連載小説
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水魔
「シッショォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーー(エコー)!!!」
フレイの謎の叫びを聞いた後……私は黙々とパフェとプリンを食べる。
パフェとプリン…甘い物は私を満たしてくれる。さすがにオイシイと声高には言えないが今の私を鏡に映せばさぞ顔が緩んでいるだろうな。私達デュラハンは精を糧に動いているのだから食物を摂る必要は無い……だが味覚があるためか精とは違う味を欲する同族も多い。
ちなみに私は誰の精を貰っているのかは………騎士団員では様々な噂が立っているが大体分かるだろう。あの二人は本当に上質な精を持っていて同じ騎士団員のデュラハンも狙っているらしい。………させないがな。
「さて、そろそろ行くとするか」
二つのスィーツを食べ終わった私はフレイの部屋を後にする…窓はいつ修理させようか…。まあ武器は置いていってしまっているし、また来るはずだからこのままでも良いだろう。
私は令状を見る…内容は秘密裏に会議をしている貴族達の内情の調査……そして可能ならばその証拠を掴み、貴族達を捕縛…証拠が無くても捕縛しろ……だそうだ。
「………フム…」
私は疑問に思う………この手の任務はヤツの方が適任だ。国王は効率ではなく民の心を第一に考えているが私達四聖の中で調査などというデリケートな任務を扱えるのは性格でも技術でも私より適任な人材がいるというのに何の意図があってのことだろうか…?
その疑問を晴らすべく、王室に向かう。本来騎士団は王に謁見するなど夢のまた夢なのだが2年前のあの出来事から、四聖制度ができて、その四聖だけ騎士団の中では謁見可能になった。王室…謁見の間とも言うべき部屋の入り口は重厚で豪華な扉だった。
……この奥に王と王妃がいる。騎士として緊張すべきなのだろうがそんな事になればたちまち雰囲気に呑まれるだろう……それだけは避けたい。
「リデルじゃろう…?分かっておる。さっさと入ればよいではないか」
扉が閉まっていると言うのに女性の美しい声が響く…恐らく魔法で声を伝達しているのだろうが……。
「失礼します……」
扉を開けると子供達が遊べそうなほどの広さの部屋……その奥の豪華な二つの椅子…玉座に座っている二人の人影が見える。
「全く…お主はこの国を改革してくれた英雄の一人だと言うのに…王などに畏まっては妾達が困ってしまうではないか」
畏まっていた私を見て呆れた声音で話す女の声…
玉座には…この場では場違いな豪華絢爛な着物をきて扇子を口元に当てる仕草をする女性がいる。
……王妃だ。
私はすぐに片膝を付き、
「お言葉ですが…私は英雄ともてはやされるほどの功績を残した覚えはありません。例えそうだとしても私はただの少し名の知れた家の生まれ…貴女とは身分が違い過ぎます…ですから」
自分はあくまでもこの国が良き国でいる事を願って騎士を務めているに過ぎない……陛下とは違いすぎる………
「あ〜あ〜あ〜!聞きとうないわそんな身分がどうとかなどなぁ!妾もお主もこの世界に生きる生物。それで良いではないか」
だけど私の言葉は遮られた…王妃はこういう御方だ。身分とか種族の区別をしない。
すると隣の玉座から…
「オイ、興奮していると出てしまうぞ」
王妃の隣に座っている男…この国の王が王妃に注意をする。
服装は王なのだが頬にある傷やその体つきはまだ若々しく、どちらかと言うと兵士の方がしっくりくる。こんな場違いの二人がこの国を統べているのだ。
「お主は五月蝿いのう。この場は妾の秘密を知っている者だけじゃ。隠しても仕方が無かろう」
やれやれ…といった口ぶりで言う…一度目を閉じた彼女の後ろには金の屏風が並んだ。私は東の方にある屏風という物は絵でしか見たことは無い………がこの揺れる屏風に勝る物は無いと思う。
正確には屏風ではなく…狐の尻尾だ。
尻尾が妖しく動き、揺れる姿の中心に王妃がいる。
「はぁ〜〜〜……尻尾が多いと隠すのに疲れる…出す瞬間というのは妾にとって至福の時じゃ」
彼女は…妖狐。しかもその尾の数は既に九本だった。九尾の狐は神に匹敵すると言われるがこの御人は昔の魔王がいた時代からずっと生きてきた数少ない魔物で、尾が九本になってから何百年も経過しているらしい。尾はあくまで魔力のシンボル…恐らく魔力はいまだに増え続けているのだろう。
「全く…身分だとか尻尾がどうとか……いつもこの世に生きる物達はそうやって差別を生んだりくだらない事で戦争をしよる…。リデルもリデルじゃな、身分の違う幼馴染が三人もいて今更身分を考えるか…?そんなだからお主はいつまで経ってもデコリと呼ばれるのじゃぞ」
陛下は何かを思い出したように笑みを浮かべ……禁句を口にしてきた…
「なっ!?陛下、いつその名を!!」
「アルマがたまに妾の所にきて度々言っておったぞぉ♪デコリがデコリでデコリじゃとなぁ」
だから陛下の前で緊張してはいけない…こんな風にからかってくるから…。
王妃はケラケラと扇子で隠しても隠し切れない笑みを見せた…
…………アルマ……覚えていろ…。
私が静かな闘志に身を震わせている事を楽しげに確認している両陛下……本当にこの国の王は少し他とは違う。
「まあ、戯けた会話はここまでにしよう…リデル、貴殿がココに来たのは今回の令状の事だろう」
キリの良い?……ところで王は私を見る目を鋭くし、本題を出してきた。
そうだ、私はそれを聞くためにココに来たのだった。本題を忘れるとは……全く、これもアルマの所為だぞ…。
「あ、ハイ……今回の任務は私より適任がいるはずなのにと疑問を持ちまして…」
私だって隠密ぐらいは出来る……だが才能や鍛錬の方向が違うからな……できるだけあやつに任せた方が…もしもという事もあるしな。
「フム…まあお主は生真面目な性格じゃからのぅ………安心せい、ちゃんと手は打っておる」
扇子に隠された口元がまるで新しい悪戯を思いついた少女を思わせた…。
手は打っていると言ってくれたが恐らく、明かしてはくれないだろう…
彼女が口を開こうとしないのを見て王が…
「……もしお前一人での任務が困難だと私達二人で判断した場合…おm」
「ええい、言うでない!!楽しみが減るではないか!!」
……やはり…な…
黙れと王妃に言われた王もそのまま引き下がるわけにもいかず、
「お前の性格は理解している。…だが企みのある貴族達を捕縛するチャンスをそう無碍にする事もできない…ここは言っておくべk」
「黙れと言っておろう!妾の娯楽の邪魔をする気か!!……良かろう、なら今この場でこの国の住人に過去のお主の恥ぁずかしい〜アレやコレやを魔法で…映像付きで聞かせようではないか…」
「な、何を話す気だ!?や、やめろ!まさかあの事ではないだろうな!?」
……また始まった。
最早、私がここにいる事はお互いに忘れて言い合っているのだろう……それがこの二人だ。
そういえば…前にこの両陛下は厨房でトマトを投げ合っていたな………
それがあんな大事件に繋がるなんて(凰火参照)…まあアレはアレで国民の娯楽となったから良かったかもしれないが……少しはこの国を統べる者という自覚を持って欲しい…切実に、切実に願う。
ピシ…パキ、
突然、周りの壁……いや、壁に張ってあった魔法結界が割れ始めた!…まさか!?
「な、いかんリデル……今すぐこの部屋から出ろ!」
王が何が起こっているかを悟り、私に指示を出した。
さっきも言った通り…王妃は九尾の狐……しかも九尾になってから何百年も経っているという神と言っても過言ではない存在だ…
その膨大と言う言葉では言い表せない魔力の量は周りへの影響を過剰に及ぼす…だからこの部屋……どころではなく国中のいたる所に結界を張ってある…実は街の桜並木はその結界を維持するための装置。
もし……結界が壊れるならこの国は………
幼馴染A曰く、
『男の桃源郷…いや、魔物娘の理想郷かな?……になるね♪』
幼馴染F曰く
『アンタ…それは聞くだけ野暮ってモンよ……』
幼馴染T曰く
『地獄絵図ならぬ天国絵図ってか?…………笑えねぇ……』
…らしい………まあ本人達もふざけて?言っているのだろうがあながち間違いでない。私としては避けたいことだが…
「興奮すると魔力が漏れて結界の許容量を越えるか……我ながら厄介な妻をもったものだ……大丈夫だ、私は何度も対応している。早くこの場から離れろ!」
「は、ハイ!」
王の命令を受け…私は急いでこの謁見の間を出る。
…マズイな……私も…あてられたみたいだ…
「このままでは……自室に戻ろう……ん…」

ここは私の自室。
アルマにもフレイにも…あやつにも面白みの無いと言われた部屋だ。必要最低限の生活用品しか無く女性らしさがないだとか……あるのはベッドと机ぐらいだ。私は鎧を脱ぎベッドに座っていた。
とりあえず王室の扉が閉まり、漏れた王妃の魔力もこれ以上は影響しないだろう。
………私の方も…大分治まったと思う。
自室で令状を読み返した私は思案する。…貴族が秘密裏に会議をするのは令状に書いてある情報通りなら夕方……それまでは自由行動になるな…
だからと言って遊び呆ける訳にも行かない…会議をする屋敷の図面を記憶するなどもできるし……。
だが余裕はあるな……最近は忙しくて家にも顔を出していないし、良い機会なのかもしれん。とりあえず我が家に向かうか…



謁見の事やその後の処理で既に太陽は天高く昇っている…既に正午だ。
昼食は……そもそも食生活とはかけ離れたつくりのデュラハンである私には必要無い。もし食生活があってもパフェとプリンで満足だ。
ここはマインデルタの北にあたるノースエリア。
別名…貴族街。
その名の通り、名のある家、富に恵まれた家が揃う地区だ。かと言って全部が全部そうではないのだが。
「ただいま帰りました…父上、母上」
家に入ると素朴な様で豪華な造りが目に付く、悪徳な貴族達の自分の財力を誇示するような造りではない……力強く素朴な屋敷だ。
私は少し名のある家の生まれだからこのエリアに家があるが…実はイーストエリアの方に孤児院兼別荘がある。どちらかと言うと私はそこにいる方が多かったので孤児院の方が落ち着く。
「……いない…のか………」
父は騎士を引退してから外交の仕事に変わり、家にいないことが多いし母も基本は父の手伝いをしている。
両親がいないことは予想していた…あの二人は心配無い。
………心配があるのは…
屋敷の中を進み、私の部屋の隣……妹の部屋に入る。
……妹…いるにはいる。…だが……
「あ、姉さま。今日は仕事が休みなのですか?」
妹…リリーが嬉しそうに顔を出した。
ちゃぷ…ちゃぷ……
部屋では水音が聞こえる……部屋なのに…
「任務はあるが……今行動するべき類のものではないのでな。良い機会だと思って来たのだ」
「そう…ですか」
残念そうに顔を俯け溜息をつくリリー…
顔を出したというのは言葉のあやではなく…リリーは水から顔を出している。
この部屋はまるで大浴槽のように広く深く水が張ってあるのだ。
部屋一面が水……海水で埋め尽くされていて……足場と言えば私が今立っている部屋の入り口ぐらいか。
妹は………マーメイドだ。
「……調整は終わっているのか?」
私の問いかけにリリーは首を横に振る。
海水をどこかから持っていく事は土地が土地でできないからな……常に海水を清潔に保つ魔道具がこの部屋に取り付けられている。
その調整をするのが妹にとって必要不可欠だ。
普段はメイドに任せているのだが、妹の世話ぐらい自分でしたい……ささやかな姉心で仕事の合間に来るようにしている。
私は壁に埋められた魔道具の操作盤を起動させ、今一番快適な水質に設定する。
「いつも申し訳ありません……姉様は騎士で時間が限られているというのに…」
またその話か……いい加減、私がそんな些細な事を気にしていないと分かってもらえば良いのだがな…
「私は気にしていない。それに…姉が妹の世話をしたいと思うのは変なのか?」
操作盤を弄りながら微笑む私に妹は赤面し、……いいえ、と呟く。
確かに普通に生まれればこんな事にならなかったのだろうが……仕方が無い。
……母上はエキドナだからな。
そのため、次女の私はデュラハン、三女のリリーはマーメイドになったのだ。
ちなみに長女…エキドナである姉は………
『もっとイイ男に……会いに行く…」
と言って家を飛び出していった…今はどこかで働いているらしく手紙を送っているが……帰ってくる気はないらしい。
ザザァ……ザザァ〜ン
魔道具が動き出し…海面に波が生まれる。妹はこの波が好きらしい……いつか本当の海に連れて行ってやりたいものだな。
ザザァ……波が揺れて……その心地良い音は周りを酔わせる……
「………ウプ!?」
「姉様!?」
本当に酔った……まだ慣れていない…か…
「姉様、まだ……アレなのですか?」
私は口に手を当てながら頷いた。
「あの……姉様が何があってそうなったのは知ってますけど………早く直さないとまたアルマ君に弄られますよ?……みz」
「言うな……それ以上は言うな…あと、その手の単語はやめてくれ……」
私は一度部屋を出て呼吸を整える…これが妹の部屋に入ったときに躊躇った理由だ………
正直に言う……私は水が怖い………
それにはちゃんと理由があるのだが………今は言うまい。……思い出すだけで吐き気を催す…
「飲み水や身を清めるための浴槽なら克服したのだが…まだ海水やかけられる水に慣れていないのだ……早く克服したいところだが…難しいな」
妹の苦笑が扉越しから聞こえる…暫くは入る事はできないな。
「ところで姉様…明日の事なんですけど……私も大丈夫ですか?一応人に化けても歩けるようにはなりましたけど」
リリーは話を変え、明日についてのことを話した…
「父上の了承があれば連れて行けるが……何があっても保障できんぞ?」
脅しではなく…何が起こるかは本当に保障できない……以前はフレイが……コレも思い出したくないな。
「それでもいいです…この前は行けませんでしたから……」
扉越しだが妹の表情はなんとなく伝わる…やはり連れて行かないと可愛そうだな。
「できるだけ善処しよう。ただ、父上がな……」
マーメイドであるリリーは水の中では正に水を得た魚だ…反対に、地上では人に化けないと歩く事は出来ないし、化けたら化けたで二本足には慣れていない…母上はともかく心配性の父がそんな娘を地上に連れて行くわけがない。
「大丈夫です……お父様の弱みは知ってますから……フフ♪」
……妹よ…一体何を知った…?
「そ、そうか…何を?………とは言うまい…明日の事は心配無さそうだな…」
扉越しで含み笑いをしているであろうリリー…将来が心配だ。
「では、私は自室で任務の下準備をする……何か用がある時は呼んでくれ」
リリーのハイ、と言う返事を聞いて私は隣の自分の部屋に移る……
任務のために……貴族の屋敷の図面を頭に叩き込んでおかないとな…



太陽は既に傾いていた…自室の窓からでは確認できないが街は夕日の色で染まっている事だろう。
「……もう夕方なのか…」
時間が過ぎると言うのは早いものだな…。
さて、決行するのは日が沈んで夜になってからだが、そろそろ屋敷近くで機を待った方が良いだろうな。
潜入だから鎧は着ない。シーフのような軽装備に自然となるが家宝である大剣だけは外さない……少し不釣合いだが仕方あるまい。
リリーに任務に出ることを伝え、屋敷を出た……が
「リデルちゃ〜〜〜〜ん!!」
屋敷を出た所で私を呼んで突っ込んでくる人物を見かける。
私をちゃん付けで呼ぶ人物は…ただ一人だ…
まさに猪突猛進の勢いで私に突っ込んできたのは……
「会いたかったぁぁぁぁぁぁあああ!!!」
皆のお姉さん(自称)のパン屋のお姉さん、ホルス姉さんで名が通っている
エリーナ・ミルキーウェイだ。
「エリーナさん…なぜこんなtぶっ!?」
「フレイちゃんもいなくてアルマ君も気絶しちゃったしトオル君も最近デキた若奥様が邪魔して家に入れないしぃ〜…もうリデルちゃんしかいないのぉ〜」
半分泣きながらいつもの抱きつきをまともに受け、バランスを崩しながらも踏み止まる。
幸い…私は首が自由に回るため窒息の心配は無いが……抱きついてくるこの人の力は凄まじい。訓練されていない者が受ければ………即死だ。
それより…何か重要な事を言ったような…
「あの…トオル、デキた若奥様とは一体どういうことでしょうか…?」
窒息しないように首を後ろに回している私…の頬に頬擦りをしているエリーナさん…
シュールな光景だと想像できるが気にしている場合じゃない。
「もしかして知らない?…トオル君ねぇ、奥様がデキちゃったんだってぇ〜。しかもその奥様がとぉ〜っても綺麗で…ちょっと妬いちゃったなぁ〜」
彼に………伴侶…?
ありえない…あの万年寝不足の面倒臭がり屋なあやつに伴侶ができるなど……エリーナさんは嘘を付いている様子も無い。…やはり本当なのか…
「あ〜あ…これからはトオル君に抱きつけなくなったなぁ……あの子、抱き心地良かったのに……あ、でもルーシーちゃんも抱き心地よかったなぁ〜♪」
ルーシー…伴侶の名前か?……抱きついたのか。
「だから今日はリデルちゃんで私の寂しさを」
「いえ、任務がありますので」
キッパリと断ると、つれないなぁ〜…と言って離してくれた。
……伴侶…明日確かめるか。…せめて私が認められる者ならいいのだが…
「それじゃあね♪お仕事がんばってねぇ〜」
「ハイ」
首の位置を元に戻し、返事をすると…
「やっぱり、リデルちゃん可愛いぃ!!もう一回抱かせてぇぇ!!!」
「嫌です」
ガバッと襲ってくる彼女をサイドステップでかわし、逃げるように目的地に向かった。
「明日は焼きたてのパンをタダにしてあげるからぁぁ!!抱かせてよぉぉ!」
…タダ……魅力的な提案だ。明日の事情を考えると……
「では、明日に取りに行くのでその時に…」
結局約束してしまった……タダなのだから…良いではないか。



「時間だな……」
日も沈み、暗くなってきた。
ここは屋敷前の茂み…ココで機を待っていたのだが正門には誰も来なかったな。秘密裏に会議をしているのだから誰も正門から出入りしないのは当たり前か。
…令状によればこの…ベルドの屋敷で秘密裏の会議が行われる。
ベルドは貴族の中でも最も権力のある者の一人だ。権力があると大抵の者は腐っていく……それはこの国の騎士を務めているのならイヤでも判ってしまうものだ。ベルドはそのいい例だと思う。…幸いなのが国の事を考え、裏表も無い貴族もいるのだが………この国の腐った権力者に比べれば権力も数も少ない。
これでも昔よりマシになっているが……っと、物思いにふけっている場合ではないな。
行こう…任務開始だ…

窓は魔法で音も無く刳り抜き、私は長い廊下に入った……
貴族が会議している所となれば……屋敷の女中にも気づかれにくい…または入ることを禁じられている部屋だと思うのだが………かと言って起きている女中を脅すのは趣味じゃないな。
屋敷の見取り図では無かったが、地下に部屋を作っているかもしれない。
誰にも見つからない事を祈ろう…
「……………」
いや、既に見つかっているな。恐らくココに集まった貴族が護衛を命令した暗殺部隊だろう…
「ただ……私に気配を察知されたのは失敗だったな」
誰もいなかった廊下に突然、月明かりに照らされた影が映った…
まあ、入った時点で気づかれた私も…他人の事を言えないか……
大剣では攻撃に対応しきれない…腰に差していたショートソードで後ろにいる相手の攻撃を見ず…受けた。
火花が散る…
暗殺者問わず、潜入して情報を探る任務は誰にも見られる事無く終える事が義務付けられている…王達は死刑が好きではないから死ぬ事は無いだろうがそれなりの罰を受けるだろう。
……だからこそ気取られた場合、姿を見られる前に相手を気絶させる…見られたら殺す。……前者だろうが後者だろうが、狙うのは首か頭部である確立は高い。…だったら簡単だ。後は影がどこを狙うかを教えてくれる。
相手が次の行動に移る前に、私は柄を相手の鳩尾に打ち込んだ
グッ…と短く呻き、その場で倒れた…
「だが……私を四聖だと知っていながら躊躇せずに切りかかってきたのは評価に値する。」
例え今、敵だとしても元はこの国のために尽くす兵士…同じ、尽くす者として彼の任務に対する心意気を評価する……聞こえていないだろうがな。
今の短い間で誰かに気付かれたとは考えにくいが注意が必要だろう。
話し声が聞こえるかも知れない……何か聞こえないかと耳を澄ましながら屋敷を探索して行く。
「………の…………女王………雌が…」
聞こえた…!
ある一室……微かだが聞こえた…
壁…本棚…床……手当たり次第に探っていると…
地下への階段を見つけた……罠が無い事を確認し、奥に進んでいくとどんどん話し声が近くなっていく。
「あの女王め……偉そうにしおって…今に見ていろ…」
今度は鮮明に聞こえる…この声はベルドだ。…やはり何かを企んでいるな。
「安心してください……じきに偽の報告書が届くはずです。…それにリザードマンの里に買収した暗殺部隊を放っています…こちらももうすぐ報告が来ますよ」
何やら媚びた様な声音で話している貴族もいる……偽の報告書?…誰かが気付いてくれればいいのだが。…それにあの里に暗殺部隊だと…!?フレイが里に行っている筈だがら鉢合わせしていれば問題無いが……
会議が長々と続き、人数は把握できた…4人だ。
…小声で魔法を詠唱する。
まだ気付かれてはいない……
………今だ…!
扉を勢い良く開き、音に驚いた貴族達を目標に、
「縛れ!!」
そう宣言した。魔力でできた輪が対象を拘束する。
「な…!?四聖のリデル……!」
4人を縛るつもりが護衛に防がれてしまった…あと一人、ベルドを拘束せねば任務を達成できない。
怯える様にベルドは奥の隠し扉に逃げた…
護衛の暗殺部隊は3人…この場を無視して彼を追うことはできない。
「………同胞に刃を向けるのは…やはり気持ちの良い事では無いな…」
背中の大剣を抜き、構える。
相手とて同じだ…いくら任務のためとは言え、同胞を切るのは忍びない事だと………あやつは言っていた。
「っ!?」
突然、相手との距離が縮まり私の目の前に一筋の光が現れる!
間一髪で後ろに跳んだが……何をやっているのだ私は…
…今のはこの国独自の隠密魔法だ……名は確か『絶霧(ゼツム)』だったか…?特殊な魔術を体に施し、足音を消し、一時的に体を霧のように見せると言う魔法だ。…これを扱えるのはかなりの手練だ。
……そんな相手を目の前にして物思いをするなど…騎士失格もいい所だ…
目の前にいる二人が霧と化す…
だが……
「芸が無いぞ…二度も同じ方法で攻撃を受けるとでも思っているのか?」
次々と霧から現れる二人の鉤爪を大剣で防ぐ。
攻撃を防いでいけば二人に焦りが生まれ、少しずつ攻撃のリズムが狂っていく…少しずつ…少しずつ。
「ハッ!!」
頃合いをみて大剣を薙ぎ、鉤爪を弾いて相手のバランスを崩し、
……剣が舞う………
細身ではあるがそれなりの重量があるこの剣が…まるで私の手足の様だった。
剣舞の様な流れる体捌き…剣と共に舞う銀の髪……
まるで水の中で踊るマーメイド…水魔の様だと私の剣技を見た者は言った。
……水魔のリデル
それが私の二つ名だ。
名前の響きは気に入っている……だが『水』は…ご法度だ…………
剣の腹を叩き込み二人を気絶させる。
それをずっと見ていた最後の一人……何故?
疑問に思っていたが…相手の指先を見てその理由に目星が付いた。
「糸……か…」
地下の薄暗い部屋を鈍く照らす蝋燭の明かりに照らされ、相手の指先が光る。
全く……あれをみるとどうしても脳裏に浮かぶな。
…ともかく例の糸だとするならばあの糸は、使用者の魔力によって長さも性質も硬さも数も自由自在に変化させられる暗殺、隠密舞台の中でもかなりの実力者が使う武器だ。
だが味方を巻き込む可能性が高いため集団戦闘には向かないのだ。
目の前の相手は指を少し動かすと、獲物を狩る蛇が如く糸の先端が私を襲う。
「……遅い!」
姿勢を低くし、糸を最低限の動きでかわしながら前進する。
私に向かって来ていたのは七本だ。残り三本は防御用だろうが…糸は使う本数が増えるほど使う魔力も集中も分散してしまう。
これが実力者でしか扱えない理由だ…一本だけを操れば七本よりも望みはあっただろう。……証拠に、七本の糸の動きはぎこちない。
剣の腹を相手に向け……振るが…三本の糸が防いで勢いが殺された。
私に接近されたのを焦ったのか、後ろに跳んで両腕を私に向け…
分裂する糸が数え切れないぐらいに増え、私の前方を埋め尽くす。
糸が増えれば……扱う魔力は分散する。
「…断ち切る!!」
大剣に出来る限りの魔力を込め……力の限り横に振るう…
向かってきた糸は全て…音もなく切り裂かれる…
「扱う糸が多くなればなるほど、それぞれの糸に込める魔力は分散し…一本一本が疎かになる。たとえ数を増やそうが魔力が込められていなければ易々と切られるぞ」
そのまま大剣の柄を急所にぶつける。
「そして何より……私は、その糸を得物にして『私達』を負かすことができる相手を……一人しか知らない」
これは精神的な問題だ。だけど…少なくとも私にとっては大きなことだ。
……今は任務に集中しよう…
倒れた暗殺部隊を魔法で縛ったが、かなり時間がかかっている。
今頃…ベルドは逃げ切っているかも知れん……急がねば!
隠し扉に手を掛け、ベルドを追おうとすると…
バン!
銃声!?………一体何が?
廊下…扉の奥を進む……そこにいたのは…
血は出ていない…恐らく気絶しているであろうベルドと、
「よお、久しぶりだな。リデル」
寝ていればその内、問題が解決するだろう…そんな事を思っているように思えるぐらいに気だるそうな目付きをした青年が欠伸をしていた。




「それで、王妃さんからの連絡があって来たって訳だよ」
そう言って、彼は酒に強いわけでもないのにグラスに注がれたワインをガブガブと飲んでいる。
王が言っていた策とは彼…トオルの事だった……
それだったら始めから彼に任務を与えていればいいのに…陛下達の考えている事はわからない。
「…礼を言う」
ここは少し洒落た酒場……バーだった。宴会と言うのは似合わず、互いの時間を感じるような落ち着いた雰囲気の場所だ。
礼を言う私にトオルは頭を掻きながらイイって別に…と気恥ずかしそうに言った。
第一、こんなバーなどと呼ばれる所…彼の性に合わないというのに…
私に気を使っているつもりなのだろうか。
暫くトオルの顔を見る……会うのは大体二週間ぶりだな……
アルマは見回りと称して散歩をしているから度々会っているのだろうが、私はそんなことができる性格ではない。
…褒められた事ではないが少しアルマが羨ましいかもしれない……
「……そういえば…お前に伴侶ができたと聞いたのだが…?」
トオルの手が止まる…
「…………誰から……?」
エリーナさんから…と伝えると溜息をつきながら、
「あの人か………まあ、本当に色々あってな…勢いで結ばれちゃったって感じだし…」
「できればどんな経緯なのか教えて欲しいのだが……」
話してくれるのだろうが……こいつのことだ。…どうせ…
「メンdゴフッ!?」
「メンドイからかくかくしかじかでいいか?などと言ったら…殴るぞ」
「殴ってから言うなよ……」
私の隣の席に座っているから当たり所が脇腹になってしまったな…鳩尾を狙いたかったが……

…説明中…

トオルの伴侶はアヌビスか……ピッタリかも知れないな。
「どっち道話すつもりだったけど……エリーナさんを含めたら四回目だな」
「まあピッタリではないか。そのルーシー殿にお前の腐った根性を叩き直して貰うことだな」
私の言葉に怯えたように呻く……アヌビスが妻になった家は恐妻家になると言う噂を耳にするが、実際そうなると言うことが分かった。
いい気味だ……と思うべきであろう。
しばらく飲んで店を後にする。
……ここからの話は店の中ではできないからな…
噴水広場…全てのエリアにありそれぞれの噴水広場は街道で繋がっている……その中心に城があると言う感じだ。
ここはサウスエリアの噴水広場だ。
「……こんなとこで…どうした?」
目の前の『私達』の片割れが……私の顔を伺っている…
「…………頼みがある」
自分でもどんな顔をしているのか判らない…照れているのだろうか…真剣な顔なのだろうか…
「私の首を…外してくれないか?」
外すのは簡単だ……だけどちゃんとした想いを伝える時は相手に取って貰う事にしている。
トオルもそれは判っているから何の疑問も持たずにそっと…私の首を外す…
私の首を渡され、手に持った…
私達デュラハンは首が外れると本音、感情、欲望が曝け出される………
首が取れて初めて、自分がどれだけ我慢しているのかが判るのだ。
…こんなにも私は寂しかったのか…
彼が目の前にいると胸の奥が締め付けられる……
妻ができたという言葉を思い出し、嫉妬を覚えてしまう………
どうしようもない気持ちが今まで抑えられていた分…激しく渦巻いていた。
「トオル……」
水が艶やかに踊る噴水の音がする中…気だるそうな目は優しく見えた。
今では水の事などどうでもよかった……今では…
「騎士団に戻る気はないか?」
その言葉に少し顔を曇らせる…
「戻る気か……あるけど………やっぱ駄目だ」
予想していた言葉……だけどそれが胸の奥に突き刺さる…
「まだ気にしているのか…?あれはお前が悪いんじゃない!………騎士団もあの頃に比べれば随分と見違えた!!…四聖も王はお前の分を空けている………だから…」
「リデル……」
言葉の続きを肩に手を置かれ…遮られた。
「ゴメン……でもな…中にいるだけじゃあ守れないんだよ」
それはいつも言っていた言葉だった…
「だから俺は外から国を見て守る……お前は中で国を守れ……」
中にいては守れない……騎士と言う立場にいては皆の頼みを訊けない……だから城での暮らしを放棄し、便利屋になった。
「でも……やはり、お前がいないと寂しい………毎日一緒でないと…駄目なのだ……」
普段の私なら頭に浮かんでも口に出さないであろう言葉が浮かんでくる……
声は掠れ、震えていた……でも涙だけはプライドが許さない……
「ほら…」
トオルは首飾りを見せてくれた。
何かを分けたような形の首飾りをいつも手首に巻いている。
「あっ………」
私の腕にも巻かれていた……首に掛けると何かの拍子に取れてしまいそうだったからだ。
肌身離さず身に付けていたから気にもしなかったが…
「少しぐらい離れたって…大丈夫だろ?……『俺達』なら…な」
そうだった……本音が出てしまうと抑えが効かないとは思っていたが、ここまでとはな……
「……少し取り乱してしまったな………忘れてくれ」
首を元の位置に戻した……思考がいつもの冷静な私に戻っていく。
「リデルは……やっぱムスっとしてねぇとな」
「茶化すな!」
私は腕を振り上げ、トオルの頭を殴るように振り下ろす!
それに身構えたとトオルだが……私の狙いは違った。
振り下ろした手は肩から背中に回し、もう片方の手も抵抗されないように彼の腕を絡めながら背中に回す。
「ンムゥ!??」
私とトオルの唇が重なった……
「んちゅ……むう……ちゅう…はむ…」
「…ン!?……ン〜〜〜〜〜…………ぷはっ!」
十数秒ぐらいの時間だっただろうか…満足したから離す。
「お前…いきなり何するんだよ……」
顔を真っ赤にしたトオルが目線を逸らしながら聞いてくる。
「バーでは個人で払ったからな…任務の礼だと思えば良い」
どんな意味なのかは自由に想像してもいいがこう言っておく。
「そ……そうか…」
納得……したのか………?
「では、報告書を作ったら…今日は家で寝る。妹とも約束しているからな」
サヨナラなど言いたくもない…別れる訳ではないのだから…
「……またな」
そう言うトオルに微笑みながら一瞥し、城に向かった。





城に向かう途中…私は腕に巻いてあった首飾りを掲げて月と一緒に見る。
そうだった……距離の問題ではない…繋がっていればいいのだ。
雑務に追われる内に少し頭が固くなってしまったかも知れんな………
……だが伴侶の事は話が別だ。
一緒に酒を飲んでキスまでしたのだ……まだ会ったことはないがアヌビスなら鋭い嗅覚を持っているし、さぞ嫉妬深いことだろう………

私に黙って勝手に伴侶を持った罰だ………
見ることができないのは残念だが…



存分に償ってもらうぞ………



〜第4話「朧月」に続く〜
10/01/29 18:39更新 / zeno
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■作者メッセージ
やっとの事で更新できた………zenoです。
戦闘などが入っている小説はこのサイトではもしかして場違いかも知れませんけどせっかく小説を書いているんだから様々なジャンルを挑戦したいと思います。
次回はトオル編……エロを入れるべきか入れないべきか迷っていますが
どっちでも悔いが残らないように書きたいです。
というか感情に起伏がないと言うか冷静なキャラって主観視点で書きにくいですね……今後の課題かも…

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