読切小説
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呼吸を止めて、1秒
あたしはゲイザー。
知っての通り、魔物娘だ。
そして知っての通りーー醜い。

大きな一つ目。うねる触手。その先にはご丁寧にも一つ一つ、目玉がついてやがる。素肌には黒いゼリー状のぷるぷるしたものがくっ付いて、大事なところを隠している。
もちろん、普段は服を着ているさ。
魔物娘だって言っても、(自分で言うのも恥ずかしいけれど)年頃の女の子には変わりない。あたしは脱いだらーーこの目と、その姿からーー魔物娘で……女の子だといっても、単なる魔物にしか見えやしない。
「脱いだらスゴイんです」
あたしはそれを地でイケる。
自虐的にすぎるけれど……。

魔物娘が魔物として恐れられていた時代は、もう大昔のこと。それでもあたしの種族はこの醜い姿のままーー魔物そのものと言える姿のままーーずぅっと生きてきた。
これはヒドイ魔物差別だとも言えるのじゃないか。
私はこっそり魔王さまに恨み節を言ってしまうこともある。

それでも生き残ってきたということは、この容姿でも「好きだ」と言ってくれる奇特な奴らが一定数存在したこということだし、そうじゃない相手でもーーあたしたちの種族は、伴侶を見つけて、子孫を残す方法を持っていた。

そう、暗示だ。

別に、あたしは他の大多数の魔物娘と同じで「終わりよければ全て良し」「欲しい男はどんな手を使ってもものにしてしまえ」の肉食至上主義に基づいて、暗示が卑怯だー、とか、それって本当の愛なの? とか、そんな七面倒くさいことなんか考えていやしない。

これは、暗示が合法化どうか、なんてそんな問題ではなく、単にあたしの勇気の問題だ。
はい、あたしに好きな人ができました。



「何黄昏てんだよ。似合わねー」
クラスの窓からボンヤリと校庭を見ていた私は、その声で現実に引き戻された。
「うるせぇな。あたしだって考え事をする時くらいあるさ」
誰のせいだと思っているんだ、ぶしつけな相手を、私はにらみつける。
私のこの大きな目で睨みつければ、たいていの人間はひるむ。なのにこいつは、
「どうせ、今日の晩御飯のことくらいだろ? お前の好きなイカスミパスタ、を願っとけばいいんじゃね」
「なっ……!?」
無遠慮な物言いに、あたしは顔を真っ赤にさせてしまう。
あたしの好物、ちゃんと知ってるんだ。
「どうした? 顔が赤いぞ、熱でもあるのか」
誰のせいだと思っ……うぉわっ!
怒鳴りたいのに、こいつはまた無遠慮にあたしの額に手を当ててきて、こいつはあたしを恥ずか死させたいらしい。
あたしは素直にわめくことすらできず、こいつのゴツゴツした手のひらの感触を……全力で感じる。
「んー、別に熱はなさそうだな」
突如訪れた至福の時間に、あたしは身悶えしてしまう。

「おーい日向、部活行こうぜー」
「おう、わかったー。じゃあな。黒瀬」
去っていく彼を、私は名残惜しく感じる。
彼を呼んだ友人に、本気で呪いをかけてやろうとすら思えてくる。人の恋路をじゃまするやつは、ユニコーンに蹴られて、その角でホられてしまえ。

そう、私は彼、日向に恋をしている。

ーーあれは体育の時間。
男子の方から野球のボールが飛んできた。
別に、彼がかばってくれた、という事もなく、そもそもそのボールは彼が打ったホームランボールだったりもする。
あたしはそのボールを、キャッチして(あたしの動体視力をなめないでもらいたい)急いでかけてきた彼に向かって投げ返してやった。
他の男子たちは、目がデカイと余裕だな、とか勝手なことを言っていたが、彼は、
「悪い、お前のキレイな目にぶつからなくてよかった」
そんなことを言ってきやがった。
あたしはバカみたいに口を開けて、ポカンとしていたと思う。
後ろからはクラスの女子(魔物娘)たちからの生暖かい視線を感じた。

彼はなんでもないことのように、そのまま戻っていったが、ボールだけじゃなくてあたしの心まで持っていきやがった。
それから、あたしについているいくつもの目玉は、彼を追いかけるようになった。
彼の方は相変わらずで、今まで通り、あたしに接してきた。
だけど、あたしはそれで気づいたんだ。
他の男子よりも、彼はあたしを気にかけてくれていた。
ここで、彼はあたしを好きだったんだ、なんて思考に持っていければよかったのだけど、そう、期待はしていたのだけど、
あたしのーーゲイザーの卑屈精神をなめないでもらいたい。

それは遺伝子レベルで、一つ一つの細胞に刻まれている。
卑屈の呪いと言ったっていい。
このクラスになってから随分と日にちは経っているというのに、未だに男子たちはあたしと1秒以上も目を合わせていることができない。彼だってそうだ。あたしと1秒以上、目を合わせたことはない。だから、彼はきっと、こんな見た目の私をかわいそうに思って、男子たちとあたしの架け橋として動いているにすぎない。
彼はクラスのムードメーカー的な存在だ。
口も悪くて、素直じゃない私とは、釣り合うはずもない。
きっと、それは捨て猫に餌を与えるようなものでしかない。
あたしはそう、自分に言い聞かせる。

だから、彼をものにするならば、伝家の宝刀・暗示を使うっきゃない。

幸い、クラスの女子はあの一件で、あたしが彼をロックオンしたものだと信じている。
目標を照準に入れて、もう、暗示をぶっ放すだけだと信じている。
確かにそうだけど、そうなのだけど……。
日陰者だったあたしでーーあたしが暗示を使う日にちのカウントダウンというか、その……トトカルチョをするのはやめてほしい。
刑部狸の葉月さんと、ラタトスクの小塚さんは、混ぜるな危険の例として、教科書に載せてもいいくらいの組み合わせだ。
期待のこもった視線に今日もあたしは身悶えする。

やめろぉ、やめてくれぇ……。
トリガーを引くだけなのとは違うんだ。あたしの心だって……。
だから、環境も壊れた倫理観も、全力であたしの告白を支援してくれていて、あとはあたしの勇気次第なのだ。

うっし。
あたしは頬を叩いて立ち上がる。
「帰ろう!」

後ろから舌打ちやため息が聞こえるが、あたしは無視をしてクラスを後にする。
そっか、青鬼の赤井さんは、「今日あたしが告白する」に賭けていたのか。そんな日替わりの感想を抱きつつ。



今日は何もありませんでした。

そうは、とんにゃが……問屋がおろさなかった。なぜ、心の中で噛んでしまったのだ。
いやいや、それも仕方がない。だって、こんな状況だ。

今、彼は私に膝枕をされている。
今、私は彼に膝枕をしている。
夕暮れの木陰の下。
あたしは気絶した彼の寝顔を見ている。

どうしてこうなった?
意味がわからねーと思うが、あたしにも意味がわからねー。
今起こったことをありのままに話すぜ。
あたしが帰ろうと歩いている時、陸上部の練習に精を出している彼を見つけた。断っておくが、性的な意味じゃない。
え、常識的に考えて分かる、って?
いやいや、ここには魔物娘がいる。練習がまともな練習であるともいえない。いや、部活はまともな練習をしている。あたしというものがいるのに、彼が勝手に精を出すわけがない。
って、何を言っているんだあたしは……。

早く理由を話せ、生娘か、お前は、って、生娘だよあたしは!
って、これも何を言っているんだ。
というか、小塚さん、木の上にいることは分かっているんだ。今すぐにそのにやにや笑いをやめて立ち去らないと、問答無用で暗示を叩き込むぞ。
あ、その写真は後で欲しいけど……。

じゃ、なくて……。

まあ、あたしが言い澱むのは、犯人があたしだから、ということだ。
はい、何がおこったかは、ちゃあんと理解しております。

ーーあたしは彼の練習風景を見ていた。
何度もなんども走り込んで、ひたすらに前を見ている彼を、あたしは見ていた。
その視線の先にあたしがいたらいいな、なんて、乙女な考えを抱きながら。
すると、彼と目があった。彼は屈託のない表情であたしに微笑んでくれた。
あたしは心の中を読まれていたのではないか、なんて、テンパって、連日の期待の視線によって、心は急かされていて、暗示をぶっ放してしまった。

暗示の内容は、単に「寝てろ!」ってなもんだったけど。
その瞬間、周りの茂みが、ざわ、とした気配に、あたしは舌打ちを隠せなかったけど。
見てんじゃねぇよ。
赤井さん、諦めわるいな、というか、彼女だけではなかったけど。
だから、あたしに注目しないでほしい。

やめろ!
やっちまったなぁ、という視線は致し方ないとしても、そのままヤッちまえよ、という視線はやめろ!

あたしは彼をぶっ倒した犯人として、彼が目覚めるまでの介抱を命じられた。
渋々な……、という顔を作るあたしに、「膝枕の介抱以外は認めない」という発言、あたしの羞恥のマグマは今にも噴火しそうだった。
だから、あたしは今、彼を膝枕しているのだった。

小塚さんを追い払い、あたしはこいつの顔をまじまじと見てみる。
取り立ててほめるようなところのない、平凡な顔だけど、あたしを痺れさせるだけには特化しているようだ。あたしは時間も忘れて彼を見ていた。
彼の頭の重みがあたしの膝にかかっている。
あつい。夕焼けで、あたしはじりじりと炙られているようだ。

告白、しようかな。
暗示、かけようかな。
どっちを選ぼうか、あたしは悩む。

彼を手に入れることは、あたし(というか、クラスの女子)の決定事項だけど、やっぱり暗示ではなく、まっとうな告白で受け入れてもらえた方がいいに決まっている。
暗示で手に入れることに罪悪感はないけれども、乙女思考のあたしには、やっぱりそれは、魅力的で、同時にとても怖い選択だった。

「好きです。付き合ってください」
月並みな告白を、寝顔の彼にあたしは言う。
あー、やばい。恥ずかしい。
聞こえていない彼(本人)での、予行演習。
それでも、穴があったら入りたい、走って逃げたいくらいには恥ずかしい。
でも、彼を膝に乗せたままじゃ、そんなこと出来やしない。

「あ、ははは。無理、無理だ」
あたしは手で、熱くなった顔を扇ぐ。
こんな意気地のないあたしは、きっとしばらくはこのままだ。この夏、こいつと遊びに行くことも、一緒に宿題をやることもなく、ただ、このままの関係性が続くだけ。
もしかすると、卒業まで、それより先もこのままかもしれない。

「あ、あれ?」
そう思ったら、あたしの視界が滲んだ。
ちょっ、ちょっと待ってくれ。
もしかして、あたし、泣きそう?
こいつと付き合えないと考えただけで、そっちの方が怖くて悲しいだなんて……。
だったら、暗示をかけてしまおう。
こいつと付き合えないことが耐えられないあたしは、それを選ぼうと決意する。

もしも告白して、それで断られてしまえば、あたしは暗示をかけるどころじゃないと思う。
だから、このままこいつが起きたら、すぐに暗示をかけることにしよう。
おめでとう、赤井さん。
あたしの告白トトカルチョは、あなたの勝利だ。他に誰が賭けているのかはしらないけれど、君たちも勝者だ。
敗者はきっと、最初っから暗示を選ぶことにした、あたしだ。

でも。
「日向、あたしはお前が好きだ。付き合ってくれ」
なけなしの勇気を振り絞った、彼に対する、彼に向かった予行演習。
いい思い出にしておこうと、あたしはポツリと言う。
そうして彼に視線を向けると、
彼は目を開いていた。

「ぎゃ、ぎゃああああああああああああ!」
叫んだ。あたしは叫んだ。
よし、逃げよう。何がよしかはわからないが、逃げるしかない。
しまった。こいつが膝に乗っている。逃げられない。
いいや、立ち上がるだけだ。
と、あたしは日向に頬をぐにっと掴まれた。

彼の目が、あたしをまっすぐに見ている。
ひ、ひゃああああああ!
もう、暗示だ。暗示しかない。あたしは大きな目をグルグルと回しながら、これ以上ないってくらいにテンパる。
でも、なんとか目標を照準に定めて、あたしは暗示のトリガーをひ……。

真剣な瞳。
呼吸ができない。
呼吸を止めて、1秒。いや、もっと。
あたしは何も言えずに、彼を見た。

「黒瀬、俺もお前が好きだ」
「ひゃい!?」
あ、あああああ、変な声出た。
告白されて「はい」ではなく、「ひゃい!?」だなんて、乙女にあるまじき失態。あたしは再び、目眩がするくらいに瞳をぐるんぐるんさせて、
「そ……そんにゃ、わけ……にゃいだろぉお? あ、たしは可愛くなんて、なーい……し」
もはや何語かもわからない、アクセント、イントネィション。
それなのにこいつは、
「いいや、可愛いに決まってるだろ。可愛すぎて、俺はお前のこと、まっすぐに見られなかったんだから」
そんなことを言いながら、こいつは私の目をまっすぐに見てくる。

あ、ああ。ダメだ耐えきれない。
あたしはゆでダコのようになりながら、ふっと意識を手放す。
笑いたければ笑うといい、どうせあたしはヘタレですー。

それにしても。
あたしが可愛いだなんて、お前が暗示をかけるなよ。
本気にするぞ? バァカ。



あたしたちは付き合うことになった。
クラスのみんなは祝福してくれた。
なんでも、聞くところによると、男子の方でも、あたしがいつ暗示をかけるか、日向の方から告白するか、とか、いくつかの組み合わせによるトトカルチョをしていたそうだ。

結局、<あたしの方から告白>、<暗示は使わない>、<あの日>、という3連単を見事に的中させたのは、白澤の梅垣先生だったりする。
お前止めろよ、担任だろ、と言ったところだけど、クラスでカップル誕生パーティまで開いてくれて、あたしはマジで死ぬかと思った。

ああ、幸せだけど、恥ずか死ぃ。
17/05/12 13:07更新 / ルピナス

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