その2
―…アレから一ヶ月が経った。
アレと言うのは無論、六花が私の家から飛び出して言った日の事だ。自分の情けなさ、そして性悪さを思い知らされたあの日から、とても平穏な日々が続いている。六花はアレ以来、山に篭って出てきていないそうだ。町を歩けば、彼女はどうしたのかと大人や子供に聞かれる。そんな彼女の人望に羨ましく思いながらも、私は「知らない」とだけ返し続けていた。
―…そう。それだけの平穏な日々だ。
警邏の最中に私人としての事を聞かれるのは面倒臭いが、それを除けば何ら問題はない。元々、治安が抜群に良いこの町では殆ど犯罪は起きないし、私の出番はないのだ。時折、警邏をして回ればそれだけで私の仕事は終わってしまう。後は詰め所の中で時間が来るのを待つだけ。そんな日が一ヶ月の間ずっと続いていた。
―…それなのに、何で胃痛は治まらないんだよ…。
この一ヶ月の間、私は六花に関わっていない。その顔を見てもすらいないのだ。それなのに、私の胃痛はまるで治まってはくれない。寧ろあの日から日に日に強くなって最近は食事もままならないくらいだ。芋粥ですら受け付けなくなった身体に自嘲すら浮かぶが、それでも私は中々、死なない。思った以上に生き汚い自分にもはや自嘲すら浮かぶ事もなく、私は今日も詰め所の中で立ったまま時間を潰していた。
―……何時もであればそろそろ紅葉が駆け込んでくる時間なんだがな。
チラリと日時計に目をやれば、もう昼過ぎほどの時間帯になっている。一応、人に恐れられている鬼である事を遠慮しているのか六花は常にこれくらいの時期に油揚げ亭を訪れるのだと言う。それが無銭飲食であるかないかは半々くらいだが、三日に一度は必ず何かしらをやらかすのだ。
―…いや、何を考えているんだ私は。
寧ろ六花との繋がりが切れて喜ぶべきだろう。あんな女…心労ばかり増やす所か人の金で飲み食いして喜ぶような女…いなくなって清々すると考えれば良い。実際、今だってそうだろう。私はこの何もない平和な時間に安らぎを感じているはずだ。普段、紅葉が駆け込んでくる時間にはどうしてもそわそわしてしまうし、彼女の姿が見えないだけで今まで以上の胃痛を感じるが、それだけである。他はとても平和で穏やかな日々ではないか。
―…あぁ、まったく…平和で穏やか過ぎて反吐が出る日々だ。
無論、私は何かしらの騒ぎを望んでいるわけではない。私は公僕として治安を維持する側にあるのだから。しかし…しかし、それでもどうしてもこの平和さは好きになれそうにもない。だって、これは六花がいないという事の何よりの証左なのだから。この穏やかな日々こそ私が彼女を致命的に傷つけたと言う何よりの証である。そんな微温湯の中にずっと浸かり続けているのだから、まるで世界中に無言で責められている様にさえ感じるのだ。
「…はぁ」
既に本日、三十四度目の溜め息――こうしてため息を数えるくらいしかやることがない――を吐いて、私はそっと前を見た。そこにはこの町の大通りに直結する中規模の通りがある。油揚げ亭を目指す時に二人で良く歩いたこの道は、今も人通りがそれなりにあるのだ。そして、その殆どはこの近くに住む町民であり、商人は殆どいない。それはつまり普段から想い人と仲良くやっている姿が殆どだという事だ。これ見よがしに腕を組んで、お互いに幸せそうな笑みを浮かべる姿は正直、嫉妬を禁じえない。私が今にも死にそうな状態であると言うのに、幸せの絶頂期であるように見せ付けてくれているのだから当然だろう。
―…おっと、いかんいかん。
今はあくまで公人としての時間だ。私人としての下らない感情を見せるべきではない。そう心を戒める私の視界の端で見慣れた金色が揺れた。この辺りではそう珍しくもないその色に私は幾許の期待を灯しながら、そちらへと焦点を合わせる。
―そこには優雅にこちらに歩いてくる紅葉の姿があった。
はっきりと私を見据えて歩いてくる姿は、その目的がこの詰め所である事を教えてくれる。それに私は一気に歓喜の念を抱いた。だって、それはあの馬鹿がついに根負けして山から下りてきたと言う証左なのだから。でなければ、紅葉がこっちにやってくるはずがない。そう心の中で結論を出し、私は彼女の方へと駆けて行く。まるで我慢の聞かない子供のようだと思いつつも、その足は止まらない。最初はただの駆け足だったのが腕を振上げての走りになり、紅葉の元へと全力で駆けて行くのだ。
「こんにちは駐在さん」
そんな私に紅葉は優雅に挨拶をしてくる。しかし、今の私はそれに満足に返事をする余裕がなかった。今までなかったほどの急いた気持ちが私の背中を後押ししているのだから。まるで今まで募ってきた不安を爆発させたかのように私の心は思いっきり揺れ動いて止まらない。焦点の定まらない思考はゆらゆらと揺れ、紅葉にまくし立てるように口を開いた。
「ど、どうしました紅葉さん!?またあの六花さんですか?いやぁ、アイツも困ったものですね。でも、安心してください。私がきっと更正させてみますかr」
「いえ、今日は違う用件で来ましたの」
「…え?」
てっきり六花がまた無銭飲食をした件で呼ばれたのだと思ったが、どうやら違うらしい。それは紅葉の言葉で何となく理解できた。しかし、その瞬間、私の中に吹き荒れた空虚な感覚はどうしても理解できない。肩透かしを何十倍にも何百倍にも大きくしたそれは寂しさを伴って私の心で凍えさせる。まるで何処までも底がない穴に落ちながら、吹雪を叩きつけられているような感覚に私の視界がグラリと揺れた。
「で、では、何なのでしょう…?」
「貴方は最近、六花さんがこの町に来ていないのをご存知ですか?」
「い、一応は…」
―紅葉の言葉に横から槌で思いっきり殴られたように感じた。
それは勿論、私だって理解している事であった。だって、それは町を歩けば何度だって聞いてこられる事であったのだから。しかし、紅葉がそれを聞くのと、それ以外が聞くのとでは大きく意味が異なる。何故なら紅葉が六花が必ずと言っても良いほど足を運ぶ油揚げ亭の女将なのだ。油揚げ亭の酒が大好物であった六花が他の店に通ったことは殆ど無い。つまり、紅葉がそう言うのであれば、六花は本当に一ヶ月の間、この町に来ていないという事になるのだ。
―アイツ…何を…!!
無論、山の中にだって果実は唸るほどなっている。それらを食べれば幾らでも食い繋げるだろう。だが、六花は三度の飯よりも、酒の方が好きと言う筋金入りの飲兵衛だ。そんな彼女が酒も無しに生きていける訳がない。自分で酒を作るなんて器用な真似があの六花に出来るはずもないし、きっと酒でも絶っているのだろう。
「酒を扱う他のお店でも確認してきましたが、確かな事のようですわ。それを踏まえて聞きますが…貴方はこれからどうなさるおつもりです?」
「どう…とは…?」
確かに六花の事は私も心配だ。正直、そんな話を聞いて今にも駆け出したいくらいだ。だが、それは公人として、してはいけない行為だろう。他の誰かならばいざ知らず、私はこの町に法や規則を護る為に来たのだ。そんな私が真っ先に規則を破ってどうするのか。そう思う私の心が足を引っ張る。
―それに…今更、私に何をしろと言うんだ。
私は確かに六花と一緒に食事に出かけたことは少なくないのだ。それは傍目には友人同士に映っていたかもしれない。だが、私たちはあくまで仕事での領域で知り合い、そこから延直線状で付き合っていただけに過ぎないのだ。それが途切れてしまえばなんでもない赤の他人同士である。その上…私はまだあの日の答えを、あの日、六花がどうしてあれほど怒ったのかという答えを出せてはいない。そんな私に彼女に何か出来るとは思えなかった。
「簡単です。無銭飲食のまま逃げている六花さんを捕まえてはくれないんですか?と言う事ですわ」
「あ…」
確かに六花は未だ無銭飲食中である。何故なら彼女はまだあの日、捕まる事になった分の代金を紅葉に支払っていないのだから。今までは後々、六花自身が支払っていたから彼女も表立って騒がなかったし、私も調書を取るだけで彼女を投獄したりは――まぁ、鬼を捕まえられるような部屋など少なくともこの町にはないが――しなかった。だが、今はもう一ヶ月の期間が過ぎている。焦れた彼女が本格的に訴えを出してもおかしくはないだろう。
「ま、待ってください。アイツは多分、気まずいだけで、悪気がある訳ではないんです。きっと…きっと支払いますから」
だが、六花がこの町に下りてこないようになった原因は私だ。その私の所為で彼女の名誉が傷つけられるのは正直、耐え難い。もし、これで討伐と言う話などが出てしまったら――今の妖怪の姿になってから国単位では殆どないらしいが――目も当てられないのだ。だからこそ、私は紅葉を説得しようと公人としての仮面を半ば脱ぎ捨ててそう言った。
「えぇ。私もそう信じていますわ」
「…え?」
しかし、それは彼女にとってお見通しの事であったらしい。穏やかに微笑んで紅葉はそう返してくれた。どうやら一ヶ月もの間、音沙汰がなくて踏み倒されたのではないかと怒っている訳ではないようである。それはそれで一安心ではあるが…ならば、一体、どうしてここに来たのか。余計に分からず、私は首を傾げた。
「私が言っているのは動機付けの話です。…捕まえると言う名目があれば、今すぐにでもあの子を探しに行けるでしょう?」
「あ…」
確かに彼女の言う通り、その名目であれば公人であれども六花を探しに行ける。そして、私人の私も無論、六花の様子を確認したいと思っているのだ。二つの目的が合致した以上、今すぐ足を山へと向けるのは簡単であろう。
―…だけど、如何すれば良い?
肝心な如何すればいいかという部分が私の中にはまだ答えが出ていない。確かに合うのは簡単だ。だが、それからは?六花が人里にまた降りてくるようにならなければ何の解決にもならない。だが、六花を怒らせる原因になった私がそれが出来るのかは甚だ怪しい所だろう。
「……」
「…あら?」
いきなり黙り込んだ私を訝しげに紅葉が見つめた。だが、今はそんな彼女に構っている余裕はない。行くのか行かないのか。いや、そもそも行って如何したいのか。様子を見たいだけなのか、それとも説得がしたいのか。それすら曖昧なまま考えだけがぐるぐると回る。自分では優柔不断なつもりはなかったが、どうやらそれはつもりであったらしい。答えが出ないまま私はそこに立ちすくんでいた。
「…別に深く考える必要はありませんわ」
「…え?」
そんな私の耳に穏やかなの紅葉の声が届いた。まるで母親が幼い子供に向けるような優しく穏やかな声。それに驚いて顔をあげれば、紅葉は何時もの穏やかな顔で私を見つめていた。母性を溢れさせるような優しい姿は薄雲に遮られた日光の下でさえ輝いているようにも見える。
「何をするかではなく、何をしたいのかで考えれば…もう答えは出ているでしょう?」
「…何がしたいか…」
―…そんなもの決まっている。
私は六花を傷つけた。まずはそれを謝りたい。そして…謝った後は、あの騒がしくも楽しい日々に戻れるような関係を構築する。それが私の望みだ。本当にやりたい事だ。決して、こんな所に突っ立って…私を必要としていない町の為に時間を潰す事ではない。キリキリと引き裂かれるような痛みに耐えながら、溜め息の数を数える事でも、道行く恋人に嫉妬をすることでもないのだ。
「…はは。意外と簡単じゃないか」
―そう。とても簡単な事だ。
六花は今まで私を振り回し続けてくれた。私の身体も、心も。居るだけでも心労が重なるのに、居なくなってもこんなに胃痛を感じさせるのだから。一言文句でも言ってやらなければ気が済まない。そして…そんな相手に傷つけるかもしれないと遠慮する必要などないのだ。彼女自身がそうしてきたように私だってたまには我侭になっても良いだろう。
「ありがとうございます。…少し楽になりました」
「例には及びませんわ。私は頼み事をしている立場でありますし…ね」
礼を言う私に紅葉は小さく一礼して見せた。その隙の無い仕草はきちんとした教育を受けてきた者の証だろう。まったく軸をずらさず、ゆっくりと頭を下げる仕草は美しいとさえ思えるのだ。多分、本来はこんな場末の町でこじんまりとした食堂を経営しているような人ではないのだろう。少なくとも上流階級でも通用するような教育を受けてきたのが、その仕草だけでも分かった。
「それに…お礼を言うのは少しばかり早いと思いますし」
「?」
しかし、ぽつりと付け加えられたそれは私にはどうしても理解出来ない事であった。ここまでお膳立てをされて礼を言うのは早いというのはどういう事だろうか。まさか、まだ他に頼み事でもあるのだろうか。しかし、私にとって最も大事なのは六花に会いに行く事である。それに比べれば、きっとどんな頼み事でも幾らかマシであろう。
「いえ、もう一つ頼み事があるので…」
「あぁ、構いませんよ。六花に会うのに比べれば、殆どの頼み事は些事になってしまいでしょうしね」
「あらあら、お熱い事ですね」
「…いや、その返しはおかしいかと」
どうやら私の意図は正確に伝わっていなかったらしい。嬉しそうに頬を歪める彼女の返事は少しばかりズレているような気がする。しかし、紅葉の妙な天然っぽさは別に今に始まったことではない。私は特に気にせず、口を開いた。
「それで頼み事とは?」
「えぇ。実は…この徳利をついでに六花さんの所に届けてほしいんです」
そう言って彼女は手に持つ白塗りの徳利を取り出した。それは私にも見覚えのあるものであった。それは紅葉の店で酒を保存するのに置かれているものだろう。しかし、今はその口は木の栓でしっかり塞がれている。
「…これを?」
「えぇ。きっと今の彼女には必要なものなので」
「…ふむ」
確かに六花はこの一ヶ月禁酒しているだろうから酒は必要だろう。だが、あの飲兵衛の六花が徳利一本で満足するだろうか。…いや、もしかしたらそれこそが紅葉の作戦であるのかもしれない。あの六花が酒を我慢することは出来ないだろう。私が差し出せば素直に飲むに違いない。そして酒の味を思い出した彼女はもっと飲もうとこの町へと降りてくる…という寸法だ。禁酒は一ヶ月辺りが一番辛いというし、きっと有効な作戦であろう。
「はい。分かりました。必ずこれを六花の元に届けます」
「お願いしますね」
例え彼女が受け取らずとも、会話の糸口くらいにはなる。そう考えて私は紅葉の手から一本の徳利を受け取った。しかし、それは余りにも軽い。まるで中には殆ど中身が入っていないように、容器の重さだけしか感じられないのだ。それに違和感を感じて首を傾げたのに気付いたのだろう。紅葉はそっと微笑んで、口を開いた。
「中には特殊な術が使われていまして、沢山入っていても重さを感じないようになっているのですわ」
「なるほど…」
この地方の稲荷は特に陰陽の術に長けているという話を聞いたことがある。その稲荷に属する紅葉はきっと持ち運ぶ私の事を考えて術を使ってくれたのだろう。そう結論を出した私はそれを腰に下げ、根付きの横に括りつける。その間、何故かカラカラという音が鳴ったがきっと気の所為だろう。
「あらあら…」
「ん?」
そんな私の腰辺りを見て、紅葉がおもむろに口を開いた。視線に先を追ってみれば、彼女はどうやら私の腰帯に括りつけられている根付を見ているらしい。特に何の変哲もない黒塗りのそれに稲荷の彼女はどうして興味が惹かれるのか。一瞬、そんな事を考えてみたが、これには何かの術が掛かっていた事を思い出す。もしかしたら私ではまるで分からなかったそれを紅葉はどんな効果か見抜いたのかも知れない。そう思って私はそれを腰帯から外し、彼女の前へと差し出した。
「これ…ですよね?どうやら何かしらの術が掛かっているのは分かるのですが…」
「えぇ。どうやらこれは方向探知のようですね」
「…方向探知?」
一応、初歩的な術は習ったことがある。しかし、そんなものは聞いた事がなかった。都では使われていないだけなのか、或いはこの地方で独自に発達したものなのか。そこまで術に詳しくはない私にはどちらか分からないが、ともあれ紅葉がそれを見抜いたのは確かだ。
「同じ術が掛けられた対となった対象の位置を示す術ですよ。この場合、きっと六花さんの簪を指しているんでしょうね」
「なるほど……」
良く見れば黒塗りになった根付きの表面に小さな模様が浮かんでいる。最初はそれは木の模様であると思っていたが、どうやら違うらしい。手に持つ角度をそっと変えれば表面の模様も姿を変えた。紅葉の言葉が確かであれば、まるで矢印のようなそれは六花の簪の場所を示しているのだろう。となれば、六花の住処に行くのも大分楽になる。何せ彼女はその髪に簪をつけたまま帰ったのだから。
―あれ?そう言えば…。
「何でこれと対になるのが六花の簪だと?」
「え?だって、あんなにお店の中で大騒ぎしてたじゃないですか。幾ら私でも分かりますよ」
「…??」
紅葉の言葉に思い返すように首を傾げるが、あの日、そんな会話をしただろうか。どうにもそんな記憶が見つからなかった。しかし、ここで紅葉が嘘を吐いても何の利益もない。その上、あの日、簪の根元から今にも飛び立とうとしている鶯が見る角度を変えたことに違和感を覚えたのは確かだ。きっと私が覚えていないだけで何かしら会話していたのだろう。そう結論付けて私は根付を再び腰帯につけた。
―さて…じゃあ、後は…と。
この根付の力を使えば恐らく六花の元まで直通で行ける。しかし、方角は分かっても距離までは分からないのだ。基本的に体力馬鹿の鬼であれば山を一つ二つ越えることも余裕だろう。それらを踏まえれば準備し過ぎる事はない。少なくとも一食二食分の水と食料くらいは用意しておくべきだろう。それに日の落ちた後の対策も考えねばならない。何はともあれやるべき事は山ほどある。とにかく、それら一つ一つを虱潰しにしていこう。そう決意した私は紅葉に向かって頭を下げた。
「有り難うございます。お陰で何とかなりそうです」
「いえいえ。では、私も夫にまかせっきりなのでこれで戻りますわ。ご武運をお祈りしていますね」
そんな私に微笑みながら、紅葉はそっと振り返る。そのまま優雅な仕草で一歩二歩と進んだ後にそっと立ち止まった。その背中を見つめるように顔を上げた私は突然の彼女の制止に首を傾げる。しかし、紅葉はそのまま足を止めたまま、数秒そこに留まり続けた。そして、何かを決意したようにぎゅっと拳を握り締め、振り返らないまま言葉を紡ぎ始める。
「…これはあくまで私の独り言として聞いていただきたいのですが…今回の件、私にも少なからず責任があります」
「え?」
突然始まった告白に私は正直、戸惑いが隠せない。だって、そうだろう。私と六花の問題であったこの一見にどうして紅葉が絡んでくるのか。彼女はあくまで六花が常連となっている店の女将である。少なくとも私にはそれ以上の関係であったとは思えない。確かに六花と仲が良い様に見えたが、彼女は大体、誰にだってそんな感じである。紅葉もまたその穏やかな気性から仲の良い人物は多い。しかし、お互いにお互いは「特別」ではないのは鈍感な私の目にだって映っていたのだ。
「ですが…それ以上に私は貴方に大きな原因があると考えています」
「……」
それはとても…とても痛い所であった。何せまったく持って彼女の言う通りなのだから。紅葉がどれだけの事を知っているのかは分からない。分からないが…彼女の言葉が正しいのは事実だ。六花を泣かせてしまったのも、それほどまでに追い詰めたのも全部、私が原因なのだから。
「無論、六花さんの迫り方が悪かったのは重々承知していますわ。しかし…しかし、それでも、私は貴方が彼女にした様々な所業を許せそうにありません」
その言葉と共に紅葉は背を向けたまま去っていった。それに私は反論する言葉も持たず、立ち尽くすのみ。まるで一ヶ月前と同じように私の心の中では言葉が駆け巡るだけで何も言えないのだ。そんな成長のない自分に嫌気が差すが、私の足はやっぱり動いてはくれない。まるでそこだけ石になってしまったかのように固まった足は彼女が辻の向こうに消えるまで動く事はなかった。
「…ふぅ…」
紅葉の背中が消えてからようやく動くようになった足を二、三度揺らす。冷や汗が幾筋にも流れている足はどうにも冷たい感覚が消えてくれない。許さないと言われるのは公僕と言う仕事故に慣れていたつもりではあったが、あくまでつもりであったようだ。特に紅葉は殆ど常連にも近い頻度で顔を出していた油揚げ亭の女将である。そんな彼女に許さないとまで言われて、心の中にまた一つズシリと重石が圧し掛かるのを感じる。
―…いや、今はそんな事に構っている暇はないな。
自分を責めるのは後で幾らでも出来る。しかし、今こうしている間にも六花が苦しんでいるかもしれないのだ。それを招いてしまった私としてはそれを止めるのが何よりにも勝る。その後で幾らでも紅葉に怒られたり、六花に締め上げられたりすれば良いのだ。
―…まずは準備からだな。
頭の中に山へと入るのに必要な幾つかの装備を思い浮かべる。それらを手に入れるための場所へと足を運ぶ為に私は紅葉とは正反対の方向へと進みだしたのだった。
―結果から言えばそれらは全て正解であった。
「…まったく…とんでもない所に来たものだ…」
そう呟くのは周りが曲がりくねったおどろおどろしい植物に囲まれている所為ではない。他の地方では見ないこの特異な植物も私にとっては見慣れたものに過ぎないのだ。まるで帳のようにして視界や道を遮るのは鬱陶しいがそれだけで気分が憂鬱になる訳ではない。
―問題は…何時まで経っても到着できるかどうか分からないという事だ。
既に日は落ちてしまって、天には血の様に真っ赤な月が浮かんでいる。その光が木々の間から差込み、辺りを微かに照らす。そしてその光が差し込んだ場所にはまるで蛍のような淡い光が浮かび上がって、私の視界を明るくしていた。どうやら、よっぽど深くないかぎり明かりはいらないようである。それに内心、安堵しつつも既に数時間ほど歩きっぱなしの状況にいい加減、嫌気が差してきているのだ。
「はぁ…まったく…」
危惧していた事であるとはいえ、やはり根付の方向はあまり当てにはならなかった。いや…当てにならないというのは正しくは無いだろう。ただ、あくまで根付は方向を指しているだけなのだ。つまり、これが指している方向は『目指すべき方角』であって、『正しい道』ではないのである。
―お陰で何度、壁や崖に突き当たった事か…。
山と一口に言ってもその斜面は全て斜めになっている訳ではない。土砂崩れの影響で崖になっていたり、そもそも雨によって土肌が削られ、到底昇れそうもない場所もあるのだ。しかし、根付の指す方向にそんなものはまるで関係がない。愚直なまでに六花の居るであろう方角を差す根付に従って、何度かそれらの崖に突き当たったりしたのである。今まではそれを何とか迂回したり、道を探したりしながら進んできたが、そろそろ体力も減ってきていた。
―やれやれ…少し鈍ってしまったかな。
ここに来るまでは荒事も有り得る仕事であるので人並み以上に身体を鍛えてきたつもりであった。しかし、ここに赴任してからは余りにも平和な様子に気が抜けてしまったのだろう。少なくとも今の私の醜態はそうとしか言えないものであった。ほんの一年前であればこの程度で座り込みたくなってしまうなど有り得ないものであったのだから。
―…まぁ、食事も最近は取っていないからなぁ…。
元々、六花のお陰で芋粥しか食べられなかったのが、今ではそれすらも殆ど口が通らないのだ。正直、こうして歩いているほうが不思議なくらいであろう。そう考えれば身体の能力そのもの自体は上がっているのかもしれない。そう言い訳するように胸中で言いながら、私はまた一つ茂みを掻き分けて先に進む。途中で崖に足を取られないように一つ一つ確かめるように。
「おっと…」
そうこうしている内に少しばかり開けたところに出たようだ。今まで疎らに生えていた木々がそこには一本も生えていない。円状に開かれたその場所には崩れた木が少しだけ残っていた。どうやら誰かが此処で野宿をしたらしい。既に冷たくなっている木からはそれがどれくらい前だったのかは分からないが、こうして残っているという事はそれほど昔ではないのだろう。
―六花…であればいいんだがな。
この町は治安が良いとは言え、辺りに盗賊がいないとも限らない。そのような被害は今まで一度も聞いた事はないが、決して有り得ない事ではないのだ。そしてこの薪の跡はここを人が拠点にしていたと言う何よりの証左だ。それがどれくらいの規模かは既に薄れた残滓で見抜くことは出来ないが、私の脳裏に最悪の想像が過ぎってしまう。
―…もしかしてこの一ヶ月…六花が降りてこなかったのは…。
この薪を使っていた連中に殺されたからなのかもしれない。勿論、六花は鬼である。そう簡単に殺されるはずはないだろう。だが、あの大酒飲みがこの一ヶ月一度も町に姿を見せなかったのは事実なのだ。今までであれば考えられない事態に私の脳裏に嫌な予想がこベリついて離れない。
―…まさか…な。
有り得ない。でも、有り得るかもしれない。そんな予想がグルグルと回って止まらないのだ。古来より鬼を真正面から打ち破った英雄は少ない。だが、騙した上での勝利を含めればかなりの数に昇ると聞く。六花は元々、人懐っこい性格をしていたし、何か悪い奴に騙されて罠にかけられた可能性も否定できないだろう。無論、彼女を退治しても利益など殆どないはずだ。六花と関わりの深いあの町も彼女を受け入れているのだから。
―だけど…それでも可能性という奴は零ではない。
元々、人間と言う奴はそれほど素晴らしい生き物ではない。八つ当たりや自分の楽しさの為に何かを殺す事だってあるのだ。それがたまたま弱っていた六花に向けられなかったとは決して言えないだろう。特に彼女は鬼である。ついこの間まで畏怖され、恐れられていた存在だ。そんな六花を退治して、名を上げようとする馬鹿だっているかもしれない。
―…くそ!!何を焦っているんだ私は…!!
それは全て仮定の話であり、可能性の話でしかない。この少ない材料ではどうとでも言えるし、なんとでも想像が出来てしまう。そんな事は私自身、理解していた。だが、それでも一端、私の背筋に子ベリついた嫌な想像は消えてはくれない。私が足を止めていた子の一ヶ月の間に、もしかしたら取り返しのつかないことになってしまったんじゃないかとそんな事ばかり考えてしまうのだ。そう思うくらいであれば最初からもっと真剣に取り組めばよかったと自分でも思うが…今更、何を言っても仕方のない事だろう。
「はぁぁぁぁ…すぅぅぅぅ」
そんな思考ばかりが空回る自分を落ち着かせるために私は大きく息を吐く。肺の中の全てを吐き出しきった感覚の後、今度は一気に息を吸い込んでいくのだ。それに肺から取り込まれた酸素が一気に血液の中を駆け巡り、私の身体を落ち着かせていく。まだ平常とは言い切れないが、とりあえず得体の知れない焦燥感は消えた。背筋には未だ冷や汗が浮かんでいるが、それが浮かび上がるのは止まってくれたのである。
―…とにかく私には足を進めるしかない。
ここで必死に頭を回した所で何か事態が好転するわけがない。それならば少しでも早く六花の元を目指して足を進めるべきであろう。そう考えた私は再び根付に視線を落とした。
―そして、その瞬間、この世の物とは思えない深い唸り声が辺りに響いた。
まるで地獄の底から亡者が呻いているような深い深い唸り声。「うぅぅぅぅ」と何重にも重なったそれは私の背筋を凍らせた。思わず発信源に目を向ければ、そこには人二人が優に並んで入れそうな大きな洞窟が口を開いている。どうやらさっきの音はそこから聞こえてきたらしい。まるで直接地獄につながっているような深く暗い闇の穴を見つめ、私はゴクリを咽喉を鳴らした。
―…まさか…な。
妖怪が一様に美しい女の姿に変わってから、一部を除けば友好な関係を築けるようになった。だが、私達にはどうして彼女達が今の姿に変わったのかは分かっていないのである。原因が分からない以上、もしかしたら昔のままの姿で生きているものもいるかもしれないのだ。そして、もし、そんなのに出会ってしまったら――。
―…即座に殺されかねないな。
元々、妖怪の中には人間を食べていたものも少なくはないのである。これが元から友好的な種族であれば良いが、今の唸り声を聞いてとてもそうは思えない。いまや御伽噺に語られるだけになった原初の鬼を彷彿とさせるような声は意思疎通が図れるとは決して思えないのだ。寧ろ問答無用とばかりに頭から齧られてもおかしくはない。
―だけど…根付はこの洞窟を指している…。
無論、根付きはただ方角を示しているだけに過ぎない。上か下かという概念すらないこの頼り無い道具を頭から信じるのは危険だろう。だが、これが真正面からその入り口を指しているのは確かなのである。ならば…私はこの洞窟に入ってみなければいけない。もし、ここに六花が居れば彼女を助け出す一助になれるのかもしれないのだから。
―…まぁ、自惚れも過ぎる話かもしれないが。
しかし、彼女はどれだけ長身と言っても私と同じくらいでしかない。もし、彼女がさっきの声の主に捕まっていても運び出すくらいならば可能だろう。そう考えた私は念のために持ってきた刀をそっと抜いた。片刃の刀身がすらりと音を立てて、夜の中にそっと浮かび上がる。淡い光を受けて輝く姿は何処か幻想的ではあるが、一山幾らの廉価刀である。業物と呼ばれるような逸品には遠く及ばないが、それでも無いよりはマシだ。
―後は…と。
当然ではあるが、洞窟の奥には赤い月の光は届いてはいない。無論、その光を受けて輝く淡い光もなく、そこには文字通り闇が支配する世界であった。手を中に突っ込めば指の先が見えなくなってしまうほど暗い場所は当たり前の物であっただろう。しかし、明るい夜の世界に何ヶ月と身を浸していた私にとって、それは違和感すら覚えてしまうものであった。価値観の逆転してしまっている自分に微かに苦笑めいた表情を浮かべながら、私は念のために持ってきた松明に火をつける。ボゥッと言う音と共に油が染みこまされた木は燃え上がって辺りに強い光を撒き散らした。
「…よし。行くか」
右手に刀と左手に松明。まるで今にも何処かに攻め込みそうな準備を整えた私は言い聞かせるようにそう呟いた。その言葉に従うように、先ほどの呻き声ですくみあがっていた足が動き出す。一歩二歩と真っ暗闇の世界を切り裂きながら、私は洞窟の中に踏み込んでいった。
―…暗いな。
最初の印象はそんな当たり障りの無いものであった。当然だろう。剥き出しになった岩肌も、そこらに生える苔やキノコも特に違和感を覚えるものではない。私とて昔はそれなりにヤンチャでもあったのだ。里山を駆けて探検ごっこと言う奴もした事がある。その時の微かな経験と照らし合わせても洞窟の中は特に違和感の感じないものであった。しかし…それでも私にとってはもう夜は明るいものであると刻み込まれているのだろうか。この今にも這いよってきそうな暗闇がどうしてもまず目に付いてしまうのである。
―…落ち着け。冷静にならなければ…!
慣れない暗闇に竦みそうになりながらも、私は一歩二歩と足を進めていく。時折、足を止めて辺りの気配を伺いながら、慎重に。洞窟はそこそこの大きさで小さな横穴を含めれば、結構な分岐があるのだ。松明と言う利器に頼っている分、私の姿は相手から丸見えになっている。正直、何時、何処から奇襲されるかも分からない状態だ。しかし、それでも視覚を塞がない為に松明を捨てるわけにもいかず、私は一歩一歩辺りを見渡しながら足を進めていく。
「ぐぅぅぅぅぅぅぅ」
「っ!!!」
そんな私の目の前から再びあの恐ろしい唸り声が響いてくる。亡者の呻き声にも聞こえるそれに私の足は竦みあがってしまった。まるで凍り付いてしまったように動かない足を砕くように私は柄の一撃を足に叩きつける。痛みと言う確かな感覚のお陰で復活した足は冷や汗をじんわりと浮かばせていた。たった一鳴き。たったそれだけで足を固める恐ろしい声に私の心に引き返したいという感情が生まれる。
―…だが、そういう訳にもいかない。
どれだけ恐ろしくてもこの先に六花がいるかも知れないのだ。せめてそれを確かめるまでは引き返すわけにはいかない。そう決意を新たにしながら私は苔の生えた洞窟をまたゆっくりと歩き始めた。歩いては左右を見渡し、そして呻き声には足を止め、自分を叱咤して足を進める。そんな行為を幾つも繰り返した果てに私の視界へ少し開けた空間が入ってきた。
―どうやら…ここが最奥のようだな。
さっきからゆっくりと近くなっている唸り声はどうやらここから聞こえてきているらしい。そっと一瞬だけ覗いた向こうには行き止まりが見えた。ならば、ここには怪物か六花か…もしくはその両方がいるはずである。それを確かめるのは恐ろしいが…此処まで来て逃げ帰るわけにはいかない。そう自分に言い聞かせ、大きく深呼吸をした後、私は最奥に一気に踏み込んだ。
「っ!!」
そこはどうやら居住区のようであったらしい。円状に切り抜かれた空間は明らかに人の手が入っているのが分かる。そんな空間に無造作に敷かれる茣蓙が一つ。そして、しっかりと編まれたその茣蓙の上に六花が腹を抱えて横たわっていたのだ。
「六花っ!!」
思わず彼女の名前を呼びながら駆け寄ってしまいたくなる。だが、ここにはあの唸り声の主が居る筈なのだ。油断は出来ない。そう心を戒めて私はそっと辺りを見渡した。しかし、私の想像した化け物はそこにはおらず、六花が苦しそうに横たわっているだけ。それに強い違和感を覚えたが、ここでもたついているわけにはいかない。化け物がここにいないのであればとっとと彼女を連れて退散すべきだ。そう考えた私は刀を鞘に戻して、六花の元へと駆け寄る。
「うぅ…」
「おい。大丈夫か…?」
しかし、私の呼びかけにも彼女は呻き声をあげるだけで返事をしない。どうやらよっぽど憔悴しているようだ。あの日、別れた時には色艶が良かった肌もその艶が幾分か失せてしまっている。それどころかその顔には苦しそうな表情が浮かび、必死で下腹部を押さえて丸まっているのだ。見たことが無いその様子は毒でも盛られたようにしか思えない。きっと例の化け物は鬼にも通用するような猛毒を持っている妖怪なのだろう。そう思うと背筋に寒気が走る。鬼でさえ苦しむような毒を人間が食らってしまえば即お陀仏だからだ。
―だが…この状態で六花が歩けるとは思えない…。
命の危機を感じた本能が今すぐ逃げろと大声で叫んだ。しかし、六花を置いて逃げる訳にはいかない。確かに私は鈍感で救いようの無い大馬鹿であろうが、誰かを見捨てて何にも感じない訳ではないのだ。それに元々、ここには彼女を助けに入ってきたのである。その目的も完遂できずに一人だけ逃げられるはずがない。
―なら…方法は一つしかないな。
元々、考えていた通り六花を連れて逃げ出すには私が負ぶさるしかない。その間、私はとても無防備になってしまうが仕方がないだろう。それにここまで入ってくる間に化け物とは出会わなかったのだ。居ると思っていた最深部には化け物の影も形もない訳であるし、きっと大丈夫だろう。
―そう楽観視した私の近くで再びあの唸り声が鳴った。
「っっっ!!!」
今までにないその近さはまるで六花の腹から聞こえてきているようだ。だが、音と言うのは辺りで大きく反射するものである。特にこのような洞窟であれば尚更だ。反射した音が発信源をかき消す可能性もあるし、一概に六花から聞こえてきたとも言えないだろう。そう考えた私は震える腕で刀をそっと抜いた。
―何処だ…!何処に居る…!?
さっきからこの最深部からあの唸り声はしていたのだ。ならば、きっとこの近くに居る筈である。そう思った私は必死に刃を構えて辺りを見渡すが、化け物の姿は一向に見えない。それどころか息遣いさえ感じず、ぱちぱちと言う火の弾ける音と六花の呻き声だけが洞窟の中を響いていた。
―…あれ?響く…?
良く耳を澄ませて見れば、六花の小さな唸り声も辺りの壁に反射して幾重にも重なっているように聞こえる。松明の柄の部分で周りを叩いてみれば、どうやらここはかなり岩が混じっているようだ。土そのものよりも遥かに響きが良く、幾つもの波紋を広げる。それは一つ一つが干渉してまるで別物のように聞こえて――。
―…まさか…。
「ぐぅぅぅぅぅぅ…」
再び聞こえたその声…いや、音は間違いなく六花の腹の中から聞こえてきた。それは…つまりそういうのことなのだろう。私は居もしない化け物を恐れ、震えていたのだ。それに気づいた時、無性に腸が熱くなっていく。これがきっと腸が煮えくり返ると言う感情なのだろう。そう思ったときにはもう私の足は彼女の元へと向かい、そして――
「…うぅ…御腹空いた…」
「起きろ馬鹿!!!」
―空腹で腹の音を鳴らし続けている六花に刀の柄の部分を叩きつけたのであった。
「んぁ…?」
しかし、それでも彼女はまるで痛みを感じなかったらしい。結構、力を篭めたつもりではあったが、胡乱な目をゆっくりと開いていく。その様には痛みを感じているようには到底、見えないだろう。まるで揺り動かされてようやく目を開くような仕草に怒っているのが馬鹿らしくなってしまった。私は一つ溜め息を吐いて、刀を再び鞘へと戻す。
―…幽霊の正体見たり枯れ尾花って奴か…。
一度、頭の中で凝り固まった印象は中々払拭する事が出来ない。私にとってあの唸り声は幾重にも壁に反射して、まるで唸り声のように聞こえた。そこから連想された化け物という偶像に私は踊らされただけなのだろう。なんてことはない。結局、自分で追い込んで自分で自爆しただけなのだから。
―…でも…印象…か。
「あれ…?アンタ…なんで此処に…」
私の方を向いて驚いた表情を見せる六花。彼女もまた私の中では印象付けられた像を持つ人物だ。私をからかい、必要以上に構い、そして疲弊させていくアカオニ。それが私の中の彼女の像である。だが、それももし、私が勝手に作り上げていただけだとすれば?本当は…本当はもっと別の意味で私に構っていただけだとすれば…どうなるだろうか。
―…まぁ、それは後回しかな。
それよりも今はこの人騒がせなアカオニに色々と言ってやらないと気がすまない。そう思った私は彼女の傍に置いた膝を崩して胡坐を書いて座り込む。そのまま松明を倒れないように床に設置し、そこでようやく六花の方へと向き合った。
「この…馬鹿が!!!!」
「ひゃう!?」
―そして、とりあえず叫んでみる。
しかし、それも仕方のない事であろう。このアカオニはどんな事をしていたのかは分からないが、空腹で倒れこむまで弱っていたのだ。一体、何がそこまで彼女を追い詰めたのかは分からない。それはやっぱり私であるのかもしれない。だが、それでも命を投げ捨てるような行為は…しかも、それが少なからず悪く思っていない相手であれば許容出来る筈がなかった。
「な、なんだよいきなり…」
「いきなりもあるか…!お前…私がどれだけ心配したと…!!」
本当はこんな説教めいた事を言いに来たのではない。だが、私の口から出てくるのはそんな言葉だけ。それが気恥ずかしいからなのか、或いは単純にそれだけ彼女の事を心配していたのか。自分さえどちらなのか分からないまま、私は彼女に向かって言葉を叩きつけていった。
「…心配…?」
「当たり前だろうが…!一ヶ月も顔を出さずに…紅葉だって気にしていたんだぞ」
「いや…後半は別にどうでもいいんだけど、アンタがアタシの事を心配してくれてたの…?」
「…何度も聞くなよ恥ずかしい…」
正直、一回目でも顔から火が出そうなほど恥ずかしいのだ。自分でもらしくない言葉であると自覚しているのだから。だけど、ここまで来て、逃げる訳にはいかない。自分なりに彼女を傷つけないように真摯に向き合おうと私は六花の瞳をそっと見据えた。
「当たり前だ。私は…そこまで薄情な人間じゃない」
「でも…アンタ…アタシは…あの日にあんな酷い事を言って…」
そう言って六花はそっと目を伏せた。どうやらそれが彼女がこうして引きこもっていた原因だったらしい。その辛そうな瞳はそれだけ彼女が思い悩んでいた事を私に教えてくれた。だが、アレは六花が悪い訳では決してない。あそこまで彼女を追い込んでいて何も気付かなかった私に非があるのだ。一方的に言い逃げしたのは正直、腹が立つが、その原因であるだけに六花を責める資格は私には無いだろう。
「気にするな。私が悪いのは分かっている。…言っていたことの半分もまだ理解出来てないが…」
「…あぁ、やっぱり…」
私の言葉に諦めたように六花は溜め息を吐いた。どうやらそれは彼女にとって想定内の事であったらしい。その溜め息の中には万感の想いと共に、呆れのようなものが混じっていた。だが、それが私にとっては悪いものではない。何せ彼女の顔はそれでも何処か嬉しそうに輝いていたし、それに――これは何時ものやり取りなのだから。
―…まぁ、それで終わらせるつもりはないがな。
「でも、な。私は別に半端な覚悟で此処に来たんじゃないぞ」
「え…?」
そう。あの時彼女は「半端な覚悟で向けられる優しさは傷つく」と言った。ならば…覚悟を決めれば良い。一歩踏み出す勇気と覚悟を胸に篭めれば良いだけだ。それが合っているのか間違っているのかは私には分からない。だが、私はこのまま彼女との関係を終わらせたくないと思っているのだ。どれだけ騒がしくて心労を感じる相手であろうと…六花がいなければ物足りないと感じているのに気づいてしまったのだから。それはきっと――。
「私はお前の友人のつもりだからな。友達に優しくするのは当然だろう?」
私の言葉に六花はまるで狐に抓まれたような顔をした。そのまま数秒固まった彼女はその顔を嬉しそうな、でも、微妙そうな顔へと変えていった。まるでお気に入りの玩具が偽者だった事を知った子供のようなその表情の変化は私の中に少なからず不安を齎す。何故ならば、ここまで格好つけて、六花にそのつもりがなければ恥ずかしいなんてものではないのだ。今でさえ一生からかれる事を覚悟して言っているというのに、これ以上の醜態は勘弁してもらいたい。
「…まぁ…嫌われてないだけ一歩前進…で良いのかねぇ…」
嬉しそうな、でも、失望したようなその表情のまま六花はぽつりと呟いた。小さな小さなそれは普段であれば聞こえないものであっただろう。だが、周りが岩と土で囲まれているこの洞窟であれば小さな呟きも幾重にも反射するのだ。その中の一つが私の耳の中に届き、小さく首を傾げさせる。
―…六花は何を望んでいるのだろう…?
どうやら先ほどの私の答えは悪くはなかったが、満点と言うわけにはいかなかったようだ。今の彼女の様子を見るとそれがよく伝わってくる。だが、私にはそれがどうしてなのかが分からない。私としてはかなり勇気を振り絞って言った言葉であるのだが…。
―まぁ、今は考えても意味のない事か。
私は六花曰く鈍い男であるらしい。そんな私が必死に彼女の考えを察そうとしても難しいだろう。ならば、そんな無駄な時間を割くよりは六花に早く必要なものを渡してしまったほうが良い。そう考えた私は腰帯に括りつけた徳利を外した。そしてそれをそのまま彼女に差し出し、口を開く。
「それよりこれは紅葉からの差し入れだ。どうせその様子じゃ酒も飲んでないんだろう?なら、とりあえず気付け序でにでも飲んでおけ」
「まぁ…そうだけど。…でも…酒…?」
差し出した私の徳利を受け取った六花がそっと首を傾げた。どうやら彼女はそれが酒以外の何だと思ったらしい。まぁ、私もそこに酒が入っているなどとは最初、思えなかったのだ。水が入っているにしてはあまりにも軽いし、振れば水の音ではなくカサカサと紙のような音が聞こえる。それで中身が酒と聞いて、納得できるはずがないだろう。私も受け取ったのが紅葉でなければ、疑って掛かっていたところだ。
―でも、紅葉は確かに今の六花に必要なものであると言った。
彼女が何処まで今の六花の様子を見抜いていたか分からないが、酒を飲んでいないのは紅葉が一番良く知っている。だから、きっとそこに入っているのは酒なのだろう。そう結論付けた私は六花が徳利を受け取ったのを確認し、松明を手に立ち上がった。
「今のお前に必要なものらしい。まぁ、十中八九、酒だろう」
「アンタはアタシをなんだと思ってるのかねぇ…まぁ、アタシもそうだと思うけどさ。ただ…どうしてか酒の匂いがしないんだよね…って言うか寧ろあのいけ好かない狐の匂いが…」
「まぁ、紅葉さんから受け取ったものだしな」
少しずつ何時もの調子を取り戻し始めた六花に私は少しだけ笑った。別にまだ何か解決した訳ではない。彼女とはこれから色々と話し合わなければいけないだろう。どうして町に来なかったのかという事情もまだ聞けてはいない。だが、六花の姿を見るだけで私の頬は自然と綻んでしまうのだった。
―…どうやら私はよっぽど寂しかったらしい。
あの町で友人らしい友人と言うのは六花くらいしか居なかった。そんな彼女が一ヶ月も消えて私はきっと寂しかったのだろう。今こうして彼女の姿を見ているだけで胸の奥から安堵が湧き上がってくるのだから。早くも元の鞘に戻ったかのような安心感が私の心に大きく広がり始めていた。
―でも、まぁ、油断は出来ないな。
残念だが何の解決も出来ていないのは事実だ。六花との話し合いの糸口を見つけただけで問題は何一つとして解決してはいない。細かい事を気にしない六花の性格から言って、ここまでは私も予想の範疇ではあった。しかし、頑固な六花がどれだけ私の言う事を聞いてくれるか。それは以前して分からないままである。
―何はともあれ…まずは六花に飯を食わせてやらないとな。
幾ら酒豪揃いのアカオニとは言え、それだけで生きていける訳ではない。やはりどうしても果実のような食べ物が必要であるのだ。幸いにしてこの山の中には幾らでも果実が生っている。それらを幾つかもいで来れば、彼女の腹の足しにくらいはなるだろう。それに長期間の断食の後にいきなり食べ物を口にすると身体がびっくりするというが、果実であればまだ大丈夫のはずだ。
「それじゃあ私は少し果実でも取ってくるよ。お前は弱っているようだし、そこで酒盛りでもしていろ」
「…釣れないね。もう行っちゃうのかい?」
―…どうやら本気で弱っているらしいな。
まるで子犬が棄てられるような声は普段の彼女とは想像も出来ないくらいに弱弱しい。その弱気な声に足が引っ張られるのを感じるが、六花の事を考えるのであればこれが一番だ。そう自分に言い聞かせた私はキュポンと栓を抜いた音を背に受けて、ひらひらと手を振る。今の六花の顔を見れば、どうにも足が止まりかねない。失礼な行為ではあるが、ここでずっと足を止める訳にはいかないし、これが私なりの譲歩だ。
「安心しろ。二、三個取ればすぐ戻る。今のお前を一人にはしておけないしな」
「…うん」
―…まるで留守番を言いつけられた子供だな。
弱弱しい声には涙ぐんでいるような響きさえもあった。だが、私はそれに足を止めるわけにはいかない。六花の為にも早い事何か食わしてやりたいのだ。今のままの姿で放置するのは心が強く痛むが、致し方ない。このまま一緒にしても彼女の体調が介抱に向かうわけでもないのだから。
「あ、ちょっと待っておくれ」
「ん?」
「何か中に入ってる…。あ、やっぱり紙だ」
そう足を進めようとする私の足を止めたのは六花の呼び止める声であった。さっきよりも少しだけ明るく、けれど、やっぱりまだ何処か弱弱しい言葉から察するに何かを見つけたらしい。そう言えばさっき徳利の栓を抜いたような音も聞こえたし、中と言うのは徳利の中なのだろうか。確かにあの音は紙が入っていてもおかしくないものであるが…しかし、今の六花に必要な紙とは一体――。
「あははははっ♪なるほど…こりゃあ確かに…今のアタシには必要なもののようだねぇ♪」
「ん?」
そんな事を考えていると私の後ろから喜色に溢れた六花の声が届く。どうやらその紙は本当に彼女にとって必要なものであったようだ。その明るい声は普段の彼女の声から比べてもさらに明るい。まるで九死に一生を得たような声なのだから。
―…どんな紙なんだ?
ついさっきまで落ち込み、弱っていた六花をここまで元気にさせたもの。それに強い興味を惹かれて、私はそっと振り返ろうとする。だが、その前に私の後ろから何かがガバリと圧し掛かってきた。それは床に押し倒されるようなものではなかったが、ぐっと足に力を入れなければ耐え切れなかっただろう。何せ、人一人分くらいの重さが私の背中に掛かっているのだから。
―しかも、それは見覚えのある柔らかさで…。
肩甲骨の辺りにふにょんと広がる柔らかい感触。それは今まで何度となく感じたものであった。後ろを振り返って見るまでもなく、それが柔らかく、ハリがあって、二人の間で緩衝材になっているのが分かる。幾らでも形を変えるそれはまるで御伽噺に出てくる濡れ女の身体のようだ。しかし、私はそれが決して濡れ女ではなく、もっと凶暴で恐ろしいものである事を知っている。
「り、六花…?」
「うふふ…♪つぅかまぁえたぁ…♪」
―それは今まで聞いた中でも抜群に明るいものであっただろう。
それだけ聞けば、元気を取り戻した六花に安心すら感じていたかもしれない。けれど、それは私の耳元でそっと甘く囁かれたものでもあったのだ。まるで砂糖菓子のように甘く、泥のようにドロドロとした声。聞いたことがないほど、艶と媚をたっぷりと塗した甘いその声に私の背筋に一気に鳥肌が立つ。だが、それは決して嫌だったからではない。寧ろ…欲情を丸出しにしたその声に私の男が一気に戦慄いて喜んだからこその反応であった。
「ようやく捕まえたよぉ…♪」
「は、離してくれ。このままじゃ果物を取りにいけない」
その上、六花の大きな胸を背中に押し付けられているのだから私の身体も喜んでしまう。この一ヶ月どうにもそんな気分に離れなくて放置していた息子がむくむくと起き上がってくるのを感じるくらいなのだ。だが、それを六花に悟られるわけにはいかない。そう思って私は彼女の手を振り解こうとしたが、ガッチリと私を捕まえる彼女の腕はビクリとも動かなかった。
「果物なんて良いじゃないか♪それよりも…もっと美味しいものがここにあるんだからねぇ♪」
「な、何を言って…うぉっ!?」
私の言葉が途中で途切れたのは世界が一変したからだ。いや、正確には違うのだろう。私が六花の手で無理矢理、態勢を変えられた上で押し倒されたのだ。それは揺れる三半規管が教えてくれる。だが、あまりにも早すぎる六花の動きに私の処理速度はついていかない。あれよあれよと言う間に私は茣蓙へと背中を押し付ける形になり、その上に彼女がゆっくりと圧し掛かってくる。
「んふ…♪幾らアンタが鈍くても…いい加減、分かってるんだろぉ♪」
「う……」
媚と欲情でたっぷりと味付けされた甘い声。それを漏らす六花の顔は同じような欲情で溢れていた。普段は強気に輝いている瞳をトロンと潤ませ、目尻も心なしか柔らかいものに変わっている。真っ赤な肌は普段よりもさらに紅潮し、朱と呼ぶに相応しい色を灯していた。しかし、それは羞恥ではないのは薄っすらと汗の滲んだ肌や、唇をそっと舐める舌の動きからでも分かる。明らかにそれは羞恥ではなく、『獲物』を前にする妖怪独特のものだ。
―な、何でだ!?今までそんな様子なんて一つもなかったってのに…!?
そもそも基本的にアカオニは気に入った男を浚う妖怪だ。その怪力を活かして男を浚おうとするアカオニに対抗できるものなど殆ど居ない。この国には基本的には大人しい妖怪が多いが、アカオニはその中でも数少ない例外の一種なのだ。乱暴と言うわけではないが、気に入った男が居ると容赦はしない。それがアカオニと言う種族であり、そして六花であったはずだ。
―だけど、私は一度だって彼女に襲われなかった。
そりゃ誘惑めいた事をされたのは私だって分かっている。だが、アカオニは気に入った男を浚う種族だ。ならば、私はそういう意味では気に入られなかったという事なのだろう。以前考えたとおり、からかう相手として好かれているだけなのだ。しかし、そんな私を今、彼女が襲おうとしている。それが私には理解出来ず、私の頭を軽く混乱させた。
「今までは禁止されてたからねぇ…♪」
「禁止…?」
そんな私の様子を見抜いたのだろうか。六花が補足をするようにそう付け加えた。それに小さく聞き返してみるが、鬼に何かの条件を持ち出せるような人物がいるのだろうか。古来から妖怪の中でも最上級の力を持つと考えられてきた鬼を相手に怯まずに立ち向かえるだけでも凄まじい胆力だと言うのに、その行為を禁ずる事まで出来るなんて…並大抵の人物ではないのは確かだ。
「でも、それがついさっきなくなったんだよ♪これで…アタシは遠慮なくアンタを襲える…♪」
「お、襲うって…お前…」
無論、私だって妖怪が言う『襲う』と言う言葉の意味くらいは知っている。それがどれだけ重いかも理解しているつもりだ。しかし、六花が襲う相手として私を選んでいる事だけがどうにも腑に落ちない。それに思わず聞き返してしまった私に微笑むように六花の頬がゆっくりと歪んでいく。しかし、今まで我慢していた分の欲情をたっぷり塗したその表情は笑みと言うよりは、まるでケダモノがご馳走を前に舌なめずりをしているように見えるのだ。
「これ以上の問答は無駄だね…♪どうせアンタは信じないだろうし…それよりアタシはもう我慢出来ないんだよ…っ♪」
「ま、待て六花…!!」
「もう数ヶ月も待ったんだからねぇ♪これ以上は待てないよ♪」
私の制止も意味なく、六花の手が私の旅装に掛かった。動きやすいように膝辺りで切り揃えられた唐草模様の裾を六花が強引にたくし上げていく。それに抵抗しようにも腹部に乗った六花が右へ左へと体重を移動させて無力化させられてしまう。あれよあれよと言う間に私の下半身は露出させられ、六花の前に真っ白な褌を晒す様になってしまった。
「ふふ…っ♪ちゃぁんと洗濯してるんじゃないか♪感心感心…♪」
「そりゃ私だって洗濯くらいは…」
この期に及んでもまだからかうような六花の言葉に反抗しようとしたものの、それは妙に迫力のないものになってしまっていた。状況的に男の急所を握られているも同然だからだろうか。どうにも覇気のない、言葉だけの反抗になってしまうのだ。それに六花は笑みを濃くして後ろを振り向くようにしながら、腕を動かし始める。
「うあっ!」
急に始まったその刺激は私の褌に…いや、息子に注がれている。既にある程度、堅くなった肉の棒をゆっくりと焦らすように六花は撫でているのだ。その快楽は凄まじいものであった。直接撫でられている訳ではないのに、褌の中で窮屈そうにしている息子はビクビクと中で震えて先走り液を漏らす。それはまだまだ褌を貫通するほどのものではないが、このままではいずれ前掛け全てに広がってしまうだろう。
―不味い…っ!!
もし、その先走りが六花にばれてしまったらどうなるか。きっと一生からかわれるのは想像に難くない。そう思って必死に堪えようとするが、一ヶ月も放置されていた息子は拗ねているのか言う事を聞いてくれなかった。スルスルと裏筋を暖めるように撫でる彼女の手に全身で喜んで先端からまた先走りを漏らしてしまう。
「ふふ…もう堅くなっちゃってるねぇ…♪実は…アンタも期待してたりするのかい?」
「う…」
六花の言葉に私は答える術を持たなかった。確かに期待しているかいないかと言えば…きっと期待しているのだろう。いや、期待しない男が何処に居ようか。美しい女が私の性器を撫でてくれているのだ。しかも、愛しそうにその頬を歪ませ、欲情を浮かばせながら。女ではなくメスとしての顔を覗かせ始めている美女にこうまでされて期待しないほど私は朴念仁ではない。特にこの町に赴任してから性欲を覚えた私にとっては期待するなと言われても無理難題であろう。
「ホント…可愛い人だねぇアンタは…♪」
「可愛いとか言うなって…くぅ…!」
反抗しようとする私の言葉を亀頭の付け根の部分を引っかく事で六花が遮った。そのままくりくりとグリグリと円を描くように爪先で抉っていく。その刺激は褌越しであるとは言え、あまりにも鮮烈なものであった。思わず言葉を閉ざし、歯を食いしばってしまうくらいには。
「じゅるっ…♪…あは…そんな気持ち良い顔をしてたら余計、虐めたくなってしまうじゃないかぁ…♪」
そんな私の様子に何かそそられるものでもあったのだろう。唾液を唇に塗りつけるようにしてゆっくりと舌なめずりをした六花はそのまま亀頭の付け根を離れて、するすると下の方へと降りていく。そして、亀頭ではなく男根そのものの付け根の部分を六花はゆっくりと擦り始めるのだ。一回一回丁寧に、まるで愛しいものを撫でる様なその仕草にさっきとはまた違う微温湯のような快楽が這い上がってくる。思考をドロドロに溶かすようなその熱に私は小さく呻いて逃げようとするが、ガッチリと掴まれた腰がそれを許さない。
「大人しくしてなよ…♪そしたらたぁっぷり気持ち良くしてあげるからさぁ…♪」
「う…うぅ…」
媚をたっぷりと浮かべさせた六花の提案はとても魅力的なものであった。何せもう私の本能には火が点き始めているのだから。一ヶ月もの間、放置され続けた性欲が鎌首を擡げ始めているのである。そんな状態でこうして快楽を注がれて抵抗する気力を維持し続けられる訳がない。実際、今ここで止められてしまったら私は自分を抑えられる自信がないのだ。
―だけど…それでも…!!
私は童貞だ。未経験である。その為、一応、初めてに対する憧れや幻想というものも持っているのだ。やはりどうしても始めては愛を交し合った相手としてありたい。無論、私は六花の事は嫌いではないが、そういう対象であるかと言うと首を傾げざるを得ないのだ。それに彼女自身がどう思っているかもまだはっきりと見えてこない。そんな状態で初めての性交をしたくはないと私は必死に快楽に負けようとする自分を戒めた。
「だ、誰が…っ!!」
「んふ…♪まぁ…抵抗してくれてもこっちとしては燃えるんだけどねぇ…♪」
欲情を塗した声でそう言いながら、再び六花が舌なめずりをした。まるで活きの良い獲物を見つめて、喜ぶような仕草に私の背筋に冷たいものが走る。無論、彼女の目的は私の精液であり、命ではない。しかし、それでも六花は私にとっては及ばない…つまり絶対的な捕食者である。どうあがいても勝てない相手が目の前に居る事を知った私の背筋には脂汗が浮かび、茣蓙の上へと落ちていくのだ。
「でも…どうするつもりだい…?もうこんなにパンパンに膨らませて…さぁ♪」
「くぅぅ」
その声と共に六花の指がぎゅっと根元を押し込んだ。まるで下から上に持ち上げる様な動きに肉棒全体が震える。肉棒の根元に繋がっている前立腺を刺激されたのだろうか。たったそれだけの刺激にさえ私の息子は跳ねて、嬉しそうに先走り液を漏らした。そんな堪え性の無い様子に情けなさすら感じるが、食いしばった歯の間から漏れるのは快楽の声だけで何の抵抗も出来ない。
―くっそぉ…!!
どうあがいても勝てる道が見当たらない。どうあがいても逃げ場がない。そんな絶望的な状況に怒りさえ湧き上がってくる。だが、それ以上に私の心には快楽に対する期待がその支配域を広げていた。六花の細い指が踊る度に、息子を撫でてくれる度に、その先端から先走りを撒き散らして喜んでしまうのだから。もっと確かな刺激が欲しいと、褌越しではなく直接、撫でて欲しいと言う気持ちが私の中に生まれ始めていた。
「うふふ…♪もう降参かい…?幾らなんでも早いんじゃないかねぇ…♪」
「こ、このぉ…!」
揶揄するような声に六花を上からどけようとするが、その腕は彼女の手によって捕まえられてしまう。それに抵抗しようにも圧倒的な力の差が許さない。がっちりと掴まれた手は痛みこそ訴えないものの、びくりとも動かず、六花との実力の差を思い知らされるだけの結果になった。
「ほぉら…♪どうしたんだい…?そんなんじゃアタシに犯されちまうよぉ♪」
「っ!!」
犯すというその直接的な表現に私の心は一気に燃え上がった。今までずっと直接的な表現は避けてきたのだ。それがこうして六花の口で伝わった事で急激に真実味を帯びるものになっていく。何だかんだ言っても私も男であるのだ。やはり性交に対する憧れだけではなく、期待と言う奴も好奇心と言う奴も持っている。疼きだしたそれらに引っ張られるように私は生唾を飲み込んでしまった。
「あは…♪アンタこうやって淫語を聞かされるのが好きなのかい♪」
「そ、そんな訳ないだろうが!!」
確かに私は男であるが、そこまで変態的な趣味は持っていない。今はただちょっとばかり欲求不満が募っていただけだ。しかし、そうは言っても現実は非情である。彼女の淫らな言葉に反応してしまったのは事実なのだ。幾ら言っても彼女は強がりとしか受け取ってはくれないだろう。しかし、それでも私は不名誉な彼女の言葉を否定せずにはいられなかった。
「そんなにむきにならなくたって良いだろう…♪男だったら…ううん。人間だったら誰でも持ってるものなんだからねぇ♪」
「ち、違う…!だ、だから、そんな理解のあるような目で私を見るな…!!」
これがまだ侮蔑であれば救いはあっただろう。だが、六花の目に浮かんだのは性癖を理解し、歩み寄ろうとするものだ。しかし、何度も言うように私にはそんな趣味はない。反応したのは事実であるが歩み寄られても困るのだ。だが、そう思う私の心とは裏腹に、彼女は何故か納得した様子で私の腹の上でゆっくりと頷く。
「そう言えばアタシはそうやって痴女めいた誘惑はしてないものねぇ…それが敗因だったのか…」
「違うって言ってるんだろうが…!人の話をおぉ…!!」
途中で声の調子が跳ね上がったのは六花の手が再び根元をぐいっと押し込んだからだ。今までも息子全体を暖めるように撫でていた刺激から一転、前立腺を無理矢理刺激するような強い感覚へ。その変換にようやく快楽に慣れ始めた私には抵抗できない。声を上ずらせて感じている事を六花に伝えてしまうのだ。
「あは…♪こんな風にオチンポばっきばきにさせちゃって説得力があると思ってるのかい♪」
「う…あぁぁ…っ!!」
そう言いながら六花は再び私の肉棒を撫で始める。暖めるようなその熱に私は呻き声を堪える事が出来ない。思わず出たその言葉に私は必死に歯を食いしばるが、後から後から湧き出てくる快感にゴリゴリと我慢を削られていく。まったく別種の快楽を不規則に与えられている所為だろうか。さっきまでと比べても速い速度で私の理性は侵食され始めていた。
「んふ…♪ほぉら…こっちをご覧よぉ…♪」
そんな私に淫靡な笑みを浮かべながら、六花のもう片方の手はそっと腰の皮を捲り上げた。腰に縄で結び付けられただけの虎柄のその奥からぴっちりと閉じた筋が現れる。快楽の中にどっぷりと思考が浸かり始めていたからだろうか。私は最初、それが何なのか理解出来なかった。しかし、彼女の手が股間を覆い隠す布を取り去っているのだと気付いた瞬間、私はその筋が性器の入り口である事を悟ったのである。
「なっなななななっ!!!」
始めて見る女の最も敏感な部分。それを何の心の準備もなしに目の前に晒された私は混乱にも似た衝撃を覚える。それも当然だろう。確かに内心、それに対する期待はあったが、こんな風に簡単に見せ付けられるとは思ってもみなかったのだ。寧ろ六花の事であるからもっと焦らして焦らして我慢出来なくなるくらいまで追い詰めると思っていたのである。しかし、その秘裂は今、私の前に惜しげもなく晒され、ひくひくと蠢いていた。それどころか甘いメスの匂いまで立ち上らせて、私の嗅覚から誘惑し始めているのである。
―濡れて…る。
そのひくつく小さな筋から透明な液体がこぽりと零れ落ちていた。どうやら六花も今の状況にかなりの興奮を覚えているようだ。ドロドロになっているその液体は後から幾らでも湧き出てくるようであった。自分の秘所を見られているのに彼女も興奮しているのだろうか。ぴっちりと閉じたその間から流れ出るそれらは少しずつその勢いを増しているようにも見えた。
「ここが…アンタのずぅっと見たがってた女の一番、大事な部分さぁ♪」
「だ、誰が見たがってたって言うんだ!!」
余りにも御幣のある言い方に思わずそう否定した。しかし、六花はそれをなんとも思っていないらしい。右から左に受け流すように淫靡な笑みを浮かべているままだ。寧ろ晒した秘所をより見せるけるようにしてそっと背中を後ろへと倒して、私の方へと突き出してくる。それだけで彼女の甘い匂いが強くなり、私の思考を一瞬、鈍らせた。そのメスの部分にむしゃぶりつきたい。隅々まで舐めまわして味わいたい。そんな欲望さえ私の中には生まれ始めていたのである。
―お、落ち着け…!冷静…にぃぃぃっ!!
そんな自分を落ち着けようとする思考さえ六花の手によって遮られてしまう。再び動き出した六花の手が褌の中に入り込んできたのだ。艶やかで滑らかな彼女の肌の感覚に一瞬、理性が遠くなる。まるで吸い付いて離さないような肌が、私の思考を激しく揺らせた。それを何とか落ち着かせようと呻き声をあげる私を見ながら、六花は指をそっと絡ませてくる。しっかりと掌を幹に密着させながら、指を上下に擦って刺激し始めるのだ。
「あはは…♪もう褌の中、先走りで一杯じゃないか…っ♪大の男がこんなにお漏らししちゃってさぁ…♪」
「ぐぅ…っ!!」
そう悔しげに呻くが、実際に六花の言う通りであった。褌の中はもう先走り液で一杯で見るも無残な姿になってしまっている。ねばねばとした液体がぐちゃにちゃと音を立てて不快なくらいなのだから。それをどう言葉で否定しても嘘になってしまうだろう。いや、それ以前にこうして六花の秘裂から目を背けられない時点で先走り液を漏らし続けているのだ。今も尚、彼女の愛液のように湧き出る粘液に六花が気づかないはずがないだろう。
「ふふ…♪もうアタシの指もぐちょぐちょに汚れちゃったよぉ…♪これは責任とってもらわないとねぇ…♪」
「うああっ」
その言葉と共に六花の手がぎゅっと幹の辺りを強く握り締めた。しかし、鬼の手で握り締められているというのに苦痛はまるでない。圧迫感こそあるが、それは快楽に直結する感覚であった。それに私の背筋は一瞬、ビクリと跳ねる。今までとは比べ物にならないおど鮮烈な快感は脳へと繋がる中継視点である背筋にも大きな影響を及ぼし始めていた。
「さぁ…♪このままオチンポぜぇんぶぐちょぐちょにしてあげるから覚悟しなさい…っ♪」
そのまま前掛け脇から入り込んだ彼女の手がゆっくりと動き始める。それは到底、滑らかとは言えない動きだ。ただでさえ窮屈な褌の中に六花の手までが入っているのだから当然だろう。だが、密着した彼女の掌はそれを稚拙と感じさせない。寧ろその手がそっと亀頭の上まで上ってくる度に、そして根元までゆっくりと降りていく度に、射精への階段を一歩ずつ昇らせられている様に感じるのだ。
「ほぉらほらぁ…♪どうだい…?自分の先走りを塗りたくられてる気分はさぁ…♪」
そう言って私を責め立てる六花の秘所からまたドロリと液体が漏れ出る。ひくつく間隔がどんどんと速くなっていっているからだろうか。その合間から漏れ出る粘液は絶え間なく私の腹部に降り注いでいる。既にそれは彼女の毛皮を貫通し、私の旅装にまでその域を広げていた。そしてそのドロドロの液体は私の肌に触れる度にじぃんと後を引く妙な熱を残していく。まるで彼女の欲情が伝わるようなその熱は既に腹部に広がりきっていた。
―くっそ…こん…な…!!
それに抵抗しようとしても私は何も出来ない。いや、それどころか私はさっきから六花の秘所から目を背ける事さえ出来ないのだ。見てはいけないと分かっていても、誘惑するようにひくつく肌の奥に興味をそそられて仕方がない。どんどんと濃くなっていくこの淫らで甘い匂いをもっともっと嗅いでみたいと思ってしまうのだ。まるで視界も嗅覚も欲望に支配されたかのような様子に嫌気さえ浮かんでくる。
―それに…聴覚も…!!
にちゅにちゅとぐちょぐちょと股間からかき鳴らされる音はあまりにも淫らなものだ。それは勿論、私の先走りが六花の手で広げられ、肉棒に塗りたてられている音に過ぎない。だが、それを私ははっきりと見る事が出来ないのだ。快楽として感じる事は出来ているが、実際に起きているのは別かもしれない。その上、私の目にはオスを誘惑するような六花の秘裂が晒されているのである。そんな状態で聞かされるこの粘液が糸を引くような音はまるで交わりの最中の音にしか聞こえないのだ。
―気にするな…気にするんじゃない…!!
しかし、五感の半数以上を司る視覚が欲望に支配された今、どれだけ否定しようとしても無駄である。心の中でどれだけ言い聞かせても、泥沼の中に嵌っていくようにゆっくりと飲み込まれていった。淫らな音だけを拾う器官に堕ちてしまったかのように脳の中にそれを響かせている。
「ふふ…♪随分とおとなしいじゃないかぁ♪オチンポ握られてオマンコ見せられたらもう降参するのかい?」
挑戦するように言いながらも六花はまるで隙を見せない。圧し掛かった腰は隙無く私を捕まえたままであるし、私の力を奪おうと息子を扱くのを止めないままである。無論、それに喘ぐ私の視線が六花の秘所に注がれているのも感じているはずだ。最早、抵抗する気力がない事もきっと六花には分かっている筈なのに一部の隙も晒さない彼女に心がドンドンと折れてしまっていく。
―このまま抵抗したってどうせ…。
そう。どう抵抗しようと六花の拘束からは逃げられない。これほど力強く…そして淫らで気持ち良い束縛から逃げられるはずがないのだ。少なくとも男であればそう思ってしまうだろう。どれだけ抗ってもこのまま六花に貪られるだけ。そう思った私の全身からそっと力が抜けていく。まるで六花を受け入れるようなその仕草に、彼女の顔に浮かんだ笑みがすっと濃くなった。
「嬉しいよ…ぉ♪じゃあ…意地悪は止めて、とっても気持ち良くしてあげるからね…♪」
その言葉と同時に六花はそっと手を肉棒から離した。ずっと密着していた暖かくも淫らな感覚。それが離れた事に私の全身が不快感を訴える。だが、それを見抜いたのか、六花のもう片方の手はそっと優しく私の頬を撫でてくれた。まるで安心させるような仕草に心が解れるのを感じた瞬間、六花は片手で褌を一気に引き千切り、私の男根を外気に晒す。窮屈な褌の中からようやく解放されたオスの証は嬉しそうにぶるんと震えて、天を突く。もう最高潮の大きさにまで膨れ上がったそれは早く射精したいと強請るようにピクピクと震えていた。
「さぁ…ここからが本番だからねぇ…♪」
そう言って六花の手は再び私の肉棒にそっと覆いかぶさってきた。しかし、それはさっきまでのような肉幹を目指すようなものではない。寧ろその上にある真っ赤な果実――亀頭の上に覆いかぶさるのである。男の中でも特に敏感なその部分に吸い付くような六花の肌が触れて、私は小さく呻いた。しかし、それで終わりではない。寧ろここからが本番であると私に教え込むように六花の手が覆いかぶさったままぐりぐりと回り始めるのだ。
「うあああああぁぁっ!!」
鮮烈を通り越して最早、強烈と表現したほうが良い快楽。一歩、間違えれば痛みにもなりかねないそれに私の腰は一気に跳ね上がる。しかし、それも六花の腰によって押し留められ、何ら効果のあるものではなかった。いや、効果はあったのだろう。何せ腰を跳ね上がった瞬間、六花は嬉しそうに微笑み、真っ赤な舌で唇を舐めていたのだから。
「どうだい…♪今までがお遊びに思えるくらい気持ち良いだろう…?」
六花の言葉通り、それは今までとは格別な快楽であった。直接触れられるだけでも凄かったのに、そこからさらに敏感な部分を責め立てられるのだから。思考は焼け付いたように真っ白になり、一気に射精へと駆け上らされてしまう。強引に射精へと足を進めさせられるそれはいっそ被虐的ですらあったが、今の私にはそれさえ快楽に対する彩りでしかなかった。
「ほぉら…♪右へ左へ…きゅっきゅってね…♪」
言葉で音頭を取りながら小さく手首を捻って、私の亀頭を責め立ててくる。それに歯を食いしばって堪えようとするが、歯の根がガチガチとかみ合って上手くいかない。まるで身体が脅えきってしまっているような反応だが、私の心に去来するのは突き刺さるような快楽だ。亀頭の先から弾ける様なそれに何もかもを飲み込まれそうになってしまう。
「ふふ…♪また先走りが溢れて…もうアタシの指までドロドロじゃないかぁ…♪」
そう言いながら六花は私の上で妖艶に微笑んだ。欲情と喜悦を前面に押し出したその顔に私の心は大きく揺らぐ。メスの本能に支配され、小さく舌なめずりをする姿はとても淫らで、美しい。それだけ私自身に夢中になってくれていると思うだけで私の胸に満足感のようなものさえ湧き出てしまうのだ。それを必死に否定しようとしても快楽が大半を支配する思考で大した効果があげられるはずがない。少なくとも一度、心に刻まれた鮮烈な印象を打ち消せる筈もなく、私の咽喉はゴクリと生唾を飲み込んだ。
「もう指の間から糸を引くくらい先走り漏らしちゃって…♪にちゃにちゃって淫らな音させちゃってさぁ♪嬉しいよアタシは…♪」
まるで子供が欲しがっていた玩具を受け取ったかのような無邪気な笑み。しかし、そこに共に浮かぶのは子供らしからぬ欲情だ。大人と子供。その大きな落差もまた私の心を捉えて離さない。そしてそんな私をさらに責め立てようと六花の指がまたにちゃにちゃと音を立てながら動き、私の背筋を浮かび上がらせる。反り返った背筋には強い快楽だけが流れ、冷や汗さえ浮かぶ有様であった。
「このままにちゃにちゃしてたらすぐ射精しちゃいそうだねぇ…♪どうだい…?アンタはこのまま射精したい?」
「う…あああぁ」
六花の問いかけに答えようにも私の口から漏れ出るのは快楽の呻き声だけだ。それ以外に何か言おうとしてもすぐに快感に邪魔されてしまう。しかし、口までも欲望に支配されてしまった姿に最早、嫌気さえ覚えない。ついさっき心を折られてしまった私にはもうそれに何かの感情を浮かばせられる余裕すら失ってしまったのだ。
「あはは♪そんなに呻いてちゃ分からないよぉ…♪」
しかし、そう言いながらも六花は嬉しそうに顔を歪めたままである。恐らく妖怪である彼女にとって私の状態など手に取るように分かるのだろう。それでも尚、こんな事を言ってきたという事は彼女は私を辱めるつもりなのだ。だが、そうと分かっていても私には抵抗の手段がない。返事すらまともに返せない私は今やまな板の上の鯉も同然であった。
「ふふ…♪じゃあ…仕方ないからちょっと休憩しようかねぇ♪」
その言葉と同時に六花の手がそっと離れた。今まで掌を亀頭に押し付けていた刺激が消えた事により私の身体の震えがぱたりと止まる。だが、それでも快楽が決してなくなった訳ではない。余りにも強く刺激されていた亀頭からはじんじんとした熱が響き、私の身体に快楽の余韻を伝える。まるでまだ終わりではない事を告げるようなその快楽に私の胸は大きく上下して反応した。
「さて…その間は…っと♪」
そんな私の腹の上で六花はしゅるりと腰を縛り付けていた縄を解いた。自然、縛るもののなくなった毛皮はストンと落ちてきてしまう。それで視界を――いや、秘裂が見えなくなってしまった私の心は残念に思う気持ちさえ湧き出てしまっていた。六花の顔に意識が向く以外はずっと愛液を溢れさせる秘所を見続けていたのだから当然と言えば当然だろう。それほど男の本能を惹きつける場所に、私は心奪われ続けていたのだから。
「そんなに残念そうな顔しなくてもちゃぁんと見せてあげるよぉ♪」
「っ!!」
だが、それは六花に見抜かれてしまっていたらしい。淫靡な笑みを浮かべながら、嬉しそうに言う六花の言葉に私の顔は驚愕に歪んだ。それはまさに図星である事を彼女に伝えるような反応であっただろう。しかし、生理反応にも近いそれは今の私では制御する事が出来ず、六花に今の心境を余す所なく伝えることになってしまった。
「〜♪」
しかし、六花はそれに何も言わない。何時もであればここからさらに弄くってくると言うのに、鼻歌を歌っているだけだ。上機嫌なその様子に何か裏があるのではないかとも思うが、特に私を弄るような何かする様子はない。それどころか六花はそっと腰の毛皮を持ち上げ、そのまま上へと脱ぎ去るように持ち上げていくのだ。美しい括れを作る腰を抜け、そのまま胸へ。豊満な胸がそんな毛皮に引っかかるが、それを強引に通り抜けさせる。瞬間、ブルンと言う音が聞こえそうなくらいに大きく胸が揺れた後には胸の毛皮さえ無くなってしまっていた。
「ふふ…どうだいアタシの裸は…さ♪」
「それ…は…」
―それは美しいとしか形容することの出来ない肢体であった。
普段から六花は一部分しか覆っていないような扇情的な格好をしている。だが、今はその一部分すら隠されていない。本当に何もかもを私の目の前にさらして広げているのだ。その大きな胸の先にある桜色の大きな乳首も、銀色の恥毛の下にある秘裂も、何もかも。露出度で言えばさっきと殆ど変わらないそれに私の興奮は大きく高まっていく。触られていないはずの男根も嬉しそうに蠢いて、腰へと快楽を伝わらせていた。
「結構…アタシとしては自信があったりするんだけれどねぇ…♪」
「……」
しかし、それを六花に言うのはやはり何となく癪であった。貪られるのは諦めたとは言え、進んで獅子の口に飛び込むほど人生を棄てたつもりではない。無論、今の彼女は純粋に褒めて欲しいのかも知れない。実際、それだけの容姿なのは確かだ。だが、それに関する感想はどうにも気恥ずかしくて出てこず、私は口を閉ざし続ける。
―だが…それでも視線は正直だ。
必死に口は閉ざしてはいても私の視線は彼女の乳首や秘裂に注がれてしまう。既に膨れ上がり、ピンと突き出した乳首と、銀色の茂みの下で滾々と愛液を溢れさせる秘裂。そのどちらも私の興奮を滾らせ、視線を集め、誘惑するものであった。それら二つの間を行ったり来たりするのを繰り返す視線を六花が感じないはずはない。その証拠に彼女の顔には嬉しそうな笑みが刻まれているのだから。
「ふふ…♪相変わらず素直じゃないんだからねぇ…♪」
「…ほっとけ」
確かに素直じゃないのは認めよう。だが、男の半分は意地やプライドと言ったもので出来ているのだ。そんな言葉を素直に口にする訳にはいかず、私は目線を背けられないままそう言い放つ。そんな私に何かを感じたのか六花はまたクスリと笑って、舌なめずりをした。そして、じゅるりと唾液を絡みつかせる音と共に彼女の手はそっと下腹部の方へと降りていく。そのまま腹部を越え、恥毛も越えて、辿り着いた先は彼女自身の秘裂であった。
「じゃあ…問題なら答えられるだろ?ここは…何だい♪」
「なっ!!」
六花の言葉に私は思わず大声をあげてしまう。それも当然だろう。挑戦するような視線で彼女は秘裂の外側――つまり大陰唇の部分を押さえているのだから。それに答えることは勿論、容易だ。だが、それが彼女の罠である事は明白である。答えればそれこそ敗北宣言も同様だ。
「淫語にあれだけ反応しちゃうアンタとしてはこんなの簡単だろ♪これで正解したらご褒美を上げるって言うんだからアタシったら太っ腹だねぇ♪」
しかし、その『ご褒美』と言う言葉に心躍るものを感じるのも事実であった。悲しいかな私もまた男なのである。これだけ快楽を味わわされるて冷静でいられる筈がない。実際、私の男根は先ほどの快楽で何時、射精してもおかしくないほどに追い詰められてしまっているのだ。それなのにこうして寸止めされてしまっているのだから、その『ご褒美』を期待してしまうのは仕方のない事であるだろう。
「さぁさぁ…♪早くしないと回答時間が終わっちゃうよぉ♪」
「ぐ…っ」
急かす様な六花の言葉に思考がようやく回転を始める。だが、快楽で十二分に蕩けてしまった今の私の頭では結論を出す事が出来ない。答えるべきか答えざるべきか。そんな簡単な二択の答えさえも打ち出せないのだ。これがまだ一度射精しているか、或いはもう少し追い詰められていたのであればどっちかに傾く余地はあっただろう。だが、六花はそんな私の心の動きが分かっているかのように丁度、お互いに葛藤しあうような位置で私を手放していたのだった。
「はぁい…残念だけど時間切れだねぇ…♪答えは大陰唇…♪アンタならこんなの簡単だっただろ…♪」
やはり答えは大陰唇だったらしい。それに私の心に残念な気持ちが沸き上がってくる。答えていればまず確実に『ご褒美』を貰えていたのだから当然だろう。だが、それはもう露と消えてしまった。自分の手放したものは妙に惜しく思えるというが、今の私はその気持ちで一杯であったのである。
「じゃあ…素直になれないアンタの為に第二問と行こうか♪ここは何か…答えてみせなよ♪」
―そう言って六花はそっと押さえていた指をそっと開いた。
それに呼応するようにぴっちりと閉じた六花の秘所が開いていく。瞬間、ドロドロとした愛液が溢れてきた。今までそれらを押し留めていた大陰唇がその役目を果たさなくなったからだろう。今までは合間から漏れるようなものであったのが一気に殺到して私の腹部に降りかかる。欲情を伝えるようなその淫らな粘液に私の背筋は跳ねるようにして反応した。瞬間、一気に広がったジンジンと響く淫らな熱は私の背筋にまでその精力を広げたのである。
「さぁさぁ…♪おで始まってこで終わる女の一番…大事で敏感で…それでいて貪欲な部分だよぉ♪アンタだったら…分かるよねぇ♪」
六花の開かれた秘裂の奥は鮮やかな薄紅色であった。どんな染料だって決して出せないその鮮やかさは私の視線を今まで以上に引きつける。いや、最早それはそんな言葉では現す事は出来ないだろう。ほんの十センチにも満たないその秘裂の奥に私の全てが引き込まれていくようにさえ感じるのだから。ひくひくと蠢く鮮やかな粘膜からその中央下に位置する小さな穴。まるで呼吸しているように開閉を繰り返しているそこに私の全てが注ぎ込まれていくのだ。
―こんな…淫らだなんて…。
初めて見た女性器は私と同じ人間についているものだとは信じられないものであった。その鮮やかな色は私の身体には決してない。強いて言えば爪の部分が近いかもしれないが、それとは比べ物にならないほど鮮やかなのだ。しかも、その色に染まった粘膜はまるでオスを誘うように蠢いている。そのほんの小さな動きでさえ、私の本能は高まっていく。片手の指でくぱぁと広げられた秘所に理性を飲み込まれるようにして、その小さな部分に集中していくのだ。
「はぁ…はぁ…」
それを見る私の呼吸の間隔が短くなっていく。それほどの興奮が今の私を支配していた。もしかしたら六花が上に乗っていなければ私から襲い掛かっていたかもしれない。そう思うほどの興奮。それは途切れる事なく私の丹田から溢れ出て、血液に乗って身体中に広がっていく。そして、その興奮と血液が一番集まる場所――つまり肉棒の震えは止まらなくなってしまった。いや、それどころか身体中から興奮の集まる感覚に射精へと足を進めているようにも感じてしまうのである。
―やば…!!
元々、射精寸前で六花に放置されていたからだろうか。その部分はもう既に限界でギリギリであった。この問いかけと言う『休憩』を挟んでいる間も私は快楽の余韻から解放されてはいなかったのだから。興奮が下がるどころか、上り調子であったのだから仕方が無い。だが、それでも一人で暴発へと足を進める息子は止めなければいけないだろう。このまま触られずに射精するだなんて余りにも情けなさ過ぎるのだから。
―それでも…私の興奮は止まってはくれない。
自分を押し付けようと深呼吸しても口に入ってくるのは六花の発情した匂いだけ。それが私の興奮を擽り、燃え上がらせていく。視線は鮮やかな薄紅色から離せる筈も無い。嗅覚も膣穴が蠢く度に粘液が絡みつく淫らな音を拾って、私の興奮を高めていた。六花の肉付きの良い太股や尻、そして愛液を感じる触覚は言うに及ばない。五感の内の四つを欲望に支配された私は自分自身の身体に裏切られたようにも感じるのだ。
―こ、こんなの…無理だ…!!
視覚情報だけでも理性を失ってしまうほどの興奮を得てしまうのだ。器用に開かれた指の間から見える粘膜の様子だけで生唾を何度、飲み込んだか分からない。その上、他の感覚まで私を邪魔するのだから我慢など出来る筈が無い。必死に息子を諌めようとする私の努力の甲斐なく、興奮は射精へと向けてひた走り続けた。
「…う、うあ…っ」
「え…?」
そして、ついに抑えきれない興奮の証が息子の先端から吐き出される。どぷどぷと先端から漏らすようなそれは中々、止まらない。しかし、それに対する快感は殆ど無かった。何時も自分でやるようなあの腰や背筋を思いっきり逸らしてしまうような快楽は無かったのである。それはやはりこの射精が暴発だったからだろう。何時ものように快楽による刺激の果てではなく、興奮の高まりが形として現れたそれは生理現象というほうが近いのかもしれない。実際、私の胸に去来するのは快楽よりも虚しさの方が遥かに強かったのである。
―…最悪だ…。
未だ先端からドロドロの精液は漏れ出してきている。しかし、それでも一気に冷え込んだ私の思考はそう呟いた。それも当然であろう。何せ男にとって女に早いと思われるのはかなり不名誉な出来事であるのだから。それだけで不能になってもおかしくはないほどである。そして…今の暴発は六花にそう思われるのに十分過ぎる出来事であった。それが私の心に大きな傷をつけ、そこから嫌な感情が幾らでも溢れ出して来るのである。
―…あ、穴があったら埋まりたい…っ!!
しかし、相変わらず私に自由になる四肢は無く、こうして六花に馬乗りになられているだけ。それで穴など掘れる筈も無い。快楽も何も無いただの生理現象としての射精を繰り返す男根に合わせて、胸を上下させるだけだ。
「…えぇっと…」
そんな私の上で六花が困ったように呟いた。彼女にとってもこれは予測していない出来事であったのだろう。…当然だ。私とて自分がここまで早漏であるとは思ってもみなかったのだ。男ではない六花にとっては、さらに理解できない出来事であるだろう。そんな風に困惑した表情を見せられるのは少し胸が痛むが、仕方が無いと思えるほど私は彼女に情けない姿を晒していた。
「んー…」
だが、六花は困惑した表情をすぐに欲情の向こうへと投げ捨て、秘裂を開いていた指をそっと離した。瞬間、幕が下りるようにして私の目の前で薄紅色の秘所が閉じられていく。それを胸を上下させながら見ている私の下腹部に、六花の手が下りていった。そのままするりと滑らかなものが亀頭の先辺りを撫でる。それはきっと六花の指であるのだろう。ついさっきも感じた覚えのある独特の肌触りもそれを肯定していた。
「あは♪」
そして、彼女はそのまま指を口の方へと運んでくる。その先には白濁した粘液が沢山、絡み付いていた。恐らくそれは私が射精した精液であるのだろう。六花が馬乗りになっているので詳しい状況は分からないが、先ほどの彼女の指はそれを拭い取ったと思って間違いは無い。しかし、それをわざわざ手にとってどうするのか。そう首を傾げる私の目の前で六花はそれを美味しそうにしゃぶり始めた。
「んん〜♪♪」
「な…っ!!」
自分の出した精液を美味しそうに舐め取る美女。それの何と興奮する絵面な事か。射精を果たして尚、治まる気配の見せない肉棒もまたビクリと震えた。胸を鷲掴みにされる感覚すら味わう中で、私は彼女が目を細めて一つ一つ丹念に舐める姿に没頭していく。それにまた高まった身体が先ほどの反省などもう忘れてしまったかのように激しい熱を灯し始めるのだ。
「ちゅ…ぢゅる…♪ん……っ♪」
しかも、六花は普通に舐め取っているだけではない。まるで自分の指を男性器に見立てているかのように唇を窄め、時には舌で絡めとリ、時には顔を動かして味わっているのだ。そんなものを目の前で見せ付けられて冷静でいられるはずが無いだろう。さっきまでの恥ずかしくも辛い感覚をあっという間に投げ捨てた私は荒い息を吐きながら、彼女の痴態を見続けた。
「ちゅ…ぱ…ぁ♪うふふ…♪やっぱりアンタの精液は美味しいねぇ…♪」
嬉しそうに言いながら六花の手は再び私の下腹部に伸びる。そして、また指で精液を指で絡め取っているのだろう。亀頭の先端から再び伝わってくる滑らかな感覚に背筋が浮き上がりそうになってしまった。それを必死に堪える私の上で六花は喜悦をたっぷり塗しながら、後ろへ突き出した腰をゆっくり左右に振るう。腹筋に亀頭が触れそうなほど腫れ上がった肉棒はその度に六花の肉付きのいい尻と擦れ合い、その肉感に悦び震えた。
「んふ…♪アタシのお尻まで精液塗れにしてくれちゃってさぁ…♪これじゃあ欲求不満になるだけじゃないかぁ♪」
その言葉と同時に六花の指は再び彼女の口元にまで運ばれてくる。しかし、その量はさっきとは比べ物にならないものだ。まるで掌全体を覆いつくすような精液の量に六花は嬉しそうに微笑んだ。だが、その間にもドロドロと精液が彼女の身体へと零れ落ち、その大きな胸の谷間に落ちていく。真っ白な精液が六花の赤い肌を白く染め、其の上、谷間を薄くするのはとてつもなく扇情的だ。まるで私色に染め上げるような感覚にゴクリと咽喉が鳴って、オスの本能が騒ぎ出す。
「ん…♪ちゅ…っでゅる…っ♪…ふゅふ…♪」
そんな私の目の前で六花はまた見せ付けるように指をしゃぶり始める。しかし、今度はさっきとは違い、時折、挑戦的な視線をこちらにくれるのだ。まるでまだ終わりではないと知らしめるようなそれに私の心は高鳴る。私自身、さっきの射精で何ら満足などしていなかったのだ。精液の量も何時もに比べれば少ないし、快楽はそもそも論外と言うくらいなのだから。其の上、アレだけ恥ずかしい姿をみせたのだから、汚名を返上する機会だって欲していたのである。そこにはもう諦めて六花に身を預けていた頃の私の姿は無く、寧ろ積極的に彼女を求める自分がいるのだ。
「ふふ…そんなにぎらついた目で見なくてもアタシは逃げやしないさ♪」
それを六花に見抜かれ、熱っぽい声でそう言われた。だが、私はいい加減、限界であったのだ。さっきの射精はまるで興奮を燻らせるだけのもので身体はまるで満足してはいない。それどころか今、こうしている間にも思考を鑢で削られるような欲望の波が私の心を打っている。男としてもここで引き下がる訳にはいかない。そんな感情の波が私の目をぎらつかせ、生唾を飲み込ませた。
「そこまでぎらついた目をされたら…アタシとしても吝かじゃないしねぇ…♪それじゃあ…もっともぉっと…気持ち良いのに行こうか♪」
そう言って六花は少しだけ腰を浮かせた。そのまま何をするのかと見ていれば、後ろへと突き出した腰をさらに後ろへと持っていく。それは丁度、私の男根の真上で止まり、ゆっくりと腰を下ろしていった。其の間にも秘裂からは愛液が流れ落ち、私の下腹部に淫らな熱を灯す。そして、其の光景はたっぷりと糸を引く粘液がまるで肉棒と秘所を引き合わせようとしているようにも見え、私の胸をまた興奮の色で染め上げた。
―わ、私もついに…筆卸しをする時が…っ!!
それはある種、とても感慨深いものであった。何せ私と童貞はこれまでの人生と同じ二十五年間を共に過ごしてきたのだから。それは公家出身者としても、一般的な男としてもかなり遅い方であろう。しかし、元々、性欲が強くなく、誰かに惹かれたことの無い私にとって特に興味の無いものであったのだ。
―だが…今、私の胸は期待と興奮で一杯になってしまっている。
この地方に赴任してから急激に増した性欲…だけではないのだろう。何度も言うが六花は間違いなく美人であるし、私自身も先の汚名を挽回したい。いや…多分、それだけじゃないのだろう。きっと私は――。
「んふ…♪」
興奮と期待で胸が一杯になった私の上で六花がそっと腰を止めた。地面に膝を立てほんの少しだけ浮かせた腰からは愛液が滴り落ちて、肉棒を暖めている。既に欲望の熱で一杯であった男根はそれを嬉しそうに震えながら受け取っていた。恐らくこれから先に交わりがある事が分かるのだろう。腹部に伸びるほどの興奮をその内に滾らせながら、先走りをまた一つ漏らしていた。
「じゃあ…アタシもそろそろ限界だから…ね♪」
そう前置きして六花の腰がそっと降りていく。それに私の目は引き付けられてしまった。私が貞操を失ってしまう記念すべき瞬間を脳に焼き付けようとしているかのように、六花の秘裂が少しだけ左右に開くのも、その間から愛液がまた零れ落ちるのを見続けている。そしてその秘裂が私の男根と擦れ合い、くちゅりと言う音と共に凄まじい快感が脳髄を駆け上がってきた。だが、その瞬間、私は同時に失望も覚えていたのだ。
―…え?
「うふふ…♪」
驚いて接合部――になるはずだった場所を見れば六花の腰の下で私の亀頭が押し潰されているのが見えた。つまり今の状態は秘所と肉棒が触れ合ってはいるが、挿入まではされていないのである。それは余りにも生殺しな状態としか言い様が無いだろう。ついに筆卸をしてしまう、と胸を高鳴らせた瞬間にこんな仕打ちを受けるのだから。確かに私が今、味わっているのは快楽である。だが、それ以上のものが来ると期待していただけにどうにも物足りないのは否定出来ない。
「な…んで…」
その感情はそのまま私の口から六花に告げられた。まるで期待していたかのような言葉に私は羞恥の感情を覚えるが、言ってしまった言葉はもう戻らない。実際、それを聞いた六花は勝ち誇ったような顔をしていたのだ。見るだけで悔しさを感じさせるその子憎たらしい表情を、欲情と興奮に赤く染める六花はそのまま勝ち誇るように口を開く。
「このままでも十分気持ち良いだろ?まぁ…アンタがこれで我慢出来なくって…『挿入れさせて下さい』って言うのであれば話は別だけどねぇ…♪」
「なっ!?」
それはあまりにも高い壁であろう。自分の興奮を彼女に伝えるだけでも乗り越えるのに四苦八苦しそうであるのに、其の上、へりくだれとまで言われているのだから。下らない矜恃で出来ている男にとっては中々、口に出し辛いものだ。しかし、六花はそれを要求して――いや、脅迫している。最早、興奮でどうにもならなくなってしまったオスに対して、言わなければ挿入れないと言っているのだから。それは脅迫と言う他ないだろう。
「まぁ…アタシとしてもこのままで十分、気持ち良いしねぇ…♪」
「うああっ!」
言いながら六花の腰は緩やかに前後に動き始める。既に潤滑油をたっぷりと塗された肉棒と秘裂はにゅるにゅると音を立てる様に擦れ合い、絡み合っていく。勃起した男根の敏感な裏筋と秘所の入り口部分を擦り合う感覚。それはさっき手で触れられていた時とはまるで違う。湧き上がる快楽そのものが身体中に絡みつく、緩やかで、しかし、だからこそ、淫らな感覚。愛液もまた彼女の興奮を伝え、私を敏感にする媚薬の役割を果たしてくれている。お陰で手で亀頭を擦られていた時に比べれば緩やかな快楽である筈のそれが何処までも登り詰めるような淫らなものに変わっているのだ。
―やば…こん…な…!!
正直に言えば、六花の吸い付くような肌で擦られているだけでも私はすぐに射精していただろう。それだけの興奮と快楽が私の中で渦巻いているのだから。だが、私が受けているのは秘裂を擦りつける様な淫らな奉仕だ。その情報だけでも興奮を高められるというのに彼女の秘所の上にある小さな突起と擦れ合う度、そしてその愛液塗れでドロドロになった大陰唇に擦られる度、私は射精へと確実に押し上げられていく。一擦り二擦りもされた頃には肉棒の先端からはさっきの射精の残滓が溢れて、透明な沼の中を白く染めた。
「あは…♪やばいねぇ…これ…♪思ったよりも気持ち良くって癖になっちゃいそうだよ…♪」
そんな私の上で六花はにちゃにちゃと粘液の糸を絡みつかせながら、ゆっくりと腰を振るっている。前へ後ろへ私の肉棒の幹へと沿う様に。亀頭の先までしっかりと擦り上げる動きは何時、挿入に変わってもおかしくはないものであろう。だが、それをぴっちりと閉じた大陰唇が阻んでいる。その膣穴を保護するような壁はあまりにも高く、どれだけ不満げに肉棒が動いたとしても挿入に至れそうにはない。
―こんな…生殺しで…!!
勿論、こうして擦られるのはとても気持ちの良い。だが、何度も言うようにこの快楽にはまだ先があるのだ。こうして触れ合っているのとは比べ物にならない快楽がすぐ手の届く場所にある。それを知る私はこの淫らで絡みつくような快楽を生殺しにされているようにしか思えない。吸い付くような滑らかな肌が愛液で敏感になった腰に触れ、下半身全体を撫でられるような感覚を覚えて尚、私の心には不満が募っていたのだ。
「アンタは…まぁ、聞くまでもないかぁ…♪とっても気持ち良さそうだものねぇ…♪」
勝ち誇った顔でそう言いながら、六花は私の腹部に手を下ろした。そのまま崩れ落ちそうになる自分の身体を支えるようにして両手の根を広げる。重すぎず軽すぎず。頼られているが、重荷と言う程ではない独特の調和。それに驚きを覚えたのも束の間、六花の腰が再び動き始めて、それを快楽に染め上げる。
「うふふ…♪さっきからビクビクが止まんないよ…♪まさか…もう射精しそうなのかい?」
揶揄する様な彼女の言う通り、秘所の下では息子が雪山の中に居るかのように震え続けていた。しかし、それも仕方のない事だろう。さっき味わった射精は不完全なものであり、私の興奮は何時、爆発するかも分からないような段階で止められてしまっているのだ。其の上、こんな擬似的な性交とも言うべき快楽を注がれて我慢出来るはずがない。さっきの反省を何処にやったと言うのか。肉棒は今にも射精してもおかしくない程の熱を蓄え始めていた。
「まぁ…アタシとしては幾らでも射精してもらって構わない訳だけどねぇ…♪でも…どうせ出すなら暖かい子宮の方が良いんじゃないのかい…♪」
それはあまりにも甘美な誘惑であった。私だって出来るものであればそうしたい。だが、やはりまだ踏ん切りがつかないのだ。今までずっと距離感を持って接してきた相手に頼めるほど、私はまだ勇気を持つ事が出来ていない。欲望はもう理性を上回るほど強くなってしまっているというのに、臆病な私の心はずっとそこで足踏みを続けているのだ。
「どろどろで…ぷりっぷりのアタシの子宮もアンタの精液を待ち望んでるんだよぉ…♪ホントはアンタに孕ませて欲しくってきゅんきゅん唸って止まらないんだ…っ♪欲望でぐちょぐちょに蕩けきったオマンコに…射精したくはないかい…♪」
「うああっ!」
そんな私の後押しをしようと六花の淫らな言葉が私に降りかかってくる。囁くように声調を落としたそれに私の心はゾクゾクとした寒気を覚えた。興奮と伴ったそれに私の思考は一瞬、白く染め上がる。そのまま言葉にして出そうとした私にまた臆病さが顔を出した。口を開いたが、出てくるのは快楽の呻き声だけであり、『挿入れて欲しい』のいの字も出てこない。
「あら…中々、強情だねぇ…♪ま…我慢出来るものならしてご覧よぉ♪アンタはもう…アタシから逃げられないんだからさ…♪」
実際、其の通りであった。私はもう六花の手から逃れる事なんて考えられない。あるのは懇願するかしないかの二択だけであり、逃げるか逃げないかでは決してないのだ。既に折られてしまった私の心は従順に彼女と、そして快楽を受け入れ、全身に快感の波に浸らせている。最早、そこから抜け出す事は考えられず、それどころか快楽を求める思考さえ生まれてきているのだから。
「ふふふ…♪アタシも実はさっきから何度もイッちゃててね…♪オマンコの奥がひくついちゃって止まらないんだよぉ…♪」
その言葉を証明するかのように、彼女の腰もビクリと跳ねた。それと同時に秘所の奥からまたドロリと熱い粘液が降りかかるのを感じる。既に肉棒一杯に広がった愛液をさらに上書きする様なそれは今までとは違い少しだけ白濁していた。一瞬、精液でも混ざったのかとも思ったが、私は彼女の膣奥で射精はしていない。恐らくこれが本気汁という奴なのだろう。
「またドロドロになっちゃったねぇ…♪このままじゃアンタのオチンポもふやけちゃいそうだよ…♪」
しかし、彼女の言葉とは裏腹にドロドロの粘液はふやけさせるどころか私の息子を堅く反り返らせていた。そして、少しでもその先端を秘所の奥へと触れさせようとビクビクと跳ねさせるのである。だが、反り返りすぎた息子の先端は角度が着き過ぎて、六花の秘裂にはどうしても届かない。その裏筋を秘裂の間で擦られて、快楽への階段を上るだけだ。
「ふあぁ…♪やば…アタシも本格的に…我慢出来なくなって来たかも…ぉ♪」
そんな私に呼応するかのように六花の顔がさらに赤く染まっていく。どろりと涎を零しながら顔を俯かせてる姿はイッているのだろうか。快楽を感じている様を見せ付けるような姿にそんな事を思ってしまう。だが、それも一瞬だ。その思考も彼女の腰が激しさを増したのを期に快楽の中に飲み込まれていく。
「う…あ…あぁぁ…っ!」
「ふ…あぁ…♪や…あぁっ♪」
お互いの嬌声が絡み合い、何処までも登り詰めていく感覚。それがガクガクと六花が腰を振るう度に私の胸に去来する。だが、それはあくまで幻想であった。無論、こうして絡み合うのはとても気持ち良い。射精へと至る感覚も勿論あるのだ。しかし、それでも私の胸にある失望や期待と言う感情は消えてはくれない。ここから先にあるであろうもっと気持ち良い場所を思い描く私にとって、この快楽はあくまでも其処への到達点に過ぎなかったのだ。
―射精したい…射精したい…射精したい…っっ!!
だが、そこに至ろうにも様々な物が邪魔をして私の道を阻んでいた。そして、その現実と理想の落差が私の身体にある変化を齎す。それはどれだけの快楽を得ても射精できないという男にとって拷問とも言える変化であった。既に射精してもおかしくないほどの快感が私の中に蓄積しているというのに、身体がそれを拒むようにしてあの弾ける様な快楽が始まらないのである。
―なんで…こんな…っ!!
まだ射精出来れば冷静になる余地もあっただろう。だが、今の私には快楽だけが積み重なっていくだけで射精には決して至れない。その拷問めいた感覚に暴れようとしても六花に押し倒され、快楽を注ぎ込まれている身体は動かなかった。精々、身体を丸くして快楽を堪えようとするだけで完全に受身に回っていたのである。そんな自分に絶望感と失望感が沸き上がってくるが、それでも私の身体は言う事を聞いてはくれなかった。
「あはは…♪そんなにビクビク震えちゃってさ…♪もうイきそうなんだねぇ…♪」
―そうだ…イきそうなんだ…!なのに…なんで…っ!!
私の腰でガクガクと腰を振るう六花の言葉をどれだけ肯定してもその瞬間は決して訪れない。まるで身体の射精する機能だけが壊れてしまったように快楽だけが募っていくのだ。じわじわとずるずると雪だるまを転がすように大きくなっていくそれは解放される機会を得ずに膨れ上がっていく。私自身でも制御出来なってきたその化け物に私の全ては飲み込まれようとしていた。
「じゃあ…もっと気持ち良くしたげるよぉ…♪」
其の言葉と共に六花の手は私の腹部を離れ、そっと彼女の下腹部へと下りていく。まるで汗が滴り落ちるようにゆっくりと、そしてじっくりと。焦らすようなその動きに私の咽喉はゴクリと鳴った。既に快楽で理性の箍を外した私にとって、新たな快楽をくれるという六花の言葉は神の言葉にも等しかったのである。これから何をしてくれるのか。どんな快楽をくれるのか。それがあればこの辛く苦しい快楽から解放されるかもしれない。その期待を篭めて動向を見つめる私の目の前で、六花はそっと二つの指で秘所を開いた。
「ふふ…っ♪今度は外じゃなくて中で扱いたげるねぇ…♪」
―な…中…で…!?
六花の指はさっき私に秘所を見せ付けていたときのようにぱっくりと性器を開いていた。そのまま腰を動かすのだから、溜まった物ではない。肌とは違う吸い付かれる――いや、喰われる感覚に私の背筋がビクリと跳ねた。真っ赤に腫れ上がった亀頭から血管浮かせた竿の部分まで。彼女の『下の口』に食まれ、貪られる感覚。それは腰が溶ける様な快楽を伴い、私の全身に波及していく。
「うあああああぁぁっ!」
思わず叫び声をあげるほど淫らな快楽。潤滑油をたっぷりと塗した肉棒を美味しそうに舐められ、食べられ、貪れるそれに私の芯がドロリと蕩けていった。骨が溶けていくようなその破滅的で淫らな感覚に被虐感すら覚える。それがまた私の快楽を高め、興奮を跳ね上げさせていくのだ。
―でも…射精ない…!!!
そう。そこまで追い立てられているはずなのに、私の亀頭からは一滴の精液も溢れはしなかった。最早、何時、狂ってもおかしくないほどの快楽を覚えているというのに、殆どケダモノ染みた思考をしているというのに、私の身体は男として最高の快楽を与えてはくれない。まるで六花の掌の上で踊らされているように、のた打ち回るだけなのだ。
「ほぉら…♪ぐちょ濡れの粘液と絡み合う気分はどうだい…?」
そんな私を見ながら六花は意地悪そうにそう呟いた。その声に混じる勝ち誇ったような響きはきっと今の私の状況を見抜いているのだろう。そう思っても悔しいと思うすら私にはなく、彼女の下で情けなく喘ぐ事しか出来ない。
「ふふ…♪ここまで来たらもう殆ど交わりと同じだよねぇ…♪挿入れてるか挿入れてないかの違いだけ…♪アンタももうそろそろ素直になったらどうだい…?」
さっきの意地悪そうな声とは違い、それはとても優しそうな響きを伴っていた。悪戯小僧に言い聞かせるような、優しく、暖かい響き。それに快楽でささくれ立った心が少しだけ癒されていくようにも感じる。母性すら感じてしまうその響きに私は反応しようと口を開いたが、出てくるのは快感の声だけであった。
「ふふ…アンタもホント…強情っぱりだねぇ…♪ま…そんなの百も承知だけれどさ…♪」
呻き声しか上げられない私を見下ろしながら、六花はそっと微笑んだ。欲情に塗れたそれは妖艶で美しい。特に汗の浮かんだ肌が揺れる松明の炎でテラテラと照らされ、数秒前とは違う顔を私に晒しているのだ。何よりも恐ろしくて、同時に美しい。そんな二つの顔を松明が揺れる度に付け替える姿に私は一瞬、息を呑んでしまった。
「じゃあ…アタシもそろそろ本気を出そうかね…♪」
其の言葉と同時に妖艶な笑みを浮かべた六花がそっと身体を倒してくる。今までは馬に騎乗するような形で跨っていた彼女が一気に私の方へと倒れてくるのだ。急接近する彼女の美しい顔に私の顔に熱が集まるのを感じる。元々、私と彼女の身長は殆ど同じ位なのだ。そんな彼女が倒れこんでくるとなれば、自然、唇も近くなっていく。
―ま、まさか…接吻まで…!?
人間の価値観で言えば、まずはそれが最初に行われるべきであっただろう。だが、それは彼女は今まで意図的に避けてきたのか、或いは思いつかなかったのか。今の今まで私と彼女の唇が触れ合う事は一度もなかった。だが、このままいけな間違いなく接触してしまうだろう。其の時、どんな感覚が私の胸を襲うのか。それを考えただけでも私の身体は熱くなり、心臓を高鳴らせてしまう。そして、期待と欲望に塗れた目で近づく彼女の顔を凝視してしまうのだ。
「うふ…♪」
しかし、六花はそんな私を見抜いていたかのように唇の手前で顔を止めた。そのまま額を私の額に押し付けるようにして角度をつけて顔を固定する。それでも二人の顔に距離は殆ど無く、私の視界一杯に彼女の顔が広がっていた。強い興奮の所為か潤んだ瞳も、汗を浮かべる鼻の頭も、真っ赤を通り越して朱へと変わった頬の色も、涎と共に熱い吐息を吐き出す口も。何もかもが触れ合うほどに近く、手を伸ばすまでも無く届く距離になった。
「あは…♪したかったら接吻したって良いんだよぉ…♪」
そう囁く六花の胸も勿論、私の胸板に押し付けられている状態だ。服越しの胸ではなく、直接、それも乳首の勃起した状態の胸を。私の上半身はまだ旅装に覆われているが、それでもはっきりと感じられる乳首の感覚が艶かしい。はっきりと私の胸を押し返すその独特の堅さと、何もかも飲み込むような柔らかさ。その二つが同居する感覚に心臓が痛いほど高鳴っていった。
「こんなに心臓をドクドクさせて…♪我慢したって辛いだけだろぉ…♪」
そんな私の鼓動が伝わったのだろう。六花が私の頬を両手で包み込むようにしながらそう言った。まるで自分から視線を逸らさないで欲しいと訴えかける様なそれに私は釘付けになってしまう。童貞の私でもわかるほどはっきりと欲情と興奮を浮かべる彼女の顔から私はもう逃れる事ができない。
「もうこんなにくちゅくちゅになってるのはアンタだって分かるだろ…♪アタシももう…アンタが欲しくて溜まんないんだよぉ…♪」
無論、其の間も六花の腰が止まる事はない。角度こそ変われど、くちゅくちゅとぐちゅぐちゅと音を立てながら私の息子を扱きたてるのは同じだ。そして、その度に敏感な陰核が擦れ合っているのだろう。ビクビクと身体を震わせて、時折、快楽に染まった吐息を吐き出す。それが絶頂の証であるかは私には分からないが、彼女もまた追い詰められているのも事実だ。
「ね…これ以上…女に恥をかかさないでおくれよ…♪」
そう言いながら六花の顔はそっと私の視線から外れた。だが、それは別離を意味するわけではない。寧ろ首筋に顔を埋めるようにした彼女は接近していると言っても良いだろう。耳元で囁かれる声に背筋にゾクゾクとした感覚を走らせながら、私は彼女の言葉を必死で咀嚼しようとしていた。
―恥をかかせる…だって…?
確かにここまであからさまに誘惑されて何も言わないのは六花にとって恥であるのかもしれない。だけど…それだけではないような気がするのだ。何かもっと大事なモノを見落としているような気がする。それが何なのかを口で説明する事は出来ないが…私は彼女の言葉にそれだけではない何かを感じたのだ。
―そもそも…恥と言えば私の方がよっぽど…だろう…しな。
暴発からここまで一度も良い所を見せられていないのだ。我慢する事も出来ず、かといって積極的に快楽に没しているわけでもない。ただ、状況に流されているだけで自分の意思らしいものを何一つ表示出来ていないのだから。そんな私の方こそ恥ずかしいというか情けない姿を彼女に晒しているだろう。それに比べれば六花はまだ幾分マシな…いや、違う。そうじゃない。
―く…そぉ…!
もう少しで何かが見えそうな気がするのに、注ぎ込まれる快楽が思考の邪魔をする。ただでさえ理知的な部分を残しているのは少ないというのにその領域すらもゴリゴリと削り取っていくのだ。その感覚に抵抗しようにも視覚も嗅覚も聴覚も触覚も、全てが敵に回ってしまったままである。珠のような汗を浮かべる真っ赤な肌も、六花の首筋から立ち上る甘いメスの香りも、首筋に吐きかけられる吐息と股間から聞こえる粘液の音も、そして六花と触れ合っている息子や胸板も。何もかもが私の思考を遮り、欲望に堕ちろと叫んでいた。
「じゅる…♪」
「っ!!」
さらに其の上、六花が私の首筋を舐め始める。ぺろぺろとじゅるじゅると音をかき鳴らしながら、興奮の所為で汗を浮かばせた肌に唾液を塗り込むように。途切れない快楽の所為で鳥肌さえ浮かばせる首筋を生暖かい六花の舌が這い回るのだ。まるで優しく暖められるようなそれはかなり心地良い感覚である。だが、勿論、それだけで終わるはずがない。鳥肌が立った首筋は敏感で彼女の唾液をべっとりと塗りつけられる度に快楽を訴えるのだ。それは息子から立ち上るものに比べれば微かなものであるが、それでも快楽は快楽である。私の興奮をさらに浮き上がらせ、追い詰めてくるのには変わりが無い。
「ひゅふ…っ♪れろぉぉっ♪」
しかも、六花が首筋を舐める度に身動ぎをするのだ。自然、彼女の胸はその度に形を変えて、滑らかな感触を味わう事になる。旅装越しとは言えはっきりと脳髄に――もっと言えばオスの本能に突き刺さる感覚に私の思考は真っ白に染まっていった。
―もう…ッ無理…だ…っ!!
股間と首筋と胸板。それら三つを抑えられて我慢出来るほど私は超人ではない。いや、そもそも紆余曲折あったとは言え、ここまで我慢出来たことの方が寧ろ奇跡と言われるべき事であっただろう。真っ白に染まる思考の中、自分を納得させるようにそんな言葉を浮かばせた。そして、それもまた快楽に染まって薄れていくのを感じながら、私はそっと口を開く。
「…れ…て…くれ…!」
「…ん…?」
長い間、快楽の呻き声しか上がらなかった私の口はもう限界であったらしい。その短い言葉そのものも私は上手く口にすることは出来なかった。だが、一度、崩壊した理性や思考はもう元には戻らない。私の頭の中には今すぐ射精したいという気持ちで一杯で、それしか考えられなかったのだ。それに比べれば羞恥や屈辱などは路傍の石も同然である。だからこそ、私は今度こそ六花に伝わるように快楽でひくつく咽喉を必死に制御しながら口を開いた。
「挿入れさせて…くれ…頼む…!!」
「…あはぁっ♪」
ついに紡がれた私の敗北宣言。それに六花は嬉しそうな――とても嬉しそうな声をあげながら、首筋に吸い付いた。じゅるじゅるとにちゅにちゅと唇で思いっきり吸い上げながら私の皮膚を舐め上げる。まるで自分の証をつけようとするその行為にゾクゾクとしたものを感じてしまった。だが、それでもやはり射精には至らない。もうこの身体の中では収まらないくらい快楽が溜まっているのに、絶頂だけは訪れないのである。それが辛くて、私は縋るように六花の身体を抱き締めた。
「よぉやく…ようやく言ってくれたねぇ…♪」
必死に彼女の肢体を抱き締める腕の中で、六花がそっと囁いた。それに私の心がざわつき、弾けんばかりに胸を高鳴らせた瞬間、六花の腕がそっと下腹部へと伸びる。そのままくちゅりと秘所から粘液が糸を引く音がした。それはきっと彼女が性器をさらに大きく開いた音なのだろう。そう認識した瞬間、私の背筋に壊れんばかりの衝撃が襲った。
「うあああああぁぁっ!」
それは今まで感じた事のない感覚だった。息子が熱く火照り、今にも弾けそうな感覚。その感覚の元になっているのはきっと六花の膣なのだろう。堅く反り返った肉棒を包みこむ柔らかくも熱い感覚がそれを教えてくれる。だが、その肉の壁は柔らかいからと言っても、優しさなどとは程遠いものであった。寧ろその柔らかさを余す所なく活用し、私のムスコに絡み付いてくる。亀頭の皺、一つ一つを丹念に舐め取られているように感じるのだ。まだ亀頭の先しか入っていないというのに、ムスコの根本から湧き上がる快楽は我慢し難い。直接、脳髄に突き刺さるような激しい悦楽に脂汗の浮いた背筋はガクガクと震えた。
「おほぉぉっ♪」
そんな私に密着しながら、六花が蕩けた声を漏らした。ぐちょぐちょのドロドロで、私の肉棒に余す所なく絡み付いてくる鬼の膣穴。それは彼女にも大きな快楽を返す諸刃の刃のようなものなのだろう。ドロリと生暖かい粘液が首筋に掛かる。それはきっと溢れる快楽に六花の口から漏れた唾液だ。今までのような口の端から漏らすようなものではなく、ダラダラと舌の先から零れ落ちる様なそれに私は強い興奮を覚える。
―じゅるるるるうぅぅっ♪
だが、その興奮も挿入の快楽、そして聞いた事も無いような淫らな音に上書きされてしまう。まるで粘液の沼の中に片足を突っ込んだような音は、聞いたことなど無い筈なのに淫らなものであると分かってしまうのだ。それは肉棒が六花の膣穴に入り込んでいるからだからと理解しているからだろうか。まるで耳すらも犯されている感覚に跳ねた背筋が悶える。余りにも強いそれに身体が逃げようとさえするが、密着した六花がそれを許さない。空いた私の頬を押さえつけ、胸を密着させながら、首筋で逃がさないというかのように嬌声を上げる続けるのだ。
―も…う無理だ…っ!!!
焦らされるような快楽から一転。我慢する事さえ忘れそうな挿入の快楽を味わわされ、私の頭の中がドロリと蕩けてしまった。今までずっと私の中にあったそれは私の男としての意地であったのかもしれない。きっとそれがさっきの醜態を心に根ざし、絶頂へと至らなくさせていたのだろう。だが、今の私には最早、それがない。絶頂を抑えていた最後の砦が崩壊した事で私の全身が射精へと一気に登りつめようとしていた。
「う…あ…あぁぁぁあああああぁぁっ!!」
全身に鳥肌が浮かぶ。本能的に腰が浮き上がり、六花の最奥を目指そうとしていた。彼女を抱き締める腕も震えて、縋るような印象を加速させているだろう。だが、それが分かっていても私は止められない。ようやく訪れた絶頂の波は何もかもを飲み込む津波のように私へと襲い掛かってきているからだ。既に我慢するという考えを明後日の方向へと投げ捨てた私はそれを受容し、一気に腰を押し進めて肉棒を弾けさせる。
「あぁぁぁぁっっ♪♪♪」
先端から白濁した精液をメスの胎内に送り込む感覚。それは今までの自慰とは比べ物にならない悦楽であった。半開きになったままの口から幾らでも声が漏れ出て止まらない。まるで赤ん坊に退化したかのように肉棒を脈動させる度に叫び声が漏れ出てしまうのだ。それを止めるようとする意識すら私の中にはなく、下腹部から溢れて途切れる事すらない快楽に身を委ね続けている。
―気持ち良い…気持ち良い…気持ち良い気持ち良い気持ち良い気持ち良い…っ!!!
オスとしての本懐を遂げた快楽はそれ以外の何者も消し去るような激しいモノだ。矜恃も道徳も何もかも。破壊的で衝撃的なそれを私は堪える事が出来ない。胸一杯に快楽を膨らませながら、腰を浮かせて射精を続ける。只管、奥へ奥へと吐き出されるそれはまだまだ止まる気配を見せず、鉄砲水のような勢いで彼女の膣穴に撒き散らされていた。
「来たぁぁっ♪せーえき来たぁぁぁぁっ♪♪」
その感覚に甘えと媚の交じり合った甘い声で六花が答えてくれる。きっと彼女も私の射精を感じて気持ち良くなってくれているのだろう。四方八方から柔らかい粘膜が肉棒に絡みつき、痙攣していた。時折、きゅっと膣が締まって密着するのは六花が絶頂しているからなのだと分かる。そして、窮屈ささえ感じるほど膣肉が痙攣するのは精液を搾り取られているようにも感じるのだ。その感覚に私はまた絶頂を繰り返し、六花の胎内に精液を撒き散らす。
「ひゅああぁぁ…っ♪♪」
そして、その度に彼女が膣肉を締め付け、私を絶頂させる。それらはまるで自らの身体を食み合うかのような快楽であり、倒錯感であった。ずっと終わらない、高まっていく蕩楽。何時までも絡み合い、続いていくようなそれに開放感を感じる私は再び口から快楽の叫び声を上げる。それは六花も同じようで甘い叫び声や淫語を喚き散らしていた。それら二つの声は洞窟の中に響き合い、絡み合い、時にぶつかり合っている。それは私たちの快楽を象徴しているようにも感じるのだ。
「くひゅぅぅ…♪ひゅぅぅ――ッッッ♪♪♪」
そして、その快楽の最中、私の肉棒は六花の最奥へと到達した。ぽってりとした肉の天井は私の亀頭に絡み付いて離さない。彼女の肌よりもよっぽどしつこいその吸い付きはまるで唇に吸い付かれているようにさえ感じる。そして、その想像が私の興奮を掻き立て、六花の子宮の奥へと白濁液を注ぎ込むのだ。それをじゅるじゅると音を立てて飲む込む六花はまた震えて、奥から熱い粘液を吐き出す。
「ふゅ…ぅぅ…♪おきゅぅ…♪奥でしゃせー…ぇ♪♪来たあぁ……っ♪♪」
首筋を交し合うような態勢なので、私には彼女の姿が見えない。だが、きっと今の六花は蕩けきった顔をしているのだろう。今まで見たことの無いような目を潤ませて今にも泣き出しそうな、それでいて強い興奮を灯した表情をしているはずだ。首筋で唾液と共にドロドロと零れ落ちるような甘い声にそんな想像をしてしまう。交わりに関しても主導権を握っている六花がそんな表情をしているというのは私にとっては余程、興奮するものであったらしい。脳裏にそんな表情を浮かべた瞬間、さらに奥を目指そうと腰が上に引きあがった。
「んあぁっ♪こちゅってっ♪こちゅって来るぅっ♪奥一杯だよぉぉっ♪」
それに再び擦れ合った子宮口が激しく収縮し始める。先端を咥え込んだまま収縮する膣奥に私は引き込まれていくのだ。まるで亀頭を飲み込もうとしているかのような貪欲な動きである。だが、それでも私の腰は逃げずに前へと出続けて、六花の子宮へと精液を捧げ続けていた。
「う…あぁ…うぅ……」
だが、それも何時まで続くわけではない。永遠に吸われ続けるような錯覚を覚えていたとしても打ち止めという奴は必ず存在するのだ。私はこの地方に足を踏み入れてから性欲も増したが、それでも一日に何度も自慰をするほどではない。精力も底無しと言うわけではなく、私の先端からはもう一滴の精液も出てこなかった。
―だけど…それでも六花は納得はしていないらしい。
写生が終わるのと同時に糸が切れたように茣蓙の上に身体を預ける私に襲い掛かるように彼女の膣肉が蠢き始めているのだ。きゅっと収縮し、上下に動く彼女の襞はまるで数え切れない舌のようである。奥から一滴残らず吸い上げられる感覚に脱力した私の背筋が震えた。だが、それでも無い袖を振る事は出来ない。どれだけ強請られても精液はもう残ってはおらず、責め立てられる様な快楽に絶頂しても白濁液はもう出ては来なかった。
「ふぁぁ…♪美味しい……ぃ♪」
そんな私のぼやける視界の中に六花の顔が映りこんでいた。どうやら何時の間にか彼女は首筋から脱出していたらしい。未だ絶頂の余韻が後を引く身体ではよく見えないが、その顔には満足そうな色が浮かんでいた。蕩けた顔の中に何処かすっきりした表情を浮かべているのは、彼女もまた我慢をしていた証左なのかもしれない。
「まさか…世の中に酒よりも美味い物があるなんてねぇ…♪これはもう…手放せそうに無いよぉ…♪」
甘えるようなその言葉と同時に六花の指がそっと私の胸を撫でた。珠の汗を幾つも浮かばせ、密着した彼女の肌を広げるそこに微かな快楽が走る。収まりのつかない興奮に大きく上下する胸に走った快感は私の中にじっとりと張り付いて離れない。まるでまだまだここからが本番だというような艶っぽいそれに私の咽喉は自然と生唾を飲み込んでしまう。
「んふ…♪それに…アンタもアタシを気に入ってくれたみたいだし…ね♪」
その声と同時に六花は私の首筋に再び口付けを落とした。ちゅっという軽い音と共に私の鼓膜を打つ言葉は恥ずかしながら事実であろう。何せ私は打ち止めと言っても、まだまだ肉棒を滾らせたままであるのだから。その身に抑えきれないような興奮を灯すムスコはまだまだ満足していないようである。その証拠に精嚢の方でも凄まじい勢いで熱が集まり、ぎゅるぎゅると音を鳴らして蠢いているのを感じるのだ。それはきっと次の射精への準備なのだろう。
「まだまだこんなにオマンコ一杯にするくらい元気で…さぁ…♪女冥利に尽きるってもんだよぉ…♪」
「う…」
欲情を前面に押し出しながら歓喜を浮かべるその表情は交わりが始まってから数回は見たことのあるものであった。しかし、今はそれが妙に気恥ずかしい。彼女が口にする言葉が性的だからだろうか。少なくとも、待ち望んだ射精を経て、冷静になった思考が羞恥心を思い出したからだけではないだろう。
「ふふ…♪安心しなよ…♪またすぐに…イかせまくってあげるからねぇ…♪」
そんな私の心を見抜いたのだろうか。小さく笑った六花はそのままの表情で腰をゆっくりと動かし始める。無論、その間も胸や腹部を私へと押し付けたままだ。腰だけを器用に動かすそれに私の口からまた小さな呻き声が漏れ出る。
―抜く時はまた…別格だな…。
挿入した瞬間は余りの窮屈さに膣穴を潤滑油で無理矢理、ごり押ししているような感覚さえあったのだ。だが、今はそれがない。良くも悪くも柔軟に私の肉棒に吸い付いてきているのだ。そして、その感覚が大きな快楽を呼び起こす。肉の襞が離れたくないとばかりに強く吸い付いてきているのだから。彼女の膣穴の中に数え切れない程あるそれらを一つ一つ剥がしていくのは何処か倒錯感を伴っていた。
―そして、それがまた快楽を増幅させる…。
じゅるじゅると音を立てて、肉襞とムスコが別離する度に私の胸中に興奮も溢れるのだ。それが倒錯感と結びつき、大きな快楽の波となる。腰が進むのではなく、腰が引けてしまいそうなそれは射精の時と遜色ないものであった。ただ、方向性が違うだけで腰が蕩けてしまいそうなほど気持ち良いのは同じなのである。
―しかも、それは慣れる術もなくて…っ!!
膣肉からゆっくりと引き出されるそれは永遠に続くわけではない。その証拠に六花の腰は中ほどくらいで、再び私の方へと降りてくるのである。そして、その瞬間、私の胸中を襲うのはさっきとはまるで逆の快感だ。肉襞の群れの中をムスコが押し進み、愛液塗れの膣穴を陵辱する。しかし、六花はその陵辱者である肉棒を愛しげに受け止め、肉襞一つ一つを肉棒へと絡みつかせてくるのだ。もう二度と離れたくないと主張するようなそれはさっきよりも遥かに強く激しい。
―そ…して…最奥…っ。
ぐじゅりという音と共に到達した子宮口は肉襞とは比べ物にならないほど貪欲だ。まるで拗ねているかのようにぎゅっと抱き締めて亀頭を離さないくらいなのだから。同時に肉襞と同じように亀頭に吸い付き、鈴口辺りを締め上げてもいる。きっと平時であればその刺激だけでも絶頂出来ていたであろう。しかし、精液の無い私にはどうあっても絶頂はやって来ない。溢れんばかりの快楽を滾らせて、次の射精を待ち望んでいた。
「んふ…♪やばい…ね♪一突きで…何回イッちゃったか分かんない…♪」
そんな私を責め立てるように六花の声が甘えた声を漏らす。その内容は普通であれば考えられないものであっただろう。しかし、彼女の膣穴は確かに痙攣し、きゅっきゅと締め上げていた。それらは演技でさえなければ、六花が絶頂している証左だろう。そう思うと少しだけ私の中に自尊心が回復するのを感じる。しかし、それも一瞬の話だ。彼女の腰が動き出せば、六花の下で喘ぐしかない一人のオスがいるだけなのだから。
「さっきから凄いんだからね…ぇ♪アンタの剛直と擦れ合う度にイきっぱなしなんだから…♪もうビクビクって…頭おかしくなって来ちゃってる…♪」
六花はそう囁きながら、ゆっくりと腰を上下させ始めた。まるで一歩一歩確かめる様なそれは彼女もまたこうした交わりに慣れていないのかもしれないとさえ思う。だが、それはきっと気のせいだ。経験の少ない女がこうして男を押し倒したりなどするだろうか。きっと久しぶりか、焦らしているかのどちらかだろう。
―…と言う事…は…コイツは…誰かと…。
それは面白くない…とても面白くない想像であった。交わりの快楽に負けないほど面白くないそれに私の心は怒りとも悲しみとも言えないそれが溢れそうになる。それらは快楽とぶつかる事で何とか抑えられているが、普段であればすぐさま顔に出てしまっていただろう。それだけの感情の波が今の私を襲い、意識を揺らしていた。
―くそ…!何…なんだこの感情は…!?
別に六花が誰と経験していようと私には何の関係もない事だ。しかし、そう思っても黒い感情は収まらない。理屈では私がこんな感情を抱く資格はないと理解している筈なのに、心は言う事を聞いてくれないのだ。まるで心と思考が乖離していく感覚に私は戸惑いと怒りを覚えながら、彼女の背中に回った手に力を篭める。しかし、それでも飽き足らない私の腰は受動的ではなく、能動的に動き出し、六花の膣肉を抉り始めるのだ。
「きゃうぅぅっ♪♪」
いきなりされるがままであった私が動いた事に驚いたのだろう。今までと比べても甲高い嬌声はそれを教えてくれる。だが、それで止まれるほどもう私は冷静ではなかった。寧ろこの行き場の無い黒い感情を吐き出すかのように下から腰を跳ね上げさせる。それに彼女は甘い声を上げながら答えて、押し付けられたままの胸を揺らした。
「ちょ…い、いきなりどうし…ふわぁぁっ♪♪」
どうしてと聞かれても私自身分からないのだから答えようが無い。今の私にあるのはこの行き場の無い訳の分からない感情と六花のいやらしい肢体から与えられる快楽だけなのだから。その両方を満たす事がこうした行為であるというだけで私もその理由までは理解してはいない。
「くぅぅ…っ!!」
今度はさっきまでとは逆に六花を逃がさないようにがっちりと腕を閉じながら私は下から腰を跳ねさせる。しかし、それはさっきまでと違い、快楽を現す仕草ではない。このドス黒い感情と欲望を叩きつけるような乱暴な抽送である。だが、それでも彼女は感じてくれているのだ。それどころか自分勝手な私の抽送に合わせて腰を振るい、お互いが気持ち良くなるようにさえしてくれている。その余裕がまた私のドス黒い感情を擽り、腰を動かす原動力になった。
―そんなの…何処で覚えたんだ…っ!!
私が腰を差し込めば、六花はその分、降りてくる。そして、私が腰を引けば、彼女もその分、腰を上げる。お互いに近づき、離れるのを繰り返すそれはよっぽどお互いを理解していなければ難しいだろう。だが、私は六花の事を何も考えず、ただ腰を振っているだけ。ならば、彼女が私のこんな自分勝手なものにも合わせてくれるだけの技量を持っているとしか考えられないだろう。それが私にはどうしても認めがたく、ドス黒い感情の燃料となっていった。さっきと比べて単純に二倍の勢いでの抽送は胸を暖かくする暗い気持ち良いのに、それと同じくらい心が冷たくなっていく。
「んあぁっ♪そこぉぉ…っ♪そこ効くぅぅ…っ♪」
その最中、六花が今まで以上の反応を示した。そこは陰核の裏側辺りの位置である。亀頭で擦るとザラザラしているのが分かるその部分はどうやら六花の弱点のようだ。そうと分かれば話は早い。私はその乱暴な抽送のまま上側を重点的に責め立てていく。それにまた六花の顔が蕩けて、私の身体にドロリと唾液が落ちてきた。だが、今の私にとってはそれさえも喜ばしく、むせ返るような濃い匂いと共に胸を擽られるようにも感じる。
「ひゃぅぅぅっ♪イくゅ♪またイくの来るよ…っ♪やば…あぁぁぁっ♪♪」
そんな私の抽送を受けて、六花の腰が大きく震える。そのまま激しい勢いで私の下腹部に何かが当たった。愛液とは違う冷たい感覚はまるで普通の水のように感じる。一瞬、それが尿であるという考えも過ぎったが、あの独特の匂いを感じない。それどころか彼女の身体から立ち上るメスの匂いがさらに濃くなったように感じるのだ。それに充実感を得ながら、私はさらに熱くなっていく粘膜を思いっきり擦り上げる。
「きゅぅぅんっ♪やだ…ぁっ♪そんなされちゃ…アタシもう我慢…がぁぁ…っ♪♪」
―そんなもの…知ったことか…!!
寧ろここで変に我慢などされたら溜まったものではない。その全部を私に吐き出し、晒して欲しいのだから。それはきっと子供っぽい感情であったのだろう。そもそも私だって彼女に少なからず隠し事をしているし、していたのだ。だが、それでも私はその感情を抑える事が出来ない。子供のようなものであると理解して尚、必死に腰を動かして、粘液塗れの肉襞を擦り上げていくのだ。その度に亀頭やその裏側、そしてカリ首に吸い付かれて腰が砕けそうになるが、私は負けたくない一心で腰を動かし続ける。
―負けたくない…誰に……?
ふと浮かんだ自分の思考に疑念を感じる。その相手はきっと六花ではないだろう。彼女相手に勝ち負けなどは最早どうでも良いものだ。そもそも私は既に敗北している身である。今、こうして彼女と交わっていることがその証だ。だが、それならば誰なのか。膨れ上がる快楽に染まった思考ではその答えを出す事は出来ない。ただ、その疑念を浮かばせたまま、ケダモノのように腰を振るい続けていた。
「ふ…あぁ…♪もう…駄目ぇ…ぇっ♪♪」
そうして私が考え事をしている間にどうやら六花は限界を迎えたらしい。ビクビクと抱き締めた背筋を震わせて大きく逸らせる。今までとは比べ物にならないその反応はきっと彼女が大きな絶頂を迎えたからだろう。今までにないくらい密着し、肉棒を擦りあげる肉襞の反応もそれを感じさせる。その余りの快楽に精嚢に溜まり始めた子種汁が反応するが、まだまだ射精には至らない。どうせ射精するのであればあの何もかも飲み込む快楽を感じたいと言うかのようにぎゅるぎゅると蠢いているだけだ。
「ふああああぁぁぁっん♪♪」
そんな私の上で六花が大きく叫んだ瞬間、私の腕が解けてしまった。その美しい背筋を抑える拘束がなくなった今、彼女は何処までも浮かび上がるように背筋を逸らしていく。そのまま私の下腹部に直立するような姿勢をとった後、六花の腰が今までとは比べ物にならない速度で動き出した。
「う…あぁぁぁっ!!」
今までは私に合わせていたのか、穏やかでゆったりとしたものであった。一回一回の抽送を楽しむようなそれは快楽を別にすれば焦らしているようにさえも見えただろう。だが、今の六花にはその遠慮がまるでない。まるで私を壊そうとしているかのように激しく大きく腰を震わせている。亀頭が見えるまで大きく引き上げられた腰がそのまま躊躇なく降りてくるのだ。その動きに人である私では対応する事が出来ず、あっさりと腰を砕けさせてしまった。
「アンタが悪いんだからね…♪アンタが…っ♪折角…辛いだろうから…我慢してあげてたのにぃ…っ♪♪」
甘い言葉で私を責めながら、ぐちゅると六花の腰が回り始める。螺旋を描くようなそれはムスコが触れる部分を大きく変えることに他ならない。右から左へ。左から右へ。上から下へ。あっちへ行けばこっちへ飛ぶという具合に予測不可能な腰の動きは私に大きな快楽を齎す。彼女の腰が回る度に肉襞から離れ、そして肉襞へと押し付けられるのである。一気に視界を真っ白に染めたとしても責められないだろう。
「く…おぉ…ぉっ!!」
「あはぁっ♪オチンポ良いっ♪素敵だよぉ…っ♪逞しくって…イきっぱなしぃ…♪あは…あははははっ♪」
嬉しそうに――とても嬉しそうに笑いながら六花の腰は止まらない。まるで小さな竜巻のように激しく動き続けるそれに私は抵抗の意志さえ持てなかった。残るのはただ打ち棄てられるように快楽に飲み込まれる負け犬だけ。余りの快楽に言う事を聞かなくなった腰は動いてはくれず、彼女に貪られるのを待つだけであった。
「一突きで気持ち良い所、全部突かれてるぅ…っ♪きっと相性が良いんだろうねぇ♪アンタもそう思うだろぉ…っ♪」
まだ理知的なものを残す言葉とは裏腹に六花の腰はケダモノ染みたものを増していく。いや、腰だけではない。その膣肉もどんどんと貪欲になり、吸い付いて離れなくなっていくのだ。あっちこっちへと押し付けられている筈なのにさっき触れた肉襞が離れてはくれない。まるで一つ一つが小さな口のように一生懸命、誘惑し、食もうとしているのだ。その悦楽は余りにも大きく、私の腰が自然と逃げようとしてしまう。だが、押し倒された状態ではそれも敵わず、さっきのように一方的に貪られるだけだ。
―く…そぉ…!!
抵抗する気力は無くとも悔しさはある。私だって男であるのだ。こうして一方的に貪られるのは自尊心に傷が着く。何より…そう。何より何も出来ないというのが私に嫌な感情を想起させるのだ。一方的に寝そべっているだけで、誰か他の男が六花に仕込んだかもしれない技で喘がされるなんて我慢出来ないのである。
―…あ…ぁ、そ……うか。
結局、私は嫉妬していただけなのだ。彼女が他の誰かに身体を許していたかもしれないという事を認めたくなかっただけなのである。それにようやく思い至った私は内心、苦笑を漏らした。どうやら私は何時の間にか六花に惚れ込んでいてしまったらしい。それも自分でも気づかないくらい深くまで。そんな自分の変化にさえ気付かなかったのだから、彼女に鈍感と言われるのも無理はないだろう。
「んふ…♪ほぉら…こうして見るともうちょっと興奮するだろぉ♪」
ようやく重大な事実に思い至った私の上で六花は腕をそっと背中で組んだ。後頭部の辺りで両腕の肘を掴み合うそれは自然と胸を逸らす様な姿勢を作る。そして、その間にも六花の腰は動き続けて、大きく身体を跳ねさせているのだ。無論、その胸にある豊満な双丘も跳ねて止まらない。その動きを見せ付けるような姿勢は薄白く染まった視界であっても印象的で、私の興奮をさらに高めていく。
「ふふ…♪やっぱり男っておっぱいが大好きなんだねぇ…♪今、ピクピクって震えてるよぉ…っ♪」
ケダモノ染みた抽送を繰り返していても、やはり彼女は妖怪であるのだろう。その膣肉を締め付けながら、私の反応を察した。そんな彼女の唇の端からまたドロリと唾液が零れるのが艶かしい。それがまたぶるんぶるんと大きく跳ねる乳房で弾けるのだから、まるで六花が輝いているようにも感じるのだ。
「これからも一杯、楽しませてやるからねぇ…♪こうして胸でもお尻でもアソコでも…アンタを虜にして逃がさないから…♪」
「うぉぉ…っ!!」
さらにそんな男心を擽る事を言われるのだから溜まった物ではない。ただでさえ、彼女が好きだと理解した私は今の六花が可愛く、そして美しく見えて溜まらないのだ。その上、そんな事を言われたら誤解もしたくなってしまう。アレだけ私に構ってきたのも、好意の表れであったと信じたくなってしまうのだ。
「あは…♪またピクって反応したねぇ…♪もしかして…結構、脈アリだと思って良いのかな…♪」
嬉しそうに顔を歪めながら、六花は腰を今度は逆に回した。ぐりゅりと激しい水音をかき鳴らすその動きに私はまた呻き声を上げてしまう。まったく逆に大きく捻った動きは今までの動きに慣れ始めていた私を追い詰めていくようだ。類似した、けれど、まったく違う感じ方に私の身体は混乱し、快楽に対して無防備に身体を晒している。
「ふふ…♪まぁ…どっちでも良いよねぇ…♪アンタにはアタシ抜きじゃ生きられないくらい…堕ちてもらうつもりだし…さぁ♪」
「くあぁ…っ!」
ビクンッと身体を震わせた私の上で六花がそう言った。その間にも腰は右へ左へ、上へ下へと動いて止まらない。その度に肉襞に押し付けられた肉棒からはじけんばかりの快楽が駆け上ってくるのだ。まるで射精を強請る様なそれにまた視界がチカチカと瞬く。それを堪えるように自然と身体が握り拳を作るが、それも余り芳しいとは言えないだろう。どれだけ我慢しようとしても本能へと直接、突き刺さる快楽は私を追い詰め、短い言葉一つ返す事も許さないのだ。
―彼女に…言わなきゃいけない…事があるっていう…のに…っ!!
私の予想…いや、誤解が正しいのかはまだ分からない。いや、正しくは無いのだと思う。しかし、それでも、こうして六花が私の上で腰を振っているのを見て何にも感じないほど鈍感と言うわけではないのだ。盛大な自爆かもしれない。しかし、今の私の気持ちが伝えたい。その一念で快楽に抗おうにも、押し倒された身体には力が入ってくれなかった。
「ほぉら…♪またイイトコ見せてあげるからねぇ…♪」
そう言って六花はそっと膝立ちになった体勢をそっと崩した。そのまま足の裏を地面に押し付けるようにして大きく股を広げるのだ。私の向かって開けっ広げに晒された姿はいっそ無様とも言えるものであったかもしれない。だが、愛液で光る小さな茂みや、肉棒を咥え込む粘膜の入り口までを晒す姿に私の胸は大きく脈打つ。愛液でテラテラと光る内股や臀部の形までしっかりと分かる姿に湧き上がってきた熱い生唾を飲み込まざるを得なかった。
―だけど…それだけじゃ…なく…て…。
彼女の膣穴からは白い物が流れ出ていた。それはきっと先ほど暴発した私の精液なのだろう。挿入の瞬間に一気に先端から噴出したそれは全て子宮にしまわれたのではなく、一部がこうして流れ出ているのだ。そして、そんな白の中に少しだけ混じる赤い色。それはこの交わりが彼女にとって並々ならないものであると私に教えてくれていた。
―…あぁ…くそ…どういう…ことなんだよ…っ!!
そんな素振り今までまるで見せなかったはずだ。少なくとも、私は今までにからかわれ続けていたとしか思っていなかったのだから。だけど…だけど、この赤は、もしかして…破瓜の血ではないだろうか?
―なんで…そんな相手に…私を…!?
妖怪と言えども初めての相手と言うのはとても重要な筈だ。だが、そんな相手に選ばれるほど、私は彼女に何かをやったつもりは無い。寧ろ、六花に惹かれていたのは私の方なのだから。思い返せば、私は彼女の事を結構、ぞんざいに扱ってきたのである。そんな私をどうして処女を捧げる相手に選んだのか。さっきから急展開に急展開を重ねる状況と今も尚、動き続ける六花の腰に湧き上がる快楽、それら二つが私の中でぶつかり合い、強い混乱を生み出した。
「ふふ…っ♪おいっちにぃ♪おいっちにぃっ♪」
そんな私の上で六花が太股を開いた状態で腰を上下に動かし続けていた。足だけでなく太股までに力を篭めて、激しく動くそれは普通の人間の女性であればすぐに力尽きるものであっただろう。しかし、人間の男とさえ比べ物にならない体力と怪力を誇る六花にとってはなんてことはない運動のようだ。その顔に疲労の色一つ浮かばせず、上機嫌に韻を取りながら腰を上下させていた。
「う…あ…あぁぁ…っ!」
その動きはさっきとは違う角度で息子に絡み付いてくるものであった。重心を維持するために少しだけ前屈になる六花の身体は引き抜いた時に亀頭を独特の角度できゅっと締め上げるのである。そして、その角度のままじゅるじゅると音を立てて、彼女の肉の鞘の中に埋め込まれていく肉棒。その瞬間、六花の肉襞の群れが待っていましたとばかりに絡みつき、締め上げていく。もう十分すぎるほど湿った彼女の膣穴は私のオスの証を貪欲に締め付け、舐め上げ、飲み込み、撫で上げ、吸い付いてくるのだ。一瞬でそれらの感覚を快楽として叩き込まれるのだから溜まったものではない。
―こんな…の…無理だ…っ!!
こうして交わっているうちに段々とコツを掴み始めてきているのだろう。六花の膣肉はその柔軟性を十二分に生かして、私の肉棒に絡みついてくる。それらは無数の舌で、無数の指で、無数の肌で、無数の口に責め立てられるような錯覚を伴っているのだ。それに私は我慢する事が出来ない。既に快楽で蕩けきった身体に燃え上がるような熱が走ったかと思うと、彼女の膣穴の中で男根が大きく震えた。それはきっと射精の前兆なのだろう。きゅっと這い上がった陰嚢と共に一回り大きくなった肉棒もそれを肯定した。
「くぅぅ…ああああああああぁっ!!」
「ひゅふんっ♪♪」
そして射精の前兆を見せる男根に六花の膣肉はここぞとばかりに責め立てて来るのだ。より触れる面積の大きくなった肉を余す所なく味わおうと肉襞が群れて襲い掛かってくる。その感覚はそのまま快楽へと直結し、私の視界を瞬かせた。脳髄の奥でバチバチと音を立てて何かが弾けたと感じた瞬間、私の腰は震え出す。ぶるぶるとがくがくと脅えるようなそれが最高潮に達した瞬間、背筋に電撃が走り、身体中に鳥肌が浮かび上がった。
「ふぁあああああああああぁぁぁっ♪♪♪」
そして、その瞬間に始める射精。中ほどから始まったそれを間近で味わおうと彼女の腰が一気に下へと降りてくる。瞬間、私の肉棒にぐちゅりと言う音と共に子宮口が圧し掛かってきた。だが、射精を始めた私にとってはそれすらも快楽でしかない。窮屈な膣穴の中で悶えるように震えながら、息子は白濁した液体を何度も何度も吐き出し続ける。
―…う…ぐぅ…っ!!!
六花の膣内で射精するのは既に二度目である。だが、それをまるで感じさせないほどの快楽が私を襲っていた。慣れる事もすら無い様な爆発的な快楽が下腹部から巻き起こっているのである。それは咽喉すら痙攣させて、呻き声一つ上げさせないほどであった。身体に力が入っていれば壊れるくらいに跳ねていただろう。そう思うほどの破壊的な快楽が私の中を渦巻いて、飲み込んでいっているのだ。
「あはぁぁ…っ♪来るよぉ…っ♪まだまだ子種ぢる一杯来りゅよぉぉっ♪♪」
まるで身体中を破壊しつくすような蕩悦の波。だが、それは痛みを伴うものでは決してなかった。暴力的で壊れかねないが、それでも快楽なのである。筋組織一つ一つを悦楽を感じる神経へと塗り替えるようなそれは私の思考を真っ白に染めていき、快楽以外を排除しようとさえしていた。
「もっと…♪もっと来てねぇっ♪せーえき一杯しゃせーしてねぇっ♪」
そんな私の上で六花が円を描くようにして腰を動かし始める。密着したままの繰り返されるその動きに射精中の肉棒は大きな反応を返した。ビクリと全体を震わせるように揺らして、亀頭の先からまた精液を噴出すのである。それらはどれだけ動いても亀頭の先とぴったり合わさった子宮口の中に飛び込み、吸収されていく。一滴残らず、彼女の胎内に吸い上げられていく感覚に何処か被虐的なものさえ感じるのだ。
「染めてねぇ…っ♪ぐちゅぐちゅってすりゅからねぇ♪もっともっと射精してアンタの精液で…一杯ぃっ♪♪」
その声と同時に六花の肉襞が激しく脈動を始める。吸い付いてくるような柔軟な膣肉をぎゅっと締め上げて、入り口から奥へとゆっくりと扱き上げてくるのだ。無論、その間も肉襞が擦れ合い、私の興奮をどんどんと高めて行く。そして、ゆっくりと根本から搾り取るような刺激の後に優しく抱き締めるように膣肉が吸い付いてくるのだ。その柔らかくも淫らな感覚は一度や二度だけでは終わらない。快楽をより高めようと射精の間中、ずっと続いていくのだ。
―う…あぁぁぁ…あぁぁあああああぁっ!!
それは今まで必死に溜め込んだ精液を全て飲み込まれていくような感覚さえ伴っていた。いや、実際、そうだったのだろう。私の息子からは溢れんばかりの精液が吐き出され続け、全てが六花の子宮の中に飲み込まれていっているのだ。まるで溜め池が決壊したかのような勢いで、精液全てが六花に捧げられていく。いや、精液だけではない。身体も、心も、魂さえも、何もかもが彼女に奪われ、捧げてしまっている様にさえ感じるのだ。
「く……うぅ……」
そんな射精が収まった頃には私の旅装は水を被ったかのような濡れきってしまっていた。暴力的な快楽を二度も味わい、脂汗を山ほど浮かべた所為だろう。濡れた衣服が張り付いて気持ち悪いが、今はそれを脱ぐ気力すらない。射精が終わったと言うのに未だ不満そうに貪っている膣肉の感覚を余韻にしながら横たわるだけだ。
「ふゅー……♪ふ…ぅぅ…っ♪」
自分でも情けないとも思うが、どうやら六花も似たような状態のようだ。両手を後ろに回し、大股を開いたままの姿勢で大きく胸を上下させている。絡みつく膣肉も少なからず痙攣をしており、六花が絶頂へと押し上げられているのを感じた。だが、同じ絶頂であっても私達には大きな違いがある。私は快楽に飲み込まれ指一本動かす気力が残っていないが、彼女はそうではないという事だ。
「…んふ…♪」
愛液塗れの膣肉をぎゅっと締め付けながら、六花はそっと笑った。まるで獲物が完全に自分の手中に入った頃を喜ぶ肉食獣のようなそれに私の背筋に寒気が走る。だが、私はそれに何の抵抗もする事は出来ない。彼女が満足していないとばかりに腰をさらに上下させ始めても、私に止める術は何も無いのだ。
「さぁ…このまま三回戦目に行こうねぇ…♪こんなに硬いならまだまだ射精出来るだろぉ…♪」
六花の言葉通り私の男根はまだまだ萎える気配を見せなかった。それどころかあの暴力的な快楽に味を占めたかのように其の身を硬くしたままである。今までは自分で弄っていてもここまで興奮が続いた事はない。こうしてまだ勃起を続けているのは何が原因なのか。それすらも分からないが、六花も私の身体もまだまだ満足していないのは確かだろう。
―く…そ…!折角…少し頭が冷えたって言うのに…!!
二度目の射精のお陰で随分と頭が透き通ってくれた。お陰でもう少しで六花に大事な事を伝えられそうだったのである。だが、こうして彼女が動き始めた以上、それは中々、望めない。射精の余韻を灯して真っ赤に腫れ上がった男根は快楽に敏感で動き始めたばかりにも拘らず、脳髄に突き刺さるような鮮烈な悦楽を訴えるのだ。それを堪えて彼女に気持ちを伝える事は難しいだろう。
―だけど…きっと…今しか…!
このまま時機を逸すればずっと六花に言えないままかもしれない。元々、私はあまり素直ではない性格をしているのだ。きっとこれから先も何かにつけ理由を作り、言わないままかもしれない。それは…流石に許容できるものではなかった。無論、このまま何も言わなくてもきっと六花は私を手放すことは無いだろう。だが、私も男である。やはり告白するのであれば男の側から、と思う気持ちが無い訳ではないのだ。
―だから…もう少しだけ…っ!!
「六……花…っ!」
快楽にまた飲み込まれそうになる理性を総動員して私は必死に咽喉を動かした。余りにも濃厚な交わりの時間を繰り返していたからだろうか。久しぶりに動かす咽喉は掠れて、とても聞きやすいものではない。だが、それが名前を呼んでいるという事が彼女には届いたのだろう。六花はビクリと肩を震わせて、大きな反応を返した。まるで脅えるようなそれに違和感を覚えながらも、私は言葉を紡ごうとする。
「私は…お前…が…っ」
「い、言わないで…っ!!」
しかし、其の言葉を途中で六花の手に遮られてしまう。そのまま六花は肉棒に対して直立するような姿勢から私に向かって倒れこむような前屈姿勢へと変わった。再び押し付けられる胸に興奮がさらに高まり、数少ない理性がゴリゴリと削られていく。
「あ、アンタの言いたい事は分かってる…分かってる…から…」
―けれど、其の顔は…到底…理解しているようには…見えな…かった…!
今にも泣き出しそうな表情は一体、何を言われると思っているのだろうか。私には彼女の胸中までは理解できない。だが、きっと六花は悲しんでいるのだろう。其の程度は彼女の顔を見ればすぐに分かった。だが、それが私にとって到底、許しがたいものだったのである。
―ふざ…け…んな…!!!
これまで六花は好き勝手し続けてきた。私に襲い掛かり、好き放題に搾り取り、彼女への好意に気付かせたのである。なのに、その言葉が聞きたくないとはどういう事なのか。しかも、それが本当に私の意図を理解してくれているのならばまだ良い。だが…六花は明らかに私の言おうとしていることを誤解しているのだ。好き勝手やった挙句、勝手に口を塞いで、勝手に悲しんでいる。そんな彼女に怒りにも似た気持ちが丹田から噴きあがってきた。噴火にも似たその感情の奔流は快楽で蕩けきっていた筈の私の身体に力を与え、僅かばかりの自由を取り戻させてくれる。それは本調子とは決して言えないものであるが、隙を見て状況をひっくり返すのには十分だ。
「迷惑なのは分かってる…けど…私は…っ」
―こ…のぉぉぉ!!
「きゃあっ!」
そのまま一気に背筋と腕に力を篭めて上体を起き上がらせる。六花は鬼とは言っても人間の女と体重は変わらないのだ。その気になれば私の力でも跳ね上げさせる事が出来る。一気に挿入角度が変わった肉棒が快楽に悲鳴のような反応を返してくるが、そっちに構っている余裕は無い。そのまま私は勢いづけて六花の身体を逆に押し倒した。
「あ、えと…!」
そんな私の下で六花が珍しく焦った表情を見せた。今まで無抵抗で殆ど貪られる側であった私がいきなり反抗の意を示したのだ。それも当然だろう。それに仕返しが出来たと少しだけ自尊心を回復させた私は彼女の腕をそのまま握り締めた。抵抗を封じるような動きではあるが、六花が本気になればこんなもの紙切れ同然だろう。だが、それでも彼女はそれを無理矢理、振り払おうとはせず、濡れた瞳で私を見上げていた。
「…馬鹿。私がさっき言おうとしてたのは…」
―そこできゅんと彼女の膣肉が一気に締め付ける。
まるで彼女の胸が脈打ったのに呼応するような動きに私の理性は散り散りになってしまいそうになる。最早、私の理性は何時、千切れ飛ぶかも分からない雲同然なのだ。それも当然だろう。だが、ここで口を閉じれば、また六花は勘違いするかもしれない。ならば、誤解する余地も無く直接、しっかりと彼女に気持ちを伝えるべきだ。
「お前が好きだ…!女として…とても魅力的に思っている…!」
「…え…?」
私の言葉に六花はまるで信じられないものを聞いたかのように目を見開いた。それは今までの少なくない交流の中で何度か目にした表情だ。だが、今はそれが堪らなく愛おしい。自分の感情を自覚するとこれだけ見え方が違うのか。思わずそう思ってしまうほど、彼女の顔が私にとっては輝いて見えるのだ。
「…六花…」
「え…?え…?えぇ…?」
そして、その彼女の顔がゆっくりと近づいてくる。いや…きっと逆なのだろう。私が六花の顔に吸い寄せられるように近づいていっているのだ。脂汗の浮かんだ額も、甘い匂いを立ち上らせる首筋も、朱に染まった頬も、欲情と興奮で濡れた瞳も、そして、涎でテラテラを光る唇も、彼女の顔の何もかもが近づいて私の中を埋め尽くしていく。それが妙に嬉しくて、私はゆっくりと目を閉じて、彼女の唇にそっと触れた。
「んんっ♪♪」
そのままくちゅりと舌を割り入れて、六花の口腔へと入り込んでいく。それは無造作で無遠慮な…言うなれば失礼にも当たる行為であっただろう。私はまだ六花の意志を何一つとして確かめてはいないのだから。だが、そんな無礼な行為に彼女は決して抵抗しない。一瞬だけ顔に驚きを浮かばせたが、それ以降は積極的に唇を開き、舌を絡め合わせてくるのである。
「くちゅ…ん…♪」
愛液に勝るとも劣らないドロドロの唾液。それを塗りこむように動く舌がくちゅくちゅと淫らな水音がかき鳴らす。それを間近で聞きながら、私は初めてする接吻と言う行為に没頭していった。必死で舌を絡め合わせ、お互いの唾液を刷り込み、舐め合う。上と下の両方の粘膜が絡み合い、生み出す快楽はとても新鮮で鮮烈だ。生暖かく柔らかい舌の感覚も膣肉の柔らかさととても良く似ている。まるで二つの口で犯され、そして犯している感覚に私はもう我慢出来なくなってしまった。
「んふぅぅぅっ♪♪」
ゆっくりと腰を引いて動き出す私の身体。それに六花が今まで以上の大きな反応を返した。ビクリと背筋を震わせながら、左右に身悶えするように動き出す。しかし、それでも押さえつけた私の手を振りほどく事はしない。きっと…彼女も私を受け入れてくれているのだろう。その証拠に私の腰にも彼女の足がそっと回り込み、抽送を強請るようにしてそっと捕まえたのだ。
―六花…っ!!
さっきまで絶対的な捕食者として私の上にいた六花がこうして私の抽送を受け入れてくれている。それが嬉しくて私の身体は燃え上がった。さっきの怒りとは別種の其の熱は、同じように私の身体に力を与えてくれる。それは自然と激しさを増して行く事になり、私の興奮と快楽も加速度的に増えて――
―そして、私たちはそのまま三回戦四回戦へと続けていったのだった。
―自慢じゃないがアタシはそこそこ強かった。
別に喧嘩は好きではないけれど、鬼と見れば襲い掛かってくる連中と言うのは少なからず存在する。そんな連中を撃退してたら何時の間にか強くなっていたのだ。アカオニと言う鬼に属する種族であるのもそれを助けたのだろう。結果としてアタシに喧嘩を売る連中もいなくなり、毎日、山の奥へと篭って仲間と酒を飲み交わすだけの生活が続いていた。それに退屈だとも思っても、特に不満を持った事も無かったのである。
―それが変わったのは…今から百年近くも昔だ。
ある時、大きな力の波を感じたかと思うと私たちの姿は変貌し始めた。角の生えた化け物としての女の姿から、人間の女の姿へ。勿論、まだ角が生えていたり、肌の色が真っ赤であったりと違いはあるが、それでも昔と比べれば大きな変化だ。鋼の刃すら跳ね返す自慢の身体はふにょふにょと柔らかい肌へと変わり、胸には良く分からない脂肪まで着いてしまったのである。最初はそれに泣き叫ぶほど混乱した。だが、それも数年もすれば慣れもする。
―それでも…アタシは鬼としての矜恃を持ち続けていたのだ。
別に人間が嫌いなわけではない。だが、今まで雑魚として見向きもしなかった連中が気になってしまうだなどと誰が認められるものか。仲間が一人、また一人とその本能に敗北し、夫を手に入れたとしてもアタシは一人だけ操を護り続けていた。…いや、正確には…多分、違う。私はきっと怖かったのだ。今まで接して来た中で人が鬼を怖がっているというのが良く理解出来たから。本能に負けてしまうほど恋焦がれる相手に拒絶されてしまえば、きっとアタシは立ち直れない。そう理解していたからなのだろう。
―鬼だって傷つきもすえば泣きもする。
あの日、アイツに言った言葉に嘘はない。私はこれまでだって何度も泣いて、何度も傷ついてきたのだ。そして…アタシは肉体的な痛みには強くても、精神的な痛みにはとても弱い。だからこそ…周りの仲間が皆、夫を手に入れて一人ぼっちになったのに耐え切れなかったのである。アタシはそのまま住み慣れた山を飛び出し、各地を放浪した。けれど、どうにも腰を落ち着けるのにしっくりと来る場所は見つからない。人里に降りれば悲鳴を上げて逃げられるし、時には術士まで飛び出す事もあったのだ。
―そんな生活を続けた私は少しずつ荒み始めていた。
元々、人一倍、鬼としての矜恃が強かった女なのだ。そんなアタシが『人間如き』にそんな風に扱われて我慢出来るはずが無い。ふつふつと溜まった怒りはある日、急に高まり、爆発したのである。
―それが…あの女のいる町じゃねければ…ねぇ…。
もう遠慮などしてやるものか。誰だって良い。男を犯して、貪りつくしてやる。鬼の凶暴性そのままの欲望を滾らせたアタシはある町に目をつけた。そこは小さくはないが大きくもない町であり、術士もきっといないだろう。そして、それだけ大きければ未婚の男だっている筈だ。いや、結婚していたとしても知るものか。気に入れば一生、侍らせてやろう。拒否権など与えるない。当時の私はそう考えて意気揚々と町へと繰り出し…そしてあの女――紅葉と名乗る稲荷に敗北したのである。
―…今思い返しても腹の立つ話なんだけれど…ねぇ…。
紅葉がどうして立ちふさがったのか、その理由はアタシには良く分からない。「かつての統治者の末裔としての責務がうんぬんかんぬん」と言っていたけれど、小難しい事は殆ど聞き逃していたからだ。それに当時のアタシにとって大事だったのは紅葉が敵だという事だけで…立ちふさがった一尾の稲荷を内心哂いながら、拳を繰り出したのである。だが…次の瞬間、地に伏せていたのは私の方であり、何をされたかさえ分からなかったのだ。
―しかも、あの女は手加減していて…。
一尾だと思った紅葉は最低でも六尾以上の妖力を持っていたのだろう。何をしてもどんな攻撃を繰り出しても受け流され、反撃されていた。妖力はお話にならず、体術でも圧倒的に紅葉の方が上。だが、紅葉はアタシを説得することに努め、自分から手を出す事は一度もなかった。そんな彼女に幾つもの拳を放ったけれど、全て空を切り、結局、アタシの体力が尽きてきて、地に膝を着いてしまったのである。それはアタシにとって、初めての敗北であり…受け入れがたい結果であった。そんな余りにも惨めで情けない自分の姿に思わず泣き出してしまった私を紅葉は慰めてくれたのである。
―…まぁ、それでもあの女は苦手なんだけどさ。
真摯になってアタシの話を聞いて慰めてくれたのには感謝している。其の上、彼女は行き場の無いアタシを町へと受け入れられるように色々と手を尽くしてくれたのだ。他にも町の男を襲わないようにする為に薬――とても苦いけれど衝動だけは収まるものだ――を用立ててくれたりと頭が上がらない。だが、あのアタシとは対極にある姿――性格も穏やかで人にも慕われており、男に尽くす理想の女のような姿がアタシの心を抉るのだ。そんな風に見ているだけで劣等感を刺激される相手を好きになれる訳がない。
―…と言っても、紅葉のお陰でアタシはアイツにも会うことが出来たんだけど…。
町に少しずつ受け入れられたアタシは紅葉の店――稲荷の油揚げ亭へと入り浸るようになった。そこであれば他の人間もアタシを普通の女として扱ってくれる。だけど、それは紅葉がいるからなのだろう。どれだけ大きな騒ぎになっても、きっと紅葉が護ってくれる。その信頼感がそういう形で現れただけに過ぎない。そう理解していてもアタシはそこから離れられなかった。あの妙な実から作ったお酒も美味しいし、料理も上手い。それでいて客も気の良い連中とくれば、離れがたいのは誰だって同じだろう。
―そんな日、アタシはたまたま対価を忘れてきてしまった。
アカオニであるアタシは基本的に金銭を持つ事は無い。それでも紅葉のお店に行く事が出来たのは彼女がアタシの持ち込む様々なものに値段をつけてくれていたからだ。けれど、その日はたまたまそれを忘れてしまったのである。それに気付いたのは粗方、飲み食いした後だったのだ。そして、アタシは人間の社会に溶け込み始めたと言っても、まだまだ社会経験不足。一気に混乱に陥ったアタシはそのまま何も言わずに逃げ出してしまったのである。
―そこをアイツに捕まったんだよねぇ…。
アカオニであるアタシに真正面からぶつかってきた馬鹿な男。それが最初の印象であった。だけど…同時に強く胸をときめいたのを覚えている。だって、それまでアタシに真正面からぶつかってきた連中は敵意を剥き出しにしていた人間ばかりだったのだから。けれど、其の男は敵意ではなく使命感に瞳を滾らせていて…始めて見るその瞳に…アタシはきっと恋をしたのだ。
―…けれど、アタシは自分でも思っていた以上に不器用だったらしい。
今まで恋なんてしたことが無かったから当然と言えば当然だろう。しかし…初めての恋に浮かれたアタシはどうにも接し方を間違えてしまったらしい。一々、可愛らしい反応を返してくれるアイツをからかい、揶揄し、そして甘え続けていたのだ。それに好意を向けられるどころか、うんざりされていると気づいた時には時既に時間切れ。アタシの中でアタシの像は完全に「からかってくる嫌な奴」で固定されてしまい、冷静になった後に誘惑してもあっさりと逃げられてしまうのだ。
―…まぁ、それでもアイツの鈍感っぷりはおかしいと思うけれどね。
自慢じゃないがアタシはそれなりに体型は良い方だ。普段から山に篭って色々しているので、締まる所は締まって、胸や太股、尻なんかは肉をたっぷりと載せている。そんな女に誘惑されて靡かないどころかからかわれているで始終しているのだから、どれだけ鈍感なのか。その余りにも異次元思考っぷりにやきもきした事は一度や二度ではない。それで居て、人の女心を擽るような台詞をぽそっと漏らすのだから性質が悪いのだ。何時、他の誰かに奪われるんじゃないかと不安な日々を過ごしていたくらいである。
―いっそ襲ってしまえば楽だったんだろうけれどね…。
アカオニらしく浚って犯して結婚してしまえばどれだけ楽だっただろう。だが、その前に紅葉と言う大きな壁が立ち塞がっていた。町の守護者を自負するあの稲荷はアタシに「同意以外の性交渉は認めない」と何度も釘を刺してきたのである。余りにも理不尽で一方的な紅葉の要望に何度、抵抗しようと思ったかは分からない。だが、アタシと紅葉の実力差は圧倒的であり、抵抗する術は無い。それに術を駆使するあの稲荷が本気になればどれだけ逃げてもすぐに見つけ出されてしまうのだ。其の間にあの朴念仁を落とせるかと言えば、正直、自信が無い。そんな不確かな賭けに紅葉との友情を賭ける訳にもいかず、アタシは悶々としたままの日々を過ごしていたのだ。
―そして…あの運命の日。
あの朴念仁の家で結婚についての話を聞いた時、アタシの中で何かが弾けてしまった。それは今の今まで顔を出す事はあってもずっと押さえ込んでいた不満や不平の感情だったのだろう。元々、アカオニは決して我慢強い種族ではない。それがこうしてずっとお預けを喰らっている状況で不満を募らせていない筈が無かったのだ。そして、一度出てしまったその言葉は止まらず、アタシはアイツの家を飛び出してこの洞窟に引きこったのである。
―それに何度、後悔した事か。
不満を叩きつけた当時は当然の報いであると思っていたものの、思い返せばアイツに非は何も無い。ただ、アタシが暴走し、先走ってしまっただけである。其の上、あの異次元思考馬鹿にまた誤解させるような事を言ってしまったのだ。きっとアイツはアタシに嫌われたと思っただろう。そして、それはきっと覆すのは難しい。いや、そもそも、顔を見合わせる事さえ今のアタシには出来ないだろう。それらの思考が一ヶ月間ぐるぐる回り、空腹のまま死んでしまおうと思ったほどだ。
―…けれど、アイツは来てくれた。
空腹で今にも死にそうな時にあの馬鹿はアタシを助けようとして…そして怒ってくれた。それがどれだけ嬉しかったか分からない。同時に少しだけ肩透かしは喰らったものの…それはまぁ、些細な事だ。もう二度と会えないと思っていた彼がこうして顔を見せてくれただけでもアタシは胸がはち切れそうな感情を持て余していたのである。
―それから…まぁ、色々あって。
「……こうなった訳なんだよねぇ…」
そう呟いて周りを見渡せば、大きな正方形にくりぬかれている空間が目に入る。岩肌を削って――無論、アタシの拳で――作り上げたその空間には色々なものが並んでいた。本棚や布団だけではない。料理を作るための釜戸や水桶などもしっかりと完備されているのである。周りが岩で出来た壁でなければ、普通の庶民の家にも見えるだろう此処は元々はただの洞窟であったのだ。
―それを…アタシが色々と改造して…ね。
アイツの告白で完全に身も心も虜にされてしまったアタシはもう彼を手放したくは無かったのである。鬼の貪欲さと自分勝手さを余す所なく発揮し、彼をここへと引き止める様々な手段を講じた。その中の一つがこうした家の整備である。それが功を奏したのかは分からないが、アイツは仕事を辞めてこうしてアタシの家に住み着いてくれるようになったのだ。
―それが…少しだけ罪悪感を感じる事なんだけれども…。
あれだけ使命感に燃えていたアイツが仕事を辞めた理由はアタシしかないだろう。アイツが居ないとすぐ泣いてしまうようになってしまったアタシを護る為に彼はここから離れられなくなってしまった。それは純粋に女として嬉しい。だけど、同時に胸を掴まれる様な痛みも覚えてしまうのだ。
―其の分、幸せにしてあげないと…ね。
アイツは私の為に仕事を棄てた。それどころか自分の家族までも捨て去ってしまったのである。本人はなんとも無い様に笑っていたが其の中には強い葛藤があったのだろう。アイツは決して冷血漢などではないのだ。寧ろ、愛着も責任感も人一倍強い立派な男である。そんなアイツにそれだけの決断をさせる価値があるのかアタシには分からない。けれど…そうなれるように努力しようとは常々、思うのだ。
「さて…それじゃあその為に…ね」
切り揃えられた木の板の上に敷いてある布団。それは普通の物よりも数倍ほどの大きさで二人が優に寝られるものだ。紅葉から結ばれた記念に貰ったこの布団は寝心地がとても良い。さらに今までの二人の愛液や精液の匂いがたっぷりと染み付いているのだ。正直、その束縛は永遠に縛られていたいと思ってしまうのである。だが、何時までもこうしている訳にはいかない。彼――いや、夫の為に食事を作らなければいけないのだから。
「んんっー!!…ふぅ…」
大きく伸びをして眠気を吹き飛ばすと軽やかな感覚が戻ってくる。昨晩…いや、二晩ほど前から夫に犯されていたとは思えないほど体が軽い。心地良い倦怠感はまるでなく、清らかな朝の空気に背筋が伸びた。そのまま横に目を向けると愛しい寝ぼすけはまだ安らかな寝息を立てている。その度に闇を切り裂いたような艶のある黒髪が揺れる。本人の性格を現しているかのように硬いそれは短く切り揃えられていた。それを整えるのも今はアタシの仕事である。
―そして…その下にある綺麗な瞳を濁らせるのも…ね♪
今は目蓋の裏に隠されている瞳はアタシの心を掴んだだけあってとても美しい黒をしている。それは例えるのであれば黒曜石だろう。艶を持ち、光り輝くような瞳は寧ろそれ以上であると言っても良いかもしれない。まぁ、どちらでもあってもアタシにとって夫が宝物であるのだけは確かだ。
―まったく…この寝ぼすけめ…♪
そう心の中で呟きながらアタシはそっと夫の頬に口付けを落とした。普段であればそのまま皮膚を吸い込んで愛撫するように舐め上げるのだけれど、今は興奮させるのが目的ではない。この収まる気配の見せない彼への愛情を少しでも発散するのが目的なのだから。寧ろここで起きられればまた一戦始めてしまうかもしれない。それは朝餉を作ってあげたいと思うアタシにとって、歓迎したいようで歓迎したくない事態であろう。
―まぁ…何はともあれ…っと。
目を閉じるとアタシよりも遥かに年下に見える童顔の夫から視線を外し、アタシは再び台所へと目を向ける。そのままそっと足を布団から抜き出し、立ち上がった。無論、其の身体には何も身に着けてはいない。交わりの最中に明後日の方向へと投げ捨てられた服はそのまま放っておかれているのだ。それを身に着けようにもどの道、すぐに脱がされてしまうだろう。脱がす楽しみと言う奴もあるだろうけれど、夫はどうやらそれにはあまり執着しないようだ。それなら…とアタシは最近、家の中にいるときは裸のままである。それに彼は何も言わない。寧ろ、興奮を高めて襲ってくれるのだからきっと夫も喜んでくれているのだろう。
―さぁって…酒の具合は…と。
そう胸中で呟きながら、アタシはそっと酒樽をそっと開いた。成人男性一人が余裕では入れそうな樽の中にはあの甘い果実で作られた酒がたっぷりと詰まっている。あの日、紅葉からの手紙にはこうした酒の作り方まで書いてあったのだ。様々な意味で致せり尽せりな彼女には本当に頭が上がらない。お陰でこうして人里に降りなくても、夫と一緒に思う存分、酒盛りが出来るのだから。
―…うん。悪くないねぇ。
白濁した液を指で掬い、口へと運ぶと芳醇な甘い香りが口の中一杯に広がった。この前と変わりの無いその味であれば特に処理する必要は無いだろう。普段から使うこの樽以外にも奥には多くの酒が貯蔵してある。まだ発酵途中のそちらも後で様子を見なければいけない。だが、この樽はとりあえず料理に使う分には問題ないだろう。そう判断したアタシはそっと木の蓋を閉じる。今度はその隣の釜戸に目を向け、火をつけようとそっと四つん這いになるのだ。
―其の瞬間、何かがアタシの後ろに立つのを感じた。
それは普通であれば不安になる事であるのかもしれない。何せ正体不明の相手がいきなり自分の後ろに立っているのだ。これから何をされるのか。そもそも相手は誰なのか。それらがまるで暗い影のように不安へと姿を変えるだろう。だが、私はそれが誰かのかすぐに分かるのだ。その身体には精の匂いとアタシのメスの匂いが混ざり合っているのだから。そんなのこの世でたった一人しか存在しない。そして…そのたった一人の男がこれからどうするのかなんて、何十年と連れ添ったアタシにはもうお見通しなのだ。
―ふふ…♪この性欲魔人め…♪
胸中で揶揄するようにそう言うがアタシの心もまた高鳴り、興奮を覚え始めているのも確かであった。其の証拠に四つん這いになったアタシの腰は相手――夫を誘うように左右に揺れている。ふりふりとゆらゆらと、誘惑する腰からは透明な愛液がぽたりと零れ落ちた。そして、その光景に我慢出来なくなったのか彼は一気にアタシへと襲い掛かり、既に濡れているオマンコを一気に肉の剣で刺し貫く。
「ふあああああぁぁぁんっ♪♪」
其の瞬間の衝撃と悦びはきっとメスにしか分からないだろう。愛しいオスがアタシに興奮してくれた悦び。そしてその逞しい肉棒で一気に責め立ててくれる悦び。ぐちょぐちょの専用オマンコを専用オチンポで犯しつくしてくれる悦び。それらはきっと男には分からない感覚だろう。
「んんっ…♪お、おはよぉ…♪」
その悦びで埋め尽くされそうになる心で必死に後ろの夫に朝の挨拶を送る。だが、夫はケダモノ染みた荒い吐息を吐き出すだけで何の反応も返してはくれなかった。どうやらさっきの誘惑によっぽど興奮してくれたらしい。発情期の馬のように激しい吐息は夫の理性が最早、欠片も残っていない事を教えてくれた。
「あは…ぁっ♪また…アタシを犯すんだねぇ…っ♪」
初めての交わりの日から夫は大きく変わった。まるで今までの鬱憤を晴らすかのように交わりに積極的になり、こうして襲ってくれることも少なくは無いのである。それらは例外なくケダモノ染みた激しくも乱暴な抽送を繰り返すだけのものだ。だが、それでもアタシにとってはそれで十分である。技巧も何も無い乱暴なだけの交わりでも、相手が夫であれば心が蕩けてしまいそうなほど気持ち良いのだから。
「ふふ…っ♪まったく…また…今日も…んあぁぁっ♪朝餉抜きになっちゃいそう…だ…ふあああぁぁっ♪♪」
話の途中だというのに、ゴツゴツとしたオチンポでアタシを犯し始める夫。それは別に今朝が初めてと言う訳ではない。だけど、それに慣れるかと言えばそうではないのだ。やはり彼にはちゃんと健康の為にも朝餉を食べて貰いたい。其の気持ちはアタシの中にはあるのだ。だが、メスの本能は快楽に抗うことさえ考えさせず、乱暴な抽送を繰り返す夫の背中に手を伸ばす。それを夫は両手でしっかりと掴んでくれて、馬の手綱を引くようにして逃げ場の無いメスを犯してくれるのだ。
―あぁ…最高…ぉっ♪♪
淫らで気持ち良い交わり。それは決して一度や二度では止まらない。きっと昼を回っても、もしかしたら夜になっても続くかもしれないのだ。だが、アタシはそれが良い。この朴念仁の夫にそれだけ求められている事は、この幸せで蕩けてしまいそうな生活が決して夢ではないと思えるのだから。
―だから…もっともっと犯してね…っ♪アンタの気が済むまで…ううん…気が済まなくても…っ♪♪
彼が倒れてしまえば、次はアタシの番でも良い。力尽きた夫の上で腰を振るう自らのいやらしい姿を想像しながら、アタシはそのまま犯される快楽の中に意識を投げ入れて行ったのだった。
11/07/03 00:27更新 / デュラハンの婿
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