吹雪の中の星
「ママぁ……パパぁ……」
寒いよう。寒いよう。
吹雪の中、僕は一人ぼっちでさまよっていました。
ほっぺに当たる雪は冷たくて、肌が裂けてしまいそうなほどに、きんきんとしています。
雪は深くて、僕はなんとか進んでいきます。
でも、どっちに進めばいいのだろう。
どっちに進めば、おうちに帰れるのだろう。
僕には見当もつきませんでした。
見えるものは全部が全部真っ白。
もう、怪物のおなかの中にいるような気さえします。
ここは寒くてーー寒くて。
吐き出す息さえ凍ってしまいそうな……。
あ、あれはなんだろう?
僕は空を見上げます。
空も真っ白で、それが本当に空なのかは分からないけれども、きっとーー空。
だって、あんな高いところに、二つの真っ赤な星が静かに輝いているから……。
僕はもがくように、それに手を伸ばします。
おうちに帰りたい。お星さま。どうか僕をおうちに帰してください。
流れ星にお願い事をするように、僕は必至で祈ります。
唇はもうカチカチで、言葉は出ないけど、それは聞き届けられたようでした。
真っ白な吹雪の中、僕は不思議な暖かさを感じました。
前を向くと
真っ白な肌色の女の子が、僕に「えへへぇ」と笑いかけてくれていました。
◆
「ママ! パパ!」
僕は自分の家のドアを勢いよく開けると、その中に飛び込みました。
暖かな暖炉の火。ゆりかごで揺られている僕の弟。
よかった。おうちに帰れたんだ。
泣きそうな顔で迎えてくれたパパとママは、僕にスープを飲ませてくれました。
あんまりにも疲れていた僕は、そのスープをゴクゴクと一気に飲み干して、すぐに暖炉の前で横になりました。
◆
「たきぎを拾ってきてくれないか?」
「わかったよ。パパ」
僕はパパに連れられて、森の中、たきぎを拾いにきました。たきぎを探して、僕はどんどん森の中に入っていきます。
しばらくして、たきぎを見つけれなくて、僕はトボトボと道を引き返します。
元来た道を引き返せば、そりの跡が雪の上、どこまでも続いていました。来た道とは別の方に跡は続いています。
パパはいませんでした。
……もしかしたら、魔物に襲われたのかもしれない。
「パパー!」
慌てた僕は、大きな声で叫びます。
でも、木霊も何も帰ってきません。
深く積もった雪に……深く、深く、沈没するように。僕の声が吸い込まれているようでした。
お日様は斜め向こう。
もうすぐ夕方になりそうです。
僕はトボトボと、そりの跡を追いかけて歩き始めます。
ここは僕のおうちから遠く、見たこともない場所です。
針のような葉っぱの木に、重たそうに雪が乗っかっています。
そりの跡は、そんな森の中に続いていました。おうちとは別の方角。
やっぱり、魔物にさらわれたんだ。魔物のお姉さんたちがいいヒトたちだってことは知っている。でも、気に入った人をさらってしまうことも知っている。
僕のパパを連れて行かないで。
森の中は薄暗くて、僕はなんとか雪に埋もれないように進みます。
狼が出てこないだろうか。
それとも、魔物が出てこないだろうか。
不安な気持ちでいっぱいで、僕は森を進みます。
歩いているうちに、あたりはどんどんと暗くなっていきます。
いけない。
これではそりの跡が見えなくなってしまう。
僕は急ぎます。
でも、ここはおうちから、本当に遠い場所のようで……。
とうとう、あたりは真っ暗で、雪も降りはじめました。
風が。
吹雪が、僕を食べようとしているように、びょうびょうと、わんわんと吹いてきます。
「う……ぅう」
僕の目に、冷たい涙があふれてきます。やっぱり。僕はーー。
その時でした。
ズシン。
何か大きな物音を聞いて、僕は身をすくませました。
なんだろう。
ズシン。
近い。
めきめきと、木をかき分けるような音がします。
僕の目の前に、木々をかき分けて、大きな手がぬぅっ、と。
あんまりにもビックリした僕は、気を失ってしまいました。
目を閉じる前、いつか見たことのある、二つのお星さまがーー。
◆
パチパチ。
僕が目を覚ますと、暖かなたき火がありました。
「ここは何処?」
あたりを見渡すと、岩に囲まれた洞窟の様でした。
「あ、目が覚めたぁ?」
トロンとした声の元を、僕は見ました。
そこには、この前僕を助けてくれた女の子がいました。
見ればその子は裸でした。
あの時、僕を助けてくれたときも裸でした。
毛におおわれた二本の足。頭に生えた角。フサフサのしっぽ。女の子は、人間ではありませんでした。魔物の女の子。でも、この子はパパをさらってはいないと思います。
「助けてくれて……ありがとう。君はーー雪の妖精さんなの?」
「んー、どうかな? 妖精さんよりも、もっと深くて怖いものかもしれないよ?」
その子は「えへへぇ」と笑いました。
その子はとってもかわいい子でした。笑顔から、バターの香りがしないことが不思議なくらいです。
真っ白な肌はとても滑らかそうで、柔らかそうで、きっとミルクでできているに違いありません。彼女の前にいると、汚らしい僕の姿が恥ずかしくなってきてしまいます。
僕の黒い髪はボサボサで、厚着をしてやっと寒さをしのげるくらいのボロボロの服しか着ていません。僕は気恥ずかしさで、ポリポリと頬を掻きました。
「君はどうしてあんなところにいたのかなぁ? おうちに帰れたんじゃないのぅ?」
その子は蕩けるような声で話しかけてきます。その声を聴いていると、僕まで溶けていきそうな気までします。
僕はその子に話します。
パパが魔物にさらわれたのかもしれない、と。
僕の話を聞いた彼女は、また「えへへぇ」と笑います。
「君のパパは、魔物にさらわれてはいないよぉ」
「そうなの?」
「うん」
コクリとうなずく女の子に、僕は安心します。
そんな僕に、女の子は
「君、私たちと一緒に暮らそうよ」
と言いました。
僕は「ええっ!?」と驚きます。
「嫌ぁ?」
その子はコテンと首をかしげます。
嫌じゃない。
こんなかわいい子と一緒に暮らせたら、それはとても素敵なことだと思います。
……さらわれたのは、もしかしてもパパじゃなくて、僕?
でも、僕はおうちに帰りたい、と言いました。
僕は暖かな暖炉の前で丸まって眠る心地よさを思い出して、そこに帰りたいと思いました。
「やめといた方がいいと思うけどなぁ……」
ぽつりと、雫が零れたような彼女の声は、僕には届きませんでした。
彼女は僕を見て、また「えへへぇ」と笑います。
「わかった。じゃあ、今日はもう遅いし、私たちのところに泊まっていきなよ」
彼女はそう言ってくれました。
でも、
「私たち? 君の他にも誰かいるの?」
僕の言葉に、彼女はやっぱり「えへへぇ」と笑います。
でも、その顔は、かわいいというよりは……なんだか涎でもたらしそうな顔でした。
「紹介するよ。……ダーリン」
彼女がそう言うと、ぬぅっと、僕が森でみた大きな手が岩の割れ目から伸びてきました。
きゃっと、僕が叫ぶと、
「大丈夫。ダーリンはとっても優しんだ。君をここまで連れてきたのもダーリンなんだ」
彼女は得意そうな顔をして、その手に頬を摺り寄せました。
その顔をしぐさを見ていると、僕はドキドキします。
彼女は僕の前で、
「ダーリン。私、ここが寂しくなってきたのぉ」
甘えた声で、自分のお股を触りました。そこからは、何かわからない汁が零れていました。まるで、不思議な泉のように、トクトクと零れています。
「えぇ? 子供の見ている前でよくない、って? 大丈夫だよぅ。見せてあげようよぉ。そうした方が、この子も私たちと一緒にいた方がいいって思うはずだよぉ」
彼女の言葉に、その手の持ち主は何か考えているようでしたが、おもむろに彼女を引き寄せると……、岩の隙間に彼女をくっつけました。
「くぅん……♡」
彼女は嬉しそうに身をよじらせました。
彼女のお股に何かが入っているようでした。
何かは分かりませんが、僕は……「いいなぁ」と思いました。
クチュクチュ、と音がします。
漂ってくる匂いを嗅いでいると、僕のお股もムズムズしてきました。
彼女は苦しそうな息をしています。
「大丈夫?」
「だいっ、じょうぶぅ。……ハァン♡ これ……は、とっても、気持ちがいいンだよぅ」
彼女の頬はリンゴのように赤くて、彼女の顔はバターが蕩けていくように思えました。
僕は、彼女たちのその様子から、眼が離せませんでした。
パチパチと。
彼女の真っ白な肌に、たき火が揺れていました。
◆
「ありがとう!」
「どういたしましてぇ」
家まで送ってくれた彼女たちに、僕はお礼を言いました。
「ダーリンさんもありがとう」
僕を送ってくれている間も、彼女たちはつながったまんまのようでした。
ダーリンさんはとっても大きくて、大きなコートを着ています。そのコートの隙間は真っ暗で、何も見えません。僕が隙間を見ようとしたら、「君にはまだ早いよぉ」と女の子に言われてしまいました。
女の子はやっぱり裸で、ダーリンさんのコートに挟まれて、地面から浮いたようになっています。そのお股からは、なんだか粘っこい汁が垂れています。
ダーリンさんのお顔は見えなかったけれども、きっと優しい顔をしているに違いありません。
だって、とってもきれいな赤い二つの光が見えているのだもの。
僕がもう一度お礼を言うと、彼女はまた、「えへへぇ」と笑ってくれました。
◆
体が痛いよぉ。
頭が痛いよぉ。
どうして。
どうして。
パパ。
ママ。
僕はいらない子になっちゃったの?
僕はどこか知らない雪の上。
赤い雪を見ています。
雪は本当は白いはずなのに、真っ赤な雪が……次からーー次へと。
僕に降り積もっていきます。
ああ、あんまりにも体が痛くて、もう、寒いのかどうかもわかりません。
もう、帰ってきてはいけないと言われた。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
いい子にしているから……。
ごめんなさい。ごめんなさい。もう、家にはーー。
…………
僕は知っていました。
僕はもう、パパとママにとって、いらないものになっていたことを知っていました。
でも、おうちにはいたくて。
でも、もう帰れない……。
僕はだんだんと眠くなってきてしまいました。
僕はだんだんと痛くもなくなってきてしまいました。
僕はどうなっちゃうんだろう。
ああ、お星さまが近い。
真っ赤な二つのお星さま。
でも、僕は知っています。それは僕のお星さまじゃない。
それが、僕を覗き込むようにしてきています。
「ねぇ。君はおうちに帰りたい?」
僕を助けてくれた女の子の声がしました。
僕は微かに首を横に振ります。
「君は何処に行きたい?」
わかりません。
「じゃあ、何かしたいことはある?」
わかりません。
でも、「いいなぁ」と思ったことはあります。
「それはなぁに?」
僕も君のように、「えへへぇ」と幸せそうに笑いたかった。
でも、こんな僕じゃ、ダメだよね。
ボサボサの髪。ボロボロの服。この女の子のように裸になったとしても、肌もボロボロです。もう大人の年齢のはずなのに、体はちぃっとも大きくならなくて、考えることもずぅっと子供で。
「そんなことはないよ」
女の子は言います。
「君はちゃあんと、とってもかわいい女の子だよ」
うふふ。そんなことを言われたのは初めて。
よかったぁ。
目を閉じる前。
僕は、「えへへぇ」と笑う、女の子の顔を見た気がしました。
◆
「すりすり」
「どうかした? 今日はやけに甘えるね」
「うーんとね。ここに昔の僕の家があったんだ」
「…………」
「大丈夫だよ。そんな顔をしなくても。それはもう、ずっと昔の事なんだから。それに、パパもママも。みぃんな、謝ってくれた。あの人たちがお姉ちゃんたちにどこに連れて行かれたかは知らないけれど。僕の帰る家は、最初っからあそこじゃなかったんだ」
雪深い山の上、感慨深そうに、裸の少女が言った。
彼女の肌はミルクのように白く滑らかで、その髪は初雪のようにふわふわとしていた。
彼女はうっとりと、彼女を挟むようにしている、外套から伸びる腕に頬を摺り寄せている。
外套を着た誰かの背丈は少女よりも驚くほどに高く、フードをかぶった顔のあたりには、星のような赤い光が二つ。彼女を優しげに覗き込んでいた。
「あ、雪が降ってきた」
少女が顔を上げれば、真っ白な空から、真っ白な雪が、彼女の髪のように、ふわり、ふわりと舞う。
「行こうか。迷う人が出るかもしれない」
「うん。そうだね。でも、迷う人が出てくれた方が、魔物のお姉ちゃんたちは喜ぶと思うけど」
少女の言葉に、外套の主は苦笑したようだった。
「でも、万が一があるといけないから、僕たちも探しにいこう」
「大丈夫だよ。魔物のお姉ちゃんは小さかった僕も見つけたんだから」
そう言って、少女は外套の中の、自分だけの二つの赤い星を見る。
優しく笑い返される気配がして、彼女はぎゅぅっと腕にしがみ付く。
「どうかした? 姉さん」
「んーん。なんでもない」
そう言って、そのウェンディゴの少女は「えへへぇ」と笑ったのだった。
寒いよう。寒いよう。
吹雪の中、僕は一人ぼっちでさまよっていました。
ほっぺに当たる雪は冷たくて、肌が裂けてしまいそうなほどに、きんきんとしています。
雪は深くて、僕はなんとか進んでいきます。
でも、どっちに進めばいいのだろう。
どっちに進めば、おうちに帰れるのだろう。
僕には見当もつきませんでした。
見えるものは全部が全部真っ白。
もう、怪物のおなかの中にいるような気さえします。
ここは寒くてーー寒くて。
吐き出す息さえ凍ってしまいそうな……。
あ、あれはなんだろう?
僕は空を見上げます。
空も真っ白で、それが本当に空なのかは分からないけれども、きっとーー空。
だって、あんな高いところに、二つの真っ赤な星が静かに輝いているから……。
僕はもがくように、それに手を伸ばします。
おうちに帰りたい。お星さま。どうか僕をおうちに帰してください。
流れ星にお願い事をするように、僕は必至で祈ります。
唇はもうカチカチで、言葉は出ないけど、それは聞き届けられたようでした。
真っ白な吹雪の中、僕は不思議な暖かさを感じました。
前を向くと
真っ白な肌色の女の子が、僕に「えへへぇ」と笑いかけてくれていました。
◆
「ママ! パパ!」
僕は自分の家のドアを勢いよく開けると、その中に飛び込みました。
暖かな暖炉の火。ゆりかごで揺られている僕の弟。
よかった。おうちに帰れたんだ。
泣きそうな顔で迎えてくれたパパとママは、僕にスープを飲ませてくれました。
あんまりにも疲れていた僕は、そのスープをゴクゴクと一気に飲み干して、すぐに暖炉の前で横になりました。
◆
「たきぎを拾ってきてくれないか?」
「わかったよ。パパ」
僕はパパに連れられて、森の中、たきぎを拾いにきました。たきぎを探して、僕はどんどん森の中に入っていきます。
しばらくして、たきぎを見つけれなくて、僕はトボトボと道を引き返します。
元来た道を引き返せば、そりの跡が雪の上、どこまでも続いていました。来た道とは別の方に跡は続いています。
パパはいませんでした。
……もしかしたら、魔物に襲われたのかもしれない。
「パパー!」
慌てた僕は、大きな声で叫びます。
でも、木霊も何も帰ってきません。
深く積もった雪に……深く、深く、沈没するように。僕の声が吸い込まれているようでした。
お日様は斜め向こう。
もうすぐ夕方になりそうです。
僕はトボトボと、そりの跡を追いかけて歩き始めます。
ここは僕のおうちから遠く、見たこともない場所です。
針のような葉っぱの木に、重たそうに雪が乗っかっています。
そりの跡は、そんな森の中に続いていました。おうちとは別の方角。
やっぱり、魔物にさらわれたんだ。魔物のお姉さんたちがいいヒトたちだってことは知っている。でも、気に入った人をさらってしまうことも知っている。
僕のパパを連れて行かないで。
森の中は薄暗くて、僕はなんとか雪に埋もれないように進みます。
狼が出てこないだろうか。
それとも、魔物が出てこないだろうか。
不安な気持ちでいっぱいで、僕は森を進みます。
歩いているうちに、あたりはどんどんと暗くなっていきます。
いけない。
これではそりの跡が見えなくなってしまう。
僕は急ぎます。
でも、ここはおうちから、本当に遠い場所のようで……。
とうとう、あたりは真っ暗で、雪も降りはじめました。
風が。
吹雪が、僕を食べようとしているように、びょうびょうと、わんわんと吹いてきます。
「う……ぅう」
僕の目に、冷たい涙があふれてきます。やっぱり。僕はーー。
その時でした。
ズシン。
何か大きな物音を聞いて、僕は身をすくませました。
なんだろう。
ズシン。
近い。
めきめきと、木をかき分けるような音がします。
僕の目の前に、木々をかき分けて、大きな手がぬぅっ、と。
あんまりにもビックリした僕は、気を失ってしまいました。
目を閉じる前、いつか見たことのある、二つのお星さまがーー。
◆
パチパチ。
僕が目を覚ますと、暖かなたき火がありました。
「ここは何処?」
あたりを見渡すと、岩に囲まれた洞窟の様でした。
「あ、目が覚めたぁ?」
トロンとした声の元を、僕は見ました。
そこには、この前僕を助けてくれた女の子がいました。
見ればその子は裸でした。
あの時、僕を助けてくれたときも裸でした。
毛におおわれた二本の足。頭に生えた角。フサフサのしっぽ。女の子は、人間ではありませんでした。魔物の女の子。でも、この子はパパをさらってはいないと思います。
「助けてくれて……ありがとう。君はーー雪の妖精さんなの?」
「んー、どうかな? 妖精さんよりも、もっと深くて怖いものかもしれないよ?」
その子は「えへへぇ」と笑いました。
その子はとってもかわいい子でした。笑顔から、バターの香りがしないことが不思議なくらいです。
真っ白な肌はとても滑らかそうで、柔らかそうで、きっとミルクでできているに違いありません。彼女の前にいると、汚らしい僕の姿が恥ずかしくなってきてしまいます。
僕の黒い髪はボサボサで、厚着をしてやっと寒さをしのげるくらいのボロボロの服しか着ていません。僕は気恥ずかしさで、ポリポリと頬を掻きました。
「君はどうしてあんなところにいたのかなぁ? おうちに帰れたんじゃないのぅ?」
その子は蕩けるような声で話しかけてきます。その声を聴いていると、僕まで溶けていきそうな気までします。
僕はその子に話します。
パパが魔物にさらわれたのかもしれない、と。
僕の話を聞いた彼女は、また「えへへぇ」と笑います。
「君のパパは、魔物にさらわれてはいないよぉ」
「そうなの?」
「うん」
コクリとうなずく女の子に、僕は安心します。
そんな僕に、女の子は
「君、私たちと一緒に暮らそうよ」
と言いました。
僕は「ええっ!?」と驚きます。
「嫌ぁ?」
その子はコテンと首をかしげます。
嫌じゃない。
こんなかわいい子と一緒に暮らせたら、それはとても素敵なことだと思います。
……さらわれたのは、もしかしてもパパじゃなくて、僕?
でも、僕はおうちに帰りたい、と言いました。
僕は暖かな暖炉の前で丸まって眠る心地よさを思い出して、そこに帰りたいと思いました。
「やめといた方がいいと思うけどなぁ……」
ぽつりと、雫が零れたような彼女の声は、僕には届きませんでした。
彼女は僕を見て、また「えへへぇ」と笑います。
「わかった。じゃあ、今日はもう遅いし、私たちのところに泊まっていきなよ」
彼女はそう言ってくれました。
でも、
「私たち? 君の他にも誰かいるの?」
僕の言葉に、彼女はやっぱり「えへへぇ」と笑います。
でも、その顔は、かわいいというよりは……なんだか涎でもたらしそうな顔でした。
「紹介するよ。……ダーリン」
彼女がそう言うと、ぬぅっと、僕が森でみた大きな手が岩の割れ目から伸びてきました。
きゃっと、僕が叫ぶと、
「大丈夫。ダーリンはとっても優しんだ。君をここまで連れてきたのもダーリンなんだ」
彼女は得意そうな顔をして、その手に頬を摺り寄せました。
その顔をしぐさを見ていると、僕はドキドキします。
彼女は僕の前で、
「ダーリン。私、ここが寂しくなってきたのぉ」
甘えた声で、自分のお股を触りました。そこからは、何かわからない汁が零れていました。まるで、不思議な泉のように、トクトクと零れています。
「えぇ? 子供の見ている前でよくない、って? 大丈夫だよぅ。見せてあげようよぉ。そうした方が、この子も私たちと一緒にいた方がいいって思うはずだよぉ」
彼女の言葉に、その手の持ち主は何か考えているようでしたが、おもむろに彼女を引き寄せると……、岩の隙間に彼女をくっつけました。
「くぅん……♡」
彼女は嬉しそうに身をよじらせました。
彼女のお股に何かが入っているようでした。
何かは分かりませんが、僕は……「いいなぁ」と思いました。
クチュクチュ、と音がします。
漂ってくる匂いを嗅いでいると、僕のお股もムズムズしてきました。
彼女は苦しそうな息をしています。
「大丈夫?」
「だいっ、じょうぶぅ。……ハァン♡ これ……は、とっても、気持ちがいいンだよぅ」
彼女の頬はリンゴのように赤くて、彼女の顔はバターが蕩けていくように思えました。
僕は、彼女たちのその様子から、眼が離せませんでした。
パチパチと。
彼女の真っ白な肌に、たき火が揺れていました。
◆
「ありがとう!」
「どういたしましてぇ」
家まで送ってくれた彼女たちに、僕はお礼を言いました。
「ダーリンさんもありがとう」
僕を送ってくれている間も、彼女たちはつながったまんまのようでした。
ダーリンさんはとっても大きくて、大きなコートを着ています。そのコートの隙間は真っ暗で、何も見えません。僕が隙間を見ようとしたら、「君にはまだ早いよぉ」と女の子に言われてしまいました。
女の子はやっぱり裸で、ダーリンさんのコートに挟まれて、地面から浮いたようになっています。そのお股からは、なんだか粘っこい汁が垂れています。
ダーリンさんのお顔は見えなかったけれども、きっと優しい顔をしているに違いありません。
だって、とってもきれいな赤い二つの光が見えているのだもの。
僕がもう一度お礼を言うと、彼女はまた、「えへへぇ」と笑ってくれました。
◆
体が痛いよぉ。
頭が痛いよぉ。
どうして。
どうして。
パパ。
ママ。
僕はいらない子になっちゃったの?
僕はどこか知らない雪の上。
赤い雪を見ています。
雪は本当は白いはずなのに、真っ赤な雪が……次からーー次へと。
僕に降り積もっていきます。
ああ、あんまりにも体が痛くて、もう、寒いのかどうかもわかりません。
もう、帰ってきてはいけないと言われた。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
いい子にしているから……。
ごめんなさい。ごめんなさい。もう、家にはーー。
…………
僕は知っていました。
僕はもう、パパとママにとって、いらないものになっていたことを知っていました。
でも、おうちにはいたくて。
でも、もう帰れない……。
僕はだんだんと眠くなってきてしまいました。
僕はだんだんと痛くもなくなってきてしまいました。
僕はどうなっちゃうんだろう。
ああ、お星さまが近い。
真っ赤な二つのお星さま。
でも、僕は知っています。それは僕のお星さまじゃない。
それが、僕を覗き込むようにしてきています。
「ねぇ。君はおうちに帰りたい?」
僕を助けてくれた女の子の声がしました。
僕は微かに首を横に振ります。
「君は何処に行きたい?」
わかりません。
「じゃあ、何かしたいことはある?」
わかりません。
でも、「いいなぁ」と思ったことはあります。
「それはなぁに?」
僕も君のように、「えへへぇ」と幸せそうに笑いたかった。
でも、こんな僕じゃ、ダメだよね。
ボサボサの髪。ボロボロの服。この女の子のように裸になったとしても、肌もボロボロです。もう大人の年齢のはずなのに、体はちぃっとも大きくならなくて、考えることもずぅっと子供で。
「そんなことはないよ」
女の子は言います。
「君はちゃあんと、とってもかわいい女の子だよ」
うふふ。そんなことを言われたのは初めて。
よかったぁ。
目を閉じる前。
僕は、「えへへぇ」と笑う、女の子の顔を見た気がしました。
◆
「すりすり」
「どうかした? 今日はやけに甘えるね」
「うーんとね。ここに昔の僕の家があったんだ」
「…………」
「大丈夫だよ。そんな顔をしなくても。それはもう、ずっと昔の事なんだから。それに、パパもママも。みぃんな、謝ってくれた。あの人たちがお姉ちゃんたちにどこに連れて行かれたかは知らないけれど。僕の帰る家は、最初っからあそこじゃなかったんだ」
雪深い山の上、感慨深そうに、裸の少女が言った。
彼女の肌はミルクのように白く滑らかで、その髪は初雪のようにふわふわとしていた。
彼女はうっとりと、彼女を挟むようにしている、外套から伸びる腕に頬を摺り寄せている。
外套を着た誰かの背丈は少女よりも驚くほどに高く、フードをかぶった顔のあたりには、星のような赤い光が二つ。彼女を優しげに覗き込んでいた。
「あ、雪が降ってきた」
少女が顔を上げれば、真っ白な空から、真っ白な雪が、彼女の髪のように、ふわり、ふわりと舞う。
「行こうか。迷う人が出るかもしれない」
「うん。そうだね。でも、迷う人が出てくれた方が、魔物のお姉ちゃんたちは喜ぶと思うけど」
少女の言葉に、外套の主は苦笑したようだった。
「でも、万が一があるといけないから、僕たちも探しにいこう」
「大丈夫だよ。魔物のお姉ちゃんは小さかった僕も見つけたんだから」
そう言って、少女は外套の中の、自分だけの二つの赤い星を見る。
優しく笑い返される気配がして、彼女はぎゅぅっと腕にしがみ付く。
「どうかした? 姉さん」
「んーん。なんでもない」
そう言って、そのウェンディゴの少女は「えへへぇ」と笑ったのだった。
17/05/02 11:06更新 / ルピナス