読切小説
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目覚めた死者と埋葬者
山々が紅く色づく刻、ふらふらと覚束ない足取りで山道を歩く女性がいた。
薄い水色の病衣を纏う彼女の口周りは血を拭った跡が、袖口は彼女の血で赤く染まっていた。

「お願い……、もう少しだけでいいから……耐えて……」

どこか懇願するその言葉は、神への願いではなく、己へ向けて。
決して急勾配ではない山道をふらつきながらも、だが明確な目的を持って歩いていた。
ここで倒れるわけにはいかない、と一歩一歩を持てる限りの力で踏み出しながら。
やがて彼女の目的は果たされる。辿り着いた場所は山道の半ば、そこから少し離れた切り立った崖の上。
彼女がその短い一生を過ごした小さな街が、そして遥か裾野に広がる平野を眼下に迎える天然の展望台。
崖脇に1本だけ生えた木に縋るように立ちながら、彼女は全てが夕焼け色に染まった幻想的な風景に見入っていた。

「あぁ………綺麗ね…とても、綺麗……」

『綺麗』という言葉しか紡げない己の語彙の少なさを恨んだ。
せめて後世に残せるような、気の利いた言葉の一つでも吐ければな、と自嘲する。
だが、己の望みは叶った。病室の窓から何度も見上げていた崖。
最期を迎えるならばここへ、そう思っていたのだから。
気の緩みは、最期の最期まで病魔に耐えていた彼女の僅かな生命の欠片を燃やし尽くす。

「ぅ…うぐっ……ゴフッ!ゲホッ!うぁ…ゲボ…がっ…ぁ…」

もはや施しようも無い程の多量の血が、口を抑えた掌から溢れだし大地を赤く染めていく。
ゆっくりと彼女の膝は沈み、やがて身体は大地に吸い込まれるように横たわる。
荒い呼吸を繰り返す度に溢れ出る鮮血と、少しずつ歪んでいく視界。その中で彼女はそっと心の中で呟く。

「(あぁ……もっと…色々な場所へ行きたかったな……素敵な恋も…したかっ…た……な…)」

荒かった呼吸は、徐々にか細くなっていく。
やがて残り僅かであった彼女の生命の欠片は燃え尽きる。
命の灯火を失い、骸と化したその身体は二度と動くことはない。
治る見込みの無い病に伏せ、それでも懸命に生きた彼女の物語は、こうして終わりを迎えた。


− ○ − ○ − ○ − ○ − ○ − ○ − ○ − ○ − ○ − ○ − ○ − ○ − ○ −


彼の家系は代々埋葬者として街の多く者を見送っていった。
特段、信仰深かったわけでもない。だが、他にやる者がいなかった。
気がつけば、彼ら以外に埋葬者となる者はいなくなっていた。
彼----名をエルマー=プリチャードという----もまた、幼き頃より、兄、父、祖父と共に死者を埋葬していた。
エルマーが初めて死者と向き合ったのは6歳の時だった。
相手は天寿を全うした老人で、安らかな顔で眠りについていた。
彼を、己が掘った穴へ埋葬する時、大粒の涙を流しながら彼を見送ったことを覚えている。
今まで一度も関わることもなかった、見知らぬ老人なのに。
不思議と死者と向き合うことに嫌悪感はなかった。
ただただ心の内に止めどなく悲しみが湧いて、涙が止まらなかった。
そんな彼の頭を、祖父は優しく撫でてくれた。
そして祖父が呟いた、その気持をいつまでも忘れるな、という言葉は今も深く心に刻まれている。

エルマーら埋葬者が行うのは、死者が眠る墓穴を、そして墓標を建てること。
全ては死者に、安らかな眠りについてもらうため。ただそれだけのためだった。
病の内に亡くなった者、偶発的な事故に巻き込まれ命を失った者、自ら命を断った者。
全ての死者が、せめて死後は安らかに眠れるよう…。

彼が17歳を迎えるころ、常に死者と向き合う生活を続けていった彼には、
いつしか訪れた死を、訪れる死を感じ取るようになっていた。
初めてそれに気がついたのは、街中を歩いていた時だった。
ふと何かに惹かれるように向かった先は、見知らぬ相手の家。
何故惹かれたのかも分からぬ内にその場を後にし自宅へと戻ったが、その理由を後々知ることになった。
後日、埋葬の依頼を受け赴いた先は、先日訳も分からず辿り着いた家だった。
それから幾度となく同じ体験をし、いつしか己が持つモノに気がついた。

それに気がついてからは葛藤に苛まされる日々だった。
死を感じ取っても、己にできることなど何も無い。
死を迎えた者が、死を迎える者が家族に看取られるまでは、彼らの役割などないのだから。
いつしか街を歩くことも避けるようになった。歩けば次に死を迎える者がわかってしまうから。
だが、悩みぬいたところで彼は、いや彼の家系に生まれしものは皆生まれながらに埋葬者なのだ。
死者が安らかな眠りにつけるよう、埋葬することが使命なのだ。
己の使命を理解している彼が、それに目を背けることなど出来るはずがなかった。
悩み、だが己の持つ使命と向き合いながらも、エルマーは一つの結論を導いた。
彼が導き出した結論、それは旅に出ること…

街と街を繋ぐのはいつの時代も人だった。
人の往来は道を作り、作られた道は流通を生み、物資や情報を伝搬させる。
やがて伝搬するそれらと共に街は育ち、人が集い、新たな道がまた作られていく。
だが街と街を繋ぐその道は、決して安全が約束されているわけではない。
野盗に襲われ命を失うもの、天災に巻き込まれ抗いようのない死を迎えるもの、
道中で病に掛かり命を落とすもの、様々だ。
エルマーは、このような旅の途中、志半ばで倒れ亡くなったものを見つけ、埋葬する道を選んだ。
孤独の内に死を迎え、誰にも見つかることなく朽ち果てていく者を見送るために。
無論それは容易な道ではない。一歩間違えれば己が埋葬される側になりかねない。
当然、兄も父も、彼の話を聞いて反対した。
彼の悩みを理解しながらも、それ以上に彼の身を案じて。
だが、彼の曲がらぬ意思と、祖父が彼を止めなかったことが決め手になり、
彼は長い長い旅路を歩み始める。

誰にも看取られることなく亡くなった者を見送り、時に遺品を、遺言を遺族に届けながら。
決して終わることのない旅路を歩み続けていた

――――そんな旅も気がつけば3年が経っていた。


− ○ − ○ − ○ − ○ − ○ − ○ − ○ − ○ − ○ − ○ − ○ − ○ − ○ −


どこか呼び声にも似た、漠然とした感覚に従い彼は今日も歩き続けていた。
太陽が山の山頂を越える頃、彼はそこ――山道の半ば、そこから少し離れた切り立った崖の上――に辿り着く。
眼下に広がる街を、その先の裾野に広がる広大な平野を一望できる天然の展望台。
そこに1本だけ生えた木の根元に、病衣を纏った女性がうつ伏せで横たわっていた。
駆け寄ってみるも息はしておらず脈もない。
目立った外傷は無いものの、口周りは乾いた血で汚れていた。
周囲を見渡しても遺品らしき物はなく、その身一つでここまで歩いて来たのだろう。
吐血跡から察するに、恐らくは病を患っており、最期の時をこの場所で迎えたのだろう。
うつ伏せの彼女の身体を仰向けにし、優しく口周りの血を拭い取る。
血を拭き取り、綺麗になった顔をよくよく見れば、エルマーと同年齢程の美しい女性だった。
肩の少し下まで届くセミロングの銀髪は、細くサラサラと流れるような手触りで、大事に手入れされていたことがわかる。
肌がとても白かったのは、病を患っていたせいだろうか。
頬もすこし痩けているように見えたが、それでも綺麗な人だと思えた。
小柄なエルマーに比べると、彼女のほうが幾分身長が大きく見える。
身体つきは細身ではあるものの、乱れた病衣の隙間から覗く豊満な胸に思わず赤面する。
自分の中の邪な気持ちを抑え、彼女にあまり触れないようにしながら病衣を整える。
今まで見送ってきた者達とは、少し違った感情がエルマーの中に芽生えていた。
しかし、出会うのが遅すぎた。彼女はもう二度と微笑むことも、語りかけてくる事もないのだから。
暫く彼女をじっと見つめていたエルマーだったが、ゆっくりと立ち上がると己の胸に手をおき目を瞑り祈る。
彼女への追悼と、己の為すべきことを為すために。

太陽が遥か地平線の向こうへ沈もうとする頃、ようやく彼女の埋葬は終わる。
彼女が最期を迎えたこの崖に、彼女の墓標は立てられた。
細木を加工して作成した簡易な十字架には、花冠が捧げられている。
十字架の交点部分には彼女の名前---病衣の名札に記載された『アニエス』の文字---が入った木のプレートが付けられている。
その墓標の前でエルマーは跪き、手を組み合わせる。
どうか安らかに、そう呟きながら祈りを捧げる。
願わくば、今度生まれ変わったのなら同じ苦しみを味わうことのないように、と。
彼女へ捧げる祈りが終わったエルマーは、直ぐに野営の準備にとりかかった。
完全に日が沈んでしまう前に、火の準備をしなければ食事もとることが出来ない。
彼が崖下の街へ向かわずに、野営の準備をしたのは2つの理由があった。
1つ目は、人が集まる場所へ行けば、死を迎える者を感じ取ってしまうから。
2つ目は、此の旅をする上で自分に課せたルールとして、一晩は埋葬した者の傍にいることにしたから。
特に、2つ目の旅のルールは完全に彼のエゴでしか無い。
だが、埋葬され、眠りにつくことが出来た者の側を直ぐ離れてしまうのは、心優しい彼にはどこか薄情に思えてしまった。
せめて一晩だけでも共に過ごせば、きっと埋葬されたものも安らかに眠り続けることが出来るだろう、そう思って。
完全に日が没する前にはなんとか火を用意出来たエルマーは、簡単な食事を取り、眠りにつくことにした。
明日は、崖下の街へ少しだけ寄って、彼女の家族へ彼女の死を、彼女の墓標を伝えに行こう。
そんなことをぼんやりと考えながら、満点の星空の下、彼は眠りについた。
ほぼ半日、動きっぱなしだった彼に溜まった疲労は彼を深い眠りへと誘う。
故に、気づくことはなかった。明け方から彼の作った墓標が不自然に動き始めたことに…

日が登り始め、東の空が明るみ始める頃、野生の動物たちがゆっくりと活動を始める。
そのざわつきを感じ取ったエルマーもまた、ゆっくりと目を開ける。
疲労のせいか、それとも只の寝起きの所為か。
重い瞼が閉じようとするのを何とか開けようとする。
太陽がまだ山の影に隠れている所為か、辺りがまだ少し薄暗いのも起きることを妨げた要因だろう。
頭の中を支配する眠気を必死で振り払いながら、近くに置いていた水筒へと手を伸ばす。
乾いた喉を潤すと、ようやく頭の中の靄も晴れてくる。
重い体をゆっくりと起こし両手を組み、頭の上に向かって大きく伸びをする。
伸びが終わった跡は寝袋から出て身体を起こし、今度は立って伸びをする。
伸びをして身体も頭も幾分目覚めはじめた頃、漸くエルマーは異変に気がつく。
視界の外れに捉えた何か。慌ててその異変の方を向き直すと、眠る前とは状況が一変していた。
昨日彼が立てた十字架は倒れ、彼女を埋めた墓穴は大きく穴が空いていた。
そして、その穴の前には横たわる女性の遺体。
乱れてしまった病衣を纏ったそれは間違いなく昨日埋葬したはずのアニエスだった。

「なんで……」

混乱した頭は状況を上手く理解出来ずにいた。眠気も吹き飛び慌てて彼女の元へと駆け出す。
かつて、まだ医療が十分に発達していなかった時代は、誤って生者を埋葬するといった恐ろしい事もあった。
故に、彼女を見つけた時、彼女を埋葬する時と2度も彼女が亡くなったことを確認していた。
だが、震える手で彼女の腕を取り脈を取ると、体温は随分を冷めきっているものの確かに脈がある。

「(まさか息を吹き返すなんて…!)」

彼の埋葬者としての人生の中で、初めての経験だった。
混乱した頭はうまく思考が定まらない。
その混乱の中で出した答えは、息を吹き返した彼女を覚醒させることだった。
身体を揺らし、彼女の意識を取り戻そうとする。
だがこの時、完全に混乱していたエルマーは埋葬者として最も重要なことを忘れていた。
かつて、蘇った死者が人を襲い、血肉を貪っていた古き時代から伝えられていた埋葬者の言葉を。

     『目覚めた死者には近づいてはいけない
        彼らは飢えと渇きに満ち満ちているのだから』

エルマーの手によって意識を取り戻した彼女は、ゆっくりと顔をあげる。
どこか眠たげな、吸い込まれてしまいそうなその虚ろな目は、じっと彼を見つめていた。

「だっ!大丈夫ですか!」
「ぅ"……ア"………お……」

埋葬してしまった者へ、大丈夫か、などと声をかけることがどれだけ可笑しなことか。
それすらも考える余裕は今のエルマーになかった。
彼女も何かを呟くものの、うまく声が出せてない所為で、何を言っているのかが聞き取れない。
兎にも角にも、息を吹き返したことには間違いない。
ゆっくりと身を起こすも、その場に座り込んでしまった彼女を見る限り、危険な状態であることには変わりない。
直ぐに医者へと連れて行かねば、そう判断したエルマーは急いで己の荷物をまとめるべく、身体の向きを変えようする。
だが、彼女の両手がエルマーの左手を掴み、彼が動こうとすることを制する。
ひんやりとした冷たい、すべすべとしたその両手でしっかりと掴まれた左手は、
容易には振りほどけない程、しっかりと握られていた。

「……」

少し荒い息遣いのまま、握ったその手を彼女が見つめる。
エルマーの手をぐっと引き寄せる様にしたそれは、まるでどこにも行くなと言わんばかりだった。
今にも倒れてしまいそうな弱々しい外見と裏腹に、エルマーを引き寄せるその力は、彼よりも力強かった。

「アニ、エス……さん?」

どこか嫌な予感がして、彼女の名を呼ぶ。
名を呼ばれた彼女は、にへらっとどこか気の抜けた笑みを浮かべると、彼の手を更に引き寄せ、頬ずる。
綻んだその表情は、まるで子供が大切な宝物を見つけたかの様で。

「ぁ"……か…イ"♥」

愛おしそうに何度も頬ずりを繰り返す彼女の行動は、今の彼女の状態を考えればあまりに異常だった。
彼女の異常な言動に対し、己の中で鳴り響く警告の鐘の音。そこで漸く彼は思い出す。
祖父が、父が口にしていた、埋葬者の心得。
死者に最も近く接する彼らは、死者を最も警戒しなければならなかったのに。
だがそれを思い出すにはあまりに遅すぎた。

    ――――――何故なら、エルマーはもう、手を差し伸べてしまったから

「っ!!」

慌てて手を振り払おうとした瞬間、彼女が大きく口を開け、
愛おしそうに頬ずりしていた彼の手の人差し指と中指を口へ迎え入れる。

「はぷ……ん…ちゅ…ジュル……♥」

驚くほどひんやりとした口内は、多量の唾液に満たされていた。
ねっとりと纏わりつくような唾液は、口内の2本の指を満遍なくコーティングする。
柔らかな舌はエルマーの2本の指を存分に味わうように、隅々まで丹念に舐め尽くす。

「んぷ……ちゅ…ぢゅぽ……ぁ♥……お”…ぃシ♥」

ほんの数秒の出来事だった。指を口から離した彼女は、再び彼の手を愛おしそうに頬ずる。
恍惚とした表情を浮かべながら嬉しそうに笑う彼女。
対して、エルマーは自分の身に起きたことを理解しきれず、ただただ己を襲った衝撃に驚愕するだけだった。
噛みちぎられることすら覚悟したエルマーを襲ったのは、肩まで広がるゾクゾクとした快感。
自分で舐めるのとは次元が異なる、痺れにも似た甘い快感。

「え…ぁ……な、何を……今のは…?」

だが、エルマーの呟きに彼女は応えることはなかった。
再び彼の指を口元へ持って行くと、今度は口元へと親指を持っていく。
彼女の柔らかな唇は、指の先端部分をそっと包むと、吸い込むように根元まで咥え込む。

「はむ……じゅる…ちゅ♥……んぁ…れぉ……ぢゅるる♥」
「っああぁぁあ!」

先ほどと同じ、舐められた指から肩にかけて粟立つような快感が駆け抜ける。
彼女に舐められた部分は、まるで快感神経がむき出しにされたように敏感になっていく。
舌が、唇が、唾液まみれとなった彼の指を容赦なく犯し尽くす。

「っひ!ああぁぁあっ!や、やめっ」
「ぢゅ…んぱ…あハ♥…モ…っと……♥」

魔技と言っても過言ではないその口使いは、次々に彼の指を舌で唇で蹂躙する。
親指を味わい尽くした彼女は、休むまもなく小指を口へ入れる。

「じゅるる…ぢゅ…ちゅぱ♥…ちゅ…れろぉ…んむ♥」
「あぁあ!あ、ダメっ!や…お願いぃ!」

エルマーが必死に懇願するも彼女は彼の手を離すことはなかった。
彼女に舐められる指の数が増える度に、粟立つ感覚は広がっていく。
4本目となる小指を舐められた今、その感覚はもはや全身へと周る。
左腕全体は、もはやジンジンと強くしびれるような快感に変わっており、
膝は快感のあまりがくがくと震え身体を支えきれなくなってくる。

「んっ!んっ!…ぢゅるっ…ちゅぱ……アはっ♥」
「うぅぅぅ…!ダメ、だよ…お願い…やめ…やめて…」

だが、もはやエルマーの言葉など彼女の耳には入らない。
小指も舐め終えた彼女は、最期の薬指を口へ。
他の指と同じように、まるで吸い込まれるように彼女の口の中へ。
ねっとりと、まるで蛇のように絡みつく舌が這いずる度に、耐え切れないほどの快感が生まれる。

「ちゅぷ…じゅるるる♥…ん…あぷ♥」

やがて全身へと広がった快感は、出口を求めエルマーの身体の中で暴れだす。
許容量限界まで溜りきった快感は、ただただ開放のその瞬間を待ち望んでいた。

「れろ……んぷ…んぁ…ちゅ…ぢゅるるるるる♥」
「っひぃ!ダメ、だって!お願い…もう…もう僕!」

異常なまでに敏感となった薬指を強く吸われ、さらなる快感が全身を貫く。
もはや限界のエルマーに、彼女は決してその口を休ませることなく容赦なくしゃぶり続ける。

「ん!んぷ!…ぢゅるる…じゅるる……んむっ♪」
「ひ、ああぁぁぁぁぁあああああああ!」

そしてトドメの彼女の甘咬みが、エルマーを絶頂へと導く。
屋外であることすら忘れ、自分でも驚くほどの大きな喘ぎが口から零れる。
彼女が与える暴力的な快感を前に、喘ぎ声を抑えきるなど出来るはずがなかった。
快感に耐え切れず、膝を折り、彼女と向かい合うように座り込んでしまう。

「あぐっ!うぅぅうう……あ、ああぁぁぁ…」

弾けた快感はエルマーの身体を何度も巡り、まるで女性の絶頂のように身体を何度も震わせた。
電流の様に全身を縦横無尽に駆けまわる快感は、収まることを知らない。
自分の意志とは無関係に、ビクリと身体が震える度に強い快感を覚える。
そんな、身体を震わせ達するエルマーを、彼女は嬉しそうに見つめる。

「ん!…んふぅ〜…ん!ぢゅぱ♥…ぁはぁ♪」

ゆっくりとエルマーの指を離す彼女の顔は、指を舐める前よりも生気に満ちている様に見えた。
嬉しそうに恍惚とした表情で、甘咬みの跡の残るエルマーの左手を頬ずる彼女。
そんな彼女を、荒い息をしながらも半分放心状態で見つめるエルマー。
たちの悪い事に、彼女に手を舐められ絶頂するも、吐精を伴うことはなかった。
そのため、彼の昂ぶりが収まることも、興奮の熱が引き切ってしまうこともなかった。
結果として絶頂が終わろうとも、快感はまだ彼の中で燻ぶり続ける。
そんな生殺し状態の彼へ彼女が言葉をかける。

「おぃシ…♥モっ…と…ちょぅダ…い♥」

彼女の発する言葉がだいぶ聞き取れるようになったが、それは彼を更に追い込むだけだった。
もっと欲しい、そう告げた彼女は何を求めているか、エルマーにはわからなかった。
だが、一つだけ理解したことは、今直ぐに此の場を後にすること。
そうしなければ、渇き、飢えている彼女に何をされるかもわからない。
絶頂の余韻が続く中、うまく動かない身体を引きずる様にしながら彼女から距離を取ろうとする。
しかし、彼女はそれを許さない。
離れようとするエルマーの左足首を、彼女の右手がしっかりと掴む。

「あ…あ、あぁぁ……」

思わず口から零れた絶望。
嬉しそうに、恍惚とした表情のままの彼女はゆっくりとエルマーに近づく。
彼女の左手が彼の右膝と掴む。次は右手が太ももを。
足元からゆっくりと、四つん這いのままエルマーに覆いかぶさるように近づいていく。
そのまま彼女の両手は彼の両肩を掴むようにして、ゆっくりと彼を押し倒す。
エルマーに向けられた彼女の純粋そうに見える笑顔は、獲物を前にした捕食者のそれであった。

「おねが…やめて…アニエス、さん…正気に…」

震えながら必死に彼女の名を呼ぶも、その声は彼女の耳へ届くことはなかった。
あはっ、と笑う彼女は、躊躇なく自分の唇をエルマーの唇へと重ねた。

「むぐっ!むぅうううううう……」
「んちゅ……んんぅ♥……んふ……ぢゅ……んフふ♥」

少し冷たく、しっとりとした柔らかな唇がエルマーの唇に触れた瞬間、
左腕で感じた甘い痺れが再び、今度は唇から発せられる。
長めのキスが終われば、彼女の舌がエルマーの唇を優しくなぞる。
初めは唇の周りを舌先で舐めるようにしながらも、徐々に唇に沿うように舌を動かしていく。
ある程度舌先で楽しんだ後は、舌を唇に押し付けるように変えて更にねっとりと舐めていく。
彼女の舌で舐められた箇所は、彼女の唾液が染み渡り性感帯へと変わっていく。
必死に閉じていた唇は彼女が与える快感に耐え切れず、次第に緩んでいく。

「あふ……れろぉ……ん…ぷあ♪♥」
「うぅ…ふあぁぁ……」

一度緩んでしまった唇は、彼女の舌の侵入を容易く許してしまう。
さらなる快感を与えられ、唇だけでなく、身体からも強張りが緩んでいく。
そしてエルマーの身体の強張りが緩んだのを確認した彼女は、彼の首に手を回しぎゅっと抱きつく。
再び唇を重ね、エルマーの口の中に入った彼女の舌は、彼の口内をゆっくりと犯していく。

「ちゅ……んぷ……くちゅ…ぇろぉ♥…あはァ♪…しタ…だ…しテ♥」

燻っていた快感に再び火がつき、もはや快楽の波に飲まれてしまったエルマー。
彼女の言葉にもはや抵抗することもなく、言われたとおりに舌を出す。
エルマーの差し出した舌に合わせるように、彼女も舌を伸ばしていく。
2人の舌が重なり、ぴちゃぴちゃと艶めかましい水音を鳴らす。
舌先だけが触れ合っていたのが、徐々に重なりあい、やがては舌を絡ませねっとりとしたキスへと変わっていく。
唇も、舌も犯され、彼女の唾液が口中に染みわたったエルマーの口は完全に性感帯と化していた。
呼吸をするだけで快感が生まれ、自分の舌と歯が擦れるだけでも思わず声が出てしまう。
そんな彼の、2度めの絶頂が近いことを悟った彼女は最後の仕上げを行う。

「くフふ……いケ……あム♪」
「っ〜〜〜〜〜〜〜!!」

彼の上唇を甘咬みした瞬間、彼が身体を大きく仰け反らし、2度めの絶頂を迎える。
呼吸すらもままならないほどの強い絶頂を感じ、瞬間的に視界が白く染まる。
甘咬みされ、彼女の唇で蓋をされて、声を出すことすら出来ない。
ただただ続く荒い鼻息の音が、彼がどれほどの快感を得たかを物語っている。
そんな彼の反応に心から満足しながらも、彼女もまた心地良い絶頂に包まれていた。
彼女は飢えと渇きが満たされていくのを感じながら、絶頂の余韻が引くまで、甘い蕩けるキスを続けていた。
だが彼女の余韻が収まった瞬間、急に彼女が身体を起こすと、自らの両腕を抱きしめる様にして呻き始める。
絶頂の余韻でまだ身体も動かせないエルマーは、突如起こった彼女の変化をただ見つめることしかできなかった。

「ウぅ……グうゥぅ…!!あ、あアアアぁぁァぁア♥」

突然彼女が叫び始める。突然の豹変に、彼女の身体に何か起こったことを物語っている。
その直後、ピシリピシリとガラスにヒビが入るような音とともに、彼女の身体に変化が起こった。
彼女の両手、両足の先からゆっくりと皮膚の色が変わっていく。
両腕は肘と肩の間付近まで、両足は太もも半ばにまで、まるで血のような赤色に染まっていく。
両腕と両足の変化が終わった後、乱れた病衣から覗く彼女の豊満な胸も同様に真っ赤に染まっていった。
変化が起きている間、何度もビクンと震え、荒い息で呼吸を繰り返す彼女。
やがて変化が収まった後も、彼女は両腕を抱きしめた状態で蹲り、肩でしていた息をゆっくりと整えていた。
暫く時間が経ち呼吸が整ってからも、反応を見せない彼女に恐る恐る声を掛ける。

「ア、アニエス…さん……?」
「………くひひ、なんだい?まだイキ足りないのか?」

明らかに先ほどまでと異なる流暢な発声に、そしてその返事の内容にエルマーの身が凍りつく。
ゆっくりと上げた顔からは、先ほどまでの恍惚とした笑顔は消え、ニヤリとした何処か強気なものへ変わっていた。

「ふふふ…なんだかやっと目が覚めた感じがするよ……くふふ♥」

その言葉通り、エルマーと触れ合い、精を受けることで彼女の身体は完全なる魔物娘---グール---の姿となった。
先ほどまでの、目覚めたばかりの中途半端な状態ではない、完全に魔物化した彼女。
にぃっと笑うと、エルマーの首に腕を回しぎゅっと強く抱きつく。
先ほどのように唇を重ねるのではなく、互いの頬を寄せるようにして、彼の耳元で囁く。

「ふふ、お前さんのお陰で目が覚めたんだ。たぁっぷりお礼をしてあげないとな♥」
「っひ!!い、いらない。も、もう十分だかあああぁぁぁぁっ!!」
「じゅるるるる!ぢゅぱ!んれろぉ…あむ…じゅるる♥」

エルマーの言葉を遮るように、彼女が彼の右耳をしゃぶり始める。
先ほどの冷たさはなくなり、温かみ感じる彼女の口内。
粘度が上がった彼女の唾液は、ゆっくりと彼の右耳に浸透していく。
ゾワゾワとする快感は更に強まり、加えて耳元でわざとたてる音が脳をも犯していく。

「ひぁ!耳が!ひぅう!やめ…おかしくなっちゃ…あああぁあぁああぁ!!」
「んふふ♥じゅぱっ!ぢゅるるる…えぅ…ちゅく…むちゅ♥」

敏感となった耳を甘咬みされ、耳の中までも舌で犯される。
エルマーの耳は彼女の唾液にまみれ、彼女の吐息すらも快感へと変わっていく。
触覚、聴覚の2つを同時に攻められ、エルマーの全てが彼女から与えられる快楽に塗り替えられる。
エルマーがどれ程喚こうとも、彼女の耳へは全て悦びの声にしか聞こえない。
それどころか、彼の喘ぎが大きくなればなるほど、彼女の攻めは激しく強くなっていく。
強すぎる快感を与えられたエルマーは、絶頂を前にしてどこかに飛んでいってしまうような感覚に見舞われた。

「だめ…耳、吸わなああぁぁぁ…あ…ぁぁ…ぅぁ…」
「じゅぷっ!はぷ…ぢゅる…ちゅ…ちゅぷ……ん♥」
「だめ……も……飛んじゃ……」
「んぢゅ…くふふ♥なんだもう限界か?なら……」

掠れた彼の限界の声を聞きながら、一瞬間を開けて彼女が耳元で囁く。

「飛んじゃえ♥」
「っっ!ひあっ!っ〜〜〜〜〜〜〜!!!」

彼女のその言葉とともに甘咬みされ、3度目の絶頂を迎える。
エルマーの体中を稲妻のように駆け巡る快感は、先程までの絶頂よりも更に強く、
意識も、魂も飛んでいってしまう様な感覚に必死に抗うように、彼女に強く強く抱きつく。
エルマーの体中を支配する快感の波は、何度も、何度も彼の身体中を駆け巡り、重なり
快感の大波に呑まれる度に彼の身体はビクンっと震えた。
そんなエルマーの必死の行動も、彼女にとっては歓喜のあまり抱きついてきたと捉えられていた。
彼に抱きしめられながら、自らが付けた甘咬みの跡を確認した彼女の顔はとめて艶かしい笑顔に満ちていた。
上機嫌の彼女は、先ほどよりも控えめに耳を舐めながら、優しくエルマーの頭を撫でる。

「はぁっ!はぁっ!はぁっ!うぅぅ…ああぁぁ…」

快感の波が収まり、徐々に強張った身体から力が抜けていく。
彼女を強く抱きしめていた腕は、ゆっくりと地面に放り出されうなだれている。
荒い呼吸を繰り返すエルマーの口からは、もはや言葉を紡ぐことすら出来ていない。
そして強すぎる快感のあまり、彼の意思とは無関係に目からは涙が、口からは涎が零れていた。
抱きつくようにしながら彼の頭を撫でていた彼女も、ゆっくりとその体を起こし彼を見つめる。
彼の、そのとろとろに蕩けきったその顔は、彼女の中の加虐心と雌としての本能をさらに燃え上がらせる。
何よりも、3度も絶頂しながらも吐精していない彼のモノからは、強い『雄のニオイ』を発しており、
スイッチの入った彼女を強く刺激した。
美味しいものは最後に、と考えていた彼女ももはや我慢の限界だった。
放心状態のエルマーを余所に、またがったままの体勢で彼の膝辺りまで下がる。
もはや一切の抵抗を見せない彼の衣服を一気に脱がすと、むわりと広がる雄のニオイ。
恍惚とした表情を見せた彼女の視線の先には、先走りの汁で全体がぬらぬらとコーティングされた彼の男根。

「あはぁ♪♥」

思わず零れる歓喜の言葉。ビクリビクリと脈動に合わせ震える彼の男根。
鈴口からはとぷとぷと粘度の高い先走りの汁が溢れでている。
たまらなくなった彼女はそっと顔を近づけ、そのニオイを嗅ぐ。
胸いっぱいに吸い込んだそれは、彼女の脳髄に、魔物娘の本能に稲妻のように響く。
恍惚とした表情を浮かべながら、彼女がまさに咥え込もうとしたその時だった。
放心状態だったエルマーが下半身の違和感に気が付き、顔を起こす。
そして、自分の状態を、彼女の状態を見て全てを理解したエルマーが思わず叫ぶ。

「まっ――――――」

だが、メインディッシュを前に、彼女が止まるはずがなかった。
ぬらぬらとた生暖かい彼女の口内に、彼の男根は根元まで咥え込まれる。

「んむ……あむ……ぢゅる…ん…♥」
「ひ……あ…ぁ………ぅぁ……」

彼の先走り汁を全て舐めとり、自分の唾液で再コーティングするように。
ゆっくりと根元まで咥えた口を先端まで動かしながら、唾液の塗布をしつつ唇と舌で彼の弱点を探る。
やがて唇が彼の男根の先端まで戻ると、舐めとった先走り汁をゴクリと飲み込む
先走り汁でありながら甘美で蕩けるような味わい。
自分の中の雌が歓喜しているのが否応なしにわかってしまう。
これが精液ならばどれ程の味となるのか。
そう考え始めると、もはや彼女の中のブレーキは完全に壊れ、エルマーを激しく攻め立てる。

「はむ…じゅるっ!♥くぷっ…ぢゅっ…あむ…ん…ぢゅる…ぢゅるるる♥」
「っっ……あぁ………か……ひぅ!」

快感の暴風雨に為す術なく晒され、せめてもの抵抗として両腕で顔を覆う。
だが微塵も意味を成さないその行為。
むしろ彼が快感に抵抗する素振りを見せる程に彼女の本能を燃え上がらせる。
激しさの中にも、彼の弱いところを敏感に察し、唇で舌で繊細に、更に彼を攻め立てる。
ただでさえ敏感な部分である上に、彼女の唾液が浸透したそれは、普段とは比べ物にならないほど快感を発していた。

「んふふ♥れろぉ…あぷ…ぢゅぷぅ……おいひ♥」
「あ…く……ひ…」

彼女の激しい攻めを前に、ビクンビクンと震える彼の身体と男根。
精を搾り取り、取り組む器官とかした彼女の口を前に、耐えれるはずがなかった。
裏筋を攻められる度、カリ首を刺激される度に耐え様のない快感が全身を貫く。
彼女が強く吸い上げれば、魂ごと出て行ってしまうような錯覚に陥る程の快感が生まれる。
やがて彼のモノが更に固く、膨らむのを感じて、彼女も彼の限界が近いことを察する。

「くぷっじゅるるっ♥……ん…いつへも……んちゅぅ…いっへいいはらな♥」

彼の男根を咥えながら優しく彼に告げる。
その言葉がキッカケとなったのか、単純に体力的に限界に達したのか、彼の身体から強張りが無くなる。
込上がってくる射精感に、もはや抗うことすらしない。
彼の強張りが無くなったのを感じ取った彼女は、彼にトドメばかりに彼の男根を喉奥深くまで咥え込む。
彼女の喉奥で亀頭がぎゅっと締め付けられた瞬間、ついに彼の限界点を越え、視界が真っ白に染まる。

「んぐ!……んっ♥……んふ…んぉ……んんっ♥」

喉の奥で、口内で彼のモノが暴れているのを感じる。
ドロドロに熱く、まるで火傷してしまいそうな程の濃厚な精液が彼女へ放たれる。
勢い良く喉奥に当たるその感覚に、彼女も恍惚とした表情を浮かべながら達していた。

「ん…ぢゅる…ぢゅぅぅぅ……じゅぷ…♥」

簡単に収まる気配のない彼の男根を感じながら、今度はゆっくりと口を引き、口内で彼の精を味わう。
ビクビグと彼の男根が暴れる度に放たれる、舌いっぱいに広がる精液は、
先走り汁とは比べ物にならないほどに甘美で極上の味わい。
1滴たりと残す訳にはいかないと、手と口を巧みに動かし彼の尿道内に残っている全てを丹念に吸い尽くす。

「じゅ……ぢゅるる…っぷぁ……♥……おいし♥」

彼の出した精液を全て吸い出し、味わい尽くした彼女がゆっくりと口を離す。
喉元を通り過ぎてなお、彼女に快感を与え続けるエルマーの精液に、
ピクン、ピクンと何度も身体を震わせながら、その余韻に耽る。
暫く余韻を楽しんだ彼女は、先程から随分ともの静かなエルマーへと漸く声を掛ける。

「くふふ…どうだった?気持ちよか……った?」

先程から声がしなかったのは、絶頂のせいだと思い込んでいた彼女だが、
ふと彼の顔を見ると、目は閉じられどこかぐったりとしている。
ゆっくりと呼吸はしているものの、強すぎる快感のせいか、その呼吸は震えていた。
軽く身体を揺すって見るものの、時折ビクンっと身体が跳ねる意外に、特に反応を示すことはない。

「えっと……もしもーし?」

彼女が声を掛けても、エルマーから返事はない。
それもそのはずだった。
強すぎる快感のせいで最後の絶頂の瞬間、エルマーの意識は完全に遥か彼方へと吹き飛んでいた。
彼の脳が感じ取れる限界量を超えた快感から、己を守るべく働いた自己防衛。
その結果、意識を失ってぐったりと倒れているエルマーと、どうすればよいか分からない様子のアニエス。
暫く迷った彼女は―――彼のモノを再びしゃぶることにした。


………………………………

……………………

…………



「っは!!」

寝袋から飛び起きるように身体を起こすエルマー。
荒い息のまま、己の身体を見渡す。ちゃんと衣服を身につけて、寝袋に入っている。
大分周囲が明るくなってしまっている以外に、おかしなことは1つも無い。
どうやら全て夢の中の出来事だったと判断し、ほっと一息つく。
蘇ったアニエスに、何度もイカされ、果てる等といった淫夢を見るなんて…
自己嫌悪を抱きながらも、ゆっくりと寝袋から這い出る。

「なんにせよ…夢でよかった」

そうポツリと呟き、乾いた喉を潤すために水筒を取ろうと後ろを向くと。
そこには夢の中で己を攻め立て続けた彼女の顔があった。
嬉しそうに笑みを浮かべる彼女を見て、思わず固まる。

「何が良かったんだ?」
「あ……え?…な……」
「……なんでそんな驚いてるんだ?」

人の顔を見るなり固まるなど心外だと言わんばかりに、眉をひそめる彼女。
確かに、目覚めたばかりだったせいで加減すら出来ずに襲ってしまったわけだけど…。
そんな彼女とは裏腹に、エルマーの思考は再び混乱の渦の中にいた。
全ては夢の中の出来事だと思っていた。
死者が蘇るなど、お伽話の中だけだと思っていた。
だが、目の前にいる乱れた病衣を身にまとう彼女は、間違いなく昨日エルマーが埋葬した相手だった。
混乱した頭の中で必死に出した答えは、彼女から逃げ出すことだった。
震えながらゆっくりと後ずさるエルマーに、彼女の口からは意外な言葉が出てきた。

「そんな逃げるなって、今は襲う気はないからさ……それよりお前さんだろ?『私の墓』を作ってくれたのは」
「……え?」
「墓を作って、埋葬してくれたんだろ?」
「えっと……」

なんと応えるべきなのだろうか。
目の前で自分と喋っている者に対して、あなたを埋葬したのは自分だ、と伝えることがあまりに不自然で。
だが、下手に答えれば何をされるかも分からない、と判断したエルマーは正直に彼女へ答えた。

「うん……君がここに倒れていて……もう息も脈もなかったから…その…」
「……そうか…ひとまず礼を言っておくよ、ありがとう……でも、なんでわざわざ?」

彼女が分からなかったのは、何故彼がわざわざ彼女を埋葬したのか。
今でこそ彼女が這い出たせいで無残な形となっているが、ご丁寧に墓に名前を入れ、花冠まで捧げている。
見知らぬ、縁もゆかりも無い他人をここまで手厚く葬ったのは、
ただの底抜けのお人好しなのか、それとも何か意図があったのか。

「それこそ、崖下の街で説明でもすればよかったんじゃないか?」
「うん…そうだね……、でも」

少しだけ悩んだ後、エルマーはゆっくりと彼の旅の理由を話し始める。
全てを話さなかれば、きっと彼女は信用してくれることは無いだろうと思って。
何故旅を始めるようになったのか、何故彼女を埋葬したのか。
彼の行動には全て理由が合ったことを彼女へと伝える。
エルマーが話している間、彼女はじっと彼の目を見つめながら、その話を聞き入っていた。

……………………

…………



「これが、旅の…君を埋葬した理由だよ」
「……」

彼の話が終わるまで、ずっと静かに聞き入っていた彼女。
何の益も無い、感謝すらされることも少ないであろう孤独な旅の理由。
何も知らない他人が聞けば、馬鹿げていると言われかねない内容。
だが、どこかで誰かに聞いた、人の話は目を見て聞けばその真偽がわかる、という言葉。
その言葉通り、彼が話している間、彼の瞳はどこまでもまっすぐで決して嘘を言っているようには見えなかった。

「ふー…ん、そんな理由があったとはね」
「うん……まだ始まったばかりだけど…」
「そっか……そうか、よしっ!」

彼の話を聞いて、何か決定的な事を決心した彼女。
そんな嬉しそうに笑いながら何か決心を固めた彼女に、エルマーは再び嫌な予感がした。
いや、もはや予感ではなく確信とも言える。

「お前さんの旅、私も一緒に付いて行くよ♥」
「あぁ……やっぱり」

エルマーの予感は、確信は的中し、思わず呟いてしまう。
ニカッと、無邪気な笑顔を見せる彼女に赤面しつつも、どうやって説得すべきかを考える。
少なくとも彼女の様子から察するに、何を言っても付いてきそうだったが…
だが彼女と共に行動しようものなら、また先ほどのようなことをされかねない。
何よりも死者を埋葬する旅を、死者と共に巡るなど、もはや洒落にもならない。

「でもそんな急に言われても…」
「―――――私はさ」

なんとか彼女を説得しようとするも、彼女の言葉が遮る。

「死ぬ前、なんて話すのも不思議な感覚だけどさ。でも間違いなく私は1度死んでしまったんだ。」

言葉を紡ぎながらゆっくりと立ち上がり、自分の埋葬された墓へと向かう彼女。
そんな彼女の言動に、思わずエルマーの口が塞がる。
彼女の視線の先には、彼の作った墓、そして自分が生まれ育った街が映る。

「不治の病だって言われて、小さい頃から病院通いでさ」
「……」
「気がつけば、もうずっと病院のベッドの上で過ごすだけの日々だったんだ」

足元に倒れている、自らの名前が刻まれた十字架を拾い上げ、元々刺さっていた場所へ突き刺す。
プレートを指先でなぞり、そして眼下に広がる街を見つめる。

「いよいよもう限界がきてさ、せめて最期は、ずっと病室から見上げてたここで死にたいって思ったんだ」
「アニエスさん……」
「ただの我儘だったんだけどさ。でもさ、死ぬ直前に、すごい綺麗なこの景色を見てさ、思っちゃったんだ」

くるっとエルマーの方を向き直した彼女は、優しくだけど少しだけ悲しそうに笑っていた。
彼を押し倒している時の強気の笑顔ではなく、どこか儚げで哀愁に満ちた笑み。
風がふけば、容易くかき消されてしまいそうな弱々しさが浮かぶ表情で。

「もっと‥いろいろな場所に行きたかった…素敵な……恋もしてみたかった」
「っ!」

彼女の悲しい告白は、エルマーの心を大きく揺さぶった。
彼女の儚げな笑顔を見るのが耐えれなくて、思わず顔を背けてしまう。
だが、彼女が抱く悲しい思いは、心優しい彼の心の奥深くまで突き刺さる。
エルマーの心に突き刺さった彼女の言葉は、彼の心をチクチクと刺激する。
決して彼女は同情して欲しいわけではなかった。
ただ、諦めるしかなかった願いが、もしも今叶えることができるのならば…
奇跡とも言える巡り合いを果たした彼と、共に道を歩むことが出来るならばと、そう願って。

「お前さんと一緒に旅ができればさ、そんな思いも……叶えられるのかなって……」

でも、と彼女は言葉を続ける。

「お前さんが、どうしても嫌だというなら……」
「……る…よ」
「え?」

小さく呟くようなエルマーの言葉は、彼女の耳にまで届かず、思わず聞き返してしまう。
背けた顔をゆっくりと彼女へと向け、そしてもう一度彼女へ言葉を伝える。

「ずるいよ、アニエスさん……」
「……」
「そんなこと言われたら……断れるわけないじゃないか……」
「…じゃあ!」

彼の肯定とも言える言葉を聞いて、彼女の顔からは悲しみは消え、パァッと明るさを取り戻す。
嬉しそうに笑いながら一歩一歩彼へと近づく彼女へ、エルマーは言葉を続ける。

「楽しい旅なんかじゃないかもしれないよ?」
「お前さんといればきっと楽しいさ」

「街にだってあまり寄れないかもしれない。野宿だって多い旅だよ?」
「お前さんと過ごすなら野宿も宿も変わらないよ」

「危険な目に会うかもしれないよ?」
「一緒に乗り越えればいいだけだろう?」

目の前まで近づいた彼女に投げる言葉は、もう、無い。
優しく微笑む彼女へ、彼もまた覚悟を決めた顔で応える。

「アニエスさん」
「さんは付けなくていいよ」
「ん……アニエス」
「エルマー」
「これから、どうかよろしくね」
「こっちこそ、よろしく頼むよ」

彼の差し出した手を、彼女が優しく握り返す。
柔らかく靭やかで、優しい彼女の手の感触に再び赤面してしまう。
そんな彼の赤くなった顔を見て、彼女がニヤリと意地悪な笑みを浮かべるやいなや、
彼の顔をぐいっと自分の胸に引き寄せ、胸に顔を埋めさせる。
耳まで真っ赤にしながら暴れ、モガモガともがく彼の声と、
思い通りの反応を見せて喜ぶ彼女の、嬉しそうな笑いが崖の上には響いていた。

―――こうして、埋葬者と死者による、新たなる埋葬の旅は始まりを告げた。


− ○ − ○ − ○ − ○ − ○ − ○ − ○ − ○ − ○ − ○ − ○ − ○ − ○ −


彼女との旅も、気がつけば早2年が経とうとしていた。
初めは不安のあった旅も、気がつけば彼女が隣に居ることが当たり前になっていた。
ただ、未だに慣れないのは彼女の愛情表現、すなわちおしゃぶりだった。
もはや彼女にしゃぶられていない、舐められていない部位など無くなってしまうほどになった身体は、
彼女の唾液が染み込んでいるのか、今では1度しゃぶられるだけで強烈な快感が生まれる。
立つことすら困難になる程の快感が襲い掛かるため、彼女の口が寂しくなる度に旅の進行は止まる。
無論、嫌ではないのだが、せめて太い街道を歩いている時くらいは遠慮して欲しいと思ってしまう。
魔物娘を伴侶とする旅人達からはどこか生温かい眼差しが、一般の旅人達からはどこか刺々しい視線を感じる。
その度に、恥ずかしさのあまりその場から逃げ出したくなるのだが、彼女にしゃぶられている間は
禄に動くことも出来ず、彼女が満足するまで何度も絶頂を繰り返すことになる。
せめて街中では勘弁して欲しいと思い、おしゃぶり用の飴を彼女へ渡すものの、
『なんか違う』との一言で却下されてしまった。

そんな彼女との旅だが、埋葬の時だけは大人しく彼の指示に従い、きちんと死者を弔う。
今回埋葬する者は、かつてのアニエスのような若い女性だった。
穴を掘り、亡くなった女性のための墓標を建てる途中、ふと彼女が呟く。

「なあ、こいつも『私みたく』ならないかな?」
「え?」

初めは彼女が何を言っているか理解できなかった。
『彼女のように』とは一体どういうことなのか。
理解できないでいるエルマーに、アニエスはふと浮かんだ考えを説明する。

「言葉じゃ説明しづらいんだけどさ、今の私ならこいつも、私と同じように出来ると思うんだよ」

つまりそれは、今埋葬しようとしている女性をグールとして目覚めさせるということだった。
彼女の突然の、突拍子もない言葉に思考が一瞬止まる。

「……」
「なあ、試してみないか?成功すればきっと…」
「―――ダメだよ」

もっと旅が楽しくなるぞ、そう言おうとした彼女の言葉を彼の言葉が遮る。
いつになく真面目で、その目からは力強い信念を感じ取れるのに、表情はとても悲しそうだった。
初めて見せた彼のその表情に、思わず彼女も言葉が止まる。

「ダメなんだよ、そんな身勝手なことは」
「……」
「…僕が、父や祖父から…いや、もっと昔の人達から受け継いできた言葉にね、こんなのがあるんだ。
『死者の眠りを妨げてはならない』
『彼らは安らかに眠っているのだから』
 ……たとえどんな理由でこの人が亡くなったとしても、僕らが勝手に目覚めさせていい権利なんて無い。
 息を引きとり、死の眠りについた死者を、起こしてもいい人なんていないんだよ」

悲しそうな表情で俯き、だけど淡々と述べるエルマー。
死者に安らかな眠りを、それが彼の此の旅の根幹に根ざすものだった。
故に、彼女が何気なく思いついたそれは、彼のこの旅を根底から否定するものであった。
彼の言葉を聞いて、自分がどれ程彼を傷つけてしまったかようやく気づく。

「…ははは、私は…全然エルマーの事をわかってなかったんだな……」
「あ、いや、その……僕もこんなことアニエスには言ってなかったから…」

彼女の口から零れた後悔の言葉にハっと顔を上げ、慌ててフォローを入れる。
だが、いつものように、強気に笑う彼女の顔はそこには無かった。
共に旅をしてから、彼に咎められることなど1度もなかった。
文句を言いながらも、結局は彼女の全てを受け入れる彼が、初めて見せた否定。
エルマーに嫌われてしまった、そう捉えてしまった彼女の表情はどこか泣きそうで。

「ただ、分かってもらえればそれでいい…もうこんなこと言わないって約束してくれればそれで…」
「うん…ごめん………もう言わないよ…絶対に」
「……ありがとう」

彼女の表情は幾分落ち着いたものの、まだ随分と気落ちしてしまっている様子だった。
だが、今はまだ埋葬の途中なのだ。手を止め、彼女を慰める時ではない。
今は、亡くなった女性のために、きちんと埋葬を終えなければならない。
無論、こんな心境できちんと心をこめた埋葬が行えるかと言われれば、何とも言いがたい状況ではあった。
それでも、死者を放り出し、気落ちしたアニエスを優先して慰めるなど、それこそ死者への冒涜となりかねない。
複雑な心境ではあったが、エルマーはぐっと全てを心の内にしまい込み、彼女へと言葉を掛ける。

「アニエス、今はこの人の埋葬を行おう。この人が……ちゃんと安らかに眠れるように…」
「うん……」

互いに掛ける言葉は少ないものの、彼女の埋葬はしっかりと行った。
女性のための墓標が完成し、その前で2人並んで手を合わせ、安らかな眠りにつけるよう祈りを捧げる。
やがて埋葬が終わった彼らは、少し離れた場所で野営の準備を始める。
野営の準備が終わり夜を迎えても、どこか大人しいままのアニエスの隣にエルマーがそっと座る。

「…あまり気にしないでいいよ、僕も怒ってるわけじゃないから…」
「ん……うん」
「その……それに僕が君を嫌いになるなんてこと、無いから、さ」

彼の優しい言葉を聞いて、彼女の落ち込んだ表情は少しずつほころんでいく。
彼に言われた言葉を心から理解し、自分が発してしまった心ない言葉を十分反省した彼女を嫌う理由など、一つもない。
少しずつ彼女の顔から落ち込みが消えていくのを見ながら、それに…とエルマーは言葉を付け加える。

「アニエスには…もっと笑っていて欲しいんだ。だって、その……君の笑顔が、僕は、何よりも大好きだから」
「…!」
「つまり…その…あ、愛してる、人の…悲しい顔よりも、笑っている顔の方が良くて…その…」
「……」

言った自分が思わず赤面してしまう程の恥ずかしいセリフだった。
しどろもどろで、何ともキレの無い台詞で、恥ずかしさと情けなさが同時に襲い掛かってくる。
だけど、それは彼の本心でもあった。
いつも意地悪に、それでいてとても嬉しそうに笑う彼女の笑顔が大好きなのだ。
彼女を初めて見た時から、彼の心の真ん中には彼女がいたのだから。
だからこそ、彼女に何をされても、それを許してしまう。
彼女を心から愛しているからこそ、決して終わりのないこの旅ですら、彼女と共にずっと歩み続けたいと思えるのだ。
そんな彼の本心を聞いて、彼女は驚きながらもその顔を笑顔に変えていく。

「だから、さ。その…いつもみたいにわらっ…」
「エルマーッ♪♪」

あはっ、と満面の笑みを浮かべながら、まだ喋っている途中の彼に抱きつき押し倒す。
突然の変貌っぷりと、いきなり押し倒されたことに驚きの表情を浮かべるエルマー。
目の前には、いつもの調子を取り戻し、嬉しそうに、ニヤリと意地悪に笑う大好きな彼女の笑顔があった。

「くふふ……そうだな、私にはあんな顔似合わないよな」
「そ、そうだ、けど……なんで押し倒す必要が…」
「んふふ♥何でって、仲直りのためさ♥」
「仲直りするのに押し倒さなくてもいいでしょ!というより仲直りする必要なんて…」
「あるさ。エルマーの心を傷つけたことには変わりないんだ、そのお詫びだよ♥」
「ひぃっ!」

彼女が優しく彼の首筋を舐め始める。吸い付きの音を立てながら、いつも以上に嬉しそうに。
攻めているのは彼女の方なのに、どこか甘えるような様子で。
そして彼女の柔らかな舌が唇が首筋に触れる度に、エルマーの喘ぎが周囲に響き渡る。

「ひあっ、ひゃぅ…ま、まってまって!ああぁぁぁ…せ、せめて墓標からもっと…は、離れ…」
「んちゅ♥れろぉ…ん…んふふ♥エルマー♪」
「あ…だめ、だめ…ああぁぁ!ひぅぅ…」
「んふふふ♪♪」

もはや完全にスイッチが入った彼女を止めることなど出来るはずもなかった。
自らが愛する人に、愛していると言われて平常心でいられる魔物娘など、居るはずもないのだから。
散々しゃぶられ、搾り取られ、事が落ち着いたのは日が完全に登り切った後だったという。
なお、彼らが埋葬した女性は、暫く経った後にグールとして再び目覚めることになる。
それが、彼らが彼女の墓標の近くで愛を確かめ合った影響であるかどうかは、誰にもわからない。



こうして、時にすれ違いを起こしながらも、彼らの長い長い旅は今も続いている。
死者と共に、死者を弔う不思議な旅は、決して終わることはないけれど。
それでも彼らは今日もまた、孤独の内に亡くなった死者のために旅を続け祈りを捧げる。




『死者の眠りを妨げてはならない
 彼らは安らかに眠っているのだから
 誰もそれを起こす権利などありはしない

 目覚めた死者に近づいてはならない
 彼らは飢えと渇きに満ち満ちているのだから
 だが、その飢えと渇きを受け入れることが出来るならば
 …死者の手を取り、共に歩むことは決して間違いではない』

        ――――埋葬者 エルマー=プリチャードの言葉
15/05/31 00:07更新 / クヴァロス

■作者メッセージ
グールさんに色んな所をおしゃぶりされてしまうお話でしたが如何だったでしょうか?
(気がついたら2万字を越える長さに・・・)
初めてのエロ描写のため、拙い部分があったかもしれませんが、
それでもエルマー君が快感に染まるのを感じて頂けたのなら幸いです。

ちなみに、作中で何度かエルマー君がイッているのに射精しなかった部分については
性器以外をグールさんに舐められるとドライオーガニズム(わからない人はググろう!)
に達すると思っているのが反映されています。

なお私事ですが、グールさんに耳をしゃぶられながら優しく抱き締めてほs(ry

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