連載小説
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魔物娘生物災害 [
― 私は考えている ―

ティクの家から何とか脱出したが、仲間が1人ワーバットに噛まれてしまった。
ああ・・・彼女は『私と同じ』になってしまった。

いや、正確には違うか・・・私は人間と魔物の間に生まれた魔物の出来損ない。
未だに男の精を摂取した事が無いから、魔物としての完全な力を得ていない。
人間から魔物に変化するのとは成り立ちが異なる。

だが至る結末は同じ。
男の精を受ければ私は中途半端な魔物から、完全な魔物になることができるだろう。
男と交われば『彼女』は人の殻を破り、魔物へと変じることが出来る。

彼女がどう身を処すのかは彼女が決めるだろう。
私も身の処し方を考えなければ・・・

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レインはゾンビに全力疾走で追われながらも考えていた。
ティクの自宅から逃げ出す時、クレンに噛み付いたワーバット。
彼女の似姿はかなり変化していたが、レインには見覚えがあった。

彼女の容姿・・・主に顔の特徴はティクの母親のそれに酷似していた。
だが、今となってはそれが正しい認識なのか、ティク自身が何も言わないためまったく分からない。

「ダスゲェェテェェェェェ!!!!」
「ア゜ア゜ア゜ア゜ア゜ア゜!!」

背後から悲痛な叫び声と気味の悪い呻き声が鳴り響く。
身体の急激な変化に混乱しつつ、喉の渇きのように湧き上がる性欲に翻弄されているのだった。
そんな、ゾンビ達の声を無視し、捕まえようと追いかけてくるのを逃げ回り、今、7人はクレンの自宅にたどり着いた。
ティクの自宅でそうした様に、敷地内に入り、門扉を閉ざして錠をかける。

ティクの自宅から逃げ出してから、腕を噛まれたクレンと体力の無いルナを庇い、遠回りをし、裏道を通り、クレンの家まで来た。
道中、多くは無いもののゾンビに追い掛け回され、危険な場面もあった。
だが、幸いにして逃げ切ってきたのだ。

「や・・・やばいな・・・あれ」
「・・・だな」

レインの発言が意味する物・・・それは、ここに至るまでに街の光景が変化していた事だ。
すなわち、街を徘徊するゾンビに街の住人(女性)が加わり始めたのだ。

そう、ついに女学生のみならず、街に暮らす女性達までもがゾンビ化し始めたのだった。

それでもクレンの自宅まで無事にたどり着けたのは、昼間この辺りには人が少なく(主に主婦の方々や未就学の子供達)、ゾンビ化した人間も相対的に少なかったからだ。
もっとも、仕事をする住人の多くは市場や教会の集まる街の中央に赴いている。
そこはおそらく阿鼻叫喚の惨劇に見舞われているだろう。

付け加えると、本人が口にしていたが、クレンの家は中央区に近い。
ティクの家から大きく南下し、その後東に移動、それから北上するという大回りなルートを選んだのもそれが理由である。
結局、中央区に近付くにつれて、遭遇するゾンビの数が増えてしまい、クレンの家まで全力疾走という結果になってしまった。

ともあれ、7人は道中で脱落者を出すことなく、彼女の家に辿り着いたのだった。


「・・・はぁ・・・はぁ・・・」
「ぜぇー・・・はぁー」

皆息が荒い。
最短ルートであれば30分ほどの距離を60分以上かけてやってきたのだ。
それも最初はともかく最後の30分程は常に全力疾走。

つまづいたり、ペースが落ちれば男も女も輪姦されるのは目に見えているので皆必死。
それだけに呼吸が乱れているのだった。

「ヒュー・・・ヒュー・・・ヒュー・・・」

特に酷いのはルナである。
どう見ても運動が得意な感じではない。
今も擦れた吐息を辛うじて繋ぐのみ。

そのままクレンの自宅の敷地内、玄関の前で7人は身体を休めた。
学園で用意した水を飲み、薬品の中から塗り薬を太腿に塗りだす者まで居た。

「ちょっと・・・多すぎるわよ・・・」
「そうね・・・順調に街へ広がりだした・・・そんなところね・・・」

トロメリアはこれまで遭遇したゾンビの数を思い出していた。
間違いなく中央区がもっともゾンビの多い場所である。
だが、中央区から離れた東区・南区に関しても徐々にゾンビが増えている感じがする。

時間を追うごとに数が増えているのも間違いない。
シャルの言うようにゾンビ化が女学生から街の住人へと広がっている。
だからこそ家に戻り、家族を見つけてこの街を脱出しなければならない。

そんな事を考えながら、トロメリアは水を口に流し込んだ。
短くない距離を全力で走り抜けたのだから仕方ないのかもしれないが、メンバーの全員が地面に座り込んでいた。

かく言うトロメリア自身も、スカートが汚れるのも構わずに地面に座り込んでいる。

本来であればクレンの自宅に入り、中で休みたいというのが本音なのだろうが、ティクの自宅で遭遇したような危険が考えられるため、あえて外で休んでいるのだった。

「よし・・・じゃあ・・・中に入るか?」
「そうです・・・ね・・・」

シルトの提案にクレンが右腕を押さえながら答えた。
彼女の右腕の容態は芳しくない。

ワーバットに噛まれてからゆっくりと止血や消毒をする暇も無く、鮮血を滴らせながらここまで来たのだから。
だが、やっとゾンビの脅威を一時的に排除できたので、早々に右腕に包帯を巻いてもらった。

彼女の様子はティクの家から出てから面妖しい。
熱に浮かされた様に頬は紅潮しているのは走り過ぎのみが原因ではない。
確実にワーバットの魔力に侵食され、身体を作り変えられているのだった。

「よし、じゃあティク、手伝ってくれ」
「応」

言葉少なく立ち上がり、2人は玄関の扉に張り付いた。
そっと、シルトがノブに手を掛け、扉を開けようとノブを回すが、装飾が施された木製の扉が開かれる事は無かった。

「中に誰か居る!!」
「!!」

中から施錠されているという事は中に誰かが居ることに他ならない。
他のメンバーの2人を追う様に立ち上がっていた中、シルトの言葉はクレンを突き動かした。
私が声を掛けてみる、そう言いながら2人を押しのけ、彼女は扉の前に立ち、他のメンバーは後ろに並んでいる。

「父さん、母さん、中に居るの?」

少し大きめの声でクレンが叫ぶ。
木製の扉を叩く鈍く乾いた音が響いた。

と、家の中で何かが動く気配と足音が聞こえる。
それは、中央区の方から轟く様に聞こえる喧騒の中から、零れる様に聞こえてきた。

「父さん!母さん!私です、クレンです!!、中に入れてください!!」

再度張り上げた声は、周囲を徘徊するゾンビ達に気が付かれてしまうのだが、少なくともこの時はそれを気にする者は居なかった。
そして、家の中から慌てふためいた様に、家具に身体をぶつけながら駆け寄ってくる音が聞こえてきたかと思うと、ガタガタと何かを退ける音がして、玄関の鍵が開けられた。

「!!」

開かれた扉の隙間から覗き込むように投げかけられた視線は、クレンの父のものであった。

「!!、クレン、無事だったのか!!」
「父さん!!」

愛娘を確認するや否や、扉を開け放ち力強く娘を抱き締めるその姿は、間違いなく彼女の父親であった。
7人は家の中に招き入れられ、扉は再び封鎖された。

一同は家のリビングに通され、7人が今に至るまでの経緯を話した。

そして、クレンの父自身の話が始まる。
彼は自警団に勤めている。
本来ならまだ勤務時間のはずだが、彼曰くゾンビが出現し、街で暴れているのを彼自身が知った時、既に自警団は混乱状態で、隊員の安否や被害状況等、情報収集すら出来ない状態であった。
自身もゾンビに襲われながらも何とか生還し、本部が収拾できないほどに混乱しているのを目の当たりにした時、彼は自分の妻を助け出そうと決心した。

クレンの母はこの家から少し離れた所で花屋を開いていた。
ゾンビが暴れだした時、彼女は何も知らずに仕事しており、ゾンビに気付いた時は手遅れであった。
それでも辛うじてクレンの父の救助が間に合い、彼女は腕の噛み傷だけで済んでいた。

家の中のリビングで、クレンの父の話を聞いていた一同の表情は暗い。
なぜなら、一度でも噛まれた人間の女性がどうなってしまうか、彼らは知っているし、もちろんクレンの父親も知っているからだ。

「父さん・・・無事でよかった・・・」
「だが、あいつは噛まれてしまった・・・」

クレンの母は隣の寝室で寝息を立てている。
まだ、姿は見ていないが、自分の娘が家に帰って来た事を知らないのは間違いなかった。

「それで・・・君達はどうする?」
「俺達は・・・」

事情の説明から突然話を振られたシルトは少々困惑した。
事件が起きてから初めて出合った大人、頼れる物なら頼ってしまいたいと思うのが素直な心情であった。
だが、それが容易な事ではないのは誰もが感じるところである。

「俺達はこいつの実家へ行きます、家族が居れば連れて逃げる、居なければ俺達だけでこの街から脱出します」
「・・・それが懸命だな・・・正直この状況では自警団による鎮圧は望めない、しかも僅か一日でこの有様だ・・・騎士団が鎮圧に動く頃にはこの街は死んでるな・・・」
「父さんはどうするの?、私達と一緒に来てくれるのよね?」

クレンの問いかけに、父は静かに首を横に振った。
一同に走る動揺、特にクレンのそれはとても大きい物だった。

「父さん!!、どうして?」
「父さんにはあいつを置いていくことは出来ない」
「・・・母さん・・・」
「そうだ・・・あいつはもう長くない・・・いずれ魔物になってしまうだろう、その時に父さんが側に居ないで誰があいつを守ってやれる?」

父の決意は娘のみならずその場に居た全員に伝わった。
彼は反魔物派の人間としての矜持を全て捨ててでも、愛する女と添い遂げようとしているのだった。

「ねえ・・・父さん・・・私・・・」
「?、クレン、お前は父さんの我儘に突き合う必要は無い・・・魔物になった母さんなんて見たくないだろう?」
「違うの・・・私も・・・ね・・・」

そう言いながらクレンは右腕の包帯を解き、傷口を父に見せた。
それは明らかな噛み傷。

傷を見た父は驚いていた。
それはすなわち、娘もまた、手遅れになっているという事だから・・・

「そうか・・・・・・分かった、クレンの好きにしろ」
「・・・はい」

父は言葉短く、そう言った。
娘もまた、言葉少なくそれに答えた。

他のメンバーは口を挟むこともできず、コップに注がれた水を胃に押し込むのみ。
すると、クレンが父と向かい合うのをやめ、6人の仲間に向かい合った。

「私は父さんと母さんの側に残るわ」
「そう・・・」

クレンは小さな声だがはっきりとそう言った。
6人はそれきり黙り、部屋に気まずい空気が流れる。

「!!、お前!!」

その沈黙と空気を壊したのは、父の悲鳴のような声と思わぬ乱入者。
いや、乱入者はずっとこの家に居た。

それはクレンの母だった。
何の音も立てずにいつの間にか寝室からリビングまで移動してきたのだった。
彼女は既に人間ではなく、1人の魔物として生まれ変わっていたのだった。

「・・・」
「!?」

ゾンビとしては異様な光景、それは何の呻き声も上げずに、自分の夫に縋りつく様子であった。
魔物化したときに最初に好意を寄せるのは、人間の時に好意を持った相手である、というのは常識なのかもしれない。

紅潮した頬、潤む瞳、人間の時よりも僅かばかり幼くなった肢体、色白の肌、それらは男を誘う魔物達の本能であった。
だが、それとて現状では脅威である。

「逃げろ!!、裏口からッ!、クレンも早く行け!!」

この場には娘やその友人も居る。
もしが彼女が彼らに手を掛けることになれば、自らの手で切らなければならない、そんな思考を巡らせた結果、クレンの父は娘達に逃げるように告げた。

だが、娘は微動だにしない。
他の6人はクレンの行動を理解しているのか誰も気に留めない様子だった。
一斉に立ち上がり、裏口へ向かう彼らに、クレンの父は告げた。

「こいつを・・・もって行け!!」

それは彼が常に携えている長剣。
鞘に入ったまま飛んできたそれを受け止めたのはシルトだった。
彼らは長剣を受け取ると、脇目も振らずにリビングから消えた。
子供には少々重いが、なんとか扱えるだろう、そんな事を考えながら、自分の胸に顔を擦り付ける妻を彼は抱き締めていた。

そして、それを唯々見つめる愛娘。

「クレン・・・どうして残ったんだ?」
「家族・・・だから」
「・・・好きにするといい」
「もう少ししたら国境を越えましょう」
「・・・」
「それに・・・私も・・・・・・そろそろ・・・お腹が空いて来たの・・・」
「・・・・・・待て」
「待たない・・・ハァハァ・・・」
「・・・近親相姦・・・」
「魔物にはそんなの関係ありません」
「もう脳味噌まで魔物化しやがったか・・・くそ」
「母さんと一緒に・・・頂まぁす♪」
「!!、おしとやかな娘だったのになぁ・・・」

6人が裏口から家を出るまでの間に聞こえててきた家族のやり取りは、とても家族愛に溢れる物であった。
そして、裏庭に脱出した6人は裏口を閉めると、周りに誰も居ないのを確認した上で、今度はシルトの家を目指して走り出した。

〜 続 〜
10/08/30 01:49更新 / 月影
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■作者メッセージ
仲間の離脱。
それは残されたメンバーに暗い影を落とす。
彼らは反魔物派である、当然魔物と魔物化しつつある者、魔物に組する者には容赦はしない・・・
だが、少なくともこの時は彼らにそんな余裕など無かった。

ゾンビ→ (゚Д゚)ニクウマー

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