ナイトゴーント特急
馬鹿げた噂なんて信じていやしなかった。
それに、僕はそこまでこの世界に絶望していたとも思ってはいなかった。
でも、僕は人並みに傷ついて、人並みには絶望していたらしかった。
でも、まさかそれがーー、狂気の扉を開けるほどの切符になっていたとは、僕じゃなくとも思っていなかったには違いない。
ひょんなことから僕はいじめの対象になった。
何をしてそうなったかだなんて、思い出すだけでも馬鹿らしすぎる。落ちていた消しゴムを拾って、その持ち主に落ちていたよと返してあげただけ。それがクラスで一番の美少女でも、いじめっ子でも、それとも、それまでイジメられていた子であっても、それは変わらなかっただろう。
その子に消しゴムを拾ってあげた僕は、イジメの対象になった。
その前後に、何か「生意気だ」と言われるような出来事はあったとは思うのだけれども、結局イジメの対象がなんだっていい彼らは、僕を標的にしたらしかった。
僕はどうして新宿駅に来たのか分からなかった。
分からなくて、どこをどうさまよったのか、僕はこの奇妙な改札口にたどり着いていた。
「子供一名、どうぞ」
「えっと……お金は……」
「大丈夫、いりません。ナカで支払ってもらうから」
美人であるようには見えるけれども、真っ黒な制服に、口元を隠した女の駅員さんにそう言われて、僕はホームに案内された。
駅のホームは夜だった。
夜というか、……紫？
そんな不思議な色の闇に閉ざされた駅の構内には、まるで猫の目のように光る、小さな灯し火がふらふらと浮いていた。
まるで御伽噺のような風景。
幻想的だけれども、どこか仄暗さを孕んだそこに、まるでうなり声のような汽笛を鳴らした列車が走りこんで来た。
それも、まるで童話の世界だった。
蒸気機関車を思わせる古い列車。その前面は、まるで悪魔のような角を生やして、不思議な形をしていた。煙突なんてないのに蒸気（いき）を吐いて、それは、本当に呼吸をしているようだった。
列車は止まり、僕の前に一つの扉が現れた。
扉は開いているというのに、その先はまるで、底の見えない井戸を覗き込んでいるように真っ暗だった。
ぬぅっと、現れた人影に、
「ひゃっ」
と僕は小さな悲鳴をあげてしまっていた。
そこにいたのは、さっきの駅員さんと同じような、真っ黒い制服を着た女性。彼女も美人のようだけれども、やっぱり口元を隠していた。髪の毛の隙間から見える薄紫の瞳が、井戸の底の宝石のように、妖しい輝きを放っていた。
「おいで」
と彼女は言った。
僕は彼女に誘われるままに列車にの乗り込んだ。
列車の中は、案外普通だった。
上等な向かい合わせの座椅子がいくつも並んで、ランプの明かりが煌めいていた。
僕は案内された椅子に座ると、まるで沈み込んでいくようなその柔らかさに驚いた。
ぷにぷにとして、紫の革が張られているその心地よさに、いつしか僕はうとうとし始めていた。
窓の外には紫色の闇が果てしなく続いていて、時折ひらめく猫の目のような輝きが、まるで宇宙を旅しているような気持ちにさせてきた。
ーーいつしか僕は眠っていた。
目を覚ませば、柔らかいものに触れた。
すべすべつやつやとして気持ち良いそれは、いつまでも触っていたくなるようなものだった。押し込めばむちむちとした適度な弾力があって、まるで上等なハムをつついているような気がした。
目を開けば、僕はそれを枕にしていたことに気がついた。
上を向けば、二つの大きなふくらみの向こうから声がした。
「あ、起きた」
しばらく僕はそれが何か分からなかったけれども、ハッと自分が膝枕をされていることに気がついて、思わず起きあがったらそのふくらみにぶつかって、再びむちむちとした膝枕に逆戻りすることになった。
ーーくすくす。
と笑い声が降ってきた。
それは、やっぱり女の人の声だった。僕は勿体無い気もしたけれど、そろそろとおっぱいと太ももの間をすり抜けて、普通に座ることにした。
「そのまま寝ていればよかったのに。私の膝枕、気持ち良くない？ それとも、君はおっぱい枕の方が良い？」
女の人は、そんなことを言って笑っているようだった。
でも、彼女の顔は、無表情で、顔を見れば、本当に彼女が喋っているのかが分からなるほどだった。
彼女も、駅員さんや車掌さんのように、真っ黒い服を着て、口元を隠していた。
いや、その服は黒じゃなかった。黒っぽいーー紫だった。まるで、窓の外に広がっている闇のような……。
でも、そんな服の違いなんてどうでも良くなるおかしなところが彼女にはあった。
彼女の頭には角が生えていた。
尾があった。
手のついた羽があった。
彼女はーー
「悪魔……」
だった。
僕は、彼女に食べられてしまうのだろうか。
それとも、悪魔ならば、僕の魂を持っていってしまうのだろうか。
ーーナカで支払ってもらうから。
あの駅員さんの声が、僕の耳に蘇ってきた。
そういうことだったのか……。
僕は自分の運命を悟って、もう観念することにした。
明日学校に行ったって、いいことがあるはずもない。
また、いつものイジメられる日常が戻ってくるだけだ。
それなら、悪魔に食べられてしまう方が、よっぽど劇的でイカしていると思った。
そんな僕に、
「私は悪魔じゃない」
と、ちょっと拗ねた声が帰ってきた。
「私はナイトゴーント。この列車の、客室乗務員。お客様に、快適で淫らな旅をご提供。本日は、ナイトゴーント特急をご利用いただき、まことにありがとうございます」
彼女は無表情でそう言った。
「ナイトゴーント特急……」
「そう。この列車は、深淵に向かう片道特急。君には、この列車に乗れる、狂気の切符を持っていた」
「狂気の切符……」
そんなことを言われても、僕には全然心当たりはなかった。
だと言うのに、それは何か、得体の知れない渦巻きとなって、僕を取り巻いている何かがあるような気がしてきた。
「覚えていない？」
彼女の問いかけに、僕は頷いた。
「じゃあ、見るといい」
彼女が窓の外を指し示すと、先ほどまで宇宙のようだった紫の闇が、うっすらと解（ほど）けていた。
そこにはーー僕がいた。
虚ろな目をして、駅のホームでふらついていた。
彼はふらふらとやってきた列車に近づいていく。
まさか、と思う。
そして、列車に食べられた僕に、やっぱりーーと思う。
「僕は死んだの？」
と彼女に聞く。
「どうだと思う？」
彼女は笑ーーったらしかった。
「僕は死んだんだ」
僕は確かめるように言う。
「そうなんだ」
まるで他人事のように彼女は言った。
「でもーー」
と、彼女の翼のような腕ーーもしくは腕のような翼が、僕の肩を抱いてきた。
その爪がついた手のひらからは、何か粘液が滴っているようで、それは遠慮なく僕の身体に染み込んできた。
彼女は僕に密着して、その豊満な胸を押し付けて、むっちりとした太ももを擦り付けてくる。
彼女の手は僕の股間に伸びて、その中にあるものを撫でつけてきた。
「……う、……ぁ……」
僕がたまらないうめき声をあげると、彼女の手は離れていってしまった。
「くす、そんな物欲しそうな顔をしないで。すぐに食べてしまいたくなるから」
彼女の艶っぽい声音に、僕は食べて欲しいと思ってしまった。
彼女は言う。
「気持ちよかった？」
僕は素直に頷く。
「おりこうさん。素直な子は好き」
彼女は頭を撫でてきた。
その優しい触り方に、僕はどうしてか涙が出そうになった。
「じゃあ、その気持ち良さは、生きているときのものだと思う？ それとも、死んだ後のものだと思う？」
彼女の問いに、僕には答えられなかった。
それは生きている時に感じたことのない気持ち良さだったし、死んでいたら感じられないはずの気持ち良さでもあった。
「分からない」
と、正直に答えた。
「でも、気持ちよかった」
と。
その言葉に、彼女は自分の体を抱いて、かすかに震えていた。彼女の腕に巻きつかれたそのおっぱいが、いやらしく形を変えていた。
それでも翼の手のひらは僕の肩に置かれて、止まることのない粘液が、次から次から滴って、僕の肩を濡らしていた。それだけじゃなくて、羽全体から、彼女の服全体から粘液は溢れ出ているようで、彼女が溶けてしまうのではないかと心配になった。
「ほんと、食べちゃいたい」
彼女はそれを繰り返していた。
「それは気持ちいいの？」
と僕は尋ねていた。
彼女におちんちんを触れられただけであんなにも気持ち良かったのだから、もしも食べられてしまったのならどれほど気持ちが良いのだろう。
僕は、自分が生きているのか死んでいるのかもどうでも良くなって、ただ彼女からの気持ち良さを感じられるのであれば、もうそれで良かった。
僕はもう、気が狂っていたのだと思う。
自分でーー死を選ぼうとしたくらいなのだから。
「気持ちいいよ」
と彼女は答えてきた。
「ほら、周りを見てごらん」
僕は彼女に言われるがままに周りを見た。
周りには、彼女によく似た女の人たちが、それぞれの座席に座っていた。
彼女に言われるまで、まったく気がつかなかった。
僕の隣にいる人と違うところと言ったら、彼女たちの背中には、何か得体の知れないものがへばりついていて、そこから伸びる触手を、彼女たちの身体に這わせているというだった。
僕はその触手が、とても羨ましくなってしまった。
くぐもった喘ぎ声と、服を着ているはずの彼女たちから聞こえる淫らな水音。
彼女たちの異様な、それでいて何かにふけっているようないやらしい空気に、僕の股間は痛いほどに硬くなっていた。
「ねぇ、私たちもしようか」
と、隣の女性が耳元で囁いてきた。
僕は、
「うん」
と頷いた。
僕の身体はいつの間にか彼女の肢体（からだ）からあふれ出した粘液でねとねとにまみれていて、きっと彼女たちの服はその胃袋を裏返したものであって、この粘液は僕を食べるための胃酸なのだと思った。
その証拠に、彼女の紫の粘液にまみれた僕の服はいつの間にやら溶けていて、彼女は僕の前にまたがり、濡れた目つきで僕の股間を見つめていた。
「ねえ、私が君を食べる前に、君が私を食べてよ」
彼女はそんなことを言ってきた。
「今の君なら、きっと私を食べることが出来るよ」
彼女の耳元のささやきで、僕は背中が溶けてしまうのではないかと思った。
そうして彼女に言われるままに、そのおっぱいに、服の上からかぶりついてみた。
「ァん……」
彼女は可愛らしい声をあげた。
甘い味がした。
僕は夢中になって、おっぱいを服の上から、舐めて吸ってみた。
すると、だんだんと服は剥がれていって、青白いおっぱいの先に、スミレの蕾のような乳首がむき出しになった。
「ねェ……こっちも……」
彼女に急かされるまま、僕は反対側の乳首もむき出しにした。まるでタイツを破ったように、彼女のおっぱいがまだらに見えていて、その先っぽがツンと尖っていた。
「エッチだ……」
僕の言葉に、彼女は頬を赤らめたようだった。
無表情だと思っていたけれども、さすがにエッチななことをされれば、彼女も表情を変えてしまうらしい。潤んだ雌の瞳に、僕は生唾を飲み込む。
「キス、しようか」
彼女と舌を絡ませて、鼻を擦り合う。柔らかい彼女の唇を堪能すれば、
「こっち、ちゃんと、破って……」
と、彼女は僕の手を取って、自分の股に導いてきた。
服の上からなぞれば、彼女はくすぐったそうな喘ぎを漏らした。
僕の指と彼女の紫の服は溶け合って、僕の指は、彼女の股の中にずぷりと飲み込まれた。
それは、食べられたと表現するのがピッタリだった。
指を引き抜けば、紫の液が糸を引いていた。
そして、彼女の股の割れ目が剥き出しになっていた。
「じゃあ、いただきます」
彼女は律儀にそう言って、僕のおちんちんに手を添えて、自分の股の割れ目に飲み込んでいった。
ずぶずぶと肉を掻き分ける感触。膜のようなものを通り過ぎて、一番奥でキスをした。
あまりの気持ちの良い締めつけに、僕はすぐに出してしまいそうになった。
僕は歯を食いしばって耐えるけれども、彼女は容赦なく腰を振って、僕に紫の粘液を垂らしてきた。それは僕の喉を通って、こらえきれない熱さとなって、彼女の胎内へと帰っていった。
僕は彼女のナカに射精していた。
確かにナカで支払わされていた。
いつしか僕は、自分からも腰を振っていた。彼女の身体はたまらなくて、彼女さえいれば、僕は生きていても死んでいても構わなかった。僕は紫色になった自分の触手で彼女の豊満な胸を容赦なく揉みしだいて、何本あるのか分からない腕で彼女の尻を這い回った。
後ろのアナにもいたずらして、彼女の口の中も弄んだ。
彼女は僕の欲望のすべてを受け入れて、彼女は僕が欲望を我慢することを許さなかった。
僕は彼女に溺れていた。
紫色の、狂気の闇に溺れていた。
もう、どんなことをしたのか覚えていなかった。
僕は彼女の穴という穴を犯して、そしてまた彼女を犯し続けている。
今や僕の身体は人間の身体をしてはいなくて、彼女の背中にへばりつく触手になっていた。彼女の服は僕で出来ていた。
列車は止まることなく走り続けていた。
永遠に覚めることのない、狂気の、紫色の闇の中。
窓の向こうには、猫の目のような光が、ふらふらと明滅していた。
それは、まるで僕の魂のようだと思った。
この列車はどこまで走っていくのだろう。
この列車はどこへ向かって走っているのだろう。
深淵に向かうと彼女は言っていたけれども、底にはいつになったらつくのだろう。
もうどれだけの時間が過ぎているのかも分からなかった。
でも、それもどうでもいいと思う。
僕は、生も死もなく、昼も夜もなく、終わりもなければ始まりもない。そんな永遠の狂気の夜の中、今日なのか昨日なのか明日なのかもわからない今を彼女と交わっていた。
今もナイトゴーント特急は、狂気の宇宙（そら）を、深淵に向かって堕ちていく。
僕はきっと彼女たちの宇宙服に選ばれたのだ。僕も彼女とともに堕ちていく。彼女の背中にへばりつく、専用の触手（ふく）としてーー。
それに、僕はそこまでこの世界に絶望していたとも思ってはいなかった。
でも、僕は人並みに傷ついて、人並みには絶望していたらしかった。
でも、まさかそれがーー、狂気の扉を開けるほどの切符になっていたとは、僕じゃなくとも思っていなかったには違いない。
ひょんなことから僕はいじめの対象になった。
何をしてそうなったかだなんて、思い出すだけでも馬鹿らしすぎる。落ちていた消しゴムを拾って、その持ち主に落ちていたよと返してあげただけ。それがクラスで一番の美少女でも、いじめっ子でも、それとも、それまでイジメられていた子であっても、それは変わらなかっただろう。
その子に消しゴムを拾ってあげた僕は、イジメの対象になった。
その前後に、何か「生意気だ」と言われるような出来事はあったとは思うのだけれども、結局イジメの対象がなんだっていい彼らは、僕を標的にしたらしかった。
僕はどうして新宿駅に来たのか分からなかった。
分からなくて、どこをどうさまよったのか、僕はこの奇妙な改札口にたどり着いていた。
「子供一名、どうぞ」
「えっと……お金は……」
「大丈夫、いりません。ナカで支払ってもらうから」
美人であるようには見えるけれども、真っ黒な制服に、口元を隠した女の駅員さんにそう言われて、僕はホームに案内された。
駅のホームは夜だった。
夜というか、……紫？
そんな不思議な色の闇に閉ざされた駅の構内には、まるで猫の目のように光る、小さな灯し火がふらふらと浮いていた。
まるで御伽噺のような風景。
幻想的だけれども、どこか仄暗さを孕んだそこに、まるでうなり声のような汽笛を鳴らした列車が走りこんで来た。
それも、まるで童話の世界だった。
蒸気機関車を思わせる古い列車。その前面は、まるで悪魔のような角を生やして、不思議な形をしていた。煙突なんてないのに蒸気（いき）を吐いて、それは、本当に呼吸をしているようだった。
列車は止まり、僕の前に一つの扉が現れた。
扉は開いているというのに、その先はまるで、底の見えない井戸を覗き込んでいるように真っ暗だった。
ぬぅっと、現れた人影に、
「ひゃっ」
と僕は小さな悲鳴をあげてしまっていた。
そこにいたのは、さっきの駅員さんと同じような、真っ黒い制服を着た女性。彼女も美人のようだけれども、やっぱり口元を隠していた。髪の毛の隙間から見える薄紫の瞳が、井戸の底の宝石のように、妖しい輝きを放っていた。
「おいで」
と彼女は言った。
僕は彼女に誘われるままに列車にの乗り込んだ。
列車の中は、案外普通だった。
上等な向かい合わせの座椅子がいくつも並んで、ランプの明かりが煌めいていた。
僕は案内された椅子に座ると、まるで沈み込んでいくようなその柔らかさに驚いた。
ぷにぷにとして、紫の革が張られているその心地よさに、いつしか僕はうとうとし始めていた。
窓の外には紫色の闇が果てしなく続いていて、時折ひらめく猫の目のような輝きが、まるで宇宙を旅しているような気持ちにさせてきた。
ーーいつしか僕は眠っていた。
目を覚ませば、柔らかいものに触れた。
すべすべつやつやとして気持ち良いそれは、いつまでも触っていたくなるようなものだった。押し込めばむちむちとした適度な弾力があって、まるで上等なハムをつついているような気がした。
目を開けば、僕はそれを枕にしていたことに気がついた。
上を向けば、二つの大きなふくらみの向こうから声がした。
「あ、起きた」
しばらく僕はそれが何か分からなかったけれども、ハッと自分が膝枕をされていることに気がついて、思わず起きあがったらそのふくらみにぶつかって、再びむちむちとした膝枕に逆戻りすることになった。
ーーくすくす。
と笑い声が降ってきた。
それは、やっぱり女の人の声だった。僕は勿体無い気もしたけれど、そろそろとおっぱいと太ももの間をすり抜けて、普通に座ることにした。
「そのまま寝ていればよかったのに。私の膝枕、気持ち良くない？ それとも、君はおっぱい枕の方が良い？」
女の人は、そんなことを言って笑っているようだった。
でも、彼女の顔は、無表情で、顔を見れば、本当に彼女が喋っているのかが分からなるほどだった。
彼女も、駅員さんや車掌さんのように、真っ黒い服を着て、口元を隠していた。
いや、その服は黒じゃなかった。黒っぽいーー紫だった。まるで、窓の外に広がっている闇のような……。
でも、そんな服の違いなんてどうでも良くなるおかしなところが彼女にはあった。
彼女の頭には角が生えていた。
尾があった。
手のついた羽があった。
彼女はーー
「悪魔……」
だった。
僕は、彼女に食べられてしまうのだろうか。
それとも、悪魔ならば、僕の魂を持っていってしまうのだろうか。
ーーナカで支払ってもらうから。
あの駅員さんの声が、僕の耳に蘇ってきた。
そういうことだったのか……。
僕は自分の運命を悟って、もう観念することにした。
明日学校に行ったって、いいことがあるはずもない。
また、いつものイジメられる日常が戻ってくるだけだ。
それなら、悪魔に食べられてしまう方が、よっぽど劇的でイカしていると思った。
そんな僕に、
「私は悪魔じゃない」
と、ちょっと拗ねた声が帰ってきた。
「私はナイトゴーント。この列車の、客室乗務員。お客様に、快適で淫らな旅をご提供。本日は、ナイトゴーント特急をご利用いただき、まことにありがとうございます」
彼女は無表情でそう言った。
「ナイトゴーント特急……」
「そう。この列車は、深淵に向かう片道特急。君には、この列車に乗れる、狂気の切符を持っていた」
「狂気の切符……」
そんなことを言われても、僕には全然心当たりはなかった。
だと言うのに、それは何か、得体の知れない渦巻きとなって、僕を取り巻いている何かがあるような気がしてきた。
「覚えていない？」
彼女の問いかけに、僕は頷いた。
「じゃあ、見るといい」
彼女が窓の外を指し示すと、先ほどまで宇宙のようだった紫の闇が、うっすらと解（ほど）けていた。
そこにはーー僕がいた。
虚ろな目をして、駅のホームでふらついていた。
彼はふらふらとやってきた列車に近づいていく。
まさか、と思う。
そして、列車に食べられた僕に、やっぱりーーと思う。
「僕は死んだの？」
と彼女に聞く。
「どうだと思う？」
彼女は笑ーーったらしかった。
「僕は死んだんだ」
僕は確かめるように言う。
「そうなんだ」
まるで他人事のように彼女は言った。
「でもーー」
と、彼女の翼のような腕ーーもしくは腕のような翼が、僕の肩を抱いてきた。
その爪がついた手のひらからは、何か粘液が滴っているようで、それは遠慮なく僕の身体に染み込んできた。
彼女は僕に密着して、その豊満な胸を押し付けて、むっちりとした太ももを擦り付けてくる。
彼女の手は僕の股間に伸びて、その中にあるものを撫でつけてきた。
「……う、……ぁ……」
僕がたまらないうめき声をあげると、彼女の手は離れていってしまった。
「くす、そんな物欲しそうな顔をしないで。すぐに食べてしまいたくなるから」
彼女の艶っぽい声音に、僕は食べて欲しいと思ってしまった。
彼女は言う。
「気持ちよかった？」
僕は素直に頷く。
「おりこうさん。素直な子は好き」
彼女は頭を撫でてきた。
その優しい触り方に、僕はどうしてか涙が出そうになった。
「じゃあ、その気持ち良さは、生きているときのものだと思う？ それとも、死んだ後のものだと思う？」
彼女の問いに、僕には答えられなかった。
それは生きている時に感じたことのない気持ち良さだったし、死んでいたら感じられないはずの気持ち良さでもあった。
「分からない」
と、正直に答えた。
「でも、気持ちよかった」
と。
その言葉に、彼女は自分の体を抱いて、かすかに震えていた。彼女の腕に巻きつかれたそのおっぱいが、いやらしく形を変えていた。
それでも翼の手のひらは僕の肩に置かれて、止まることのない粘液が、次から次から滴って、僕の肩を濡らしていた。それだけじゃなくて、羽全体から、彼女の服全体から粘液は溢れ出ているようで、彼女が溶けてしまうのではないかと心配になった。
「ほんと、食べちゃいたい」
彼女はそれを繰り返していた。
「それは気持ちいいの？」
と僕は尋ねていた。
彼女におちんちんを触れられただけであんなにも気持ち良かったのだから、もしも食べられてしまったのならどれほど気持ちが良いのだろう。
僕は、自分が生きているのか死んでいるのかもどうでも良くなって、ただ彼女からの気持ち良さを感じられるのであれば、もうそれで良かった。
僕はもう、気が狂っていたのだと思う。
自分でーー死を選ぼうとしたくらいなのだから。
「気持ちいいよ」
と彼女は答えてきた。
「ほら、周りを見てごらん」
僕は彼女に言われるがままに周りを見た。
周りには、彼女によく似た女の人たちが、それぞれの座席に座っていた。
彼女に言われるまで、まったく気がつかなかった。
僕の隣にいる人と違うところと言ったら、彼女たちの背中には、何か得体の知れないものがへばりついていて、そこから伸びる触手を、彼女たちの身体に這わせているというだった。
僕はその触手が、とても羨ましくなってしまった。
くぐもった喘ぎ声と、服を着ているはずの彼女たちから聞こえる淫らな水音。
彼女たちの異様な、それでいて何かにふけっているようないやらしい空気に、僕の股間は痛いほどに硬くなっていた。
「ねぇ、私たちもしようか」
と、隣の女性が耳元で囁いてきた。
僕は、
「うん」
と頷いた。
僕の身体はいつの間にか彼女の肢体（からだ）からあふれ出した粘液でねとねとにまみれていて、きっと彼女たちの服はその胃袋を裏返したものであって、この粘液は僕を食べるための胃酸なのだと思った。
その証拠に、彼女の紫の粘液にまみれた僕の服はいつの間にやら溶けていて、彼女は僕の前にまたがり、濡れた目つきで僕の股間を見つめていた。
「ねえ、私が君を食べる前に、君が私を食べてよ」
彼女はそんなことを言ってきた。
「今の君なら、きっと私を食べることが出来るよ」
彼女の耳元のささやきで、僕は背中が溶けてしまうのではないかと思った。
そうして彼女に言われるままに、そのおっぱいに、服の上からかぶりついてみた。
「ァん……」
彼女は可愛らしい声をあげた。
甘い味がした。
僕は夢中になって、おっぱいを服の上から、舐めて吸ってみた。
すると、だんだんと服は剥がれていって、青白いおっぱいの先に、スミレの蕾のような乳首がむき出しになった。
「ねェ……こっちも……」
彼女に急かされるまま、僕は反対側の乳首もむき出しにした。まるでタイツを破ったように、彼女のおっぱいがまだらに見えていて、その先っぽがツンと尖っていた。
「エッチだ……」
僕の言葉に、彼女は頬を赤らめたようだった。
無表情だと思っていたけれども、さすがにエッチななことをされれば、彼女も表情を変えてしまうらしい。潤んだ雌の瞳に、僕は生唾を飲み込む。
「キス、しようか」
彼女と舌を絡ませて、鼻を擦り合う。柔らかい彼女の唇を堪能すれば、
「こっち、ちゃんと、破って……」
と、彼女は僕の手を取って、自分の股に導いてきた。
服の上からなぞれば、彼女はくすぐったそうな喘ぎを漏らした。
僕の指と彼女の紫の服は溶け合って、僕の指は、彼女の股の中にずぷりと飲み込まれた。
それは、食べられたと表現するのがピッタリだった。
指を引き抜けば、紫の液が糸を引いていた。
そして、彼女の股の割れ目が剥き出しになっていた。
「じゃあ、いただきます」
彼女は律儀にそう言って、僕のおちんちんに手を添えて、自分の股の割れ目に飲み込んでいった。
ずぶずぶと肉を掻き分ける感触。膜のようなものを通り過ぎて、一番奥でキスをした。
あまりの気持ちの良い締めつけに、僕はすぐに出してしまいそうになった。
僕は歯を食いしばって耐えるけれども、彼女は容赦なく腰を振って、僕に紫の粘液を垂らしてきた。それは僕の喉を通って、こらえきれない熱さとなって、彼女の胎内へと帰っていった。
僕は彼女のナカに射精していた。
確かにナカで支払わされていた。
いつしか僕は、自分からも腰を振っていた。彼女の身体はたまらなくて、彼女さえいれば、僕は生きていても死んでいても構わなかった。僕は紫色になった自分の触手で彼女の豊満な胸を容赦なく揉みしだいて、何本あるのか分からない腕で彼女の尻を這い回った。
後ろのアナにもいたずらして、彼女の口の中も弄んだ。
彼女は僕の欲望のすべてを受け入れて、彼女は僕が欲望を我慢することを許さなかった。
僕は彼女に溺れていた。
紫色の、狂気の闇に溺れていた。
もう、どんなことをしたのか覚えていなかった。
僕は彼女の穴という穴を犯して、そしてまた彼女を犯し続けている。
今や僕の身体は人間の身体をしてはいなくて、彼女の背中にへばりつく触手になっていた。彼女の服は僕で出来ていた。
列車は止まることなく走り続けていた。
永遠に覚めることのない、狂気の、紫色の闇の中。
窓の向こうには、猫の目のような光が、ふらふらと明滅していた。
それは、まるで僕の魂のようだと思った。
この列車はどこまで走っていくのだろう。
この列車はどこへ向かって走っているのだろう。
深淵に向かうと彼女は言っていたけれども、底にはいつになったらつくのだろう。
もうどれだけの時間が過ぎているのかも分からなかった。
でも、それもどうでもいいと思う。
僕は、生も死もなく、昼も夜もなく、終わりもなければ始まりもない。そんな永遠の狂気の夜の中、今日なのか昨日なのか明日なのかもわからない今を彼女と交わっていた。
今もナイトゴーント特急は、狂気の宇宙（そら）を、深淵に向かって堕ちていく。
僕はきっと彼女たちの宇宙服に選ばれたのだ。僕も彼女とともに堕ちていく。彼女の背中にへばりつく、専用の触手（ふく）としてーー。
18/03/03 22:52更新 / ルピナス