連載小説
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廃村の国U

廃村にたどり着いたリーアは昼間との違いに思わず後退りする事になった。
それは、纏わりつくような湿気。

(何だこれ…いくら夜っていっても、湿気が多すぎる…これだけの水分がどこから…この村で水気なんて井戸くらいしか…)

そこで彼は気づいた。
この村には1つだけ井戸がある。
既に使われていない、釣瓶の落ちた井戸が。

(そうかこの湿気は…つまり地下から登って来たのか!)

彼は湿気を切り割くように走り、村の中央にある井戸のところまで来た。
井戸の底を覗きこむと、薄暗く水量は良く分からなかったが、底の方に光が
見えた。

(テルルはやはりここに!)

だが、声を出すことはしない。
この異様な湿気、そしてテルルほど感受性は無いが、立ち込める魔の気配から、確実に魔物が潜んでいるのが分かったからだ。

(井戸は深すぎる、やはり教会から行くしかない)

彼は村奥の教会に入る。
教会の中は相変わらず静寂を保っている。
そして、咽るほどの湿気。
祭壇に向って歩くにつれ、彼は昼間に無かったものを見つけた。

(…ロープ?)

それは、教会の柱にロープが結ばれ、床の穴から下に降りている様子だった。

(…ここから降りられそうだな)

リーアはロープを滑りように降りる。
降りた場所はいわゆる地下道だった。
冷やりとするほど温度が低くい。
松明で辺りを照らすと、空間としてはそれほど広くなく、僅かに岩が道を作っている以外は幅1m程の水脈があり、緩やかに水が流れていることが分かる。

床と壁は自然のままの岩だが、天井付近は人間の手が加えられたらしくアーチ状に加工されている。

(この先か…)

リーアはごつごつした岩を踏みしめ、地下道を進む。
天井は高さ2m程度で煉瓦を組んで作ったようだ。
地下道自体は1本道で迷う心配は無いが、時折、壁に丸い穴が開いており、
そこから水が滴り落ちている。
水滴が跳ねる音、水脈が静かに流れる音、それらの音だけが響いている。

(…あれは…広間?)

10分ほど歩くと、地下道の先に開けた空間があるのが見えてきた。
なぜか、壁に松明が掛けられ、煌々と周りを照らしている。
目の前の空間は円形の広間のようになっていて、中央は半径3m程の穴が掘られており、そこに水が溢れてい

るのが分かった。
地下道はここまでのようで、これ以上先にいける場所は無い。
広間の床は壁から中央の穴まで緩やかに下る傾斜がつけられている。
そして、リーアから見て、穴をはさんで向かい側の壁に半径20cm程の穴が開き、そこから弱い勢いでは有るが、水が流れ出してきている。

(あそこが井戸の真下か)

リーアはテルルの姿を求めて、広間を見渡すが動くものの姿は無い。
地下道にもこの広間にも居ないと言うことになる。

(となると、あそこから、井戸の中を見るしかない…)

水が流れ込み続けている井戸の様子を伺おうと中央の穴を回り込んだ。
水滴の滴る音がやけに耳に残った気がした。

(…テルル…どこにいるんだ?)

壁の近くは床が天井に近くなっており、穴はリーアの腰程の高さで済む。
リーアは穴の近くまで移動すると、壁から流れる水流を避け、脇から覗き込むように、井戸の中を覗き込んだ。

井戸の内壁は苔生しており、釣瓶も水に落ちている。
穴があるためか井戸には水はあまり溜まっていない。
視界に人の姿は無い、正面に見える井戸の水源に続くであろう水脈はリーアの腕ほどのスペースしかなく、テルルが入れるスペースでも無い。

(嘘だろ…なぁ…)

リーアは井戸を覗くのをやめて、壁から離れ中央の穴に歩み寄っていった。
どこにも居なければ、中央の水であふれた穴の中を見るしかない。
しかし、ここに居るという事は水死体になっていると言うことでもある。

(…ここには居ないでくれ…)

そんな一抹の思いを他所に、リーアは穴の中を覗き込んだ。

…暗い
…暗い
暗い…

違う、周りが明るすぎて相対的に水底が暗く見えてしまう。

リーアは広間の松明を消して回った。
無論自分の松明はつけたまま、地下道まで戻り、壁に立てかけた。

彼が広間まで戻ると、地下道から漏れる僅かな明かり以外に光源は無く、広間は薄闇に包まれた。
そして、改めて水底を見つめる。

見えない…
見えない…

更に目を凝らす。

見えない…
見えない…

見えた!

何かがヒラヒラと水中に揺らめいているのが見えた。
リーアは懐からある物を取り出す。
それは、蛍結晶と言う鶉の卵ほど大きさの青色の石だった。
これは、周辺の魔力を吸い、ほのかに発光する魔法道具である。

表面の滑らかな感触を確かめた後、彼は水底にそれを沈めた。
沈めた瞬間から蛍結晶は最大光度(晴れた満月の明かり位)で輝きながら落ちていく。
沈めてまもなく、蛍結晶の沈降は止まった
そこに女性の体が有り、ちょうど首元に乗ったからだ。

「テ…ルル?」

特徴的な服、そして見開かれたままの青い瞳、水に揺らめく金の髪。
それは間違いなく、自分の相棒、テルルだった。

「テルル!!」

大声で叫び、彼は床に膝を着いた、穴から溢れた水に浸ろうとも構わずに。

(なんで…なんで…こんなところにいるんだよ…)

この夜、彼が初めて上げた大声が、この場の空気を変えた。

ゴボリ、と水がうねった。

「!?」

リーアは反射的に飛び退き、得物を抜く。

その間もゴボゴボとうねる音が穴の中で繰り返される。

そして、水が、穴から、這い出てきた。
それは、うねりながら、形を変えていく。

(くそ、この村に潜んでた魔物は…)

そして、無色透明な液体ではなく、淡い青色掛かった液体に変じる。
液体状の魔物すなわち…

(スライムか!)

穴から這い出た液体の量は1体のスライムの量としては遥かに多い。
まもなく、這い出てきた大きな塊は、小さな塊4つと大きな塊1つに別れる。

そしてそれぞれの塊が形を成していく、人間の女性を模した形に。
4つはそれぞれ1人の女性に、大きな1つは3人の女性に形を変えた。
そして、彼女達は不定形のままの下半身からズルズルと水っぽい音を立てながら、リーアに近づいてくる。

「くそぉ!」

数が多い、とっさにそう判断し、彼は踵を返し出口に向って 駆ける。
しかし、地下道の横穴からも、青色のスライムが零れ落ちてきて、道を塞いでいた。
横穴から現れたスライムも女性の形を作り、リーアを間まっすぐ見つめ、無表情のままじわりじわりこちらに

向ってくる。

(…退路が絶たれた…)

この状況をどう切り抜けるか、それを思案しつつ、彼は目の前のスライムがにじり寄ってくるのに合わせて一歩ずつ下がる。

正面のスライムへの警戒と脱出の算段、この2つに気を取られ、背後に気を
遣うのを忘れていた。
ねっとりとした感触がリーアの首に纏わりつく。

(!)

反射的に左手の獲物を背後に振るう。
ショートソードが彼の首元に手を伸ばしていたスライムの両腕を切り飛ばした。
もちろん、通常の斬撃や打撃でスライムを倒すことは出来ず、切り飛ばされた両腕はすぐに形を失い、彼女の下半身から、吸収される。

(どうする…どうする…どうする…)

リーアはすぐさまその場を離れ、広間の中央付近まで戻ってくる。
目の前で自分の3方を囲みつつあるスライムと、穴の付近に只佇む3人の集合体。

その時、彼の目に留まったのは3人の集合した異質なスライムだった。
彼女の足元の部分に体を半分沈めたテルルの体が合った。
そして、蛍結晶に照らされたその胸元がかすかに上下している。

(生きてる!)

リーアは背中のシールドを抜き、構える。
目標はテルルを捉えている大きなスライム。

この状況を切り抜けるにはテルルの炎術しかない。
ただのショートソードでも手足は切り落とせるし、コアを切れれば倒すことも不可能ではない。
殺すことが無理でも、テルルを起こすだけの時間を稼ぐことはできるはず。

そう考えたからだった。

「テルル!今行くぞ!!」

そう叫び、彼は動き出す。

まず、真正面のスライムまで一気に距離を詰め、袈裟に切りつけた。
青色の体液を撒き散らしながら、そのスライムは後ろに倒れる。
彼は剣を引き抜きながら右腕を振り、右のスライムをシールドで殴る。
そのまま、体を右回転させ、飛び掛ろうと近寄っていた左のスライムの首を
切り飛ばす。

これでも彼女たちは殺せない。
スライムのコアはダークスライムのそれよりも小さく、傷つけることは難しいからだ。

リーアは5・6m離れた大型スライムに向って駆け出す。

3人のうち中央の1人がテルルの上体を抱き締め、柔らかな微笑を湛えて
いる。
リーアに気づいていないかのようだった。

しかし、両脇に控える従者の姿をした2人はリーアをまっすぐ見据えており、彼女たちが障害になろうとして

いるのは明白だった。

「邪魔をするなぁ!」

既に従者のスライムを射程に捕らえている。
従者2人に組み付かれる前にで右の従者を逆袈裟に切り、左の従者の胸に剣を突き立てた。

(あと1人!)

「殺ァ!」

最後の1人、頭に小さな王冠を載せた、従者とは出で立ちが異なる1人の脳天を狙い、剣を振り下ろした。
剣が彼女の脳天を真っ二つに裂く直前、間に青い液体が壁を作る。

ぐちゃ、という水音を立てて、『従者の姿をしたスライム』が頭を真っ二つに裂かれて形を失い崩れ落ちた。

(なんだよこいつ!!)

スライムは1つの塊で1人の女性を形作ることができるが、このスライムの
ように複数のスライムが集まったような姿の固体は報告例には無い。

リーアは右手のシールドを振るうが、やはり足元から従者のスライムが飛び
出し、盾となってしまう。

「うらぁ!」
「…」

しかしリーアは止まらない、再度左手の剣を横薙ぎに振るう。
飛び出すスライム。
切り捨てる。
すかさずシールドバッシュ。
今度は形が定まっていないままのスライムが壁になる。
弾けるスライム、そして、最後の1人が初めてリーアを見て、そして怯えた。
スライムの盾は間に合わないようだった。

そして…

「また…」

(これで!)

「私達を…」

リーアは剣を…

「ラスト!」
「殺すの?」


振り下ろした。
10/06/02 13:58更新 / 月影
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■作者メッセージ
やっと、魔物娘の登場です。
が、しかし…切ったり殴ったりしてごめんよ…OTL
いずれ頬の緩むような話を書きたいと思っていますので、よろしくお願いします。

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