連載小説
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古城の主V
各小隊からの連絡が途絶えた。
その報は本隊に動揺を与えた。

「…おかしいぞ…」
「この城に巣食ってる魔物はなんなんだ?」

第1小隊及び第2小隊は魔物の抵抗をまったく受けずに中央棟の制圧を終え、第4・第5小隊の東棟及び西棟の制圧報告を受け次第、居館のある北棟に侵攻するはずだった。


――――部隊長ビスマス(中央棟)

彼は焦っていた。
本来であれば、ただ魔物が根城にしているだけのこの城を開放する。
それだけの任務だったはずだ。
それが、実際には2つの小隊を失うほどに苦戦している。

最後に第5小隊から届いた通信と部隊の生き残りの報告によると、魔物達は統率が取れており、決して適当な抵抗をしているのでは無く、組織立った行動をしている事が分かった。

「…第1小隊と第2小隊で東棟と西棟を制圧するのは愚の骨頂か…」
「私も同感です、兵力分散はこの状況で取るべきではないかと」

ビスマスとアノーサの意見は一致していた。
敵が組織立った行動を取るところを考えると、東棟と西棟では魔物が防衛体制を整えていると思われる。
この状況で東棟と西棟に、別れて赴くのは得策ではない。

それに、2つの部隊が同じところへ動いたとしても、その間に中央棟を抑えられると挟撃の恐れがあるし、2箇所を制圧するのに時間が掛かってしまい、夜になれば勝ち目が無くなってしまう。

現状では引くか、相手の懐に飛び込むかのどちらかだった。

「…切り込むか?」
「罠もあると思いますよ」
「では引くか?」
「否、こちらの戦力が消耗してしまった今、次にここを訪れる時は更に戦力が少なく、今回よりも苦戦することは日を見るよりも明らかです」
「…それもそうか」
「特に呪法部隊の消耗が顕著です、現在半数以上を失っていますし、簡単に補充が利くものでもありません」

時刻は昼過ぎ、この時間帯が吸血鬼にとって最も力を失う時間帯である。
踏み込むならば今しかない、ビスマスは決断した。

「よし、後衛は第1小隊、前衛は第2小隊で北棟へ進行する!!」
「了解、各員移動するぞ!」
「応ッ!!」

第1小隊・第2小隊及び両部隊に編入された魔術師は雄叫びを上げた。
聖王都騎士団のみで構成される両部隊の士気は高く、斥候として様子を見に来たゴーストをあっさり血祭りに上げ、彼らは進軍を開始した。



――――吸血鬼ラピリス(北棟・ホール)

彼女は戦果に満足していた。
既に敵軍の半数強を捕縛し、残り半数も自分のも思惑通りに自分の元へ向ってきている。

彼女は楽しみにしていた。
久方ぶりに自分の全力を振るえる相手が来るかもしれない、それだけで、身体の芯が熱くなる。

今、彼女の周りに付き従うのは12人の獣っ娘部隊と自らの副官リィン、そして魔女5人とダークスライム5人からなる魔術部隊だけだった。

200人にも届こうかという残りの魔物達は皆、捕縛した哀れな兵士達を昼食として頂いているだろう。
果たして何人が人間のままでいられるか、そんな事を考えてにやにやする彼女だった。

「皆、準備はよいか?」
「はい、マスターいつでもいけます」

薄暗いホールには彼女達の瞳だけが輝いていた。

そしてまもなく、騒乱と喧騒が騎士の姿をして、北棟にやってきた。


――――副長アノーサ

彼等は北棟にたどり着いた。
道中の障害は無く、ただ、古ぼけた城内を走るのみだった。
今、彼等の目の前には北棟のホールに通じる扉がある。

「いくぞ、総員抜剣!!」
「応ッ!」

アノーサは叫び扉を開けた。
そこは左右に上階へあがる階段があり、天井にはシャンデリアが下がっている。
ホールはそれなりな広さがあり、そこに20を超える魔物の姿があった。

「よく来たな、人間共!諸君らを歓迎するぞ!」

嘲笑を含んだ声が、ホールに響いた。


――――北棟・ホール

「よく来たな、人間共!諸君らを歓迎するぞ!」

ラピリスは挑発するように声を上げた。
アノーサがゆっくりとラピリスに近づきながら言葉を返した。

「パーティーの招待券は頂いておりませんが、勝手に参加しますよ」
「面白い奴だ…よかろう、諸君、相手をしてやれ」

ラピリスの合図を受け、脇に控えた魔物が弾かれる様に動き出した。

「総員、掛かれ!!」

アノーサの合図で騎士達が動く。
あっという間に、人と魔物が入り乱れる混戦と化した。

「ウォォォォォォォォ!!!!!」
「シャー!!」

本来であれば数に倍ほどの差がついているため、魔物側が不利である。
だが、そこはバフォメット直属の獣っ娘部隊、本来ならば1人1人が1個中隊を指揮できるほどの能力を持っている。
彼女達は思う存分暴れ回り、騎士達を翻弄した。

「殺ァ!!」
「ウラァ!!」

ワーキャットが2人、自慢の体躯と長い爪を振るって、一度に3人の騎士を相手取り、互角に立ち回っている。

少し離れたところでは、ワーウルフとワーラビットが騎士を蹴り上げた。
中空に浮かんだ彼等を掴み飛び上がったのはワーバット。
自由に身動きできなく宇宙で、器用に彼等の兜を外し、頬に噛み付く。

地上に降ろされた彼等は致命傷ではないにも拘らず動けない。

また一方では、魔術師が炎術を唱えようとしたところに階上から飛来した弓矢に右手を射抜かれ、倒れこんだ。
階下の魔術師を狙ったのは、2階への階段を上ったところに陣取るリィンだった。
彼女は卓越した弓の腕でもって麻痺矢を放っている。

魔女とダークスライムはそれぞれ得意の魔術を放ち、手当たり次第に騎士の動きを止めていく。

「糞ッ、このままじゃ埒が明かない」

飛び掛るワーウルフを避け、アノーサは目標を吸血鬼に定める。
彼女を倒せばこちらが優勢になる。
そう考えたからだった。

また、ラピリスはその場を動いておらず、少し高くなったところからホールでの乱戦を鑑賞しているうえ、護衛が付いていない。

「いくぞっ!!吸血鬼!!!」
「面白い、妾とダンスを希望とはな!!」

ラピリスは得物を構えた。
いや、正確には姿勢だけだ、獲物を抜いては居ないが手を伸ばし、剣の柄に触れるか触れないかのところで手を開いている。

アノーサはその構えを始めて見た。
いや、この大陸中を見ても、ラピリスの取る構えは珍しい。

それは遥か東の国、ジパングのみに伝わる特殊な構えだからだった。
この知識の欠落が致命的となった。

「ァァァァァァァァァ!!!!」
「吼えるだけが剣技と思うな!!!」

アノーサは獲物のレイピアを構え、ラピリスに向って駆ける。
そして、彼女が吸血鬼を射程に捕らえ、まさに刺し貫かんとしたその時、ラピリスが動いた。

「シャァッ!!!」
「なっ…ぐっ…」

一閃。
抜刀の瞬間は見えなかった。
いや、見えていても反応できたかは不明である。

アノーサは下方から切り上げる斬撃に、レイピアを弾かれた。
衝撃で彼女は足をもつらせ、尻餅をついてしまう。
彼女は懐から短刀を抜き、ラピリスの様子を伺うと、既に抜かれた剣は鞘に収められ、彼女は先程のまで体制に戻っていた。

「糞…」
「これこれ、女子がそのような言葉使いをすると、男にモテ無いぞ」
「黙れ…」

ラピリスは回転しながら落ちてくるレイピアを床に落ちる寸前で蹴り飛ばし、アノーサに返した。
アノーサは自分の顔めがけて戻ってくるレイピアを素手で掴むと、血が滲むのも無視して、構え直した。

「まだだ!」
「諦めが悪いのぉ…だが、残念ながらお前の後ろはもう終わっておるぞ?」
「なっ…そんな…」

ラピリスの言葉に短剣を眼前に翳し、背後の様子を伺い見た。
すると…そこに立っている騎士の姿は残り僅かだった。
未だ戦っている者10名余り、残りは全てが床に伏し、動かない。

「くくく…妾の贈り物はお気に召さないようだな」
「何をした?」
「何…ちょいと行動を束縛する封印呪法を使わせて貰った」

よく見ると、乱戦に加わっていたはずの魔女とダークスライムが、いつの間にかホールに居る騎士達を中心に円陣を組み何かを詠唱していた。

「糞…卑怯な…」
「ふふ…我らは狩られる哀れな魔物、策謀でも魔術でも糸目はつけぬ」

アノーサはゆっくりと後ずさりをした。
いつの間にか床に現れた魔法陣を踏み越えると、途端に体が重くなった。
だが、出口から逃げるには魔法陣の中を通り抜けるしかない。

(だめだ…勝てない…)
「なんじゃ…諦めるのか?妾はすぐそこじゃぞ?」
「…くっ」
「キシャァァァ!!」
「ラァ!」
「ギャン!!!」

アノーサは重い体で後ろから飛び掛ってきたワーウルフを躱し、腹を蹴り飛ばす。
まだ動ける騎士達と合流すると、円陣を組みゆっくりと出口の扉に向って後退し始めた。
飛び掛る魔物達をいなす事だけ考え、防御に専念する。

「ふむ…これでは詰まらんな…」

ラピリスが右腕を上げる、魔法陣は消え、体が軽くなる。
魔女とダークスライムがラピリスの後ろまで下がり、獣っ娘部隊がラピリスの脇に控える。
ラピリスは獣っ娘部隊の様子をちらと横目で見ると、感嘆のため息をついた。

「流石は騎士団と言った所か…見事な物だ…」

見れば、ワーウルフの1人は片腕を失っているし、ワーキャットの1人は片目が潰れ、血を流している。
ワーラビットやワーバットについても、身体のあちらこちらに切り傷を作っており、決して余裕のある表情はしていない。
それでも死亡者を出さず、傷だけで済んでいるのは流石と言うべきだった。

「何の真似だ?」
「いや何、演劇にしては陳腐な物になってしまうそうだったからな」
「…ふざけるな!!」
「落ち着け、アノーサ」

激昂する彼女に、生き残りの1人、ビスマスが声をかけた。
頭に上った血が一気に下がるのを感じる。

「隊長…」
「俺が奴に切りかかるからその間に逃げろ…」
「しかし…」
「こいつらを倒すには戦力がもっと必要だ…その事を伝えろ…」
「…はい…」

2人は耳打ちを交わし、そしてビスマスが前に歩み出た。
ラピリスは精気に溢れるその男を見て、歓喜の笑みを浮かべる。

「俺が相手になろう」
「ほぉ…討伐隊の指揮官殿か…これは面白い」

ビスマスはバスタードソードを構えた。
ラピリスはアノーサの時と同様に、剣を抜かない構えを取る。

「…居合いだと?」
「ほぉ、そこの女と違って博識じゃな」
「刀を使う吸血鬼なんて初めてだ…」
「だろうな」

ビスマスは剣を構え切りかかる。
ラピリスはジパング特有の剣…刀を抜き、彼の剣撃をいなす。
返す二の太刀が横の軌道を取り、ビスマスの首筋に迫った。

「!!」
「ほぉ」

彼はとっさに頭を下げて躱すが、刀が兜を掠め、弾き飛ばされた。
無理な姿勢で回避したため、倒れこむ。
ラピリスは刀を回転させるように振り、鞘に収め、彼を追撃しない。

「えらく珍しい剣技を使うんだな…」
「うむ…過去の修行の賜物じゃ」

金色の髪を振り、ビスマスが立ち上がる。
そんな彼にラピリスは熱の篭った視線を送る。

「そんな風に見ても何もやらん」
「分かっておる…だが惜しいな…」

その時、アノーサは見た。
既に他の仲間を城の外に逃がし、自分自身も隙を見て隊長を救い、共に逃げる算段をしている時だ。
ビスマスの背後に、紫色の液体が音も無く盛り上がっていく様を…

「うむ…お前をこのまま殺すのは惜しいな…どうじゃ…妾の元に来ぬか?可愛がってやるぞ?」
「断る!!」
「ならば…力づくにでも頂くとするk」
「隊長!!!」

ラピリスは見た、彼を押さえ込むよう念話で支持したダークスライムが1人、背後から投擲されたレイピアにコアを貫かれるのを…

そして、そのダークスライムが誰なのかを…

ビスマスは振り返り、自分の背後に迫っていた者を見て驚愕する。
だが、ダークスライムは致命傷を受けていた。

彼は聞いた。
彼女の最後の言葉を…

「ごめんなさい」

その一言だった。

誰に向けたものかは分からない。
ただ、とても悲しい顔をしていたのだけが、やけに印象的だった。

そして、彼女の身体は崩れ落ちた。

「あ…」
「はぁ…はぁ…隊長、今です逃げましょう!!」
「ああ…」

吸血鬼は良く分からないがショックを受けている。
逃げ出すなら今だった。

だが…2人は出口まで数mと言うところで歩みを止めた。

空気が重い。

いや、魔術が行使されているわけではない。

吸血鬼がその源泉であった。

「人間…やりおったな…許さんぞ……」

呻き声の様な、地の底から響く声が2人に届いた。
10/06/07 21:36更新 / 月影
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■作者メッセージ
次回で古城の主は終わりです。
刀使う吸血鬼っておかしいだろ、というのはありますが…面白そうだったので…

昼間にあってもチート級の能力を持った吸血鬼さん。
罠だらけにも拘らず正面から突っ込むことしかしない人間さん。
(´・ω・)勝ち目なんて無いよ…

勘違いを修正しました。

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