連載小説
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その2

 
 
 
 
 
 
 ―失敗した。
 
 そう思う私の足はふらふらと揺れていた。いや、揺れているのは足だけではない。頭もまた今にも落ちそうであり、腕にも力が入らなかった。思考はさらに酷く、ふわふわとした心地良さばかりに満ち溢れ、上手く考えを紡ぐ事が出来ない。
 
 「まったく。飲み過ぎだよ」
 「すまん…」
 
 ―そう。飲み過ぎだ。
 
 散歩が終わり、身体が空腹を訴えてきた頃、私たちはいつもの様に『振り返る雨雲亭』に帰り、そのまま夕食を摂ったのである。だが、彼女と偶然に会えた事でついついテンションが上がってしまったのだろうか。ついつい許容量を超える勢いでエールを煽り、こうして深酒してしまった訳である。幸いにして絡み酒でも泣き上戸でもなかったので必要以上に迷惑を掛ける事はなかったが、マトモに歩けない私は彼女に運んでもらうしかなかった。
 
 ―…まったく…情けないな…。
 
 木製の階段をゆっくりと登りながら、ふとそんな自嘲が胸に溢れた。勿論、それはこうしてシリルに支えて貰っている事だけではない。自分を誤魔化す為についつい深酒をしてしまった事もそうだし…――
 
 ―…いや、止めよう。
 
 やはりアルコールの所為で幾らか理性が鈍っているのであろう。普段は意図的に考えないようにしている思考が口から漏れてしまいそうになる。だが、こうして彼女と遊ぶ事が出来るのはもう後僅かしかない。その間くらい…それを口にしないまま過ごしたかった。
 
 「それで君の部屋って何処だったっけ?」
 「204…だな」
 
 歩いている時んは決して触れ合わない私たちの身体。それが今、不可抗力とは言え、触れ合っている。普段は見る事しか叶わないシリルの身体の柔らかさが酒で火照った身体に伝わってくるのだ。ただでさえ熱くなった身体がより興奮し、鼓動を早くしていくのが分かる。
 
 「なるほど。ここだね…それじゃあっと…」
 
 しかし、そんな風に意識している私とは裏腹にシリルには何の気恥ずかしさもなかった。それも当然だろう。彼女にとって私はただの友人であり――いや、そもそも友人である事さえ怪しいのだが――それ以上でもそれ以下でもないのだ。冗談でプロポーズだの愛の告白だのはするが、所詮、それは掛け合いの延直線上に過ぎず、シリルがそういう意味で私を大事に思ってくれている訳ではない事くらいは分かっているのだから。
 
 「よし。鍵も開いたよ」
 「ん…」
 
 そんな事を考えている間にシリルは預けていた鍵で部屋を開けてくれたらしい。夜の闇を孕んだ部屋の中へと私を連れ込んでくれる。そのまま彼女はするすると足を進めて、入り口から差し込む光でかすかに見えるベッドに私を横たえてくれた。
 
 「う…」
 「大丈夫?」
 
 自分の視界がぐるりと動き、体勢が変わるのはあまりいい気分ではない。だが、それは完全に私の自業自得だ。深酒をすればこうなる事が分かっていたのにも関わらず、こうなるまで酒を止めなかったのだから。それを思えば、腹の中がぐるぐるとかき回されるような不快感も堪えるしかない。
 
 「…大丈夫だ」
 「そんな顔には見えないよ。…とりあえず火を灯すからね」
 
 そう言って彼女はべっどの脇を離れ、部屋の入り口へと戻る。そのまま装飾の施されたランタンに備え付けのマッチで火を灯し、扉を閉めてから私の方へと歩いてくる。暗い部屋の中、不規則に動く光でぼんやりと照らされる彼女の姿は妙に幻想的で…――
 
 「…綺麗だ」
 「嬉しいけれどね。そう言うのは酔ってない時に言って欲しいな」
 
 思わず口から出てきてしまった言葉も彼女に軽くいなされてしまった。きっと私のそれを何時もの冗談の一種だとでも思ったのだろう。だけど、私のそれは本心から飛び出た紛れも無い本音である。
 
 ―…まぁ、真剣に受け止められるよりは幾分、マシなのかもしれないが…。
 
 下手に真剣に受け止められてしまえば、この関係が終わってしまうかも知れない。いや、きっと終わってしまう事だろう。シリルが私をそんな風に見ていないという事はこれまで嫌というほど分かっているのだから。寧ろ冗談で済ませてくれた方が下手に傷つかないかもしれない。
 
 「とりあえず水差しを貰ってくるからね。少しだけ待ってて」
 「…あぁ」
 
 枕元の小さな台にランタンを置きながら、彼女は私の頭をそっと撫でてくれた。何処か冷たい印象の受けるシリルの手が酒で火照った身体には心地良い。思わず目を細めてその感覚に入り浸ろうとした瞬間、その手と共に彼女がベッドから離れるのが分かった。
 
 ―バタン
 
 そんな彼女が扉を閉めた音を皮切りに部屋に静寂が満ちる。それなりに大きな宿だけあって防音設備はしっかりしているのだろう。こうして扉を閉めて貰えば、階下で行われている馬鹿騒ぎの音も聞こえない。
 
 ―それは本来であれば喜ばしい事なのだろう。
 
 慣れない深酒をした私にとって騒音は頭痛の種である。それが遠ざかり、一人静かにベッドに身を委ねられているのは有難い話だ。しかし…少し弱気になってしまっているからだろうか。普段はなんてことないその静寂が今ではとても寂しいものに思えて仕方ないのだ。
 
 ―やれやれ…ついこの前までは…こんなもの日常だったはずなのにな…。
 
 そう。私は彼女と出会うまでこうして静かな一人の時間が日常だったのである。勿論、日常と呼べるほどに根付いた時間を厭うはずがない。寧ろ、私はそんな静寂の時間を勉学に集中しやすい好ましいものだとさえ捉えていたのである。
 だが、今は違う。こうしてベッドに一人横たわっているだけで寂しさと無力感が沸き上がってくるのだ。誰にも見向きもされず、相手にもされない。彼女もこのまま帰ってこないままなのではないか。そんな不安と不信が鎌首をもたげ、胸を掻き毟りたくなる。
 
 「ただいま」
 
 そんな感情に支配されそうになった瞬間、彼女がそっと扉を開いて帰ってきてくれた。その手には見慣れた木製の盆があり、その上にガラス製の水差しとグラスが乗っている。シリルはそれを器用に片手で持ちながらベッドへと運び、そっとランタンの横に置いてくれた。
 
 「水差しはここに置いておくからね。気分が悪くなったらすぐに飲むんだよ」
 「…すまないな」
 「もう。謝罪は良いってば。止めなかったボクにも責任があるんだから」
 
 そうシリルが気まずそうに言うが、制止の言葉そのものは何度も聞いていたのだ。彼女だけでなく、女将にまで心配されるペースでぐいぐいとエールを煽っていたのだから。しかし、思考にこべりついたどす黒い何かを消す事に必死になっていた私はそれを聞かず、こうして見事に自爆した訳である。
 
 「とりあえず今日は君が眠るまで看病するつもりだけれど…これは明日は無理かな。二日酔いの可能性が高そうだね」
 「そう…だな」
 
 これまで節度のある飲み方しかしていなかったので、二日酔いなんて味わった事もないが…身体がマトモに動かないほどのアルコールを摂取したのだ。よっぽど酒に強くなければ二日酔いは確定だろう。折角、明日も出かける約束をしていたのに、なんて醜態なのだ、と自分を思いっきり詰りたくなる。
 
 「でも、夜には回復してるだろうし、また一緒に食事でもしよう」
 「……そう……だな…」
 
 ―最後の夜になる訳だしな。
 
 そう。私の資金的にはもう明後日にはこの街を発たなければいけない。つまり、シリルと一緒に何か出来るのは明日が最後だったのだ。彼女の事を手伝えるのも…彼女と一緒に歩く事が出来たのも明日が最後で……――
 
 「…すまないな」
 「そんなに気に病まなくても良いんだよ。友達なんだから迷惑の一つや二つくらい掛けるものさ」
 
 ―…違う。そうじゃない。
 
 だが、その否定の言葉は私の口からは出て来なかった。そんな勇気は私の中にはなかったのである。ずっと心の奥底にあった疑念を口にすれば、もう私は自分自身さえも誤魔化せなくなってしまう。そうなったら最後、残るのはシリルからの軽蔑か決別くらいしかないのだ。
 
 「それより少し苦しそうだから寝やすい格好に変えても良いかな?」
 「…あぁ。頼む」
 
 炭酸の混じったエールを何杯も飲んだ所為だろうか。胃の中が一杯で少し苦しい。またベッドに横たわっているにも関わらず、革靴や靴下を履いている事にも妙な違和感を感じるのだ。それを解消してくれるのであれば、有難い。
 
 「それじゃあ失礼するよ」
 
 そう言って彼女はまず私の革靴と靴下を脱がせた。次いで私のベルトを弛め、シャツを肌蹴させてくれる。火照った熱い身体に夜の寒気が入り込み、少しだけ冷ましてくれるのを感じた。
 だが、それ以上に私の身体を冷たくし、熱くするのは彼女の手だ。生気を感じられないひんやりとした手が私の肌とこすれる度にまるでくすぐられるような感覚を受け止めてしまうのだから。それが私の中の興奮を誘い、火照りとは違った熱を蠢かせる。
 
 「よし。これで大丈夫…っと」
 「…っ!」
 
 袖口まで綺麗にめくって楽にしようとしてくれたシリルの手がそっと遠ざかってしまう。処置も終わったのだから当然と言えば、当然だ。しかし、私には遠ざかっていくその手の感覚が、まるでいなくなってしまう彼女そのもののような気がして……――
 
 「…ん?」
 「…あ……」
 
 彼女の小さな手に縋るように思わず掴んでしまう。決して意識して行った訳ではないその行動に私の頬が赤くなるのが分かった。しかし、シリルの手があまりにも小さく、そして艷やかだからだろうか。迷惑だとは分かっていても、一度掴んだ彼女の手を手放そうとする気が起こらなかった。
 
 「どうしたんだい?不安なのかな?」
 「そう…なんだな。きっと」
 
 そんな私に向かって優しく微笑んでくれるシリルの言葉を私は肯定した。しかし、その不安さの由来は深酒をした事ではない。確かにそれで心のタガが緩んだことは否定しないが、それは間接的な原因でしかないのだ。もっと直接的な原因はシリルと別れてしまう事と…そして彼女への不信で……――
 
 「ふふ…♪大丈夫だよ。ボクはずっと君と一緒だからね」
 「そんなの…」
 
 ―不可能に決まってる。
 
 「おや、その顔は無理だと思ってる顔だね。でも、ボクたちは友達なんだよ。会おうと思えば何時でも会えるさ」
 「…っ!そんな気休めはよしてくれ…!」
 
 私たちは生きる世界が違いすぎるのだ。彼女は旅人で私はこの国に仕える役人なのだから。何れは別れなければいけないし、そうなれば二度と会えない。いや、そもそもこうして会えた事が本来は偶然と奇跡の要素が強いのだ。そんな私達がまた会える確証なんて何処にもない。
 
 「気休めなんかじゃないよ。ボクらはきっとまた会える」
 「…それは…それは……」
 
 ―言うな、と私の中の何かが言った。
 
 言ってしまえば全てが終わると、折角、目を逸らし続けてきた努力が水泡に帰すと訴えてくる。このままいい思い出だったと別れさせて欲しいと私の中の臆病な部分が言った。しかし、心の奥底へと押し込めたはずの疑念はもう私にも制御できず、そのまま言葉として口を突く。
 
 「…それはこの国の征服者としてか?」
 「……どうしてそう思うんだい?」
 「君の挙動は少し不自然過ぎる。歩くだけで楽しいと言っても、誰が王都の区画を隅々まで見て回りたいと思う?勿論、それが一回や二回であれば私だって不審に思わなかっただろう。だが、それがほぼ毎回続けば私だってちょっとした冒険心では説明がつかない事くらい分かる」
 
 確かに彼女は少々、ズレた所がある。しっかりもののようで若干、天然気味だ。だが、幾らそんな彼女であったとしても街の中を歩くだけで心の底から楽しいと言うはずがない。民家が立ち並ぶ場所を歩くよりは、もっと華やかな通りで露店を冷やかして時間をつぶす方が会話もしやすいはずだ。まして彼女が私に行きたいと訴えた場所は王都の重要な場所が殆どなのである。兵士の詰所や井戸、川の位置などはここを攻める時には重要な情報となるだろう。
 
 「そもそも…最初からしておかしいんだ。君はどうして私に話しかけた?見るからに不審者の私に…どうしてあそこまで歩み寄ってくれた?」
 「それは君がとても落ち込んでいたから…」
 「…そうだな。私もそれを信じたい。だが…それよりももっと納得しやすい理由がある。まったく異なる国からやってきた異邦人二人よりも、片方が同じ国に属していた方が疑いがかかりにくい。まして…君は意図的に恋人のように振舞っていた節がある。それはあくまで私達が『デート』してるのだと誤解させたかったからじゃないのか?」
 
 ―問い詰めるような私の言葉に彼女は黙った。
 
 今のシリルはその顔に浮かべていた微笑を打ち消して、真剣に考えこむような表情を浮かべている。私の疑念が正しいにせよ悪いにせよ、それを否定する言葉を考えているのだろう。だが、もう私はきっと何を聞いても彼女の事を信じられない。シリルが私にとって都合のいい救いの女神であったとは到底、思えないのだ。
 
 「なるほど。筋が通っている事は認めよう。だが、君の推論には証拠がない」
 「…そうだ」
 「あるのは状況証拠と君の疑念だけ。そうだろう?」
 「…あぁ」
 
 ―だが、同時に彼女の言葉を否定する材料も私にはなかった。
 
 彼女の言う通りだ。私にあるのは状況証拠とそこから生まれた疑念だけで確固たる証拠がある訳ではない。勿論、彼女がとっている部屋にでも乗り込めば話は別なのかも知れないが、私はそこまで強硬に彼女の正体を暴きたいとは思わなかった。寧ろ…こうして深酒するまでその疑念から一生、目を背け続けるつもりだったのである。
 
 「それを踏まえてボクも敢えて君の言葉を否定しない。だけど……その代わりに一つ君に尋ねたい事があるんだ」
 
 ―その瞬間、彼女はベッドの脇の椅子から立ち上がり、ゆっくりとベッドへと登ってくる。
 
 そのまま私の足の上に彼女がゆっくりと腰を下ろした。そして私の足に自らの足を絡みつかせるようにして私を捉える。そんな彼女の動きにマトモに歩くことすらままならない今の私が逆らえるはずがない。ジーンズ越しに感じる彼女の滑らかな足の感覚に危機感を感じながらも、私は身動きが取れなかった。
 
 「もし、ボクが君の言う通り敵国のスパイであったとして君はどうしたいのかな?」
 「それ…は…」
 
 ―彼女の言葉に答えられる言葉を私は持たなかった。
 
 実際、こうして彼女を問いただそうとはしたもののそこから先をどうしたいかなどまったく考えていなかったのだ。それも当然だろう。ついさっきまで私はその疑念を墓場まで持っていくつもりだったのだから。それを突発的に口にしてしまっただけでこれからどうするかなんて考えているはずがない。
 
 「…正直に言えば、分からないんだ」
 「そう」
 
 ポツリと呟いた私に応じる彼女の言葉は特に責めている訳ではなさそうである。私よりも遥かに心の機微を察知するのに優れている彼女の事だ。恐らく彼女にとっては私がこう答える事も予想通りだったのだろう。だが、自己嫌悪や疑念でぐちゃぐちゃになった私の心はそこで立ち止まる事を善しとはしなかったらしい。湧き上がる感情と思考のままに私の唇が動いていく。
 
 「私は…君に感謝している。例え利用されていただけだとしても…様々な事を教えてくれた。だから…本当は…何も言わず、何も気づかないまま…別れるつもりだった。だけど…私は…」
 
 ―そこまで言った瞬間、私の目尻から熱い何かが零れた。
 
 自分でも整理できないほどに混沌とした感情の波が溢れてしまったのだろう。悲しくも嬉しくもないはずなのに、私の目尻からボロボロと涙が零れてしまう。それを酒に犯された腕で何度も拭うが溢れ出る感情はまったく収まってはくれない。
 
 「…ごめんね」
 「あ…」
 
 そんな私の頬を彼女がそっと冷たい両手で包み込んでくれる。瞬間、涙で濡れた頬から心地良い冷たさが伝わり、少しだけ感情が落ち着いた。涙の勢いも弱まり、少しだけ冷静さを取り戻す私の前でシリルが辛そうにその表情を歪める。
 
 「…本当は君を泣かせるつもりなんてなかったんだ。ただ…君の心が知りたかっただけで…」
 「私の…心…?」
 「…うん」
 
 小さく頷きながらシリルが私の頬を拭う。微かに生まれた涙の跡が彼女の手によって消え去りなくなっていった。しかし、その優しげな手つきとは裏腹に私の問いには答えるつもりはないらしい。シリルはまるで謝るように、慰めるように私の頬を撫で続ける。
 
 「君を泣かせてしまったお詫びに全部、ネタバラシしてしまおうと思うんだけど…覚悟は良いかな?」
 「それは…」
 
 ―知りたくないという欲求がないと言えば嘘ではない。
 
 こうして彼女に巻き込まれてしまった以上、私はもう当事者の一人になってしまったのだ。しかし、臆病で小心者の私は辛い真実が怖くてそこから目を背けようとする。このまま何もかもなかった事にしてシリルと穏やかな別れを経験したいと訴えているのだ。
 彼女を問いただす前であれば、それはまた出来たのかもしれない。だが、私はもう踏み込んでしまった。ずっと目を背けていたその事実を言及してしまったのである。ならば…私はその責任を取らなければいけない。どれだけシリルの言葉が信じられなくとも、その口から辛い真実が出てきたとしても…最後まで聞き届けるのが私の責任だ。
 
 「…頼む」
 「うん。それじゃあまず始めに…君の推察は大体、当たっているよ。ボクは旅人じゃなくってスパイ。目的はこの国を攻める時の拠点の位置を探る事。その為に君を利用していたのも確かだし、意図的に恋人同士のように振舞っていたのも否定しない」
 「…そうか…」
 
 ―その言葉が私の胸に突き刺さる。
 
 元々、自分も予想していた事とは言え、シリルに実際に口にされるとかなり「来る」ものがある。流石にまた泣き出しはしないが、胸の奥がズキズキと鈍痛を走らせ、押し潰されるような圧迫感を感じた。勿論、それはただの錯覚に過ぎないのだろう。だが、息が詰まり、呼吸が苦しくなるその感覚は私にとっては紛れも無い現実だった。
 
 「だけどね、それだけじゃないのも確かなんだよ」
 「…それだけじゃないって?」
 
 そんな私の様子に気づいたのだろう。彼女は私の表情を和らげるように両手で顔を撫で始めた。シルクのようなその手が動く度に艶かしい感覚が私へと伝わってくる。さきほどまでは激情や疑念で遮られていたなめらかな感触が通り過ぎる度に胸の奥が甘く疼き、もっと撫でて欲しいという欲望が鎌首をもたげ始める。
 
 「ボクは君に会う前から君の事を知っていた。理由は君が商人から買った親魔物領の本。…もう隠す事じゃないから言っておくけど、その商人はボクのもう一人の友人でね」
 「…え?」
 「彼女から君の事を聞いてみて、一度、会いたくなったんだよ。それがボクが君に話しかけた理由」
 「…ちなみに…私はどんな風に言われていたんだ?」
 「ん?聞きたいのかい?」
 
 そこでシリルはそっとその表情を悪戯っぽいものへと変える。何処か嗜虐的なものを含ませるその笑みにより一層、何を言われているのだろうかと気になった。しかし、同時に悪しように言われていたらどうしようという不安も顔を出すのである。既に彼女から利用されていた事を明言されているにも関わらず、まだココロの何処かでシリルに依存している自分に私は自嘲を覚えた。
 
 「そんなに怖がらないで。別に悪口じゃないんだから。真面目で純朴そうな青年だけど、立派な素養があるって」
 「…素養?」
 「そう。目的があったとは言え、ボクたちの本を求めた時点で君は…ボクたちを愛してくれる人だってね」
 
 「まぁ、あそこまで鈍感だとは思わなかった訳だけれど」と付け加えながら、彼女はそっとその表情を微笑へと変えた。まるで子どもを見るような暖かで優しい視線が私へと注がれるのである。その居心地の悪さに思わず身動ぎしたくなるが、シリルの視線から感じる心地良さとがっちりと挟み込まれている足がそれを許さない。
 
 ―だが、愛する…だって?
 
 彼女の言葉に私は強い違和感を覚える。これほどの美女であれば、愛されるのが当然の話だ。確かに少し天然で変わっている所があるが、そこもまた魅力的に映る。そんな彼女に行為を抱く事はあっても忌避するなんて普通では考えられないだろう。
 
 ―だけど、シリルはそれがまるで当然のような口調で…。
 
 いや、待て。それより彼女はもっと重要な事を言わなかっただろうか。その疑問が一本の糸となり、点と点を結んでいく。それは本来であれば荒唐無稽であると笑うような結論であっただろう。だが、私はもうその結論を嘘だと断じる事は出来なくて……――
 
 「……まさか…魔物?」
 「ふふ…♪やっぱり君の理解力は素晴らしいよ。ちゃんとボクの言いたい事を分かってくれる。そうだよ。ボクは君たちの言う魔物だ」
 
 呆然としながら呟いた私の言葉に彼女が肯定の意を返した。しかし、そうやって実際にシリルが肯定したとしても私は半ば信じられない。それも当然だろう。私の眼の前にいる彼女には魔物らしい部分など欠片もない。少し色白で飛び抜けて美人だという特徴こそ持っているが、殆どそこらの女性と変わらないのだから。
 
 ―いや…待て…。そもそもその前提こそが間違っているのだとすれば…――
 
 「…つまり君の姿が今の魔物のスタンダード…なのか?」
 「種族差は激しいけれどね。大まかにはボクと同じように人間の女性と同じような姿をしているよ」
 
 何でもないように返すシリルの言葉に私は頭がクラリと揺れるのを感じる。価値観どころか世界観さえを大きく揺るがす新事実に思わず私の手が額へと伸びた。
 しかし、同時に納得もする自分もいる。確かに彼女のような美しい姿をした女性ばかりであれば、それを積極的に囲もうとする国――つまり親魔物領が出てくるはずだ。その上、私自身、彼女の優れた身体能力を何度も目の当たりにしている。この戦乱の時代を生き抜く戦力として弱小国が魔物を充てにする事だって考えられるだろう。
 
 ―つまり…あの本に描かれていたモデルの姿は別に「こすぷれ」などではなかったのだ。
 
 尻尾やツノの生えた美しい女性の姿。それは私が当初、思っていたように人間の女性が仮装をしていた訳ではない。アレこそが現在、世界中で見られる魔物の姿なのだ。この国の大半の人々が知らず、教団が必死になってひた隠しにしようとしている魔物の姿なのである。
 
 ―そして、彼女が魔物だという事は……。
 
 「つまり君が属しているのは魔界の騎士団で…この国は魔物に狙われている…という事か」
 「そういう事になるね」
 
 思っていたよりもスケールが大きくなった話に軽い脱力感を感じる。この国の近くに魔界は無いとは言え、魔物の脅威にさらされていない訳ではない。年間で何百人モノ行方不明者が報告されている。だが、シリルがこうして王都へとやって来たという事はそれまでとは比べ物にならない大攻勢が予定されているという事だ。
 
 ―それにこの小さな国が耐え切れる訳がない。
 
 彼女が魔物の中でどれほどの実力者なのか私は知らない。しかし、シリルが千人も居れば、この小さな国の保有する軍隊を打ち破る事はそう難しくないはずだ。その上、この国では魔物はお伽話に出てくるような化物という認識が一般的である。いきなり見目麗しい女性が敵であると言われて、躊躇なく剣を振り下ろせる人間はきっと少数派だろう。結果としてこの国は殆ど抵抗できないまま併合されてしまうのだ。
 
 「……それでどうするつもりなんだ?」
 「どうするつもりって?」
 「…だから、この国を手にいれてどうするつもりなんだ?」
 
 そう。この国は大して価値のない国だ。戦略的にもそれほど価値のある位置にある訳ではない。だからこそ、この戦乱の時代にも特に他国と戦争をせず生き延びる事が出来てきたのだから。そんな小国をわざわざ手に入れて、シリルたちが何をしたいのかがまったく分からない。
 
 「そうだね。まずは…君をベッドにくくりつけてしまおうかな?」
 「は?」
 「そのまま、あまぁいキスをして一枚ずつ服を剥いでいくんだよ。そうして裸になった君に愛を囁きながら上に乗っかるんだ」
 「いや…だから、何を…」
 「そうしてボクは君に告白するんだ。好きだ。愛してる…って」
 「っ!?」
 
 そっと微笑む彼女の言葉に私の胸がドキンと跳ねる。何せ完全に油断していた所に好きだの愛しているだのと言われたのだから当然だろう。てっきりもっと深く暗い陰謀の話をされるとばかり思っていたのに甘い言葉で誤魔化されるのは不快ではあるが、激しい鼓動は収まってはくれない。
 
 「…大した戯言だな」
 「戯言じゃないさ。ボクは本当に君のことを愛している。…とは言え、今まで君を利用してきた女の言葉を信じられないのも分かるからね。…まずはその証を立てさせてもらおうか」
 
 ―そう言ってシリルの顔が私へとゆっくりと近づいてくる。
 
 その長いまつ毛からすっと通った鼻筋。ルージュを引いたような紅い唇が私へとのしかかってくる。どれをとっても芸術的なその顔から私は逃れようとした。しかし、私の両頬を包み込んだ彼女の手がそれを許さない。彼女の腕には大した力など入っていないはずなのに、ただ、触れているだけなのに、私の首は動かないのだ。
 
 ―そして…シリルがそっとその瞳を閉じて…――
 
 瞬間、私の唇に何か柔らかい感触が押し当てられた。それはただ柔らかいだけじゃなく、艷やかで瑞々しい。もぎたての果実を彷彿とさせるようなその感覚に私の瞳も自然と閉じそうになってしまう。だが、触れられるほどに――いや、触れるほどに近づいた彼女の整った顔立ちが私の視線を釘付けにし、瞳を閉じる事を許さない。
 
 「ふゅ…ぅん…♥」
 
 彼女が間近にいる事を感じさせられてしまうからだろうか。軽く肌を撫でる彼女の鼻息が妙にくすぐったく、それでいて色っぽい。胸の奥に眠るオスとしての衝動をくすぐるようなそれに私の思考は熱く滾り始めるのだ。
 
 ―それはきっとシリルも同じで…。
 
 唇を合わせる彼女の頬は紅潮している。その上、甘えるように何度も何度も唇に吸いついてくるのだ。小首を傾げるように顔の角度を変えて、様々なキスを繰り返す度に彼女の息が荒くなっていくのが分かる。
 
 「…ふぁ…♪どうかな…魔物のファーストキスの味は…?」
 
 そのままたっぷり一分ほど私とのキスを楽しんだ彼女はそっと上体を起こした。そのまま真っ赤な頬を微笑に染めて、私へと尋ねてくる。しかし、私はそれに答える言葉を持たない。勿論、嘘偽りなく答えれば、それはとてつもなく気持ちが良い感覚だった。粘膜でも何でもない唇を合わせる事が愛情表現になる意味を理解出来るほどに心地良いものだったのである。
 
 ―だけど…それを口にしてしまえば…私はきっと彼女に屈してしまう。
 
 私の心にはまだまだシリルへの不信感が残っている。彼女がキスをした事だって、私を誤魔化す為のものなのだろうと理解しているのだ。最早、利用価値のなくなった私をどうして抱き込もうとするのかまでは分からないが、シリルが私を愛しているなどという荒唐無稽な話を信じるよりかはそちらのほうが説得力があるだろう。
 
 ―だが、その唇にはそんな事が些細に思えるほどの魅力があったのである。
 
 柔らかく、艶かしいシリルの唇は私の思考をかき乱すのには十二分過ぎる魅力を持っていた。何でもいいからもっとキスをして欲しいと、彼女の誘惑に屈したいと、自分の疑念から目を背けてシリルに利用されたいと思えるのだから。勿論、抵抗できない今の状態では何れ彼女に屈してしまうのかもしれないが、自分で自分の心を折るような真似はしたくない。
 
 「ボクはとってもドキドキしてるよ…♪ほら…」
 「う…」
 
 だが、シリルはそんな私に容赦をするつもりはないらしい。私の手をそっと掴み、自分の胸へと導く。瞬間、掌には微かに硬い感覚と指先には形容しがたい柔らかさが伝わってくるのだ。恐らく掌ではブラの感触、指先では彼女の胸そのものの柔らかさを感じているのだろう。
 
 「ボクのドキドキ…君にも伝わっているかな?」
 「つ、伝わる訳ないだろう」
 
 そう。常識的に考えれば、ブラと厚手のセーター越しに鼓動を感じられるはずがない。ましてシリルの胸は平均よりも遥かに大きいサイズをしているのだ。どれだけ激しく脈打とうとこうして触っているだけで伝わってくるはずなどない。
 
 「じゃあ、裸になれば君も分かってくれるかな?」
 「え…?」
 「セーターやブラを脱げば、胸越しにも伝わるかも知れない。そういう事だろう?」
 
 そう言って小首を傾げるシリルに私の頭が焼け付くような熱を訴えてくる。ここで頷けば、彼女の裸を見る事が出来るのだ。疑っているとは言え、悪い感情を抱けない異性の裸を見たくないと言えば嘘になってしまうだろう。だが、そうなってしまえば、私はもう止まれない。自分で結論を出せないままシリルに流されしまうだろう。
 
 「い、いや、裸になっても意味はないんじゃないか?ううん。知らないけど、きっとそう」
 「ふふ…♪冗談だよ。ボクだって、こんな状態で裸になるほど恥知らずな女じゃないさ。それに…初めての時は好きな相手に脱がして欲しいものだしね」
 「う……」
 
 シリルの言葉に一度は固めたはずの決意が揺らぐのを感じる。このまま彼女に流されてしまっても良いのではないかという欲望が鎌首をもたげはじめた。それを頭を振って振り払いながら、私はそっと唇を開く。
 
 「そうやって誤魔化すのはいい加減にしてくれ。こんな事などしなくても私は誰にも言うつもりはない。…言っても信じては貰えないだろうしな」
 
 この国では魔物と言えば、物語に出てくるような怪物なのだ。教団や国の一部の人間は真実を知っているかもしれないが、そこに繋がるコネなど私は持っていない。そんな私がどれだけ憲兵たちに訴えたとしても気が触れたと思われるだけだ。それならば口を閉ざしたままの方が幾らかマシだろう。
 
 「…君はボクがその程度の理由でファーストキスを捧げるような尻軽な女に見えたのかな?…それはそれで流石にショックなんだけれど」
 
 しかし、そんな私の答えは彼女にとってはとてつもなく気に入らないものだったらしい。頬を膨らませながら見下ろすその視線は不機嫌さを隠そうともしていなかった。とは言え、シリルに対する不信感はもう私の中で最高潮に達しているのである。その様もまた演技ではないという保証はない以上、彼女の言葉を否定する訳にはいかない。
 
 「そうか。そこまでボクの事が信じられないんだね。…良いよ。それだったらもう容赦しないんだから」
 
 その言葉と同時にシリルが再び上体を倒して私へとのしかかってくる。恐らくまた私へとキスをするつもりなのだろう。いや、もしかしたらもっと凄い事をされてしまうのかもしれない。そんな期待と不安が入り混じった感情のまま、私は顔を背けようとした。しかし、シリルの手はそれよりも早く私の顔を捕まえ、さっきと同じように固定する。
 
 「ふふ…♪逃さないよ。君がボクの事を信じてくれるまで…ううん。君がボク抜きじゃ生きていけなくなるまで骨抜きにしてあげる…♥」
 「っ!!」
 
 それを冗談や言葉のあやだと思えれば、どれだけ楽だった事だろう。しかし、潤んだ真紅の瞳がそれが冗談などでは決して無いと告げている。爛々と見たことのない色に輝く彼女の瞳は本気でそうしようとしているのだ。それに本能的な恐怖を感じた私は彼女の胸に添えられたままの腕に力を込めて必死に押し返そうとする。
 
 「きゃ…っ!」
 
 本来であればアルコールでマトモに動けない私の力でシリルを押し返す事など不可能だっただろう。だが、ここ一番という場面で火事場の馬鹿力でも発揮されたのか、彼女自身が完全に油断していたのか。その背中は勢い良く後ろへと反り返った。自然、彼女の首も遠心力で後ろへと投げ飛ばされて……――
 
 「……え?」
 
 理解出来ないその光景に私は思わず絶句した。それも当然だろう。必死の抵抗だったとは言え、押し返しただけで首が取れるだなんて聞いたこともない。そもそも身体の構造上、取れるはずがないのだ。だが、現実、彼女の首は胴体から切り離されたように飛んでいき、ベッドの下へと落ちたのである。
 
 ―死ん…え…?え……?
 
 幾ら魔物と言えど、首と胴体が切り離されて生きていられるはずがない。となれば…私は彼女の事を殺してしまったという事になる。勿論、私に殺すつもりなどはなかった。ただ、反射的に抵抗しようとしただけである。なのに、私は…シリルをこの手で…――
 
 「いたた…酷いじゃないか。もう」
 「な…っ!?なななななななな!!」
 
 混乱の中、自分のやってしまった事に後悔の念を抱いた瞬間、彼女の声がベッドの下から届いた。首が吹っ飛んだはずのシリルの声に私は混乱を通り越してパニックに陥る。まるで質の悪い悪夢のような光景に恐れおののくしかない私の前で首のない彼女の胴体はゆっくりと立ち上がり、ベッドの後ろへと歩き始めた。
 
 「女の子の身体に乱暴しちゃダメじゃないか…っと。あったあった」
 「え…?え……?」
 
 そう言って彼女の胴体が拾い上げたのはついさっきその胴体から飛んだ彼女の顔であった。しかし、その顔は胴体から離れているとは思えないほど、活き活きとしている。何かのトリックで彼女の胴体が透明になって見えなくなっているだけ、と言われば、私は嬉々として納得するだろう。だが、現実に私はその顔を持つ胴体から飛んでいった所を見ていて……――
 
 「な…んで…?」
 「ん?なんでって…あぁ、そう言えば言ってなかったっけ」
 
 そのまま彼女は私の身体の上へと再びのしかかってくる。しかし、それはさっきとは違い、足を挟みこむような位置ではなかった。彼女の腰を下ろしたのは私の下腹部だったのである。丁度、マウントポジションをとるようなその姿勢に危機感を覚えるが、目の前の現実離れしすぎた光景に恐怖で強張り、まるで身体が動かなかった。
 
 「ボクはデュラハン。魔王様が代変わりするまでは首なし騎士として戦場を駆けていた種族だよ」
 「でゅら…はん…?」
 
 その名前は魔物の図鑑で見た記憶があった。魔王の忠実なる配下にして精鋭中の精鋭。魔王軍の中でも特に統率の取れた騎士団に属し、一糸乱れる動きで戦場を駆け巡る魔王の騎士。だが、そう説明されていた図鑑では無骨な鎧を着込んだ首から上のない化物で描写されていた。少なくとも目を見張るような容姿をした美女などでは決して無い。
 
 「その辺は追々教えてあげる。今はそれよりも……ね♪」
 「うあ…!」
 
 そう言って彼女はそっと私の方へとしなだれかかってくる。だが、その身体には顔がない。その光景に未だ慣れない私の顔が引きつるのを感じる。だが、シリルはそんな私に構わず、その手に持った顔を私へと近づけて…――
 
 「ちゅ…♪ふぅ…ぅ♥」
 「っ…ぅ…ぁ…」
 
 そのまま再び私へと唇を合わせる。その柔らかい感触に頭の中に桃色のもやが掛かっていくのが分かった。それを振り払おうとしても、逆にまとわりついてくるようで一向に離れてはくれない。勿論、意識を他に逸らすなどすればそれも不可能ではないのかも知れないが――
 
 ―あぁ…くそ…柔らかい……!
 
 こうしてキスをされる事なんて初めての私がそれを効率的に処理出来る能力やアイデアなどあろうはずがない。どうしても間近に近づく彼女の顔を意識してしまい、その艶めかしさに心を動かしてしまう。そして揺れ動く心の奥底から欲望が顔を出し、もっとこのキスを味わっていたいと思うのだ。
 
 「は…ぁ…ゅ…♪」
 「っ!!」
 
 その欲望を自覚した瞬間、何かヌルリとした熱いものが私の唇を割ってくる。彼女の唇とはまた別方向に柔らかく、ヌルヌルとしているそれに私は反射的に歯を閉じて拒もうとした。しかし、その熱い何かは私の反応を見越していたらしい。それよりも先に私の中へと入り込み、歯の内側を這いずりまわる。
 
 ―なん…だこれ…!?
 
 口の中を自分の身体とは違う何かが這いまわる感覚。それは本来なら嫌悪感を催すものであっただろう。だが、今の私の胸中には嫌悪感などまったくなかった。寧ろその熱い何かが這いまわる度にじわじわと染みこんでくるような快感を受けていたのである。
 
 「じゅるぅ…♥ふぁ…ぁ…ん♪」
 
 そんな私の前で彼女が甘く息を漏らした。何処か舌足らずなその声と同時にまた熱っぽい息が私の顔に掛かる。恐らくではあるが、彼女もまた強く興奮しているのだろう。だが、一体、どうしてなのだろうか。はっきりとしない思考の中でそんな疑問を思い浮かべた瞬間、私は今も口の中を這いずりまわる熱い何かが彼女の舌である事を悟った。
 
 ―彼女の舌が…私の中に……?
 
 その想像は私にとって劇薬も同然だった。口の中を這いまわる彼女の舌をどうしても意識してしまい、興奮を強めてしまうのだから。自然、私の粘膜から伝わってくる快感も大きくなっていく。
 
 ―こんなの…嘘だ…嘘に決まって…!
 
 その快感を私の心は否定しようとした。それも当然だろう。こんな風に同意もないまま無理矢理、キス――それも恋人同士だって滅多にしないような深く激しいものだ――をされて悦ぶような倒錯した趣味は持っていない。ましてシリルは私の事を利用していただけに過ぎないのだ。少なくとも私はそう思ってる。それなのに…――
 
 「ちゅぱ…♪あは…♥君のオチンポ少しずつ大きくなってるね…♪」
 「っ…!」
 
 私の中からそっと唇を離して私へと甘く囁いてくる彼女の言葉は否定しようがないほどに真実だった。ジーンズの内側でオスの象徴がムクムクと起き上がり、硬くなり始めているのだから。馬乗りになった彼女の腰とも擦れる肉棒の変化は最早、隠しきれるものではないのだろう。
 
 「ちょっとキスしただけでこんなに大きくなってくれるなんて…嬉しいな…♥」
 「う、うるさい…!ば、馬鹿にするならもっとストレートにすれば良いだろう…!」
 
 今にも触れそうな距離でそっと微笑む彼女の言葉が私の胸へと突き刺さる。これまで友人の一人もいなかった私は勿論、性交渉の経験などあろうはずがない。完全無欠でどこに出しても恥ずかしくないほどの童貞である。そして私にとって彼女の言葉は遠まわしにそれを馬鹿にされているようなものにしか思えなかったのだ。
 
 「もう…そんなに拗ねないでよ。ボクは本当に嬉しいんだよ?だって…こんなに大きくなってくれてるって事はそれだけボクでも…首の外れてしまう化物のボク相手でも興奮してくれているんだからね♥」
 「…それ…は……」
 
 何処か自虐的に微笑む彼女に私はどう返して良いのか分からなかった。勿論、私の本心は間違いなく彼女に興奮している。流石に首が外れた時にはパニックに陥ったが、最初に驚きすぎたお陰か今はかなり落ち着いていた。まだ首が外れる方が魅力的だ!と言えるほどに吹っ切れた訳ではないが、それほど気にする要素ではないような気がしてくる。
 
 ―だけど、それを言うのは何か違う気もするのだ。
 
 こうして目の前で自虐的な笑みを見せる彼女を慰めたくないと言えば嘘になる。しかし、そんな事をすればそれこそ取り返しのつかない事になってしまうのは自明の理だ。きっとズルズルと流され、答えが出ないまま私は彼女に屈してしまうだろう。その事を考えると彼女の言葉を肯定も否定も出来ず、私は口を噤んだまま何も言えなかった。
 
 「やっぱり君は優しいね」
 「…そんなんじゃない」
 
 そんな私の葛藤に気づいたのだろうか。彼女はその笑みから自虐的なものを消し去りながらそう言った。しかし、優しいなどと言われてもそれを素直に受け止める事など出来ない。本当に優しければ、はっきりとした言葉で彼女を慰めていた事だろう。結局、私は答えを出せないだったのだから、優しいよりは優柔不断と言われるべきだ。
 
 「じゃあ、優しくない君に…ボクから甘いプレゼントをあげるね…♥」
 「ちょ…!?」
 
 そう自虐する私へ彼女が再び唇を合わせた瞬間、躊躇いもなく舌が私の中へと入り込んでくるのだ。しかし、今度はただ這いずり回るだけではない。シリルの口と私の口の中を何度も行き来し、舌先を尖らせて何かを塗りこんでくるのだ。
 
 ―あま…い…。
 
 その何かは彼女の言った通りとても甘いものであった。べったりと舌に張り付くようなそのしつこい甘さは何処か砂糖菓子に良く似ている。だが、ただ甘いだけの砂糖菓子とは違って、その何かは幾ら味わっても飽きる事がない。後から後から運ばれてきているというのにそのしつこいほどの甘さが癖になってしまいそうなのだ。
 
 「ん…んぅ…♪」
 
 ―これって……まさかシリルの……。
 
 何度も何度も彼女の舌がわたしの口腔へと塗りたくってから私はそれがようやく彼女の唾液である事に気づく。だが、そうやって気づいても私はそれを半ば信じられないままだった。何度も言うようにシリルの唾液はシロップを彷彿とさせるほどに甘ったるい液体なのだ。勿論、私は彼女以外とキスなどしたことはないし、他人の唾液の味も知らないが、唾液がそれほど甘いだなんてあり得るはずがない。
 
 ―しかし、どれだけ否定した所で現実は変わらない。
 
 今、私が味わっているそれが現実だ。どれだけあり得なくても、それを否定したところで変わらないのである。それに私はついさっき彼女の首が外れる所を見てしまったのだ。それもまた私の常識では測れない光景だったが、現実だったのである。それを何とか咀嚼する事が出来たのだから、シリルの唾液が甘いと言う事も頭ごなしに否定しなくても構わないだろう。
 
 ―それよりも問題は…この物足りなさだ。
 
 くちゅくちゅと音を立てて這いまわる舌にまた思考が霞み掛かるのを感じながら、私は胸中で呟いた。今もこうして口の中に刷り込まれている彼女の唾液はとてつもなく甘いが、それ以上に中毒性が高いのである。口の中はもう甘さで一杯になっているというのに、まだ物足りなさを感じるその中毒性の高さに強い危機感を覚えた。
 
 ―でも…一体、どうしろって言うんだ…。
 
 勿論、このままではいけない事は私にだって分かっている。だが、経験のない私には具体的にどうすればいいかなんてまったく分からないのだ。確かなのはムズムズとする舌先を決してシリルの方へと差し出してはいけないという事だけで、具体的な打開策が思いつかない。それどころかぬるま湯に浸かったような心地良さが私の瞼をゆっくりと下ろしていく。
 
 「くちゅ…♪ん…♥…はぁ…ぁ♥」
 
 そんな私を追い詰めるように彼女の舌がまた唾液を塗りこんでくる。ヌルヌルクチュクチュといやらしい音を立てるそれに欲望の炎が大きくなるのを感じた。それに後押しされるように私の舌がシリルを求めるようにゆっくりと前へと動き出してしまう。
 
 ―ダメだ…!そんな事をしたら…!
 
 そう自分を戒める私とは裏腹に舌は止まってはくれない。そのままおずおずと彼女の舌へと触れた私の舌先は甘えるように絡みつき始める。瞬間、私の舌から濃厚な甘さが伝わり、ずっと心の奥底にあった物足りなさを埋めてくれた。
 
 ―ダメ…ダメなのに……もっと…もっとこれが…彼女が欲しい…!
 
 その充足感がもっと欲しくて、私の舌がさらに突き出される。自然、彼女の舌とより深く激しく密着した状態になり、快感と興奮が膨れ上がった。最早、自分自身では到底、抑える事の出来ない快感と興奮に理性が押し流されてくのを感じる。
 
 「んふゅ…っ♥ふぅ…ぅ♪ちゅぅ…ぅ♥♥」
 
 そんな私の様子が伝わったのだろうか。彼女の口から漏れる声には喜色と媚びが混ざり始めていた。その舌も私の口腔に唾液を塗りたくるのを止めて、私に応えるように舌を絡みつかせてくれる。くちゅくちゅとお互いの舌で円を描く様な甘いそのキスに私はどんどんと夢中になってしまった。
 
 ―あぁ…くそ…!こんなにキスが気持ち良いだなんて…!!
 
 友人の素晴らしさを彼女に教えてもらった時のように、キスの素晴らしさもまた彼女に教えてもらっている。その類似と対比に私の胸の奥底が疼き、嬉しさが沸き上がってきた。自分でも形容しがたいその嬉しさにまだ私は名前をつける事が出来ない。薄々、勘付いてはいたものの、簡単に認められるほど私は大人でも子どもでもないのだ。
 
 ―だけど…一つだけ確かな事は…。
 
 私はこの期に及んでも彼女の事を嫌いになれてはいない。騙されていた事を知っても、利用されていた事を知っても、無理矢理、キスをされたとしても、それがシリルであるだけで全て許したくなってしまうのだ。それはただ彼女が私にとって初めて出来た友人であるという事だけじゃなくって…もっと大きな…――
 
 「くちゅ…っ♥れろぉぉぉ…♥♥」
 「っ!!」
 
 そこまで考えた瞬間、彼女の顔の角度と舌の動きが変わる。今までの舌先で円を描き合うようなものではなく、広い舌の腹でべったりとこちらへと押し付けるような動きへ。その表面に浮かんだ無数の粒で扱くような愛撫に、思わず私の舌が止まってしまう。だが、そんな私に構う事はなく、シリルの舌は休まず動き続けるのだ。
 
 ―う…これ…やば…い。
 
 舌同士を絡め合わせながら円を描く動きは密着感が凄まじかった。普段、動かす事のない舌の根までを酷使したその動きがまったく苦ではないほどに気持ち良かったのである。だが、今の彼女の舌の動きはその時とは全く違っていた。まるで私の口の中、何もかもを貪り尽くそうとするような貪欲さに溢れていたのである。
 
 ―まさか…キスの仕方一つでこんなにも感覚が違うだなんて…。
 
 経験のない私にはディープキスはディープキスだと単一的に考えていたのだ。しかし、こうして味わってみるとそれが一面的な見方であると思わざるを得ない。舌同士を絡め合わせるという事は変わらないのに、受け取る快感も興奮もまったく違う。そして、だからこそ私は……――
 
 ―もっとこれが味わいたい…!
 
 キスの奥深さに魅せられはじめる私の心からそんな言葉が紡がれる。それは最早、私の理性を上回る大きな勢力と化し、心の中を埋め尽くす。勿論、それに抗おうとする理性はまだ私の中には残っていた。しかし、それはもう欲望を抑えられるほど大きなものではなく…――
 
 「ちゅぅ…♪」
 「…ぁ…」
 
 甘えるように唇に吸い付くいてくるシリルに私の舌もまたおずおずと動き出す。そのまま彼女の舌へと押し付けるように重ね合わせ、舌の腹同士を密着させた。自然、舌の表面に浮かんだ粒がザワザワと擦れ合い、独特の密着感を生む。ほんの僅かな隙間さえ許さないと言うような密着感に私の唾液が増産されるのが分かった。
 
 ―それはシリルも同じで…。
 
 私よりも遥かに舌を伸ばしているからだろう。突き出されたシリルの舌からは伝うように唾液がこぼれ落ちてくる。甘露を煮詰めて作ったような甘いその唾液は紛れも無く美味であると言えるだろう。しかし、だからと言って無制限に幾らでも飲み込める訳ではない。自分の分の唾液を処理するだけでも難しいのに、だらだらと際限なく滴り落ちる彼女の唾液まで全て飲み込めるはずがない。
 
 ―このままじゃ…溺れそうだ…。
 
 「ちゅぅぅぅ…♪じゅるぅぅ……♥」
 
 そんな事を考えた瞬間、彼女の口が一気に唾液を吸い上げていく。私の唾液も自らの唾液も何もかも吸い上げる力強いそれに溢れてしまいそうな感覚が消えた。少なくとも彼女は私を溺れさせるつもりはないらしい。その事を理解した私はシリルに感謝を抱きながら…――
 
 ―いや、待て。おかしい…!
 
 そもそも、私は無理矢理キスをされている側なのだ。それに憤りこそすれ感謝をするなど前提を履き違えているも同然である。理性からもたらされたその訴えは至極、当然のものであろう。ただ、最早、私の心はシリルに半ば屈してしまっているという事を除けば。
 
 ―おかしい…はずなのに…。
 
 そう。私がシリルに対して感謝するだなんて間違っているのだ。だが、それにも関わらず、唾液が吸い上げられる度に私の心に暖かいものが湧き出てくる。まるで一瞬足りともこのキスを終わらせたくないと言うような反応に私の理性は戸惑いの声をあげた。
 
 ―でも…もう…。
 
 その戸惑いの声が虚しく響くほどに私の心はこのキスを喜んで…いや、悦んでしまっている。それはもうどうあっても否定することの出来ない事実だ。今更、このキスをやめろと言われても私はきっと戸惑ってしまうだろう。
 
 「ふひゅぅ…♥ん…くぅぅ♪」
 
 ―え…!?
 
 私のそんな思考が彼女へと伝わったのだろうか。シリルの舌はゆっくりと私の中から引き抜かれていく。まるでこれで終わりだと言うようなその仕草に私は予想通り強い困惑を覚えた。
 
 ―何で…今更…!?
 
 私はもうシリルとのキスの虜にされてしまったも同然なのだ。理性がまだ抵抗してはいるもののもっとキスを続けたい。だが、私にキスの味を覚えさせた重宝人である彼女はまるで飽きたとばかりに戻っていくのだ。自然、私の中で欲求不満が募るムズムズとした居心地の悪さへと変わる。
 
 ―これは罠だ…!
 
 理性がそう警告するものの、私はもう我慢出来なかった。ゆっくりと下がっていく彼女に舌へと追いすがるように舌を引き伸ばす。舌の根から微かな痺れが伝わってくるほどの必死に突き出した先が彼女の口腔へと突き刺さった。瞬間、注がれるのとは比べ物にならない濃度の甘さが私を襲い、意識を揺らす。
 
 ―これが…シリルの中…。
 
 その想像だけで思わず生唾を飲み込んでしまう私の舌を彼女の唇がそっと挟み込んだ。そのままふるふると左右に揺らすようにして愛撫してくれる。目の前で行われる瑞々しい唇の愛撫は確かに気持ち良く、何より淫靡だ。しかし、キスの魅力に取り憑かれた今の私にはそんなものでは満足できない。私が欲しいのはもっと退廃的でぐちょぐちょに絡み合う快感なのだから。
 
 ―だが、彼女の舌はさらに逃げていって…。
 
 いや、それどころか彼女の顔そのものが私から離れていこうとしているのだ。勿論、目を閉じた私に彼女との距離を図る事は出来ないが、私の舌を愛撫してくれているシリルの唇そのものが遠ざかっているのだから間違いないだろう。
 
 ―それを半ばケダモノと化してしまった今の私は許容する事が出来ない。
 
 今の私は極上の美酒の味を覚えさせられた後、それを取り上げられたも同然なのだ。それ抜きでは生きていけないほど虜にされた後で取り上げられたところで我慢出来るはずがない。反射的にシリルの頭を抱き込むように固定し、乱暴に唇を合わせてしまう。
 
 「んん…ぅっ♥」
 
 そんな私に対してシリルの唇から甘い声が漏れたがもう知った事ではない。それが抗議の声であろうとなかろうと私はもう止まれないのだ。そう欲望を後押ししながら、私の唇はシリルの中へと入り込み、縦横無尽に這いまわり始める。
 
 ―でも、彼女はそれに応えてはくれなくて…。
 
 甘い唾液に満たされた熱い粘膜。そこを思うがままに這いまわるのは支配欲を満たす甘美なものであった。シリルを思うがままにしているという錯覚が胸のうちを熱くさせる。だが、私がしたいのはこんな一方通行なキスではない。お互いに舌を絡め合わせ、融け合うような深く激しいキスなのだ。
 
 ―シリル…!シリル……っ!
 
 「ひぅ…♥ん…ちゅぅ…♪」
 
 後もうちょっとだと言うのに満たされない感覚。それが身悶えするほどにもどかしく感じる私はシリルの顔を抱きしめる腕に力を込める。深酒で鈍った身体から搾り出すような激しい抱擁は彼女にとって苦痛でもなんでもないのだろう。寧ろ、嬉しそうな声をあげて、ゆっくりと舌を前へと出してくれた。
 
 ―あぁ…ようやく…!
 
 おずおずと前へと出てくる舌先と私の舌が絡みあう。その瞬間、私は心の中の欲求不満が少しずつ解きほぐされ、充足感へと転じるのを感じた。しかし、もっと凄く激しいキスを教え込まれた私には舌先程度ではもう満足できない。そう心の中で繰り返しながら、私は差し出される舌を弄ぶように絡みつくのだ。
 
 ―気持ち…良い…。
 
 自分の口の中ではなく、シリルの中で舌を絡ませあう感覚。それはさっきとは異なり、支配欲の色が強かった。勿論、絡みあう密着感は同じではあるが、自分がリードしているという意識が働いているのだろう。オスとしての自尊心を満たすような甘く激しいキスに私はまた虜にされていくのを感じた。
 
 ―しかし、それだって何時までも続かない。
 
 普段、動かさない場所まで酷使しているからだろう。突き出した舌は少しずつ痺れ、痛みを訴えてきた。しかし、ようやくキスに応じてもらえたという事が私の心に拍車を掛ける。このまま終わりでは勿体無いという意識がどうしても働き、限界一杯まで舌を動かそうとしてしまうのだ。
 
 「ぅ…ぁ…ぁ…」
 
 結果として私がキスを中断し、彼女の顔を離した頃には舌が痺れて殆ど動かなくなってしまっていた。それでもキスの気持ち良さだけは感じ取れていたのだから、人の身体と言うのは恐ろしいものである。生殖行為にも繋がる事とは言え、貪欲に快楽を求めてしまう本能がある辺り、人間もまたケダモノの域を脱する事は出来ていないという事なのかもしれない。そんな風に自己正当化しながら、私はそっと瞳を開いた。
 
 「ふふ…♪随分と情熱的だったね…♥」
 「ぅ……」
 
 そんな私とは裏腹にシリルの方はまだ余裕があるらしい。その唇の端から透明な粘液を零しながらも、はっきりとした口調で私を揶揄してくる。それに私は自分が欲望に屈した事を思い出させられ、思わず赤面してしまうのだ。
 
 「別にからかっている訳じゃないよ。それに…そうなって欲しいと思ったからこそボクはあそこで逃げたんだからね」
 
 ―…やっぱり罠だったのか…。
 
 まだキスの余韻で蕩けている頭からそんな言葉が届く。理性の正しさを証明するような言葉ではあるが、それはもう私にとって自虐にもならなかった。例え、この瞬間にあの場面まで戻ったとしても私は同じ選択をする事だろう。それほどにキスの魅力というのは私にとって抗いがたいものであった。
 
 「それでも…少しは不安だったんだよ?君が追いかけてくれなかったらどうしようって…内心、怯えてた。でも…君はボクに応えてくれた。求めてくれた。…ふふ♪やっぱり君はボクが思った通りの人だったよ…♥」
 
 ―それは…我慢弱いという事なのだろうか…。
 
 荒い呼吸を繰り返しながらそっと微笑むシリルに思わずそんな事を思ってしまう。勿論、それは否定する事の出来ないものだ。流されてはいけないなどと言いつつも、私は自分から彼女を求めてしまったのだから。答えを出せないまま欲望に屈した男には不誠実や我慢弱いという言葉が相応しいだろう。
 
 「だから…ね。ボクはもう…我慢出来ないんだ…♪」
 
 ―瞬間、彼女の手が自らの首を手放した。
 
 キスが終わってもまだ私が抱きしめているのでその首がポロンとベッドに落ちる事はない。しかし、魔物と言えども自分の首は大事なはずだ。どれだけぶっ飛んだ生物とは言え、こうして人と同じように表情を変えて話している以上、脳が頭に埋め込まれているのは変わらないのだから。そんな頭を仮にも疑っている相手――まぁ、この辺りはもう私自身怪しいのだが――に預けて不安に思わないのだろうか。
 
 ―しかし、そんな私の疑問に彼女は応える事もなく…。
 
 舌の痺れがいまだに取れない私にはそれを口に出す事も出来ないから当然だ。しかし、私の腕の中でそっと興奮の吐息を吐くシリルの顔には不安の色が欠片も見えない。いや、それどころかこうしてぎゅっと抱きしめられている中で興奮と安堵感が強く現れている気がする。
 
 「本当はね…。君がボクの事を好きになってくれるまでキスだけで我慢しようとしてたんだよ?少なくとも悩んでいる君が答えを出すまではこういう事は控えようとしてたんだ。…でも、君が首を外しちゃって…その上…こんな風に抱きしめられて…ぇ…♥」
 
 そんな私の前で彼女は囁くようにゆっくりと言葉を紡いだ。瞬間、彼女の身体が動き出し、下腹部からそっと腰を上げる。そのままクルリとその場で反転し、私の顔に対して背中を向けるような姿勢になった。
 
 「君だって…もう我慢出来ないだろう?ほら…ここももうパンパンになってる…♥」
 「ぅ……」
 
 その言葉と共にシリルの手が私の股間をそっと撫でた。ジーンズと下着に抑えつけられた先には滾った私の肉棒が存在している。私自身、感じたことがないほどに興奮したそのオスの象徴からはもう先走りが漏れてしまっていた。そんな男根をズボンと下着越しとは言え、ゆっくりとなぞるように撫でられるのだから思わず声が出てしまってもおかしくはないだろう。
 
 「こんなに大きくなってるのに抑えつけられているなんて可哀想…♪すぐに開放してあげるね…♥」
 
 ―ちょ、まっ…!?
 
 そのままズボンのベルトをかちゃかちゃと鳴らし始める彼女に思わず制止の声が出る。しかし、それをあくまで心の中での事だ。舌の痺れが取れないままの私がそれを言葉にするにはまだまだ時間が足りない。出そうとしても単音の情けない音だけでマトモな言葉にはなりそうもなかった。
 
 ―勿論、彼女を止める方法は他にもある。
 
 先程、シリルは頭が飛んでしまった時に痛みを訴えていた。つまりこの状態であっても身体と頭の感覚は通じているという事である。ならば、今こうして私が抱きしめている彼女の顔を部屋の隅にでも投げれば、彼女の身体はそれを拾いに行くしかない。その間に身体を起こし、逃げる事も――難しいだろうが――不可能ではないはずだ。
 
 ―だが……。
 
 こうして私の胸の内にある彼女の顔には安心と興奮が浮かんでるのだ。私がそんな事をするとは夢にも思っていない信頼に満ちたシリルの表情を私は裏切れない。それがこの場を切り抜けられる唯一の方法だと分かっているのに、私の腕は動かず、彼女の頭を抱きしめ続けていた。
 
 「ふぁぁ…♥」
 
 そんな私の腕の中で彼女が鼻の抜けた声を漏らした。一瞬、それが何を意味しているのか首を傾げたが、肌に触れる寒さにズボンを脱がされた事を悟る。私が葛藤している間にもシリルの身体は手際よく動き続けていたのだから当然と言えば当然だろう。しかし、そう思う心とは裏腹にやっぱり何処か気恥ずかしいのは否定できなくて…――
 
 「あはぁ…♪ここからでもしっかりと分かるよ…♥とっても美味しそうな…君の匂い…♥」
 「っ!」
 
 トロンと顔と瞳を蕩けさせる扇情的な表情に思わず肉棒が反応してしまう。私だって男性なのだ。魔物で首が外れるとは言え、絶世と言っても過言ではない美人にそんな事を言われて興奮しない訳がない。思わず気恥ずかしくなって彼女の顔から目を背けてしまう。
 
 「ふふ♪そんな風に恥ずかしがらなくても大丈夫だよ…♥君が興奮してオチンポぴくぴくってさせてくれてるのだってボクにとっては肌がざわつくくらいに嬉しい事なんだからね…♪」
 
 ―な、なんで分かるんだ…?
 
 そんな私をフォローするようなシリルの言葉は有難い。少なくとも彼女に幻滅などされた訳ではないと伝わってくるからだ。しかし、彼女の顔は私の方へと向き続けているはずである。彼女の手も未だ私の肉棒へと直接、触れた訳ではないのだから、唐突に動いた肉棒の反応までを把握出来るはずがない。
 
 「だから…恥ずかしがらずに君の全部を見せて…感じさせてね…♥」
 「ぅ…」
 
 その疑念が晴れないままに彼女の手が私の下着へとそっと掛かった。いよいよ本丸へと乗り込もうとしているシリルに理性が必死に抵抗を促す。さっき美味しそうだなどと不穏な言葉を呟いていたじゃないか。このまま無防備のままで居れば食べられてしまう。お前はこのまま死のつもりか。
 
 ―でも…。
 
 教団の言葉を信じるのであれば、魔物は人を喰う生き物だ。だが、実際の魔物は彼らが言うような化物のような姿をしている訳ではない。それにこれまで私はシリルが普通に食事をしているところを見てきているのだ。そんな彼女らが進んで人肉を食するとは到底、思えない。少なくとも教団から一方的に押し付けられた価値観よりも自分が見てきたこれまでのシリルの方がよっぽど信頼に値するだろう。
 
 「…あぁぁ…っ♥♥」
 
 そう理性に反論している間に私の下着は剥かれてしまったらしい。本格的に夜の寒さが私の股間を撫で、肌がざわつく。とは言え、その下で反り返った肉棒を見れば分かる通り、今の私は強く興奮しているのだ。春夜の寒さ程度では身を震わせるほどではない。
 
 ―しかし、彼女はそうではないようで…。
 
 胸の内で彼女の顔が陶酔の混じった声をあげた瞬間、私にのしかかるシリルの身体もフルフルと震えだす。まるで寒さに震えるようなその反応に私は内心、首を傾げた。確かに彼女の手先は冷たいものであったが、その口の中は熱かったのである。彼女もまた興奮しているのは確かだろうに、どうしてそんな反応をするのだろうか…?
 
 「これが…君のオチンポ…ぉっ♥ようやく…ようやく私の前に…ぃ…♪」
 
 ―…あれ?
 
 それは聞いたことがないくらいに舌足らずで甘えん坊な言葉であった。まるで理性のタガが外れてしまったような彼女の言葉に私の心は疑念よりも違和感を覚える。何か認識というボタンを掛け違えているようなその違和感は私の中でドンドンと大きくなっていくのだ。
 
 「はぁ…ぁっ♥こんなに大きくなってガチガチって…ぇっ♥はぁ…ぁっ♪こんなに大きく反り返って美味しい匂いをまき散らしてるなんて…ボクの事誘ってるんだね…ぇ♪本当に君は悪い人だよぉ…♪」
 
 ―え?ちょっと…まっ!?
 
 いきなり悪い人と言われても私には何の事かまったく分からない。そもそも誘っているつもりも美味しい匂いをまき散らしているつもりもないのだ。私としては至って普通に――まぁ、肉棒を時折、震わせたりはしているものの――しているつもりである。しかし、それにも関わらず、彼女の口調はドンドンと艶のある興奮したものへと変わっていき…――
 
 「でも、良いよ。ボクはそんな所も好きなんだから…♥そんな悪い君も許してあげる…♪だから…ボクにご褒美を頂戴…♪君の美味しそうなオチンポ…♥ずっと欲しくて欲しくて我慢してたオチンポをボクの中にちょうだぁい…っ♥♥」
 
 ―そのまま彼女が私の上でそっと腰をあげて…
 
 「ま、まへ…!!」
 
 自身の濃緑色のパンツを固定するベルトへと手をかける彼女に私は思わず制止の声を放った。しかし、シリルはそれを聞き入れるつもりはまったくないらしい。あっという間にベルトを外し、勢い良くパンツを脱ぎ捨てる。自然、その下からは彼女の下着が現れて……――
 
 「…ごくっ」
 
 清純を意味する純白の下着。しかし、それを抑えているのは彼女の腰で結ばれた細い糸であった。布面積も小さく、、ぷりんと形の良いお尻の谷間が少し見えてしまっているくらいだ。透き通るような純白からは考えられないような淫らな下着に思わずギャップを感じて私は生唾を飲み込んでしまう。
 
 「あは…ぁっ♥君もドキドキしてくれてるんだね…♪ボクもだよぉ…♪ボクも…君のオチンポ見た時から…頬ずりしたくって…ペロペロしたくって…思いっきり貫かれたくって仕方ないんだ…♥その証拠に…ほらぁ…♪」
 
 そう言って彼女は私の前でそっと下着を脱ぎ去った。瞬間、クロッチの部分と彼女の股間から透明な糸が伸びるのが分かる。唾液よりも遥かに粘度の高そうなそれは重力に引かれるようにゆっくりと落ちていき、下着にいくつかの染みを作った。
 
 「分かるかな…♪これが…ボクの愛液だよ…♥君が欲しくて漏らしちゃったはしたなくてえっちな体液…♪」
 「これ…が……」
 
 私だって性欲にあまり構って来なかったとは言え、男性なのだ。性教育というものを受けているし、シリルの言う愛液がどのような理由で出るのかくらいはちゃんと把握している。そして、それが流れていると言う事は彼女はもう私とセックスする気があるという事で……――
 
 ―…セックス?ま、魔物と?
 
 そこでようやく彼女の意図に気づいた私はその想像に薄ら寒い感情を抱いた。それも当然だろう。どれだけ人間とシリルが似通っているとは言え、彼女とは別種族なのだ。そんな相手と子どもを成す行為をして良いのかどうかという不安が私の心を過ぎる。私だってハーフエルフがどのような扱いを受けてきた事くらいは知っているのだ。魔物ではないエルフでさえ、親の敵のように迫害されてしまうのだから、魔物であればそれは尚更だろう。
 
 「ま、待て…!そ、そういう事は短絡的にしちゃいけない事で…!」
 
 別にシリルとする事が嫌な訳ではない。私は彼女のことを魅力的に思っているし、こういう事をする想像をした事がないと言えば嘘になってしまうのだから。しかし、シリルが魔物であるということを知ってしまった以上、話はまったく異なる。もしかしたら出来る子どもの為にももっとお互いの将来について話しあわなければいけない。それが出来ない以上、安易なセックスなどするべきではないだろう。その為にも、私はようやく回復してきた舌を必死に回してシリルへと訴え続けた。
 
 「短絡的なんかじゃないよ♪君に出会ってからずっと…ずぅっと考えてた事なんだから♥」
 「え…!?」
 「だから…君はボクの一ヶ月分の欲求不満を全部解消する必要があるんだよ…♪ここにたっぷりと貯めこんだ精液を全部ボクに捧げて…ね♥」
 「うぅ…!」
 
 瞬間、彼女の手が私の精農をそっと包む。身体の中があんなに熱いとは思えないほどひんやりしている彼女の手に思わずゾクリとした感覚が走った。男性の中でも急所中の急所を掴まれてしまったからだろうか。その感覚は快感に近いものではあったが、被虐的な色合いの濃いものであった。
 
 「ここももうパンパンだね…♥そんなにボクの子宮の中にどぴゅどぴゅしたくて堪らないんだ…♪あはぁ…っ♪嬉しいなぁ…♥」
 「ま、待て…!落ち着け…!」
 「待たないし…落ち着かないよ♪ボクはもう我慢なんてやめたんだから…ぁ♥」
 
 そのまま彼女はそっと私の男根を右手で挟み、位置を調整した。丁度、真上を向くように調整された肉棒にポタポタと熱い粘液が零れ落ちる。勿論、それは私の上へとまたがったシリルから滴り落ちる愛液だ。そう考えるだけで男根が疼き、ピクピクと震えてしまう。まるで早くセックスしたいと言うようなその反応に私自身が一番、戸惑っていて…――
 
 ―こ、このままで良いのか…?
 
 このままセックスするのは人としての禁忌を犯す大罪だ。勿論、そんな事は私にだって分かっている。だが、それ以上にこれがチャンスだと思う私もいるのだ。こうしてシリルに流されていれば、私は何の尊厳も失う事もなく、快楽を得る事が出来る。仕方なかった、と自分に言い訳しながら得る気持ち良さはきっととても甘美なものだろう。
 
 ―だけど…私はそんなのは嫌だ…!
 
 そう心の中で吐き捨てた瞬間、私の中で一つの覚悟が固まる。その覚悟のままに私はそっとシリルの頭から両手を離した。瞬間、彼女が捨てられた子犬のような不安そうな表情を見せるが、覚悟を決めた私の行動は止まらない。そのままシリルの腰をぐっと掴んで……――
 
 「きゅぅぅっ♥♥」
 「ぁ…!」
 
 掴んだ腰を下に下ろした瞬間、男根とシリルの秘所がこすれ合う。滴り落ちる愛液によってヌルヌルになった性器同士がこすれ合う快感に思わず声が漏れ出た。チラリと胸の上に載せた彼女の首を見れば、そこには快感と共に驚きの色が浮かんでいる。そんな彼女に微かに勝ったような感覚を覚えながら、私は腰を突き上げた。
 
 「んあぁっ♥ど、どうしたんだい…?そんなに…積極的になって……♥」
 
 しかし、目測も何もなく腰を上げた程度で挿入など出来るはずがない。自然、愛液で亀頭が滑り、明後日の方向へと流れて行ってしまう。しかし、彼女の肌がとてつもなく滑らかだからだろうか。それだけでも気持ち良く肉棒が震えてしまうのだ。
 
 「流されるのはそろそろ…止めにしようと思ってな。私はそれほど立派な人間ではないが…君に不誠実にはなりたくない」
 
 ―そう。このまま流されるだけではあまりにも不誠実だ。
 
 答えを出さないまま、口を閉ざして流される。それはとても楽な行為だろう。そんな私にシリルが尽くしてくれると分かっているからこそ、安心してそれを選択する事が出来る。だが、それはあまりにも情けなく、彼女に不誠実な行為だ。別に男性らしい男性など目指しているつもりはないが、この期に及んで流されるだけ情けない奴にはなりたくはない。快感が…いや、シリルが欲しいのであれば、私から歩み出すべきなのだ。
 
 「…シリル。好きだ」
 「ふぇ…ぇ…ぁ…っ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ♥♥」
 
 そう囁いた瞬間、彼女の腰がカクンと落ちる。それは本来であれば私の肉棒を滑り、腰に落ちるものであっただろう。しかし、途中まで挿入しようと躍起になっていたのが功を奏したのだろうか。彼女の手が広げた膣穴とぴったり一致した亀頭はそのまま彼女の柔肉の中へと飲み込まれていく。
 
 「くぅ…ぅ!!」
 
 既に滴り落ちるほどの愛液に満ちていた彼女の膣肉はとても熱く、柔らかい。だが、蒸しタオルを彷彿とさせる心地良い熱さの膣肉は決して緩い訳ではないのだ。寧ろ、その柔らかさを十全に活かして肉棒に密着し、きつく締め上げている。自然、腰を落とした彼女の膣肉に肉棒が一気に挿入される事はなく、ジリジリと男根が奥へ奥へと進んでいる状態だった。
 
 ―こんなに…気持ち良いなん…て…!
 
 想像もした事がないような柔肉の蠢きに思わず歯を食いしばる。しかし、経験のない私がその快楽を堪えようとしても無駄なのだろう。熱い柔肉に包まれた肉棒からは自慰とは比べ物にならない快楽が湧き上がり、思考を揺らしていた。まるで与えられる情報に対してオーバーフローを起こしたように私は今、快楽しか受け取れなかったのである。
 
 「あ…ぐぅぅ…!」
 
 数秒経って、それがようやく落ち着き始めた頃、私はシリルの膣肉がただの肉穴ではない事に気づいた。その表面には細かい襞がびっしりと生え、肉棒が進む度に男根を引っ掻いていくのである。無数の襞が通りすぎる度に生まれる甘い疼きに私は思わず乱暴に腰を進めたくなってしまうのだ。
 
 ―だけど、それは出来なくて…!
 
 キツイ柔肉の締りに無数の襞。その二つはセックスをした事がない私にとってあまりにも強大過ぎる壁であった。その二つによって注ぎ込まれる快楽に暴発しないようにするだけで精一杯であり、身体を動かす余裕などない。それは彼女も同じなのだろう。私の腰の上でゆっくりと肉棒を飲み込むシリルの身体はビクビクと痙攣を走らせるだけで動く気配がなかった。
 
 「うあ…ぁぁっ♥来るぅぅ…ぅっ♪来てるぅぅ…ぅっ♪♪」
 
 そんな彼女の中で唯一動くのが彼女の口であった。陶酔と悦びに満ちた淫らな表情を隠す事なく、鼻の抜けた声を漏らすその姿は飛び抜けて淫靡で何より美しい。まるで稀代の芸術作品を自分の手で穢しているような倒錯した感覚を覚えるほどに彼女の顔は蕩け、悦んでいた。
 
 ―そんな顔に私の興奮も高まっていって…!
 
 目を見張るような美女が私の男根でこんなにも蕩けている。その事実が私のオスとしての自尊心を充足させ、興奮へと導く。自然、シリルの膣肉の中で肉棒が反応し、愛液でドロドロになった柔肉とこすれ合うのだ。しかし、どれだけこすれても彼女の性器は肉棒を離すつもりはないらしい。ピクピクと震える動きにもすぐさま反応し、私の肉棒へと密着してくるのだ。
 
 ―そんな膣肉の一番奥へと亀頭が到達する。
 
 丁度、根本まで熱い柔肉に飲み込まれた瞬間、亀頭の先がぶじゅんと何かに触れた。膣肉とはまた別種の柔らかさに満ちたその部位は唇を彷彿とさせる。恐らくではあるが、ここが子宮口という奴なのだろう。亀頭に触れた瞬間、まるで啄むように何度も吸いついてくる辺り、そうとしか思えない。
 
 ―しかし…まさかこんなにぴったりだなんて…な。
 
 肉棒の根本までをしっかりと咥え込んだ瞬間に最奥に到達するなんて出来過ぎとしか思えない。しかし、私の男根のサイズをシリルが前もって知っていたはずはないし、ただの偶然なのだろう。ここまでぴったり過ぎると何らかの作為を感じるが…それよりもその相性の良さを素直に喜ぶべきだ。
 
 「はぁ…ぁ…っ♪奥までズンって…ぇ…ふにゃあぁ…ぁ♥♥」
 
 そんな事を考える私の上でシリルは半開きになった口から唾液と共に甘い言葉を漏らす。その瞳は胡乱で現実感を伴ってはいない。恐らくではあるが、挿入で軽く意識を飛ばしたのだろう。挿入だけでそこまで感じてくれるなんて男冥利に尽きる話ではあるが……――
 
 ―…それはつまりシリルが経験済み…という事なんだろうな…。
 
 魔物と人間を同列に語るのは間違っているのだろうが、それでも体内に異物を初めて受け入れる痛みを魔物が感じないとは到底、思えない。きっと既に私以外の誰かを受け入れ、その身体が慣らされてしまっているのだ。そう思うと胸の奥底で暗い熱が燃え滾り、理解出来ない衝動が目を冷ます。
 
 ―嫌だ…こんなの…私は知らない…。
 
 以前、感じた嫉妬を何倍にも何十倍にも濃厚にした感情…いや、悪意。快楽と幸せでドロドロになった胸中を塗り替えるようなそれに思わず拒絶の言葉が湧き上がる。しかし、どれだけ突き放そうとした所で敵意にも似た感情は消えてはくれない。それが嫌で私は反射的にシリルの頭を抱きしめた。
 
 ―しかし、それでも収まらない。
 
 グツグツと腹の奥底で煮えたぎる冷たい炎は吐き気がするくらいなのにまったく治まる気配を見せない。いや、それどころか胸のうちで陶酔を浮かべるシリルの顔を見るだけでより激しく、強いものへと変わっていくのだ。自然、それをどうにかして発散しようとする衝動が強くなっていき…――
 
 「んあぁぁ…ぁっ♪♪」
 
 その衝動のまま腰を振った瞬間、彼女の口から甘い嬌声が漏れ出る。それが幾らかオスとしての自尊心を満たすが、暗い衝動は収まらない。アルコールが回りきって身体に力が入らないというのに必死に腰を動かさせるのだ。
 
 ―それ故に彼女の身体を持ち上げるような力もあるはずがない。
 
 どれだけ突き上げるように腰を動かしたとしても精々、数センチ程度の事である。子宮口を亀頭でつつくような抽送ではドス黒いこの感情はまるで収まりはしない。しかし、それは決して彼女の膣肉が気持ち良くない事と同義ではないのだ。寧ろその微かな抽送だけでも細かい肉襞がむき出しになった亀頭を引っ掻き、ゾクゾクとした快楽を走らせる。
 
 ―その上、子宮口は抽送の度により柔らかくなっていくのだ。
 
 コツンコツンと深い場所で微かに上下するだけの拙い抽送。しかし、それでも彼女の膣肉は悦んでくれているのだろう。亀頭が子宮口を叩く度に全体がきゅっと締まり、肉幹を引っ張るように密着してくるのだ。特にその変化が顕著なのは子宮口周辺でまるで亀頭を摘んで擦られているような錯覚さえ覚える。その上、子宮口はドンドンと柔らかくなり、私の拙く乱暴な抽送を受ける度に奥から熱い愛液を吹き出してくれるのだ。
 
 「うぁ…っ!」
 
 抽送の度にドロドロに煮詰められたような愛液が降り注ぐ感覚に思わず声が漏れでてしまう。何せシリルの愛液はただ熱いだけではなく、男根に染みこむような独特の甘さを伴っているのだ。皮の内側に染み込み、神経を過敏にしていくようなその熱に否応なく絶頂へと引き上げられてしまう。
 
 「く…うぅ…」
 
 しかし、絶頂へ至る前に私の身体が限界を迎えてしまった。必死に動かしていた腰が鈍くなり、最後にはベッドから動かなくなってしまう。元々、アルコールが身体に回りきっていたのだから当然と言えば当然だろう。しかし、もう少しで絶頂に手が届いたというのに動けなくなってしまう自分の軟弱さに嫌気を覚えるのだ。
 
 「ん…ぅ…っ♪もう…いきなりだから…ビックリしたじゃないか…♪」
 
 そんな私とは正反対に彼女の身体には力が漲り始めていた。そこには先程までの全身を強張らせ、震えるシリルの姿はもうない。いや、それどころか動けない私の代わりに腰を前後に揺すって、クチュクチュと淫らな水音を掻き鳴らしていた。さっきからは想像も出来ないような積極的な様子にまた胸の奥底がざわつくのを感じる。
 
 ―でも、それと同じくらいに気持ち良くって……!
 
 手馴れた様子で腰を振るうシリルの動きに肉棒が膣肉のあちらこちらにぶつけられるのだ。細かい襞に対して垂直に刺さったかと思えば、ズリズリと引っかかれる。その刺激の多彩さはただ腰を振るっていた時とは比べ物にならない。流石に抽送の時のような激しさはないにせよ、ジリジリと快楽神経を侵食してくるようなその感覚は紛れも無い快楽だ。
 
 「いきなり好きなんて言うから腰も抜けちゃって…ぇ♥もう激しすぎだよ…ぉ♥♥」
 「…悪いな。もう自分に言い訳するのは止めたんだ」
 
 嘘偽りなく本心を口にするならば…私はきっと最初からシリルに惚れていた。友人というものをこれまでに持たなかった私が彼女のような美人に優しくされたのだからそれはある意味、必然であると言えるのかもしれない。
 だが、私はそれをずっと抑え続けてきた。彼女は友人としか見ていないのだと、好きになっても傷つくだけだと自分を誤魔化し続けてきたのである。シリルに疑念を抱き、魔物であると知ってからも、言い訳の内容が変わっただけで誤魔化す行為そのものはまったく変わらなかった。
 
 ―だけど…ここまで来て誤魔化し続けるのは不誠実だ。
 
 別に男だからとかそんな下らない論理を振りかざすつもりはない。しかし、彼女が本当に私の事を愛してくれているという可能性がある以上、私はそれに応えなければいけないのだ。少なくとも、傷つくかもしれないだとか黙っている方が楽だなんて臆病で不誠実な思考を捨てなければ、シリルに相応しくはないだろう。
 
 「つまり…アレは方便なんかじゃなく本心だったと思って良いのかな?」
 「あぁ。例え君が私を騙していようとも…私は君の事が好きだ。愛している」
 「…あぁぁぁ…ぁっ♥♥♥」
 
 ―私の言葉に彼女が自分の身体をぎゅっと抱きしめた。
 
 背筋で美しい曲線を描きながらのそれはまるで寒さを堪えているようにも見えただろう。しかし、私が抱きしめる彼女の顔には喜色と陶酔の色が強く、寒さなどまったく感じてはいない。その膣肉の中もぎゅっと男根に抱きつきながらも蠢き、肉襞でゾリゾリと粘膜をこすりあげていた。恐らくではあるが、シリルは本気で感じてくれているのだろう。
 
 「ずるいよぉ…♪君とこうしてセックス出来ているだけでも信じられないくらいに幸せなのに…♥そんな素敵な事を言われたら…ボクはもう君抜きじゃいられなくなっちゃう…っ♥」
 「…そうだと良いのだがな」
 
 彼女に対して不誠実にはならないと決めたとは言え、シリルを完全に信用出来た訳ではない。信頼はしているとは言え、まだまだ疑念が晴れた訳ではないのだ。私の今の境地は一種の開き直りに近く、何の解決もなされていないままなのだから。
 
 「もう…♪折角、お互いに想いを告白したって言うのにそんなに暗い顔をしなくても良いんじゃないかな?」
 「それは…そうなんだろうが…」
 
 確かに愛情表現をしている最中に暗い顔をしていればあまりいい気はしないだろう。唇を尖らせて拗ねるように言うシリルの言葉は確かに正論だ。しかし、一度、胸の奥底に宿った暗い感情を容易く何とか出来るほど私は人生経験が豊富ではない。彼女の言葉が正しいとは分かっているものの、具体的にどうすればいいのかはまったく分からないのだ。
 
 「ふむ…それじゃあ…いっその事全部吐き出してしまえばどうかな…♪」
 「…だが、それは…」
 「別にボクは何を言われても気にしないよ♥君がボクの事を愛していてくれているのであればね♥それに…今の君の上で激しく動いた所で気分が悪くなるだけだろう?」
 
 私の腕の中で小さくウィンクする彼女の言葉に反論出来る言葉は私の中にはなかった。今の私は身体中にアルコールが回りきっている状態なのである。流石に頭痛まではしないが、下手に上で動かれても辛いだけだろう。下手をすればリバースしてしまうかもしれない。
 
 「それに…ボクはこうして君と繋がっていられるだけでも十分過ぎるほどに幸せだよ…♥君に好きって言って貰えるだけでイッちゃうしね…♥」
 「う…」
 「あんっ♪」
 
 何処か悪戯っぽく告げる彼女の言葉に私の肉棒がすぐさま反応を返す。背筋から肉棒へとかけて甘い痺れが走り、彼女の膣肉の中でピクンと跳ねてしまうのだ。そんな動きにさえ今の彼女は感じるのだろう。その大きく形の良い尻たぶをピクンと揺らして、背筋を震わせた。
 
 「あは…♪今も軽くイッちゃったんだよ…♥だから…ボクの事は気にせず、君の言いたい事を言って欲しいな…♥」
 「……」
 
 そう言って蕩けた顔を微笑みに変える彼女に私の脳裏は逡巡を覚える。勿論、理屈で言えば、ここは本心を晒すべきではないのだろう。相手の過去というどうしようもないものに嫉妬しているだなんてあまりにも情けない話であるし、彼女にとっても失礼な事だ。この場は適当に誤魔化して切り抜けるのが一番なのだろう。
 
 ―だけど、彼女の瞳がそれを許してはくれなくて…。
 
 隠す事も臆す事もなく、私への信用と信頼と恋慕を魅せつけるシリルの瞳。真っ直ぐ過ぎて純真とも言えるその瞳を私は裏切れない。いや、例え裏切ろうとしても、何もかも見透かし、分かっているようなその瞳の前ではきっと誤魔化す事さえ不可能だろう。何だかんだ言って、シリルは私の最高の理解者であるし、最大の友人でもあるのだから。
 
 ―だから…そんな彼女を信じても良いのではないだろうか。
 
 「…私はこれから失礼な事を言うと思う。もし、気に入らなければ…遠慮なく殴って欲しい」
 「そんな事はないと思うけれど…了承したよ」
 「では……」
 
 そう前置きしてから私はゆっくりと自分の内心を吐露しはじめる。スパイであった誰にもこんな事をしているのではないかという事。まだシリルが私を騙しているのではないかという考えが捨てきれない事。そして何より…私自身が彼女の過去の男性に嫉妬している事。それらは彼女にとっては一つ一つ口を挟みたくなるものであっただろう。しかし、シリルは私が言い終わるまで口を挟まず、頷くだけに留めてくれた。
 
 「…という事だ」
 「…ふむ」
 
 そう言い終わる私の前で彼女が考えこむような表情を見せた。興奮の所為かじっとりとした汗を浮かばせながらの表情は妙に色っぽくドキッとさせられてしまう。しかし、それ以上に私の心には不安が強く根付いていた。本心を口に出したはいいものの、嫌われはしないだろうか。そんな思考ばかりが脳裏に浮かび、落ち着かない。
 
 「まず始めに訂正しておくと…ボクはスパイ行為をするのは今回が初めてだよ。元々、ボクは最近、騎士団に入ったばかりの新参だからね。主な業務は訓練で実戦にもまだあまり出たことがないんだよ。ついでに言えば、今回のスパイ行為だって別に命じられてやった訳じゃない。寧ろついでっていう側面が強いかな?」
 「ついで…?」
 「うん♪だって、ボクの最初の目的は君と出会う事だったからね♥」
 「…え?」
 
 ―それは初耳も初耳だった。
 
 いや、それどころかそれは前提条件を全て覆す言葉であったのである。今まで思い込んでいた事実をまるごと書き換えるそれに思わず私は間抜けな声を出してしまった。そんな私に対して彼女は一つ艶のある溜め息を吐いてから、そっと口を開く。
 
 「ちゃんと言わなかったボクも悪いけれどさ。君は前提条件を誤解してるんだよ。ボクは君に興味が湧いたからこそこの国に来たのであって、この国に来てから君に興味を持ったんじゃない」
 「だけど、私を利用していたって…」
 「そりゃ…まぁ、ボクだって面子って奴があるからね。偵察任務と言えば、一応、滞在費用とかお給料も出るし…それに…ボク、誰かとデートした事なんてなかったんだもん。何処に行けば良いのか分からないならいっそ全部見て回った方が効率的じゃないか」
 
 唇を尖らせるように呟くシリルの言葉に思わず頭がクラリと揺れる。確かに私の知るシリルはそう考えてもおかしくはない。いや、この変な所で論理的で、少しだけ感情的な友人――或いは恋人――であれば、そう考えるするだろう。
 
 「もっとも…君がボクを信じられないのは自業自得だから何も言えないんだけどね」
 「ぅ…すまない…」
 「良いよ。ボクが悪いんだから。気にしないで」
 
 何処か自虐的に微笑むシリルにズキリと胸の奥が傷んだ。自分が責められる事は予想していても、シリルをこんな風に傷つけるだなんて思ってもみなかったのである。私は彼女にそんな顔をさせたいが為にこんな事を言い出したのではないとは言え、無闇に傷つけてしまった愛しい女性の姿に胸が痛むのは止められない。
 
 「それと…ボクの性経験の話だけれど……んんっ♥」
 「ぅ…」
 
 シリルはそう言いながらゆっくりと腰を回転させた。私の肉棒を軸に180度回った彼女の身体は私に対して向きあうような姿勢となる。自然、膣肉をグルグルとかき回しながら、まったく異なる刺激を受けてしまう。それがまた鮮烈に脳髄へと突き刺さり、ゾクゾクとした快楽を私の身体に走らせた。
 
 「んふ…♪ほら…見て…ぇ♥」
 
 走り抜ける快楽に思わず目を細める私に対して腕の中の彼女が甘く囁く。そのままゆっくりと足を開き、秘所を魅せつけるその身体に私は思わず生唾を飲み込んでしまった。それも当然だろう。下半身だけ裸になった彼女の姿は日常感と非日常感が同居し、妙に淫らに見えるのだから。その上、紅潮した肌の向こうにぱっくりと開いた桃色の粘膜が見えるのだ。
 
 ―しかも、そこを保護するはずの陰毛は一本たりとも生えてなくて…。
 
 白くてなだらかな曲線を隠すものは一切ない。産毛すら生えていない不毛の姿は幼い印象を私に与えるのだ。そんな彼女の膣肉をグロテスクな肉の槍が貫いていると背徳感溢れる光景に男根がまた滾り、ピクピクと反応するのが分かる。
 
 「あきゅぅ…♪ここだけは本当に暴れん坊だね…♥あっ……もう…別に怒ってなんか無いってば♪寧ろ、ボクは嬉しいよ♥♥でも…もうちょっと良く見てくれるかな…?」
 「ん…」
 
 彼女の言葉に思わず目を背けそうになった私が誘いにのって結合部に目を凝らせば、そこには一筋の赤が流れていた。勿論、私が怪我をしたなどという事はない。私が肉棒から感じるのは包み込まれるような膣肉の感触とその快楽だけで、痛みなどはまったくないのだから。だから、これは私よりも彼女から流れだしたものと見るほうが正確で…――
 
 「破瓜の際に血が出るか出ないかは個人差があるらしいし、何より絶対じゃないけれど…一応、これで一つの状況証拠にはなるだろう?」
 
 何処か勝ち誇ったように微笑む彼女の言葉に反論する余地などない。この状況でシリルの血を見て尚、グチグチと言うほど私は愚かではないつもりだ。彼女は性交渉の経験はなく、私を初めての相手に選んでくれた。その何よりの証拠に疑念を挟む余地などない。
 
 「…すまない」
 「んもう…だから、怒ってなんかないんだよ♪初体験でこんなに乱れるなんて人間にとっては異常なのはボクにだって分かるし…♥」
 
 わざわざ『人間にとって』と前置きするという事は魔物にとっては違うのだろう。安心させるような優しい笑みを浮かべてくれる彼女の言葉にそんな事を思った。出来ればその辺りを具体的に聞いてみたいという好奇心が顔を出すが、流石にそれは空気が読めていないと後ろ指を刺されかねない行為である。別に後で幾らでも聞ける訳であるし、今はシリルに身を委ねるべきだろう。
 
 「それにそうやって嫉妬したって事はそれだけボクの事を愛してくれているって事だろう?」
 「……そうだ」
 「あはっ♥だったら、ボクはそれだけで十分だよ…♪君が独占欲をむき出しにしてくれていたって事実だけで…とっても幸せになれるんだからね…♥」
 
 そう言って、彼女は本当に幸せそうに目を細めた。安堵と信頼。その二つが混ざり合ったその表情は見ているだけの私の心から煮詰まった嫉妬の感情を取り払ってくれる。心の中が晴れ渡り、すっきりしていく感覚に私は胸をなで下ろしながら、シリルの頭をそっと撫でた。
 
 「あふぅ…ぅ♥♥」
 「あ…すまない」
 
 ついつい調子に乗ってしまった自分の行為に私は反射的に謝った。髪は女性の命であると言うし、下手に触られて良い気がする訳ではないだろう。例え、髪を触るのを許すほどに心を許してくれているのだとしても、子ども扱いされていると受け取られる可能性もある。それらを考えれば、許可無く髪に触れる事は慎むべきだっただろう。
 
 「止めちゃヤだよ…ぉ♥もっと…もっと撫でて…♪♪」
 
 しかし、彼女はそんな懸念とは裏腹に私の行為を受け入れてくれたらしい。幸せそうな表情の中に陶酔を混じらせた表情はまるで酔っているようにも思えるほどだ。少なくとも嫌悪感はまったく見えない。それに内心、安堵しながら私はおずおずと彼女の髪を撫で始めた。
 
 ―柔らかい…な。
 
 ツインテールに整えられた髪はまるでシルクで出来ているかのような柔らかい手触りをしている。何時まで触っていても飽きないその滑らかな感覚をもっと味わいたくて、もう片方の手でも垂れ下がるテール部分をすっと梳いていった。毛先まで滑らかさが続き、枝毛の一本もない髪を梳く感覚は快感と言って良いほど心地良い。
 
 「ふぁぁ……♪とっても暖かくて…素敵だよぉ…♥♥」
 
 それは彼女も同じなのだろう。そっと目を細めながら、その内心を吐露してくれた。艶の浮かんだその声に胸を掻き毟りたくなるような衝動を感じる。しかし、それは決して悪いものではない。寧ろ、これほどまでに心を許してくれる彼女に対する恋慕と庇護欲がありありと混ざっているものであった。
 
 「ねぇ…キスも…ぉ♥チュッチュも…ちょうだぁい…♥」
 「ん…」
 
 そんな彼女に強請られて我慢できるはずがない。誘われるままに唇を合わせて、舌を絡め合わせる。しかし、それはさっきまでと違い、どちらか一方の口腔を貪るようなものではなかった。お互いに舌を突き出し、相手の口の中を貪るようなキスに再び私は夢中になりはじめる。
 
 ―あぁ…気持ち良い…な。
 
 その間もシリルの身体は動かない。微かに身を揺する事はあるものの、セックスと言う時にイメージされる激しい抽送は一度たりともしなかった。しかし、それは決して気持ち良くないという事とイコールではない。寧ろ、今も肉棒に染みこんでくるような快楽は今すぐ射精してもおかしくないほどに高まっていて……――
 
 「ぅ…」
 「ぁ…ぁっ♪」
 
 そんな事を考えてしまったからだろうか。私の男根の先端から精液が出始める。しかし、それは普段の吹き出すような射精とは違い、先端からじわじわと漏れ出すようなものであった。精管から吸い上げられたようなその射精はまるで私そのものを表しているように弱々しくて思わず気恥ずかしさを覚える。
 
 ―だけど、彼女はそうではないようで…。
 
 私に向かって胸を向ける彼女の身体がそっと後ろへと反り返り、その両手を握り締めるのが見えた。何かを堪えているようなその仕草とは裏腹にさっきから子宮口が熱心に吸いついてくるのが分かる。まるで漏れ出す精液を一滴残らず飲み干そうとするような貪欲な子宮口の歓迎に思わず背筋が浮きそうになった。
 
 ―勿論、それだけじゃなくって…!
 
 精液を搾り出そうとするように彼女の膣肉は締め付ける場所を巧みに変化させている。根本から精液を搾り出そうとするような動きにまたじわじわと精液が漏れ始めた。勿論、その間も肉襞が私の男根を逃さず、愛液と共に責め立ててくるのだ。飽きる事がないどころか、時間が経てば経つほど貪欲さを顕にする膣肉に思わず歯を食いしばってしまう。
 
 ―だけど…どれだけ堪えようとしても私の快楽は収まらない。
 
 精液が漏れ出した瞬間から始まった私の絶頂。それは漏れ出すような射精とは裏腹に何時も以上の快楽であった。ただ、一つ違うのはその快楽が何時までも収まる気配を見せないという事である。普通であれば射精の終了と同時に下降するはずの快楽が何時までも維持され、私の身体を蕩けさせていた。
 
 ―射精なんて…殆どしてないはずなんだ…が…!
 
 時折、その亀頭から精液を漏らす事はあるが、それは本当に少量で一瞬の事だ。しかし、射精していない間でも私の快楽神経は絶頂を脳へと伝え、全身から力を奪う。まるで神経がおかしくなったような快楽ではあるが、それに私の本能が危機感を感じることはない。寧ろ、私はこの穏やかで暖かい絶頂に安堵すら覚えていた。
 
 「ちゅ…♪んふ…♥出ちゃったね…♪」
 
 そんな私から唇を離して、彼女が嬉しそうにそう言った。不完全ながらも射精を味わったからだろうか。その顔はさっきよりもさらに蕩け、目もトロンとしている。今にも眠ってしまいそうなほど幸せそうな表情は私とのセックスが原因だ。そう思うだけで心の中に熱が灯り、自尊心が充足していく。
 
 「濃厚でぇ…♥ぷりっぷりのザーメン…ジュンって子宮に染みこんできちゃった…♥♥」
 「それは喜んでくれていると思って良いのか?」
 「勿論だよ…♪君の精液…とっても美味しくて…さいこぉ…♥」
 
 恥ずかしいにもほどがある台詞だが、彼女に喜んでもらえたと思えば悪くはない。まぁ、根が小悪魔的なシリルの事だ。もしかしたらお世辞なのかもしれないが、明らかに正気からは程遠い今の状態で何かしらを計算しているとはあまり考えられない。それにこれが全て計算づくだったとしても、それだけシリルが私を大事に思っていてくれているという証左なのだ。どちらであろうと私にとっては喜ばしい事である。
 
 「だから…お礼をするね…♪」
 「お礼なんて…そんな事気にしなくても…ぉ…っ!!」
 
 ―そこまで口にした瞬間、彼女の膣肉がぎゅるりと動き始めた。
 
 そう。『蠢き』ではなく、文字通り『動き』始めたのだ。亀頭を包み込むような柔肉から一転、あちらこちらでうねり、男根を撫で回すようなモノへ。右からと思えば、左から、左からと思えば右からと言う風に不規則に絡み付いてくる彼女の柔肉はさっきまでとはまるで違う。穏やかなぬるま湯のような快楽を何杯にも濃縮したようなそれに私の背筋が反り返り、腰が浮き上がりそうになった。
 
 「ふふ…♪どう…?もう意識すれば…こうして動かせるようになったんだよ…ぉ♥♥」
 「は…ぁ…!す、凄い…な…」
 
 何処か自慢げに言葉を紡ぐ彼女に返す事さえ一苦労だ。気を抜けば精液を一滴残らず搾り出されてしまいそうな快楽が私の中を駆け回っているのだから。アルコールを多量に摂取したお陰か暴発こそしないものの、終わらない絶頂と相まって私の身体をじわじわと侵食しているようにも感じる。
 
 「だったら…ご褒美にナデナデして…♪ううん…♥ナデナデだけじゃなくて…チュッチュも…ギューも…一杯してぇ…♥」
 「ぅ…」
 
 そんな切羽詰まった私にシリルは甘えるような言葉を放った。普段のクールな様子からは考えられないほどの甘えん坊な彼女に亀頭の裏側に甘い疼きが走る。愛らしく庇護欲を誘う幼子のような彼女を思う存分に抱きしめたいと思う反面、無茶苦茶にしてやりたいという支配欲が私の中で鎌首をもたげた。
 
 ―だけど…そんな事は出来ない。
 
 それは彼女の事が大事だとか可哀想だとかが理由ではない。勿論、それが関係している事は否定しないが、それ以上に私の身体は動かないのだ。深酒の上に神経をふにゃふにゃにするような快楽を注がれ続けていたのだから当然である。もし、それらがなければ私はきっと彼女をベッドへと押し倒し、ケダモノのように腰を振っていたはずだ。
 
 ―だから…せめて…!
 
 満足に動かない身体を必死に動かしながら、私は再び彼女の顔を強く抱きしめた。そのまま彼女の要望通りに髪を梳き、唇を合わせる。本来であれば、そのまま舌を彼女の口へと侵入させて、くすぶる支配欲を充足させたかった、しかし、男根から訴えられる心地よさは舌にも伝えられ、その動きを大きく阻害している。少なくともさっきまでと同じように貪欲に舌を絡ませるのは難しかった。
 
 ―けれど、そんな私とは違って、彼女はまだまだ元気なのだ。
 
 注ぎ込まれる快楽でドンドンと身体が蕩けていくのを感じる私とは裏腹にシリルにはまだまだ余力が残っているらしい。いや、二度目のキスの時よりもより激しく私の舌へと絡み付いてくる辺り、快楽でより元気になっている事さえも考えられる。少なくとも私とは違い、一切の躊躇も疲労も脱力もなく必死に甘えてきてくれるのが伝わってくるのだ。
 
 ―あぁ…!もう!…可愛いじゃないか…!
 
 まるで必死に身体をすり寄せるような甘え方をされて何とも思わないほど私は鈍感ではない。そんなシリルがどうしようもなく愛おしくて、必死に舌を動かすのだ。半開きになった口から唾液がこぼれ落ち、真っ白なシーツを濡らすのも構わず、粘膜同士を擦れ合わせる。
 
 「ひゅぅ…♥ん…ぅぅ…ぅ♪♪」
 
 そしてその度に彼女の膣肉はキュっと締まる。うねるように動く柔肉が不規則に密着を通り越して絞めつけてくる感覚が終わらない快楽に確かな彩りを加えていた。ふやけそうなくらいに暖かく柔らかい快楽の中で一瞬走るはっきりとした悦楽。それにゴリゴリと音を立てて、理性を削られているようにも感じる。
 
 「ちゅぱ…♥ん…ふふ…♪チュッチュ素敵ぃ…♥オマンコぐちゅぐちゅにされるのも気持ち良い…っ♥♥」
 
 そのままたっぷりと数分間、舌を絡め合わせて多少は満足したのだろう。シリルは私から唇を離して満足そうにそう呟いた。その口からは興奮と快楽で荒い吐息が漏れているが、呼吸困難になるほどではない。それに対して私は彼女を抱きしめた胸を大きく上下させるほどに酸素を求めていた。
 
 ―…明日から少しずつ運動するか。
 
 元々の得手不得手や身体の構造が違うのだから張り合うのは間違っているだろう。だが、キスの間も一切、苦しそうな様子を見せなかった彼女に対してゼェハァと息を荒上げるのは流石に情けなさすぎる。同レベルにまでなりたいとは思わないが、せめてシリルが満足できるくらいのキスを何度も付き合ってやれる程度の体力はつけておいた方が良い。
 
 ―それより今は…。
 
 「あ…♥」
 
 明らかに酸素の足りてない今の私では彼女とディープなキスは出来ない。しかし、それは決して彼女に対して何も出来ない事と同義ではないのだ。寧ろ、今だからこそ出来る愛情表現がある。そう自分に言い聞かせながら、私は彼女の柔らかい頬に何度も唇を合わせた。
 
 「あはぁ…♥そんなところまでチュッチュしてくれるんだね…♥♥嬉しい…っ♪嬉しいよぉ…♪♪」
 
 さっきから理性のタガが外れたような舌足らずな声を漏らす彼女にとって、それはとても喜ばしいものであるのだろう。子どものように純粋な喜びを顕にしながら、スリスリと腕に擦り寄ってくる。何処か子犬を彷彿とさせるその仕草に私の胸が高鳴り、また庇護欲が湧き上がるのを感じた。
 
 「もう…このままずぅっと二人で抱き合っていたい…♥♥一生、離れたくない…ぃ♪ううん…一生、離さないんだから…ぁ♥」
 「そ…れは…」
 
 ―勿論、それは私にとって願ってもない事だ。
 
 こうして彼女と触れ合う時間は気持ち良いだけではなく、とても心地良いのだから。今まで想像していた激しいセックスとはまったく違うが、これはこれで素敵だと断言出来る。しかし、だからと言って、一生、これを続けるのは物理的に不可能だ。私もシリルも生きている以上、食事や排泄は必要なのだから。
 
 ―だけど、彼女はそうは思っていないようで……。
 
 「嫌なの…?」
 
 そう尋ねるシリルの瞳には微かに涙が浮かんでいた。先程まで浮かべていた欲情の潤みとはまた違った涙。それは明らかに悲しみを灯したものであった。どうやら彼女は冗談などではなく、本気で一生このままでいるつもりらしい。そう思うほどに私を愛してくれているのは有難いが、私が人間である以上、どうにもしがたい。
 
 「嫌…?」
 「う…うぅ……」
 
 しかし、再び尋ねてくるシリルにそう返すのはあまりにも良心が痛む。何せ今の彼女は捨てられた子犬のような瞳をしているのだから。縋るような色さえも見えるシリルにそんな事を言ってしまえば、泣き出してしまうかもしれない。そんな事を思い浮かべるほどに今の彼女は追い詰められていた。
 
 「…いや、こちらこそ願ったり叶ったりだよ」
 「あはぁ…っ♥♥」
 
 結局、日和ってしまった私を抱きしめるようにシリルの身体が降りてくる。ぎゅっとその豊満な胸を押し付けるような仕草に男根がまた反応を示した。硬いブラの感触越しにもはっきりと分かる柔肉の感触は魅力的を通り越して、凶悪的とも言って良い。
 
 「じゃあ…ずっとこのままだよ…♥ずぅっと…ずぅっと一緒ぉ…♪」
 「…分かった」
 
 ―…まぁ、ずっとと言ってもすぐに飽きるだろう。
 
 私が人間である以上、排泄や補給などは必須である。彼女もそれを妨げてまで私と繋がっていようとは思わないだろう。さらに言えば、こうして抱き合っているだけで気持ち良いとは言え、何れはシリルも飽きるはずだ。その時までの辛抱だと思えば、まぁ、日和ったのも悪くない。そう思いながら、私は快楽とシリルの愛情に身を委ね続けていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ―…甘かった…。本当に甘かった……。
 
 そう思うのは既に何回目だろうか。正直、記憶にはない。少なくとも十回では足りないと思うし、百回では多すぎる。まぁ、私にとって重要なのは回数ではない。それを思い浮かべるほどの時間が経っているという事で……――
 
 「…うぅ…」
 
 汗と愛液に塗れたベッドの上で私は小さく呻いた。しかし、私の上で安らかな寝息を立てる彼女はその程度では起きない。それも当然だろう。何せシリルはついさっきまで――つまり二日ほどぶっ通しで私の上に居続けているのだから。その間、ずっと私に甘え、縋り、世話をしてくれた彼女にだって疲労は溜まっている事だろう。
 
 ―…まぁ、せめてもの救いはその間、特に空腹感も排泄欲求も覚えなかったという事か。
 
 一体、何が作用しているのかは分からないが、食事を欲したり、彼女に下の世話をさせなかったというのは有難かった。…とは言え、その所為でこれほどまでに長引いたとも言えるので一長一短とも言えるかもしれない。
 
 ―しかも、何を気を使ったのか知らないが、女将も様子を見に来ないし…。
 
 私が二日前に深酒で倒れ、シリルに看病されているのは女将も知っている。しかし、あの恰幅のいい女性は今までに一度だって私の様子を見に来た事はなかった。中から出てこないという事は恐らくよろしくやっているのだろうとでも考えたのだろう。その気遣いを否定するつもりはないが、それでいいのかとも思ってしまう。
 
 ―まぁ、お陰で色々な事が聞けた。
 
 明らかに正気を失っていたとは言え、シリルはとても博識な女性だ。繋がり続けた手隙の時間に魔界での生活や魔物――いや、魔物娘の事を教えてもらえたのである。その最中に寂しくなったのか何度もキスを強請られたり、告白をせがまれたりしたものの、その知識は私にとっては興味深く、面白いものであった。
 
 ―それに…あぁいうシリルを見るのは悪くない。
 
 私は自分でも思っていた以上に嫉妬深く、独占欲の強い人間であったらしい。普段からは決して想像も出来ないシリルの様子に強い充実感を感じていた。こんな彼女が見れるのは私だけなのだと、私だけがこの甘えん坊の彼女を独占出来ているのだと、そう思う度に自尊心が湧き上がり、彼女を愛しく思えたのだから。
 
 「よいしょっと…」
 
 そんな彼女に首を返しながら、私はゆっくりと上体を起こした。セックスの最中に何度となく眠りに誘われた私の身体からはもう完全にアルコールが抜けきっている。彼女の柔らかい身体くらいであれば、今の私でも軽く持ち上げる事が出来た。
 
 「…さて、どうするかな…」
 
 そのままベッドの壁に背中を預け、規則的な寝息を立てる彼女を抱きしめる。瞬間、彼女の膣肉が喜ぶように震え、きゅっと締まるのが分かった。勿論、未だに挿入されたままの男根がそれに耐えられる訳がない。またじわりと先端から精液を漏らし、彼女のシリルを白く染める。
 
 「…選択肢は主に二つ…か」
 
 ―そう呟く私の脳裏に自らの故郷の光景が浮かんだ。
 
 それなりに発展しているとは言え、決して目を見張るような何かがある訳ではない。そんな故郷を私はそれほど嫌いではなかった。確かに何もなかったが、必要最低限のものは揃っていたし、何より図書館が存在していたのである。本の虫であり、勉学が趣味であった私にとって故郷は決して悪い環境ではなかった。
 
 ―だが、飛び抜けて愛着があるという訳でもないのである。
 
 私には友人はいない。家族もいない。ただ、職だけがこの手に存在していただけである。その職だって、別に私がいなくなった所で崩壊するほど困る訳ではあるまい。寧ろ、私を毛嫌いしていた連中からすれば願ったり叶ったりだ。
 
 ―それに対して魔界は…。
 
 彼女が語った魔界の様子はこの王都よりも遥かに発展しているものだった。基本的にモノに執着しない魔物娘が主な住人なだけあって物価は安く、料理もここより遥かに美味しいらしい。区画整備やインフラも整い、下水だけではなく上水道まであるそうだ。特に見逃せないのは魔王城なる図書館で、反魔物領では禁書扱いになってる様々な書物があると聞く。
 
 「…そう考えれば…魔界に行くべきだろうな」
 
 そう。私はもう彼女と離れる事は考えられない。この二日間の間に彼女へと向けられていた疑念は全て溶かされ、シリルへの依存心へと変えられてしまった。今の私には彼女無しの生活など考えられない。そんな私の前に並べられた二つの選択肢はどちらが職と故郷を手放すかという二択でもあったのである。
 
 ―父さんと母さんに報告できないのは残念だが…。
 
 とは言え、故郷にあるのはただの石だ。死体が下に眠るだけのただの墓である。そこでどれだけ祈った所で死んでしまった父母に届いたりはしない。精々が私の胸のうちに疼く感傷を慰める程度なのだから、最も大事な人を優先すべきだろう。
 
 「ん…ぅ……」
 
 そんな事を考えている私の胸の中で彼女が小さく呻いた。どうやら上体を半分だけ起こすような今の姿勢は彼女にとって寝苦しいものらしい。とは言え、私だって様々な体液でグチョグチョになったベッドに背中を預けたいとはあまり思えないのだ。流石に床で寝るほどではないにせよ、不快なのは間違いない。
 
 ―…まぁ、良いか。
 
 私が眠っている間もずっと起き続けていたらしい彼女の事を第一に考えるべきだろう。そう思いながら私は再びベッドへと背中を預ける。そんな私の視界に夜空にぷっかりと浮かぶ黄金色の月が目に入った。後、数時間でチェックアウトしなければいけない事を告げるようなその輝きに私は肩を落としながらも充実感に近いものを感じる。
 
 ―確かに私の目的は十全に満たされたとは言えない。
 
 この王都に来た最初の目的は私のコミュニケーション能力を人並みレベルにまで鍛えあげる事だ。それはシリルのお陰である程度にまではなったものの、やはり人並みにはまだまだ程遠い。少なくとも簡単に友人を作る連中のような域にまで達していない事だけは確かだ。
 
 ―だが、それ以上に私は得難いものを得た。
 
 生涯の伴侶と断言しても良い女性。それを得られるものが世界中の男性の中でどれだけいる事だろうか。少なくとも簡単に友人から恋人を作り、それを取っ替え引っ替えするような連中には見つけられていないはずだ。そんな彼らに先んじて、シリルというかけがえのない宝を得た私にとって、王都の滞在期間は大いに実りのあるものであったと感じる。
 
 「ふぁぁ…」
 
 そんな事を考えている間にどうやら私にも眠気がやって来たらしい。思わず口を半開きにしてあくびを漏らしてしまった。そんな自分に苦笑を浮かべながら、私はそっとシリルの身体を抱き直す。汗で気持ち悪いからと途中から裸になった彼女と肌がこすれ合う感覚は心地良く、柔らかな肢体は抱き心地抜群だ。
 
 「…おやすみ、シリル」
 
 彼女に一つ告げながら、私もそっと瞳を閉じる。その瞼の裏にはこれまでの生活がゆっくりと再生されていった。まるで走馬灯のようなその光景を呆然と見つめながら、私は意識を手放した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ―どんな組織だって下っ端は肩身が狭いものだ。
 
 それは組織である以上、当然の事である。末端で働くものまで幅を聞かせていれば、組織そのものが崩壊しかねない。そこに一定の秩序があるからこそ、組織は組織足りうる事が出来るのだから。その秩序がなければ、組織はただの集団と化し、霧散してしまうだけだ。
 
 ―それは比較的規律の緩い『魔王軍』という組織でも同じ事だ。
 
 個人主義の個体が多いとは言え、魔王軍も一応は組織である。末端と呼ばれるものは存在するし、決して不可侵の最上位もまた同様だ。無論、その末端側には重要な仕事は任されないし、上に上がれば上がるほど仕事の量も増える。しかし、それは決して悪い事だけではなく、末端が未熟な内に死んでしまわないようにという配慮が含まれているのも事実だ。
 
 ―勿論、そんな事はボクにも分かってる。分かってるよ。だけどね……。
 
 「…いい加減、ボクは怒って良いんじゃないかなぁ…」
 
 真っ赤な絨毯が敷き詰められた廊下の中でボクは思わずポソリと本心を呟いた。あまりにも無防備なその姿に胸のうちから自重の言葉が飛んでくるものの、もう知った事ではない。何せボクはこの前から理不尽過ぎる出来事ばかり経験してるのだ。少しくらいは世界に対してその呪詛を吐いても良いじゃないか。
 
 「…はぁ」
 「…あら?そんなに溜め息を吐くと幸せが逃げるわよ?」
 「その幸せが逃げていっているから溜め息を吐いてるんですよ」
 
 そんなボクの横に立つ同僚から咎められるが、ボクだって好きで溜め息なんて吐いてる訳じゃない。一応、ボクも魔王様の騎士としての自負くらいは持っているのだ。自由気ままな生き方をする個体が多い魔物娘の中で見本となるような生き方を心がけている。…まぁ、旦那様の前では別だけどさ。
 
 「あら、もう相手を捕まえてる貴女がそんな事言ったら妬まれちゃうわよ?」
 「その旦那様ともう三日も会えてないんですけどね」
 
 サキュバスらしい美しい尻尾と翼を揺らしながらの同僚の台詞にボクの肩が落ちるのを感じる。そう。ボクにとって世界の何よりも大事な旦那様ともう三日も会えていないのだ。それだけでも腹立たしいというのにまだまだ仕事の終わりが見えない。正直、仕事を投げ出そうと思った回数は一度や二度では済まないくらいだ。
 
 ―ボクだって一応、責任ある大人だ。そんな事はしたくない。けれど……。
 
 「しょうがないじゃないの。戦後処理なんてそんなものよ」
 「えぇ。そうですね。他の娘の分までこっちに回ってきてるのもそんなものなんですよね…!」
 
 そう。ボクがこうして手に持っている大量の書類は殆ど別の部隊の子の分なのだ。勿論、ボクが担当していた分は初日に全て終わっている。しかし、後から後から飛び込んでくる『代理』の仕事にてんてこ舞いになって、ボクは部屋へと帰る時間さえ奪われてしまっているのだ。正直、腹立たしいにもほどがある。
 
 ―しかも、その原因が旦那とイチャイチャしたいからだなんて…!
 
 ボクだって魔物娘だ。戦闘の後の高ぶりをすぐさま愛しい人に慰めてもらいたいという気持ちは分かる。正直、ボクだって書類を片付けながら、自分を慰めていたのだから。だけど…そう。だけど!!!!何も戦闘が終わった瞬間にボクと同じ役職についてる魔物娘が一斉に休暇届を出さなくても良いではないか。お陰でその書類を処理出来る権限がボクを始めとする他の部隊に移って、確認作業だけでも時間を取られるのだ。
 
 ―せめて書類を片付けてから休暇に入ってくれればまだマシなのに…!
 
 そう思うものの、それだけの判別があればきっと魔物娘などやってはいないだろう。良くも悪くも魔物娘は愛しい相手に一直線なのだ。勿論、デュラハンを始め、それを抑え込める種族はいるけれど、結果としてそれらの種族に負担が集中するのはどうにかして欲しいと切に思う。
 
 ―とは言え、そんな事やろうものなら大規模組織改革が必須なんだけれどさ。
 
 「はぁ……ん?」
 
 教団に負けない規模にまで育った魔王軍の組織改革。そんなものは絵に描いた餅以下の妄想だ。そんな風に思考を打ち切りながらも溜め息が出てしまう私の前に見慣れた顔が現れる。冷たい印象を漂わせる細身の顔も、人を威圧する切れ長の瞳も、ボクが手入れしてあげている紅い髪も、全てがボクにとっては愛おしい。しかし、そんな相手に浮かんでいるのはボクが見た事もないほどの焦燥で……――
 
 「シリル…!」
 「きゃっ」
 
 そのまま衝動に駆られたように彼――ボクの愛しい旦那様が抱きついてくる。ここに来てから鍛え始めたらしいその腕は硬く、はっきりと男性を感じさせた。しかし、それ以上に感じるのは嬉しさと愛しさである。当然であろう。ここ数日会えなかった旦那様に抱きしめられて、嫌がるような魔物娘になど何処にもいない。
 
 ―でも…。
 
 そう。ここは多くの魔物娘が歩く廊下だ。今も私の隣には先輩兼同僚のサキュバスがいる。そんな中で放さないとばかりに抱きしめられるのは嬉しいが、やっぱり恥ずかしい。何より今のボクは仮にも仕事中なのだ。彼のことは心配だけれど、あんまり構っている訳にはいかない。
 
 「シリル…!会いたかった…!」
 「ぅ…」
 
 けれども、その覚悟も搾り出すような彼の言葉の前に霞んでしまう。今まで一日二日仕事にかまけるにする事はあっても三日も会わないなんて事はなかったのだ。一応、連絡だけは入れておいたものの、旦那様だって不安だったのだろう。まして彼はあまり自分に自信を持っていないタイプだ。捨てられたのではないかと不安に思っても不思議ではない。
 
 「シリル…シリル…!」
 「あぅ……」
 
 私の名前を呼びながら、彼の手がそっと私の臀部へと伸びた。戦場に出る時のような鎧姿ではなく、短いタイトスカートだけを纏った状態では彼の指は防げない。そのままもみしだくようにしてお尻を刺激され、ムズムズとした感覚と共に興奮が広がる。
 
 ―でも…だ、ダメだよ。
 
 ボクだって彼に甘えたい。思うがまま抱きしめて貰って、激しく犯して欲しい。理性も何もかも投げ捨てて、一匹のメスになってしまいたい。けれど、そんな事をしてしまえば、同僚に迷惑が掛かってしまう。ただでさえ、人手が少ないこの時期にボクまで抜ける訳にはいかないのだ。
 
 「だ、ダメだよ…。ボク、仕事中なんだから…」
 「シリルは…したくないのか?」
 「そ、そういう訳じゃないよ。でも…ひぅ…っ♪」
 
 怯えるような彼の様子に否定しようとした瞬間、彼の指が私の尻の谷間をそっと撫でた。それだけで三日も焦らされていた私の身体に熱が灯り、子宮でグルグルと欲求不満が蠢く。今すぐ旦那様のモノでこの欲望を満たして欲しいと叫びだすメスの本能にボクの背筋がブルブルと震えてしまう。
 
 「ダメ…皆…見てる…」
 「見せつけてやれば良い。君の可愛いところを全部…」
 「ひぅんん…っ♥」
 
 そう言って、彼の口がボクの耳をそっと咥える。エルフのような長耳はボクの中でも特に敏感な部分だ。ここを彼に触られるだけでボクの身体はふにゃふにゃになり、オチンポが欲しくてたまらなくなる。それを何十年もの付き合いである彼は分かっているのだろう。きゅっと咥えた耳にねっとりと舌を這わせ、じゅるじゅるという音を聞かせてくれた。
 
 ―けれど、その様子は普段とはまったく違って…。
 
 普段の彼はとても冷静沈着だ。少し真面目すぎて変わった所はあるけれど、こうして相手の都合も考えずに突っ走るような自分勝手な人ではない。だが、三日も放っておかれて欲求不満と不安が頂点に達したのだろう。必死に甘えさせて欲しいとアピールするようなその姿は普段の彼よりも首の外れたボクに似ている。
 
 ―うぅぅ…ボクだって本当はしたいんだよ…。
 
 愛しい夫にそんな激しく求められて何とも思わないほどボクは薄情な妻ではない。彼が落ち着くまでは付き合ってあげてもいいかな、と思い始めているのだ。こうなったインキュバスを落ち着かせるのに数時間では効かないだろうけれど、それはボクも同じだからメリットでしか…いや、なんでもない。
 
 ―問題はボクの隣に同僚がいるって事で…。
 
 そう。今のボクは残念ながら一人ではない。隣にはボクと同じく世の不平等さを嘆く先輩がいるのだ。そんな彼女の前で「旦那が迎えに来たんでちょっとエッチしてきますね♪」なんて言える訳がない。少なくともボクが逆の立場でそんな事を言われたら、一発くらいはぶん殴るだろう。
 
 「はぁ…仕方ないわね」
 
 そんな事を考えてるボクにため息と共に呆れた声が届いた。基本的にこの先輩は温厚でサキュバスには珍しい真面目なタイプとは言え、目の前でいきなりラブシーンを見せつけられて呆れないほどぶっ飛んだタイプでもないのだろう。そんな彼女に申し訳なさを感じながらも、度重なる耳への愛撫でふにゃふにゃにさせられた私には彼を引き剥がす事は出来ない。
 
 「そこに空き部屋があるから早く処理してあげなさい。貴女の仕事は私が引き継いであげるから」
 「…良いんですか?」
 「良くないわよ。私だって我慢してるんだから。でも、もう貴女の顔は発情しちゃってるしね。そんなので仕事に戻れって言ってもマトモに出来ないでしょ?」
 「ぅ…」
 
 溜め息と共に吐き出されたその言葉は悲しくなるくらいに的を射ていた。三日も放置された身体は彼の顔を見た瞬間に疼いてるのである。その上、ねっとりと尻たぶを揉まれ、弱点である耳まで攻撃されて、マトモでいられるはずがない。ここで彼を引き剥がした所でその疼きに耐え切れず、何れは首を外してしまうのは眼に見えていた。
 
 「…すみません」
 「謝るくらいならとっととちゅっちゅしてきなさい。その代わり、次があったら私の分は貴女に変わってもらうからね」
 「はい…!」
 
 そう言ってボクの手から書類を受け取る先輩の後ろ姿に私は今持ちうる最大の感謝と尊敬を注いだ。あぁ言うのが本当の出来る女って奴なのだろう。ただ、厳しくするだけでは下がついてこないという事を理解しているその後姿には羨望すら感じる。
 
 ―でも…今はぁ…♪
 
 「もう…君の所為で先輩に呆れられちゃったじゃないか…ぁ♥」
 「ちゅぅ…くちゅ……」
 「ひぅ…ぅ…♪もう…この甘えん坊さんめ…♪」
 
 返事もせずに耳を責め立ててくる彼にゾクゾクとした感覚が走る。普段、ボクを思うがまま甘えさせてくれる彼の珍しい姿に母性本能さえくすぐられてしまう。そう言えば、昔はボクが彼の手を引っ張る側だったのだっけ。今はもう逆転しちゃったなぁ、と感傷めいた言葉さえ浮かんだ。
 
 「ほら…ここじゃ思う存分、セックス出来ないだろう…?あっちの部屋に行こうよ…♥」
 「……」
 「きゃぁんっ♥」
 
 その瞬間、彼の腕がそっとボクの身体を抱き上げる。俗に言うお姫様抱っこの形になったその姿勢のまま、彼はボクは指さした空き部屋へと入った。そのまま後ろ手に部屋の鍵を掛け、ボクをそっとベッドの上に――この魔王城では何時でも何処でも出来るように空き部屋にもベッドが完備されている――横たえてくれる。
 
 「ん…♥ちゅ…♪」
 
 お礼を兼ねて、優しく頬にキスをすれば、彼の手がボクの身体を這いまわった。ねっとりとしたやらしい手つきで這いまわるその手はボクの身体からゆっくりと衣服をはぎ取っていく。勿論、それはボクの首を支えている留め具も例外ではない。カチャリという音と共に大きな首輪を外した瞬間、ボクの首がころんとベッドの上に落ちる。
 
 ―瞬間、ボクの身体から精がズルズルと抜けて行って…ぇ…♪
 
 ボクたちデュラハンにとって顔は五感が集まる部分だけではない。魔物娘が動き度に消費する精を出来るだけ消費しないようにするストッパーの役目も果たしてるのだ。このお陰でデュラハンは補給なしで長時間の活動が可能となっている。しかし、それは同時にこの首が外れるという事は、貪欲な魔物娘の本能からは逃れられなくなるという事で…――
 
 「…あはぁ…ぁっ♪」
 
 ゆっくりと抜けていく精に自分の中の思考が書き書き換わっていく。魔王軍の中核を成すデュラハンという種族から、一匹のメス犬へ。三日もの間、愛しい人との触れ合いすら許されなかった貪欲なメス犬は彼のことが欲しくて仕方がなくなっていた。その心にはこの場を譲ってくれた先輩への感謝も羨望もなく、ただ目の前のオスを貪る欲望だけが滾っている。
 
 ―でも…それは彼も一緒…♪
 
 ボクをベッドへと縫い付けるような姿勢になった彼の瞳には爛々と欲望だけが輝いている。そこには彼に備わった知性の輝きは欠片もない。一匹のオスとして目の前のメスを貪ろうとする本能に埋め尽くされていた。そして、ボクにとってはそれが何よりも嬉しい。彼がどれだけボクの事を愛し、求めてくれているというのが何よりの幸せなのだ。
 
 ―だって、ボクは彼を騙したのだから。
 
 ボクが彼の事を知ったのは親魔物領を広めるために日々活動しているギョウブタヌキの友人からだ。親魔物領で発行された本を欲しがる変な男性が居たという彼女の話にとても興味をそそられたのが始まりである。真面目そうな顔をしているのに禁書扱いであろうボクたちの本を欲しがるなんてどんな人なのだろう。日々の訓練に疲れ果て、娯楽に飢えていたボクは居ても立ってもいられず、休暇をもぎ取って王都へと足を運んだ訳である。
 
 ―それから…あの噴水広場で彼に出会って……。
 
 けれど、その突飛な発想に驚き、世話を焼いている内にボクは少しずつ彼から目を離せなくなってしまったのだ。変にズレた所のあるこの人にはボクがついてなきゃダメだ。そう思ったボクは友達なんて一人しかいない癖に偉そうに説教なんかしながら、彼の世話を焼いていた訳である。
 
 ―だけど、ボクには異性と接した機会なんてなくって…。
 
 父さまの故郷である反魔物領でひっそりと暮らしてたボクには異性の友達など出来るはずもなかった。自然、ボクが参考にする異性の付き合いは父さまと母さまのものしかない。それが彼にとっては少し気恥ずかしかったみたいだけれど、そんなところもまた可愛くて…ドンドンとボクは彼にのめり込んでいった。
 
 ―それが結果として彼との喧嘩の種になったりもした訳だけれど。
 
 ボクにとって異性の付き合いは父さまと母さまのものしか知らない。自然、ボクの家がそうであったように女性が男性へと奢るのが当たり前という意識が働いてしまったのである。結果としてそれが彼とのすれ違いとの原因にもなったりして…あの時の事は本当に恥ずかしと思う。
 
 ―それよりも大きな問題はボクの休暇の期間で…。
 
 当時のボクは魔王軍に入ってから一年も経っていないような新人だった。自然、纏まった休暇など貰えるはずがなく、途中で休みが尽きてしまった訳である。それを友人に相談した所、偵察任務として申請する事で滞在期間を伸ばすという作戦であった。彼だけでなく先輩方を騙すようで心苦しかったものの、もっと彼の傍にいたくなったボクはそれを飲んで……――
 
 ―それが最終日にバレてしまった。
 
 あの日のことは今思い出しても背筋が凍りそうになる。ずっと騙してきた事を一番、知られたくない人に言い当てられてしまったのだから。軽蔑されたと嫌われてしまったという言葉が脳裏に何度もリフレインしたのを良く覚えている。けれど、彼はボクを嫌ってはいなかった。寧ろボクが好きだからこそ、ボクと自分の価値観との間で悩んでくれていたのだ。それが嬉しくなったボクは彼を誘惑し…何だかんだで首が吹っ飛んでしまった事から本格的にセックスを始めてしまった訳である。
 
 ―そんなボクを彼は受け入れてくれた。
 
 反魔物領に生きる彼にとって魔物そのものが嫌悪の対象になっていてもおかしくはない。いや、例え人間だったところで自分を騙していた女性――不可抗力ではあったものの騙したのは事実だ――をそう簡単に受け入れる事は出来ないだろう。だが、彼はそれを受け入れてくれた。いや、受け入れてくれただけじゃなく、こうして故郷を捨てて魔界まで来てくれた。それがとてつもなくボクにとっては嬉しい。
 
 ―たまにその事を思い出して辛くなるけれど…。
 
 当時の事を後悔はしていない。アレがあったからこそボクと彼が結ばれたのだし、こうして今があるのだから。しかし、泣きながらボクをどうすれば良いのかわからないと訴える姿がたまに脳裏に浮かび、良心を疼かせる。それから逃れられるのは…――
 
 ―…そう。こうして君の腕の中にいる時だけ…♥
 
 愛されているという実感とその嬉しさで胸の中が一杯になり、良心の呵責など感じる余地もない。今のボクにとって考えられるのは彼の事だけで、過去の事などではないのだ。だからこそ…ボクは……――
 
 「…とっても幸せだよ…♥」
 「ん…」
 
 そう告げるボクの唇を彼が優しく奪ってくれる。そのまま躊躇なくボクの中へと入ってくる柔らかい舌に悦びを感じながら…――
 
 
 
 ―ボクは数えきれないほど繰り返された愛しい彼とのセックスに没頭していくのだった。
 
12/02/26 09:29更新 / デュラハンの婿
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デュラハンさんが可愛くて生きるのが辛い

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