連載小説
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第2話
 実家から排斥された僕は、それからは中央のアカデミーに通うことになった。母から「王さまになりたい?」と聞かれてから十数日後のことだった。
 まあ排斥されたとはいっても、あくまで対外的な形だけのものであったんだけども。現に母や弟も何度かお忍びで様子を見に来てくれたし、親父様に至っては週に一度は必ず手紙をくれたりしてた。
 こんな風に実家とは上手くやりながら数年が経ち、僕がアカデミーに研究員として招かれるようになった頃、実家でちょっとした事件が起きた。どうやら親父様の側近だった男が領地の乗っ取りを企てたんだそうな。
 弟の働きもあり企みそのものは水際で何とか食い止められたそうだが、ここで一つ困ったことが起こってしまった。あろうことかこの僕を、この乗っ取り劇の主人公に仕立てていたらしい。こうならないように僕はアカデミーに来ていたはずなんだけど、どうやら見通しが甘かったようだ。
 当然、家族内では失笑ものの馬鹿げた話しなんだけど、噂には尾鰭背鰭が付くのがこの世の常と言うもの。ゴシップ好きな奥様方のお陰で僕はあっという間に「名君である父の血を引きながらも妾腹から望まず野に下され復讐のために領主の座を狙う卑劣漢」とされてしまった。本人の預かり知らぬところでどうしてこうなった。僕にしてみれば「名君(笑)」「復讐(笑)」としか思えないのだけど。それに妾は今は後妻に収まってます。
 まあそれは兎も角としても、ここまで噂が大きくなりすぎると何を言っても焼け石に水。このままでは領内の混乱が長引いてしまうのでは? と思った僕はこの噂を全面的に肯定した上で詫びを入れ、正式に継承権を放棄することで弟に領主の座を委ねる事をはっきり宣言し、その上で減罪を求めることにした。まあ所謂司法取引と言う奴だけど、はっきり言って出来レースだね。なんと言っても身内は全て僕の味方なわけだし。
 流石にこの事を申し出た時は親父様も弟も「そこまでする必要はない」「自分がどうにかしてみせる」等と言われたりしたけど、その時は領内もかなり動揺していたし、このままではまた僕の事を上手く出汁にしようとする輩が出ないとも限らない。今回は身に危険は無かったが次もそうとは限らない、それに元々領主の座は弟に継がせると実家内では決まっていたこと、とかなんとか言って適当に煙に巻いておいた。別に家族のために汚名の一つくらいどうってことないし。
 ただ、この一件に伴って当時それまで所属していたアカデミーの研究室からも追い出されることになってしまった。まあ中央からのキツい研究ノルマにも嫌気がさしていたことだし、自分が撒いたとはとはいえ変な噂に晒されつづけられるのも心が痛くなってきてたので丁度いい。親父様から暫くは食べるに困らない程度の身銭は持たされることになっていたし、長い休暇を貰ったと思って当分の間はのんびりと旅でもするか、と思いながらアカデミーの自室を片付けをしていた。
 そんなとき、書架の奥から一冊の古い絵本が出てきたんだ。
 それは幼少の頃、今は亡き夫人によく読んで貰っていたものだ。手に取ると擦り切れた表紙が懐かしい思い出を浮かび上がらせてくれる。弟と一緒になって読んで読んでとせがんでいたな、などと思い出し思わず頬が緩む。
 そんな感慨に耽りながらページをめくるうちに、奇妙な既視感を感じ始めた。そこに描かれている物語と、自分の持つ知識がカチリと嵌まったような気がした。日々の研究などに追われていた時ならば思考の上っ面を滑り落ちていたと思うほどの些細な感触。だが幸か不幸かその時の僕には何のしがらみもなく、懐にはかなりの余裕があり、時間は売るほどにあった。気がついたときには自分の知識を裏付けるために図書館へ籠もり、数冊のノートをメモまみれにし、明くる日の夕方には世話になっていた研究所の所長への挨拶もそこそこに、駅馬車に乗って揺られているのだった。

 そんな事を思い出しながらキッチンで洗い物をやっつけた後、僕はチャニーさんの家の地下にある自分の部屋に向かった。

 チャニーさん謹製のランプに灯を付けると(なんとこのランプ、一つ付けると部屋中全てのランプに火が灯るんだ)、部屋は温かく柔らかな光に満たされる。部屋の中央には大きなテーブルがあり、そこが僕の仕事場と言える。テーブルの上には布に覆われた物体があり、よくよく目を凝らせばそれが人型だということがわかるだろう。
 そう、これこそが、夫人が読み聞かせてくれていた物語にあった「天から落ちた舟」から発掘した世紀の大発見。
 そっと布を取り払うと、そこには端正な作りの美しい肢体があらわれる。だが、その身体の殆どは所々が裂け、またはちぎれ飛んでいるのがわかる。
 それでもその表情はあくまで穏やかなものであり、苦痛を感じさせるものはない。そしてどれほどボロボロになっていようとも、その神々しい美しさを損なうものではなかった。

 僕は便宜上「彼女」と呼んでいる。
 何故なら「彼女」は大変豊かな乳房を持っており、また、男性に在るべき「モノ」が存在しなかったからだ。有体に言えば、裸体、マッパ、すっぽんぽんといわれる状態である。まあしかしながら劣情を煽るにはいささか損傷の程が激しく、損壊嗜好を持ち合わせていない僕にとっては痛々しいとしか表現できない。

 僕は「彼女」に被せていた布を丁寧に折りたたむと傍のかごに放り込む。部屋の壁一面に添えつけたクローゼットに手を掛けて大きく開け放つと、そこには標本のように細かく区分された「人の手足らしきもの」が幾つも並び、棚にはギッシリと小さな部品のようなものが並べ陳列されている。 断っておくが、もちろん「ナマモノ」の手足なんかではない。初めてチャニーさんに見られたときは卒倒されて慌てたのも良い思い出だ。
 何種類かの部品が入ったケースと、「彼女」の身体に合いそういくつかのなパーツをテーブルに持っていくと、いつものように難解なパズルを始めた。

 僕が「彼女」を見つけたのは「裏山」での発掘作業を始めて3日目のことだった。
 夫人の絵本に導かれてこの地にやってきた僕は、宿の手配も早々に絵本の記述がある場所へ向かった。予め調べていた通り「裏山」にはかなり古い遺跡らしきものがあり、試行錯誤の末に換気口らしきものを通って何とか内部まで入り込む事に成功した。本来ならばこの辺りで然るべき公的機関に報告して調査団を設けた後に詳しく調べるべきなのだが、まあ暇と金に余裕があった僕は「ちょっと自分で調べてからでもいいか」なんてことを考えてしまったわけである。
 初日は遺跡内部への経路確認と内部地図の作成準備に費やし、二日目に本格的な調査を開始した。そこで初めて侵入に成功した部屋で「彼女」と出会ったのである。
 その部屋はどうやら何かの整備室らしく、雑多な工具と思わしきものや何かの機械部品、何かの測定機器らしきもの、等などが雑多に散らばっていた。その部屋の中央に卵形の棺のような物があり「彼女」はその中で眠っていたのだと思われる。
 思われる、などと抽象的な表現になってしまうのは、残念ながら五つあった棺は全て抜けた天井からの落下物で押しつぶされてしまっていたからだ。
 その中で比較的損壊が少ない個体をコアとして、復元を試みているのである。

…………決して胸部装甲の厚みで選んだわけでは無いことを重ねてお伝えしておきたい。

 僕の限られた知識の中で「彼女」に一番近い存在と言えば、恐らくはゴーレムでは無かろうか?それも、魔王が世代交代する前の旧世代的なゴーレムだ。
 何故ならば「彼女」には現在生存が確認されているゴーレムに有るべき生殖器官が存在せず、その豊かな乳房も子孫を育むための授乳器官としては機能ない。恐らく彼女は旧魔王時代に女性型のゴーレム、もしくは自動人形として製作され、魔王の世代交代前に損壊したのだと推測される。
 破損状況的には「大破」としか言いようの無い状態ではあるものの、幸運にも機体各部の状態は朽ちたり腐ったり等はしておらず、非常に良かった。
(これなら他の棺に納められていた「彼女」と同型と思われる機体の部品を寄せ集めれば、何とか姿だけでも元の状態に近付けられるんじゃ?)
 そう考えた僕は国への報告をとりあえず棚上げし、「彼女」の復元する事を決めたのである。うん、見つけたのは僕なんだし、この位の役得があっても別に支障はないだろう。もう動く事は無いとしても、せめて一体くらいは綺麗な「彼女」であって欲しい。そんな思いもあったのかも知れない。

 その日から「裏山」へ通いながら「彼女」を修復すべく、回収作業を行ないながら修復計画を立てていく事になる。
 ところが回収作業を進めてゆくと、最初の一週間で計画は頓挫の危機を迎える事になってしまった。
 理由は幾つか挙げられるのだが、最大の問題は「彼女」の修復に使用できるであろう部品が非常に多く見つかった事だ。当時の僕はこの街に来たばかりで宿住まいだった。いかに当面のお金に困る事は無かったとはいえ宿の広さには限界があった。それに、いくら僻地とはいえ旧世代の遺跡と思わしき場所から発見された発掘物を、お上の許可も無く勝手に弄繰り回しているのである。事が公になった場合のことは考えたくもない。出奔して早々に問題を起こしたなどとなれば、中央からどんな文句がくるかは易く想像できようというものである。親父様が吊し上げられるのはどうとも思わないが、弟に迷惑がかかるのが避けたいところだ。
 もうひとつは言うまでも無く資金の問題である。いくら余裕があったといえども、それはあくまで一般的な生活を慎ましく送っていた場合である。さすがに日永一日研究に没頭し、無為に資金を費やせばあっという間にすっからかんだ。まあざっと計算して3ヶ月で頓挫する。僕にとって未知の塊である「彼女」を、形だけとはいえ修復するためにはあまりにも短い研究期間だ。
 そこでこの村に拠点となる研究設備を作ることにした。そこで「彼女」の修復を行う。そのための投資資金がある程度かかるため、研究だけではなく資金を得る為の仕事もしなければならないだろうが、まあそこは仕方ない。幸いにもあの遺跡には金属製の部品・部材が大量に残っている。未知の金属なんかは拙いだろううが、当たり障りの無い鉄や真鍮などであれば持ち出したとしても大して騒ぎにはならないし。
 そしてそんな条件にぴったりだったのがチャニーさんの鍛冶屋だった。
 鍛冶屋という仕事柄、材料となる鉄や真鍮などの資材はいくらでも必要となる上に空いている部屋をどうにか有効活用したかったチャニーさんと、十分な広さの研究部屋(兼自室でもあるが)を用意してもらえる上に、資金源となる廃材まで買い取ってもらえる僕。
 四半刻も話し込めば、がっちり握手するのも道理というものだ。その上、何かに付けて彼女は食事や風呂まで用意してくれたりしてくれる。日に三度は拝みたくなるこの気持ち、判って頂けると思います。
 兎も角、研究という名の復元作業に取り掛かる足がかりを得た僕は、夜中にこっそり「彼女」を研究室へ運び込んだ。翌日からは部品の捜索や使えそうな資料、あとはチャニーさんに買い取ってもらう為の廃材を回収しつつ遺跡の調査をし、夕方には村へ戻って品定め。そして夜には「彼女」の修復に費やす。
 今までアカデミーの研究所で追われるように行っていた研究とは違い、あくまで自分のペースで自分の好きなように研究を行える。そんな毎日が楽しく、「汚名を被るのもわるくないなぁ」なんて呑気な事を考えながら、今日も「彼女」の修復で夜は更けていくのだ。
13/01/20 20:15更新 / ろぐ
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■作者メッセージ
やっとこさごーれむさんらしきものが出てきました。

まだ動けませんが。

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