連載小説
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その6(ハワード編)
 ― 神様と言うのは基本的に不公平な生き物です。
 
 世の中には生来によって決められるものが山ほどあるのです。それは例えば才能であったり、生家と呼ばれるでしょう。それに運命という言葉が加われば、人の一生は神々の気まぐれによって左右されていると言っても良いのかも知れません。
 
 ― そんな下らないことを思うのは…私が生き残っているからです。
 
 私は別に死んでも構わないと思っていました。実際、教団との間で開かれた戦端でも危険な任務に進んで志願していたのです。しかし、結局、私は死にませんでした。死にたくないと思っていた人々はきっと沢山いただろうに、死にたいと思っていた私がこうして生き残ってしまっているのです。
 
 ― …実際、あの戦いでは少なくない数の人々が死にました。
 
 ラウルと再び決別した次の日、教団の支援を受けた国が一気にこの街の領土を侵犯してきたのです。それに対し、領主は援軍を求めましたが、同盟を結んだ他の場所でも反魔物領からの侵攻を受けていました。どこも自分たちの居場所を護るのに精一杯という状況の中、五万もの大軍がこの街を囲んだのです。
 
 ― 勿論、こちらには数多くの魔物娘が属しているのですが…。
 
 しかし、野戦となれば質ではどうにもならないほどの数の多さから圧倒的に不利になってしまう。そう判断した上層部は散発的に奇襲を掛け、可能な限り時間を引き伸ばす事を選択しました。その奇襲部隊に私も所属し、戦い続けたのです。半ば特攻のような形で戦う奇襲部隊以外にも城壁の修繕とする最中に教団兵に射られて死んだ市民や、投石に押し潰された警備隊員が数多く報告されていました。そんな中、死にたがっていた私が生き残っているのですから皮肉としか言いようがありません。
 
 ― それでも…教団に勝てたのは僥倖と言うべきでしょう。
 
 奇襲部隊が壊滅に近い状態に追いやられ、もう時間を引き伸ばす術が無いほどに追い詰められた時、山の向こうから二匹の竜が現れ、教団兵へと襲いかかったのです。それと呼応するようにたくましい黒馬に乗った黒甲冑の騎士が二人現れ、教団兵を蹴散らして行きました。誰もが呆然とする中、誰よりも早く我に返った領主の命により私たちは野戦を仕掛け、彼らを敗走させるに至ったのです。
 
 ― しかし…それでも失われた命は戻りません。
 
 私達の勝利は薄氷にも近い状態でギリギリ手に入れたものでしかないのです。その証拠に警備隊員だけでなく市民にも多くの被害が出ていました。まだ詳しい数字までは出ていませんが、死者は1000を下らず、負傷者に至ってはその五倍を突破したと聞いています。大規模疎開によって人口の激減したこの街にとって、その数は決して少ないとは言えないものでしょう。
 
 ― そして…失われなかった命もこの街から零れていこうとしています。
 
 結果だけを見れば勝利に終わったとは言え、疎開先ではこの街に戻ってくるのを不安がっている人々もいるそうです。特に顕著なのが商人で、封鎖が解けたにも関わらず、中々、街へと近寄ってはきません。まだ教団の攻勢があるかもしれないと踏んでいるのでしょう。用心深い商人らしいとは言え、そのお陰で物流が滞り、物価がじわじわと上がっていっています。特に医療関係の物資は不足し、普段の何倍もの額で取引されているとも聞きました。そんな中、薬や包帯が足りず、零れ落ちる命もまたあるのです。
 
 ― 勿論、上層部はそれを手を拱いて見ている訳ではありません。
 
 領主を始めとするこの街の首脳陣やこの街に残った豪商と呼ばれる人々がなんとか物流を呼び込み、それを抑えようとしてくれていました。しかし、この街はつい一週間程前にようやく教団兵が撤退したばかりなのです。一度は遠のいた商人の足がまた集まるまでもう少し時間が掛かりますし、まだもう少し物資の高騰は続くでしょう。
 
 ― そんな街に見切りをつけて出ていこうとする者も多く…。
 
 多くの死者を出した戦争は終わりました。しかし、それでも戦後はまだ終わっていないのです。遺族として残された者は悲しみに暮れ、思い出の残るこの街から出ていこうとするものも少なくはありません。また教団の手から故郷を護るため、自分の欲望を抑えて、この街に残っていてくれた人々もそれぞれの場所へと旅立っているのでした。
 
 ― そんな中にウィリアムの姿もあって…。
 
 元々、彼は自分のルーツであるジパングに興味津津であったのです。そんなウィリアムがジパングへと脚を運びたいと思うのは当然の流れでしょう。ジパングからやって来た魔物娘と結ばれてからずっと考えていたというウィリアムを止める方法をついぞ私は見つけられませんでした。警備隊を辞職する彼を引き止める事が出来ないまま、私は彼を見送ったのです。
 
 ― …信頼できる部下…だったんですけどね。
 
 私とは違う方面に進ませた魔術を使い、私の意図を正確に汲みとってくれる部下。付き合いも長く、お互いに適切な距離が分かっているが故に衝突することもない。性格もそれほどかけ離れている訳ではなく、思考回路も似ている。そんな優秀な男性を上司としては手放したくはありませんでした。けれど、私は所詮、彼の上司でしかないのです。友人でも何でもない私が引き止めた所で彼が困るだけでしょう。
 
 ― カラン。
 
 そこまで考えた瞬間、小気味良い音が私の耳に届きました。その音によって現実に引き戻された私の視界に赤茶色のレンガが入ります。規則正しく組み上げられたその壁にグラスに淹れられた氷の奏でる音が反響したのでしょう。やけに大きく聞こえるその音に私は溜め息を一つ吐いて、そっとグラスを持ち上げるのでした。
 
 「…ふぅ…」
 
 しかし、それを口に運ぶ気分にはなれず、私はため息一つ吐いてカウンターへと戻します。折角、久しぶりに飲みに来たというのに一向に酔える気配がありません。それどころか口元へと運ぶ気力一つすら浮かばず、私の口からは溜め息ばかりが零れ落ちるのでした。
 
 ― 勿論、その理由は自分でも自覚しています。
 
 この二週間近くの間、私はずっと生きるか死ぬかの間に立っていたのです。奇襲部隊として教団兵と戦っている時は勿論の事、その後には山ほどに溜まった戦後処理との格闘が待っていたのですから。戦後の治安維持の為に大規模な再編成を余儀なくされた警備隊を少しでも早く機能させる為に私も目の前の書類に必死で打ち込みました。それは文字通り寝る暇もないほどに忙しい作業でしたが、その間は様々な煩わしい事を忘れる事が出来たのです。
 
 ― ですが…それも少しずつ落ち着いてきて…。
 
 ようやく作業が落ち着き始め、退職願を提出したウィリアムを見送る事も出来たのです。それに関しては気を使って休みを調整してくれた領主に感謝していました。けれど、それは同時に、この二週間、ずっと忘れられていた胸の痛みと向き合う時間を与えられた事でもあるのです。
 
 ― ラウル…どうしているんですかね…。
 
 あの日以降、私はラウルと顔を合わせてはいませんでした。この二週間はずっと各所に泊まり込みで家にすら帰っておらず、我が家で過ごした最後の朝も逃げるように飛び出したのです。結局、彼女がエイハムの所へ行ったのか、それともまだあの家にいるのか。それすらも私は知りません。
 
 ― まぁ…あそこまで言えば、彼女も出ていくでしょう。
 
 その心に根付いたトラウマを一つ一つ丁寧に刺激していったのです。人と感性の違う私ですら良心の呵責を感じるほどの言葉の刃にあの精神的にひ弱そうなエルフが耐えられるはずがありません。まして何だかんだで買い出しの出来なかったあの家には食材が殆ど残ってはいないのです。ラウルはまだ一人で買い物が出来るほどの恐怖が取れきっては居ませんし、今頃はきっと私に見切りをつけ、エイハムの所で手当の手伝いでもしている頃でしょう。
 
 ― それは私の望んでいた事です。
 
 ですが、それを脳裏に浮かばせれば浮かばせるほど、私の胸に鋭い痛みが走るのでした。心臓を針で刺されたようなその痛みは、思わず胸を掻き毟りたくなるほどです。それが先ほどからずっと止まらず、私の胸から気力をどんどんと奪っていくのでした。
 
 「隣…良いですか?」
 
 そんな私の耳に聞き覚えのある声が届きます。それに緩慢に振り向けば、思った通りの顔が目に入るのでした。痩せこけたと表現される細い頬と肌に染み込んだ隈。本来は深い湖のような艶のある色を湛えた髪もかなりくすんで荒れています。それでも赤銅色の瞳だけは爛々と隙なく輝き、彼の持つ退廃的なイメージを加速させていました。
 
 「…マーク…席なら他にもありますよ」
 
 マーク――エイハムの甥っ子にして私が懇意にしている情報屋の一人でもある彼に私はそう返しました。ついこの間、厳戒態勢が解けたばかりのバーはガランとしています。やはりまだ戦争後の疲れや悲しみが街の中には残っているのでしょう。何時もであれば多くの人がひしめくこのバーにも今は私とマーク、そしてバーテンくらいしかいません。
 
 「おや、つれない」
 「今は誰かと一緒に楽しく一杯って気分じゃないんですよ。放っておいて下さい」
 「大事なエルフちゃんを取られたから…ですか?」
 「…相変わらず耳が早い」
 
 たった一年でこの街の中でも屈指の情報屋へと伸し上がったマークの耳の速さは折り紙着きです。本人の気遣いも悪くなく、私が欲しがる情報を最初から纏めてくれているのも少なくはありません。そんな彼だからこそ懇意にしているとは言え、自分の踏み込まれたくない所まで踏み込まれたのです。イイ気分になれるはずもないでしょう。
 
 ― まぁ…とは言え…。
 
 「貴方であれば私の気持ちも分かるでしょう?今はそっとしておいてくれませんか?」
 
 ― そう。マークもまた似たような身の上なのです。
 
 彼も一年前にこの街でいきなり懇意にしていたエンジェルを失ったばかりなのです。とは言え、それは別に死別したという訳ではありません。彼女の恋人であるエンジェルがある日突然、その行方をくらませたのです。涙ながらに訴えるマークに応えて、警備隊もかなりの数が動員されましたが、結局、彼女の行方は分からないままでした。
 
 ― だからこそ、この純朴であった青年は街の暗部に半身を突っ込んだのです。
 
 情報屋として活躍すればいずれは彼女の情報も手に入るかもしれない。きっとそんな気持ちで彼は暗部へと堕ちていったのでしょう。実際、彼に対する情報の対価としてもっとも重宝されるのはエンジェルの目撃情報です。貨幣でも請けてくれることは請けてくれますが、人となりが気に入らなければかなり足元を見るとも聞きました。
 
 「分かりませんよ。だって、貴方は僕と違ってまだ手の届く場所に大事なものがあるじゃないですか」
 「それは…」
 
 突き放すようなマークの言葉に私は反論のしようがありません。確かに一年経って未だに恋人の行方が掴めない彼と私では「大事なものを失った」と言う点が似ているだけで、根本は大きくズレているのです。今、こうして自分が感じている悲しみが小さいとは思いませんが、彼の方が強い絶望の中にあるのは何となく察する事が出来るのでした。
 
 「まぁ、不幸自慢しに来た訳じゃないんで別に良いんですけどね」
 「…じゃあ、なんでわざわざこの店に?」
 
 普段、マークが情報屋として活躍しているバーはここではありません。ここはまだ街の大通りに近く、一般人も足を踏み入れる事の多い比較的ライトな場所なのです。それに対し、マークが主に活動しているのはもっと裏通りを奥へと進んだ退廃的なバーでした。看板娘に依るストリップショーを売りにしているそのバーは欲望塗れの男たちでひしめいているのです。流石に大麻などを大っぴらに売買しているほどやばい場所ではありませんが、この街で認められていない違法薬物の売人などが出入りしている事も確認されていました。
 
 「たまには少し違う所で飲みたくなってもおかしくはないでしょう?」
 「それでたまたま私を見つけたって偶然を信じられるほど純真な男じゃないんですよ私は」
 
 実際、私はマークがまだ駆け出しの情報屋であった頃から付き合いがありますが、彼があのバー以外に活動拠点を移した事は一度もないのです。情報屋とはマフィア以上に面子と信頼で商売しているようなものですから当然と言えば当然でしょう。そんな彼が「たまたま」違う場所で飲みたくなって、「たまたま」私を見つけたなんて出来過ぎた偶然があろうはずもありません。
 
 「まぁ、今回は何か企んでる訳ではありませんよ。僕なりに得意客へのお祝いとアドバイスに来ただけですし」
 「お祝い?」
 
 完膚なきまでに失恋している私に対して『お祝い』だなんて良い度胸だ。何時もの私であればそう思ったでしょう。しかし、今の私にはそうやって怒りを滾らせるほどのエネルギーも残されてはいませんでした。彼が「よいしょ」と掛け声をあげて私の横に座るのを無気力に見つめるだけだったのです。
 
 「戦争では鬼神の如き働きだったと聞きますよ。それを含めて生き残りおめでとうございます」
 「奇襲という戦法と私の戦い方が合っていて…尚且つ運が良かっただけです」
 
 ― そうマークに言いながら、私はカウンターのグラスに手を伸ばしました。
 
 撹乱するだけして彼らの食料と体力を奪うのが目的であった奇襲部隊は一撃離脱を主とする私にとても合っていました。しかし、それでも目立った外傷がないまま無事に生還できたのは運が良かったからとしか言いようがありません。実際、私とさほど実力が離れている訳ではない警備隊員が何人も帰らぬ人となっているのですから。
 
 「英雄殿は謙虚さも一流のようですね」
 「そっちこそどうだったんです?『本業』の方で活躍したんじゃないんですか?」
 
 ― 『本業』にアクセントを置いた私の言葉にマークがその顔を歪めました。
 
 この街の暗部に身体を預ける情報屋とは言え、彼の本業はあくまで『学生』です。それも医療を学ぶ彼を遊ばせているほど、この街に余裕があった訳ではありませんでした。彼の学ぶ学校にも次から次へと負傷者が運ばれていったと聞きます。その中には勿論、救えなかった命だってあるでしょう。
 
 「…言ってくれますね」
 「先にけしかけたのはそっちでしょう」
 
 それが分かっているが故の言葉とマークも察したのでしょう。好青年然とした顔に苦渋の色を浮かばせました。しかし、私はそれを見ても特に満足感も充実感も感じません。良心の呵責さえ感じない空っぽな心を何とか埋めようとしてそっとグラスを傾けるのでした。
 
 「…まぁ、この件はお互いに不毛ですので突っ込むのはやめておきましょう。それに…本題はこの後の事ですし」
 「この後…ね」
 
 ― それはきっとろくでもない事なのでしょう。
 
 得意客とは言っていますが、別に私とマークは親しい間柄ではありません。仕事上の付き合いがあり、エイハムへの義理もある為に多少の軽犯罪に目を瞑ってやっているに過ぎないのです。そんなマークがわざわざ私の元へと足を運び、一体、どんなアドバイスを言おうと言うのか。幾つか候補が浮かび上がりますが、その全てがろくでもない事でした。
 
 「単刀直入に言いましょう。大事なのであれば、どうして自分の元に縛り付けないんです?」
 
 ― その大事なものとはラウルの事を指しているのでしょう。
 
 私にだって自分の元へとずっと縛り付けておきたい、と思う気持ちがない訳ではないのです。けれど、私などよりもエイハムのほうがよっぽどマトモで立派な人間と言えるのもまた事実なのでした。信頼一つしていない私の元で一生を過ごすよりも、信頼しているエイハムの元で暮らした方がよっぽど幸せでしょう。私がエイハムに抱くコンプレックスを自覚するようであまりそれを口に出したくはありませんが、私よりもエイハムの方が優れているのは否定できない事実なのですから。
 
 ― それに…――
 
 「自分自身のエゴで彼女を縛り付けても、一生、後悔し続けるだけですよ」
 
 所詮、恋や愛などと言っても、感情です。人の感情には鮮度がある以上、いずれ私の胸の痛みも風化していくでしょう。ですが、その後悔の証である彼女がずっと私の傍にいれば風化は許されず、永遠に自責の念からは逃れることが出来ません。死ぬまでずっと後悔を味わうくらいであれば、私は自分から身を引いたほうがよっぽど建設的であると思うのです。
 
 「そうやって自分を納得させてるだけじゃありませんか?」
 「そうかもしれませんね。でも、それがどうしたんです?」
 
 私はそれが正しいと信じているのです。それが正しかろうと正しくなかろうと問題はありません。とりあえず今こうして自分の意志を貫く大義がそこにあるのです。ならば、下手にあたふたをするよりはそれを貫こうとした方がよっぽどマシでしょう。少なくとも仕事上の付き合いでしか無いマークの言葉に惑わされ右往左往するよりは、頑固で盲目的であれど今の自分の正しさを信じたほうが心の健康的にも良いはずです。
 
 「やれやれ…意外と頑固ですね。いや…自分自身に自信がないと言うべきか。そんなに自分の事が信じられませんか?」
 「えぇ。信じられませんね。世界中の誰よりも」
 
 肩を落とすマークにそう返しながら、私は再びグラスに入った液体を嚥下しました。焼けつくようなアルコールはそのままグラスの中から消えてしまいます。それを確認した私は無言でグラスを磨いているマスターにおかわりを要求するのでした。
 
 「自分に一番、長い間付き合ってるのは私ですからね。その欠点も大体、把握しています」
 「だから、期待はしないと?」
 「出来る事と出来ない事をちゃんと理解しているだけですよ」
 
 試すようなマークの言葉にそう返しながら、私はカウンターに頬杖を突きました。そんな私の目の前でマスターが新品のバーボンの蓋をきゅっと開けるのです。ふっと店内に広がった独特の香りに身を委ねながら、私はそっと口を開くのでした。
 
 「…それより貴方に聞きたい事があったんですよ」
 「なんです?僕は今日、気分が悪いので依頼は請けたくないんですが」
 「…なんで拗ねてるんですか」
 「拗ねてません。折角、後押ししに来たってのに無駄になりそうで嫌な気分になってるってだけですよ」
 
 ― それが拗ねてるって言うんじゃないですか。
 
 そう言いたくもありましたが、つんと目線を逸らせる彼に何を言っても無駄でしょう。そんな彼に向かって一つ溜め息を吐きながら、私は無気力に口を開くのです。
 
 「じゃあ、ここからは私の独り言ですよ。…男性が女性に変わるって前例はあったんですか?」
 「……ありましたよ。この街でも一件だけ」
 
 ― 私の前に新しいグラスが置かれたのを見ながら、マークは観念したように口を開きました。
 
 「サキュバスの秘薬を疲労回復の薬に転用しようと研究していた研究者だそうです。彼…いや、彼女の残した記録によればサキュバスの魔力により、精の生産能力が破壊されたが故に魔物化がコレまでにない次元で進行したのではないか、との事です」
 「…ありえるんですかそんな事」
 「少なくともレアケースである事は確かでしょうね。サキュバスの魔力で魔物化…なんてこの街ではそう珍しい事じゃないですから」
 
 ― そう。広義の意味で言えばインキュバスに変わる事だって魔物化であるのです。
 
 サキュバスの魔力に犯され、その体組織が変わる事を魔物化と定義するのであればインキュバス化も同じです。女性のように急激に変貌する訳ではありませんが、通常の人間とインキュバスではその能力に大きな差が出ていました。細胞一つを観察してみても人間とは離れてしまったインキュバスもまた魔物の仲間であると言えるでしょう。
 
 ― そんなインキュバスがこの街には山ほど溢れていて…。
 
 早い内から新魔物領として活動していたこの街でさえ、二件しか発生していないレアケース中のレアケース。それが自分の大事な人に起こったかと思うと軽い頭痛を感じました。しかし、ここでマークが嘘を言う理由がありません。少なくとも、エイハムにもお手上げだっただけにレアケースであるというのは嘘ではないのでしょう。
 
 「…それで治す方法は?」
 「その研究者は無理だと報告書を打ち切っていましたね」
 「素人の思いつきですが、内部の精生産能力が破壊されたのであれば外部に外付すれば良いのでは?」
 「報告書の主も似たような事は考えたようですよ。でも…ね」
 
 そこまで言ってマークはそっと言葉を区切りました。そのまま彼はマスターに向かってカクテルを一つ注文したのです。一体、どんなつもりかは分かりませんが、彼が無駄なことをやるとは思えません。ここは大人しく待っておくべきでしょう。
 
 ― そう考える私の前でマークがそっと注文したカクテルを持ち上げるのです。
 
 「ここにはアルコールとジュースが混ざってますよね。これに新しくジュースを注ぎ込んでもカクテルはカクテルでしょう?」
 
 ― …なるほど。筋は通っていますね。
 
 確かに一度、混ざってしまったものの上から新しく追加しても、それの本質は変わりません。定義としては多少、変わるかもしれませんが、その中に『アルコールが混ざっている』という性質は不動だにしない。そう言われれば、納得できなくもありません。
 
 ― ですが…。
 
 「性質的には近づける事が出来るのでは…?別に1か0かしかない訳ではないんですから」
 「そうかもしれませんね。でも、この中に入ったアルコールがジュースをアルコールに変える性質を持っていたとしたら…どうです?」
 
 ― それはきっと魔物娘の身体の事を指しているのでしょう。
 
 魔物娘が内側に取り込んだ精は全て彼女らの魔力へと転換されるようになっているのです。その速度は実際にどれだけかは分かりませんが、人間の射精するスピードでは到底、追いつかないでしょう。実際、インキュバスと七日七晩セックスしている魔物娘もいると聞きます。そんな彼女らが魔物娘を辞める気配もありませんし、精で魔力を駆逐するのは現状の手段では不可能に近いと思っても良いでしょう。
 
 「まぁ、あのエルフの事情はまた複雑です。人間が魔物になるのではなく、エルフが魔物に…それも男から女に変わっている訳ですから。魔物化に抵抗していたのかは分かりませんが、その変化も遅遅としたものであったと聞いています。今がどんな状態なのかはっきりと分からない以上、下手に手出しするのは危険ですね」
 「そうですか…」
 
 ― まぁ…別に今更、ラウルの事を男性に戻そうと思っている訳ではないんですけれど。
 
 もし、彼女がそれを望んでいるのであれば、人を経由して伝える日が来るのかもしれない。そう思ったが故の質問でした。特に期待も何もしていなかったですし、空振りに終わったとも思いません。そう心の中で呟きながら、そっと冷たいグラスを持った瞬間、私は妙な違和感を感じたのです。
 
 ― …あれ?
 
 今のマークの言葉の中に聞き逃したものの、何か重要な要素があった。そんな気がしてならない私はグラスを手の中で弄びながら考えるのです。カラカラとグラスの中で氷が踊る音を数秒聞いた私は、頭の中で先の言葉を何度も咀嚼し、ようやくそれに思い至るのでした。
 
 「…『その変化も遅遅としたものであったと…』?って事は貴方、早い段階からラウルが女性であると知ってたんですか?」
 「えぇ」
 
 事もなさげにマークは応えますが、妙に納得がいきません。一体、彼がどんな情報の集め方をしているのか分かりませんが、私でさえ見破れなかった段階から気づいていたと言うことはプライバシーを損ねるレベルの調査もしていたのでしょう。しかし、彼は情報屋と学生という二足草鞋を履いた忙しい人間なのです。普通に考えれば、わざわざ無駄な情報を収拾しようとは思わないでしょう。
 
 「…もしかして以前から彼女のことを調べろという依頼でもあったんですか?」
 「それは答えられませんね。情報屋としては信用が第一ですから」
 「……なら、その信用を抱いたままブタ箱の中に突っ込んでやっても良いんですよ?」
 
 ― そこまで強気な言葉を紡ぐのは嫌な胸騒ぎを感じるからです。
 
 ラウルが女性であると以前から知っているのはエイハムくらいなものでしょう。ラウルを攫った挙句にボロ雑巾のようにされたあの魔術士も彼女の性別は知りませんでした。それなりにプロ意識を持ち、任せられた依頼はきっちりとこなそうとするマークが、知っている情報を下手に出し惜しみするとは思えません。少なくともあの魔術士がマークに情報収集を依頼したのであれば、彼があんな誘拐事件を引き起こす意味はなかったと言えるでしょう。
 
 ― 勿論、調べろといったのはエイハムの可能性もありますが…。
 
 ですが、あの男性はマークに直接、顔を見せる事はないそうです。仕事上でそれなりの付き合いがある私にマークの様子を聞いてくるほどなのですから。マークもまた自分の所業に後ろめたさを感じているのか診療所から出ていっているも同然ですし、この二人は恐らくラインで結ばれていないと思っても良いでしょう。
 
 ― それならば…一体、誰が?
 
 エイハムでもない。先の誘拐事件の黒幕でもない。それ以外の相手がラウルに興味を持っている。しかも、それは顔も真意も分からない相手なのです。存在しているかどうかすら分からない新しい第三者が、またラウルに害をなそうとしているのでは、と胸の内側で不安が渦巻き始めていました。
 
 「罪状はなんです?まさか僕が貴方の隣に座ったからではないでしょうね?」
 「脅迫や不正薬物売買その他諸々と罪は幾らでも作れますよ」
 
 ― 勿論、そんな捏造などバレてしまえば、私の首が文字通りの意味で飛んでしまうでしょう。
 
 つい先日、領主から直々に釘を刺された事を忘れてはいません。ここでまた下手を打てばこれ幸いとばかりに処刑されかねないのです。しかし、これから先を無為に生きていく事が確定している私の命など惜しくはありません。それよりもマークに彼女の調査を依頼した名も知らぬ相手のことを少しでも聞き出さなければいけないのです。
 
 「勿論、多少、捏造した所でそう重い罪にはならないでしょう。ですが、貴方の情報屋としての信頼はまさしく地に落ちる。そうなれば愛しい恋人の行方も分からなくなってしまいますよ?」
 「…相変わらず嫌な所を突きますね」
 
 私の挑発するような言葉にマークは溜め息を吐いて応えました。けれど、その目はまだ諦めている訳ではありません。絶対的に不利な立場なのを悟りながら、まだなんとかしようとしているのがその瞳から伺えました。まだ何か言ってくるかもしれない。そう身構える私の目の前で彼はそっと口を開くのです。
 
 「…少なくとも依頼主にあのエルフを害するつもりはない。…それで許しては貰えませんか?」
 「…名前は?」
 「言えません」
 「…女性ですか?」
 「……」
 「…魔物娘…ですか?」
 「……」
 
 ― そこで口籠ると言うことは…恐らく魔物娘ですか…。
 
 魔物娘がラウルの事を調べている。その理由は分かりませんが、多分、悪い理由ではないのでしょう。基本的に彼女らは人間の事が――様々な意味で――大好きで、身体的に害そうとはしません。今回の調査だってラウルに一目惚れした魔物娘が彼のことを調べてもらった…と考えれば、納得出来なくもないのです。
 
 ― そういえば…さっきの説明も手馴れていましたしね。
 
 一度、魔物化した相手から魔力を分離する方法。それもまた事前に調べていなければ、あんなに簡単に言葉に出来なかったでしょう。少なくともマークが一度、『それ』を調べているのは確実です。それが同一人物の依頼か、それとも別の人物の依頼だったのかは分かりませんが、彼が意図的に隠そうとしていない限り前者でしょう。
 
 「…嘘ではないでしょうね」
 「僕の恋人の名前に誓って、嘘じゃありませんよ」
 「…それなら信じますよ」
 
 彼にとってその恋人の名前がどれほど神聖なもので犯しがたいかを知っている私はとりあえず矛を収めました。しかし、まだ完全に納得できた訳ではありません。少なくとも私に伏せられている情報がある完全に信用するのは危険です。気を配りすぎるのは大変ですが、注意しておくに越した事はありません。
 
 「それよりも随分と必死だったじゃないですか。そんなに気になるのであれば強引に自分の物にしてしまえばいいのに」
 
 ― またその話ですか…。
 
 再び舞い戻った話題に思わず額を抑えたくなってしまいます。何せそれはついさっき平行線で終わった話題なのですから。ここでほじくり返されても、結局、またお互いの持論のすれ違いが起こるのは自明の理でしょう。
 
 ― それを分からないマークではないとは思いますが…。
 
 彼もあのエイハムの血を幾分、引いているだけあってとても優秀な男性です。通っている学校でも主席に最も近いと呼ばれ、常にトップの成績を取り続けているとエイハムから聞きました。実際にこうして相対している実感としてもマークが頭の悪いとは到底、思えないのです。
 
 ― それでも同じ話題を繰り返すということは…何か言わせたい言葉でもある…んですかね。
 
 こうして腹の探りをするのは苦手ではありません。読み合いは基本的に得意な分野なのです。しかし、今の気力が枯れ果てた私にはそれをする気力は残ってはいません。こんな回りくどい言い回しなどせず、言いたいことははっきりと言って欲しいのです。
 
 ― けれど、マークは私の言葉をずっと待っていて…。
 
 何処か期待の色を浮かばせる彼は唇を動かす気配がありません。どうやらよっぽど私に何かを言わせたいみたいです。それに内心、胸中で溜め息を吐きながら彼に向かって唇をゆっくりと動かすのでした。
 
 「そもそも、強引な手法で自分の物になってくれる訳ないじゃないですか」
 「なら…それがあれば多少は強引になれますか?」
 
 ― そりゃあ…確かにそんなのがあれば考えないでもないですが…。
 
 そんなティーンズ向けのエロ雑誌のような展開など現実にあろうはずもないのです。勿論、極限状態の二人が共依存状態に陥りやすい事は否定しませんが、それは恋には程遠い感情でしょう。少なくとも共依存で結ばれた相手を『自分の物』であるとは言えません。
 
 ― そんな事を考える私の前でマークは一つの錠剤を取り出して…。
 
 「これは僕が開発した新型の媚薬なんですけれどね。惚れ薬の効果もあるんですよ」
 「…はぁ。それは良かったですね。後、悪いことは言わないからエイハムの所に戻りなさい。貴方、疲れてるんですよ」
 「清々しいくらいに信じてませんね…」
 「当たり前です。て言うか、そんな都合の良い薬がいきなりぽっと出されて信じられる訳ないじゃありませんか。いや、ぽっと出されなくても信じられませんけど」
 「魔物娘なんて男にとって都合の良すぎる生物が山ほどいる世界で何を言ってるんですか」
 
 ― まぁ、それを言われると弱いのですけれど…。
 
 しかし、媚薬で惚れ薬なんてお手軽アイテム出されてはいそうですかと言えるほど、私は現実逃避出来ている訳がないのです。惚れ薬すら中々、実用化に向かわない世界でいきなり数世代は先に進んでいる新薬を出されても、警戒するのは当然でしょう。よしんばそれが実在しても彼は新薬と言ったのです。臨床実験前の可能性すらある薬をそう易々と使う気にはなれません。
 
 「まぁ、相手は魔物娘なんですからこんな薬なんて無くても押し倒せば二重の意味で一発だと思いますけど」
 「それは色んな意味で身も蓋もなくないですか…」
 
 確かにマークの言う言葉には一理あります。魔物娘がどれだけ男性にとって都合が良い生き物であったとしても、人間の天敵であった過去は変わりません。人間などでは及びもつかないほどの身体能力差が人間と魔物娘の間には依然、存在しているのです。そんな彼女らが嫌いな相手に身体を易々と許すはずがなく、大人しく犯されている時点で憎からず思われているという事でしょう。
 
 ― ましてそれがラウル相手であれば尚更でしょう。
 
 私に似て他人嫌いで、警戒心も強く、刺々しい態度を取る事も少なくない彼女が身体を許す相手なんて本当に心を許した相手だけでしょう。それ以外の男性が彼女を押し倒した所で魔術で切り刻まれるに決まっています。そういう意味では確かに一発で問題解決と言えなくもありません。――そんな事をやればまず確実に私の命がなくなるであろうと言う事に目を瞑れば。
 
 ― それにしても……。
 
 「なんで貴方はそんなに私と彼女をくっつけたがるんです?貴方にメリットはないはずですが」
 
 ― そう。それが問題です。
 
 前述の通り、私とマークは特に親しい間柄という訳ではないのです。お互いに協力関係にあるだけで何時、それが崩れてもおかしくないのが現状でしょう。そんな彼が純粋に私の事を思ってこんな事をするはずがないのです。そもそも情報屋である彼が自発的に情報を教えに来るという異常な事態に警戒心を抱かないのは馬鹿としか言えません。
 
 ― さっきから様子も変ですしね。
 
 明らかに私を何処かへ誘導しようとしているマークは普段の理路整然とした様子がありません。慣れない事を必死でやろうとしているからでしょうか。何処かその言動には矛盾を孕んでいるのです。普段のマークはアルコールを摂取し、頭の動きが鈍くなった私にさえ見抜かれるような矛盾を会話には混ぜません。人を誘導するにしても、もっと上手に思考誘導するのです。
 
 「僕にも色々と退っ引きならない事情ってものがありまして…まぁ…それは貴方に口外出来ないものなんですけれど」
 「ですけれど?」
 「…貴方に僕と同じ轍を踏んで欲しくない…てのも正直な所ですよ」
 
 ― その言葉は苦渋に満ちていました。
 
 苦々しいその言葉はマークの胸に未だぽっかりと穴が空いたままなのを感じさせました。しかし、それは私の胸に空いたものとは似ているようで異なるように思えるのです。私が失恋したばかりであり、彼が恋人を失って既に一年が経過しているからでしょうか。その顔には私が見て取れるだけでも、後悔と悲しみと…そして諦観の色が浮かんでいたのです。
 
 「似たようなことをさっきも言いましたけど…大事なものは手元に縛り付けてでも置いておかないと護れませんよ」
 「それは…」
 
 マークの実体験を伴った言葉を私は否定することが出来ません。確かに彼の言うことは分からなくもないのです。実際、彼はそれで恋人を失ってしまっているのですから。そして、それ以上に…マークの言葉に魅力を感じる自分がいるのも否定出来ません。どれだけ言い繕っても、諦めたと言っても、私はまだ未練がましく彼女のことを想っているのでしょう。
 
 ― ですが…私は…。
 
 それをもう破棄してしまった立場の人間なのです。どれだけ彼女を護ろうとしても、過去は変えられません。彼女を突き放した手はもう戻らず、エイハムに丸投げをした後なのです。今更、どの面下げてラウルを手元に置きたいなどと言えるでしょうか。
 
 「さっきも言いましたが、貴方はまだ取り返しのつかない訳ではないでしょう?プライドを投げ捨てれば…まだ間に合いますよ。…僕とは違って…ね」
 「……」
 「言いたいのはそれだけですよ。一人で飲んでる所に邪魔して申し訳ありません」
 
 マークの言葉が胸の中で反響し、何も応えられない私の横でそっとマークが椅子から腰を下ろしました。何時の間にかテーブルの上にはカクテル一杯分とは到底、思えない額が置いてあります。きっとこれはこの場にいる第三者――つまりマスターへの口止め料という事なのでしょう。
 
 「それでは…また。あ、今回の情報料は英雄殿へ取り入る意味でサービスしときますよ」
 
 最後の最後まで嫌な台詞で締めくくろうとするマークの背中を私はじっと見つめます。何処か煤けたようにも感じるその背中は思ったよりも小さいものでした。きっとその肩に少なくないものを背負い続けているからでしょう。とても二十前の青年とは思えないほどの疲れた背中は私に言葉を紡がせるのです。
 
 「…マーク。これはただの忠告ですが…今度、エイハムの所に顔を出しなさい。貴方は少しくらい休んでも良い筈だ」
 「…休んで彼女が帰ってきてくれるならそれも考えますよ」
 「ですが…それだけ必死に情報を集めても生死すら分からないままなのでしょう?」
 「……」
 
 ― それは残酷な言葉でしょう。
 
 下手をすればマークを再起不能にしかねないほど残酷な言葉は少なくとも彼を利用してきた私が言えるものではありません。ですが、そんな私にそれを紡がせるほど、今のマークの身体は虚ろでした。今にも倒れて霧のように消えてしまいそうだ、と馬鹿な事を私が考えるほどマークの身体はボロボロになっているのです。
 
 ― そんな彼に必要なのは優しい慰めの言葉ではなく…。
 
 一年の間の成果を褒め称える言葉でもありません。マークに必要なのは恋人であるエンジェルの所在か、残酷なまでに事実を突き付ける言葉だけです。どうあがいても前者を用意できない私にとって、マークに言ってやれるのは後者しかありません。
 
 「一年間…貴方は良くやったと思いますよ。ですが、結果は伴わなかった。それはもう彼女が…」
 「言うな!!!」
 「貴方だって分かってるはずだ。これ以上、情報を集めても恋人の足取りは追えない、と。それならいい加減、足を洗ってエイハムを安心させてやりなさい」
 「言うなって言っているだろう!!!」
 
 ― 振り返ったマークの瞳は血走っていました。
 
 元々、寝不足気味で充血していた瞳が殺気と怒りに満ちて赤く染まっているようにも見えるのです。しかし、私はそんな瞳を前にしても怯むことはありません。どれだけこの街で情報屋として活躍し始めていると言ってもマークはただのひ弱な学生です。30過ぎのおっさんとは言え、日頃から身体を鍛えている私に喧嘩で勝てるはずがありません。
 
 「そんな正論、僕だって分かってる!だけど、それでも諦められないからこうしているんだろう!!」
 「マーク…」
 「それに…っ!諦めろ、なんて彼女を見つけられなかったアンタにだけは言われたくはない!!!」
 
 その言葉を捨て台詞のようにしてマークの身体が扉の向こうへと消えて行きました。バタンと力任せに閉じられた扉に私は一つ溜め息を漏らします。彼は私の言葉を正論と言いましたが、マークの言葉こそ非の打ち所のない本当の正論でしょう。結局、彼の恋人を見つけてやれなかった私が偉そうに言える問題ではなかったのです。
 
 ― まぁ…予想通りと言えば予想通りなんですけれどね。
 
 私の言葉が誰かに届くはずがありません。勿論、誰かを救う事も、護ってやる事も。そんな事は他の誰でもない私自身が一番、良く知っているのです。
 それでも…それでも私の言った言葉が彼の悲壮な覚悟を砕く楔になれば良い。そう心の中で願いながら、私は水滴の浮かぶグラスをもう一度、傾けるのでした。
 
 「…僭越ながら一言、言わせていただければ」
 「…ん?」
 
 冷たいのに、熱い。そんな矛盾を孕んだ液体を井の中へと流しこむ私の前で今まで無言を保っていたマスターがそっと口を開きました。「ちょび髭」という形容詞がぴったりなヒゲとオールバックにした黒髪を揺らす彼はマークの置いていったグラスを手際よく洗っています。その視線は私を捉えず、手元に注がれていました。そんな彼の姿を私は珍しいと思いながら見ていたのです。
 
 ― まさかマスターが会計以外で無駄口を叩くなんて…明日は槍でも降りますかね。
 
 この店はムーディな雰囲気を漂わせているのに、その主人である男性は寡黙であると有名であったのです。その雰囲気の良さとマスターの寡黙さからカップルでの利用が多い店でした。一人の時は静かに酒が飲みたい私にとってもマスターの寡黙さは有り難く、良くここに通っていましたが、その間に私とマスターの間に世間話が交わされた事は一度だってないくらいなのです。
 
 「お客様は少々、ご自分で視野を狭められていると思います」
 
 ― そんなマスターの漏らした言葉は予想外なものでした。
 
 確かに私の視野は決して広くはありません。主に私の視線が向けられているのは大事なものとどうやったら面白くなるかの二つが重点的です。それ以外のものは仕事以外ではあまり視界に入らず、意識もしていません。そんな私が視野が広いとは、口が裂けても言えないでしょう。
 
 ― でも、どうしてそんな話を?
 
 てっきり先の「お説教」に関するお叱りを貰うのかと思っていたのです。展開や文脈的にもその方が自然だったでしょう。しかし、マスターは店内で喧嘩になりかけていた私を叱らず、寧ろ何かしらのアドバイスをくれようとしているのです。それが不思議で仕方なく、私は内心、首を傾げました。
 
 「自分以外の立場に立って、記憶を思い返すとまた色々な発見があるものです。僭越ながらお客様の視点には偏見が強いと感じますから、そのような事を習慣付けるのは如何でしょうか?」
 「習慣…ですか…」
 
 ― 確かに悪くはないと思いますが…。
 
 しかし、完全に相手の立場に立つ事なんて不可能なのです。その行為全てが無駄とは言いませんが、今更、そんな事をした所で何になるでしょう。そう思う気持ちもなくはないのです。
 
 「さっきの件にしても…そのようにしてお客様が自分を責める理由はなかったと思います」
 「…そのつもりはないんですけれどね」
 
 ― マスターの言葉に私は頬を人差し指でそっと掻きました。
 
 マークの言葉が正論であるというのは事実です。私は彼に偉そうな口をきけるような立場ではないのですから。寧ろマークの恋人を見つけてやれなかった私は彼に恨まれても仕方がない立場と言えるでしょう。それは客観的な事実であり、自責云々とはまた別の話であると思うのです。
 
 「それでも…私の目からはそう見えます。…お客様はもう少しご自分に自信を持って良いと思いますよ。そうすればまた見えてくるものも違ってくるのではないでしょうか」
 「自信…ねぇ」
 
 ― まぁ…客観的に見れば私は勝ち組って奴なんでしょうけれど。
 
 30過ぎで中隊長の座に就いた私は出世街道を進んでいると言っても過言ではないでしょう。細かい事件であればもみ消せる程度の権力を持ち、あの大きな家を維持するのだって不可能ではない額を受け取っています。この街に居を構える一握りの豪商たちと比べれば霞んではしまいますが、客観的に見ればそれなりに成功している部類であると言えるでしょう。
 
 ― それに中身が伴ってないのが問題…いや、こういうのがいけないんですね。
 
 自然の胸の内から出てくる自嘲を揉み消しながら、私は思わず自分に苦笑を浮かべました。確かに今まであまり自覚がありませんでしたが、後ろ向きと言われれば後ろ向きです。この流れでわざわざ自己批判をするのは健全な思考とはあまり言えないのですから。
 
 「まぁ…考えてはみますよ」
 「…有難うございます」
 
 私の言葉にマスターはそっと頭を下げました。アドバイスをくれたのは彼の方なので、お礼を言わなければいけないのは私です。しかし、それを口にする前にマスターは仕事へと没頭し始めました。そんな彼にお礼の言葉を口にしても集中を途切れさせてしまうのではないか。そんな言葉が脳裏を過ぎってしまい、お礼の言葉を口には出来ませんでした。
 
 ― …にしても…存外、重症だったみたいですね。
 
 マークだけでなく今まで沈黙を護り続けたマスターにまで、こうやってアドバイスをされるくらいに今の私は酷い顔をしているのでしょう。ここ最近は忙しく、鏡を見る機会なんてありませんでしたが、自暴自棄に近い心理状態であった事は否定出来ません。その心理状態が恐らく顔つきにも現れていたのでしょう。
 
 ― …まぁ…生き残ってしまった訳ですしね。
 
 戦争はもう終わり、私の手元には何も残りませんでした。大事な人も、唯一の親友も、信頼できる部下も…何もかも消え失せて、私の手からこぼれ落ちてしまったのです。なら…死んだ気になって再出発するのにはそう悪い条件ではないのではないでしょうか。
 
 ― 勿論、今すぐ変わるのは無理な訳ですけれど。
 
 しかし、うじうじしてるよりも多少は前向きになって胸の痛みと向き合ったほうが健全です。勿論、向き合った所でぽっかりと空いた穴がなくなる訳ではありません。しかし、何時までも無気力のまま流されるように過ごし続けるよりは幾らかマシなはずです。
 
 ― なら…まず…手近な所から変わっていきましょうか。
 
 「…有難うございますね」
 「いいえ。出過ぎた真似をして申し訳ありません」
 
 ― そのキッカケをくれたマスターに私はようやくお礼の言葉を言えました。
 
 それに微かな満足感を感じながら、私はそっとグラスを傾けるのです。さっきまで無味乾燥的であったその液体は私の身体の中を熱くし、少しだけ気分を高揚させてくれました。落ち込んだ気分が多少、上向いたからでしょうか。今までどれだけ飲んでも酔った気にならなかった身体の突然の変化に私は戸惑いながら、思わず笑みを浮かべるのでした。
 
 ― まぁ…これだけ酒が回れば、眠れそうですね。
 
 今までのアルコールが一気に身体中に回ったような感覚。それを味わいながら私はそっと胸元の財布へと手を伸ばしました。このまま飲み続けて潰れるのも悪くはありませんが、流石にそれはマスターに多大な迷惑をかけてしまうのです。キッカケも貰えた事ですし、今日は大人しく家に帰って明日に備えるべきでしょう。
 
 「マスター。代金、ここに置いておきますね」
 「何時も有難うございます。お気をつけて」
 
 マークを見習って少しばかり多めの金額を置きながら、私はそっと席を立ちました。その背にマスターの声が掛かるのを聞きながら、私はそっとバーの扉を開きます。瞬間、冬の寒い空気が入り込み、酒気で温まった身体を小さく震えさせました。微かに震える手をポケットの中に突っ込んだ私はそのまま冬の夜空の下へと足を進めるのです。
 
 ― しかし…随分と人が少なくなりましたね。
 
 街行く人々は本当に疎らで、その顔も幸せ一杯とは言い切れない者が多いのです。戦争が終わったとは言え、その傷跡はまだ人々の中に残っているのでしょう。見せつけるように腕を組むカップルも無理して明るく振舞っているように見えるほどでした。つい数週間前には人が減ってはいても幸せそうな顔が殆どであったのに、まるで世界が変わってしまったかのようにも見えるのです。
 
 ― …まぁ、それは私も同じですか。
 
 つい数週間前――ラウルと一緒に出かけていた時はそう悪い気分ではなかったのです。幸せ…と言い切るには少しばかり足りないですが、楽しかった事は否定出来ません。ですが、私の隣にはもうラウルはおらず、楽しいとは口が裂けても言えないような気分です。それに溜め息が漏れそうになるのを堪えながら、私は冬の街を自宅へと向けて歩いて行くのでした。
 
 ― …あれ?
 
 そんな私の目の前にようやく我が家の壁が見えてきました。しかし、その瞬間、私は強い違和感を感じて足を止めてしまったのです。数週間近く放置していたとは言え、我が家に特に変化はありません。ですが、問題はその窓から光が漏れているという事で――。
 
 ― …まさか…。
 
 唐突に嫌な予感を感じて私の足は踵を返したくなりました。別に泥棒であれば問題はないのです。家に置いてあるのはそれほど価値があるものではありません。貴重品は全て身に着けて歩く主義の私にとって、家に置いてあるのは貴重な品ではないのです。
 ですが、泥棒でなければ――いえ、もっと具体的に言えばラウルであれば話は変わってくるでしょう。ついこの間、アレほど酷い言葉を投げかけたのです。幾らなんでも無いとは思いますが、もし、ラウルであれば私は――。
 
 ― …逃げる…いえ…それも無駄でしょうね。
 
 私は別に今日、家に帰るだなんて一言も言っていないのです。もし、あの光をラウルがつけたものであるとすれば、彼女は未だあの家に住んでいるということでしょう。ならば、ここで逃げた所で結果は変わりません。いずれはあの家に帰らなければいけない以上、ラウルからは逃げられないのです。
 
 ― それに…盗人の可能性も否定できませんし…ね。
 
 仮にも私は警備隊の中隊長なのです。それなりの地位にある私が盗人相手に逃げたなんて噂が立てば、警備隊の面子も丸潰れでしょう。それにもしラウルであっても、彼女を追い出さなければいけないのです。ここは多少、辛くとも突入するしかありません。
 
 ― やれやれ…酔いも覚めてしまったじゃないですか。
 
 心の中でそう呟きながら、私は装備をそっと確認しました。何時もの大量生産品レイピアは私の腰にしっかりとあります。警備隊の制服ではありますが、流石に以前のようなスローイングダガーは仕込んではいません。代わりと言っては何ですが、下手な武器よりも凶悪な鋼仕込みの靴は健在です。脳裏に浮かべた術式も酔いの影響が見られません。とりあえずそこらのチンピラレベルであれば束になってかかっても、負ける事はないでしょう。
 
 「<<エアリアル>>」
 
 そこまで確認してから私はそっと風の魔術を発動させました。物体に浮力を与え、重さを軽減する運搬用の魔術を制御し、私はそっと家の方へと近づいて行きます。視界いっぱいに広がる我が家の姿を私は見つめましたが、特に異常は見当たりません。防音性の高さも売りの壁に耳を澄ませてもきっと無駄でしょう。少々、危険ですが、ここは正面から突入するしかありません。
 
 ― そう思った私は物音を立てないようにゆっくりとドアノブに手を掛け…。
 
 そのまま引っ張ると殆ど音を立てないまま、扉が開きました。そっと中を伺いましたが、廊下に人の姿はありません。しかし、その先にあるリビングには確かに人の気配を感じるのでした。念の為、周囲を警戒しながら私はそっと廊下へと足を進めていくのです。
 
 ― さて…と。
 
 鬼が出るか蛇が出るか。ジパング特有の言い回しを胸中に浮かべつつ、私はそっとリビングと廊下を分かつ扉を開いていくのです。合間からゆっくりと差し込んでくる光が目へと飛び込んでくるのを感じた瞬間、私は見覚えのある顔を見つけてしまったのでした。
 
 ― どう…して…。
 
 困惑と怒り。期待と虚しさ。そんな感情が胸の穴から湧き上がり、私の内側を染めていくのです。行き場のない鬱屈した感情がグワングワンと思考を揺らすのを感じた瞬間、『それ』は私に気づいたのでした。
 
 「あ、ハワード。おかえりなさい」
 
 ― 輝かんばかりの笑顔を浮かべた『それ』はフリルが沢山ついた薄緑のロングスカートを揺らしながら、私に近づいてきて…。
 
 「お外寒かったでしょう?すぐにコーヒーを淹れるから待っててね」
 
 ― 薄紅色のシャツから伸びる腕が私の手を取って、誘導するようにリビングへと誘いこむのです。
 
 「あ、それともお腹空いてるかな?今日は貴方の大好きなクリームシチューだからね。もう出来てるから先に食事にしよっか」
 
 ― そう言って純白のカーディガンを羽織った『それ』はキッチンへと歩き出し……。
 
 「もう。何してるの?ぼうっとつっ立って。そんな風に立っててもシチューは逃げないわよ。ちゃんとテーブルに座って待ってなさい」
 
 ― ポニーテールを揺らして振り返りながら、私にそう笑いかけてくるのです。
 
 それは異常な光景でしょう。いえ、異常でなければいけない光景なのです。『それ』――ラウルがこの家にまだ残っているのは私だって予想していました。けれど、そこには何の悲嘆もなかったのです。それどころか彼女の顔には幸せそうな笑みさえ浮かんでいました。まるで何事もなかったかのように――そして最初からそれが『当然』であったように口調さえ変えて、ラウルはそこにいたのです。
 
 「……ラウル」
 「なぁに?やっぱりコーヒーが先の方が良かった?そっちも準備してるからもうちょっと待っててね」
 
 純白のカーディガンを揺らしながら、ラウルはくるくると深鍋をかき混ぜていました。そのままお玉で掬い上げたシチューをそっと横に置いた皿へと注いでいくのです。瞬間、辺りにドロドロに溶け込んだ野菜とクリームの優しい匂いが広がるのでした。食欲を唆るその匂いに最近マトモに食事を摂っていなかった私の胃が空腹を訴えます。
 
 「はい。出来上がりっと」
 
 ぐぅと小さな唸り声をあげた胃を刺激するようにラウルが二つの皿をテーブルへと運びました。そのまま彼女は棚から二つのスプーンを取り出し、席へと戻ります。そのまま自分の前に一つ、私の前に一つスプーンを置いて、機嫌良さそうに口を開くのでした。
 
 「さぁさ。早く席に着いて、食事にしましょう?私だってお腹ペコペコなんだからね」
 「……」
 
 ― 彼女の笑顔に誘われるように私はテーブルへと近づきました。
 
 一歩二歩と勝手に動く足を私は止める事が出来ません。本来、それは止めなければいけない事だったのでしょう。だって、今、私がいるこの状況は何もかもがおかしいのです。陳腐な言い回しではありますが、まるで異世界に迷い込んだような錯覚さえ覚えるのですから。本来はその事について言及するのが先なのでしょう。
 
 ― けれど…この世界はとても優しくて…。
 
 もう手に入らないと思っていた現実。それがここにはあるのです。自分の手で壊してしまったifがここには確かに残っているのです。だけど、それは触れれば壊れてしまいそうなくらい、儚いものでした。だからこそ、私はそれに触れる事を恐れ、状況に流されたい…とそんな事を考えてしまうのです。
 
 ― そして…私の身体は吸い寄せられるように椅子へと座り…。
 
 「ほら、今日は力作なんだからね。しっかり味わって食べてよ」
 
 ― ラウルが笑顔を浮かべて、スプーンを握るのです。
 
 そのまま「頂きます」と食事の挨拶をするラウルの前で私の身体は固まってしまいます。最低限の『栄養補給』しかしてこなかった胃は目の前の美味しそうなシチューを欲していました。けれど、この異常な状況に思考を停止してしまった私はシチューを口に運ぶ事も出来ず、ずっと椅子に座ったままであったのです。
 
 「ん?食べないの?」
 「……」
 
 一口二口とシチューを口に運んでいたラウルの手がそっと止まりました。その視線が私の事を心配してくれているのだと教えてくれます。けれど…そこに浮かんでいるのは心配だけではありません。そこには確かに『怯え』の感情が含まれていたのです。
 
 ― …あぁ、やっぱりそうなんですね。
 
 私の中に残っていた夢見心地が吹き飛んでいくのが分かります。今のこの状況は…別に異世界でも夢でもなんでもありません。紛れも無い現実なのです。つまり…私がラウルを傷つけた事も、追い出した事も、決して消えてはいません。ただ…ラウルがそれをなかったかのように振舞っているに過ぎないのです。
 
 ― …なら…私に出来る事なんて一つじゃないですか…。
 
 そう心の中で呟いて、私はそっと目の前の皿を持ち上げました。白地に薄緑で模様が描かれているそれは二人で――ラウルと一緒に選んだものです。そこそこ大きめの平皿は汎用性が高く、シチュー以外にも様々なラウルの料理を受け止めてくれました。半年間にも及ぶ生活の思い出がしっかりと刻み込まれているそれを持ち上げた瞬間、ラウルの表情に安堵が浮かんだのが分かります。
 
 ― だからこそ、私はその皿を床へと落としました。
 
 「あ…」
 
 ガシャンと耳障りな音と共に皿が割れたのを感じます。勿論、中にいれられていたシチューもまた床へと広がっているのでしょう。けれど、私はそれに視線を向けません。ただ、じっと目の前のラウルの表情を――今にも泣き出しそうなその顔を見つめるだけでした。
 
 「し、シチューは気に入らなかった?だ…だったら今から作り直すね。ハワードは何が良い?なんだって作ってあげる」
 「…ラウル」
 「ど、どんな料理だって…い、今は無理でも、頑張るよ。絶対、ハワードの期待に応えてみせる…から!だから…」
 「…ラウル…!」
 
 ― 強い語気を込めた私の言葉にラウルはついに泣き出しました。
 
 くしゃっと顔を歪めて、ボロボロと大粒の涙を流す顔は出来ればもう二度と見たくないと思っていたものでした。けれど、私は一度、突き放した責任を負わなければいけないのです。どれだけ優しい嘘を前にしても…それだけは決して忘れてはいけません。例え、前向きになると決めたからと言っても、過去を投げ捨てる訳にはいかないのです。
 
 「いやだ…!いやだいやだいやだいやだ…!わ、私はお前の傍にいるんだ…!ずっと…ずっとずっとずっとずっと…!!」
 
 『素』の口調に戻ったラウルが、だだっ子のように頭を振ります。その姿は本当に子どもそのものでした。エルフとしてのプライドも何もかも投げ捨てて、感情を露わにする姿に胸が張り裂けるような痛みを感じます。
 
 ― けれど…それは依存でしかありません。
 
 彼女が抱いている感情は決して色恋のような艶っぽいものではないのです。ただ、私に父親の像を重ねて、依存しているに過ぎません。今まではそれで問題はなかったですし、私も問題にしようとは思いませんでした。ですが、ラウルがエイハムの事を好いている以上、この歪な関係を続けていく訳にはいきません。どれだけ辛くともそれを絶ち切ってやらなければいけないのです。
 
 「な、何だって…何だってするから…!エッチな事でも何でも…何でもする…からぁ…!」
 「っ!!」
 
 ― しかし、その覚悟も彼女の言葉で大きく揺らぎます。
 
 エルフの口から飛び出たとは思えない性的な言葉に私の胸は大きな興奮を灯すのです。反射的にラウルの方へと伸びかけた手を抑えながら、私は大きく息を吐きました。そうしなければ一度は否定したはずの欲望が湧き上がってしまいそうだったのです。
 
 ― その脳裏に浮かぶのはマークの一言です。
 
 「押し倒せば二重の意味で一発だと思いますけど」という馬鹿馬鹿しいにも程がある言葉。ですが、今、私はそれに大きく揺れ動いていました。無理矢理だなんて趣味ではない…とは口が裂けても言えませんが、現実にやろうとは思いません。だからこそ、あの場ははっきりと否定したのです。けれど…実際にラウルを前にするとまた状況というやつは異なってしまうのでしょう。まるで『それ』を望んでいるようなラウルの台詞の所為で欲望が大きくその勢力を広げていっているのでした。
 
 ― 私は…私…は……。
 
 否定しなければいけない。拒絶しなければいけない。そんな事は私にだって分かっていました。ですが、分かっているはずの身体はまったく動いてはくれません。まるで全身が鉛に変わったように硬直し続けていたのです。
 
 ― そんな私の手をラウルが取って、自分の胸へと導き…。
 
 「な、なぁ…私の胸…結構、育ったと思わないか?そんなに確かめた事はないけれど…でも、男の胸よりは柔らかいし楽しめると思う…ぞ」
 「う…」
 
 薄桃色のシャツ越しの胸の感触はあまりにもストレートに私の脳へと突き刺さりました。きっと下着を身に着けていないのでしょう。初めてラウルと腕を組んだ時と変わらない感触が敏感な手のひらに伝わってくるのです。それだけで興奮が燃え上がり、私の体温をさらに高くしました。
 
 「わ、私は知らないけど…でも、ニンゲンはもっと淫らな事を魔物としているんだろう…?だ、だったら…それ…全部しても良い…から。ううん…お、お前なら…ハワードならして欲しい…から…」
 「っ…!」
 
 ― 好きな相手にそこまで言われて我慢出来る相手が何処にいるでしょうか。
 
 途切れ途切れの誘惑の言葉は普通の女性でも恥ずかしいものでしょう。まして相手は潔癖症で有名なエルフなのです。そこまで言われて尻込みするなんて男が廃ると言う気持ちはない訳ではありませんでした。
 ですが、彼女のそれは依存であり、偽物でしかないのです。ラウルが本当に恋焦がれているのがエイハムである以上、私が据え膳を喰って良い訳がありません。そんな事をしても皆、不幸にしかならないのですから。
 
 ― だから…私は…っ!
 
 「…ラウル…貴方のそれは…依存です。私に父親を重ねてるだけなんですよ」
 「依存で…依存で何が悪い!!」
 
 ― 私の言葉に爆発したようにラウルは叫びました。
 
 感極まったようなそれは涙声と共に私の胸に突き刺さります。もう二度と抜けない刺のような痛みが私を襲い、ズキズキとした鈍い痛みを身体中に広げました。思わず奥歯に力が篭るほどの鈍い痛みを私が堪えている間に彼女は再び口を開くのです。
 
 「確かに…確かに私はお前にお父様を重ねているかもしれない!だけど…だけど、それならっ!全部、お前のものにしてくれても良いじゃないかっ!身も心も全部、奪ってやるってどうして言ってくれないんだ!!」
 「それは…っ!」
 
 ― 私だって言えるものであれば言ってやりたいのです。
 
 ですが、それをするのは私ではなくエイハムの役目です。私はあくまで代替品でしかなく、エイハムはラウルが心から信頼している相手なのですから。そんな言葉を言った所で関係がややこしくなるに決まってます。
 
 ― そう怖気づく私の前でラウルが決意の色を強くしていって…。
 
 さっきまで流れていた涙は止まり、ラウルの瞳が真正面から私を射抜きます。そこには自棄にも近い覚悟が溢れていました。腹を括ったのか、或いは自棄になったのか。どちらとも判断しづらい表情のままラウルは再び口を開くのでした。
 
 「私は…もう我慢するのをやめるぞ…!私は…私はお前に全部、奪って欲しい…!他の誰でもないお前自身に…私の全てを染め上げて欲しいんだ…っ!」
 「…………え?」
 
 ― それは正直、理解の出来ない言葉でした。
 
 いえ、より正確に言えば理解したくない言葉と言った方が正しいのでしょう。だって、それは今までの私の覚悟とか涙とか、その他色々が全て水泡に帰す言葉であったのですから。理解したくないと思っても仕方が無いでしょう。けれど、そんな私の気持ちとは裏腹にラウルは再び強い覚悟を浮かべて、口を開くのです。
 
 「私は…私は…っ!お、お前が好きだ!例え…依存だと言われても私はお前のことを愛してる!」
 「……え?え……あ…え?」
 
 ― 追撃の言葉にさらに困惑が深くなっていく私の前でラウルがガタンと椅子から立ち上がり…。
 
 そのままテーブルを横切って、私の横へと立つのです。それを呆然と見上げる私の頬をラウルの両手が捕まえました。いきなりの行動と困惑で反応出来なかった私に向かって、彼女はそのまま顔を近づけてくるのです。
 
 「…ちゅ…」
 「んん…!?」
 
 私の視界の中で彼女の瞳が見切れる瞬間、ラウルがそっと瞳を閉じるのが見えました。そこでようやく私はラウルがキスをしようとしていると気づいたのです。しかし、そこで気づいても時既に遅し。吸い込まれるように近づいた彼女に私の唇は奪われてしまうのでした。
 
 ― そのままたっぷり数秒ほどお互いに固まって…。
 
 理解の出来無い状況に固まる私と必死で息を止めるラウル。お互いに微動だにしないまま、数秒の時間が経ちました。勿論、その間に彼女の唇が私の唇の中へと入り込むことはありません。ただ、お互いの唇を合わせるだけの単純故に優しいキスをし続けるのです。
 
 「ぷあ…っ!どうだ!!いい加減、分かったかこのヘタレめ!!」
 
 大きく肩で息をしながらラウルは私に向かって指を差しました。その顔は林檎もかくやと言わんばかりに真っ赤になっています。息を止め続けたが故か、それとも興奮、或いは羞恥か。どれとも言い切れない表情のまま、彼女はそっと胸を逸らして勝ち誇るのでした。
 
 「…いや、その…」
 「……わ・か・っ・た・か!?」
 「…分かりました…よ」
 
 ― 顔を真っ赤にしてこちらに迫ってくるラウルに私はそう言うのが精一杯でした。
 
 キスまでされて現実逃避をするほど私の頭は都合よく出来てはいなかったようです。視界いっぱいに顔を広げるラウルの勢いに逃げ場を失った私はそう言うしかありませんでした。また流されている自分に心の何処かで自嘲の笑みをうかべましたが、それ以上に鮮烈な唇の感触が私の心を支配しています。
 
 ― …柔らかかった…です…ね。
 
 勿論、私は男性相手にキスなんてしたことがありません。しかし、それでも自分の物と比べて彼女の唇は瑞々しく、そして柔らかいものです。ささくれだった私の唇に吸い付くようにも感じたその感触はもう一度味わってみたいと思うほどに魅力的でした。
 
 「ふぅ…まったく…このニブチンめ。あれだけ分かりやすくアピールしてたっていうのに…」
 「……いや…鈍いのは否定しませんけど…私達の場合、色々と状況が特殊過ぎると主張したいんですけどね…」
 
 ― キスの感触を反芻しながら、私はなんとかそう返す事が出来ました。
 
 そもそも私はついこの間までラウルが女性であることを知らされていなかったのです。ずっと男性であるとフィルターを掛けていた状態で彼女にアピールされても困惑するだけでしょう。その上、女性であることを知らされてからは戸惑いを解消する暇もなく、エイハムと邂逅したのです。私にも少なからず原因があるのは否定しませんが、それ上に心の整理も出来ないまま目まぐるしく変化していった状況の方が大きいでしょう。
 
 ― …あぁ、状況と言えば…一つ聞かなければいけない事があるのです。
 
 「…それで…私に相談せずにエイハムに相談したのはどういう理由からなんですか?」
 
 ― その事についてはまだ何も解決していません。
 
 彼女の言葉が完全に嘘であったと私はもう思ってはいません。潔癖症のエルフにキスまでさせたのです。その覚悟は人間のプロポーズに匹敵するといっても過言ではないでしょう。
 けれど、それならそれでまた私は納得が出来ないのです。そこまで私の事を好いてくれているのであれば、どうして先に相談してくれなかったのか。その嫉妬混じりの言葉はどうしても否定出来ません。
 
 「以前にも言ったが…お前に相談したら…嫌われると思ったから…」
 「…では、どうしてエイハムに?貴女と彼には殆ど接点はなかったはずでしょう?」
 「お前と暮らし始めて少ししてからあの医者が手紙をくれたんだ。顔を合わせなくとも相談に乗れそうであれば乗ってくれるって…」
 
 ― そこまで言って、ラウルは気まずそうに目を伏せました。
 
 確かに私はラウルに毎朝の郵便確認を任せていました。だからこそ、私がその手紙に気づくことはなかったのでしょう。そこまでは…そこまでは納得が出来ます。ですが、その手紙の事を私は何も聞いてはいません。普段、どうでも良い世間話はしていたのに、どうしてそんな重要な話をしないのか。その事についてどうしても引っかかりを覚えてしまうのです。
 
 「どうしてその手紙のことを黙ってたんですか?」
 「黙ってるつもりはなかったんだ。だけど…手紙を受け取ったのは誘拐事件の後で、お前が家に帰って来なかったから…」
 「…機会がなかった…と」
 
 ― 確かにそれなら筋は通ります…か。
 
 確認は必要ですが、分からないでもありません。誘拐事件から領主が来訪した日までの空白の期間。その間にエイハムの耳にも誘拐事件の事が入ったのでしょう。あの変な所でお人好しの薬剤師はその時に味わったであろうラウルの苦しみを少しでも軽減しようと手紙を出した。そう考えれば自然の流れであると言えるでしょう。
 
 「幸い…手紙は郵便局員に任せれば勝手に届けてくれるしな。外出しなくても相談が出来る…っていうのは有難かったし…それにお前にバレた事で私も少なからず動揺していたから、これからお前とどう接すれば良いのかを相談出来る相手も欲しかったんだ」
 「…つまり完全に私のタイミングが悪かった…と」
 
 ― …何のことはない。全部、私の勘違いだったんじゃないですか…。
 
 しかも、その理由が自分の間の悪さにあるだけに情けない気分で胸が一杯になるのです。その上、その誤解を解決したのも彼女が根気よく私に歩み寄ろうとしてくれた結果でしょう。正直、私は状況をややこしくするだけで何もしてはいないのです。
 
 「今日のシチューの材料もあの医者に買ってきてもらったんだ」
 「…あぁ、そう言えば食材のストックが切れてましたっけね…」
 
 その事もあっててっきりラウルはいなくなっているものだと思っていたのです。外部に協力者を得ている事をまったく考えていなかった私の完全な敗北と言えるでしょう。今から思い返しても勝ち筋が見つからないとは言え、敗北は敗北です。素直に負けを認めて、頭を切り替えるべきでしょう。
 
 ― 後…エイハムにも今度、謝らないといけませんね。
 
 正直、誤解する余地しかなかったとは言え、私が彼に誤解で危害を加えた事に変わりはありません。普段、迷惑を掛けている事ですし、エイハムが落ち着いた頃合いを見計らって菓子折りでも持参して頭を下げに行くべきでしょう。
 
 「それで…だな。…そういう事をわざわざ聞くって事は…嫉妬…してくれていたのか…?」
 「んぐっ…!」
 
 ― そこまで考えた瞬間、予想外のラウルの言葉に私の言葉は詰まりました。
 
 嫉妬しているかいないかと言えば、間違いなく前者でしょう。正直、胸の内が焼け付くほどの嫉妬の炎は『彼』相手にでも抱いたことがないものです。それを露わにするのは簡単でしょう。ですが、それを彼女に伝えるのは妙に気恥ずかしく、私の顔が熱を持ち始めるのでした。
 
 「…ご、ご想像にお任せしますよ」
 「…つまり…それはアレか?期待しても…良いの…か…?」
 「だ、だから、任せるって言ってるじゃないですか」
 
 ― とは言え…それを口に出さない訳にはいきません。
 
 私達に足りなかったのは間違いなくお互いのコミュニケーションです。雑談はそれなりにしていましたがお互いに理解を深めようとする相互理解が足りていなかったのは確かでしょう。その言葉をそのまま顕にするのは恥ずかしいにも程がありますが、迂遠に認めるくらいはしておくべきです。
 
 「そっか…嫉妬…してくれていたんだ…」
 「う…」
 「そっか…えへへ…」
 
 ― …まったく…そんな嬉しそうな顔をして…。
 
 まるで飴玉を貰った子どものような笑顔は私にとっては眩しすぎるものでした。思わずそっと顔を背けて、視線を反らせてしまいます。しかし、そんな私の顔のすぐ傍にラウルの顔が近づいているのでした。多少、目を背けた所でどうしてもその真っ赤になった肌が視界に入ってくるのです。
 
 「じゃあ…私がもうお前以外の誰とも話さなければ…ニンゲンは喜んでくれる…か?」
 
 ― その上、視線を逸した所で彼女の言葉が聞こえない訳ではなく…。
 
 その言葉は私にとってはとてつもなく嬉しいものでした。マークの言葉を否定こそしてはいましたが、私だって叶う事であれば彼女を自分の所に縛り付けておきたのです。『彼』やウィリアムのように、私の元から決して離れないように、離れられないように。そんな歪んだ独占欲を持つ私にとって、それは咽喉から手が出るほど欲しい言葉であったのです。
 
 ― だけど…それは…。
 
 それと同時に彼女を気遣う私の心が否と唱えるのでした。当たり前ですが、彼女にだって彼女の人生があるのです。私以外の誰とも話しかけないという人生を強要して良いはずがありません。今回のように誰かを頼れるようにその交友関係は寧ろ広げて行ってあげるべきでしょう。
 
 「私は…お前だけ居れば良い。ニンゲンが…私の事を好きだと言ってくれるのであれば…私は本当にお前だけの物になってやる」
 
 ― その瞳は不安の色に大きく揺れていました。
 
 何だかんだで解決したとは言え、今回の騒動はラウルに深い傷跡を残したのでしょう。逸した視線でもはっきりと分かるその感情の動きに私の胸が疼くような痛みを訴えました。私に捨てられる恐怖を味わったその瞳は大きく歪み、依存の色を濃くしています。それに胸を痛めるのと同時に、例えようもない喜びを感じてしまう私は答える事が出来ませんでした。
 
 「…それで?」
 「…え?」
 「だ、だから…お、お前の返事は…どうなんだ?」
 
 顎の下辺りで絡み合わせた両手の指を動かしながら、内股を擦れ合わせる姿はまったく落ち着きというものが感じられません。熱病に浮かされたような瞳でチラチラとこっちを伺っている様子など、今すぐ小動物のようにさえ見えるのです。見慣れた――しかし、何処か歪んだ――彼女の様子に悪戯心が刺激されますが、それ以上に私の心は羞恥心に埋め尽くされていました。
 
 ― …まったく…ラウルの感情でも移ったんですかね…。
 
 誰だって一目で分かるくらい、今の彼女は感情――羞恥と期待を振りまいているのです。そんな彼女に多少、『あてられて』しまったのは否定出来ません。しかし、その感情は彼女から伝わるだけではなく、私の胸の内から沸き上がってくるものでもあったのです。それも当然でしょう。何せ彼女への返答はもう既に確定しており…それはとても『恥ずかしい』ものであるのですから。
 
 「…もう大体、分かってるでしょうに」
 
 ― けれど、やっぱりまだまだ決心がつきません。
 
 言わなければいけないと分かっているはずなのに私の口から出るのは誤魔化しの言葉でした。相互理解を深めなければいけないと分かっているのに、どうしてここでヘタレるのか。そんな自責が心の中にのしかかってきました。けれど、どうしてもキャラを崩しきる事が出来ないのです。
 
 「分かってる。だけど…そういうのは男の口から言うものだろう?」
 「魔物娘が跋扈する時代でなんて前時代的な」
 「告白やプロポーズは何時の時代でも女の子の夢なんだぞ!…まぁ、私は元男な訳だが」
 
 ― そう言って、ラウルは自嘲の笑みを浮かべました。
 
 私には彼女がもう性転換を受け入れているように見えていましたが、それはあくまで表面上の事だったのでしょう。女であるという意識が進めば進むほど、元男であったという感覚がコンプレックスに変わっているのが分かりました。
 何処か諦めたような色を浮かべる彼女に私がしてやれる事なんて一つしかありません。そう心の中で呟いて、私は覚悟を決めるのでした。
 
 「…好きですよ」
 「…ふぇ?」
 「その綺麗なストレートの髪も、すっと通った白い鼻筋も、陶器のような白い肌も、細い割には一部にそれなりに肉がついている身体も、素直じゃない口調も、意地っ張りな性格も、甘えん坊な気性も、時折、素直になる顔も…全部全部、好きだって言ってるんですよ!」
 
 ― そこまで一気に言い切って私は拗ねたように手を額に当てました。
 
 正直、恥ずかしいなんてレベルではありません。何せ私のやったのはただ「好き」と伝えるのではなく、その内容まで具体的に踏み込んでいるのですから。普通に告白するだけで身悶えしたくなるほど恥ずかしいのですから、この場から消えさってしまいたいと私が思ってもおかしくはないでしょう。
 
 「え…あ…う…ぅ」
 
 ― まぁ…多少は効果があったみたいですし、良しとしますか…。
 
 穴があったら埋まりたいほどの恥ずかしさの中、そっと彼女に視線を向ければラウルの顔もまた真っ赤に染まっていました。そこには先程のような自嘲や不安の色は見えません。少なくとも私の言葉はそれらを吹き飛ばすほどの効果はあったのでしょう。それに安堵を感じた瞬間、ただでさえ近いラウルの身体が再び私に近づいてくるのが分かりました。
 
 「うお…っ!」
 「…嬉しい…嬉しいっ…嬉しい…っ♪」
 
 感極まったように私を抱きしめたラウルはまるで収まり切らない感情を必死に伝えるように何度もそう呟きます。胸の内に隠れた彼女の顔は分かりませんが、きっと心から喜んでくれているのでしょう。それに悪くないものを感じる反面、こちらへと少しずつ掛かってくる体重に私の背が重力に引かれていくのです。立っている時であればまだしも椅子の上では踏ん張る事も出来ません。結局、私はそのまま床の上に押し倒されてしまいました。
 
 「痛っ…」
 「あ…す、すまん…」
 
 小さな悲鳴をあげる私がクッションになったのでしょう。謝罪の言葉を口にするラウルに苦痛の色はありませんでした。私はそれに小さな安堵を抱きます。少しばかりボディーランゲージがいき過ぎただけの彼女には特に非はありません。寧ろ、理知的であるはずのエルフがそこまで喜んでくれていると思えば、嬉しくもあるのでした。
 
 「構いませんよ。それよりラウルこそ大丈夫ですか?」
 「…違うぞ」
 
 そう気遣う私の目の前でラウルが子どものように頬を膨らませました。目も心なしかジト目になり、顔いっぱいで拗ねていることを表現しているようです。しかし、私にはどうして彼女がそんなに拗ねているのか分かりません。首を傾げて思考を掘り下げてみますが、彼女を気遣っただけの私が「違う」と言われる理由など思いつかないのです。
 
 「私は『ラウル』じゃない。ニンゲンのつけてくれた…もっと素敵な名前があるからな」
 
 何処か自慢そうに言う彼女の言葉に胸の奥に熱いものを感じます。私の名付けたその名前は彼女に不評だと思っていたのですから。けれど、その嘘偽りのない表情を見るに、気に入ってはくれていたのでしょう。そう思えば素直にそれを口に出してやりやくもあったのです。
 
 ― …ですが、その一件に関してのお仕置きはまだ済んでませんでしたね。
 
 「…『ポチ』」
 「うん。そうだ…私はポチ…って…え?」
 「なんです、ポチ。そんなに呆然としてどうしたんです、ポチ」
 「む…むぐぐぐ…」
 
 ― 頬を膨らませて不満そうに主張するラウル――いえ、ポチの様子を私は意図的にスルーしました。
 
 何せあの一件のお仕置きは結局、エイハムの介入によって有耶無耶になってしまったのです。その決着がつくまで彼女の望む通りにしてやるつもりはありません。それにまぁ…さっきからあまりにもポチが可愛らしくて悪戯心が抑えきれなくなっていたのです。実益も兼ねてこの辺りで発散しておくのが良いでしょう。
 
 「お、お前はもうちょっとムードって奴を考えろ…!そんなだから未だに独身なんだぞ!!」
 「ムード?なにそれ美味しいんですか?後、独身だったからこそ、こうして貴女の告白を受け取れた訳ですけど、その辺はどうお考えで?」
 「うっ…」
 
 私の切り返しにポチが言葉を詰まらせました。まったくムードのないやり取りですが、これでこそ私達であると思うのも事実です。甘いやり取りも嫌いではありませんが、こうしてポチを弄っている時の方が活き活きとして頭も回るのはきっと気のせいではないでしょう。
 
 「まさかとは思いますが、ポチは不倫がお望みだったんですか?それなら今からでも適当に女性を捕まえて婚姻届を出してきますが」
 「い、嫌だ…っ!」
 
 ― ポチはそう言いながら、ぎゅっと私のシャツを掴みました。
 
 縋るようなその手は小さく震えています。きっと本気で怖がっているのでしょう。瞳を覗き込むような彼女の顔も不安の色で一杯でした。冗談ではあったものの、捨てられるかもしれないという恐怖が蘇ったのでしょう。そんな彼女に優しい言葉を投げかけたくもなりましたが、きっちりと『躾』は済ませておかなければいけません。
 
 「…じゃあ、私に言う事あるのが分かりますよね?」
 「は…はい…」
 
 ― …あれ?
 
 殊勝な――いえ、あまりにも殊勝すぎる彼女の言葉に私は内心、首を傾げました。今までのポチはずっと男言葉にも近い口調を使い続けてきたのです。帰ってきた時のような演技を除けば、それは半年間一度も変わった事がありません。しかし、今、私の目の前でポチが使う言葉はまごうことなき敬語であったのです。それに強い違和感を感じる私の目の前で、ポチは浅く息を吐きながら、ゆっくりと言葉を漏らしていくのでした。
 
 「わ、私は…ご主人様の命名が嬉しかったにも関わらず、素直に喜べなかったいけない子です…。ご主人様のお心遣いが心から嬉しかったのに、ご主人様を傷つけてしまったいけない子なんです…っ♪そ、そんないけない私に…ご主人様の手で一杯、お仕置きしてください…っ♪」
 
 ― そんな私の目の前で呟かれたポチの言葉は私の困惑をさらに加速させるものでした。
 
 別に私はそこまでやれとは一言も言ってはいないのです。改めて、謝ってくれればそれで水に流すつもりだったのですから。けれど、ポチはまるで奴隷になったように私にへりくだった言葉遣いをするのです。強い違和感を禁じ得ないその口調に私の中の何かが警鐘を鳴らしました。
 しかし、その警鐘以上に、支配欲を刺激された私の胸が激しく燃え上がるのです。ただでさえ、ポチと抱き合い、燻っていた興奮の炎が胸の奥を焦がすほどの勢いを得て、彼女を抱きしめる手に力を込めさせました。そこにはもう彼女の異変について言及する意思は殆ど残っていません。ただ、言われた通り、目の前のメスを『お仕置き』し、自分のものにしようという欲求があるだけでした。
 
 「ラウラ…」
 「あ…っ♪」
 
 そのまま私はそっと目を閉じて、ポチの――いえ、ラウラの唇へと吸い込まれていきます。瞬間、私の脳にさっきと同じ柔らかさが突き刺さるのでした。女性の身体をもっと柔らかくしたようなその感触は、彼女とキスをしている事を否応なく身体中に知らしめ、私の理性をドロドロに溶かしていくのです。
 
 ― そのまま私は彼女の唇を舌で割って…。
 
 それにビクンとラウラは肩を震わせましたが、逃げたり暴れるような様子は見せませんでした。寧ろ私を受け入れるようにそっと唇を開いてくれるのです。それに残った理性が安堵を浮かべるのと同時に私の舌が彼女の口腔内で暴れ始めました。右へ左へと歯茎を味わうように舐め回す刺激にラウラは甘い声を漏らすのです。
 
 「ん…っ♪ふ…うぅん…っ♪」
 
 鼻の抜けた声をあげながら、ラウラがそっと歯茎を動かしました。きっと中に入って来て欲しいという彼女なりのサインなのでしょう。しかし、私はまだそれに応えてやるつもりはありません。別に意地悪という訳ではなく、その余裕は私にはないのです。
 
 ― 甘くて…熱い……。
 
 彼女が強く興奮していたからでしょうか。彼女の口の中は温泉を彷彿とさせる熱さになっていました。触れる舌がじんじんと暖まっていき、ドロドロに溶かされるようです。その上、粘性の高い唾液がそこら中に溢れ、私の舌に絡み付いてくるのでした。その度に熟した苺を彷彿とさせるすっきりとした甘さが私に伝わってくるのです。しかし、それは性に特化した魔物娘だけあって、ただ甘いだけではないのでしょう。彼女の唾液を少しでも取り込む度に私の身体は熱く、敏感になっていくようにも感じるのです。
 
 ― キスって…こんなに気持ちの良いものでしたっけ…?
 
 今まで恋愛にまで発展した女性は一人もいませんが、娼婦相手にキスをした回数は0ではありません。しかし、ラウラとのキスはそれまでのものがまるで児戯にも等しく感じるほど私の興奮を掻き立てるものでした。彼女の唾液の味も、匂いも、熱も、そしてその身体の柔らかさも、何もかもが私の中へと突き刺さり、理性を崩していくのですから。それに慣れるまでに下手にエスカレートしていけば、それこそ我慢出来ずにラウラを襲いかねないのです。
 
 ― しかし、そう思う私とは裏腹にムスコはどんどん勃起していって…。
 
 それなりに動き回る格好ではあるので、警備隊の制服の中は可動域が広く設定されています。しかし、今の私はそれをまったく実感出来ないどころか窮屈ささえ感じているのでした。凄まじい勢いで勃起した肉棒が下着と制服に押しつぶされて、かすかな悲鳴すらあげているのです。反射的に今すぐ解放したいと言う思考が浮かびますが、キスの最中にそれは出来ません。
 
 「ちゅ…♪…んふ…っ♪」
 「うっ…!」
 
 そんな私の上でラウラが少しずつ身動ぎし始めました。もじもじと内股を擦り合わせるような動きは彼女もまた発情し始めたからなのかもしれません。そう判断する私とは裏腹に、身動ぎする度に彼女の足と擦れるムスコの先端からカウパーが溢れ出すのを感じます。ドロドロのそれが下着を濡らしていく不快感を感じる反面、久しぶりの快楽に男根が脳髄に快楽を伝えてくるのでした。
 
 ― 最近…性欲処理してなかったですから…ね。
 
 ついこの間まで戦争準備とその戦後処理に追われていた私にとって、肉棒から伝わってくるストレートな快楽は久しぶりといっても良いものでした。それほど性欲を滾らせる方ではないとは言え、私にだって性欲はあるのです。忙しさにかまけていて放っておかれた分を補填してもらおうと肉棒がどんどんと敏感になっていくのを感じるのでした。
 
 ― やばい…このままじゃ…キスだけで…。
 
 雪だるま式に大きくなっていく興奮と快楽を放置すれば下着の中で射精してもおかしくはない。それほどの興奮が私に襲いかかってきていました。このままでは遠くない内に暴発してみっともない姿を彼女の前に晒してしまうことになるでしょう。
 
 ― 流石にそれは…。
 
 ラウラが奴隷のようにして私に仕えようとしてくれている時にそれはあまりにも格好悪すぎます。別に格好良い姿を見せたい訳ではありませんが、失望だけはされたくはありません。しかし、ここでキスを中断しようにも理性が足りないのです。既に半分ほど溶かされた私の理性ではこの甘美なキスを中断するほどの力はなく、舌は未だに彼女の中で暴れまわっているのでした。
 
 ― 後退は出来ない。停滞も無意味。なら…前進して活路を切り開くしかありません。
 
 「んんっ♪♪」
 
 そう心に決めて、私の舌はさらに彼女の深い部分――歯茎の内側へと進むのです。その瞬間、ラウラは喜ぶような声をあげて、ブルリと前進を震わせたのでした。まるで抑え切れない期待が溢れでたような動きと共に、彼女の唾液の分泌量がまた増えるのです。
 
 「ん…ふゅ…♪」
 
 ただでさえ唾液の多いラウラの口の中はまるで粘液の泉のようになっていました。しかも、それはただ懇々と湧き出る泉ではなく、中に粘体が潜んでいる魔性の沼でもあるのです。沼の主とも言えるその粘体が、侵入者である私の舌にすぐさま絡みつき、クチュクチュといやらしい音をかき鳴らすのでした。水音と水音を絡みあわせて創りだす淫らな音のハーモニーが骨を伝って私の脳に直接、響くように感じるのです。
 
 ― う…あ…ぁ。
 
 脳裏に響くその水音はセックスを彷彿とさせるほどいやらしいものでした。ヤりたい盛りの十代であれば、聞いているだけでオカズに出来そうな水音に私の理性はゴリゴリと削られていくのです。それに抵抗しようにも私の舌はもう言う事を聞いてくれず、彼女の舌と踊るように絡み合うのでした。
 
 ― なんでこんなに…柔らかくて…硬いんですか…っ!
 
 どんどんと余裕が失われていく中、私は八つ当たり気味にそう胸中で叫びました。それも当然でしょう。だって、彼女の舌は唇をさらに柔らかくしたような柔軟さとしっかりと通った芯で一部の隙も許さないと言わんばかりに絡み付いてくるのですから。しかも、その舌にはたっぷりと唾液が塗りたくられているのですから、さらに性質が悪いのです。媚薬のような唾液を丹念に塗り込められた舌はさらに暴走し、円を描くようにラウラと絡み合うのでした。
 
 「ふゅん…っ♪ふあぁ…♪」
 
 ― しかも…合間に漏れる声もまた甘くて…。
 
 激しく舌を絡め合わせている関係上、鼻からの呼吸だけでは酸素が足りないのでしょう。舌を動かしながらラウラは砂糖菓子のように甘い声を漏らしていました。媚のたっぷり混ざったそれはラウラが「女」から「メス」へと変わりつつあるのを教えてくれるようです。
 
 ― その上、彼女の身体から少しずつ力が抜けていっているのです。
 
 縋るようにラウラが握りしめたシャツからは少しずつ張りが消えていっていました。その代わり力の抜けた肢体が私の方へともたれかかってくるのです。身体を預けるようなその仕草は庇護欲と支配欲を掻き立てられるものでした。彼女の言葉通り今すぐ自分だけの物にしたい。そんな馬鹿げた欲求を抑え切れなくなった私はラウラの肢体をぎゅっと抱きしめるのです。
 
 「ふあぁ…♪」
 
 感情のままラウラの柔らかい身体を抱きしめた瞬間、彼女が甘い言葉を漏らしました。安心しきった子どものようなその声は私の心に突き刺さり、支配欲を燃え上がらせるのです。胸の奥底まで焦がすような熱い衝動はもう制御出来るものではなくなり、私の背筋に力を込めさせました。
 
 ― もう…我慢出来ない…っ!
 
 「きゅっん…っ♪」
 
 心の中そう叫びながら、私は一気に身体を左右に回転させました。それに巻き込まれたラウラが甘い声をあげながら私の下へと組み込まれるのです。一瞬にして上下の位置を反転させた私にはもう理性は殆ど残ってはいません。あるのはただ、目の前の想い人を思いっきり貪ろうとする獣欲だけなのです。
 
 「ふゅあぁ…♪」
 
 鼻の抜けた声をあげるラウラを組み敷くような形になりながら、私の舌は彼女の口腔をさらに激しく貪っていきます。右へ左へと傍若無人に動きまわり、頬の粘膜まで支配領域を広げるのでした。じゅるじゅると音を立てて絡み合う粘膜からはラウラと溶け合っているようにも思わせるのです。性交を彷彿とさせる粘膜同士の交わりはとても甘美で、私の身体を熱くさせるのでした。
 
 ― もっと…もっと…もっと……っ!
 
 しかし、興奮の熱に浮かされた私にはそれでは到底、足りません。貪欲なオスの衝動と支配欲を剥き出しにして、脱力した彼女の手を床へと縫い付けるように握り締めるのです。まるで今にもレイプしそうな格好に、彼女の全てを支配したいという屈折した感情が微かな充足を感じました。しかし、それはあくまで微かなものであり、『満足』とは程遠いのです。寧ろ、中途半端に満たされた支配欲はさらに燃え上がり、私の身体から唾液を溢れさせるのでした。
 
 「んくっ…♪ん…ん…♪」
 
 その唾液が組み敷かれているラウラの咽喉へとこぼれ落ちていくのです。私の舌を伝って、ドロドロと彼女の中へと入り込んでいく唾液の雨はまるでラウラを内側から自分の物にしているように感じるのでした。
 
 ― しかも…それをラウラも悦んでくれていて…。
 
 普通、他人の唾液を飲まされるなんて恋人でも忌避するでしょう。しかし、ラウラは私に一切の抵抗を見せないどころか、自分から舌を伸ばして一滴残らず味わいつくそうとしているのです。デリカシーのない行為だと自覚しつつ、薄目をそっと開いて彼女の様子を見れば、陶酔に顔を染め上げて舌を突き出している彼女の姿が見えるのでした。心の底から嬉しそうな、そして幸せそうな彼女の様子に私の中の興奮がまた爆発するのです。
 
 「ひぅっん♪」
 
 突き出された彼女の舌を私の硬い歯がそっと挟み込みました。そのまま顎を左右に動かして、歯の間ですりつぶすような刺激を与えていくのです。決して彼女に苦痛を与えないように細心の注意を払いながらの愛撫に彼女の身体がまたビクンと大きく跳ねました。一瞬で身体中に走ったその震えは絶頂か、或いは驚きか。どちらであっても愛撫を止めるつもりはない私にとって、その違いは些細な事でした。
 
 「んく…ふあ…ぁっ♪」
 
 そのまま数分、歯で虐めた後、今度は唇で彼女の舌をそっと包み込みました。まるで今まで虐めてきた事を詫びるようにゆっくりと粘膜で温め、唾液を塗りこんでいくのです。さっきまでの傍若無人な愛撫とは打って変わったそれにラウラが戸惑いの声をあげるのが分かりました。それを無視しながら数分ほど彼女の舌を癒した私は、再び歯の刺激に切り替えるのです。
 
 ― 大事なのは飴と鞭…ですしね。
 
 ずっと虐めてばかりでは誰もついてはきません。適度に飴を与えることで鞭に耐えさせる事が必要なのです。その内、飴と鞭の境界が曖昧になって完全に混ざりきってしまえば、立派なマゾ奴隷の完成と言えるでしょう。元々、被虐的嗜好への適性が高いラウラとは言え、『二度目』なんてない以上、慎重に開発していくべきです。
 
 ― そう冷静に告げる私の前で彼女の舌は少しずつ力を失っていき…。
 
 元々、限界近くまで突き出した舌で唾液を舐め取っていたのです。その上、歯と舌で愛撫され続ければ、限界にだって達するでしょう。愛撫されればされるだけ彼女の舌が奥へと引っ込んでいくのです。それを追いかけて、彼女の中へと再び舞い戻った舌がボロボロになった彼女をからかうように唾液をまぶしていくのでした。
 
 「あ…ふ…ぅん…っ♪」
 
 彼女の口腔全てに唾液を塗り込もうとする私の舌の動きにラウラの身体がまたビクビクと震えます。しかし、それでも彼女に抵抗する手段はありません。脱力した身体では唯一の武器であり、防具であった舌を失った彼女には私の侵攻を防ぐ事は出来ないのですから。その無力感を掻き立てるように私はねっとりじっくりと舌を動かし、歯茎の一つ一つまで念入りに自分の色に染めていくのでした。
 
 「ぷあぁ……ぁ♪」
 
 そのまま数分間、彼女の口の中を余す所なく味わった私はようやく彼女を解放しました。瞬間、新鮮な空気が私の咽喉を通り、肺へと流し込まれていきます。ついさっきまでキスを続けて息苦しかったからか、或いは今や魔物娘となったラウラの発情した匂いが混ざっているのか。甘く美味しい空気が肺いっぱいに広がるのを感じました。
 
 「ん…あぁ…♪あ…ぅん…♪」
 
 そんな私の下でラウラは未だくったりと床に身体を預けています。薄く涙を浮かべて、時折、微かに痙攣する姿はとても弱々しいものでした。普段の強気な姿からは考えられない彼女の姿に支配欲と庇護欲をそそられた私は再びキスを落とすのです。
 
 「ちゅ…」
 「…あ…♪」
 
 ― ただし、それは唇ではなく、彼女の頬に。
 
 興奮で熱を灯した彼女の頬を冷ますように私はキスを何度も繰り返していくのです。まるで先のラウラを労るようなキスでしたが、彼女の頬からは熱と興奮が引きません。それどころかさらに熱くなっているような気さえするのでした。きっと彼女も喜んでくれているのでしょう。そう思った瞬間、湧き上がった愛しさがキスを落とすのとは別の方の頬をそっと撫でさせるのです。
 
 「こんな…ダメ…ですよぉ…♪これじゃあ…ご褒美れす…♪」
 
 そんな私の愛撫を受けながら、ラウラは力なく漏らしました。その言葉に私はようやく彼女が『お仕置き』を求めていた事を思い出したのです。そんな重要なことを忘れるくらいにキスに夢中になっていた自分に少なくない驚きを感じました。しかし、それを表に出す訳にはいきません。努めて冷静に『ご主人様らしく』私は言葉を紡ぐのです。
 
 「じゃあ…どんなお仕置きが良いんですか?」
 
 ― その言葉にラウラの視線が私からそっと外れました。
 
 その瞳が潤んでいるのは興奮と羞恥だけではないのでしょう。逸らされて尚、そこには欲望が深く根付いているのが分かりました。そんな彼女の私の中の衝動がさらに燃え上がり、今すぐ押し倒してしまいなるのです。しかし、衝動以上の支配欲がそれを押し留め、彼女の言葉を待たせるのでした。
 
 ― …そんな私の前でラウラはもじもじと身体を揺らし、迷ったように口を開いて、すぐに閉じるのです。
 
 魔物娘になったとは言え、ラウラの本質は潔癖症なエルフのままなのです。一体、どんなお仕置きを望んでいるのかは分かりませんが、それを口にするにはかなりの勇気と勢いがいるでしょう。焦れったいその様子に痛いほどに勃起したムスコが襲えと告げてきますが、私はそれを何度もねじ伏せました。これからの関係の為にも、潔癖症なラウラが自分自身を辱める機会を逃す訳にはいきません。出来るだけ早く堕ちて貰う為にも彼女の口からオネダリさせるべきなのです。
 
 ― そう自制に自制を続ける私の前でようやくラウラが決心したように口を開き…。
 
 「ラウラのぉ…ご主人様専用のメス奴隷になったラウラのオマンコを…ご主人様の肉棒で思いっきり押し広げて…処女を奪って…っ♪私の全部にご主人様を刻み込んで欲しいんです…♪」
 「っ!!!」
 
 ― その言葉は正直、予想外でした。
 
 てっきり私はどれだけ危なくても「縛って」とか「目隠しして欲しい」とかそんな可愛らしい――いや、アブノーマルさから言えば、こっちの方が危ないのですが――事を言うものだと思い込んでいたのです。少なくとも「犯して欲しい」と言う言葉がエルフであるラウラの口から出るなんて欠片も思考の中にはありませんでした。正直、何かの冗談か夢ではないかとさえ感じるのです。
 
 ― けれど、それとは裏腹に私の身体の中ではどんどんと衝動が高まっていき…。
 
 まるで今まで抑圧されていた分を発散するように急激に大きくなったオスの衝動はもう抑圧出来るものではありませんでした。目の裏がチカチカするほどの興奮が私の中を駆け巡り、ラウラの身体に手を掛けます。しかし、興奮に震える手では彼女の衣服を上手く脱がしてやる事が出来ません。
 
 ― いっそ無理矢理、服を破いてやれば…って…いや…違うでしょう…!
 
 暴走する衝動が物騒なことを思い浮かべた瞬間、私は少しだけ冷静に戻る事が出来ました。確かにこのままラウラの服を破いて襲いかかるのはそう難しい事ではありません。しかし、彼女は初めてであり、性転換をしたという特殊な事情を持っているのです。多少、アブノーマルな方向に進む下地を作っておくにせよ、レイプまがいのやり方は心に傷を残しかねません。出来るだけ優しく、ソフトに、それでいてアブノーマルに初めてを奪うのが最良です。
 
 ― 落ち着け…ここで欲望に身を任せたら何もかも水の泡ですよ…。
 
 そう心の中で言い聞かせ、私は大きく胸を膨らませて深呼吸を繰り返します。突然、目の前で止まって、深呼吸を繰り返す私にラウラが小首を傾げて不思議そうな目を向けますが、今はそれに構っている余裕はありません。彼女の全身から立ち上るような甘い体臭を出来るだけ意識しないようにしながら、脳へと酸素を送り込むのは割りと大変な事なのです。
 
 ― …よし…とりあえず…少しはマシになりましたかね。
 
 数度の深呼吸のお陰で私の興奮は少し落ち着いてくれました。とは言え、肉棒はまだまだ勃起しており、気を抜けばまたケダモノに堕ちてしまいそうです。彼女の反応次第で何時、バランスが崩れてもおかしくはない。そんな絶妙な心理状態の中、私はラウラのカーディガンに手を掛けるのでした。
 
 「…脱がしますよ」
 「…はい…♪」
 
 短く告げた私の声にラウラは喜色を顔一杯に浮かべて返事をしました。期待と興奮にまみれたその顔には一切の不安がありません。それだけ私の事を信用しているのか、或いはそれだけサキュバスの魔力に侵されて思考がおかしくなっているのか。恐らく両方なのだろうと結論を出しながら、私は背を浮かせるラウラからカーディガンを剥ぎ取ったのです。
 
 ― そのまま私の手はシャツへと掛かり…。
 
 一つ一つのボタンを丁寧に外していく私の下でラウラが顔一杯に期待を浮かべていました。待ち切れないといった様子で私を見上げる彼女の姿は惚れた女性という事を差し引いても魅力的なものです。そんな彼女を早く貪りたいと逸る指を必死で抑えながら、私は彼女のシャツを肌蹴させるのでした。
 
 ― そして、一つ一つ外していく内に彼女の柔肌が顕になっていくのです。
 
 「うわ…ぁ…」
 
 四つもボタンを外した頃には慎ましやかではあるものの膨らみが私の前に晒されるのです。以前、サイズを測った時よりもまた少し大きくなっているそこは彼女の呼吸の度に小さく上下していました。まるで誘うようなその動きに私の両手が自然と伸びて、彼女の胸に触れるのです。
 
 「あん…っ♪」
 
 くすぐったそうな――でも、何処か嬉しそうな声に私の手が硬直しました。彼女の言葉で欲望からコントロールを取り戻した意思が、その腕にストップを掛けたのでしょう。しかし、それはあくまで一瞬の事でした。すぐに再び主導権を取り戻した衝動が彼女の胸を包みこむように掌を押し付けるのです。
 
 「…柔らかい…ですね」
 
 ― 思わずぼそりと漏らしたその言葉は正直な感想です。
 
 掌の中にすっぽりと収まる慎ましいサイズとは言え、そこに包み込まれている柔らかさは一級品でした。高級娼館で相手にするどんな巨乳よりも柔らかいそれは微かにこちらを押し返してくる張りまで兼ね備えているのです。その形容しがたい弾力と柔らかさは癖になってもおかしくないほど魅力的でした。コレ以外の胸では満足出来なくなるかもしれないという危機感を抱きながらも、もう手放す事を考えられないそれを私は両手で堪能するのです。
 
 「こ、光栄です…ぅっ♪」
 
 そんな私の下でピクンと小さく震えながら、ラウラはそう答えるのです。その表情には喜色と共に快感が浮かんでいました。女性の性感帯の一つでもある胸を包まれているので当然と言えば当然でしょう。しかし、キスの時を彷彿とさせるその表情にオスの衝動がまた大きく膨らむのを感じるのです。衝動側へと天秤が傾きかけるのを感じた私は逆サイド――支配欲を含めた欲望を滾らせる為に口を開くのでした。
 
 「小振りな所為か感度も良いようですね…これは調教のしがいがあります」
 「んぁ…ぁ♪」
 
 ― わざと口にした私の言葉にラウラの背筋が小さく跳ねました。
 
 まるで自分から胸を押し付けようとするその動きに掌と乳首がこすれ合います。乳房よりもさらに弾力と張りを重視したその場所が敏感な掌と触れ、艶かしい感触を残していくのでした。私を魅了する乳房よりもさらに淫靡なその感触は触れているだけでおかしくなってしまいそうです。ここは包みこむのではなく触り方を変えるべきでしょう。
 
 ― そう考える私の手が外周を指先で撫でるようなものへと変わり…。
 
 重力に負けずにしっかりと形を保っている胸の外周を焦らすようにゆっくりと撫でていくのです。一往復にたっぷりと十数秒掛けて動くそれにラウラは最初、むず痒そうな反応を見せました。しかし、それも数往復後には収まり、十回を数えた頃にはハァハァと息を荒くし始めるのです。時折、ピクンと身体を揺らし、物欲しげに私を射抜く姿はきっと刺激が足りないとでも思っているのでしょう。
 
 ― しかし、少なくともまだコレ以上に発展するつもりはないのです。
 
 私自身の限界もあり、何処まで徹底出来るかは分かりませんが、出来る限り焦らしに焦らしてオネダリする事の飴と鞭を教え込む。それくらいの課題目標であれば特殊な事情を抱えるラウラでも可能でしょう。そう考える私にとって愛撫を弱くする事はあっても強くは出来ません。少なくともギリギリまでは我慢しなければいけないのです。
 
 「ふあ……ぁ…っ♪ご、ご主人様ぁ…あの……その…ぉ…っ」
 「どうしたんです?」
 
 そんな私の目の前でラウラが悩ましげに私を呼びます。それに白々しく答えながら、私は潤んだ彼女の瞳を見つめました。泣き出す数秒前と言う形容詞が相応しいその瞳は通常であれば庇護欲をそそるものであったでしょう。しかし、そこに浮かんでいるのは悲嘆や苦悩などではなく、興奮と羞恥、そして快感なのです。まるでもっと虐めて欲しいと訴えるようなその瞳に私の悪戯心がまたムクムクと湧き上がるのでした。
 
 「ご主人様…は…大きい胸と…小さい胸と…どっちが好き…ですか…?」
 
 迷いに迷った挙句、ようやくポツンと漏らしたラウラの言葉はあまりにも健気で、可愛らしいものでした。ただでさえ、理性が品切れに近い状態でそんなものを見せられれば、我慢など出来るはずがありません。一気に何もかもを振り切った私の悪戯心が加速し、私に言葉を紡がせるのです。
 
 「そりゃ…やっぱり男性としては大きな胸に憧れますね。谷間で顔が埋まるようなサイズが理想ですよ」
 
 ― 勿論、それは嘘でした。
 
 別に小ぶりな胸が好きという訳ではありませんが、そこまで胸のサイズを重視している訳ではないのです。大きければ大きいで、小さければ小さいで幾らでも楽しみようはあるのですから。少なくとも理想と言えるほど大きな胸にこだわりを持っている訳ではありません。
 それでも大きな胸が好きだとラウラに言ったのは、彼女の困った顔が見たかったからです。告白を期に異常なほど私に依存し、傾倒している彼女にとって今の言葉は到底、見過ごせるものではないでしょう。少し意地悪だと自分でも思いましたが、彼女を虐めたいという欲求は収まってはくれません。
 
 「そう…ですか…。じゃあ…あの……」
 「ん?」
 
 ― しかし、そんな私の予想を裏切ってラウラにはあまりこたえている様子がありませんでした。
 
 そっと目を伏せただけで期待していたようなリアクションには程遠いのです。それに肩透かしを感じた瞬間、私の前でポツリと、しかし、はっきり私の耳に届く声でラウラが言葉を紡いでいくのでした。
 
 「ラウラは…ご主人様専用メス奴隷は…絶対、胸が大きくなりますから…♪だから…一杯、ラウラの胸を揉んで…愛して…可愛がって…下さい…っ♪」
 
 ― まさか…そう繋げるとは…っ。
 
 まったく予想外な方向からの攻撃――いえ、口撃に私の足元がグラリと揺らぐのを感じます。いじらしく、そして何より可愛らしく切り返された言葉が私の胸の奥底にある支配欲をくすぐって仕方ありません。もうちょっと焦らしてやりたかった気持ちが全て吹き飛び、私の手が揉みしだくものへと変化させられるのです。
 
 「んふゅ…ぅ♪」
 
 そんな私の愛撫にラウラが悦びの声をあげるのです。何処か満足気なその声に敗北感すら感じるのでした。しかし、私の手はもう止まってはくれないのです。下から上へと押し上げるように持ちあげつつ、4本の指がリズミカルに動きます。蜘蛛を彷彿とさせるそれにラウラが鼻の抜けた声をあげるのでした。
 
 「はぁ…っ♪ごしゅじん…さまぁ…♪」
 
 感極まったようにラウラが私を呼びながら、息をさらに荒くしていきます。肌もじっとりと汗ばみ、彼女の興奮を伝えてくるのでした。そして汗の浮かんだ肌がまるで吸盤のように私に吸いつくのです。まるで肌そのものがオスを誘っているような感触に強い興奮を抱いた私の中で肉棒がまた先走りを漏らしました。
 
 「ご主人様…♪そんなに必死になって…♪」
 「う…」
 
 ラウラが陶酔すら浮かべた声でそう呟くのが聞こえました。冷静に、と努めてきましたが、ケダモノ染めた表情をしていたのかもしれません。そんな自分に内心、苦笑しながら思考を落ち着けようとした瞬間、ラウラの小さな手が私にそっと伸びたのです。
 
 「良い…ですよ…♪ラウラの胸を…思いっきり堪能して下さい…♪」
 「っ!」
 
 母性すら感じさせるほど優しく、かつ娼婦よりも淫靡に微笑むラウラの言葉が再び私の胸に突き刺さります。慰めるような、誘うような仕草に私の手に思わず力が入ってしまいました。張りのある乳房を変形させるほどの圧力に私自身が怯みます。
 
 「きゅんっ♪」
 
 しかし、それを実際に受けるラウラは小さく嬌声をあげ、身体を震わせます。絶頂を思わせる強い震えを走らせる彼女の顔にはやはり快楽が浮かんでいました。強すぎる愛撫を悦ばしいものであるように受け入れる姿に安堵すると同時に私は強い違和感を感じるのです。
 
 ― …いや…幾らなんでもおかしいでしょう。
 
 一瞬とは言え、乳房の形を歪めるほどの圧力がかかって初体験の女性が悦ぶだなんて普通では考えられません。そんな倒錯的な境地に至れるのは一握りであり、しかも、その一握りも調教を受け続けてようやく到達するようなものなのですから。今のラウラは魔物娘であり、娼婦相手の経験はまったく役には立たないですが、それを含めても違和感がどうしても残るのです。
 
 ― 普段から自分で弄っていた…?…まさか…ね。
 
 とは思うものの、ラウラの強い反応にそうとしか思えないのもまた事実でした。そして、幸いな事に私は今、その答えを彼女の口から言わせられる立場にあるのです。好奇心とラウラの羞恥心を刺激できる一石二鳥の行動を止める理由はありません。ねっとりと乳房を愛撫する手をそのままに私は口を開くのです。
 
 「こんなに激しいのでも感じるんですか?まさか普段から自分で弄っていたりしたんじゃないでしょうね?」
 「んきゅ…んっ♪」
 
 ― そこまで言った瞬間、私は一瞬だけ乳首を摘み上げるのです。
 
 親指と人差指の間でくりくりと薄紅色の乳首を転がしたのは本当に一瞬です。しかし、胸の中でも特に敏感な箇所にとってはそれだけでも十分だったのでしょう。ラウラの腰がまるで引き上げられるように浮き、ビクビクと震えるのでした。私の質問から目を背けるように閉じた瞳と言い、噛み締められた口元と言い、きっと軽く絶頂を感じているのでしょう。
 
 ― なら…遠慮は必要無いですね。
 
 折角の好機をわざわざ放置して潰すことはない。そう心の中で呟いた私はそっと乳首から手を離し、乳房の愛撫へと戻りました。ただ一つさっきと違うのは、外周をやんわりと撫でる焦らすような愛撫である事です。絶頂の最中で敏感になった身体にはその愛撫は余計に効くのでしょう。背筋を反らすように浮き上がらせながら、ラウラの身体は何度も痙攣を走らせるのです。
 
 「さぁ、どうしたんです?早く答えて下さい」
 「んあ…ぁっ♪それ…しょれは…ぁ…♪くぅぅんっ♪」
 
 ― そして、ラウラが答えようとした瞬間、私は再び乳首を摘むのです。
 
 その刺激に身体を揺らせて再び絶頂へと押し上げられる姿が私の視界一杯に広がります。目尻に涙を溜めて、全身で快感を表す様子は先ほどよりも激しいものでした。きっと焦らした分と絶頂によって敏感になっている分が大きく影響しているのでしょう。予想通りの反応に私は内心、手応えを感じながら再び焦らす愛撫へと戻るのでした。
 
 「ひぅぅ…っ♪し、してま…あきゅんっ♪」
 
 ― そしてラウラが再び言葉を紡ごうとした瞬間に、乳首を摘み上げるのです。
 
 それは単純に意地悪でもあり、彼女のプライドを削ぎ落とす行為でもあり、そして飴でもあるのでした。何度も繰り返し意地悪を続ける事により、ラウラに自分の立場を分からせ、恥ずかしい言葉にご褒美があると言う事を教え込むのが目的です。何時ものキャラとはまったく正反対に堕ち、私の理想のメス奴隷そのもののラウラに必要かどうかは分かりませんが、それでも『今』の彼女が求めているのは『ご主人様』であるのは確かでしょう。ならば、無駄かもしれなくてもそれらしい行為をしておくに越した事はありません。
 
 ― まぁ勿論、それ以上に彼女が自慰していたかどうかも気になるので何れは解放するつもりですが…。
 
 しかし、乳首をちょっと摘まむだけで言葉を途切れさせる敏感な彼女の肢体に何時までもそんな意地悪をしていたいと思うのも事実でした。しかし、先走りで下着の中が濡れて不快な私にはもうあまり余裕がありません。このまま意地悪を続けてもそう遠くない内にケダモノとなってラウラに襲いかかってしまうでしょう。
 
 ― なら…そろそろ勘弁してあげるべきですかね。
 
 そう心の中で呟いて、私は彼女の乳首からそっと手を離しました。瞬間、ラウラの身体の震えが収まり、すとんと床に背を預けます。ぐったりと脱力した身体を時折、身動ぎするように震えを走らせる姿に私は満足感と良き苦情を感じながら、再び彼女の胸を焦らすように愛撫し始めるのでした。
 
 「ふあ…♪」
 
 それに何処か夢見心地な声をあげながら、ラウラが私を濡れた目で見上げてきました。その瞳にはもう理性の色は見られず、欲情で濁りきっています。何処か沼を彷彿とさせるドロドロとした潤みを浮かばせる瞳はとても淫らで美しいものでした。人の魂まで奪うような魔性の瞳に私が引き込まれるのを感じた瞬間、彼女は気だるげにゆっくりと唇を開くのです。
 
 「し…てました…ぁ♪ご主人様がいない時に…ラウラは自分の胸をイジイジして…オナニーしてたんれしゅ…ぅ♪」
 「…ほぅ」
 
 絶頂の余韻で力の入らない身体を動かしての健気な言葉に私の意識が彼女の瞳から現実へと引き戻されました。それと同時に未だ翳りを見せない興奮がまた大きくなっていくのを感じます。未だ晴らされない性欲がムスコにまた強い疼きを走らせ、思わず股間に手が伸びそうになりました。それを必死で自制しながら、私は彼女を辱める為に再び口を開くのです。
 
 「理知的と有名なエルフでもオナニーするものなんですね。それともラウラが特別、淫乱なんですか?」
 「いんら…ぁっ♪」
 「だって、そうでしょう?人間の女性だって普通はオナニーなんてしませんよ」
 
 ― 勿論、それは口からでまかせです。
 
 そんな赤裸々な話にまで突っ込めるほど親しくなった女性というのは私にはいなかったのです。部下の下世話な話を耳にした程度の知識しか私にはありません。それでも断定的に言い切ったのはラウラの羞恥心を刺激したかったからです。
 
 「ち、違いま…すぅ♪ご、ご主人様が…ご主人様が…構ってくれないから…っ♪」
 「なんです?私の所為だって言うんですか?」
 
 ― その言葉と同時にラウラの胸をぎゅっと絞り上げてやります。
 
 「きゅふぅぅんっ♪♪」
 
 問答の間、ずっと焦らされ続けたからでしょうか。強めの愛撫にラウラの背筋がまた反り返ります。美しい弧を描く彼女の背を床へと押し付けるように私は腕に力を込めました。それも強引に押し付けられる窮屈さもまた彼女にとっては悦ばしいことなのでしょう。鼻の抜けた声を漏らす花弁のような唇をラウラは必死に動かし、何かを訴えようとしていました。
 
 「ちが…違い…ましゅ…♪ご、ご主人様を襲わないように…っ♪クリクリしないと頭がおかしくなりそうで…っ♪」
 「…それが淫乱って言うんじゃないんですか?」
 
 健気な言葉に一瞬、言葉が詰まりそうになりましたが、それはつまるところ彼女の性欲が高いという証拠です。そして、性欲の高い女性を淫乱と呼ぶ以上、ラウラもまた淫乱といっても差し支えないでしょう。
 
 ― まぁ、もっとも…彼女は今、普通の状態ではない訳ですが。
 
 マークの言葉が正しければ、彼女の身体にはもうサキュバスの魔力がこれでもかと浸透しているのです。その身体はもはや魔物娘とそう変わらないと思っても良いでしょう。例え元がどれだけ理知的なエルフであったとしても、サキュバスの魔力には逆らえません。どれだけ自分を律した所で、身体の疼きは永遠に続くのですから。
 
 「や…ぁ♪ち、違うんです…♪違うんですよぉ…っ♪私…は…ラウラは…淫乱…なんか…ふぁぁっ♪」
 
 ― しかし、それはラウラにとって認めがたいもののようです。
 
 私を誘惑するように『オネダリ』した辺り、既にサキュバスの魔力にかなり侵されているのは分かっていましたが、理性が残っていない訳ではないのでしょう。淫乱という言葉を彼女は頭を振って必死に否定します。そんな子どもがダダをこねるような可愛らしい姿に私が嗜虐心をそそられない訳がありません。湧き上がった嗜虐心が私の指を大きめの乳輪に這わせて、円を描くようにして爪先で撫で始めます。
 
 「ふむ…淫乱ではないのであれば残念ですね。それではじっくりねっとりと貴女の身体を解きほぐしてあげなければ。何せ貴女はこれが初めてな訳ですし」
 「う…あぁ…っ♪♪」
 
 私の言葉に辛そうな表情を浮かべながら、ラウラは甘い声を漏らしました。さっきから彼女は内股を擦れ合わせるようにして耐えていたのです。きっとその脳裏では先ほどの乳首への愛撫が浮かんでいるのでしょう。上半身をよじるように動かすそれは私の指を乳首へと誘導しようとしているように見えるのです。
 
 ― でも、まぁ、それに乗っかってやる理由はありませんよね。
 
 彼女が右へと進めば私も右へと進み、左へと進めば私も左へと進むのです。乳輪の枠内からはみ出さず、爪で弄る私にラウラが物欲しげな視線を向けてきました。瞳全体で「意地悪しないで」と訴えかけるようなそれは普通であれば庇護欲をそそられるものであったのでしょう。しかし、私にとってはそれは嗜虐心をより高める結果にしかなりません。
 
 「そうですね…女性は初めてが痛いと言いますし…後、一時間はこうしていましょうか」
 「い、一時間…!?」
 
 ― 勿論、それは口からデマカセも良い所です。
 
 理性と言う名の自制がとっくに外れている私がラウラを襲わないでいられるのは身の内に滾る嗜虐心のお陰です。それがなければ私はとっくに彼女の肢体を思う存分、貪り尽くしていたでしょう。しかし、それは崩れやすいバランスの元でギリギリ維持されているに過ぎません。今にも暴発してしまいそうなムスコを抱えたままでは一時間もこうしているなんて無理に決まっているでしょう。
 
 ― けれど、ラウラはそれを知りません。
 
 彼女の顔に浮かんだ絶望にも近い表情は決して演技とは思えません。そこから察するに私が今すぐラウラに襲いかかってもおかしくない精神状態だということは彼女には分かっていないのでしょう。少なくとも『知らない』という前提で彼女が行動している以上、ラウラが選べる選択肢はそう多くありません。
 
 「ん?少なかったですかね?それじゃあ…二時間はどうでしょう?」
 「に…二時間……」
 
 ラウラを追い詰めるために放った次の言葉に彼女の表情が変わりました。絶望に近い表情から逡巡を漂わせるモノへ。きっと今の彼女の中では欲望か矜持かで天秤が揺れているのでしょう。それはきっと…いえ、まず確実に欲望の方へと転ぶはずです。何せ既に彼女は私に『オネダリ』するという形で欲望に敗北しているのですから。二度目の敗北には一度目のような躊躇はないでしょう。ならば、サキュバスの肢体を持て余すラウラが矜持を選び取れるはずがない。そう考える私はラウラの言葉を大人しく待ち続けるのでした。
 
 ― まぁ、勿論、大人しくと言っても愛撫は続けてる訳ですが。
 
 吸いついてくるような胸を根元から先端へと搾り上げながら、人差し指を親指で乳輪の周りを引っ掻いていくのです。乳首にだけは触らないように注意しながらの愛撫にラウラの顔から逡巡がどんどんと消えていくのでした。代わりに浮かぶ欲望の色に勝ちを確信した瞬間、彼女がそっと唇を動かしていくのです。
 
 「い…い、淫乱でイイですから…っ♪だから…胸を…乳首を…っ♪」
 「無理しなくても良いんですよ。折角の初めてなんですから」
 「ぅっ……あぅ…ち、違い…ます…ぅっ♪ラウラは淫乱なんですぅっ♪ご主人様のおっぱい弄って欲しくてオネダリしちゃう淫乱なんですっ♪だから…だか――きゅぅぅぅぅんっ♪♪」
 
 ― その瞬間、私は彼女のオネダリに応えてやりました。
 
 今まで乳輪の周りを挑発するように動いていた親指と人差指がその言葉を待っていたとばかりに彼女の乳首へと襲いかかります。上下から押し潰すような刺激にラウラの腰がビクンと跳ねるのが分かりました。しかし、これで終わりにしてやるつもりはありません。飴は鞭とは違い、強力であればあるほど効果が高いのですから。
 
 「うあ…あぁっ♪んふぁああぁっ♪」
 
 そのままグリグリと指の間で転がしてやるだけでラウラの口からは嬉しそうな嬌声が溢れ出します。まるでその美しい肢体全てが楽器になったような姿に、演奏者である私の支配欲が満たされるのを感じるのでした。愛しい彼女の全てを自分が握っている。そんな錯覚すら覚えるほどにラウラは私の指から与えられる刺激に支配されていたのです。
 
 「どうです?望みどおりの刺激ですよ?」
 「あ…きゅぅ…っ♪あ、ありがとぉ…んくぅんっ♪ございましゅぅっ♪」
 
 私の問いかけにラウラは嬌声を漏らしながら、必死にお礼を伝えてくるのです。そんな彼女の健気な姿に満足感を強めた瞬間、私の指を跳ね返す力が強くなっていくのを感じました。それに視線をラウラの胸へと向ければ、私の指の間でむくむくと乳首が大きくなっているのが分かります。
 
 ― 最初は小指の先ほどもなかったはず…なんですけれどね。
 
 しかし、今は人差し指の第一関節ほどの大きさになっていました。控えめな胸とは不釣り合いなその乳首は私に小さくないギャップを感じさせ、倒錯感を抱かせるのです。思わず根元から先端まで扱いてやりたいという欲望すら抱かせるそれに私は自分を抑える事が出来ません。右手で乳首を転がしながら、左手を上下に動かし始めるのです。
 
 「ふあぁぁぁっ♪♪」
 
 その刺激に鼻の抜けた声をあげながら、ラウラの腰がすっと浮き上がって来ました。そのままビクビクと上下に揺れた辺り、またイッたのかもしれません。しかし、今度はさっきとは違い、別に彼女を焦らしてやる必要はありません。私は震える彼女を気にせず、そのまま愛撫を続行するのです。
 
 「ひぃんっ♪ご、ご主人様ぁ…っ♪」
 「素直にオネダリ出来たご褒美ですよ。どうです?嬉しいですか?」
 「は、はぁいっ♪う、嬉しいれしゅぅっ♪ラウラはご主人様にお胸一杯イジイジして貰って…んくっ♪幸せな淫乱メス奴隷なんですっ♪」
 「そんなに悦んでもらえると主人冥利に尽きますよ」
 
 陶酔と媚び、そして欲望を顔一杯に浮かべたラウラの表情はとても幸せそうでした。その表情を私が――それも趣味全開の行為で――引き出したと思えば、本当に主人冥利に尽きるのです。倒錯しているという自覚のある趣味で愛しい人がこれほどまでに悦んでくれてるのですから。
 
 ― では…もっと悦んで貰いましょうか。
 
 「それにしても…貴女の乳首はとても大きいですね」
 「ん…あぁぁっ♪乳首…ラウラの乳首…変…ですか…ぁ…?」
 
 ラウラの顔に欲望などの色に混じって不安の色が微かに浮かんできました。叱られた子犬を彷彿とさせるその顔に思わず返事を延ばして虐めたくなってしまいますが、彼女は自分以外の女性の身体を殆ど――恐らく彼女を魔物化させた名も知らぬ魔物娘以外は――見たことがないのです。比較対象がないラウラを不安にさせるのは簡単ですが、ここは素直に伝えてやるべきでしょう。
 
 「いいえ。とっても淫らで淫乱メス奴隷に相応しいものだと思いますよ」
 「あ…ふあぁっ♪あ、ありがとぅごじゃいましゅっ♪」
 
 私の言葉にラウラは身体を震わせながら、御礼の言葉を口にしました。舌足らずさが増している言葉から察するにまた絶頂していたのかもしれません。初めてであるにも関わらず、これだけ容易くイく事の出来るサキュバスの…いえ、ラウラの肢体に感心した瞬間、私の下で彼女が悩ましげに口を開くのが分かるのでした。
 
 「じゃあ…もっと…もっと淫らに…エッチになる為に…一杯、乳首を…おっぱいイジイジしてくらしゃい…♪♪」
 「それはオネダリですか?」
 「はぁ…い…っ♪ラウラ、淫乱ですからぁっ♪」
 
 不安を消し去った幸せそうな表情のままラウラはそう頷きました。そこにはもうさっきまでの逡巡はまるで見当たりません。淫乱であると言う事に悦びを感じるメスの表情があるだけです。もう少し逡巡を見せると思いましたが、彼女の素質は私の予想を遥かに超えるものだったのでしょう。私の想像の一段飛びで超えていくラウラの言葉に、私の興奮は否応なく高まっていくのでした。
 
 「まったく…もうオネダリを覚えるなんて貴女は本当に仕方のないメス奴隷ですね」
 「んぁ…♪ごめんなしゃいぃ…♪」
 「怒ってませんよ。寧ろ…嬉しくて仕方がないくらいです」
 
 自分の性癖に理解があるだけではなく、私の想像を遥かに超える素養を今もこうして示してくれているのです。月並みな言葉ではありますが、私とラウラは『相性が良い』のでしょう。そしてまるでティーンズのガキのようにその言葉一つで喜んでしまう自分がいるのもまた事実でした。恋愛経験値が殆ど無いとは言え、あまりにもちょろい自分に苦笑めいた感情を抱きながら、私はそっと顔を彼女の谷間へと近づけていくのです。
 
 ― そこはもうむせ返るくらいに甘い空間でした。
 
 彼女の体臭の何割かはそこから出ているのでしょう。汗の浮かぶ胸の谷間は独特の甘い匂いで一杯でした。嗅いでいるだけで思考が霞み掛かるような濃度は流石、魔物娘と言えるかもしれません。本能を掻き立てるその匂いに必死で抵抗しながら、私の顔は桜色の乳首へと到達したのです。
 
 「ふああぁっ♪」
 
 そのまま右の乳房に吸い付いた瞬間、ラウラの口から甘い叫び声があがります。たっぷりと焦らされた純白の肌はそれだけ敏感になっていたのでしょう。キス一つ落とすだけでフルフルとその身体を震わせるのです。それだけで谷間から甘い匂いが弾けて、私の鼻孔を擽るのでした。さらに濃厚になっていく彼女の体臭と鼻と舌で感じながら、私は何度も何度もキスを落としていくのです。
 
 ― それを少しずつ上にもっていけば…。
 
 ちゅっちゅと音を立てて繰り返される愛撫が少しずつ乳首へと近づいていくのです。私を見下ろすラウラの表情に期待の色が浮かんでもおかしくはないでしょう。そんな彼女の様子を見ているだけで愛しさが沸き上がってくるのです。もっとその期待に応えてやりたいと心の中で呟いた私はそっと乳首から手を離し、彼女の乳輪に舌を這わせるのでした。
 
 「んっ…あぁぁ…ぁっ♪」
 
 キスの時と同じようにたっぷりと唾液を塗りこむような舌の動きにラウラは途切れ途切れの嬌声を漏らしながら、私の頭を抱きしめました。自然、私の顔はラウラへと引き寄せられ、彼女の控えめの胸の中に押し込められてしまいます。もっと胸を舐めて欲しいとオネダリするようなそれは決して悪い気はしません。多少、息苦しくはありますが、それだけ私を求めてくれていると思えば嬉しくもあるのです。
 
 「ご主人…様ぁ…っ♪」
 「…分かってますよ」
 
 甘く私を呼ぶラウラの声に応えて、私はそっと乳輪から乳首へと唇を移動させます。そのまま私は唾液に期待するように小さく震える薄紅色のそれをそっと口に含むのでした。瞬間、私の口腔に甘い味と匂いが一気に広がります。妊娠している訳ではないのにはっきりと感じる味に私は感心に近いものを抱きながら、唇の内側の粘膜にたっぷりと擦りつけるのでした。
 
 「ふぁぁ…んっ♪」
 
 指とはまた違う粘液的な愛撫に彼女の背筋がまた浮き上がって来ました。虐めるような強い指の刺激とは違い、何処か優しく暖かな愛撫を受けているからでしょうか。彼女の声と表情には快楽に隠れていますが、安堵の色も見えるような気がするのです。
 
 ― 勿論、それは喜ばしい事ですが…。
 
 愛しい彼女が私の愛撫を受けて、感じてくれているだけではなく、安堵までしてくれている。まるで初めての身体を委ねるようなそれに男性としての充足を感じるのは仕方のない事でしょう。しかし、どうにも天邪鬼な私の悪戯心はそれだけでは決して満足する事が出来ません。その顔に浮かぶ安堵を恥辱と欲望に塗り替えようと空いた手をゆっくりと下へと下ろしていくのです。
 
 ― ラウラのラインをなぞるようなそれに彼女は抵抗を示しません。
 
 衣服越しに脇から脇腹にかけての細いラインにゆっくりと手を這わせれば、彼女の肢体が痙攣の間隔を短くしていくのが分かります。しかし、ラウラはそれでも嬌声をあげるだけで嫌がる言葉一つ紡がないのです。それどころか背筋を浮かせた肢体を私の手に押し付けるように身動ぎし、期待を浮かべた視線を私へと向けるのでした。
 
 ― なら…それに応えてやらなければいけませんね。
 
 そう心の中で呟きながら、私の手は彼女の腰へと到達しました。けれど、私の目標地点にはまだロングスカートという厚くて大きな壁が立ちふさがっているのです。それを何とかしようと私の手はホックを外し、ラウラの細い腰とスカートの間に隙間を作り出しました。そこから内部へと侵入した手はすぐさまヌルリとした粘液を感じ取ったのです。
 
 「ちゅ…もう濡れ濡れじゃないですね。そんなにここを触ってもらえるのを期待してたんですか?」
 
 唇の裏側でたっぷりと唾液をまぶしていた乳首を解放しながら、私の口がそんな言葉を投げかけました。それにラウラの顔がさらに赤くなるのが分かります。そっと視線を明後日の方向へと向けながらも、彼女は何度か口を開け閉めしていました。きっと私の問いに応えようとしてくれているのでしょう。何処か初々しいその姿と共に彼女を辱める機会を得られた私は内心、笑みを浮かべながらラウラの言葉を待ち続けるのでした。
 
 「は…い…っ♪ご、ご主人様に…おっぱいだけじゃなくて下も…ぉ♪イジイジして貰えるのを…ラウラはずっと…ずっと待ってたんですぅ…♪」
 「ふふ…良い子ですね」
 「んあぁ…っ♪」
 
 素直に期待していた事を認める彼女にご褒美をあげようと私の唇は再び乳首を食み、指は彼女の内股を這いまわり始めるのです。下着も着けてないそこはラブジュースで溢れかえっていて、指を這わせるだけでにちょにちょといやらしい音をかき鳴らすほどでした。一回一回に指に絡み付いてくる粘液は不快といっても差し支えのないものでしょう。しかし、それもまたラウラが私を求めてくれている証だと思えば悪くはない気がするのでした。
 
 ― それに…こういうのも興奮しますしね。
 
 あくまでお金で結ばれた契約としての性交渉しか知らない私にとって、こんな風に相手を悦ばせるのはとても新鮮でした。まして相手が憎からず思っている相手なのですから、さらに興奮が掻き立てられるのです。特にふとももの付け根辺りまで指を這わせた瞬間にドロドロと出来立てほやほやの熱い粘液が秘所から絡み付いてくるのは格別と言っても良いほどでしょう。ただでさえ性的で吸いついてくるようふとももとは言え、微かな快感すら感じるほどなのですから。
 
 「どうです?私は期待に添えていますか?」
 
 そんな自分を誤魔化す為に紡いだ言葉は、私自身でも自覚できるほど虚ろに響きました。完全に性欲に火がついた今のラウラが内股を撫でられるだけで満足できるはずがありません。一度、魔物娘の本能が目覚めてしまえばその奥に精液を受けるまで彼女たちは止まらないのですから。胸よりも遥かに弱い下半身の愛撫が彼女の期待通りであるはずがありません。
 
 「もっと…ぉ…♪もっと強くぅ…♪もっと奥にくだしゃい…っ♪ご主人様の御指で…淫乱メス奴隷のオマンコをくちゅくちゅしてぇっ♪」
 
 それでも意地悪な言葉を紡いだのは、ラウラの恥ずがる姿と言葉が欲しかったからです。しかし、彼女の魔物化は私の想像するよりももっと深く、何より早く進行しているのでしょう。殆ど逡巡を見せないまま、ラウラはそう答えるのです。既に身も心も完全に私のメス奴隷に堕ちた彼女に言葉に聞いている私の方が恥ずかしくなるくらいでした。
 
 「くちゅくちゅって具体的にどうすればいいんです?何時も貴女がオナニーしているように教えてくださいよ」
 
 普段であれば赤くなってそれだけで数度はからかえるはずなのに、今のラウラは羞恥を全て欲情へと変えるようにあっさりとオネダリして見せるのです。そこまで魔物化が進行した今のラウラに下手な言葉責めは強烈なカウンターを貰いかねないでしょう。そう判断した私はもっと直接的に、ラウラの羞恥心を煽ろうとするのでした。
 
 「オマンコは…オマンコはご主人様のモノですからっ♪ラウラのオマンコはご主人様専用でしゅから…ラウラも触っちゃいけないんれす…っ♪らから…ふくっ♪お、オナニーの時もラウラはオマンコ触ってましぇん…っ♪」
 
 しかし、それもまたラウラの健気な言葉によって、私の興奮へと変換されてしまうのです。あまりにも健気過ぎて口からデマカセを言っているのでは?と表情も伺って見ましたが、特に嘘を吐いている様子は見て取れませんでした。それに愛しさに近い表情を抱く反面、ラウラを求めるオスの衝動が再び高まるのを感じます。
 
 「…本当ですか?」
 「ふぅ…くぅんっ♪嘘だと思うなら…ご主人様の指で全部、確かめてくだしゃい…っ♪」
 「…中々、言うじゃないですか」
 
 挑発とオネダリを同時に繰り出すラウラに私は素直に賞賛の言葉を送りました。確かにそう言われれば私としては確かめるしかなくなります。仮にも『ご主人様』である私が奴隷を前に尻込みなどしてはいられないのですから。多少、焦らしたり意地悪する事はあっても、挑発に乗ってやらなければ立場が逆転してしまうでしょう。
 
 ― なら…突き進むしかないですね。
 
 単純故に明快な答えを導きながら、私の手は彼女の内股を撫で上げていきます。その先端がラウラの秘所へと触れてまた耳の奥で糸を引くようないやらしい音をかき鳴らしました。しかし、私はさっきまでとは違い、そこから離れるような真似はしません。寧ろ指をラウラの顔側へと向けて、掌で秘所を包み込むように密着させるのです。
 
 「ああぁ…っ♪あ…ん…あああぁ…♪♪」
 
 自分の秘所が私の掌によって包み込まれているのを感じるのでしょう。再び背筋を震わせるラウラは陶酔した声をあげました。決して抵抗の為ではないその言葉を心の中に刻み込みながら、私は見えないスカートの中で人差し指と薬指の間を開けていきます。抑えられた皮が指によって二つに裂かれ、間の亀裂の口を大きくなっていくのが分かりました。
 
 ― その奥から愛液がたっぷりと溢れてきて…。
 
 半ば閉じた形であった秘所から休みなくこぼれ落ちていたその粘液は今が好機とばかりに一気にラウラの体外へと広がっていくのです。出入り口を塞ぐ私の手では抑えられないほどの勢いを持つそれはあっという間にスカートにシミを作り、彼女の身動ぎの度ににちゃにちゃと水音をかき鳴らすようになるのでした。交わりを彷彿とさせるその音を聞きながら、私の指はゆっくりと開かれたクレヴァスに沿って動き始めるのです。
 
 「んんんっっ♪♪」
 
 粘膜をそっと撫でるだけの刺激でもイき続けて敏感になったラウラには強いのでしょう。唇をきゅっと真一文字に結びながら、身体に大きな震えを走らせるのでした。何かを我慢するようなその様子に意地悪な私はどうしても嗜虐心をそそられてしまうのです。彼女が何を我慢しているのか聞いてみたいと呟きながら、密着させた掌を上下へ動かしていくのでした。
 
 「ふきゅぅぅ…ぅっ♪」
 
 ある意味、粘膜以上に敏感なクリトリスを押し潰すような刺激にラウラが甘い声を漏らしました。しかし、それは一瞬で、すぐに唇の奥へと閉じ込められてしまうのです。さっきまであれだけ喘いでいたというのにどうして今更、我慢するのかは分かりませんが、彼女が必死なのだけははっきりと伝わってくるのでした。
 
 ― だったら…もっと虐めたくなってしまうじゃないですか。
 
 彼女が我慢すればするほどそれを崩してやりたくなる私にとって、それは眼の前にぶら下げられたご馳走も同然でした。反射的に食いつくように手を陰核へと移動させ、包皮ごと中指で押しこむのです。敏感な陰核への直接攻撃にラウラがピンと足を伸ばして主張をしますが、唇は結ばれたままでした。そんな彼女をもっと追い詰めようと、クリトリスを中指と親指で摘みあげた瞬間、ラウラの奥から熱い粘液が吹き出してきたのです。
 
 「ふああぁぁぁぁぁっっ♪♪」
 
 膣穴の上から熱い潮を吹き出しながら、身体中を痙攣させる姿は今までの絶頂とは比べものにならないほど激しいものでした。きっとその頭の中では快楽が弾けて、前後不感覚に陥っているのでしょう。そっと彼女の顔へと視線を向ければ半開きになった口から唾液がこぼれ落ちていました。普段のお嬢様然とした姿からは想像も出来ないほどだらしない姿は見ているだけで胸がドキドキするほど淫猥です。
 
 ― ラウラ…っ!
 
 全身で絶頂を表現する彼女の美しく、そして淫らな姿に興奮を抑えきれなくなった私はラウラの乳首を吸い上げました。子どもとは比べものにならない大人の肺活量に勃起した乳首が乳輪ごと奥へと引きずり込まれるのです。それに謎の安心感を感じながら、私は彼女の乳首に歯を押し当てるのでした。
 
 「あぁぁっ♪や…んあああぁぁっ♪♪」
 
 上下から歯の間で挟まれる刺激と陰核から沸き上がる絶頂の所為でしょう。叫びにも近い嬌声をあげるラウラの痙攣は止まる気配を見せません。それどころか摘み上げた陰核を指の間で転がす度に背筋を反らせて痙攣を強くしていくようにも感じるのでした。あまりにも強すぎるそれに彼女が壊れてしまうのでは、と一瞬、不安になるほどです。
 
 ― けれど、ラウラの腕は相変わらず私の頭を離しません。
 
 まるでもっとして欲しいとオネダリするように私の頭を抱きしめてくれているのです。ならば、私は彼女の『ご主人様』としてその期待に答えるべきでしょう。少なくともここで尻込みして愛撫を止めるべきではない。そう心の中で自分を後押ししながら、私は乳首を弄る指に力を込めるのでした。
 
 「イくっ♪イキましゅっ♪イキっぱなしなんれしゅぅっ♪♪ご主人様ご主人様ご主人様ぁぁっ♪」
 
 嬌声を私への報告へと変えたラウラが必死に私の事を呼び続けます。それをオネダリであると受け取った私は彼女の乳首を摘んだままぎゅっと上へと引っ張るのでした。
 
 「きゅぅぅぅぅぅぅんっっっ♪」
 
 興奮と充血で赤く染まった乳首が真上へと引き伸ばされる姿は何処か美しく、残酷なものでした。しかし、見た目の残酷さとは裏腹に彼女の口から漏れるのは嬌声であり、その身体に走る震えは絶頂に依るものなのです。それに後押しされるように私の指はラウラの乳首を引っ張ったまま手の中で転がし始めるのでした。
 
 「あぁぁっ♪乳首がぁっ♪ご主人様の手でクリクリしゃれて…っ♪とってもぉっ♪とってもエッチで感じりゅんですぅ…っ♪」
 
 快楽に慣れ始めたのか、或いは絶頂で頭のネジが何本か吹っ飛んだのか。ラウラは何も言っていないにも関わらず、淫らな実況を開始しました。ただでさえ甘い彼女の声で感じている様子を伝えられて、私がマトモでいられるはずがありません。ラウラの声で頭の中が一瞬で真っ赤になってしまったのです。ラウラと同じように高まり過ぎた興奮で前後不感覚に近い状態になった私の歯は彼女の乳首を逃がさないように捕まえながらゆっくりと転がすのでした。
 
 「あきゅんっ♪あはぁっ♪勿論、そっちのちきゅびも…ぉっ♪カリカリコリコリしゃれて最高れすぅっ♪りょーほぅのお胸でぇっ♪ラウラの淫乱おっぱいイキまくりなんですよぉっ♪」
 
 ― またそんな事言って…っ!
 
 真っ赤になった思考が少しずつ晴れようとしていた瞬間にまた甘い声が私の脳を震わせるのです。『ご主人様』に戻る余裕もないまま、解き放たれたオスの衝動が彼女の声に従って愛撫をエスカレートさせていくのでした。さらに強く、性感帯を攻め立てる私の指と舌に細い彼女の身体がまた震えを走らせ、絶頂へと至るのです。
 
 「ご主人様…ぁご主人様…ぁぁっ♪もう…こんにゃ…のぉっ♪♪」
 
 十数回目の絶頂に全身を震わせながら、ラウラが必死に唇を動かすのです。しかし、その間にもケダモノと化した私の身体は止まってはくれません。『ご主人様』としては彼女の要望を聞き入れ、或いはそれをまた辱める材料にしてやりたいのに身体の内側から燃え上がるような興奮が私を愛撫へと走らせるのです。勿論、絶頂の途中でそれを受けるラウラの身体は何度も跳ね、嬌声に言葉を途切れさせるのでした。
 
 「ひぅぅっ♪ら、ラウラは…ラウラはもふ準備万端れすぅ…♪濡れ濡れ処女オマンコが…あぅんっ♪ご、ご主人様のオチンポを欲しがって、疼きまくってりゅんですぅ♪」
 
 ― その瞬間、『ご主人様』にまた大きく天秤が傾きました。
 
 私が教えるまでもなく紡がれた淫猥なオネダリに私の嗜虐心が興奮を押しのけました。再び身体の勢力圏は私の倒錯趣味の方へと傾き、愛撫の手を緩めさせるのです。それに手応えを感じる一方でラウラからもたらされた究極とも言える二択に私は少なくない動揺を覚えるのでした。
 
 ― 勿論…それに応えてやりたくないと言えば嘘になります。
 
 既にラウラが出来上がっているのはこうして愛撫している私にだって分かります。陰核と少しこすれ合うだけで彼女の身体の奥からは熱いラブジュースが溢れ出し、指の間に絡み付いてくるのですから。下手な湿地帯よりも湿った秘所はもう私の肉棒を受け入れる準備が整っている事でしょう。今であれば強引に挿入した所でラウラに痛みを与える事はきっとありません。
 
 ― けれど…それとはまた別に彼女を焦らしたい気持ちもあって…。
 
 これまで彼女のオネダリには応え、飴を与えてきました。そのお陰でラウラはこれだけ淫らなオネダリが出来るまでに成長――と言っていいのかは疑問ですが――したのでしょう。けれど、此処から先は決してそれだけで済ませてはいけないのです。必ず飴が貰えるのではなく、時としてそうではない時があるからこそ貰える飴は輝くのですから。
 
 ― 特に…挿入なんて言うのは最後の切り札も同然です。
 
 魔物化がかなり進行しているラウラの膣内に挿入した瞬間、私が射精するのはきっと免れないでしょう。ただでさえ、禁欲的な生活を続けてきた上での展開なのです。どれだけ私側に有利な条件であったとしても、我慢など出来るはずがありません。その瞬間、立場が逆転しかねない以上、今のうちに彼女の心身に自分の立場というものを刻み込んでおかなければいけないのです。
 
 「…忘れたんですか?これは貴女の『お仕置き』なんですよ?貴女の望む通りに進む訳ないじゃないですか。もっと我慢なさい」
 「そ、そんな…ぁっ♪♪」
 
 乳首から口を離してからの突き放すような言葉にラウラの声に辛そうな響きが混ざりました。いえ、きっと本当に辛いのでしょう。私が思考に沈んでいる間にも彼女は何度も絶頂を繰り返していたのですから。絶頂の度により敏感に、より貪欲になっていっている様子が愛撫する手から伝わってくるようです。魔物娘は一度、発情してしまうと精液を取り込むまで止まらないという話を聞きますし、今のラウラはイく度に強くなる疼きに苛まれているのかもしれません。
 
 「も…もう半年も我慢したんでしゅっ♪ご主人様に犯されたくて、ご主人様のオチンポ欲しくて半年間ずっとずっと毎日、我慢してたんですぅっ♪らから…っらからぁっ♪」
 「そうですか。なら、半年間も待ってたんですし、後一時間くらい我慢出来ますよね」
 「い…ちじか…!?」
 
 私の無情な言葉にラウラの表情に絶望が浮かびました。まるでずっと求めていたオアシスが蜃気楼であった事に気づいた旅人のような表情に私の嗜虐心が満足感を得るのです。しかし、それと同時に再起の機会を狙っていた衝動が再びじわじわとその力を増し始めるのでした。
 
 「ら、ラウラはもうご主人様以外とはぁ…だ、誰とも話しませんからぁっ♪身も心…未来までじぇんぶ、ご主人様だけのモノになりましゅぅっ♪ご主人様に犯されるだけの淫乱メス奴隷になりますからぁっ♪だ、だから…だから、オチンポをぉっ♪ご主人様の太くて大きいオチンポくだしゃいぃっ♪」
 
 そんな私の下で諦めきれずにラウラが甘いオネダリを繰り返すのです。もう本当に限界なのでしょう。ただでさえ、尊厳や理性も投げ出して一心不乱に私の肉棒を乞うていました。そんな彼女に思いっきり肉棒を突き立てて、子宮の奥から征服してやりたい気持ちがさらに高まり、私の心を大きく揺らし始めるのです。
 
 ― このままじゃ…まずいですね…。
 
 後頭部の部分から赤い熱が広がっていくのを感じた私は胸中で溜め息を吐きました。本当はもっと焦らしてやりたかったのですが、もう私自身が衝動を抑え続けるのが難しそうです。このまま下手に抑圧を続ければ、心身のバランスを取るために射精しかねないほどに私の興奮は高まっているのですから。ならば、今の間に辱められるだけ辱めておいてやろう。そう思考を切り替えた私はクリトリスに秘所を開いていた人差し指を向かわせ、そっと爪を立てるのでした。
 
 ― そのまま周囲をクルンと回ってやれば…。
 
 既に小さな真珠を彷彿とさせるほど大きくなっていた肉腫が人差し指の動きによって、その包皮を脱がされるのです。敏感過ぎるが故に保護されていた陰核のヴェールを上手く剥ぎ取れた事に私は内心、ガッツポーズをしました。正直、見ないまま陰核の包皮を剥ぎ取れるなんて思ってもみなかったのです。
 
 ― それに後押しされるように再び中指と親指で摘んでやれば…。
 
 「〜〜〜〜〜〜っっっっ♪♪♪」
 
 コレまで以上の大きな震えを走らせながら、ラウラの姿勢はブリッジを彷彿とさせるものに変わりました。顎を天井へと向けて、腰を浮かせるからは嬌声一つ聞こえません。けれど、それは決して感じていないからではなく、クリトリスへの刺激が強すぎるからなのでしょう。しかし、そうと分かっていても、私はそれを緩めるつもりはありません。
 
 「では、後十回ほどイキましょうか。そうしたら…ご褒美あげますよ」
 「ぁっ♪あぁっ♪あぁぁっ♪」
 「とは言え、貴女は女性で男性とは違ってイッているのかイッていないのか分からない訳ですからね。ちゃんとイッた時はイッたと報告してください。じゃないとカウントになりませんよ」
 「ふあああぁっ♪ああああぁぁっ♪」
 
 ― 私の言葉にラウラは一度も返事を寄越しませんでした。
 
 イき続けて敏感になった身体の中でも特に鋭敏な部位を直接弄られている訳なのです。返事など出来る余裕があるはずありません。それでも私の言葉を知覚できるのか、ラウラの首は必死に上下していました。それを了承の意であると受け取りながら、私は彼女の胸に再び吸い付くのです。
 
 ― それから彼女の乳首に再び歯を這わせて…。
 
 「んにゃあぁぁぁぁ♪♪」
 
 そのまま歯で上下に扱くようにするだけで彼女の身体はあっさりと絶頂へと突き上げられました。けれど、本人の自己申告がない以上、カウントする訳にはいきません。無効であると心の中で冷酷に告げながら、私は胸を愛撫し続けていた手をそっと手放すのです。
 
 ― 瞬間、彼女の胸がふにょんと柔らかく元の形に戻りました。
 
 しかし、それに安堵する暇を与えず、私の手は再び彼女の乳首へと襲いかかるのです。そのまま再び摘み上げ、手の中でコリコリした乳首を弄ぶのでした。転がすのを優先する圧力では、元の形状へと戻ろうとする力には逆らえません。私の指の間から乳首がゆっくりと離れようとするのを止めないまま、私は何度も彼女の乳首をいじり続けるのです。
 
 ― 勿論、再び手放した乳首をそのままにしておくはずもなく…。
 
 何度も摘み、手放すという愛撫を繰り返しながら、私は彼女の肢体を堪能し続けました。柔らかい胸も、コリコリした乳首も、ピンと張った陰核も全てが私の手の中にあるも同然なのです。三つの性感帯から与えられる刺激に彼女が何度も絶頂へと突き上げられるのを見ながら、私の中の支配欲もまた充足へと向かっていくのでした。
 
 「んあぁぁっ♪きゅふうぅん♪♪」
 
 そんな私とは裏腹にラウラの表情には苦悩の色が混じり始めていました。後十回と言い出してから数えても彼女は既に二十を下らない数の絶頂を経験しているのです。ほんの少し乳首を摘まれるだけで、ほんの少し乳首を食まれるだけで、ほんの少し陰核をこすられるだけで今のラウラは容易くイッてしまうのですから。
 しかし、その間、彼女は嬌声をあげ続けているだけでカウントが一つも進んではいません。あと少しのようでまったく進んでいないというのがラウラにとっては辛いのでしょう。快楽を浮かべる表情に少しずつ勢力を広げつつある苦悩の表情に私の胸に微かな痛みが走りました。
 
 ― …仕方ないですね。
 
 このまま弄り続けても彼女が十回宣言出来るまでにはかなりの時間がかかるでしょう。魔物娘は快楽に対する耐性が高いと聞きますが、今のラウラは言葉一つ紡げないほどに持て余しているのですから。何れはそれにも慣れるとは言え、私がそれまで我慢できる保証はありません。考えうる限り最悪の展開――私が我慢できずにラウラを襲い、その上、あっさりと果ててしまう――を回避する為にもここは余計なリスクを背負うべきではないでしょう。そう心の中で結論づけて、私は充血した乳首からそっと唇を離すのです。
 
 「まったく…言いつけ一つ守れないなんて貴女は本当にダメな奴隷ですね。ちゃんと宣言しないとダメだって言ったのに、一人で何度もイきまくって…恥ずかしく無いんですか?」
 「くぅぅぅんっ♪♪ひあ…ぁっ♪」
 
 責めるような私の口調にラウラの背筋にまたビクビクと震えが走ります。イキ続けて敏感になった今のラウラにとって言葉尻一つでも絶頂に押し上げられるようなものなのでしょう。ある種、被虐趣味の境地とも言える領域に踏み入れはじめている彼女に感心めいたものを感じながら、私は再び唇を動かしました。
 
 「このままじゃ埒があきませんしね…。仕方ないですし、一回宣言出来ればご褒美をあげますよ」
 
 ― あくまで譲歩の形を取った私の言葉にラウラの表情に希望の光が差し込みました。
 
 ぱぁと言う音が聞こえてきそうなほど一気に明るくなったその表情に私の胸もまた晴れていくようでした。何だかんだ言って、私はラウラにベタ惚れなのでしょう。嗜虐趣味に彼女を付きあわせているにも関わらず、明るい彼女の表情を見るだけで歓喜の色が強くなるのです。矛盾だらけの自分の胸中で自嘲を混ぜた溜め息を吐きながら、私はそっと摘み上げた乳首に爪を立てるのでした。
 
 「んきゅぅんんっ♪♪」
 「ほら、後たった一回でご褒美なんですよ。貴女がどれだけダメなメス奴隷でもそれくらいは出来るでしょう?」
 
 唇を胸に戻さないまま、私は言葉でラウラを責め立てるのです。勿論、そこにはもう私自身が限界に近いという打算も含まれていました。身体中全てがオスを誘惑するような彼女の肢体を前にしてずっとお預けを喰らっていたのです。私のオスの象徴からはもうカウパーが止まらず、張り付いた下着とこすれ合う刺激だけで射精しそうになっていたのですから。
 
 ― しかし、それでも撤回だけは私のプライドが許しません。
 
 譲歩とは違い、撤回は完全に私の敗北なのです。特に挿入を前にした今回のようなケースでは、欲望に敗北したということが思考の鈍っているであろう彼女にもはっきりと分かるでしょう。性転換という特殊な経緯を経て、同性であった私へと告白してくれたラウラがその程度で私を嫌いになるとは別に思ってはいません。しかし、彼女の『ご主人様』としてみっともないところを見せたくはないのもまた事実なのです。
 
 ― だから…早く…っ!
 
 疼きとも痛みとも言い切れない信号を絶え間なく脳へと送る肉棒を抑えつけながら、私は心の中でそう呟くのです。自然、私の愛撫の手も緩まり、彼女が言葉を紡げる余地を整えていくのでした。そんな私の意図をラウラも察したのでしょう。快楽に歪んだ顔に真剣そうな色を混ぜながら、必死に口を動かそうとしているのが分かります。
 
 「い、イき…ましゅぅっ♪イくのっ♪ご主人様にクリクリされてラウラぁ…イきましゅぅっ♪♪イく…っ♪イくイくイくイくぅぅっ♪♪」
 
 ― その瞬間、ラウラの秘所からまた暖かいものが一気に吹き出してきたのです。
 
 最初の頃ほどではないとは言え、勢い良く私の手に吹きつけた熱い液体は私の身体そのものを熱くするようでした。まるで皮膚から媚薬を吸収しているような感覚に、ただでさえ荒かった私の吐息がさらに激しくなっていくのです。ハァハァと発情したケダモノのような息を吐く私の目の前でくたりと脱力した身体を晒すメスがいるのでした。
 
 ― それを認識した瞬間、私の中の天秤は完全に傾いてしまいました。
 
 「きゃ…っ♪」
 
 欲望で頭だけはなく、身体の内側全てが真っ赤に染まったのを感じた瞬間、私は脱力したラウラの身体を抱き上げました。俗に言うお姫様抱っこの形で地面から離された彼女が小さく悲鳴をあげるのです。しかし、それでもラウラは私に抵抗を見せません。それどころか期待と恋慕で潤んだ瞳で嬉しそうに私を見上げてくるのです。
 
 「ごしゅひん…さまぁ…♪」
 
 途切れ途切れに私を呼ぶ彼女に小さく頷いて、私はそのまま応接室の方へと足を進めます。そこにはもう彼女の体液でびしょ濡れになっている床を掃除するような余裕は残されてはいません。ずっとお預けを喰らっていたご馳走を、早く喰らいたいと叫ぶ衝動と…そしてラウラを愛しく思う気持ちだけが残っていたのですから。
 
 ― その気持ちとラウラの肢体を抱きながら、私は応接室への扉を開き…。
 
 柔らかいソファーにラウラの身体をそっと下ろします。そのまま背もたれを倒し、ベッドの形へと変形させるのでした。それなりに高級なこのソファーベッドはスプリングもしっかりと効いています。本物のベッドからすれば少し手狭ではありますが、硬い床の上でセックスするよりは大分、マシでしょう。
 
 「…ご主人様…やっぱり…優しいです…♪」
 
 その準備をしている間に多少は身体も落ち着いてきたのでしょう。ラウラがさっきより落ち着いた口調で嬉しそうに呟きました。それでも未だに呼吸は落ち着く事がなく、時折、震えを走らせている辺り、余韻が収まった訳ではないのでしょう。もしかしたらもう魔物娘らしい性に対する抵抗力を身に付け始めているのかもしれません。
 
 ― なら…きっとその膣内も…。
 
 魔物娘に相応しいモノになっているのかもしれない。そう考えるだけで私の咽喉はゴクリと音を鳴らしました。瞬間、焦らされ続けた肉棒が疼きを走らせ、早く貪れと訴えかけるのです。それを押し留めるものは既に無く、私は彼女の言葉に応えないまま、その上着に手を掛けるのでした。
 
 ― そのまま私に身を委ねる彼女の服を上へと引っ張っていき…。
 
 ボタンを途中まで外された衣服は腕の辺りで引っかかり、彼女の姿勢を腕を曲げた万歳のような形に固定するのです。その控えめな胸や紅潮した肌を見せつけるような姿勢に私の欲望がさらに燃え上がりました。服の皺を考える余裕すら失った私は彼女のを無理矢理、引きずり下ろすのです。
 
 ― そんな私の目の前にすらりとした足が晒され…。
 
 普段、決して見ることのない素足はもう愛液と潮でびしょびしょになっていました。ロングスカートを伝って膝まで濡れたその姿は私の瞳にとても艶かしく映るのです。魔力の光を受けて、妖しく光るそれに思わず生唾を飲み込んでしまいました。
 
 ― …本当に綺麗…ですね。
 
 傷一つ無い珠のような肌がなだらかなカーブを描く恥部周辺には恥毛もありません。ただ、ひくひくと痙攣する一筋の割れ目があるだけです。その間から透明な液を垂らす淫裂は何処か神聖で、そして何より淫らに私の目には映るのでした。そして、まるで誘惑するような薄い筋を見ながら、私の手は自分の腰へと移動していくのです。
 
 ― そのまま一気にズボンと下着を纏めて引きずり下ろすのです。
 
 「そ、それが…ご主人様の…♪」
 
 彼女が陶酔の言葉を漏らした瞬間、解放された肉棒がブルンと大きく揺れました。同時に大きく反動がつけられた亀頭が一瞬だけ私の腹筋と触れ合います。剥き出しになった真っ赤な粘膜への刺激に肉棒が突き刺さるような快楽を脳へと伝えました。気を抜けば射精してしまいそうなそれを必死で堪えながら、私はベッドへと横たわるラウラの元へと近づいていくのです。
 
 「ご…ご主人様…あ、あの…」
 
 そんな私に向かってラウラが言葉を紡ぎますが、私はもう止まれません。期待と欲情を浮かばせる彼女の頬をそっと撫でてやりながら、彼女のふとももにそっと手を添えるのです。そのままドロドロと言っても過言ではない内股を撫でるように開かせながら、私の腰は亀頭の先端をラウラの秘所へと添えるのでした。正常位の形で私を受け入れるラウラは特に抵抗を示しません。それでも、その瞳が不安の色が見え隠れしているのはきっと――。
 
 「ら、ラウラは…その…普通じゃないですから…も、もし…変に感じたらすぐに…」
 「…大丈夫ですよ」
 
 ― 不安そうな彼女の言葉に私は少しだけ冷静さを取り戻す事が出来ました。
 
 今のラウラは男性であったというコンプレックスを不安に変えているのでしょう。けれど、私はその事について特に不満も不安もありません。何せ今の彼女はそこらの女性よりもよっぽど女性らしく、そして魔物娘らしさを剥き出しにしているのです。その膣内もきっと極上のものになっているでしょう。
 
 「まぁ、前がダメでしたら後ろもありますしね」
 「…後ろ…ぉ♪」
 
 冗談っぽく言った私の言葉にラウラが小さく咽喉を鳴らしました。きっとその脳裏ではお尻を犯されている姿が浮かんでいるのでしょう。熱に浮かされたような瞳をさらに潤ませながら、彼女は小さく身体を震わせます。
 
 ― …一応、冗談のつもりだったんですけどね。
 
 普通であれば怒ってもおかしくはない私の言葉に反抗しないどころか、期待するような様子すら見せるのです。もしかしたらアナルの方にも高い適性を持っているのかも知れません。
 
 ― まぁ…それは追々…です。
 
 アナルでも感じるように調教するのには惹かれますが、今回は私たちの記念すべき初体験なのです。今は心に置いておくだけに留めて、目の前の交わりに集中すべきでしょう。そう結論付けた瞬間、私の中に芽生えた若干の冷静さが霧散して消えて行きました。代わりに勢力を一気に取り戻したオスの衝動が私の肉棒を掴み、位置の調整を行うのです。瞬間、膣穴から湧き出た愛液が先端の亀頭に絡みつき、くちゅりと淫らな水音をかき鳴らしました。
 
 ― けれど、それはただ音を鳴らしただけではなくて…。。
 
 愛液に触れた部分から特に強い疼きが走るのでした。ジンジンとした熱と共に湧き上がるその疼きに思わず手が亀頭の方へと伸びそうになってしまいます。幸いにしてセックス直前というシチュエーションがそれを押し留めましたが、そうでなければ私の手は亀頭を握りしめ、自慰していた事でしょう。
 
 ― 唾液だけでも媚薬のようだと思いましたが…。
 
 しかし、肉棒に走った疼きは唾液の時よりさらに強力で激しいものでした。恐らく愛液の方がよりサキュバスの魔力が含まれているのでしょう。そんな愛液に溢れる部分に今から肉棒を差し込む。その期待と本能的な恐れに私の胸は震えました。
 
 「では…いきますよ」
 「はい…っ♪」
 
 彼女の言葉を聞いてから私の手は陰裂を開き、ピンク色の粘膜を露出しました。まだ誰にも触られた事のない鮮やかな桃色に向けて、私の腰はゆっくりと進んでいきます。亀頭の先端が陰唇を超え、鮮やかな桃色の粘膜とこすれ合った瞬間、私の腰にビリビリとした感覚が走りました。思わず腰が震えそうになるほどの快楽をねじ伏せながら、私は亀頭で柔肉を押し広げていくのです。
 
 「あぁぁっ♪ご主人様のオチンポ…がぁ…っ♪」
 
 初めてとは思えないほど喜悦に塗れたラウラの言葉を聞きながら、私はぎゅっと歯を噛み締めました。彼女の膣穴に入り込んだ亀頭には燃えるような熱とドロドロの愛液が絡み付いてくるのです。その上、未踏地であったそこはとても窮屈で、肉棒を締め上げられているようでした。ただでさえ、焦らされ続けて敏感になったムスコがその刺激に耐えられる訳がありません。さっきから射精させろと脳に信号を送り続けていました。
 
 ― けれど、流石に挿入途中でイくのは男の沽券に関わります。
 
 ラウラが頼ってくれるような『ご主人様』になる為にせめて挿入し終えるまで我慢したいと私は必死に顎に力を入れて我慢を続けていたのです。しかし、それもそう長くは続きません。今の時点でも精嚢がきゅっと引き上がり、精液を送り出す準備を始めているのですから。
 
 ― ですが…強引に腰を進めるというのも…。
 
 ラウラはただ処女であるだけではなく、ついこの間まで男性であったのです。彼女の肢体に関して特に不安や不満がないとは言え、強引に進めて何かしらの弊害が出ないとも言い切れません。臆病と罵られるかもしれませんが、ここはゆっくりと腰を進めて、慣れさせてやりたいのです。
 
 ― そう考えている間に肉棒が受ける感触が変わり始めました。
 
 恐らく入り口から中腹辺りへと到達したのでしょう。締め上げるような窮屈さだけを持つ入り口付近とは違い、無数のヒダが亀頭へ絡み付いていました。少し腰を進めるだけでゾリゾリとした感触を残すそれに思わず腰が逃げそうになってしまいます。しかし、逃げる訳にも、一気に駆け抜けてやり過ごす訳にもいきません。がっちりと歯の根を噛み合わせながら、私は等速を保とうとし続けていたのです。
 
 「はぁ…っ♪きゅんっ♪」
 
 そんな私の下でラウラの身体がまたビクンと震えました。数センチの太さを誇る肉棒が処女地を蹂躙しているが故の苦痛か、それとも快楽が故の声なのか。射精を堪えようとする私には判別が尽きません。ただ、一つだけ確かなことは彼女が震え、声をあげる度に膣肉は柔らかくなり、より私の肉棒へと密着してくるというだけです。
 
 ― もう…無理…っ!
 
 柔らかくなりつつあるヒダの群れはまるで無数の舌が肉棒を舐め上げているような感覚を私に与えるのです。まるで精液を強請るように媚薬のような愛液を刷り込み、塗り込むその刺激に私の我慢は決壊してしまいました。チカチカと明滅する視界の中で精液が精管へと押し出されるのを感じるのです。
 
 ― うあ…っ!で、射精…るぅ…っ!!
 
 「ふあああああああぁぁっ♪♪♪」
 
 心の中でそう呟いた瞬間、亀頭が膨れ上がり、彼女の膣内に精液を吐き出し始めます。それをラウラも感じたのでしょう。その叫び声にも近い甘い声が彼女の口から溢れました。しかし、その様子を見る事は今の私には出来ません。待ち望んだ絶頂によって、視界が完全に真っ白に染まってしまっていたのです。何も見えないその状況の中で私が感じられるのは射精の度にムスコから弾ける寒気にも似た快楽と、それを暖かく受け入れてくれるラウラの熱い粘膜だけでした。
 
 「う…あぁぁ…!」
 
 寒いのに熱い。そんな矛盾した感覚を感じながらの射精は中々、終わりません。まるで数カ月分の精液を吐き出そうとしているかのように何度も何度も白濁液を叩きつけるのです。暴発にも近い射精の中で腰が砕けそうになるのを感じながら、私は腰を震わせ続けました。
 
 「く…おぉ…」
 「ん…あぁぁ…っ♪」
 
 数時間にも感じる射精の後、私の身体は崩れ落ちそうになりました。快楽で軽く麻痺した腕や足には力が入りにくく、自分の身体を支えるのが困難だったからです。その困難に私のプライドは真っ向から抗い、何とか彼女の前で崩れ落ちるという無様な真似だけは見せずに済んだのでした。
 
 ― それに安堵する私の下でラウラの胸が大きく上下してました。
 
 胸元を見せつけるような姿勢のまま、荒く息を上下させる姿に射精したての肉棒がビクンと震えました。アレだけ射精したにも関わらず、まるで萎える気配を見せない聞かん棒に私は安堵の混ざった溜め息を漏らすのです。幾ら何でもこれだけ情けない射精で終わりは悲し過ぎるでしょう。魔物娘らしい貪欲さを顕にするラウラの膣内もまだまだ満足している様子を見せませんし、まだまだ挽回のチャンスは残されているはずです。
 
 ― とは言え…もう少し休憩が欲しいですけれど…ね。
 
 女性ほどではなくとも男性も射精後は肉棒が敏感になってしまうのです。身体の構造上、連続で絶頂に至る事はほぼ無いとは言え、クールタイムは必要でしょう。少なくとも腰が砕けそうな射精を味わった後、すぐさま挿入を再開できるほど男性の身体は頑丈には出来ていません。
 
 「…ご主人様のざぁめん…とっても美味し…♪」
 「う…」
 
 しかし、そう心を落ち着けようとする私とは裏腹にラウラは陶酔を浮かべた甘い声で嬉しそうに囁くのです。未だ白く霞がかった視界でははっきりとは分かりませんが、それはきっと彼女自身も意図しなかったものなのでしょう。何せラウラは口元から溢れる唾液を拭おうともせず、時折、痙攣を走らせるというだらしない姿をしているのですから。
 
 ― まったく…人の気も知らないで…。
 
 一度、射精したお陰で冷静さを取り戻した理性がそう呟きました。これから休憩しようと思っていた矢先にそんな嬉しそうな声を聞かされたら、身体がラウラを求めてしまいます。挿入途中で放って置かれた肉穴もさっきから挿入を強請るようにきゅっきゅとリズミカルに絞めつけてきているのでした。その上、汗の浮かんだ美しい肢体や谷間から香り立つミルクのようなメスの匂いなどが私の五感を震わせようと迫ってくるのです。下火になり掛けていた興奮が再び燃え上がり、腰がゆっくりと前へと進みだすのでした。
 
 「ん…あぁっ♪ご主人様のオチンポまだまだ元気ぃ…っ♪」
 「えぇ。ちゃんと満足させてあげますから安心なさい」
 
 うっとりとしたラウラの言葉にそう返しながら、ズルズルと音を立てて肉棒が彼女の膣穴を掘り進んでいきます。そこには最初の頃のような抵抗にも似た締め付けはありません。柔らかくねっとりと舐めあげるような膣肉があるだけです。まだ子宮口に到達すらしていないのに慣れ始めた魔物娘の身体に感心にも似た感情を抱きながらも、速度をあげる事は出来ませんでした。
 
 ― …ここで焦ったらまた暴発しそうですしね。
 
 一度、射精してある程度、クールダウン出来たとは言え、ラウラの膣穴は人間とは比べものにならないほど気持ち良いのです。本来であれば男性では出来ない連続射精も彼女の肉穴であれば可能だと思えるほどに。今まで高級娼婦とは言え、人間の女性しか相手にしていない私にとって、未だその快楽は慣れられるものではありません。少なくとも子宮口に亀頭が到達するまでは慣れるのを優先すべきでしょう。
 
 ― もうラウラは慣れ始めているというのに…情けない話ですが…。
 
 そっと彼女の顔を見れば、そこには陶酔と快楽しか見えません。少なくとも処女地を陵辱される辛さや苦痛の色は見当たらないのです。『初めて』は彼女にとって辛いものではない。それを感じさせる表情にラウラを愛する一人の男性として安堵すると同時に、彼女に置いていかれたような錯覚を感じてしまいます。
 
 「っぅ…!」
 
 情けない自分に胸中で溜め息を漏らしそうになった瞬間、また私の受ける肉の感触がガラリと変わりました。今の亀頭が受け取るのはヒダのような感触ではなく、沢山の粒のような刺激です。細かい肉腫に溢れた膣奥はむき出しになった亀頭を磨き上げるように絡みついてくるのです。ヒダと比べて大味なその刺激に、私の腰がまたブルリと震えました。
 
 ― しかも…奥はまた狭くて…っ!
 
 最初の入口に比べれば、まだ抵抗は少ないとは言え、さっきまでとは締め付けがまるで違います。まるで最後の砦だとばかりに肉棒に襲いかかってくる肉腫の群れにゾリゾリと音を立てて亀頭が磨き上げられるのが分かるほどでした。ヒダの感触にようやく慣れ始めた亀頭にとって、それは射精してもおかしくはないほどの快感です。
 
 ― 待て…落ち着け…っ!
 
 彼女の膣内でびくびくと震える肉棒を私は歯を噛み締めて留めました。衝動的に湧き上がった射精への欲求はそれで何とか収まってくれます。それに安堵した瞬間、中腹のヒダが不満そうに竿の部分へと絡み付いてくるのでした。まるで射精しなかった事を不満であると主張するようなその動きに我慢がゴリゴリと削れていくのが分かります。
 
 ― 不味い…早く奥に…っ!
 
 一度目はまだ欲求不満だったとか禁欲生活を続けていたから、と自分でも言い訳が出来るのです。しかし、流石に挿入途中で二度も射精するのは言い訳が出来ない上に情けなさすぎるでしょう。それだけは防がなければ、と追い詰められた私の腰が強引に彼女の膣肉をかき分けて最奥――子宮口を目指しました。
 
 「ふああぁぁっ♪♪」
 
 慎重過ぎるほど慎重であった今までとは違い、一気に最奥を目指した肉棒の動きにラウラが歓喜の声をあげました。今の私にラウラの顔を見る余裕はありませんが、きっと悦びを顔一杯に浮かべた表情をしているのでしょう。それに後押しされるのを感じながら、私の腰はラウラの内股と完全に密着するのでした。
 
 ― 瞬間、私の肉棒にコリコリとした感触が襲いかかります。
 
 膣肉とはまた違った肉厚の感触に私はそこが最奥であるのを悟りました。初めての挿入にも関わらず、ムスコのサイズと彼女の膣穴の長さが同じだなんて何か出来過ぎのような気もしますが、きっと魔物娘の肉体が私のサイズに合わせてくれたのでしょう。一応、人並みレベルの長さはあると自負していましたが、何処までも飲み込むような貪欲な肉穴に不安を感じていたのもまた事実です。胸中にモヤのように垂れこめていた不安が一つ解消されたのを感じた瞬間、私は亀頭の先端に唇のようなものが触れたような気がしました。
 
 「あきゅぅんっ♪♪」
 「う…あああぁっ!」
 
 人では決してありえないその刺激に私が首を傾げた瞬間、その唇が一気に私の亀頭に吸いついてくるのです。それはまるで精管から精液を吸い上げる『お掃除フェラ』のような感覚でした。高級娼婦のするそれと違う点はそれが膣内で行われているという点です。ただでさえ、気持ち良い肉穴の奥で行われるそれはヒダと肉腫、そして根元の締め付けという三つの刺激と共に私の脳へと突き刺さるのでした。
 
 ― やば…い…!声を抑えない…と…!!
 
 そう自制を胸に浮かばせますが、まるで思考能力ごと吸いあげるような子宮口の刺激は強烈でした。我慢するために噛み締めた歯すら緩ませる快楽を完全に弾く事は出来ません。しっかりと噛み締めた歯の間から時折、情けない声が漏れてしまうのです。
 
 「ご主人様…ぁ♪どうですか…?ラウラの…オマンコはぁ…♪」
 
 そんな私の我慢を知ってか知らずか、ラウラは陶酔を目に浮かべてそう問いかけました。彼女だって元は男性でした。既に一度、射精しているのですから気持ち良くないはずはないと分かっているはずです。それでも問いかけてくるのはきっと理屈では誤魔化しきれないほど不安なのでしょう。
 
 「…えぇ。とっても気持ち良くて射精するのを堪えるのに必死なくらいですよ」
 「あはぁっ♪♪」
 
 正直な私の感想にラウラの背筋はブルブルと震えて、きゅっと膣穴が締まります。まるで感極まったような反応に私の肉棒がまた絶頂へと進まされてしまいました。ビクンと肉穴の中で震えて、快楽を表現するムスコの姿に彼女はまた短く嬌声をあげながら、口を開くのです。
 
 「我慢…しなくて良いですよ…ぉ♪ラウラの全部はご主人様専用なんですから…ね♪射精して頂けるだけで…淫乱メス奴隷のラウラはとぉっても幸せなんです…っ♪」
 「ラウラ…」
 「だからぁ…一杯…いぃっぱい、ご主人様のザーメン下さいっ♪ラウラのお腹の中を…最高に美味しい精液で一杯に満たして下さいっ♪♪」
 
 ― そこまで言われて動かない事を選択できる男性が一体、どれだけいるでしょうか。
 
 メスを孕ませてやりたい。支配してやりたいというオスの欲望をこれでもかと刺激する言葉に私のちっぽけな我慢は吹き飛ばされてしまいました。慣れるという選択肢が浮かばないまま、反射的に腰が動いていきます。子宮口という言葉に相応しい唇から亀頭が離れ、ズルズルと音を立てながら肉棒が引き出されていくのでした。
 
 ― それがまた気持ち良くて…っ!
 
 挿入時には強固な壁であった肉穴の締め付けは、そのまま肉棒を逃さない檻に変わるのです。腰を微かに引くだけでカリ首に肉腫やヒダが絡み付いてくる刺激に腰がまた砕けそうになってしまいました。挿入時とはまた違うゾクゾクとした感触に噛み締めた私の歯が剥き出しになるほどです。
 
 「ふゅわぁ…♪ご主人様…ケダモノみたいなお顔を…っ♪」
 
 そんな私の顔を見たラウラが嬉しそうな声を漏らします。目元に力を入れて、歯を食いしばる今の私は人間よりもケダモノに近いものなのでしょう。情けないその姿を理解しつつも、私は中々、それを止める事が出来ません。一瞬でも気を抜けば、身体が動かなくなってしまいそうな柔肉が今も肉棒を締め付けているのですから。自分に気合をいれる為にも力は抜けません。
 
 「く…うぅ…!」
 「きゃんっ♪♪」
 
 それを必死にねじ伏せるように私の腰が再びラウラの太ももと密着しました。瞬間、亀頭から入り込んだ肉の快楽が肉棒の付け根を熱くさせるのです。入り口のキツイ締め付けが、中腹のヒダが、奥の粒が、そして子宮口が吸いついてくる感覚が、一瞬で私の中に流れ込み、射精してしまいそうな熱が荒れ狂うのでした。
 
 ― なのに…どうして…!?
 
 自分を落ち着けるためにも腰の速度は落とさなければならない。ほんの少しだけ私の中に残った理性がそう叫んでいました。しかし、私の身体はまるでそれでは足りないとばかりに腰を進めていくのです。それは相手が処女であったという遠慮もない、自分自身が快楽を貪る為だけを目的とした抽送でした。しかし、ただ前後に腰を振るうだけの私のそれにラウラは甘い声を数えきれないほど奏でてくれるのです。
 
 「は…ぁっ♪♪しゅごい…ですぅっ♪オチンポゴリゴリ来てるぅっ♪」
 
 ついさっきまで処女だったとは到底、思えない言葉を漏らしながら、ラウラの腰も私の方へと突出されるのです。勿論、それは正常位の形で組み敷かれ、腕も拘束されているが故に身動ぎに毛が生えた程度の事でしかありません。
 しかし、それでも単調に前後するだけの挿入に角度をつける程度は出来るのです。抽送の最中にこすれ合う肉が変わる感覚は特にカリ首に対して効果が絶大でした。ラウラの動きによって、肉腫やヒダの群れに突っ込まされるカリ首が愛液と絡み合って、高い熱を持ち、敏感になっていくのを感じます。
 
 「初めてなのに腰を動かして…そんなに私のモノが待ちきれなかったんですか?」
 「んぁ…ぁっ♪はぁい…っ♪ラウラのオマンコはぁっ♪ご主人様のオチンポ欲しきゅて疼きまくってたんです…っ♪淫乱オマンコうずうずしっぱなしだったんですよぉっ♪」
 
 ― 私の言葉にラウラはうっとりとした表情を見せながら応えました。
 
 既に自分が淫乱だと言う事に抵抗はないのでしょう。滑るように紡がれる淫語に大きな手応えを感じます。彼女自身の素質に依るところが大きかったとは言え、お嬢様然としたラウラに淫語を言わせているのは紛れも無い自分なのですから。彼女の心の中まで支配したような錯覚に私の腰がまた速度をあげるのでした。
 
 「はぅんっ♪ご主人様のオチンポがまたぁ…大きくなってみゃす…っ♪♪」
 「貴女があんまりにも可愛いからですよ…っ」
 「っ…♪♪いきなりそんな事言うの反則でしゅよ…ぉっ♪♪」
 
 そう言いながらも彼女の顔には陶酔と喜色が色濃く浮かんできました。凄い勢いで調教が進んでいる反面、ストレートに褒められるのは慣れていないのでしょう。頬を染める姿はとても無防備なものでした。膣肉もきゅっきゅと親愛を表すように肉棒へと抱きついて離しません。自然、ヒダや肉腫の感覚をよりはっきりと感じる結果になってしまい、私の口から小さく呻き声が漏れてしまいます。
 
 「く…ぅ…!」
 「ほぉら…♪ご主人様がしょんな素敵な事を言うから…オマンコきゅんきゅんしちゃってぇ♪また深イキしちゃったじゃないれすかぁ…っ♪♪」
 
 嬉しそうに顔を蕩けさせながら、ラウラの背筋にビクビクとした震えが走りました。すっと浮かんだ背筋が細い腰元を浮き上がらせ、強調させるのです。純白の肌を紅潮させ、汗を浮かばせたそこはまるで最高の彫刻のように美しく、淫らでした。思わずそこを両手で抱え込み、私自身の腰へと引き寄せてしまいます。
 
 「きゅあぁぁんっ♪♪」
 
 抽送に合わせて引き寄せられる彼女の腰が、より大きな刺激となって私たち二人に襲いかかります。悲鳴のような嬌声をあげながら、ラウラの身体にまた震えが走りました。それを意識の端で捉えながら、私の腰が乱暴に動き出すのです。
 
 「あっ♪あっ♪あっ♪あぁぁぁぁっ♪♪」
 
 私の腰の動きに漏らされる甘い声と共に彼女の腰がぱちゅんと小気味いい音を弾けさせます。肉同士がぶつかり合うその音はまるで聞いている私の耳を犯しているような錯覚さえ与えてくるのでした。興奮と快楽によって蕩けた脳をぐちゃぐちゃに掻き回されるような感覚に私の思考もまた絡みあった糸のようにぐちゃぐちゃになっていくのです。
 
 「しゅごいれすっ♪オチンポ奥までズンッてくりゅのっ♪ズンズンって子宮叩かれてましゅぅっ♪♪」
 
 繰り返される抽送にラウラが何度もイっているからでしょうか。最初の頃はぴったりであった彼女の子宮は愛液で滑るように降りてきてるのが分かります。そして、それは精液を強請るような子宮口との距離が近くなるという事でもあるのです。一突き毎に僅かではあるものの降りてくる子宮にオスの衝動が湧き上がるのを止められません。
 
 ― その上…快楽もどんどん増して…っ!
 
 子宮口が近づいた事により、私の肉棒は根元まで入りきれなくなっていました。しかし、それで快楽が薄れたかといえば、決してそうではありません。絶頂によって緩んだ膣肉が柔らかさを遺憾なく発揮し、私の肉棒へと密着してくるのです。そして、同じく絶頂によって締まった柔肉が包み込んだ肉棒に逃がしません。緩みと締まりの双方を何度も繰り返す膣穴は私に慣れる余裕すら与えてくれず、後頭部に宿ったドロリとした熱をドンドンと大きくしていくのでした。
 
 「はぁ…ぁっ♪一杯、しきぅ叩かれてりゅぅっ♪ご主人様もラウラを孕ませたいんでしゅね…っ♪ラウラを…ご主人様専用メス奴隷にしたいんれすねぇっ♪♪」
 「そんなの…当たり前じゃないですか…!」
 
 興奮と快楽によって緩んだ本音と建前の境界が私に本心を紡がさせます。あまりにも恥ずかしいその感情を抑えつけようと私の理性が動き出しますが、時既に時間切れでした。湧き上がる感情をそのまま吐露しようと私の唇が動き出すのです。
 
 「貴女は…貴女は私のモノです…!全部…全部…全部…っ!エイハムにも誰にも…一欠片足りとも渡してなるものですか…!!」
 「あはぁ…っ♪」
 
 醜い嫉妬の感情を剥き出しにする私の首にそっと暖かいものが掛かりました。ふと横を見れば紅潮した肌が私の首筋に回っています。何時の間にか、ラウラに抱きすくめられるような形になっていたのに遅ればせながら、私が気づいた瞬間、私の下で彼女がそっと微笑むのでした。
 
 「ラウラは…ラウラはご主人様だけのモノですよぉ…♪ご主人様の事をずぅっと考えてて…ご主人様としか話さなくて…ご主人様以外には指一本触れさせない…世界で一人だけのメス奴隷なんですからぁっ♪♪」
 
 ― そこまで言ってからラウラはそっと私の腰に足を絡めてきました。
 
 全身で私を逃すまいとする姿に私は暖かさを感じてしまいます。それが女性にとって精液を強請るポーズであると知っているからでしょうか。私の醜い感情を受け止め、子種を欲しがってくれる彼女に愛しさが燃え上がります。胸の中を一杯にするその感情に私は抗う事が出来ず、ラウラの艶やかな唇にキスを落とすのでした。
 
 「ん…っ♪」
 
 唐突なキスもラウラは厭う事がありません。私が目を閉じる瞬間、彼女も嬉しそうに瞼を下ろすのが分かりました。決して拒まれてはいない。その感覚に私は後押しされるように柔らかい唇を舌で割り、また彼女の粘膜を蹂躙し始めるのです。それだけではなく、前倒しになった胸と胸板がこすれ合い、お互いの汗を潤滑油にしてこすれ合うのです。吸い付くような肌が私の硬い胸板を滑る感覚は何処か艶かしく、私の興奮を加速させるものでした。
 
 ― 勿論、その間も私の腰は止まりません。
 
 ラウラの足が絡みついている以上、入り口ギリギリまで引きぬいて子宮まで一気に突き刺す抽送は出来ません。精々、中腹から奥へかけて肉棒で掘り進むのが限度でしょう。しかし、キスの為に視界を閉じた私にはそれで十分過ぎるのです。伏せられた視覚を補おうと鋭敏化する触覚や嗅覚が興奮へと結びつき、快楽を増強させるのでした。
 
 「ちゅ…ぅ…♪ぢゅぅ…んふぅっ♪♪」
 
 そして、彼女の舌と絡みつき、ねっとりと唾液を絡ませる度に、ラウラの膣肉はきゅんと締まるのです。魔物娘の敏感さを発揮し始めた今の彼女にとって、キスの刺激は絶頂するには十分過ぎるのでしょう。実際、私も生暖かくも甘い彼女との交歓に肉棒が疼くのを感じます。上と下の口の両方で繋がっている今の状態は肉同士の交わりという感覚が増幅させ、セックスという行為を強調しているように思えるのでした。
 
 「はぁ…っ♪は…むぅ…ん♪」
 
 そして、きっと今の彼女も同じなのでしょう。ラウラは貪欲に舌を私へと絡ませ、唾液を塗りつけてくるのです。何処か甘えるようなそれに私も応え、唾液を流しこんでやるのでした。それをまるでご褒美のように受け止めながら、彼女の柔肉はきゅんきゅんとリズミカルに締まるのです。
 
 ― それもまたさっきとは方向性が違います…が…。
 
 さっきは身体の中で熱が爆発し、電流が走るような快楽でした。しかし、今は内側からゆっくりと熱が高まり、ドロドロのグズグズに身体が蕩けさせられるような甘い蕩楽が私の身体を支配しているのです。どちらも方向性が違うだけで、おかしくなりそうなほど気持ち良いのは変わりません。
 しかし、思考がドロドロに溶かされ、崩れていくのをより自覚出来るのは今の蕩楽です。自分がゆっくりと堕落し、ラウラの身体から抜け出せなくなりつつあるのをはっきりと分かるのでした。
 
 ― こんなの味わったら…もう娼婦となんて出来ないじゃないですか…っ!
 
 身も心も一つに溶け合うようなセックスなんて娼婦に出来るはずがありません。私も彼女らも相手に求めているのはあくまでビジネスライクな関係であったのですから。しかし、ラウラとのセックスは違います。お互いに心と身体を求め合い、高めあう感覚は私の心をしっかりと握りしめて離しません。もっと彼女とセックスしたい。もっとラウラと求め合いたい。そんな欲望すら私の内側に沸き上がってくるほどでした。
 
 「ぷぁ…♪♪」
 
 射精間近だというのに馬鹿な欲望を抱いた私とラウラの唇がそっと離れました。瞬間、お互いの唇を透明な粘液が結び、橋を作ります。それがゆっくりと重力に惹かれて彼女の胸へと落ちて行くのを見ながら私は名残惜しいものを感じてしまうのでした。
 
 「はぁ…ぁっ♪キスもオチンポも…じぇんぶ美味しい…ですぅ…♪♪ご主人様の全部…最高ですよ…♪」
 
 そんな私の下でラウラが嬉しそうに呟くのが聞こえます。甘い媚と陶酔をたっぷりとまぶしたその言葉に私の胸がまた締め付けられるように感じるのでした。けれど、彼女はそれだけでは終わりません。くぃくぃと誘惑するように腰を前後に揺らし、涎で濡れた唇をゆっくりと動かすのです。
 
 「でも…やっぱりご主人様のザーメン汁には敵いましぇん…っ♪だから…ご主人様…もし…ラウラの身体が♪気持ち良ければ…ぁ♪ラウラの子宮にご主人様の子種汁を…♪」
 「えぇ…私もそろそろ限界ですし…ね」
 「んはああああぁぁっ♪♪」
 
 オネダリするラウラの言葉を遮りながら、私の腰が強引に動き出します。ラウラの足による拘束を振り切る勢いで前後する腰に彼女はまた甘い叫び声をあげました。勿論、再び絶頂へと押し上げられたラウラに負けないほどの悦楽が私へと注ぎ込まれています。蕩楽から一転して激しい快楽を貪り始めた身体が駆け足のようにして射精へと向かっていくのでした。
 
 「ふあぁぁっ♪ご主人様のおっきいオチンポぉっ♪オチンポがまたビクンっれぇっ♪♪」
 
 舌足らずな声でラウラが言う通り、私のムスコはさらに一回り大きくなりました。特にカリ首は顕著であり、ゴリゴリと彼女の膣肉を抉っているのが分かります。竿の部分もヒダや肉腫を押しのけて、蹂躙しているのを感じられるのでした。
 しかし、それはそのまま私へと跳ね返ってくる諸刃の剣でもあるのです。大きくなったカリ首はそのままヒダや肉腫によって絡みつかれる面積が増え、太くなった竿はヒダや肉腫へとより密着する結果を生み出すのですから。単純な快楽量で見れば数倍に近い量が射精寸前の私へと叩きこまれたのです。
 
 ― それに私が我慢出来るはずがありません。
 
 今までずっと死守していた絶対防衛ラインを悦楽が割っていったのが分かります。加速度的に大きくなっていくビリビリとした甘い痺れに腰がビクビクと震えて砕ける一歩手前でした。しかし、それでも私の身体は悦楽を、そしてラウラを求めて動き続けるのです。ぱちゅぱちゅと肉の弾ける音をかき鳴らしながら、真っ赤に腫れ上がっているであろう亀頭で何度も何度も子宮を叩くのでした。
 
 「はぁ…っ!ラウラ…ラウラ…ぁ…!」
 「あふゅんっ♪ご主人様ぁっ♪ご主人様ぁぁ…っ♪♪」
 
 朦朧とした意識の中で必死に彼女の名前を呼ぶ私に、切羽詰まったラウラの声が応えてくれます。それに暖かな感情が胸の奥底から沸き上がってくるのを感じたのと同時に、肉棒の下でぶら下がる精嚢がきゅっと引き上がるのを感じました。快楽を前にお預けを食らい続けた精液に一気に圧力が掛けられるのです。煮えたぎったザーメンが精管へと押し出されていくのを感じた瞬間、私の腰もまた最後の一突きを繰りだそうとしていました。
 
 「いきます…よっ!ラウラ!全部…貴女を全部…私のものに…っ!」
 「はいっ♪来てくださいぃ♪ご主人様の精液一杯子宮に飲ませてっ♪誰が私のご主人様なのか教えてぇ♪子種汁で孕ませて下さいっ♪♪」
 
 ― その言葉を聞いた瞬間、亀頭が最奥へと到達しました。
 
 ぷちゅんと柔らかい肉の唇に受け止められた瞬間、奥からドロドロと愛液が吹き出してきました。まるで泉の源泉を掘り当てたようにちょろちょろと漏れ出す熱い粘液が肉棒へと絡みつき敏感にさせるのです。その上、ぽってりとした肉厚の唇が亀頭へと吸いついてくるのですから我慢など出来るはずがありません。視界が真っ白に染まり、腰から力が抜けた瞬間、鈴口から白濁液が吐き出され始めました。
 
 「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃんっ♪♪♪」
 
 ビュルビュルと音すら聞こえる勢いで精液がラウラの子宮へと文字通りの意味で吸い込まれていきます。鈴口の位置をしっかりと覚えた子宮口は唇をそこへ密着させ、精液を一滴残らず吸い上げていくのですから。さらにヒダや肉腫もこれまで以上に蠢き、竿やカリ首を刺激してくるのです。奥へ奥へと引きずり込むようなその動きは精液を搾り上げられているようにも思えました。何処か暴力的なものさえ感じさせる絶頂は終わる気配すら見えず、腰の抜けた私の身体を何度も震わせるのです。
 
 「はぁ…っ♪ざぁめんっ♪ご主人様の精液っ♪子種汁ぅぅっ♪♪」
 
 身体の中で静電気が幾つも弾けるような絶頂が続き、呻き声すらあげられない私とは裏腹に、ラウラの口からは甘い嬌声が幾つも漏れます。きっとその顔も魔物娘らしい喜悦と陶酔に溢れたものになっているのでしょう。それを想像するだけで私の射精はまた一段と激しくなり、彼女の柔肉の中でビクンと揺れるのでした。
 
 「ひゃぅんっ♪熱いのぉっ♪身体の奥から変になるぅっ♪染まる…っ♪ラウラ、おかしくなりゅのぉぉぉっ♪♪♪」
 
 ― や…ば…っ!
 
 それにラウラは喜悦混じりの妙な言葉を紡ぎますが、私には気にする余裕がありませんでした。お互いにまだ不慣れであった挿入途中での射精とは違い、絶頂が終わる気配がないのです。イき終わる前に敏感な亀頭や竿が刺激され、また絶頂へと押し上げられてしまうのですから。まるで女性のような連続絶頂に私の身体はドンドンと敏感になり、悦楽を増していくのです。雪だるま式に増えていくそれに精液だけでなく魂すら吸い上げられるような錯覚さえ覚えるのでした。
 
 「ぐ…ぅぅ…っ!」
 「はひゅぅぅ…ぅっ♪♪」
 
 身体の中で荒れ狂う悦楽に耐えようと私の身体に力が篭ります。自然、ラウラの腰を掴んだままの手も力が入り、無駄な贅肉のない彼女の腰を凹ませるのでした。しかし、それにも彼女は苦痛の色を見せず、甘い声を漏らすのです。そればかりか、私に絡ませた足と腕に力を込め、誘うように身体を密着させてきました。それに絶頂によって力を奪われている私には抵抗出来るはずがありません。
 
 「あはぁっ♪♪ご主人様の身体、あったかいれすぅ…♪ご主人様でラウラが一杯になってまふよぉ…♪♪」
 
 熱に浮かされたような声でラウラがそう言った瞬間、肉棒から湧き出る精液の量が明らかに少なくなりました。流石にそろそろ肉体的な限界を超えつつあったのでしょう。悦楽も精液の量に従い、ゆっくりと下降ラインを描き始めました。まだ諦めがつかないのか子宮口や膣肉は肉棒を刺激し続けていますが、それでも新たな絶頂には至りません。
 
 「ふぅ…っん…♪♪」
 
 それから少し経ち、射精が完全に収まってからラウラは甘く息を吐きました。ゆっくりと色が戻りつつある視界を下へと向ければ、彼女の控えめな美乳が大きく上下しています。お互いの汗によって艶めかしさを強調するその胸から少し上に視線を向ければ、舌を突き出した彼女の表情が見えました。まるで子宮に注がれた精液を味わっているような表情は完全に崩れています。しかし、その情けないとしか形容出来ない表情が私の目には妙に愛おしく映ってしまうのでした。
 
 「はぁ……はぁ…」
 
 そんな彼女に何かをしてやりたいと思っても、まだ絶頂の余韻が抜け切らない私の身体は動いてはくれませんでした。かろうじて指先は動かせるものの、射精の瞬間に抜けてしまった腰などは回復にもう少し時間がかかるでしょう。たった一度の射精で腰を抜かしてしまう自分の情けなさに内心、溜め息を吐きました。
 
 ― …これもインキュバスになればまた変わるんですかね…。
 
 今まで魔物娘とこうした仲になった事がないからでしょうか。自分の中には何処か『人間のままでも大丈夫』と言ったような奢りがありました。けれど、今、実際にこうして魂すら奪われそうになった私にはそれが大きな誤りであると分かるのです。少なくともたった二度の射精でダウンしているようでは魔物娘を満足させるなんて夢のまた夢でしょう。浮気の心配などしていないとは言え、やはりオスとしては好いたメスを性的に満足させてやりたいと思うのでした。
 
 「ふ…ふふ…♪」
 「…ん?」
 
 そんな私の下で嬉しそうなラウラの声が響くのです。思考に沈みつつあった意識を現実へと向き直せば、崩れていた彼女の表情が幾分、マシになっていました。まだ理性の色は殆どありませんが、会話出来る程度には余裕を取り戻したのでしょう。
 
 「私…こんにゃに美味しいものがありゅなんて…今まで知りませんでしたぁ…♪」
 「う……」
 「しょれにセックスも…ぉ♪こんなに気持ち良くて…こんなに嬉しいものだったなんへ…♪意地張らずにもっと早くに…ご主人様に犯して貰えば良かったです…♪
 
 ― …いや、前言撤回すべきですかねこれは。
 
 確かにラウラは会話出来る程度にはなりました。しかし、その口から漏れるのは私を誘惑するような言葉ばかりなのです。既に二度の射精を経て限界に達した私にはそれに応えてやる力はありません。ここは会話せずに無視を決め込むべきでしょう。
 
 「んぁ…っ♪ふふ…ご主人様のオチンポもぉ…♪もっと早くに犯したかったって言ってましゅぅ…♪」
 「…え?」
 
 彼女の言葉に驚いて意識を下に向ければ、私の肉棒はまったく衰える気配を見せていませんでした。二度の射精で幾分、硬さを失ったものの、まだまだ勃起しているというには十分過ぎる大きさでしょう。精嚢から鈍い痛みすら伝わっている状態で、どうしてムスコはまだそんなに元気なのか。そう困惑を抱いた瞬間、ラウラが私の下でまた口を開きました。
 
 「ご主人様も…まだまだ満足していないんです…よね…♪」
 「それは…」
 
 満足しているかいないかで言えば、間違いなく前者です。寧ろ私としては既に全力投球したくらいのつもりだったのですから。しかし、未だ欲情を燻らせるラウラの前でそれを口にするのはどうしてもプライドが邪魔をするのです。
 
 「ほぉら…♪まだまだこんなに元気です…よぉ♪」
 「うぉ…ぉ!」
 
 答えに窮する私にラウラはリズミカルに膣肉を動かして見せました。右へ左へと淫肉を動かし、じゅるじゅると音を立てて肉棒をしゃぶるような刺激に思わず口から呻き声が出てしまいます。魔物娘の身体に順応しつつあるラウラにとってこの程度は朝飯前なのでしょう。自身の顔に強い快楽を浮かばせつつも、その動きには卒がありません。
 
 「んふふ…♪ほらほらぁ…このままだと何もせずにイかされちゃいましゅよ…♪それとも…ご主人様には本当はそういう趣味もあったんですかぁ…♪」
 
 ― こ…のぉ…!!
 
 私に忠誠を誓った身の上であるにも関わらず、からかうようなラウラの言葉に私の反骨心が一気に燃え上がります。このまま負けてなどやるものかと燃え上がった胸が全身に力を行き渡らせるのでした。衝動にも近いそれは抜けていた腰と言えども例外ではありません。肉の檻から肉棒をゆっくりと引き抜き、私はラウラの細い足と腰を掴み、そのままくるりと反転させるのです。
 
 「あぁ…っ♪」
 
 特に抵抗なくうつ伏せの格好になったラウラが甘い声を漏らしました。きっとこれから何をされるのかを天性の被虐趣味を持つ彼女には分かっているのでしょう。ふるふると腰を震わせながら、そっとお尻を高く上げるのでした。
 
 「お仕置き…するんですかぁ♪」
 「勿論、そうに決まってますよ」
 
 犬の伏せのポーズを取りながら、私に媚びた視線を向ける彼女に私は冷たく答えながら肉棒の先端を秘裂へと合わせます。愛液と精液でぐちょぐちょになったそこは滑るように亀頭を受け入れました。じゅるじゅると音を立てて、ムスコを飲み込む桃色の粘膜は相変わらずとても気持ち良いです。しかし、二度の射精で精嚢を空っぽにした私にはまだまだ足りません。
 
 「ふああああぁぁぁっ♪」
 「ほら…こうしてお仕置きして欲しかったんでしょう?気分はどうですか?」
 
 後背位の形で犯されるラウラに冷たい言葉を投げかけながら、私は彼女の形の良いヒップを軽く手で叩きます。それだけですぱぁんと気持ち良い音をかき鳴らす彼女の肢体に私は強い達成感を感じました。ついさっきまで私をからかっていたラウラが私に叩かれている。それが私の中で燻っていた支配欲を燃え上がらせ、大きなものにしていくのです。
 
 「あひぃぃんっ♪」
 「ふふ…奴隷らしい良い声ですよ。でも、そんなに叩かれて気持ち良いんですか?」
 「は…いぃっ♪気持ち良いですぅっ♪ラウラはお仕置きで感じてる悪い子なんですっ♪」
 「じゃあ…もっと虐めてあげないといけませんね」
 
 さっきとは打って変わって嗜虐心を剥き出しにした私の言葉にラウラの背筋がビクンと跳ねました。きっとまた言葉だけで軽くイッてしまったのでしょう。そんなマゾの鏡とも言える彼女の様子に嗜虐心がどんどんと高まりつつあるのを感じながら、私は彼女のお尻に再び手を叩きつけるのです。
 
 ― まぁ…こういうのも私たちらしいですかね。
 
 甘い恋人同士のような正常位も悪くはありません。実際、私の精嚢は空っぽになるほど射精させられたのですから。しかし、ご主人様と奴隷の境界が曖昧になる甘い正常位よりも、支配関係をはっきりとさせる後背位の方が私たちらしい気がするのです。
 
 ― もっとも…まだ恋人関係が始まって一日しか経ってないわけですけれど。
 
 ついさっき想いを告げ合って、新しい関係が始まったばかりの私に「私たちらしい」なんて言える資格はないのかもしれません。けれど、私たちにとって一番、居心地の良い関係はこうした形なのだと漠然と思うのです。それはきっとラウラも同じなのでしょう。彼女の方から犯すように誘惑してきたり、今もこうして私を挑発してきたりなどそれらしい証拠は幾つもあります。
 
 ― その辺はまぁ…追々…にしますか。
 
 そう思考を撃ち切りながら、私は目の前にいるラウラの身体へと意識を集中させます。淫らで美しく、そして敏感で被虐的な彼女をこれからどう辱めてやろうか。それに思考を大きく割きながら、私はラウラの身体に溺れていくのでした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「…ら、…きろ」
 
 ― …んー…あ、後五分…。
 
 「…が後……だ。…く起き……と……抜きだぞ」
 
 ― …とにかく寝させてくださいよ…昨日も激しかったんで疲れてるんですから…。
 
 「…………」
 
 ― ……出て行きましたかね…まぁ、良いです。今はこの安眠を……ぐぅ。
 
 「起きろ!!!この馬鹿ああああああああ」
 
 ― 瞬間、私の耳元で音が弾けました。
 
 ガンガンと金属同士が打ち合う激しい音に私の意識がかき乱され、一気に眠りから引き上げられるのです。無理矢理、覚醒させられた意識が全力で不快感を訴えました。それに従って、耳を両手で塞ぎましたが、音は一向に止む気配がありません。それどころか脳を直接、揺らすような音をより激しくしてくるのです。
 
 「分かった!分かりましたよ!起きれば良いんでしょう!!!」
 
 無視して眠るのを諦めた私はそう叫びながら状態を起こしました。そのままベッドの脇に目を向ければ、見慣れた顔が勝ち誇ったように私を見下ろしてきます。何処か生意気なその表情に仕返しをしてやろうという気持ちが一瞬で湧き上がりましたが、寝起きの鈍った頭では上手い言葉が見当たりません。
 
 「おはよう♪中々、ぐっすり眠っていたようで何よりだぞ♪」
 「…そう思うなら寝かせてくださいよ。今日は休みなんですから」
 
 ― そもそも、昨日は明け方近くまで貴女の相手をしてたのに…。
 
 そう心の中でだけ呟くのは別に私の安眠を妨げた相手――黒地のリボンブラウスに純白のエプロンを纏ったラウラが怖いからではありません。単純にそれを口にすると面倒くさいことになりかねないからです。コメカミに血管を浮き上がらせた『今の』ラウラに、そんな事を言えば、火に油を注ぐ結果しか引き起こさないのですから。
 
 「ふん!お前に休日などあるものか!お前の仕事が無い日は私の相手をする日だって決まってるんだからな」
 「随分と理不尽じゃないですか、それ」
 「うるさい!何時もお前の帰りを大人しく待ってる私にたまの休日くらい付き合ってくれても良いだろうが!」
 
 ― …とは言われましてもねぇ。
 
 毎日、帰ってからラウラとスキンシップをとっているのです。正直、言われるほど放置しているつもりはありません。昨日だって早上がりになるように仕事を片付け、彼女と一緒にそれなりに高いレストランで夕食をとったのですから。それ以外の日にも仕事が終われば直帰の日々なのです。仕事以外の時間の殆どをラウラに注ぎ込んでいると言っても過言ではありません。
 
 ― まぁ…それでも寂しいんでしょうね。
 
 彼女が『あの日』誓ったように私以外の誰とも話さず、誰とも接しません。私がいない時間はこの家の中で家事をしながら私を待っているのです。そんな閉じた世界に生きる――いえ、そんな世界に私が閉じ込めた彼女にとって、それらは孤独というに相応しい時間なのでしょう。
 
 「まったく…しょうがないですね…」
 「…しょうがないのはお前のほうだぞ」
 
 やれやれと呟きながらの言葉にラウラがジト目でそう返してきました。それに反論の一つでもしてやりたくはありますが、私が彼女に寂しい思いをさせているのは事実です。休日くらい彼女に全てを注ぎ込んでやっても罰は当たらないでしょう。
 
 ― それに…なんだかんだ言って今はもう昼ですしね。
 
 私の寝室――既成事実的には私たちの寝室と言っても過言ではないのかも知れませんが――にある大きめの窓の外から差し込む光から察するにもう正午は過ぎてしまっているのでしょう。普段から早寝早起きを心掛け、私よりも遅い時間に起きたことがない彼女がついさっきまで寝ていたとは考えられません。口ではなんだかんだ言いつつも、ラウラはこの時間まで起こすのを待っててくれたのでしょう。その心遣いに報いてやらなければなりません。
 
 「ほら、もうご飯もコーヒーも出来てるから早く起きろ。今日は買い物に付き合ってもらわなきゃいけないんだからな」
 「はいはい。分かりましたよ」
 
 ― そう答えながら、私は布団から足を出し…。
 
 「ば、馬鹿!な、なんて所を大きくしてるんだ!!」
 
 そんな私のある部分――具体的に言うと股間の辺り――を見たラウラの顔が真っ赤に染まります。それは普通であれば、「今更」であると言える反応でしょう。何せ私は大きくなっているその部分で昨日も彼女をたっぷりと可愛がっていたのです。下の口だけではなく、上の口や後ろの口まで銜え込んだそれを今更、恥ずかしがる事はないでしょう。そもそもラウラは一年ちょっと前には男性であったのです。それが生理現象であることくらい彼女にだって分かっているはずです。
 
 ― けれど、『今の』ラウラにはそれが普通で…。
 
 生粋の生娘のような反応は、ラウラの異常性を示していると言っても過言ではありません。魔物娘としても、彼女の経歴からしても、本来はありえないものなのですから。しかし、その異常性が、私の嗜虐心を擽って仕方ありません。折角、用意してくれたコーヒーや昼食が無駄になってしまうのを理解しながらも、私は足元に広がる『それ』をそっと掴むのでした。
 
 ― それは硬質な光を放つ銀色を束ねた形をしていて…。
 
 頑丈かつ軽量な合金で編まれた『それ』はラウラの首につけられているアクセサリーに繋がっていました。お嬢様然とした顔の作りをしている彼女が身につけているのはお洒落用として使うチョーカーとは程遠い形状をしています。黒革で作られたそれはもっと無骨であり、その中央に据えられた銀色の名札に彼女の名前が掘りこまれているのでした。一般的に首輪と言われるそれに繋がる鎖は私の枕元に繋がれていたのです。
 
 「あ…っ♪」
 
 そして、その鎖を私が手に持っただけでラウラの表情が一転して変わります。今まで身につけていた優しくも口うるさかった同居人としての顔を捨て去り、私に身も心も捧げた奴隷としての素顔を晒すのでした。理性の色を好色そうな表情へと塗り替えた彼女はベージュ色のロングフレアスカートをそっと折り曲げて、私の足元に傅きます。
 
 「ご主人…様…♪」
 「言わなければいけない事は分かりますね?」
 「はぁい…っ♪」
 
 ― そう短く返しながら、ラウラは私の足の甲にそっとキスを落とすのです。
 
 「ラウラは…ご主人様のメス奴隷にも関わらず、怒鳴りつけてしまう悪い子です…♪ですから…お詫びにご主人様のオチンポにたっぷりとご奉仕させてくださいませ…♪」
 
 ― 腰を高く上げて、頭を下げるその姿はまるで盛りのついたメス犬のようです。
 
 尻尾があればきっと千切れんばかりに左右に振っているであろう姿に先ほどの強気な様子は見えません。寧ろ自分自身でそのギャップを楽しんでいるかのように、興奮と欲情を顔一杯に浮かべていました。
 
 ― …いえ、きっと楽しんではいるのでしょうね。
 
 あの日――ラウラと私が関係をもったあの日から、彼女の性格は大きく変わりました。普段はそれまで通りの強気で少し生意気で、そして何より恥ずかしがり屋なエルフとして振る舞うのです。しかし、少し虐めてやったり、こうして首輪を引っ張ってやるだけで彼女の中の性格は私に全てを捧げた奴隷のものへと変わるのでした。その余りの変わりっぷりに最初は驚いたものの、今ではそんな彼女を虐めるのを私も楽しみにしているのです。
 
 ― 何時までも初々しい反応が楽しめるというのも良い物ですし…ね。
 
 私に傅き、奴隷として振る舞うラウラも決して悪くはありません。しかし、普段の強気で生意気な彼女がいるからこそ、ラウラを責め立てる行為に力が入るのです。それを彼女が分かっていてやっているのか、それとも魔物化に伴い心身のバランスを崩れさせたが故なのかは分かりません。しかし、今の彼女が決して正常な性格をしているとは言えないでしょう。
 
 ― ですが…私は…。
 
 そんな歪んでしまった彼女が例えようもないほどに愛おしく、そして大事であるのです。そんな私もきっと同じように歪んでしまっているのでしょう。そう自覚していても、この甘美な関係を止めたくはありません。ずっとラウラと二人で…歪んだまま過ごしていきたいと思ってしまうのです。
 
 ― それは…私の我侭以外に他ならないのでしょう。
 
 「…あ…♪」
 
 そう心の中で呟きながら、私の手はそっとラウラの頬を包み込みました。『あの日』よりもさらに女性らしいラインを描くようになったその肌は相変わらず吸いついてくるようです。頬を流れ落ちるように揺れる髪もかなり伸び、ポニーテールのような形で一纏めにされていました。特に顕著なのは胸とお尻で、少しばかりボリュームが足りなかったそれらはここ数ヶ月でかなりのサイズアップを果たしていたのです。
 
 ― 今は両方とも片手では到底、収まりません。
 
 両手ですら全てを収めることが出来ないその胸やお尻を毎晩、虐めていたからか、それとも魔物化の影響がこんな所にも出ているのか。既に十回近く下着を買い直させた成長っぷりは今も続いています。最近では買い直すお金が勿体無いとラウラが自分からノーパンノーブラを言い出したくらいでした。流石にそれは私の理性が色々と危ないので止めさせましたが、最初の頃とは身体のラインがまったく異なっているのは事実です。
 
 ― それでいてスレンダーな身体は変わりません。
 
 胸やお尻が五周りほど大きくなったとは言え、スラっとした細身の腰や形の良い足などは変わりません。寧ろ、局部的に大きくなったが故にそれらが際立つような結果すら引き起こしていました。元々、誰もが目を引く美人であったラウラに微かなギャップすら感じさせる魅力が身についたのです。私が留守の間、どれだけ不安かはこの場では語り尽くせません。
 
 ― そもそも…私は彼女を歪ませてしまった張本人ですし…ね。
 
 私が変な勘違いをしなければ、彼女は今のような二面性を持つに至らなかったのではないか。もっと正常で普通の性格のまま健やかに人間社会に溶け込めたのではないか。考えても仕方のないことだと理解していても、そんなifを完全に振り払う事が出来ません。今のラウラを好ましく思っているのは紛れも無い事実ですが、彼女が社会に溶けこむ機会を完全に失わせた事に後悔を感じていない訳ではないのです。
 
 「…ご主人様…♪」
 
 そんな事を考えているとラウラの両手が私の両頬を包みました。私が彼女にしているのをそのまま返すような仕草に私の意識が暗い思考から現実へと引き戻されます。ハッと焦点のあった視界の真正面でラウラは安心させるようにそっと微笑みました。
 
 「ラウラは…ご主人様の奴隷になれてとても幸せです…♪ご主人様以外には何も要りませんから…ね♪」
 
 ― …やれやれ。まさか…励まされることになるなんて…ね。
 
 私の思考が顔に出ていたのでしょう。優しく言い聞かせるような言葉が私の胸を響かせます。水面に波紋を広げるようなその言葉でも、私の自責は完全には消えてくれません。しかし、それでも暗く落ち込みそうになった心が晴れていくのを感じます。
 そんな現金な自分に苦笑めいた感情とラウラへの感謝の気持ちが湧き上がりました。しかし、前者はともかく、後者はそのまま口にする訳にはいきません。既に彼女は奴隷として私に傅いているのです。それに対する私も『ご主人様』らしい行動を心がけるべきでしょう。
 
 「…そう思うのであれば、念入りに奉仕しなさい」
 「はい…っ♪」
 
 私の許しの言葉にラウラは輝くような笑みを浮かべながら、すっと上体を起こします。そのまま私のパジャマに歯を立て、ゆっくりとズボンを引きずり下ろしていくのでした。それは決して私が教え込んだものではありません。彼女が自分でケダモノのように振舞っているのです。
 
 ― 勿論、パジャマだけではなく下着を下ろす時もラウラは手を使いません。
 
 それでも何十回と私のズボンを脱がしているからでしょうか。そこには何の迷いも淀みもありません。口だけでずり下ろしたとは思えないほどスムーズに脱がされるのです。そして、下着という最後の砦を失った肉棒がピンと張ったその身を昼の空気の中で揺れるのでした。
 
 「あぁ…ご主人様の…とぉっても…イイ匂いですぅ…♪」
 
 そんな肉棒に向かって顔を近づけながら、ラウラはすんすんと鼻を鳴らして匂いを嗅ぎました。明け方までセックスしていたとは言え、最後にはちゃんとお掃除フェラをしてもらったので精の匂いは殆ど残っていないはずです。しかし、それでも魔物娘には感じ取れる何かがあるのでしょう。喜悦に顔を蕩けさせながら、ラウラは息をどんどんと荒くしていったのです。
 
 「…さ、たっぷりと味わいなさい」
 「はぁい…っ♪」
 
 私の言葉に喜悦を浮かばせながらラウラがそっと舌を這わせます。くちゅりという音と共に唾液をまぶした舌が竿の裏筋を舐め上げました。ねっとりじっくりと味わうようなそれに肉棒が熱くなり、硬さを増していくのです。
 
 「…良いですよ…」
 「ふぁ…♪」
 
 そう褒めながら、私の手は彼女の頭を撫でました。さっきの優しい言葉に対する感謝を込めたそれにラウラが甘い吐息を漏らします。そっと見下ろせば、舌を突き出した淫らな顔のまま、喜色に瞳を輝かせていました。何処か褒められた子犬を彷彿とさせる姿に私の胸の奥底からまた愛しさが沸き上がってきます。
 
 ― トントン
 
 「…ん?」
 
 そんな私の耳に硬いモノ同士がぶつかった独特の音が届きました。玄関の方角から聞こえてきたその音に私とラウラの視線が交差します。今から一発ヤろうかという時に中断させられるのはあまり気持ちが良いものではありません。特に私などは起き抜けの一発をフェラチオしてもらえると勃起し始めた所だったのですから。それはきっと彼女も同じなのでしょう。彼女の視線にも「無視しよう」という言葉が浮かんでいました。
 
 ― …まぁ、多分、急用はないでしょう。
 
 本当に急用であれば、もっとノックの音も切羽詰っているはずです。しかし、控えめな間隔からはそれを感じられません。ならば、別にそれを後回しにして、ラウラと絆を深める事を優先しても構わないでしょう。
 
 ― トントン
 
 「……」
 
 ― トントントン
 
 「……」
 
 ― トントントントン
 
 「あぁぁぁ!もうっ!!」
 
 しかし、そう結論付けた私達とは裏腹に、ドアノッカーを叩く音はずっと続いていくのです。それに根負けしてしまったラウラが忌々しそうに吐き捨てながら立ち上がりました。その顔は笑顔でありながらも、赤ん坊が見たら泣き出してもおかしくないほどに鬼気迫っています。細身の身体からは真っ黒なものが立ち上っているような気がするのでした。
 
 「ちょっと待ってて下さいね…今から邪魔者は始末しますから♪」
 「ま、待ちなさい」
 
 青筋を浮かべながら、恐ろしい事を言うラウラを私は引き止めました。確かに中断させられるのは腹が立つにも程があります。ちっぽけな用事であれば、何かしらの仕返しをしてやろうと思う程度には私だって根に持っているのでした。しかし、それでも実力行使に出るのだけは抑えなければいけません。流石に殺人にまで発展したら私が揉み消せる範囲を超えてしまうのですから。
 
 「で、でも…アイツ…ラウラとご主人様の邪魔を…!!」
 「落ち着きなさい。ちゃんと後で可愛がってあげますから」
 「…本当です…か?」
 「えぇ。買い物が終わったら今日一日ずぅっと貴女のご主人様でいてあげますよ」
 
 ― その言葉にラウラの顔が輝いていきます。
 
 迫力すら感じる笑顔から無邪気な笑顔へ変わっていくのを見ながら、私は内心、ため息を吐きました。とりあえず実力行使に訴える事はないでしょう。それに安堵を浮かべながら、私はズボンと下着を履きなおしました。その間もずっと続くノックの音に小さくない苛立ちを感じながら、私はラウラを伴って寝室を出て、階段を降りていくのです。
 
 「はいはい。今、出ますよ」
 
 ― そのまま扉を開いた瞬間、私の目に外の景色が飛び込んできました。
 
 それそのものは決して不思議な事ではないでしょう。扉を開いたのですから、その先の光景が見えるのは当然の帰結です。しかし、ついさっきまでこの扉に備え付けられたドアノッカーが叩かれていたのです。その先に誰かがいないなんて普通では考えられません。
 
 ― 悪戯…だったんですかね?
 
 「おい、もうちょっと下だ下」
 「…え?」
 
 そこまで考えた瞬間、聞こえた言葉に私の視界が下へと下りました。それと同時に私にオレンジがかった赤い髪が飛び込んでくるのです。見覚えのある特徴的なその髪を三つ編みにする姿は小さく、私の下半身ほどの大きさしかありません。私を見上げる顔もふっくらとして、幼女…いえ、幼児そのものにしか見えません。
 
 ― でも、それはきっと私の勘違いで…。
 
 「…ドワーフ?」
 「お、良く分かったじゃないか」
 「…いや、まぁ、その背中を見れば大体は…」
 
 彼女の背中には大き目のハンマーが背負われていたのです。彼女の身長ほどの大きさがあるそれは普通の幼児であれば必死にならなければ、持ち運べないでしょう。しかし、私の下にいる彼女はまったくその重さを感じさせない表情をしているのです。人間ではありえないその様子に魔物――それも幼い容姿のまま、成長が止まるというドワーフが出てくるのはそうおかしな事ではないでしょう。
 
 「ドワーフを見た相手が必ずしもそんな反応をする訳じゃないしねぇ。アンタは誇って良いと思うよ」
 「…ありがとうございます。…で、何の用でしょう?」
 
 ― そう。それが問題です。
 
 この街にもドワーフが少なからず存在すると聞きますが、私にはその全員と交流がありません。もしかしたら、これまでやった様々な悪事で遠まわしに彼女の不興を買ったのかも知れませんが、ラウラを引きとった最近はかなり大人しくしているのです。恨みを買った可能性も少ないでしょう。
 
 「まぁ、正確に言えばアンタに用がある…って言うよりは…後ろの子に用があるって言った方が正確なんだけどね」
 「…後ろ?」
 
 ドワーフの言葉に私が振り向いた瞬間、顔を硬直させたラウラの顔が目に入りました。まるで幽霊を見たようなその顔は青ざめ、身体はカタカタと震えています。恐怖という感情を全身で表現する彼女を、私は反射的に抱きしめました。
 
 「なん…で…?ど、どうして…?」
 「あはは…」
 
 信じられないような言葉を呆然と呟くラウラとは裏腹にドワーフが気まずそうに笑うのが聞こえました。どうやら彼女にとって、ラウラのこの反応は予想の範疇であるようです。二人の間に何があったのかは私には分かりません。ですが、きっと立ち話では済ませられない間柄である事だけははっきりと伝わってきます。
 
 「とりあえず…中に入りませんか?」
 「ニンゲン!?」
 「…良いのかい?」
 
 私の提案に抗議するような声をラウラはあげました。生意気とは言え、普段からも従順な彼女がこんな反応を示すのは珍しい事です。恐らくではありますが、よっぽど目の前のドワーフが怖いのでしょう。しかし、このまま玄関に立っていては何の解決もしないのもまた事実なのです。ならば、多少、強引にでも話を進めた方がラウラの負担にもなりづらいでしょう。
 
 「構いませんよ。どうやら少しややこしいお話みたいですし」
 「…感謝するよ」
 「……」
 
 自分を置いてけぼりにして話を進められるのが不満だったのでしょう。私に抱きしめられたままのラウラは恐怖の色と共に隠し切れない不満を浮かばせました。それでも何も言わないのは私の選択がそれほど間違っていないと分かっているからなのでしょう。
 
 「大丈夫ですよ。ずっとこうして抱きしめて護っててあげますからね」
 「…あ…♪」
 
 そんな彼女を安心させるように耳元で囁けば彼女の身体からふっと緊張が抜けるのが分かりました。それでも何処か硬さが残っているとは言え、多少は安心したのでしょう。それに安堵を感じた瞬間、背中に羨ましそうな声が届くのでした。
 
 「やれやれ…お熱いね」
 「飼い主としての当然の義務ですよ」
 「むぅ…」
 
 流石に他人の前で恋人というのは恥ずかしく、言葉を濁してしまいます。しかし、それがラウラにとってはとても不満なのでしょう。恐怖が薄れた分、支配域を広げる不満の色は彼女に頬を膨らませました。顔全部で不満を訴えるその姿はとても可愛らしい反面、私を針の筵に座らされているような錯覚を私に与えるのです。
 
 「とにかく、上がって下さい」
 「あぁ、悪いけどお邪魔するよ」
 
 そんな彼女を抱きしめながら、私は家の中へと足を進めます。瞬間、ガチャンと扉が閉まる音が鳴り、私を追いかけるようにドワーフが廊下を歩いてくるのが分かります。ペタペタという独特の可愛らしい足音を聞きながら、私はリビングへの扉を開き、ドワーフを招き入れるのでした。
 
 「…へぇ。中々、立派な家じゃないか」
 「どうも。とは言え、私が建てた訳じゃないんですけどね。さ、椅子へどうぞ。お茶は出せませんけど」
 「構わないよ。その子がそんな調子じゃあ…アンタも動けないだろうしね」
 
 私の言葉に頷きながら、ドワーフは椅子をよじ登りました。人間用のサイズに作られたそれは彼女にとっては大きすぎ、同時に小さすぎるのでしょう。丁度、首の部分がテーブルの下に隠れるので、まるでテーブルから生首が生えているように見えるのです。
 
 「…クッション渡しましょうか?」
 「いいよ。特に問題はないしね」
 
 私の言葉にドワーフがそう返すのを聞きながら、私はそっと椅子へと座りました。そんな私に寄り添うようにラウラも私の太ももの上に腰を降ろすのです。お姫様抱っこの変形のような姿勢は、まるでふざけているようにも見えますが、未だにラウラの身体は震えているままでした。もう少しはこのまま身近に置いておいてやるべきでしょう。
 
 「とりあえず自己紹介をしようかな。アタシはドワーフのラフィ。それで…そこの子の……」
 
 そこまで言ってドワーフ――ラフィは言い淀みました。顔に逡巡を浮かばせる姿はどう言って良いのかを迷っているものではありません。言って良いのか、悪いのかを悩んでいる表情です。思い切りの良いと一般的に言われるドワーフにしては珍しく、言葉を濁らせる姿に私は確信を得るのでした。
 
 「…ラウラ…いえ、ラウルを魔物化させた相手…って所ですかね?」
 「…察しが良いね」
 「まぁ、ラウラがこんなに怯えていますしね」
 
 私と性的な関係を持った日以来、彼女はそれほど極端に魔物娘に拒否反応を示す事はなくなりました。歪な形とは言え、魔物娘としての自分との折り合いつけたからか、それとも恐怖を克服したのかは本人ではない私には分かりません。しかし、そんな彼女がこうまではっきりと怯えを顕にする魔物娘なんて、私には世界で一人しか思いつかなかったのです。
 
 「…ごめんね。今更、顔を出したってアンタもその子も困るだけだって分かってたんだけど…」
 「確かに微妙な気持ちであることは否定しませんよ」
 
 何せ彼女はラウラではなく、ラウルに惚れて彼を婿にしようとしていたのです。ラフィの存在がなければ、こうしてラウラと結ばれていなかったとは言え、今横にいる恋人と別の方法で結ばれていたであろう相手にどう話せば良いのか分かりません。
 
 「でも、それは貴女も同じでしょう?いえ…寧ろ貴女の方が複雑な心境であることくらい察する事が出来ますよ」
 
 ― そう。ラウラと結ばれている私だからこそ、微妙で済んでいるのです。
 
 自分の捕まえていたであろう男性が女性へと変わったばかりではなく、こうして別の男性に寄り添う姿を見せられているのです。嫉妬や羨望の入り混じっているであろうその胸中は私などの比ではないでしょう。
 
 「だから…って言うのは少し変ですけれどね。私はそんなに気にしていません」
 「…ありがとう」
 
 私の言葉にラフィはそっと頭を下げました。テーブルの下に顔が隠れるほど深々を頭を下げる姿は全身で感謝の気持ちを表現しているようです。
 しかし、そこまで感謝しなければいけないほどの心境を振り切って、私たちの前に現れなければいけない理由が彼女にはあるという事でもあるのでしょう。今更、私たちの前に現れて危害を加えるとは到底、思えませんが、警戒はしておくに越したことはありません。
 
 「それで何の用なんです?」
 「…まぁ、お詫びに…って訳じゃないんだけどね。アンタ達の周辺が少し落ち着いてきたから、謝りに来たんだよ」
 「…謝りに?」
 
 ― ラフィの言葉に私は自分の脳裏を探りますが、特にその理由は思いつきません。
 
 そもそも私は彼女と初対面であるのです。謝られる理由などあろうはずがありません。その理由があるとすれば――個人的には惚れた腫れたに謝る必要がないとは思いますが――ラウラの方だけでしょう。しかし、それならば『アンタ達』なんて言い方はしないはずです。
 
 「それを説明するにはちょっと長くなるんだけど…」
 「別に構いませんよ。今日は私も休みですし」
 「あぁ、一応、それは知ってる」
 
 ― …ん?
 
 ラフィの返事に私は強い違和感を覚えました。言葉に出来ないそれに数瞬ほど考えた後、私の休みをラフィが知っているからであるということに思い至ります。他の職業であれば定休日というものがあるのかもしれませんが、警備隊の、しかも中間管理職である私に決まった休みなどありません。今日の休みだってほんの数日前にようやく決まったばかりなのです。よっぽど内部に詳しい人物でない限り、私の休みを把握しているはずがありません。
 
 ― 勿論、情報屋を使えばそういった情報も手に入るのかも知れませんが…。
 
 しかし、それは情報屋を使わなければいけないほどの理由がラフィにあった事を意味するのです。さっきからそれについて思考を張り巡らせていますが、何なのかまったく見えてきません。少なくとも情報が出揃って納得できるまでは警戒を絶やさない方が良いでしょう。
 
 「ちなみに…アンタは私のこと何処まで聞いてる?」
 「森の中に倒れてるのを拾って看病したら変な薬飲まされて襲われたって所までですかね。その後、エルフに救出された…って…まさか…」
 
 ― そこまで言って、私は一つの可能性に気付きました。
 
 ラウラが話してくれた時には気づかなかった情報。それがついさっきのラウラの幽霊を見たような反応と線を結び、一つの可能性へと至るのです。
 
 「うん。その時にボロボロにされちゃってね」
 
 ― その言葉は私の推測を裏切らない言葉でした。
 
 元々、エルフとドワーフの仲は最悪に近いのです。その上、気位の高く、仲間意識の強いエルフが同族をドワーフに穢されたと知って、無事で済ますはずがありません。きっと頑丈なドワーフでなければ死ぬほどの傷を負わされたのでしょう。それこそラウラを救出したエルフたちが死んだと勘違いするほどの深い深い傷を。
 
 「まぁ、その後、親切な子がこの街の医者まで運んでくれて、何とか一命を取り留めた訳なんだけど。そこで…何の偶然か、私の担当医が…あのエイハムって奴でさ」
 「えっ…!?」
 「本当は同じ診療所にこの子が暮らしてたのを私も知ってた訳なんだよ」
 
 「勿論、その時はアタシが動けるような身体じゃなかったんだけどさ」と付け加えて、ラフィはそっと笑いました。しかし、本来は明け透けで気持ち良いであろうその笑みは自嘲と自責で曇っています。きっとそれは彼女にとって辛い過去であったのでしょう。何せ、その時、ラウラに会っていればこんな結果にはならなかったのかもしれないのですから。
 
 「それでようやく動けるようになった時にはもうこの子はアンタの所で暮らしててさ。それであの医者に住所を聞いて、こっそり会いに来れば…この子の顔が…まるで恋する乙女そのものでね」
 「う…」
 
 それを誤魔化すようにケラケラと笑うラフィの言葉にラウラが小さく呻き声をあげました。一体、それが何時頃であるのか詳しくは聞いていませんが既に現在の兆候が現れ始めていた時期なのでしょう。そして、女性に変わりつつあった不安定な時期がラウラにとって思い出したくもない過去であるのは周知の事実でした。
 
 「その時、アタシは悟ったんだよ。もうこの子は私の手の届かない所に行ったんだな、って。でも、その相手の事がまったく見えてこない。相手の事を知ろうにもアタシの身体は尾行に向くものじゃないしね」
 「まぁ…そりゃそうでしょうね」
 
 少女とも幼女とも言える背丈は人混みに紛れやすすぎるのです。それだけであれば尾行に向いているかもしれませんが、あっさりと尾行対象を見失いかねないその身長では尾行そのものがままなりません。
 
 「だから、アタシはこの街の情報屋にアンタの事を調べてもらうように頼んだ。それがまず一つ目に謝らないといけない点だ。ごめんよ」
 「別に気にしていませんよ」
 
 一度は惚れた男性が、一体、どんな相手に心奪われたのか。それは一人の人間として気になる事案でしょう。私だって、ラウラがエイハム以外の別の誰かに惚れていると勘違いしていれば、その相手の事を徹底的に調べていたはずです。その上、実力行使にも出る可能性だって否定出来ません。そんな私に比べれば、ラフィの対応は紳士的であると言っても過言ではないでしょう。
 
 「それより私は貴女のお眼鏡に適った訳ですかね?」
 「100点中80点って所かな」
 「おや、意外と高い」
 「そりゃそうだろ?警備隊の中でも一番の出世街道を歩き、部下の信任も厚い。指示や行動も早く上層部でもアンタの名前は覚えられてるって評判だよ。性格は少しクールっぽいけど、好きな子に意地悪したくなる可愛らしい所もあるしね。素直に優しさを表現できない上に他人との距離感を掴むのに四苦八苦している姿なんかも不器用で庇護欲を――」
 「すみません。そこまでにしといてください」
 
 自分で聞いておいてアレですが、まさかそこまで踏み込んで批評されるだなんて思っても見なかったのです。まるで内面全てを丸裸にされたような感覚に私の顔が赤くなるのを感じました。それにニヤニヤとラフィが視線を送り、ラウラがむっとした表情を私に向けるのです。流石に人前であるので頬を引っ張ったりはしませんが、後で何かしら言われるのは確実でしょう。
 
 「ふふっ♪まぁ、調べてもらって悪い奴じゃないってのは分かったんだ。でも、私にとってこの子はまだ男だったからね。男が男に惚れる気持ちってのはどうにも理解出来なかったんだ。だけど、人の視線に敏感そうなアンタが一緒じゃバレかねない。だから、アンタの留守中にこの家を少し見張ってたんだけど…」
 「む…ぅ」
 
 ラフィの言葉に身体が反射的に動いたのでしょう。顔を羞恥で赤く染めたラウラはそっと胸元を隠しました。しかし、数ヶ月前であればまだしも、豊かに実った今の彼女の胸は腕を組んだ程度では隠しきれません。その細い腕の間からむにゅりと柔肉がはみ出るのが分かるのです。
 
 「それが2つ目の謝罪だね。野暮な事をして悪かったよ」
 「……」
 
 頭を下げるラフィの言葉にラウラはついっと顔を背けて応えます。全身で不機嫌を表現するような仕草ではありますが、それほど怒っていないのが私には分かります。彼女が本気で怒っていれば、今頃、魔術の一つでもぶっぱなしていた事でしょう。拗ねるような仕草をしている時点でそれほど悪く思っていないのが分かります。
 
 ― とは言え、許すつもりもない…って所ですかね。
 
 ずっと自分を監視していたと告白する相手に良い感情を抱けるはずがありません。まして相手がどう接していいか図りかねる相手であれば尚更でしょう。そう彼女の心を判断しながら、私はラウラの代わりに口を開きます。
 
 「別にラウラは怒ってるって訳じゃないみたいですよ。不機嫌ではあるみたいですけれど」
 「それなら…良いんだけど…」
 
 私の言葉に顔を上げたラフィはチラリと、ラウラに視線を向けました。それを真正面から受け止めず、ツーンと拗ねてみせる恋人の可愛らしい姿に私は小さな笑みを浮かばさせてしまいます。変な所で律儀なこのエルフは、きっと私との誓いを護る為にこんなボディランゲージを繰り返しているのでしょう。
 
 「一応、彼女の態度には事情がありましてね。まぁ、それほど深くない事情ではありますが…ラウラが貴女と口を聞こうとしないのは別に貴女の事を憎んでるからじゃないですよ」
 「そう…なのかい?」
 「えぇ。ラウラの事であれば恥毛の数まで知っている私が保証しまsいたたた!!」
 
 場を和ます冗談を口にした私の頬を真っ赤になったラウラが引っ張りました。目尻に涙さえ浮かべる羞恥の表情はさっきとはまた別の意味で可愛らしいものでした。思わず嗜虐心が鎌首をもたげそうになりますが、折角の客人の前でラウラを虐める訳にはいきません。名残惜しいながらも私はその衝動をぐっと抑えつけました。
 
 「ふふ…♪仲が良いんだね」
 「まぁ…ペットと主人の関係ですし」
 「おやおや、恋人をペット扱いとか爛れてるよ。まぁ、それはさておき…だ」
 
 そんな私達の様子に嬉しそうな笑顔を向けていたラフィがそう言葉を区切り、話題を仕切り直します。それに伴い、ラウラの手も私の頬からそっと離れました。彼女の細い指がつねっていた部分に熱が篭っているのを感じます。
 
 「そこでアタシはこの子が男から女になりつつあるのに気づいたって訳だよ。最初は勿論、信じられなかったけどね。でも、ある日、窓全開でこの子がサラシを解いた事があって」
 「わーっわーっわーっわーーーーっ!!!」
 「ほぅ」
 
 ラフィの言葉をラウラが大声を出して遮ろうとしますが、彼女の言葉ははっきりと私の耳に届いていました。恐らく、ラウラにとってその頃の話は掘り返して欲しくないものなのでしょう。ラフィの声を受け止めた私の耳を気恥ずかしげに塞ごうとしていました。普段のじゃれあいであれば、それは素直に受け止めてやっても良い行動です。しかし、今は一応、真面目な話をしており、彼女の戯れに付き合ってやる余裕はありません。そう考えた私はそっと首輪につながった鎖を引っ張るのでした。
 
 「あぁ…っ♪」
 「…少しは大人しくしていなさい。飼い主である私の品格まで疑われるじゃないですか」
 「…はい…申し訳…ありません…」
 
 顔を俯かせてしょんぼりとするラウラにラフィが複雑そうな表情を向けました。一度は惚れた相手が借りてきたネコのように大人しくなる姿を見せつけられるのです。その胸中は穏やかではないでしょう。しかし、ここでラフィに黙ってもらっては話が先に進みません。
 
 「それで…気づいたのは分かりましたよ。でも、それで終わりじゃないんでしょう?」
 「…あぁ。それでも信じられなかった私は情報屋に裏を取りに行ったのさ。そしたら実例は少ないけれど、私の使った薬――サキュバスの秘薬の副作用として、あり得る話だって聞いて…ね」
 
 ― …あぁ、なるほど。そういう事ですか。
 
 ラフィの言葉に私の中で情報が一つに纏まりました。普段であれば踏み込んでこない話題に踏み込んできた知り合い。私を炊きつけるような情報の数々。そして先手を打って手に入れられていた情報。そして、『依頼人に害意はない』という彼の言葉。それらがラフィという新しい登場人物によって纏まり、一つの線になるのです。
 
 「貴女が利用した情報屋はマークですね。そして…彼を私にけしかけたのも」
 「ネタバラシの前にそれを口にするのはマナー違反だよ?」
 「残念ながらそういう世事には疎いんですよ」
 
 遠回しに正解と告げるラフィの言葉に私は肩を落としました。確かにマークの言うとおりです。このラフィにまったく害意はありません。寧ろ下手をすれば私よりもラウラの事を想って行動してくれているのですから。
 
 「まぁ…そう言う情報を私はアンタよりも先に手に入れてたって訳だよ。それに…あの好事家がこの子を狙ってるって情報もね。でも…アタシはアンタにそれを伝えなかった。どうやってアンタに接すれば良いのかアタシも分かんなかったし…何より悔しかったから」
 「それは…」
 「でも、その間に事態は悪化した。警備隊の中隊長の膝下で暮らすエルフを観察しても、実力行使まではしないだろうと思っていた好事家はこの子を誘拐した。さらにその後も…下手をすればアンタ達がすれ違ったまま別れていたかもしれない。その事も…アタシは謝りたかったんだ」
 
 ― それは別に彼女の責任ではないでしょう。
 
 そもそもその感情自体、誰だって持っているはずのものです。自分が手に入れたはずの宝物が他の誰かの手によって奪われたのですから。その悔しさを堪えて、塩を送れる連中のほうが稀でしょう。私が逆の立場であったとすれば、ラフィと同じようにしたか、もしくはより状況が混乱するように立ち回っていたはずです。自分の危うさを自覚しているだけに私には彼女を責める資格はありません。
 
 ― それに…。
 
 「別に貴女が責任を感じる事はありませんよ。アレは私の鈍感さや独占欲が引き起こした事ですし」
 
 ― そう。静観したラフィとは違い、私は事態を悪化させた側の人間です。
 
 誘拐事件についても、私がもっと真剣に釘を刺そうと思っていれば彼女が誘拐される事はなかったでしょう。実力行使に出るとは思えないと油断していたのは私も同じなのです。
 すれ違いの件についても同様でしょう。私がもっと真摯に向き合おうとすればあんな事にはならなかったのです。少なくともあんな短絡的な思考ではなく、もう少し冷静になっていればラウラをあんなに傷つける事はなかったでしょう。結果として丸く収まりはしたものの、私がラウラの心に残した歪みは未だに消えてはいません。
 
 「それに逆の立場であれば、私はもっと迷惑をかけるやり方を選択していたでしょうしね。貴女を責める資格を私は持っていませんよ」
 「おや、怖いねぇ」
 「独占欲は強い方なので」
 
 クスリと笑ってみせるラフィに私はそう返しました。実際、今だってラフィに嫉妬を感じていない訳ではないのです。私たちの間を取り持ってくれたに近い彼女にこんな感情を抱くのはお門違いであると理解していても暗い感情は完全に払拭できません。
 
 「…ともあれ、ありがとう…ね」
 「お礼を言うのはこっちの方ですよ。それより…それだけではないんでしょう?」
 
 ― 確信を突いた私の言葉にラフィの顔が強張りました。
 
 別に謝罪をするだけであれば、こんなに時間を開ける必要など無いのです。少なくとも私たちが今の関係になってから半年近く過ぎてから顔を出す理由がありません。今まで裏で暗躍していたラフィがわざわざこの時期に謝罪する為だけに訪問するとは思えないのです。
 
 「…鋭いね」
 「まぁ、これでも人に関わる事で飯を喰ってる訳ですからね」
 「その割には自分に向けられる好意には鈍感だったじゃないか」
 「…あんまりいじめないでくださいよ」
 
 あの時の出来事は私にとっても思い返したくはない過去なのです。正直、今でも時折、ゴロゴロとベッドの上でのた打ち回りたくなるほどなのですから。半年経った今でも心にこべりつくそれをからかわれるのは、やはりどうしても恥ずかしいのです。
 
 「あはは♪悪いね。…じゃあ、意地悪しないで本題に入ろうか。…アタシは最後にこの子の顔を見たかっただけなのさ」
 「え…?」
 
 ― ラフィの言葉に拗ねていたラウラが目を丸くしました。
 
 いきなり自分にそんな話題が向けられるとは思っていなかったのでしょう。彼女の表情には驚きの色が強く満ちていました。しかし、私にとってそれは然程、驚くべき事ではありません。寧ろ今までのことを思えば当然の事であるとも思えるのです。
 
 「アタシは明日、この街を発つ。ここでやるべき事全部、終わったからね」
 「やるべき事…ですか?」
 「その辺の事についてはあんまり突っ込まないで欲しいね。アタシとしてもちょっと恥ずかしいし…」
 
 ― …一体、何を企んでたのかは知りませんが…。
 
 しかし、頬をぽっと染める姿から察するに、恥ずかしいという言葉では言い表せないようなことにも手を出していたのでしょう。わざわざそれを言及するつもりはありませんが、ラフィのこれまでの行動に嘘がなければ私達関係の可能性が高いのです。自分が無関係ではないと知れば、どうしても気になってしまうのが人の性という奴でしょう。
 
 「まぁ、そんな訳で故郷に帰らなきゃいけなくなったのさ。だから、その前に…ってね」
 
 ― そう言って微笑む姿は何処か寂しそうでした。
 
 ラフィの言葉とその表情に心の中にふつふつと違和感が沸き上がってくるのです。しかし、それは中々、形になりません。喉元まで違和感が出かかっているのに言葉としての形を成さないのです。そんなもどかしさに苛立ちを感じる私の前でラフィがそっと口を開くのでした。
 
 「アンタ達にとっちゃ鬱陶しい事この上ないと思ったんだけど…ごめんね」
 「…ご主人様…」
 
 再び頭を下げるラフィを横目で見ながら、ラウラは私を呼びました。その短い言葉に一体、どれだけの苦悩が含まれているかを完全に察することは出来ません。しかし、彼女が何を言いたいのかを感じ取るのはそれほど難しい訳ではありませんでした。
 
 「私のことは気にしないで結構ですよ。…貴女の思う通りになさい」
 「…ありがとうございます」
 
 私の言葉にラウラはそっと瞳を閉じました。それから数度、私の上で大きく深呼吸してからそっと瞳を開きます。そこにはもうさっきまでの残り続けていた怯えの感情が見えませんでした。きっと彼女の中で一皮向けたのでしょう。見開かれたその瞳に決意の色が色濃く浮かんでいるのが分かります。
 
 「…顔をあげろ」
 「ん…い、痛っ!!」
 
 ラウラの言葉に従って頭を上げたラフィの額を、彼女の細い指がパチンと弾きました。俗に言うデコピンを喰らったラフィの顔が後ろへと下がり、バランスを崩して椅子から転げ落ちます。一体、どうしたらラウラの細い指からこれほどの威力が出るのか疑問ですが、きっと魔術の一つでも使ったのでしょう。
 
 ― そんな事を考える私の上からそっとラウラが立ち上がりました。
 
 そのままテーブルの周りをくるりと回って、椅子から転げ落ちたラフィの傍へと歩いて行きます。そのままエプロンを着けたままの腰に手を当て、勝ち誇ったように足元のドワーフを見下ろしました。
 
 「これで貸し借りはナシにしておいてやる」
 「でも…アタシはアンタの人生を狂わせた女だよ?もっと…言いたいことややりたいことがあったんじゃないのかい?」
 「確かにお前に復讐してやりたいと思わなかったと言えば嘘になるさ。だけどな、狂った人生の方が悪いと誰が決めた?少なくとも…私は今、幸せだ」
 
 ― そう言って、ラウラはこちらに視線を向けました。
 
 暖かなその視線には言葉通り幸せそうな色が浮かんでいました。その思考を歪められ、首輪で繋がれているにも関わらず、彼女の顔に浮かんでいたのは紛れも無い多幸感だったのです。
 
 「だから、私はお前に復讐なんぞする気はない。…それにそんな事をすればそこのニンゲンに怒られてしまうからな」
 「怒られるのが好きな癖に今更、何を言っているんですか」
 
 ― だからこそ、私は可愛げのない言葉を紡いでしまうのです。
 
 眩しいほどに幸せだと主張する彼女の姿は私にとって愛しいと同時に恥ずかしいものでもあるのです。何せ、それだけラウラが私の事を信頼し、愛してくれている証左なのですから。奴隷の状態で好きだと言われる事にはもう慣れましたが、素面の状態でそういうのを覗かせられるとどうにも胸がざわついて仕方ありません。
 
 「うるさい!余計な茶々を入れるんじゃない馬鹿者!」
 「はいはい」
 「…はははっ」
 
 そんなお互いに素直じゃないやり取りが馬鹿らしかったのでしょうか。ラフィの満足そうな笑い声がリビングに響き渡ります。私の位置からでは彼女の顔が見えませんが、きっとその顔は笑っているのでしょう。そう思えるほどにその笑い声は明るく、暖かいものであったのです。
 
 「…こりゃ勝てないなぁ…」
 「残念だが私の身も心も売約済みだ。お前には一片足りともやれんな。それより…立てるか?」
 
 ― そんな可愛らしい事を言いながら、ラウラがすっと手を伸ばしたのがテーブル越しに見えました。
 
 それは今までの彼女であれば到底、考えられない事でしょう。今までのラウラは自分から積極的に魔物娘に関わろうとはしませんでした。流石にアレルギーのような激しい反応を示すことは少なくなったとは言え、視界に入らないように振る舞う事は今だって珍しくはなかったのです。そんな彼女が今、自分から魔物娘に関わろうとしている。それが妙に嬉しくて、私の顔に思わず笑顔が浮かびました。
 
 「…良いのかい?」
 「さっき言っただろう?貸し借りは無しだとな。さっきの一発でお前と私は何のしがらみのない個人同士だ。そして…そんな相手に手を差し伸べるのを躊躇うほど私はしつこい女じゃない」
 「相変わらず素直じゃない言い回しだね」
 
 ― そう言ってラフィがおずおずと手を出し
 
 「性分だからな。諦めろ」
 
 ― ラウラがそれとそっと握りしめました。そしてそのまま一気に引き上げようと…。
 
 「よ…っ……あれ?」
 「ありゃ…」
 
 ― した瞬間、その腕がすっぽ抜けてストンと小さな音が鳴りました。
 
 テーブル越しに見ていた私には何が起こったのかは分かりません。握りしめられたはずの二つの手がまるですり抜けるように離れていったようにしか見えないのです。そして、それに対してラウラが不思議そうな表情を見せているのに対し、ラフィは何処か諦めたような声を紡いでいるという事だけ。
 
 ― …けれど、それがさっき浮かんだ一つの情報と共に結びつき、私の中にある答えを導くのです。
 
 「…もしかしてラフィ…貴女…握力が殆どないんじゃないですか?」
 「…え?」
 「…なんでそこまで気づいちゃうのかねぇ…っと」
 
 ― 何処か辛そうな響き紡ぎながら、ラフィは自分の手でそっと立ち上がりました。
 
 そのまま椅子の上へと戻った姿に悲壮感は見えません。しかし、その代わりに彼女の顔に浮かんでいるのは諦観でした。きっとこれまでずっと失った握力を取り戻そうとリハビリを続けていたのでしょう。さっき言っていたやるべき事とはきっとリハビリの事だったのです。
 
 「…おかしいとは思ったんですよね。ドワーフが新しくこの街に来たのであれば、私の耳に入らないはずがないんですから」
 
 ― この街はつい半年ほど前まで戦争状態にあったのです。
 
 圧倒的な戦力差を誇る教団兵を、武器の質や城壁で跳ね返そうとしていたこの街が良質な武器を作るドワーフを見逃すはずがありません。藁に縋ってもおかしくないほど絶望的だった状況で人員を遊ばせている余裕などないのですから。しかし、当時の私の耳や報告書に新たなドワーフに協力を取り付けたという話がのぼった事はありません。それはその当時の彼女が『普通の状態』ではなかったからではないでしょうか?
 
 ― 勿論、それが傷がまだ治癒していなかったからかもしれませんが…。
 
 しかし、人間であればまだしも魔物娘――それも頑丈さに定評のあるドワーフが半年も動けないとは思えません。あり得るとしたらただ一つ――治癒はしているがどうにもならない問題が彼女の身体に残っている事くらいでしょう。
 
 「エルフとドンパチやった時に腱が切れちゃってね。色々、リハビリしてみたけど、赤ん坊程度の握力までしか回復しなくてさ」
 
 「まぁ、この姿のアタシにとっちゃ分相応なのかもしれないけどさ」と自嘲的に付け加えながら、ラフィはそっと肩を落としました。しかし、それはドワーフにとっては取り返しの付かない損失でしょう。何せ彼女たちは鍛冶の音色を子守唄にし、鉱石を遊び道具にして育つと言われる根っからの職人種族なのです。商売道具中の商売道具とも言える指に力が入らなくなってしまえば、生きていく術を失ったと言っても過言ではありません。
 
 「図々しい問いかもしれませんが…これからどうされるおつもりです?」
 「さぁ…てね。先のことは分かんないさ」
 
 ― …嘘ですね。
 
 そう反射的に思うのは、一瞬、その顔に辛そうな色が浮かんだからです。基本的に人懐っこいドワーフが傷ついた同族を虐げるとは余り思えません。しかし、握力を失った今の彼女に出来ることはドワーフにとっては殆ど無いのです。鍛冶も彫金も採掘も出来ない彼女は自然、隅へと追いやられてしまう。そんな未来がラフィにも見えているのでしょう。
 
 「…ニンゲン」
 
 そして、それは私だけではなくラウラにも分かったのでしょう。テーブル越しにこちらへ向ける視線には訴えかけるような物が混じっていました。きっと…ラウラはラフィの境遇に自分を重ねているのでしょう。不慮の事故にて全てを失った――少なくともそう思っているであろう今の彼女は確かに初期のラウラにそっくりと言えるかもしれません。
 
 ― なら…私に言える事は一つだけです。
 
 「貴女の好きになさい。私はそれを支持しますよ」
 「…すまん。恩に着る」
 
 私の言葉にラウラは深々と私に頭を下げました。変な所で律儀で聡明なこのエルフには私がどのような意図でそれを言ったのか理解しているのでしょう。その顔には少しばかり申し訳なさが含まれていました。しかし、ラウラはそのつもりなのであれば、私に異論はないのです。金銭的にも私の心情的にもラフィを受け入れる余地は十分に残されているのですから。
 
 「…なぁ、お前もここで暮らさないか?」
 「え…?」
 「そんな状態で帰っても、辛いだけだろう?それに…お前も私に両親を亡くしたばかりで行き場がないって言ってたじゃないか。それならここで暮らしても何の問題もあるまい?」
 「だ、だけど…アタシは…」
 
 ― そこまで言って、ラフィはそっと顔を俯かせました。
 
 許されたと言ってもまだまだわだかまりが完全に消えた訳ではないのでしょう。それに見ず知らずの男性に世話になるというのも一人の女性として不安に違いありません。けれど、それはラウラにとっては想定の範囲内だったのでしょう。言葉を詰まらせるラフィに彼女はそっと口を開くのです。
 
 「私は以前の事は精算したって言ったぞ。それに…お前のその傷は私に責任がないとも言えない」
 「っ!べ、別にアンタの所為じゃ…っ!」
 「いいや。私の所為だ。私がお前に捕まりさえしなければ、お前にだけ不幸な結果を押し付けるような形にはならなかったんだからな」
 「それは…っ!」
 
 ― それはあまりにも身勝手な極論であるでしょう。
 
 確かにラウラの言っていることは完全に間違いとは言えません。彼女が言うような面は確かにあるでしょう。しかし、それはあくまで一面であって全てではありません。それなのにラウラは全ての責任を背負いこむような言葉を紡いでいるのです。それにラフィが反発するのも無理ない事でしょう。
 
 ― しかし、それを言葉にさせないままラウラは次へと移るのです。
 
 「私だけ幸せになって、お前が失っただけだというのは私が我慢出来ん。それに…お前には…恋のキューピットであるラフィにはお礼もしたい。勿論、お前の都合もあるだろうから無理に…とは言わないが…行き場のない場所に帰るより、ここで行き場を作ってみないか?」
 
 ― そこでラウラはそっとラフィに手を差し伸べました。
 
 それを呆然としたようにラフィは見つめて、一つ溜め息を吐きました。けれど、それは呆れたようなものではなく、何処か信じられないものを見たようなものです。少なくとも悪いように思っている訳ではないのでしょう。
 
 「アンタ…底抜けのお人好しだね。アタシはアンタに味わう必要のない苦しみを与えた女なんだよ」
 「その苦しみの御蔭で私はニンゲンと結ばれたんだ。それに…もうお前は十二分に苦しんだだろう?」
 
 ― その言葉にラフィの顔にはじわりと涙が浮かびました。
 
 たった一回の失敗。ただそれだけで全てを失った彼女はずっと虚勢を張っていたのでしょう。ずっと今まで覆い隠し、抑えつけてきたであろうそれが涙となって溢れているのが分かりました。子どものようにポロポロと大粒の涙を流すドワーフをそっとエルフは抱きしめ、その小さな頭を優しく何度も撫でるのです。
 
 「…ごめんな。もっと早くにお前のことに気づいてやれば良かった」
 「ううん…っ!アタシこそ…アタシこそごめんねぇ…っ」
 
 格好から見れば泣きじゃくる幼子をあやす母親に見えなくもありません。けれど、二人には血縁上の繋がりはなく、ついさっきまで憎み、嫉妬する複雑な関係であったのです。その二人が言葉だけではなく、本当の意味で和解する姿に少しだけ目頭が熱くなるのを感じました。
 
 ― やれやれ…やっぱりそろそろ歳ですかね…。
 
 そんな自嘲を心の中に浮かばせる私の前で少しずつラフィが泣き止んでいきます。爆発した感情はまだまだ余熱を残しているようですが、第一波は過ぎ去ったと思ってもいいでしょう。ラウラの胸の中で小さくしゃっくりとあげる姿を見ながら、私は大きく背伸びをするのでした。
 
 「…ごめんね。いきなり」
 
 それから数分経った後、赤くなった瞳を擦りながらラフィはそっと私の恋人の胸から離れましす。小さく謝る言葉を私とラウラに向けるラフィの姿はしゅんと小さくなっていました。元々、お世辞にも大きいとは言えない彼女が小さくなる姿はまるで叱られた子どものようです。
 
 「謝る必要はないぞ。何せ…意外と家事ってのは大変だからな。これから毎日、労働力としてこき使ってやる」
 
 ― 私が帰ってくるまで毎日、暇だって言って構って欲しがっている癖に…ね。
 
 心の中だけでそう呟きながら、私はクスリと笑みを浮かべました。良く人に素直じゃないだの色々、言ってきますがラウラの方こそ素直じゃありません。今だって、遠回しにラフィを励ましているつもりなのでしょう。
 
 「じゃ、早速、働いてもらいましょうか。朝食…いや、昼食の準備はもう出来ているんでしょう?」
 「やれやれ、我が家のご主人様は感動の余韻にも浸らせてくれないらしい」
 「人の睡眠の余韻を奪い取っておいて何を言いますか」
 「アレは規則正しい生活をしないニンゲンが悪い。なぁ、ラフィもそう思うだろう?」
 「あっ!汚いですよ!!」
 
 自分が明け方までオネダリし続けていたのを棚にあげて、私ばっかり責めてくるのです。その上、まったく事情を知らないラフィに意見を求めるのですから性質が悪いとしか言えません。彼女の聞いた情報だけでは私の方が一方的に悪いのは自明の理でしょう。
 
 ― まぁ…私も札を切ればイーブンにもっていけるかもしれませんが…。
 
 しかし、その為には夜の性活とも言うべき恥部をラフィに顕にしなければいけないのです。流石に今日会ったばかりのドワーフにそれをオープンには出来ません。近頃、誰に似たのかやたらと意地が悪くなったエルフにはそれもお見通しなのでしょう。何処か勝ち誇ったように私をチラリと見てきました。
 
 「ご主人様…ねぇ」
 「ん?」
 
 しかし、そんなラウラの言葉に応えないまま、ラフィはぽつりと呟きました。その顔に視線を向ければ、思案するような色が浮かんでいます。きっと、どちらの側を支持するのか考えているのでしょう。出会ったばかりであまり彼女の性格を掴めてはいませんが、その辺の計算が出来る割りと器用な方なのかもしれません。
 
 ― しかし…それならば、こちたにも勝てる面が出てきましたよ…!
 
 どれだけラウラが偉そうにしていてもその立場は居候兼メス奴隷――兼恥ずかしながら恋人――であることに違いはありません。権力的なものを見れば、この家では私がもっとも偉いのです。その事をラフィに提示できれば彼女が私についてくれる可能性もある。そう思った私が口を開くよりも先に、彼女の唇がそっと動き出すのでした。
 
 「じゃあ、アタシは旦那様って呼んだ方が良いのかね?」
 「んなぁっ!?」
 「…ほぅ」
 
 爆弾発言にも近いラフィの言葉に私たちは二者それぞれの反応を示しました。驚きの声をあげるラウラと興味深そうな声をあげる私を分けたのは利害関係でしょう。別に私は呼ばれ方などどうでも良いのです。例え、呼び捨てでも一々、気にする事はありません。しかし、ラウラにとってはそうではないのでしょう。私にとってはそれが興味深く、そして嗜虐心をそそられるものであったのです。
 
 「アタシは完全にハワード…いや、旦那様の世話になる居候だしねぇ。やっぱり呼び方はきちんとしておいた方が良いと思うんだよ」
 「い、いや、それはそうかもしれないけど!!でも、お前、旦那様って…!!旦那様って…わ、私だってそう呼んだ事はないのに…!!!」
 
 その場で地団駄を踏みかねない勢いで顔を膨らませるラウラの表情を、椅子の上にちょこんと座ったドワーフはさらりと受け流しました。何処か余裕すら見えるその仕草はラウラのイジリ方を把握しているが故なのかもしれません。
 
 ― 考えてもみればずっと見てきた訳ですしね。
 
 付き合いの深さで言えば、私の方が遥かに優れていると自信を持って言えますが、見守ってきた期間で言えばラフィの方が遥かに上なのです。私に弄られ、怒りつつも、内心、悦んでいる彼女の姿だって見てきているのでしょう。
 
 「まぁ、80点の男に身体を許すつもりはないけどね。アタシが欲しいなら100点満点になってからじゃないと」
 「じゃあ、どうしたら満点になれます?」
 
 その辛さを全く見せない気丈な彼女に私はそう返しました。勿論、本気でラフィが欲しい訳ではありません。彼女だって100点満点になった所で私に身体を許すとは限らないでしょう。これはあくまで私とラフィの利害が一致した――つまりラウラを弄るという目的が一致したが故の共闘関係に過ぎないのですから。
 
 「そうさねぇ…旦那様がアタシをラウル…いや、ラウラの半分でも愛してくれればお情けで満点をあげてもいいかな?」
 「なっ!なななななななっ!!」
 
 一つ私にウィンクを飛ばすラフィにラウラは怒りとも困惑とも言い切れない複雑な声をあげました。ラウラからしてみれば、それは寝耳に水なんてレベルではないのですから当然でしょう。ぽっと出のドワーフ――しかも、自分が受け入れたが故に出て行けとも言えない相手――に恋人を取られかねないのですから。
 
 ― まぁ、お互い冗談なんですけれどね。
 
 そもそも私たちは出会って一時間も経っていないのです。その上、まだまだラフィはラウラの事を引きずっており、私相手にぎこちなさが抜けきってはいません。しかし、冷静さを欠いたラウラにはそれが分からないのでしょう。顔を真っ赤にして口をパクパクと開閉するのを繰り返していました。何処か間抜けなその様子にさっきからかってくれた仕返しが出来た実感が沸き上がってきます。とは言え、まだまだ満足とは言い切れません。一発殴られたのであれば数発返す。それが私の流儀なのですから。
 
 ― そんな私の前でラウラが少しずつ冷静さを取り戻していき…。
 
 言葉一つ紡げなかった頃よりも大分、頭が回るようになったのでしょう。思案顔で必死に思考を回転させているのが分かります。どんな事を言うのかと楽しみに待つ私の前でラウラの顔が会心のモノへと変わり、ずいっとその豊かな胸を反り返らせるのでした。
 
 「ふ、ふん!残念だったな!ニンゲンの趣味はぼんきゅっばーんなグラマラス美女なんだぞ!お前みたいなちっパイなんかお呼びじゃ…!!」
 「あ、それ嘘ですから」
 「…え?」
 「私、胸に大小はあっても貴賎はないと思ってるタイプですよ。小さい胸も勿論、ご褒美です」
 
 元々、それはラウラを辱める為に紡いだだけに過ぎないのです。実際の私はそれほどこだわりがある訳ではありません。大きいのが嫌いという訳ではありませんが、小さいのも小さいなりに良さがあると思うのです。
 
 「ロリ体型も?」
 「可愛らしくってとっても魅力的だと思いますよ」
 「え?えぇ?え?…えぇぇぇぇぇ!?」
 
 ― 可愛らしく問いかけるラフィに私はそう返しました。
 
 魔物娘が数多く生息しているこの街で生まれ育った私にとって、体型の大小はそれほど気になるものではありません。特にこの街には成人男性の腕ほどの妖精も住んでいるのです。それら全てを性的な目で見ている訳ではありませんが、偏見がないのは確かです。
 
 「おや、嬉しいねぇ。それじゃあ、今夜、試しにどうだい?」
 「さ、させるものかああああああ!」
 
 ニヤリといやらしい――勿論、性的な意味ではなく――笑ったラフィの言葉をラウラが遮りました。顔を真っ赤にさせて私の元へと駆け寄ってくる姿は大型犬そのものです。そのまま大事に私を抱きしめながら、ラフィに向かって歯を剥き出しにして威嚇するのです。唸り声すらあげそうな今の彼女の瞳には涙すら浮かんでいました。
 
 「に、ニンゲンは私のだぞ!!お、お前に渡すもんか!!」
 「とは言ってもねぇ…アタシは居候の身の上だし、旦那様に求められたら断れない訳で」
 「まぁ、その辺は追々ですね」
 「追々も糞もあるか!お前も何ナチュラルに浮気しようとしているんだ!!」
 「そんな…誤解ですよ。ちょっとつまみ食いをしようとしてるだけです」
 「意味は同じだ!!!!!」
 
 「ぅー」と小さく唸りながら私を抱きしめて離さないラウラに思わず笑みが漏れでてしまいました。今まで虐めて拗ねさせた事は多々あれど、こうして嫉妬を顕にされることは今までなかったのです。今まで見ていなかっただけに今の恋人の姿はとても新鮮で、とても可愛らしく私の目に映るのです。
 
 ― ラフィに感謝しなきゃいけませんね。
 
 こうして可愛らしい姿が見れたのは彼女が私の悪戯に付き合ってくれたお陰です。それに感謝の言葉を紡ごうとした瞬間、ラフィがその頬をそっと赤くしました。
 
 「ほらほら、落ち着いて。ちょっとからかっただけじゃないか。…今はね」
 「「えっ!?」」
 
 頬を染め、ペロリと舌で唇を舐める姿は何処か女豹を彷彿とさせました。まるで首筋が舐められたようにゾクリとした寒気が走るのです。しかし、そうやって狙われる理由が私にはありません。元々、彼女の想い人であったラウラはともかく、私にそんな視線を向ける理由が思いつかないのです。
 
 ― まぁ、きっと自意識過剰なだけでしょうね。
 
 そう思考を打ち切りながら、私はぎゅっと抱きついてくるラウラの頭をそっと撫でてやりました。サラサラとしたシルクのような感触が指の間を通りぬけ、妙な心地の良さを感じさせます。何時までも撫でていたくなるような感触に頬を緩ませながら、口を開きました。
 
 「まぁ、馬鹿な事言ってないでそろそろ昼食にしましょう。買わなきゃいけないものも沢山ある訳ですしね」
 「むぅ」
 
 宥めるような私の声に対し、不満そうに膨れながらも彼女は何も言いませんでした。きっとこのままでは話が進まないのは彼女も理解しているのでしょう。不機嫌であるのは確かですが、そっと私を解放しました。
 
 「まったく…行くぞ、ラフィ!これからこき使ってやるからな!」
 「あぁ。分かってるよ」
 
 クスリとラウラに笑いながら、ドワーフがちょこちょこと着いて行きます。そんな二人の後ろ姿を見ながら、私の顔にもまた笑みが浮かびました。ついこの間まで殺風景で冷たかった家に私以外の人間がこんなに住んでいる。その暖かさがこれから先の日々の楽しさを象徴しているようにも思えるのです。
 
 ― まぁ…何とかなるでしょう、きっと。
 
 ラウラが来てから色々、落ち込むこともありました。けれど、最終的には何とかなったのです。今回の件もきっと悪いようにはならない。そう胸中で呟きながら、私はキッチンから漂うコーヒーの良い香りに身を委ねたのでした。
 
 
 
 
 
 
 
 
12/06/17 21:26更新 / デュラハンの婿
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■作者メッセージ
ハワードは決して善人でも性格が良い訳でもありません。
巡り合わせがひとつ悪ければそれこそ手がつけられないような悪人になっていたかもしれません。
そんな男でも幸せに、そして少しだけ前向きになれる可能性を持つ図鑑世界を表現したくて書きました!!!



ごめんなさい。嘘です。
ヒネクレ者大好きなんです。後、ツンデレエロフさんが書きたかっただけなんです!!!
なんでアルプ化とか言う属性が入ったかは私得だからだ!!←

二人をメインに据えたお話はこれで終わりではありますが
三人に増えた彼らの生活がこれからどうなっていくのかは別のキャラの物語で描かれると思います。
自分に対して少し前向きになり、護るべき者を手に入れたハワードがどれほど性格が悪くていやらしい奴になったか
自身の何もかもを受け入れてもらえる『ご主人様』を見つけたラウラがどんな風にいやらしくなっていくのか
羨望と嫉妬の間で手を差し伸べられたラフィがどんな結論を出すのか


その他、様々な人物と無意味にリンクしていますが、ネタはあるのでキチンと投下するつもりです!
何時になるかは分かりませんが、その時はまたよろしくお願いします。


※来週オマケ投下して完結するお

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