読切小説
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とある親馬鹿の不運で幸せなマイホーム
 ―ガキの頃は女が煩わしくて仕方が無かった。

 多くの傭兵と同じように悪ガキであった俺にとっては、女なんて足手纏いなのに口だけは五月蝿いお節介焼きだった。だから、困らせたくて、ちょっとした子供心ながらの悪戯をしたことも沢山、あったが…あれは今思えば、愛情表現の一種だったのだろう。ガキであった頃の俺は煩わしい煩わしいと言いつつ、凄い意識していたのは…まぁ、多くの奴が経験のあるものだと思う。

 ―センズリを覚えてからは何か見ていると興奮するような相手になった。

 例えばガキの皆で、川へと水遊びに行ったり、水を使った悪戯をする時に、水にすけて張り付いた肌とかさ。少しずつ女の色香を身につけつつある少女って言う奴は俺にとってとても眩しい存在で…まぁ、スカートめくりの後とか、下着を恥ずかしくなるくらい見つめて物陰で思い出してセンズリとか誰だってやった経験はあるだろう。無くてもあるっていうことにする。

 ―傭兵を目指した頃には、性欲処理の道具になった。

 陳腐な英雄譚に憧れて、住んでいた故郷を離れ、ある傭兵に弟子入りした頃には精通も始まっていたな。師匠は子持ちで傭兵やってるって言う色々ぶっ飛んでいたが気の良い人で、童貞のまま死んだら死に切れないだろう、と行く先々で娼館に連れて行ってもらった。童貞でなくなっても、勝ち馬に乗れた時には必ずと言っていいほど奢りで連れて行ってもらったな。根無し草として各地を転々とする生活だったので、一人の娼婦に入れ込むことも無い。けれど、様々な娼婦の技を味わい、そして様々な技を教えてもらったこの時代は俺にとって傭兵としてだけでなく、男の下積み時代でもあった。

 ―この街に着いた時、俺にとっては愛しい相手になった。

 教会とでっかいドンパチをやると聞いて、師匠と俺がこの街に着いたのは必然だった。けれど、こんなでかい街で様々な娼婦を夜を明かした俺が何の変哲も無い飯屋の看板娘に一発で惚れこんだのは、今でさえ運命だと思っている。…例え、その先に待っている展開を知っていても、俺はその女に入れ込んだだろうし、結婚したであろう。それほど、俺にとってその相手は愛しい相手だった。だからこそ、俺は戦いを終わった後、傭兵を辞めて、ここで根を張る事を選んだのだから。

 ―俺が一年、街を空けると別の男のモノになっていた。

 傭兵を辞めて警備隊に入った俺は傭兵時代の腕を買われて、領主と教会との条約を結ぶ場に連れて行かれた。しかし、そこでちょっとしたゴタゴタに巻き込まれて、領主ごと街へ帰れなくなっていた訳だ。勿論、手紙を出せば足が着いてしまうし、死亡説さえ流れていたのだから、俺としてはその事を責めるつもりは無い。出会った頃、清純で優しかったはずだとしても…相手の男は街へと立ち寄った傭兵で恋に恋しているのだと知ってはいても、例えその腹の中に、俺のではなく、その男の子供が宿っていても、俺はそれを許していた。
 だって、そうだろう?何もかも投げ出して本気惚れた唯一の女の子供なんだ。別の男の血が入っていても、俺にとっては宝物であるのに違いは無い。

 ―子供を生んだ後は裏切り者になっていた。

 俺を捨てるのは構わない。彼女の心の中には俺の姿はもう無かっただろうし、彼女にとっても死んだと思っていた男との生活は辛いものであったのだろうから。産後間も無い体で失踪したのは旅を知るものとして止めたかったが、死んだとの噂も聞かないし、何処かで生きてはいるのだろう。
 けれど、そんな風に思える俺でも自分の子供を捨てて、男のところに走ったのは許せない。別に子供を連れて行け、と言う訳ではない。生まれたばかりで離乳食も咽喉を通らないような子供を連れて行くなんて自殺行為でしかないのだから。けれど…母親としての責務を一切捨てたその行動には惚れた女とは言え、吐き気さえ感じる。

 ―裏切られた後…俺にとって女は娘になっていた。

 だからこそ、俺は誰よりも娘に愛情を注いだつもりだ。母親が居ないのを引け目に感じさせないように、若干、自分でも親馬鹿だと思うほど、溺愛した。その結果、娘はすくすくと育ち、何処に出しても恥ずかしくない―いや、出すつもりはまだまったく無いが―良い娘に育ってくれて…親馬鹿としては鼻が高い。
 無論、その間、仕事にも打ち込み、片親や逃げられたという境遇に同情的であった同僚の助けもあって、俺は大隊長まで上り詰めた。公式な場にも出ることのある俺は普段の一人称も『私』になり、精力的に仕事を続け、特に女には目を向けず娘だけに愛情を注いできた。

 ―そしてそんな娘が今日、旅立つのだ。

 「旅立つって…パパ…そんな大げさな」
 「大げさなものかっ!!!!教会で寝泊りしなきゃいけないなんてパパにとっては旅同然だぞ!!!」

 いつの間にか口に出していたモノローグに苦笑のような笑みを浮かべながらルカと言う名の私の宝はぱたぱたと手を振った。初雪のような白い手が揺れる姿は、幻想的なほど美しい。…親馬鹿と笑うか?だが、それを抜きにしても私の娘は美しいのだ。
 月の光そのもののような銀の髪は艶やかだ。光を弾くのではなく吸収するようなその銀糸は見ているだけで人の心を奪うだろう。紫の瞳は母親譲りで、雨の日の紫陽花のような艶かしさを持っている。こんな瞳に見詰められればどんな男だって目を奪われてしまうだろう。さらに肌は初雪のような純白さで、見るものを吸い寄せる。そして一度触れれば吸い付くような妖しい感触に虜にされるのは間違いない。また、ホットパンツとシャツに包まれている肢体は全体的には細身なものの、胸や腰などには肉がついていて男好きする身体であるのが一目で分かる。

 ―そんな魅力的な娘を…教会に預けてどう安心しろと言うのか…っ!!!

 「あぁ…パパは心配だ…」 

 この街においても教会と言うのは多少の独自性はあるものの、人と強く接する場所だ。参拝する人間の中には男だって居るだろう。もし、その中に変な奴がいて目をつけられてしまったら…あんなことやこんなことになってしまったらどうするのか…!?

 ―私の権限でとりあえず教会周辺に警備を増やしたがそれでも心配の種は尽きない。

 「私はパパの方が心配ですけれどね」

 しかし、ルカの方はそれほど自分の身に心配をしていないようだった。自分の身体がどれだけ男にとって魅力的に映るのか、なんてあまり考えたことはないのだろう。―寄り付く虫は全て私が排除していたし。

 ―しかし…教会で暮らすことになればもうそんな事は出来ない…。

 私に出来るのは精々、周りの警備を強化してやることだけだ。今までのように家に寄り付こうとする男共―私の妨害程度乗り越えられなくて大事な一人娘を渡すわけにはいかないのだから―を追い払うなんてもうしてはやれない。何処に狼が居るかも分からない森の中に羊を放すようなものだが……それは止めることはできないのだ。なにせルカはシスターになるのがずっと夢だったのだから。

 ―時には見送ってやるのも親の優しさだろう…!いや、本当は嫌だけどな。心の底から引き止めたいけれど!!

 そんな風に心の中で決めたはずの覚悟を揺らし、拳を握り締める私に確認の為に外へと出していた荷物をもう一度、詰めていた手を少し止めて、心配そうにルカが振り返った。

 「私が居なくなってもちゃんと掃除や洗濯しますか?」
 「パパを舐めるなよ。ルカが小さいときには殆ど一人でやっていたんだからな」

 ―まぁ、ルカが大きくなって、炊事や洗濯を手伝ってくれるようになってからは任せっきりだった訳だが。

 けれど、それでも最初の乳幼児の時期以外を同僚たちの手も借りて育て上げたのは私のちょっとした自慢である。神学校へ行くまでむさい男たちに囲まれて、すくすくのびのびと育ったルカは私の何よりの自慢の種だが。

 「でも、最近は私がずっとやってたから忘れてるんじゃありません?」

 ―う…鋭いな娘よ。

 旅立ちが目前に迫ったので昨夜一人でどうやっていたか思い出そうとしたが、まったく思い出せる気がしなかった。もういい加減、いい歳な所為か十何年も前の事まで詳しく覚えていない。

 ―まぁ…最悪…家事手伝いを雇えば良いだろう。

 警備隊の中では実質No2の役職についていて、そこそこの高給を貰っているのだ。今まではルカが全部やってくれていたので特に雇う必要性を見出さなかったが、私一人でこの家を維持できないようであればそれも視野に入れてもいいだろう。

 「まぁ、忘れても家事手伝いを雇えば十分だろう」
 「……そんなの勿体無いですよ」

 ―…ん?何だ今の間は?

 ルカが少し表情を曇らせたような気がしたんだが…すぐ荷物を詰める作業に戻って顔をあまく見れなかった所為か自信が無い。

 ―まぁ、これから夢を叶えるのだから表情を曇らせるはずも無い。きっと気のせいだろう。

 「だけど、この家を腐界にするわけにはいかないからなぁ…」

 ―ここは私と彼女と…そしてルカの思い出が沢山詰まっているのだから。

 彼女と結婚してすぐローンで買ったこの家は当時は新築だったものの、今では壁なんかに小さな傷が沢山ついている。それは子供の頃のルカの他愛無い悪戯だったり、私が酔って頭をぶつけた傷であったりするのだけれど、買った日から今までの思い出の詰まった傷ばかりだ。…無論、その中には嫌な思い出も沢山ある。しかし、それでも私にとってこの家はとても大事なアルバムなのだ。

 「それだったら私が帰ってきて掃除や洗濯すればいいじゃありませんか」

 そう言って振り返った娘の表情にはやはり曇ったものはなかった。代わりにあるのは晴れやかな…と言うよりはちょっと晴れやか過ぎる笑顔で…。

 ―ルカも無理をしているのかもしれない。

 考えても見れば今までずっと暮らしていた家を離れ、新しい環境で生活しだすのだ。夢で選んだ道だとしてもやはり不安に思う事が多いのだろう。…だからこそ、こんな風に心配かけないように明るく振舞おうとしているのかもしれない。

 「でも、そうそう、帰ってくるわけにはいかないだろう?」
 「そ、そうですけれど…」

 俯くルカの表情はどうにも晴れない。普段、お嬢様然として穏やかな表情を浮かべている娘が、迷っているその姿に、私は先の確信をより強めた。

 ―そうだな…家族で過ごす最後の夜になるかもしれないのだから。

 普段より明るくしているしている娘の気持ちを汲み取るよりは、その不安を少しでも溶かしてあげる方が良いだろう。そう考えた私は俯くルカへと一歩、二歩と近づき…そして柔らかな肢体を抱きしめた。

 「え…パパ…?」

 娘の身体は少しばかり長身だ。けれど、男女の性差を埋めるほどではなく、男としてそこそこの長身である私の頭一つ分ほど小さい。丁度、顎を乗せられるほどの身長差は父親として娘を撫でるのに丁度良い高さでもあった。

 「安心なさい。私は一人でも何とかなるから」
 「でも…」

 戸惑いながらも抱きしめられて撫でられる懐かしい感覚に安心したのか娘は私の胸に頬をつけた。けれど、その口からも出れる言葉はいまだに私を心配する声音が見え隠れする。

 ―まったく。強情な娘だ。

 彼女も少し強情な女だった。買出しの途中で荷物を抱えて前が見えず、私とぶつかったのを何度も謝り、断っても断っても自分の勤めている店でお詫びをさせてくれ、と言っていたのを良く覚えている。…今では少し胸の痛む記憶ではあるが、それを馴れ初めとして交際を始めたのだから何事もどうなるか分からないものだ。

 「私は元傭兵だぞ。歳は取ったが生き残ることについてはそうそう後塵を拝むつもりはないね」
 「ふふ…っまるで戦争に行くみたいです」

 私の軽口に小さく笑って、娘も私の背に手を回した。そのまま甘えるように目を閉じて、小さく息を吸い込む。その姿には最初、私が感じた不安や緊張と言うものがそれほど見られなかった。…私の軽口も少しは役に立ったのかもしれない。

 「人生は何がどうなるか分からない大自然のサバイバルみたいなものだからな」

 それは私の師匠の教えそのものだった。彼自身が「どうなるか分からない」の見本のように、ハチャメチャで俺たちは何度もその気まぐれに振り回されたものだが、実力と、そして何より面倒見だけは良かったのを良く覚えている。…そして何度もそう口癖のように新米の俺たちに言い聞かせていたその人が魔王軍に負けて捕らえられた、なんて聞いたときはその教えの正しさを実感したものだ。あれほど化け物じみていた男でさえ負けることもあるのかと。

 ―まぁ、生きてはいるんだろうけれどな。

 最初期から魔物を受け入れ、商業都市として発展してきたこの街で暮らす俺たちにとって、魔物が教会の言うように「人を喰う」なんて化け物ではないのは常識に近い。師匠も恐らくは今頃、魔物といちゃいちゃしていることだろう。

 「まぁ、それはともかくだ。お前は自分の事だけを考え、好きなように生きなさい」
 「パパ…」
 「色々あって、この家に戻ってくるのも良い。どんな選択をしても責めないし、私は何時でも…ここで待っているから」
 「……はい」

 頷きながら娘はその手に込める力を少しだけ強めた。抱きしめていた娘の身体が更に密着し、優しい体温が私たちの間で行き来する。それはまるで恋人同士の交歓にも似た甘いものだったが…私の考え過ぎだろう。男ヤモメの生活が長かったから変な事を考えているだけだ。明日は娼館に久しぶりに顔を出すのもいいかもしれない。

 「…パパ」
 「ん…?」

 不機嫌そうなルカの声に視線を下に移すと、そこにはじと目で私を見上げる娘の姿があった。まるで浮気をした恋人を責めるような冷たい視線に私は何か悪い事をしたかと脳裏を探るが心当たりがまったく無い。

 「…えっちなこと考えてましたね」

 ―ぎく。

 娘は本当にこういう事には鋭い。一応、責任ある立場であるのだから、そこそこ腹芸も得意なはずなのだが娘にだけは通用しないのだ。どんな後ろめたいこともすぐに見破られてしまう。自分が顔に出やすいだけかと一時期は本気で疑心暗鬼に陥って、「心が読めているんだろう!分かっているぞ」なんて事を思い浮かべたのは一度や二度ではない。…まぁ、それもルカに見破られて説教されたのだけれど。

 「いや、パパは娘の将来のことしか考えていないぞ」

 真正面から顔を引き締めて真面目そのものの表情でそう切り替えしたものの娘の疑心は晴れないようだった。じと目のままじっと私を見詰めてくる。…まるで虚偽を許さないと、責めるようなその視線にだらだらと背筋に冷や汗を流しながら私は数秒は耐えた。…けれど、それでも尚、逃がさないと言わんばかりの視線に結局白状させられてしまう。

 「…なんで分かった」
 「秘密です。……ぱぱのえっち」
 「うぅぅ…」

 最愛の娘にえっちと呼ばれる事ほど悲しいことがあるだろうか。…いや、あったとしても私は知らないし、知りたくも無い。例えば娘に「くっさーい!お父さん近寄らないでよね!」とか言われたりする父親も世の中にはいるらしいがそんな悲しさは知りたいと思うほど人生に絶望しているわけでもないのだ。

 ―もし、言われたら…即座に首を釣って死ねるレベルだろうなあ。

 勿論、私の娘はそんな事を言う育て方はしていないが、もし言われた時の事を考えるだけでも胸が痛む。

 「まったく…やっぱりパパを一人にするのは不安です」

 呆れたように言いながら娘の身体はすっと私から離れた。しかし、その言葉とは裏腹に娘の顔に浮かんでいるのは笑顔だった。さっきまでの少し無理していたような笑顔とは違う…いつもの自然な笑顔。それがルカの身体に溜まっていた不安を少しは押し流してくれたと教えてくれているようで、私も頬を緩ませた。

 「だから、帰れる日にはちゃんとこっちに帰ってきますからね」
 「あぁ」
 「だから、お手伝いさんとか女の人とか連れ込んじゃ駄目ですからね」
 「分かってる」

 悪戯っぽそうに釘を刺すルカの言葉に頷きながら、私は荷物を手に取った。そこにはルカの衣服が詰められていて、少しばかり重く感じる。けれど、この荷物を私が手放す時は、同時に娘が私の手から離れる時でもあるのだ。

 ―今はその重さがやけに愛しい。

 出来れば放したくない、と心の中で湧き上がる迷いを蹴り飛ばす。娘の旅立ちに親が子離れできなくてどうするのだ。ここは父親らしく優しく見送ってやるのが一番良い。

 「さぁ、行こうか」
 「…はい」

 そんな短いやり取りの後、扉を開けた私たちは…その日初めて『子離れ』『親離れ』と言うものを経験した。










 ―この街における教会とは一般に言う教会とは少し違う。

 魔物娘を隣人として受け入れるこの街では、教会の教理も届かない。一昔前ならいざ知らず、今では骨董品そのものの教理などこの街では見向きもされないし、定着するはずも無いのだ。しかし、それでもこの街には確かに『教会』と呼ばれるものが存在する。

 ―その興りは教会とのドンパチまで遡る。

 商業都市としてそこそこの戦力を持っていたこの街ではあったものの教会の反則染みた資金力と人員には敵わない。それでも、色んな奇跡が起こって何とかこの街は勝利したものの、出来れば次の教会との戦いは避けたかった。当然だろう。商業都市として交通の要所にあるこの街は戦争すればするほど損害が天文学的な数に膨れ上がるだけなのだから。

 ―その妥協案としてこの街に教会を創り保護する事で二度と侵攻はしない、と言う条約が結ばれたわけだ。

 教会としても藪だと思って突いたらドラゴンやデュラハンが出てくるような街とはドンパチしたくないだろう。そんな街に戦力を割くよりも、敵の本丸である魔界の攻略に集中したいと言う本音と…後は教会を創れば中から内部分裂するという思惑などがあって実現した。まぁ、それでも魔界落ち寸前なこの街を敵視する過激派から何度も妨害があって、一年ほどの時間をかける必要があったのだが。

 ―けれど、まぁ、魔物娘が隣人とした場所でそのままの教理なんて広められるはずもないわけで。

 領主の思惑かどうかは知らないが、この街に建てられた教会はどんどんと教理を歪められていった。大本の教会では敵視していた魔物娘は良き隣人であり、愛すべき仲間であると、寄付の義務は無くそれは信仰のまま行うものであると、種族の間に壁は無く愛する事は素晴らしいのだと…まぁ、大きなところでこんな所か。そんな風に、少しだけ変わった教理は少しずつこの街でも広がり、定着しつつある。今では魔物娘が教会にお祈りすることも珍しくないし、寄付で建てられ運営されている神学校へと通う魔物娘も数え切れないほどだ。

 「…で、そんな教会だが何か粗は無いのか?」
 「いきなり人の執務室に入ってきて何を言ってるんですか貴方は」

 陽光差し込む執務室は本人の質実剛健な性格を現す鏡のようで、必要最低限のもの意外は置いていなかった。目に付く装飾など幾つかの勲章が壁にかかっている程度しかない。しかし、備え付けられた家具や警備隊の拠点の中で最上階の日当たりの良い部屋であることからかなりの高官に与えられたものが分かる。
 そしてそんな部屋の主は質実剛健とは程遠い面長で細目のキツネのような顔をしていた。笑っているのか、そうでないのかさえ分からないほどの細い目は瞳どころか感情すら押し隠している。
 階級は私と同じ現場での最高指揮官である大隊長であるが、その顔と身体は三十代の脂が乗った時期からまったく変わっていない。石仮面を被って人間を止めたという噂もあるが、とてつもなく美人のエルフを嫁にしている事からインキュバスにでもなったのだろう。

 「分からん奴だな。教会を潰す口実を教えてくれ、と言っているんだ」
 「貴方は何を言っているんですか…」

 そんな個人的もげろリストNo1のハワード・ノリスンは頭を抱える。その姿に管理職の悲哀を感じないでもなかったが、美人の嫁さんがいる時点で何をしても許されるのだから問題は無い。

 「教会を潰したら娘が戻ってくるだろう…!」
 「貴方、一ヶ月前に子離れしたって自慢げに言ってきたばかりじゃないですか」

 ―その光景は覚えている。

 何せ一晩経ったら寂しくて、ここへと乗り込んで延々と数時間も娘の自慢と…そんな娘から子離れした事を言い続けたのだから。忘れられるわけが無い。その日はそのままハワードを拉致って、酒屋で一晩中クダを巻き続けたのもしっかりと覚えている。

 ―しかし、まぁ、あの時とは状況がまったく違うわけで。

 今の私は娘欠乏症なのだ。そんな一ヶ月も前の話は忘れるに限る。

 「それはそれ。これはこれだっ!」
 「あぁ、もう!!なんで貴方みたいなのが私と同じ大隊長なのかマジ疑問ですよ!!」

 叫ぶような皮肉に心の中だけでこっそり同意しておく。

 ―いや、まぁ、大分、贔屓されているってのもあるんだろうが。

 教会との条約調印の際、領主の護衛でこの街を離れている間に彼女は別に男を作って、しかも逃げたのだ。私を連れて行った領主としてはやはり気に病んでしまうだろう。その負い目が私の人事を意図的に、引き上げさせたのは正直、否定できない。…でなければ子持ちで、別段秀でて強いわけでもない上に元傭兵だった私が、成り上がりとしては最高の地位にまで上り詰めるのは無理だろう。

 ―それに感謝はしている。

 比較的時間の余裕を取れる大隊長と言う役職にまで引き上げてもらったお陰で娘との時間を取ることは難しくなかった。娘がまっすぐに育ったのはそうやって傍にいてやれる時間を容易に取ることができたのもあるだろう。それにはどれだけ感謝してもし切れない。

 ―けれど…やはり一人の男として、そう言った人事を受け入れられるかは別だ。

 そう思うのは青臭いことだろう。私の中の未熟な面だと自覚はしている。…けれど、それでも私の中の男のプライドのようなものはそれを受け入れようとしないのだ。

 「まぁ、言われたとおり三ヶ月ほど前から調査してましたけれどね。…白ですよ。問題はありません」

 言いながらハワードは座っている机の引き出しから一冊の調査書を取り出し、私へと差し出す。それを受け取って、ぱらぱらと捲るだけでも、その教会がどれだけ真摯に教えを広めようとしているのかが分かった。本文や注釈として、ところどころ書き込まれているハワードの文字も今のところは健全な組織だと認めている。

 ―俺より見る目のあるハワードがそう考えるのであれば健全なのだろう。

 街中の情報屋に強いコネを持ち、この街に拠点を広げる有力商人とも親しい上に、目的のためには手段を選ばず、笑顔で人を破滅させることも出来るハワードが自力で調べ上げた結果がコレならばぐぅの音も出ない。…時折、入ってきたときのようにからかうけれど、ハワードはコネでのし上がった私とは違い、とても有能な男なのだから。

 「そうか…」

 吐き出すような声には落胆よりも安堵の方が強かった。…まぁ、当然だ。私だって本気で教会を潰そうなんて考えてはいない。そんな事をしたら今は教理が大きく変わっても、笑顔で見守ってくれてる教会と再び戦争になるだろう。今でさえ歪められた教えに青筋浮かべて笑っているのだから、自分のために下手に刺激するわけにもいかない。

 ―まぁ…本当にやばそうであれば戦争も辞さないが。

 世界よりも娘が大事なのだ。その娘がやばいことに関る可能性が高いとなれば全世界を敵に回しても構わない。

 「相変わらず親馬鹿ですね」
 「ほっとけ」

 そんな私の心を見抜いた訳ではないだろうが、少し意地の悪い笑みを口の端に浮かべてハワードは言った。それに顔を歪めながら返事と調査書を返す。元々、非公式に調査を頼んだのだからこうした文書として残し続けるわけにもいかない。特に今回は警備隊の諜報部を使ったのではなく、非公式な街の情報屋を経由した情報収集なのだ。スキャンダルほどではないにしろ人目に出て面白くなるものでもない。その辺はハワードの方が良く分かっているので何時もどおり『処理』は彼がやってくれるだろう。

 「で、今日顔を出したのはそれだけではないでしょう?」
 「まぁ、な」

 言いながら私は知り合いの伝手で手に入れた情報を書き記した調査書を手渡した。そこには彼が望む情報…もう二十数年前にこの街を出奔したある男のここ数年の記録が記されている。

 「ふむ…なるほど。やはり外の事は貴方に任せたほうが良い様だ」

 俺と同じように数分ぱらぱらと調査書を捲ったハワードは笑顔を浮かべながらそう言った。この何時も笑っているような表情をしている男がこうしてストレートに喜びや賛辞を示すのは珍しい。結構、長い年月の付き合いがあるが、私の知る限り、『この男』の情報を渡した時と、嫁のエルフに接する時だけだ。

 「世辞は良いよ。ギブアンドテイクって奴さ」

 実際、私とハワードの関係はギブアンドテイクには程遠い。有能な大隊長として部下の尊敬を一身に集めるハワードと、子持ちと言うハンデ―勿論、俺はそんな事は思っていない。周りの勝手な評価だ―にも関らずコネでのし上がった私…。周りの評価だけ見ても決して対等とは言えない。今回の教会の調査のように頼る事も私の方が圧倒的に多いし、執務や現場の指揮能力などは比べるまでも無いのだ。

 「しかし、私ではこれだけは調べられなかった。色々、骨を折ってくれたのでしょう?」
 「それほどでも無いぞ。昔馴染に連絡取っただけだ」

 昔馴染と言っても傭兵時代に仲の良く何度も一緒に戦った奴で、今では魔王軍に勤める傭兵だ。何でも本人が言うには戦場でぱったり出会ったエキドナと恋に落ちて魔王軍に寝返ったらしい。俺が言うのもなんだが、少々考えなしのような気がしないでもない。まぁ、恋は盲目と言うし、今も大分幸せそうだから外野がどうこう言う事ではないだろう。外野が言って良いのは一言「もげろ」だけだ。

 「離れていても…いや、いなくとも数十年の親交がある…私にはそれが素晴らしい事だと思うのですけれどね」

 そんな風に微笑むハワードの表情には何処か苦々しいものを含んでいた。それは人を道具として扱う立場ゆえの自虐か、それとも唯一、親交のあった友人の出奔を止められなかった故の自責か、私には分からない。分からないが、まぁ、何となく悔しい気がした。

 「私は?」
 「…は?」
 「私はどうなんだ?お前にとってただの道具か、それとも数十年の親交のある友人なのか?」

 問い詰めるような口調に、ハワードは少しばかり目を見開いた。遺伝か意図的か分からないが、常に目を閉じているようなコイツが、例え瞳が微かに窺えるほどであっても見開くことは本当に珍しい。

 ―明日は槍でも降るかな。

 そんな皮肉が心の中に湧き上がるほど、ハワードの目は開かないのだ。もう二十年近くこうして階級的にも肩を並べてきたが、そんな表情を見たのはかつて一度…人間嫌いのはずの彼の妻が人間や魔物娘と協力して、ハワードに内緒でウェディングパーティーを催した時だけだ。

 「貴方は…まったく本当に…」

 目を見開いたまま数秒固まっていたハワードは色々な感情を振り払うように頭を振った。その口元には隠しきれない笑顔が浮かんでいて、珍しいを通り越して変なものでも食べてしまったのかと逆に不安になってくる。しかし、現場の最高指揮官と昼食を喜んで取ってくれる奴なんていないので大抵、ハワードを連れて飯を食いに行くのだが、今日も変なものは食べていないはずだ。

 「で、どうなんだよ?」
 「さぁ、どうでしょう?」

 その笑みを意地悪そうにものに変えてハワードは口元に手を当てた。何処と無く嬉しそうな雰囲気が溢れ、この二十年ずっと憑き続けていた彼の陰のようなものが少しばかり薄れている気がする。少し柔らかくなった感じは、少なくとも悪い風には取らないで良いだろう。ハワードは感情を抑えたりコントロールするのが得意ではなく、元々、無感動なだけだと言うのは十年以上の付き合いで分かっている。

 「やれやれ。友達甲斐の無い奴だ」

 言いながら大袈裟に頭を振った時、視界に一瞬映りこんだ時計は、予定の時間の少し前を指していた。どうやら、少し長居し過ぎたらしい。

 「おっと、そろそろ家に帰らないと」
 「もうですか?」

 ハワードも時計を見るが、そこにはまだ夕方前の時刻を指していた。外もまだまだ強い日差しが差し込んできて、ぽかぽかとした陽気に包まれている。大通りでは、商人たちが声を張り上げ、子供連れの主婦の注意を引こうとしている真っ最中だ。季節は春でまだまだ日が落ちるのが遅いといっても普通は家へ帰れるような時間ではない。けれど、まぁ、私は幸いにして最高指揮官でもあると共に責任者なので、帰ったとしても文句を言える奴なんてそんなにいないのだ。

 「今日は娘が帰ってくる日なんでな」

 笑顔で言った私の言葉にハワードは再び頭を抱えたのだった。










 結局、アレからハワードに山ほど文句を言われたが、「見回りの後直帰」と名目をつけて私を送り出してくれた。なんだかんだ言って、ハワードは彼女に逃げられ、片親になった私をこれまで助け続けてくれた奴だし、本当に頭が上がらない。

 ―だから…なんとかしてやりたいんだけれどなぁ。

 かつてこの街にいた『ある男』を今いるらしい魔王城から連れ戻すのは無理でも、連絡の一つくらいつけてやりたいのだ。そう思って魔王城にいる友人に何度か手紙を送っている―魔界が広がり、教会の威光も落ち始めている現在ではハーピィたちの空輸で魔界に手紙を出すことも不可能ではない―ものの「今更どの面下げて手紙を出せって言うんだ」と断られ続けているらしい。ぶっちゃけそりゃお前の都合だろ、と思わないでもないのだが、同じ男として気持ちが分からないでもないから複雑だ。

 ―意地っ張りなんだよなぁ男って奴はよ

 だからこそ、良い歳になっても、いや、なったらこそ素直になれないのだ。それは…ハワードや『彼』と大体同じ年齢である私には痛いほど良く分かる。私だって素直になれなくて、ままならないことと言うのはやはり存在するのだから。

 「ふぅ。悪い考えはよそう」

 ―折角、今日は娘が帰ってくるのだから、こういう悪い思考は捨て置くべきだ。

 寧ろどう娘を迎えてやるかを考えておくべきだろう。

 「やっぱり御馳走は外せないな。後、垂れ幕と折り紙で家の中を飾り付けねば。あと必要なのは…クラッカーだな!!」

 そんな他愛の無い事を考えながら、私は家の鍵を手に取った。目の前にはもう家の扉が聳え立っており、鍵を開けられるのを今か今かと待ちわびている。…いや、勿論、そんな訳無いのだが。

 ―いかんいかん。娘が帰ってくるのが嬉しくてついに錯覚まで覚え始めたか。

 自分に苦笑しながら頭を振って、私は鍵を差し込もうとした。しかし、それはどうにも合わず、カチカチと金属同士が触れ合う音がして、弾かれてしまう。

 ―まさか…っ!

 視線を落とすと、鍵穴は鍵とは『逆になっていた』。つまり、それは今朝確かに閉めたはずのこの扉を私が帰るまでの間に開けた証拠以外の何物でもない。念のため、もう一度、集中して扉に触れるとさっき覚えたそれは錯覚ではなく、その先で誰かが待ち伏せている気配が確かに伝わってきた。

 ―おいおい…こんな時にか…。

 無論、警備隊の大隊長と言う地位にあるのだから、こう言った厄介事が襲い掛かるのも一度や二度ではなかった。元々、高級住宅とは言えない立地で、治安は悪くは無いもののこう言った厄介事を未然に防いでくれるほどではない。近所付き合いも密にしていて、何かあればすぐ警備隊に連絡してくれるので、今までは何とか娘には危害は無かったものの、近所の人間も気づかなかったという事はプロの犯行だろう。

 ―くそっ…時間が無いって言うのに…!

 無論、早退にも程がある時間を予定していた私には時間的余裕はあるはずだった。けれど、それはハワードの説教と殆ど相殺されている。その状態で、これからプロ相手に大捕物を演じなければいけないのだ。最近はデスクワークメインで身体も鈍っているだろうし、上手く捕まえられるどころか命さえ危ないかもしれない上に、現場検証だの事情聴取だのが重なれば娘と過ごす時間は殆ど無くなる。

 ―おのれ…!折角の娘の休日を台無しにしおってからに…!!!

 しかし、その怒りは心の中だけで押さえ込まなければいけない。ただでさえ相手の実力が不明だし、鈍っている身体であれば命も危ないのだから。せめて頭だけは冷静にしておかなければならない。

 ―…さて、じゃあ、どうするか考えようか。

 ここから警備隊の詰め所までは約五分。しかし、既に私の帰宅が悟られて待ち構えられている状態でその五分は致命的だ。必ず逃げられてしまう。近所の人間に伝えてもらうのは…いや、無理だな。これだけの手際の相手だ。騒ぎになればすぐさま逃げ出すだろう。運良く今回は相手の初歩的なミスで気づけたものの、次はどうなるか分からないし、出来れば今回で捕まえておきたい。では、このまま扉を開けて捕まえる…と言うのも愚策だ。待ち構えている相手がどんな罠を用意しているか分からないし、返り討ちになる可能性が高い。ならば……。

 ―注意を逸らす…か。

 何か物音を…例えば裏口に向かったと思わせることが出来れば、気配の逸れた一瞬で後ろを取れる。そうすれば、待ち構えていれば先手が取れ、トラップにも注意を巡らせる事が出来るだろう。

 ―何か無いか…。

 注意して周りを見渡すと小さな石が転がっていた。裏口へと続く道には、娘がいない所為で不精になった私に刈られていない雑草が伸び放題となっている。この石を幾つか投げ込んで、草の音を立たせれば…いけるかも知れない。
 そんな展望を立てながら私は幾つかの小石を握りこんだ。そして人差し指と親指で摘み、横から大きく水を切るように投げ込む!!

 ―今だ!

 狙い通り、カサカサと草同士が触れ合う音に、侵入者はそっちに気を取られているようだった。捕らえるには今しかチャンスは無い!!

 ―ガタンッ!

 乱暴に開けられた扉がそんな悲鳴を上げた。築二十年近いのだ。今まで耐えてくれたがそろそろ寿命なのかもしれない。『これ』が終わったらそろそろ買い換えてやるのも良いだろう。―そんな事を考えながら見渡した玄関には特に何時もと変わりがないように見える。見えづらい糸の類を使ったトラップの可能性も考え、目を凝らしたが、それでも無い。

 ―ならば、本命は待ち伏せか…っ!

 視線を上に上げると、こちらに背を向けている女の後姿が目に入った。裏へと回る音に予定が崩れて油断したのか、扉を開けた私に殆ど注意が向いていない。集中した視界の中で黒い衣服に包まれた柔らかそうな肢体が、こちらへと向こうとしているが、それでもここまでの動きを完全に計画していた私から先手を取れない。トラップも無い玄関を乗り越え、掴んだ腕を捻り、後ろから廊下押し倒した頃には後手に回った女は半分パニックになっていた。

 ―なんだ。私もまだ中々じゃないか。

 プロ相手にほぼ満点とも言える捕り物を演じることが出来て、私はそう心の中で自画自賛してみた。比較対象がずっと若さを保ち続けているハワードなので、最近はずいぶん衰えたように思っていたが、中々出来るじゃないか。…まぁ、出来れば二度とやりたくないが。

 ―それにしてもこの格好…。

 最初は黒い衣服としか分からなかったが、際どいスリットが柔らかい両腿を見せ付けるように入り、扇情的だ。黒く染まった羽が幾つも装飾された臀部は侵入者が暴れるたびに艶かしく動く。…少なくともマトモな人間の女がする格好ではない。やるのならば魔物か、人間の娼婦くらいなものだろう。そんな格好も男ヤモメが生活をしている家では立派なカモフラージュに働く。

 ―なるほど。随分と前調べをしてくれたようだ。

 今は娘も教会に住み込み、帰ってこない事まで調べ上げていたのだろう。だが、今日が娘の休日で夕方には帰ってくるのだという事までは調べることは無理だったようだ。もしくは例え知っていても、そんな日に私が定時通りに帰るはずも無い事までも予想は出来なかったのだろう。

 「さて…魅力的なお嬢さん。私には貴女のような綺麗な妻は残念ながら居ないので、宜しければ目的を教えてもらえないかね?」

 あくまで紳士的に軽口を放ちながら、私は侵入者の腕に力を込めた。その痛みに小さく呻き、抵抗は無駄だと悟ったのか侵入者は暴れる力を抜くのが分かった。あまり痛ませるのも可哀想なので、それに従って私も肩の力を若干緩めるが、注意だけは逸らせない。なにせ相手はここまで前調べをしたプロなのだから。

 「み、魅力的…?」
 「…?」

 ―何故、そこに食いつくのか。軽口と言うだけなのに。

 しかし…まぁ、実際、顔は見れなかったものの、こうして押し倒す侵入者の身体は言い知れない魅力を持っていた。力を込める度に柔らかく反発しながらも受け入れる肢体は、こんな状況でさえ無ければ…もしくは私がもう40を軽く越えて50目前の年齢でさえ無ければ垂涎モノだっただろう。スリットから覗く艶かしく男を誘うような白い肌もチラチラと視界の端に移りこんで、30代前後であれば私の集中力を奪っていたのは想像に難くない。

 ―まるで男を誘惑するためだけに磨き上げられた肢体だ。

 そんな魅力的な肢体を持つ女が醜女の筈はない。多分。きっと。だったらいいな。いや、やっぱりちょっとは覚悟しておけ。

 「あぁ、魅力的だとも。こんな状況じゃなきゃプロポーズしたいくらいだね。もっとも…それは状況が許さないだろうが」

 そんな言葉を放つと侵入者は悶えるように暴れ始めた。その動きは抑えづらいものではあるものの、決して逃げ出そうとするものではないのが不可解極まりない。

 ―まさか仲間への連絡…?

 そう思って気配を探ろうとしてみるものの…家の中には他の侵入者の気配は無かった。それがまた何故、こうして悶えるような動きをするのかが理解できなくて私を混乱させる。

 「それよりもそろそろ目的を吐いてくれると助かるんだがね。このままだと君も辛いままだし、私としても白昼堂々と扉を開けっ放しで君のような美しい女性を押し倒している所を見られるのは噂になって困る」
 「…も、もしかして気づいていない…?」

 ―…ん?何がだ?

 ふと、とても…とても嫌な仮定が脳裏を過ぎった。けれど、それはあまりにもありえない仮定過ぎて、…そして同時にあまりにも信じたくなさ過ぎて蹴っ飛ばして否定する。…だって…だって……そうだろう?

 ―娘は夕方過ぎに帰ってくるはずなんだから……!!!!

 「…あの…パパ…い、痛いです…」

 そんな風に痛みに顔を歪める侵入者…私の最愛の娘であるルカは目尻に涙さえ浮かべて私を見上げていた。

 ―え…?え……?えぇぇ…?????

 パニックになった止まった私の思考とは裏腹に、身体だけは俊敏に動いた。すぐさま娘を押さえつけていた手を放し、ルカの傍から離れる。

 「…もう。パパったらいきなり手荒い歓迎するんですから」

 そう拗ねたように唇を尖らせて、娘は私が押さえつけていた手首に手をやった。そこはがっちりと握りこんでいた所為か、私の手の形に真っ赤になっていて、初雪のような肌との対比でとても痛々しい。そこを撫でるように触れる指は痛みの所為か少し震えていた。

 「まぁ、久しぶりの再会という事で許してあげます。…ただいま、パパっ♪」

 言いながら私に抱きついてきたルカを受け止めながら…停止した私の思考はまだ、元には戻らない。抱きしめられた反射のように娘の身体に手を回し、撫でてはやるもののさっきからずっと同じ所で止まり続けているのだ。

 ―む、娘にあんな手荒い事を…っ!?

 無論、今までに手を上げたことは少なからずある。親馬鹿ではあるものの、躾けなければいけないときにはやはり手を上げるのも必要なのは理解していた。幸い、娘は聡い子であったので、その回数は数えるほどしかないが、しかし、娘に非があって尚、心が痛み続けていたのを良く覚えている。

 ―それなのに今回は完全に私の勘違いで娘の身体に傷を…!?

 それだけでも首を釣りたくなるほどの自責の念に駆られるのに、軽口とは言え魅力的だの何だのと言う小恥ずかしい口説き文句まで聞かれてしまったのだ。しかも、娘の身体に欲情するだのなんだのと…男親の風上にも置けないようなことまで…!?

 ―ち、違うっ!?私は純粋に娘を子供として愛してるだけなんだああああああああっ!!!

 確かに血は繋がっていないが、赤ん坊の頃からここまでずっと育て上げてきたのだ。今更、変な感情を持つはずが無い!!!

 「パパ…?」

 固まって何も言わなくなった私を不審に思ったのだろう。娘が私の胸の中で首を傾げていた。その姿に溢れかえらんばかりの自責の念をひとまず捨て置き、私はルカを迎え入れることにする。

 「なんでもないよ。…その、すまないね」
 「構いません。そもそもパパを驚かそうとして帰る時間を遅めに指定した私が悪いのですし…」

 言いながらルカは私の胸に顔を埋めた。一ヶ月も会えなかった所為だろうか。甘えるように目を細めた姿は安心しきっているように見える。しかし…子供のようなその表情と、娼婦が着込むようなその格好とのギャップがまた妖しい魅力を掻きたてるのだ。

 ―…一体誰がこんな服を…。

 正面からよくよく見れば娼婦のような格好だと思った衣装は修道服をベースにしてあるようだった。黒染めにされた布地は身体の線を隠すどころか寧ろ強調するように締め付けている。娘の豊満な胸が衣服の下から押し上げているだけでも扇情的なのに、谷間を強調するように十字に開かれたそこは蟲惑的とも言うべき魅力を放っていた。

 ―少なくとも…これが制服ではないはずだ。

 私が昼にハワードから受け取った調査書には幾つか参考として絵が書き込まれていたが、そこに描かれたシスターは全て教会が広める普通の修道服だった。絵なので、調査者の主観が入り込んでいることも否定は出来ないが、少なくとも娼婦のように男を惑わすようなモノならば調査書に書き込んでいるだろうからそれもないはずだ。

 ―ならば…考えられることは一つしかない。

 「…ルカ…その…何だ…好きな男性が出来たのは分かるが…そう言った格好は如何な物かとパパは思うぞ」

 ―そう。男だ。古来より女の子の急激な変化は男が出来たからと決まっている。

 特にルカは神学校でも公正さで先生の評判も高い子だったのだ。その子がこんな風に男を誘うような服装をするようになったなんて…間違いなく男しか考えられない。それもきっと性質の悪い男だ。

 ―明日からちょっと、『お話し合い』をする為に教会に何人か張り込まそう。

 娘ももう仕事を本格的に始めて大人なのだ。男の趣味にまで口を出すべきではないだろう。ただ…趣味に口は出さないにしても、相手の男をちょっぴり『教育』してあげる必要はある。それも性急に。

 「え…?嫌ですね。私は昔からずっと一人の男性だけをお慕いしていますよ…?」

 ―なん…だと…?

 いや、ちょっと待てそんな素振り今までに無かったって言うか私の監視網を今まで掻い潜り続けた男が相手だと言うのかこれは下手な警備隊員では荷が重いな連続で気が重いがまたハワードに頼むしかいや待て昔一度ハワードに神学校の調査を頼んだがそんな相手もいなかったはずだ昔からと言うからには神学校の同級生かはたまたハワードのように娘の面倒を見るのを手伝ってくれた奴くらいしかいないという事はハワードと言えど信用は出来ないあの美人の嫁さんを裏切るとも思えないが私のルカはそれ以上に可愛いのだから!!!

 「それよりもパパ…おかえりは言ってくれないんですか…?」

 思考の沼に陥った私を引き上げるように頬を包み込んだ娘の手は何故かゾッとするような冷たさと…そして何よりゾクゾクするような妖しい予感を伴っていた。私の瞳を射抜くように見上げるルカの瞳は何故か濡れているような艶やかを持っている。何時もの穏やかな表情ではなく、まるで娼婦が誘うような表情に私の心は大きな波を立てた。

 ―落ち着け…この子はルカだ。

 本当に赤ん坊の頃から見続けて、育て上げた愛しい子供なのだ。目を閉じれば幾つもの思い出が浮かび上がってくる。それほど長い間一緒に暮らした子供が、誘っているだなどと……そんなことありえないのだ。

 「いや…すまない。ルカと会えたのが嬉しくてすっかり忘れていたよ。おかえり、ルカ」

 言いながら抱きしめた私の言葉にルカは目を細めて頷いた。…その表情は何時も私に見せてくれるものそのもので、さっき感じたような淫らなものは完全に消えている。やはり気のせいだったのあろう。

 「ふふ…♪それだったら許すしかありませんね」

 微笑むルカはそのままするりと私の腕を抜け出した。そしてくるりと修道服を翻して私の案内をするようにリビングへと足を踏み出す。

 「さぁ、御飯の準備を手伝ってください。今日はご馳走なんですからっ」

 軽やかに私の前を歩く姿は神学校に入りたての頃とさほど変わりがないように思える。あの時と同じくらいちょぴりお転婆で、全身で喜びを表現するように軽やかに歩く娘の姿はそれだけでも和むものだ。少なくとも男親の私にとっては。

 「あぁ、今、行くよ」

 そんな風に…一ヶ月前までこの家で繰り広げられていた日常のように微笑んで、私はルカの後を追ったのだった。










 それから四時間後。リビングの食卓の上には溢れんばかりのご馳走が立ち並んでいた。肉や野菜、調味料をふんだんに使い、ルカのこれまでの知識と経験を惜しげもなく盛り込まれた料理の数々は、普通の人間が見ているだけで食欲をそそられる。しかし、ルカの料理の上手さを知っている私にとっては、食欲を飛び越えて、垂涎モノだ。

 「さぁ、沢山食べてくださいね♪」

 そう微笑んでパンを千切る娘の姿は何処か満足そうだった。親馬鹿としては久しぶりに私と食卓を囲んだから…と思いたいが、やはり食事の豪華さが主な原因であろう。教会では主に質素な食事が振舞われると聞く。特にこの街の教会では寄付を強制してはいないので、その食事はより質素なものにならざるを得ないだろう。そんな場所で一ヶ月食事をしていた娘にとってこれだけのご馳走はまさに一ヶ月ぶりに違いない。
 それだけでなく、元々ルカは人に料理を振舞うことが大好きで、大口を空けて飯を頬張る私を幸せそうに見つめているのだ。こうやって料理の腕を存分に震える機会というのもあちらでは無かったからこそ、満足げに微笑んでいるんどあろう。

 ―しかし…それでも、まぁ…。

 よくぞここまで作ったものだと言うラインナップが食卓に並んでいる。その量はどう贔屓目に見ても二人で消費し切るには多い。さっと見ただけでホワイトシチューなど日持ちするものがメインなので、そこまで気にするほどではないのが唯一の救いだ。

 ―恐らく…帰った時のことまで考えてくれているんだろうな。

 ルカが教会に寝泊りするようになってからは私の食事は外食一本となった。娘が旅立つ時にはなんとかなる…なんて意気込んではいたものの私一人では食事を作る手間とコストが見合わない。家と言うものは手入れしなければすぐに朽ちていく消耗品だし、食事に手間をかけるのであれば家の維持に時間を割きたかったのだ。…とは言え、裏庭への道に雑草が生え放題なのが分かるとおり、それも完璧と言えないのだが。
 まぁ、そんな流石に知っているわけではないだろうがある程度の予想まではついているのだろう。だからこそ、こうして日持ちするご馳走ばかりを作って、数日は外食しなくて済むようにしてくれたに違いない。 

 ―あぁ…私の娘はなんと優しいのだろう…。

 格好だけは男親として直視しづらいものを好むようになったようだが、その性根までは変わらず優しいのだ。それだけが、私の中の大きな不安を一部溶かしてくれる材料になる。

 「…パパ?」
 「あぁ、いや、すまない。美味しいよ全部」

 言いながら私は再びホワイトシチューをスプーンで作って口に含んだ。どんな食材を使っているのか、口の中で蕩けるような甘さと芳醇なミルクの香りを広げるそれはルカが今まで作った中でも最高の一品だろう。他の料理もこの芳醇なホワイトシチューに負けず、全て掛け値なしに美味しい。

 「うん。やっぱりルカは自慢の娘だよ」
 「ふふ…♪何時でもお嫁に行けますか?」

 ―ぐっ…な、何て事を…聞くんだ!?

 正直に言えば、そんな可能性なんて考えたくもない。男と付き合うのは百万歩ほど譲って許すにしても結婚なんてまだ先も先だ。さっきの口振りからすれば昔ながら付き合いがある男らしいが、一度も顔を見せずに交際している男との結婚など早々簡単に認めるわけにはいかない。それに私の娘にこんなに淫らな格好をさせているのだから尚更だ!!認めるにしてもその性根を私の元でじっくりと鍛えなおしてからにしなければいけない。

 ―しかし、ここで否定したら娘は傷つくかもしれない…!だが、認める訳にもいかない訳で…っ!!

 「パパったらすっごい怖い顔してますよ♪」

 微笑むルカの表情は何処か悪戯っぽいものだった。…どうやら私はいつもの様に弄ばれていたらしい。それがどうにも気恥ずかしくて、私は大口にパンを頬張った。八つ当たりのように咀嚼されたルカ手作りのパンは黄金色の蜜がたっぷりと練りこまれており、一口ごとに上品な甘さを口に広げる。

 「心配しなくてもお嫁になんか行きませんよ。私はずっとパパのモノです」

 そんな私の表情を見ながらルカは再び微笑を浮かべた。母性すら感じさせるその笑みは、まるで悪戯っ子を見つめているような気さえする。…まぁ、ハワード曰く「悪戯を好むガキのまま成長している」俺を見ているものとしては妥当なものなのかもしれない。男親としてはどうにも認めがたいが。

 ―娘にそんな目で見られるなんてなぁ…。

 常日頃から「大人になれ」と口酸っぱくハワードに言われている事を少し身に染みて実感してしまう。コレを期に「大人」とやらを目指してみるのもいいかもしれない。…遅すぎる気がしないでもないけれど。

 ―まぁ、その前に、少しルカに言っておかなければ。

 「こう言ったらなんだが…ルカもモテるだろう」
 「モテるかどうかは知りませんが告白と言う行為は何度かされましたね」
 「ちょっと後でパパにその男共全員の名前を教えなさい。…いや、そうじゃなくてだな。私のモノだなんて言わずにルカもいい加減、自分の幸せを見つけていいと思うぞ。勿論、男の品定めはパパもさせてもらうが」

 ―そう。いい加減、もうルカも子供ではないのだ。

 今まで男を弾いていたが、何時までも籠の中の鳥でいる必要は無い。折角、社会の一員として参加し始めたのだから恋愛だってしたいだろう。男親としては寂しいが…正直断腸の思いだがっ!そうやって保護を名目に、娘の枠を狭めてやるのはもう止めてやるべきだ。それをこうやって離れた一ヶ月と…そしてルカの見ているほうが恥ずかしくなるような格好から学んだ…と言うよりは認められたのは私自身にとっても驚きなのだが。

 ―何時かは来ると思ってたお陰か…。

 彼女も決して私の手の中には収まらなかったからだろうか。私は心の何処かで何時かルカも私の元を旅立つのだと覚悟していた。それが脳裏にチラついて、今まで男を寄せ付けようとしなかった面もあったのだろうが…。

 ―それはもう止めよう。娘の為にはならないと思えるのであれば潔く身を引くべきだ。

 「……パパってホント、鈍感ですよね…。ママや周りの人の苦労がちょっぴり分かりました…」

 しかし、そんな私の断腸の思いをどう勘違いしたのか娘は一目で分かるほど肩を落とした。そのまま小さく頭を振って、右手に顎を乗せたまま明後日の方向を見つめる。その表情は何処か拗ねているようで、どうにも声をかけ辛い。

 ―むぅ…私が何をしたと言うんだ…。

 少なくとも男親として間違ったことは言っていないはずだ。褒められる事である…とまでは言えないけれど、責められる所以も無いはずなのに…どうしてこうなったのか今の私には理解できない。

 ―理解出来ずとも気まずい雰囲気のまま食事なんてしたくはないんだが…。

 何とか話題を…話題を考えねば……。

 「そ、そうだ!教会での暮らしはどうなんだ?」
 「何度か研修で泊り込んだことがあるので、それと特に変わったりはしていません。普通ですよ」
 「そ、そうか…」

 ―うぅぅ…一刀両断されてしまった…。

 普段はもっと愛想良く話題を広げるような返し方をしてくれると言うのに、話したくないと言わんばかりにストレートな返球しか返ってこない…。ここまでストレートだと受け取った側も話題の広げ方が中々思いつかないだろう。

 ―も、もしや、これが反抗期と言う奴か…!!

 噂では二次性徴を迎えた頃から始まると聞く反抗期…!これが始まると訳も無く親が鬱陶しくなり、多くの人間が『チューニ病』を始め様々な病を発祥すると聞く。幸いにも今まで娘にはそういう兆候はまったくなかったのだが…ついに…ついに来てしまったのか…!?

 ―あぁあああああ、きっとこれから「お父さん、加齢臭がするから近寄らないで」とか言われるんだ…っ!!!

 その時を考えるだけでも涙が出そうなくらい辛いと言うのに、すぐ目の前にその兆候が出て、軽くパニックになってしまった。ホワイトシチューを掬うスプーンは小さく震え、がしゃんとシチューの中に落ちてしまう。自然、私の器に入っていたホワイトシチューは跳ね、私のシャツに幾つかの染みを作った。
 それをテーブルのナプキンでふき取ろうとしたものの焦った私の身体は思い通りには動いてくれず、食卓を跳ね上げてしまう。食器が食卓から落ちて割れたり、中のものが零れたりする二次被害は幸いにも無かったものの、それによってこちらを向いたルカの視線が私を射抜いた。

 「…もう。パパったら」

 その声音は思っていたほど、怒りの感情が篭っていなかった。寧ろ言葉だけならば呆れているように聞こえるが、その表情と声音は嬉色の方が多く見受けられる。さっきまで珍しいほど拗ねていたのに、いきなり喜んでいるような表情に変わって、正直、困惑さえしてしまった。

 ―…どうして機嫌を直してくれたんだ…?

 そんな風に思考をしている私にルカが近寄り、膝を折って手に持ったナプキンを使い、シチューを拭き取ってくれた。その手つきが手馴れているのは一目で分かる。孤児院を経営している教会の手伝いもあり、こうやって子供の染みを取ってやることも多いのだろう。…つまり、今の私は子供と言うことか。否定できないのが辛い。

 「ホント、パパったら私がいないと駄目なんですから…♪」
 「いや…何て言うか…すまん」

 この歳になっても動揺し、食器を零したり、食卓を打ち上げたりと…まるで子供だ。逆に母親のように私の世話を焼くルカの言葉を否定したい気持ちで一杯ではあるが否定しきれない。

 ―それにしても…似ているな。

 こうして、染み抜きをしている姿を見ているとどうにも彼女を思い出してしまう。昔は今よりももっと食事のマナーが悪かったので、良くスープをこぼしていたものだった。それを彼女が世話を焼いて毎回染み抜きしていてくれていて…店内でそんな事をするから何度も客にからかわれたのを良く覚えている。…そんな彼女と母娘であるから似ていて当然なのだが…どうにも脳裏で重なってしまうのだ。

 「パパはこうして…ママに染み抜きしてもらってたんですね」

 そんな思考に捉われた私を視界の端で捉えていたのか、染み抜きの手を休めないまま、ルカはそう言った。その言葉は…聞いている方が辛くなってくるほど、切ない感情に満たされている。

 「どうしてだ…?」
 「遠い目をしています…。私ではなく…その先を見ているような……そんな目を」

 ―何も言えなかった。

 図星だと言うのは確かにある。逃れきれない真実を一目で見抜かれた驚きと言うのもある。けれど、何より、その言葉の切なさに私は何も言えなかった。聞くだけで感情に引きずられてしまうほどのそれは…娘の中で一体、どんな感情から生まれた言葉なのだろうか。父親であると言うのに私にはそれさえも推察出来なかった。

 「…ねぇ、パパ。もう良いじゃないですか。死んじゃった……ママの事なんて忘れてしまいましょう…?」

 ―ルカには彼女は死んだのだと教えてある。そして実父が私だとも。

 他に何の言い方があるのだろうか。無論、真実は「私と結婚していた妻が浮気相手と出来た子供がルカで、彼女はお前を生んだ後、浮気相手を追いかけて出て行った」だ。けれど、それを幼いルカに伝えろと言うのか?それならば、まだ嘘の方が良い。結婚して幸せな生活を営んでいた二人に祝福されて産まれてきた子供だと…その代わり彼女は死んでしまったのだと、そんな嘘の方がよっぽど優しいに決まっている。

 ―けれど、その情報の擦れ違いが今、ルカを思い悩ませている原因なのかもしれない。

 しかし…そう思って尚、私はルカに真実を伝える勇気を持つことが出来なかった。

 「ねぇ……パパ…」

 縋る様な言葉に視線を向けると、染み抜きをしていたはずの手を止めて娘が私を見上げていた。その目尻には小粒とは言え涙が浮かんでいる。食事の最中だった所為か、艶やかに男を誘う唇は真っ赤に染まって、吸い寄せられるような錯覚さえ覚えてしまうのだ。同時に上から谷間を覗かせる衣服はルカの震えを敏感に受け取って、寂しそうに指先を誘おうとしている。

 ―まるで…娼婦のように…。

 だが、それは錯覚だ。私の愛しい娘がそんな風な淫らな女性になる訳が無いのだから。

 「…そう。私はやっぱりパパの中で『あの女』の娘なんですね…。だったら…全部追い出してあげます。『あの女』を全部…」

 ―その声は今までに聞いた事が無いほど冷たい声だった。

 元傭兵である以上、命のやり取りをやったのは一度や二度ではない。けれど、どの戦場にもこれほど冷たい声はなかった。怨嗟の声響く戦場であろうとも聞こえたことの無いそれは、憎悪や敵意と言ったものを山ほど詰め込んだような気さえする。

 「ルカ…?」

 そんな声を愛らしい娘が絞り出したことが信じられなくて、延ばそうとした手は何故かとても緩慢な動きだった。指先だけでなく腕全体がふるふると震えるようなそれは自分の手では無い気さえする。毒でも盛られたかと瞬時に幾つかの思考を巡らそうとするが、それもまた何時もと比べれば散漫な思考だけが流れていくだけだった。

 「ふふ…♪安心してください。痺れるお薬を料理に少し混ぜただけですから」

 安心させるように言いながらルカは私の上着に手をかけた。教会へと勤める前までは毎日、私の上着を脱がせていてくれていただけあって、抵抗も出来ない今の私はあっさりとそれを剥ぎ取られてしまう。そしてそれを無造作に放り投げた後、今度は私のシャツに手をかけようとしていた。

 「や、止めなさいルカ…!」
 「止めません。パパが悪いんですから」

 静止の言葉も今のルカには意味がなく、シャツまでもが奪われてしまった。それもさっきと同じように放り投げて、娘は私の膝の上にその肢体を乗せる。そして、衰えたとは言え、まだまだ贅肉が着いていない私の胸板に指先で文字を描くように指を這わせ始めた。

 「っ…!」

 それはとても煽情的な感覚だ。熟練の娼婦が良くやる甘えるような、それでいて何処か嗜虐的な指先の動きは、ゾクゾクするような感覚を背筋に走らせる。それが心臓の上を…もっと言えば、乳首の周りをくるくると弄るたびに感じたことの無い不思議な感覚が私の身体を通り抜け、声を上げそうになってしまうのだ。

 「うふふ…♪パパ、感じてるんですね…乳首が立ってきてますよ…?」

 ルカの言うとおり、私の身体は快感に敏感に反応していた。しかし、それは仕方が無いのだ。男親一人で、女に縁が無い生活を長年続けていたのだから。こう言った快感の耐性は既に失われ、久しぶりに味わう快感に臨戦態勢になってしまうだけだ。…決して相手が娘だから反応しているわけではない。

 「そんな事はどうでも良いから…止めなさい…!」
 「嫌ですよ。…パパだって久しぶりに気持ちよくなりたいでしょう…?ここはそう言っていますよ…?」

 言いながらルカは爪の先でくりくりと私の乳首を直接、弄り始める。それはさっきの焦らすようなものとは違い、確かに快感と言える感覚だった。今まで味わったことの無い未知の快感が、ただでさえ効かない我慢を押し流そうと押し寄せてくる。

 ―駄目だ…!このままじゃ…っ!

 相手が娘と思っている女の子だと言うのに私の身体は貪欲に快感を貪ろうとし始めている。今まで放っておかれ続けた男としての機能がむくむくと目を覚まし、目の前の蟲惑的でさえあるメスを貪ろうとする気持ちさえ沸き起こっていた。

 「私たちは親子なんだぞ…!こんなこと許されるはずが…!」
 「嘘つき」

 言って、ルカは私の顔を真正面から見据えた。何時も見ているものとは違い、欲情と、怒りに満ちたその瞳は私の心を射抜くようにさえ感じる。

 「知ってるんですよ…パパと私に血縁関係は無いって」
 「っ…!誰がそんなデタラメを…!」

 ―誰がそんな…事を…!知っている人間には全て口止めしてあったはずなのに…っ!?

 さっきの反応で確信を強めたのだろうか。困惑する私とは裏腹に、微笑むルカはとても美しかった。何処か自虐的な、けれど、喜色に彩られたその笑みに、こんな状況ではあるものの一瞬、心を奪われてしまう。

 「誰でも良いじゃありませんか。それより大事なのは私がずっとそれを隠されていたという事です」
 「…真実は何時だって優しい訳じゃない」
 「えぇ…知ってますよ…勿論」

 クスクスと浮かべる笑みは観念した私に向けられたものだろうか。それとも…また別の相手になのか。それすら今の私には分からない。娘のこんな面を今まで知らなかった私には、これが現実なのかさえ定かではないのだから。

 「パパは私を傷つけまいとして真実を隠した。けれど、私にとってその真実は何より欲しいものだったんですよ…?」
 「何を…」
 「だって…『あの女』のお陰でずっと恋焦がれていた大好きな人と結ばれることが出来るんですから…♪」

 言いながら、ルカはぎゅっと私の身体に抱きついてきた。私の膝に腰を置いている所為で、今や背丈が大体、同じものになっている私たちは自然、お互いの肩に顔を置くような形になる。…そして、娘はそこで感極まったように私の首筋に何度もキスを落とし、吸い付いた。まるで自分の『物』であると自己主張するかのように。

 「けれど…私の大好きな人は何時だって私を娘扱いするんです。私の奥に大好きな人を捨てた忌まわしい女の影を見るんです。…それがどれだけ屈辱的なことかパパには分かりますか…?」

 抱き合ったまま私の耳に囁くその声は…もう既に娘のものではなかった。私が知らない間に歪み、焦がれ、変わってしまった一人の女のものだ。私のようなおっさんに何故か惹かれ、求め、それでも目に見えぬ拒絶を繰り返され傷ついた一人の女のものだ。

 「だから、これは復讐なんです…。パパに騙され続けた私の、あの女の影を追うパパの目に傷ついてきた私の、どれだけアピールしても『あの女の娘』と言う関係でしかなかった私の…パパに対する復讐なんですからぁ…♪」

 言って娘の両手は私の両頬を掴んだ。そして抵抗できない私の首をしっかりと固定して、自らの顔を…いや、唇を近づけてくる。求めるように目を閉じるその表情と、小さく開いた唇は扇情的であり、娘でさえ無ければ、こちらから応じたであろう。けれど…相手は娘だ。例え血が繋がっていなくとも娘なのだ。私の勝手で何度も傷つけたけれど、それでも娘だと思っている相手なのだ。

 ―あぁ…なのに…何で…。

 今までは特に気にならなかったはずのルカの体臭が、押し付けられた胸が、どんどんと私の思考力を奪っていく。艶やかな指先も、誘うような唇も、全部が全部…全身で私を求めているのだ。それに…それに応えてやりたいという気持ちが私の胸の何処かで生まれ始めている。

 ―待て…こんな…どうして…!?

 半ばパニックに陥った私の唇にそっとルカの唇が触れた。そこは見ていた通り、艶かしく、何より柔らかい。そこを何度か押し当てるように触れ合わせた後…娘は私の唇を舌で割り、口内へと侵攻を始める。
 ルカの舌は唇よりもはるかに柔らかく、何より暖かかった。同じ生き物であるとは思えないほどの熱を含んだそこは麻痺して上手に動かせない私の口内を思う存分に味わう。

 「ぴちゃ…っん…ふぅ♪」

 ルカの言葉を信じるならば、恐らくキスの経験なんて無いのだろう。娘の舌使いは決して熟練しているとは言えなかった。けれど、その舌の持つ理性を溶かす甘い熱が、私を興奮させようと必死になって舌を絡めようとする仕草が、そして今まで大事に育て上げてきた娘としているという背徳感が、どんな娼婦としたキスよりも激しい興奮を私に与えてくる。

 ―いや…おかしいだろ…!?

 最後に残った理性が何とか警告を発した。けれど、それもルカの甘い体臭の前には役立たずに近い。さらに、慣れてきたのか少しずつ舌を伝わせるように唾液まで流し込まれたら、もう殆ど意味を成さないものとなる。目の前にいる女が娘である事を忘れて、震える舌を押し付けるだけだ。

 「んふ…♪」

 それにルカは喜んでくれたようだった。甘い体臭をさらに濃くして、激しく私の舌を貪る。味覚を感じる平から…裏筋まで。勿論、舌先を愛撫するように弾くのも忘れない。その間にも甘い唾液がどんどんと送り込まれ、私の頭の中までその芳醇な匂いに支配され始めているようだった。

 ―これは…やばい…。

 もう既に相手が娘であることなんて些細な事であるかのように感じてしまう。延ばした舌を愛撫されるだけでなく、ダラしなく下部に溜まった私の唾液を簒奪される事にさえ特に抵抗感を感じないのだ。ついさっきまで娘とこんなことをするだなんて、信じられない立場であったはずなのに、どんどんとこの状況に慣れていってしまう…。

 「くひゅ…♪…ふわぁぁ…♪」

 誘うようなその声と共にルカは一度、唇を離した。お互いの間で幾つもの唾液が行き来していた所為で、お互いの口には飴色の唾液が糸を引き、滴り落ちる。頬を赤く上気させて、上質の酒にでも酔ったのか瞳を滲ませる姿と、真っ赤に濡れた唇からとろりと唾液が落ちるその光景がまた倒錯的で、どうにも興奮を掻き立てられてしまうのだ。

 「ふふ…♪パパも素直になっちゃいましたね…ここも…そう…♪」

 そんな私に微笑んで、ルカは太股をすり合わせるように動かした。そこはさっきから元気に自己主張を始める男の大事な部分が押し上げている場所であり…長い間放置され続けた私のオスはそれだけでも嬉しそうに涎を垂らし、下着を汚しているのが分かる。

 「こぉんなに元気…♪長年大事に育てた娘だから興奮しちゃったんですねぇ…♪」

 言いながらルカは落としていた腰を上げた。上にあった重しが取り除けられ、微弱な快感も奪われてしまった私の息子はそれだけで寂しいのか、制服の股間部分を強く押し上げている。そんな私の息子を右手で焦らすように撫でながら、娘は私の上に跨った。しっとりとした質量を持つ肉厚の臀部が、オスの部分へと押し当てられ、そのまま前後に腰を動かし始める。

 「まるで本当のセックスみたいですねこれ…♪」

 うっとりと酒にでも酔ったような表情でルカが私の耳元に囁いた。その言葉に今まで殆ど流され続けていた理性が少しだけ抵抗を始めようとする。…だって、そうだろう。娘だからと言う事は勿論の重要だが、こんな50手前の親父と初体験なんて娘の汚点でしかないのだ。

 ―だから、抵抗しなければいけない…!

 「や…め…るぅひゃ…」

 口から漏れる声は殆ど何かの呻き声同然だった。既に娘が料理に混ぜ込んだ痺れ薬とやらが身体中に回りきっているのだろう。さっきは辛うじて動いた腕も指先を少し震わせるのがやっとでルカの身体を押し戻そうとすることも出来なかった。

 「何ですかぁ…?『止めるな』って言いたいのですか?」

 くすくすと私の上で微笑む娘の姿は、私が必死に伝えようとしている事を絶対に分かっているだろう。でなければ、こんな風に嗜虐的で…ようやく手に入れた獲物を前にするような笑みを浮かべない。そして、それに反抗する術も、否定する言葉も今の私には無かった。

 「ほぉら…パパ…ここ見えますか…?」

 言いながら娘は私の前で自分の胸元に手を当てた。そこはさっきまでと同じように十字の形に切り開かれており、興奮のためかじっとりと汗が浮き出始めている谷間を見せ付けている。
 その十字の下にあるチャックを手に取り、ルカはゆっくりと焦らすように下ろしていく。衣服の上からでも弾けんばかりだった胸が少しずつ締め付ける力が緩まっているのを感じて今にも飛び出そうだ。

 「ふふ…♪そんなに痛いほど見つめてくれるんですねパパ…♪」

 いつの間にかその光景に心を奪われてしまった私の視線に感じたのだろうか。さっきよりも吐く息に興奮を強く込め始めたルカが、嬉しそうに微笑んだ。それはようやく手に入れた宝物を何度も確かめる子供のようでありながら、背筋を震わせるような淫靡な物も多く孕んでいる。
 そして、その微笑のまま娘は一気にジッパーを引き下げた。両手で無ければ支えられないような質量を持つ胸がついに完全に開放されて、私の目の前で物欲しそうに揺れる。下着すら着けていなかったのか、私に初雪色の肌を見せつける胸の頂点は赤いサクランボのような乳首が既に隆々と勃起していた。

 「ちょっぴり蒸れちゃってますけれど…美味しそうでしょう…?これもパパが育てたんですよ…♪」

 言いながらルカは私の手をすっと握りこんだ。細い指先が無骨な私の拳を包み込むように支え、娘の胸へ…甘い香りを立ち上らせ、男を誘惑する胸へと導いていく。

 「さぁ…存分に触ってください…味わってください…♪」

 言いながら娘は私の手を自分の胸に押し当てた。麻痺した私の手を受け入れて形を変える双丘は瑞々しい若さに満ち溢れていて、何処か弾くような張りを持っている。それだけでなく、じっとりと汗ばんできている肌は肌理細やかで、吸い付いてくるように私の手を放そうとしない。…そして私の手も恐らくは離れたくないと思っているのだろう。でなければ力の入らない状態で指先に力を込めて、触れようとはしないだろうから。

 ―柔らかい…。

 娘が生まれてからずっとご無沙汰だった私にとってその感覚は脳裏を燃やすほど魅力的なものだった。弾力に満ちたそこは私の体温に溶かされ始めているのか、より柔らかい物になっていっている。最初は指を弾いていたのに、今では、力の入らない指先でも、従順に受け入れその姿形を歪ませていた。それがまた男なら誰でも持っている征服欲を刺激し、私を興奮させる。

 「ん…パパの触り方いやらしくなってます…♪」

 娘の言うとおり、私の指先はもう自分自身でさえ驚くほどいやらしいものになっていた。よりこの柔らかさを引き出そうと、そして味わおうとする指先は、私の記憶の奥底に眠っていた技術を掘り起こし、貪るように指を押し込む。同時に人差し指と中指の関節の間で乳首を挟み、緩慢な動きながら、それを扱いてやった。

 「ふぁ…ぁ…♪」

 それに娘は甘い息を吐くことで応える。目の前の最高のメスが私の拙い愛撫に感じてくれている事に、私は満足しながら、より指先に力を込めた。既にもう解れきっているルカの双丘はそれに身を震わせ、歓喜の声をあげさせる。

 「気持ち良いですよぉ…パパ…♪」

 言って、娘は私の首筋に顔を埋めた。そのまま胸の快感に震えながらも私の首筋に何度もキスを落とす。一度ごとに長く吸い付き、舌で私の皮膚を味わおうとするそれは明日の鏡を見るのが怖くなるほど情熱的なものだった。そして私の指もキスの情熱に負けじとどんどんとねちっこく焦らすようなものへと変わっていく。

 「んきゅ…っ…パパぁ…♪」

 悶える娘の顔はもう物足りないようだった。それも仕方のないことだろう。そもそも私の身体は麻痺していて、マトモにメスを感じさせる事なんて出来ないのだ。指先は何とか痺れに抗っているものの、その動きは私の記憶よりもずっと拙い。興奮と欲情の所為かルカはそんな指の動きでも気持ち良いと言ってくれているが、それでも物足りないのは私でも分かる。

 「…もう…良いですよね…?」

 ―何が良いのか…と言う言葉は野暮だろう。

 ルカは椅子の上ですっと膝立ちになって、前掛けのような修道服の裾を両手で持って、見せ付けるようにあげていく。そこは勿論、胸と同じように下着も何も付けていなくて…艶やかにランタンの光を反射する銀色の薄草が私の目の前に晒された。

 ―ゴクリ…

 思わず咽喉が鳴るのも止められないほど、そこは淫らな場所だった。うっすらと伸びる茂みから走る一筋の切れ目は、恥丘と言う言葉に相応しい。成熟したメスの、あまりに未成熟な部分からはは抑えきれない少し涎がぽたぽたと落ち、私の制服に幾つもの染みを付けている。

 ―それはあまりにも美しく、そして倒錯的な光景だ。

 相手はルカなのだと、娘なのだという意識はこの期に及んでも確かにあった。しかし、その意識は私をそこに惹きつけるのを止めさせるどころか、寧ろ倒錯感を掻きたて私の興奮を燃え上がらせていく。

 「そんなにじっと見られたら流石にちょっと恥ずかしいですね…」

 私の視線に刺す様なものを感じたのか、娘は恥ずかしそうに身じろぎした。けれど、その瞳は決して嫌そうなものではない。寧ろ捕まえたオスの視線を独占する事を悦び、より心を強く惹きつけようとするメスのものだ。その証拠に捲し上げられた裾はそのままで、身じろぎしながらいやらしく腰を振るい、秘唇の奥からとろりと涎を漏している。

 「分かります…?ここもパパが最初からずぅっと育てた…アナタだけのモノなんですよ…?」

 羞恥と興奮に顔を赤く染めながら、ルカはより私の視線を、心を奪おうと秘唇を広げる。まだ幼さを残すそこの奥は男を求めるようにひくつくピンク色の粘膜だ。未だ誰にも染められていないと主張するかのような鮮やかなピンクは私の中の男を惹き付けて止まない。今すぐそこを私のモノで蹂躙し、娘の言葉通りに自分だけのものにしたいと、そんな欲望さえ湧き上がらせる。

 「ふふ…パパ、ハァハァ言ってケダモノみたいです…♪」

 娘の言葉通り、今の私はケダモノそのものだろう。口から荒く息を吐き、メスの…いや、娘の秘所に視線を釘付けにされている。身体が動いていれば自分からルカに襲い掛かってもおかしくはなかっただろう。今やそれほどの興奮と欲情が私を襲っていた。

 「ケダモノのパパには服なんて要りませんよね…?」

 言いながら、娘は裾を片手で持ち、股下の私の制服をまさぐった。そして、何時も私の制服を洗濯するのと同じ手つきで、そこのチャックを開き…トランクスを突き抜けんばかりに怒張しているそれに手を触れる。既にトランクスを先走りでぐっしょりと濡らしているそれは、それだけでも震えるほど焦らされきっていた。
 しかし、娘はもう焦らすつもりはないらしい。膨れ上がった男根を器用にトランクスの合間から出して…そして一瞬、絶句した。仲間の傭兵の話の種になるくらい私のそれは太く、長いらしい。らしい、と言うのは野朗の平均なんて知りたくも無いし、仲間や娼婦が言っているだけで本当かどうかは知らないんだが。まぁ、膝立ちになった娘の秘所にもう少しでキスしそうな長さや太さは自分でも確かに大きいほうだと思う。…50手前でここまで元気ってのもどうかと思うんだが。

 「私のお兄様…こんなに熱くて…とっても元気…♪」

 そしてルカはそんな私の大きさを嬉しく思ってくれたようだ。愛しげに指先で撫で上げ、剥けた亀頭に指を這わす。弱い粘性を持つ先走りをローションにして、先っぽを指の輪できゅっと締め付けるだけで、私のそこはだらしなく精液を吐き出そうとさえした。

 「お兄様も我慢できないみたいですね…じゃあ…二人で仲良くケダモノになりましょう…♪娘とかどうでも良い…倫理も価値観も何も無い…お互いを貪るだけの二匹のケダモノに…♪」

 微笑む娘のその顔は初恋が実った初心な少女のようでもあり、最高の顧客に奉仕する最上級の娼婦のようでもあった。そのギャップが最後に残った理性さえ何処かへと吹き飛ばしてしまう。もう私の中に残るのは目の前のメスを愛したい、貪りたいという欲望だけだ。ルカの言うとおり本物のケダモノになった私を見つめながら、娘は両手で裾を持ち直し、ゆっくりと腰を下ろしていく。そして、ちゅっとピンク色の粘膜同士がキスし、お互いに涎を擦り付け合った。

 「ん……やっぱり初めてで自分から入れるのって…難しいですね…」

 少し気まずそうに笑う娘はまるで悪戯が見つかった時のようだった。「ちょっと待っててくださいね…」と何度もチャレンジするが、自分の膣の位置も正確に把握していないのだろう。本来なら直立を補助する手も裾を捲り上げているので、男根があっちへ倒れたりこっちへ倒れたりする。その刺激は私にとって焦らされる以外の何物でもない。目の前に最高に気持ちよくなれる場所があるのに、そこには決して入らせてもらえないのだから。…そしてそれはきっとルカにとっても同じことだったのだろう。目尻には涙さえ浮かべてチャレンジし続けている。

 ―なんとか…してやらないと…。

 既に理性も吹っ飛んだ頭でも、娘に対する愛しさだけはしっかりと残っていた。それはこの短い時間で幾分、歪められたものではあったものの、ルカを何とか泣き止ませてやろうと、麻痺した手を娘の頬へと伸ばさせる。

 「あ……」

 それが頬に触れてからようやく気づいた娘は、少し安らいだ表情をした。さっきまでの失敗続きで何処か切羽詰ったものではなく、受け入れられた安心感を感じているような顔に、私も興奮とは違う別の感情で胸が暖かくなる。
 そのまま少し見つめあった後、ルカは意を決したように再び腰を落とし…それは粘液で塗れる二つの性器の中心を貫いた。

 「ふ…ぅううううんっ♪」

 娘が口から漏らす声は艶やかなものだけではなく、苦悶の感情も混じっていた。しかし、娘はそれでもこの好機を逃すつもりは無いようでじっくりと味わうように私の男根を飲み込んでいく。その動きはルカにとって何か意図があったものではなく、単純に一気に貫くだけの技量も力も無かっただけなのだろう。しかし、それは何十年かぶりに文字通り処女地を味わう私のムスコに処女独特の不慣れさときつさ…そして熱い粘液の歓迎をこれでもかと味あわせ、その魅力を思い出させるのだ。

 「パパの……きついです…これが…初めてなんですね…♪」

 苦悶に顔を少し歪めながら、ルカはそっと裾を手放した。そして、味わうように下腹部に両手を置く。本人に自覚は無いだろうが、そこはまさに子宮と呼ばれる位置であり…女の一番大事なトコロへ精液を強請っているようにさえ見えた。

 「嬉しいけれど…動けなくて……後は…パパにお願いして良いですか…?」

 言いながら娘は私の首筋にキスを落とした。さっきまでの印をつけるようなものとは違い、結婚式で宣言の後にするような清純な口付けは私の身体から痺れを取り除き、自由を取り戻させる。それを確認するように指先を二、三回握った後、私は娘に頷き、太股の上に手を置いてゆっくりと圧力をかけてやった。

 「ふぅ……くぅ…♪」

 そう苦悶の声をあげる娘の声には嬌声も確かに混じっていた。けれど、やはり初めてで緊張しているのか、ごりごりと膣を進むムスコから感じる感覚はどこか硬い。このまま欲望に任せて襲い掛かれば娘にとって辛い経験となるだろう。…どうすればいいだろうか。

 「…良いですよ…ケダモノのように…精液処理の道具のように…私の身体を使ってください…♪」

 戸惑うように動きを止めた私の意図を僅かに取りこぼし、健気に微笑む娘に胸を掻き毟りたくなるほどの愛しさを感じる。そのまま欲望をぶつけようとする本能を愛しさが上回り、娘の頬に何度もキスを落とさせた。何時も父子のスキンシップとしてしているそれは一度、二度と繰り返すたびに娘の身体から緊張をなくしていく。

 「ん…パパ…♪」

 しかし、娘にとってはそれは不満だったらしい。強請るように唇を尖らせながら私の身体へとしな垂れかかってくる。それをしっかりと受け止めながら、今度は私からルカの唇を貪る為に襲い掛かった。

 ―甘い…。

 初めて味わう娘の口内は、とても甘い香りで満たされていた。さっきのシチューの残り香か、芳醇な甘さを惜しげもなく放つそこはとろとろの唾液も一杯、溜め込んでいる。口の端から涎として出て行きそうなほどのそれを舌先で掬い上げて、ルカの舌に塗りこむようにしてやる度に、陶酔して甘い声を漏らすのが分かった。

 「ちゅ……ふ…ぁぁ…♪」

 何処か鼻の抜けた声は不快感から来るものでは決してないだろう。それに気をよくして、私は歯茎をぐりぐりと刺激してやる。普段であれば性感など感じないであろうそこは、興奮している時だけは別なのか、舌でほじるように刺激してやると何とも言えない心地良さを走らせる事を知っているのだ。

 ―力が抜けてきたな…。

 そんなちょっと変わったキスをされているルカの柔らかさはさっきまでとは比べ物にならないくらいだった。だらりと弛緩して、重力に惹かれる腕も小さく震える腰もメス特有の何とも言えない柔らかさを取り戻している。それに満足して、私は一気にルカの腰を引き落とした。

 「っっっ…♪」

 ルカが叫ばなかったのはその口を私の唇が塞いでいた所為だ。そうでなければ、家の壁を突き抜けて隣にまで聞こえていたかもしれない。それほどの震えがルカの全身を襲っていた。それを丹念に解すように舌の腹で愛で、私は役目を終えた両手を娘の背中へと回して抱きしめる。そのまま小さい子供にするように背中を撫でてやると少しずつその震えが収まってくるのが分かった。

 「…ひゅぅん…あぁ…♪」

 甘えたような声を出すルカの膣もゆっくりと解れていく。最初はキツく締め付けるだけだったそこは、まるで包み込むように私を抱きしめているようなものへと変化していた。一番敏感な亀頭を締め付け、吸い付く子宮口は上の唇と同じくらいに甘く蕩けているように感じる。膣全体がフェアリーか何かで、男根に抱きついて亀頭の先にキスしていると言われても私はそれを鼻で笑い飛ばすことは出来なかっただろう。

 「ん……っ♪……にちゅ…………ふぁぁぁ…♪」

 そんな発情しきった声を出し、私の唇からようやく解放された娘の膣は間違いなく名器だ。激しく扱き、絞りあげるようなものではないが、包み込み、蕩けさせる恋人そのものの膣はまったく動かずとも甘い満足感を与えてくれる。男根を甘やかすように撫でる膣壁の感覚も、それだけで全てを委ねたくなってしまうほどだ。娘がもし、全て自分で挿入出来ていたら私はこの蕩けるような膣に何も考えられないまま精を捧げていたに違いない。

 ―もっとも…今もそれほど違いがあるわけではないのだが。

 私の男根は全て膣に入り込んでいるわけではない。しかし、それでも、腰の奥まで蕩けそうな甘いものが駆け上がってくるのだ。それは激しいものではないだけに抵抗しようと言う気さえ起こらず、気がつけば私のムスコは射精する寸前まで追い込まれている。

 「…ん……パパ……動いてください…♪」

 そんな私にトドメを刺す様に娘は甘く囁いた。その瞬間、きゅっと締まった膣とまた甘い接吻を交わす。その言葉と刺激に我慢できなくなった私は、不自由な椅子の上でゆっくりと前後に動き始めた。
 引き抜こうとする私の動きに抵抗し、吸い付いて離さない膣は、入れ込むと今まで以上の熱い歓迎をする。ちょっとした別離は恋のスパイスになるというセオリー通りに膣は今度こそ離すまいと強く抱きしめるのだ。

 「あぁっ…♪」

 そして膣と同じように私の上で喘ぐ娘も首に両手を回してくる。膣と同じかそれ以上に甘く蕩けた瞳で私を見つめながら、押し当ててくる胸もまた私の胸板とこすれあって不思議な快感を走らせた。それに我慢できずに動きがどんどん粗雑に、激しくなっていく。

 「ん…っ…♪気持ち良いですか…?」
 「勿論…っ…だ…」

 無論、自由に腰を動かせない状態で上に載っているだけの名器に出し入れする感覚はもどかしさを否定しきる事はできない。熟練の娼婦であれば、腰を8の字に動かし、様々な膣の顔を味わせてくれるだろう。けれど、そんなものがなくても、何より大事な宝物とこんな事をしていると言う背徳感は私の興奮を燃え上がらせ、今にも射精してしまいそうにさえなるのだ。

 「うれ…しい…っ♪」

 私の答えに微笑んだルカは私の首筋に再び顔を埋めた。そのまま耳元でハァハァと甘い吐息を聞かせるように漏らし続ける。耳を支配されるようなその息に背筋にまたゾクゾクした感覚が走るのを感じながら、ルカの身体を抱き上げた。

 「きゃっ…♪」

 そのまま自由になった腰を必死に上下へと振り、男根を膣に押し当てる。乱暴と言えるほどに娘を蹂躙するムスコは、子宮口との逢瀬も程ほどに身体ごとぶつける事を選んだのだ。射精する欲求と本能に支配された私はその快感をもっと高めようとルカの都合もお構いナシに腰を振り続ける。

 「ひゃあああっ♪あああああっ♪」

 初めて味わう自重で子宮口が押し上げられる感覚と、激しく蹂躙される感覚にルカが叫んだ。その声には苦悶のようなものは篭っておらず、嬌声そのものに感じる。それに少しの安堵を覚えて、私は何度も腰を振るった。その度に、ルカの艶やかな赤い唇の端から唾液がどろりと零れて、豊満な胸へと落ちて行く。その光景もまたとても淫靡で、私の興奮を一段階上へと引き上げた。

 「パパっ♪射精したいんですねっ♪私の膣内で出したいんですね…っ♪」
 「あぁ…!出したい…!ルカの中で思いっきり…っ!!!」

 そう叫んだ私の頭にはもうとっくに理性なんてものは無い。あるのはただ、目の前の愛しいメスを孕ませ、自分の所有印を付けて、独占することだけだ。…二度と逃げられないように、もう手放さないように、決して一人にされないように、逃れられない烙印を押し付けることしか考えていない。

 「えぇ…♪射精してください…っ♪パパの女に…パパだけのメスに…っパパのママにしてくださいいいいっ♪」

 そしてそんなみっともない私をルカは確かに迎え入れてくれた。足を臀部へを絡ませ、膣をぎゅっと締め付けながら、今まで以上に甘い快感を与えてくれる。その言葉と刺激は絶頂への最後の後押しとなった。さらに一回り大きくなったカサがごりごりと膣を削りながら、射精の時を今か今かと待ちわびている。

 「ルカ…ルカ…っ!」
 「パパぁ…♪」

 お互いの名前を呼び合って、誘い合うように唇を触れた瞬間に、我慢の糸が切れてしまった。舌と舌が絡み合う愛撫の感覚を感じながら、子宮口へと飛び込んだ亀頭から何十年かぶりの射精を吐き出す…!

 「んんっ♪」

 頭が真っ白に染まり、目の前のメスを征服する感覚に支配されながらも私の舌は貪欲にルカの舌を貪った。同じように絶頂を感じているのか。今までに射精と快感をうっとりした目で感じている娘は私と同じかそれ以上に貪欲に唾液を味わおうとしていた。そしてその膣も亀頭…特に狙ったように鈴口に吸い付いて、射精をより強請ろうとしていた。中に残った精液さえ貪欲に飲み込もうとするその動きに、腰を震わせる事で私は応えた。

 「……あ…♪」

 長い長い久しぶりの射精が終わった後、だらりと弛緩したルカの身体を抱きしめた。お互いに吐く荒い息と汗でべとべとになった身体はまるで一つになったような錯覚さえ私に覚えさせる。それを何処か否定できない気持ちのまま移動して、ルカをソファの上に横たえた。

 「…ねぇ…パパ。これで…私はパパの奥さんですよね…?」
 「あぁ…」

 普段であれば射精すれば冷静になるはずの思考は未だに興奮の真っ只中にいるらしい。でなければ娘の確認するようなその言葉に頷いたりはしなかっただろう。

 ―いや、それともこれが私の本性だったのか。

 ずっと娘として接してきたつもりだった。けれど、ルカが言うには私の瞳は何時もその先にいる彼女を重ねていたらしい。…それは正直否定できないのだ。顔立ちも何もかも、娘は彼女に良く似ている。性格さえも親譲りだと思う部分は沢山あるのだ。…その娘を彼女と重ねて、今度こそ離さない様に、と考えた事が一度も無いのは否定できない。

 「…安心…してください。私はあの女の娘ですけれど…それよりもパパの奥さんだから…何処かへ行ったりしませんよ…」

 絶頂の余韻に息を吐きながら、娘は私の頬を安心させるように抱きしめた。その触れる掌から伝わる熱は私の浅ましさを全て許し、愛してくれているようで私の目尻から一つ涙が零れ落ちる。

 「…え…」

 一度、自覚した涙は一つ零れ落ちるだけではすまなかった。目尻からぼろぼろとみっともなく涙を零す涙は50前のおっさんでなくとも困惑するだろう。まるで今まで押さえ込んできた感情を吐き出しているかのように止まらない涙をルカは一つ一つ手で優しく拭ってくれる。

 「良いんですよ…ずっと辛かったんですよね…?悲しかったんですよね…?だから、泣いても良いんです…」

 許しの声は今までかけられてきたどんな言葉よりも優しかった。そして、それは…今まで深過ぎて自分でも直視出来なかった胸の傷を覆い、撫でてくれる。その感覚が今まで押さえ込んできた感情を噴き出させ、涙と言う形で表現させているのだろう。辛かった、悲しかった、と一人の父親としては決して許されなかった弱音を吐き出させているのだ。

 「ねぇ…パパ…。パパの奥さんの名前を言ってください…」
 「ルカ…っ!ルカぁ…!」

 囁くその声に反射的に私は娘の名前を呼んだ。もう頭には彼女のことなんて無い。私の頭の中にあるのは目の前のメスの、大事な妻の、そして娘だったルカの事だけだ。それが伝わったのだろうか。ルカは絶頂に蕩けた表情に母性を浮かべながら微笑んでくれた。

 「そう…パパの奥さんは私です。…だから、もうあんな女の事は忘れて…ずっと一緒に、ずっと幸せに暮らしましょう…♪」

 その声に私より先に膣の中に入ったままのムスコが反応する。半分力を失いかけていたそれはむくむくと鎌首を擡げ、さっきと同じ硬さをあっという間に取り戻した。未だ蕩けてひくひくと痙攣する膣も再び興奮に塗れ、愛おしそうに抱きついてくる。

 「…ふふ…♪パパのここはまだとっても元気ですね…手始めに…もっと気持ちよくなりましょうか…♪」

 そう言って淫靡に微笑むルカの膣に我慢できなくなって…私は正常位の形で腰を突き入れる。

 こうして始まった第二ラウンドも、恐らくその先にある第三ラウンドが終わっても私とルカはずっと繋がったままだろう。そして、何より…ずっと傍に居続けるに違いない。誰よりも仲の良い家族として、一生、離れることなく過ごしていく。そんな予感が私にはあった。





                               BAD END









 ―私のちょっとした自慢の一つに体内時計の正確さがあります。

 子供の頃から家事の手伝いをしてきた私にとって、朝は戦いの時間と言っても過言ではありません。勿論、戦いとあらば先手先手を打つのが大事ですから、起きる時間と言うのは死活問題なのです。五分遅れただけで、夕方までずれこんだりする家事は食事の準備の妨げにさえなるのですから。朝の時間で終わらせる家事は全て終わらせるのは勝利の秘訣です。

 ―なので、こんな朝だって一応、起きる事ができるのです。

 ずっと恋焦がれてきた相手とのファーストキスと初体験と、婚姻を一緒にやったのが昨夜でも、疲れ果てて寝たのが夜が白んできた時間であっても、起きる事はできるのです。…起きることだけは。

 「…身体が重いです…」

 昨日あれほど激しく求められた所為でしょうか。指先一つ動かすのが億劫でベッドから動きたくありません。珍しいことに出来ればこのまま二度寝したい気持ちさえ沸き起こってくるのでした。

 ―とは言え、そういうわけにはいかないのですけれど。

 昨日、夕飯に混ぜた痺れ薬とたっぷりの媚薬のお陰で大好きなパパと結ばれることは出来たものの後片付けもなく、そのままなのです。それを小さな皿や鍋に移し変え、食器を洗わなければ、パパの手間を増やすことになってしまうのですから。妻として、夫にそんな無駄な手間をかけさせるわけにはいきません。

 「…まったく。罪な人ですね。パパは」

 呟きながら私の右を見るとさっきまで私を抱きしめてくれていた夫の姿が見えました。東方の血が混じっているのか黒い髪は幾つか白髪が混じっていますが、それもまた私を育ててくれる為にした苦労だと思えば愛おしく思います。浅黒い肌を見せ付ける胸は「衰えた」と言いますが、まだまだ厚く脂肪の欠片も見当たりません。堀の深い顔は、人によっては怖さを覚えるほど渋い魅力を醸し出しています。…けれど、そんなに渋い魅力がありながら、言動の一つ一つはたまに私より年下の男の子を思わせる事も少なくないのでした。

 ―誰から如何見ても魅力的な男性だって自分で気づいていないんですから。

 『あの女』に逃げられた所為でしょうか。パパはこれだけの魅力を持っているのに、人の好意にはあまりに鈍感なのです。それは私に対してだけでなく、他の女性にとっても同じでした。私がはっきりとした記憶がある内から、人間の女性や魔物娘が少なからずアプローチしているのにまったく無反応なんですから。

 ―やきもきしてた私が馬鹿みたい。

 そんな昔の記憶から私は夫に恋焦がれていました。最初は自分でもパパを取られたくないだけだと思っていたのですが…それが独占欲ではなく、嫉妬であり、男性としてパパを愛しているのに気づいたのはそれほど最近ではありません。どれほど魅力的な男性や男の子を見ても、どうしても夫と比べ、何時だって「パパの方が」と思ってしまう私が恋心に気づくのに必要な材料は少ないのですから。

 ―勿論、自分の恋心に気づいた時には苦しみました。

 だって、夫は私に一言も真実を言ってくれなかったのです。私は勿論、パパと私に血の繋がりがあると思っていましたし、それを疑うこともありませんでした。けれど、私の中の想いは日に日に募って、血縁程度で夫への気持ちを断ち切る事は出来なかったのです。何より夫の瞳は未だにあの女の姿を追い続けているのが、一番近くで見ている身としてはすぐに分かるのですから。

 ―だから、私はシスターを目指しました。

 神に一生を捧げるシスターであれば別に結婚しなくても不自然ではありません。別にこの町の教会ではそういった決まりがあるわけではありませんが、やはり修道女と言うのは神に一生を捧げるイメージが強いのも確かなのですから。そして、修道女であれば別の男性と結婚させられる事もなく、一生をパパの娘として過ごすことが出来るでしょう。私の想いが叶わぬ事も断ち切れぬことも思い知った私が選んだのは、そんなふしだらな理由からだったのです。

 ―けれど、それは不必要なことでした。

 教会に入って数日ほど経った日のことでしょうか。教会の記録を集める資料室へ幾つかの資料を運ぶ事を頼まれた私の目に、私が生まれた年からずっと並びたてられている資料が入ってきたのです。今まで教会が私と同じ年に立てられたなんて思いもよらなかった私は不思議な縁を感じて、教会の由来を調べ始めました。…そして、この町の教会を建てる時に領主と、そして外での活動経験を認められ同行していた警備隊員が一年ほど行方不明になったのを知ったのです。

 ―その警備隊員が夫であることに気づくのにそれほど時間はかかりませんでした。

 最初、その事実に知った時は驚きました。だって、計算が合わないのです。もし、あの女がパパの子供を生んだのだとすれば一年以上行方不明になっていた夫の子供を、この年に生めるはずがありません。…私は何か得も知れぬ感情に震えながら、調べ続けました。そして…私が夫の本当の子供ではなく、あの女は不貞を働いた上、私を孕み…尚且つ出産の後、私たちを捨てて逃げ出したのを知ったのです。

 ―それを最初に知った時、覚えたのは悲しみでした。

 本当の事を知らされていなかった悲しみではありません。捨てられた悲しみでもないのです。自分を捨てた女の子供をこんなに大きくなるまで育て上げたパパの苦労と辛さを想って悲しんだのです。結婚するほど愛した女性に捨てられるとはどれほど辛かっただろう、どれほど悲しかっただろう…けれど、パパはそれを私に見せる事は無く、立派な父親として私に接し続けてくれていました。

 ―次に感じたのは感謝の念と苦悩です。

 そのパパの行為に強い感謝の念を覚えるのと同時に…何も手のつかなくなってしまいそうなほどの悩みを背負い込んでしまいました。だって、私の身体には不貞の女と何処の男とも知れぬ男の血が流れているのです。これがまだ半分だけでパパの血が入っていれば妥協も出来るでしょうが、そうであれば元々、あの女は不貞などではなかったでしょう。

 ―そう思うと途端に私の身体がとても醜いもののように感じてくるのです。

 今まで沢山、パパが可愛いといってくれた顔も、何もかもが醜く感じて鏡を見るのも嫌になるほどでした。食事も咽喉を通らず、多くのシスターたちに心配されながら私は毎日、教会で祈りを捧げ、悩みの吐露を心の中で続けていたのです。歪んだ理由から修道女を目指したとは言え、私の中にも信仰心はあり、それに縋ることで私は何とか立つことが出来ていたのでした。

 ―そしてそんな私の悩みに神は応えてくださいました。

 それは一般的に言う主神様ではなかったのかもしれません。だって、私の目の前に下りてきたのは漆黒の羽を持つ、いやらしい格好をした天使様だったのですから。けれど、私にとってそれはどうでも良い事でした。その天使様は白い翼ではない事を違和感と感じさせないほど神々しく、また聡明であったのです。

 ―アイシャと名乗った天使様は私に痛く同情され、こうして素直になるキッカケをくださったのです。

 その際、夫を釘付けに出来るようにと男を魅了する魔物にしてくださり、私の背を後押ししてくださいました。人間を止めたのはちょっと気になりましたが、私の中の気持ちや信仰心に特に変化があった訳ではありませんし、こうしてパパと婚姻関係を結ぶことが出来たのですから感謝の気持ちで一杯です。

 ―あぁ…そうだ。成功のお手紙を書きませんと。

 去り際に住んでいる所をお聞きしたので、今の心境や経緯を記してお手紙を出さなければ…。例え、何も返す事が出来なくても感謝の言葉を送るくらいは私にだって出来るのですから。

 「…さて、そろそろ起きましょうか…」

 時計を見ると既に時刻は結構な時間になっていました。私も夫も遅刻するほどではありませんが、家事が残っている以上、油断は出来ない時刻です。…そんな事を思いながら後朝に離れがたい気持ちを振り切って私は立ち上がりました。そしてまず、昨日一晩で精液と愛液と汗でぐちょぐちょになった衣服を脱ぎ、持ってきた修道服へと着替えます。勿論、あんな淫らな衣服は夫の前でしか着ません。私が誘惑したいのも見ていただきたいのもパパだけで、他の人が見る前では黒染めの地味な修道服で十分なのですから。

 「…やっぱり凄い匂い……っ♪」

 脱ぎ捨てた衣服を摘むと鼻に飛び込んでくるようなキツい匂いがしました。まるで精液と愛液のカクテルのような独特の匂いは、嗅いでいるだけで昨晩の交わりを思い出させ、私の手をゆっくりと秘所へと導こうとするのです。

 ―はっ…いけないいけない。

 その腕を必死になって思い止まらせ、私は衣服を皺にならないように持ちました。夫が自分を慰めるのは百歩譲って良いとしても、妻が夫に見せ付けるわけでもないのに自慰をするのは純潔を夫に捧げたモノとしてすべき行為ではありません。そんな風に欲情を発散させるくらいであれば、次のパパの交わりの時まで大事に取っておいて、いつもより激しく乱れれば良いだけなのです。私の信じる神もきっとそう言うでしょう。

 ―あぁ、そうですね…『堕落した神』にもお礼の祈りを捧げなければ。

 そして後数年後に引退した夫を連れて、パンデモニウムで永遠に交わり続けるのです。寿命も、他の女も何一つない場所で、私たちしかない場所で、ただ、一組の番いとして、夫婦として生活するのです。…それはきっと、とても甘美な生活でしょう。浮気にも別離にも他人の悪意や好奇心にも怖がる事のない愛情と欲情だけの世界なのですから。

 「…大好きです私の旦那様…♪」

 そう言いながら未だに夢の中の寝ぼすけさんにキスをして私は軽い足取りでリビングへと向かいました。

 きっと今日も良い日になる…そんな予感を胸に、私はこれから未来永劫続いていく新婚生活の初日を迎えたのでした。



12/08/13 12:55更新 / デュラハンの婿

■作者メッセージ
 実父は駄目だけれど、義父ならば年の差カップルとして全然イケるデュラハンの婿です。※ただしNTRは除く。

 そんな訳で絶対に穿いてない、着けてない、なDプリたんへの愛と年の差カップル愛で書き上げました。
 しかし、あまりのエロの無さに心が折れそうです…。誰か私にエロスを…エロスの神を光臨させてください…っorz
 

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まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33