スライム・ハザード
生物学研究者ヨランダ・スプリングフィールドの手記。
5月7日
今日より、私はあの生物の培養を開始する。
ここに記す内容は記録であり、また何ら学術的根拠に基づいていない、言ってしまえば空論にすら満たないーー私見を含む記載になるであろう事をまずはじめに述べておく。
それは、私が、私たちが発見したこの生物があまりにも未知であり、かつ荒唐無稽な推論を思わせる存在だからである。
私はここに、まず、その生物を存在Xと呼称する。
存在Xは南米奥地にて発見された。それは私も同行したーー現地の生物学的学術調査を目的とする、半ば冒険とも言えるジャングル紀行であった。
その際ーー今だに私にも信じられないのであるが、我々は恐ろしい出来事に遭遇した。ジャングルの道なき道を探索し、我々は幻覚を見ているのでは、とすら思ったのである。そしてそう思いたかった。だが、我々のうちから犠牲者が出ていることは事実であり、信じてもらえなくとも、あれが幻覚などではない事とは我々の全員が認識し、その証拠と言えるものが私の手元にある。
そこは遺跡であった。南米で見られる、太陽神を崇める石造りの神殿。我々はまだ発見されていない神殿を発見したのである。高揚した我々はーー今考えれば迂闊にすぎるがーーその遺跡に踏み込んだ。そして、その中で我々はアレに遭遇した。
何といえばいいのだろうか、名状しがたく、それは桃色をして、軟体のようで、粘体のようで、それでいて個体のように蠢く何者か。
それは見たことのない生物であった。
そしてそれは、私たちの隊員の一人、クリスティーナに向かって襲いかかってきたのである。
その生物は彼女をその体内に取り込んでしまった。
私たちは彼女を救い出そうと奮闘したが、我々の持ち込んだ重火器類、刃物、薬品の類も通じず、奴は彼女を飲み込んだまま、神殿の奥へと逃げ込んでしまったのだ。
我々は後を追った。
しかし、彼女をついに発見することは出来なかった。
調査員から犠牲者を出してしまった我々が、その後、調査を続けることは出来なくなったことは当然の帰結だった。我々の証言を基に新たな調査隊、捜索隊が結成されたのであるが、そのグループはその生物、存在Xどころか、その神殿にすらたどり着けなかったことも理由である。
我々は幻覚を見た末に隊員を失ったーーとして、責任を取らされ学会すらも追われた。
私がこの存在Xのカケラを秘匿し、その研究を始めたのは、そうした学会に対する恨みの感情があったことを否定はできまい。
私たちがこの研究を行うことができるのは、幸運にもある資産家にスポンサーなってもらえたからである。ブリッジガード財団。あの白髪赤目の美しい当主には感謝しても仕切れない。
それは、この研究から得られる成果に期待しているということでもあるだろうが……。
資産家の欲や趣味といったものが、こうも我々に都合よく作用するとは思ってはいなかった。
私はあの時の、クリスティーナ隊員が拐われる際の、最後の顔が忘れられない。
あの薄桃色の粘体に包み込まれた彼女はーーあの生物に愛撫される彼女の肌は上気し、官能の吐息を漏らす彼女はまさしくーー発情していた。我々があの生物を追いかけている際に目にした有様は、それ以上は彼女の名誉のためにここには記載しない。
だが、彼女のあの有様から我々は一つの仮説を立てた。
そして我々が採取したあの生物のカケラに触れた時、それは確信に変わった。
あの生物の粘液には未知の媚薬成分が含まれている。
それは現在までも抽出分離は出来ていない。だが、もしもそれを分離出来た時には、この不感症である私も……。
これは完全なる私ごとであるがーー私、ヨランダは不感症である。
男性と性行為を成した経験はあるが、絶頂を迎えたことはない。自ら慰めた場合でも同じである。絶頂を体験できずとも、研究者として支障があるわけはないのだが、個人的に興味はある。
それも、この研究を進める理由の一つである……。
採取できた存在Xの全体量は少量である。
この生物は、生物であるとわかったのは、
ある走性を見せ、さらにはそれを取り込むことによって微量ながら増殖するからである。
それを発見したのはまさしく偶然の産物である。
存在Xは、ヒトの分泌する性液、より正確にいうのであれば、特に女性のバルトリン腺よりの分泌液に強く反応することが認められた。不感症の私ではなく、歳若い女性であり同隊の男性隊員と噂のあったクリスティーナ、彼女はその遺跡を見つける日の休憩時にも彼とーーこれは、余分なことであるーーともかく、クリスティーナが襲われた事は必然であったのかもしれない。
私は女性の性液を使用し、この生物を培養、そして媚薬成分の抽出を試みる。
◆
「おい、何を読んでるんだ？」
発見した手記を読んでいた私は後ろから声をかけられた。
「ここで行われた研究についての記録。不感症の女科学者が媚薬を作ろうとしてたんだって」
私の言葉に、彼は忌ま忌ましそうな顔をする。
「ハッ。それが発端だってか？ そのおばさんが感じられなかったから、俺たちはここにいて、俺たちは変な化け物どもから逃げ惑っているってェわけだ。ああ、こいつは最高にクールでハッピーだ。俺に頼んでくれれば一発でイかせてやったってのに」
そう言って彼はアサルトライフルを盛大にぶっ放す。
きっと彼は、彼女の頭に打ち込みたいに違いない。
弾けたピンク色の生物が、再生するまでに私たちはここから逃げなくてはならない。
私たちの目の前で、奇妙な粘体が千切れた体を一つに集めて行く。
「行くぞ」
「うん」
私は彼に手を引かれて階段を駆け上がって行く。
この研究所は絶海の孤島にあった。
とある大国の諜報部に所属する彼の任務はこの研究施設の破壊。
とある大国などと言わずとも、それはアンクルサムのステイツに決まっている。
彼らの部隊は研究成果の奪取も任務に入っていたらしい。
ここの末端研究員であった私は、彼に連れられている。
「しっかし、あんたよくこんなところで研究してたな」
「言い訳でしかないけれども、知らなかったのよ……。私がやっていたのは単なる化学物質の分析」
「ふぅん。チッ。こっちもダメだ」
彼は再びライフルを放つ。
今の状況は彼らが侵入してきたことに端を発しているとはいえ、部隊員を全滅させられた彼には同情を禁じ得ない。
そして、私も。
ここがまともな研究所だと思っていたわけではないが、あんな生物から採取された未知の物質の分析をしていたなど、しかもそれが媚薬だったとは……ゾッとしない話だ。
私たちはそのヨランダの言う存在Xから逃げている。
彼の部隊が何をやらかしたのか、聞く暇はなかったのだけど、彼らはあの生物を解き放ってしまったようだ。そして……人の性液を摂取して増殖するという奴らは、研究員も部隊員も捕まえて……ああ、あの光景は思い出したくもない。
いくら快感を得られるとしても、ああなってしまうと人間終わりだ。彼らの習性を見ていると、殺されはしないようだが、あれは死んでいるのと同じではないだろうか。
快楽の牢獄に囚われている。
あれから、私たちは命からがら現在進行形で逃走している。
「よし、シャッターが降りた」
まだ生きていた電気系統にありがたさを感じるが、ピンクの存在Xはものすごい力でシャッターを変形させて行く。
「クソッタレ（FAUK）！ なんて馬鹿力だ」
彼は壁を蹴り上げ、私たちは再び走り出す。
それから私たちは協力していくつもの危機を乗り越え、地上に続くエレベーターに何とか入り込んだ。そうして私は再びヨランダの手記を開く。
「不感症ババアの不感症日記なんて読んで何になるってんだよ」
「何かあの生物をやっつける方法が書いてあるかもしれないでしょ」
私が言うと、彼は肩をすくめる。
「好きにしな」
ゴォーーンという、無機質なエレベーターの上昇音が聞こえる。
◆
5月15日
存在Xの株分けを行なった。
実験の一つとして、個別に担当女性研究員のバルトリン腺液を与え続けることにする。それによって存在Xの増殖速度、個体特性の変化を観察したい。
5月21日
興味深い成果が上がっている。
それは育てる研究員により生育する存在Xの特性が変化するーーより具体的に言うのであれば、採取される粘液による媚薬効果、性感帯の位置と程度が変わる。それはバルトリン腺液を与える女性の性癖や性感帯を反映しているようである。
それは、人体で確かめている。……ブリッジガード財団の性に対する執念を私たちは舐めていた。彼らは一族の中から媚薬の被験者を提供してきていた。それを試させなければ出資を中止するとまで言ってきた。私はとうとう安全を確認しないままの臨床実験、つまるところの人体実験に手を出してしまったのだ。だが、正直な話、それはありがたくもあった。これで研究を順調に進めることが出来る。
この研究を進めれば、感じる部位を調整できる媚薬の開発が可能になるかもしれない。
6月3日
アリア研究員の様子がおかしい。
声をかけてもボーッとし、その頬は上気して、まるで発情しているかのようでもある。
もしかすれば、媚薬を自身に使用しているのかもしれない。
彼女を監視する必要がある。
6月6日
やはり彼女は自らが担当する存在Xから分泌された媚薬を使用していたようである。
私は彼女を呼び出し、厳重に注意を行なった。
6月8日
アリア研究員を拘束した。
彼女は自身の存在Xの媚薬の虜となり、彼女はあろうことか、培養液を解放しようとしたのである。しかし、これは、むしろ好機かもしれない。
6月14日
隔離室の増設をブリッジガード財団へ申請。
私たちは共犯者である。
だが、それは彼女も望んでいる。
7月3日
これは試してみたい実験の一つであった。
存在Xからの採取粘液ではなく、直接接触による効果を調べる事。
私たちは、隔離室内にアリア元研究員と、彼女のバルトリン腺液で育成された存在Xを放った。
存在Xは彼女に這い寄り、彼女から直接体液を摂取し始めた。
7月4日
存在Xの増殖が甚だしい。
肥大化した生物は、そのピンク色の体でアリア研究員にまとわりついている。
7月5日
これは、クリスティーナ隊員が拐われる際に見た光景の再映である。
ピンク色の生物は被験者の体をくまなく愛撫する。
被験者は存在Xから何かしら特殊な物質を吸収しているようであり、飲食物を摂取していないというのに、その肌は艶を増し、まるで若返って行くようですらある。
これは喜ばしい発見である。かの生物の粘液には媚薬効果の他に、生体活性化作用も含んでいたようである。これまでの研究から認められなかった理由として、量の不足、相性が考えられるが、私は存在Xによる直接の愛撫が関係していると考察する。
実験データが足りない。
7月6日
愛撫は激しく、淫らである。
第二の被験者の選出を開始する。
実験は火球速やかに行いたい。
ここは隔離された研究所。私を咎めるものは誰もいない。
7月7日
存在X、被験者の口内に侵入。
被験者の唾液成分を摂取しているようである。
存在Xの肥大は停止している。
今現在の大きさが個体としての最大サイズということなのだろうか。
7月10日
存在X、第一被験体の女性器への侵入を試みている模様。
第二の被験体の実験を開始する。第一被験体同様に、自身のバルトリン腺液で育成した存在Xとその研究者である。しかし、研究者を使用するには人的資源の損失が甚だしい。
別の被験者の選出をブリッジガード財団と相談。
数体をすぐに調達できるとの返答。
7月11日
存在X、第一被験体の女性器にその全身を収容。
これはどう言った行動なのであろうか。さらなる観察を続ける。
第二被験体では、肥大化した存在Xはすぐに彼女の口内および膣内への侵入を試みる。存在Xごとの性質の違い、生育に使用したバルトリン腺液の相違によるものか、それとも相性、性癖、どういった項目が変化に繋がるのか……。
実験データが足りない。
第一被験体と第二被験体の違いは年齢、学歴、髪の色、様々あるが、存在Xの行動の差異は被験体の性経験の有無に起因するのでは、という仮説を提唱する研究員がおり、それは興味深いものとして一考に値する。
7月12日
第一被験体変化なし。恍惚とした表情。
第二被験体、激しい愛撫。
第三から第七被験体実験開始。
ここに個別に験体ごとのデータを簡単に記載する。
・第三被験体
性別：女性、年齢：23、性経験：あり
・第四被験体
性別：女性、年齢：47、性経験：なし
・第五被験体
性別：女性、年齢：11、性経験：あり
・第六被験体
性別：女性、年齢：14、性経験：なし
・第七被験体
性別：男性、年齢：26、性経験：なし
これより、男性に対する存在Xの反応の実験も開始する。
研究施設の増設を申請。
7月15日
これは驚くべき生態である。
第一被験体内部より存在Xの脱出確認。
観察により被験体の意志によって存在Xの操作を行っているらしい。
その意志は被験体のものであるのか、存在Xのものであるのか、意思疎通を試みる。
7月17日
存在Xの被験体に対する反応は仮説のとおり、性経験の有無によるところが大きいらしい。
第一被験体の意志は第一被験体のものである模様、しかし、それは快楽思考への傾向が見られる。
第十一被験体はすでに子宮内への収容を確認。
男性被験体に対しても存在Xは愛撫を行い、その性を吸収している。排泄器および口内への侵入も認められたが、男性への反応は愛撫の域を逸脱しない模様。
先日からのブリッジガード財団との協議により、媚薬成分のみを抽出することは難しく、生物資源による精製方式としての媚薬商品化を検討。
化学成分に対する研究員の拡充を要請。
◆
私はこの手記を読んでいるうちに気持ちが沈んできた。
私には鬱の傾向はないはずだが、一人の研究者の倫理観を喪失していく様に目眩がするようだ。まるで私が崩れていくような気さえする。
彼女はすでに知的好奇心のみに突き動かされ、その他の事への考慮を忘れていくようだった。
しかし、ブリッジガード財団とは何者だろうか。
私はいつしか夢中になって読み進めている。
エレベーターは地上につかない。
呻き声のような駆動音が、振動が私の体に伝わってきている。
◆
8月3日
男性被験体へあてがった存在Xの変化を確認。
どうにも女性形態へと変体しているようである。その色あいは青色。
実験データを増やしたい。もっと、もっと、もっと……。
8月4日
青色の女性型存在Xの呼称を”ブルー”とする。同時にピンク色で女性被験体へ寄生同化する型を、”パラサイトタイプ”、パラサイトタイプと同化を果たした女性被験体を”キャリア”と呼称する。
”ブルー”は少女の形態をしているが、男性被験体と淫らに混じり合い、成長が見られる。幼くとも彼と交じり合うその顔は、紛れも無い牝の顔であった。
少し羨ましくも感じる。
それにしても、驚異的な成長速度である。
そして、彼女とそれほど交じり合いながらも精力の枯渇が起こらない彼に、男性研究者が驚嘆している。
存在Xには女性への媚薬効果だけではなく、男性の精力増大効果が見られるのかもしれない。
研究項目が増えていく。
”キャリア”に男性被験体をあてがう研究を始める。
8月15日
ブルーはすでに成人女性ほどの大きさまで成長している。
彼らの会話の記録によればーー驚くことに彼らには言葉による意思疎通がはかれるーーブルーの姿は彼の嗜好によるところが大きいらしい。男性の嗜好により理想の女性の姿に変貌する存在X。これは、育成、管理に成功すれば、世の男性が飛びつく商品になり得るのでは無いだろうか……。
研究費用の獲得が容易になることを期待させる。
男性研究員は存在Xのその特性を知り色めきだっている。
監視および管理を徹底しなくてはならない。
実験データが集まるのは良いことではあるが、生物汚染（バイオハザード）を起こさせるわけにはいかない。
8月18日
媚薬商品の申請受理。
8月26日
これまで男性被験者にあてがった存在Xは全て女性型へと変体した。
確認されたタイプごとに、青色のものを”ブルー”、赤色のものを”レッド”、緑色で発泡を含むものを”バブル”と呼称。それらの変体の違いは目下研究中であるが、バブルに関して言えば、培養中の投与薬物によるものでは無いかと推測。
9月4日
初期にブルーへと変体した個体の一部の増大を確認。
これは……妊娠……？
しかし、別種の生物である人間の精によって生殖することは可能なのだろうか。それとも、エネルギー源として摂取しているだけなのだろうか。隔離室内における観察研究であるため、詳細を調査することが出来ない。意思は存在するものの、その思考は性本能に支配されており、効果的な意思疎通を図ることが出来ない
それはある意味好都合なのかもしれない。もしも彼らが外に出ようとするならば……。
9月10日
女性型へ変体した存在Xに新色が現れる。紫色の彼女は多個体よりも知能があるようだ。彼女の体内には核らしきものが見受けらる。
彼女との意思疎通を試みる。
9月13日
紫色の女性型存在Xの呼称を、彼女の知性に敬意を称し、”ダーク”と呼称する。
彼女の言葉によれば、彼女たちは”スライム”と名乗る種族であり、人類に友好的な存在だと発声した。その言葉を鵜呑みにすることはできないが、研究の幅が広がることが予感させられた。
他生物の心理学的発達は我々の専門外ではあるが、興味を抱かざるを得ない。
彼女の言葉が真実であろうがなかろうが、彼女たちはここからは出られないのだ。彼女たちはあてがわれた男性と交わることに夢中であり、”ダーク”含め、性行為さえ保障されれば外の世界のことなど興味はないようである。
それは、羨ましく思わなくもない。（この文は書いた後に上から几帳面に訂正線が引かれていた）
9月25日
私は一体、何をあの神殿から持ち出してしまったのだろうか……。
ブルーより幼体型ブルーが分裂。男性の精を摂取して成長分裂する。それが、存在Xから変体した”ブルー”の生態であるようだ。幼体型ブルーは生まれたばかりだというのに、すでに性本能が目覚めているらしく、男性との交わりを求めていた。
この生殖方式で彼らが分裂増殖を続ければ……。
彼らをこの研究所から出してはいけない。
研究職員たちの見解は一致している。だが、誰も彼らを処分しようなどと言い出すものはいない。知的好奇心をこれほど刺激してくれるこの生物を手放すことなど誰も出来ないのだ。
いや、これは研究欲だけではなく…。
10月13日
媚薬商品の名はスライム・パフュームと名付けられた。名付けの親はブリッジガード財団のあの女党首である。あまりの売れ行きであり、その利権に目をつけたのか、政府から秘密裏に情報公開の要請を受けたらしい。
そんなもの許可するわけがない。
すでに”ブルー”、”レッド”、”バブル”において繁殖が確認されいる。そして、”キャリア”からは”パラサイトタイプ”の分裂が確認された。
もしも彼女たちを解き放てば、人間の女性は存在Xへと変貌させられるのではないだろうか……。
極秘に”ダーク”へと生身の女性被験体を提供する。
11月2日
存在Xについて、判明したことを記載する。
存在Xを元とする”パラサイトタイプ”は人間女性へと寄生同化して彼女らを”キャリア”へと変える。”キャリア”からは人間男性との間に”パラサイトタイプ”が生まれる。
”パラサイトタイプ”は人間男性の性液により、女性型の”ブルー”、”レッド”、”バブル”、”パープル”タイプへと変体する。そして、更なる性液の摂取によって、同系個体の幼体を分裂させる。
”パープル”における分裂は未だ確認されていない。他系統の個体よりも必要な性液量が多いと推測している。
そして、女性型個体は女性被験体への愛撫を繰り返すことにより、人間女性を彼女たちの種族へと変貌させることが可能なようである。
”ダーク"第二個体出現。
11月5日
外でスライム・パフュームが問題となっていると報告を受ける。しかし、そんなものは関係ない。ここは地下の隔離研究所である。外のことは関係がない。
いまや、この研究所は溢れんばかりの彼らがひしめいている。
隔離室は一杯である。
施設の拡充を申請し続けている。
11月11日
政府より勧告を受けたという。
それは拒否の一択である。
武力で我々を止めたければ来るがいい。
我々はあなたたちを歓迎する。
11月20日
こちらから政府へ最終通告。
さあ、かつての神殿へと踏み入った私たちのように、踏み入ってくるあなた達を私たちは待ち受けよう。いらっしゃい、愛しい夫たち。
この蓋を開くのは汝らである。
そこで記録は途絶えているが、最後のページにのたくったような文字で。
”我は女王、汝は女王の一部なり”
と、書かれていた。
◆
永遠にも思われるエレベーターの狭い室内で、私は嘆息した。
このエレベーターは地上へと続いている。このエレベーターは私を外へと運び出してくれる。
エレベーターは地上へとついた。
「ようやくお天道さまを拝めるぜ。あんたも災難だったな」
そう言って振り向いた彼の唇を私は奪う。
「おいおい、気が早いぞ？ 待ちきれないのは分かるが、ベッドまでは我慢してくれ。はっはー、まるでハリウッドの映画（フィルム）みたいだ。血湧き肉踊る任務から命からがら帰るときには隣に美女がいる」
彼は興奮している。
私も興奮している。
ああ、そうだった。思い出した。
私は、もうとっくの昔に私だった。この私、ヨランダ・スプリングフィールドは彼らの”クイーン”になっていた。それになった私は若返っていた。この記憶は、私が私に教えてあげたものだった。
彼とのプレイを楽しむために。
私は彼を押し倒す。
「はっはっは。そう言うのがお好みなのか？ だが、任務はまだ終わっちゃいないゼ？ 速く逃げないと爆撃機がきてしまう。爆発すんのはベッドの上がいい」
彼はのしかかってくる私の急速に膨らんでいく乳房を弄る。そうして私を押し退けようとするが、私は彼のズボンをむしり取る。
「おいおい、乱暴だ。って、チカラ強いな……」
露わになった彼の陰茎を、私は私のゼリー状の体で愛撫する。
「う、うわぁああああああ！」
彼は驚愕の表情で、私の顔にライフルを乱射する。
派手な音を立てて薬莢が飛び散る。
「こんなところまで映画チックにしなくていいじゃねぇかよぉおおお！」
カチン、カチン、と。
まるでカウントダウンのような、弾切れの音がする。
私のグチャグチャになったゼリー状の顔は、すぐに元どおりになる。
「ジーザス。ファック」
「大丈夫。神さまよりも気持ちよくファックしてあげる」
「もう私、不感症ではないの」
私の後ろから別の私が別れ出てくる。
次から次から。
彼は泣き笑いの表情で、引きつりながら私を見ている。
「ファック、ファック、ファック」
「待ちきれないの？」「待ちきれない」「もっとファックって言って」「3回じゃ足りない」「私たちは三人じゃ足りない」
「ば、爆撃機が……」
「来ないわよ」「スライム・パフューム」「何が問題で」「あなたたちはここへ送り込まれたのかしら」「ふふ」「うふふふふふ」
何人もの私たちが、彼に笑いかける。
私は女王然として告げる。
蓋を開けてくれて、
ーーありがとう。
交わっている私と彼の後ろから次々と同胞達が這い上ってくる。
さあ、みんな行きなさい。
世界を私たちで埋め尽くしましょう。
色とりどりの、私たちで。
さあ、さあ。この世界はスライムでいただきましょう。
◆
とある神殿から持ち出されたスライムのカケラ。
それはついに人類に取って代わるほどに膨れ上がった。
白髪の扇動者はあざ笑う。
次は誰で世界を埋め尽くそうか、と。
「お姉さまの方法は生ぬるい。世界とは結ぶものではなく、覆うものなのです
うふ。うふふふふふ」
女の笑い声は、世界中の嬌声の中に、かき消えていった。
5月7日
今日より、私はあの生物の培養を開始する。
ここに記す内容は記録であり、また何ら学術的根拠に基づいていない、言ってしまえば空論にすら満たないーー私見を含む記載になるであろう事をまずはじめに述べておく。
それは、私が、私たちが発見したこの生物があまりにも未知であり、かつ荒唐無稽な推論を思わせる存在だからである。
私はここに、まず、その生物を存在Xと呼称する。
存在Xは南米奥地にて発見された。それは私も同行したーー現地の生物学的学術調査を目的とする、半ば冒険とも言えるジャングル紀行であった。
その際ーー今だに私にも信じられないのであるが、我々は恐ろしい出来事に遭遇した。ジャングルの道なき道を探索し、我々は幻覚を見ているのでは、とすら思ったのである。そしてそう思いたかった。だが、我々のうちから犠牲者が出ていることは事実であり、信じてもらえなくとも、あれが幻覚などではない事とは我々の全員が認識し、その証拠と言えるものが私の手元にある。
そこは遺跡であった。南米で見られる、太陽神を崇める石造りの神殿。我々はまだ発見されていない神殿を発見したのである。高揚した我々はーー今考えれば迂闊にすぎるがーーその遺跡に踏み込んだ。そして、その中で我々はアレに遭遇した。
何といえばいいのだろうか、名状しがたく、それは桃色をして、軟体のようで、粘体のようで、それでいて個体のように蠢く何者か。
それは見たことのない生物であった。
そしてそれは、私たちの隊員の一人、クリスティーナに向かって襲いかかってきたのである。
その生物は彼女をその体内に取り込んでしまった。
私たちは彼女を救い出そうと奮闘したが、我々の持ち込んだ重火器類、刃物、薬品の類も通じず、奴は彼女を飲み込んだまま、神殿の奥へと逃げ込んでしまったのだ。
我々は後を追った。
しかし、彼女をついに発見することは出来なかった。
調査員から犠牲者を出してしまった我々が、その後、調査を続けることは出来なくなったことは当然の帰結だった。我々の証言を基に新たな調査隊、捜索隊が結成されたのであるが、そのグループはその生物、存在Xどころか、その神殿にすらたどり着けなかったことも理由である。
我々は幻覚を見た末に隊員を失ったーーとして、責任を取らされ学会すらも追われた。
私がこの存在Xのカケラを秘匿し、その研究を始めたのは、そうした学会に対する恨みの感情があったことを否定はできまい。
私たちがこの研究を行うことができるのは、幸運にもある資産家にスポンサーなってもらえたからである。ブリッジガード財団。あの白髪赤目の美しい当主には感謝しても仕切れない。
それは、この研究から得られる成果に期待しているということでもあるだろうが……。
資産家の欲や趣味といったものが、こうも我々に都合よく作用するとは思ってはいなかった。
私はあの時の、クリスティーナ隊員が拐われる際の、最後の顔が忘れられない。
あの薄桃色の粘体に包み込まれた彼女はーーあの生物に愛撫される彼女の肌は上気し、官能の吐息を漏らす彼女はまさしくーー発情していた。我々があの生物を追いかけている際に目にした有様は、それ以上は彼女の名誉のためにここには記載しない。
だが、彼女のあの有様から我々は一つの仮説を立てた。
そして我々が採取したあの生物のカケラに触れた時、それは確信に変わった。
あの生物の粘液には未知の媚薬成分が含まれている。
それは現在までも抽出分離は出来ていない。だが、もしもそれを分離出来た時には、この不感症である私も……。
これは完全なる私ごとであるがーー私、ヨランダは不感症である。
男性と性行為を成した経験はあるが、絶頂を迎えたことはない。自ら慰めた場合でも同じである。絶頂を体験できずとも、研究者として支障があるわけはないのだが、個人的に興味はある。
それも、この研究を進める理由の一つである……。
採取できた存在Xの全体量は少量である。
この生物は、生物であるとわかったのは、
ある走性を見せ、さらにはそれを取り込むことによって微量ながら増殖するからである。
それを発見したのはまさしく偶然の産物である。
存在Xは、ヒトの分泌する性液、より正確にいうのであれば、特に女性のバルトリン腺よりの分泌液に強く反応することが認められた。不感症の私ではなく、歳若い女性であり同隊の男性隊員と噂のあったクリスティーナ、彼女はその遺跡を見つける日の休憩時にも彼とーーこれは、余分なことであるーーともかく、クリスティーナが襲われた事は必然であったのかもしれない。
私は女性の性液を使用し、この生物を培養、そして媚薬成分の抽出を試みる。
◆
「おい、何を読んでるんだ？」
発見した手記を読んでいた私は後ろから声をかけられた。
「ここで行われた研究についての記録。不感症の女科学者が媚薬を作ろうとしてたんだって」
私の言葉に、彼は忌ま忌ましそうな顔をする。
「ハッ。それが発端だってか？ そのおばさんが感じられなかったから、俺たちはここにいて、俺たちは変な化け物どもから逃げ惑っているってェわけだ。ああ、こいつは最高にクールでハッピーだ。俺に頼んでくれれば一発でイかせてやったってのに」
そう言って彼はアサルトライフルを盛大にぶっ放す。
きっと彼は、彼女の頭に打ち込みたいに違いない。
弾けたピンク色の生物が、再生するまでに私たちはここから逃げなくてはならない。
私たちの目の前で、奇妙な粘体が千切れた体を一つに集めて行く。
「行くぞ」
「うん」
私は彼に手を引かれて階段を駆け上がって行く。
この研究所は絶海の孤島にあった。
とある大国の諜報部に所属する彼の任務はこの研究施設の破壊。
とある大国などと言わずとも、それはアンクルサムのステイツに決まっている。
彼らの部隊は研究成果の奪取も任務に入っていたらしい。
ここの末端研究員であった私は、彼に連れられている。
「しっかし、あんたよくこんなところで研究してたな」
「言い訳でしかないけれども、知らなかったのよ……。私がやっていたのは単なる化学物質の分析」
「ふぅん。チッ。こっちもダメだ」
彼は再びライフルを放つ。
今の状況は彼らが侵入してきたことに端を発しているとはいえ、部隊員を全滅させられた彼には同情を禁じ得ない。
そして、私も。
ここがまともな研究所だと思っていたわけではないが、あんな生物から採取された未知の物質の分析をしていたなど、しかもそれが媚薬だったとは……ゾッとしない話だ。
私たちはそのヨランダの言う存在Xから逃げている。
彼の部隊が何をやらかしたのか、聞く暇はなかったのだけど、彼らはあの生物を解き放ってしまったようだ。そして……人の性液を摂取して増殖するという奴らは、研究員も部隊員も捕まえて……ああ、あの光景は思い出したくもない。
いくら快感を得られるとしても、ああなってしまうと人間終わりだ。彼らの習性を見ていると、殺されはしないようだが、あれは死んでいるのと同じではないだろうか。
快楽の牢獄に囚われている。
あれから、私たちは命からがら現在進行形で逃走している。
「よし、シャッターが降りた」
まだ生きていた電気系統にありがたさを感じるが、ピンクの存在Xはものすごい力でシャッターを変形させて行く。
「クソッタレ（FAUK）！ なんて馬鹿力だ」
彼は壁を蹴り上げ、私たちは再び走り出す。
それから私たちは協力していくつもの危機を乗り越え、地上に続くエレベーターに何とか入り込んだ。そうして私は再びヨランダの手記を開く。
「不感症ババアの不感症日記なんて読んで何になるってんだよ」
「何かあの生物をやっつける方法が書いてあるかもしれないでしょ」
私が言うと、彼は肩をすくめる。
「好きにしな」
ゴォーーンという、無機質なエレベーターの上昇音が聞こえる。
◆
5月15日
存在Xの株分けを行なった。
実験の一つとして、個別に担当女性研究員のバルトリン腺液を与え続けることにする。それによって存在Xの増殖速度、個体特性の変化を観察したい。
5月21日
興味深い成果が上がっている。
それは育てる研究員により生育する存在Xの特性が変化するーーより具体的に言うのであれば、採取される粘液による媚薬効果、性感帯の位置と程度が変わる。それはバルトリン腺液を与える女性の性癖や性感帯を反映しているようである。
それは、人体で確かめている。……ブリッジガード財団の性に対する執念を私たちは舐めていた。彼らは一族の中から媚薬の被験者を提供してきていた。それを試させなければ出資を中止するとまで言ってきた。私はとうとう安全を確認しないままの臨床実験、つまるところの人体実験に手を出してしまったのだ。だが、正直な話、それはありがたくもあった。これで研究を順調に進めることが出来る。
この研究を進めれば、感じる部位を調整できる媚薬の開発が可能になるかもしれない。
6月3日
アリア研究員の様子がおかしい。
声をかけてもボーッとし、その頬は上気して、まるで発情しているかのようでもある。
もしかすれば、媚薬を自身に使用しているのかもしれない。
彼女を監視する必要がある。
6月6日
やはり彼女は自らが担当する存在Xから分泌された媚薬を使用していたようである。
私は彼女を呼び出し、厳重に注意を行なった。
6月8日
アリア研究員を拘束した。
彼女は自身の存在Xの媚薬の虜となり、彼女はあろうことか、培養液を解放しようとしたのである。しかし、これは、むしろ好機かもしれない。
6月14日
隔離室の増設をブリッジガード財団へ申請。
私たちは共犯者である。
だが、それは彼女も望んでいる。
7月3日
これは試してみたい実験の一つであった。
存在Xからの採取粘液ではなく、直接接触による効果を調べる事。
私たちは、隔離室内にアリア元研究員と、彼女のバルトリン腺液で育成された存在Xを放った。
存在Xは彼女に這い寄り、彼女から直接体液を摂取し始めた。
7月4日
存在Xの増殖が甚だしい。
肥大化した生物は、そのピンク色の体でアリア研究員にまとわりついている。
7月5日
これは、クリスティーナ隊員が拐われる際に見た光景の再映である。
ピンク色の生物は被験者の体をくまなく愛撫する。
被験者は存在Xから何かしら特殊な物質を吸収しているようであり、飲食物を摂取していないというのに、その肌は艶を増し、まるで若返って行くようですらある。
これは喜ばしい発見である。かの生物の粘液には媚薬効果の他に、生体活性化作用も含んでいたようである。これまでの研究から認められなかった理由として、量の不足、相性が考えられるが、私は存在Xによる直接の愛撫が関係していると考察する。
実験データが足りない。
7月6日
愛撫は激しく、淫らである。
第二の被験者の選出を開始する。
実験は火球速やかに行いたい。
ここは隔離された研究所。私を咎めるものは誰もいない。
7月7日
存在X、被験者の口内に侵入。
被験者の唾液成分を摂取しているようである。
存在Xの肥大は停止している。
今現在の大きさが個体としての最大サイズということなのだろうか。
7月10日
存在X、第一被験体の女性器への侵入を試みている模様。
第二の被験体の実験を開始する。第一被験体同様に、自身のバルトリン腺液で育成した存在Xとその研究者である。しかし、研究者を使用するには人的資源の損失が甚だしい。
別の被験者の選出をブリッジガード財団と相談。
数体をすぐに調達できるとの返答。
7月11日
存在X、第一被験体の女性器にその全身を収容。
これはどう言った行動なのであろうか。さらなる観察を続ける。
第二被験体では、肥大化した存在Xはすぐに彼女の口内および膣内への侵入を試みる。存在Xごとの性質の違い、生育に使用したバルトリン腺液の相違によるものか、それとも相性、性癖、どういった項目が変化に繋がるのか……。
実験データが足りない。
第一被験体と第二被験体の違いは年齢、学歴、髪の色、様々あるが、存在Xの行動の差異は被験体の性経験の有無に起因するのでは、という仮説を提唱する研究員がおり、それは興味深いものとして一考に値する。
7月12日
第一被験体変化なし。恍惚とした表情。
第二被験体、激しい愛撫。
第三から第七被験体実験開始。
ここに個別に験体ごとのデータを簡単に記載する。
・第三被験体
性別：女性、年齢：23、性経験：あり
・第四被験体
性別：女性、年齢：47、性経験：なし
・第五被験体
性別：女性、年齢：11、性経験：あり
・第六被験体
性別：女性、年齢：14、性経験：なし
・第七被験体
性別：男性、年齢：26、性経験：なし
これより、男性に対する存在Xの反応の実験も開始する。
研究施設の増設を申請。
7月15日
これは驚くべき生態である。
第一被験体内部より存在Xの脱出確認。
観察により被験体の意志によって存在Xの操作を行っているらしい。
その意志は被験体のものであるのか、存在Xのものであるのか、意思疎通を試みる。
7月17日
存在Xの被験体に対する反応は仮説のとおり、性経験の有無によるところが大きいらしい。
第一被験体の意志は第一被験体のものである模様、しかし、それは快楽思考への傾向が見られる。
第十一被験体はすでに子宮内への収容を確認。
男性被験体に対しても存在Xは愛撫を行い、その性を吸収している。排泄器および口内への侵入も認められたが、男性への反応は愛撫の域を逸脱しない模様。
先日からのブリッジガード財団との協議により、媚薬成分のみを抽出することは難しく、生物資源による精製方式としての媚薬商品化を検討。
化学成分に対する研究員の拡充を要請。
◆
私はこの手記を読んでいるうちに気持ちが沈んできた。
私には鬱の傾向はないはずだが、一人の研究者の倫理観を喪失していく様に目眩がするようだ。まるで私が崩れていくような気さえする。
彼女はすでに知的好奇心のみに突き動かされ、その他の事への考慮を忘れていくようだった。
しかし、ブリッジガード財団とは何者だろうか。
私はいつしか夢中になって読み進めている。
エレベーターは地上につかない。
呻き声のような駆動音が、振動が私の体に伝わってきている。
◆
8月3日
男性被験体へあてがった存在Xの変化を確認。
どうにも女性形態へと変体しているようである。その色あいは青色。
実験データを増やしたい。もっと、もっと、もっと……。
8月4日
青色の女性型存在Xの呼称を”ブルー”とする。同時にピンク色で女性被験体へ寄生同化する型を、”パラサイトタイプ”、パラサイトタイプと同化を果たした女性被験体を”キャリア”と呼称する。
”ブルー”は少女の形態をしているが、男性被験体と淫らに混じり合い、成長が見られる。幼くとも彼と交じり合うその顔は、紛れも無い牝の顔であった。
少し羨ましくも感じる。
それにしても、驚異的な成長速度である。
そして、彼女とそれほど交じり合いながらも精力の枯渇が起こらない彼に、男性研究者が驚嘆している。
存在Xには女性への媚薬効果だけではなく、男性の精力増大効果が見られるのかもしれない。
研究項目が増えていく。
”キャリア”に男性被験体をあてがう研究を始める。
8月15日
ブルーはすでに成人女性ほどの大きさまで成長している。
彼らの会話の記録によればーー驚くことに彼らには言葉による意思疎通がはかれるーーブルーの姿は彼の嗜好によるところが大きいらしい。男性の嗜好により理想の女性の姿に変貌する存在X。これは、育成、管理に成功すれば、世の男性が飛びつく商品になり得るのでは無いだろうか……。
研究費用の獲得が容易になることを期待させる。
男性研究員は存在Xのその特性を知り色めきだっている。
監視および管理を徹底しなくてはならない。
実験データが集まるのは良いことではあるが、生物汚染（バイオハザード）を起こさせるわけにはいかない。
8月18日
媚薬商品の申請受理。
8月26日
これまで男性被験者にあてがった存在Xは全て女性型へと変体した。
確認されたタイプごとに、青色のものを”ブルー”、赤色のものを”レッド”、緑色で発泡を含むものを”バブル”と呼称。それらの変体の違いは目下研究中であるが、バブルに関して言えば、培養中の投与薬物によるものでは無いかと推測。
9月4日
初期にブルーへと変体した個体の一部の増大を確認。
これは……妊娠……？
しかし、別種の生物である人間の精によって生殖することは可能なのだろうか。それとも、エネルギー源として摂取しているだけなのだろうか。隔離室内における観察研究であるため、詳細を調査することが出来ない。意思は存在するものの、その思考は性本能に支配されており、効果的な意思疎通を図ることが出来ない
それはある意味好都合なのかもしれない。もしも彼らが外に出ようとするならば……。
9月10日
女性型へ変体した存在Xに新色が現れる。紫色の彼女は多個体よりも知能があるようだ。彼女の体内には核らしきものが見受けらる。
彼女との意思疎通を試みる。
9月13日
紫色の女性型存在Xの呼称を、彼女の知性に敬意を称し、”ダーク”と呼称する。
彼女の言葉によれば、彼女たちは”スライム”と名乗る種族であり、人類に友好的な存在だと発声した。その言葉を鵜呑みにすることはできないが、研究の幅が広がることが予感させられた。
他生物の心理学的発達は我々の専門外ではあるが、興味を抱かざるを得ない。
彼女の言葉が真実であろうがなかろうが、彼女たちはここからは出られないのだ。彼女たちはあてがわれた男性と交わることに夢中であり、”ダーク”含め、性行為さえ保障されれば外の世界のことなど興味はないようである。
それは、羨ましく思わなくもない。（この文は書いた後に上から几帳面に訂正線が引かれていた）
9月25日
私は一体、何をあの神殿から持ち出してしまったのだろうか……。
ブルーより幼体型ブルーが分裂。男性の精を摂取して成長分裂する。それが、存在Xから変体した”ブルー”の生態であるようだ。幼体型ブルーは生まれたばかりだというのに、すでに性本能が目覚めているらしく、男性との交わりを求めていた。
この生殖方式で彼らが分裂増殖を続ければ……。
彼らをこの研究所から出してはいけない。
研究職員たちの見解は一致している。だが、誰も彼らを処分しようなどと言い出すものはいない。知的好奇心をこれほど刺激してくれるこの生物を手放すことなど誰も出来ないのだ。
いや、これは研究欲だけではなく…。
10月13日
媚薬商品の名はスライム・パフュームと名付けられた。名付けの親はブリッジガード財団のあの女党首である。あまりの売れ行きであり、その利権に目をつけたのか、政府から秘密裏に情報公開の要請を受けたらしい。
そんなもの許可するわけがない。
すでに”ブルー”、”レッド”、”バブル”において繁殖が確認されいる。そして、”キャリア”からは”パラサイトタイプ”の分裂が確認された。
もしも彼女たちを解き放てば、人間の女性は存在Xへと変貌させられるのではないだろうか……。
極秘に”ダーク”へと生身の女性被験体を提供する。
11月2日
存在Xについて、判明したことを記載する。
存在Xを元とする”パラサイトタイプ”は人間女性へと寄生同化して彼女らを”キャリア”へと変える。”キャリア”からは人間男性との間に”パラサイトタイプ”が生まれる。
”パラサイトタイプ”は人間男性の性液により、女性型の”ブルー”、”レッド”、”バブル”、”パープル”タイプへと変体する。そして、更なる性液の摂取によって、同系個体の幼体を分裂させる。
”パープル”における分裂は未だ確認されていない。他系統の個体よりも必要な性液量が多いと推測している。
そして、女性型個体は女性被験体への愛撫を繰り返すことにより、人間女性を彼女たちの種族へと変貌させることが可能なようである。
”ダーク"第二個体出現。
11月5日
外でスライム・パフュームが問題となっていると報告を受ける。しかし、そんなものは関係ない。ここは地下の隔離研究所である。外のことは関係がない。
いまや、この研究所は溢れんばかりの彼らがひしめいている。
隔離室は一杯である。
施設の拡充を申請し続けている。
11月11日
政府より勧告を受けたという。
それは拒否の一択である。
武力で我々を止めたければ来るがいい。
我々はあなたたちを歓迎する。
11月20日
こちらから政府へ最終通告。
さあ、かつての神殿へと踏み入った私たちのように、踏み入ってくるあなた達を私たちは待ち受けよう。いらっしゃい、愛しい夫たち。
この蓋を開くのは汝らである。
そこで記録は途絶えているが、最後のページにのたくったような文字で。
”我は女王、汝は女王の一部なり”
と、書かれていた。
◆
永遠にも思われるエレベーターの狭い室内で、私は嘆息した。
このエレベーターは地上へと続いている。このエレベーターは私を外へと運び出してくれる。
エレベーターは地上へとついた。
「ようやくお天道さまを拝めるぜ。あんたも災難だったな」
そう言って振り向いた彼の唇を私は奪う。
「おいおい、気が早いぞ？ 待ちきれないのは分かるが、ベッドまでは我慢してくれ。はっはー、まるでハリウッドの映画（フィルム）みたいだ。血湧き肉踊る任務から命からがら帰るときには隣に美女がいる」
彼は興奮している。
私も興奮している。
ああ、そうだった。思い出した。
私は、もうとっくの昔に私だった。この私、ヨランダ・スプリングフィールドは彼らの”クイーン”になっていた。それになった私は若返っていた。この記憶は、私が私に教えてあげたものだった。
彼とのプレイを楽しむために。
私は彼を押し倒す。
「はっはっは。そう言うのがお好みなのか？ だが、任務はまだ終わっちゃいないゼ？ 速く逃げないと爆撃機がきてしまう。爆発すんのはベッドの上がいい」
彼はのしかかってくる私の急速に膨らんでいく乳房を弄る。そうして私を押し退けようとするが、私は彼のズボンをむしり取る。
「おいおい、乱暴だ。って、チカラ強いな……」
露わになった彼の陰茎を、私は私のゼリー状の体で愛撫する。
「う、うわぁああああああ！」
彼は驚愕の表情で、私の顔にライフルを乱射する。
派手な音を立てて薬莢が飛び散る。
「こんなところまで映画チックにしなくていいじゃねぇかよぉおおお！」
カチン、カチン、と。
まるでカウントダウンのような、弾切れの音がする。
私のグチャグチャになったゼリー状の顔は、すぐに元どおりになる。
「ジーザス。ファック」
「大丈夫。神さまよりも気持ちよくファックしてあげる」
「もう私、不感症ではないの」
私の後ろから別の私が別れ出てくる。
次から次から。
彼は泣き笑いの表情で、引きつりながら私を見ている。
「ファック、ファック、ファック」
「待ちきれないの？」「待ちきれない」「もっとファックって言って」「3回じゃ足りない」「私たちは三人じゃ足りない」
「ば、爆撃機が……」
「来ないわよ」「スライム・パフューム」「何が問題で」「あなたたちはここへ送り込まれたのかしら」「ふふ」「うふふふふふ」
何人もの私たちが、彼に笑いかける。
私は女王然として告げる。
蓋を開けてくれて、
ーーありがとう。
交わっている私と彼の後ろから次々と同胞達が這い上ってくる。
さあ、みんな行きなさい。
世界を私たちで埋め尽くしましょう。
色とりどりの、私たちで。
さあ、さあ。この世界はスライムでいただきましょう。
◆
とある神殿から持ち出されたスライムのカケラ。
それはついに人類に取って代わるほどに膨れ上がった。
白髪の扇動者はあざ笑う。
次は誰で世界を埋め尽くそうか、と。
「お姉さまの方法は生ぬるい。世界とは結ぶものではなく、覆うものなのです
うふ。うふふふふふ」
女の笑い声は、世界中の嬌声の中に、かき消えていった。
17/07/18 20:11更新 / ルピナス