連載小説
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古城の主W
冷やりと、刺すような言葉がホールに響いた。
ビスマスとアノーサが振り返ると、ラピリスは無表情だった。
彼女は歩き出し、倒れているダークスライムのところまで来ると、しゃがみ込んで体に触れ、何かを拾い上げた。

そして、マントを翻し立ち上がる。
彼女の表情は一変し、優しげな笑顔だった。

「…お前達、覚悟はよいか?」
「糞ッ!!アノーサ、逃げろ!!」
「人間は遅いから困る」
「!?」

ビスマスがアノーサを扉の前まで突き飛ばす。
だが、次の瞬間彼はラピリスに首を手で掴まれ、持ち上げられてしまう。

「ぐっ…くそ…はな…せ」
「吸血鬼!!隊長を放せ、私が相手だ!」
「そう死に急くな、娘」

アノーサはそう叫びながらも、体は震えていた。
そんな彼女を横目で見つつ、ラピリスはビスマスの首をぎゅっと締め上げた後、壁に投げつけた。
全身を強く打ち、体が痺れる。
それでも辛うじて立ち上がり、懐から短剣を取り出しつつ、よろよろと前に出る。
バスタードソードはどこかに飛んでいってしまった。

「まだ立てるのか」
「はぁ…はぁ…」
「では、これで終了としよう!!」

彼の目の前から吸血鬼が消えた。
最初の攻撃もこれかと彼が辺りを見回しながら考えていると、背後に気配を感じた。

「そこか!!」
「当たり…だが手遅れだ」

ビスマスは振り向きながら短剣を振るう、だが剣撃はラピリスの右腕に掴まれ、彼の身体は吸血鬼に引き寄せられた。
ラピリスの左腕は彼の腰に回され、正面から抱きつく形になる。
彼女の体からは血の臭いと、香水の匂いがした。

「なっ…何を…」
「頂きます♪」

ガブリ、と歯が皮膚に食い込む音がした。

首筋に顔を寄せる吸血鬼。
じゅるる、と血を啜る音。
2人が歓喜と快楽に震える様子。
いつの間にかビスマスの両腕がラピリスの背中に回され、抱き合っている様子。

アノーサは全てを目と耳に焼き付けた。

そして、弾けるように駆けた。
両の手には短剣が握られている。
殺意を滲ませ、吸血鬼の心の臓を貫くため、彼女は動いた。

「隊長から離れろ!!!」
「!!」

ビスマスを突き飛ばし、ラピリスは獲物を抜いた。
アノーサが先制して吸血鬼に切りかかる。

右の横薙ぎ、左の袈裟切りの連撃を弾き、ラピリスは刀を横に薙ぐ。
彼女は姿勢を低くし、斬撃を躱す。

そこから飛び上がるように切り上げる。
ラピリスはギリギリで刃を躱すが、頬を僅かに切られた。
続けて、右の突き、左の切り下ろしと攻撃を止めない。

「貴様…やればできるじゃないか…」
「黙れ、お前は殺す!!」
「よろしい、ならば!!」

左からの突きを肩に受けつつ、ラピリスはアノーサの首を捕まえた。
そのまま締め上げながら、彼女を中に浮かせる。

「ならば…貴様は殺さぬ」
「ぐっ…何を…言っている」
「その代わり、お前が奪った物を私も奪うことにしよう…」

そこまで言うと、ラピリスはアノーサを扉に投げつけた。
そして、彼女は未だ床に伏して意識を失っているビスマスを両手で抱き上げる。
彼は吸血後の酩酊状態から睡眠へと移行しており、安らかな寝息を立てている。
そんな彼を見て、彼女はニヤリと笑った。

「待て…隊長をどうする気だ…」
「なに…これほどの男も珍しいからの妾が頂いていくことにした」
「なっ、ふざけるな…隊長を返せ!!」
「ふむ…」

激痛を我慢し、ふらふらと立ち上がりながらそう叫ぶアノーサを見て、ラピリスは何やら思案したかと思うと、懐から何かを取り出し、彼女に投げつけた。

アノーサが飛んできた物を受け止め、手を開くと、そこにはシルバーリングが1つ、静かに輝いていた。
よく見れば内側に小さい文字が刻印されている。

『Dearest Kaori』

何故このような物を渡されるのか、彼女にはその意味は分からなかった。
これはただの婚約指輪…そうとしか捉えられない。

「その意味を理解できるなら…我らもここまで争うこと無いのかも知れぬがな」
「これが何だというんだ!?」
「まあ、ゆっくり考えるがいいさ」

そういいつつ、彼女は部下に指示を出し、北棟の奥へ移動し始めた。
アノーサは全身の痛みで動けない。

ただただ、吸血鬼の背を睨みつけていた。
すると、何かを思い出したように、ラピリスは立ち止まった。

「そうだ、いい事を教えてやろう、お前の仲間達はこの北棟の隣…お前達が崩した石塔の地下牢におる」
「…生きているのか?」
「くくく…早くしないと人としては死んでしまうかも知れぬがな」
「なん…だと…」
「安心しろ、ここに倒れている連中も我らが捕縛した連中も殆どは殺しておらぬ、ただ、妾の部下の相手をしてもらっているだけだ」

何が目的だ!、アノーサはそう叫んだ。
ラピリスは止めた足を再び動かし薄暗い北棟の奥へ消えていく。
最後に声だけが響いた。

「我らは今日中にここを去る、貴様の仲間は助けるなり殺すなり好きにするがいい」

そして、ハイヒールが絨毯を踏む音が消えた。
更にはこの城の魔物の気配も消えていく。

「…隊長…」

彼女は連れ去られた隊長の事を考えた。
騎士団に入団したての自分を部隊に招いてくれた。
毎日の修練を共にした。
寝起きも共にし、苦楽を共にしてきた。

「……隊長ぉ…」

涙が溢れてきた。
だが、彼女は考えた。

(吸血鬼は私の奪った物を奪うと言った…)

それは何か、奪われたのは敬愛している隊長。
それは何か、奪った物は吸血鬼の部下達の命。

この2つの意味とは何ぞ…

アノーサは体を引きずるように動かし、中央棟まで引き返してきた。

(…今の私では…隊長を助けることは出来ない…私は……強くならねば…)


2人の決着は5年余りという歳月を待たねば成らなかった。




――――7日後

あの後、部隊は即撤収。
王都に逃げ帰り、3日間で捕虜の救出を嘆願して回った。
ビスマスも捕虜として囚われているかもしれない、その事が教会を動かした。
出撃できる兵士をかき集め、他の部隊から借用し、何とか1個中隊ほどの人数を揃え、アノーサが指揮を執りロード・マイト城へ戻っていた。

城内をくまなく探索するが魔物の姿は無い。
そして、彼女はラピリスの言った石塔の地下牢へと足を進めた。
そこには自分達の部下やギルドの兵士、魔術達がいた。
特に檻に鍵がかかっていた訳では無かったが、そこに居た者は皆、正気を失った瞳で虚空を眺めていた。

彼らはもうだめだ…

すっかり魔物の肢体と魔力に侵されている。

それでも彼女はその場に居た全員を王都へと連れ帰った。
一方聖王都では討伐隊大敗の報が雷撃の如く伝わっていた。

条約の締結以来、表面上の平和に甘んじていた中、聖王都教会が主力とする騎士団が敗れ去ったのだ、動揺しないはずが無い。
何よりも、ビスマス自身も敵の手に落ちた。
それは反魔物派の心の支柱をへし折る物だった。

現在聖王都教会が有する騎士団は全部で4つ。
近衛騎士団が2つと呪法騎士団が1つ、重装騎士団が1つだった。
そのうち、ビスマスの指揮する第2近衛騎士団が魔物に敗北を帰したのは無視できない事情だった。

アノーサは今回の作戦に参加した兵員のうち、8割を失った責を負い、現在は自宅謹慎をしている。
その後、副官としての責任を教会裁判で問われるだろう。


(…お前が奪った物…か…)

アノーサは自室にて回想しつつ、手記を記している。
戦いの展開、敵の動向、吸血鬼との会話、その後の処理。
取り留めの無い文字の羅列は本人の心境を表しているのだろう。
彼女は片手で羽ペンをもう片手でシルバーリングを弄んでいた。


結局、討伐隊の人的損失は総定数以下であった。
それは魔物が討伐隊に対して行ったのは捕縛であったからだ。

だが、捕縛された兵士達の末路は悲惨である。
あの北棟の横にあった石塔の地下牢にて、彼らは魔物に犯されていたのだ。
無論、男も女も問わない。
肉欲の宴が開かれていたのだった。

救出部隊が到着した時、そこに女性の姿は無かった。
全員が魔物化し、自らを犯していた魔物と共に何処へと去っていったのだろう。


男にしても魔物との情交に快楽を見出してしまっており、大半が魔物を切ることができない、と言い出していた。
そんな彼らに対して、教会の処断は苛烈であった。
騎士団として魔物を切るか、処刑されるかのどちらかであった。
ほぼ全員が騎士団に残ると表明したものの、哨戒の任務などに赴いた際に脱走するという事件が頻発している。
その際にどうやら親魔物派ギルドが手引きをしているらしいが詳細は不明である。



アノーサはゆっくりと書を閉じ、明かりを消した。
時刻は夕暮れ、眠りの時間。

夕餉も入浴も済ませた彼女は窓を開いた。
夜風が肌に当たる。
彼女はずっと考えていた。
手元のシルバーリングの意味を…

(婚約指輪……これに何の意味が…)

だが、答えは出ない。

彼女は窓を閉め、布団に潜り込んだ。
そして、再び物思いに耽る。

私はこのリングを渡した誰かの『想い人』を奪ったのだろうか…

人と魔物が共に有る。
それは許されてよいのだろうか…
思考は巡る。
砂浜で米粒を探す気分だ…そんな事を考えながら、まどろんでいく。

(…あれはあのダークスライムが人間から貰った婚約指輪…なんだろうか…)

(…いや…彼女達に人間を…愛する事などできるはずが…ただの精を貪るだけの魔物ではないか…)

(Zzzzzzz……)

人間が魔物を愛するも、人間が人間を愛するも、人間が友を愛するも、魔物が友を愛するも、何ら代わりの無い事。

その事を理解するまでは、まだ時間が掛かりそうだった。








その日、親魔物領のとあるギルドに3枚の報告書が送られてきていた。



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●報告書●

送 り 先:ギルド・エルトダウン
魔物討伐:任務失敗
人的損害:捕縛120名、死亡8名(参加者145名)
備  考:後日、120名のうち、男性のみ100名が救助される。
     女性構成員は全員が行方不明になっていた。
     救助されたギルド員のうち、90名がギルドに辞表を提出。
     受理及び名簿からの削除を願います。

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●報告書●

送 り 先:聖王都教会所属騎士団
魔物討伐:任務失敗
人的損害:捕縛130名、死亡11名(参加者180名)
備  考:捕虜になった騎士のうち、女性30名が行方不明となっている
     残り100名の殆どが騎士として復帰を希望。

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●報告書●

送 り 先 :(黒く塗りつぶされている)
(読めない):成功
人的損害 :死亡38名 (総員350人)
備  考 :騎士団及びギルドから親魔物派に鞍替えする者がおりますので、
      彼等の亡命の手助けに人手を割くようお願いします。
      尚、今回『宴会』に参加した者達で子供ができた者には育児休暇
      を出して頂ける様(読み取り不能)への報告をお願いします。

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11/11/24 20:05更新 / 月影
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■作者メッセージ
これにて古城の主は終了にございます。
この系列はまだ先を書く予定でいますが、一先ずはスライム種の短編を書こうと思っていますので、1つよろしくお願いします。

2010年8月13日、兵員の損害についての記述を修正。
2011年11月24日、騎士団の名称を修正。

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