連載小説
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ある日の会議風景 U (前編)
地方都市グローレイ侵攻作戦及び、反魔物派侵攻部隊撃退作戦に関する報告資料

聖皇暦325年1月10日、その日、エリスライに集まった部隊長は4人。
スレイ、リシア、フェリン、ラピリスである。

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フェリンは自分の席に座っている。
難しい顔をしているが、人を待ちながらではない。
本日、この場に集まる筈の3人は既にそれぞれの席に座っているからだ。

「ふざけるな!」

ラピリスは怒りと殺意を込めて大声を張り上げた。
甲高い音が会議室に反響し、皆の耳を責め苛んだ。

だが、彼女は戦果報告や自分がグローレイ侵攻作戦に参加できなかったことに不満があったわけではない。
むしろ、ラピリスは敵侵攻部隊の撃滅を完遂出来た事を喜んでいた。
彼女が激怒しているのはそういうことではない。
プライドの高い吸血鬼が怒り心頭になった経緯は10分程前に遡る。

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「以上妾からの戦果報告を終わる」
「ありがとう、相変わらずお前の部隊はめちゃくちゃやるな」
「妾が直々に育てた精鋭部隊ぞ」
「うむ、しかし100人に満たない人数しか連れて行かなかったと聞いたときは驚いたが、それでも150人近くの敵部隊と当たって押し返してしまうのだから大したものだ」

ちなみに、ラピリスの部隊から1人の戦死者を生み出すために、教会騎士団の戦死者は平均10人は必要になった。
これは奇襲をかけた結果とは言え、これだけ被害を抑えられれば十分すぎるといえる。
とは言え、やはりラピリス自身の高い戦闘能力も一因ではあるが。

「さて…各部隊長の報告も終わった事だし、わしから個人的な報告がある」
「珍しいこともあるものですね、何かあったのですか?」

リシアは紅茶をカップごと飲み込みながら言う。
リシアもスレイも自分の部隊の戦果報告は済んでいる。
どちらも被害は極々僅かという結果である。
とはいっても、民間人のほうが多い都市への攻撃任務であったのだから当たり前といえば当たり前では有るが。

「うむ、実はグローレイ都市内での戦闘中に、ちょっとした拾い物をしてな…」
「拾い物?、魔導具の類でも見つけましたか?」
「いや…拾い物という言い方は些か的外れだし本人に失礼だったか…」
「本人?」

リシアの問いに答えながら、フェリンは奇妙なことを言い出した。
そして、リシアの最後の問いに答えることもなく、口を開く。

「よいぞ、入って参れ」
「……はい」

やや間を置いて返ってきた返事は、フェリンの席の後ろ…従者を待機させる個室から聞こえてきた。
個室といっても、ドアで仕切られてはおらず、紫色のカーテンで目立たないように仕切っている。
間も無く、そのカーテンを掻き分けて、現れた『拾い物』にフェリン以外の部隊長達は驚くことになる。

「始めまして……バフォメットの氷雨です」

静かに、そしてゆっくり現れたのは頭に角を持ち、幼子の様な体躯を持つ魔物であった。

バフォメット、それは数の少ない希少な魔物である。
新たにバフォメットが見つかること自体がまず驚くべきことであった。
現在レムリア大陸に存在するバフォメットは、全て新魔物派領に居住しているものと判断されていた。

実際問題、反魔物領にバフォメットほどの強い魔力を持つ魔物がいれば、すぐに教会に露呈し処分されてしまう。
新魔物領にいるのであれば、彼女達が存在を隠蔽する理由はないし、やはり強い魔力ですぐに存在が露呈する。

以上の理由で、バフォメットの個体数はほぼ把握されている……筈だった。
だが、今回は新たに発見されただけでなく、それが反魔物領であった事も3人の驚きに拍車をかけた。

「フェリン様、彼女をどこで?!」
「スレイ…わしは今話したぞ…グローレイ都市内じゃ」
「しかしっ…反魔物領の都市でよりにもよってバフォメットが見つかるなど!」

有り得ない、スレイははっきりとそう続けた。
だが、現実氷雨というバフォメットはそこにいる。
フェリンは少し笑いながら、スレイに話しかけ始めた。

「こやつ、何を思ったのか目一杯の魔力を上手くもない人化の術に注いでおってな…普段周りに漏れる魔力はそれのこそ人間の魔術師にも劣る程度じゃった」
「!」
「つまり、そのおかげでばれずに済んだと?」
「本人が言うには…じゃがな」

それに…とフェリンは続けた。

「こやつは特別な1人だったようじゃ」
「?」

フェリンははそれ以上言葉を紡がなかった。
3人の部隊長もそれについて疑問はあったが、それよりも目の前の新入りバフォメットの様子が気になって仕方なかった。

肝心の氷雨本人は居づらいのか、立ったまま両手を前に組んでもじもじしている。
彼女は不安げに視線をフラフラと彷徨わせている。
そして、不意にリシアと目が合った。
所謂メイド服を象るダークスライムと会ったのはもちろん初めてである。
その場の空気と若干ずれた容姿に、氷雨の頬は僅かに緩んだ。

一方のリシアは氷雨の深く薄暗い緑眼に一瞬目を奪われた。
見つめ続けると吸い込まれ、堕ちていきそうな、そんな錯覚を覚えたため、彼女は僅かに視線をずらした。

スレイとフェリンの会話は既に終わっており、リシアもフェリンの説明で納得したのか何も言わない。
ラピリスはというと既に氷雨への興味関心を失ったようだった。

「と…話は逸れたが、今回氷雨を紹介したのは他でもない、今後は彼女をわしの弟子兼従者とする、という報告じゃ、日常生活は無論この様な会議の場でもわしの従者として常に傍らに置き、雑務を補助してもらう」

フェリンは今後会議が開かれる度に部隊長達と顔を会わせる事になる氷雨を紹介したかったのだ。
無論、自分の弟子ができた嬉しさから、仲間達に見せて回りたかったというのもあるだろう…

そこでラピリスが動いた。
それまで黙っていただけに、彼女が話し始めると部屋の空気が張り詰めていく。

「フェリン…それは冗談で言っているのか?」
「?、わしも冗談は好きだが、これは大真面目だぞ?」

フェリンはラピリスの言葉の意味を理解できなかった。
彼女の発言の意図を考えているうちに、少し難しい顔をてしまう。
結局フェリンは素直に答えたが、その言葉にラピリスは激昂し、今に至る。

「ふざけるな!、こんな昨日今日現れた奴がフェリンの弟子で従者だと…妾に納得行くように説明しろ!!」
「わしの弟子であり、従者となる友を紹介するのに、一々お主が納得行くだけの理由が必要なのか?」
「そんなことは聞いていない!!、こいつのどこがお前の弟子として相応しいかを説明しろといっているのだ!!」
「バフォメット種というのは理由にならないと?」
「当然だ、妾の愛弟子も確かにバフォメットであったが、それは種族で選んだのではない、あくまでも実力で選んだのだ」

その弟子が敵に討ち取られた事を言う者は誰もいなかった…いや言えなかった、思いつめた表情と震える手先を見てしまってはそんなことは言えない。
それに、何故ラピリスがこれほど激昂するのか、この場に居る者は誰もその理由を知らなかったというのもある。
下手をすれば矛先が自分に向かいかねない状況だけに、皆余計なことを言わない様に口をつぐんでいたのだった。
そして、フェリンだけはなんとなくではあるが、理由を察していた。

(…こやつはわしが弟子を取る度に何かと突っかかって来るんだったな…その度言っていたのは…こいつでは実力が足りない…じゃったな)

ラピリスも吸血鬼、プライドの高さはメドゥーサにも負けない。
彼女の場合は種族的なものに加え、魔王軍の部隊長であることと、自分自身の突出した強さからも来ている。

フェリンの直接の弟子になると言うことは、いずれ魔王軍部隊長の末席に加わる可能性が高い。
ならば尚の事、弟子を取るならば将来の魔王軍部隊長を選ぶつもりで選ばなければいけない、ラピリスはそう考えているのだった。
そして、ラピリスは氷雨に魔王軍部隊長としての素養は無い、そう即座に判断していたのだった。

(……妾のストールは死んだ…妾ですら将来を期待していたのというのに……同じバフォメットでもこんな期待もできない輩を弟子にするなど…何を考えているんだ?)

フェリンとラピリスの間の張り詰めた空気とそれに気圧される氷雨、3人の間には沈黙だけが漂っている。
残りの2人…スレイとリシアも口を閉じ、余計な口を挟まないがそれでも視線は氷雨とフェリン、そしてラピリスに向けられている。
そんな中、フェリンは少し思案する様子を見せた後にこう言った。

「お主の言うことも分からないでもない……氷雨、ラピリスとやりあってみてくれ」
「?……分かりました」
「「!?」」

キョトンとした顔をしていたがすぐに意味を理解し、氷雨は静かに返事をした。
どこか不安げな声色ではあったが、返す言葉に迷いは無かった。
だが、フェリンの提案にスレイとリシアは驚愕する。
それも無理も無い、魔王軍部隊長であるラピリスに氷雨が勝てる筈も無い、そう考えるのは至極自然であった。

「実に重畳、それでこそフェリンだ」
「お主の事だ、始めからそうしたかったのだろう?」

一方のラピリスは普段の冷静沈着な表情をかなぐり捨て、愉悦に歪んだ表情を見せる。
ラピリスが本気で怒ることも確かに珍しいが、悦楽を求めて表情が蕩けるのは更に珍しい。

がそれも一瞬、すぐさまいつもの氷のような表情に戻る。
その一瞬の変化はフェリン以外には気づかれることは無い。

そして、彼女は嬉々として氷雨の前に立った。

彼女の瞳は氷雨を真っ直ぐ射抜く。
氷雨もラピリスから視線を外さない。
緑の瞳と紅い瞳は互いを見詰め合っている。

「氷雨とやら、今から妾がお前の力を見てやろう」
「…よろしくお願いします」

言い終わると、ラピリスは視線を動かさずに腰に下げた刀に手をかける。
来る?、氷雨がそう考えたその時には既にラピリスの斬撃は放たれていた。
だが、ラピリスの一閃は氷雨ではなく、部屋の中でも最もスペースをとっている会議用のテーブルを切り刻み、角切りにしてしまう。

「邪魔なものは先に退けて置かねばな」
「……このテーブルは高かったんじゃぞ…」

いきなりテーブルを切り裂かれ、フェリンは部屋の隅っこの角で丸くなって落ち込み始めた。
それをスレイとリシアが慰めている。

「フェリン様……あんな軽はずみに許可するから…」
「フェリン様、何を思ってラピリスと氷雨ちゃんの手合わせを良しとしたんですか…私やスレイならともかく、彼女で本当に大丈夫ですか?」

フェリンの両脇に立ったまま始まったそれは、慰めると言うよりは問い詰めであった。
フェリンは身体を丸めたまま、嗚咽交じりに答え始める。

「あやつはわしが始めて会った時にわしとやりあったのじゃ…高いテーブルが……うぅ…」
「氷雨の実力はどうだったんですか?」

氷雨とラピリスはそんな脇の3人のやり取りなど耳に入っていない。
2人はそれぞれ部屋の両端に壁を背にして距離をとる。
互いに向かい合って見詰め合う視線は本気のそれであった。

ラピリスは腰の刀の柄に触れるか触れないかの位置で手を開く。
氷雨はいつの間にか召喚していた短剣を左手で構えた。

そして…

2人は同時に動き出した。


スレイとリシアは切り合いを始める2人を脇目で見つつ、フェリンの言葉を待った。
「…あやつの剣技は教会騎士並じゃ」
「はぁ…」
「魔術は魔女以下じゃ」
「はぁ!?」

氷雨と対峙しているラピリスの体がわずかに震えた。
だが、思わず自分のキャラを壊すほど素っ頓狂な声を上げたのはスレイであった。
リシアにしても、驚きは隠せていない。
2人は更にフェリンに詰め寄った。

「でしたら、なぜ彼女を弟子になどと?」
「いくらなんでも、氷雨ちゃん…ラピリスに切られちゃいますよ!?」
「いや、問題無い…」

見ていろ…そういうフェリンの言葉に促され、2人は視線を部屋の中央へ向ける。
目に飛び込んできたのは、身軽さを生かして飛び回りながら斬り付ける氷雨と未だ一度も刀を抜かず、回避に徹するラピリスであった。

(ラピリスの奴……わざと手加減を…)

リシアがそう思った矢先であった。
ラピリスの背後から頭を飛び越えながら氷雨が切りつける。
が、それはあっさり回避された。
床に足を着き、即座に彼女の正面に飛び込む氷雨。
氷雨は自分を値踏みするような目で見続ける、目の前の吸血鬼を見た。
そして、氷雨は感じた、彼女の様子が…空気が変わったのを…

「こんなものか…では…」

ボソリと呟いた言葉、その中に込められた殺意は氷雨の背筋を一気に冷やした。
思考が弾けた。

(このまま、突っ込んだら…私は……死ぬ!!)

後数歩で彼女が射程に入る。
だが、その前に自分がラピリスの射程に踏み込む。

その判断は一瞬。
氷雨は無理矢理、突進を跳躍に変える。
空中で姿勢制御をしながら、何とかラピリスを飛び越えようとする。
空気を切る音が3回、氷雨の耳に届いた。
首筋、右手首、左足首に小さな切り傷ができる。
言うまでもなく、ラピリスの斬撃である。

(これは……速い…)

それでも何とかラピリスを跳び越し、放物線を描きながら頭から落ちていく。
右手で床を捉え、そのまま再度跳び、足から着地し、両手も使ってブレーキをかける。
氷雨はすぐに立ち上がると左手の短剣を構えなおす。
彼女は再び部屋の壁際まで追い返されていた。
そんな様子を見て、部屋の中央に立つラピリスはニヤリと頬を歪めながら、口を開く。

「速度は加減しなかったのだがな…よく反応した、剣技についてはそれなりというわけか…」
「斬撃はまったく見えませんけどね…」
「なるほど、では次は…」
「……魔術…」
「ふふふ…フェリンからも魔術についてはいまいちと評価されてるようだし、自覚はしているようだな」
「仰るとおりです…」

ラピリスの言葉を素直に認める氷雨。
それは他でもない本人が自覚しているのだから当然なのかもしれない。
だが、それでも表情は歪み、唇を噛んでいる。

「くくっ、そんな未熟者を従者にというのだから、フェリンも馬鹿なことを考えるものだ」
「!」

ラピリスの言葉に、氷雨の様子が変わった。
始めは表情からもフェリンに申し訳ないという気持ちで溢れていた。
だが、それはすぐにラピリスを真っ直ぐ射抜く『負けるものか』と言う意思を込めた物に変わっていた。

「ほぉ…」
「それでは、未熟者めの全力、受け止めて頂きます」
「よかろう、参れ!」

その様子の変化を見ていたラピリスはなぜか満足そうに笑っている。
幾分落ち着いてきたフェリンはこれはラピリスの安い挑発の意図を見抜いていた。
その挑発に乗った氷雨の今の様子は、魔法に苦手意識を持っているような佇まいではなかった。
だた単に、吹っ切れただけなのかもしれないが、そうなるようにラピリスが挑発したのは間違い無かった。

「風よ…」
「ふむ…」

氷雨は言葉短く、魔術を行使する。
左手の短剣に魔力を含んだ空気が集まるのをその場にいた者達は感じた。

「氷雨ちゃんのあれは…風術?」
「うむ……」
「どうしました?、何か思うところがある表情ですが…」

リシアの言葉に、いつの間にか立ち上がっていたフェリンは苦笑いしながら答えた。
その様子を不審に思ったスレイがフェリンに問いかけると、フェリンは渋々といった様子でそれに答え始めた。

「わしは風術を本気で使うあいつとは戦いたくない……」
「!、しかし、氷雨の魔術は魔女以下と言ったではありませんか、それでもフェリン様が戦いたく無くなるほどの相手とはどういうことですか?」
「見ていれば多分分かる……」

3人は氷雨とラピリスに視線を戻す。
氷雨は短剣に魔力を込めた、いわゆる魔法剣の準備を終えている。
ラピリスはというと、自分の愛刀を鞘から抜き放ち、それを両手で構えている。
それを見たスレイは視線をフェリンに移し、口を開いた。

「…ラピリスが抜刀状態で相手に対峙するなんて、珍しいですね」
「それはあれじゃスレイ、魔術の実力とやらを見るのに居合いではやり過ぎだと考えたのではないか?」
「……あいつは仲間である魔物にすら厳しいくせに、変なところで甘いね…ボクは嫌いじゃないけどさ」

長生きするとそんなものだ、そんなフェリンの軽口を聞きながらも、2人の様子が変化したことで視線は再び会議室中央に戻った。

「魔法剣とは中途半端なものを使うんだな…まあよい、実力不足を剣技で補うのは悪い発想ではない」
「…」

氷雨はあえて何も言わなかった。
余計なことを言って『仕込み』が露呈しては何の意味も無い、そう思ったからだった。
そして、氷雨は動き出した。

〜続〜
11/10/09 14:55更新 / 月影
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■作者メッセージ
ネタは有っても文章化が追いつかない最近。
後編は既に書き終わってますので、こちらも近日中にUPします。

今後ですが、メインに据え様と思っていたあの人を全然出していないことに気づいたので、反魔物サイドの内情を少し書こうと思っています。

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