廃村の国V
「また私たちを殺すの?」
彼女は確かにそう言った。
その言葉はリーアの手元を狂わせ、本来であればコアまで真っ直ぐに切り下ろす筈だった剣撃は僅かに傾き、彼女の顔から肩までを斜めに切り裂くに留まった。
「くそ!」
リーアは剣を引き抜き、数歩下がる。
そこに、いつの間にか再生していた従者のスライムが飛び掛り、彼を床に押し倒してしまった。
2人の従者は彼を押さえ込みながら腕を振り上げる。
どちらも表情は険しく、主に害を成されて怒っている様だった。
腕の先を鋭利に変化させ、まさに振り下ろさんとしたその時、主のスライムが発したであろう、鈴を鳴らすような声があたりに響いた。
「やめなさい」
「っ!…申し訳ございません」
従者の体が僅かに震え、彼の拘束を解いて、離れた。
リーアは慌てて上体を起こし、スライムの様子を伺う。
既に通常種のスライムは再生を終え、大型スライム周りに寄り添っている。
肝心の主スライムはいつの間にか切り裂いた顔が元に戻っており、相変わらずテルルの上体を抱き締めたままだった。
従者のスライムがばつの悪そうな表情をして、主に縋る様に座り込んでいた。
「マスター…申し訳ございません…勝手にあんな事を」
「…ごめんなさい」
2人の従者がそれぞれマスターと呼ばれたスライムに謝っている。
下半身は同じだけにどこか妙な光景だった。
リーアは立ち上がって、剣を鞘に、盾を背に戻す。
彼が立ち上がるのを見て、従者2人が警戒した様子を見せるが、主が首を横に振り、2人を制した。
そして、主スライムはリーアを真っ直ぐ見据えたまま、流暢な言葉で話し始めた。
「初めまして、私はエイリと申します」
「言葉が上手いんだな…」
エイリと名乗ったスライムはテルルを抱いたまま、彼の前まで近寄り様子を伺っている。
そして、彼の殺意が薄まっていることを察し、話しかけてきた。
「あの娘達が失礼なことを…申し訳ございません」
「…俺はお前を切ろうとしたんだぞ?」
殺そうとした相手に謝られるのは変な感じだった。
エイリは首をひねるリーアの顔色を伺うように言葉を紡ぐ。
「落ち着いて頂けましたか?私共は貴方に害を及ぼしたりは致しません」
「…どういう事だ?」
「それは……貴方が『あの人間達』とは違うからです」
エイリは語った。
自分を含めてここに居る魔物達は元々この村に住む人間であったと。
小規模の村であり、大戦に加担しなかったこの村には、魔物・人間が静かに暮らしていた。
大戦末期のある日、傷ついたスライムがこの村に逃げ込んできて、状況が一変する。
スライムを追ってきたのか、元々この村に目をつけていたのか、反魔物派の討伐隊がこの村に訪れた。
1度目は食事を振る舞い何とか引き取らせたが、2度目は無かった。
5人の男達は狭い村の中で人間も魔物も一様に切り捨てていく。
エイリは傷ついたスライムの面倒を見ており、討伐隊の襲撃の中、スライムを抱えて逃げる途中で討伐隊の1人に背中を切られ、勢いあまって井戸に転落した。
傷は深く、井戸の水があっという間に赤く染まった。
上から誰かが様子を見ていた気がするが、出血量から助からないと判断されたのであろう、井戸には蓋をされた。
スライムはエイリの影に隠れており、難を逃れたが、エイリ自身は出血と転落のショックで気を失っていた。
そして、エイリが気がつくと時は夜になっていた。
井戸の底に聞こえるのは、どこか離れた所で聞こえる宴の喧騒だけだ。
背中の傷は痛まなかった。
彼女はふとスライムの様子が気になり、隣で寄り添うスライムに目をやると、そこには悲しげな青い瞳が有った。
どうしたの?
そう問いかける彼女に、スライムが答えたのは『ごめんなさい』という言葉だった。
エイリは考えた。
背中の傷がそんなに早々治る筈が無いと、そして、水に浸かった傷からはかなりの血が流れただろうと。
それでも今自分の意識がしっかりしているのは何故か、何故この娘は私に謝るのか。
そして、何故、漆黒の闇の中で、この娘の表情が分かるのか…
エイリは自分の手を見た。
答えは1つしかなかった。
彼女はスライムになっていたのだった。
エイリの語りが終わる。
「…」
リーアは何も答えられなかった。
大戦当時、反魔物派の中では魔物や魔物に組する人間は全て絶滅させるべしと、当然の事として行われていた。
その事実を自分も知っていたからだ。
「…分かっております、貴方方の中では当然の事なのでしょう」
しかし、とエイリは続ける。
エイリは教会の地下聖堂と井戸が壁を挟んで接している事を思い出し、2人で壁を崩しに掛かった。
スライム特有の軟体と人間の時より活性化された身体で岩を抜き去り、崩す。
20分ほど岩を砕き、崩して穴を掘り進めると、まもなく向こう側に明かりが見えた。
距離にして4m程だが、思った以上に岩を撤去するのに時間が掛かってしまった。
そして、開けた穴を通り、教会地下聖堂に抜けると、そこには二人の目を覆う惨状があった。
地下聖堂のあちらこちらに人の形をしたものが転がっている。
それは人間や魔物の少女達だった。
10人の少女達が全裸にされ全身を何かで汚され、傷だらけになっている。
2人は慌てて10人の様子を見るが、魔物の少女は5人全員が死んでいた。
人間の少女5人は傷がある娘も居たが、生きている。
何が起きたか、正確な知識が無くとも彼女には分かったと言う。
下卑た欲望の捌け口にされたのだと…
そして、地上の家屋のどれかで討伐隊の連中は酒盛りをしながら、しばらくはここに居座り、気が向いたらまたこの娘たちを犯すのだろう。
そこまで聞き、同姓ですら嫌悪する所業に、リーアは表情をゆがめる
そんな彼の様子を見て、エイリはどこか安堵した表情になり、更に続けた。
エイリはその惨状に何か黒い物が湧き上がるのを感じた。
2人は何も言わずに頷き合い、力なく横渡る少女に近寄り、自分の体で包み込んだ。
心も身体も傷だらけにされ、考えたくないが体内には男達の精が残っている。
条件は十分だった。
過ぎること数刻。
気が付き、自分が先ほどまでの自分への仕打ちと置かれている現状を思い出し、取り乱す彼女達を何とかなだめ、男達を返り討ちにしてやろうと、持ち掛けた。
今の自分達にはその力がある…と。
まもなく、朝になり、少女を陵辱しようと戻ってきた男達は憎悪と解放を願う彼女達に全員が殺される。
周りの5人のスライムは悲しげな表情をしている。
自分達の痛々しい過去はあまり思い出したくないものなのだろう。
「こんな事をする人間こそ…化け物だとは思いませんか?」
「それは…」
「神に使える者・神を崇める者として、抵抗すらしない人間や魔物を殺し、そこに住まう女を陵辱する、貴方方の神はそんな事をお望みなのでしょうか?」
「そんな…はずは無い…」
エイリの言葉には怒りが篭っていた。
だが、リーアを見据え、表情を和らげ、続ける。
「分かっております、貴方はそのような事を是とはしない方です」
「何故分かる、俺は反魔物派だ、今までに魔物を切った事もある」
「殺生を好む方なら、私の言葉に躊躇したりはしません」
「それは……」
意外な賞賛にリーアはたじろいでしまう。
いつしか座り込んでエイリの話を聞いていたが、話すことがあるのを思い出し、立ち上がりってエイリを見据えて話題を変えた。
「…お前達の過去は分かった、俺はお前達を討伐しに来たわけじゃない、話を聞いてもらえるか?」
「ご随意のままに」
言葉少なく、僅かに頭を下げてエイリは応じた。
「まずは俺の相棒を返してもらいたい」
「この女性ですね…存じ上げております、しかし…」
「どうした?」
「この女性…あまり長くはありません」
悲しげな表情のままにつぶやくエイリ。
突然の告白にリーハは驚愕した。
そして、声を荒げる。
「どういう意味だ?返答しだいでは…」
ゆっくりと、腰のショートソードに手を掛ける。
それを見たエイリは慌てた様子で答えた。
「い…いえ、実はこの女性…深夜に1人でこの村に来られたのですが…どうやら井戸に転落されたようでして」
「…どうして1人でこの廃村に来たか、お前達は知らないのか?」
「申し訳ございません…」
気落ちするエイリを尻目に、テルルに視線を移す。
まるで眠っているようにゆっくりと呼吸をしているようだが、未だに目を覚まさない。
彼女の顔を見つめているところにエイリが言葉を発した。
「落ちた時に頭を撃ったらしく、傷が深いです…今は私が体と魔力で支えていますけど…いずれ…」
「なんで…」
リーアは膝から崩れ落ちた。
コンビを組んで5年…任務や私生活でも何かと行動をともにした日々が脳裏をよぎる。
彼の目からは自然に涙が零れていた。
「くそ…」
明るく無邪気な性格、好奇心旺盛で迷惑を引き連れてくることも有ったが、
あまり他人との交流を持ちたがらない彼にとってはいい刺激だった。
その彼女が失われる…それだけで体から力が抜けていくのを感じた。
周りのスライムもどこか悲しげな表情で、成り行きを見守っている。
「1つだけ…彼女を助ける方法があります」
「!?」
それはなんだ、そう詰め寄る彼にエイリは静かに答える。
「私が魔力を分け与えて因子を植えつければ助かります」
「因子?それは一体…」
「…一言で言えば、魔物化」
それまで黙っていた従者の1人が口を開いた。
魔物化という言葉にリーアは動揺する。
「なっ………他に方法は無いのか?」
「ごめんなさい、リーアさん…私達治療術は使えないんです」
もう1人の従者が捨て犬のような表情でそう零した。
リーアは子犬のようなその娘の頭に手を乗せ、撫で回してしまう。
目を細め、気持ちよさそうにする従者を見て、リーアは何となく微笑ましく思ってしまった。
「そうか……」
「……羨ましい」
「!?」
ぼそりと、真横で囁かれリーアは驚いた。
彼が振り向くと、小悪魔のように微笑む寡黙な従者が居た。
そして、改めて向き直るとエイリが彼をじっと見てた。
如何致しましょう?
エイリは目でそう問いかけていた。
「…」
人として彼女を失うか。
人で無くなった彼女と共に有るか。
彼の人生の中でこれほど重い選択は無かっただろう。
「…お願いだ…エイリさん…テルルを助けてくれ…俺は…あいつを失いたくない」
そして彼は選択した。
それは反魔物派として生きていけないことを意味している。
だが、それでも彼はテルルを失いたくないと思った。
その選択を誰が咎められようか…
彼女は確かにそう言った。
その言葉はリーアの手元を狂わせ、本来であればコアまで真っ直ぐに切り下ろす筈だった剣撃は僅かに傾き、彼女の顔から肩までを斜めに切り裂くに留まった。
「くそ!」
リーアは剣を引き抜き、数歩下がる。
そこに、いつの間にか再生していた従者のスライムが飛び掛り、彼を床に押し倒してしまった。
2人の従者は彼を押さえ込みながら腕を振り上げる。
どちらも表情は険しく、主に害を成されて怒っている様だった。
腕の先を鋭利に変化させ、まさに振り下ろさんとしたその時、主のスライムが発したであろう、鈴を鳴らすような声があたりに響いた。
「やめなさい」
「っ!…申し訳ございません」
従者の体が僅かに震え、彼の拘束を解いて、離れた。
リーアは慌てて上体を起こし、スライムの様子を伺う。
既に通常種のスライムは再生を終え、大型スライム周りに寄り添っている。
肝心の主スライムはいつの間にか切り裂いた顔が元に戻っており、相変わらずテルルの上体を抱き締めたままだった。
従者のスライムがばつの悪そうな表情をして、主に縋る様に座り込んでいた。
「マスター…申し訳ございません…勝手にあんな事を」
「…ごめんなさい」
2人の従者がそれぞれマスターと呼ばれたスライムに謝っている。
下半身は同じだけにどこか妙な光景だった。
リーアは立ち上がって、剣を鞘に、盾を背に戻す。
彼が立ち上がるのを見て、従者2人が警戒した様子を見せるが、主が首を横に振り、2人を制した。
そして、主スライムはリーアを真っ直ぐ見据えたまま、流暢な言葉で話し始めた。
「初めまして、私はエイリと申します」
「言葉が上手いんだな…」
エイリと名乗ったスライムはテルルを抱いたまま、彼の前まで近寄り様子を伺っている。
そして、彼の殺意が薄まっていることを察し、話しかけてきた。
「あの娘達が失礼なことを…申し訳ございません」
「…俺はお前を切ろうとしたんだぞ?」
殺そうとした相手に謝られるのは変な感じだった。
エイリは首をひねるリーアの顔色を伺うように言葉を紡ぐ。
「落ち着いて頂けましたか?私共は貴方に害を及ぼしたりは致しません」
「…どういう事だ?」
「それは……貴方が『あの人間達』とは違うからです」
エイリは語った。
自分を含めてここに居る魔物達は元々この村に住む人間であったと。
小規模の村であり、大戦に加担しなかったこの村には、魔物・人間が静かに暮らしていた。
大戦末期のある日、傷ついたスライムがこの村に逃げ込んできて、状況が一変する。
スライムを追ってきたのか、元々この村に目をつけていたのか、反魔物派の討伐隊がこの村に訪れた。
1度目は食事を振る舞い何とか引き取らせたが、2度目は無かった。
5人の男達は狭い村の中で人間も魔物も一様に切り捨てていく。
エイリは傷ついたスライムの面倒を見ており、討伐隊の襲撃の中、スライムを抱えて逃げる途中で討伐隊の1人に背中を切られ、勢いあまって井戸に転落した。
傷は深く、井戸の水があっという間に赤く染まった。
上から誰かが様子を見ていた気がするが、出血量から助からないと判断されたのであろう、井戸には蓋をされた。
スライムはエイリの影に隠れており、難を逃れたが、エイリ自身は出血と転落のショックで気を失っていた。
そして、エイリが気がつくと時は夜になっていた。
井戸の底に聞こえるのは、どこか離れた所で聞こえる宴の喧騒だけだ。
背中の傷は痛まなかった。
彼女はふとスライムの様子が気になり、隣で寄り添うスライムに目をやると、そこには悲しげな青い瞳が有った。
どうしたの?
そう問いかける彼女に、スライムが答えたのは『ごめんなさい』という言葉だった。
エイリは考えた。
背中の傷がそんなに早々治る筈が無いと、そして、水に浸かった傷からはかなりの血が流れただろうと。
それでも今自分の意識がしっかりしているのは何故か、何故この娘は私に謝るのか。
そして、何故、漆黒の闇の中で、この娘の表情が分かるのか…
エイリは自分の手を見た。
答えは1つしかなかった。
彼女はスライムになっていたのだった。
エイリの語りが終わる。
「…」
リーアは何も答えられなかった。
大戦当時、反魔物派の中では魔物や魔物に組する人間は全て絶滅させるべしと、当然の事として行われていた。
その事実を自分も知っていたからだ。
「…分かっております、貴方方の中では当然の事なのでしょう」
しかし、とエイリは続ける。
エイリは教会の地下聖堂と井戸が壁を挟んで接している事を思い出し、2人で壁を崩しに掛かった。
スライム特有の軟体と人間の時より活性化された身体で岩を抜き去り、崩す。
20分ほど岩を砕き、崩して穴を掘り進めると、まもなく向こう側に明かりが見えた。
距離にして4m程だが、思った以上に岩を撤去するのに時間が掛かってしまった。
そして、開けた穴を通り、教会地下聖堂に抜けると、そこには二人の目を覆う惨状があった。
地下聖堂のあちらこちらに人の形をしたものが転がっている。
それは人間や魔物の少女達だった。
10人の少女達が全裸にされ全身を何かで汚され、傷だらけになっている。
2人は慌てて10人の様子を見るが、魔物の少女は5人全員が死んでいた。
人間の少女5人は傷がある娘も居たが、生きている。
何が起きたか、正確な知識が無くとも彼女には分かったと言う。
下卑た欲望の捌け口にされたのだと…
そして、地上の家屋のどれかで討伐隊の連中は酒盛りをしながら、しばらくはここに居座り、気が向いたらまたこの娘たちを犯すのだろう。
そこまで聞き、同姓ですら嫌悪する所業に、リーアは表情をゆがめる
そんな彼の様子を見て、エイリはどこか安堵した表情になり、更に続けた。
エイリはその惨状に何か黒い物が湧き上がるのを感じた。
2人は何も言わずに頷き合い、力なく横渡る少女に近寄り、自分の体で包み込んだ。
心も身体も傷だらけにされ、考えたくないが体内には男達の精が残っている。
条件は十分だった。
過ぎること数刻。
気が付き、自分が先ほどまでの自分への仕打ちと置かれている現状を思い出し、取り乱す彼女達を何とかなだめ、男達を返り討ちにしてやろうと、持ち掛けた。
今の自分達にはその力がある…と。
まもなく、朝になり、少女を陵辱しようと戻ってきた男達は憎悪と解放を願う彼女達に全員が殺される。
周りの5人のスライムは悲しげな表情をしている。
自分達の痛々しい過去はあまり思い出したくないものなのだろう。
「こんな事をする人間こそ…化け物だとは思いませんか?」
「それは…」
「神に使える者・神を崇める者として、抵抗すらしない人間や魔物を殺し、そこに住まう女を陵辱する、貴方方の神はそんな事をお望みなのでしょうか?」
「そんな…はずは無い…」
エイリの言葉には怒りが篭っていた。
だが、リーアを見据え、表情を和らげ、続ける。
「分かっております、貴方はそのような事を是とはしない方です」
「何故分かる、俺は反魔物派だ、今までに魔物を切った事もある」
「殺生を好む方なら、私の言葉に躊躇したりはしません」
「それは……」
意外な賞賛にリーアはたじろいでしまう。
いつしか座り込んでエイリの話を聞いていたが、話すことがあるのを思い出し、立ち上がりってエイリを見据えて話題を変えた。
「…お前達の過去は分かった、俺はお前達を討伐しに来たわけじゃない、話を聞いてもらえるか?」
「ご随意のままに」
言葉少なく、僅かに頭を下げてエイリは応じた。
「まずは俺の相棒を返してもらいたい」
「この女性ですね…存じ上げております、しかし…」
「どうした?」
「この女性…あまり長くはありません」
悲しげな表情のままにつぶやくエイリ。
突然の告白にリーハは驚愕した。
そして、声を荒げる。
「どういう意味だ?返答しだいでは…」
ゆっくりと、腰のショートソードに手を掛ける。
それを見たエイリは慌てた様子で答えた。
「い…いえ、実はこの女性…深夜に1人でこの村に来られたのですが…どうやら井戸に転落されたようでして」
「…どうして1人でこの廃村に来たか、お前達は知らないのか?」
「申し訳ございません…」
気落ちするエイリを尻目に、テルルに視線を移す。
まるで眠っているようにゆっくりと呼吸をしているようだが、未だに目を覚まさない。
彼女の顔を見つめているところにエイリが言葉を発した。
「落ちた時に頭を撃ったらしく、傷が深いです…今は私が体と魔力で支えていますけど…いずれ…」
「なんで…」
リーアは膝から崩れ落ちた。
コンビを組んで5年…任務や私生活でも何かと行動をともにした日々が脳裏をよぎる。
彼の目からは自然に涙が零れていた。
「くそ…」
明るく無邪気な性格、好奇心旺盛で迷惑を引き連れてくることも有ったが、
あまり他人との交流を持ちたがらない彼にとってはいい刺激だった。
その彼女が失われる…それだけで体から力が抜けていくのを感じた。
周りのスライムもどこか悲しげな表情で、成り行きを見守っている。
「1つだけ…彼女を助ける方法があります」
「!?」
それはなんだ、そう詰め寄る彼にエイリは静かに答える。
「私が魔力を分け与えて因子を植えつければ助かります」
「因子?それは一体…」
「…一言で言えば、魔物化」
それまで黙っていた従者の1人が口を開いた。
魔物化という言葉にリーアは動揺する。
「なっ………他に方法は無いのか?」
「ごめんなさい、リーアさん…私達治療術は使えないんです」
もう1人の従者が捨て犬のような表情でそう零した。
リーアは子犬のようなその娘の頭に手を乗せ、撫で回してしまう。
目を細め、気持ちよさそうにする従者を見て、リーアは何となく微笑ましく思ってしまった。
「そうか……」
「……羨ましい」
「!?」
ぼそりと、真横で囁かれリーアは驚いた。
彼が振り向くと、小悪魔のように微笑む寡黙な従者が居た。
そして、改めて向き直るとエイリが彼をじっと見てた。
如何致しましょう?
エイリは目でそう問いかけていた。
「…」
人として彼女を失うか。
人で無くなった彼女と共に有るか。
彼の人生の中でこれほど重い選択は無かっただろう。
「…お願いだ…エイリさん…テルルを助けてくれ…俺は…あいつを失いたくない」
そして彼は選択した。
それは反魔物派として生きていけないことを意味している。
だが、それでも彼はテルルを失いたくないと思った。
その選択を誰が咎められようか…
10/06/03 15:23更新 / 月影
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