連載小説
[TOP][目次]
その1
 ―ジパングと言う地域では良薬口に苦し、と言う言葉があるそうですが…私にとって、それは口に苦いなんてレベルではありませんでした。

 「…苦いです」
 「はいはい。文句言わないの」

 さっきから私の目の前でにこにこしている男性がそう言いました。彼の名前はマークと言い、この村唯一の診療所で薬剤師として医者の真似事もする男性です。生活感を相手に与える程度に切りそろえられた髪は澄んだ湖のような透き通る青をしていて、柔和そうなイメージを人に与えるタレ目からはくりくりとした赤銅の瞳が覗き込んでいます。全体的に人に優しいとか温和そうなイメージを与える人なのですが…その正体は意外なほど意地悪なのを、私はここ最近で身に染みて感じていました。

 「この苦さは許容範囲を超えています。私は改善を要求します」
 「それでも大分甘くしてるんだけどなぁ…僕としてはそれ以上は無理、と答えるしかないね」

 笑いながらぎしっと木製の椅子に凭れ掛かって「うーん」と背伸びをするその身長は私より頭二つ分ほど高いかもしれません。一般的な男性から見ても長身なその姿は、純白の白衣と相まって、とても絵になっていると感じさせられます。

 「うぅ…飲むたびに口の中、もがもがするんですよ…?」

 白い陶製のコップになみなみと注がれている緑色の液体はお世辞にも美味しそうだなんて言えません。そして味の方も私の期待を裏切らず、口の含んだ瞬間、もがもが、と言うか、いがいが、な感じの苦さが口の中で弾けて、鼻には薬草独特の匂いが吹き抜けるのです。一口で嫌になってしまうのも仕方ないでしょう。

 「怪我する君が悪い、って事でどうか一つ」

 悪戯っぽそうに笑いながら私の『背中』に目をやる彼の言葉に、私は何も言えなくなってしまいます。そこには白い包帯でぐるぐる巻きにされて、見るからに痛々しい私の純白の翼があるのですから。

 「君も早く治したいでしょ?」
 「そ、それはそうですけれど…」

 ―けれど、こんなに苦いものを毎朝、飲まされるなんて…。

 無論、薬剤師であるマークがそういうのであれば、これは早く治すのに必要な薬草からわざわざ作ってくれたのでしょう。その心は決して無駄にしたくありませんが…けれど…その…うぅぅぅう…。

 「ちなみに他の患者はいないから飲みきるまで監視してるから」
 「うぅぅぅ」
 「まさか天使様が苦いから薬草茶も飲めない、なんて言わないよね?」

 ―そう。私は人間ではなく、天使。天界にいる主神様…私たちを作ったお母様に遣わされて地上へ降り立った天使なのです。

 お母様の教えを広めるため、魔界にいる魔王を討つため、穢れた魔物を一匹残らず駆除するため、教会に降り立ち、軍を率いる象徴でもありました。…けれど、私が随行し祝福されていたはずの軍は敗走。私は魔界に取り残され…それから少しの記憶が吹き飛んでいます。はっきりと記憶があるのはボロボロになりながら天界に帰ろうとしても『道』は開かなかった頃からで…仕方なく私は教会へと戻ろうとしました。

 ―けれど、ようやく辿り着いたそこは私を殺そうとする人間が山ほど居る場所だったのです。

 何故かは今も分かりません。私は天使である事を彼らは分かっていたようですし、そこで私に見られては困る不正でもやっていたのかもしれませんが、逃げるのに精一杯だった私にとって正確な理由が分かるはずもありません。まるで、目の敵にしている魔物と出会ったように私を追いかけて殺そうとする教会に…護り、祝福すべき彼らに傷つけられ、私の翼をはじめ多くの怪我をさせられてしまったのでした。

 ―そんな行き倒れ同然だった私を拾ってくれたのがこのマークで…。

 信じていた人たちに裏切られ、人間不信にもなりかかっていた私の心を解し、身体だけでなく、心まで癒すように暖かく接してくれたのがこの優秀な薬剤師さんで…その、なんていうか、そんな風にされるとやっぱり…好意を持っちゃうのは仕方ないというか、その……。

 「…ネリー?」
 「ひゃ、ひゃいっ!!」

 その時の事を思い出して真っ赤になっていた私の顔に薬剤師として不安に―怪我をした後は発熱などの症状が出るそうですし―なったのでしょう。私の名前を呼ぶ声に顔をあげると、心配そうに覗きこんでいるマークの顔がありました。

 「い、いえ、なんでもありませんっ大丈夫です!」
 「…そう?それならいいんだけど」

 大丈夫、と言ってもやはり命を扱うプロとしては、私の顔の赤さは気になるのでしょう。言葉だけはそう言いつつも、じぃっと真摯な視線が私の顔に突き刺さるのが分かります。

 ―は、恥ずかしい…っ。

 気恥ずかしさから逃げる為に私は手に持つコップに再び、ちびり、とだけですが口をつけました。その瞬間、私の顔を襲う苦さが、恥ずかしさも何も吹き飛ばしてくれるのです。思わず、顔をしかめて、舌を少しだけ突き出して少しでも苦さから逃げようとしてしまいます。そんな私の様子に少しばかり安心したのでしょう。マークはまた悪戯っぽく微笑みながら私を見ていました。

 「ふふ…そんなに苦いなら口移ししてあげようか?」
 「くっくちうちゅし!?」

 ―口移しって…その唇と唇を合わせてっ唾液と共に中の液体を押し込むって言うあの…せ、接吻みたいなあの!?

 恥ずかしくてぎゅっとコップを握ったまま顔を忙しなくきょろきょろと部屋の隅を見つめたりしてしまいます。身体も、もじもじと動いて、どうにも落ち着きません。特に胸はどっくどっくと早い鼓動を打ち鳴らして、鼓動の音で耳が一杯になるくらいでした。
 そんな私の様子を見ながら悪戯そうにマークが座っていた椅子から立ち上がり、私のほうへと一歩踏み出してきます。そして、そのまま私が身を預けているベッドの脇へと乗り出しました。

 ―この時点で既にもう彼の悪戯だと言うのには気づいていました。けれど、それでも、私の胸はどくんどくんと早打ち、急接近した彼の顔をまともに見ることもできないのです。

 「貸して?」

 言いながら彼の大きな手が私の手に触れます。力の入っていた私の手を解すような優しい熱が伝わり、全てを彼に委ねてしまいたい様な気さえしました。実際、私の手は力がどんどん抜けていって、彼にコップを手渡してしまいそうだったのです。…けれど、そんなマークの顔を見ることが出来ず、部屋の中をきょろきょろと視線をさ迷わせている私の目に『それ』が飛び込んできたのでした。

 ―あれは…?

 春の陽気で一杯になるように取り込む窓の向こうに見える木々…そしてその上にふらふらと飛ぶ黒い『何か』が見えるのです。詳細までは遠過ぎてよく見えませんが、まるで今にも落ちそうなほど不安定な『それ』は、かつての私をと同じように怪我をしているのかもしれません。『それ』―恐らくは正確には彼女なんでしょうが、少し遠くて確信はありません―には私と同じような翼が着いていますし、私と同じ天使で人間に裏切られたのかもしれません。

 「マーク…あそこ見てください」
 「ん…?あれは…」

 そんな一方的な共感から、私は彼にそれを伝えました。マークの治療を何度も受けている身としては、彼は意地悪ではありますが、とても腕のいい薬剤師であることは分かっています。なので、出来れば彼に、私と同じように助けてあげて欲しかったのです。

 ―けれど、その想いは次のマークの言葉で完全に反転しました。

 「あれは…魔物かな」

 少し珍しそうな声音をこめて…けれど、驚くほどのことでもないように言ったその言葉に私の思考がぴったりと止まってしまいます。

 ―え…・魔物…?あれが…?

 確かに目を細めるように見ると黒い衣服のようなものが申し訳程度についているだけで、その姿は煽情的なものでした。不健康なまでに青白いその肌には、幾何学的な文字…恐らくはルーンの類が刻まれていますし、その身体から重力に惹かれて地面へ伸びているものは魔物が良く好む鎖のようなものなのでしょう。

 「怪我してるみたいだから、ちょっと出てくるよ」
 「だ、駄目です!」

 さっきまでの悪戯っぽそうな表情を全て消して、優秀な薬剤師としての顔で部屋を飛び出そうとするマークの手を私は反射的に掴みました。何時になく強情な私の様子に驚いたのでしょう。彼はその表情に怪訝そうな色を浮かべて、私を振り返りました。

 「僕は薬剤師なんだから、救える命があったら助けるのが普通でしょ?」
 「魔物は穢れた生き物なのですよ!助けるためとは言え、下手に関ったりしたら何をされるか…っ!」

 ―魔物は穢れて、滅ぼす事が何より『正しい』事なのです。女性なら魔物に、男性は性欲の捌け口にされてしまうだけなのですから助けるなんてもってのほかなのです!

 でも、そんな私の言葉はマークにとっては不満なようでした。悲しそうに少しだけ目を伏せて私の手を握り返してきます。

 「魔物ってさ…穢れてるのかな?」
 「あ、当たり前ですっ!淫らで、欲望で一杯で、本能的な生き物ですから…っ!」

 ―私が魔界、と呼ばれる魔王の勢力下で見た光景もまさに魔界の名に相応しいものでした。

 様々な魔物が…どれも扇情的な格好をして、甘い声で男性を誘惑する魔物に捕まった騎士はどれも例外なく、押し倒されていたのですから。何をやっているのかまでは逃げるのに精一杯だった私には理解できませんが、それがいやらしい事であったのは、媚びるような嬌声が教えてくれます。

 ―そんな風に男性を襲って、その…いやらしい事をする生き物を穢れた、と言わず、何と言うのでしょう?

 「それが穢れているって事なの?」
 「勿論です!」
 「…じゃあ、人間には何で本能なんてものがあるんだろうね?」
 「そ、それは…」

 ―答えられません。

 下界に下りることを任されたとは言え、私は所詮下級天使なのです。お母様をはじめとする上級神族の方々が考えていることまでは理解しては居ません。けれど、私に知る事は出来なくても、それはきっと正しいのです。お母様がすることに間違いなんてあるはずが無いのですから。

 「何か意味があるはずです。全知全能であるお母様…主神様が間違うはずが無いのですから!」
 「全知全能…か。でも、その神様の治める世界で、今、魔王なんてものがいる」

 ふとマークが私の目から視線を逸らしました。何時だって、真摯に―悪戯する時だって真摯に―私の目をはっきりと真正面から捉えていた目の行く先は私には見えません。きっと、それはマークの過去なのでしょう。…そしてそれはきっとあまり良い思い出でないのが今まで見たことが無いほど悲しみの浮かんだ目が教えてくれました。

 「それを人間に倒させようとして…今、ここは多くの争いを広げている」
 「そ、それは…」
 「人に争いを広めさせている存在が全知全能?間違うはずの無い?」

 強い怒気をこめた目と声がまるで私を射抜くようでした。
 彼が何に怒っているのか私には分かりません。それに彼の過去が関係しているのは私にだって分かります。…けれど、その向こうまでは私に見ることは出来ません。マークの過去を知っているかいないか…その差は手で触れ合っているはずの私たちの間に明確に存在する亀裂で…私は思わず目を伏せました。

 「…ごめん。虐めるつもりは無かったんだ。でもね…」

 そんな私に小さく謝ってするりと、マークは私の手を離しました。そして彼は、まるで遠いどこか見つめるような目で口を開きます。

 「ボクが薬師の技術を学んだところはね。魔物と人が共存して一緒に暮らしていたんだ。でも、人の営みはそんなに変わっていない。他の街と同じように人が生活し、魔物を良き隣人として認めているだけ。まぁ、たまに騒ぎも起こったりするけれど、日常茶飯事のちょっとしたお祭りレベル。でも、そこはとても活気があって、楽しそうに生活しているんだよ」
 「………」

 ―何も言えない。言える筈が無いのです。

 だって、私はそこを知りません。私にとって魔物とは、穢れた生き物であると言う教えられたイメージと、自分の目で見てきた魔界での姿しかないのです。そんな風に人間の良き隣人として生活できるところなんて、想像だって出来ないのですから。

 ―けれど、マークが嘘を言っているとも思えません…。

 「そうやって理解しあって隣人として生きていける魔物って本当に穢れているのかな…?」
 「それは…」
 「出来れば誰かの言葉じゃなくて、君の言葉で考えて欲しいな」

 言いながら今度こそマークは白衣を翻して走り出して行っていました。その姿を私はもう引き止めたり追う事は出来ません。まるで貼り付けられてしまったように手を伸ばした状態でベッドから動けないのです。

 ―でも、魔物が穢れていないとは思えません…。

 教えられた言葉と、マークの言葉…。どっちが正しいのか、それともどっちとも正しくないのか。そんな板ばさみの中で、私はもう何が『正しい』のか分からなくなってしまいました。














 ある日の午後、私はとてとてと診療所内を歩いていました。
 墜落で痛めた足首はもう殆ど完治していて、歩くのにはもう支障が無いレベルです。それでも、まるで子供のような遅々とした歩みなのは決して私が小さい身体をしているからではありません。

 ―天使にとっての翼とはある種の出力機関です。

 天使の身体は飛行に必要なエネルギーを節約する為に大体が小さく軽量となっていますが、それでもこのサイズの翼で空を飛ぶことは出来ません。しかし、実際、空を飛べているのは、翼が魔術を展開し、飛行術式を維持する出力機関だからです。

 ―つまり天使にとっての翼は第二の脳とも言えるほど大事な箇所なのです。

 飛行する際、術式を頭で維持しながら、別の物事を考えるのはとても難しいです。人間でもある一定以上の術者は可能だと聞きますが、多くの魔術士はその領域に達するのは無理でしょう。しかし、天使は翼を出力機関として発達させることで指先を動かすのと同じ感覚で空を飛ぶことができるのです。

 ―そんな天使が足で地面を歩くことなんてあるはずがないじゃないですか!!!

 実際、下界に降り立ってからの私は自分の足で移動するなんてことを殆どしたことがありません。翼を射抜かれ、ボロボロになった今でなければすることはなかったでしょう。そしてこれからもきっと、することもありません。何故なら私の小さな四肢ではどれだけ鍛えても翼には敵わないのですから。

 ―それにしても、何時頃…翼が治るのでしょう…。

 勿論、翼は治ってほしいです。地面を歩く感覚は慣れませんし、移動はとても不憫です。とてとてと歩く姿は、天の使いとは思えないほど、惨めな姿でしょう。

 ―けれど、同時にこの生活が終わって欲しくない気もします…。

 彼と語らい本を読んだりして安らいだ生活。まるで天界のような…認めたくはありませんが、それ以上のような優しい生活は、私の身も心も癒してくれているのです。そんな生活から離れたくない、と言う気持ちは私の中ではっきりと育ってきていました。

 ―でも……私には大事な使命があります。

 魔界での戦いの後、記憶を失いパニックとなった私は天界へ帰ろうとしました。けれど、帰るための道は一向に開かず、私の声に仲間たちは応えてくれなかったのです。それはきっと私がまだお母様から授けられた使命を果たしていないからなのでしょう。天界へ帰るためにも、魔王軍と戦わなければいけません。

 ―…けれど、使命って本当に正しいのでしょうか…。

 誰かの言葉ではなく、自分の言葉で考えて欲しい…マークのその言葉が私の脳裏からずっと離れずに、私にそんな迷いを植え付けるのでした。無論、正しいのは何時もお母様ですから、考える必要など無いはずです。…けれど、マークの言葉はそんな前提さえ飛び越して、私の中に残り続けているのでした。

 「はぁ……」

 思わず漏れ出るため息に私は自分で驚きました。だって、ため息なんて初めてしたのです。天界で生活していた時も、下界に降りてきた時にもため息なんてしたことがありません。どんな辛い事でも、きっとお母様の思し召しによる試練です。喜ぶことがあっても、ため息なんてつくはずがないのですから。

 「…私、変わって来てる…?」

 ―どんな事でも全知全能のお母様による思し召し…そう思う事で護られてきた私の信仰が今、揺らいでいる…。

 それは恐ろしく危険な感覚です。天使にとってはあってはならない不信なのです。
 …けれど、私の中のその揺らぎは自覚して尚、収まりません。

 「マーク…」

 全てはあの薬剤師の所為です。命の恩人で、優しくて、ちょっと頑固で、優秀な薬剤師で、料理も美味しい、そんな彼の仕業なのです。そう思うと彼が堕落した神の使いである悪魔のようにも思えてきました。

 「マーク…何処ですか…?」

 八つ当たりに近いですが、一言文句でも言ってやらないと気がすまなくなってしまった私は、彼の姿を探そうと辺りを見渡しました。辺りは暖かい木で出来た柱や壁に囲まれていて、診療所として機能させるため、そこそこ大きい彼の家は病室が立ち並び、廊下の先にはリビングが見えます。

 ―あそこでしょうか…?

 そろそろお昼も近いですし、昼食を作ってくれている頃でしょう。どんな料理を作っているのも気になった私は、不慣れな足ですが、ゆっくりとそちらに近づいていきます。

 「…っ………ぁ」

 ―…?

 リビングに近づくと、病室のほうから何か声のようなものが聞こえてきました。この診療所に今居るのは私と、穢れた魔物と、彼だけですから、恐らくは魔物の声でしょう。耳を閉じて一気に駆け抜けてしまいたくなりますが、歩けるようになったとは言え、私の足はまだ走る事は出来ません。仕方なく私は耳を閉じてリビングに近づこうとします。

 「…ぁぁ……っきぃ…♪」
 「…ぁあっ…」

 ―…マーク?

 声が聞こえる病室の脇を通り過ぎようとした瞬間、男の声がそこから聞こえてきたような気がしました。さっきも言ったとおり、この診療所にいるのは私と彼と魔物だけですから、不審者が入り込んで無い限り、男の声といえばマークだけになってしまいます。

 ―何をしているんだろう…?

 マークと穢れた魔物が何をしているのか気になった私は病室のドアノブを慎重に回して、隙間から中の様子を覗き込み…そして絶句しました。

 ―最初に見えたのは青白い肌をした『何か』で…次に見えたのは尻尾を振る犬のようにぱたぱたと揺れる黒い翼です。
 ―そして、その『何か』がマークの股間に頭を埋めている魔物だと気づいた時には私の身体は完全に石になってしまったのです。

 「ふふ…っ♪…ホント、美味し…♪」
 「や、やめ…!」

 マークは股間の魔物を押しのけようとしていますが、身体に力が入っていないようでそれはとても弱弱しいものでした。顔は恥ずかしそうに赤く染まっていて、その目にははっきりと抵抗しようと言う意思が見えません。
 そんな彼の様子に拒まれていないことに確信を強めたのでしょう。魔物は灰色でありながらも陽光に煌く髪を震わせながら、彼の股間に手を触れ、上下に動かしています。その度に、魔物の身体に巻きついた鎖がちゃりちゃりと音を立て、布切れのような局部しか隠さない服が扇情的に揺れました。

 「やめないよ…っ♪これはボクなりの診療代なんだからぁ…♪」
 「だ、だから、それは要らないって…」

 彼の言葉に魔物は耳を貸さず、寧ろ聞きたくないというばかりにより激しく手を動かしました。それにマークが耐えるような声を上げ、言葉が中断されてしまいます。

 「駄ぁ目…♪ちゃんと受け取ってもらわないとボクの気が済まないなぁ…♪」

 そう言うと魔物は再び、彼の股間に顔を近づけ、今までに無いほど奥へ奥へと頭を埋めます。そのまま頭を固定して、何かをやっているようですが、彼らの情事を魔物の後ろから覗き見ている私には詳しいことは分かりません。しかし、それが『とても気持ち良い事』であるのは耐えるような彼の表情から分かりました。

 ―マーク…気持ち良さそう…。

 必死に抵抗しようとして、けれど、気持ちよくて抵抗できない彼の表情は私にとって始めてみるものでした。何時も優しく、時に意地悪に私に接してくれている『大人』のマークではなく、そこにあるのは『男』としての表情です。それが私の胸にきゅんきゅんと何度も甘い痛みを走らせるのでした。

 ―私も…っ彼にあんな顔させてあげたい…っ。

 見ているだけでも、胸が切なくなってくる彼の表情に煽られて、そんな欲望がふつふつと湧き上がってきます。しかし、それはいけないことです。そんな『欲望』は決して認めてはいけないものです。少なくとも天使としてはあってはいけないものなのです。
 …しかし、何度そう否定しても、私の中に燃え上がった欲望は決して消えてはくれず、寧ろ強く私を二人の情事へと引きずりこんでいくのでした。 

 「はぁはぁ…っ駄目だって…も、もう…!」

 そうしている内にマークの顔が切羽詰ったものになってきました。がちがちと歯の根をぶつけ合わせて、それでも尚足りず口の端から涎を流しているその姿は普段の私であればみっともない、と一蹴したことでしょう。けれど、今の私にとっては、その表情もまた、強く欲情を煽られてしまう一因になってしまいます。

 「駄目…っ!で、出る…!!」

 ―出る?え?何が????

 唯一、残った私の理性がそう呟いたのと同時に彼の身体が痙攣し始めました。まるで奥へ奥へと打ちつけるように腰を震わせています。魔物はそんな彼の動きを愛しそうに受け入れ、彼の腰を両手で掴んで離さない様にさえしていました。
 そのまま一分ほど経った頃でしょうか。何かを出し終えてぐったりと身体をベッドに横たえた彼と、満足そうに口の中に何かを溜める魔物が対照的ですらありました。

 「ふふ…っ♪」

 そのまま魔物は彼に近づいて、マークに見せ付けるように『何か』を嚥下します。ドアの前にいる私とはそこそこの距離が離れているはずですが、そんな私の元にさえごくり、と言う音が聞こえてきそうな咽喉の律動は、まるで私に見せつけられているような気さえします。

 「思った通りだ…♪美味しいよ…君の精液…♪」
 「あんまり喜びたくないなぁ、それ…」

 恥ずかしそうに笑う彼はもう身体に力が戻っているようでした。目は既に意思を取り戻し、頬を掻く指先にも力が入っています。

 「じゃあ、喜びたくなるように…次は本番しようか…♪」
 「いや、今、僕出したばっかりなんだけど…」
 「一人だけ出して終わりとか君は酷いね。ボクをヤりすてる気かい?」

 そのまま魔物は横たわる彼の胸に頭を置いて抱きつくような姿勢になりました。そして、指先でマークの胸を弄りながら、時折、ちゅっ、と何かに吸い付いているような音を立てています。

 「襲い掛かったのはそっちでしょ…」
 「その割には強く抵抗しなかったみたいだけど?まさかお医者さんが怪我人に負けるはず無いだろうし」
 「…優しそうな顔をしてるくせにアイシャって割と意地悪だよね」
 「ふふっ…♪君が可愛いからだよ」

 魔物の言葉に何時も私に悪戯しているマークのプライドが傷つけられたのでしょう。彼は少し引きつった笑いを浮かべながらも優しく魔物―マークの言葉が正しければアイシャと言う名の―の頭を撫でました。

 「…撫でられるの気持ちいいな…♪」

 その声ははっきりとしていながらも放蕩としているような色が含まれていました。私の位置からでは表情こそ見えませんが、魔物が今、嬉しそうに目を細めているのが目に浮かぶようです。

 「ね…キスしよっか…?」

 ―キス?え?キスって…?……え?

 唐突に告げられた魔物の言葉に混乱する私とは対照的に、マークは少しばかり意地悪そうに笑っています。

 「さっきフェラしてた口と?」
 「君のなんだから文句言わないの」

 少しばかり小突かれながらも彼の様子は決して嫌そうではなく、寧ろ魔物とのやり取りを楽しんでいるようでした。その証拠にマークは自分から率先して、魔物の唇に近づいていきます。

 ―え…?キスって接吻のこと…?

 その事実に気づいた時、私の中に荒れ狂う激流のような衝動が沸き起こりました。私の理性とか、プライドとか、そういうものは全部、その激流に飲み込まれ、私の身体を、『私の意思』とは別に動かしていきます。
 私は自分の行為を理解する余裕も無いまま、中の二人に気づかれないようにそっと扉を閉めました。そして、その扉を小さくノックし、中に一言声をかけるのです。

 「マーク…?ここにいるの…?」

 それからは大変でした。扉の向こうで下半身を剥かれていた彼は私の呼びかけに応えようと必死になって魔物を引き離しているのでしょう。暴れているような音が扉越しにさえ聞こえてきます。その音に少し冷静―とついでに何故か胸がすっとした―になった私は自分の内股が少し濡れているのに気づきました。

 ―これ…なんでしょう…?

 一瞬、お漏らしかと思いましたが、少し粘性を持ったとろとろの液体が私の股間から流れているのです。それがねとねとと糸を引き、内股をすり合わせる度にいやらしい音を私の耳に届かせました。

 −いえ、そもそも私はどうして内股を擦り合わせたりなんか…。

 「お、お待たせ!」

 自分でも理解できない音と行動に首をかしげていると、マークは扉を少し開けて私の前に姿を現しました。少しばかり着ているシャツをはだけさせたその姿は扇情的でもありましたが、表情はいつもの優しい彼の表情に戻っています。それにどこか安心する一方で、彼の乱れた表情が見たかった、と心の中に根付いた『何か』が私の中にそう囁くのです。

 「どうしたのネリー。お昼御飯の事かな?」

 言いつつ、彼は部屋の中を見せないようしっかりと身体で私の視界を塞いでいます。表情はいつものものですし、動作に特に焦りは見えないのでもしかしたら似たようなシチュエーションが以前にもあったのかもしれません。…そう考えると私が出会ったときに、彼に抱いた清廉潔白で立派な薬剤師…と言う第一印象は大きく的外れのだったのでしょう。

 ―それでも失望の念は沸かないのですよね…。

 どうしてかは分かりませんが、失望とはまったく違う、胸が締め付けられるような苦しみが私を襲うのです。

 「…ネリー?」
 「あ、は、はい!」

 何も話さないまま呆然と立っているだけの私を疑問に思ったのでしょう。気づいたらマークが私の顔を覗きこんでいました。今までに無いほど間近にまで接近しているその顔は、真剣に私を心配しているのと同時に、私の不調を一瞬でも見逃さまいとする優秀な医師の顔です。しかし、それでも、私はさっきのキスの情景が頭から離れず、顔が熱を持つのを止める事ができませんでした。

 「顔が赤いね。もしかして傷が痛み出したのかな?」

 ―い、いえ、その…違うんです。

 とは言えません。そもそもマークを呼び出したのは、逆らえない衝動があってのことで何かしら理由を考えていたわけではないのですから。行き当たりばったりな自分の行動も恨めしいですが、神の使いである私が嘘をつくわけにもいきません。出来れば、彼が誤解したままの方がやりやすいのも事実なのです。

 ―…お母様…ごめんなさい…。

 自分でも狡賢いと思う方法に、天界にいるお母様に心の中で懺悔しながも、私は積極的に口を開こうとはしませんでした。

 「大変だ。ちょっとごめんよ」

 そんな私を彼は体調が悪くて口が聞けないのだと勘違いしてくれたようです。彼は部屋から出ると―その瞬間、こちらを不満そうに見つめてくる一対の瞳を目が合いました―私の背と足に手を回し、理解できないまま固まっている私を抱き上げました。

 ―わ、わっ、こ、これって…っ!

 俗に言うお姫様だっこをされて抱き上げられた私は不安定な重心の拠り所を初体験なりにも、彼の身体に求めました。彼の胸に抱きつくように手を回すと、しっかりと固定されて多少の揺れにも対応できそうです。けれど、それは私とマークが密着すると言うことで…

 ―い、意外と胸板が…。

 白衣や大きめのシャツを何時も着ているので分かりませんでしたが、彼の胸板は思ったよりも硬く厚いものでした。普段の様子から勝手にひょろひょろの肉体を想像していた私は、そのギャップに甘く胸が痛むのを感じます。同時に、密着した場所から伝わる彼の優しい体温が、そんな甘い痛みさえも癒してくれるような錯覚を私に与えてくれました。

 「少し揺れるよ」

 言いながら私の病室へと駆け出す彼の身体は私と言う重荷―いや、飛行を主な移動手段とする天使である以上、私は軽いですよ?軽いんですってば!!―があるにも関らず、重心がまったくぶれません。彼は揺れるといいましたが、密着している分、自分で歩くよりも安定し、尚且つ早いくらいです。そんな意外なほどの男らしさにどきどきさせられながらも、恐らくは何度もこうやって患者を運んだことがある、と言う彼の経験を感じ、高鳴りの中に痛みも強く感じてしまいました。

 ―私…どうしたんでしょう……。

 今日の私は何時もの私っぽくありません。…いえ、正確に言えば私が魔物を見つけた日…あの会話から私はずっと私っぽくないのです。今まで疑ったことの無い事を疑い、今まで感じた事の無い事を感じ、今までしたことの無い事をしてしまいまったのですから。しかし、それに戸惑いを感じることはあっても、嫌だったり不安を感じたりしないのが私自身でも不思議でした。

 「大丈夫?下ろすよ?」

 気づくと彼は私の病室の中に入っていてベッドに私を下ろそうとしていました。しかし、私が必死に彼に抱きついていて、下ろそうとしても下ろせないので声をかけたのでしょう。離れたくない、と心のどこかで囁く私の『何か』に逆らい、私は彼の胸に回していた手を解きました。

 ―あ…寒い……。

 その瞬間、今まで密着して感じていた彼の体温がなくなり、思わず心の中で呟いてしまいました。無論、今の季節は春なので決して本当に寒いわけではありません。太陽の光を大きく取り入れている窓からは、うとうととしたくなるような暖かさを感じるのですから。
 しかし、彼の熱を奪われてしまった私にとって、今の春の暖かさは秋の肌寒さとそう代わりが無いほどだったのです。

 ―けれど…あんまり密着していたら彼が迷惑ですよね…。

 少なくとも人一人を抱えるというのは意外と重労働です。空を飛ぶ為に体重も軽い私たちですが、それでもここで我侭を言うのは彼にとって苦痛でしょう。何よりマークは真剣に私を心配してくれているのですから、これ以上の我侭を言うわけにはいきません。…本当に名残惜しいですけれど。
 そんな風に自分に言い聞かせた私を彼は、ゆっくりとベッドの上に横たえてくれました。

 「今、解熱剤と消毒液を持ってくるから待っていてね」

 そのまま彼は私を安心させるように軽く頭を撫で、後ろを振り向きました。彼の言葉通り、解熱剤と消毒液を持ってくるつもりなのでしょう。しかし、私の脳裏にさっきの魔物とのいやらしい光景がフラッシュバックしてしまうのです。勿論、彼は優秀な薬剤師ですから、少なくとも私の手当てが終わるまであの魔物のところに寄ったりはしないでしょう。けれど、私の中に、こべり着いたあの光景が、マークは今から私を置いて、あの魔物のところに寄るかもしれないというありえない想像を掻き立てるのです。

 ―そんなの…嫌です…っ!

 「待って…っ!行かないでください…っ!」

 私は思わず彼の白衣の裾を掴んでしまいました。

 ―私…な、何やっているんでしょう…?

 私のやっていることは小さい子供が親に我侭を言うのと同じです。天界では見習いの天使でさえ決してやらないようなことでしょう。そんな事を、お母様から使命を託された私がやっている…その事実が私自身信じられません。
 …けれど、同時に私の中の衝動はこの手を離してはいけないと、明確に告げているのです。

 「ネリー…?」

 勿論、そんな私を不思議そうにマークは見つめてきます。当然でしょう。私自身でさえ戸惑っているような事態なのですから、そんな私に巻き込まれた彼にとっては不思議で仕方ないに違いありません。

 「あ、あの…その…そ、傍に…居て……ください…」

 困惑する私とは裏腹に私の唇はしっかりと私の願望を声に出して伝えてくれました。
 そんな私に彼は一瞬、きょとんと目を丸くした後、少し笑って、ベッドの脇の椅子に腰を下ろしてくれたのです。

 「それじゃあ君が眠るまでここにいるね」

 そう言いながらマークは再び私の頭を撫でてくれました。そのまま私がはだけたままにして置いたシーツを直し、私の身体にかけなおしてくれるのです。それだけで私の中の耐え難い衝動は大分収まり、私を包んでいた寒気も霧散したように消えていくような気さえしました。寒気が消える代わりに、何時も彼が傍に居てくれる時に感じる安心感が戻ってきて、まどろみさえも感じます。

 ―けれど……私は言わなければいけない一言があるのです…。

 「あ、あの…マーク…?」
 「ん…?」
 「ごめんなさい…」

 何については言えませんでした。盗み聞きや覗き見のような悪い事をしたこと、こうやって卑怯な真似をして下手な心配をさせてしまったこと、さらにその状態で我侭を言っていること、思いつくだけでこれだけあります。しかし、その中の全てが彼に言えない理由でした。だからこそ…私は、ごめんなさい、としか言えないのです。

 「何のことかな?」

 言ってマークは少し笑いました。まるで他愛無い悪戯を謝る子供を見つめるようなその目は私の中の全てを見透かしているようです。…いや、多分、そんなことは無いと思いますけれど…でも…。

 ―彼の赤銅色の瞳なら心の中、全部見透かして欲しいような気さえ―

 「おっと…そろそろお昼か。ネリーは御飯食べられそうかな?」

 そんなマークの一言に私の思考は中断させられてしまいました。彼のほうを見ると、枕元の時計を見て、少しばかり首を傾げています。恐らく今までは夢中で時間に気づかなかったのでしょう。何に夢中になっていたのか、と言えば…勿論、アレしかありません。

 ―あ、あの魔物とあんなにやらしい事をして夢中に…っ!

 そう思うと再び私の中に耐え難い衝動が燃え上がってくるのが分かりました。さっき彼の言葉と行動で収まったはずのそれは、さっきとはまた違いどす黒い色で、私の中の『意思』と呼ぶべきものを燃やし尽くしていくのです。

 ―穢れた魔物とあんなに触れ合って…っ!

 脳裏にさっきの二人の情事が蘇ってきます。言葉では抵抗していたけれど、とても気持ち良さそうにしていたマークのあの姿が、必死にいやらしい事をしていた魔物の艶美な姿が、どんどんと頭の中で再生されては消えていきました。

 「…ネリー?」

 ―あぁ…そうです…綺麗にしてあげないと…。

 あんなに穢れた魔物と触れ合ったのですからマークのそこはとても汚れてしまっているのでしょう。彼はきっと騙されているのです。魔物が愛や恋と言った尊いものを知っているわけがないのですから、あの魔物の行為はマークを堕落させようとする魔物の姦計に違いありません。しかし、彼は下手に魔物と接してきた過去があるだけに、それが分からないのでしょう。ならば、私だけが彼を護ってあげることが、私だけが彼を綺麗にしてあげることができるのです。

 ―あぁ…そうなんですね…。これがお母様の思し召しなのですね…っ。

 私が天界に帰れなかったのもきっと彼の為なのです。私がいなければあの魔物の所為でマークはきっとなす術もなく堕落させられていたことでしょう。優秀であり、村唯一の薬剤師である彼が堕落してしまえばこの村は大変なことになってしまいます。それを防ぐ為にお母様は私を帰さなかったのでしょう。

 「いえ…それよりもマーク…」
 「ん…?」

 不安そうに私を見つめる彼の手に私は手を伸ばしました。そのまま逃がさないようにしっかりと彼の手を握ってから、私は口を開きます。

 「…あの部屋で何をしていたんですか?」
 「っ!」

 彼の顔に一瞬、動揺が走ったのを私の目は見逃しませんでした。すぐさま、何時もの柔和な笑みに隠されたそれは、彼にとってもあの部屋でやっていた事が後ろめたいことであるのを私に教えてくれます。

 ―大丈夫…後ろめたいと思えるのであれば、まだ戻れますよ。

 「いや、ちょっと不安そうにしていたから傍にいただけだよ。君と同じさ」
 「嘘ですね」
 「いや、嘘じゃ…」
 「嘘は…悪いことなんですよ…マーク」

 ―あぁ…でも、やっぱり少しは魔物に汚染されてしまっているのですね…嘘をつくなんて…。

 「あの部屋でやらしい事してたんですよね…?」

 問い詰めるように、じぃっと彼の目を見つめると、彼は観念したように小さくため息をつきました。そして、空いている手で私の目から逃れるように目を覆います。

 「…見てたの?」
 「えぇ」

 彼の言葉に満足した私は手にこめる力をより強くしました。ここはまだ彼を『浄化』してあげる第一歩でしかなく、ここからが本番なのですから、逃げられてしまえば駄目なのです。

 「私…言いましたよね…?魔物は本能だけでオスを求める穢れた種族だって…」
 「いや、それは…」
 「マーク…貴方の意見はともかく…そうなのです。彼女たちはどんなに美しい姿をしていても、淫らで、刹那的で、愛なんて持たない、オスの精を強請だけの穢れた種族なのですよ」

 ―そんな魔物に貴方が穢されるのを私は我慢できないのです…っ!

 「そんな魔物とやらしいことしたら…汚れちゃいますよ。だから…早く綺麗にしないと」
 「ネリー、何を…」

 何かを言おうと口を開いた彼の手から私は『力』を流し込みました。その瞬間、彼の身体は電流が流れたように大きく震え、力なく椅子に横たわります。突如起こった体の変調に驚くマークと対照的に、予想以上に上手くいったのに口元に笑みを浮かべた私はベッドから起き上がって、彼に近づきました。

 「これは…?」
 「抵抗されると『浄化』が上手くいきませんから少し『力』を使わせて頂きました。命の別状はありませんし、少し放っておけば元に戻ります」

 元々、私は人間の世界へ降りてくるのを使命とされるほど実力のある天使なのです。少し本気になれば人間一人の抵抗力を奪うことくらいは朝飯前なのですから。

 「さぁ…綺麗にしましょうね…?」

 言いながら私は彼の股間に手を触れました。魔物越しで結局見れなかったそこはいまだにさっきの興奮の余韻を残しているのか、ズボン越しでさえ私の手にはっきりとした熱を伝えてきます。

 「ネリー…何を…?」
 「じっとしててくださいね…」

 ズボンの脱がし方なんて分からない私は少しばかり戸惑いながら、がちゃがちゃとベルトを弄っていましたが結局、それは徒労に終わりました。仕方なく、他に脱がせる方法が無いか、と探していると、股間に金属製のものがあるのに気づいたのです。

 ―あ…これなのでしょうか…?

 それを掴んで下ろすとじぃぃと言う独特の音と共にズボンの前に穴が開きました。その瞬間、私の鼻に今まで嗅いだ事の無い匂いがぶつかってきたのです。

 ―こんな…やらしい匂い…きっと魔物の匂いなのですね…。

 嗅いでいるだけで頭の中に靄がかかってしまうようなその匂いはとてもやらしいのです。性行為の知識も何も持っていない私が、やらしいと感じてしまうほど濃縮された性の匂いは私の中に少しだけ残った後戻りしようとする『意思』をまるで鑢のように削っていきました。

 ―後はパンツですね…。

 マークの大事なところを隠す最後の砦もズボンと同じように前に穴が開いていて、ボタンを外せばすぐに穴を広げることが出来ました。その穴から彼の性器に手を伸ばします。

 「ネリー…っ止め…っ」

 制止の声がかかりましたが、私は特に気にしないことにしました。だって、魔物に対しても抵抗するような声をかけておきながら、強く抵抗していなかったのですから。これから彼を『浄化』しようとする私に対して本気で止め様と思っているはずがありません。
 そんな事を思いながら彼の股間をまさぐる私の手に何か柔らかいものが触れました。

 −…この柔らかいのが…えっと、彼の大事な…。

 今更ながら自分のやっていることがとんでもない事のような気がして、顔に強い熱が篭りますが、今更後戻りは出来ません。彼の為にも、私のためにも、しっかり彼を『浄化』しなければいけないのです。
 そう決心した私は私は優しく『それ』を掴んでズボンの外へと引きずりまだしました。

 「はぁ…♪可愛い……♪」

 それは私が今まで見たことがない器官でした。可愛らしい赤い粘膜が皮膚に護られるように少し包まれているそこは私の中指ほどの長さで、ふにゃんふにゃと柔らかく、癖になるような感覚を私の手に残します。
 けれど、それだけではありません。それが外に出るだけでさっきとは比べ物にならない濃厚な匂いが部屋中を支配します。あまりにもやらしくて、えっちなその匂いは私を彼の性器へと駆り立てるような気さえするのでした。

 「これから『浄化』…しますね…♪」

 そう宣言して私は彼の性器に舌を這わせます。小さくぴくんっと震えた腰はマークの口と同じく、私の『力』から除外されている部分で、私に彼の興奮を伝えてくれるのでした。

 ―味は…無いですね…。

 ついさっき忌々しい魔物が彼の股間に舌を這わせていたからでしょうか。彼の性器は特に何の味もしないようでした。けれど、舐めるたびにそこはえっちな匂いを濃くして、私の興奮を高めていきます。

 「なんで…こんなことを…?」
 「魔物に舐められて穢れたのならば、私が舐めて綺麗にすれば大丈夫でしょう…?」
 「そんな…っ」

 彼の抗議の声に私は耳を貸さないまま、ちろちろと舌先で嬲るように彼の性器の先を弄りました。その刺激に、彼のそこはゆっくりとではありますが、力を取り戻し、むくむくと起き上がってくるのです。

 ―あぁ…大きくなるたびにこんなにえっちな匂いがするなんて…っ。

 そこはもう私の中指なんて大きさではありません。私の指を三本を集めたよりも太いマークの性器は私の手よりもはるかに長くなっていました。触れているだけでもはっきりと分かる熱がそこには篭っている代わりに最初のような可愛さは完全になりを潜めています。亀頭は剥けて、凶悪な反り帰しが私の舌先に引っかかり、その度にえっちな匂いを弾けさせるのでした。

 ―あぁ…美味しい…♪

 無論、そこはさっきまで丹念に魔物が舌を這わせていた部分なので、味はありません。それは彼の性器が膨張した今も変わらず、匂いこそ濃くなったものの舌を皮膚に這わせているような感覚しかないのです。けれど、その匂いが、少し生臭い独特のえっちな香りが、味よりも強烈に味覚を刺激し、美味しいという錯覚を私にもたらしていました。

 ―もっと…これを味わいたい…。口の中一杯に頬張って頬の粘膜にごりごりとこすり付けたい…っ。

 そのえっちな匂いの所為で自分でもよく分からない衝動がまた私の中で湧き上がってきました。私はまたもそれに逆らえず―正確に言えば逆らおうという気さえ起こらず―マークの性器を口の中に含みます。

 「あっ…」

 小さく声を上げた彼の声はあの部屋で聞いたような陶酔の混じったものでした。それに気分を良くした私は口の中に含んだまま、舌で彼の性器を舐め上げます。亀頭と粘膜が触れ合うたびに、口の中で弾けるえっちな匂いはそのまま私の咽喉を通り肺へと突き刺さりそうなくらいで、それがまた、たまらなく『美味しい』のでした。

 ―もっと…美味しいの欲しいです…っ♪

 もう完全に私の『意思』はなくなり、それだけしか考えられなくなっていました。彼の反応だけを頼りに、何処が感じるのかを私の中の『何か』は模索し始め、反応一つとっても繰り返し行ったり別の行為と組み合わせることでマークの感じ方が違うのに気づきました。

 −ここ…気持ち良いんですね…♪

 マークの反応が一番激しくなるのはこりこりとした亀頭の先でした。性器の裏で、反り返っている部分を撫で回すのも気持ち良さそうに体を震わせますが、舌先で亀頭の先をくりくりと穿る時の方が可愛らしい声をあげてくれるのです。そして、その度に私の唾液でどろどろになった彼の性器の先は塩味の何かを漏らします。それがまたえっちな匂いの中で、軽いアクセントになって私を更に夢中にさせるのです。

 ―はぁ…ぁ♪マーク…どうですか…?気持ち良いですか…?

 性的な知識なんてまったくない私でしたが、今ではもうどうすれば彼が悦んでくれるのか大体把握する程度にはなっていました。無論、それが本当に正しい悦ばせる手段なのかは私には分かりませんが、しかし、彼の反応は何より雄弁に私を学習させてくれるのです。

 ―唾液を彼の性器に垂らすと滑りが良くなって快感が増すこと。
 ―時折、歯を立てて痛みのアクセントを加えた方が、より気持ち良いこと。
 ―頬を押し付けるように先を包むと彼が嬉しい事。
 ―性器の下についている睾丸を撫でてあげると悦んで性器を震わせること。
 ―唇を窄めて扱きあげると可愛い声を上げること。
 ―でも、一番いいのはやっぱり性器…オチンチンの先であること。

 沢山、沢山、マークは喜んでくれました。けれど、何時までたっても彼は射精することはありません。私の『浄化』は決して間違ってはいないはずなのですが…。

 ―何が…足りないのでしょう…?

 思い返せば魔物との交わりでの最後の瞬間、魔物は彼の股間に今までに無いほど顔を埋めていました。けれど、私の口はもう一杯で彼の大きなオチンチンをこれ以上咥える事ができません。マークのオチンチンの半分しか咥えられない私では、やはり満足できないのでしょうか…。

 ―いえ、そんなことはありません。あんな魔物なんかに負けてたまるものですか…っ!

 小さく意気込むと私は一気に飲み込みました。「あぁっ」と震えるマークを押さえ込み、咽喉のぎりぎりまで埋めます。けれど、どれだけ飲み込んでも彼の性器の半分ちょっとが限界でした。…いえ…咽喉……?

 ―あぁ、そうか…咽喉なんですね…。

 ふと湧き上がったアイデアに私の身体が一気に燃え上がるのを感じました。それは自分でも思いついたのが不思議なくらい淫らな考えなのです。咽喉の奥まで彼のオチンチンを飲み込んで、咽喉で扱き上げるなんて…唇もすぼめて根元から扱きあげるなんて…舌でもオチンチン全体を撫で回すなんて、淫らでいけない考えです。でも、一度、私にと持った熱はその程度では消えてくれません。

 ―それに…彼も苦しそう…。

 正確な時間は分かりませんがもう結構な時間、私は彼のオチンチンを咥え込んでいるのです。私はもっと味わいたいくらいでしたが、男性にとって射精をさせられないのはとても辛い行為だと噂に聞くことがありました。気持ちよくはさせてあげられてるとは思いますが、射精までに至っていないということは、マークにとって私の『浄化』は物足りないということに他ならないのでしょう。そして彼も男性である以上、それはきっととても苦しいのです。

 ―開放してあげたい…。

 その思いが私に後一歩を踏み出す勇気をくれました。限界一杯に私の口に飲み込まれたオチンチンを私は咽喉を通して限界以上に咥え込むのです。

 「あああっ!」

 ―あぁ…やっぱりこれが良いんですね…♪

 咽喉一杯にまで彼のオチンチンを飲み込んだ苦しみの代価は今までで一番のものでした。叫ぶような可愛らしい声も腰の震えも、今迄で一番の快感を感じている事を私に教えてくれます。けれど、それだけではありません。咽喉の奥の粘膜に直接叩きつけられるようなえっちな匂いは私の肺を逃げ場無く一杯にして、ピンク色に染めていくのです。
 勿論、呼吸は今までに無いほど苦しいものです。膨れ上がった亀頭はまるでその場から動きたくないと、駄々をこねるように咽喉の奥に引っかかり、完全にそこを密閉していました。さらに快感に震えて動きが敏感な咽喉の粘膜を刺激してえづくような衝動を私にもたらします。

 ―けれど…美味しい…♪

 それだけで苦痛の全てを上回るような満足感を私に与えてくれるのです。そして私はそれをもっと味わいたくて、唇で根元を、舌先で裏筋を激しく刺激します。

 ―もっと…っ!もっと美味しくなってください…っ!!

 その想いだけに支配された私は、彼を気持ちよくしようとさらに動きを激しくするのです。

 「ネリー…もう駄目だ…っ!」

 そういう彼の言葉に導かれるようにオチンチンは今までに無いほどに震え始めました。びくびくと震えて咽喉の奥で暴れるようなその感覚はうっとりとしている私を更なる陶酔へと引き上げて行きます。さらに、ただでさえ強い熱を持っていたオチンチンには強く血流が流れ込み、燃える様な熱を放ち始めたのが唇や舌の感触で分かるほどでした。また、流れ込んだ血流の分膨れ上がったオチンチンは一回り大きくなって私の咽喉と完全に密着します。

 「出る…っ!」

 ―出る…?出るんですね…っ私で気持ちよくなってくれてるんですね…っ♪

 私の唇に押し付けるように浮き上がった腰を私は自分の手でしっかりと押さえるように迎え入れました。その瞬間、私の咽喉の奥で放たれた熱が私の中に凄いスピードで広がっていきます。

 ―あぁ…美味しい…っ♪これ美味しいです…っ♪

 それは今までの匂いの非ではありませんでした。凄い勢いで私の咽喉奥に放たれ、嚥下する暇も無いまま私の中に落ちていくそれは、舌にも触れていないはずなのに美味しいと感じるほどなのです。まるで身体全体が味覚の塊になってしまったようなその感覚に導かれるように、私は一滴残らず、それを飲み込みました。それでもまだ足りず、オチンチンの中のそれを強請るように吸い上げます。
 数分もした頃には彼の律動―恐らくこれが射精なのでしょう―も収まり、私はオチンチンを咽喉から引き抜きました。ずるずると咽喉の奥を擦りあげながら引き抜かれる感覚にまた身体に火が灯るのを感じながらも、それを抑えることに私は成功しました。

 ―あぁ…♪でも…物足りない……♪
 
 一滴残らずお腹の中に落ちていったそれを味わうように私は下腹部にそっと手を触れました。そこは今までに味わったことが無いほどの美味しいものを飲み込んだにもかかわらず、貪欲に疼いています。

 ―いえ…寧ろこれは…。

 今までに無いその感覚は、寧ろ『それ』を飲み込んだからこそ疼き始めたと言うべきなのでしょう。お腹の下…下腹部…私も良く知らないその場所はきゅんきゅんと疼き、もっともっと、とはしたなく『それ』を求めています。

 ―あぁ…そうなんですね…『ここ』じゃないんですね…。

 そうです。私が欲しいのはこんなところじゃなくてもっと下の―

 「…大丈夫…?」
 「あ……」

 気がついたときには私の頬は彼の手にそっと撫でられていました。もう私の『力』からは逃れているのでしょう。少し目を机の脇向けるとはじめてから結構な時間が経っているのが分かります。

 「いきなりぼうっとするからびっくりしちゃったよ」
 「あ、あう…」

 悪戯そうに笑う彼の姿に自分のやったことの凄さを再び思い出し、顔が真っ赤になるのが私にも分かりました。
 そんな私に微笑むようにマークはぽんぽん、と頭を撫でてくれるのです。

 「こ、これで綺麗になりましたっ!じ、『浄化』は完了です!」

 ばつが悪くなった私はオチンチンから目を逸らして、ベッドの上に戻りました。そのままシーツを掴んで、マークの視線から逃れるようにシーツを被ります。

 「ふふ…ありがとうね。心配してくれたんだ」

 マークの顔は私からは見えません。だって、見れるはずが無いじゃありませんか。あんな…あんなえっちなことして顔を見合わせるなんて恥ずかしいのです。だからこそ、彼と目を合わせるのが怖くて、シーツを被っているのですから。
 けれど、マークのその声音は決して敵対的なものは含まれていませんでした。ちょっと気まずそうなものはありましたが、それだけで殆どの感情は単純に感謝の念があるように聞こえます。

 ―気恥ずかしさで一杯になっている私とはまるで大違い…。

 それがまた何故か悔しくて、私はぎゅっとシーツの裾を強く力をこめて握り締めました。

 「つ、次はありませんよ!次にあの魔物とえっちなことしたらその時は…っ!」
 「はは。肝に銘じておくよ」

 精一杯の強がりと悔しさをこめたその言葉は彼にあっさりと彼に受け流されてしまいました。またそれが、こういうシチュエーションに対するマークの経験値を見せ付けられるようで、私の胸に暗い何かが宿るのです。

 「さて…おかげさまで綺麗になれたからちょっと昼ごはんを作ってくるよ」
 「あ…」

 時計を見れば昼ももう過ぎきる前でした。そんな時間まで夢中になって彼のオチンチンを味わっていた、という事実が私の頬をさらに赤くさせます。

 「すぐに戻ってくるよ」

 そう言って彼は立ち上がる寸前に、シーツ越しに私の頭を少し撫でてくれました。まるで小さな子供にやるような言葉や仕草ですが、それに不満も強く覚えますが、それよりも強く湧き上がる安心感に満たされていくようです。
 椅子から立ち上がった彼はそのまま一直線に扉へと向かい、病室から出て行きました。さっきまでとは違い、今はそれに不安は覚えません。恐らくは『浄化』が成功したからでしょう。彼もこれから魔物に現を抜かすことはなくなるはずです。

 ―まぁ、また次に現を抜かしたとしても再び『浄化』するだけなのですが。

 ―…ずきんっ

 「…あれ?」

 再び疼くような甘い痛みを走らせた下腹部に私は思わず手を伸ばしました。そして、そこに触れた瞬間、指先が温い感覚を私に伝えます。

 ―…なんで濡れているのでしょう…?

 マークに病室に運ばれる前も股間が濡れていましたが、下着ごと濡らすような水なんて零したりはしていないはずなのです。それなのに、こんな風に…べとべとになるような…不快な水なんて何処から出てきたのでしょう…?

 ―それに…意識するともっとお腹が疼くみたいです…。

 さっきマークを『浄化』していた時は夢中過ぎて気づかなかったのでしょうか。そこは今まで私が味わったことが無いような感覚に支配されていました。『何か』が欲しいけれど、その何かの名前も、どんなものかも分からないようなそんなもどかしい感覚は、頭を振っても振りほどくことが出来ません。

 ―とりあえず…下着を脱がないと…。

 そこはもうべとべとした水を一杯に吸って不快で仕方ありません。私は一瞬、扉のほうを振り向いて、マークがまだ来ないのを確認すると一気に下着を下ろして脱いでしまいます。フリルも何も着いていないシンプルな白の下着は私の感覚通りべとべとになっていて、染みを広げるどころか、下に糸を引くほどでした。それはもう洗濯をしないと使い物にならないほどで、今すぐにでも手放して洗濯しに行きたいほどですが、私の目はそこに吸い付けられた様に動かなくなってしまいます。

 ―まるで魔物みたいな…えっちな匂い…。

 そのまま彼が病室に入ってくる寸前まで私は自分でも理解できない衝動のまま、それをずっと見つめ続けたのでした。





10/09/14 00:22更新 / デュラハンの婿
戻る 次へ

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33