表情をしました。

まさか……。

「お前は……夢の……」

座っている女たちはみな同じように見えますが、彼にはその女が、彼の夢に出てきた女であると言うことがわかったようでした。
それは、毎日毎日、交わっていたからなのでしょう。
私が、別の場所に座っている女が、私の相手だと言うことがわかったように……。

そして、彼に向かう女の顔についていた黒い粘液が、薄れて、人の顔が見えてきました。

「あなた……」
「お、お前……」

それは、彼の妻でした。
しかし、粘液の下から現れてきた彼女の顔は、それが彼の妻だとはわかるものの、うら若い女性のものであり、美貌に溢れたものでした。
彼らは愕然として見つめ合っていました。

夫の方だけではなく、妻の方までも……。

「夢じゃあ、なかったんですね……」
うら若い女の声でした。
「まさか、お前も同じ夢を……」
「はい、あなたに抱かれる夢を……。あんなに、ケダモノのようになって交わる夢を……気持ち、良かった……。あなたは、気持ちよくありませんでしたか?」

恍惚(うっとり)としだした女に、彼は頭を抱えてしゃがみこみます。

「う、嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ……。妻が、妻が魔物だったなんて……はじめっから、俺は騙されて……」

「いいえ、奥さまはあなたを騙してはおりません。」神父さまが白々しく首を振ります。「彼女は、私の教えによって、魔物として生きることを選んだのです」

「お前……、まさか、お前が妻を魔物に……」
「あなたもそれを了承されていたではありませんか……。私がこの街に来てから、あなたたちは私の妻の身体を食していた」
「え……」
私と彼は顔を見合わせます。

「ふふ、それでは、あなた方が何をミサで食していたか、それをお見せいたしましょう」
神父さまはそう言うと、その顔が、ズルり、と。溶けました。

「う、うわぁあああッ!」
私たちは恥もなく叫んで、後ずさります。

溶けた神父さまの顔の下には、無表情な女の顔がありました。無表情でも、美貌に溢れた顔。その頭には角がありました。羽がありました。尾がありました。
身体中から粘液が滴って、彼女はその粘液を盃に……。

「うぐッ、おぇええええッ!」
私たちは、たまらず吐いていました。
私たちは、なんてものを飲ませれていたのだ。
それで理解します。女たちは、妻は、あの粘液によって魔物にされたのだ。

ああ、もはや、私の妻はいない。
いるのは、ただ、淫らな魔物なのだ……。
いや、それなら、それなら私は……。あの粘液を、女たち同様に飲まされていた私たちは……。

「そんなに邪険にしないで下さい。あなたたちだって、いい思いをしたではないですか。極上の女と、極上の状態で、ずっと交わることが出来る。夢の中であなたたちは、枯れることなく、伴侶を楽しませていられたのではないでしょうか」

粘液をこねるような、そんな神父の声が聞こえました。
ぐちゅぐちゅ、ぐちゅぐちゅ……と。

「そんなところで話されたら、感じちゃう……」

その女の声がしました。無表情でした。しかし、と言うことは、その女と神父は別だと言うことです。
そこで、私たちはさらに信じられないものを見ます。

なんと、女を覆う粘液の一部が顔を変え、神父の顔になったではありませんか。
あまりにも狂った光景に、私たちはもはや立ってはいられなくて、ただ阿呆のように口を開けて、その場に座り込んでしまいました。

「おや、だいぶ驚かせてしまいましたね。しかし、安心して下さい。あなたたちも、いいえ、この街の住人たちの全てが、私たちのようになれるのですから……」

気がつけば、私たちの前には、それぞれの伴侶が立っていました。

夢の中の女。
魔物に変えられた私の妻……。

粘液の下からは、若かった頃の妻の顔が現れました。
その顔は驚愕に歪んでいて、しかし、その瞳にはまぎれもない、狂気にも似た情欲の焔が灯っていました。

彼女は私の手を取り、私もされるがままに彼女の手を取ります。

きっと、彼女たちはまだ、なりかけなのでしょう。
まだ、情欲に対する抵抗感を抱いていると言うことは、魔物にされ切ってはいないのでしょう。魔物になった時、情欲だけに支配された、あの無表情になるのでしょう。

ここでその手を振り払えば、もしかすると、私だけは助かるかもしれません。
しかし、私にそれは出来ませんでした。

彼女の手を取った瞬間、夜毎の肉宴を思い出し、それを現実に味わえるのだと思うと、拒むことなど出来はしませんでした。

ああ、私は堕ちてしまいます。
愛する妻の手によって。

いいえ、私が妻を堕とすのかもしれません。

互いに互いに手を取って、狂気渦巻く肉欲の夜へ。

この村は終わりです。何せ、女たちは皆魔物にされてしまったのですから。
彼女たちは家に帰るでしょう。家に帰って、夫に自らを抱かせるでしょう。

神父さまのせせら笑う声が聞こえます。
それはまさしく悪魔の笑い声。

ああ、降りて来ます。
村には、夜の狂気の帳がーー。
18/03/31 11:00更新 / ルピナス

■作者メッセージ
愉悦神父さま(CV中○譲治)

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