連載小説
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第1話
「よいしょっと」
 大きく膨らんだ背嚢を背負いなおし、夕焼けに染まった『裏山』からゆっくりと降りて行く。
 山といっても少し膨らんだ丘のようなもので、昇り降りが大変なわけではない。見た限りは木々も少なく、けして緑豊かというわけでもない。所々に突き出た金属片やジュクジュクと染み出している油のようなものがあるため、これではとても山の恵みなどは期待できたものではない。なので自然と足取りはゆっくりとしたものになっていた。
 山道が平坦な道になったころにはぽつぽつと民家や麦畑も見えはじめ、さらにしばらく進むと目的の場所までたどり着く。

「ただいまもどりましたー」

 そう声をかけながら開けっ放しの玄関をくぐり、背嚢を床に下ろす。食い込んでいた肩紐の痕をゴリゴリと揉み解していると、奥の扉がバンっと勢いよく開いた。
「よう、坊主! 今日は掘り出し物はみつかったかい?」
 家中によく通る威勢の良い声が、僕に向かって発せられる。
「んー、今日はそこそこですね。いつもの鉄屑が殆んど」
 ほー、どれどれ? と言いながら、片眼鏡をかけた小さな女の子が持ってきた背嚢をひっくり返して中のものをぶちまける。
「ふむふむ、鉄板と鉄菅が殆んどか。あとはいつもの合金っぽいのと。あとは……硬い板かぁ」
 これ、イマイチ使い道がないんだよなーなどと言いつつ、手に持った伝票にカリカリと書き込んでいく。
 彼女はチャニーさんという。ドワーフという種族だそうだが、見た目は小さな女の子にしか見えない。ちなみに「ちっちゃい」は禁句だ。
 彼女はいわゆる魔物娘だが、この村で唯一の鍛冶屋であり、また発明家なんてこともやっている。鍛冶屋なんてものを営んでいるため、材料となる鉄鉱や宝石なんかも買い取ってくれる。もちろん、溶かせばすぐに材料となる鉄くずやその他金属なんかも取引の一つで、僕の大事な収入源だ。
 ちなみに硬い板というのは、そのままの通り硬い板だ。丈夫だけど火に弱く、鉄ほど硬くはないために使い道がイマイチらしい。
「よし、坊主! 今日はこれでどうだい!?」
 そういって片眼鏡を外してポケットに突っ込むと、手に持った伝票を見せながら僕にむかってにかっと笑いかけてくる。
伝票に書かれた数字は相場から比べても少し多いくらいだ。文句の言いようなんてない。
「多いくらいですよ。いつもありがとうございます」
 言いながら彼女に頭を下げると、ちっちゃな手でペシンと頭を叩かれてしまった。
「阿呆! 人の目利きに文句つけるにゃ10年早いんだよ!」
 本人はキリッとした表情のつもりなのだろうが、傍から見れば柔らかそうな頬をぷくっと膨らませているだけである。しかし、罷り間違ってそんな事を口にした日には、見た目からは想像つかないような膂力で振り回されるハンマーに追い掛け回される事になる。さすがにそんな事態には遭遇したくないので素直に「すみません」と謝りつつ、差し出された伝票にサインをした。
 チャニーさんに伝票を返すと、機嫌のよくなった彼女は「んじゃ飯にしようかね!」と言うと、奥の扉へと進んでゆく。彼女はいつもこんなふうに夕食へ誘ってくれるのである。

「とりあえず風呂入ってきなよ」
 そう言うと小さな身体にこれまた小さなエプロンを身に付け、チャニーさんは台所へと姿を消す。背嚢に括りつけていた小さめの袋を手に取ると、勝手知ったるなんとやらで風呂場まで行き汚れた衣服を脱ぎ去る。そして袋から出したタオルを片手に湯殿へ入った。
 まずはルーンによって温水が湧き出るシャワーを使い、頭から汗と埃にまみれた身体をまず洗い流す。チャニーさんお手製のせっけんでタオルを泡立てて、身体をごしごしとこすっていくと、油や垢と共に疲労なんかも削り落としてるみたいでとても気持ちがいい。
 僕の来るのを予想してくれていたのだろうか。バスタブにはほこほことした湯がしっかりと張られている。身体の泡をしっかりとシャワーで落としつま先からゆっくりと湯に入ると、凝り固まった身体がさらに解れていくのが良く判った。

………………………

 僕がチャニーさんのお宅兼仕事場兼お店の厄介になって半年ほどになる。これでもここからだいぶ離れた街の領主の血筋なのだが、まあ少し面倒な家系のせいもあって今では放逐されてしまった。簡単に言えば、所謂妾腹とかそういうやつだ。
 領主である親父様にはご夫人が既にいたのだが、なにぶんにも親父様はシモが緩かったらしい。そんな親父様に見初められ、頭の少々緩かった母とこっそり逢瀬を楽しんでいたそうだ。
 ところがここで問題が一つ起こってしまった。ご夫人よりも先に母が懐妊してしまい、僕が生まれてしまったのだ。さすがに親父様も「これは不味い」と思ったらしく責任をとって一族へ招こうとしたそうだが、頭の緩い母の「めんどくさそうだから今のままでいいわよ」との一言でなし崩し的にこれまでの関係を続けたんだそうだ。
 そうこうしている内に僕が一人で立ち歩きできるようになった頃、ご夫人もめでたくご懐妊。親父様も正妻に跡取りが出来て喜んでいたそうだが、ここで親父様が爆弾発言をしたという。
 曰く、
「これでまともな跡継ぎが出来たな」
 僕は親父様を今でも真性の阿呆だと思っている。
 聡明なご夫人はこの一言にピンと来たらしく、伝手を使って親父様の身辺を探らせ、あっという間に母と僕の事を見つけ出してしまった。血走った眼で僕の家に乗り込んできた身重のご婦人を見た母は、「あ、しんだかも」と思ったらしい。ところがご夫人と母が話し合った結果、何故か二人は意気投合。義姉妹の契りを結び、屋敷に招こうとまでしてくれたという。
 恐らくは母の頭が緩く、金銭や名誉などに興味を持たなかったがために逆に信用を得たのではないかと思う。
 それ以来、親父様とご夫人が腹違いの弟と度々家に遊びに来るようになり、それとなく幸せな日々を送っていたらしい。弟も僕の家に居る時は年相応にはしゃぎ、僕も弟と仲良く遊んでいたのをおぼろげではあるが覚えている。
 しかし、僕が物心つくか付かないかの頃に悲劇が訪れる。
 ご夫人が流行り病に掛かり、あっというまに天へ召されてしまったのだ。
 当時、親父様と母は相当に嘆き悲しんだそうだが、ご夫人の「今度は貴女が主人を支えてあげて」との遺言に従い、喪が明けると二人は夫婦となった。
 だがしかし、ここでややこしくなるのが僕と弟の関係である。
 当然のことながら僕は正妻の子供ではないので、継承権は弟よりも低い。にも関わらず、幸か不幸か母が正妻に納まってしまった。僕の立場は非常に微妙なものとなってしまったのだ。
 一地方の領主とはいえ、その足元には莫大な利権が集約しており、今まで弟がすんなりと跡を継ぐと思っていた人々にとっては、僕の存在は相当に不味いものだったらしい。
 そんな緊迫した中、いつもののんびりした口調で母は僕にこう言った。
「ねぇ、王様ってなりたい?」

………………………

 しばらく湯船で天国を味わっていると、「もうすぐできあがっぞー」とチャニーさんの声が聞こえた。待たされるのが大嫌いなチャニーさんの機嫌を損ねないために慌てて湯殿から出ると、袋から新しい着替えを取り出し袖を通す。頭の水気をタオルでしっかりと拭き取り、汚れた衣服と一緒に袋へ放り込む。
 さっぱりとした僕はチャニーさんが待つであろう居間に向かっていった。

「おー、よく茹ってるな」
 抜群の湯加減で顔を火照らせた僕が居間に入ると、抱えるようにして大皿を持ったチャニーさんがキッチンからやってきた。
「お先に上がらせてもらいました。お風呂ありがとうございます」
 いつも通りに感謝の気持ちを伝えると、チャニーさんもにっこりと笑う。
「お前さんにはいつも貴重な材料を取ってきてもらってるしな。礼なんざいらねぇよ。それよりも早く食おうぜ!」
 そう言いながら、チャニーさんは居間の真ん中に置かれたテーブルに大皿をドンッと置く。
 そしてチャニーさんはイスに腰掛け、僕は正面に胡坐をかいて座ると、「いただきます」と一声掛けて食べ始める。
 今日は大皿にこんもりと盛られたパスタのようだ。とろりと溶けたチーズとチャニーさん特製の香味油の香りがなんとも胃袋を刺激する。取り皿にパスタを移し、フォークに絡めて食べる。見た目が大雑把な大皿料理とは思えないほど、繊細で優しい味わいだ。すごく美味しい。
「そういえば、今日はどの辺までいけたんだ?」
 チャニーさんが大皿からおかわりを取り分けながら、僕に向かって尋ねてくる。ちなみに僕はまだ取り皿の半分くらいしか食べてない。
「えっと、昨日で通路っぽいところからはあらかた取れそうなものは取ってきちゃったので、今日は少し奥まで行って見ました」
 言っている内にチャニーさんは大皿から僕の取り皿へパスタを補充する。ああ、まだ食べきってないのに。
「おお、奥へ進む道あったのかい!」
 パスタを頬張りながらチャニーさんは身を乗り出して聞いてくる。僕はそんな彼女のコップへ水を注ぎいれた。
「天井っていうのかな?そこに小さな格子みたいなのがはまっていたんですが、材料になりそうだから取り外したんですよ。そうしたら僕くらいなら入れそうな感じの穴が奥のほうまで続いてました」
 言っているうちにもみるみる大皿のパスタが減っていく。あの小さな身体のどこに入っていくんだろう?
「で、進んだ先には何かあったかい?」
 チャニーさんがお皿のパスタの最後をフォークに絡ませながら、瞳をキラキラさせて尋ねてくる。僕は口のなかのパスタを飲み込みながら肩を竦めてみせた。
「元々の部屋にあった小さな格子がまたあっただけでした。多分他の部屋に繋がっていたんじゃないかな?」
 最後の一口を食べたチャニーさんが神妙な顔つきで首を傾げる。
「ん?他の部屋あったってことは、少なくともまた鉄屑くらいはたんまりあるんだろ?その割には暗いじゃねぇか」
 チャニーさんの言う事はもっともである。しかしながら、その新しく見つけた部屋から元居た部屋までは結構な距離があり、さらに狭い天井裏の通路?その中を鉄屑担いで通れるかというと少々無理がある。持ち出せるとしても大きなものは無理だろう。
 彼女にそのことを伝えると、ぷっくりとした唇でプラプラと弄んでいたフォークを皿に置いてつまらなさそうに肩を落とした。
「あーそっかぁ。確かに持ち出せる口が狭けりゃ大物は取ってこれんわなぁ」
「チャニーさんのお陰で結構貯えも出来ましたから、暫くはまた他の場所を掘り返して見ますよ。違う入り口が見つかるかもしれませんし」
 僕はそういいながら最後の一口を詰め込むと、また手を合わせてチャニーさんに礼を言う。
「ごちそうさまでした。今日もとても美味しかったです」
「はいよ、お粗末様だ。じゃああたしは明日の準備でもすっかねぇ。あんたはどうする? また引き篭もるかい?」
 彼女が言うには、鍛冶屋というと溶かした鉄をトンカンやってるだけのイメージがあるが、実際はそれまでの準備や用意が殆んどで、材料の鉄屑を溶かす炉ひとつにしても一度使うたびにしっかりと修繕したりしないといけないらしい。そうしてしっかり準備を整え、材料を確保し、やっと作品に取り掛かれるんだそうだ。今日は炉に火を入れていたため今から炉の手入れをしないといけないらしい。
「あたしらの仕事は、段取り三分に片付け七分だよ!」
 とは彼女の言葉である。実務の時間はどこに行ったのか?というのは愚問らしい。
「お皿洗い終わったら少し部屋で調べ物してみようと思います」
 またこの坊主は可愛いいことを、なんて言いながら、チャニーさんは椅子からピョンと飛び降りる。工房へ向かうのだろう。ところで、見た目が非常に可愛らしい貴女に言われても説得力が皆無です。
「まあ素直に礼をいうよ。ありがとう。あとは任せるね」
 居間から出る前に手だけをヒラヒラと振りながら、彼女は明日の準備に向かっていった。
13/01/19 19:59更新 / ろぐ
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■作者メッセージ
ごーれむさん、まだ出てませんごめんなさい。

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