読切小説
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Lost
――いちばん脆いのは、感情
――なら、いちばん壊れやすいのは?




 炎に飲み込まれる町。あちこちで聞こえる怒号と悲鳴。
 右の路地からは剣戟の音。左の通りからは断末魔の叫び。
 ボクの行くこの通路の所どころにも、無残に切り裂かれた死体が転がる。
 炎に巻かれながら、死体をすり抜けながら、ボクは家へと急ぐ。

「いたぞ!!」

 後ろから声がした。細心の注意を払っていたとはいえ、所詮は子供。戦闘のプロには敵わない。
 でも、相手は重い鎧を着込んでいる。対して、こちらは軽装。逃げるだけなら勝ち目はある。

「逃がすな!この町は浄化せなばならん!!」

 野太い男の声。そして、がちゃがちゃと走る音。その音はボクに恐怖を抱かせるには十分だった。
 だけど、ボクは振りかえらない。そんな暇は無い。
 そのまま狭い路地に逃げ込む。地元の悪ガキたちがよく使っていた近道。その悪ガキたちも、中央広場で物言わぬ骸と化している。

「……使わせてもらうよ」

 口に出してそう言いながら、壁に山と積んであるレンガやら木材やらの資材を蹴る。確か、秘密基地を作るとか言って町中を駆け回って集めてきたものだ。だから、大きさも不揃いで、いかにもかき集めたって感じだ。
 からがらと連鎖的に崩れる彼らの夢の間をすり抜け、大通りに出る。完全に崩れた路地は重武装のやつらでは通り抜けられない。

「クソ!!手こずらせてくれる!!」

 瓦礫の向こうでさっきの男の悪態が聞こえた。でも、こんなところでぐずぐずはしていられない。ボクはすぐ走り出す。
 相変わらず炎に包まれた通りをまっすぐ駆け抜け、町はずれの小さな家に向かう。靴はどこかで無くして、足が酷く痛むけど、そんなことは気にならない。
 その家にただり着くやいなや、乱暴に白いドアを開けた。外れかけのちょう番がギシリと軋んだ。

「***!!」

 妹の名前を呼ぶ。が返事がない。
 ボクの中の焦りが加速する。今まではじりじり心を焦がすようだった火が、全てを焼き尽くすほどの劫火に変わった。

「***!!」

 もう一度名前を呼ぶ。すると、答えは後ろから聞こえた。
 男の声で。


「***ってーのは、これかい?」


 その声に、ボクは恐る恐る振り向く。まるで出来の悪い水車みたいに、かくかくした動きで。
 ボクが振り向いた先には、右手に血濡れの剣を持った男と、その突き出された左手にぶら下がる、妹だったものの姿があった。
 それからは、紅いしずくがぽたり、ぱたりと滴り、そのさまはまるで雨漏りの様で―――

「うあああああぁぁぁああああぁぁあぁあ!!!!」

 ボクの心を、木端微塵にした。




 ――ぐしゃ。
 そんな音と振動で、ボクは我に返った。どうやら、古い記憶に浸っていたらしい。それがどんな記憶だったのかは忘れちゃったけど。
 音のした方を目だけ動かして見ると、太い金属の棒がボクの肩に押し当てられていた。どうやら、これで殴られたらしい。
 そうだ。ボクは今盗賊に襲われているんだっけ。
 そこまで思い出して、今度はぐるりとあたりを見回す。血まみれになった男たちが7人ほど転がっていた。

「ヒッ、ば、化け物………」

 失礼なことに、今ボクに鈍器を叩きつけた8人目がそう呻く。
 でもボクは怒ったりしない。やさしく聞くだけだ。そんな静かなボクの心を汲んだように、いままでざわついていた森が急に静かになった。

「ねぇ。そこに転がってる君のお仲間たちはさ………」

 そう問いながら、8人目の持っている金属棒を奪い取る。先端にボクの血がついていて、すこしだけぬめる。
 武器を奪われた8人目は、その表情をいっそう恐怖に歪めてなにやら叫ぶ。でも、言っていることはボクにはよくわからなかった。

「……痛かったと思うかい?」

 ぐちゃ。
 振り下ろされた金属棒が8人目の頭に当たった。でも、ボクが手加減なしで思いっきり振ったから、全く鋭くない円柱の棒に頭を二つにされて中身をぶちまけてしまった。中身が周りの地面を汚していく。汚い。
 ありゃりゃ、これじゃあ答えが聞けないや。
 そういうボクも結構血まみれだけど、ぜんぜん痛くない。ボクがどれほど痛みを望んでも。
 
「動くな!!」

 8人目の汚い血で汚れてしまった金属棒を脇に捨てた途端、首にナイフを突き付けられた。ボクはそれに構わずくるりと振り向く。本当にこいつら何人いるんだろう。
 ボクにナイフを突き付けた男は、髭面の見苦しい男だった。その髭面に、さわやかに笑いかける。

「ほら、動いたんだから刺してよ」

 ボクの言葉に、髭面が間抜け面に変わった。口をだらしなく開いて、ナイフを持った手もお留守になっている。
 その汚い手を握って、言う。

「じゃないとさ……こうなっちゃうよ?」

 握った手に、少し力を入れる。ぱきりと心地よく響く音がして、ナイフを持った手がぷらんと垂れた。
 時間差で、髭面が叫びだす。醜い顔をさらに醜く歪めて、大音量で雑音シンフォニー。地面の上をバタバタと魚みたいに跳ねた。
 たかが手首折れたぐらいで……とボクはうんざりする。君のお仲間は頭を割られたけど叫び声ひとつ上げなかったよ?

「もういいよ………君、うるさい。死んで」

 ボクはそう言ったけど、髭面は叫び声をあげるのに夢中で全く聞いていない。そんなに楽しいものだろうか?
 
「死んで、って言ってるじゃん」

 すこし大きめの声で言ってみる。しかし、相変わらず髭面は叫び声を上げ続ける。その顔は必死で、もしかしたら彼は叫び声をあげていないと死ぬ奇病なのかもしれなかった。
 同時に、土の上に寝そべって下手なダンスも踊っている。ボクには気でも狂ったとしか思えない。イライラしてきたボクは、髭面が落としたナイフを拾い上げた。
 そして、下手なダンスの練習中で動きまわる体を強く踏む。強引に動きを止めさせて、ナイフを首筋に突き付けた。

「動くな」

 そう言ってから、足を放して髭面を自由にしてみる。すると、再び彼は下手なダンスを絶叫つきで再スタートさせた。間髪いれずにナイフをねじ込む。
 大した手ごたえもなく進んだナイフは、一瞬で髭面の命を刈り取り収穫する。すると、驚いたことに彼は歌うのをやめ、おとなしくなった。
 
「……………」

 ふと思いついたボクは、そのナイフを自分の首に突き立ててみた。残念ながら痛くはなかった。




 宗教国家バルバス。名前の通りの宗教国家で、魔の一文字が付く物事を異常なまでに毛嫌いする。そして、小国ゆえの浅ましさ、もしくはたくましさで自国民を食い物にする悪徳国家でもある。
 ボクは別に清廉潔白で、生き方に一分の非もない真っ当な人間なので堂々と大通りを歩くことができるわけだが………。どんな世界にも濡れ衣というものは存在する。

「貴様のような殺人鬼が、よくも堂々とこの聖なるバルバスの通りを歩けたものだな……!!」

 いきなり毛並みのいい馬にまたがった、純白の鎧のオジサンが声をかけて来た。内容は結構物騒だけど、もしかしたら彼なりのほめ言葉かもしれない。
 とりあえずほめられて悪い気はしないので、素直に謙遜しておいた。

「いやいや、それほどでも」

 ボクのその一言を聞いた瞬間、オジサンの顔が憤怒に歪む。あれ、ボク対応間違ったかな?
 馬の上でぶるぶる震えるという、馬にとっては大変迷惑な状態で怒りを表現しているオジサンを、後ろからわらわらとデビルバグのように湧いてきた集団が守るように囲む。これだけいると、広い通りとはいえ交通の邪魔だ。

「この殺人鬼が………!!今すぐここで斬り殺してやる!!」

 デビルバグズに囲まれて姿も見えないオジサンの声と共に、周りのデビルバグズが一斉に剣を抜く。抜かれた剣はきらきらと太陽光を反射し、とてもきれいだった。
 いきなり現れた集団に不穏な空気を感じ取っていた通行人たちは、彼らが剣を抜いた段階ですでに逃げ去っていた。さすがはバルバスの民。たくましい。
 とはいえボクはピンチ増量中。彼らのことを気遣う余裕なんてない。

「行け!あの餓鬼を切り殺せ!」

 集団の中からオジサンが声をかける。そして、集団が一斉に一歩前に踏み出しボクを狙う。
 しかし、彼らはなかなかにフェアプレー精神旺盛だった。仲間同士で押し合いへしあい、同時に相手をするのはせいぜい3人くらいだった。
 
「ああ……きれいだなぁ」

 振りあげられる剣。振り下ろされる剣。どれも光をまとっていてとてもきれいだ。そして、振り下ろされた剣の方は、再び持ち上げられたときにボクの血を纏う。それもたまらなくきれいだった。
 
「それ、ボクにも貸してよ」

 そう言いつつ、彼らの剣を奪う。まだ血の付いていない、銀閃を放つ剣だった。それを、振るう。
 剣技なんて高尚なものはボクには分からない。だから、一切の手加減をせずに、力いっぱい振りまわず。
 どす、と手に鈍い手ごたえがあり、剣腹に殴り飛ばされた1人が仲間を巻きこんで壁に叩きつけられる。肉団子になってしまった男達を見て、ボクは少しうれしくなった。

「なッ………!!皆、気をつけろ!こどもだと――」

 なにやら叫びだした男がうるさいので、剣を横なぎに振るって顔を打った。打たれた顔は、首から外れてどこかに飛んでいってしまった。

「口は顔についてるもんね」

 言葉を発するための器官を失った男は、意気消沈して倒れ込む。でも、まだまだデビルバグズは減らない。まだまだおもちゃは無くならない。ボクは、心の底から嬉しくなった。




 あれだけ居たデビルバグズの最後の1人が倒れるまで、たいして時間はかからなかった。ボクも体中血まみれだけど、相変わらず痛みは無い。
 オジサンはどこかに逃げてしまったようだ。ボクは無人の大通りに、死体を周りに侍らせながらたたずんだ。

「んー、つまんない」

 ぽい、と折れた剣を投げ捨てる。剣はもう、光ってなどいなかった。
 同時に、一歩右に退く。びゅん、と何かがかすめて行った。

「まだいたの!?」

 うれしい。まるで無くなったと思っていたおもちゃを見つけた時みたいだ。
 ボクがそう思いながら振り向くと、そこには全身真っ黒の女が立っていた。今しがた振りぬいた得物は、刃全体に反りのかかった不思議な形をしていて、やっぱり黒かった。

「私はエソラ。こんにちは。そして――」

 ――さようなら、と言われた時には、全てが終わっていた。




「う………がぁ」

 口を開いても、そんな音しか出ない。目を開けても、目の前にじっとたたずむ死神の姿しか見えない。
 なにより、この傷口から沁みてくるような感覚は、
 痛み?
 こんなものが?ボクの追い求めていた?
 
「ち………がうッ…」

 10年前。ボクが壊れたあの日。あの日からボクは、痛みを――


「もう、何も言わないで」


 急に、声が聞こえた。目の前の死神じゃない。もっと、もっと懐かしいだれか。
 
「姉さん。私のこと、忘れちゃった?」

 忘れるもんか。ボク達はずっと昔から――

「昔って、いつ?」

 それは、10年前から――

「その間、姉さんは何してたの?」

 痛みを、取り戻そうとしてた。……あれ?

「どうして?」

 痛みを、感じなかった、から。

「10年前、なにがあったか、覚えてる?」

 お、ぼえて、る。覚えてる!………え、でも、それじゃあ、

「ああ、ボクは……あの時………死んでたのか………」

 そう、きっとこれは、走馬灯。
 ああ、でも、とっても、きれいだなぁ。

 
 ねぇ、死神さん。ボクを、妹のところまで連れて行って。

 
 



10/12/24 16:38更新 /

■作者メッセージ
こんにちは、湖です。

読み切り書いてないで連載書け、と思ってくれたあなた!
とっても嬉しいです。

さて、今回の読み切りは「カレイドスコープ」と世界観が共通です。
きっとこれから僕が書くSSは全部共通です。
今回はあえて情報量を減らして、読んだ後考えてもらえるようにと思って書きました。
が、僕がダメダメのへたれ野郎なので、大切な情報が抜けてたり、わけわかんねーSSになっている可能性がございます。
おかしな点を感じたら、すぐに感想で知らせてください。
おかしな点がなくても、感想を書いていただけると湖が喜びます。

では、読んでくださったあなたに最大の感謝を。

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