連載小説
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堕落、次ぐ堕落
 暗い部屋の中、部屋の三割を占めるような大きなベッドの上。天蓋こそ付いていないものの、十分に高級感の漂うその上に、私は居た。
 ここは城の一室、崖の上に位置する城主の部屋だ。部屋の中央には調度を無視するように大きな玉座が置かれているが、その他には異常なものは見当たらない。窓は多く、昼間ならば多くの陽光が降り注ぐのだろう。
 夜である現在は、どこか怜悧な光を放つ、青白い月が浮かぶのみだ。だが、この部屋からも見ることのできる湖にその姿を映した三日月は、思わず身震いするほど美しい。

「全く、アメシストには困ったものよね。あの子、目につくもの全部を愛してるから、困ってる子を見るとつい世話をしちゃうのよね」

 この部屋、いや、城の主が言う。

「でも、私はそんな“愛全”が大好きよ。だから、拾ってきた子も面倒見ちゃう」

 私を押し倒すように圧し掛かって、言う。
 何故だか、その表情は暗い中でも良く分かった。
 楽しそうに、心から楽しそうに笑っている。

「そして、私が面倒を見た子も好き。そして、その子が幸せそうな顔をしているのを見るのも好きよ」

 だから、と前置きし、

「貴女がどんな顔をするのか、とっても楽しみ」

 言葉と共に、城の主、リリムの手が私の破れた神官服の内側に差し入れられる。その手はゆっくりと、私の肌を這うように動き、私の下着をずらす。彼女の前戯によって、既に濡れそぼったそれを片手で下ろし、私の秘裂を露わにする。
 確実に、私の顔は羞恥に染まっているだろう。教会では、女同士でも裸を見せ合うことは稀だったのだ。

「あっ……」

 彼女の手が、軽く触れた。それだけで痺れに似た甘い快感が私を貫き、思考を染める。
 それは、表現しがたい衝動を以て、私を支配しようとする。

「ふふふ、敏感ね」

 もうひと撫で。それは軽い愛撫に過ぎず、私の花弁の表面を撫でられただけに過ぎない。だが、それのもたらす快楽は莫大だ。私は花の奥から蜜を滲ませ、体をかすかに震わせた。
 甘い痺れが、彼女の撫でた個所からゆっくりと広がり、私を飲み込む。その度に私の喉は空気を求めて唾液を嚥下し、だが口の中には唾液が満ちる。

「あぅ……ダメぇ」

 駄目だと解っているのに、腕は頭の命令に従ってくれない。私の手は勝手に破れた服をたくしあげ、確かな熱を持つ、蜜を湛えた花園に触れる。
 どれだけ意志の力を振りしぼっても、手は勝手に私を慰める。まるで、私の本心がそう望んでいるとでもいうように。花弁をかき分け中へ這い入り、蜜を指に絡ませて遊ぶ。
 それによって快感を得、その快感がまた私の理性を薄める。実際、リリムが私の腕を掴んで止めなければ、私は果てるまでそうしていただろう。

「ぁあ……だめっ……! だめなのぉっ!」

 ぎりぎり股下までしか無い破れた神官服をはだけさけ、足を絡めるように秘部を隠そうとする。目には羞恥の涙が浮かび、頬には隠しようの無いほどの朱が刺す。だが、口はだらしなく笑みに歪み、堪え切れない快楽を表していた。
 自らの蜜に濡れた手は、目の前のリリムを突き飛ばそうと突き出されるが、器用にするりとかわされてしまった。
 自分で、自分の気持ちが解らない。教会での厳しい修行を思い出し、羞恥と情けなさから涙が零れる。だが、熱くたぎった私の花弁は、まるで誘うように蜜を吐き出すのだ。
 もっと快楽に浸りたい。もっと深くまで気持ちよくなりたい。
 だが、それはいけないことだ。私を捨て公に奉仕する。それが神官の生きざまで、存在意義なのだから。
 でも、と思う。もういいのではないのか。悪魔の手でも取ると決めたのだ。今更私も悪魔に堕ちようと、別にいいではないか、と。

「いいの。私がすぐに気持ち良くしてあげるわ」

 そう言って、私の指をぺろりと舐める。粘つく唾液を絡ませた熱い舌は、湿った音をたてながら私の指を濡らした。
 その淫靡な光景に、思わず生唾を飲む。

「にぃゃ、あぁっ!」

 次の瞬間、それは来た。体中から汗が吹き出し、火照った秘裂からは先ほどとは比べ物にならない勢いで蜜が吹き出す。
 体は私の意思に反してびくびくと震え、仰け反り声を上げる。

「ぃぃいいいぃぃぁあッ!! だめぇッ!」

 最早快感を通り越して、別の何かに変わった快感が私を貫く。思わず暴れるが、両腕は強く押さえつけられ、腰に乗られた身では大した抵抗も望めない。
 私の中に入ったそれは、なおもぞぶり、ぞぶりと動く。その度に私を快感が貫き、それに伴って体が跳ねた。
 尻尾で私の敏感なところを責め、なおも暗闇の中で微笑を崩さぬリリムは、顔を近づけるようにして私を覗きこむ。

「ねぇ、どう? 気持ち良い?」

 手を抑えつけられ、仰向けに寝かされた私の唇を、リリムはその紅い舌で舐めた。
 それにすら、ゾクリとした快感を感じてしまう。そちらはまるでいたぶるような、しかし甘噛みのような快感で、耐えがたいものだった。

「あぅ、はぁん……だめぇ……」

「いいわ。もっと気持ちよくしてあげる」

 すぶり、と私の花弁の奥に彼女の尻尾が突き立てられた。それが沈み込んでいくような感触とともに、淡い痛みを感じる。
 だが、それは一瞬で、耐えがたい快楽へと姿を変える。血の混じった蜜が飛び散り、喘ぎ声を上げる口からは銀の唾液が飛んだ。
 何もかもを忘れさせるような快楽に、酔いしれる。

「ぁああっ! あはぁッ、あっ!! くぁあああああぁぁぁあああッッ!!」

 きもちいい。もう他の事はなにも考えられない。
 何度も何度も、杭を突き立てるように上下する彼女の尻尾が気持ちいい。
 破れかけた神官服越しに押しつけられる、彼女の胸が気持ちいい。
 何よりも、まるでこちらの思考を覗くように見つめてくる、彼女の紅い瞳が、まるで魔法でもかけられたように私を興奮させる。

「はぁ……良い声ね……私まで変な気持ちになっちゃいそう」

 そう言うと、リリムは私に顔を近づけて来た。

「ぁぁぁ……だめ………。――んッッ!?」

 ぴちゃ、と湿った唇同士が触れ合い、湿った音を立てる。同時に私の口の中にはぬらりとした舌が挿しいれられ、私の舌と絡み合う。
 口で私の口を犯し、尻尾で私の秘裂を貫いた淫魔は、そこで初めて私の両手の戒めを解いた。そうして自由になった彼女の両手は、今度は私の纏うぼろきれ同然の神官服にかけられる。
 布を裂く音と共に、射し込む月光の下、私の裸身が露わになる。大きめの二つの実は既にその突起を硬く立たせ、私は羞恥により一層激しく蜜を吹く。

「罪な体よね……。こんな体で神の言葉を説いていたの?」

 私の唇から顔を離し、名残惜しそうに糸を引く銀色を口元に纏わせながら、彼女は言った。その言葉に、遠い昔に言われた言葉を思い出し、顔に新たな朱が刺す。
 だが、そんなことはお構いなしに、彼女の指先が軽く私の乳房の突起に触れる。そのままそれをもみしだくようにして、私を汚していく。もちろん彼女の尻尾も私の下の口を犯し続け、貫くようにして私を責める。

「ふぁぁ……っ! ああぁっ」

「こんな淫らなものを体の前に二つもぶら下げて、それで禁欲を説いていたの?」

 言葉とは裏腹に、優しい手つきで彼女はその実を揉む。時に指先で突起を弄りながら、もてあそぶように。
 到底片手には納まりきらない私の乳房は、その度に不思議な快楽を伝えてきた。
 劣等感と羞恥、快感を同時に与えられて、それでも私の体は悦楽に震える。

「はぁん、ご、ごめんなさいぃ……っ」

「こんな風に、ちょっと撫でただけですぐにべたべたになっちゃうのに。そんな体で神官をやってたの?」

 言葉と共に、火処にもぐりこんでいた彼女の尻尾が暴れる。最も敏感な所をつつきまわし、ひだにその身を擦りつけるように。

「あああああッッ! ごっ、はぁん! めん……ぁあっ!」

 がくがくと震える体を、懸命に押さえつける。その脇で、彼女はこちらの表情を楽しむかのようにじっと私を見ていた。彼女の先の膨らんだ尻尾は、私の火処に突きたてられ、休むことなく私を辱めている。
 リリムは、その顔に慈愛に満ちた表情と嗜虐的な表情を同時に浮かべ、その紅い瞳でこちらを見る。

「ほうら、もうこんなに濡れちゃってるわよ?」

「ゆっ…あん! る、して……はぁっ…んっ」

 どれだけ謝っても、止めてと懇願しても、リリムは解放してくれない。このまま激しい快楽に晒され続ければ、遠くない未来に私は壊れてしまう。
 でも、それでいいか。このままずっと気持ちよければいいじゃないか。

「いいのよ。謝らなくて。私がもっと貴女を淫らにしてあげるから」

「はぁ、も、もっと……」

 彼女の味が残る口の中が、唾液で汚れた胸元が、揉みしだかれた二つの実が、尻尾を突き立てられた火処が、愛液でべたべたになった内股が、全部気持ち良い。
 神職だとか、厳しい戒律の事とか、良家の生まれだとか。そんな事は全て頭から吹き飛んだ。
 もっと快楽が欲しい。気持ちよくなりたい。そして、私の手で気持ちよくしてあげたい。

「もっとぉ! はぁっ、もっと私にちょうだいよぉ!!」

 最後にわずかながら残っていた、なけなしの理性。
 それすら無くした私は、ケダモノのように彼女を求めた。




 欲望に濁った瞳でこちらを見上げ、はしたなく嬌声を上げる神官の少女は、最早当初あったであろう気高さなど微塵も感じさせずに私の尻尾に犯されている。
 歪んだ笑みと共に尻尾を受け入れ、口と秘部から蜜を溢れさせるその姿は、欲望にのみ縛られた獣を彷彿とさせる。
 さらさらとした灰色の髪にまで自らの愛液を纏わせた少女は、恥も外聞も無く尻尾の動きに合わせて腰を振る。その顔は、笑みだ。

「あふぅ、あっ、きもちいい……っ!」

「ほら、もっとして良いのよ。私はなんでも教えてあげるわ。男を悦ばせる方法も、男を虜にする方法も」

「なんでも……はぁっ、もっと、もっと教えて……」

 私はゆっくりと彼女を抱き起こす。コワレモノを扱うように慎重に、それでいて娼婦を抱くように乱暴に。
 少女の、華奢で綺麗な背中に手を回し、愛撫するように指を絡めた。神官の少女はわずかに声を上げ、懇願するような目でこちらを見る。
 わずかに体をよじり、その裸身を隠すようにしながら、熱い吐息を吐く。

「良いのよ、隠さなくても」

 優しく、声をかける。その言葉に、彼女は真っ赤な顔を更に赤く染め、上目遣いでこちらを見た。
 尻尾を小刻みに動かし、彼女の花弁の突起をいじりながら、彼女の背を抱く手に力を込める。

「んっ……、ああぁッ!!」

 叫びと共に、彼女も私に抱きついてくる。それは愛情表現などではなく、純粋に、衝動的に体を動かした結果だったのだろう。それゆえ力の加減など無く、彼女の余裕の無さを感じさせる。
 抱きつかれてみれば少女の体温は高く、まるで苦しむかのように喘ぐその顔にはうっすらと汗も浮いている。
 何よりも、熱い蜜を無尽蔵に吐き出し続ける彼女の花弁が、彼女の限界が近い事を伝えてきた。

「じゃあ、最後までいかせてあげる」

 突き立てる。最早彼女の体のことなど気にかけず、淫魔として持てる技術を全てつぎ込んで彼女を悦ばせる。
 今まで平気な顔をしてきたが、淫魔の尻尾は敏感なのだ。少し動かす度にきつく締めつけてくる少女の火処は、逆に私を責め立ててくる。
 それを証明するように、私の秘裂からもうっすらと蜜が滲む。
 だが、神官の少女の感じる快楽は私の比ではない。彼女は体を仰け反らせ、再び倒れ込んだベッドの上でまだ足りぬとでもいうようにがくがくと体を震わせていた。
 彼女の足はまるで悪いモノに憑かれたかのように跳ね、手は力いっぱい私を抱きしめる。口からは止め処なく唾液があふれ、私を誘う媚態を晒す。

「ふぁああぁぁあッ!! きもちいぃ! あぁッ!! おかしくなっちゃうぅぅッ!!」

 その嬌声も衝動のままに叫ばれ、ともすれば外に声が漏れてしまいそうだ。
 欲望に染まりきった、彼女の綺麗な銀色の眼は、その端に涙を浮かべて潤む。それは凝視するように虚空の一点を見つめ、その実何も見てはいないのだろう。
 私は人間のこういう表情が好きだ。全てのしがらみから解き放たれ、何の枷も無く自分の欲望に正直な表情を浮かべるのが好きだ。
 表情だけでなく、その仕草も、振り乱された髪も、愛液を滴らせる充血した陰部も、全てが好きだ。愛おしくて、愛おしくて、たまらなくなる。
 
「もっと、もっとしてあげる」

 晒されたままの、彼女の白い二つの果実にそっと口づけする。それは弾力を待って私の唇を受け入れ、柔らかなマシュマロのような感触を伝えてきた。
 そのまま舌を這わし、少女の硬く立った突起を口に含む。それを舌で転がし、歯で甘く噛む。

「あぅ……、ふぅん、んッ、ああッ!」

 甘い、禁断の果実のような媚態。
 彼女のあげる喘ぎ声1つとっても、全て私を誘っているように感じてしまう。
 
「きもちいいのぉ! もっと欲しぃ、もっと、はぁ、ぜんぶこわしちゃうくらい激しいのぉ!!」

 実際、それは誘っているのかもしれない。
 その声で、身体で、誘っているのかもしれない。本人に自覚は無くとも、無意識の内に。
 少なくとも、濡れた光を返す両の眼は、私を拒絶していなかった。困ったような、悦んでいるような笑みの形に細められた銀眼は、何よりも雄弁にその心の内を語る。

「んっ……、いくわよ」

「ぅぁああああああああッッ!!」

 彼女の花弁を、文字通り貫いて私の尻尾が彼女の奥深くまで進む。それは神官の理性までも貫き食い破り、彼女を一匹の雌に堕とした。
 恥も外聞も無く醜態をさらす少女は、最早神官などではなかった。ただ絶頂の快楽に蝕まれる、か弱いただ一人の少女に過ぎなかった。
 快楽に震える彼女の顔はとても幸せそうで、その顔に私も幸せを感じる。
 だが、まだまだだ。
 この程度で、彼女を解放する気はない。彼女には、もっともっと壊れてもらう。
 私には、この神官の少女を縛る劣等感が何なのか、うっすらと見えてきていた。




 確かに一度、壊れたと思う。
 今も私の火処は狂ったように潮を吹き出し続け、体は意志とは関係なくばたばたと跳ねる。
 何よりも凄まじいのは快楽だ。頭の中だけではなく、体中を駆け巡る嵐のような快楽に晒され、私の全ては一度ずたずたに引き裂かれた。

「んぁぁああぁああああああッ!」

 それでも、リリムは私を解放しない。より強く、今まではお遊びだったとでも言うように激しく私を責める。
 絶頂に達してしまっているのに、それに重ねるようにまだ責めてくる。その苛烈さは、もう私の秘裂は溶けて無くなってしまったのではないかと思うほどだ。
 そして、金で買った娼婦のような扱いにすら、私は感じてしまうのだ。まるでぼろきれ、どうなっても構わないとでもいうかのような粗雑な扱い。その分容赦が無く、得られる快楽もストレートで濁りがない。

「ふふふ、神官が聞いてあきれるわね」

「うぁ……」

 言葉と共に、優しく胸に手をかけられる。

「んっ、っふぁ! あぁっ!」

 揉まれる度、はしたなく声をあげて私は悶える。最早どこでも性感帯、感じてしまう。
 体も心も、スライムのように溶けてしまっているみたいだ。全てが混沌として、べたべたと広がって行く感じ。今、この世界には私と彼女しかいないと錯覚する。

「そんな姿を見てると、こっちまで当てられちゃうわ」

「あてられ、んっ、ちゃう……?」

「我慢が効かないってこと。――ちょっとだけ、我慢してね」

 言葉と共に、彼女は私の上で四つん這いになった。彼女の頭の位置が、私に近くなる。
 次の瞬間。
 女の淫らな嬌声が、部屋の中に響き渡った――。




 どれほどの時間が過ぎたのか、私には解らなかった。
 あれから私達は次々と体勢を入れ替え、互いの陰部を責め合った。何度絶頂を味わったのか、もう覚えていない。
 だが、決して少なくない時間が過ぎたのだろう。ベッドも、私達も、2人分の愛液でべたべただった。いつの間にか私には悪魔のような角と尻尾、翼が生え、気がついた頃には既に意のままに動かせるようになっていた。
 尻尾で互いを責め合ったり、淫らな銀糸を引く唾液に濡れた舌を使ったりした。体力を使い果たす頃には、私達二人から出たとは思えない量の淫液にまみれていた。
 今、私の体を満たすのは、心地よい疲労と快楽の余韻――。

「綺麗な体、してるわね」

 だが、唐突にかけられたその言葉によって、私の背中は凍りつく。
 その声に先ほどまでの甘さは無く、それに私の焦りは加速する。

「なのに、なんで隠すの?」

 悪夢のような記憶が脳裏をかすめ、遠い過去、既に細部は滲んで思い出せない古い記憶が、呼び覚まされる。
 ――幼いころ、私はこの髪と目が嫌いだった。
 いつでも周囲から浮いて、時にはからかいの対象になるこの色が。

『へんなかみー。へんないろー』

 それは、消したくても消せない劣等感だ。自らの容姿が、他人よりも劣っているという劣等感。子供というのは残酷で、集団の調和を乱す者には一切の容赦をしない。
 幼い頃に刻まれたそれは成長しても消え去ることはなく、いつしか、自分の体全てが醜いものであると考えていた。
 その頃からだっただろうか。私はひたすら勉学に打ち込むようになったのだ。
 私を馬鹿にした彼らを、見返すが如く。模擬戦や試験で不敗を誇る事が、自らの容姿の劣等感に対する代償だとでもいうように。

「……貴女は、実はミュウを敵視しているのではないのよね」

 その言葉に、私は確信する。この淫魔は、既に全てを見透かしている、と。
 それは実際、その通りだ。彼女に負けたのは確かに悔しい。だが、それは客観的に見ても勇者と普通の人間の差だ。私が負けるのは当たり前で、むしろ勝てる方がおかしい。
 だが、私にとって勝敗は自分の依って立つ価値観そのものだった。負けた理由がなんであれ、それで私の劣等感が癒される訳もない。
 彼女は神に愛されているとしか思えなかった。綺麗な容姿、聡明な頭脳、抜群の運動能力。なにより、その、人のものではあり得ない才覚。
 それは私の努力を軽々と超えていって、だからこそ、それらを捨てた彼女が憎かった。

「良いのよ。貴女は十分以上に綺麗なの」

 ゆっくり、抱かれた。彼女の瑞々しい軟肌に包まれて、胸に顔を埋めるような形になる。
 顔の後ろに回された手で、髪の毛をすかれる。
 それは、よく言われた台詞だった。綺麗だと、美しいと。だが、幼い頃の傷は容易には癒えず、いつでも曖昧に返事をしてきた。
 だが、どうだろう。淫魔として生まれ変わった私は、綺麗になれただろうか。詰まらないことに拘らず、自分らしくいられる強い悪魔に。
 淫魔としてなら、私は彼女を超えられるのだろうか。アメジスト色の髪を持つ、不思議なメイドの言う通りに。

「………」

「分からない? でも事実よ。もう誰も貴女を放っておかない」

 彼女に抱かれたままでいるのは心地よくて、いつまでもそうしていたかった。
 それが無理だとしても、今は、今だけはそうしていたかった。
 私に訪れた唐突な変化と、過去との決別に使える時間が。
 そんな私を慰めるように、リリムは私の頭を撫でてくれた。

「だから、もう泣かないで。エリカ」

 そう言って、目の前のリリムは私の涙をぬぐった。自分でも気付かなかった涙を。きっとしょっぱい、その涙を絡めた指を、彼女は口に含む。
 何故か、私にはその時の彼女の顔に、泣き顔が重なって見えた。
 それに背を押されるように、私はうなずく。

「――うん」
 
 最後の涙が、ぽとり、と零れた。
11/06/29 20:01更新 /
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■作者メッセージ
こんにちは、湖です。

いろいろ全開です。そして限界です。
ここらが僕の出せる限界性能です。
……でもまだちょっと続きます。
それで、皆さんを楽しませることが出来たなら、嬉しいです。

以下、どうでもいいことをだらだらと。
『作中作』に挑戦したいな、とか思ってます。
多分、次の次くらいになると思いますが、きっとやります。
もし良ければ、そちらもどうぞ。

………どうでもいいことって言ったでしょ?

では。
ここまで読んで下さった方へ、最高の感謝を。

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