連載小説
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廃村の国T
爽やかな日差しが降り注ぐ昼下がり、広葉樹が両側に立ち並ぶ山道を2人の人間がとある廃村を目指して歩いてた。
道は狭く、一列に並んで歩いていると、時折、パキパキと枝を踏み折る音が響く。
山道沿いの広葉樹からは野鳥の鳴き声がしていた。


「…そろそろ聞かせてくれるでしょ?」
「?」
「わざわざ、山奥の廃村に行くのは何故?」

最初に声を上げたのは手に銀灰色の宝石をはめ込んだ杖を持つ魔術師テルル。
金の髪、青い瞳の女性で治癒呪文と火炎術を得意としている。

それを首をかしげながら振り返ったのは、このパーティのリーダである騎士リーア。
茶色の髪、灰色の瞳の男性、一般的なショートソードと盾を使う。


2人は幼い時よりの友人同士だった。
高等教育を受ける際に離れ離れになったが、ギルドへの参加の際に再開し、それ以来2人はパーティーを組んで行動している。
現在2人は23歳、コンビを組んで5年間でこなした任務は数多く、魔物の討伐のような任務を受けることもできるようになっていた。

今回、2人はギルドの依頼を受け、とある廃村の調査に向うところであった。
しかし、目的や内容についてはリーアにしか伝えられず、テルルは後からついてくるだけだった。
テルルは中々返事を返さないリーアを睨みつつ、それでも返事を待ちながら歩を進める。


「ああ…いつもの魔物保護」
「いつものね…」

リーアはこちらを振り向きつつも歩きながら小声で答えた。
すると彼の言葉にテルルは納得したような、しかしどこか諦めたような反応をした。

いつものあれ、とは。
反魔物派の領有地に侵入している魔物の排除及び親魔物領への引渡しである。


それから更に2時間ほど歩き、2人は水分補給と休憩のため、勾配が続く山道の脇に生えた巨木に背を預けていた。
2人は携帯食と水筒で軽食を取っている。
廃村までは今日の夕方までには到着するだろう。
そんな思案にふけるリーアにテルルが訊ねた。

「…今月に入って何件目?」
「57件目」
「「はぁ…」」

ため息をつく理由は一ヶ月間での依頼数の数が原因だった。
多すぎる。
やれ、嫁のコカトリスがが驚いて逃げ出したからそっちに入ってないかだの。
やれ、ハーピーの娘が迷子になっただの。
やれ、デビルバグの娘に襲われそうだから助けてくれだの。
果ては可愛いスライムが居たら紹介してだの。

完全に便利屋状態である。

水を飲みつつリーアが小言を零した。

「つーか、反魔物派に可愛い魔物紹介しては無いだろう…」
「そうねー、私もギルドに人間の可愛い男の子紹介してもらおうかしら」
「やめとけ…」

水を飲み終えたリーアが横になる。
彼の横に腰掛けたまま、テルルが話しかけてきた。

「で…依頼の詳細を教えて?」
「ん…ああ、そうだったな」

リーアは上体を起こし、肩から提げた小物入れから依頼書を取り出し、それを携帯食を口に運んでいるテルルに渡した。
テルルが依頼書を広げて内容を読み始める。
そして間も無く、テルルがむせ始めた。

「むぐっ…げほっ、ちょっと冗談じゃすまない依頼みたいだね」

表情が強張ったまま、彼女はもう一度確認するために依頼書に目を通す。


依頼書の内容は以下のようであった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――
○依 頼 元:聖王都所属、ギルド・エルトダウン
○依頼内容:正体不明の魔物が潜伏する廃村の調査。
○場  所:リラ山脈、国境沿いの廃村、正確な場所は以下の地図を
      参照…
○対  象:Unknown
○受注条件:B級以上のギルド員のみ
○報  酬:$150,000
○備  考:該当地区に潜伏中の魔物の『情報収集』及び未帰還のギルド員の
      『捜索』を行う。
      基本的に情報収集を最優先し、必要以上の交戦は避けてギルドに
      情報を持ち帰ること。

※現在、3名のB級及びA級のギルド員を派遣しておりますが、全員未帰還と
 なっております。
 現地に向われる方は可能であれば彼らの捜索も行ってください。
 調査には細心の注意と万全の準備をお願いします。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

「これ…どういうこと?」
「見ての通り、未確認の魔物が出てるらしい」
「そうじゃなくて、未帰還者が出てるところに私ら2人しか行かないっておかしくない?」

横になったままのリーアの説明にテルルが異を唱える。
すると、姿勢はそのままに体をテルルに向け、リーアは続けた。

「ああ…俺も気になってな…担当に聞いたら、何でも別の山にある古城跡にヴァンパイアを中心にした一団が居るらしくてね、そっちの保護に相当の人手を割いてるらしい」

プライドの高いヴァンパイアに加え、アンデッド種が多数居るらしく、説得・保護という名目だが、実際には捕縛・捕殺になる可能性が高い事をリーアは付け加えた。

「そりゃまいったね」

人手不足のギルドの現状を思い出し、2人は苦い表情をしている。
テルルは水筒を肩掛けの鞄に戻し、出発の準備をしながら、リーアに問いかけた。

「それよりも、担当した人から情報は貰えなかったの?」
「そうだな、帰還者0人だから情報は殆ど無いと言っていた、後は俺らの調査で満足な情報が得られない場合、次はもっと多くのギルド員もしくは聖王都教会の討伐部隊を送るそうだ。」
「…なるほどね…一先ず、私等は魔物の正体を突き止めるのに全力を尽くせ…と」

自分達が情報を得るしかない、その使命感に突き動かされるように、2人は休憩を止め、再び山道を歩き始めた。


更に進むこと数刻。


時刻は夕方、山の中腹に当たる場所、最寄の都からは徒歩で6時間は掛かっている。
そこは、急勾配や木々を切り裂いて生まれた村だった。

2人は村の入り口であった場所に佇んでいる。
夕暮れの所為で木々はもちろん2人の顔まで赤く染まっている。

村の中で建物らしい建物は5軒、うち1軒は教会だった。
それらの窓や扉は全て壊れ、外壁や塀は崩れつつある。
まさに死んだ村だった。

「寂しい場所…」
「だな…これも前の大戦の傷跡だ」

そう言うと2人はゆっくりと村に入っていった。
2人とも既に得物を抜き、全方位の気配を探りつつ、入り口に最も近い建物の前に来た。
扉は無い、既に朽ちている。

2人は頷き合い、リーアが先に建物に踏み込んだ。

静寂、彼ら以外の物音は一切しない。
この建物は飲食店か何かだったようだ、3つのテーブルだった物、店員が居たはずのカウンター、奥の事務所。
それらが騒乱と時間の底に沈殿して朽ちている。

「…静かね」
「廃村だからな」
「奥も見ようよ」
「俺が先に行く」

リーアがゆっくりと奥の事務所に向う、テルルもすぐ後ろからついて行った。
木製のテーブルや床に残った銀製食器、調理スペース等、生活の後を伺える物が散乱しているが、ここにも動く物は無い。
それを確認して二人は元の場所に戻った。

「異常なし、次行こう」
「了解」

その後、2軒目・3軒目・4軒目と民家を調べるが何も無い、ただただ荒れ果てた内装が伺えるだけだ。
2人は今、最後の建物、村の一番奥まったところに佇んでいる教会の前に居る。
リーアを先頭に教会の中に入る。

2人は内部を見渡しながら奥へ進む。
内装は元々白塗りであったのだろうが、今では塗装が剥げ、ところどころ白くなった木製の壁が露出している。
窓ガラスはもちろんステンドグラスも砕けていた。
そして教会には他の建物と異なる点があった。

「…なんか湿っぽいな…」
「そうね」

教会内の空気はまるで雨後のようにじっとりとしている。
そして、テルルが感じたのは微かに残る魔力の残滓。
何かがいる。それは間違いなかった。
2人は教会の最奥まで来ると周りを警戒しながら、祭壇の周りを調べた。

「!、ねぇここ」
「どうした?、これは…穴か…」
「多分、魔物はこの下よ…」

祭壇の陰に隠れる形で、教会の床に穴が開いていた。
穴が開いた原因は不明だったが、穴のそこから湿気と魔物の放つ魔力が僅かに立ち上ってくる。
テルルが炎術で手のひらサイズの火の玉を発生させ、床の穴に落とした。
それが暗闇を割いて落ちていく様を2人は上から覗き込む。
まもなく、ジュッ!、と言う音を立て、炎は消えた。

「…7・8メートルってところかしら」
「ロープが必要だな」

とは言うものの、簡単にロープが工面できるはずも無く、2人は広場に一旦戻った。
徐々に夕暮れの赤が、宵闇を連れて来ており、辺りは薄暗くなっている。

「ちょっと不味いタイミングね…」
「そうだな…夜中にここに居るのは危険だ」

少し村から離れれば、登山者用の山小屋が有る。
夜は魔物が活発に動く時間ということもあり、2人は今日の探索を諦め、廃村を後にした。


そして、日も沈み、青白い月が空に昇り始める頃。

2人は何とか山小屋についていた。
夕餉は済ませ、2人は寝床に入っている。

山小屋の造りは簡素で、入り口が1つで中には2段ベッドのような寝床が両側に2ずつあり、中央は火を起こすためのに囲炉裏がある。
既にその日は炭火ほどの小さな炎しか残っていない。

リーアは闇に包まれた寝床で、物思いに耽っていた。

(…確かにテルルの言うとおり、未帰還者を出してる任務にギルド員を2人しか派遣しないのは妙だな)

(そもそも、魔物の構成員だって少ないけど居るんだから、もう少し情報収集が出来ててもいいはずだろ)

(戦闘も考慮に入れているはずのギルド員が短期間に3人も未帰還になってるんだよな…)

(…こ…依頼……確か…魔…の発注…だ…っ…な…)

彼の意識が闇に沈み、そして更に数刻。

バタンッ!、という扉が閉まる音がして、リーアは飛び起きた。

(魔物か?)

彼は枕元に置いておいた剣を構え、暗闇に目を凝らす。
だが、闇には何も居なかった。

そう、彼以外は誰も居なかった。

「テルル?」

返事は無い。
ただ闇と静寂だけが周りを包んでいた。

(おかしい…あいつがこんな夜中にいきなり外に出るはずが…)

リーアは急いで荷物をまとめ、 山小屋に備蓄されていた松明を手に山小屋を出た。

(…居ない…それに静かだ…)

月が当たりをほのかに照らしているが、見える範囲にテルルは居ない。
リーアは松明を辺りに向けるが、それでも彼女は見当たらなかった。
彼は山小屋の裏に置かれていた厠も確認するがやはり誰も居ない。

(いない…あいつ…一体どこに…)

一旦山小屋に戻り、中を探すが、松明の明かりの元で部屋の中を調べても誰も居ない。
だが、彼はテルルの荷物がそのままになっているのを見つけた。

(…何かあったのか、くそ…気づかないなんて)

そして、彼女が向いそうな場所で思い当たるところ。
それは…

(まさか…あいつ一人で廃村に?)

そう思うや否や、彼は山小屋を飛び出し、廃村に向って全力で走り出した。
10/06/02 13:42更新 / 月影
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■作者メッセージ
初投稿させて頂きました月影と申します。
どうかよろしくお願いします。

―以下反省―
ここの使い方が把握仕切れておらず間違える始末。
申し訳ない限りです。
タイトル含め修正致しました。

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