Double Standard
あれは忘れもしない、2年と半分前。
傭兵という明日をも知れない稼業に慣れたと思いこみ、ただ慢心していた頃だった。
幼い頃から剣と共に生き、わずか12歳で傭兵となった。そこまで自分を育ててくれた傭兵と共に戦場を渡り歩き、彼に一人前と認められてからは巣から発つ鳥のように拠点にしていた街を飛び出し、世界を見て回った。
世界は、まるで綺麗な宝石だけを集めた宝箱のようだった。自分を覆っていた囲いが取れた時、今まで僕の“世界”だったものが酷く詰まらなく思えた。僕は初めて見る物を楽しみ、自由を存分に謳歌した。
だが、最初は興味深い事ばかりだった世界も、いつしか色褪せてきた。死と隣り合わせだった戦場も、ただただルーチンワークをこなすだけの場になり下がった。
殺し合いも旅も、日常の延長線上にあった。いろんな事に慣れてきて、感動など滅多に味わえなくなっていた。剣を抜くのも、食事を摂るのも、おんなじ日常。
もしかしたら、あの頃の僕は、早く死にたいとさえ思っていたのかもしれない。
………話が脇道に逸れた。
丁度そんな頃だった。僕は、1つの依頼を受けた。内容はなんて事のない、キャラバンの護衛。
独り立ちしたばかりの頃なら、自分を頼っての依頼を貰っただけで舞いあがっていたかもしれない。だけど、当時の僕としては何の魅力も感じない依頼だったと言っていい。
それでも僕がその依頼を受けたのは、ただ単純に足が欲しかっただけだ。1人で旅をするより、商隊にくっついて行った方が格段に楽なのだ。
だが結果的に、その判断は僕に福音をもたらした。
僕の同行したキャラバンは襲撃された。
盗賊とか、森に住む魔物程度なら僕でも難なく撃退できた。たとえ集団だったとしても、その場を切り抜ける程度の事は出来ただろう。
だが、それすらも出来なかった。
僕は真正面から圧倒的な力に蹂躙されて、成すすべもなく地に這わされた。生きているのが不思議なほど体を痛打されて、それでも意識すら飛ばず。
後はもう、何の秩序もない、混沌とした地獄だった。
あれだけ徹底的な破壊を受けておきながら、1人の死者すら出ていないのは、彼女がただ単に遊んでいただけだからだろう。
――そう。彼女だ。邪気はあっても無垢な笑み、害意はあっても殺意の無い破壊。
強靭な鱗としなやかな筋肉を持つ、人を遥かに超えしもの――ドラゴン。僕らは、彼女の遊びに巻き込まれた。ただ、それだけだった。
ルーチンワークだったはずの僕の毎日に起こった、いつもと違うこと。それは、僕の興味を惹きつけるのに、十分だった。
今になって思えば、あれは恋だったのかもしれない。決して好意ではなく。といって、愛でもなく。
僕が彼女の圧倒的な暴力に恋したのか、それともあの時見た無垢な笑みに恋したのかは分からないが――
――僕は確かに、あの緑鱗の少女に恋をした。
恋をしたら、それを実らせるべく動くのが男という生物の――ひょっとしたら雄の――習性だろう。全体はともかく、僕の場合はそうだった。
全身ボロボロで街に逃げ込んだ僕は、初心に帰って傭兵稼業を再出発させた。だが、心の中は彼女のことでいっぱいだった。一刻も早く会いたかったし、それに見合う力を身につけたかった。
焦らず、慎重に。周囲から、僕はそう見られていただろうか。出来る限り焦りを表に出さないようにしながら、僕は自分の体をいじめぬいた。
戦術を磨き、挙動を見直し、武具を新調した。これらの鍛錬には、とある街がとても便利だった。なにせ、ほとんどの住人に戦闘の心得があるような街だ。自然と、良質な武具店や鍛冶場が集まるのだろう。
僕は生まれ変わったような心境だった。今まで色褪せて見えた全てのものが、再び色づいて見えたのだ。これは、初恋を経験したことのある男なら誰しも共感できる感覚かもしれない。
張り切って仕事に打ち込み、仕事の無い日は徹底的に自分を鍛える。それが僕の新たな日常になった。
だが、それすらも色褪せたかというと、そんな事は無い。日常は色褪せたもの、という穿ったモノの見方をするならば、僕のそれは日常というよりは非日常だったのかもしれない。
終わらない非日常。
恋というものが雄にとって日常か非日常かと問われれば、非日常と答えるくらいには僕は異常だったということだ。
そんな益体も無い事を考える時も、僕は体を動かしていた。あくる日は走り込み、またあくる日は真剣を使っての素振り。僕は一切の妥協を許さなかったと言っていいだろう。
娯楽を全てなげうって、自身の強化に充てた。
いや、それは既に僕にとっては娯楽だったのかもしれない。なにせ、僕が強くなれば、一歩、また一歩と彼女に会える日が近づいてくるのだから。
まったく、奮い立たない方がどうかしている。
だが、意外と言うかなんというか、僕は“手段”をここまで突き詰めた割に、“目的”については初恋という概念的なものに囚われたまま思考が停止していたのだった。
僕はどうしたいのだろう?
恋を実らせたいのは確かだろう。そのために行動しているのだから。むしろ、僕の行動は全てそれを中心に行われている。
しかし、どのように? 彼女にまみえた時、まずどのように行動すべきだろうか?
無様に敗北を喫し、今度こそ彼女の手で止めを刺されたい? あの綺麗な緑眼に蔑むような視線を投げかけられれば、僕は満足するだろうか?
それとも。
今度は僕が圧倒的な力で彼女をねじ伏せ、勝利の美酒に酔いしれながら、初恋の相手をこの手にかければ満足するだろうか?
若しくは。
互角の勝負を演じ、根くらべのような消耗戦の中、剣を通して彼女の存在を感じてみたいのだろうか?
どれも魅力的だ。それとも、僕の恋心とやらは、この程度の問題で迷うような安っぽい気持ちなのだろうか。
結局、この問いの答えを見つけられないまま、僕は彼女と相まみえる事となる。
長い回想に耽り、僕は閉じていた目をゆっくり開いた。
途端、視覚から飛び込んできた情報により、忘れていたはずの暑さが蘇る。
ここは火山地帯。その内の1つの火山、さらにその内部に広がる洞窟である。洞窟とは言っても、天井の高さは優に5メートルを超え、両脇を流れる赤を通り越して白っぽく見える溶岩のおかげで十分に明るい。
それだけでは人間の入り込む余地などないほどに熱いだろうが、この火山、実は超寒冷地に存在する。止まらない火山活動のせいで内部はとても熱いが、外からはひっきりなしに冷たい風が吹き込むのだ。
そんな、ある種究極の場所とも言える、生命を拒絶した場所に僕は立っていた。
――僕も、というべきか。少し離れた場所には、夢にまで見た彼女がこちらを向いて立っているのだから。
ちなみに、僕はこの暑さでも鎧をしっかり着込み、兜まで付けている。例え彼女が2年半前の事を覚えていたとしても、これでは僕に気がつかないだろう。
だが、それでも良かった。所詮、僕の恋は片思い、独りよがりなのだから。
「へぇ。私を、殺しに来たって事かな」
まさか、話しかけてくるとは思わなかった。
だが、さりとて話をしない理由も無い。
「ええ、はい。お相手が務まるかどうかは不安ですが」
少しだけ、彼女が驚いたような表情をした。僕が敬語を遣ったからだろうか。
「……若いのね。……死に急いでるの?」
私、人を殺した覚えはないけれど、と彼女は言う。それは暗に、復讐を受けるいわれはないと言っているのだろうか。
しかし、人は殺した殺されただけで物事を決める訳ではない。人の内心の機微を理解しているのかいないのか、彼女の発言は物騒だ。
そうまでして、彼女はなぜ戦うのだろう。戦いとは、彼女にとってなんなのだろうか。
殺す殺されたの物差しで物事を図るのに、なぜ彼女にとって戦いは虐殺の場ではないのだろう。
考えても答えは出ない。僕は問いに答えることにした。
「ああ、いえ。僕は復讐に来た訳ではありません」
「じゃあ、腕試しって事かな?」
「……そう取って頂いて結構です」
少しだけ、突き放したもの言い。敬語自体、相手とは距離を取った話し方なのだが。
それでもまだ、彼女は自然体だ。
それにしても、復讐の次は腕試し。強者もいろいろと大変なのだろうか。
まあ、ここで会話はおしまい。僕らは黙って武器を構える。初恋の相手に剣を向ける、なんて少しおかしな事かもしれないけど。これはこれで、僕らしい。
剣を打ちかわしながらの考察。詰まる所、殺害に関する考察。
今、確実に僕たち2人のうち片方が――もしかすると両方が――死に瀕している。表面上は激しく動き回り、まるで死にそうにないけれど、そういったものとはまた別の角度から、死が迫っている。文字通りの死角。
そういったモノの見方をした時、僕は何に殺されるのだろうか。
この状況で、僕が死ぬとしたらそれは彼女の腕による一撃か、時折吐かれる空をも焦がす灼熱の焔、その辺りが妥当だろう。
だが、もっと根本的な要因、それを考えるとしたら何だろう。
恋、ということになるのだろうか。
そして、それは彼女の場合も同じだ。彼女はこの状況で死ぬとしたら、一体何に殺されてしまうのだろう。
好奇心、遊び心、若気の至り。いろいろ思いつくけれど、そこに僕の推測を重ねるとしたら。
彼女の死は、退屈故、となるのだろうか。
うさぎのように、人のように。寂しさ、退屈さ、倦怠感、そういったモノに、彼女もまた囚われているのだろうか。
だとしたら、人のように。恋しさという感情も、持っていてほしいと僕は思う。
もう幾度目かも忘れた攻撃の応酬の後、僕と彼女は互いに距離を開けた。いや、僕が開けられた、と言った方が正しい。
舞台は未だ洞窟の中、僕は出口を背にして彼女と向き合う。
どれくらいの時間、戦っていただろう。既に流れ出る汗は滝を作り、体のあちこちに刻まれた小さな傷を刺激する。水分を失った体は息も絶え絶えに、揺らぐ視界で彼女を捉えていた。
彼女も無傷では無く、体のほとんどを竜化した状態で血を流している。顔には汗で綺麗な髪が張り付いて、その右の角には僕のつけた刀傷が見える。
満身創痍だった。
「はぁ、はぁ、少し……休憩しませんか……?」
僕はそう提案する。立ったまま、武器を構えたままなので、信憑性など皆無に等しいが。
「……その必要は無いわ」
僕の提案をにべもなく切って捨てた後、彼女は首を見せるように長い髪をかき分けて横を向いた。
少し距離が空いていたものの、鱗のない、綺麗な肌が見える。そこに付いた、浅くて長い切り傷も。
「なんで斬らなかったの?」
見透かされているとは、夢にも思わなかった。
「いやあ……なんででしょうね」
つまり、僕は彼女の首を落とせたにも関わらず、そこに浅い印をつけるだけにとどめたのだ。なぜ斬らなかったのかは、僕にも分からない。
「そう。でも、これで君の目的は果たせたんじゃないかな」
僕の目的。ああ、そうか。僕は彼女に腕試しと言ったのだった。
これは、振られた、と見ていいのかな……。
「……そうですね。僕の目的は――」
「でも」
僕の言葉を遮って、彼女は言う。
少しだけ、大きな声で。
「私のほうに、目的ができちゃったかな」
目的。それが何なのか、ちょっと判りかねるけど。
殺し合いよりは、話し合いのほうが良い。
「やっぱり、ちょっと休憩しよう」
そう言って、彼女はこちらに歩み寄ってくる。先ほどまでの、物々しい戦闘態勢ではなく、ほとんど竜化を解いて。
彼女の方から、休憩を提案してくれたので、僕も地面に座り込んで休むことにする。
「どうしたんですか、急に」
剣も鞘に納めて、腰に吊る。丁度その時、彼女が横に来た。視界の端に、彼女の足が映る。
「言ったでしょ? 目的が出来た、って」
言いつつ、僕の隣に腰を下ろした彼女は、潰れてしまっていた僕の兜を優しく取ってくれた。兜を潰した、その腕で。
久方ぶりに触れる外の空気は、やっぱり熱かったけれど。
からん、と投げ捨てられた兜が転がって音を立て、彼女は開いた両手で僕の顔を掴んで――
「私も初めてだから、赦してね?」
――優しく、キスをした。
それからの彼女は、乱暴だった。乱暴で、強引で、淫乱で――それでいて、優しかった。
「ん……はぁ、……」
口づけを交わしたまま、両の手を背後に回して僕を仰向けに押し倒す。その後も貪るように僕の口の中を吸い上げ、奪い取るように舌を絡めてきた。
唾液で濡れた舌が絡み合い、湿った淫靡な音を立てる。
半分だけ開いた、嬉しそうな緑眼に至近距離から見つめられつつ、僕はされるがままになっていた。つまり、無言で肯定していた。
その間にも、彼女は僕の鎧を壊していく。もともと、先の戦いで壊れかけていたものだ。要所をちょっと壊すだけで、彼女の目的の障害にならなくなる。
そうして、上も下も衣服を剥がされたと感じた頃、彼女は僕の唇から口を離した。絡みあった互いの唾液が、銀糸のように僕と彼女を繋ぐ。
「あはは……ねぇ、私をあなたにあげる」
彼女の手が、僕を優しく撫でる。そこから、震えるような快楽が押し寄せてきて、僕の喉から意識せず声が漏れる。
「だから、私を全部あげるから、私を可愛がって?」
もうひと撫で。今度はより強く。
それだけで僕の体はびくりと震えた。
「分かりま――分かった。約束する」
なんとか、そううなずく。すると、彼女は嬉しそうに目を細め、
「ありがとう。――我が主」
ぼくに、そっと口づけをしたのだった。
その豊満な胸に汗を滴らせ、彼女は僕を見る。僕も彼女を見る。鱗はほとんど消えてなくなり、残る竜としての容姿が翼と尻尾だけになった彼女がそこにいた。
その瞳は蕩けているようで、なのにその顔は聖女のそれだった。長い髪が垂直に垂れ、扇情的な彼女をほどよく神秘的に塗り替えている。
「あっ、はぁぁうっ……。はぁ、どう? きもちいい……?」
彼女は、僕にまたがるようにしてその秘裂に僕を埋め、時折激しく身悶えしながらそう聞いてくる。
何度目かの問いに、僕は彼女を抱きよせてその乳首を舌で弄んでみた。
「ひゃうっ……。もう、無理やりしなくても、私はあなたの望みならなんでも聞いてあげるのに」
赤く火照った顔をしながら、そんな事を言ってくる。
「じゃあ、最後までエスコートしてもらおうかな」
僕も敬語を消した口調でそう答える。すると、彼女は、
「もう、せっかちなんだから」
「嫌?」
「嫌なわけ――」
続きは、再度の激しい口づけだった。最初のキスよりも激しく、長く。
そして今度は、舌だけでなく下も絡み合う。今までよりも奥まで案内され、よりきつく締め付けられる。
「ぴちゃ――んっ……あふぅ、」
体を密着させ合い、汗と唾液と愛液を交換した頃。口の端から零れた唾液が、頬の辺りまで伝った頃。
彼女の攻めが始まった。
「うっ、く――!?」
「あっ、はぁ…ん、はあ、あああっ」
僕と彼女の、くぐもった声が互いに響く。
今までの行為が、全てお遊びだったとでもいうような、激しい快楽。ともすれば、全てが流されそうになる。
どうやら彼女も相当感じているらしく、火山のように熱くたぎったその火処からは、僕のモノを押しのけるような勢いで蜜が噴き出している。
こんな快楽、癖になってしまう。
「あぅっ、はぁ……。ねえ、良いよ。んっ、もう準備はできてるから、ふぅ、いつでも……」
僕の全てが、堕落した快楽に犯されているときに、彼女はそんな事を言う。もしかすると、彼女ももう限界が近いのかもしれない。
淫靡な視線を僕に投げかけながら、汗にまみれた体を擦り寄せてくる。上気した桃色の肌は、この洞窟内でも如何なく雌としての魅力を発揮していた。
そうして、ある種の張り詰めた空気が、一瞬緩んだ隙に、僕は限界を迎えた。
「う、」
逆に、彼女を抱きしめる。僕の中のなにかが音を立てて切れ、僕は本能の命じるままに動いた。
下から、モノを突きあげるように動かす。最早、彼女のことすら考えていない。ただ強く、そのまま彼女を貫いてしまうのではないかと思うほど強く動かす。
腕で彼女を抱きよせ、今度はこちらから唇を奪う。何も考えず、無心に彼女の唇を貪る。
「ああッ、だめ、だめぇ、あッ、きてるっ……」
唇を塞がれているため、くぐもってしか聞こえないが、彼女ももう限界のようだった。
理性を飛ばして、ただ堕落する。
「っはぁ、らめぇ……。もっとして、もっとちょうだい」
そう言って、彼女が大量の蜜をその火処から吐きだした時、僕もまた、彼女と繋がった事を実感しながら、精を吐きだしたのだった。
「ああああッッ!! きた……いっぱい……」
そういう彼女の表情は、嬉しそうだった。
口元はだらしない笑みの形に歪み、端からは糸を引くように唾液が垂れている。その視線の先、彼女の秘裂からは白と透明の液体が粘っこく絡みつきながら漏れ出ていた。
「はぁ、気持ちいいよぉ……」
そして、その指で僕のモノを淫媚に撫でながら、こういうのだ。
「ねぇ、もっとちょうだい……いいでしょ?」
目が覚めると、僕は彼女に覆いかぶさるようにして寝ていた。どうやら、彼女のたわわに実った二つの果実を枕に寝ていたらしい。どうりで妙に寝心地が良かったはずだ。
昨日はあの後も気力の続く限り彼女と行為を続けた。最後の方は僕も彼女も理性がトんでしまい、飢えた獣のように相手を求めていたように思う。
彼女も普段は体を覆っている鱗や甲殻が殆ど無いため、一見すると普通の少女のように見える。もちろん、翼や尻尾、角といった特徴的なものは残っているが、体だけを見れば人間といっしょだ。
いや、体だけではなく、心も、だろうか。
「ん………あ、起きた?」
「あ、ああ」
「良かった。前私が起きた時は、あなた私の胸に顔をうずめて幸せそうに寝てたから……起こせなかったの」
予想通りで逆に恐ろしい。あれだけ彼女と交わっておいて、まだ僕は欲求不満なのか。
ちょっと自分で自分が信じられなくなる。
まあ、それは置いておいて、だ。
「ところで、僕たちは自己紹介すらまだじゃないか?」
「そういえばそうね。――私は、ウィルノア・ブルームハート・レアノイア。久しぶり」
そんな彼女の自己紹介を受けて、僕も自らの素性を明らかにする。
「僕はエイリル。苗字はない。久しぶり」
何のことは無い。
これで、いつぞやの疑問が解けた。
彼女にとっての戦いとは、求愛行動なのだ。
僕がそれに当てられ、必死で自分を鍛えて彼女に“告白”したことがそれを証明している。
“久しぶり”それが、全ての答えだったのだ。
おそらく、彼女は戦いの途中で僕が僕であることに気がついたのだろう。
その時、彼女は変わったのだ。
誇り高き王者から、淫乱なメストカゲへ――。
竜として人を襲い、メスとして求愛する。
二重基準だ。
では、僕はどうか?
人として竜に挑み、オスとして求愛する。
やはり、二重基準だ。
「じゃあ、エイリル。朝ごはんにしよう」
「え、ごはんってどこに――うわっ!? ちょっと!」
「はむ……んッ、あん……。おいしいのをお願いね」
こんな僕たちは、お似合いのカップルかもしれない。
この時、僕の恋は愛に変わった。
傭兵という明日をも知れない稼業に慣れたと思いこみ、ただ慢心していた頃だった。
幼い頃から剣と共に生き、わずか12歳で傭兵となった。そこまで自分を育ててくれた傭兵と共に戦場を渡り歩き、彼に一人前と認められてからは巣から発つ鳥のように拠点にしていた街を飛び出し、世界を見て回った。
世界は、まるで綺麗な宝石だけを集めた宝箱のようだった。自分を覆っていた囲いが取れた時、今まで僕の“世界”だったものが酷く詰まらなく思えた。僕は初めて見る物を楽しみ、自由を存分に謳歌した。
だが、最初は興味深い事ばかりだった世界も、いつしか色褪せてきた。死と隣り合わせだった戦場も、ただただルーチンワークをこなすだけの場になり下がった。
殺し合いも旅も、日常の延長線上にあった。いろんな事に慣れてきて、感動など滅多に味わえなくなっていた。剣を抜くのも、食事を摂るのも、おんなじ日常。
もしかしたら、あの頃の僕は、早く死にたいとさえ思っていたのかもしれない。
………話が脇道に逸れた。
丁度そんな頃だった。僕は、1つの依頼を受けた。内容はなんて事のない、キャラバンの護衛。
独り立ちしたばかりの頃なら、自分を頼っての依頼を貰っただけで舞いあがっていたかもしれない。だけど、当時の僕としては何の魅力も感じない依頼だったと言っていい。
それでも僕がその依頼を受けたのは、ただ単純に足が欲しかっただけだ。1人で旅をするより、商隊にくっついて行った方が格段に楽なのだ。
だが結果的に、その判断は僕に福音をもたらした。
僕の同行したキャラバンは襲撃された。
盗賊とか、森に住む魔物程度なら僕でも難なく撃退できた。たとえ集団だったとしても、その場を切り抜ける程度の事は出来ただろう。
だが、それすらも出来なかった。
僕は真正面から圧倒的な力に蹂躙されて、成すすべもなく地に這わされた。生きているのが不思議なほど体を痛打されて、それでも意識すら飛ばず。
後はもう、何の秩序もない、混沌とした地獄だった。
あれだけ徹底的な破壊を受けておきながら、1人の死者すら出ていないのは、彼女がただ単に遊んでいただけだからだろう。
――そう。彼女だ。邪気はあっても無垢な笑み、害意はあっても殺意の無い破壊。
強靭な鱗としなやかな筋肉を持つ、人を遥かに超えしもの――ドラゴン。僕らは、彼女の遊びに巻き込まれた。ただ、それだけだった。
ルーチンワークだったはずの僕の毎日に起こった、いつもと違うこと。それは、僕の興味を惹きつけるのに、十分だった。
今になって思えば、あれは恋だったのかもしれない。決して好意ではなく。といって、愛でもなく。
僕が彼女の圧倒的な暴力に恋したのか、それともあの時見た無垢な笑みに恋したのかは分からないが――
――僕は確かに、あの緑鱗の少女に恋をした。
恋をしたら、それを実らせるべく動くのが男という生物の――ひょっとしたら雄の――習性だろう。全体はともかく、僕の場合はそうだった。
全身ボロボロで街に逃げ込んだ僕は、初心に帰って傭兵稼業を再出発させた。だが、心の中は彼女のことでいっぱいだった。一刻も早く会いたかったし、それに見合う力を身につけたかった。
焦らず、慎重に。周囲から、僕はそう見られていただろうか。出来る限り焦りを表に出さないようにしながら、僕は自分の体をいじめぬいた。
戦術を磨き、挙動を見直し、武具を新調した。これらの鍛錬には、とある街がとても便利だった。なにせ、ほとんどの住人に戦闘の心得があるような街だ。自然と、良質な武具店や鍛冶場が集まるのだろう。
僕は生まれ変わったような心境だった。今まで色褪せて見えた全てのものが、再び色づいて見えたのだ。これは、初恋を経験したことのある男なら誰しも共感できる感覚かもしれない。
張り切って仕事に打ち込み、仕事の無い日は徹底的に自分を鍛える。それが僕の新たな日常になった。
だが、それすらも色褪せたかというと、そんな事は無い。日常は色褪せたもの、という穿ったモノの見方をするならば、僕のそれは日常というよりは非日常だったのかもしれない。
終わらない非日常。
恋というものが雄にとって日常か非日常かと問われれば、非日常と答えるくらいには僕は異常だったということだ。
そんな益体も無い事を考える時も、僕は体を動かしていた。あくる日は走り込み、またあくる日は真剣を使っての素振り。僕は一切の妥協を許さなかったと言っていいだろう。
娯楽を全てなげうって、自身の強化に充てた。
いや、それは既に僕にとっては娯楽だったのかもしれない。なにせ、僕が強くなれば、一歩、また一歩と彼女に会える日が近づいてくるのだから。
まったく、奮い立たない方がどうかしている。
だが、意外と言うかなんというか、僕は“手段”をここまで突き詰めた割に、“目的”については初恋という概念的なものに囚われたまま思考が停止していたのだった。
僕はどうしたいのだろう?
恋を実らせたいのは確かだろう。そのために行動しているのだから。むしろ、僕の行動は全てそれを中心に行われている。
しかし、どのように? 彼女にまみえた時、まずどのように行動すべきだろうか?
無様に敗北を喫し、今度こそ彼女の手で止めを刺されたい? あの綺麗な緑眼に蔑むような視線を投げかけられれば、僕は満足するだろうか?
それとも。
今度は僕が圧倒的な力で彼女をねじ伏せ、勝利の美酒に酔いしれながら、初恋の相手をこの手にかければ満足するだろうか?
若しくは。
互角の勝負を演じ、根くらべのような消耗戦の中、剣を通して彼女の存在を感じてみたいのだろうか?
どれも魅力的だ。それとも、僕の恋心とやらは、この程度の問題で迷うような安っぽい気持ちなのだろうか。
結局、この問いの答えを見つけられないまま、僕は彼女と相まみえる事となる。
長い回想に耽り、僕は閉じていた目をゆっくり開いた。
途端、視覚から飛び込んできた情報により、忘れていたはずの暑さが蘇る。
ここは火山地帯。その内の1つの火山、さらにその内部に広がる洞窟である。洞窟とは言っても、天井の高さは優に5メートルを超え、両脇を流れる赤を通り越して白っぽく見える溶岩のおかげで十分に明るい。
それだけでは人間の入り込む余地などないほどに熱いだろうが、この火山、実は超寒冷地に存在する。止まらない火山活動のせいで内部はとても熱いが、外からはひっきりなしに冷たい風が吹き込むのだ。
そんな、ある種究極の場所とも言える、生命を拒絶した場所に僕は立っていた。
――僕も、というべきか。少し離れた場所には、夢にまで見た彼女がこちらを向いて立っているのだから。
ちなみに、僕はこの暑さでも鎧をしっかり着込み、兜まで付けている。例え彼女が2年半前の事を覚えていたとしても、これでは僕に気がつかないだろう。
だが、それでも良かった。所詮、僕の恋は片思い、独りよがりなのだから。
「へぇ。私を、殺しに来たって事かな」
まさか、話しかけてくるとは思わなかった。
だが、さりとて話をしない理由も無い。
「ええ、はい。お相手が務まるかどうかは不安ですが」
少しだけ、彼女が驚いたような表情をした。僕が敬語を遣ったからだろうか。
「……若いのね。……死に急いでるの?」
私、人を殺した覚えはないけれど、と彼女は言う。それは暗に、復讐を受けるいわれはないと言っているのだろうか。
しかし、人は殺した殺されただけで物事を決める訳ではない。人の内心の機微を理解しているのかいないのか、彼女の発言は物騒だ。
そうまでして、彼女はなぜ戦うのだろう。戦いとは、彼女にとってなんなのだろうか。
殺す殺されたの物差しで物事を図るのに、なぜ彼女にとって戦いは虐殺の場ではないのだろう。
考えても答えは出ない。僕は問いに答えることにした。
「ああ、いえ。僕は復讐に来た訳ではありません」
「じゃあ、腕試しって事かな?」
「……そう取って頂いて結構です」
少しだけ、突き放したもの言い。敬語自体、相手とは距離を取った話し方なのだが。
それでもまだ、彼女は自然体だ。
それにしても、復讐の次は腕試し。強者もいろいろと大変なのだろうか。
まあ、ここで会話はおしまい。僕らは黙って武器を構える。初恋の相手に剣を向ける、なんて少しおかしな事かもしれないけど。これはこれで、僕らしい。
剣を打ちかわしながらの考察。詰まる所、殺害に関する考察。
今、確実に僕たち2人のうち片方が――もしかすると両方が――死に瀕している。表面上は激しく動き回り、まるで死にそうにないけれど、そういったものとはまた別の角度から、死が迫っている。文字通りの死角。
そういったモノの見方をした時、僕は何に殺されるのだろうか。
この状況で、僕が死ぬとしたらそれは彼女の腕による一撃か、時折吐かれる空をも焦がす灼熱の焔、その辺りが妥当だろう。
だが、もっと根本的な要因、それを考えるとしたら何だろう。
恋、ということになるのだろうか。
そして、それは彼女の場合も同じだ。彼女はこの状況で死ぬとしたら、一体何に殺されてしまうのだろう。
好奇心、遊び心、若気の至り。いろいろ思いつくけれど、そこに僕の推測を重ねるとしたら。
彼女の死は、退屈故、となるのだろうか。
うさぎのように、人のように。寂しさ、退屈さ、倦怠感、そういったモノに、彼女もまた囚われているのだろうか。
だとしたら、人のように。恋しさという感情も、持っていてほしいと僕は思う。
もう幾度目かも忘れた攻撃の応酬の後、僕と彼女は互いに距離を開けた。いや、僕が開けられた、と言った方が正しい。
舞台は未だ洞窟の中、僕は出口を背にして彼女と向き合う。
どれくらいの時間、戦っていただろう。既に流れ出る汗は滝を作り、体のあちこちに刻まれた小さな傷を刺激する。水分を失った体は息も絶え絶えに、揺らぐ視界で彼女を捉えていた。
彼女も無傷では無く、体のほとんどを竜化した状態で血を流している。顔には汗で綺麗な髪が張り付いて、その右の角には僕のつけた刀傷が見える。
満身創痍だった。
「はぁ、はぁ、少し……休憩しませんか……?」
僕はそう提案する。立ったまま、武器を構えたままなので、信憑性など皆無に等しいが。
「……その必要は無いわ」
僕の提案をにべもなく切って捨てた後、彼女は首を見せるように長い髪をかき分けて横を向いた。
少し距離が空いていたものの、鱗のない、綺麗な肌が見える。そこに付いた、浅くて長い切り傷も。
「なんで斬らなかったの?」
見透かされているとは、夢にも思わなかった。
「いやあ……なんででしょうね」
つまり、僕は彼女の首を落とせたにも関わらず、そこに浅い印をつけるだけにとどめたのだ。なぜ斬らなかったのかは、僕にも分からない。
「そう。でも、これで君の目的は果たせたんじゃないかな」
僕の目的。ああ、そうか。僕は彼女に腕試しと言ったのだった。
これは、振られた、と見ていいのかな……。
「……そうですね。僕の目的は――」
「でも」
僕の言葉を遮って、彼女は言う。
少しだけ、大きな声で。
「私のほうに、目的ができちゃったかな」
目的。それが何なのか、ちょっと判りかねるけど。
殺し合いよりは、話し合いのほうが良い。
「やっぱり、ちょっと休憩しよう」
そう言って、彼女はこちらに歩み寄ってくる。先ほどまでの、物々しい戦闘態勢ではなく、ほとんど竜化を解いて。
彼女の方から、休憩を提案してくれたので、僕も地面に座り込んで休むことにする。
「どうしたんですか、急に」
剣も鞘に納めて、腰に吊る。丁度その時、彼女が横に来た。視界の端に、彼女の足が映る。
「言ったでしょ? 目的が出来た、って」
言いつつ、僕の隣に腰を下ろした彼女は、潰れてしまっていた僕の兜を優しく取ってくれた。兜を潰した、その腕で。
久方ぶりに触れる外の空気は、やっぱり熱かったけれど。
からん、と投げ捨てられた兜が転がって音を立て、彼女は開いた両手で僕の顔を掴んで――
「私も初めてだから、赦してね?」
――優しく、キスをした。
それからの彼女は、乱暴だった。乱暴で、強引で、淫乱で――それでいて、優しかった。
「ん……はぁ、……」
口づけを交わしたまま、両の手を背後に回して僕を仰向けに押し倒す。その後も貪るように僕の口の中を吸い上げ、奪い取るように舌を絡めてきた。
唾液で濡れた舌が絡み合い、湿った淫靡な音を立てる。
半分だけ開いた、嬉しそうな緑眼に至近距離から見つめられつつ、僕はされるがままになっていた。つまり、無言で肯定していた。
その間にも、彼女は僕の鎧を壊していく。もともと、先の戦いで壊れかけていたものだ。要所をちょっと壊すだけで、彼女の目的の障害にならなくなる。
そうして、上も下も衣服を剥がされたと感じた頃、彼女は僕の唇から口を離した。絡みあった互いの唾液が、銀糸のように僕と彼女を繋ぐ。
「あはは……ねぇ、私をあなたにあげる」
彼女の手が、僕を優しく撫でる。そこから、震えるような快楽が押し寄せてきて、僕の喉から意識せず声が漏れる。
「だから、私を全部あげるから、私を可愛がって?」
もうひと撫で。今度はより強く。
それだけで僕の体はびくりと震えた。
「分かりま――分かった。約束する」
なんとか、そううなずく。すると、彼女は嬉しそうに目を細め、
「ありがとう。――我が主」
ぼくに、そっと口づけをしたのだった。
その豊満な胸に汗を滴らせ、彼女は僕を見る。僕も彼女を見る。鱗はほとんど消えてなくなり、残る竜としての容姿が翼と尻尾だけになった彼女がそこにいた。
その瞳は蕩けているようで、なのにその顔は聖女のそれだった。長い髪が垂直に垂れ、扇情的な彼女をほどよく神秘的に塗り替えている。
「あっ、はぁぁうっ……。はぁ、どう? きもちいい……?」
彼女は、僕にまたがるようにしてその秘裂に僕を埋め、時折激しく身悶えしながらそう聞いてくる。
何度目かの問いに、僕は彼女を抱きよせてその乳首を舌で弄んでみた。
「ひゃうっ……。もう、無理やりしなくても、私はあなたの望みならなんでも聞いてあげるのに」
赤く火照った顔をしながら、そんな事を言ってくる。
「じゃあ、最後までエスコートしてもらおうかな」
僕も敬語を消した口調でそう答える。すると、彼女は、
「もう、せっかちなんだから」
「嫌?」
「嫌なわけ――」
続きは、再度の激しい口づけだった。最初のキスよりも激しく、長く。
そして今度は、舌だけでなく下も絡み合う。今までよりも奥まで案内され、よりきつく締め付けられる。
「ぴちゃ――んっ……あふぅ、」
体を密着させ合い、汗と唾液と愛液を交換した頃。口の端から零れた唾液が、頬の辺りまで伝った頃。
彼女の攻めが始まった。
「うっ、く――!?」
「あっ、はぁ…ん、はあ、あああっ」
僕と彼女の、くぐもった声が互いに響く。
今までの行為が、全てお遊びだったとでもいうような、激しい快楽。ともすれば、全てが流されそうになる。
どうやら彼女も相当感じているらしく、火山のように熱くたぎったその火処からは、僕のモノを押しのけるような勢いで蜜が噴き出している。
こんな快楽、癖になってしまう。
「あぅっ、はぁ……。ねえ、良いよ。んっ、もう準備はできてるから、ふぅ、いつでも……」
僕の全てが、堕落した快楽に犯されているときに、彼女はそんな事を言う。もしかすると、彼女ももう限界が近いのかもしれない。
淫靡な視線を僕に投げかけながら、汗にまみれた体を擦り寄せてくる。上気した桃色の肌は、この洞窟内でも如何なく雌としての魅力を発揮していた。
そうして、ある種の張り詰めた空気が、一瞬緩んだ隙に、僕は限界を迎えた。
「う、」
逆に、彼女を抱きしめる。僕の中のなにかが音を立てて切れ、僕は本能の命じるままに動いた。
下から、モノを突きあげるように動かす。最早、彼女のことすら考えていない。ただ強く、そのまま彼女を貫いてしまうのではないかと思うほど強く動かす。
腕で彼女を抱きよせ、今度はこちらから唇を奪う。何も考えず、無心に彼女の唇を貪る。
「ああッ、だめ、だめぇ、あッ、きてるっ……」
唇を塞がれているため、くぐもってしか聞こえないが、彼女ももう限界のようだった。
理性を飛ばして、ただ堕落する。
「っはぁ、らめぇ……。もっとして、もっとちょうだい」
そう言って、彼女が大量の蜜をその火処から吐きだした時、僕もまた、彼女と繋がった事を実感しながら、精を吐きだしたのだった。
「ああああッッ!! きた……いっぱい……」
そういう彼女の表情は、嬉しそうだった。
口元はだらしない笑みの形に歪み、端からは糸を引くように唾液が垂れている。その視線の先、彼女の秘裂からは白と透明の液体が粘っこく絡みつきながら漏れ出ていた。
「はぁ、気持ちいいよぉ……」
そして、その指で僕のモノを淫媚に撫でながら、こういうのだ。
「ねぇ、もっとちょうだい……いいでしょ?」
目が覚めると、僕は彼女に覆いかぶさるようにして寝ていた。どうやら、彼女のたわわに実った二つの果実を枕に寝ていたらしい。どうりで妙に寝心地が良かったはずだ。
昨日はあの後も気力の続く限り彼女と行為を続けた。最後の方は僕も彼女も理性がトんでしまい、飢えた獣のように相手を求めていたように思う。
彼女も普段は体を覆っている鱗や甲殻が殆ど無いため、一見すると普通の少女のように見える。もちろん、翼や尻尾、角といった特徴的なものは残っているが、体だけを見れば人間といっしょだ。
いや、体だけではなく、心も、だろうか。
「ん………あ、起きた?」
「あ、ああ」
「良かった。前私が起きた時は、あなた私の胸に顔をうずめて幸せそうに寝てたから……起こせなかったの」
予想通りで逆に恐ろしい。あれだけ彼女と交わっておいて、まだ僕は欲求不満なのか。
ちょっと自分で自分が信じられなくなる。
まあ、それは置いておいて、だ。
「ところで、僕たちは自己紹介すらまだじゃないか?」
「そういえばそうね。――私は、ウィルノア・ブルームハート・レアノイア。久しぶり」
そんな彼女の自己紹介を受けて、僕も自らの素性を明らかにする。
「僕はエイリル。苗字はない。久しぶり」
何のことは無い。
これで、いつぞやの疑問が解けた。
彼女にとっての戦いとは、求愛行動なのだ。
僕がそれに当てられ、必死で自分を鍛えて彼女に“告白”したことがそれを証明している。
“久しぶり”それが、全ての答えだったのだ。
おそらく、彼女は戦いの途中で僕が僕であることに気がついたのだろう。
その時、彼女は変わったのだ。
誇り高き王者から、淫乱なメストカゲへ――。
竜として人を襲い、メスとして求愛する。
二重基準だ。
では、僕はどうか?
人として竜に挑み、オスとして求愛する。
やはり、二重基準だ。
「じゃあ、エイリル。朝ごはんにしよう」
「え、ごはんってどこに――うわっ!? ちょっと!」
「はむ……んッ、あん……。おいしいのをお願いね」
こんな僕たちは、お似合いのカップルかもしれない。
この時、僕の恋は愛に変わった。
11/06/08 19:45更新 / 湖