連載小説
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凰火
アルマと別れた後、アタシとリデルはこの城の調練場に行った。
調練場は城の中庭の様な形で空が見える。
ここじゃあ沢山の騎士達が毎朝の訓練をしている…訓練が嫌いなアタシには無縁の場所ね。そんなアタシがなんで来たのかっていうと。
「では…始めるとするか」
一緒に来たリデルはもう練習用の剣を手にしてた。
その剣はあの娘の肩ぐらいまである細身の大剣。軽く見積もってもアタシの身長と同じぐらいのモノ…それを軽々しく振り回して準備運動をしてる。やる気満々ね。
アタシも練習用の斧を手にとって握り心地を確かめる。人間で言う両手斧クラスの重量を誇る代物。それをアタシは片手で持ち上げ、背中に背負うように構える。
「んじゃあ。闘りますか」
十歩ぐらいでぶつかる距離で、アタシとリデルがお互いに見合ってると周りがざわめいてきた。アタシ達は見世物なんかじゃないっつーの。
「見ろよ、四聖のフレイさんとリデルさんがやるぞ」
「私もお手合わせ願いたいわぁ」
「どっちが勝つと思う?」
いつもの事だけれど、見世物みたいに見られるのは流石に嫌な気分。
だけど、これぐらいで集中が切れるアタシ等じゃない。
観客達のざわめきが少しずつ静まっていく中、調練場に風が吹いて髪が揺れる。
どこかから来た木の葉が落ちる音を合図に……跳ぶ。
距離は一気に縮まって斧と大剣がぶつかり、金属音が響く。どっちも一歩も引かない…体格で押すリデル、力で押すアタシ。拮抗していた。
流すようにアタシは大剣を逸らす。けど息をする暇も無く次の一撃が来る!
横から薙いで来る斬撃を後方に跳んで避ける。
それはリデルにとって予定調和だ。大剣の切っ先は既にアタシを向いている…死が迫ってくる感覚に見舞われる…が、
「オラァ!!」
それはアタシにとっても同じ。力任せに振るった斧が剣の腹を叩く!
「くっ!?」
アタシ達は騎士になるずっと前からこうして闘ってる。もう何千回なのかも覚えていない。お互いの行動パターンを体が覚えてるぐらいだから相当やってるわね。今度はコッチの番!!
両手で斧を持って袈裟切り。それをリデルは綺麗に受け流す。だけど止まらない…止まらせるわけにはいかない。二度目の斬撃は受け止められた。
「この馬鹿力め!!」
「あら、アンタだってデカイ剣をブンブン振り回してるじゃない!」
いつもの文句を言う…。
やっぱ……闘うって楽しい。全力でぶつかり合ってお互いの強さを再認識して高めあう。何よりアタシにとって本当の意味で心が通ってる気がしてくる…アルマとだって、アイツとだって。それはリデルだって同じなはず。
向かい合っているアタシ達は笑ってる…この時間を楽しむみたいに。
脚に力を込めて弾く。弾かれたリデルを追いながら力を込め、思いっきり横に斧を薙ぐ。当たらなければそのまま回ってしまう勢いで。
「隙だらけだぞ!」
それを待っていたかのように小さくバックステップしてかわし、アタシに刃をむけた。隙だらけ?…そっちがね。
「なっ!?」
アタシを切ることに集中していたリデルは斧以外に気にかける物が無かった…だからコレが使える。
相手に対して後ろを向いてたけどリデルは横に吹っ飛ぶ。彼女を襲った物は……アタシの尻尾。
一対一の訓練はどちらかが一撃を当てたら終わるのがルール。歓声が響く中、リデルは怒り顔でアタシに向かって、
「フレイ、汚いぞ!これは得物を使った修練だ。尻尾を使うなど」
「いいじゃない、どっちにしてもマジで闘るんだったらそんな事も言ってられないでしょ?」
アタシはそのつもりだけどやっぱり納得がいってないみたい…どうしよ。
「許してよ〜、後でパフェ奢るからさぁ」
その一言でリデルは一瞬だけ黙った…よし、もう一息かな?
「そ、それぐらいでゆ…許すはずが…な、ないだろう………」
とか言ってる癖に目は迷ってる。コイツ、デュラハンは男の精で動いてるっていうのに甘い物が大好きなんだよなぁ。それで本人は同種族としては変わり者とか言われてるし、甘い物を食堂で食べるのは恥ずかしいからってアタシ等以外の奴がいる所じゃ食べないんだよ。
「んじゃあ…プリンもセットでどうだ?」
「プ、プリンも?…いや、物に釣られるわけには」
いつもの顔つきが台無しになるほど緩んで…だけど持ち直した。多分、周りに人がいるから羞恥心が勝ってるのね。
まだ熱気で包まれてて誰もこの会話を聞いてないけど、リデルにとっては恥ずかしいみたい。
まあここにはもう用は無いからさっさと退散しましょ。



ここは城の廊下…アルマはこの豪華な造りが嫌いなんだっけか?まあ確かにこんな物に金を掛けるんだったら他のモンに掛けろって感じはするけど。
調練場を後にしたアタシは再度リデルに交渉を持ちかける。
「ねぇ〜リデルぅ〜。パフェとプリンのセットだよぉ〜」
誘惑するように言ってみる…効果はあった。
「グ…ヌヌヌ…………わ、わかった…」
ヤリィ!今回は交渉成立。でもこの後って沈むのよね…甘い物に釣られる自分が情けないとかで。
肩を落として久しぶりに落ち込んだ顔を見せた。他の誰かが見てたらそんなことしないんだろうけど。
「私は………なんと浅い女なのだろう。フレイ、笑ってくれ…蔑んだって構わない」
他にも情けないだとか、騎士の風上にも置けないだとか自分に対してひたすらに愚痴をこぼしてる。それが女の性よ。
「じ、じゃあ…アタシの部屋で待っててよ。食堂行って買ってくるからさ」
正直言ってこんなリデル見てられない。トボ、トボと下を向いて歩きながら小さく頷く。いつもは全く鳴らない重厚な鎧が揺れる音が出てる…今回は相当参ってるわね。
「うん……」
やべ!カワイイ!!…ギャップ萌ってやつか。
普段は厳しくて凛々しいのに今はシュン…としてて守りたくなんてしまう。
顔が赤くなってないか心配で逃げるようにこの場から立ち去った。気づかれてなきゃいいけど…。

「ほら、買って来てやったよ」
買ったパフェとプリンを城の4階、アタシの部屋に持ってきて丸いテーブルに置く。
椅子に腰を下ろして明らかに力のない目で私を見て、
「…スマヌな、何度もこうやってしてもらって」
「いいっていいって。いつもの事だし、謝るのはなーし」
もう生まれた頃からの付き合い。いちいち謝られるのも今更って感じがして気恥ずかしいんだよなあ。
「しかし…私は本当にどうしようもないな。騎士にいる資格が無いのではないか?…」
あ〜〜、まだ引きずってるよコイツ。励ましたいけどああ言えばこう言うからなぁ。イラついたから
「だぁ〜!んなこといつまでも引きずってんじゃねェよ。ほら、女心は秋の空とか言うだろ?」
「そうだな…確かにそういうが、これは女の心ではなく騎士の心の問題だ。そう簡単に割り切れるものではない…」
ダメだこいつ…早くなんとかしないと。
「だ〜か〜ら〜、んな過ぎた事グチグチ言ってもしょうがないじゃん。それだからアンタはいつまで経ってもデコリなんだよ」
……あ、勢いに任せて言っちまった。ヤバイ!デコリはこいつには禁句だ!!
「え、あ…。べ、別にアタシはアンタの事、嫌いだからデコリって言ってるんじゃなくって…ほ、ほら…好きな奴ほど弄りたくなるとか?そうそう。そんな感じの意味で、エット…その……」
こんな言葉で取り繕うとしたって無駄。アタシはリデルの鉄頭制裁を受けるのは確実。覚悟を決めるか…
「そうだな…これではいつまでたっても、お前の言うとおり私はデコリのままだな」
あれ?てっきり頭突きが来ると思ってたのに、拍子抜けだなぁ…それほど参ってたのか?
「だから、不本意だが何かを殴って、この気持ちを散らせたいのだが」
アタシを見てる。やっぱ怒ってるぞコイツ!?
「わ、わかった!デコリって言った事は謝るから、お、穏便に済まそう?アタシ達、仲間だろ?弄りたくなるぐらいの仲だろ?」
席を立ったリデルから離れるために後ろに下がる…だけど一人部屋であるここは広くない。背中が窓に当たってしまいもう逃げる事ができない。
「そうだな。私達は幼馴染だ…この関係はいつまでも続くと思っている」
リデルは自分の長い髪を鷲掴みにして首を取る。髪にぶら下がっている形になったその顔は笑っていながらも恐怖を感じさせるものだった…あの構えは!?
「だが、こんな言葉もある…」
掴んだ髪の毛を軸にして頭をぶん回す…やっぱアレだ!
「『喧嘩するほど仲が良い』という言葉があるだろう…?私達の仲の良さをこの喧嘩で表そうじゃないか…」
ゴメン、それは一方的な暴力。
「リ、リデル!アタシが悪かった!!だ、だからそれだけはやめてk」
ラァー!っという気迫とゴイィィィーンという衝突の音はアタシの声を掻き消し、アタシは遠心力によって増幅された頭突きを喰らって窓を破り、
「シッショォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーー(エコー)!!!」
思いっきり城外に飛んでいった…。

「む?」
ところ変わりここは一軒家。
「どうした?ルーシー」
やつれて椅子に座ってる状態で机にうつ伏せで寝ていたトオルはルーシーの反応に気づく。
「いや、今…紙が敗れる様な断末魔の声が聞こえたものでな…」
「紙が破れる?紙が破れるのに声なんてあんのか?」
紙が破れるのに声があるわけがないのはトオルもわかっているが、アヌビスであるルーシーは耳が良い。音に関して彼女が間違える事は無いだろう。何かがあったというのは確実だが確かめる術がない。
「恐らく、お前の破れると私の敗れるは違うが…まあいい。それより、これからピラミッドの成り立ちと仕組みについての講義を始める」
そう言ってどこからか持ってきた黒板に獣の手で器用に絵や文字を書いていく。
「なぁ…俺はもう二十歳だぞ。何でこんな事しないといけねぇんだ?」
「アヌビスの夫として当然の教養だ。ちゃんと学ばなければ私が恥ずかしい」
ちなみにさっきまでしていた講義は、彼女が住んでいた辺りの歴史とそこにいた人達の文化だった。基本的にめんどくさがりであるトオルには講義なんて拷問以外の何物でもない…。
「そんなモン別にいいじゃねぇーか。またあの砂漠に行く訳でもないんだし」
「なんだ?私に口答えをする気か…いいだろう。講義は終了だ。…お前は頭よりも体で覚えた方がいいかも知れぬな」
「え?ちょ、おま、何するやめr!?」
そして、たっぷりとトオルに罰を与えたあと玄関の呼び鈴が勢い良く鳴るのは…また別の話。


「おわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!??」
ズドォーン!
「なんだなんだ!?」
周りの人が騒いで駆け寄ってくる…まあそうなるか。
「イッテッテ〜……リデルのヤツ。アタシじゃなかったら死んでたぞ!!」
町の東市場のど真ん中に頭から墜落しそうになったアタシは無我夢中で体勢を変えて何とか頭を地面にぶつける事は無かった。
「なんだ、フレイか…フレイだったら何が起こっても仕方が無いな」
「そうねぇ〜。フレイちゃんだったら当たり前よね〜」
おい、アタシだったらってどう言う意味だい。
そりゃあ自分がトラブルメーカーってのは知ってるけど墜落するとかを普通にみられる様なことをした覚えは無いんだけど。
「ワーイ!フレイお姉ちゃんがお城から落っこちた〜。ザッマァミロ〜♪」
「ウッサイ!ガキ共!!」
アタシが昔いた孤児院の幼いガキ共。アタシは昔、親に捨てられたか死んだのかワカンネェけど外の平原で倒れてた所を拾われた。その孤児院で育ってリデルと会って、トオルとも友達になった。孤児院を出てから…軍の士官学校に入って寮で生活して軍に入って今に至るから大体10年ぐらいになるのか。このガキ共を見る限り、まだ元気にやってるみたいだな…安心した。
「ザッマァミロ♪ザッマァミロ♪」
「ゴルァ!!シバいたろか!?」
クッソォ〜…あの様子じゃあ多分、言葉の意味も分からず言ってる…悪意が無い分、怒れないじゃねぇか…。
おっと、コイツ等の相手をしてる暇なんて無い。アタシもアイツのトコに行かねぇとな…。



サウスエリア。イーストエリアに墜落しちまったから歩きでここまで来るのに時間が掛かっちまった…昼飯はこのエリアで評判のホルス姉さんのパン屋のパン…ウマカッタァ〜。あの人の作ったパンは本当にウマイ。アタシが店に来た時にいなかったから、話ができなくて残念だけどなぁ。
そんなことを考えながら、桜並木の街道を歩く…今は桜が咲く季節じゃないから少し殺風景だけど、春のこの街道はこの国の目玉だ。天気も今みたいに晴天だったら今頃街の皆で宴会だろうなぁ。
しばらく歩いてアイツの家に辿り着く。いつも宴会で使われる家…ここに来るのは一ヶ月ぶりか?アイツに会ったのは1週間前だけどな。
「チィーッス、トオルいるか〜?」
呼び鈴を適当に鳴らす。多分、アルマが来てる筈だから起きてるだろ。
「オ〜、いるぞ〜…」
相っ変わらずの眠そうで気の抜けた声だ…ま、それがトオルなんだけどさ。
扉が開くといつものダラけた目が…あれ?なんか痩せてないか?
「おまえ、どうしたんだよ。アタシがこの前見た時はそんなんじゃなかったぞ…?」
「あ〜、まあ、いろいろ遭ってな。大丈夫さ……ちゃんと寝る時間から食事まで管理できてっから…」
どう考えても管理できてるようには思えない。コイツは日常生活はダラシネェけど食事はちゃんと摂ってる筈だ…なんでこんな事になってんだ?
理由を聞こうとしたけど目が訊くなって言ってる。気になるが訊かないでおこう。
「で、お前もアルマと同じか?入れ違いだったか…フレイ」
そっか、アルマは入れ違っててもうどっか行ったのか。
「そ〜そ〜、アルマがもう聞いただろうけど、報告書にお前が行った砂漠での事件が載ってたんだ。少し詳しく聞かせてくれねぇか?」
そう言うと、トオルはめんどくさそうな顔をして思案してから、
「メンドイから、かくかくしかじかでいいか?」
「………オウ!いいぞ」
アタシも訊くのはメンドイからな。

なるほど、かくかくしかじかでこうなったって事か。
「で、それでそのアヌビスはどうなったんだ?ルーシーだっけ、お前の事だから会って別れてハイ終了って訳にはいかねぇだろ?」
「あ、いやぁ〜それは…」
なんでそこで言いよどむんだよ。如何わしいことでもあんのか?
「そろそろ昼食の時間だ。トオル、なにか食したい物はあるか?できるだけお前の好きな物を入れたいのだが」
ん?誰だこの声…玄関にいるトオルの奥、居間の入り口に一人の女がいた。アヌビス…エプロン。
ハァ〜ン……昼食ねぇ〜、そういう訳か………ってそんな事認められるかぁ!!
「オイてめぇ!!あの女はなんだ!!お前の何なんだ!!!」
トオルの首を絞める様な形で胸ぐらを両手で掴んで振り回す。
「ちょ、やめ、フレイ! ゴフ!!グゴガガガガガ」
「昔っからお前は女に好かれやすかったなぁ!!ァアア!?そうだろ!!そうなんだろ!!!」
「もう………ヤメ…ブクブクブクブク……」
口から泡が出始めた…知った事かぁぁぁ!!
「ト、トオル!?フレイとやら、そのくらいにしてくれ!このままではトオルが死んでしまうぞ!!」
アヌビス、多分ルーシーがアタシを止めに駆け寄る。まだやり足りねぇけど確かに死ぬのは不本意だ。7回ぐらい死なないと死ねないだったらいいのに…ってそんな事あるわけ無いか。
しょうがないからやめてやる。後で一発殴らせろよ。
「んで…大体想像つくけど、アンタ誰?」
トオルの脈を計ったり呼吸を見たりして大丈夫なのかを確認しながら、
「う、うむ……ルーシーだ。そちらはフレイと言ったか」
どうやらトオルが大丈夫だと安堵したみたいだ。当たり前よ、アタシは手加減…………してたからな。ホントだぞ。
「その格好から…アンタ、ホントに…」
「まあ、察しの通り……トオルの妻だ…」
やっぱそうか…なんだろこの気持ち…嫉妬っつーか、家族が別のトコに行ったような感じだ。いまそこでトオルは倒れてるのに………どっかに行っちまったみてぇな気分だ。
「ま、トオルの妻ってことは、アタシ達の仲間も同然だ。仲良くやろうぜ」
だからってうだうだ悩んでるのは似合わないし別段ルーシーが気に入らない訳でもない。というか冷静に考えてみればトオルの性格と運ならバッタリ出会った奴と結ばれてもおかしくない。それにアヌビスって言えば夫を管理するのが趣味みたいなもんだろ?トオルにはもってこいだ。握手のために手を差し出す。
「私に対しては何も言う事はないのか?」
ルーシーは少し遠慮がちにアタシの手を握る。うわぁ、肉球やわらけぇ………
「いや、アタシはいつもぶつけたいモンはトオルにぶちまけるようにしてっから」
フニフニ…ふにふに…とまらねぇ………ふにふにふにふに………
「む…むず痒いからそろそろやめてほしいのだが…」
「あ!?悪ぃ悪ぃ」
少し顔を赤らめながら彼女は手を離そうとするから名残惜しいけど手を離す。もっと触りてぇ…。トオルの奴、こんな素晴らしい肉球を傍らに置いてるなんて…羨ましいぞ!
「ゲホッ!…あ〜まあそんなとこだ、話の最後に言おうとしたんだがな」
咳き込んでいきなり意識を取り戻したトオルが仰向けで寝ながら話しかけてきた。相変わらず丈夫な奴。
「トオル…もう平気か?」
「ああ……どっかのリザードマンが首をマッサージしてくれたからな…おかげ様で首の関節が柔らかくなってユルユルだよ」
アタシを睨みながら起き上がろうとする。
だがそこでコイツの運の悪さ(ある意味良さ)が発動するのは分かりきっている。
「え?おわぁあ!?」
靴下を履いている時のトオルはフローリングではとにかく滑る。案の定ツルッと綺麗にコケ…
ズル……
溺れる者は藁をも掴む…転ぶトオルは手当たり次第に何かを掴む。
「なっ!?」
今回のトオルの魔の手の標的は…ルーシーの………下着を含めた履き物。
もちろん転んでる最中のこの馬鹿はそこを掴んだまま倒れる。
これがコイツが運が良い(いや、悪い?)と言われる由縁である。エプロンのおかげでギリギリ見えてないが今、ルーシーは何も履いてない。
ドグシャ!!
「へぶ!!」
まあお約束の展開で彼女は真っ赤な顔のままトオルの頭を踏み潰す。ああ〜〜アレは痛い…。
「ちょ、ルーsゲフッ!ゴフッ!ガハ!…グッハァ!!?」
ドガッバキッグシャ…メメタァ!!
一通り蹴り終え、最後の一撃を加えた後下着を履いた。
「ゴベン…ボレが…悪かっだ……」
言葉もマトモに話せないぐらいやられたみたいだ…ってかよく生きてんな、本当に7回殺さないと死なないのか?
「フン……」
鼻で返事してこの場を離れた…ってことは嫌われたなこりゃ。
「あ…じゃあな……」
なんとなくこの場にいられないような気がしてトオルの家を出た……明日の事なんも話してねぇけど、大丈夫だよな。
トオルの家を出たアタシは任務に出るため、城に戻って武器を取りに行こうと思ってた。任務の内容は北にあるリザードマンの集落と友好関係を深めるためにいろいろ交渉、情報交換をする事。…カッタリィな〜、つーかこんなのはアタシじゃなくてリデル向きだろ。なんでアタシがやるのさ。
しばらく歩くとこのエリアの市場が見えた。まだ昼で仕事をしている奴が多いけど、市場は活気に溢れていた。
「ンム!?ンーーーー!!ムゥーーーーー!!!」
「あぁ〜、嬉しいぃ〜♪もっとシテあげるねぇ〜」
ふと、騒いでた方に顔を向けると…ホルス姉さんとアルマ……イってこい。アタシにできるのはアンタの無事を祈る事だけだ。
ヤバ、アタシも見つかったらいまの興奮状態のあの人に何されっかわかんねぇ、逃げよ。
城まで行けば安全だよ……な?

城まで歩くと今日中に任務が終わらない気がしてアタシは屋根を走り、跳んで近道して城に入った。とにかく今日中に終わらせないと明日に間に合わねぇからな。
途中、屋根を踏み抜いちまった気がするけど…気のせいだ。うん…多分……。
アタシの部屋まで行って武器…練習用に使った両手斧より一回り大きい斧だ。だが素材が特殊だから重量的にはあの斧と変わらない。それを背負って部屋を出る。リデルは……任務かアイツの家かな?
携帯食料(多量)と水をベルトの袋、小型のポットに入れてノースエリアの北門に向かう。アタシの部屋の窓は相変わらず壊れたままだからこのまま飛び出した方が早いな。

城を飛び出したアタシはこのまま一気に北門まで屋根伝いで直行。このマインデルタを出た。
出た瞬間、少し傾いてる太陽の光が目を焼くように照り、街が中心に建っていながらもそれを感じさせないぐらいの雄大な草原が広がった。荷車や馬車が通りやすいように整備された道が北に向かって続く。これを辿ればリザードマンの集落へは3時間と少し歩けばいけるだろ。
だけど今回は早めに終わらせておきたい。早歩きで集落のある洞窟向かった。



「止まれ、そこの者よ」
洞窟の近くまで来ると見張りが見える。
「あ〜……マインデルタからの使者だ」
普段、適当なしゃべり方しかしねぇから口調を切り替えるのに時間掛かるな…慣れとかないとこういう場合に困る。
通れ、と言われて洞窟に入り進むと、中は巨大な大広間の形でくりぬかれた様な場所に来た。ここがリザードマンの集落…壁にドアが付けられていてそこが個人の部屋になる。ジャイアントアントがこれを設計しただけあるのか、空気穴が緻密な計算で目立たないかつ大量に作られていて息苦しさは皆無だった。
「フレイじゃないか、久しいな」
まずアタシに挨拶してきたのはこの集落の部隊長を務めているライアだ。
「ライアじゃねーか、最近どうだ?」
手の甲をお互いにぶつける、ライア流の挨拶だ。
「どうもこうも、最近はマトモな相手がいなくて困っている。お前か、あの三人でなければ私の知る限り同等の実力となる相手がいないからな」
そもそもマインデルタで育ったアタシがなんでコイツと顔見知りかと言えば忘れもしない。
血糊騒動……別名『トマト散乱果汁ブチマケ事件』というのが昔あった。
それはただの夫婦喧嘩から始まった。だがその喧嘩はエスカレートしてきてトマトの投げ合いから家の外に戦いの場が移り、その時ちょうど豊作で違うエリアにトマトを売りに行こうとしてたサウスエリアのオッサンがいて、その荷車が喧嘩に巻き込まれ大量のトマトが一部潰れながらゴロゴロと転がったんだ。トマトは赤い…それで興奮した街に住むミノタウロス、ホルスタウロスが暴れだし、鎮圧するためにアタシ等が派遣された。ライアはその時、たまたま街の酒場で飲んでいて騒動に気がついて協力してくれた。
………そこまではよかった。一応鎮圧はできたが、トマトが潰れに潰れ、そこら中が赤く染まってしまった。
これを掃除するのか?…とイラついたアタシは足元にあったまだ潰れてないトマトを蹴る。それがライアの顔に命中し、顔が別の意味で赤くなったライアはアタシの顔に向かってトマトを投げてきた…これがアタシに命中。それが発端で今度はアタシとライアが喧嘩してノリにノッた野次馬(アルマ含む)が面白がってトマトを投げ合い、第二の騒動が起こった。
トオルの仲裁とリデルの鉄頭制裁によってこれも鎮圧したが、罰としてアタシ等二人と野次馬(アルマ)だけで掃除させられるハメになった。
それ以来、お互いに気に入ってしまったのか、度々会うようになって腕試しとして何度も試合した。トオルとアルマは彼女に負けはしなかったが自分からもう勘弁と棄権する事が多かった。ホントめんどくさがり屋というか根性なしというか……本当は強いのにもったいないよな〜〜。あの二人がもう少しがんばってくれるんならアタシだって………ってなに考えてんだアタシは!?
「どうしたぁ、顔が赤いぞぉ……フレイ♪お前の事だからあの二人のことを考えているんだろ。確かにトオルは力量もあり気配りもできるし、アルマはまだ十五だというのにあの剣技…顔はまだ幼いが成長すればトオルにも負けない美男子になるだろう」
「な、何言ってんだよ…アタシとアイツ等とは幼馴染なんだっての…」
顔を覗き込んで来たライアに対して目線を逸らしてしまう。これじゃあ肯定してる様なもんだ。
「つーか話してる時間ねぇな。ここの長に合わせてくれよ」
無理矢理な話の変え方だけど実際、時間が無いのも事実だ。日はもう傾いている。夜がきて数時間が経てば街全体の門限として城壁の門が完全に閉じてしまう。城壁を飛び越えればいい話だけど、後々面倒だからあんまやりたくはない。
「すまんな。長は今、遠出中なんだが…明日には帰ると思う。用件なら私が伝えておこう」
だからって交渉や情報交換を長の断り無しにすることはできないな。場合によっちゃ判子も必要だって王から預かってるんだし。
「じゃあ帰ってきてからでいいよ。城に帰ってそう伝えとくからさ。それより少し休みたいんだけどな」
今なら寄り道しても時間があるから少し休んでおきたいな……休めるか…?
「ちゃんと手配しておく………まあ、部屋は医務室になるかもしれんがな」
そう言ってライアは入り口に視線を向ける。その視線は誰かをからかうものではなく…戦士の眼だ。
気のせいであって欲しかったけどなぁ〜。
「あ〜あ、やっぱ誰かいたのか。せっかく休もうと思ってたのにな」
「なんだ?尾けられていたのに気づいていたのか…だったら面倒事をここに持ち込むな」
会話を聞いていたのか周りの戦士達が集まってきた。彼女はそれを眼だけで制止させる。
「アタシに多人数を相手しろって?冗談言うなよ、ざっと五.六人はいたんだ。分が悪いんだよ」
「正確には七人だがな。ふむ…マインデルタ軍の暗殺部隊か………気配の消し方は評価に値するがこの洞窟は音を増幅させる造りになっている。常人には聞こえないが訓練されている者にとっては十分な程に聞こえるぞ」
7人だったのか…気配を察知するのは苦手なんだよ。足音も確かに増幅されて聞こえるけどアタシじゃあ人数まで特定できない…。
「んじゃあアタシは外で戦う。アンタはアタシの取りこぼしでも拾っときな!」
背負っている斧の柄を掴みながら思いっきり走る。もう相手は自分達の存在がバレてるのを知ってるだろうから敵意を剥き出しにしても問題は無い。
そのまま斧を握ってる手に力を込める。戦いが……始まる。
斧はまるでアタシの戦いに対する感情を表すかのように…静かに震えていた。


「オラァァァァァ!!!」
走っているアタシの前方に見えたのは七人の…全身黒衣に包んでいる男達だった。ライアの言ったとおり、マインデルタの暗殺部隊の服装だ。そんな奴等が何の用だ?
思案しながらも斧を横に薙ぐ。巨大な斧とアタシの力で風圧が起こり少し遠くにいる7人を襲う。
内4人はその風圧をまともに受けてバランスを崩したが、三人はそれを避け、アタシを避けて奥に行ってしまった…そっちは任せたぞ。
バランスを崩した四人に向かって再度斧を振るう。さらに風圧を受けた四人は吹っ飛び、洞窟の外まで飛んだ。
「さあさあお待ちかね、とことんバトろうやぁ!!」
斧を地面に突き立て、もたれる形で笑ってやる。一種の挑発にも見えるけどアタシはそんなつもりは無い。まあそれで怒って向かってくるのならソイツはそれまでの奴ってことさ。
四人はナイフを持ち、固まらず別方向から向かってくる。しかも違う角度、違うタイミング、違う部位を狙っているのは分かる。かなり統率が取れてるな…苦戦しそうだ。
口元の笑みは収まらない。士官学校時代に戦闘狂と言われた所以だ。
まず一人目を少ない動きでかわす。二人目は首を狙っていて懐ががら空きだから膝蹴りをお見舞いする。三人目はかわす。四人目は斧で反撃。
「チッ!」
だが避けられた。アタシは斧…相手は暗殺部隊。ただ速く、速く動くために設計された服に片手でも扱える武器を多種多様に仕込んでる。つまり戦闘タイプは不利な方に真逆と言っていい。クソ…一対一なら幾らでも対応してやるってのに。今度は挟み撃ち、四方に散ってアタシを囲みナイフを振ってきた。
このままじゃあ消耗戦だ。さっきの攻撃でこの四人のナイフには何かが塗られてるってのは分かった。一撃でも受けたら終わりだ。
一瞬だけ斧から手を離し、篭手で二人の攻撃を受ける。そのまま…
「吹っ飛べ!!」
二人の腕を掴み、その腕に仕込みが無いのを確認しながら……投げる!そのまま後ろの二人にぶつける。
四人はすぐさま立ち上がりアタシから距離を取る。どうやら一気に畳み掛けられないと分かって慎重にいく事にしたんだろうな。
ここで問題点…小技なら相手に攻撃できるが決定打にはならない。かといってただ斧を振るだけじゃあ避けられる。なら捕まえるか?だけどさっき投げたからそれなりに対応してくるだろう…暗殺部隊に二度同じ手は通用しない。
考えるのはここまで、四人が指を突き出してくる……針か!?
指に仕込まれていた針が飛び出し、アタシに向かう!
避けたのは良いがこのまま四人が向かって来るのは目に見えている。
「ウォラァ!!」
斧を投げ、向かってきた四人を散開させ、身軽になったアタシは低く跳び思いっきり一人に飛び蹴りを喰らわす!
急所を的確に突いた飛び蹴りで一人は短い悲鳴を上げ、吹っ飛んだ。倒れたまま動かない……気絶したな。
斧を拾い、残りの相手を見る。一人気絶して三人になっても状況は変わらない。消耗戦が続くだけだ…。
「てかさぁ〜……」
相手に向かって愚痴る…
「アタシ、ホントに時間ないんだよ。これで明日に遅れたら………あんた等を一生恨んでやる。だからさぁ…決着つけようか?」
三人の顔は見えないが恐らく怪訝な顔をしてる事だろう。
「コレって本当は使いたくなかったんだけどな。スッゲー疲れるし……何よりアタシは本当に自分の戦う相手って認めた奴にしか出さないようにしてるんだよ。あんた等、幸運だねぇ」
不適に笑ってるであろうアタシは斧を背負い直し、握り手に力を込める。
斧は震える…戦いたい、戦いたいと言ってるかのようだ。ああ、存分に戦わせてやるよ。
「見せてやるよ………凰火ってやつをなぁ!!!!」
ゴォォッ!!
斧から炎が発せられる……火の粉がアタシの周りを舞う。昔はこの熱さに耐えられなかったもんだけどな。
「吸え…アタシの闘志……全て火に変え………焼き尽くせ!!」
持つ者の闘志を吸い、万物を焼き尽くす業火を生み出す。街で唯一この斧を扱えるアタシ。業火を操り、荒々しく…だが清く輝く鳳凰の炎となり国を仇なす敵を討つ。
……凰火のフレイ。
「ハァァァ!!」
ただ斧を振るなら避けられる…ただ振るなら。
振るった斧から炎に包まれた衝撃波が生み出され、まるで鳥…鳳凰の形になり敵に向かう!!
その速度は速くても反応できるが広範囲であるため避ける事はできない。鳳凰の炎は敵を巻き込み、暫く空中を飛び……消えた。
三人はひどい火傷を負っちまったけど命には別状は無い。だけど加減が難しいな、この斧は持つ者の闘志を勝手に吸い取って炎に変えちまうからどんどん威力が上がっちまう。
「さっき派手な音が聞こえたので覗いたが……お前にあんな力があったとはな」
洞窟からライアが出てくる。
「しかし、私相手に使わなかったのが心外だな。つまり私はお前の戦う相手じゃないということか?」
「うっさい、加減が難しいんだよ。下手すりゃ殺しかねないし街中であんなんやったらいろんな所が燃えちまう。今回だって周りに木とか燃えるモンがなかったから使えたんだ」
息を整えながら彼女を見る。彼女の片手剣には血が付いてなかった。峰打ちしたのか、さっさと終わって磨いていたのか。アタシも素早く動けるように、小剣ぐらい持っていれば、コレを使う事も無かったんだけどな。
「そして連発できないと見える……お前の言葉を訊いている限り、闘志…いわば戦いたいと言う気持ちを消費させて炎に変えるのだろう?消耗すれば戦いに集中できなくなり、最終的には意気消沈といったところか?」
「アレだけでよく分かるな…そーだよ。アタシはなったことないけど最終的には気力も尽きて気絶に似た形で倒れるらしいな。そうでなくても、使った後は気だるくなるけどな」
座りたい、寝たいと言う気持ちが一気に襲ってくるけど、ここで寝るわけにもいかない。
「空き部屋の手配はしたが…今日は泊まるか?」
やる気にも似た闘志を斧に吸われたアタシにとってそれは甘い誘惑だ。だけどここで寝てしまっては街に来た頃には昼を過ぎてしまう。
「本当は泊まりたいけど…明日はあの日だから早く帰らねぇといけねぇんだ」
「そうか…では、私も長が帰ってきたらそっちに向かおう。そしたら酒場で語ろうではないか」
オウ、と返事をして空を見る…もう夕方か、ギリギリ門限に間に合うだろうな。
「あ〜〜…暗殺部隊の七人はあんた等にまかせるわ、詰問するなりなんなり好きにしろよ」
それにライアは頷き、彼女を追ってきたリザードマンに縄の準備をさせていた。それを見てから、アタシは街に向かう…。



太陽も完全に沈み、月が現れた。門限までは時間がある……月が雲に隠れ、霞んでいた……草原を歩いてたアタシの脳裏にアイツの顔が浮かび上がる。いっつも眠そうな目をしてて本当は強い癖に自分から練習試合を棄権して、周りから根性無しとか言われているアイツ。
でも………アタシは知ってる。
そういうやつに限って、本当は誰よりも強くて、優しいってことを…。
さて、急がねぇとアタシだけ遅れてリデルに怒られるし、アルマにも笑われちまう。
月は少し満月に近いが少し欠けてた…明日は満月だな。
…楽しみだ。




〜第3話「水魔」に続く〜
10/07/03 11:19更新 / zeno
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■作者メッセージ
どうもおはこんにちこんばんわ。
今回、やっとのことで二話目、「凰火」を書く事ができました。自分の気力が続くかどうか怪しくなってきた…しかも頭ではもう次の話がどんどんどんどんできて執筆速度が追いついてない!がんばります。
ちなみに、前回の「揺光」を読んでうすうすと気が付いてる人もいるでしょうが…今作のトオルは…やられ役です。「砂漠の番犬」で真面目だった彼の私生活はこんなもんで、ルーシーが嫁いでから拍車が掛かってます。
こんな話だけどよろしくお願いします

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